
●願望実現のための不可欠な要素
願望から金銭的な価値を生み出すためには、忍耐力は不可欠な要素である。その忍耐力の基礎となるのが「意思の力」だ。この意思の力と願望が結びついたとき、恐るべき力を持った何かが生まれる。
莫大な財産を築いてきた人たちは、ときには冷血漢と非難され、ときには、残酷な人だと批判されることもある。だが、多くの場合それは誤解なのだ。
彼らは強固な意思と決してあきらめない強い願望を持っている人々なのである。
※強固な意思と決してあきらめない強い願望を持っている
多くの人々は、最初にちょっとした反対や不運、あるいはちょっとした失敗に出合うと、すぐその目標や願望を放棄してしまうものである。
※多くの人は失敗したら、すぐにその目標や願望を放棄してしまう。
目的を達成するまでは、あらゆる障害を乗り越えていくという人はわずかしかいないのだ。忍耐力という言葉には、いささかも英雄的な響きはない。
※目標を達成するまではあらゆる障害を乗り越えていくという人はわずかしかいない。
しかしこの地味な言葉には、私たちにとって炭素が鉄鋼の価値を決定するのと同じ価値が含まれているのだ。
富を築くためには成功ノウハウの各段階を活用していかなければならない。そのためにはまずこの成功哲学を理解し、忍耐力を持ってそれを行動に転化していく必要がある。
※成功するためには、ノウハウの各段階を活用していくこと。
●あなたの忍耐力はこうして判定できる
もしあなたが、この本に書かれていることを本当に実行するつもりで本書を読んでいるのなら、あなたの忍耐力は、第2章に記述されている「願望実現のための六カ条」を実行できるかどうかで判定できる。
もちろんあなたが、すでに明確で具体的な目標や願望を持ち、完全な達成プランを立てているならば(そういう人は本書を読んでいる人の中でも二パーセントにすぎない!)、話は別である。
だが、あなたがいまだに明確な目標も持たず、計画も立てていないのなら、もう一度、六カ条から始めなければならない。
それを日常の習慣として取り入れるように努力しなければならない。当然のことだが、ただ読み過ごすだけなら、まったく何の価値も生まれてはこないのだ。
忍耐力の欠如は、失敗の最大原因といってよい。
また、この忍耐力の欠如が大多数の人間に共通している弱点であることは、調査の結果、すでに明らかである。しかし、この弱点は努力によって克服することができる。
※努力で忍耐力の欠如をカバーすることができる。
その最も簡単な克服法とは、自分の目標や願望に心を集中し、その鮮明なイメージを心に浮かべることだ。
目標達成の出発点は望みを持つことである。このことは心に刻みつけておいていただきたい。しかし小さい目標では、小さな結果しかもたらされない。
※小さい目標では、小さな結果しかもたらさない。小さい火が、少しの熱しか出ないのと同じ。
小さな火では少しの熱しか出ないのと同じである。もしあなたが忍耐力に欠けていると思うなら、その原因はあなたの望みにある。
もっとあなたの望みの炎を燃え上がらせて、大きなものにすることにより、忍耐力もそれに比例して強くなるものだ。
この本を最後まで読み終わったら、もう一度第2章へ戻っていただきたい。
そして、もう一度第2章を読みなおし、六つのステップ(願望実現のための六カ条)をくれぐれも怠ることなく、必ず実行していただきたい。
その熱意が大きければ大きいほど、大きな富を引き寄せることができるし、熱意が小さければ小さな富しか得られない。
もし、今すぐ実行する気持ちになれないとしたら、あなたの富に対する願望はまだ十分熟していないと思っていただいて間違いはない。
大海に水が流れ込んでいくのと同じように、富を得ようと決心を固めた人にだけ、富は自然に流れ込んでいくのである。
もしあなたに、忍耐力の欠如が感じられるようなら、第10章「マスターマインドの力」(三二三ページ())を参照してマスターマインドをつくり、その人たちの協力を求めるようにすればよい。
また、「深層自己説得」や「潜在意識」の章にも参考となるノウハウがあるので、参照するといい。
そして、あなたが潜在意識の中で真に望んでいるものを、明確かつ具体的なイメージとして描き出せるように努力していただきたい。
そうすれば、あなたはもはや忍耐力の不足に悩まされることはなくなる。あなたの潜在意識は、あなたが眠っていようと起きていようと、常に働き続けているのだ。
●あなたの意識は本当に〝富〟を求めているか?
この成功哲学はときどき実行してみるといったようなことでは、何の効果も発揮しない。
良い結果を得るためには、この成功哲学が完全にあなた自身の習慣となるまで実行しなければならない。
※毎日毎日繰り返す。
それ以外にあなたの「富を求める意識」を開発する方法はないと思っていただきたい。貧乏な人というのは、実際は貧乏が好きなのだ。
※貧乏な人は結局貧乏が好き。
これは豊かであることが好きな人に富が集まってくるのと同じ法則によるものである。「富を求める意識」のない人の心には、いつの間にか「貧乏を求める意識」に占領されてしまっているのだ。
※やりたいことと富をリンクさせる。
「貧乏を求める意識」というのは、意識してそうなろうと思わなくても、心の中に自然に発生するものである。「富を求める意識」というのは、生まれつき持っている人は例外として、努力しなければ発生しない。もっとも「富を夢見る意識」は万人に共通のものである。
※意識してそうなろうと思わないと心に自然に発生するものではない。努力しないと発生しない。
この「富を夢見る意識」と「貧乏を求める意識」は同じものを縦から見るか横から見るかの違いにすぎない。
この重要な事実を完全に理解できれば、富を築くためには、忍耐力がいかに大切なものであるかを理解することができるだろう。
もし忍耐力がなければ、あなたは何もしないうちに失敗してしまうかもしれない。だが、忍耐力があれば、あなたは必ず勝利を得ることができるのだ。もしあなたが金縛りにあった経験があるなら、忍耐力の価値がわかると思う。
あなたは今、ベッドの中だ。そして、うつらうつらしている。だがとても息苦しい。といって寝返りを打つことはもちろん、身動き一つすることすらできないのだ。
そこであなたは、とにかく体を動かさなければ、と思い始める。それで忍耐強く意思の力を働かせていると、やっと片方の手の指だけ動かせるようになる。その指を動かし続けているうちに、どうにか腕も動くようになってくる。そして腕を上げることもできるようになる。
さらに意思の力を働かせていると、もう一方の腕も動かせるようになり、そしてついに、体全体が自由に動くようになって、やっと金縛りから脱出することができるのだ。
これと同じように、あなたが世の中の〝金縛り〟から脱出したければ、一歩一歩、忍耐力(第三者があなたを見て、そういう力を発揮していると感じるだけのことが多い。
あなた自身はとても楽しい行動としか感じないだろう)と努力(イマジネーションと言ってもよい)で前進していくことだ。そうすればついに成功はあなたのものとなるのである。
●無気力からの脱出
もしあなたが無気力に陥ってしまって、何とかその無気力から脱出しなければいけないという状態にいるときも、これと同じような経過をたどることになるだろう。
金縛りから脱出に成功したのと同様に、最初はゆっくりと忍耐強く無気力からの脱出を図るのだ。
無気力というのは努力をする気力もない、という状態なのであるから、そこから脱出しようとするのは、ガソリンの入っていない自動車で危険地帯から脱出しようとするのと同じようなものである。
しかし私たち人間は自動車と違って、「集中力」や「想像力」というものを持っている。また「意思力」という素晴らしい力も持っている。どんなに無気力な人間もそれらの力は等しく持っているのだ。
したがって、〝脱出しようとする意思〟と〝脱出したときのイメージ〟を駆使すれば、やがては無気力から脱出することができる。
そして次第にスピードを上げていくうちに、やがては自分の意思どおりにあなた自身をコントロールできるようになるのである。
これを忍耐強くやれば必ず成功する。
もしあなたが注意深くマスターマインドを選んでいるならば、少なくともその中の一人くらいは、あなたの忍耐力を強化する手助けをしてくれる人がいるはずである。
かつて莫大な富を築いた人々の中にも、その必要に迫られてマスターマインドの力を借りた人たちがいた。
彼らが忍耐力を高めようとしたのは、常に厳しい環境が襲ってくるため、どうしても忍耐力というものが必要だったからである。そうして彼らは実際、忍耐強い人物になったのだ。
忍耐力を習慣として身につけた人は、たとえ失敗しても、あたかも失敗そのものを保険にかけているように涼しい顔をしているものだ。
そのような人こそ、どんなに失敗を重ねても、最後には梯子の最上段に登りつめることができる人なのである。
ときには何者かが陰に隠れていて、あらゆる種類の失敗を経験させることによって、忍耐力のテストをしているように思えるときすらある。
だが、その失敗にもめげず、挑戦を続けている人たちだけが目標に到達するのだ。このとき、世界はこう叫ぶだろう。
「おめでとう!あなたならきっとやり遂げると思っていた!」裏に隠れているこの何者かは、忍耐力のテストをパスしていない人に祝福したりはしない。
テストにパスできない人々には勝利も称賛も与えられないのだ。テストにパスした人々には、その忍耐力に対してたっぷりと報酬が与えられる。
いかなる目標であろうと、彼らには成功という名の勝利が与えられるのである。
それだけではない!もっと重要なもの、すなわち、「どのような逆境や失敗も必ずそれ以上の価値を生み出す利益の種子を持っている」という極意を体得できるのである。このことは別項で詳しく触れることにしたい。
●「失敗」は、あきらめない人にとってのみ成功への一里塚となる!
