第9章あなたのセレンディピティ・スコアをつける
それは本当にスキルの差なのか?運に恵まれた人は噓をつく圧倒的成功者をまねようとする前に……私たちは根本的に間違っているのか意図せざる影響あなたのセレンディピティ・スコアを計算するまとめ
第9章あなたのセレンディピティ・スコアをつける最高の教育とは、未知なる領域を自ら探究するための備えを授けてくれるものだ──コロンビア大学学長リー・C・ボリンジャー広告代理店に勤務するヘレン・クイリーは仕事をクビになり、失意のなかオフィスを去る。
エレベーターのなかでイヤリングを落とすと、男性がそれを拾ってくれる。
地下鉄の駅まで走っていくと、電車にギリギリ間に合う……あるいは乗り損ねる。
そこから物語は二手に分かれていく。
その電車に間に合ったか否かで、まったく違う2つのパラレルワールドが展開していく。
映画『スライディング・ドア』でグウィネス・パルトロウが演じたヘレンは、2つの異なる人生を経験する。
「もしあのとき、こうだったら……」「あの日運命の人と偶然出会っていなかったら」「転職のきっかけとなったあの会話を偶然立ち聞きしていなかったら、どうなっていただろう」。
あなたもこれまで幾度となく、こんなふうに考えたことがあるだろう。
セレンディピティとその行方について、反事実的思考をしてみるとおもしろい。
「どのような別の展開があり得ただろうか」と。
実際に起きることは「起こり得る歴史」がたくさん詰まった壺からたまたま引き出されたもので、実現した世界での巡り合わせは多数の選択肢の1つに過ぎない★1。
時間を巻き戻し、再び同じ状況に直面したとき、別の歴史が展開する可能性はどれくらいあるだろう。
私たちのどのような行動が(それが何らかの影響を及ぼしたと仮定すると)、その選択につながったのだろうか。
人生がささやかな幸運によってどれほど違った展開になるかは過小評価されやすい★2。
起こり得た「もう1つの歴史」を考えてみるのは、なかなかおもしろい。
そこに影響したのはスマートラック(セレンディピティ)だろうか、それともまったくの偶然(ツキ)だろうか。
別の選択肢をシミュレートしてみると、実際に起きたことは起こり得た展開のなかでもとりわけ確率の低そうなアウトライアー(異常値)だったことに気づくかもしれない。
初期条件がほんのわずか変わっただけでも、まったく違う結果になることもある。
次に何が起こるかという確率は積み重なっていき、経路依存性が生じる★3。
それは本当にスキルの差なのか?ここから何が言えるだろうか。
たとえばスキルの違いについて考えてみよう。
スタート時点で、ある人はたまたま正しいタイミングに正しい場所にいただけかもしれない★4。
これは社会的格差だけでなく、スポーツにも当てはまる。
たとえばカナダのトップクラスのホッケー選手を調べた有名な調査では、すべての調査対象群において1月から3月に生まれた人の割合が40%を超えていた★5。
ホッケーリーグでは毎年1月1日が新年度のスタート日になるので、年の最初の3カ月に生まれた子供たちはそれ以降に生まれた同学年の子供たちより身体的に成長している傾向がある。
その結果、幼い頃から選手に選ばれやすくなり、試合経験が増える。
より良いトレーニングを受けられ、チームメートにも恵まれるだろう★6。
当初の強みはホッケーが上手だったことではなく体が大きかったことだが、成功トラックに乗せてもらえたことで何年か経つうちに本当に優れた選手になっていく。
当初のツキが経路依存性によって増幅され、長期的結末に大きな差異を生むことになる。
新年度の開始日を8月1日に変更し、歴史をリプレイしてみたら、ホッケーリーグの選手の誕生日の分布はまるで違ったものになるだろう。
もう1つの歴史では、1月から3月に生まれたプレーヤーは今日のようなスキルを身につけることができず、ホッケー選手ではなく会計士になっているかもしれない(その逆も然りだ★7)。
社会的流動性や成功についても、同じような影響が見られる。
生まれた場所の郵便番号がわずかに違うだけで、将来に大きな違いが生じる可能性がある。
中産階級の家庭に生まれた、架空の少女のケースを考えてみよう。
親の雇ってくれた優秀な家庭教師に励まされ、特定の科目を熱心に勉強し、長じてノーベル賞を受賞した。
一方、反事実歴史では、少女の父親は職を失い、教育資金を支払えなくなった。
少女は優秀な家庭教師と巡り合わず、同じ能力を身につけることができない。
あるいは別の家庭教師が選ばれ、同じような知的刺激は受けられない★8。
