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第 2章こんな言葉が出たら要チェック!相手の一言からホンネを見抜く

第 2章/こんな言葉が出たら要チェック!相手の一言からホンネを見抜く

18「いちおう」 ~曖昧な言い方で責任逃れ ~ 19「べつにいいんだけれど」 ~本心は「 No!」 ~ 20「要するに」 ~自分を頭がいいと思っているプライドの高い人 ~ 21「どうせ ~(だ)から」 ~自分の可能性を限定する言葉 ~ 22「普通は……」 ~一般論を持ち出しているようで本当は自分の意見 ~ 23「私は ~なヒトだから」 ~自分を客観視してセルフプロデュース ~ 24「うん、うん、それで?」 ~相槌上手は聞き出し上手 ~ 25「へぇ ~そうなんだ!」 ~実は真剣に話を聞いていない!? ~ 26「私の場合は……」 ~すぐに自分の話にしてしまうでしゃばり型 ~ 27「困ったものだよ」 ~責任を他人に押し付けて被害者ぶる要領のいい人 ~ 28「違いますか?」 ~自信に裏付けられた、否定を許さない物言い ~ 29 「~とか」 ~語尾をぼかしがちな、典型的な現代人 ~ 30「つまり ~でしょ」 ~人の意見を自分の意見にすりかえている!? ~ 31「やっぱり」 ~自分の中で話を進めている? ~

18「いちおう」 ~曖昧な言い方で責任逃れ ~「いちおう」というのは、非常に曖昧なニュアンスを持つ言葉だ。

「絶対にそうだ」とか、「完璧に」と言い切れない場合に使われることが多く、「いちおう」とつけた行動に対する自信のなさを表している。

たとえば、「日曜日の約束、大丈夫?」 と聞かれて、「うん、いちおう大丈夫」 と答える。

これは、他の用事が入る可能性があったり、なんらかの事情で約束が駄目になるかも知れないという状況にあることを示している。

自信がないものだから、はっきり「うん、大丈夫」と言い切れないのだ。

そのため「いちおう」をつける。

これは保険の意味の「いちおう」だ。

そうしておけば、もし約束がだめになっても「やっぱりダメだった」で済むからである。

それでいて、「いちおう」は「たぶん」を使うよりも実現性が高そうな印象を与え、自分がちゃんとその約束のことを考えているように装うことができる、便利な言葉だと言える。

また、物事にチャレンジする際に「いちおう」をつけることも多く、「いちおうやってみる」「いちおう頑張ってみる」のように、「いちおう ~みる」という使い方をする。

これは、「おそらくダメだろうけれど、やってみる」というニュアンスだ。

つまり、「いちおう」やってみて、ダメだったらそれまで、ということである。

「なにがなんでも」とか「絶対に」やり遂げようという意志は、そこからは感じられない。

この「いちおう」が口ぐせになっている人には要注意だ。

そういう人は、物事に対して責任を持ちたくないと思っているフシがあるし、なにか頼みごとをしても、それを必死になってやってくれることはないからである。

また、「いちおう」にはもうひとつ使い方がある。

それは、たとえば出身大学はどこかと聞いたときに、「いちおう東大です」 と答えるような使い方である。

これは、自信がないから「いちおう」と言っているわけではない。

なぜなら、実際に東大を卒業しているのだから、それはれっきとした事実なのであり、わざわざ曖昧にぼかす必要はないからだ。

この場合、きっぱり「東大出身です」と言ってしまうと、頭の良さを自慢しているように聞こえるのではないかと考え、謙遜の意味で「いちおう」とつけているのである。

しかし実際には謙遜どころか、国内で最高レベルの大学を「いちおう」と表現しているわけであり、それを聞いて逆に嫌味だと感じる人もいるだろう。

2つ意味のある「いちおう」だが、どちらもあまり良い印象を与えないようである。

19「べつにいいんだけれど」 ~本心は「 No!」 ~「私はべつにいいんだけれど」と前置きされたうえでされる話は、まず間違いなくあなたを叱ったり、たしなめたり、忠告したりする話である。

たとえば、「私はべつにいいんだけれど、ちょっと遅刻が多いんじゃないかってみんなが言ってたわよ」とか、「僕はべつにかまわないんだけれど、その茶色の髪で取引先に行くのはなぁ……」 といった具合である。

