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第7章マネジメントの組織

目次

第7章マネジメントの組織

31新しいニーズ

高まる期待

組織構造こそ、成果をあげるための前提である。われわれは組織に関する最終解答を二度手にした。

アンリ・フェヨールは、単一製品のメーカーについて答えを与えた。GMのアルフレッド・P・スローン・ジュニアは、さらに進んで、複雑かつ大規模なメーカーの組織について答えを与えた。

現実に適合するかぎり、フェヨールやスローンの組織にまさる組織構造は現れていない。フェヨールの職能別組織は、中小企業特に中小のメーカーにとって最高の組織構造である。スローンの分権組織も、多様な製品を抱える大企業にとって最高の組織構造である。

しかし今日、職能別組織や分権組織では間に合わないニーズが出ている。フェヨールやスローンがそれぞれ先駆的な仕事をしたころと同じように、今日再び新しいアプローチが必要とされている。

学んだことフェヨールが組織の問題に取り組んで以来、われわれは多くのことを学んだ。われわれはフェヨールとスローンが正しかったことを知っている。すなわち、組織構造はおのずから進化していくものではないということである。

組織のなかでおのずから進化していくものは、混乱、摩擦、まちがった成果だけである。組織構造の設計は最初に手をつけるべきものではなく、最後に手をつけるべきものである。最初に手をつけるべきは、組織の基本単位を明らかにすることである。

構造は戦略に従う。組織構造は組織が目的を達成するための手段である。組織構造に取り組むには、目的と戦略から考えなければならない。これこそ、組織構造についてのもっとも実りある洞察である。これは当然と思われるかもしれない。そのとおりである。

しかし現実には、組織づくりの最悪のまちがいは、いわゆる理想モデルや万能モデルを生きた組織に機械的に当てはめるところから生じている。

戦略とは、「われわれの事業は何か、何になるか、何であるべきか」との問いへの答えである。組織構造を決めるのは、この戦略である。戦略が組織の基本活動を決める。

優れた組織構造とは、それらの基本活動が成果をあげる構造にほかならない。

忘れるべきこと

忘れるべきこともいくつかある。

早く忘れるべき無意味な論争の代表が、組織構造を課題中心に設計すべきか、人間中心に設計すべきかである。

組織構造や個々の職務の設計は課題中心に行わなければならない。実際の仕事の割り当ては人と状況に合わせて行わなければならない。

課題中心か人間中心かの昔からの論争に関連して、階層型であるべきか自由型であるべきかの論争がある。

この点についてまず指摘すべきは、一方が厳格な組織を意味し、他方が自由な組織を意味するという考え方そのものがまちがっているということである。

階層型組織は上の者の力が強くなるという批判は当たらない。逆に上の者の恣意的な権限から下の者を保護する効果がある。

下の者の権限の範囲つまり上の者が干渉できない範囲を設定することによって、下の者を保護する。下の者が、それは私に任された仕事だといえるようにする。

上司はただ一人との原則の底にも、下の者に対する保護の考えがある。農民の諺は「二人のよい主人よりも、一人の悪い主人のほうがまし」という。

八〇〇年前に制定されたカトリックの教会法は階層型組織を確立した。教区内では司祭だけが洗礼、告解、婚姻の秘跡を行う。

ローマ法王さえ、教区において秘跡を行うには教区の司祭から正式の招請を受けなければならない。

階層型組織は自由を与える。割り当てられた職務を遂行しているかぎり、仕事を行っていることになる。

それ以上の責任はない。他方自由型組織は、そもそも名称がまちがっている。自由型組織とは、特定の課題のための組織、特に小規模のグループのことである。

それはチームのメンバーに対して、厳しく自己規律を要求する。全員がチームの仕事をしなければならない。

チーム全体の成果に責任を持たなければならない。しかも、階層はあらゆる組織に必要である。最終決定を下すことのできる者がいなければならない。

さもなければ、組織は単なる議論の場と化す。いかなる組織も全体の危機に見舞われる。そのとき明確な命令権が一人の人間に与えられていなければ、組織全体が滅びる。

仕事中心か人間中心か、階層型か自由型かの論議の底には、伝統的な組織論に共通して見られる一つの考えがある。

すなわち、それだけが正しく、また常に正しいという唯一絶対の組織構造が存在するに違いないとの考えである。

唯一絶対の解答が存在するに違いないとの信念である。あるいは、それは存在するかもしれない。

しかし存在するとしても、われわれはそれが何であるかをまだ知らない。

事実、第二次大戦後二五年の間に、唯一の最終解答の代わりに、組織に関して三つの構造が、フェヨールの職能別組織やスローンの分権組織のほかに現れた。

チーム型組織、擬似分権組織、システム型組織だった。しかしそれらのいずれも、職能別組織や分権組織に取って代わるものではなかった。

いずれも普遍的な構造ではなかった。重大な弱点を持っており、適用範囲も限られていた。唯一絶対の解答があるに違いないとの考えは忘れなければならない。

組織のなかの人間が成果をあげ貢献できるようにする組織構造は、すべて正しい答えである。

なぜなら、人のエネルギーを解き放ち、それを動員することが組織の目的であって、均整や調和が目的ではないからである。成果こそ組織の目標であり、その良否の判定基準である。