経路依存性が生じるため、このたった1つの出会いの有無によって長期的結果は大きく変わってくる(もちろん本書で見てきたとおり、少女にセレンディピティ・マインドセットがあれば、何があろうとすばらしい成功をつかむかもしれない。
同じイチジクの木になる別の実になるだけだ)。
スタート時点の差異が経路依存性によって長期的にまったく違う結果につながるというのは、テクノロジーの採用、資産の蓄積から社会的立場まで、さまざまな領域に当てはまる★9。
父親から4億ドルを相続できたら(ドナルド・トランプの言葉を借りれば「ちょっと何億ドルか借りられたら」)、億万長者にならないほうがおかしい。
銀行にそっくり預けて、複利効果の恩恵を享受すればいいだけだ。
特別優秀に思える人を、過大評価すべきではないのはこのためだ。
そのなかには生まれながらにツキに恵まれている人も多く、傑出したパフォーマンスはたまたま恵まれた環境で育った結果かもしれない。
もともとベースラインが高いところからスタートし、不相応に大きな成功を手にしたのかもしれない。
この「金持ちはますます金持ちになり、貧しい人はますます貧しくなる」というメカニズムは、「マタイ効果」と呼ばれる。
優位性は積み重なり、(地位やお金など)持てる者はさらに多くを手に入れられる環境に置かれる傾向を指す*。
しかしスマートラックやセレンディピティと同じように、このようなまったくの偶然も、人々の事実認識や記憶に正しく反映していないことが多い。
これはさまざまな講演会や学校の教室、祖父との夕食の席で語られる武勇伝の大きな問題と言える。
英雄たちに成功をもたらしたふるまいをむやみにマネしようとするのは非生産的だ。
それは実際の成果にたいした影響を与えていないかもしれないし、たまたまその状況でうまくいっただけの可能性もある。
さまざまな分野の研究で、私たちは自分の知性や意図を強調する一方、困難、不確実性、巡り合わせは意識的あるいは無意識的に無視してストーリーを語る傾向があることが明らかになっている★10。
しかし聞いておもしろい話より、おもしろくない話のほうが現実に近いことは誰もが知っている。
*「マタイ効果」は社会学者のロバート・K・マートンが1968年、聖書の才能に関するエピソードから命名した(マタイによる福音書25章14~30節)。
さらに言えば、ドナルド・トランプのように「ツキ」に恵まれた人は、大成功することもあれば、無一文になることもある。
たいてい極端な結果になり、中庸ということはない。
彼らほどリスクテイクに積極的ではなく、同じようなツキに恵まれていない者にとって、彼らの成功戦術から学べるところはほとんどない。
運に恵まれた人は噓をつく単なる偶然が実力と誤認されるケースは、私たちが考えるよりずっと多い。
たいてい原因となるのは「生存者バイアス」だ。
ナシーム・タレブの言う「静かな墓地」、すなわち外れくじを買っていた者たちの累々たる屍は、私たちの目には入らない。
生存者に注目し、失敗を無視するのが人間の自然な反応だ★11。
私たちは幸運な生存者から教訓を学ぼうとするが、それは危険だ。
というのも彼らの置かれたコンテクストは、たいてい私たちのそれとは異なるからだ。
成功の原
因を巡り合わせや単なる幸運ではなく、成功者の行為に求めすぎると、誤った教訓を引き出すリスクがある。
勝者は詳しく研究されるが、まったく同じ行動をとったにもかかわらず、運に恵まれなかった敗者が注目されることはまずない。
講演会などで武勇伝を聞かされるのはフラストレーションがたまるぐらいで済むが、別の状況では命にかかわることもある。
たとえば大惨事の多くはニアミスが続いた後で起こる。
失敗をギリギリ免れ、成功と評価された事象の直後に、本当の大事故が起こるのだ。
ある判断が好ましい結果につながると、実は悲惨な結果を招く恐れもあったという事実はまず検討されなくなる。
これはリスクテイクを助長し、誤った安心感をもたらす。
2003年にスペースシャトル「コロンビア」が大気圏に再突入する際に空中分解した事故は、まさにそんなケースだ★12。
外部燃料タンクから発泡断熱材が剝落する事象は、事故の前のミッションで幾度か起きていたが、幸いそれが機体の重要な部分を直撃することはなかった。
それまで事故が起きていなかったことから、NASA職員はそうしたニアミスのケースを成功例と解釈し、断熱材の剝落を重大な欠陥につながるおそれのない通常の事象とみなし、逸脱を正常化したのだ。
何も問題が起こらなかったのは「運に恵まれた」ためだが、それも事故が起こるまでの話だった。
この失敗によってコロンビア号の7人の乗組員全員が命を落とした。
ニアミスはたいてい成功とみなされ、それが大惨事につながる恐れがあること(あったこと)は看過されがちだ。