この「べつにいいんだけれど」という言葉には、「でも周りの人は承知しないよ」とか、「でも一般的には良くないから」というニュアンスが含まれている。

こういう場合、言った本人が本当に「いいんだけれど」と思っているとは、 言われたほうはおそらく誰も思わないだろう。

そしてほとんどの場合、その想像は当たっている。

彼(彼女)たちは皆、「いいんだけれど」と言いつつ、本心では「まったく良くない」と思っているはずなのだ。

これは少し考えればわかることで、あなたの言動を本当に「べつにいい」と思っている人間は、わざわざ何か口出しをしてくるはずがないからである。

もし本当に周囲の人間だけが文句を言っているのであって、本人は「べつにいい」と思っていたとしても、あなたに忠告してくるからには、周囲の意見が正しいと考えたはずである。

では、なぜ「べつにいいんだけれど」という言葉を使うかと言えば、それは自分が悪者になりたくないという心のあらわれである。

本当は自分が嫌だから相手に文句を言いたいのに、それをはっきり言ってしまうと角が立ち、相手に嫌われてしまうのではないだろうかと思ってしまい、「べつにいいんだけれど」という言い回しに逃げ込むのである。

この言い方ならば、自分が悪者になることなく、相手の言動をたしなめたり非難することができる。

こう言われたら、あなたはどう対処するだろうか。

「あなたがいいならべつにいいわ」 そう言って、相手の本心を知りつつ、かわすのもひとつの手である。

こう返されてしまったら、「私はべつにいいんだけれど」と言った手前、それ以上なにも言うことができないはずだ。

しかし、彼(彼女)は実際には自分が嫌だからあなたに文句を言っているのである。

そんな返され方をしたらバカにされたと感じ、突然怒り出す可能性もある。

もしくは、「なんて鈍い人」とあなたの評価を下げるかも知れない。

そこで、もっとも平和的な対処法は、「そうだったの、気をつけるわ。

教えてくれてありがとう」 と返すことである。

これならば、相手は最後まで自分が悪者になることがないので、いい気分のまま会話が終了するはずだ。

ただし、本来なら他人に対する意見はきちんと自分の責任で、自分の名前のもとに口にするべきものである。

いい大人が他人を隠れ蓑にして、自分を安全圏に置くというのは卑怯なやりかたと言えるだろう。

よって、もしあなたが誰かに対して意見を言いたいときに「べつにいいんだけれど」の言葉を使えば、たしかに角は立たないが、相手には「ずるい人」という印象を与えてしまう。

注意したい。

20「要するに」 ~自分を頭がいいと思っているプライドの高い人 ~「要するに」というのは、「要点を約すと」という意味である。

会話の中で使われると、それまで話されていたことの要点をまとめる役割を持つことになるのだが、実際にはあまり歓迎されない言葉だろう。

たとえば、みんなで楽しく各国料理の話をしていたとする。

「私はフランス料理が好き。

盛りつけが素敵で芸術的だもの」「僕は堅苦しいのが苦手だからフランス料理は苦手だよ。

カジュアルなイタリア料理がいいな」「盛りつけより味だろう。

美味しさを究極まで追求しているという点では中華料理が一番じゃないのかな」「でもやっぱり、素材の味を活かした日本料理が一番食べやすいわ……」 といった具合に、思い思いの発言で意見を交換している最中、「要するに、美味しい料理ってのは個人の好みによって違ってくるってことだよね。

人それぞれ嗜好が違うんだから、一番美味しい料理なんて決められるはずがないものさ」 などと言ってしまう人がいる。

その瞬間、周りの人間は一様に口を閉ざし、この話題は終了してしまい、場の雰囲気は一気にトーンダウンする……。

これが典型的な例だ。

「要するに」は場をしらけさせてしまうのである。

話をしていた人たちも、料理の好みが人それぞれだということなど十分わかっていて、それを踏まえた上で、それぞれが美味しいと思う料理の良さを議論すること自体を楽しんでいたのだ。