わずかな人だけが、失敗の経験から忍耐力の重要性を学びとる。彼らは失敗したとしても、それは成功を生むために不可欠な陣痛にすぎない、としか受け止めないのだ。このように受け止め、そして再び、すぐに立ち上がっていく人々なのである。
忍耐強い人たちだけが、最後に失敗を勝利に転換できるのだ。人々の生き方を見ていると、圧倒的多数の人は失敗したまま二度と立ち上がれないでいる。
ほんの少数の人だけが、先ほど述べたように、失敗を「努力の糧」として受け止めるのだ。これは一つの習慣といってもよい。習慣によってそのような心構えが形成されるのだ。
またそのような心構えによって、その思考習慣は強められるのである。いずれにせよ、そのような人々だけが、幸運にも人生の後戻りを経験しなくてすむのだ。
そのような人々は、絶望的な場面に遭遇したときでも、それに対抗する不思議な力が自然と湧き上がってくるものである。
心の中にそのように考える思考回路ができあがってしまっているからだ。しかし、その力を見た人はいないし、その存在に気づいた人も少ない。
その力は、やはり忍耐力と呼ぶしかない。そしてその力こそもっと開発し、伸ばしていかなければならないのだ。
もし、この忍耐力がなければ、どのような分野においても決して大きな成功を成し遂げることはできないだろう。少なくとも、そのことだけは断言できる。
今この箇所を書いていて、ふと顔をあげると、目の前に、偉大でまた神秘的なブロードウェイ〔訳注…ニューヨーク市マンハッタンの南端からニューヨーク州の州都、アルバニィに至る大通り。
ここではタイムズスクウェア付近の劇場中心地を指している〕の一角が見える。ここは「絶望者の墓場」でもあり、「チャンスの入り口」でもある。
ブロードウェイには世界中の人々が名声と富と力と愛と、そしてその他、成功と呼ばれるありとあらゆるものを求めて、集まってきている。
そして、誰かがこれらのチャンスを求める群衆の長い長い行列から抜け出して成功すると、その人はブロードウェイの征服者として人々から称賛されるのである。だが、ブロードウェイはそう簡単に征服される所ではない。
ブロードウェイは才能や天分を認めはするが、報酬を与えるのはその人が匙を投げ出すのを断固として拒否するのを見とどけてからなのである。
私はこのブロードウェイ征服の秘密を発見した人を何人か知っている。そしてその成功の秘密は、「忍耐」という言葉と決して切り離すことはできないのである。
ファニー・ハースト(一八八九~一九六八)もブロードウェイの征服に成功した一人である。
彼女がブロードウェイを征服するためにどのような困難と闘ってきたか、その苦闘の中に秘密が隠されている。
彼女は、一九一五年にニューヨークにやってきた。作家として身を立てるためであった。長い苦労のあとに、彼女はその望みを達成し、成功を手にした。
彼女は四年間、ニューヨークの歩道を、しかもいつも同じ道を通い続けた。それは、出版社に通じている道であった。編集者と会った後の帰りの足取りは重かった。彼女は昼は働き、夜は希望に燃えて著作に専念していたのだ。
この苦悩に満ちた日々の中で、希望の火が消えかかったときでも彼女は「いいわ、ブロードウェイ。あなたの勝ちよ!」とは決して言わなかった。
彼女はこう言ったのである。
「いいわね、ブロードウェイ。あなたは大勢の人を追い出してきたけれど、私は追い出されはしないわよ。あきらめるのは、あなたのほうね」ある出版社(サタデー・イブニング・ポスト)では彼女に断りの手紙を三六回も書き送っている。
それでも彼女はあきらめなかった。普通の作家なら、最初の断り状であきらめたであろうが、彼女はそうではなかった。こうして彼女は四年もの間、出版社への道を通い続けたのである。晴れの日も雨の日も、そして雪の日も……。
しかし彼女の心には常に勝利の信念が燃えさかっていたのだ。そしてついにその日がきた。ブロードウェイが持っている拒絶という名の呪縛が解けたのである。
目に見えない何者かが、彼女をテストしていたのだ。彼女はそれをパスしたのである。そのとき以来、今度は出版社のほうがその(彼女があくことなく通い続けた)道を通うはめになった。
『スターダスト(星くず)』『ラマクス(のろま)』『アパシオナータ(熱情)』『ア・プレジデント・ボーン』『5と10』『ファミリー!』等々の作品が彼女の頭の中から生み出された。
そして金が激流のように、彼女のもとに流れ込んできた。あまりにも巨額の金が次々と流れ込んできたため、彼女は数える暇さえなかったほどだった。
やがて彼女の作品が映画化されることになり、再び金が洪水のように押し寄せてきた。こうして彼女は不動の地位と名誉と巨富を得たのである。
短い話ではあるが、成功にとって忍耐がいかに重要であるかがわかってもらえたと思う。ファニー・ハーストは特別な人間ではない。またアメリカだけに通用する話でもない。
富を築いた人々の九八パーセントは、どこの国の人でも初めにこの忍耐力を要求された人々なのである。
ブロードウェイなら、乞食にだって一杯のコーヒーとサンドイッチぐらいは恵んでくれるだろう。しかし、大きなステーキを要求する人には、必ず見返りとして、それなりの忍耐力を要求してくるのだ。
もしケイト・スミス〔訳注…本名キャサリン・エリザベス・スミス。約七〇〇曲ものポピュラーソングを歌った。そのうちの一九曲はミリオン・セラーとなっている。
そのうちの一つ‘WhentheMoonComesOvertheMountain’は日本でも有名。一九〇九~一九八六〕がこの物語を読んだら、きっと「まったくそのとおりよ」と言うだろう。
彼女は長い間、たとえ金をもらえなくてもマイクさえあれば忍耐強く歌い続けてきた女性だ。ブロードウェイはこう言った。
「もしできるなら、やれるだけやってみたら?」ケイトは耐え抜いた。するとブロードウェイは疲れきってこう言ったのである。
「わかった、わかった。もういい。負けたよ。さあ、君の歌の値段を決めよう。どんどん歌ってくれ!」彼女は自分で値段をつけた。それは高額なものだった。
●忍耐力を鍛えるために
忍耐力とは、心の力の一つである。したがって、むろんその力を開発しようと思えば必ずできる。ほかのすべての心の力と同じように、忍耐力は確固たる信念を基礎にしている。忍耐力を培い、育て、強めるためには八つの重要な秘訣がある。
1目標・願望の明確化
あなたが何を望んでいるかをはっきり知ることだ。これが忍耐力を養う最も重要なステップである。強力な動機づけこそ、困難を克服する力の源泉となる。
2強いエンスージアズム(熱意)を伴った目標実現意欲
あなたの熱意を、周囲が燃え出すほどに高めれば、忍耐力を発揮することは、少しも難しいことではなくなるものだ。エンスージアズムに関しては、本章後半で説く。
3自信
あなたの脳力を信じること。そしてあなた自身の価値を信じることだ。自信が勇気と忍耐力をもたらす。自信を強めるための秘訣は深層自己説得の章(第4章)で説明したので、再度読み返していただきたい。
4計画の明確化
計画をきちんと立てること。そうすればやがて忍耐力が養われてくる。
5正確な知識
あなたの経験、観察をもとにして計画を立てること。この正しい知識を使わず、単なる憶測や推察だけの知識で判断することは、忍耐力をたちまち破壊してしまうことになる。
6マスターマインド
人々に対する思いやりと理解と調和のとれた協力心(このことを「マスターマインドの心」と呼ぶ)、これはあなたの忍耐力を強化させる。
7意思の力
明確な目標に対して常に心を集中する努力は、優れた忍耐力を開発する。
8習慣
忍耐力は習慣の結果である。だから忍耐力を習慣として身につけるようにしなければならない。そうすれば、恐怖という最大の敵でも、あなたが勇気ある行動を繰り返すことによって打ち負かすことができるのだ。
●このウィーク・ポイントを乗り越えよう
この忍耐力の章を読み終える前に、あなた自身に、もしこの忍耐力が欠けているとすれば、特にどの部分が問題なのかを調べておくべきだ。勇気を持って前記の八つのポイントを分析してほしい。
そしてあなたに欠けているものが、いくつあるのかを調べていただきたい。この分析をすることによって、新しいあなたを創造するヒントが得られるかもしれないのである。そして、あなたと成功との間に立ちふさがっている本当の敵を発見する必要がある。
それによって、忍耐力についての弱点がわかるばかりでなく、その弱点に潜んでいる本当の原因もわかるようになるのである。また次のリストを十分に研究して、自分自身を見つめていただきたい。
そうすることによって、自分は何者なのか、何をすることができるのかをはっきりと知ることができよう。そのためには、正直に自分自身を見つめることが大切である。
次にあげたのは、富を築くためにどうしても克服しなければならない一六のウィーク・ポイントである。
- 1自分が何を望んでいるのかわからず、説明もできないこと。
- 2理由があろうとなかろうと仕事を翌日に延ばすこと(もっともらしい言い訳をつけて)。
- 3知識欲、勉強意欲が欠けていること。
- 4優柔不断。いつも正面から対決することを避け、すべてにわたって責任転嫁をすること(これにももっともらしい言い訳がある)。
- 5明確な計画を立てることをせず、口実をつくっては言い逃れをすること。
- 6自己満足。この病気は治しようがない。この病気にかかっている人には、明日への希望はない。
- 7無関心。問題が生じたときに、直面して闘おうとはせず、すぐ安易に妥協しようとする、その態度の根本にあるのはこの無関心である。
- 8他人の失敗は厳しく責め立てるが、自分の失敗はなかなか認めようとしない。
- 9動機づけをしなかったことからくる熱意の弱さ。またその弱さを原因とする怠け癖。
- 10最初の失敗で簡単に挫けてしまうこと。
- 11ずさんな計画。目標や願望を紙に書こうとしないため、分析も反省もできない。
- 12目の前にアイデアがひらめいても、チャンスが現れても、手を伸ばしてつかまえようとしない怠惰な性格。
- 13夢想するだけで何もしないこと。
- 14豊かになるために苦労するくらいなら貧乏のままでもいいという態度。このような人は「こうなりたい」「こうしたい」「これが欲しい」という強い意欲が欠けているのだ。
- 15自ら汗を流そうとはせず、ギャンブルや投機などで近道を探して儲けようとすること。
- 16批判を気にする。
他人の考えや行動、発言が気になり、批判されることばかりを恐れる結果、行動を起こさない。これは、このリストの中でも最大の敵である。なぜなら、これは目には見えないが、誰もが潜在意識の中に持っているものだからだ。
●批判を恐れることは成功を恐れることだ
ここで、批判を恐れる気持ちについて明らかにしてみよう。多くの人々が親戚や友人たちや世間の批判を恐れて、結局、自分の人生を送れなくしている。
この種の恐怖にとらわれている人たちは、自分の希望が打ち砕かれ、取り返しがつかない損害をこうむっていることをよく知っているのだ。
数え切れないほど多くの人々が、年齢を問わず、他人への憚りということで自分の一生を台無しにしてしまっている。これも批判を恐れてのことである。
どんなに相手が立派で、高潔な人物であれ、あなたの正当な希望をあきらめさせたり、あなたが自由に生きる権利を侵害することはできない。
自然の法則に照らし合わせても、そのようなことができる何の根拠もないのだ。
また、失敗したら批判されるのではないかと恐れて、せっかくのチャンスをわざと見逃してしまう人も少なくない。
この失敗に対する批判を恐れる気持ちは、成功したいという願望よりしばしば強いものである。高い目標を持つことは止めておこうと考えている人も大勢いる。
というのは、親戚や友人から「あまり高望みはしないほうがいいよ。世間の人たちは君を愚か者だと言うかもしれないからね」と言われるのを恐れてのことだ。
そして実際、親戚や友人の言うとおり、世間の人たちは「あいつは愚か者だ」と言うのが常である。そうなると、「なるほど、親戚や友人の言うとおりだ」ということになり、ますます何もしないほうが正しい、という確信を持つことになる。
私がアンドリュー・カーネギーから二〇年間にわたって成功哲学を体系化しないかと提案されたとき、私の頭をとっさにかすめたのは、まさにその、世間の人が何と言うだろうかという恐れであった。
なぜなら、その提案は、私がそれまでに想像もしなかったほど高遠なものだったからである。その恐れの気持ちと同時に、私はひそかに口実や言い訳を探していたのだ。他人の批判を恐れてのことだった。私の心の中から、こんな声が聞こえてきた。
「お前にはできそうにないよ。あまりにも大きな仕事だし、第一、時間がかかりすぎる。二〇年だって?親戚の人たちは何て言うだろう……。それに、どうやって食べていくのだ?成功哲学なんて、今まで誰もまとめたことがないじゃないか。
いったい何の権利があって、お前はそんなことをやろうとしているんだ?そんな高望みをするお前はいったい何者なのだ⁉お前の惨めな生い立ちを思い出してみろよ。
成功哲学って何のことか知っているのか?世間はお前が気が狂った(事実、人々はそう思った)とでも思うことだろう。
今までどうしてほかの誰かがそうしなかったのか、その理由を知っているのか?」ほかにもいろいろなことが私の心の中を駆け巡り、反省を促したものだ。
それはまるで、世界中の人が寄ってたかって私の願いをつぶしにかかっているようにも思えた。「カーネギーの提案を断れ!」と頭ごなしに命令されているような気分に、私は何度陥ったことか。事実、こんなこともあった。
私はカーネギーに、「イエス」と答えた後で、弟にこの話をした。弟は何も言わずに、私の話を最後まで聞き、私が話し終えると静かに立ち上がり、私の肩を抱いて真顔でこう言ったものである。
「ナポレオン兄さん、俺は小さいころから、いつも、兄さんは少しおかしいんじゃないかと思っていたんだ。今その話を聞いて疑う必要はなくなったと確信したよ。これで、兄さんが本当に狂っているということがわかったからね」
弟の考えは、とても論理的なもののように思えた。事実その後、私の親類や友人は、ただ一人〔訳注…ヒル博士の継母のみが彼を励ました〕を除いて、皆、私のしたことに対して、弟と同じ評価をし、見下した目で私を見るようになったのである。
私の希望を捨てさせるような機会はそのほかにもいろいろあった。のちに私が何千人もの人々の考え方を分析していくうちに、私はあることを発見した。