32組織の基本単位

四つの問題何を組織の単位とするか。

  1. 何を一緒にするか。
  2. 何を分離するか。
  3. いかなる大きさと形にするか。
  4. いかなる位置づけを行い、いかなる関係を持たせるか。

これら四つの問題こそ、組織の研究が始まって以来、答えなければならない問題だった。活動分析われわれは組織構造に組み込むべき活動のすべてを知る必要はない。

知らなければならないのは、組織の重荷を担う部分、すなわち組織の基本活動である。

組織構造の設計は、「組織の目的を達成するには、いかなる分野において卓越性が必要か」との問いに答えることから始まる。

同時に「いかなる分野において成果があがらないとき、致命的な損害を被るか、いかなる分野に最大の弱点を見るか」との問いに答えることも必要である。

最後に「本当に重要な価値は何か」との問いに答えることも必要である。答えは、製品や工程の安全性であることもある。品質であることもある。ディーラーのサービスであることもある。

それが何であれ、それに必要な活動について組織的な裏づけを行わなければならない。責任を負う組織をつくらなければならない。組織の基本活動を明らかにするものは、これら三つの問いである。

それらの基本活動が組織の重荷を担う部分、すなわち組織の基本単位となる。

その他の活動は、いかに重要に見えようと、金をかけていようと、多くの人が従事していようと、すべて二義的である。

もちろんそれらの活動についても、分析、組織化、位置づけは必要である。

だがまず関心を向けるべきは、組織の目標の達成と組織の戦略の成功に欠くことのできない活動に対してである。

この基本活動こそ、まず識別し、規定し、組織し、中心に据えるべきものである。

目的と戦略からスタートした基本活動についての活動分析だけが、組織が真に必要とする組織構造を教える。

もちろん、戦略を変えれば組織構造を分析しなおさなければならない。

市場や技術の変化、多角化、目標変更のいずれの理由であっても、戦略を変えれば、基本活動についての新しい分析とそれら基本活動に対応する組織構造の採用が不可欠となる。

逆にいえば、戦略の変更なしに行う組織改革はまちがいである。あるいは、組織構造が始めからまちがっていたということである。

貢献分析一〇〇年以上も前、初めて組織構造に関心が持たれたころから議論されてきた問題が、「どの活動を一緒にするか、それとも分離するか」だった。

これまでに、答えはいくつか出された。最初の答えは、ドイツ企業における工務と商務の区分けだった。工務とは研究、技術、生産であり、商務とは販売、財務だった。

その次に現れた答えが、ラインとスタッフの区分、すなわち現業と非現業の区分けだった。そして最後の答えが、アンリ・フェヨールが示した職能による分類だった。彼は職能を関連技能の集まりとして狭く定義した。

