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第 1章 ウソを見抜く極意

第 1章 ウソを見抜く極意

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第 1章 ウソを見抜く極意カンを鈍らせないトレーニング 私は警視庁を勇退して既に 6年になるのですが、今も街を歩いている時などに人や事物を観察し、心の中で自分にクイズを出すようなことを繰り返しています。

先日、初めて入った寿司屋でのことです。

暖簾をくぐるとすぐに板前さんが「いらっしゃい。

どうぞ」という威勢のいい声で迎えてくれました。

この方がご主人のようです。

いなせな感じから、「ご主人は江戸っ子かな」という予想を立てました。

個室に案内されると、床の間に佐賀県・有田の深川青磁の器が十数個飾ってあります。

店員さんに「この器はどなたの趣味?」と聞くと、間を置かず「大将の好みです」とのこと。

なぜ江戸っ子が深川青磁をこんなに飾っているのだろう? ふつうの人なら「まあ、そんなこともあるだろう」とやり過ごすところでしょうが、元刑事の性か、一度疑問に思うと、それがなぜなのか、あれこれ推理をめぐらせて理由を知ろうとします。

そういえば以前、私が親しくしている深川青磁の会長に、「青磁を世の中に広めるには、何が大切ですか」と訊ねた際、会長が「地元の人に愛されることですよ」と返答されていたことも思い出しました。

だからご主人は、見た目こそ東京生まれのようだけど、実は佐賀の出身かもしれない。

さて、どっちだろう? ちょうどその時、ご主人があいさつにお見えになりました。

年のころ 30代前半、身長 170センチくらい、身だしなみがよく、礼儀も正しい。

すぐに出身地について訊ねたくなりましたが、それはいささか不躾です。

そこで、まずは、器について訊ねてみました。

すると、「この深川青磁は、絵色が良く、眺めていると落ち着くので、お客さまにも大層喜ばれています」とのこと。

話しぶりから、陶磁器について造詣が深いようです。

しかし、ご主人の言葉に九州訛りはありません。

有田の地についてそれとなく聞いてみましたが、「あまりくわしくは知りません」とのことです。

そこでやめておけばいいものを、どうしても疑問をそのままにはしておけません。

ご主人に「ご両親か親戚の方が佐賀にいらっしゃいますか?」と問いました。

すると、「叔父が唐津に住んでいます」と言います。

有田と唐津はさほど離れていません。

ご主人が深川青磁を好きになったのは、「叔父の影響ではない」とのことでしたが、やはり、心の奥底には佐賀に通じるところがあったのでしょう。

「絵色が良く、眺めていると落ち着く」からだけではないように思えます。

ご主人の心の奥底にあるものを知るには、性格やプロフィールなどについて質問して明らかにしていく必要がありますが、もちろんそこまではしませんでした。

しかし刑事だった頃、取調べの際に固く口を閉ざす犯人に対しては、口を割らせるにあたって、それこそ「丸裸」にするくらい質問を重ねてきました。

このように、警察を退いて何年も経った今も、私はカンを鈍らせないためのトレーニングを続けています。

ここに挙げたように他愛もないものばかりですが、刑事というものはそれほどカンを大事にする生き物なのです(もっとも、今の私にとってはボケ防止のためのトレーニングとも言えますが……)。

機械よりも五感 実際の捜査においては、刑事のカン、捜査員のヒラメキのようなものが、難航していた事件の糸口を見つける上での突破口になることがよくあります。

では刑事は、どのようにして、カンを養っているのでしょうか。

それは、現場での経験を通して身につけていくしかありません。

現場百遍、事件現場を数多く踏んで、その経験を通してのみ、カンは養われるのです。

決して一朝一夕に身につくものではありません。

刑事になろうという者は、もともと「カン」の鋭いところがあります。

それが犯人逮捕という使命の下にカンを働かせることで、いっそう研ぎ澄まされていくのです。

では、「刑事のカン」とは具体的にどんなものでしょうか? それを構成するのは、人間の五感、すなわち、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚です。

街を歩いている大勢の人の中から、人相や特徴によってホシ(犯人)を割り出す視覚。

張り込み中、藪蚊に血を吸われながらも微かな物音から犯人が近づいてくるのを探知する聴覚。

ガス爆発現場で逃げ遅れた人を救け出す際に、どこでガスが漏れているのかを感知する嗅覚。

殺人現場に残されていた齧りかけの果物の味を想像し自分の舌にまざまざと再現する味覚、血まみれのご遺体に触れて損傷や骨折などの状況を確認する触覚。

これらが合わさってカンとなり、現場で重要な事実を発見する際の、大きな力になってくれるのです。

しかしこうしたカンも、最近では科学技術の進歩によって、視覚が防犯カメラや現場写真に、聴覚が ICレコーダーや盗聴器に、嗅覚が警察犬やガスクロ(ガスクロマトグラフィー)に、味覚が DNA鑑定に、触覚がX線に取って代わられています。

実際これらの生き物や機械の正確さ、精密さは人間の五感を凌ぐものがあります。

ただ、それに頼り過ぎ、五感を粗末に扱えば、現場で重要な事実を見逃してしまうこともあるのです。

平成 22( 2010)年に重要凶悪事件の公訴時効が廃止になってからは、「私たちが、目の黒いうちに犯人を捕まえて……」と懇願するご遺族の声がそれまで以上に高まっています。

「私の無念を晴らして欲しい。

成仏させて……」という被害者の悲痛な叫びも聞こえてくるような気がしてなりません。

こうした思いを受け止め、彼らとともに痛みを感じ、ホシを憎いと思う気持ちを抱き続ける――このことが犯人を追う際の原動力になるのです。

それは機械にはないものです。

捜査員は科学捜査の手法を採り入れつつ、それに裏付けられた刑事のカンを駆使して未解決事件を検挙していきたいものです。

怪しいオーラ ここで刑事のカンが実際の現場でどのようにはたらくのか、その一例をご紹介しましょう。

【事件 1――資産家女性殺害事件】 ある年の2月、都内の住宅街を管轄する警察署に、 1人の男性( Aさん)が相談に訪れました。

「一人暮らしをしている妹の B子( 57歳)と 3日も連絡がとれません。

何かあったのではないかと考えたら心配です」 届け出を受けた警察官は、生活安全課に連絡をとり、相談窓口の担当者が Aさんに対応しました。

Aさんからくわしく事情を聴取したところ、 B子さんは 10年前に夫と死別した後、夫が経営していたホテルを引き継いでオーナーになっているとのことでした。

また、 B子さんの携帯電話は 3日前の午後 10時頃から留守電になっている、 B子さんは会社をその日の午後 7時頃に退社し、自宅の新聞受けにはその日の夕刊以降の新聞が溜まっている、これまで一度も自分に知らせずに旅行に出かけたことなどない、ということも分かりました。

