第9章マネジメントの戦略
40規模のマネジメント
規模と複雑さ
物体の表面積は直径の二乗倍、容積は三乗倍の割合で増加する。組織の場合も、容積は表面積をはるかに上回って増加する。重量もそれを支える構造を上回って増加する。この表面積と容積に関する法則は、規模と複雑さとの間に密接な関係があることを意味する。
組織が大きくなれば、その中身の大部分は外部環境から遠ざかる。そのため、組織の生命に不可欠な栄養素を供給すべき内部機関が複雑になる。こうして規模は複雑さを左右する。逆に、複雑さもまた規模を左右する。
規模と戦略
規模は戦略に影響を及ぼす。逆に戦略も規模に影響を及ぼす。小さな組織は、大きな組織にはできないことができる。小さな組織は、小さいだけでなく単純である。反応が早く機敏である。資源を重点的に投入できる。
もちろん大きな組織には、小さな組織にはできないことができる。組織には、それ以下では存続できないという最小規模の限界が産業別、市場別にある。
逆に、それを超えると、いかにマネジメントしようとも繁栄を続けられなくなるという最大規模の限度がある。
規模とは何か
適切な規模を知ることぐらい簡単なことはないように思われる。八百屋は小さく、GEやドイツ銀行は大きい。だが、ことはそれほど単純でない。一九六六年、アメリカ政府の中小企業局は、アメリカン・モーターズは小企業であって特別の融資を受ける資格があると認定した。
同社は当時、売上高一〇億ドル、従業員三万人、アメリカでは六三位のメーカーであって、世界でも一〇〇位以内に入っていた。
もちろん、同社は小企業ではなかった。小企業などとはまったく別種のもの、不適切な規模の大企業だった。適切な規模を知るには、従業員数、売上高、付加価値、製品、市場、技術、産業構造を見なければならない。いずれも単独では決定要因とはならない。
しかし、規模の適切さをかなり正確に示す一つの基準がある。
小企業では、社長は、書類を見たり人に聞いたりしなくとも、中心的な成果に責任を持つ者が誰かわかる。つまり、中心的な人間は少数である。
一二人から一五人を超えることはない。一人の人間が本当によく知ることのできる人間の数が、最大限一二人から一五人である。
中企業では、社長はもはや、組織内の本当に重要な人間全員を識別し知ることはできない。そのためには三人ないし四人の人間が必要である。
中企業の社長は、中心的な人間の名前を聞かれると、トップマネジメントの同僚を何人か呼び、相談して答える。中企業では、成果を左右する存在として知られている中心的な人間の数は、四〇人から五〇人である。
これが大企業になると、組織図や記録を調べなくては、決定的に重要な人間が誰であり、どこにおり、前に何をやり、現在何をしており、これからどのような道をたどることになりそうかはまったくわからない。
小企業のマネジメント
われわれは優れた権威たちから、小企業は巨人に飲み込まれつつあり、消滅寸前だと聞かされていた。だが、これはナンセンスだった。
小企業と大企業は択一的な存在ではなく、補完的な存在だった。小企業はマネジメントに関心を持つ必要はないとされていたが、これもまちがいだった。
小企業は、大企業以上に組織的かつ体系的なマネジメントを必要とする。たしかに本社スタッフは必要ない。込み入った手続きや手法も必要ない。そのようなものを持つゆとりはない。
だが、小企業は高度のマネジメントを必要とする。小企業は戦略を必要とする。小企業は限界的な存在にされてはならない。その危険は常にある。
したがって、際立った存在となるための戦略を持たなければならない。ニッチを見つけなければならない。
現実には、ほとんどの小企業が戦略を持たない。機会中心でなく問題中心である。問題に追われて日を送る。だからこそ小企業の多くが成功できない。
小企業のマネジメントに必要とされることは、「われわれの事業は何か、何であるべきか」を問い、答えることである。トップマネジメントの役割を組織化することである。
中企業のマネジメント
中企業は多くの点で理想的な規模である。大企業と小企業双方の利点に恵まれている。誰もがお互いを知っており、容易に協力できる。チームワークは特別に努力しなくともひとりでに生まれる。
誰もが、自らの仕事が何であり、期待されている貢献が何であるかを知っている。資源は十分ある。したがって、基本的な活動を継続することも、卓越性が必要な分野で他に秀でることもできる。
規模の経済を手にするだけの大きさもある。それは、マネジメントすることがもっとも容易な規模でもある。卓越性が必要な分野では、あたかも大企業であるかのごとく行動できる。
しかしそうでない分野では、最小限のことしか行うべきではない。中企業とは、特定の重要な分野において、リーダー的な地位にある企業である。この地位を維持することこそ、中企業にとって成功の鍵である。
要するに、中企業は持てる資源のすべてをあげて、成功の基盤となっている分野を確保することが要求される。そうでない分野では、抑制と禁欲が要求される。
大企業のマネジメント
トップマネジメントの人間が、もはや自社の中心的な人間を個人的に知ることのできない企業は、規模に関するかぎり最終段階に達したといえる。
大企業はフォーマルな組織構造を適切につくりあげなければならないし、その組織構造は明快でなければならない。全員が目標、優先順位、戦略を知らなければならない。
組織内における自らの位置と、他の人間との関係を知らなければならない。さもなければ、官僚組織に堕し、成果をあげるよりも慣例を守ることに汲々とし、手続きを生産性と取り違えるようになる。
大企業は高度に構造化され、複雑で、しかもフォーマルである。機動性を欠く。
したがって大企業は、原則として、小さな事業、成功しても中ぐらいの事業にさえ育ちそうもないものには手を出すべきではない。
大企業のマネジメントには、小さな事業に必要な感覚がない。大企業は小さな事業を理解できない。したがってまちがった決定を行う。
だが大企業といえども、革新を行うには冒険的な事業には手をつけなければならない。新しいものは、常に小さなものから始まる。
己れを知る
多くの企業は適切な規模を知らない。
規模にふさわしい戦略や構造については、さらに知らない。事実、成果と業績に関係のない分野で、費用のかかるスタッフを抱えている小企業は多い。
あまり意味のない活動、製品、市場に自らの資源を投入している中企業も多い。トップマネジメントが自社を幸せな一家と錯覚している大企業も多い。
企業は自らの規模を知らなければならない。同時に、その規模が適切か不適切かを知らなければならない。
不適切な規模
規模の誤りは、組織にとって体力を消耗させる業病である。
ありふれた病気でもある。治療は可能だが、簡単でもなければ楽でもない。規模が不適切になる原因はいろいろある。
ある種の産業では、企業の存続に必要な最小規模がすでに相当大きい。現代の技術のもとでは、小鉄鋼会社であるということは、小軍隊であるということと同じように不可能である。
逆に、大規模では生きていけない産業がある。その一例が出版業である。さらには、大企業と小企業は繁栄できるが、その中間の中企業では規模が不適切な産業がある。
一例がアメリカの国内航空である。
中規模の国内航空会社は、幹線航空会社の収入をあげるには小さすぎ、地方航空会社の経済性を発揮するには大きすぎる。
なぜ不適切かは不明でも、不適切なことを知るための診断は容易である。
兆候ははっきりしている。
常に同じである。
不適切な規模の組織には、肥大化した分野、活動、機能が必ずある。
著しく努力を必要とし多額の費用も必要としながら、成果をあげられない分野がある。
他の分野でいかに利益をあげても、その肥大した分野がそれ以上を吸い取る。
不適切な規模への対策
通常、不適切な規模の組織におけるマネジメントの反応は、肥大化した分野、活動、機能を支えるべく、売上げを増やそうとすることである。
均衡を図るために成長を図る。
それは一か八かの戦略である。
そのような戦略は最後の手段でなければならない。
この問題に取り組むには三つの戦略がある。
第一の戦略は、実りは大きいが実行の困難なものである。
それは、事業の性格を変えることである。
不適切な規模の組織は、存続と繁栄に必要なニッチを持たない企業である。
したがって、まず最初に検討すべき戦略は、事業の性格を変え、何らかの特徴を身につけることである。
だが、これは危険な戦略でもある。
失敗する危険だけでなく、成功しても何も変わらない危険がある。
アメリカン・モーターズは、規模の不適切さへの対策として、五〇年代初めコンパクトカーを発表した。
大成功を収め、数年間は利益をもたらした。
だがそれは一時の勝利だった。
コンパクトカーには、ビッグスリーにできないものは何もなかった。
それどころか、かえってビッグスリーの設計・技術能力、生産設備、ディーラー網には適していた。
こうして同社は、ビッグスリーのために新市場を開拓し、その市場においてまたもや自らが不適切な規模であることを思い知らされた。
事業の質的な変化を検討するうえで必要なことは、「成功の見込みはどのくらいか」を問うことであり、「成功は答えになるか、事態を悪化させるだけか、真に永続的な特徴を与えてくれるか」を問うことである。
第二の戦略は、それほど危険ではない。
合併と買収である。
実は、規模の不適切さは、合併と買収の検討が必要となる数少ないケースの一つである。
合併と買収は量を狙ってはならない。
不適切な基盤の上に量を加えることは、さらに問題を求めることでしかない。
手持ちのものと合わせて完全な全体となるような相手を見つけだすことでなければならない。
それは、逆の理由で規模の不適切さに悩んでいる企業を見つけることである。
したがって、合併と買収は、規模の不適切さの原因を知ることが前提となる。
原因を知り適切な組み合わせを実現するならば、問題の解決は急速かつ完璧となる。
第三の戦略は、売却、切り捨て、縮小である。
マネジメントにとっては好ましくない戦略である。
普通は検討さえしない戦略である。
しかし、これはあらゆる点でもっとも成功しやすい戦略である。
可能なときには、常に採用すべき戦略である。
リーダー的な地位という強固で安定した基盤から多くの分野へ進出した末に規模の不適切さに悩んでいるのであれば、この戦略を採用すべきである。
規模の大きさは、成功や成果の指標ではない。
マネジメントの能力の指標でもない。
大きさではなく適切さが、それらの指標である。
最大規模と最適規模
規模が大きすぎることがありうるかどうかは、古い問題である。
複雑すぎる可能性があることは疑いない。
今日のコングロマリットのなかには、すでにマネジメントの限界に近いものがある。
ただし、規模の大きさそのものについては、これまでのところ限界を超えてはいないようである。
幸い、マネジメントの能力の向上が規模の増大に歩調を合わせてきている。
このことは、それを超えるとマネジメントできなくなる規模の限界が存在しないということではない。
製造業であれサービス業であれ、多くの企業がまだ限界に達していないというだけである。
企業以外の組織のなかには、明らかに規模の限界を超えたものがある。
病院は、ベッド数が一〇〇〇床を超えるとマネジメントが不能になる。
ベッド数三〇〇〇から四〇〇〇床というニューヨーク市のモンスター病院、ベルビュー病院やキングズ・カウンティ病院は、すでに組織のマネジメントも、患者の世話もできなくなっている。
しかし組織には、それ以上大きくなると成果をあげる能力が低下するという最適規模がある。
巨大企業のなかには、すでにその最適規模を超えているものがある。
最適規模は、最大規模よりもかなり下にある。
そのような企業は自らを分割すべきである。
規模と地域社会
実は、規模についての最大の問題は組織の内部にあるのではない。
マネジメントの限界にあるのでもない。
最大の問題は、地域社会に比較して大きすぎることにある。
地域社会との関係において行動の自由が制約されるために、事業上あるいはマネジメント上必要な意思決定が行えなくなったときには、規模が大きすぎると見るべきである。
地域社会に対する懸念から、自らとその事業に害を与えることが明白なことを行わなければならなくなったときには、規模が大きすぎると見るべきである。
規模そのものは、それほど大きくはないかもしれない。