それは、アイデアというものは生まれたときにほとんど死にかかっているか、あるいは生きていたとしてもすぐに手当てをしなければならない状態なのだということである。
その手当てとは、明確な目標と迅速な行動のことだ。生まれたばかりのアイデアには、手厚い看護が必要なのだ。アイデアは一分間でも生命を持ちこたえれば、それだけ生き残るチャンスは大きくなる。批判への恐れは、あらゆるアイデアを殺してしまう原因となる。
その恐れがある限り、アイデアは実践計画に発展することもないし、行動に移されることもないのである。
●忍耐が幸運をもたらす
多くの人々は、成功は運が良かった結果だと信じている。確かに、そのように信じさせるような要素はある。
だが、いつも「運」だけを当てにしていたのでは、常に失望していなければならないハメになるだろう。なぜならそのような人は、目の前にあるもう一つの重要な成功の要素を見逃してしまっているからである。
その要素とは、幸運を自らの手でつくり出すための「知識」のことである。
あの大恐慌のとき、コメディアンのW・C・フィールズ〔訳注…本名ウィリアム・クロード・デュカンフィールド。五五歳で映画『デヴィッド・カッパーフィールド』に初出演(一九三五)。一八八〇~一九四六〕は収入も仕事もなく、すっかり落ちぶれ果てていた。
稼ぎ場としていた劇場も閉鎖されたままだった。それに、彼はもう盛りを過ぎていた。つまり、誰もが彼を老いた人と認めざるを得ない年頃であった。
しかし、彼のカムバックへの執念はすさまじかった。
彼はノー・ギャラでもいいから仕事をさせてくれと頼み込み、新しい分野(映画界)へ飛び込んだのであった。
だが、面倒なことはほかにもあった。彼は首筋を傷めていたのだ。普通の人なら、ここですべてを断念したかもしれない。しかし、フィールズは忍耐力を持っていた。
耐え抜けば、幸運は遅かれ早かれ必ずやってくるものだ、ということを彼は知っていたのである。果たせるかな、その幸運が巡ってきた。だが、それは決して偶然ではなかった。
マリー・ドレスラー〔訳注…アメリカの女優。一八六九~一九三四〕の話をしよう。彼女が金も仕事も失ったのは、やはり六〇歳のころであった。
彼女もまた忍耐強く幸運を求め、それをつかんだのである〔訳注…六二歳(一九三一)のとき、映画‘MinandBill’でアカデミー賞を受賞した〕。
普通の人ならとっくに夢を捨ててしまう年齢になっても、彼女の忍耐力は勝利のファンファーレを高らかに響かせたのであった。
エディ・キャンター〔訳注…アメリカのコメディアン。一八九二~一九六四〕は、一九二九年の大恐慌で全財産を失ってしまった。だが、忍耐力と勇気だけは失わなかった。
彼は残されたこの二つの力と鋭い洞察力のおかげで、週一万ドルを稼ぐまでに立ち直ることができたのだ!誰もが当てにできる幸運があるとしたら、それは自分がつくり出す幸運だけである。
それも、忍耐力があって初めて手にすることができるものだ。その第一歩が、目標を明確にすることなのである。
※甲子園を目指すようなもの、プロ野球選手を目指すようなもの。
●明確な目標が忍耐力を生む
エドワード・アルバート・クリスチャン・ジョージ・アンドリュー・パトリック・デビッドという、この長い名前を持った男性は、のちにウィンザー公(一八九四~一九七二)と呼ばれるようになった。
彼はプリンス・オブ・ウェールズと称した皇太子時代、四〇歳間近になっても、本当に愛することのできる女性がいなかった。そのため各地の王家を歴訪した。
ヨーロッパ中の王女たちが、彼の前にひざまずいたが、しかし誰一人として彼の気に入った女性はいなかった。
彼はエドワード八世として即位(一九三六年)したのだが、一切の個人の自由も許されず、毎日をただ空虚感だけにとりつかれて過ごしていた。
しかし、その寂しさは側近たちにはまったく理解の及ぶところではなかった。
その空虚感を癒してくれたのがアメリカ生まれの二つ年下の女性、ミセス・ウォリス・シンプソン(一八九六~一九八六)との恋であった。
ウォリス・シンプソンのほうは、というと、彼女はその生涯に二度も離婚していたが、それでも積極的に真実の愛を探し続けていたのである。彼女の人生における試練は、愛そのものであったのだ。
真実の愛は、人が作った規則や、批判や、中傷や、政略結婚などでは、決して引き離したりすることのできないものなのである。
ウォリス・シンプソンのことを思うとき、イギリス国王の座を投げ捨ててまでも、愛する女性を求めた一人の男性を忘れないでいただきたいのだ。
この世は男だけの社会だ、とグチをこぼすような女性は、男性と平等なチャンスが女性にもあることを知らないのである。
彼女は世間が〝中年女性〟と呼ぶ年齢になって、初めて世界一の未婚の王を射とめたのである。この常識を打ち破った女性の生き方に、私たちはもっと多くを学ばなければならない。
しかし、真に常識を打ち破った、この項の主人公、エドワード八世のほうはどうだっただろう?彼はたった一人の女性に対する愛のために、高すぎる支払いをしたことになるのだろうか?私たちには詳しい事情はわからないが、しかし、その結果を見ることはできる。
エドワード八世は、一九三六年一二月に王位を捨て、弟のジョージ六世がその跡を継いだ。エドワード八世はその直後フランスへ渡ってウィンザー公と称し、一九三七年に同地でシンプソンと堂々と結婚したのである。
シンプソン四〇歳、ウィンザー公が四二歳のときである。ウィンザー公の忍耐力と高い代償で勝ち取ったこの恋の物語も、今では、すでに昔話のように思われがちである。
しかし、私たちが覚えておかなければならないことは、この二人がどのようにして世界一素晴らしい宝物を探し出し、手に入れたか、ということである。
今からあなたが出会う一〇〇人の人々に、「この世で最も欲しいものは何ですか?」と尋ねてみるといい。おそらく彼らのうち九八人までは、即座に答えることができないに違いない。
もしあえて答えを求めようとすれば、ある人は〝老後の保障〟だと言うかもしれないし、ほとんどの人々が〝お金〟だと言うだろう。あるいは〝幸福〟とか〝名声と権力〟と言う人々がいるかもしれない。
また、〝世間に認められたい〟とか〝生活の安定〟だとか〝歌手として、ダンサーとして、あるいは作家としての才能〟と答える人もいるだろう。
しかし誰一人として、明確にその目標達成期日を答えることもできなければ、その達成計画を明確に説明することもできないに違いない。
望みだけで富を手にすることはできないのだ。そこに必要なものは、明確な願望と不断の忍耐力に裏づけられた明確な計画なのである。そしてまたそれを支える燃えるような熱意が、あなたの〝夢〟をかなえてくれるのだ。
●忍耐力を身につける四つのステップ
忍耐力を開発し、習慣づけるには、次のように四つのステップがある。それを実行するには特別な知性や教養が必要なわけではない。ほんの少しの時間と努力があればよいのだ。
この四つのステップは、あらゆる成功のための必要な要素であり、「一億ドルの成功計画」として、あなたの部屋の壁に貼りつけておくだけの、十分な価値があるものだ。
またこの四つのステップだけでも、一億ドルにも等しい成功ノウハウそのものといえるだろう。
本書で述べている成功のための一七のステップも、結局はこの四つのステップを習慣づけることを目的としている。
この四つのステップは基本的なものであり、ほかにいくつかのステップ〔イメージ化(ビジュアリゼーション)とかアファーメーション(自己宣言)など〕を各人の性格や環境に応じてつけ加えていけばよい。
そのつけ加えるべき内容は、本書の随所で強調されているものばかりである。しかし、あくまでも基本はこの四つのステップにあることを忘れてはならない。

▼この四つのステップによって、あなたの運命は切り開かれる。
▼この四つのステップによって、あなたは今まで背負ってきた、成功者としてふさわしくない固定観念を打ち破ることができる。
▼この四つのステップによって、あなたは金持ちになれる。
▼この四つのステップによって、あなたは力と名誉を得、世界的に認められる人間になる。
▼この四つのステップによって、あなたは幸運と結婚でき、そして次々と新たな幸運を生み出すことができる。
▼この四つのステップによって、あなたは夢を現実にすることができる。
▼この四つのステップによって、あなたは恐れや失望や無関心を克服することができる。
▼この四つのステップを学び実行するあなたには、必ず素晴らしい報酬が与えられる。
その報酬とは、自分の価値や行き先を自分で決める特権であり、自分の人生を思うとおりにつくり上げていくことのできる特権である。
●困難を克服する()
- 忍耐力のある人々はあらゆる困難を克服してきたが、その不思議な力の正体は何だろうか?
- 忍耐力のある人々が発揮してきた超自然的とも思えるあの偉大な力を発揮させたものは何であったのか?
- たとえ敗北に打ちのめされても、なお全世界を相手に回して戦おうと立ち上がる人間にだけ、無限の知性が救いの手をさしのべようとするのはなぜだろうか?
このような疑問は、私が、たとえばヘンリー・フォードのような人物を観察していると、次々に心の中に湧いてくる。
フォードは、ゼロから出発して、巨大な自動車王国を築いた人物である。また、トーマス・エジソンは実質的には三カ月足らずしか正規の学校教育を受けていなかったが、世界的な発明王になった。
彼は自分の忍耐力を、録音機、映写機、白熱電灯、その他五〇以上もの有益な発明に転換したのである。私はエジソン、フォードの二人について、長年にわたって研究する機会に恵まれた。
とりわけフォードは、世間が成功者と認める以前から、アンドリュー・カーネギーのシャープ・アイズ(炯眼=人物を見抜く鋭い眼力)によって私が研究対象にするように命じられた人物である。
だからこそ断言できるわけだが、二人にあの恐るべき偉業を成し遂げさせた最も大きな要素は、忍耐力以外の何ものでもなかったのである。
過去の哲人、大実業家、大芸術家、大宗教家、大政治家、大発見家などといわれている人たちを総合的に分析してみれば、忍耐力と集中力、そして目標の明確化と計画化が、彼らに成功をもたらした根本の原因であったことがよくわかる。
ここで一つの例として、ムハンマド〔訳注…イスラム教の創始者。モハメッドとも呼ばれるが、これは訛である。五七〇頃~六三二〕の不思議な、そして魅惑的な話をすることにしよう。
彼の生涯を分析した結果と、現在、財界、政界その他あらゆる分野の世界で成功している人々とを比較してみると非常に興味深いことがわかる。
そして、彼らのすべてに共通している人並みはずれた忍耐力(それはあなたも持つことができる)がどのようなものかを観察してみよう。
もしあなたが、忍耐力を高める不思議な力について深く研究したいと思うなら、数あるムハンマドの伝記のうち、イサッド・ベイの書いたものを読むといいと思うが、今日では、なかなか入手が難しいと思う。そこでここではトーマス・サグリューによるその要約を載せておこう。
『最後の預言者』トーマス・サグリュームハンマドは預言者であった〔訳注…預言者は、神の言葉を預かり、それを人々に知らしめる人を指す。この点で予言者(将来の出来事を予め述べる人)とは異なる〕。
だが、奇跡は行わなかった。彼は神秘主義者ではなかったわけだ。また彼には正式な学歴はない。彼が布教を始めたのは、四〇歳を過ぎてからのことであった。
彼は自らを神の使徒と名乗り、この世に真の宗教を広めるために遣わされたのだと説いた。だが彼は世間からあざけられ、精神病患者と決めつけられてしまった。子どもたちには石を投げられ、女たちからは汚物を投げつけられたものだ。
彼は生まれ故郷のメッカ〔訳注…アラビア半島の都市〕から追い出され、彼の従者たちも身ぐるみ剥がされて主人ともども砂漠に追いやられてしまった。
一〇年間にわたる彼の布教の報酬は、追放と貧困と嘲笑だけだった。
だが、それから一〇年後には、彼は全アラブの指導者となり、メッカを支配し、ドナウ河からピレネー山脈に及ぶ広大な地域に強い影響力を持つ世界的宗教のリーダーになっていた。
この宗教(イスラム教)の教えは基本的に三つの要素から成り立っていた。その要素とは「言葉の力」「祈りの力」「神と人間との触れ合い」であった。彼の経歴は今や問題ではなかった。
ムハンマドが誕生したのは、メッカの群雄がその勢力を失い始めたころであった。当時のメッカは世界の中心地であった。また、カーバと呼ばれる奇跡の石のある所でもあり、そして交易の中心地でもあった。しかし、不健康な土地でもあった。
子どもたちは、ベドウィン族(遊牧民)に預けられて砂漠で育てられていた。ムハンマドもそうして大きくなった。彼はベドウィン族の子として継母に育てられ、そこで健康な若者に成長していった。彼は羊をとても可愛がり、またアーミン(正直者)とあだ名されていた。
やがて叔父の紹介でハディージャという名の豪商の未亡人に雇われ、キャラバンの若き隊長となった。
そうして彼は東洋一円を旅しながら、異なった宗教の人々とも接したりした。また彼は、キリスト教の衰退とその闘争の経過を観察することもできた。
彼が二五歳になったとき、四〇歳になる雇い主のハディージャ夫人に望まれて彼女と結婚した。彼女の父親はその結婚に強く反対したが、彼女は父親に酒を飲ませ、酔っているすきに結婚式をあげてしまった。
それから一二年間、ムハンマドは裕福な商人として人々の尊敬を集めて暮らした。
そんなあるとき、彼は一人で砂漠の中へふらりと出ていった〔訳注…商業都市メッカのかかえるさまざまな矛盾などに、心満たされない何かを感じていたためと考えられている。
彼はたびたびメッカ郊外のヒラー山の洞窟にこもり、祈りや瞑想にふけるようになる〕。そして戻ってきたときには、コーランの最初の詩文を口ずさんでいた。
六一〇年のある夜、彼が洞窟で瞑想していると、ガブリエル大天使が目前に現れ、「ムハンマドよ。汝は神の使いである」と告げたというのである〔訳注…コーランの九六章の冒頭の言葉によると、そのときのいきさつは、ガブリエルが現れて、巻物で彼ののど首を押さえるようにして「これを誦め」と言ったという。これがアッラーからの最初の啓示と言われている〕。
ムハンマドはそのいきさつのすべてを妻のハディージャに告白した。コーランは神の啓示の言葉であり、これは、ムハンマドの生涯における最大の奇跡であった。