この相談を受理した担当者は、捜査経験がありました。

つまり、現場を踏んできたということです。

Aさんの話を聞いた担当者は、すぐにカンを働かせ、「これは事件に巻き込まれている」と判断しました。

Aさんは普段着のまま、とるものもとりあえず最寄りの警察に駆け込んだ様子です。

また、「妹を探してもらいたい」という声には切羽詰まったものがありました。

そんなことから、「この届け出に嘘偽りはない」と確信したのです。

担当者は急いで刑事課長に連絡、刑事課長は、課員を集めて B子さんの足取り、交友関係、救急隊を含めた医療機関の捜査を下命しました。

B子さん宅の郵便受けには、 B子さんと連絡がとれなくなった 3日前の日付けの夕刊から溜まっています。

そして、同じ日の午後 2時 30分に勤務先のホテルで目撃されたのを最後に足取りがとだえていることが分かりました。

この所在不明事案については、所轄署の刑事課長から捜査一課庶務担当管理官を通じ、一課長の私に事件相談の報告が入りました。

私は、 B子さんが過去に行き先も告げずに外泊をしたことがないことや、自宅に保管されていた借入れについての覚書や登記済権利証数通の内容からして、金銭や B子さん所有のホテルの区分所有権に関わる事情が失踪の背景にあるのではないかと睨みました。

そこで、金銭絡みの殺人捜査を得意としている殺人担当の S係長以下に電話を入れ、秘匿捜査を下命したのです。

S係長らが、区分所有や登記済権利証についてホテル内の聞き込み捜査を実施した結果、意外な事実が明らかになりました。

それは、登記済証が二重となった部屋番号があり、その区分所有権の売買に同ホテル社長の X( 39歳)が介在していることです。

さらなる聞き込みにより、 B子さんと連絡がとれなくなった 3日前の午後 2時 30分頃、 Xが知人の名で予約したホテルの部屋で、キャリーバッグを手にした B子さんと会っているのを目撃した従業員がいたことも明らかになりました。

この時が、 B子さんが目撃された最後です。

また、 B子さんの自宅から押収したカセットテープには、 B子さんが Xに「あなた、この登記済証は本物でない。

どういうことですか」「いや……ちょっとした手違いがありまして、借りたお金は全額返済します」「お金、返す当てがあるんですか」などと追及している会話が録音されていました。

これらのことから、 Xが捜査対象者として浮上したのです。

ホテル関係者からは、 Xが被害者から借りた 2000万円を、返済日の 29日に返せなかったという話も入手しました。

これは、 B子さん宅で発見された、 X名義の借入金 2000万円の借用証を裏付けるものです。

もし B子さんが Xの手によって殺されたとすれば、殺害現場は Xが予約したホテルの部屋が濃厚です。

しかしその場合、 B子さんの遺体をどこへ、どのようにして搬送したのか、それが解明できないと、単なる仮定の話になってしまいます。

Xは「私が殺人を犯したというなら、その死体をどうしたのですか。

説明してください」と申し立てるでしょう。

それを覆すだけの証拠を集めない限り、自供させることはできません。

遺体を運んだのは、おそらく車で、それもホテルの駐車場から出発したのでしょう。

ホテルの駐車場は地下 1階にあり、出入りの時刻と車両ナンバーが記録されていました。

特命組が、 B子さんが行方不明になった当日の出入り車両をすべてチェックしたところ、 1台のレンタカーに目が留まりました。

「わ」ナンバーが、なぜ目に留まったのか――これについても、刑事のカンとしか言いようがありません。

レンタカーですからどこにでもある車種で、街を走っていてもとくに目を引くことはないでしょう。

にもかかわらず、いわゆる「怪しいオーラ」のようなものを、この車は発していたのです。

レンタカーの借り主を調べると、 Yという男でした。

Yを調べると、 Xの娘婿であることが分かりました。

B子さんの資産状況などを調べたところ、およそ 2年間で Xに 1億円余りの金が流れていることも判明しました。

ここに及んで、いよいよ Xとの戦いの機は熟しました。

ただ、その前に特捜本部担当検事に報告をしなければ、 Xが自供して遺体が発見された際に、逮捕して身柄を検察庁に送致する段取りがスムーズにいきません。

担当検事は私の説明に頷いた後、顔をいくぶん赤くして「被害者をお兄さんたちの元に返してあげましょう。

頼みますよ。

検察庁でやることがありましたら何なりと連絡を下さい」と栃木訛りが抜けない言葉で、 GOサインを出したのです。

Xの取調べは、 S係長 T主任組が当たりました。

Xは髪を真ん中で分け、背広をきちんと着こなした紳士風の外見をしていました。

Xは殺害を自供すれば、遺棄現場に案内をしなければなりません。

「真実を話して被害者を成仏させてあげるべきか否か」と心の中で葛藤が続いたようです。

その間、ずっと黙りこくったままだったと言います。

そして、数時間が経過した後、罪の意識に耐えられなくなったのか、ついに Xが自供を始めたのです。

「謝罪をすれば、 B子さんは許してくれるとも思った。

しかし、私が借りた部屋で、大声を上げて騒ぎ出したので、首を絞めて殺しました。

Yに死体の運搬と埋めるのを手伝わせた。

Yにはホテルでヤクザが人を殺し、死体の遺棄を高い報酬で請け負ったとウソの話をした」 この供述を受けて、娘婿の Yを取調べたところ、レンタカーを借りて、 Xとともに死体を埋めたことを自供したのです。

Xは、遺体を遺棄した現場に捜査員を案内しました。

そして、ご遺体が山林の土中から発見された際には、私の手を握り「許してください。

悪かった」と涙を流したのです。

しかし、私はこのとき、 Xの目の奥底に、心よりの改悛の情が浮かんでいないことを見抜きました。

頭の中で何か謀をめぐらしているような、どこか挑戦的な目だったのです。

Xは自分が犯人である証拠を覆す方法を必死に探し出そうとしているように見えました。

また、 Xが私に謝罪を求めたのは、「私が一課長である」ことをあらかじめ知っていたからではなく、周囲の捜査員の動きの中から「この捜査の責任者か、それに類する人」と見分けたためであることも見てとれました。

きっと、集団の中からキーパーソンとなる人物を嗅ぎ分ける能力に長けているのでしょう。

その嗅覚をもってして、 B子さんが金づるとなることを嗅ぎつけたに違いありません。

そうしたことから、私は Xという人物について、「公判では一度否認をして無罪を主張するが、それが無理なら裁判官に減刑してもらうような演技をするだろう」「そうした感情の使い分け、先読みができる人物にちがいない」と捜査員たちと語り合いました。