問題は相対的な大きさである。
単一企業、単一雇用主は、企業そのものにとっても、地域社会にとっても不健全である。
そのような企業にとって最低限必要なことは、その地域では事業を拡大せず、事態を悪化させないことである。
これは社会的責任ではない。
事業責任である。
規模の不適切さは、トップマネジメントの直面する問題のうちもっとも困難である。
自然に解決される問題ではない。
勇気、真摯さ、熟慮、行動を必要とする。
41多角化のマネジメント
多角化は万能薬ではない
多角化に成功する条件は、市場、技術、価値観の一致である。
組織は、多角化していないほどマネジメントしやすい。
単純であれば明快である。
全員が自らの仕事を理解し、自らの仕事と全体の業績との関係を知る。
活動も集中できる。
ところが、これまで長い間、多角化すれば業績があがると信じられてきた。
そのようなことはない。
万能薬としての多角化への信仰が蔓延したのは、一九五〇年代から六〇年代にかけてだった。
だが当時の成功物語は、多角化した企業のものではなかったし、ましてコングロマリットのものでもなかった。
逆に五〇年代から六〇年代にかけての経験は、事業にとって複雑さというものが、競争上の不利を意味することを教えた。
技術系の人は、「うまくいかなくなりそうなものは、いずれうまくいかなくなる」というマーフィの法則を口にする。
だが事態が複雑な場合には、さらに第二の法則、ドラッカーの法則と呼ぶべきものが働く。
すなわち、「何かがうまくいかなくなると、すべてがうまくいかなくなる。
しかも同時に」組織には、もはやマネジメントできなくなるという複雑さの限界がある。
トップマネジメントが事業とその現実の姿、そこに働く人、経営環境、顧客、技術を自らの目で見、知り、理解することができなくなり、報告、数字、データなど抽象的なものに依存するようになったとき、組織は複雑になりすぎ、マネジメントできなくなったと考えてよい。
では、このマネジメントの世界のローレライの魅力、多角化と複雑さへの信奉を説明するものは何か。
これに対する答えについては、過去の事実が一つの手がかりを与えてくれる。
実は、最高の業績をあげた企業が、高度に集中化した単一市場ないしは単一技術の企業であったと同時に、最悪の業績をあげた企業もまた、高度に集中化した単一市場ないしは単一技術の企業だったのである。
内的な要因
多角化には、内的な要因と外的な要因がある。
欲求がある。
同じことの繰り返しでは飽きる。
違うことをしたくなる。
働くことが退屈になる。
この欲求は不真面目ではない。
いかなる組織といえども、柔軟性を保ち、新しいことを試み続けるべきである。
さもなくば変化の能力が萎縮する。
小さな変化さえできなくなる。
必ずそうなる。
集中には過度の専門化という危険が伴う。
あらゆる製品、プロセス、技術、市場がやがて古くなる。
売上げは減らないかもしれない。
むしろ増えているかもしれない。
だが利益はあがらなくなる。
こうして昨日の専門化した組織は、消滅の危機に瀕する。
規模の不適切さがある。
しかし新分野への進出は、規模の不適切さに伴う脆さや弱点を補強するための唯一の対策ではない。
その一つにすぎない。
的確な場合には、正しい対策である。
そのとき、多角化は最高の戦略となる。
通常、規模の不適切さに対処するためには、経済連鎖における後方つまり原材料方向への一貫化、あるいは前方つまり市場方向への一貫化という形の多角化が必要とされる。
事実いずれの一貫化も、規模の不適切さへの対策として行うときにかぎって効果がある。
しかし一貫化といえども、複雑さが増大することに変わりはない。
同一産業に留まってはいても、経験のない分野に進出することに変わりはない。
活動も多角化しなければならなくなる。
新しい技術を必要とする。
新しいリスクを冒す。
これらのことは、収入と費用との不均衡を是正して初めて正当化される。
コストセンターの収益化がある。
イギリスのJ・リヨン社は、ランドリー部門を社内に持たなければならなかった。
直営のホテル、レストラン、喫茶店へのランドリーサービスを外部から得ることは、量的にも質的にも無理だった。
同社は、輸送部門も持たなければならなかった。
今日同社は、さまざまな顧客にランドリーサービスとトラック輸送を提供して利益をあげている。
外的な要因
多角化への外的な要因は、さらに重要かつ一般的である。
一国の経済規模がある。
国が小さければ、企業も小規模に留まらざるをえない。
そのようなとき外国資本が現地企業と組む。
こうして現地企業の多角化が行われる。
だが、この種の多角化は一時的なものとしなければならない。
経済発展に伴い、そのような多角化は姿を消さざるをえない。
さもなければ、国家経済と企業双方の成長を阻害することになる。
市場の論理がある。
今日その典型がグローバル企業である(これについては後述する)。
技術がある。
技術はその本質からして分岐する傾向を持つ。
単一の製品、製品ライン、市場向けにスタートした技術が、やがて多様な市場向けの多様な製品を生み出す技術群に育つ。
今日では電機メーカーや化学品メーカーの主なものは、優れてコングロマリット的である。
この多角化は計画したものではない。
実験室の試験管の中や、設計技術者の製図板の上で発生する。
技術が技術を生み、事業の多角化がそれに従う。
現代の税制がある。
ほとんどあらゆる先進国の税制が、投資家への資本の還元よりも、事業への再投資を優遇する。
資本の還元は返済とはされない。
利益の分配と見なされ課税される。
したがって、投資家にとっても企業にとっても、余った資本を還元せず、それを使って多角化したほうが得である。
二つの新市場の出現がある。
大衆市場としての資本市場であり、大衆市場としての人材市場である。
この二つの新しい大衆市場が多角化を高く評価する。
多角化の調和
多角化には、適切なものと不適切なものがある。
適切な多角化は、単一市場や単一技術の企業に劣らない業績をもたらす。
不適切な多角化は、不適切な事業に特化した単一市場や単一技術の企業並みの業績しかもたらさない。
このことは、多角化そのものは、よくも悪くもないことを意味する。
いかに集中が望ましくとも、多角化との調和が必要である。
さもなければ過度の専門化に陥る。
同時に、いかに多角化が望ましくとも、あるいは避けがたくとも集中が必要である。
さもなければ分裂と分散に陥る。
単純さと複雑さはともに必要である。
単純さと複雑さは事業を反対方向に引く。
この二つを対立させてはならない。
調和させなければならない。
共通の軸によって多角化を一体化することこそ、トップマネジメントの仕事である。
このことは、小企業、中企業、大企業のいずれにも等しく重要である。
多角化を調和させ、一体性を保つための方法は二つしかない。
一つは、共通の市場のもとに、事業、技術、製品、製品系列、活動を統合し、それによって高度に多角化しつつ一体性を保つことである。
もう一つは、共通の技術のもとに、事業、市場、製品、製品ライン、活動を統合し、それによって高度に多角化しつつ一体性を保つことである。
共通の市場と共通の技術は一体性の要件である。
この二つが組織の共通言語となる。
組織内の相互理解も、この共通言語によってもたらされる。
共通の市場
この二つのうち市場による統合のほうが成功しやすい。
注意すべき点は二つある。
市場が何であるかを決めるのは、生産者ではなく顧客である。
多角化が、熟知した市場への新しい接近の仕方を意味するだけでは不十分である。
顧客もまた、新たに多角化したものを同一の市場の一部と見なさなければならない。
さもなければ多角化は失敗に終わる。
かつてRCAは、ラジオやレコードプレーヤーの一流ブランドだった。
それらは器具だった。
したがって、レンジや冷蔵庫の急成長市場へ進出しようとしたことは当然だった。
技術を持っていた。
流通チャネルもあった。
だが、同社は品質のよさで知られていたにもかかわらず、台所器具では成功しなかった。
顧客である主婦にとって、台所と居間は別の世界だった。
多角化が成功するのは戦略が有効な場合に限られることである。
自らの事業に含めるものを明らかにするものが戦略である。
戦略は、企業全体のなかで個々の事業が果たすべき役割を明らかにする。
共通の技術
多角化に成功するためのもう一つの軸は技術である。
異質の市場に多角化していくには共通の技術が必要である。
この種の多角化は、共通の市場を軸に技術の多角化を図るよりも困難である。
心理的に見ても、技術からの要求は、それが合理的であるとして、尊重し関心を払う。
だが、市場からの要求には、非合理であるとして抵抗しがちである。
共通の技術は共通の言語である。
競争の武器である。
市場優位をもたらす。
統合された多角化を可能にする。
しかし、技術を軸とする多角化では、五つの原則を守らなければならない。
技術は現実のものでなければならない。
理論ではなく技能でなければならない。
通信や輸送といった一般的なコンセプトは、共通の技術とはいえない。
技術は特有の卓越したものでなければならない。
市場においてリーダーの地位を与えるものでなければならない。
技術は付随的ではなく中核的でなければならない。
戦略がなければならない。
その戦略は複雑かつ難しい。
新しく開発した技術の活用の方法はいくつもある。
自社での利用はその一つにすぎない。
「最善の活用方法は何か」を検討しなければならない。
次に「製品、サービス、市場に適用するうえで必要となる付随的な技術は何か」を明らかにしなければならない。
マーケティングについての知識と戦略がなければならない。
共通の技術による多角化の最大の問題は、いわゆる技術一家主義に関わる問題、すなわち技術に固有のダイナミクスによって多角化を進めた企業が抱える問題である。
技術志向の自然発生的コングロマリットは可能か。
マネジメントは可能か。
ついこの間まで、この問いはナンセンスとされた。
技術を中核とする自然発生のコングロマリットは、明らかに成功物語だった。
しかし今日、技術一家は産業界の中心に位置してはいるものの、かつて手にしていた競争上の利点を失いつつある。
それらの企業の周辺には、それらの技術の一つにのみ集中することによって業績をあげ、市場シェアを高めている企業がいくつもある。
技術一家主義は、戦略としてすでに時代遅れであり多角化の限界に達している。
解体を防いでいるのは共通の使命ではなく、共通の歴史にすぎない。
無効な多角化
共通の市場あるいは共通の技術を軸にしない多角化は失敗する。
その結果は、マネジメント不能である。
好天のもとでは順調でも、ひとたび荒れれば難破する。
共通の市場による多角化と共通の技術による多角化を同時に行うことは至難である。
異なる思考、姿勢、戦略を必要とする。
そこに生ずる問題もあまりに多様である。
したがって、そのような多角化を成功させるには、マネジメント特にトップマネジメントを、二つに分けるか、一方の軸を軽視するかのいずれかが必要となる。
事業というものは異なる周期を持ち、相補うはずであるとの考えはまちがいである。
異なる事業は、ほとんど問題にならないような周期的変動、つまり小幅な景気下降という景気変動論の古典的な局面に際してのみ異なる反応を示す。
下げ幅の大きな下降期においては、同じ反応を示す。
資金需要の大きな事業を資金余裕のある事業に組み合わせるための多角化も誤りである。
成長する事業が、長期にわたって資金余裕を持つことはめったにない。
業績や成長のためではなく多角化のための多角化は、当然誤りである。
新事業に進出することによって既存事業の弱さを補うという多角化も失敗する。
そもそも、「いまの事業をマネジメントする力がないから、よく知らない別の事業に進出しよう」との考えは、健全とはいえない。
体質の一致
さらに重要なことがある。
体質の一致である。
共通の市場や技術を軸にしていても、事業、製品、市場、技術が、価値的に調和しなければうまくいかない。
そこには共通の姿勢がなければならない。
体質の一致とでもいうべきものがなければならない。
大手製薬会社の多くが化粧品や香水に多角化したが、いずれも成功していない。
製薬会社というものが、化粧品や香水を心底大事に思っていないからであろう。