しかしそれをわざわざ指摘されてしまうと、議論を楽しむ気も失せてしまう。

そして「要するに」と言った本人は、黙ってしまったメンバーを見て、さも自分の意見が場をとりまとめ、支配したと思って満足するのである。

それがカン違いであることには気がつかない。

また、「要するに」を必要以上に多用する人もいる。

こちらが何かを言うたびに「要するにそれは……」とか、「君の言いたいのは要するに……」とくり返すタイプだ。

しかしこのタイプの「要するに」は、まったく「要されて」いないことが多い。

冷静に分析すれば、彼(彼女)はあなたの言ったことを逐一自分の言葉に置き換えて「要するに」と言っているだけだということがわかるだろう。

もっとひどい場合だと、「要するに」と言いつつ、こちらの言った内容を好き勝手に捻じ曲げてまとめてしまう人もいる。

なんにせよ、好んで「要するに」を使う人は、自分は頭のいい人間であり、他の人が言うことを一段高い場所で聞いて、評価したり、とりまとめたりするのが自分の役割だと思っていることが多い。

しかし実際には場の雰囲気が読めない人であり、相手の発言機会を奪ってしまう人である。

要するに、「要するに」が口ぐせになっている人は周囲から敬遠されやすいということだ。

21「どうせ ~(だ)から」 ~自分の可能性を限定する言葉「どうせ上手くなりっこないんだから」 たとえばピアノを習っている人がこういうことを言うと、次に続く言葉は「練習したってしかたない」、「時間の無駄」である。

このように、「どうせ ~(だ)から」や「しょせん ~(だ)から」が口ぐせになっている人はちょっと注意してほしい。

この言葉には、言った人の卑屈な心がよくあらわれているのである。

最初から諦めて練習をしなければ、上達するはずがないとは思わないだろうか。

なにもピアノに限ったことではなく、スポーツや勉強、仕事に対しても同じことが言えるし、「どうせ太ってるから、かわいい服は似合わない」とか「しょせんチビだから女性にはモテない」などと言っている場合も同様である。

スポーツや勉強は、練習や努力をすればなにかしらの効果が出るはずだ。

太っているのが嫌ならば、ダイエットをすればいい。

背が低いから女性に縁がないと思っているが、本当にそうだろうか? 男の魅力は背の高さだけで決まるものだろうか?「どうせ ~(だ)から」と言いがちな人は、自分の限界を自分で決めてしまっているようなものだ。

自分自身が持つ可能性を限定し、無駄だからと言って努力を否定してしまう。

しかしこれは非常にもったいないことである。

『努力は人を裏切らない』 これは、アテネオリンピックの柔道女子 78キロ級で金メダルを獲得した阿武教子選手の座右の銘だ。

まさにその通りで、自分を信じて努力を続ければ、かならず道は開けるはずだ。

そのためには「どうせ ~(だ)から」と卑屈になっていてはいけない。

これが口ぐせになっている人は今すぐにやめよう。

22「普通は……」 ~一般論を持ち出しているようで本当は自分の意見 ~ 他人を批評・批判したり、文句を言っている場面でよく口にされるのがこの言い回しだ。

「あの人、ちょっと変わってるよね。

普通の人だったらあんなこと言わないのに」 とか、もしくは若者ならば、「フツーに考えてアリエナイ!」 といった言い方をしたりもするだろう。

「常識に照らし合わせて考えたとき」という意味合いである。

このように、「普通は……」という言葉を使うと、いかにも言っている自分のほうが正常で、相手がおかしい、変わっているというニュアンスが生まれる。

それによって、自分が正義で、相手が悪い、だから文句を言っても許されるという意識を持つようになるのである。

しかし、この「普通」は本当に世間一般の「普通」なのだろうかと言うと、かならずしもそうとは限らない。

また、「普通」 =大多数であれば、それだけで正しいということにもならないはずだ。

もちろん本当に「普通」である場合もある。

「普通」は人のものを盗まないし、人に挨拶されたら挨拶を返すのは礼儀として正しい。

しかし、たとえば初めてのデートで男性が食事代を出すことは「普通」とまでは言えないだろう。

試験前に、必死に勉強するのもしないのも人の勝手であり、どちらが「普通」とは決められない。

つまり「普通は……」と言っていても、その「普通」に根拠のない場合も少なくなく、結局のところ、言っている本人の価値判断によるところが大きいということである。

それにも関わらずこの言い回しを使う人は、自分に自信がないことが多い。

自分の意見でありながら、それを自分ひとりの意見として表明するのでは心もとないときに、権威付けとして「普通は……」という言葉を使うのだ。

つまり、「普通」というニュアンスに自分の意見のバックアップを頼んでいるのである。

この言い方をされたら、本当にそれが「普通」なのかどうか、自分の頭でよく考えながら話を聞くようにしたい。

一方、あなたがこの言葉を使った時の相手の心理はどうだろうか。

あまりものを考えずに会話する人であれば、あなたの言う「普通」をそのまま鵜呑みにするが、ちょっと考えの回る人であれば、無責任に「普通」を使うあなたに不信感を抱くだろう。