その後、公判になると、案の定、 Xは自供を 180度翻して「自分はやっていない」と犯行を否認しはじめたのです。

前言をいとも簡単に翻すのは、犯罪者の特徴の一つです。

しかし Xの場合、それは悪あがきにすぎませんでした。

自ら遺棄現場に案内して、実際に遺体が発見された事実を裁判の場で覆すことはできなかったのです。

【一課長の目 その 1】目は絶対にウソをつかない。

殺人犯の特徴 今まで担当してきた殺人事件の犯人に共通点があるのか、と聞かれたら、「あります」と、自信をもって答えられます。

それは、「人の死について深く考えていない」ということです。

私は人の死について真剣に考えている犯人に出会ったことがありません。

少なくとも犯行前には「死とは何か」「人が死んだらどうなるのか」「残された家族はどのような気持ちになるのか」ということについて考えたことはなかったと思います。

それでも逮捕された直後は、自らの犯行を認めて、反省の意や改悛の情を示すようなこともあります。

しかし、捜査員が追及の手を少しでも緩めようものなら、「俺は殺していない」「私はやってません」と態度を豹変させます。

「友人や恋人、家族と別れたくない」「刑務所には入りたくない」という自分の気持ちを優先させるあまり、被害者のことを考え、罪を償う気持ちが消えてしまうのです。

時の経過とともに、その事件から逃げたいという気持ちばかりが強くなっていくのです。

そうなると、【事件 1】の犯人 Xのように、「あれは取調べの時にむりやり言わされたものだ」と言って、自供を覆すのです。

そういう者は公判の時に、逮捕された当初の頑なな表情に戻っています。

【一課長の目 その 2】殺人事件の犯人は、人の死を深く考えない。

犯罪者とウソ このように犯罪者は平気でウソをつくものです。

大勢の犯罪者に接してきた私の経験から言えることですが、ウソをつくという傾向はなかなか直らないと思っています。

ウソをつくのが平気な人は、ウソが発覚してもシラを切り、突拍子もない理屈をこねて反論します。

真剣な表情で怒るのです。

そして、そのうちボロが出そうになると、「違うウソ」をつき始めます。

こうして次から次へとウソをつくものですから、やがてどれがウソで、どれが本当のことか、自分でも分からなくなるのです。

困ったものです。

性善説の方は、人が簡単にウソをつくとは思っていません。

ですから、ウソをつかれても「何かの勘違いではないか」「そんなバカなことがあるなんておかしいけど、それほど言うならそうなのかなあ」と思ったり、あるいは「ウソも方便だから仕方ないか」「いちいち反論するのも時間が惜しいか」と相手のウソを黙認してしまいます。

そしてしまいには、「この人は考えが幼いのだから仕方ないか。

そのうちウソをつかなくなるだろう」と期待感に変えてしまうのです。

すると、ウソをついた者は、指摘されたり、注意されたり、叱られたりしないのをいいことに、「うまくいった」と自らのウソに自信を深めていくわけです。

その結果、ウソを繰り返すことがクセになってしまうのです。

このような者が、罪を犯すことが多いのは現実です。

特に犯罪を何度も繰り返す常習犯罪者は、ウソをついても平気で、悪びれた様子もなく、自己の主張を堂々と押し通そうとします。

そういう犯人のペースに巻き込まれないためにも、刑事は常にウソを見抜くカンを働かせなければなりません。

【一課長の目 その 3】常習犯罪者はウソをついても平気でいられる。

ウソの兆候 ここで、刑事はどのようにしてウソを見抜いているか、具体的にお話ししましょう。

あくまで私の経験、それも取調室という非日常的な空間での話なので、どんなケースにもあてはまるとは限りませんが、少しは皆さんのお役に立つのではないかと思います。

取調官は取調室でホシと向き合います。

警察でホシ(星)とは、犯人(被疑者・容疑者)のことを指します。

「目星がついた」の「目星」が語源と言われていて、刑事は犯人の目星をつけるために全力を尽くします。

刑事は、「ホシを挙げてなんぼ」。

一つひとつの事件が「勝つか、負けるか」の真剣勝負で、引き分けなどありません。

初対面の時は、誰しも緊張するものです。

ホシも同じです。

まして、警察署、それも取調室での事情聴取ではなおさら緊張しています。

ホシを前にして私はまず、椅子に腰かけるように勧めます。

このときホシはだいたい次のような反応を示します。

■ 「すみません」と謝ったり、「どうも」「なんだよ」「しつこいな」などの言葉を発する。

■ 座る椅子を手にして位置を変えたり、座ったり立ち上がったりするなどの動作をする。

中には、椅子に座らず無言のままで立っている者もいる。

■ やたらと言い訳じみたことや意味不明のことをしゃべりまくり、質問に対する返答をはぐらかそうとする。

■ 極端に足を広げたり、足を組んだりする。

■ 身体や足を揺する。

■ 半分ほど履物を脱いだり、履いたりする。

■ 指の関節を鳴らす。

腕を組んで考え込んだりする。

■ 両手を前の方で合わせる。

■ 手を無造作に机の上に置いたり、指で何か書いたりする。

■ 頬づえをついて、ふて腐れたような態度をとる。

■ 頭を抱え込んで反省しているような素振りを見せる。

この段階では、まだホシと話をしていないので、ホシがウソをついているかどうかは分かりません。

ただ、その「兆し」は読みとれます。

私の経験では、この段階で平静を装って対応しようとするホシの場合、ウソをつくことが多いように思います。

次に会話が始まります。

ここでは、観察力が発揮されます。

容疑者の動作に注目です。

特に正対している顔や手足に目を凝らします。

ホシがウソをついている時、次のような兆候が表れます。

■ 目を逸らす。

視点が定まらずうつろ。

時に目を瞑ったりする。

■ 鼻をぴくぴくさせたり、鼻に汗をかいたり、鼻汁を垂らしたりする。

■ 唇が乾きはじめ、舌で唇を舐めはじめたり、呼吸が荒くなったりする。

中には口笛を吹く者、水を要求する者もいる。

■ 顔が青白くなる。

耳はややピンクに変色する。

耳を動かす者もいる。

顎をピクピクさせる。

■ 手の汗をハンカチやズボンで拭いたり、両手で顔を覆ったりなど、手が不自然な動きをし始める。

■ 手で頬や顎を撫でたり、眉毛を触ったり、机を指でコツコツ叩いたり、着衣をつかんでみたりする。

■ 足は、前の方に踏み込んでいることが多い。

■ ことさら平静を装っているような印象を与える。

■ ふだんよりも声のトーンが高かったり、低かったりする。

話す速度も速かったり、遅かったりする。

ウソをつくことについては、ホシは刑事の何倍も〝訓練〟を積んでいます。

取調官に経験が乏しかったり技術がなかったりすれば、ホシの語るウソの世界に引き込まれていく危険があります。

そうならないためにも、右に挙げた「ウソの兆候」に目を凝らさなければならないのです。

【一課長の目 その 4】ホシは刑事の何倍もウソの〝訓練〟を積んでいる。

本ボシはひと目で分かる「ウソの世界に引き込まれていく」ということでは、 15年ほど前にこんな事件がありました。

【事件 2――「女を絞め殺した」と出頭してきた男】 当時、捜査一課殺人担当管理官だった私の自宅に、深夜、捜査一課庶務担当管理官から電話がかかってきました。

「1時間前に、 K署に『人を殺した。

死体を山中湖の別荘近くの山林に埋めた』と言って、出頭してきた男がいます」 私はすぐに着替え、殺害や死体遺棄の方法について、詳細に聴取するように下命して K署に向かいました。

署に着いて、男を取調べた際のメモを読むと、「 3か月前に、ラブホテルで女性の首を絞めて殺した。

車で中央高速道路を抜けて(中略)その死体を山林に埋めた」とあります。

それには、埋めた場所の地図も描いてありました。

いつもなら、犯人が供述した内容の裏付けをとるために細かい指示を出すところですが、どうもピンとくるものがありませんでした。

「なぜ殺したのか」「ホテルからどのようにして死体を車に運んだのか」ということが書かれていなかったからです。

取調官がそういう大事なことを質問しないわけはありませんから、男がしゃべらなかったに違いありません。

ピンとこなかった理由の一つはそこにあります。

もう一つ、首を傾げることがありました。

それは、男が自ら黒ボールペンで書いた上申書の文字と文章に乱れがなかったことです。

ふつう「人を殺した」とか「死体を捨てた」といったくだりには、文章の流れ、力の入れ方(筆圧)、文字と文字との間隔に乱れがあることが多いのですが、実に整然としていたのです。