この職能による分類が、今日にいたるも、およそあらゆる企業の典型的な組織構造の基礎となっている。

これらの分類それぞれに、それぞれの長所がある。だが今日必要とされているものは、さらに深い分析である。組織内の活動を貢献の種類によって分類することである。

企業内の活動は、その貢献の種類によって大きく四つに分類できる。成果活動がある。

組織全体の成果に直接あるいは間接の関わりを持つ測定可能な成果を生む活動である。

支援活動がある。

成果活動と同じように必要不可欠ではあるが、自らは成果を生むことなく、アウトプットが他の組織単位によって利用されて、初めて成果を生む活動である。

家事活動がある。

組織全体の成果とは間接的にも関わりのない活動、つまり付随的な活動である。

トップ活動がある。

これは他の活動とはまったく性格の違う活動である。

これについては章を改めて後述する。

成果活動成果活動には三つの活動がある。

直接収入をもたらす収入活動がある。

病院や学校などの公的機関の場合には、治療や学習を生み出す活動である。

マーケティングとイノベーションがこの活動に属する。

財務活動すなわち資金の調達や管理もこの活動に属する。

自らは収入を生まないが、企業全体の成果や主要な部門の成果に直接関わりを持つ活動、すなわち成果貢献活動である。

典型が製造である。

求人活動とともに、教育訓練もこれに属する。

購買や輸送もこの活動である。

エンジニアリングもこの活動である。

労務もこの活動であって、収入活動ではない。

情報活動がある。

この活動はアウトプットを生む。

組織内のあらゆる者が必要とするアウトプットである。

この活動の成果は、定義し、測定することができる。

少なくとも評価することができる。

しかし、それだけではいかなる収入も生まない。

支援活動支援活動とは、自らはいかなる種類の成果も生まず、他の活動に対してインプットとなる活動である。

まず、良識活動がある。

組織にとって卓越することが必須とされている分野において、基準を設定し、ビジョンを描く活動である。

いかなる組織といえども、ビジョン、価値、基準、監査を必要とする。

この活動に携わる者の数は少数に絞られなければならない。

できるならば、一人で行うことが望ましい。

マネジャーのなかで尊敬されている者が行うべき仕事である。

いかなる分野の専門家の仕事でもない。

この活動は、企業の成功と存続に中心的かつ致命的な意味を持つ限られた分野においてのみ行わなければならない。

いかなる種類の良識活動が必要かは、組織の目的と戦略によって規定される。

あらゆる組織において、人事はこの活動の対象としなければならない。

マーケティングもしかりである。

企業活動の環境に対する影響、社会的責任に関わる問題、地域社会との関係も対象となる。

イノベーションと名のつくものも、すべて良識活動の対象となる。

良識という言葉は、奇妙な感じを持つと同時に強いひびきを持つ。

だがこの言葉こそ、当を得た言葉である。

良識活動とは、その組織が現在行っていることをさらに優れたものにすることを助けるための活動ではない。

組織が行うべきことで行っていないことを知るための活動である。

あまり愉快な仕事ではない。

日々の現実に対し、理想を持って戦うことであり、あるいは、安易なものを排し、人気のないものを擁護することである。

次に、伝統的なスタッフ活動がある。

助言活動と教育活動がこの活動に属する。

その果たすべき貢献は、その活動自体が何をなし、何をなしうるかではなく、他の活動に対していかなる貢献をなすかである。

スタッフ活動についても良識活動と同じように厳しい原則がある。

それは極力小さくしなければならない。

基本活動についてのみ設けなければならない。

あらゆる種類の活動にスタッフをつけるならば、必ず生産性の低下を招く。

スタッフ活動を効果的にするための秘訣は重点主義である。

この種の仕事に適した人は少ない。

スタッフ活動を立派なものとするには、他の人に手柄を立てさせることを欲する気質が必要である。

他の人がしようとしていることを、よりよくできるよう手助けする心構えが必要である。

自らは手を出さず、人が学びとるまで待たなければならない。

権力に近いという自らの地位を濫用し、策を弄し、依怙贔屓することのない者が必要である。

そのような資質を持つ者は少ない。

だが、これらの資質を持たないスタッフは害となるだけである。

スタッフ活動を長期の仕事にしてはならない。

成長の過程において一時的に就くべき仕事である。

長期にわたってこの仕事をさせるならば、得られるものは堕落である。

仕事に精を出すことを軽く見るようになる。

正しさよりも頭のよさを大事にするようになる。

自らも欲求不満に陥る。

自らの成果というものを手にできないからである。

人の手を通して間接的に成果をあげるにすぎないからである。

だがスタッフ活動の経験は、権限なしに効果をあげる能力を身につけるうえで優れた訓練となり経験となる。

それは、トップになる者にとっては必ず持つべき経験である。

とはいえ一定の期間を超えてはならない経験である。

この支援活動のなかには、各種の渉外活動も含まれる。

法律スタッフや特許部の活動などである。

家事活動そして家事活動がある。

家事活動には、健康管理、清掃、食堂、年金や退職基金の管理、政府指定の記録類の管理などが入る。

直接成果に貢献するものではない。

だが、組織に害を与えうる活動である。

それらの活動は、法的な義務、働く人たちの勤労意欲、社会的責任に関わる活動だからである。

この種の活動は、あまりに多様であって、しかも手軽に扱われる傾向がある。

家事活動に関わる問題は、組織全体の成果と間接的にさえ関連を持たないところに生じる。

この活動は軽く見られがちである。

成果を生みもしなければ専門的でもないために、さえない仕事と見られる。

なぜこのように分類する必要があるのか。

それは、果たすべき貢献の種類の違う活動は、それぞれ別個に扱わなければならないからである。

それぞれの活動の位置づけを規定するのは、貢献の種類である。

原則は一つである。

すなわち同一の貢献を果たす活動は、技術的な専門分野のいかんにかかわらず、同一の部門にまとめ、同一のマネジャーの下に置くことである。

同一の貢献を果たさない活動を一緒にしてはならない。

決定分析「成果を手にするには、いかなる種類の意思決定が必要か」「それらの意思決定をいかなるレベルで行うか」「いかなる活動がそれらの意思決定によって影響を受けるか」。