事業は価値が一貫していなければならないということこそ、コングロマリットがうまくいかない原因である。
コングロマリットの問題は、あまりに多様な市場、技術、製品をマネジメントしようとする点にだけあるのではない。
その基本的な問題は、多様な価値の事業をマネジメントしようとするところにある。
これがコングロマリットが重要な意思決定に直面したとき、誤った道をとる原因である。
多角化のマネジメント
多角化のマネジメントの手段は四つある。
多角化のための手段としての自力開発と買収であり、不健全な多角化を正すための手段としての分離と合弁である。
自力開発と買収とは、まったく異質である。
それらをともにうまく行う組織はあまりない。
買収がうまくいったことのない企業は買収を考えてはならない。
不運なのではなく、そういう体質ではないからである。
この種の企業は、適切な買収に伴う些細な問題を対処する用意がない。
他方、自力開発がうまくいかない企業も不運なのではない。
自己開発に伴う問題を理解できないのである。
イノベーションの能力がないのである。
典型がアメリカの二大企業、GMとGEである。
両社とも自覚しているようである。
GMは数十年にわたり、自力ではほとんど何も開発していない。
しかし、うまくいっている企業を買収し、花形事業に育てあげることではすばらしい実績を持っている。
たとえば、小さなディーゼルメーカーを買収し、数年で機関車メーカーの巨人に育てている。
逆にGEは、創立以来、買収ではあまり成果をあげていない。
しかし、自力で新しい事業を成功させることでは、優れた歴史を持っている。
第三の手段は分離である。
うまくいっていない事業は、できるだけ早く惨めな状態から解放する必要がある。
そのままでは資源を消耗し、マネジメントを押しつぶす。
分離とは、売却ではなくマーケティングである。
分離に際して検討すべき問題は、「いくらで売りたいか」ではない。
「誰にとって価値があるか」である。
「娘の相手を探すときは誰がよい夫になるかを考えるな。
誰のよい妻になるかを考えよ」との諺どおりである。
第四の手段としての合弁は、もっとも柔軟な手段である。
今後ますます重要になる。
だが、これはもっとも難しい手段であり、もっとも理解されていない手段でもある。
設立目的の如何にかかわらず、合弁会社が守るべき原則は同じである。
合弁が失敗したときになすべきことは、はっきりしている。
二つの親会社の利害も一致する。
早く問題を片づけたい。
救えないのならば、最小の損失で手を引きたい。
ところが合弁は、成功すると厄介な問題を生ずる。
もともと親会社間の利害が一致していないこと、それどころかまったく相容れないことが突如明らかになる。
したがって、三組の目標、すなわち親会社二社の目標と合弁会社の目標をあらかじめ明らかにしておかなければならない。
親会社二社の目標をあらかじめ明らかにしてあっても、対立は生ずる。
成功しているときにこそ危険は大きい。
両者が対等であって、かつ同じように頑固なときには、問題を解決できる者がいないことになる。
したがって、意見が対立し、問題が暗礁に乗り上げたときの対処の方策をあらかじめ定めておかなければならない。
両者が尊重する第三者をあらかじめ仲裁者に決めておく必要がある。
問題はすべて、この仲裁者のところへ持ち込めるようにしておかなければならない。
合弁会社に自立性を与えなければならない。
合弁の理由は、事業、製品、市場、活動が、いずれの親会社の構造にも適していないからである。
したがって合弁会社は、独立性を保持し、独自の使命、事業、目標、戦略、方針を発展させなければならない。
合弁が成功したとき、特に大きく発展したときには、親会社のいずれからも分離して独立させなければならない。
もはや合弁会社のままにしておいてはならない。
資金を自ら賄わせなければならない。
少なくとも自ら賄うことのできる体制をとらせなければならない。
さもなければ、事業そのものの成長が阻害される。
42グローバル化のマネジメント
経済と国家主権の分離グローバル企業の爆発的な増加の原因は、国境、文化、イデオロギーを超越する真のグローバル市場の出現である。
国境は、もはや決定要因ではない。
それは、制約要因、阻害要因、複雑化要因でしかない。
今日の決定要因は、没国家のグローバル市場である。
グローバル市場の発展には政治体制の発展が伴わなかった。
経済のグローバル化が進展した時期は、むしろ政治体制が分裂を続けた時期だった。
政治体制は、依然として国家主権なるコンセプトのうえに成り立っている。
こうして過去三〇〇年来、初めて経済と政治が分離しつつある。
だがそのような分離は、一七世紀までは当たり前のことだった。
それまでは、経済と政治の一体化など考えられたこともなかった。
グローバル企業の出現は、今日自明とされている教義、すなわち国家が人間組織の自然単位であるとする教義と相容れないだけでない。
それは、あらゆる組織が、究極的には国民国家の統治機関たる政府からその存在の法的基盤と合法性を得なければならないとする教義とも相容れない。
グローバル企業が今日重大な存在になっているのも、それがこれらの教義に挑戦しているからに他ならない。
グローバル企業とは、国境を、自らを規定するものとしてではなく、必然性のない制約の一つにすぎないものとして見る最初の没国家的な組織、少なくとも最初の重要な現代組織である。
グローバル企業と国家グローバル企業に対する今日の批判は、すべてまちがいである。
それを立証するのは簡単である。
しかし、いかなる立証も、グローバル企業に対する批判や敵意に応えることはできない。
批判や敵意はまちがっているかもしれない。
だが、彼らの関心は一つの現実に向けられている。
たしかに彼らは問題をまちがって定式化している。
だが問題は、まちがいなく存在している。
グローバル企業は、その受け入れ国において、国家主権に害をなす存在、すなわち社会、経済、財政に関わるあらゆる政策を無視する存在として批判される。
その母国においても批判される。
小国だけでなく大国においても批判される。
政治的権威を覆さないまでもそれを回避しようとする存在、経済政策や職場を支配し、経済以外の分野さえ左右する強大な権力とされる。
これに対するグローバル企業の反論は正しい。
いかに強大であっても、一国の政府に対抗する力はない。
政治と経済の衝突において、いつも負けるのは経済のほうである。
だが、この議論も重要な点を見落としている。
グローバル企業は、その意思決定が経済の合理性に基づいており、政治的な主権の意思から絶縁しているために問題とされている。
そこに解決策はない。
グローバル企業の行動は、何をしようと、あるいは何をしなくとも政治的な問題となる。
グローバル企業は、政治的主権と経済的現実がもはや相容れないために問題とされる。
事業活動を行っている国において、よき市民であると主張したところで足しにはならない。
進出先国の法律は守っている。
少なくともその国の国民と同じように法律は守っている。
しかしよき市民という言葉が、事業活動を行っている国において、その国の経済や市場を中心に考えかつ行動するということを意味するのであれば、ナンセンスというべきである。
そのように考えかつ行動するということは、グローバル市場における資源の最適化というグローバル企業の論理の根底を否定することになる。
国際的取り決めこの緊張関係を解決するには、国際的な取り決めが必要である。
グローバル企業受け入れの条件、所有権の制限、利益の送金や資本の還元、人、物、金の移動の自由に対する制限について、何らかの取り決めが必要である。
さらに、グローバル企業を非政治化することが必要である。
たとえば、一九七〇年のチリの総選挙で左翼が勝利を収めた後、ITTのトップマネジメントは、自社の国有化を防ぐため、ニクソン政権に対しマルクス主義者の大統領就任阻止を働きかけた。
この種の行為はすべて禁止しなければならない。
国際的な取り決めとしての行動規範によってこれらの問題を解決することが、グローバル企業を、経済と政治の調和を実現するための手段とするための唯一の道である。
これらの問題は、政治的、法律的な問題である。
しかしこれらの問題について考えることこそ、グローバル企業のトップマネジメントの責任であり、機会でもある。
これを怠るとき、グローバル企業のみならず、グローバル経済にとっても害となるだけの政治的な解決が押しつけられる。
途上国にとって、グローバル企業以上に大事なものはない。
グローバル企業だけがなしうる貢献以上にありがたいものはない。
途上国は資本を必要とする。
技術を必要とする。
余剰資源たる肉体労働力が生み出す製品のための市場を必要とする。
そして何よりも、技能を手にする道を必要とする。
生産のための技能、マネジメントのための技能、事業のための技能を会得する手だてを必要とする。
今日のところ、グローバル企業以外のいかなる組織も、これらの技能を移転させる能力を持たない。
途上国にとって、経済的、社会的発展の可能性は、これらの技能の取得にかかっている。
グローバル企業と途上国との健全な関係は、グローバル企業のトップマネジメントの責任である。
問題を完全に解決することは不可能である。
だが緩和は可能である。
グローバル企業は、今日もっとも重要な経済的存在である。
それは、グローバル経済という新しい現実を反映した存在であるがゆえに重要である。
資源の最適化のもっとも有効な機関であるがゆえに重要である。
43成長のマネジメント
成長には戦略が必要
成長は自動的には起こらない。
事業の成功によって、自動的にもたらされるものではない。
成長は不連続である。
成長のためには、ある段階で自らを変えなければならない。
トマス・J・ワトソン・シニアは、第一次大戦前、パンチカードとタイムレコーダーの特許を買った。
事業化は容易でなかった。
第二次大戦時にさえ、零細企業として苦闘していた。
事務機器業界でささやかな地位を占めるにすぎなかった。
しかし彼は、それ以前から、大企業、それも巨大企業への成長を準備していた。
やがて大企業をマネジメントできる組織をつくり、人材を育成していた。
しかも、おそらく彼が名づけたに違いないデータ処理という名の産業にこそ未来があると見ていた。
大量のデータを迅速かつ確実に、コストをかけずに処理できる日を確信していた。
ところが彼は、そのために働き準備してきたまさにその機会を捨てようとした。
いよいよコンピュータが生まれ、夢が実現しかけたとたん、成長を望まなくなった。
おじけづいた。
パンチカード事業に打撃を与えることはすべて避けた。
コンピュータはパンチカード事業を脅かした。
あるいは脅かすかに見えた。
日ごろから彼は、IBMのエリートたるセールスマネジャーを自慢していた。
しかし突然、部下には新しい仕事はできないと感じた。
自らの行動も変えなかった。
トップマネジメントのチームをつくろうともしなかった。
小企業のオーナーのままでいようとした。
二人の息子を含め他の誰かに責任を与え、意思決定を行わせようとしなかった。
IBMは、ワトソンの任期がもう少し長かったならば、コンピュータ事業で並の企業にしかなれなかった。
それすらなれなかったかもしれない。
しかし司法省アンチトラスト局という予想外の神意が介入した。
皮肉なことにパンチカード事業が重要性を失いつつあるときに、同局はIBMを独占の容疑で告発したのだった。
彼は昔から、アンチトラスト法を恐れていた。
若いころ、危うく破滅させられそうになったことがあった。
NCR時代の社員だったころ、アンチトラスト法違反の身代わりに仕立てあげられ、一度有期刑を宣告されていた。
そのときは恩赦によって危うく難を免れていた。
ワトソンは狼狽した。
そのため二人の息子は、ついに彼を退任させることができた。
彼らはただちにトップマネジメント・チームを編成した。
重要な資源、特にワトソンが訓練した人材を新しい事業に集中的に投入した。
こうしてIBMは、三年を経ずしてコンピュータ事業においてリーダー企業となった。
この例に明らかなように、成長には戦略が必要である。
準備が必要である。
なりたいと思うことに焦点を合わせた行動が必要である。
だがトップに変革の意志がなければ、いずれも無駄になる。
成長そのものを目標にするな
長期にわたる高度の成長は不可能であり、不健全である。