彼は詩人ではなかったし、また語学の才能もまったくなかったが、ガブリエルから授かったコーランの内容を、啓示を受けたとおりに忠実に暗記したのである。コーランの文章は、アラビア中の詩人が作ったどんな文章よりも優れていた。
これは、アラブ民族にとっても奇跡以外の何物でもなかった。彼らにとって言葉は最も素晴らしい最大の贈り物であった。そのため、アラブでは詩人は強い影響力を持っていたほどだ。
しかし、コーランは、そのうえに、神の前にすべての人は平等である、と説き、民主国家(イスラム)を建設すべきだ、と説いているのである。
六三〇年一月にカーバの神殿にある三六〇個の偶像を彼がすべて破壊したのは、当時の政治的な動乱の結果ではあったが、それはまた彼の主張でもあった〔訳注…ムハンマドによるメッカの無血征服の際の出来事〕。
イスラムの建設はこうして始まった。消すことのできない炎は、砂漠の外にまで燃え広がっていった。決死の覚悟を持ったムハンマドの軍勢は、たじろぐことなく、一丸となって団結し、死を覚悟して戦った。
ムハンマドは、ユダヤ教徒やキリスト教徒たちにも門を閉ざしはしなかった。なぜなら、彼は新しい宗教を興そうとしていたのではなかったからである。彼は確固たる信念で、唯一の神を信ずる人なら、誰でも迎え入れたのである。
もしユダヤ教徒やキリスト教徒がこのムハンマドの招待を受け入れていたら、イスラムは周辺の世界を征服していたであろう。しかし彼らはその招待に応じなかった。
そればかりでなく、彼らはムハンマドの説く「人は皆平等」という信念すら受け入れようとはしなかったのである。
それゆえ、ムハンマドの軍隊がエルサレムに到着したときも、その彼の信念のために殺された人間は一人だけではなかった。
その後何世紀も過ぎてから、十字軍がエルサレムを侵略し、男女を問わずイスラム教徒を子どもまで殺戮してしまった。
しかし、キリスト教徒は一つのイスラムの教えを受け継がなければならなかった。それは学問の場、すなわち「大学」を作る必要性についてである()。
●失敗の取り扱い方
私は本書で、「失敗は、あきらめない人にとってのみ成功への一里塚となる」と述べた。むろん世の中は単純ではない。
「失敗」とひと言で表現できても、「失敗」の内容はさまざまである。取り返しのつかない失敗というものもある。
しかし読者が混同してはならないのは、「努力の末の失敗」ということと、それ以外の、いわば次元の低い失敗との違いである。
後者は、当人を成功と結びつける接点をほとんど(すべてではないが)持たない。不運な目に遭ったときは、それを過去のものとしてしまっておくことだ。
そしてあなたの心は、いつも未来へと向けておかなければならない。そうすれば過去の失敗は、人生の授業料として未来には幸運となって作用することになる。
精神的な豊かさと物質的な豊かさとは、互いに密接な関係にある。どんなに低いレベルの仕事であっても、成功は自分の心の中に待機しているものだ。
あなたには、自分の仕事に価値を付加し、心に描いたことを現実のものにしてしまう力がある。その力を今すぐ動かすことだ。
米国ヴァージニア州のワイズ郡で貧しい少年だったころ、私は二五セントを投じて福引券を買ったことがある。一等賞は馬だった。
そして私は、何とそれを当てたのだ!その当時、農家にとって馬は大した価値のあるものだった。そのうえ、私が当てた馬はなかなか立派な馬だったのである。周りの人たちも口をそろえて褒めていた。私は誇らしさで胸をふくらませながら、その馬を引いて家に帰った。
なんて運がいいんだろう!だが、本当にそうだったのだろうか?私は、丁寧に馬を小屋に入れると、からす麦やトウモロコシ、ワラなど馬が食べそうなものをすべて与えた。ところが馬はその夜、小屋を蹴破って逃げてしまったのである。
たっぷり食べたため喉が渇いてしまい、水を求めて川辺まで行き、そこで思う存分水を飲んだらしい。馬のことを知っている人なら予想がつくだろうが、馬は水を飲みすぎると死ぬことがある。
その馬も例外ではなかった。馬の死体を川辺から運んで埋葬してもらうのに、当時の金で五ドルもかかった。幸運が聞いてあきれるというものだ。だが、失敗にも思いがけない利用法がある。
この出来事を何年も経ってから振り返ってみると、やはり私はツイていたのだ、ということがわかるようになった。つまりその後、私はいかなる賭事にも金を使う気が起こらなくなったというわけだ。
どのような最低の失敗であっても、そこから何の利益も得られない、ということはないのである。その失敗を別の面での成功に結びつけるのは当人の心構え次第なのだ。
たとえそれを成功と結びつける接点がほとんどなくても、まったくないなどということはない。さて今度は、もっと重大な事件のことを話すことにしよう。
一人の生命が失われ、私の手からまたとない絶好のチャンスが逃げて行ってしまったばかりでなく、私自身も命の危険にさらされた事件についてである。
そのときはもうこれ以上最悪な災難はないと思ったものだが、実は私にとっても他人にとっても、非常に良い結果に終わったのである。
当時私は、『ザ・サイエンス・オブ・パースナル・アチーブメント・プログラム』(現在のナポレオン・ヒル・プログラムの前身)という名のプログラムの最初の原稿を完成させたばかりで、それを印刷し、また広めてくれる出版社を探していた。
やがてオハイオ州カントン市の新聞『カントン・デイリー・ニューズ』社のドン・R・メレット社長がこの事業を引き受けてくれることになった。
メレット社長はそのために職を辞し、私のプログラムの販売、その他すべての経営管理にあたる準備を開始した。そして私のパートナー兼ビジネス・マネジャーになることになっていた。
また、第一版を発行するのに必要な資金は、USスチール会長、エルバート・H・ゲリー(一八四六~一九二七)が提供してくれることになった。USスチールは、当時世界最大の企業であった。
そのゲリー会長が、私のプログラムの内容を知るや、「大変素晴らしい!」と言って、会社の幹部社員すべてに、このプログラムを一人一セットずつ供与することを約束してくれたのである。
当時の金額で約一五万ドルにのぼる売上利益が私たちのもとに入ってくることになっていた。これを知った私は、当然のことながら有頂天になった。
そのころデイリー・ニューズ社のメレット社長は()、自分の新聞で酒の密売人と警察との癒着を暴くためのキャンペーンを行っていた。
ところがそれが原因で、その三日後にメレット社長の紹介でゲリー会長に引き合わせてもらうことになっていたある日、警官の一人とギャングの一人がメレット社長を襲って、射殺してしまったのである。
私がメレット社長と親しくしていたものだから、ギャングたちは私もこの正義のキャンペーンに関係しているものと思っていたらしい。
もし私もその場にいたら、私にも弾を打ち込んでいたかもしれない。が、幸いなことにわずか数時間の差で私は彼らの凶弾を受けずにすんだのである。もっともそのため、私は身を隠さなければならなかった。
やっと一年後に犯人たちは捕まって裁判にかけられ、終身刑を言い渡されたので私も身を隠す必要がなくなったが、USスチールのゲリー会長はその間に病死してしまっていたのである。
こうして当初の計画はすべてフイになった。身を隠している間、貴重な時間を浪費した上、出版を引き受けてくれる人もいなくなった。出発点に逆戻りどころか、むしろそれより後退してしまったわけである。
これは失敗の中でも最悪の部類に入るに違いないが、本来、失敗とはこのようなものである。
私はプログラムの内容に大きな価値を見出してくれたゲリー会長のことを思い出しながら、プログラムの将来の発展性をイメージしつつ、無気力から徐々に脱出していった。
ともかくまた一からスタートすることにした。そして私は、自分をしっかり見つめて、恐怖の束縛を断ち切ろうと決意した。
新しい出版社を探さなければならなかったが、USスチールのゲリー会長(この人は判事もしていた)が亡くなっていたので、まったく未開拓の分野で、しかも無名の私にとっては容易な仕事ではなかった。
私がなんとか立ち直り、成功意識が再びはっきりと頭をもたげるにつれて、私の内部のヒラメキの声が私に話しかけてきた。
フィラデルフィアで出版社を見つけよ、というのだ。私はフィラデルフィアの出版社はまったく知らなかったが、私の心のヒラメキの声は高まっていった。
私は五〇ドルを持って車に乗り、フィラデルフィアへ向かった。フィラデルフィアは、クエーカー教徒の町だ。心の半分では私のヒラメキは正しいと思っていたが、後の半分は、無謀だと思っていた。
フィラデルフィアに着いて私は職業別電話帳を調べた。一日一ドルか二ドルで泊まれる安宿を探したのだ。そのとき、私にとって興味深いことが起こった。いや読者にとってもこれは興味深いことかもしれない。
そのとき起こったのは、驚くべきことであった。人生を変えることのできる「大いなる秘密」の啓示がここにある。電話帳を繰っていると、私のヒラメキの声がまたささやいた。今度はかなり大きい声だ。
「安宿を探すのはやめろ。この町一番のホテルへ行け。そしてそのホテルの最高のスイート・ルームに泊まるのだ!」私は電話帳を閉じて、瞬きをした。
ポケットにはもう三五ドルしかない!しかし、内なる命令はすでに私をとりこにしていた。私は荷物を持つと、胸を張って町一番のホテルへ行った。そして、スイート・ルームをとった。当時の値段で一泊二五ドルもする、それは立派な部屋であった。
宿泊カードにサインしたとき、私は自分の選択が正しかったという確信を持った。当時、ルームボーイには二五セントもチップをやれば十分だったが、私は一ドル渡した。豪華な椅子にドサッと腰をおろすと、また私の内なるヒラメキの声が聞こえてきた。声はさらに大きくなっていた。
「安いところに泊まれば、お前は萎縮する。そういう環境では、出版社と交渉するには非常に不利だからだ。お前に必要なのは自尊心なのだ。今、お前はこの立派なスイート・ルームから、それを得ている。さあ、お前の心はただ積極的な面についてのみ考えることだ。それが成功をもたらしてくれるのだ。
用意はいいか?お前の研究成果を出版できるほどの財力のある人を、知っているだけ意識の中に呼び寄せるのだ。
さあ、その人たちの名前を思い出せ。正しい名前が出てきたら、もうお前にもわかるだろう。その人と連絡をとって、お前の希望を伝えるのだ」
私は少しの疑いもなく、私の本を出版してくれそうな人の名前をたどってみた。三時間それをやっていたら、頭の中が空白になってしまった。と、突然、ある人の名前が浮かんだ。
それが私の探していた人だということはすぐわかった。それは、コネチカット州にあるメリデン社のアンドリュー・ペルトンだった。
私はペルトン個人についてはほとんど何も知らなかった。
知っていることといえば、彼が『意思の力』という名の本を出版していることと、何年か前にその本の広告を私の雑誌『黄金律』(‘GoldenRule’)に出してくれたということぐらいだった。
私はすぐ、ペルトンに速達を出した。
手紙には「私の『人生の成功法則』についての研究結果を出版する、という名誉をあなたに与えようと思っている」旨を書いた。
二日後、ペルトンが私に会うためフィラデルフィアに向かった、という電報を受け取った。
ホテルのロビーで挨拶を交わして私のスイート・ルームに案内したとき、彼の顔に浮かんだ表情を私は今でも忘れない。
そして、そのとき発した彼の言葉も……「なんと、こんなすごいスイート・ルームをとっている作家なら、まさに本物だ!」原稿は一八〇〇ページ、重さは三キログラムもあった。
私はそれをペルトンに渡した。彼は座ってページを繰り始めた。およそ二〇分くらい経ったろうか、彼はページを閉じると、原稿をテーブルの上に置いた。
「私はこのプログラムを世に出し、あなたに規定どおりの印税を払いましょう」彼はボーイにタイプライターを持ってこさせると、契約書のタイプを打ち始めた。
その途中、彼は「印税の前払いを希望しますか。それなら今すぐ小切手を書きますけれど」と言った。
私は何気ない素振りで「どちらでも、あなたのご都合のよろしいように」と言ったが、内心ではいうまでもなく前払いを希望していた。
「五〇〇ドルでいいですか?」とペルトンは私に聞いた。私は即座に答えた。
「結構です」数カ月後、そのプログラム、『ザ・サイエンス・オブ・パースナル・アチーブメント・プログラム』は日の目を見た。
このプログラムは好評のうちに版を重ねていった。
私はそのおかげでほかのことに気をわずらわせることなく、のちの‘TheLawofSuccess’という名の全八巻のプログラムを新たに完成させることができた〔訳注…現在、このマニュアルは時代にマッチするように大幅に改訂され、一九八八年の最新版以降は日本語版も出されるようになった〕。
あの契約の日から印刷されて世に出るまでは、満たされた数カ月だった。私は積極性をこうして取り戻した。
私の〝成功〟はいわば回り道での結果だが、本書の読者はそのような回り道をしなくても積極的心構えを獲得できるよう、ナポレオン・ヒル財団では書籍やさまざまなプログラムを世に送り出している。
もしあの事件が起こらなくて、ゲリー会長の提案どおり、『ザ・サイエンス・オブ・パースナル・アチーブメント・プログラム』がUSスチール社内で販売されていたとしたらどうだったろうかということも、再出発のとき考えてみた。
大企業が人間のためにより良い社会を築くという本来の使命を忘れたとき、私はその企業の批判をすることにしているが、もし私が大企業の走狗になっていたとしたら、その批判も控えなければならないだろう。
そうであったら、私の作ったプログラムの内容にも反することになる。私はそのことに気づいただけでも、失敗から多くの利益を得た、と今でも思っている。
●逆境の中には、すべてそれ相応かそれ以上の大きな利益の種子が含まれている
この見出しの文言は、ナポレオン・ヒル・プログラムの中心テーマの一つである。プログラムをお持ちでない方は、カードに書き、それをいつもポケットに入れておいて、毎日読んでほしい。
この一連の行為をアファーメーションと呼んでいる。「自己宣言」という意味で、自分自身に対して常に言い聞かせる言葉そのものを指す場合もある。
さて、この文言には、多くの人間の心の平安を解くカギが入っている。この言葉をあなたの潜在意識の中にしっかり埋め込んでほしい。
「失敗や逆境の中には、すべてそれ相応かそれ以上の大きな利益の種子が含まれている」後悔や苦い思い出、悔しさがあるなら、その中から自分や人々のためになる利益を引き出すことを考えるのだ。それは必ずある!