なぜこれが重要かと言えば、偏った対応によって本来はニアミスを解決すべき問題の警告サインととらえるべきであった組織やシステムに脆弱性が残るからだ★13。
私も身に覚えがある。
18歳で初めて車に乗れるようになったとき、とんでもない数のニアミスを経験した(車に傷をつけたり、ゴミ箱をひっくり返すなど)。
だがそれを自分はピンチを切り抜けられるサインだと受け取ってしまった。
本当はいずれ命を落とすリスクがあると気づくべきだったし、実際そうなった。
どうすればこのような事態を防げるだろうか。
研究では、第三者の視点に立つこと、そして起こり得た歴史を想像することが有効であると示されている。
自らの暗黙のバイアスに気づき、もう1つの歴史をシミュレートするようになれば、リスク管理や学習の質を高め、「適切な」行動をとれるようになる★14。
私は目下このアプローチを、自転車に乗る際に実践しようと努力している。
うまくいくときもあれば、いかないときもある。
危ない方法で道路を横断してしまったときには「今回は大丈夫だったが、次はこれほど運に恵まれないかもしれない」と自分に言い聞かせる。
自動車にひかれるなど事故が起きたら、他の人には単に運が悪かったと思われるかもしれない。
だがそれまでのニアミスを考えれば、事故が起こる確率は実はかなり高かったのかもしれない(本書の草稿を家族に見せるときには、この部分はこっそり抜いておいた*)。
*これは確率論的思考を鍛えることにつながる。
世の中で起きる事柄の多くは確率論的だ(つまり決定論的ではない)。
未来を正確に予測することはできないが、ある事象が起こる確率が高いか低いか判断することはできる。
あなた自身も道路を横断するとき、車にひかれる確率を判断しようとしたことがあるだろう。
圧倒的成功者をまねようとする前に……ミシェル・オバマ、リチャード・ブランソン、ビル・ゲイツ、オプラ・ウィンフリーのような成功者に近づこうとするのはすばらしいことだが、残念な結果に終わる可能性が高い。
その行動を逐一まねることができたとしても、スタート時点の初期条件を完全に再現すること、そして彼らの歩んできた道のりを正確にたどることはできないからだ。
傑出した業績を残す人々はたいてい「アウトライアー」であり、その生き方をまねることは難しい。
機会や特権にも恵まれていたはずだ★15(ソフトウエア会社で財をなしたある人物は、裕福な家庭に生まれ、コンピュータ設備の整った私立学校に入り、そこでプログラミングが趣味となった。
その後、両親から大手企業の社長を紹介され、のちにその会社から契約を獲得した)。
個人の物語よりパターンに目を向けること、そして自分と同じような現実を生きているロールモデルを見習うほうが効果的なのはこのためだ。
たとえば魅力的な小売店主、あるいはボストンコンサルティング・グループの有能なコンサルタントなどは、キャリアの可能性を理解するのに役立つ。
銀行員、法律家、コンサルタントのようなキャリアパスが比較的明確な「リニア」なコンテクストの場合は特にそうだ★16。
数えきれないほどの失敗を繰り返した末に、正しいタイミングで正しい製品を世に送り出すことができた起業家、あるいは過剰なリスクテイクも厭わない経営者と比べて、コンサルティング会社のシニアパートナーの反事実的歴史を考えるほうが、あなた自身のたどり得るもう1つの歴史として参考になるのではないか。
経営学者のチェンウェイ・リュウとマーク・デ・ロンドの研究は、格別優れたパフォーマンスほど、そこから学べることは少ないという事実を説得力を持って示している。
そのような異常値は信頼性が低い傾向があるためだ。
背後に過剰なリスクテイクや不正行為が潜んでいることもあり、まったく違う結果になっていた可能性も十分ある★17。
ドナルド・トランプは多額の借金を抱えていた1990年代に、自分の純資産はホームレスより少ないという(ぎょっとするような)発言をしたことで知られる。
その過剰なリスクテイクを踏まえれば、もう1つの歴史としてアメリカ大統領どころか借金まみれの失敗者になっていてもおかしくなかった。
トランプの「歩み」に学べば、成功者になる確率と失敗者になる確率は半々だろう。
きわめて特異な例であるのは間違いない。
実際に私たちが最も多くを学べるのは、2番手のプレーヤーであることが多い。
傑出した記録の後には通常、平凡な記録が並ぶ。
というのも極端なパフォーマンスは極端な幸運に支えられていることが多いからだ。
極端な幸運は長続きしないので、記録はたいてい平均的なところに回帰する★18。
たいてい本人はパフォーマンスが低下したもっともらしい理由を考えるが、実際にはツキが落ちただけのことが多い。