したがって、「いかなる部門のマネジャーが、いかなる意思決定に参加し、相談を受け、あるいは意思決定の結果を知らなければならないか」。

これらの問いに対する答えが、組織における仕事の位置づけを左右する。

意思決定の権限や責任を与えるには、意思決定そのものを分類しておかなければならない。

しかし、政策的な意思決定と実施上の意思決定という通常の分類は、実際上無意味であり、いたずらに論議を引き起こすだけである。

意思決定に関わる金額による分類も、同じように無意味である。

組織内の意思決定は、四つの観点から分類する必要がある。

影響する時間の長さによって分類する。

その意思決定によって、将来どの程度の期間にわたって行動を束縛されるか。

どの程度すみやかに修正できるか。

シアーズの買い付け担当者は、扱う金額に制限がない。

だが、ある商品の取り扱いを開始したり中止したりするには、買い付け部門の総責任者の承認を必要とする。

しかもこの総責任者とは、シアーズ全体のなかでナンバーツーかナンバースリーの高い地位にある。

他の部門や他の分野、あるいは組織全体に与える影響の度合いによって分類する。

その影響が部門内にとどまる意思決定は低いレベルで行うべきである。

他の部門に影響を与える意思決定は、一段高いレベルで行うか、影響を受ける部門と協議のうえ行わなければならない。

一つの職能あるいは一つの分野における最適化を、他の職能や他の分野での犠牲によって達成しようとしてはならない。

それは望ましくない部分最適である。

創立間もないころのデュポンは、一介の爆発物メーカーにすぎなかった。

原料の硝酸塩の鉱区を持たず、買い付けもたいした量ではなかった。

だが同社の原料購買部門は、硝酸塩の購入については完全な自由裁量権を与えられ、優れた成績をあげていた。

市場価格が低迷しているときに買い付けることによって、競争相手よりも安く手に入れていた。

ところが、これこそまさに部分最適だった。

原料コストの競争力こそつけていたが、その犠牲として巨額の在庫を抱えた。

そのため原料コストでの競争力が、金利コストによって相殺された。

さらに悪いことに、手元資金の慢性的な欠乏をもたらした。

そこで同社では、原料コストと資金コスト、流動資金の三者のバランスを計ることをトップマネジメントの行うべき意思決定とした。

考慮に入れるべき定性的要素の数によって分類する。

ここにいう定性的要素とは、企業の行動原則、価値観、社会的政治的な信条を指す。

価値観の問題が入ってくる問題については、意思決定を高度のレベルにおいて行うか、高度のレベルにおいてチェックしなければならない。

定性的要素のうちもっとも重要な要素が人である。

問題が繰り返し出てくるか、まれにしか出てこないかによって分類する。

繰り返し出てくる問題については、原則を決定しておけばよい。

停職処分の決定は人に関するものであるだけに、原則についての決定は高いレベルで行わなければならない。

しかし実際の適用は、低いレベルに委ねてよい。

これに対し初めての問題は、それ自体一つの独立した事件として扱わなければならない。

意思決定の原則意思決定は常に、可能なかぎり低いレベル、行動に近いところで行う必要がある。

これが第一の原則である。

同時に意思決定は、それによって影響を受ける活動全体を見通せるだけの高いレベルで行う必要がある。

これが第二の原則である。

第一の原則は、どの程度の低さで意思決定を行わなければならないかについて言い、第二の原則は、どの程度の高さで意思決定を行わなければならないかについて言っている。

第二の原則から、意思決定に参画すべき者や、その結果を知らされるべき者の範囲が明らかになる。

意思決定のレベルに関わるこの二つの原則から、個々の活動を組織のどこに位置づけるかが明らかになる。

関係分析組織構造の設計の最終段階は、活動相互間の関係の分析、すなわち関係分析である。

これによって初めて組織単位の位置づけを決定できる。

「どこの誰と協力して働かなければならないか」「どこの誰に対して、いかなる種類の貢献を行わなければならないか」。

逆に「どこの誰から、いかなる種類の貢献を受けることができるか」。

活動間の関係を最小限に絞ることが、組織構造における活動の位置づけについての原則である。

致命的に重要な関係は、円滑、密接、中心的な関係としなければならない。

すなわち、活動間の関係は、重要な意味あるものだけに限らなければならないということである。

この原則に立つとき、伝統的な組織論が職能を類似技能の集合として扱っていることは、大きな誤りである。

生産に関するプランニング活動については、伝統的な組織論のいうように、他の種類のプランニング活動と一緒にプランニング部門に組み入れてはならない。

なるほど生産に関するプランニングに必要な技能は、他のあらゆる種類のプランニングに必要な技能と密接な関係を持っている。

しかし生産に関するプランニング活動は生産部門に入れなければならない。

そうすることによって初めて、プランニングの担当者を工場のマネジャーや現場の監督たちに近い場所に位置づけることができる。

生産部門こそ、生産に関するプランニングの担当者が属すべきところである。

もちろん、決定分析による活動の位置づけと関係分析による活動の位置づけの間には、矛盾が生じることがある。

その場合には、関係分析の結果に従わなければならない。

これら活動分析、貢献分析、決定分析、関係分析の四つの分析は、さほど手間のかかるものではない。

小企業では数時間で行えるし、紙も数枚で足りる。

もちろんユニリーバなどの複雑な大企業では、数カ月の時間と、高度の分析と、総合の手法を必要とする。

いかなる場合においても、これらの分析をおろそかにしてはならない。

あらゆる企業にとって、必要不可欠な作業であり、しかも必ずうまく行わなければならない作業である。

悪い組織完璧な組織構造などありえない。せいぜいできることは、問題を起こさない組織をつくることである。

組織の基本単位を設計し、それを組み立てる際に見られる誤りとしてどのようなものがあるか。

組織に重大な欠陥があるとき、もっとも多く現れる症状としてどのようなものがあるか。まず最初に見られるのは、マネジメントの階層が増加することである。

組織の原則は、階層の数を少なくし指揮系統を短くすることでなければならない。階層の増加は、組織内の相互理解と協同歩調を困難にする。

目標を混乱させ、まちがった方向に注意を向けさせる。特に大企業では、階層の増加は、明日を担うべきマネジャーの養成のうえで重大な障害となる。

第一に、最下層から最上層に達するために要する年月を増大し、第二に、その間においてマネジャーよりも専門家を養成してしまう。

今日の大企業のなかには、現場監督から社長の間に一二から一五の階層を持つところがある。

これでは二五歳で現場の監督となり、運よく各階層を五年で卒業したとしても、次期社長と目されるようになるだけで、八〇歳から九〇歳になってしまう。

そこでこのような事態を防ぐために、天才児や後継ぎを早いうちに見つけるという方法がとられる。だが、これはきわめてまずい方法である。

必要な階層の数については、西欧社会における最古にして最大のもっとも成功している組織、カトリック教会が参考になる。

ローマ法王と最下層の教会司祭の間には、権限と責任に関わる階層は、ただ一つ存在するだけである。司教である。次に見られるのは、組織構造に関わる問題が頻繁に発生することである。