●「時」は失敗や逆境をダイヤモンドに変えてしまうこともある
いやな経験、失望、挫折への扉を閉じてしまうのだ!そうすれば、素晴らしい魔術師である「時」が、過去の苦しみや失敗を瞬時に消し去ってしまい、代わりに成功や幸福を得るチャンスを与えてくれるのだ。
クヌート・ハムスン(一八五九~一九五二)はノルウェーからの移民であったが、アメリカでは何をやっても失敗の連続であった。
こうして何年かの「時」が経っていった。絶望した彼は、この苦しみを小説にまとめた。題は『空腹』である。
そして、彼はのちにノーベル文学賞を受賞〔訳注…一九二〇年〕するほどになったのである。ハムスンのつらい経験は、「時」とともに、逆に富と名誉をもたらすことになった。
ハリー・S・トルーマン(一八八四~一九七二)は、メンズ・ウェア・ショップの経営には失敗したが、そのとき自分で自分に失敗者だという烙印を押していたら、のちに第三三代大統領になることはできなかったであろう。
やはり店を経営していた別の男の実例もある。その店はつぶれてしまった。それで男は測量技師になったが、それにも失敗した。
彼は自分の測量器具を処分して借金を整理しなければならなかった。次に彼が選んだ職業は兵隊だった。インディアンと戦う軍隊に入隊したのである。そこでは隊長の地位をもらった。
ところが、軍人としての成績があまりにもひどかったので、たちまち兵卒に降格させられ、除隊させられてしまった。
また、ある遺伝疾患にもかかっていて、異様な顔立ちになってしまっていた。その後、彼は熱烈な恋をし、婚約した。
だが相手の女性はそれから間もなく死んでしまった。またもや彼は、精神的打撃の中でのたうちまわらなければならなかった。
次に彼は弁護士になった。だが、弁護士としての活躍ぶりも大したものではなかった。そこで彼は、政治のほうへ進むことにした。が、立候補しては落選した……。
しかし何度目かの挑戦で、やっと当選した。そして最後に、この男は大統領になった。これは思いがけないことだったのだろうか。ある意味ではそうだし、あるいはそうでないともいえる。
もし彼が、鎖を引きずっている囚人のように失敗や失望を自分の心に引きずっていたら、大統領にまでなれなかったかもしれない。過去の失敗を引きずって生きている人は多い。
そういう人々は過去という亡霊にとらわれている囚人であって、失敗者というイメージを壊すことができないのだ。
その男は、失敗をきっちりと捨て、忘れていったのである。だからその男の成功は、奇跡でもまぐれでもなかったのだ。これはどんな人間にも許される特権なのである。
大統領になった男は、その特権を活用しただけのことだ。もしその特権を活用しなかったなら、歴史に残るあの偉業は成し遂げることができなかったであろう。
もうおわかりだろう。
第3章でも紹介したが、彼の名はエイブラハム・リンカーンである。
人間は、人生の中に大いなる「プラン」をすべて見通すことはできない。しかし悲しみや失敗や挫折が起こるたびに、それはやがてきたるべき、さらには豊かで素晴らしい経験へと鍛え直され、強化されるのだと考えればよい。
なぜなら実際にそうなるからだ!それは充実させ、報われるものに焼き直すことができるのだ。
もしあなたが今現在、失意の状態にいるなら、次の言葉をあなた自身のアファーメーションにするために私からあなたにプレゼントしよう。
「人生には、さまざまな境遇の巡り合わせが絶え間なく起こっているものだ」あなたは失恋したことがあるだろうか。
そのときあなたの心は、文字どおり壊れてしまったような気がしたことはないだろうか。世の中からすべての意味が失われた感じを受けなかったか。
多量の睡眠薬を飲んで、すべてを終わりにしてみたいと考えなかったろうか。この世の中には、失った人に代わる女性(あるいは男性)がいないのだろうか。
理屈では、そんなことはあり得ないとあなたも思ったことだろう。
しかし恋愛の世界では理屈はまったく通用しない。たとえそれが失恋に移行したとしてもだ。もっとも恋愛がめでたく成就した途端、二人は何から何まで理屈の世界に送り込まれることになるのだが。
それはさておき、失恋の世界では失った人に代わるほどの素晴らしい人は「存在しない」ことになっているのだ。
これは私も経験したことがある。今思い出しても胸が痛むほどである。私は彼女とたびたび言い争った。愛するがゆえに、とでも言えるかもしれない。
だがある日、彼女は私と激しく言い争ったあと、私を捨てて去ってしまった。そして別の男性と結婚してしまったのである。五年後、彼女の夫は自殺をしてしまった。夫婦仲は良くなかったらしい。夫は妻との絶え間のない精神的摩擦に耐え切れずに死を選んだのであった。
私はあのつらい失恋の痛手の後で、(失恋の世界では存在しないことになっている)理想の妻と出会うことができた。
もし私があの女性とそのまま一緒にいたら、今の私は存在していただろうか。やはり私も苦しめられ、死を選んでいただろうか。そうでなくとも、あまり良い人生を送れなかったかもしれない。
何度も言うが、逆境の中にはすべてそれ相応か、それ以上の大きな利益の種子が宿っているものである。
世間が「ハンディ」だと見なしている条件であっても、それを逆に「恩恵」に転化することもでき、実際にそれを恩恵という形で実現することができる──これもぜひ覚えておいてほしい。
トーマス・エジソンは、正規の学校教育はほとんど受けていなかった。保険会社を作って成功したW・クレメント・ストーンは、高校中退である。正規の学校教育を受けなくとも成功している人は非常に多い。
ということからみれば、学校教育を受けていないことはハンディとはならないだろう。つまるところ、人間次第ということになる。
エジソンの聴覚障害はどうだろう?かろうじて聞こえる程度の聴力しかなかったのは、確かにハンディと言えるかもしれない。
しかしこれもまた、その人間次第なのだ。ベートーヴェンもひどい難聴だった。エジソンは少年のころ、列車の中で売り子をしていたことがある。
あるとき、ある男が彼の売っていたキャンディーなどの商品もろとも、彼の耳を思いきり強く引っ張った。
そのことが原因で、聴力をほとんど失ってしまったのである。彼はこの過酷な経験を引きずったまま一生を過ごしていたかもしれない。
他の多くの人々のように、自分のエネルギーのほとんどを自分の運命を嘆くことに注ぎ込むこともできたはずだ。
しかし彼は、そんなことはしなかった。私が彼を訪ねて行ったとき、彼は補聴器に頼っていた。今からみれば、ずいぶんと旧式な補聴器だった。
お互いに気心が知れたと思えるようになったとき、私は彼に、「聴力障害は大きなハンディにはなりませんか?」と聞いてみた。
彼の答えはこうであった。
「いやいや、それどころか、耳の聞こえないことで私は大助かりしていますよ。くだらないおしゃべりを聞かなくてもすみますからね。それで〝内なる声を聞く〟ことができるようになりました」
彼は身体の不自由さを長所に変えることによって、人間の心の中に潜む神秘的な力に波長を合わせて、それを聞き取る方法を体得したのである。
彼はまた、自分の心の中から「無限の英知」の声が聞こえるように感じたのである。彼はその無限の英知から実際に多くのものを受け取ることができた。逆境の中にはすべて、同等かそれ以上の大きな利益の種子がある。
●スイッチを「成功」の側に押し倒せ!