作成時の男の落ち着きぶりが窺えます。

それでいて、文章には、犯行の方法、死体の遺棄方法といった肝心なこと、つまり犯人でなければ知り得ないことが書かれていません。

つまり、その 1枚の紙から、犯罪の臭いがまったく伝わってこなかったのです。

もちろん、だからといって、男がウソをついていると即断するわけにもいきません。

そこで私は、男の人台(年齢、身長体重、服装、特徴等)や身なりを確認するために、取調室のドアのすき間から、男の様子を観察することにしました。

年齢は 30代で髪は長くボサボサ、ジャンパーとジーパン、ベルトに鍵束、短靴姿で、一見して水商売の女性に寄生するヒモのような外見でした。

男は取調官を相手に悪びれることもなく、滔々としゃべり続けています。

取調室からは、次のようなやりとりが漏れ聞こえてきました。

男「俺が女を殺したと言ってるんだから、もういいだろう。

何度同じことを訊けば気が済むんだ」取調官「その女性と、どこで知り合ったんだ?」男「どこで知り合った? さっきも言っただろう。

歩いていたら声をかけられたんだ」取調官「どんなふうに声をかけられたんだ」男「『おにいさん、遊んでいかない?』だよ。

カネは持っていたし、それでホテルにしけ込んだんだ」取調官「歩いていたときに声をかけられたんだな。

それで車はどこに停めたんだ?」男「車は持ってない。

バスに乗ってきたんだ」取調官「自宅からバスで来たのか」男「そうだ。

それがどうした」取調官「仲良くホテルに入って、どうして殺すことになったんだ?」男「どうして? 死にたいというから手助けをしてやったんだ」 そのあたりで私は取調官にメモを渡して承諾をとり、自ら取調室に入ることにしました。

男はそれまで両手を机の上において、両足は貧乏揺すりをしていたのですが、私の姿を見たとたん、両手を膝の上に置き、背筋を伸ばした姿勢になりました。

「変わり身の早いヤツだ。

とても自首してきたとは思えない」 本ボシなら、「懲役にはなりたくない。

何としても逃れたい」という切羽詰まった気持ちでいたり、あるいは「懲役になっても仕方がない」と覚悟を決めているので、取調べを受けている最中は真剣そのものです。

まして、捜査一課で取り扱うような重大事件の場合、有罪となれば、死刑判決を受ける可能性も十分にありえます。

ですから誰かが取調室に入ってきても、それに気づくだけの心の余裕がないのがふつうなのです。

しかし、この男は私の姿にすぐに気がつき、反応しました。

この時点で私は、男の話がまったくのデタラメであることを確信しました。

実際取調べの後、男の自供書に基づいて裏付け捜査をしましたが、何一つ裏がとれません。

結局「虚偽事案」、すなわち男の話はウソであると判断しました。

やがてこの男自身も、「自分がしゃべったことで警察が動き出した。

ドラマの主人公になったようで楽しかった」と白状しました。

後日、男は「軽犯罪法違反」で書類送検されました。

後から分かったことですが、この男は、その 1か月前にも、東京の隣県の警察署に同じように「自首」を装っていました。

その時は、同署に特別捜査本部が設置されていたので、その本部員が対応したということでした。

こんなふうに世の中には、留置場に入ることを希望して、罪を犯してもいないのに、あるいは食い逃げなど比較的軽微な罪を犯して自首する者がたまにいます。

罪になると分かっていながら平気でウソをつくのです。

こういう連中に時間を取られていたのでは、事件捜査に支障を来してしまいます。

そうならないためにも、刑事は常にカンを研ぎ澄まし、ウソを瞬時に見破らなければならないのです。

そもそも刑事というものは、被疑者や容疑者が、本ボシ(真犯人)か本ボシでないかはカンですぐに分かります。

いや、分からないようでは、この仕事は務まりません。

まさに「職人技」の世界で、「俺が殺した」という主張が、本物かウソかはすぐに分かるものなのです。

ソムリエが、栓を開けたワインの香りをちょっと嗅いだだけで、産地や醸造年、出来の良し悪しなどを言い当てるのと同じです。

ただ、出頭者の中には、軽い罪によって、自ら犯した重大犯罪に対する捜査の目をそらそうと企む者もいるため、きちんと捜査をしなければならないのは当然です。

【一課長の目 その 5】罪になると分かっていながら、平気でウソをつく人間がいる。

見事ウラをかかれたことも 犯罪者がつくウソの中には、警察のウラをかこうとするタイプのウソがあります。

こういうウソはけっこう厄介です。

捜査員の多くは、犯人にウラをかかれ、すなわちアリバイが成立しそうになって「ヒヤリ」とした経験を持っていると思います。

私の場合、容疑者や参考人のウソを見破るために、彼らに関する情報資料の分析と経験によるカンを総動員させているので、ウラをかかれた経験はほとんどありません。

しかし、それでも彼らがつくウソに捜査を妨害されそうになったり、悩まされたりした経験は何度もあります。

犯人がウラをかこうとする場合、アリバイ工作を図ろうとすることがあります。

それは、時間のトリック、犯行場所の移動、口裏合わせなどです。

時間のトリックの場合、犯人は自分の手帳や日記帳にウソの時間を書き込みます。

悪質なものになると、タイムカードやパソコンの時計を操作したり、出勤簿の時刻を後から訂正したりすることもあります。

それに引っかかったケースとしては、捜査員が捜査対象者の出勤簿のコピーや写真をとるのを忘れてしまい、後から捜査対象者が出勤簿の空欄に「出」と書き加え、公判では容疑者がアリバイを主張して無罪になったこともあります。

犯行場所の移動とは、たとえば洗面台に海水や河川の水を張って、そこに顔をつけて溺死させた後で、海や河川に遺体を遺棄して自殺を装うというものです。

また、室内で首をひもで絞めて殺害したのち、遺体を保冷車に入れて腐敗の進行を防ぎ、山林で首を吊って自殺したように装うケースもあります。

練炭や車の排ガスを使用した殺人事件の場合も注意が必要です。

一酸化炭素を吸い込むと意識が朦朧として行動能力がなくなるために、現場の状況だけで自殺か他殺かを判断するのが難しいからです。

そこで、現場では被害者が逃げている形跡があるか否か、検視では身体に緊縛痕や圧迫痕があるか否か、解剖等では胃の内容物や血液検査によって薬物反応があるか否かなど、第三者が介入している可能性について、綿密な観察によって客観的事実を明らかにし、検討しなければなりません。

その上で自殺の疑いが濃い場合には、「自殺をする動機があったのか」といったことを親族や関係者から聞き込んでいくのです。

特殊詐欺とは 十数年前から、特殊詐欺をビジネス化し、「会社」「店」等と称してメンバーを次から次へと引き入れ、厳しいノルマと歩合制の報酬で支配するというグループが出てきました。

特殊詐欺は左のように、「振り込め詐欺」と「振り込め詐欺以外」に分類されます。

■ 振り込め詐欺 ・オレオレ詐欺(警視庁の公募で「母さん助けて詐欺」とネーミング) ・架空請求詐欺(支払え詐欺) ・融資保険金詐欺(貸します詐欺) ・還付金等詐欺(返します詐欺) ■ 振り込め詐欺以外の特殊詐欺 ・金融商品等取引名目の詐欺(儲かります詐欺) ・ギャンブル必勝提供名目詐欺(儲かります詐欺) ・異性との交際斡旋名目の詐欺(紹介します詐欺) ・その他の特殊詐欺 メンバーは数人から数十人で構成されており、 20代、 30代の若い世代が多くを占めています(少年がメンバーであることもあります)。