本書の目的はツキに頼るのではなく、セレンディピティのベースレートを高める方法を示すことだ。
そうすればどんなときもセレンディピティを高水準に維持できるようになる。
私たちは根本的に間違っているのかここで「帰属バイアス」という非常に興味深い現象に注目したい。
私たちは物事の結果を運、努力、スキル、作業の難易度という4つの要因で説明しようとする。
ある結果の原因がコントロールできない外部的なものだと思われる場合、それを運に起因すると考える★19。
本書ではセレンディピティ・マインドセット(それと表裏一体のセレンディピティ・フィールド)を育てることで、自らスマートラックを生み出す方法を見てきた(このマインドセット自体が1つのスキルと言える)。
ただ運・不運のせいにするのがどうにもおかしい状況もある。
運については帰属の誤りが起こりやすい。
私たちは失敗を不運のせいだと考える一方、成功を努力やスキルに帰属させる傾向がある。
これは成功(もどき)から学びすぎ、失敗から学ばなすぎる原因となり、自分はすべてをコントロールできていると錯覚するようになる★20。
だが研究では、私たちは偶然に左右される結果を誤解しやすいことが明らかになっている。
たとえば本書でも見てきたように、まったくパターンのないところにパターンを見出したり、幸運な結果を単なる偶然ではなく、個人の資質や努力に帰属させる★21。
他者を評価するとき、あるいは自分が評価されるとき、こうした傾向がマイナスに作用することもある。
たとえば業績評価だ。
私たちは周囲のフィードバックに応じて個人的な目標を調整しがちだ。
また自分のパフォーマンスが周囲の期待を上回っているか、下回っているかに応じて成功か失敗かを判断する。
評価が重要なのはこのためだ。
評価はたいていコンテクストや意思決定が行われた時点の正しさではなく、最終結果に基づいて下される。
これが「基本的な帰属の誤り」につながる。
成功の原因として運などの状況的要因ではなく、スキルを過大評価するのだ★22。
ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは、こうした状況において私たちは認知的近道をする傾向があることを示した。
たとえば「この人にはどのような観察できないスキルがあるのか」という難しい質問を、「この人の観察できるパフォーマンスはどのようなものか」という答えやすい質問に置き換えてしまうのだ★23。
ヒューリスティックスを使うと時間の節約になり、正しい判断につながることもある。
パフォーマンスの高い人は一般的にスキルが高いからだ(思い切りツキに恵まれたケースもあるが★24)。
ただ判断を誤った場合のコストは大きいため、このヒューリスティックスに頼るのはおススメできない。
ここで重要になるのは、偽陰性(本当の要因はスキルなのに、運のせいにする)と偽陽性(本当の要因は運なのに、スキルのおかげだと考える)という起こり得る2種類のミスのコストだ★25。
パフォーマンスを評価するときには、幸運に恵まれた結果をスキルに帰属させる偽陽性のミスが起こりがちだ*。
これには従業員のモチベーションを高める効果があるかもしれない。
リスクテイクへの意欲が保たれ、また最近の成功がツキに恵まれたためではなくスキルのおかげだと感じられれば、スキルの
向上にも取り組むだろう★26。
一方、偽陰性のミスは従業員の無気力(運任せ)を助長するため、偽陽性のミスよりもコストは高い。
この結果、偽陽性のほうが起こりやすくなるが、これは非常にコストの大きなミスに発展するリスクがある。
たとえば金融危機の一因は、運に任せて過剰なリスクテイクをするトレーダーが評価されたことにあった。
コロンビア号爆発事故は、幸運なニアミスが「成功事例」と評価された結果起きた。
このようなミスはあっという間にコントロール不能になる★27。
また、帰属の誤りは誰かが成功した原因について誤った解釈にもつながる。
「嫌なやつ」ほど出世するように見えても、出世の理由は他にもあるかもしれない。
さまざまな要因、ときにはツキも影響していた可能性が高い。
批判や評価、それに伴う昇進や報酬は、本人の行動の意図せざる結果と結びついていることが多い。
まっとうな理由やつじつまの合うストーリーが後づけでつくられることも多いが、現実には多くのことが私たちの意図とは関係なく起こる。
予想外の要因が当初の意図とはまったく関係のない結果を引き起こすことも多い。
高いスキルのあるマネージャーは昇進する可能性が高いが、ある職位と次の職位のスキルの差はたいていごくわずか、ときにはマイナスのこともある。