あまりに急速な成長は組織を脆弱化する。
マネジメントを不可能にする。
緊張、弱点、欠陥をもたらす。
それらの緊張、弱点、欠陥のゆえに、ちょっとしたつまずきが致命傷となる。
今日の成長企業が明日の問題児になるという宿命には、ほとんど例外がない。
成長そのものを目標にすることはまちがいである。
大きくなること自体に価値はない。
よい企業になることが正しい目標である。
成長そのものは虚栄でしかない。
必要な成長とは何か
しかしそれでも、成長は望ましい目標とされ続ける。
それどころか、必要不可欠な目標とされ続けるだろう。
したがって、いかに成長をマネジメントするかを知っておかなければならない。
マネジメントに携わるものは、第一に、必要とされる成長の最小点について検討しておく必要がある。
生命を維持していけるだけの地位は確保しなければならない。
さもなければ限界的な存在となる。
不適切な規模となる。
市場が拡大しつつあるならば、組織もまたその生命力を維持するために成長していかなければならない。
組織の成長とは、物理用語ではなく経済用語である。
量そのものは成長とは関係ない。
成果の面で成長して、初めて成長といえる。
売上高一〇億ドルは、正しい目標とはいえない。
企業にとって成長の目標とは、量的な目標ではなく経済的な目標でなければならない。
このことは、成長と肥満の混同が危険なまちがいであるだけに、重要な意味を持つ。
実際のところ、企業は業績に貢献しない活動を切り捨てることによって成長できる。
したがって第二に、成長の最適点について検討しておく必要がある。
それ以上成長しようとすると、資源の生産性が犠牲になる点はどこか。
収益性を高めようとすると、リスクが急激に増大する点はどこか。
成長の最高点ではなく最適点こそ成長の上限としなければならない。
成長は最適点以下でなければならない。
成長への準備
成長には準備が必要である。
いつ機会が訪れるかは予測できない。
準備しておかなければならない。
準備ができていなければ、機会は去り、他所へ行く。
成長するには、トップが自らの役割、行動、他者との関係を変える意志と能力を持つ必要がある。
言うは易く行うは難い。
変化すべき人あるいは人たちとは、多くの場合功績のあった人たちである。
成功を収めたまさにそのとき、その成功をもたらした行動を捨て、それまでの習慣を捨てるよう要求される。
リーダーとしての地位を捨て、育てた子を人に渡すよう要求される。
なぜなら成長というものは、一人ないしはひと握りの人間によるマネジメントの代わりに、チームによるトップマネジメントを要求するからである。
ごく早い時期から、成長のための準備をしておかなければならない。
特に三つのことを行っておかなければならない。
基本活動を明らかにし、それらの活動に取り組むべきトップマネジメント・チームを編成する。
変化すべきときを知るために、方針と行動の変化を要求する兆候に注意する。
心底変化を望んでいるかを正直に判断する。
成長するには、変化すべきタイミングを知らなければならない。
それまでのマネジメントや組織構造では不適切なほど成長したことを教えてくれる兆候を知らなければならない。
ここに確かな兆候がある。
急成長を遂げてきた小企業や中企業のトップは、部下を自慢にするものである。
それでいながら、どの部下も準備ができていないと感じるようになる。
これこそまさに変化の必要を示す兆候である。
変化すべきときが来ると、部下に大きな責任を与えたり、重要な分野を任せることのできない理由を見つけだす。
「最高の人間だが準備ができていない」という。
だがこれは、まさにトップ自身に準備ができていない証拠である。
成長が必要であるとの結論に達しながら、自らの行動を変えることを欲していないことを自覚するにいたったトップには、一つの道しかない。
身を引くことである。
法的には企業を所有していても、他の人間の生活まで所有しているわけではない。
組織は子供ではない。
子供さえ、独立させなければならなくなったことを認めざるをえないときが来る。
組織とは人間の成果である。
同時に、その法的な所有関係にかかわらず負託である。
責任あるトップは、自らが変化を望まないことを自覚するとき、それまで育ててきた組織を窒息させ、いじけさせ、抑圧するであろうことを悟る。
自らの成果たる組織の要求に応えられないのであれば、身を引くことが自らと組織に対する責務である。
44イノベーション
イノベーションの歴史
イノベーション(革新)の必要は、マネジメントについてのあらゆる文献が説いている。
強調もしている。
ところが、イノベーションを促進し方向づけ成果をあげさせるために、マネジメントや組織構造はいかにあるべきか、何をなすべきかについてはほとんど言及していない。
その論ずるところは、もっぱら管理的機能、すなわち既知のことを継承し、改善することについてである。
イノベーションをなおざりにしているということでは、文献は現実をそのまま反映している。
あらゆるマネジメントが、イノベーションの必要を強調する。
しかし、イノベーションをそれ自体独立した一つの重大な課題として取り組んでいるものは、組織の大小を問わずあまりない。
たしかに第二次大戦後、研究開発は流行している。
巨額の資金も使っている。
だが多くの組織において、結果はイノベーションでなく改善にすぎない。
このことは特に公的機関について言える。
これまでイノベーションがなおざりにされ、管理的な機能ばかりが重視されてきたことにはそれだけの理由があった。
二〇世紀の初め、マネジメントが初めて関心の的になったときには、突如誕生した大規模な人間組織をいかに組織し管理するかを知ることが、最大のニーズだった。
これに対しイノベーションは、せいぜい単独の仕事、一人で行う仕事、発明家の仕事とされていた。
しかも、マネジメントが進歩した一九二〇年から五〇年という時代は、大きなイノベーションの余地のない時代だった。
この時代は、技術的にも社会的にも変化の時代ではなかった。
むしろ第一次大戦前の土台の上に技術が確立された時代だった。
政治的には激変の時代だったが、社会的な組織も経済的な組織もまったく停滞していた。
社会思潮や経済思潮までもが停滞していた。
壮大な思想は、すべて一九世紀に生きていた思想家、あるいは少なくとも一九世紀に根ざしていた思想家、たとえばマルクス、ダーウィン、フロイトのそれだった。
ケインズさえ、いかに革新的であったにせよ、一九世紀末のレオン・ワルラスやアルフレッド・マーシャルの土台の上に理論を築いていた。
しかしわれわれはいま、一九世紀後半の数十年に似た激変の時代に入った。
明日のイノベーションしかもこれからのイノベーションは、一九世紀のそれとは著しく異なり、既存の組織において行わなければならない。
企業や公的機関は、既存のもののためだけでなく、イノベーションのために自らを組織する能力を手にしなければならない。
なぜなら今日、企業や公的機関は、一〇〇年前には考えられなかった規模の資本と財を手にしているからである。
同時に、研究開発のコストと、その成果を製品や事業へ転換するコストとの比が大きく変わったからである。
今日では、アイデアを生むために費やした一ドルごとに、一〇ドルを研究に使わなければならない。
開発に一〇〇ドルを使い、さらにその一〇〇ドルごとに製品化と事業化に一〇〇〇ドルから一万ドルを使わなければならない。
しかも、新製品や新事業として確立して、初めてイノベーションは行われたといえる。
イノベーションなる言葉は、技術用語ではない。
経済用語であり社会用語である。
イノベーションをイノベーションたらしめるものは、科学や技術そのものではない。
経済や社会にもたらす変化である。
消費者、生産者、市民、学生その他の人間行動にもたらす変化である。
イノベーションが生み出すものは、単なる知識ではなく、新たな価値、富、行動である。
現代というイノベーションの時代において、イノベーションのできない組織は、たとえいま確立された地位を誇っていても、やがて衰退し、消滅すべく運命づけられる。
組織は各様である。
その構造、事業、性格、組織、哲学も各様である。
だが、イノベーションを行う組織には共通の特徴がある。
イノベーションの意味を知っている。
イノベーションの力学を理解している。
イノベーションの戦略を持っている。
管理的な目標や基準とは別に、イノベーションのための目標と基準の必要を知っている。
マネジメント、特にトップマネジメントの果たす役割と姿勢が違う。
イノベーションのための活動を、管理的な活動のための組織から独立して組織している。
イノベーションの意味
イノベーションを行う組織は、まず第一に、イノベーションの意味を知っている。
イノベーションとは、科学や技術そのものではなく価値である。
組織のなかではなく、組織の外にもたらす変化である。
イノベーションの尺度は、外の世界への影響である。
したがって、イノベーションは常に市場に焦点を合わせなければならない。
市場ではなく製品に焦点を合わせたイノベーションは、新奇な技術は生むかもしれないが、成果は失望すべきものとなる。
優れたイノベーションを行う医薬品メーカーは、医療そのものを変える新薬を生みだすことを目指す。
イノベーションの定義を、研究ではなく医療の視点から行う。
事実、重要な技術進歩や科学進歩を実現したのは市場志向の企業だった。
顧客のニーズから出発することこそ、明日の科学、知識、技術の姿を明確にし、発明発見のための体系的な活動を組織するうえで、もっとも直截な道となる。
イノベーションの力学
イノベーションを行う組織は、イノベーションの力学というものの存在に気づいている。
それが確率分布に従うことを知っている。
いかなる種類のイノベーションが、製品、工程、事業、市場となりうるかを知る方法を知っている。
成果をもたらしてくれる分野を体系的に探す方法を知っている。
需要の増大にもかかわらず収益が伸びないときには、工程、製品、流通チャネル、顧客ニーズを変えるイノベーションが大きな成果を生む。
すでに発生していながら、その経済的な衝撃がまだ表れていない変化が、イノベーションの機会となる。
もっとも重要な変化が人口構造の変化である。
それはもっとも確実な変化である。
これに対し、知識の変化はイノベーションの種としては確実でない。
知識の変化の速さはわからないからである。
もちろん、知識の変化はイノベーションの機会となる。
意識の変化、ビジョンの変化、期待の変化もイノベーションの種となる。
そして最後に、パターン化することのできないイノベーション、世界の動きを利用するのではなく、世界の動きそのものを変える予測不能なイノベーションがある。
それらのイノベーションは起業家が何事かを起こそうとして試みるイノベーションである。
それらこそ、真に重要なイノベーションである。
それらのイノベーションは確率分布の外にある。
少なくとも確率分布のはるか端のほとんど生起不能に近いところにある。
それらはもっともリスクの大きなイノベーションである。
成功一件につき九九件の失敗がある。
九九件の失敗は、話題にもならずに終わる。
イノベーションを行うにあたって重要なことは、そのような型にはまらないイノベーションが存在し、しかも、それがきわめて重要であることを認識しておくことである。
重要なことは、常に目を光らせていることである。
この種のイノベーションは、体系的かつ意図的な活動として組織することは不可能である。
この種のイノベーションは管理できない。
桁はずれに重要ではあるが、まれにしか起こらない。
例外として扱わなければならない。
したがって、まず初めに、確率分布に載る種類のイノベーションに焦点を合わせ、それを利用するための戦略を持たなければならない。
その過程において、例外的で真に偉大な歴史的イノベーションに対する感覚を育て、その種のイノベーションを早く認識し活用する体制をつくっておかなければならない。
イノベーションの戦略
他の戦略と同じように、イノベーションの戦略もまた、「われわれの事業は何か。
何であるべきか」との問いから始まる。
しかしながら、イノベーションの戦略においては、未来についての仮定は、既存事業の戦略の場合とは基本的に異なる。
既存事業の戦略では、現在の製品、サービス、市場、流通チャネル、技術、工程は継続するものと仮定する。