元ヤミ金業の者や、元暴走族等の半グレも多く、リーダーの下に、現場見張りや指示を行う者、掛け子(電話をかける役)、出し子(被害者が振り込んだお金を口座から引き出す役)、受け子(被害者から直接現金を受け取る役)、リクルーター(メンバーを募集する役)、ツールの調達等の分担がなされています。

このようなグループに対して捜査一課では、誘拐・人質立てこもりのプロ「特殊犯」「ステルスチーム」が出動して検挙しています。

次に紹介するのは、特殊詐欺の先駆け的連中による事件です。

特殊詐欺などの組織犯罪においては、「絵図を描く」(主犯格が事件を組み立て、共犯者の役割や行動を差配し、犯行に及ぶ)ことがつきものです。

当時捜査第一課の管理官(警視)だった私は、元部下の刑事代理から事件について相談を受け、応援に回りました。

【事件 3――ヤミ金業者失踪事件】 都内にあるマンション 2階の事務所に、会社社長の A( 39歳)と同社の取締役で Aの愛人である X子( 34歳)の 2名が訪れました。

応対に出たのが、倒産品を安く買い付ける会社の社長 Y( 33歳)です。

その Yに、 Aと X子が「今日の入金は間違いないだろうな」と言って、 1500万円の返済を求めました。

Aは表の顔こそ一般企業の社長でしたが、実質はヤミ金業者でした。

Aは裏の世界から多重債務者の名簿を入手し、 Yを使って、電話で借金の取り立てを行っていたのです。

しかし Y自身も Aに借金があり、 Aから返済を厳しく迫られていました。

Yは「今日の午後 1時にカネの工面がつくからまちがいない」と答える一方で、その場に懇意にしている暴力団員の Z( 31歳)を呼んでいました。

Zもまた Aに使われる身でありました。

Zが場に加わったことで、 Aと X子は身の危険を感じ、退室しようとしました。

すると Yがドアの内側からカギをかけ、 Zとともに 2人を襲い始めたのです。

Yと Zは Aの首を絞めたり、 X子の頭部を殴打するなどしました。

その後も Yと Zは 2人に暴行を加え、 X子は意識朦朧となりましたが、 X子は一瞬のスキをついて、その場から逃げ出し、地元警察に駆け込んだのです。

直ちに、署員が現場に駆け付けました。

しかし Yと Zは既に逃亡しており、また Aの姿も消えていました。

この事件に関して、私は元部下の刑事代理から「どのように捜査を進めるべきか」という捜査方針についての相談を受けました。

私がまず元部下に、「届出時間と発生時間、そして届け人( X子)の風貌、持ち物など」を訊ねたところ、「届出時間は午後 3時で、発生は午前 11時 30分です。

人着は、身長が 160センチ、細顔、メガネを掛け、ツーピース姿で、ハンドバッグを持っています」と返ってきました。

私としては、届け出が110番通報によるものではないため、事件発生から届け出まで、なぜ 4時間半もの空白時間があるのか疑問に思いました。

届け出が遅いことの理由いかんでは、届け出の内容の信憑性にも関わります。

事件性の認定を行うためにも、届け人がどんな人物であるか、慎重に見極めなければなりません。

そこで私は元部下に、届け人についてさらにくわしく聞くことにしました。

「その女性の爪のマニキュアはどんな色だった? ネックレスはしていたか? ハンドバッグのブランドは? 靴はどんなのを履いてた?」 すると元部下は、「マニキュアは透明のようです。