また、自分の価値観をしっかり持っている人にも違和感を与える言い回しである。

この言葉を使うときには注意したい。

23「私は ~なヒトだから」 ~自分を客観視してセルフプロデュース ~ 今時の若者の言葉として代表的なもののひとつが「私は ~なヒトだから」である。

たとえば、「私って、思ったことはすぐに口に出しちゃうヒトだから」「僕はそういうのダメなヒトだから」 など、気軽に使われている。

しかしこれは、よく考えると非常におかしな言い回しである。

右の例も自分のことなのだから本来は、「私、思ったことをすぐ口に出しちゃうの」「僕はそういうのは許せないな」 と言うべきである。

それをわざわざ「 ~なヒト」と客観的に表現するのには、いったいどういう意味があるのだろう。

まず考えられるのは、客観的な評価を自分に与えることで、「 ~なヒト」という部分(実は自分の意見)を強調・絶対化しようとする働きである。

そもそも、「私は ~である」と言っているだけではそれは自分ひとりの意見でしかないはずだ。

そこで、周りから反論される可能性を防ぐため、「私は ~なヒト」と表現し、あたかもすでに決定している事柄であるかのように変換するのだ。

そうすれば、自分が「 ~なヒト」であることは揺るがず、「 ~なヒト」として行動することを、自分や周囲に納得させることができるのである。

これはひとつのセルフプロデュースと言えよう。

もうひとつ、この言い方の特徴として注意したいのは、「 ~だから」の部分だ。

「私って ~なヒトだから」と言いつつ、「だから」どうだ、とは言わないことがままあるのである。

たとえば、食事に行ったとき、「私、ニンジン食べられないヒトだから」 と言ってニンジンを残す。

本来なら、この後には、「だからニンジンだけ食べずに残すわ」 と続くべきなのである。

しかし彼女はそこまで言及はしない。

なぜなら、「ニンジン食べられないヒトだから」と言うだけで、ニンジンを食べないという意思表示になっているからである。

「ニンジン食べられないヒトなんだ」とだけ言う場合もある。

どちらもその後に続くべき言葉を省略し、相手に判断をゆだねていることになる。

しかし、ゆだねているように見えつつ実は、「 ~なヒト」という部分は先述したように客観的に見た決定事項である。

そのため、結局言われたほうに決定権はなく、相手の言うがままになってしまうことが多い。

先制攻撃というわけだ。

このように、「私って ~なヒトだから」と言われると「じゃあ仕方ないか」と相手の言うことに納得してしまいがちだが、実際には「 ~なヒト」だと決まっているわけではない。

この言葉のマジックに流されないように注意しよう。

24「うん、うん、それで?」 ~相槌上手は聞き出し上手 ~ 会話がはずむにはテンポが重要である。

「昨日、 ○ ○さんとごはんを食べにいったんだけど」「うんうん」 「○ ○さんが 1時間も遅刻してきたの!」「えっ、それで?」「ちょっと気まずい雰囲気になっちゃって……」「うんうん! それで?」 というように、こまかく相槌を打ってくれる人が相手だと、話すほうは話しやすいものだ。

熱心に話を聞いてくれれば話し甲斐があるし、テンポにのって話すことができるからである。

また、同じ会話で、 「○ ○さんが 1時間も遅刻してきたの!」 「1時間も遅れたの!?」「ちょっと気まずい雰囲気になっちゃって……」「それは気まずくなるよね。

それで?」 というように、相手の言葉を繰り返すように返事をするのも相手に話しやすくさせる話術のひとつだ。

こういった方法を身につけておくと、相手はあなたのことを話しすい人だと認識して、親密度が上がるはずだ。

会話がはずむ相手というのは好感度が高いのである。

ただし、あまり「それで? それで?」と連発していると、相手は根掘り葉掘り聞かれている気がしてきて、あなたをゴシップ好きの人だと思ってしまう可能性がある。

それでは逆効果なのでご注意を。

25「へぇ ~そうなんだ!」 ~実は真剣に話を聞いていない!? ~ 会話の最中、いちいち相槌がオーバーな人がいる。

こういう人はたいてい明るく賑やかで、楽しい人だという印象があるが、実はそれほど真剣に話を聞いていない場合がある。

「うちで犬を飼いはじめたんだよ」「へぇ!」「まだ子犬なんだけど」「うんうん!」「よく馴れててかわいいんだ」「わぁ、そうなんだ ~!」 このように、多少オーバーでも熱心に話を聞いてくれれば、話しているほうは嬉しい。