これに対しイノベーションの戦略は、既存のものはすべて陳腐化すると仮定する。
したがって既存事業についての戦略の指針が、よりよくより多くのものであるとすれば、イノベーションについての戦略の指針は、より新しくより違ったものでなければならない。
イノベーションの戦略の一歩は、古いもの、死につつあるもの、陳腐化したものを計画的かつ体系的に捨てることである。
イノベーションを行う組織は、昨日を守るために時間と資源を使わない。
昨日を捨ててこそ、資源、特に人材という貴重な資源を新しいもののために解放できる。
イノベーションの戦略において次に重要なことは、目標を高く設定することである。
改善の仕事すなわち新製品の追加、製品ラインの高度化、市場の拡大など
は、五〇%の成功率を期待できる。
完全な失敗は半分以下であろう。
これに対して、イノベーションの成功率はせいぜい一〇%である。
しかるがゆえに、イノベーションの目標は高く設定しなければならない。
一つの成功が九つの失敗の埋め合わせをしなければならない。
イノベーションの目標と基準
イノベーションには、既存事業のための尺度、予算、支出とは別のものが必要になる。
イノベーションのための活動に対して、既存事業のための尺度、特に会計上の慣行を適用することはまちがいである。
それは、六歳の子供に五〇キロのリュックを背負わせるようなものである。
イノベーションのための活動をただちにゆがめてしまう。
既存事業のための予算とイノベーションのための予算は、別途に、しかも別の観点から編成しなければならない。
既存事業について発すべき問いは、「この活動は必要か。
なくてもすむか」であり、答えが「必要である」ならば、次に発すべき問いは「必要最小限の支援はどれだけか」である。
これに対して、イノベーションについて発すべき第一の問い、しかももっとも重要な問いは、「これは正しい機会か」である。
答えが「しかり」であるならば、第二の問いは、「この段階において、注ぎこむことのできる最大限の優れた人材と資源はどれだけあるか」である。
重要なことは、期待するものを検討し、書き表しておくことである。
イノベーションが製品、工程、事業を生み出したとき、それらの期待と比較することである。
結果が期待をかなり下回っているのであれば、人材と資金をそれ以上注ぎこむべきではない。
イノベーションのための活動に関して発すべき第三の問いは、「手を引くべきか。
どのように手を引くか」である。
イノベーションの姿勢
組織内に存在する変化への抵抗については、長い間マネジメントの研究の中心的な問題とされてきた。
多くの文献が出ている。
セミナーや討論会や講座が開かれている。
だが、問題がどれだけ解決されたかというと疑問である。
実は、変化に対する抵抗を云々しているかぎり、解決は不可能である。
そのような抵抗は存在しないとか、問題でないというわけではない。
抵抗に焦点を合わせることは、問題を扱いにくくするだけだということである。
重要なことは、変化が例外でなく規範であり、脅威でなく機会であるという真に革新的な風土の醸成として、問題を定義することである。
イノベーションとは姿勢であり行動である。
特に、それはトップマネジメントの姿勢であり行動である。
トップマネジメントたるものは、アイデアを正面からとりあげることを自らの職務としなければならない。
優れたアイデアというものは、常に非現実的であることを知らなければならない。
優れたアイデアを手にするには、多くのばかげたアイデアが必要であり、両者を簡単に識別する手だてのないことを知らなければならない。
いずれも、実現性のないばかげたものに見え、同時に素晴らしいものに見える。
したがって、アイデアを奨励するにとどまらず、出てきたアイデアを「実際的、現実的、効果的なものにするには、いかなる形のものにしなければならないか」を問い続けなければならない。
荒削りのばかげたアイデアであっても、実現の可能性を評価できるところまで検討しなければならない。
イノベーションを行うには、組織全体に継続学習の風土が不可欠である。
イノベーションを行う組織では、継続学習の空気を生み出し、それを維持している。
ゴールに達したと考えることは誰にも許されない。
学習が継続すべきプロセスとなっている。
変化への抵抗の底にあるものは無知である。
未知への不安である。
しかし、変化は機会と見なすべきものである。
変化を機会として捉えたとき、初めて不安は消える。
イノベーションのための組織
イノベーションの探求は、既存事業の管理とは切り離して組織しなければならない。
新しいものの創造と既存のものの面倒は、同時に行えない。
いずれも必要であるが、別種の問題である。
イノベーションのための仕事は、独立した部門に任せなければならない。
イノベーションは、機能としてではなく事業として組織する必要がある。
ということは、研究、開発、製造、マーケティングと続く伝統的な職能の時系列的な配列は、イノベーションのための仕事には適用されないということである。
職能別の技能をいつ、いかに使うかは、時間によってではなく状況によって決定される。
新しいことに取り組むことを決定したならば、ただちにプロジェクトマネジャーを任命しなければならない。
どの職能別部門からであってもよい。
あるいは、いかなる技能も持たなくともよい。
しかし彼は、始めからあらゆる種類の職能を利用できなければならない。
研究の前にマーケティングを行ってよいし、製品を手にできるか明らかでない段階で資金計画を作成してもよい。
既存事業においては、いまいる場所から行こうとする場所へと仕事を組織する。
これに対しイノベーションにおいては、行こうとする場所からいましなければならないことへと仕事を組織する。
イノベーションのためのチームは、既存事業のための組織の外に独立してつくらなければならない。
伝統的な意味での分権化した事業とまではいかなくとも、既存事業のための組織からは独立させなければならない。
変化ではなく沈滞に対して抵抗する組織をつくることこそ、マネジメントにとって最大の課題である。
それは可能である。
実例も多い。
だが、いかにしてこの種の組織を当然の存在とするか、いかにしてこの種の組織を、社会、経済、個人にとって生産的な存在とするかは、これからの課題である。
あらゆる兆しから見て、来るべき時代はイノベーションの時代だからである。
45マネジメントの正統性
二つの発展
われわれの社会は組織社会になった。現代社会の主な課題はすべて組織によって遂行されている。しかも、ほとんどの人が組織で働いている。同時に、われわれの社会は知識社会となった。
ますます多くの人が、自らの知識を仕事に適用することによって生計を立てるようになった。長期の学校教育によって必要な能力を得るようになった。ますます多くの人がマネジャーとなり、成果に責任を負う専門家となった。
この二つの発展には相関関係がある。知識によって生計を立てられるようになったのは、組織社会になったからであり、組織が存在し機能しうるようになったのは、高度の学校教育を受けた多くの人がいるからである。
マネジメントは、この二つの発展の原因であり結果である。マネジメントは、組織が機能し、それぞれの使命を遂行することを可能とする機関である。そしてマネジメント自体、一つの知識である。それ自体の領域、技能、知識を持つ体系である。しかもこの組織社会において、組織のマネジメントは社会のリーダー的階層を形成している。
テクノクラシーの限界
マネジメント・ブームは、マネジメントの技能と能力に焦点を当てた。だがそれは、マネジメントの仕事を組織の内部に関わるものと規定した。
したがって、組織構造、動機づけ、管理手段、経営科学、マネジメント開発を課題とした。最近流行の言葉でいえば、マネジメント・ブームの発想はテクノクラシーの発想だった。それは当然だった。正しくもあった。
誰もが、自らの技能のことを知らなければならない。自らの仕事を知らずに、世界を正そうとしても無益である。
しかし、マネジメント・ブームが何かを教えたとしたら、それはテクノクラシーでは十分でないということだった。なぜならば、この組織社会にはマネジメント以外にリーダー的階層は存在していないからである。
マネジメントの第一の役割は、組織本来の使命を果たすべくマネジメントすることである。第二の役割は、生産的な仕事を通じて人に成果をあげさせることである。第三の役割は、社会と個人に生活の質を提供することである。
この第二、第三の役割は、テクノクラシーをはるかに超える課題である。だが、ここに大きな誘惑がある。哲学者たらんとする誘惑である。
ここで強調すべきは、よいことを行うための基礎は、よく行うことであるということである。
よき意図は無能の言いわけにならない。
いわゆる社会意識が、自らの企業、病院、大学に本来の成果をあげさせるべくマネジメントすることの代わりになるとする考えは、愚かさか狡さか、あるいはその両方を示すにすぎない。
結論
社会においてリーダー的な階層にあるということは、本来の機能を果たすだけではすまないということである。
本来の成果をあげるだけでは不十分である。
正統性が要求される。
社会から正しいものとしてその存在を是認されなければならない。
正統性とは曖昧なコンセプトである。
それを厳密に定義することはできない。
しかしそれでも、それは決定的に重要である。
正統でない権限は専横となる。
社会のリーダー的階層としてのマネジメントは、自らの組織に与えられた機能を遂行するための権限を持たなければならない。
だが、伝統的な正統性の根拠は、マネジメントの役には立たない。
家柄や魔術は、選挙や財産権と同じようにマネジメントには役に立たない。
マネジメントは成果をあげるためにその地位にある。
しかし成果をあげるだけでは、彼らの権限は正統とはされない。
われわれはすでに、社会のニーズを事業上の機会に転換することが企業の役割であることを知っている。
市場と個人のニーズ、すなわち消費者と従業員のニーズについて、予期し、識別し、満足させることは、マネジメントの役割である。
しかしこれらの役割でさえ、正統性の根拠としては不十分である。
それは事業活動を合理的に説明はしても、事業活動を遂行する権限の根拠とはならない。
自立的なマネジメント、すなわち自らの組織に奉仕することによって、社会と地域に奉仕するというマネジメントの権限が認知されるには、組織なるものの本質に基盤を置く正統性が必要とされる。
そのような正統性の根拠は一つしかない。
すなわち、人の強みを生産的なものにすることである。
これが組織の目的である。
したがって、マネジメントの権限の基盤となる正統性である。
組織とは、個としての人間一人ひとりに対して、また社会を構成する一人ひとりの人間に対して、何らかの貢献を行わせ、自己実現させるための手段である。
社会的な目的を達成するための手段としての組織の発明は、人類の歴史にとって一万年前の労働の分化に匹敵する重要さを持つ。
組織の基礎となる原理は、「私的な悪徳は社会のためになる」ではない。
「個人の強みは社会のためになる」である。
これがマネジメントの正統性の根拠である。
そして、マネジメントの権限の基盤となりうる理念的原理である。
前提とされてきたもの社会科学では、前提や仮定がそのままパラダイム、すなわち支配的な理論となる。
それらの前提は、学者や評論家あるいは教師や実務家が、ほとんど無意識のうちに持っている。
それが彼らにとっての現実となる。
現実を規定する。
それどころか、それが何の分野であるかを規定する。
排除すべきもの、無視すべきものを規定する。
しかるにそれらの前提は、その重要性にもかかわらず、分析されず、研究されず、疑問を抱かれず、明示されることがない。
一九三〇年代にマネジメントの研究が始まって以来、学者、評論家、実務家の間でパラダイムとされてきた前提は二組ある。
一組は、組織運営上の前提である。
マネジメントは企業のためのものである。
唯一絶対の組織構造がある。
唯一絶対の人のマネジメントの仕方がある。
もう一組は、事業経営上の前提である。
技術と市場とニーズはワンセットである。
マネジメントの範囲は法的に規定される。
マネジメントの対象は国内にかぎられる。
マネジメントの領域は組織の内部にある。