ネックレスを着けているかどうかは分かりませんが、バッグはブランド品ではないようです。

靴も一般的なハイヒールです」 と答えました。

どうやら、この届け人は派手なファッションを好むようなタイプの女性ではなく、どこにでもいそうなふつうの女性のようです。

平凡な女性の場合、警察には縁遠いのがふつうです。

だから、警察の所在地を見つけるのに時間がかかり、それが届け出の遅れにつながったと判断しました。

しかし、それは私の見立て違いでした。

そのことは後でお話ししましょう。

所轄警察は X子の被害供述に基づき、 Yと Zに対する「殺人未遂」の逮捕状の発付を得て、捜査を開始しました。

そして数日後、 2人を発見、逮捕したのです。

Yは供述で「融資してもらった金は約束の日に返済していた。

しかし Aは借用証をよこさないどころか、『金を返してもらっていない』と言い張って、何度も請求された。

あの時も厳しく『返せ』と迫られた。

しかも Aから『今日じゅうに金を返せないのなら殺す』とまで言われ、ほんとうに首を絞められた。

X子も金槌を手に Zを殴ろうとしたが、 Zは X子から金槌を奪い取り、 X子の頭を 1回殴った。

でも振り上げて殴ったりはしていない。

言いがかりだ。

あのまま一方的にやられていたら、おれも Zも殺されていた。

だから逃げ出したんだ。

Aがどこに行ったのかなんて知らない」と、自らの正当性を主張したのです。

現場を観察すると、テーブルや椅子がひっくり返るなどして元あった場所から移動しており、かなり争ったであろうことが読みとれました。

また、天井には飛沫血痕が付着していて、その形跡から、誰かが金槌を振り下ろしたことも確認できました。

Zが X子を金槌で数回殴打したのは間違いありません。

しかし「 Aから首を絞められた」という Yの首からは、皮膚変色や擦過傷の形跡を確認することができませんでした。

それから数日後のことです。

「 Aは ○ ○(地名)で元気にしている」との電話が警察に掛かってきたのです。

それを受けて捜査員が通報の場所に向かいましたが、あちこちくまなく調べても、 Aの所在を確認するには至りませんでした。

この報告を元部下から受けた私は、この電話が捜査を撹乱するためのものであることを確信しました。

このケースのように、ニセの情報を流して捜査を混乱させるといったことは、過去に暴力団が絡む事件で経験していました。

暴力団員は、仲間意識が強いため、このような虚偽の通報や身代わりを仕立てるといったかたちで捜査を妨害しようとすることがあるのです。

そこで私は元部下に、なぜ Zが Yの会社に出入りしているのか、 Yとはどんな間柄か、 Zに問うようにと助言をしました。

これについて Zは、「タダ飯が喰えるし、小遣いももらえるので」と述べたとのことでした。

その時の Zの表情は、実に重苦しいものだったと言います。

そこで、ここが「落としどころ」だと判断して、元部下に「そろそろ事実を話すよう促したらどうか」と、一転懐柔策に出るよう伝えたのです。

元部下の言葉に、 Zはより顔をこわばらせて、「いや、俺が先に話すわけにはいかない」と、今度はヤクザ特有の面子の話を持ち出してきました。

「何をカッコつけてやがるんだ。

ヤクザの看板しょって……。

まあ、 Yより先に自供したからと言って、調書を作成するとは限らないから。

よくよく考えてみろ」 元部下が Zにそう助け舟を出すと、 Zは黙して語らなくなりました(なぜ、それが助け舟なのかは後でお話しします)。

ヤクザが黙るということは、自供を始める兆しです。

Zの心の中で踏んぎりがつくまで、ここは辛抱のしどころ。

Zには何も語りかけず、じっと口を開くまで待つのみ。

釣りをしている時、浮きの動きをじっと見ているのと同じです。

その間「そろそろかかるか、はようしゃべれ」と、ホシに「気」を送り続けるわけです。

数時間経った頃、予期したとおり、 Zはため息を一つついた後、「 Yと 2人で Aを K県にレンタカーで連れて行き、海辺の絶壁から突き落とした。

死んでいるだろう」と自供を始めたのです。

翌日には、 Yも「 Aを崖から突き落とした。

今頃は死んでいるはずだ」と殺害を認める供述をしました。

しかし取調官は、 Zの自供を、 Yに伝えることはありませんでした。

もし伝えれば、暴力団の威を借りている Yが、後で Zの上層部に難癖をつけたり、誰かを通じて Zの家族に脅しをかけたりすることがあるからです。

Yの供述に基づき、 Aが突き落とされた絶壁の付近一帯を捜索した結果、 Aが海辺を散策中の人に助けられ、生きていることが分かりました。

まさに、ドラマです。

そして、知り合いの別荘に匿われて、虎視眈々と Yと Zに対する復讐の機会を狙っていたのです。

捜査の過程で、意外な事実が判明しました。

この事件の筋書きを書いたのは、 Aの愛人、つまり、あの地味な X子だったのです。

もともと X子は出版社で働いているふつうの女性でした。

それがあるとき Aと知り合い、彼の愛人になりました。

勤めをやめた X子でしたが、金銭に対する執着心の強い Aは、彼女にあまりお金を渡さなかったようです。

「釣った魚にはエサをやらない」というヤツです。

そんな Aの態度に嫌気がさしていた X子は、 Yや Zをけしかけて Aの殺害を計画したのです。

取調べで X子が「 Aに人生を狂わされた。

別れたかった。

手切れ金が欲しかった」と話していたことが印象的でした。

X子から「あんたたち、 Aに殺されるよ」と脅された Yと Zは、「殺られる前に Aをやろう」ということになって犯行に及んだと言います。

X子は被害者を装うため、 Zにわざと頭を殴らせて傷を負い、そのことをもって被害届を提出したのです。

ただ事前の打ち合わせでは、 Zは軽く 1回殴るだけだったのが、頭から血が流れるのを見て興奮したのか、金槌を力任せに振り降ろして何度も殴打したので、 X子は頭を数針縫うほどの重傷を負ってしまいました。

このように複数の人間が共同して行う犯罪の場合、逮捕後の取調べの際、口裏を合わせていることがあるので注意が必要です。

捜査が混乱することがあるからです。

この事件も、 X子、 Y、 Zが同じようなウソをついていたため、真実が見えなくなり、当初は難航すると思われていました。

しかしヤクザで、かつ Aと利害関係のない Zを落とせばなんとかなる、と考えた私は、元部下とともに持久戦に持ち込んで Zの自白を待つ作戦をとったのです。

ところで暴力団員を含めた反社会的勢力や半グレのような組織で行動している者たちは、「誰が最初にべしゃる(自供する)か」ということをとても気にします。

面子のことももちろんありますが、先か後かによって、出所後の組織の対応が違うからです。

自分が真っ先にべしゃったとなれば、刑務所にいる間、家族が報復を受けるかもしれません。

暴力団員といえども人の子。

家族を大切にしている者もいます。

元部下が Zに「先に自供しても、調書を作成するとは限らないから」と言ったのは、 Zの身を慮ってのことだったのです。

【一課長の目 その 6】一見、地味な人物こそ要注意。

ウソ発見器 みなさんは、テレビの 2時間ドラマなどで、ポリグラフ、すなわちウソ発見器を目にしたことがあるでしょう。

実際の取調べにおいても、容疑者の承諾をとって、ポリグラフ検査を実施することがあります。

検査を受ける者の脈拍、血圧、発汗等を測定して科学的にウソをついているかどうかを判定するので、事件捜査においては有効な判断材料になります。

私の経験では、特に、学歴のある者や社会的に地位のある者に効果がありました。

【事件 4――弁当店店主刺殺事件】 これは、私が検視官から捜査第一課管理官に異動した際、初の特別捜査本部事件となった事案です。

大学や事務所が建ち並ぶ一角に、ある弁当店がありました。

昼飯時には行列ができるほどの人気店でしたが、その調理場で、午後 4時 55分頃、この店を 1人で切り盛りしている経営者の Aさん( 44歳)がうつ俯せになって亡くなっているのが発見されたのです。

発見者は近くに住む親族で、すぐに110番通報しました。

Aさんは背中を包丁のようなもので数か所刺されていました。

検視の結果は、心臓損傷による失血死。

死後 1日以上経っており、ご遺体の死後変化から、犯行時間は午前 6時内外と推定されました。

ご遺体に、防禦創(犯人に抵抗した際にできる傷)はなく、無抵抗の状態で殺害されたものと思われます。

弁当店の営業は午前 5時から午後 1時頃まで。

店内に物色された形跡はありませんでしたが、段ボール箱の上に、上半身裸の Aさんが若い女性と一緒に写った写真が 4枚あったのが特異な点です。

現場観察からは、何者かが営業中に裏口の無施錠のドアから侵入したこと、現金が盗まれておらず店内を物色した跡もないことから物盗りではないことが分かりました。

また、ご遺体の検視から、背部から包丁様(現場に凶器と特定されるものがない場合に「様」という言い回しをします)のもので刺されたことも見てとれます。

Aさんは学生時代、アメリカンフットボールの選手だったこともあり、体格はいい方です。

そんな Aさんが、無抵抗で殺害されていることなどを考えると、犯人は、 Aさんの顔馴染み、つまり「鑑」それも「濃鑑」(「被害者とごく親しい人物」「被害者宅の家屋や土地等にくわしい人物」ということ)があるものと思われました。

そこでまず、被害者の交友関係を調べ、「適格者」の中で犯行時間帯にアリバイがない者に絞るやり方で捜査を始めました。

適格者とは犯人になり得る人物のことです。

この事件では、「被害者の日常の行動――朝 4時頃から店舗に出ていること――を知っている」「裏口のドアが無施錠であることを知っている」「被害者との間で何らかのトラブルがあったか、現在もある」「男性で体力がある」などの要件を満たしている者が適格者に当たります。

これを踏まえ、大学・取引関係者、弁当店の顧客等から直に聴取するなどした結果、事件の発覚から 20日目に、 Aさんと大学時代にアメフト仲間だった X( 46歳)が浮上しました。

Xは身長が 180センチ以上、体重が 100キロ以上と、立派な体格の持ち主でした。

Xは Aさんから 1000万円を借りており、それをまだ完済していないことも分かりました。

疑うに足る理由は十分あるのですが、 Xは犯行時間帯の行動について、「得意先に納品に行き、そこの社員 Yと話していた」とアリバイを主張したのです。

そこで、捜査員が Yに面談したところ、 Yは「事件の前日に Xさんから電話が入り、当日午前 7時 30分頃、会社で会った」と言います。

現場の弁当店から Yの会社に直行するには、最低でも片道 2時間は要します。

これでは、 Xは Aさんを殺害することはできません。

この点だけをとると、 Xのアリバイが成立したように思えます。

ただ、 Xが「得意先で会った」と主張するのは、 Yだけです。

また、捜査員が Yとの面談の際に「これは殺人事件の捜査です」と前置きすると、 Yは一瞬戸惑いの表情を浮かべて、手帳を見ることなく早口で「 7時 30分です」と答えたと言います。