私はあるとき、約三万人の男女を調査して、失敗や敗北に直面したときの耐久力を確かめたことがある。大多数の人はたった一回の挫折で、敗北が身に染みついてしまうことがこの調査でわかった。
次に大きな割合を占めたのは、結果がわからないうちから投げ出してしまうという人々だった。
高い目標を目指しているにもかかわらず、すぐあきらめて投げ出してしまう人々だ。敗北は、環境や境遇から生じるのではなく、人々が過去から引きずっている敗北感から生じるものだということがこの調査でわかった。
※過去からひきづっている敗北感から生じる。
過去への扉を閉じる代わりに、人々は機会があるたびにその扉に向かって逆戻りしてしまう。その種の人々の中には、当然ながらフォードやエジソンのような人は含まれていない。アーサー・デシオという名の男を私は思い出すことがある。
彼は、財産をすっかり使い果たしたデシオ家の失敗を踏まえて、新たに身代を築いた男である。実家は、トレーラーハウスの販売店だった。父が死に、その仕事を引き受けたときのデシオはまだ二〇代だった。
父がやっていてもうまくいかなかった商売を、二〇代の若者が引き継いだところでうまくいくはずはない。
たいていの人間なら、すぐに負債を整理し、商売をたたんでケリをつけたことだろう。インディアナ州エルクハート市の鉄道沿線にあるガレージで事業を始めたデシオは、小型で運搬の簡単なトレーラーハウスを次々に設計した。
もちろん、市場調査をして需要を見込んでのことである。それが成功のもととなった。当時としてはまだ世の中に知られていなかったジェネラル・モーターズ方式だ。
つまり需要に合わせてのモデルチェンジを頻繁に行ったのである。販売代理店のネットワーク作りも行った。代理店に四種のトレーラーハウスを仕入れさせ、おたがいに競争させた。
こうして四年のうちに彼の会社の売り上げは五〇〇パーセントも伸びた。
その四年間の儲けは五〇〇万ドルを上回ったという。そのころの人口構成では、新婚家庭と定年退職した夫婦が大きな割合を占めていた。その二つの層がトレーラーハウスの主要購買層であった。
もちろん、デシオはそのことを知っていた。トレーラーハウスの製造をそれに合わせたのである。また何年か前の私の調査で明らかになったのは、人生と失敗とのかかわり合いについてであった。
それらの人々は失敗しただけではなく、失敗とともに生き続けてきたわけである。彼らは、常に失敗について話していた。たとえ話題が変わっても、話の本質は失敗についてであった。
彼らの生き方は過去形であり、昔話をすることで傷の痛みを和らげようとしていたのである。成功した人々は、未来形で話をする。彼らの目は過去にではなく、常に未来に注がれているのだ。
そしてそれは大きな願望や目標に対してである。このことは、私がかつてカーネギーの指示を受けて、成功法則の体系化ということに共同作業の労をとってもらった五〇〇人以上もの成功者についても当てはまることであった。
彼ら成功者は、常に「上向き」の話をしていた。失敗を後ろに置いてくれば、失敗はついてこないことを知っていたからだ。
※常に上向きの話しかしないこと。
失敗という言葉は彼らの会話の端にはのぼらなかった。
また成功した人々と話をして気がつくことは、その人たちは後ろから続いてくる人々のことを好意的に見ているということだ。
彼らの態度には妬みがなく、常に他人から学びとろうとする心構えしか存在しなかった。
一方、失敗者は、成功した人のどこかに欠点はないものかと探しまわるのである。その人の仕事のやり方に何もケチのつけようがなければ、仕事以外のところでそれを探そうとする。
敵意丸出しである。こうなると悲しいことに、彼自身の心の平安すら得られなくなってしまうのだ。
●一九二九年の大恐慌に、人は自分の心構えどおりの対処をした
ここで次の問題に少しばかり触れておく必要があると思う。それは物質的豊かさと心の平安とは関係があるのか、ということである。
その答えはこうだ。関係はあるが、絶対的なものではない。貧しくても心の平安を保っている人は確かにいる。
そのような人は、一般に信じられているよりもまれである。ごく少ないということだ。
何が何でも億万長者になる必要はないかもしれないが、はっきり言えることは、今日のような社会では、十分な資力がなくては魂を支えることができない、ということである。
次の食事はどうなるのか、靴をどこで直してもらったらいいだろうか。
エアコンなしであと何年、熱帯夜に耐えられるか──などを心配していては、心の平安など保てるはずがない。ストレスで心身ともにむしばまれてしまうのがいきつくところである。
資力がないために環境の劣悪な地域に住んで、そのために常に子どもに対する悪影響などを心配するようでは、心の平安どころではない。
ときには美しいものを買って、それを愛でることも、あなたの心にとっては必要なことなのだ。本当に楽しめる休暇をとることも必要だ。一見の価値のある映画やショーを観賞することも心の糧となる。
富は、人生に多くの良いことをもたらしてくれる。
とりわけ、あなたの頭の中で出番を待っているさまざまな感覚にとっては、富こそそれらに日の目を見せてくれる栄養源なのである。
しかも唯一の栄養源だといってよい。その感覚とは、素晴らしいもの、美しいものを見たときの気高い感動である。あるいは、富がなければ体験できないような至高感覚のことである。
もちろん、そこそこの生活をしていてもそれなりの感覚は持てるが、それ以上の感覚は持てないものだ。
現代文明の影響を受けていない、大自然の中に生きる住民を見れば、私たちが富なしでは持つことのできない多くの価値ある感覚を持っていることがわかる。
かといって──、「だから何も金持ちにならなくても、得ることのできるものは得られるのだ」という自己弁解をしながら、凡々たる日々を過ごしていてよいものだろうか。
考えてもみよう。大自然の中にいる人々と私たちとは、社会の仕組みが完全に違っているのだ。
たとえばあなたと彼らの居場所を、そのまま交換してみたらどうなるだろうか。あたかも将棋の駒のように、である。
初めのうちは、双方とももの珍しさで新しい感覚が増幅され、素晴らしい日々を送ることができるかもしれない。
しかし、やがては「もうこんな所はいやだ」となるだろう。そして九五パーセント以上の人は元の居場所のほうがいいと言って、そそくさとUターンしてしまう。
というのが掛け値なしの現実である。とはいっても、初めのうちは素晴らしい感覚を味わうことができるのは事実なのである。そういう体験はしてみるといい。そのことによって、心が豊かになるだろう。
ではどうやってその南国の楽園にたどり着くことができるのか。そしてどうやって帰国するのか──となると、やはり先立つものがなければ何事もできないのである。
心の平安を保っている金持ちが大勢いるといっても驚くに足らない。しかし、心安らかでない金持ちも多い。
いつ自分の財産を取られるかもしれないとピリピリしているような気持ちならば、もっと重要な財産、つまり心の平安のほうが真っ先に取られてしまうだろう。
話は変わるが、私の知識を明るく照らし、私の魂を強くしてくれた失敗の一つは、私がかなり富を得たころにやってきた。
私は自分自身が最終的に完成させた成功のノウハウを自ら活用して、大きな富を得た。そのノウハウの効果は確実である。私は広い場所、大きい家に住むことができた。
そして大きな車を持ち、その他、富の象徴ともいえるものに囲まれることになった。
だがおそらく私は、同時代の金持ちといわれる人々の真似ごとをしていただけなのだ。そのころは、金のある人間はそれを誇示すべきである、ということが要求されていた時代であった。
現代の億万長者たちは、なるべく目立たないようにしているほうがよい、とされている。その時代時代で流儀も変わるものだ。私はセールスパーソンのトレーナーとして名を成した。
その他の事業も大きな利益を生み続けたので、私はいわゆる大富豪の一人として数えられるようになった。
そのようなわけで、まだ若かった私は、ロールス・ロイスに乗るのが義務であるかのような気がした。
やがて私はロールス・ロイスを二台持つようになった。その車は、ニューヨーク市の北、キャッスル・マウンテンズの中の豪壮な屋敷の車庫に納められた。
この屋敷は私の成功の記念碑ともいうべきものであった。屋敷には使用人が必要だ。維持管理のためのスタッフと、そのスタッフをマネジメントする人間も必要である。
贅沢な夕食も作らなければならない。その豪華さは、かのジョン・D・ロックフェラーでさえもハダシで逃げるというほどのものだった。
あるとき私はバーベキューの夕食会に大勢の人を招待した。多分一〇〇人くらいの人が来るだろうと思っていたのだが、集まったのは何と三〇〇〇人だった!ハイウェイは、どの方向にも三、四キロの渋滞を起こし、おかげで交通パトロールの警官は以後いつまでもそのことを根に持つようになった。
屋敷内にあったクラブハウスは四〇人は楽に泊まれるほどの広さであったが、いつも満員だった。
一度などは、はみ出された人間が私の寝室にまで侵入してきた。私が帰宅してみると、私のベッドに見知らぬ人間が寝ているではないか。
おまけにその男は、私の一着しかないパジャマを着込んでいた。丘の上の〝素敵な〟屋敷の話はこれで終わりにしよう。
この屋敷は、一九二九年の大恐慌のあと、二束三文で処分した。これは私の最初の経済的ショックであった。
最初のショックから立ち直ったとき、私はどんなにホッとしたことだろう!心配ごとが重くのしかかっていた心に平安がやってきたのだ。
そして心に新しい力が満ちてきた。あの大恐慌によって、私の三人の友人も大きな打撃を受けた。だが、その負債額を全部合わせても、私が屋敷を処分したわずかな金額にも及ばなかった。
つまり、大した負債ではなかったわけなのだが、彼らは「逆境の中にはすべてそれに見合うだけの利益の種子がある」という法則を信じていなかった。
一人はウォール街の高層ビルから飛び降り、一人は銃弾を自分の脳天に撃ち込んだ。
そして三人目はハドソン川に身投げをし、遺体が引き上げられたのは六週間も後のことであった。私は再び財産を作った。当然のことである。
ナポレオン・ヒル・プログラム(PMAプログラム)のノウハウが、ちゃんと面倒を見てくれたからだ。屋敷は失っても、知恵まで失いはしなかった。
その知恵とは、カーネギーから引き継いだ成功のノウハウを持ってさえいれば、人間が設定したどんな願望や目標も必ず達成できるというものである。
それ以来、私は心地よく暮らしている。もう自分の富を見せびらかしたりはしない。人目を引くためだけの使い道なら、富の役目も大したことはない。これこそ拝金主義というものだ。
●他人を傷つけてまで成功するほど、愚かなことはない
キャッスル・マウンテンズでの経験は、私に深い反省の機会を与えてくれた。この経験は私にいくつかの〝積極的な人生の果実〟とでもいえるようなものをもたらしてくれた。
その一つは、次のようなものである。私は、もっと本を書く時間ができた。これらの本は私を潤してくれ、また他の大勢の人々をも潤した。
だからこの本は、富以上の恩恵を私にもたらしてくれたことになる。
アンドリュー・カーネギーが、彼の莫大な財産を使って図書館を寄贈しようと決めたとき、彼の心の平安はますます強くなったという。富が増えると、心の平安も増えることを実証する大事な法則がもう一つある。
「他人を傷つけてまで成功するほど、愚かなことはない」私はこのことを人生の早い時期に習得したことを感謝している。
人は、自分自身が持つ無限の可能性を発見して、それによって多くの富を得る方法を見出すと、ときには、秤を自分のほうに有利にさせようとする方法もわかってくるものである。ずるい肉屋の手が、秤の上の挽き肉をちょっとつまみ取ろうとするのと同じだ。
私は、正直ではない方法で富を増やす機会にしばしば出会ってきたが、もしそれをやっていれば、心の平安を失っていたことだろう。
アンドリュー・カーネギーの委託を受けて私が長期にわたって観察した人々の中には、実業界の海賊とでも呼べるような人間(当時は知らなかったが)も実は少なからずいた。
後になってそのような人々から私が得た教訓は、彼らが他人から奪い取ったり、他人を犠牲にするといった行為が、結局は自分自身をも傷つけることになるという事実である。
したがって、この大成功を収めた海賊たちからも、私は数々の有益なことを得たわけだ。たとえば彼らは、そのようにして得た以上のものを手放す羽目になった。
刑に服した者もいるし、実刑を逃れるために莫大な弁護料を払った者もいる。正直な人々がまともに相手にしてくれなくなれば、心の平安などは消し飛んでしまう。
多くの物やサービスは金で買える。しかし、心はとり残されて、乞食よりももっとひどい不幸のドン底にまで落ちてしまうのだ。
いかに巨大な「富」でも、その巨大さを「心」とくらべれば、一パーセントにも満たないだろう。
つまりすべては金で買える、といったところで、その「すべて」というのは心から見れば一パーセント程度のもので、残りの九九パーセントは金では買えない「心」が占めているのだ。
ただ心は目に見えないので、人々は一パーセントしかない物やサービスをすべて、つまり一〇〇パーセントの存在と誤解してしまっているのである。
私が実施したセミナーの参加者の中には、何度か正直とはいえないことや、ビジネスのモラルに欠けるようなことをしてきたという人もいた。
私は彼らと話し合った。彼らは新しくやり直したがっていた。
彼らが言うには、自分たちが本当の富、まっとうな形で得た富だけを手にすれば、もう後ろめたい思いにとらわれたり、惨めな気持ちにならないのではないか、というのである。
だが、それが実際にできるかどうかで悩んでいたのだ。私は、それは過去に対して扉を閉じさえすれば可能だと答えた。不正直だったことは過ちであると考えればいいのだ。
いっそ、災難だったと考えてもいい。それも過去の災難だったと──。これは重要なポイントであり、いろいろなことに応用できる。