そういう意味では、話していて楽しい相手と言えるだろう。

しかし、すべての会話においてこの調子であれば、話は変わってくる。

そういうタイプは、どんな話でもとりあえず大袈裟に返しておけば話が進むだろうと考えていることがある。

特に「わぁ ~!」「すご ーい!」と、なんにでも驚いたり感嘆詞を使うタイプは要注意だ。

本人に悪気はないのかも知れないが、話している側からすると、ものすごく熱心に話を聞いてくれているように感じられるので、自分の話がよっぽど面白かったとか、興味を持ってくれたのだと思い込みやすい。

しかし、もし相手がどんな話でも習慣的に大袈裟に返事をしているだけであった場合、後日「あの話なんだけど……」と声をかけても、「なんの話だっけ?」などと返される可能性が高いのである。

そうすると、話したほうは、「あんなに熱心に聞いているフリをしておいて、なんだ!」と憤慨することになる。

本当に熱心に話を聞いてくれる相手というのは、無駄にオーバーな反応はせず、的確な相槌を返してくれるものだ。

口先だけの賑やかさや耳障りの良さにごまかされず、きちんと会話ができる相手を探したい。

26「私の場合は……」 ~すぐに自分の話にしてしまうでしゃばり型 ~ プライベートでも仕事の会議でも、誰かが発言したすぐ後に、「実は私も……」 とか、「私の場合は……」 と、話を引き継いでしまう人がいる。

それによって話題は本来話していた人からはずれ、「私の場合は……」と言い出した人にうつってしまう。

これは、敬遠されやすいタイプである。

会話というものは、お互いがお互いの発言を聞き、意見を交換し合うことで成立する。

それなのに、人が話していたテーマについてすぐに自分の場合に照らし合わせて話題を展開させてしまう人は、「いつも自分の話ばかりしている人」というイメージを周りに与えやすく、また実際にそうである人が多い。

同じように「私の場合は……」と言っても、周囲に疎まれない人もいる。

そういった人は、ちゃんと相手の話が終わったのを見極めてから話し出しているはずだ。

つまり、相手の話が終わりきっていないのに「私の場合は……」と話を持っていってしまう人が問題なのである。

また、たとえ相手の話が一通り終わってからの発言であっても、「私の場合は……」「そう言えば私も……」と、全員が持ちまわりで自分の話を披露するような状態はできれば避けたいものだ。

誰しも自分の話を人に聞いてもらいたいという気持ちはあるが、だからといって、それぞれが自分の話だけをしている状態はあまり歓迎できるものではない。

相手の話をきちんと聞き、その話題について意見を交わしあってこそ大人の会話が成立すると言えよう。

27「困ったものだよ」 ~責任を他人に押し付けて被害者ぶる要領のいい人 ~ これはある程度年齢を重ねた人や、それなりの地位にいる人がよく口にする言葉だ。

「近頃の若い社員は責任感がなくて困ったものだよ」 などという言い方が典型的だろう。

この言い方の最大の特徴は、言った本人が被害者のように聞こえることだ。

たとえば、右の例では、本当に若い社員たちに責任感がないかどうかは別として、「困ったものだ」と言うことによって、自分には何の責任もないのに迷惑をかけられている、しなくてもいい苦労をさせられているといった印象を生み出すのである。

そして言った本人は、「悪口」を言っているにも関わらず、いかにも自分だけが一方的に被害者だという顔をすることに成功するのである。

さらに、「責任感がない」、と言いつつ、それを「困ったものだ」とやわらかく表現することによって、余裕のある人物のように演出しているのである。

こういう言い方をする人は、大体において小心な人物で、かつ見栄っ張りなタイプであることが多い。

また、若い人が目上の人を評してこの言葉を使う場合も同じで、「部長は、自分ではなにもしないくせに口だけはやかましくて困るよ」 などと文句を言いつつ、「自分より立場が上の相手に対して寛大な自分」というポーズをとろうとする。