マネジメントは企業のためのものかマネジメントは企業のためのものであるとの前提は、専門家だけでなく一般にも当たり前とされてきた。
マネジメントといえば、企業のマネジメントが当たり前だった。
この前提はマネジメントの歴史の初めからあったものではない。
二〇世紀初めのフレデリック・W・テイラーから、一九三〇年代のチェスター・バーナードまでは、品種が違っても犬は犬であるように、企業のマネジメントもマネジメントの一部にすぎず、他のマネジメントと基本的に変わらないとしていた。
マネジメントが企業のマネジメントを指すとの誤解は、大恐慌下において企業不信と企業人批判が高まったことにさかのぼる。
当時公的機関のマネジメントは、企業と一線を画すためにパブリック・アドミニストレーション(行政管理)と称した。
大学の学部も別、専門用語も別、職種も別とした。
同じころ急成長していた病院のマネジメントも、企業のマネジメントと区別するためにホスピタル・アドミニストレーション(病院管理)と称した。
大恐慌時代には、マネジメントを称さないことが政治的に正しかった。
戦後、事態は一変した。
一九五〇年代、主として第二次大戦中の功績によってビジネスが肯定的な言葉になった。
ビジネス・マネジメントは敬意を払うべきものになった。
しかし、マネジメントといえば企業のマネジメントを指し続けた。
いまこそ、この六〇年に及ぶ誤解を正さなければならない。
事実、すでにビジネス・スクールは、スクール・オブ・マネジメントに名を変え、NPOのマネジメントを教え、企業とNPOの役員の双方を対象とするマネジメントプログラムを持っている。
神学校では教会マネジメントを教えている。
だが、マネジメントが企業のものであるとの誤解は根強い。
われわれはここで、医学が産婦人科だけでないように、マネジメントも企業のマネジメントだけではないことを確認しなければならない。
マネジメントの仕方は組織によって違う。
使命が戦略を定め、戦略が組織を定めることは当然である。
小売りチェーンのマネジメントとカトリック司教区のマネジメントは違う。
空軍基地、病院、ソフトウェアハウスのマネジメントも違う。
とはいえ、大きな違いは使っている用語ぐらいである。
せいぜい具体的な適用の仕方にすぎない。
直面する問題や課題に違いはない。
マネジメントについて当然とすべき第一の前提は、それがあらゆる種類の組織にとっての体系であり、機関であるということである。
唯一絶対の組織構造はあるかマネジメントの研究は、一九世紀、政府、常備軍、企業などの大組織が現れたときに始まった。
以来、組織の正しい構造は一つであるとの前提に立ってきた。
正しい組織構造とされるものは何度か変わった。
その探求はいまも続いている。
組織構造の重要性を認識させたのは第一次大戦だった。
フェヨールやカーネギーの説く職能別組織が唯一絶対の組織構造ではないことを明らかにしたのも第一次大戦だった。
この直後、ピエール・S・デュポンが、次いでアルフレッド・スローンが分権組織を生み出した。
今日では、あらゆる組織に適用すべき組織構造としてチーム型組織が喧伝されている。
しかし、もはや万能の組織構造などというものは、存在しえないことを認識しなければならない。
存在しうるものは、それぞれが特有の強みと弱みを持ち、その場面ごとに適用されるべき組織構造である。
組織がすべてではない。
組織とは、ともに働く人たちの生産性を高めるための道具である。
そのようなものとして組織構造は、それぞれがそれぞれの状況、それぞれの時点において、それぞれの仕事に適合するだけである。
階層の終わりという言葉を耳にする。
ナンセンスである。
あらゆる組織が、最高権威としてのボスを必要とする。
最終決定を行い、その決定に従う者を持つボスを必要とする。
危機に瀕したとき命運を決するのは、明快な命令の有無である。
沈没しかけているときに会議を開く船長はいない。
命令する。
船を救うために全員がその命令に従う。
意見も参画もない。
危機にあっては、階層と服従が命綱である。
しかも同じ組織が、あるときは議論を必要とし、あるときはチームを必要とする。
さらにこれまでの組織論は、組織の内部は均一に組織しなければならないとしてきた。
だがこれからは、あらゆる組織が内部に多様な組織構造を持たなければならない。
外国為替の管理が致命的に重要になっている。
完全な集権化を必要としている。
いかなる部門といえども自由に取引させることはできない。
ところが、ハイテク製品の顧客サービスでは分権化を徹底しなければならない。
一人ひとりの顧客担当者がボスとなり、全組織がその指示に従わなければならない。
ある種の研究開発活動では、個々の専門家がそれぞれの役割を果たすという職能別組織が必要となる。
ところが、医薬品開発のように早い段階で意思決定が必要な研究開発では、最初からチーム型組織がふさわしい。
しかも、この二つの組織構造を同じ研究所のなかで併存させる必要がある。
唯一絶対の組織構造があるはずであるとの考えは、マネジメントが企業のものであるとの誤解にも関係している。
マネジメントの研究者たちがこの誤解に惑わされることなく企業以外の組織にも目を向けていたならば、組織構造は仕事の種類によって異なることを知ったに違いない。
カトリックの司教区の構造はオペラの一座とは異なる。
軍も病院とは異なる。
もちろん組織には、守るべきいくつかの原則がある。
組織は透明でなければならない。
誰もが組織の構造を知り、理解できなければならない。
当然である。
実際には軍を含む多くの組織でこの原則が守られていない。
組織には最終的な意思決定者がいなければならない。
危機にあっては、その者が指揮をとる。
権限には責任が伴わなければならない。
誰にとっても上司は一人でなければならない。
三人の主人を持つ奴隷は自由人であるとのローマの格言こそ真理である。
忠誠の重複を避けるべきは、昔からの原則である。
板挟みになる。
いまはやりのジャズバンド型のチーム型組織がうまくいかない原因がここにある。
チームに入った者は、自らの専門分野の部門長とチームリーダーという二人の上司を持つ。
階層の数は少なくしなければならない。
情報理論が教えるように、情報の中継点は雑音を倍加しメッセージを半減させる。
したがって、組織構造は可能なかぎりフラットにしなければならない。
これらの原則は何をなすべきかについては教えない。
だが、何をなすべきでないかを教える。
うまくいきそうもないことを教える。
これは建築家にとっての建
築基準に似ている。
いかなる建物を建てるべきかは教えないが、制約条件を教える。
これらのことは何を意味するか。
それは、個々の人間が、同時にいくつかの組織構造のなかで働くようになるということである。
ある仕事のためにはチームの一員として働き、ある仕事のためには指揮命令系統のなかで働く。
自分の組織ではボスだが、他の組織とは提携、少数株式参加、合弁の形でパートナーの一員となる。
組織は、あくまでも道具にすぎない。
さらに重要なこととして、それぞれの組織構造の強みと弱みを知っておかなければならない。
どのような仕事には「どの組織構造が適しているか」「仕事の性格の変化に応じて、いつ組織構造を変えるべきか」を知っておかなければならない。
組織構造のなかでも、特に研究を要するものがトップマネジメントである。
今日のところ、企業、大学、病院、教会のいずれにおいても、トップマネジメントの構造のあり方を究めた組織はない。
言っていることと、行っていることの乖離を示すよい例がある。
今日では、トップマネジメントの仕事には、チーム型組織が不可欠であるとの結論があちこちで出されている。
ところが、アメリカに限らずあらゆる国で実際に行っていることは、極端な個人崇拝である。
半ば偶像化した個人に光を当てたまま、後継の選び方については関心を払わない。
だがトップマネジメントにせよ、その組織構造にせよ、その最終的な評価は後継の選び方で定まる。
このように組織構造に関わる問題は、マネジメントの世界でもっとも早くから取り組んできながら、理論的にも実務的にも、依然として多くの課題を残す分野である。
一世紀前のマネジメントの先駆者たちは正しかった。
たしかに構造は必要である。
企業、政府、大学、病院、教会、軍のそれぞれが、生き物と同じように構造を必要とする。
しかし彼ら先駆者たちは、唯一絶対の組織構造があるはずであるとしたためにまちがった。
生物にいろいろな組織構造があるように、社会的な有機体である組織にもいろいろな構造がある。
今日必要とされているものは、唯一絶対の組織構造の探求ではなく、それぞれの仕事に合った組織構造の探求であり、発展であり、評価である。
唯一絶対の人のマネジメントの仕方はあるか人とそのマネジメントについての前提ほど、頑固に守られているものはない。
これほど現実に反しているだけでなく、非生産的な結果をもたらしているものはない。
人のマネジメントの仕方に唯一の正しい方法があるはずであるとの前提は、人のマネジメントに関わるほとんどあらゆる理論の根底にある。
もっとも有名なものが、人のマネジメントはX理論とY理論のいずれかによるとし、自らはY理論を贔屓したダグラス・マグレガーの『企業の人間的側面』(一九六〇年)である。
私自身も、その少し前、『現代の経営』(一九五四年)において同じことを言った。
ところがその数年後、エイブラハム・H・マズローが、『ユープサイキアン・マネジメント』(一九六二年)において、マグレガーと私のまちがいを指摘した。
マネジメントの仕方は、その対象によって変わるべきことを明確にした。
これに従って、私自身はただちに考えを改めた。
彼の立論には圧倒的な説得力があった。
だが今日にいたるも、彼の言ったことに注意を払う者はさほど多くない。
人のマネジメントの仕方には唯一の正しい方法があるはずであるとの前提は、人とそのマネジメントについての、その他諸々の前提と関わりがある。
その一つは、組織のために働く者はすべて、その組織に生計とキャリアを依存するフルタイムの従業員であるとの前提である。
もう一つは、組織のために働く者はすべて、その組織において誰かの部下であるとの前提である。
しかも彼らのほとんどが、とりたてて能力もなく、言われたことをするだけの存在であるとの前提である。
たしかにこれらの前提は、第一次大戦のころは現実に即し、意味を持っていた。
だが今日ではいずれも無効である。
いまでも組織のために働く者の過半は従業員である。
ところがますます多くの人たちが、フルタイムどころかパートタイムの従業員でさえなくなってきている。
たとえば、病院や工場のメンテナンス、政府や企業のデータ処理をするアウトソーシング先の人たちである。
あるいは派遣社員である。
契約ベースで働く人たちである。
しかも彼らの多くが、もっとも高度の知識労働者、したがってもっとも貴重な人たちである。
たとえフルタイムの従業員であっても、誰かの部下として働く者は少なくなりつつある。
今日ますます多くなっているのが知識労働者である。
誰かの部下ということはありえない。
同僚である。
見習い期間をすぎれば、自らの仕事については上司より詳しくなければならない。
さもなければ無用の存在となる。
誰よりも詳しいことこそ、知識労働者の知識労働者たるゆえんである。
そのうえ、わずか数十年前とは違って、通常考えられているほど、多くの上司が部下の仕事を経験していない。
かつて連隊長は、大隊長、中隊長、小隊長など部下の仕事をひととおり経験していた。
仕事の中身はほとんど同じであって、違いは部下の数だけだった。
ところが今日の連隊長は、たとえ部隊を指揮した経験はあっても、ずっと部隊を指揮してきたとはかぎらない。
大尉や少佐を経て昇進していても、経験のなかには、幕僚、研究者、教師、大使館付武官としての経歴が含まれている。
したがって、中隊長の仕事をすべて知っているとはかぎらず、その経験があるともかぎらない。
販売出身のマーケティング担当副社長も同様である。
販売は熟知していても、市場調査、価格、包装、デザイン、サービス、販売予測については知らない。
マーケティングの専門家に対して、何をいかに行うかを指示できない。
だが、彼ら専門家が彼女の部下であることに変わりはない。
彼らの仕事ぶりや成績に責任を持つのは彼女である。
病院の院長や医局長と、検査室や物理療法室の専門家との関係についても同じことがいえる。