卓越した業績の多くはランダムに発生するので、昇進するのはたまたま何度か運に恵まれ、社内の注目を集めた人で、スキルが高くても一見ふつうの人にチャンスは巡ってこないことが多い★28。
この問題を解決する方法の1つは、ノイズを抑えることだ。
たとえば業績連動給を外部的事象と切り離す、あるいはランダムな要素が影響する分野では主観的評価に依存しない、といったことだ。
古代ギリシャやベネチア共和国の方法を参考にするという手もある。
「平等」を期すために政治指導者をランダムに選ぶ仕組みを取り入れたのだ★29。
あながちばかげているとも言えない。
近年の研究では、金融市場や政治において、洗練されたメカニズムよりランダムな選別のほうが高いパフォーマンスにつながることが示されている。
後者のほうが縁故主義を排除でき、より堅牢で、偏見を乗り越えることができ、より公平とみなされるからだ★30。
しかしこのアプローチはリーダーの能力への信頼を損なう恐れがあり、また政治家のモチベーションにマイナスの影響があるかもしれない。
研究者が解決策として示しているのは、明確な条件を満たした有能な挑戦者のなかから、あらかじめ候補を選んでおくことだ★31。
こうして能力とランダムな選択を組み合わせることで、公平な競争の場を確保できる。
*これは社会のレベルで悪影響を引き起こす恐れがある。
運命は自己責任だという考えは社会的支出の抑制につながり、社会的流動性が低くなるリスクがある。
意図せざる影響ただ公平性を確保したとしても、善意が必ずしも優れた成果につながるわけではない。
社会問題については特にそうだ。
私はそれを開発プロジェクトの現場で目の当たりにしてきた。
善意のプロジェクトの成果は不確実なことが多く、意図せざる影響が出ることも多い。
たとえばあなたの組織が、ナイロビの貧困地区「キベラ」出身の14歳の少年に教育を受ける機会を与えるケースを想定してみよう。
机上では完璧な計画に思える。
組織の支援者は、若者に知識を授けるのは立派なことだと評価してくれる。
あなた自身も胸を躍らせていたが、支援対象を個人に絞ったことで、家族あるいはコミュニティの構造を壊してしまったことに気づく。
少年は家族の唯一の稼ぎ手だったかもしれない。
それが「教育を与えるため」に少年を1日中拘束したことで、代わりに妹がお金を稼がなければならなくなった。
貧困地域の少女がお金を稼ぐための選択肢は限られている。
それに代わるもう1つのアプローチは、組織の活動が家族全体に及ぼす影響を考えることだ。
そうすれば、まずは家族のために新たな収入源を確保するほうが重要だという判断に至るかもしれない。
また少年だけではなく、家族全員に教育機会を与えることを検討するかもしれない。
少年だけに限定すると、家族の経済状態を危うくするだけでなく、お互いに対する不満が高まるリスクがある。
少年が他の家族より「はるかに賢く」なると、家族がバラバラになってしまうかもしれない。
ある企業経営者が私に語ってくれたエピソードを紹介しよう。
「アフリカのある国の大統領と面会したとき、こう言われた。
『西洋の白人が送ってくる忌々しい食料支援は、何の役にも立たない。
かつて我が国の人々は少なくともまっとうに亡くなっていた。
だが今ではあなた方の送ってくる炭水化物やとんでもない食品のおかげで生きながらえている。
支援は炭水化物に偏りビタミンやミネラルが不足しているので病気にはなるが、死なない。
おかげで我が国は年々貧しくなるばかりだ。
ありがた迷惑だ』と」。
善意の支援が、意図せざる弊害を引き起こしている。
経営者と大統領の幸運な出会いをきっかけに、この会社は戦略を見直し、今では複雑な状況に配慮したより包括的なアプローチを実践している。
善意の試みが良い結果と悪い結果のどちらにつながるにせよ、評価は最終結果のみによって決まることが多い。
悪意のある行動や無能なマネージャーによる質の低い意思決定にもかかわらず、彼ら自身のコントロールの及ばない状況が予想もしなかったすばらしい成果につながり、評価されることも多い。
一方、善意の行動や有能な経営者が不可抗力な失敗の責任を問われることもある。
ときには善意で行動したものの、不運な結果に終わった経営者の倫理が問われることさえある★32。
私自身、どちらの立場も経験がある。
原因は、私たちは不運な出来事に接すると、当事者が怠慢だった、想定が誤っていたのだと推測するためだ★33。
意思決定はたいてい本能や直感に基づいているので、マイナスの結果は意思決定者に「厳格さ」が欠けていたためかもしれない。