組織に関わる問題を解決したとたんに、同じ問題が装いを新たに登場してくる。特に職能別部門や、スタッフとラインについての伝統的な組織論に従って組織を設計したとき、組織構造に関わる問題が続々と出てくる。

問題の解決は、正しい分析以外にない。それは、活動分析、貢献分析、決定分析、関係分析である。繰り返し出てくる組織構造上の問題を、紙の上の調整で解決しようとしてはならない。

必要とされるものは、思考であり、明晰さであり、理解である。また次に見られるのは、要となる者の注意を重要でない問題や的はずれの問題に向けさせることである。

組織構造は、重要な問題、基本活動、成果、業績に関心を向けさせるのものでなければならない。

就業態度、礼儀作法、手続きに関心を向けさせてはならない。縄張りに関心を向けさせてはならない。それは人をまちがった方向へ持っていく。

そのとき組織構造は、成果に対する障害以外の何ものでもなくなる。そのような事態もまた、組織を有機的にではなく機械的に組み立てたときに発生する。

戦略が要求する組織構造について考え抜くことなく、いわゆる組織論に機械的に従うときに生ずる。

成果ではなく、組織構造そのものに焦点を合わせるからである。美術館に飾れる組織図などありえない。

問題はあくまでも、組織図ではなく組織そのものである。組織図は、組織構造について議論するとき、同じ言葉で話し合えるようにするための道具である。

それも、現実の姿を過度に単純化したものにすぎない。組織図のために組織構造の改革に手をつけてはならない。

まちがった組織をつくりあげる。悪い組織の症状は他にもある。ほとんどが診断を必要としない。

たとえば、大勢の人間を集める会議を頻繁に開かざるをえなくなることである。

会議を通じてのみその使命を達成できる取締役会のような審議機関の場合は別として、その他の会議はすべて組織構造上の欠落を補うためのものと見てよい。

理想的な組織とは、会議なしに動く組織である。人の感情や好き嫌いに気を使うようになることである。そのような組織は、人間関係のお粗末な組織である。

優れた人間関係とは、優れた礼儀作法と同じように自然に生まれるものであり、気にしないですむものである。

人の気持ちを気にしなければならない状況は、最悪の人間関係である。このような症状を持つ組織は、だいたいが人員過剰となっている。

人の気持ちを傷つけ、ぶつかり合い、足を踏むのは、混んでいるからである。十分な空間があればぶつからない。

人が過剰な組織では、成果は生まれず仕事ばかり増える。摩擦、神経過敏、イライラがつのる。こうして人の気持ちを気にせざるをえなくなる。

調整役や補佐役など実際の仕事をしない人たちを必要とするようになることである。これは、活動や仕事が細分化されすぎている証拠である。

あるいは、活動や仕事が成果に焦点を合わせることなく、あまりにいろいろなことを期待されている証拠である。

組織の活動単位が、果たすべき貢献の種類によってではなく、仕事全体の流れによってでもなく、職能の種類によって分類されているときにも、同様の症状が見られる。

なぜならいかなる職能といえども、それだけで直接、成果に貢献することは不可能であり、成果に部分的に貢献するだけだからである。

したがってここで、もともと一つであるべきものを一つにまとめるために、自分は何もしない調整役なる者が必要になってくる。

最後に、今日多くの組織、特に大企業が組織病という病いにかかっている。

組織中が組織構造を気にしている。常にどこかで組織改革を行っている。

材料の仕様をめぐる購買部門とエンジニアリング部門の小さな対立が、企業内の専門家や外部のコンサルタントなどの組織医のところへ持ち込まれる。

しかも、いかなる治療法も長く続けて試されることがない。次から次へと組織改革が行われる。悪い組織の典型である。

組織病は組織構造の基本をおろそかにしたとき発病する。組織病は自己暗示的に鬱病の形で発病する。組織改革を手軽に行ってはならない。

これは、いわば手術である。たとえ小さなものであっても、手術には危険が伴う。安易な組織改革は退けなければならない。

もともと完全無欠の組織はない。ある程度の摩擦、不調和、混乱は覚悟しておかなければならない。

33組織の条件

組織構造の種類

マネジメントの一つの側面として仕事がある。いくつかの組織構造のうち二つは、この仕事を中心に組み立てられる。

すなわち、職能別組織とチーム型組織である。仕事と並んで、成果もまたマネジメントの側面の一つである。

二つの分権組織、つまり分権組織と擬似分権組織がこの成果を中心に組み立てられる。諸々の関係もまた、マネジメントの側面の一つである。

第五の組織構造たるシステム型組織が、この関係中心の組織である。第六の組織構造が開発されるかもしれない。

マネジメントには、仕事、成果、関係のほかに意思決定という側面がある。今日のところ、この意思決定中心の組織構造は開発されていない。可能性の域を出ない。だが、これが実用に供しうる形で開発されるならば、その影響はきわめて大きなものとなる。