その一連の行動に、捜査員は「 Yがウソをついているんではないか」と直感したと言います。

捜査指揮者である私は、 Xと Yが口裏を合わせていると判断し、 Xに任意同行を求め、すぐにポリグラフ検査を実施しました。

「ウソ発見器」ことポリグラフによる検査は、事件に関するこちらの質問に容疑者が答える際の、呼吸、脈拍、皮膚の反応を数値化し、これを科学捜査研究所の専門家が分析検討するというかたちで行われます。

Xの場合、次の 6項目で異常値を示しました。

① 被害者が倒れていた位置はどこだったか? ② 何を奪ったか? ③ 殺した後、どんな行動をとったか? ④ 逃げるとき何をしたか? ⑤ 写真をどうしたか? ⑥ 店を出るとき誰と会ったか? 数値が異常を示したからといって、「 Xが犯人だ」と即断することはできません。

何度もポリグラフ検査を実施してきた私の経験からいうと、ポリグラフ検査の担当者の見解――この人物は、 ③の項目で特に異常な反応を示しているので、事件に関与している可能性は高い――は正しい、と思われました。

しかし、あくまでも取調べや証言の信憑性の補助となる位置付けであることを忘れてはなりません。

そのことを失念すると大きな落とし穴にはまってしまいます。

結果をどのように判断、活用するかは、捜査指揮官の捜査能力にかかっていると思っています。

検査後、 Xを再度取調べました。

しかし、依然として Xは、「自分は、殺していない」と否定を続けるか、あるいは、無言を貫きました。

ポリグラフの結果だけで、 Xがウソをついているとは言いきれませんが、そういう態度自体が、ウソをついていることを認めているようなものと言えなくもありません。

そんな矢先、 Yが、「 Xさんがうちの社に現れたのは、実は 8時 30分です」と、 Xに頼まれてウソの供述をしたことを認めました。

そのことを Xにぶつけると、「その日の朝、近所の病院に車を止めて、 Aさんの店に入ったら Aさんがうつ伏せに倒れていた。

まだ息があったので抱きかかえたら、 Aさんはガックリとなってそのまま息を引き取った」と供述しました。

しかし、あくまで、自分が殺したとは認めません。

ところが 3日目になると、得意先まで巻き込んでウソをついていることに耐えられなくなったのか、 Xが全面自供を始めたのです。

「ギャンブルなどでたくさんの借金を抱えていたので、 Aさんから、小切手を担保に 1000万円借りた。

返済期日の延長を Aさんに申し込んだところ、約束が違うと断られたので、とっさに目の前にあった包丁を手にとって、流し台で手を洗っている Aさんの背中を刺した。

Aさんは流し台の横にうつ伏せに倒れた。

その背中を夢中で何度も刺した。

その後、小切手や Aさんのズボンのポケットから鍵束を盗んで、近くの川に捨てた」と自供しました。

これを受けて、機動隊水難救助隊の応援を得、川から鍵束を回収、 Xの供述のウラがとれたのです。

ところで、段ボール箱の上にあった、 Aさんと若い女性の写真についてですが、その女性は、 Aさんや Xが通うキャバクラで働く女性でした。

Xは女性からこの写真を入手し、女性に容疑が向くよう現場に残しておいたのです。

つまり一見、衝動的な殺人のようですが、 Xは最初から Aさんを殺すつもりで弁当店を訪れていたのです。

【一課長の目 その 7】説明できない否定や無言は、自らウソをついているのを認めるようなもの。

黙秘を続ける犯人に辞職を覚悟 犯人は、取調べの際に終始無言でいる権利、つまり黙秘権があります。

黙秘権とは、被疑者・被告人は供述する義務を負わない、つまり、自分に不利益な供述を強要されないという、憲法に保障されている権利です(誤って「黙否権」と書く人が多くいますが) 供述内容に関して取調官からウソを指摘されると、感情をあらわにして否定する者と、ウソを受け入れてもらうために黙秘する者がいます。

後者にも 2通りあって、「しゃべる」黙秘と「しゃべらない」黙秘があります。

「しゃべる」黙秘の場合、こちらの質問に対して、その都度「黙秘します」「黙秘します」としゃべりますが、「しゃべらない」黙秘は文字通り、一言も言葉を発しません。

いずれにしても、いったん黙秘を始めた犯人は、頭の中で「どのようにして正当化しようか」「しゃべると相手のペースにはまるから黙っていよう」「事実を認めると懲役か。

刑務所には入りたくない」などと必死に考え、自分の進むべき方向を考えているようです。

弁護士に「黙秘しなさい」と勧められ、それを頑なに守っているケースもあります。

犯人が黙秘を始めたら、取調官はその事件が起きた背景や動機を解明することができません。

かといって、「早くしゃべれ!」「このままでいられると思うなよ」と凄むこともできません。

もし取調べの際に刑事が暴言を吐いたり、暴力をふるったりすれば、後で大きな問題になるからです。

そこで、何とかして黙秘を解く策を考えるのです。

犯人の口を開かせるには、まずはあいさつです。

「おはよう」と声がけしたとき、「おはよう」と応じるのか、それとも鹿十(花札の鹿が横を向いている状態。

「シカト(無視)」の語源)して無視するのか、犯人の反応はどちらかです。

ここで犯人があいさつを返してこないようなら、次は雑談に持っていきます。

季節の話や社会で起きていること、また郷里や幼少期の話などをして胸襟を開かせるのです。

実はこの局面が極めて大切です。

ここで取調官と犯人の心と心が結びついて、お互いに信頼関係が生じれば、あともう一息というところです。

刑事になりたての頃に取調べに立ち合った内ゲバの犯人は、こちらの問いかけに何の返事もしなかったのが、健康状態を訊ねたのをきっかけに、わだかまりが解けたのか、それからというもの犯人は別人のように話しはじめ、ついに自供するに至りました。

もちろん、雑談をしても、一向に口を開かない犯人もいます。

そういう場合は、話題を変えるようにします。

「何とかしてしゃべらせよう」「ウソを見破ってやろう」などと焦ってはいけません。

黙秘を解くには、辛抱強く待つことです。

黙り込む――実は、それはしゃべる兆しなのです。

ここで取調官が自分からべらべらしゃべるようなことがあってはいけません。

犯人は話し出す機会を待っているのですから、そこで取調官が口を開くと、犯人は逆に貝のように口を閉ざしてしまいます。

取調官には我慢強さが必要なのです。

【事件 5――元同僚殺人事件】 我慢強さということでは、犯人が黙秘を続けたことで我慢に我慢を強いられ、警察官の職を辞そうとまで思いつめたことがあります。

そこまで心理的に追い込まれたのは、長い警察官人生の中で一度だけです。

当時の肩書は捜査一課管理官。

47歳の時のことでした。

ある年の初めに、関東近県でバラバラ死体の一部が発見されるという事件があり、その県の県警に特捜本部が設置されました。

その特捜本部に「私どもの会社の A( 28歳)が、 8日の仕事始めから出勤していません。

もしかすると、そちらの事件の被害者でないか」との届け出があったのです。

特捜本部はさっそく、死体の一部と Aさんの DNA鑑定を行ったのですが、両者は一致しません。

Aさんの住居が警視庁管内にあったので、所轄署で Aさんの失踪に関して秘匿捜査が開始されました。

その結果、 Aさんは、1月 2日午後 8時 56分、自宅から「 117番」にかけて以降、消息を絶っていることが分かりました。

その後、何者かが Aさん名義の銀行預金から約 300万円を引き出していることや、 Aさん名義のクレジットカードが約 219万円分、商品の購入に使用されていることも判明しました。