だが同じような状況で好ましい結果が出た人と比べて特段厳格さに欠けていたわけではない。
本人のコントロールの及ばない要因に基づいて報酬を増減させる場合は、これが特に問題になる。
公平性に欠けるだけでなく当事者の意欲を削ぐことにもつながるからだ★34。
たとえば経営者は主に外的要因によって企業業績が落ち込んだ場合でも自らがスケープゴートにされることをよくわかっている。
法外な報酬パッケージはそうした状況に備えた保険とみなされる。
経営者の行動が成功につながれば英雄扱いされ(ハロー効果)、失敗につながれば悪者扱いされる。
たとえその背後にある意思決定がまったく同じでも、だ★35。
原子力発電所事故や金融危機、原油流出といった重大な失敗について考えてみよう。
いずれも外的要因が脆弱なシステムを崩壊させた例だが、非難は経営者に集中した。
単一事故としては航空史上最も多くの死者を出した1977年のスペインのテネリフェ空港で起きたような大惨事は、たいていいくつもの状況的要因が重なって起きる。
このケースでは悪天候、空港の状態、テロだ(近隣の空港にテロ攻撃のリスクがあったため、2機のジャンボ機はテネリフェ空港に誘導されていた★36)。
私たちはたいてい結果の善悪に基づいて、個人の善悪を判断する。
問題は「不運な」人がクビになっても、システムの脆弱性は残り、次の事故がいつ起こるかわからない状態が続くことだ★37。
私が関係しているコミュニティ組織ではかつて危機が起こるたびに、地域の人々と組織との考え方のズレといった根本的問題に対処することなく、ただリーダー層を総入れ替えしていた。
この結果、形を変えて同じような対立や問題が繰り返し起きた★38。
わかりやすい兆候やリーダー層ではなく、根本原因を正すことで、その多くを避けられたはずだ。
失敗や成功の「重大さ」は、経営陣のスキルや運よりも、システムそのものの状態を反映していることが多い★39。
もちろんミスを誘発あるいは回避するうえでは、個人のスキルも影響する。
スキルの低い経営者によって状況が悪化し、システムそのものが崩壊するリスクが高まることもある。
反対に思慮深い経営者なら、さらなるダメージが発生する前に組織の団結とレジリエンスを高められるかもしれない★40。
私たちが大きな失敗は不運のせい、そして成功はスキルのおかげと考えがちなのには、もっとシンプルな理由もある。
人はみな、自らの優れたパフォーマンスはスキルのため、そしてお粗末なパフォーマンスは運が悪かったためだと見てほしいと思っている。
だからたとえ事実と違っても、その見方を受け入れてあげるのが礼儀だ。
誰もがわかっているように、世界は必ずしもフェアではない。
懸命に努力すれば好ましい結果につながることもあるが、ツキ、相続した財産、社会的つながり
などがスキルに成り代わって同じような結果をもたらすこともある★41。
単に私たちの身にふりかかる「ツキ」と、私たちが自ら生み出すことのできる能動的なスマートラック(セレンディピティ)の違いが重要なのはこのためだ。
セレンディピティ・マインドセットを身につければ、「運かスキルか」の問題ではなくなる。
セレンディピティを生み出すこと自体がライフスキルになる。
今後重要になるスキルの多くはセレンディピティ・マインドセットと強く結びついていることから、個人にとっても経営者にとっても自らのセレンディピティ・スコアを把握することが大切になる。
どうすればスコアは測ることができるのか。
あなたのセレンディピティ・スコアを計算する情報科学、心理学、経営学、さらにその関連分野のこれまでの研究から、セレンディピティ・スコアを算出するのに有効な指標の確認と実証が進んできた。
基本的にはセレンディピティ・プロセスの構成要素(セレンディピティ・トリガー、点と点を結ぶ、賢明さ、粘り強さ)について、それぞれを測るための問いを立てていく。
以下の質問リストは近年の研究から導き出されたものだ★42。
以下の質問に1から5(「強くそう思う」が5、「強くそう思わない」が1)の5段階で回答し、あなたのスコアを算出してみよう。
満点は190点だ。
あなたの結果はどうだっただろう。
他の人と比べて高いか低いかは関係ない。
重要なのは、あなたの今日の「セレンディピティ・スコアカード」が、1週間後、1カ月後にはどう変化しているかだ。
定期的に質問リストに答えるようにしよう。
私はこの質問リストをセミナーで使っているが、1週間もすると参加者から、ふだんの行動を変えたところセレンディピティが頻繁に起こるようになったという報告が届く。