不正直なことに限らず、過去に起こった他の好ましからざる事態はどんなものであっても、過去に置いてくることができる。
ちょうど人がある場所を、何事もなく立ち去って行ってしまうのと同じことである。私はこれらの人々に新しい「自己」を見つけることを教えた。過去は問題にはなり得ないのだ。
世の中には自分の苦い経験から、「不正直は引き合わない」ということを学んだ人は多い。その人たちにはこのことは絶対に忘れ得ぬ教訓となっているはずである。
ほとんどの人には、もう一度やり直して、輝かしい未来を築くだけの十分な時間と十分な世界があることを知ってもらいたい。
一つの例外として、私はアルフォンソ・カポネ〔訳注…通称アル・カポネ。一八九九~一九四七〕をあげようと思う。
大恐慌の間、この悪名高いギャングは、無料のスープ配給所を造り、そこで多数の失業者の空腹を満たしてやった。
彼はその配給所をいくつも造った。それを自分の悪の免罪符、善行の証拠として誇示したのである。のちに私は刑務所でカポネに面接をしたことがある。カウンセラーとしてである。
しかしカポネが「不正直は引き合わない」ということを悟ったかどうか、それはわからない。ただ一つはっきりしていることは、客観的にはまったく彼の不正直さは引き合っていない、という事実である。
私が言うのは、もちろん、こうした見せかけのものではない。
むしろ、罪を犯して刑に服したO・ヘンリー〔訳注…アメリカの短編作家。銀行員時代に公金横領罪で告発されたが逃亡。妻の危篤を知って戻ったところを逮捕され、三年間服役。出所後六〇〇編余りの作品を執筆。一八六二~一九一〇〕のような人間について考えてみたい。
彼はこの経験によって、自分を発見したに違いない。
なぜなら、彼が人間の本質に深い理解を持った素晴らしい作品によって世に知られるようになったのは、その後のことだからである。
●一センチ余分に進む
怒りの気持ちを過去に置いてくるのに何かいい方法はないか、と私はよく尋ねられる。それも特に、仕事やキャリアがからんでくる場合にはどうしたらいいのかと聞かれる。
多分いちばんいい方法は、こうだろう。一センチ余分に進むこと。
私とW・クレメント・ストーンはこれをプラスアルファの魔法と呼んでいる。一センチというのはもちろん比喩である。
つまり、今与えられている給料や報酬以上のサービスをすることだ。自分が必ずやらなければならないことにプラスアルファをつけるようにする。
ビジネスマンなら、会社があなたに要求している以上の仕事をこなすような働きをすることだ。大きな印刷会社で見積もりを担当する若い社員がいた。
彼は、客が書体のことではあまり注文をつけなかったので、そのことには注意を払わずにいた。だから彼の仕事は楽だった。
しかしそれでは、本当に仕事を知っている人間としての彼を特徴づけるものが何もない。私はそのことを彼に指摘した。そこで彼は編集の勉強を始めた。
それによって得た知識はやがて印刷物の出来具合に影響を与えるようになった。顧客から仕上がりの美しさを注目されるようになったのである。
客先から「とてもきれいな印刷物を作ってくれたね」との褒め言葉をもらったのだ。そこで彼の上司は、この若い社員が会社の評判のために何をしてくれたかに気がついたのだ。
この青年は、それまでは会社でほとんど注目されない人間であったが、今ではこの会社の重役である。
この青年は、プラスアルファの魔法を用いることによって、ちっぽけな給料とちっぽけな人間になることから自分自身を救ったのである。
衣類売り場に勤めていたある女性は、自分の給料とわずかな歩合では棚にあるものをいつもどおりに売っていればそれで十分だと思っていた。
どうしてタダで余計に働いて経営者の得になるようなことをしなければいけないのか、というのが彼女の「それが常識でしょ」であった。
ある日、一人の女性客が、ある品物の在庫がないかどうかを調べてほしいと頼んだ。その頼み方が感じが良く、あまりにも熱心だったので彼女は探しに行った。いつもならそんなことはしない彼女である。
それでようやくその品物を見つけ出したとき、彼女は満足感で「胸の中がふくらんだ」ような気がしたという。
それ以後、彼女は自分にとって大して利益にならなくても、客のために進んで仕事をするようになった。
客に売り場で陳列されていない商品を教えたり、特別に取り寄せたりするように心がけるようになった。
まもなく彼女には固定客がつくようになった。客たちは、彼女に対応してもらうために、喜んで待つようになった。そのうえ、仕入れ係は彼女の商品知識に頼って彼女の判断を求めてきた。
彼女は当然のように仕入れ担当に昇進し、輝かしいキャリアが目の前に広がる新しい世界を手に入れることができたのである。
「成功するためには二つの要素が必要です。それは、仕事と自分自身です。自分自身であることというのは、いつでもいちばん大切なことです」と、彼女は言う。
もう少し余分に進むということは、それ自身が強壮剤の役目を果たすわけだが、自分のなすべきこと以上のことを進んでやろうとする積極性は、富を得る人間、優れたリーダー、幸せで心豊かな人間につけられる人格証明のようなものであり、そういう人々は、一日一日、人生に価値あるものを築き上げているのだ。
●エンスージアズム(熱意)はあなたの生命そのものだ
成功しようとする人にはエンスージアズム(熱意)がなければならない。
ただ忍耐力のみあってそこにエンスージアズムがなければ、電源の入っていないオーブンの中の棚に、ごちそうを詰めた七面鳥を載せて、おいしく焼き上がるのを待っているようなものだ。
ごく単純な肉体労働を何十年間も、うまずたゆまず行っている人たちがいる。私たちはその人たちのおかげで、(そういう人たちがいない場合よりも)快適な日々を過ごしている。これは否定しようもない現実である。
その人のおかげで、その人の息子や娘が立派に成人した、という話もよく聞く。私はそのような人たちをここで軽蔑しようとか、あげつらおうとする気持ちはまったくないことを、まず断言しておきたい。
読者にも、このことはわかってもらえると思う。ただ、その人たちは本当に報われているのかどうかを私たちは考えなければならない。
たとえば息子や娘の成長を生き甲斐に、単純労働に精を出す、つまり忍耐に忍耐を重ねる、というのも人間の一つの生き様かもしれない。
なぜならその人たちにとっては、それが「楽しみ」なのだからである。しかし、多くの場合、「何と空しいことか」と、後になって嘆く人たちも多いはずだ。
息子や娘たちは、中にはたいそう感謝してその後も大切にしてくれる者もいるが、多くは「何でもっと頭を使わなかったの」という、親にしてみれば天地がひっくり返るような言葉をこともなげに言う人間が、この世には実に多いのだ。
そんなときになって腐っても、オーブンの中の七面鳥と同様、後の祭りでしかない。もうとっくにクリスマスは過ぎてしまっている、というものだ。
忍耐力は成功にとってかけがえのないものだが、ある種の忍耐力というものは、このように悲しい面を持っていることを心に銘記すべきである。
「悲しい」というのは「その人たちが悲しい」かどうかということではない。「それで満足」という人もいるのだから。問題は「忍耐力にとって悲しい」ということだ。
本来、忍耐力というものはあなた自身の成長に用いられてこそ、素晴らしい果実を生むものだからである。あなた自身がこうして成長し、初めて多くの人々に奉仕できる基盤ができあがるのだ。
この章で述べた「忍耐力」に関するノウハウは、その意味で、今述べたような忍耐力とはまったく異なっているのだが、深く考えずに誤解してしまう人もいるので、再度注意を喚起した次第である。
くどいようだが、プラグがコンセントからはずれているオーブンの中の七面鳥は、オーブンの中でいくら忍耐を重ねたところで腐っていくしかない!このごちそうの原料に必要なものはエンスージアズム、つまり熱意なのだ。
熱(意)がなければオーブンもただの箱でしかない。
さて、それでは、どのようにしてオーブンに電気を通すか、つまりあなたの心に熱意を湧きたたせるかということについて、実際的なアドバイスを与える人は少ない。
しかし、本書は例外だ。
私は、あなたになぜ、エンスージアズムが必要なのか、どうやってそれを培ったらよいか、を説きたいと思う。
そもそも、エンスージアズムとはどういうものなのか?どのようにして手に入れたらよいのか?この言葉‘Enthusiasm’の語源は、古代ギリシャ語の「神にとりつかれた(状態)」という意味からきている。
詩人エマースンはエンスージアズムについて、「世界史上で、偉大で、堂々とした行動は、みんなエンスージアズムの功績である。エンスージアズムなしには偉大なものは何ひとつとして達成されなかった」と述べている。
●エンスージアズムを持った人間
どのような事業であれ行動であれ、忍耐力は不可欠だが、それにはどのような感情を持って対処したらよいのか?しかも、それをどうやって持ち続けたらよいのか?あなた自身はたいしてエンスージアズムもないのに、他人にエンスージアズムを伝えるにはどうしたらよいのか?それは、あなた自身が「明確かつ特定の目標」を持つことから始まる。
あなたの願望や目標がしっかりと定まっていて、それがあなた自身の魂の一部になっていることが、エンスージアズムにとって、いちばん住みやすい環境なのだ。
あなたはそのような確固たる信念がなければ、あなたのアイデアや製品、あるいはサービスを他人にエンスージアズムを持って売り込むことはできない。
よく言われる「あなたの内なる神」とは、自分自身と自分の行動についての信念のことなのである。
先に述べた「一億ドルの成功計画」の中で、エンスージアズムに真正面から触れなかったのは、その中の「明確な目標」の中に、エンスージアズムというものは本来不可避的に合一されているものだからである。エンスージアズムで成し遂げられることには限度というものがない。
W・クレメント・ストーンは、好んでレオ・フォックスの話を引用する。
その無限のエンスージアズムは、あたかも磁石が鉄粉を引き寄せるように、人を引きつけるのである。
ストーンは言う。
「私が初めてレオに会ったのは、あの世界大恐慌(一九二九年から始まった)のころだった。私が出した新聞広告に彼が応募してきた。
非常に熱心だったので、その場で保険のセールスパーソンとして採用した。そのときは知らなかったことだが、彼はそのとき一文なしだったそうだ。
彼の妻は、彼が出かけている間、ずっと部屋に閉じこもっていた。部屋代が何カ月分も溜まっていたために、外出したスキに管理人に締め出しをくらう不安があったからだ。
レオはセールス初日の手数料収入で、溜まった部屋代を全部支払った。
そして家族の食事を買うのに十分な売り上げを上げるために、翌朝は早くから起きて仕事にとりかかった。
レオが私の所で働くようになってから数週間ばかり過ぎたとき、彼が以前に働いていた会社のセールスパーソンが私に会いにやってきた。
街でレオを見かけたらレオがとても熱意を持っていて幸福そうで、景気も良さそうに見えたからだ、という。
それで、私のところで働かせてくれ、と言ってきたのだ。私は『いいとも』と答えた。続く二、三カ月の間に、私はレオの以前の会社のセールスパーソンを五人も雇っていた。
彼らも街でレオに出会い、彼のエンスージアズムに影響されて、新しい会社に応募してきたのだ。
私は、レオ・フォックスを高く評価している。もちろん彼個人も人並みに問題を抱えていた。それは多くの人を長年にわたって破滅させた問題だ。アルコール依存症だった。
彼の父は、ウィスコンシン州フォン・デュ・ラクに本社のあるファースト・ナショナル損害保険会社のオーナー兼社長のジョン・フォックスであった。
レオ・フォックスは、酒びたりの生活で父から勘当されたとのことだった。
私のところで働いて一年ばかりしてから、彼はその問題について私に話してくれた。そして彼はこう言った。
『イリノイ州ドワイトにあるアルコール依存症矯正センターであるキーリー研修所に行こうと思います。そして私自身との闘いに勝つつもりです』。
彼はこう言ってドワイトへ行った。そして勝利を収めて帰ってきた。
社交的な集まりか、何かの大会で、確かに『一緒に一杯いかがですか?』と誘われたら、レオは心から『喜んで』と応ずるだろう。
だが、いざ注文の場合には堂々と『私には熱いコーヒーを一杯』と言うだろう。言い訳はしない。
彼はキーリー研修所に入った日から、アルコール飲料は一滴も飲んではいないのだ。彼は私の会社のセールスマネジャーとなって、ペンシルヴェニアに赴任することになった。
出発の前にレオは家族とフォン・デュ・ラクにいる両親に会いに行った。父親は、彼が立派に立ち直ったのを見て、こう言ったそうだ。
『ペンシルヴェニアでストーン氏の会社のセールスマネジャーになるくらい立派に立ち直ったのなら、ファースト・ナショナルの社長も務まるはずだ』と。
こうしてレオは、父親の会社で働くことを承知して、実際に社長になった。
のちに私がファースト・ナショナル損害保険会社を買収する機会が持てたのも、レオを仲介にしたものだった。
今では、彼は富める成功者だ。私は彼のことを折に触れてよく話してきたが、数えきれない人々が感銘を受けている」
●エンスージアズムは行動から生まれる
ストーンはまた、「エンスージアズム」についてノーマン・ヴィンセント・ピール博士と行った座談会の模様を次のように回想している。
「ピール博士が私に、『クレム、あなたは私の知っている誰よりも純粋なエンスージアズムを持っている人だ。そのエンスージアズムは、決して挫けない種類のものに違いない。
ビジネスや個人的な問題に注がれるそのエンスージアズムの秘密が何だか教えてくれないか』と聞いた。その大変な褒め言葉に恐縮して私は答えた。
『ご存じのように、感情は理性にすぐさま従うというものではありません。しかし、精神的にせよ、肉体的にせよ、感情は行動には即座に従ってきます。それに、同じ思考あるいは同じ肉体的行動の繰り返しは習慣となります。頻繁に繰り返せば、自動的な反射作用になります」