組織の条件

いかなる組織構造であっても、組織として最小限持たなければならない条件がある。

すなわち、①明快さ、②経済性、③方向づけの容易さ、④理解の容易さ、⑤意思決定の容易さ、⑥安定性と適応性、⑦永続性と新陳代謝である。

①明快さ

明快と単純は同じではない。単純に見えて明快でないものがある。複雑に見えて明快なものもある。

ゴシック建築の教会は、きわめて明快である。ゴシックの教会では自分がどこに立っており、どちらに向いているかがわかる。キリスト教の秘跡を知らなくとも、建物の目的や、建物と目的の関係をただちに知る。

ゴシックの教会は、神学や審美学の高度に抽象的な原理に従うと同時に、装飾、暗示、抽象的コンセプトを豊富に盛り込んでいる。

それはきわめて複雑である。これに対して、近代ビルはそれ以上単純にできないほど単純化されている。立方体の集積にすぎない。だが、案内図や標識なしに近代ビルから外へ出ることは困難である。標識どおりに歩いてさえ迷う。

組織マニュアルの助けなしでは、自らの所属や行くべきところ、あるいは自らの位置がわからない組織構造は、無用の摩擦、時間の浪費、論争や不満、意思決定の遅れをもたらす。

そのような組織構造は、成果をあげる助けとなるどころか障害となる。

②経済性

組織構造の経済性は、明快さと密接な関係にある。人を成果に向けて動かすために必要なものは少なければ少ないほどよい。優れた組織構造とは、自らをマネジメントし、自らを動機づけられる組織である。

すなわち、マネジメント、組織、管理、コミュニケーション、人事など、組織を動かすことに時間を使うことが少ないほどよい。特に高い業績をあげる能力を持つ者が、それらのことに煩わされることが少ないほどよい。

③方向づけの容易さ

組織構造は、組織のなかの人間や組織単位の関心を、努力ではなく成果に向けさせなければならない。

成果こそ、すべての活動の目的である。専門家や能吏としてでなくマネジャーとして行動する者の数、管理の技能や専門的な能力によってでなく成果や業績によって評価される者の数を可能なかぎり増やさなければならない。

成果よりも努力が重要であり、職人的な技能それ自体が目的であるかのごとき錯覚を生んではならない。

仕事のためではなく成果のために働き、贅肉ではなく力をつけ、過去ではなく未来のために働く能力と意欲を生み出さなければならない。

④理解の容易さ

組織構造は、あらゆる人間が自らに与えられた仕事を容易にできるようになっていなければならない。仕事は常に具体的かつ個別的でなければならない。誰もが理解できるのは、明確に定義できる仕事、何をなすべきかが自ずから明らかな仕事だけである。

同時に、組織構造は、共同の仕事、すなわち組織全体の仕事を理解できるようになっていなければならない。

自らの仕事が組織全体のどこに位置し、逆に全体の仕事が自らの仕事、貢献、努力にとって何を意味しているかを理解できるようになっていなければならない。

組織構造が組織内のコミュニケーションの障害になってはならない。助けるものでなければならない。

意思決定の容易さ

五つの組織構造は、いずれも意思決定の観点から設計されたものではない。

しかしいかなる組織構造といえども、そこで意思決定が行われることに変わりはない。正しい問題について、正しいレベルで意思決定を行い、実際の仕事に移し、成果に結びつけなければならない。

組織構造が意思決定のプロセスを強化していなければならない。常に高いレベルで意思決定を行わざるをえなくなっている組織構造は、意思決定にとって障害以外の何ものでもない。

致命的に重要な問題の発生がわからない組織構造や、まちがった問題たとえば縄張りに対して組織の関心を向けさせる組織構造も、意思決定にとって障害以外の何ものでもない。

意思決定は、それが仕事としてあるいは行動として実行に移され、成果をもたらさないかぎり、よき意図にすぎない。もちろん意思決定の実行を保証する組織構造はない。

しかし、組織構造のいかんによって、意思決定を組織の活動や個人の仕事に移すことが容易となり、あるいは困難となる。

⑥安定性と適応性

組織はすべて、かなりの程度の安定を必要とする。組織は、周囲の世界が混乱の渦中にあっても活動を続けなければならない。

昨日の成果のうえに立って活動していかなければならない。自らの未来と自らの存続のために計画を立てなければならない。

組織内の一人ひとりにとっても、家が必要である。待合室では仕事はできない。短期滞在客の身分ではたいしたことはできない。

人にはコミュニティが必要である。自分の知っている人、自分を知っている人がおり、他の人との関係が定着しているコミュニティが必要である。

安定性とは硬直性のことではない。それどころか、組織構造は高度の適応性を持たなければならない。

硬直的な組織構造は安定した構造ではない。脆いだけの組織である。新しい状況、条件、顔、性格に適応できない組織構造は永続できない。

安定性とともに適応性が組織構造の重要な条件である。

⑦永続性と新陳代謝

最後に、組織は永続できなければならない。

同時に新陳代謝できなければならない。この二つの条件から多くの要求が派生してくる。組織は、明日のリーダーを内部から調達できなければならない。

この点に関しては、二五歳でマネジャーになった有能な者が、存分に働ける若さのうちにトップマネジメントに近い階層に到達できなくてはならない。

階層の数よりも重要なのは、組織構造が与える経験の種類である。組織構造は、組織内の人材が仕事を通じて学び、成長していくことを助けるものでなければならない。

継続学習が可能でなければならない。

トレードオフとバランス

これら組織構造に関わる条件は、組織の大小、複雑さの度合いにかかわらず、あらゆる組織に適用される。

企業以外の組織、すなわち公的機関にも適用される。また、企業内における三つの種類の活動のいずれにも適用される。

すなわち、今日の仕事を行い、今日の成果に責任を持つ活動、明日に責任を持ち革新する活動、今日と明日の活動に方向づけを行い、ビジョンを与え、とるべき方向を決定するトップマネジメントの活動のいずれにも適用される。