知識労働者といえども、採用、解雇、考課、昇進について判断するのは上司の役割である。
だが専門分野については、彼らに教わらなければならない。
上司といえども、市場調査や物理療法が何であって、何をもたらさなければならないかを理解できなければ、果たすべき役割を果たせない。
逆に専門家のほうも、仕事の方向性については上司の指示を仰がなければならない。
何が組織にとって重要であるかについても、上司の判断を待たなければならない。
上司と彼ら知識労働者の関係は、かつての上司と部下の関係ではなく、指揮者と楽器演奏者の関係に似ている。
知識労働者を部下に持つ上司は、オーケストラの指揮者がチューバを演奏できないのと同じように、自ら部下の仕事を肩代わりすることができない。
つまるところ、フルタイムの従業員さえ、これからはボランティアのようにマネジメントしなければならない。
有給ではあっても、彼らには組織を移る力がある。
実際に辞めることができる。
知識という生産手段を持っている。
動機づけ、特に知識労働者の動機づけは、ボランティアの動機づけと同じである。
ボランティアは、まさに報酬を手にしないがゆえに、仕事そのものから満足を得なければならない。
挑戦の機会が与えられなければならない。
組織の使命を知り、それを最高のものとし、献身できなければならない。
よりよい仕事のための訓練を受けられなければならない。
成果を理解できなければならない。
これらのことは、人のマネジメントの仕方はいつも同じではないことを意味する。
同じ種類の人たちであっても、状況の変化によってマネジメントの仕方は変わってくる。
しかも仕事上のパートナーとしてマネジメントしなければならない。
パートナーシップの本質は、命令と服従の関係ではなく、対等の関係にある。
パートナーに対しては理解を求めなければならない。
これからは、人をマネジメントすることは、仕事をマーケティングすることを意味する。
マーケティングの出発点は、組織が何を望むかではない。
「相手が何を望むか」「相手にとっての価値は何か」「目的は何か」「成果は何か」である。
つまり、適用すべきものはX理論でもY理論でもなく、いかなる人事管理論でもない。
そもそも問題そのものを定義しなおさなければならない。
問題は、人の働き方についてのマネジメントの仕方ではない。
理論においても実務においても、問題は、成果についてのマネジメントの仕方である。
ちょうどオーケストラやフットボールの中心が音楽や得点であるように、人のマネジメントの中心となるべきものが成果である。
人のマネジメントにおいては、一〇〇年前のフレデリック・テイラー以降において肉体労働の生産性が中心的な問題だったように、今後は知識労働の生産性が中心的な問題となる。
これは、人と仕事についての前提を大幅に変えなければならないことを意味する。
人について行うべきは、マネジメントすることではなく、リードすることである。
その目的は、一人ひとりの人間の強みと知識を生かすことである。
技術と市場とニーズはワンセットか
技術と市場とニーズは不可分であるとの前提が近代産業と近代技術を生み出した。
この前提は産業革命以来のものである。
繊維産業は、産業としての独自の技術を持つことによって手工業から脱して近代産業となった。
石炭産業もそうだった。
一八世紀の終わりから一九世紀の初めにかけて興隆したあらゆる産業がそうだった。
このことを最初にはっきり意識したのが、近代企業の生みの親でもあるドイツ人、ヴェルナー・フォン・シーメンスだった。
一八六九年、企業史上初めて大卒の科学者を採用し、世界最初の企業内研究所をつくった。
独自の技術として今日のエレクトロニクスの前身となったもの、つまり弱電を研究させた。
この前提はシーメンスだけのものではなかった。
化学、特に有機化学を自らの技術とすることによって、世界でリーダー的な地位を占めるにいたったドイツの化学産業全体の前提だった。
アメリカの電機メーカー、化学品メーカー、自動車メーカー、電話会社など、世界のリーダーとなったあらゆる企業が前提としたものだった。
この前提から、一九世紀最大の発明ともいうべき企業内研究所が次々に生まれた。
その最後のものが、シーメンスの研究所の設立からほぼ一世紀後の一九五〇年に設立されたIBMの研究所だった。
あるいは第二次大戦後、世界的規模の産業として急成長した医薬品メーカーの研究所だった。
ところがこの前提が、今日では通用しなくなった。
その典型が、自らの研究所が開発するものとは異質の技術、たとえば遺伝子工学、微生物学、分子生物学、エレクトロニクスの技術に頼らざるをえなくなった医薬品メーカーだった。
一九世紀から二〇世紀の前半までは、あらゆる産業にとって、自らの産業の外で生まれた技術は、まったくあるいはほとんど無関係といってよかった。
ところが今日では、自らの産業や企業にもっとも大きな影響をもたらす技術は、自らの世界の外からもたらされる技術であると考えなければならない。
かつて産業や企業が必要とするものは、すべて自らの企業内研究所が生み出すものと考えてよかった。
逆に自らの企業内研究所が生み出すものは、すべてその企業で利用するはずだった。
この前提は、この一〇〇年間におけるもっとも成功した企業内研究所、AT&Tのベル研究所が当然としたものだった。
ベル研究所は、一九二〇年代初めの創立以来一九六〇年代の終わりにいたる間、電話産業が必要とするほとんどの知識と、あらゆる技術を生み出した。
しかもその生み出すものは、ほとんど全部が電話会社を中心に使われた。
ところが、ベル研究所最大の科学的偉業トランジスタの発明によって、この前提が覆された。
電話産業もトランジスタを使った。
だが最大の需要は電話産業ではなかった。
最大の市場は、予想外のところにあった。
AT&Tが特許を二束三文で与えたのはそのためだった。
自社ではさしたる需要を見込めず、外の世界でもたいした需要はないと考えた。
こうして、もっとも革新的でもっとも価値ある発明の使用権をただ同然の二万五〇〇〇ドルで売った。
今日エレクトロニクス産業にあるメーカーのほとんどが、このベル研究所の認識不足の恩恵に浴している。
逆に、デジタル交換機やファイバーグラスのような電話産業を一新させた技術が、ベル研究所の生み出したものではなかった。
もともと電話とは無縁の技術だった。
このような事態が、この三〇年から五〇年の間に当たり前になった。
あらゆる産業でそうなった。
今日の技術は、一九世紀の技術のように、それぞれがそれぞれの世界に個別にあり続けるというものではない。
互いに交錯する。
医薬品メーカーにとっての遺伝子工学や医療用エレクトロニクスのように、聞いたことのない技術が突然、産業と技術にイノベーションを起こす。
新しいことを学び、手に入れ、使い、さらにはものの考え方まで変えることを必然とする。
これに加えて、さらに大きな変化が起こっている。
一九世紀から二〇世紀にかけての産業や企業は、財とサービスの供給者としての安定した地位のうえに成長した。
たしかにビール容器の供給者は激しく競争していたが、競争していたのは瓶メーカーだけだった。
ビールの容器は一つしかありえなかった。
ガラス瓶だった。
このことは、個々の企業や需要家だけでなく、政府も当然のこととしていた。
アメリカの経済規制は、あらゆる産業にそれぞれの技術があり、あらゆる最終用途に固定した財とサービスがあることを前提にしている。
たとえば今日の独占禁止法である。
独占禁止法は、ビールの容器が瓶から缶に移っているという事実を無視して、瓶メーカーのシェアに神経をとがらせる。
あるいは、瓶がまだかなり使われているという事実や、プラスチックの容器が増えているという事実を無視して、缶メーカーのシェアに関心を寄せる。
ところが第二次大戦後、あらゆる最終需要がその手段と分離を始めた。
皮切りがプラスチックだった。
それは、単に新しい素材が他人の庭に紛れ込んできたというにとどまらなかった。
今日では、ますます多くの最終用途が多様な手段で充足されるようになっている。
それしかないというものは、ニーズ側だけである。
ニーズを充足させるための手段のほうは、何でもありうる。
第二次大戦まで、ニュースの伝達は、一八世紀に生まれ二〇世紀の初めに発展した新聞の独壇場だった。
今日ではニュースを伝える方法はいくつもある。
新聞、ラジオ、テレビがある。
経済ニュースについては、電子メディアに特化したサービスがある。
インターネット送信がある。
その他いろいろある。
今日の基本的な資源は情報である。
それは他の資源と異なり、稀少性の原理には従わない。
潤沢性の原理に従う。
本は売れば手元からなくなる。
情報は売っても残る。
むしろ大勢が持つほど価値が上がる。
このことの意味は、経済理論そのものの再構築を必要とするほどに大きい。
マネジメントのあり方にとっても重大な意味を持つ。
情報は特定の産業や企業が独占しうるものではない。
情報の使い道は一つではない。
使い道のほうも、特定の情報にこだわることはない。
依存しきることはない。
もはや特定の産業だけのための知識などというものはなく、あらゆる知識が、あらゆる産業にとって重要であり、重大な関わりを持つことを前提としなければならない。
またいかなる財やサービスといえども使い道は一つではなく、逆にいかなる使い道も、いかなる財やサービスに縛られるものではないことを前提としなければならない。
これらのことの意味するところは大きい。
それは第一に、企業、大学、教会、病院のいずれにせよ、顧客でない人たち(ノンカスタマー)が、顧客以上に重要になったことを意味する。
政府独占を別とすれば、最大の市場シェアを誇るものにとってさえ、ノンカスタマーの数は顧客よりも多い。
今日市場シェアが三〇%を超えるものはまれである。
逆にいえば、ノンカスタマーが七〇%を超えないものはまれである。
ところが、そのノンカスタマーについての情報を持つ者が同じくまれである。
ノンカスタマーについての情報どころか、ノンカスタマーの存在さえ知らない。
自分たちにとってのノンカスタマーが、なぜノンカスタマーのままでいるのかを知る者はさらに少ない。
しかるに、変化は常にノンカスタマーから起こる。
それは第二に、もはや自らの製品やサービスを中心においてはならないことを意味する。
自らの供給する財やサービスの市場、あるいは使い道さえ中心においてはならない。
中心とすべきは、顧客にとっての価値である。
すでに無数の例が教えているように、顧客は供給者が提供していると思っているものを買っているのではない。
顧客にとっての価値は、供給者にとっての価値や質と異なる。
このことは、企業にとっても、大学や病院にとってもいえる。
これは、もはや技術も用途も、基盤とすることはできなくなったことを意味する。
それらのものは制約条件にすぎない。
基盤とすべきは顧客にとっての価値であり、支出配分における顧客の意思決定である。
経営戦略は、そこからスタートしなければならない。
マネジメントの範囲は法的に規定されるかマネジメントは、理論と実務のいずれにおいても、企業、病院、大学などを、法人格を持つ事業体として扱う。
マネジメントの範囲は法的に規定されるものとする。
これは今日ほとんど普遍的ともいうべき前提である。
このような前提が生まれたのは、当初マネジメントのコンセプトが指揮命令を基盤としていたためだった。
たしかに指揮命令の範囲は法的に規定された。
企業のCEOにせよ、教会の司教にせよ、自らの組織の法的な境界を越えて指揮命令を行う権限はない。
ところがすでに一〇〇年も前に、マネジメントの範囲を法的に定義することは妥当でないことが明らかになった。
部品メーカーは、製品の企画、開発、コスト管理において、トヨタのようなアセンブラーと緊密な関係になければならないというマネジメント上のコンセプト、すなわち系列なるものの生みの親は日本企業とされている。
だが系列の歴史はもっと古く、その生みの親はアメリカ人だった。
一九一〇年、自動車工業が大産業になることを予見したウィリアム・C・デュラントだった。
デュラントの系列は、指揮命令権をマネジメントの基盤としていた。
系列に組み入れるべき企業を買収していったのはそのためだった。
この戦略が、やがてGMの弱みとなった。
彼自身は部品事業部の競争力の維持に細心の注意を払っていた。