また Aさんの身辺捜査から、 Aさんは都内に住む女性と交際中であり、彼女と 8日にデートをする約束をしている事実をつかみました。

これらのことを考えると、 Aさんが行方をくらます理由が見つかりません。

Aさんの勤め先や関係者への捜査の結果、 X( 32歳)という男が、捜査対象者の一人として浮上しました。

Xは以前 Aさんの同僚でしたが、 1年前に同社を退職、サラ金業者 4社から計 119万円の借り入れがあることが分かりました。

Xは、妻子や親にも退職している事実を隠し、働いていると装って毎朝定時に出勤・帰宅を繰り返していました。

給料は消費者金融で借りて振り込んでいました。

また、 Xを内偵捜査したところ、 Xが Aさんに成り済まし、勝手に転居届の手続きをしたり、電話で不動産屋や東電・ NTTなどに引っ越しを伝えるといった偽装工作をしていることも判明しました。

これらの事実から慎重に捜査を進めていた矢先のことです。

ある新聞に Aさん失踪の記事が大々的に掲載されてしまったのです。

そこで急遽 Xを任意で取調べることにしました。

Xの自宅を捜索した結果、玄関内に争った形跡があることが分かりました。

また ATMの防犯カメラに、 Aさん名義の口座から現金を引き出す、腕に包帯をしてサングラスをかけた男の映像が残っていたのですが、その男が着ていた服と同じものが、 Xの自宅から見つかりました。

これで、 Xが Aさんの預金を引き出した事実の裏付けを得ることができました。

これらの事実を Xにぶつけると、 Aさんの通帳やクレジットカードから現金を得たこと、被害者の車を廃棄したことを認める供述をしました。

Xの自供どおり、被害者の車が東京湾の埋立地で、原形をとどめないほど燃えた状態で発見されました。

火災原因を火の流れ(火元からどのように延焼していったか)を観察して調べたところ、エンジンや電気系統の発火、或いは自然発火などではないことが分かりました。

つまり放火です。

何者かが証拠隠滅を図って車を燃やしたのです。

その誰かとは、 Xと考えるのがふつうでしょう。

しかし、取調べの時、 Xが妙なことを口走ったのです。

「すべては、中国人の Yという男の指示によるものだ」 つまり主犯は Yで、自分は Yに命ぜられるがまま犯行に及んだにすぎないと言うのです。

消防署の消火活動日誌などから車が燃えた日を調べると、 Xを任意で取調べていた日であることが分かりました。

ここで「共犯者が存在する」という Xの供述を否定できない状況に陥ったのです。

このとき、 Yなる中国人が存在する可能性がにわかに浮上してきました。

しかし、 Xの供述はいかにも荒唐無稽です。

わざわざカンを働かさずとも、ウソであることは明らかです。

Xのウソを暴くにはどうすればよいか? それには、車を燃やした真犯人を見つけることです。

ただ、その捜査は困難を極めました。

車が発見されたのは、昼も夜もほとんど人通りのない場所で、目撃者がいなかったからです。

しかし、捜査員たちの粘り強い捜査の結果、車が発見されてから約 3か月後に、放火した犯人を割り出すことができました。

ローリング族(一般道で暴走行為を行う集団)の 2人が、放置車両と思い込み、車の部品を盗むため火を放ったのでした。

こうした事実を積み上げていき、 Aさんの殺人事件の捜査を開始して 258日目、有印私文書偽造・同行使・詐欺で、ようやく Xの逮捕に踏みきりました(後日、電磁的公正証書原本不実記録・同供用で再逮捕)。

しかし Xは、取調べの際にひと言も発しようとしませんでした。

黙秘を貫いたのです。

途中でめまいを装って倒れこむこともあり、そのたびに医師の診察を受けるのですが、どこにも異常が見つかりません。

そんな Xに取調官は、「黙秘は認められている権利だけど、黙秘をするということは、 Aさんの居所を知っているということか?」「 Aさんにもご両親がいる。

ご両親の元に返してあげようよ」と粘り強く語りかけました。

それでも Xは完黙したままです。

私は「自供に持ち込まなければ、警察を退職しなければならないだろう」というプレッシャーを感じていました。

詐欺等の容疑という一見別件逮捕のように受け取られやすいかたちで Xを逮捕したのですが、本来の使命は Xを殺人罪で挙げることです。

それを立証するには、 Xを自供させて、 Aさんのご遺体を発見しなければなりません。

ご遺体を発見し、ご両親の元に返せなければ、この事件はヤミに葬られてしまう。

そうなったら、誰かが責任をとらなければなりません。

それが刑事魂というものです。

私にとって警察官を辞めるということは、刑事という職を天職と決め、それまで着実に歩んできた道を志半ばで逸れることを意味します。

それでは、郷里で私を応援してくれている両親や友人たちに顔向けができません。

しかしだからといって、管理官が自分の都合でジタバタするのは見苦しいものです。

ここは平静を保ち、自分自身の心に「俺は勝つ。

俺がやらなければ誰ができるか。

俺しかいない」と、心に言い聞かせました。

そして、仲間である捜査員や共に行動している運転担当との一体感を持ち続けたのです。

すると不思議なもので、その気魄が犯人にも伝わったのか、逮捕から 31日目、 Xがついに落ちた(自供した)のです。

それも午前の取調べにおいてでした。

「おはよう。

よく眠れたか」とあいさつした直後のことでした。

私自身、午前の取調べで落としたのは、そのときが初めての経験でした。

殺人などの凶悪事件の犯人が午前中に落ちることはまずありません。

午前中の取調べは、事件の核心をめぐっての応酬よりも、雑談になることが多いからだと思います。

先輩からも、「自供するときは潮の満ち干と同じ頃だ」と教えられていました。

しかし Xは、私が取調室に入ってお茶を出す間もなく、姿勢を正して「私を信じてくれますか。

私を守ってくれますか」と言うなり、嗚咽して「 Aさんを殺めました」と白状したのです。

頑強に完黙していたホシも、いったん落ちると打って変わって雄弁になり、 Aさんを殺害した時のことを詳細に話し始めたのです。

Xに、 Aさんを殺害した場所や遺棄した場所の図面を描かせ、遺棄場所に案内させました。

Aさんのご遺体は、全裸の状態でビニール袋に入れられ、海岸の砂の下に埋められていました。

頭部は鈍器で殴打されて頭蓋骨が骨折、両手両足は粘着テープで緊縛され、また歯は抜かれていました。

哀れな姿でした。

前述のように、 Xと Aさんは同僚で、もともとは親しい間柄だったようです。

あるとき、 Xが消費者金融からの督促金を Aさんに無心したものの断られたことで、「 Aさんに拒絶されている」と思い込み、計画的に犯行に及んだのでした。

この事件は、 Xが中国人の共犯者の存在を示唆したり、車の放火犯がなかなか見つからなかったり、逮捕後の Xが完黙したりと、解決までに実に難航しました。

Xが自供し、 Aさんのご遺体を発見収容した時、私は「これで首の皮一枚でつながった」と思いました。

そして捜査員一人ひとりに、「みんなのおかげで犯人を自供させることができた。

私も警察を辞めなくてすんだ」と心から感謝したのです。

誰しも難しい仕事を乗り越えることで達成感を味わい、それが自信となって仕事に対する力量が蓄えられるものです。

私にとって、この事件がまさにそれだったのです。

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