これはどちらもどちらで、お互い自分のことは棚上げして愚痴を言っているに過ぎない。

本当に困っているなら、相手に対して直接怒ったり、意見を言ったりするべきなのだが、それはせずに「困ったものだ」と言って溜飲を下げているのだ。

こういうことを言われたとき、「相手にそれを伝えて、改善してもらったらどう?」 と返すと、おそらく相手は不機嫌になるだろう。

なぜなら、彼らはなにも具体的な相談をしたかったわけではなく、「ご苦労お察しします」や「大変ですね」、さらには「それなのに、ご自分はちゃんと仕事をしているなんて偉いなぁ」「さすがは ○ ○さんですね」といった賞賛の言葉が欲しいのだ。

浅いつきあいの相手や仕事の取引先など、波風を立てたくない相手ならば「大変ですね」とだけ言ってかわしておくのが無難だ。

上手く対応すれば相手の機嫌をコントロールすることもできる。

しかし、もしあなたの大切な友人がこんなことばかり言っていたら、心を鬼にして、「じゃあ、あなたはその人に対して何か働きかけるような努力をしたの?」 と言ってあげるのも重要なことだろう。

こんな言い方をされたら、あなたに慰めてもらおうと思っていた友人は腹を立てるかも知れないが、愚痴ばかりに逃げ込んでいるのは不健康的だ。

誠意をもって指摘すれば、相手もわかってくれるはずである。

28「違いますか?」 ~自信に裏付けられた、否定を許さない物言い ~ これは相手を責める際によく使われる言葉である。

「君の仕事は中途半端なんだよ。

違うかね?」 とか、「あなたって約束が守れない人よね。

違う?」 などのように言われることが多い。

これは、相手に意見を求めているように聞こえるが、実際には否定や反論を許さない、強い言い方である。

「違いますか?」と聞かれたら、本来答えは「はい」か「いいえ」である。

しかし、右の例のような使い方をされると、言われたほうは「はい」としか言えないものだ。

また、言っているほうも元から相手に意見を求めているわけではなく、最後に「違いますか?」と聞くことで、逆にそれまでの発言を強調しているのである。

この言葉を好む人は、頭の回転がはやく、物事を順序だてで考えられるタイプであることが多い。

話の内容をあらかじめ自分の頭の中で整理し、しっかりと理論を組み立ててから口に出すのである。

そのため、口調には自信があり、相手に否定を許さないような話し方をすることも多いだろう。

自信に裏付けされた内容であるからこそ、「違いますか?」と言うことができるのである。

逆に、もし、相手に反論される可能性があるならそんな聞き方はできないはずだ。

また、「違いますか?」は、いちおう相手に意見を求め、発言の機会を与えていることで、頭ごなしに自分の意見を押し付けるという印象を薄くすることができる言葉でもある。

それまでの話の内容自体は叱責なのに、「 ~だと思うんだけれど、違うかな?」とか、「間違ってますか?」のように言うと、発言全体が柔らかくなったように

聞こえるのである。

しかし、実際には「違いません」としか答えられない。

しかもそれを本人の口から言わせることによって、覆りようのない事実として認めさせるのである。

言われる側にはたまったものではないが、相手をやりこめる話法としてはかなり有効なので、身に付けておいてもいいかも知れない。

前述のように発言内容を柔らかい印象にするので、相手を怒るのではなく、諭そうと思うときにも使いやすい言葉である。

29 「~とか」 ~語尾をぼかしがちな、典型的な現代人 ~「とか」というのは、事物や動作・状態などを例示的に並べあげるときに用いる言葉で、「私はリンゴとか、オレンジとか、ブドウとかが好きです」のように使われている。

しかし、現代はこの「 ~とか」の使用法が変わってきている。

たとえば、「昨日、買い物に行って、Tシャツとか買ってきた」 と言う場合、「Tシャツとか」ということは、Tシャツと、それ以外のなにかを買ってきたということになる。

「 ~など」と同じ意味で使われている場合である。

しかし、これならどうだろう。

「昨日、ごはんとか食べてたら、雨とか降って来て、カサとか持ってなかったら困っちゃった」 この場合、食べていたのはごはん「だけ」であり、降ってきたのは雨「だけ」である。