著名な相手に「いきなり」メールを送ったら返信があった、後から考えると自分が本当に必要としていた相手に出会うことができた(「それまで意識していなかった相手が親友になった」)、幸福感が高まり「生きることへの情熱を取り戻した」といった声だ。
これは基本的に個人として取り組むべき活動だが、チームで実践することもできる。
たとえばお互いにここに挙げた質問をすると、楽しみながら関係性を深め、セレンディピティへの意識を高めることができるかもしれない。
さらにはイノベーションや社会問題の解決への関心も高まるかもしれない。
場合によっては、企業での業績考課や採用活動にも役立つだろう。
組織が幸運をつかみ、急速に変化する世界に対応するのに役立つ人材を採用し、評価する手段になる。
セレンディピティ・スコアを確認する作業が重要なのは、自己実現的予言のような効果があるからだ。
私たちは何かに意識を集中すると、それについてより多くを学ぶようになり、もっとそれをしたいと思うようになる。
ザッポスなどこのような考えを取り入れ、採用面接で「自分がどれだけ幸運だと思うか、10段階で答えてください」といった質問をする会社もある。
創業者のトニー・シェイは「ザッポスにさらなる幸運を運んでくれるような幸運な人材を採用しようとしている」と語っていた★43。
ザッポスの取り組みはリチャード・ワイズマンの幸運に関する研究に刺激を受けたものだ。
ワイズマンの研究は、自分は幸運だと考えている人は不運だと考えている人より、さまざまなサインに気づきやすく、その後もより幸運になる傾向があることを示している。
ワイズマンとシェイが理解していたのは、こういうことだ。
重要なのは生まれつき幸運なのか、不運なのかではない。
目の前の状況や課題がどんなものであろうと、あらゆる機会に対してオープンであることだ。
不運な人は運命を呪い、幸運な人は目をしっかり見開いて人生と向き合っていく。
私も自らの活動のなかで、これを実感している。
セレンディピティに関するワークショップを開いて1週間ほどすると、多くの参加者からこんなフィードバックが届く。
「セレンディピティを意識するようになってから、ひっきりなしにセレンディピティが起こるようになりました!」。
まとめ反事実的思考は、ある状況において幸運(あるいは不運)な結果をもたらした要因を理解するのに役立つ。
それは私たちの努力の成果だろうか、それとも単にツイていただけだろうか。
努力が要因だったのなら、再現できるだろうか。
短期的影響ではなく長期的成果を理解しようと努めることで、意図せざる影響は回避できる可能性がある。
個人と組織にとってカギとなるのは、一度だけツキに恵まれた人ではなく、将来にわたって幸運であり続ける人を評価することだ。
セレンディピティ・スコアはスマートラックを身につけるための道のりにおいて自分が今どのあたりにいるかを把握し、何に集中すべきか意識するのに役立つ。
セレンディピティ・スコアは固定的なものではない。
【セレンディピティ・ワークアウト自らを振り返ってスコアをつける】1あなたの人生に大きな影響を与えた出来事を振り返ってみよう。
どのような別の展開が起こり得ただろうか。
そこにおいて、あなた自身はどのような役割を果たしたのか。
要因となったのは単なるツキか、それともスマートラックか。
そこから何が学べるだろう。
2知り合いに、行く先々でスマートラックを生み出す人はいるだろうか。
彼らから学べることを3つ考えてみよう。
3あなたの組織の評価システムはどのようなものか。
評価をランダムな出来事と切り離し、努力(その人はどのように目標を達成したか)に注目する仕組みに改善できるだろうか。
4セレンディピティ・スコアを月1回算出し、現状をチェックしよう。
本書で紹介したワークアウトを使って、あなたが改善できる分野はどこだろう。
★1DurandandVaara,2009;LiuanddeRond,2014.★2Byrne,2005;KahnemanandMiller,1986.★3Denrelletal.,2013;LiuanddeRond,2014.★4Pritchard,2005;PritchardandSmith,2004;Teigen,2005.★5Barnsleyetal.,1985;Gladwell,2008.★6Piersonetal.,2014.★7LiuanddeRond,2014;Piersonetal.,2014.★8LiuanddeRond,2014を参照。
★9Gould,2002;Lynnetal.,2009;Samuelson,1989.★10March,2010.★11Denrell,2003.★12MadsenandDesai,2010;Tinsleyetal.,2012.以下も参照。