●エンスージアズムはこうして持つことができる
エンスージアズムを持つには、「熱心な行動をせよ」とストーンは言っているのだ。
熱心に行動すれば、気持ちのほうが後からついてくる。やがては、心にエンスージアズムが充満していることが感じられるというのだ。
ストーンはその長い経験と自らの研究に基づいて、次のように具体的なアドヴァイスをしている。
1大きな声で話をすること。
気が動転したときや、聴衆を前にしてナーヴァスになった(アガった)ときに役に立つ。
2早口で話すこと。
あなたの頭はそれ以上に機敏に働くようになる。
3強調すること。
聞き手にとっての重要な言葉、たとえば「あなた」とか「皆さん」というような言葉に力を込めること。
4間をとること。
早口で話すにしても、文章で書いた場合、句読点の入る場所に間を入れる。これがコツだ。
沈黙という劇的効果を利用すれば、聞いている人たちの心は、あなたが言わんとする考えを汲み取ってくれる。あなたが強調したい言葉のすぐ後にくる間が、その強調点を際立たせてくれるのである。
5あなたの声に微笑みを込めること。
そうすれば、口早に話すときのキメの粗さを消すことができる。顔に微笑みを浮かべ、目元に微笑みを込めれば、声に微笑みを添えることができるのだ。
6話し方に変化をつけること。
長時間話をするときに、これが重要となる。声の高低と声量の両方に変化をつける。
大きな声や早口で話していても、気持ちの込め方によって、会話風に調子を落とすこともできる。
具体的かつ鮮明な目標を持つことによっても、またPMA(積極的心構え)や信念を持つことによってもエンスージアズムは生じてくるが、願望とか目標とかは関係のない分野でもこうしてエンスージアズムを生じさせることができる。
そして無論、これは願望や目標を達成させる際にも応用できるのだ。
もしあなたの人生や授業や仕事にエンスージアズムを加えれば、それらが困難だと思うことはなくなる。
単調に思うこともなくなるだろう。エンスージアズムがあなたの体に活力を与えるのだ。睡眠はいつもの半分で十分となる。
疲労を感じることなしに通常の倍の仕事をこなすようになるだろう。またエンスージアズムはあなたの体に満ちて、魅力的でダイナミックな個性をつくり上げるのに役立つ。
エンスージアズムのある人間を好きにならないようにすることはまず不可能だ、ということを知ってほしい。
●エンスージアズムは一人の主婦を大会社の社長にした
ある人たちは生まれつきエンスージアズムに恵まれているように見える。しかしそれは誰でも潜在的に持っているものなのだ。
メアリー・ケイ・コスメティック社の創始者兼社長であるメアリー・ケイ・アッシュはその一人である。
彼女は若い主婦兼母親だったとき、エンスージアズムを込めたセールスが自分にもできるということに初めて気がついた。
彼女は覚えている。ある日のこと、アイダ・ブレイクと名乗る婦人が、彼女の家をセールスのために訪問した。商品は子どものための『児童心理文庫』シリーズだった。メアリーは、次のように話している。
「もし私たちに、子どもに関する問題が発生したら、その本の索引でその問題を探すだけで十分。
その問題の解決に結びついた話が載っていました。どの話にも大変ためになる教訓が入っていて、どんな問題にも役に立つものでした。
子どもたちに良いことと悪いことの区別を教えようとしている若い母親には、今まで見た中では最高の本だと思いました。
全部でいくらするのかを聞いて、私は思わず声をあげそうになりました。私にはまったく買えそうもない金額だったからです。私の気持ちを読みとって、ブレイクは一週間だけそれらの本をすべて貸してくれました。
そこで私は全部の本を読みました。彼女が再度やってきたとき、私は大変悲しい気持ちでした。それらの本は私が今までに読んだ本の中で最良の本でしたから。
私は『お金を貯めていつかきっと買いたい』と彼女に言ったのです。私が感動している様子を見て彼女はこう言いました。
『メアリーさん聞いてください。もしあなたが私のためにこのシリーズ一〇セットを売ってくれたら、一セットをあなたに差し上げましょう』。
これは私にとって、とても素晴らしい話でした。私はさっそく友人たちや教会の日曜学校の友人たちや初年度クラスの両親たちに電話をしました。
その人たちに見せる見本はありませんでしたが、私にはエンスージアズムがあったのです」それから一日半のうちにメアリーは一〇セットを売ることができた。
この実績が認められて、彼女はブレイクとの間にセールスパーソンの契約を結ぶことになった。
やがてメアリーは化粧品のセールスをするようになり、遂に全米有数のメアリー・ケイ化粧品会社を創設し、社長となったのである。
メアリー・ケイ・コスメティックの社歌には、「私にはメアリー・ケイのエンスージアズムがある」とある。この歌はよく知られた賛美歌のメロディーに合わせて歌われている。
「私たちの会社の大切なエッセンスですから、どこの支社でも歌われています」と、メアリーは言っている。
●あなたのエンスージアズムは、誰も邪魔することはできない
たとえあなたがエンスージアズムを持って生まれてこなくても、それを開発することは容易なことだ。
セールスに関していえば、手始めにあなたが本当に好きな製品あるいはサービスを売ることがエンスージアズムを目覚めさせる良いきっかけとなる。
金銭的な理由やその他の事情で、気乗りしない仕事をやらなければならないこともあるかもしれないが、あなたがどうしてもこうしたいという目標を果たすために何をするかは、あなた自身が決めることである。
誰もそれを邪魔することはできない。願望や目標を実現させるための計画を開発するのはあなた自身なのである。誰もそれを止めることはできない。
もう一度言おう。
あなたが自分で立てた計画にエンスージアズムを持つことを誰も止めることはできないのだ。あなたの設定した目標を達成させるための計画に熱意を持つ六つの秘訣をここで紹介しよう。
1熱心で楽観的な人々と付き合うこと。
2まず財政的な成功を築き上げるために働くこと。金銭は好むと好まざるとにかかわらず、最高のエンスージアズムを発揮させる源であることを素直に認めよう。
3成功のノウハウをマスターして、日常の生活に適用すること。本書、そしてナポレオン・ヒル・プログラムはあなたの最高のアシスタントになるだろう。
4健康に注意すること。健康維持のための目標設定をし、計画を立てること。体の調子が悪くては、物事に集中することは困難になる。
5PMA(積極的心構え)を維持すること。自分のすることについて積極的な気持ちを持っていれば、周りの人たちはあなたのエンスージアズムを感じ取る。
6他人の手助けをすること。あなたが売る製品やサービスを通して人のためになり、あなた自身の素直な心から出た親切心と慈善心で人を助けること。
いずれにしても人に力を貸すことが、自分のエンスージアズムを持ち続けていく助けになる。
服装に気を配ることも、エンスージアズムを保持するのに効果がある。
『成功のための服装』という本も多く書かれており、そのための専門職も多いので、ここでは簡単に触れるだけにしておこう。
自分がその場にふさわしい服装をしていると意識しているとき、人は気分が良くなり、物事に熱心になれるということを指摘しておきたい。
これはちょっと試してみれば誰でもすぐに気がつくだろう。その逆に、自分が張りのある人間と見られていないと思うと、エンスージアズムを表すのが難しくなるものだ。
自分の心の中にエンスージアズムをつくり上げようとするとき、何を話すかということよりも、どのように話すかということが大切である。
あなたの口調と話し方の、人々に与える印象は長く残るものだ。もちろん、あなたの話すことはあなた自身が信じているものでなければならない。そうでないと、人々はあなたの足元を見抜いてしまうだろう。嘘は簡単に底が割れてしまうものだ。
もし永続的な好印象をつくりたかったら、あなたは自分の目的に真面目に取り組み、真剣でなくてはならない。
あなたは、信じてもいないことを言葉や行動で表現している余裕はないはずだ。そんなことをしていたら、あなたはほどなくほかの人たちへの影響力を失ってしまうだろう。
●エンスージアズムは売れる!
グラント・G・ガードはセールスのベテランだった。そしてセールスの指導者、講演者として四〇年以上も活躍してきた人物である。
彼は、エンスージアズムがすべてのセールスの成功のもとになっていると確信している。彼は次のように述べている。
「あなたは自分のエンスージアズムを目覚めさせ、その状態を保っていくことができる。しかし、多くのセールスパーソンは、自分の心にエンスージアズムを生じさせるのに、周りの人に頼りすぎている。妻や、セールスマネジャー、他のセールスパーソンなどに頼っているのだ。
自分自身のエンスージアズムを目覚めさせるには、第一に、製品(商品、サービス)に関して知っておかなければならないことをすべて知ること。
第二に、扱う製品が買い手のためになることを確信することが必要である。あなたが扱っている優秀な商品と、それが提供する多くの利点が、あなたにエンスージアズムを燃え上がらせるのだ。
エンスージアズムは売れる!エンスージアズムがあなたを売り込み、その結果、あなたの商品は売れるのだ。
もしあなたが、扱っている商品と提供する利点について確信を持っていなければ、セールスはやめたほうがいいだろう。
セールスパーソンとして成功を収めることはできないからだ。エンスージアズムのないセールスパーソンは、ただの注文取りにすぎない」
熱意のあるセールスとは「声を張り上げて叫んだり、どなったり、狂ったように腕を振って跳びはねたりすること」をいうのではないと、ガードは述べている。
「私が言っているのは、あなたが扱っている商品について、純粋で、真面目で、熱意ある信念と、その気持ちを相手に伝えて、その人たちがその利点を十分享受したいと思うまでになる、あなたの燃えるような意欲について話しているのだ。
そのような意欲あるセールスパーソンは売れる。エンスージアズムは、あなたをより偉大な成果へ推し進めてくれる最大の力なのだ。それが与えられるようになるには、まずそれを手に入れなければならない。あなたがそれを持っていれば、あなたの周りの人も皆持てるようになる」
●人間は皆、生まれながらのセールスパーソンだ
セールスとは、物を売ることだけではない。人間は一人残らず、生まれつきのセールスパーソンなのだ。
なぜなら、生まれたそのときから自分自身を売り込まなければならないようにできているからである。
まず自分の母親に、泣き叫ぶことによって自分の欲求不満を売り込む。その代価はミルクだ。あるいは真新しいオムツかもしれない。こうして一生、あなたはセールスパーソンそのものなのである。
クレアレンス・ダロー(一八五七~一九三八)は疑いもなくアメリカの生んだ最も偉大な弁護士の一人だが、彼はエンスージアズムを持って信じるところを語り、裁判官や陪審員をも含めて、聞く人にエンスージアズムを目覚めさせた。
彼の成功は、そのエンスージアズムによってである。法律上の知識が他の弁護士より優れていたというのが成功の原因ではない。
かつてある人が「神が信仰とエンスージアズムを無制限に使用する脳力を持った一人の人間を地上に放つとき、天国では歓喜し、地獄では歯ぎしりをする」と言ったことがある。
人に信念を貫く勇気と、積極的な考え方、PMAの習慣があれば、エンスージアズムもそれについてくるものだ。
あなたは自分の考え方、言葉、行動においてエンスージアズムがあるように振る舞うことで、エンスージアズムを持つこともできる。
世界で最優秀の生命保険のセールスパーソンの一人は、朝の食卓に届くように自分あての電報を打った!その日にどれだけの保険を売るつもりかを自分自身に知らせる電報だった。
彼はそのとおりに実行した。ときには、自分で設定した目標をはるかに突破することもあった。
しかも、その電報の発信人は「ドクター・エンスージアズム」となっていた。
こんなアイデアは、少々ばかげていると思うかもしれないが、そのばかげたやり方が、彼をアメリカ最大の保険会社でのトップ・セールスパーソンに仕立て上げたのである。彼にはこの方法がうまくいったわけだ。
私たちはそれぞれ独自に、自分の中にエンスージアズムを吹き込む方法を、これまで述べたノウハウをもとにして開発しなければならない。
それにはまず、あなた自身を、あなたの会社を、そしてあなたの製品を信じることを出発点にするのがいちばん良い方法である。
そのようにして熱心に振る舞い、積極的な考え方、PMAに専念すれば、本物の、真面目な、人に伝わるエンスージアズムが自然に生まれてくるものだ。
成功がそれについてくるだろう。
IBMの会長、トーマス・J・ワトソン二世はかつてこんなふうに言っていた。
「人間が成長した最も偉大な業績は、アイデアとエンスージアズムの(人間同士の間の)伝達の結果として生まれたのだ」と。
エッセンス⑨
▼炭素がもろい鉄を強い鋼鉄に変えるように、忍耐力は人の性格を変える。富を意識すれば潜在意識が作用して、富をもたらし続けるようになる。
▼忍耐力の基礎は意思の力である。忍耐力を鍛えるためには八つの重要な秘訣がある。
▼ファニー・ハースト、ケイト・スミス、W・C・フィールズたちが忍耐力の価値を示してくれた。また、ムハンマドの物語は、忍耐力が歴史まで変えてしまうことを示した。
▼忍耐力を日常の習慣として身につけるには四つのステップがある。この四つは、あらゆる成功のための必要な要素である。
▼忍耐力を身につける四つのステップにより、今まであなたに悪い影響を与えてきた消極的で絶望的な意識を除去することができる。
▼失敗を恐れることはない。逆境の中には、すべてそれ相応かそれ以上の大きな利益の種子が含まれている。
▼忍耐力は、ただ耐えるということではない。成功しようとする人にはエンスージアズム(熱意)がなければならない。

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