また、雨をよけるために使うものはカサ「だけ」のはずである。

それにも関わらず、「とか」をつけるのはいったいどうしてだろう。

これは、現代人があいまいな物言いを好むようになってきたからだと言われている。

前述の通り、「 ~とか」というのはそもそも物事をいくつも並列して提示する言葉である。

それを、唯一のものを表現する際に使うということは、断定を避けるということで、自己防衛の手段なのである。

ストレートに物事を言ったり、ひとつのものに断定しておいて、万が一間違っていたらどうしよう、間違えるのが怖い、といった感情が、「とか」という言葉を使わせるのだ。

物事をぼかして言うことで、その発言に対して責任を取らないですむように仕向けているのである。

よって、この「 ~とか」を多用する人は、自分が大切で傷つきたくないと思っているナルシストか、自分の発言に責任を取りたくない無責任な人ということになる。

30「つまり ~でしょ」 ~人の意見を自分の意見にすりかえている!? ~ こちらが何か言うと、「それはつまり、こういうことでしょ」 と言い直しながら話を進める人がいるが、そういうときは、気をつけないといつの間にか違う方向に話をもっていかれる場合がある。

言葉というものは、意外とデリケートなものである。

たとえばあなたが「 A + B = Cだよね」と言ったとき、それを相手が「つまり B = C- Aでしょ」と返すと、確かに中身は一緒でも、微妙にニュアンスが違ってきてしまうことがある。

こういうときあなたは、内容自体が間違っているわけではないので気がつかず、もしくは訂正するのに気が引けて、そのまま話を進めてしまうかも知れない。

するといつの間にか違う話になっていた……。

そんな経験はないだろうか。

このように、言葉というものは、少しの違いでどんどん変わっていってしまう可能性を秘めたものなのである。

「つまり ~でしょ」という言い回しは、相手の言葉を自分の言葉で分解し、再構築する作業である。

しかし、自分なりに理解して、自分の言葉で新たに言い直せば、それはもうその人の発言だと考えたほうがいい。

これはどういうことかというと、会話をその人が望むようにコントロールされてしまうということである。

べつに悪意があってそうしているわけではないかも知れないが、相手が、あなたの発言を、自分の理解しやすいように言い直しているという点では間違いない。

そのため、「つまり ~でしょ」の言い回しが多用されている会話には注意が必要なのである。

31「やっぱり」 ~自分の中で話を進めている? ~「やっぱり音楽はクラシックだよね」 たとえば、いままでに一度も音楽の話をした事のない相手に突然このように話しはじめられたら、あなたはどう思うだろうか。

「やっぱり」と言われても、なにが「やっぱり」なのかと首をかしげたくなるのではないだろうか。

その上、話を進めていくうちに、「君はどんな音楽を聴くんだい?」「ポップスが多いですね」「なるほど。

やっぱり若い人はポップスがいいんだね」「でもジャズも好きで、よく聴きますよ」「ああ、やっぱり。

ジャズはいいものなぁ」 となると、何を指して「やっぱり」と言いたいのか、わけがわからなくなってくる。

しかし、このように「やっぱり」を多用する人は意外と多いのである。

「やっぱり」をよく使う人は、自分と対話しているという見解がある。

右の会話の例で言えば、彼は自分の中でクラシックやポップスに対する見解をさまざまに考えていて、その考えに基づき発言をしているのだ。

だから、相手が何を言おうと自分の考えに対して「やっぱり」を使った発言をするし、自分の考えの延長で話をするから、会話の最初から「やっぱり」をつけたりするのである。

また、相手に嫌われないように「やっぱり」を多用する人もいる。

そういうタイプは、会話の中で相手と意見が食い違うたびに「やっぱり」を使う。

たとえば映画の好みを話していたとする。

「私はハリウッド映画が面白いと思うわ」「いや、僕はハリウッド映画は大衆的であまり好きじやない。

洋画ならフランス映画が素晴らしいと思うな」「そうね、やっぱりフランス映画は素敵よね」「でも最近は韓国映画にも興味があるんだ」「ああ、やっぱり! 話題作も多くつて面白そうだものね」 これでは女性は結局どこの国の映画が好きなのか、よくわからない。

しかし、注意して聞いていると、この女性が好きなのは最初に発言したハリウッド映画なのだということがわかるだろう。

この女性は相手の男性と話をあわせるため、「やっぱり」を連発しているのだ。

それによって「自分も最初からそう思っていた」というニュアンスを相手に伝え、相手に同調することができるからである。

前者のタイプは自分が大好きなナルシストに多く、後者のタイプは相手に媚びていると思っていい。

第 3章円満な職場関係のためには不可欠!上司・同僚・部下の心を知る

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