LiuanddeRond,2014.★13LiuanddeRond,2014.★14CornelissenandDurand,2012;DurandandVaara,2009;TsangandEllsaesser,2011.★15LiuanddeRond,2014.★16Levy,2003.★17LiuanddeRond,2014.★18HarrisonandMarch,1984;LiuanddeRond,2014.★19LiuanddeRond,2014.帰属理論についての文献は以下を参照。
Hewstone,1989;Weineretal.,1971.★20CamererandLovallo,1999;HogarthandMakridakis,1981.自己奉仕バイアスや同じような帰属バイアスについては以下を参照。
MillerandRoss,1975.★21AytonandFischer,2004;Maltbyetal.,2008;TverskyandKahneman,1974.★22GilbertandMalone,1995;LiuanddeRond,2014.★23Kahneman,2011.★24GoldsteinandGigerenzer,2002.★25LiuanddeRond,2014.ただしすでに見てきたとおり、これももちろん二者択一ではないかもしれない。
★26BenabouandTirole,2006;Gromet,HartsonandSherman,2015;LiuanddeRond,2014.★27DillonandTinsley,2008;HilaryandMenzly,2006;LiuanddeRond,2014.★28Barnett,2008;MarchandMarch,1977.★29Zeitoun,OsterlohandFrey,2014.★30Biondoetal.,2013;Pluchinoetal.,2010;Thorngateetal.,2008.★31LiuanddeRond,2014.★32LiuanddeRond,2014;Pritchard,2006;Williamson,1981.★33Youngetal.,2010.★34BebchukandFried,2009;Wade,O’ReillyandPollock,2006.★35DillonandTinsley,2008.ハロー効果については以下も参照。
Rosenzweig,2007.★36LiuanddeRond,2014.以下も参照。
Perrow,1984.★37LiuanddeRond,2014.ノーマル・アクシデント理論(Perrow,1984)は失敗した経営者が過度に非難される傾向があると指摘している。
★38Merrigan,2019.★39Alesinaetal.,2001;LiuanddeRond,2014.以下も参照。
DillonandTinsley,2008;Vaughan,1997.★40Langer,1989;WeickandSutcliffe,2006.★41Piketty,2014.★42セレンディピティは複雑なプロセスであり、もちろんセレンディピティの測定はこのスコアだけで十分ということではない。
これはセレンディピティを求める旅の道標に過ぎない。
多くの研究者がセレンディピティの測定という課題に恐れを抱いてきた。
プロセスを測定するというのは容易
なことではない。
学生にセレンディピティは「あまりに複雑なので」深入りするな、と説く研究者も多い。
しかし私が博士号の研究を始めた当時、ビジネスモデルキャンバスが「あまりに広範すぎる」と言われていたのと同じように、セレンディピティ・フィールドの探究や測定は難しいが不可能ではない。
本書が将来、有意義な測定方法の確立や活用につながることを期待している。
セレンディピティとそれに関連する概念を概念化し、測定しようとする優れた先駆的試みがいくつかある(私もその一部を取り入れている)。
以下を参照。
Erdelez,1999;MakriandBlandford,2012;McCayPeetandToms,2012;Wiseman,2003.将来は尺度として吸収能力(ZahraandGeorge,2002)、独創性、おもしろさ(Andreetal.,2009)、新規性(Toms,2000)などを考慮しても良いだろう。
一部は客観的であり、一部は知覚的である。
★43Tjan,2010.
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