フィッシャー・ボディ以外の事業部については、製品の半分を外部すなわち競争相手に販売させることによって、コストと品質の競争力を維持させた。
第二次大戦後、それらの競争相手が姿を消していった。
そのため部品事業部の競争力を担保する手だてがなくなった。
しかも、一九三六年から三七年にかけての労働運動の高まりの結果、車種別事業部の賃金が上がった。
それが部品事業部に波及し、その後続くことになった高コスト構造をもたらした。
実にデュラントの系列が、マネジメントとは指揮命令であるとの前提に立っていたことが、その後二五年間のGMの凋落の原因となった。
ところが、一九二〇年代から三〇年代にかけて系列をつくり上げたシアーズ・ローバックは、この問題を初めから認識していた。
同社は、アメリカ最大の大型小売店としての地位、特に電気製品と金物の小売りでリーダーの地位を築く過程で、供給業者をグループ化し、企画、開発、設計、コスト管理に共同で当たった。
しかし、それらの供給業者を買収合併することはせず、いわば提携の象徴として少数株主となるにとどめた。
提携の具体的な内容は、すべて契約によっていた。
シアーズ・ローバックに続いて系列をつくり上げ、その後の日本企業をさえ上回って成功したのが、イギリスのマークス・アンド・スペンサーだった。
同社は、一九三〇年代の初め、少数株式の保有さえなしに、契約による供給業者の系列化を行った。
六〇年代にこれらの先駆者に続いたのが、日本企業だった。
法的な支配の範囲に限定することなく、経済的なプロセス全体を統合した系列を持つ企業においては、そうでない企業に比べ、二五%から三〇%のコスト削減を実現できる。
したがって、産業と市場の支配権を手にする。
ところが今日では、この系列さえ十分ではなくなっている。
系列は力関係を基盤としている。
GM本社と各部品事業部の間にせよ、シアーズ・ローバックやマークス・アンド・スペンサー、あるいはトヨタとそれらへの供給業者との間にせよ、調達側が圧倒的に大きな力を持っている。
それらの系列は対等ではない。
供給業者側の従属によって成り立っている。
しかし今日では、経済連鎖のコンセプトのもとに、対等な力と独立性を持つ者との間に真のパートナーシップが生まれつつある。
たとえば、医薬品メーカーと大学の生物学科である。
第二次大戦後、日本へ進出したアメリカ企業と日本企業との合弁事業である。
化学品メーカーや医薬品メーカーと、遺伝子工学、分子生物学、医療用エレクトロニクスの専門ベンチャーとのパートナーシップである。
これら新技術を持つパートナーは、通常おそろしく小規模である。
資金難にあえぐところも少なくない。
だが成功の鍵となる技術を持っているのは、彼らのほうである。
技術に関するかぎり、それら弱小のベンチャーのほうが主役である。
提携先を決めるのは、化学品や医薬品の大手メーカーではなく彼らである。
同じことは、情報技術や金融サービスの世界でも起こっている。
いずれも系列や指揮命令の通用しない関係が重要な意味を持つにいたっている。
今日必要とされているものは、マネジメントの範囲の見直しである。
あらゆるプロセスを対象としなければならない。
企業において、それは経済的プロセスの全体でなければならない。
こうして理論と実務の双方において今後前提とすべきものは、マネジメントの範囲は、法的にではなく実体的に規定されるということである。
あらゆるプロセスが対象とされなければならない。
経済連鎖全体における成果と仕事ぶりに焦点を合わせなければならない。
マネジメントの対象は国内に限定されるか今日にいたるも、マネジメントの理論は、企業とそのマネジメントが対象とすべき範囲は、国境によって仕切られた国内経済であることを前提としている。
理論だけでなく実務においてさえ、いまだにこの前提には根強い支持がある。
企業以外の組織でも、この前提は一般化したままである。
昔ながらのいわゆる多国籍企業の考え方がこれだった。
第一次大戦以前においても、金融サービスをはじめとする経済活動は、今日とほとんど同じように国際的に行われていた。
リーダー的な企業は、大戦前の一九一三年には、すでに国内と同じように海外でも活動していた。
しかし、あくまでも進出先国の国内での活動にとどまっていた。
第一次大戦中、イタリアの軍用自動車は、急成長中のトリノのフィアットが生産していた。
同じく第一次大戦中、オーストリア=ハンガリー帝国の軍用自動車は、ウィーンのフィアットが生産していた。
後者は親会社である前者の二、三倍の規模に成長していた。
オーストリア=ハンガリー帝国のほうが市場が大きく、特に西部では工業化が進んでいた。
フィアット・オーストリアにとって、フィアット・イタリアは親会社だったが、設計以外は独立してマネジメントしていた。
原材料、部品を国内で調達し、販売も国内で行っていた。
マネジメントや従業員もオーストリア人だった。
第一次大戦において、このオーストリア=ハンガリー帝国とイタリアが敵同士になったとき、オーストリア・フィアットが行わなければならなかったことは、銀行口座の変更だけだった。
今日では、自動車工業にせよ保険業にせよ、そのようにマネジメントをしている企業はほとんどない。
医薬品産業や情報産業のように第二次大戦後成長した産業では、国内事業と国際事業の区別がない。
国境を越えて研究開発、設計、エンジニアリング、試験、生産、マーケティングを行うグローバルなシステムとして、マネジメントしている。
ある大手医薬品メーカーは、抗生物質など分野別の研究所を七カ国に持っているが、その研究開発部門は、本社の研究開発本部長のもとで一つにまとめてマネジメントしている。
このメーカーは一一カ国に工場を持っているが、世界中でマーケティングと販売を行っている。
臨床試験をどの国で行うかも、本社の医務本部長が決めている。
外国為替の管理も一カ所で行っている。
かつて多国籍企業にとって、経済の現実と政治の現実は一致していた。
国が経済単位だった。
しかし今日のグローバル企業、及び変身中のかつての多国籍企業にとって、国はコストセンターにすぎない。
企業にとって、あるいは企業以外の組織にとっても、国は、戦略上も生産活動上も、経済単位ではなく厄介の種にすぎない。
マネジメントの対象と国境は一致しなくなった。
もはやマネジメントの対象を政治的に規定することはできない。
国境自体は、マネジメントにとって重要な意味を持ち続ける。
だが今後前提とすべきは、国境は制約条件にすぎないということである。
現実のマネジメントを規定するのは、政治ではなく経済の実体である。
マネジメントの世界は組織の内部にあるかこれらのまちがった前提すべてから得られた大前提が、マネジメントの領域は組織の内部にあるというものだった。
この前提があるために、マネジメントと起業家精神の区別などというわけのわからないことが起こった。
もちろん、そのような区別にはまったく意味がない。
企業にせよいかなる組織にせよ、イノベーションを行わず、起業家精神を発揮することなく、永続することはありえない。
マネジメントと起業家精神がコインの裏表であることは、そもそもの初めから認識してしかるべきだった。
マネジメントを知らない起業家が成功し続けることはありえない。
イノベーションを知らない経営陣が永続することもありえない。
企業にせよ他のいかなる組織にせよ、変化を当然とし、自ら変化を生み出さなければならない。
起業家精神は、組織の外に始まり、組織の外に焦点を合わせる。
それは、これまでマネジメントの領域とされてきたものに収まらない。
起業家精神が、マネジメントと対立はしなくとも、異質のものとして受け止められてきたのはそのためである。
しかしマネジメントと起業家精神が、対立しないまでも異質なものであると考えているようであっては、倒産の浮き目を見ることは必至である。
マネジメントにおける内部重視の傾向は、近年の情報技術の発展によってかえって増大している。
いまのところ、いわゆる情報技術は、マネジメントに役立つどころか邪魔になっている。
マネジメントの領域は組織の内部にあるなどということが前提とされてきたために、組織の内部における努力に焦点を合わせるようになってしまった。
組織の
内部に存在するものは努力だけである。
内部で発生するものはコストだけである。
成果は組織の外部にしかありえない。
マネジメントが組織の内部への関心からスタートしたことには理由があった。
一八七〇年ころ、初めての大組織、しかも際立つ存在として大企業が登場したころは、組織内部のマネジメントが問題だった。
それまでまったく未経験だった。
しかしマネジメントの領域は組織の内部にあるとの前提は、当時は意味があったとしても、今日では意味をなさない。
そもそも組織の本質と機能に反する。
マネジメントは、成果に焦点を合わせなければならないからである。
マネジメントの役割は成果をあげることにある。
これこそ実際に取り組んでみれば明らかなように、もっとも難しく、もっとも重要な仕事である。
まさに組織の外部に成果を生み出すために資源を組織化することこそ、マネジメントに特有の機能である。
したがって、理論及び実務としてのマネジメントが基盤とすべき前提は、マネジメントとは組織の外部において成果をあげるためのものであり、したがってまず、それらの成果を明らかにし、次にそれを実現するために手にする資源を組織しなければならないということである。
マネジメントとは、企業、社会、大学、病院、女性保護協会のいずれであれ、組織の外部において成果をあげるための機関である。
本稿は、何らかの結論を出すことを意図したものではない。
問題を提起するためのものだった。
基本とするテーマは一つである。
すなわち、今日の社会、経済、コミュニティの中心は、技術でも、情報でも、生産性でもないということである。
それは、成果をあげるための社会的機関としての組織である。
この組織に成果をあげさせるための道具、機能、機関がマネジメントである。
そして、もう一つ前提とすべきパラダイムがある。
マネジメントが責任を負うものは、成果と仕事に関わることすべてである。
編訳者あとがき本書は、マネジメントの父たるドラッカーがマネジメントの体系を集大成した大著『マネジメント課題、責任、実践』(Management:Tasks,Responsibilities,Practices1974)の抄録を訳し直したものである。
前訳は『抄訳マネジメント』(一九七五年)として刊行され、本書刊行の今日まで三六版を重ね、マネジメントの本格的入門書、大学、セミナーの教科書として広く読まれ使われてきた。
前訳刊行後四半世紀を越えたこともあって、マネジメントをめぐる状況の変化を踏まえ、編集と訳文を新たにし、かつドラッカーの最新のマネジメント論「マネジメントのパラダイム転換」(『明日を支配するもの』(一九九九年)及び『チェンジ・リーダーの条件』〈二〇〇〇年〉に収録)の新訳を付章として収載したものである。
本書によって、ドラッカーのマネジメント論の精髄をご理解いただけるはずである。
今日再びドラッカー・ブームが起こっている。
NHK、民放ではドラッカー特集番組が制作されて何度も再放映され、経済誌では競うようにドラッカー特集が組まれている。
世界のトップ企業、先端ベンチャー、大学、病院、NPO、さらには国際機関、政府、政府機関のコンサルタントとして最新の情報を持ち、今日の転換期の実相と行方について新鮮な洞察を示し続けるドラッカーであれば、当然のことであろう。
いまやこの転換期を乗り切るためにも、マネジメントの力が不可欠であることが明らかである。
それは、資本主義社会や社会主義社会、その後のポスト資本主義社会よりも、むしろそのまた後の来るべき知識社会において、不可欠の道具、機能、機関として、仕事のプロが身につけておくべき常識、教養となるに違いない一つの膨大な体系である。
本書はそのマネジメントのガイドであり、エッセンスである。
しかも抄録の新訳であってドラッカー本人の言葉によるものである。
本書の刊行を快諾してくださったドラッカー教授、編集に多大のご尽力をいただいたダイヤモンド社の御立英史さん、中嶋秀喜さんに深く謝意を表したい。
二〇〇一年一一月上田惇生
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