もちろん、これら組織構造として満たすべき条件のなかには、ときとして互いに相容れないものがある。

すべての条件を常に完全に満足させる組織構造はない。

しかし、いかなる組織といえども、成果をあげ永続することを欲するならば、これらの条件のすべてをかなりの程度満足させなければならない。

ということは、トレードオフとバランスが必要になるということである。たとえ単純な組織であっても、いくつかの組織構造を同時に適用することが必要となる。

なぜなら、一つの組織構造にのみ従うことによって、たとえこれらの条件の一つでも満足させることができなくなるならば、成果をあげられなくなるからである。

したがって組織構造を設計するには、五つの組織構造すべてについて、その内容、要求、限界、適性を理解しておくことが不可欠である。

34五つの組織構造

仕事を組織する方法

肉体労働にせよ知識労働にせよ、すべて仕事は三通りの方法で組織できる。

第一に、仕事は段階別に組織できる。

家は、まず基礎をつくり、骨組みと屋根をつくり、内部の仕上げを行う。

第二に、仕事は技能別に組織できる。

仕事は技能や道具の間を移動する。金属加工工場では、旋盤やリーマーを一列に並べ、その隣に圧断機、その向こうに熱処理装置を配置する。加工すべき金属片が機械と熟練工の間を動く。

第三に、仕事自体は動かさず、異なる技能や道具を持つ人たちが一つのチームとして動く。

職能別組織は技能別組織と定義されてきたが、段階別組織でもある。生産やマーケティングなどいわゆる古典的職能には、相互に関係のない各種の技能が入っている。生産やマーケティングは、仕事の技能ではなく、仕事の段階を表すコンセプトである。

これに対し、経理や人事は独立した一つの職能である。職能別組織においては、仕事の段階や技能の間を仕事が動く。人は動かず仕事が動く。これに対し、チーム型組織では仕事が固定される。

各種の技能と道具を持つ者が、一つのチームとしてビルの設計や研究開発などの仕事や課題を遂行する。

職能別組織もチーム型組織も歴史は古い。メソポタミアの灌漑都市やエジプトのピラミッドは職能別組織によってつくられた。氷河時代の狩猟は、チーム型組織として恒常的に組織された。

しかし職能別組織もチーム型組織も、組織の意識的な構造としては新しい。職能別組織は今世紀初頭アンリ・フェヨールによって設計された。

チーム型組織にいたっては、ごく最近、組織構造の一つとしてようやく認められるようになった。

仕事は、常になんらかの形において組織される。職能別組織とチーム型組織のいずれかの設計原理に基づいて組織される。職能別組織とチーム型組織の双方を必要とすることも多い。

したがってあらゆる組織が、この二つの組織構造を理解しておかなければならない。

職能別組織

職能別組織は、明快さにおいて優れている。組織のなかの者すべてに拠るべき家がある。誰もが自らに与えられた課題を理解する。安定性の点でも優れている。

しかし明快さや安定性こそあれ、それは、組織全体の目的を理解し、各人の仕事をそれに結びつけることが難しい。

硬直的であって適応性に欠ける。組織の明日を担う者を育て、訓練し、テストするにも適していない。組織全体として新しいアイデアや新しい方法を進んで受け入れる気風に欠けやすい。

現在行っていることを少しだけよくすることに力を注ぐ。このような長所と限界のゆえに、職能別組織の経済性は特殊である。うまくいっているときには高度の経済性を発揮する。

組織を動かすための仕事、すなわち組織化、コミュニケーション、調整、斡旋に時間を割く必要のあるトップの数はごくわずかですむ。

だがそれは、うまくいかないとき非常な不経済をもたらす。ある程度の規模や複雑さに達するや、摩擦が随所に見られるようになる。急速に誤解と反目を生み、やがていくつかの帝国と化す。

ベルリンの壁によって細分化された組織となる。かくして職能別組織は、調整役、委員会、会議、問題解決の専門家、特命を帯びた者など、複雑で、金がかかり、しかも扱いにくいマネジメントのための道具だてを必要とするようになる。

それらマネジメントのための道具だては、だいたいにおいて問題解決に役立たず、関係者の時間を浪費するだけである。

職能別組織の長所も欠点も、それが活動中心の組織であるところにある。職能別組織の各部門のマネジャーは、自らの職能がもっとも重要と考える。

職人的な技能や専門家的な能力を重視する。自らの職能のために、組織全体を犠牲にするところまではいかなくとも、他の職能を犠牲にしようとする。

これを是正する方法はない。誰もが自らの職能の強化を図る。それは、優れた仕事をしようとするかぎり仕方のないことである。

職能別組織は、意思決定に関しても貧弱な組織構造である。本当の意思決定を行えるのは、組織全体のトップ以外の者ではありえない。全体を見渡すことのできるのはトップだけである。

しかもトップによって正しい意思決定が行われてさえ、その内容はあらゆるところにおいてまちがって解釈される。

意思決定が満足に実施に移されることがない。そのうえ職能別組織は、マネジメントに適さない人間をつくる。

成果よりも技能に重点を置いているからである。優れた技能を持っているほど、マネジメントの意味を軽く見る。それだけ明日のマネジャーを育てることが難しくなる。

職能別組織の適用範囲

職能別組織の適用は、現業の仕事に限られる。トップの仕事は、それ自体一つの仕事であっても職能別の仕事ではない。

職能別に組織することはまちがいである。トップの仕事を職能別に組織するならば、トップの弱体化を招く。

イノベーションの仕事については、さらに無力である。イノベーションとは、いまだかつて誰も行ったことのないことを行うことである。

誰も知らないことをすることである。イノベーションの仕事も各種の専門能力を必要とする。

だが、その専門能力をいつ、どこで必要とし、それをいかなる程度にいかなる量を必要とするかは誰も知らない。

イノベーションのための仕事を職能別に組織することは不可能である。イノベーションと職能別組織は相容れない。

チーム型組織

チームとは、異なる技能、知識、背景を持つ人、しかも本来異なる分野に属しながら、特定の仕事を果たすためにともに働く人の集まりである。

それも通常かなり少人数である。チーム型組織にはリーダーがいる。多くの場合、リーダーは交替しない。

しかし実際にチームを指揮する者は、仕事の段階や要求によって変わっていく。チームには上司も部下もない。シニアとジュニアがいるだけである。

あるヨーロッパの中堅企業は、自動車メーカーをはじめとする各種の大メーカーを取引先として、プラスチック部品の設計、製造、サービス・エンジニアリングを業としている。

チームは、一社あるいは数社の顧客ごとに編成される。

チームリーダーは、設計の人間であることもあれば、販売やサービスの人間であることもある。

成果はチーム全体の責任である。リーダーは、必要とする人的資源や物的資源を社内のどこから調達してもよい。

彼は仕事の進み具合によって、設計技師、セールスマン、サービス担当者を調達する。あるチームリーダーはこう言う。

彼自身は設計技師である。

「どのようなサービス・エンジニアリングが必要かを決めるのは私である。自信を持って顧客に推薦できるサービス・エンジニアをチームに呼びよせるのも私である。しかしその後、どのようなエンジニアリングが必要かを決定するのはそのエンジニアである。彼が設計をやり直せと言えば、私自身がそのエンジニアの要求に合うよう設計し直す。そのときは彼がボスである。私のチームでは年中起こっている設計上の問題でありながら、よそのチームにとっては初めてという問題が起こる。すると私が呼ばれる。そうした場合、私はむしろかなり若手のメンバーの一人として、そのチームの要求に沿って設計をすることになる」

チーム型組織の長所と限界

チーム型組織にはいくつか優れた点がある。メンバーは全員、チーム全体の仕事が何であり、自分の責任が何であるかを知っている。

新しい方法やアイデアも容易に受け入れられる。事態の変化にも容易に適応できる。だがチーム型組織には、いくつかの大きな欠陥がある。

明快さや安定性に欠ける。経済性も悪い。人間関係、仕事の割り当て、説明会、会議、コミュニケーションなど、チームの内部管理に絶えず気を配らなければならない。

エネルギーの相当部分が、単に仕事を進めることに費やされる。全員が共通の課題を理解しているとはいっても、必ずしも全員が自分の責任を理解しているとはかぎらない。

他のメンバーの仕事に関心を持ちすぎ、自分の仕事にあまり注意を払わないことさえ起こる。

適応力には富む。新しい試み、アイデア、仕事の方法を受け入れやすい。職能間の縄張り争いや島国根性はない。

したがって専門家たる者は、必ず何回かはチームに入って仕事をする必要がある。

チーム型組織の最大の限界は規模にある。メンバーの数が少ないときは有効に働く。原始時代の狩猟隊も七人から八人だった。

あまり大きくなると、チームの利点たる柔軟性やメンバーの責任感が急速に減少し、成果をあげられなくなる。

同時に、チームの欠陥たる組織構造の明快さの欠如、コミュニケーションの不足、内部管理や人間関係への過度の関心が致命的になる。

規模の限界からチーム型組織の適用範囲も決まってくる。チームは、トップマネジメントの仕事に関しては、現在のところ最高の組織構造である。事実、それはトップのための唯一の組織構造といってよい。イノベーションのための仕事にも最適である。

しかしチーム型組織は、現業の活動のほとんどについては、それだけで単独に適用すべき設計原理ではない。

必要不可欠ではあるが、あくまでも補完的である。チーム型組織は、職能別組織を有効に動かすうえで必要となる補完的な組織構造である。

職能別組織に対する補完的な組織構造としてのチーム型組織が最大の貢献を果たす領域は、知識労働の領域である。

知識組織においては、組織のなかの人間の拠点としての職能別組織と、仕事の場としてのチームの双方を使い分けることが必要とされる。

これからは知識労働者のほとんどが、それぞれ職能別の本拠を持ちながら、他の職能や専門分野の知識労働者とともに、一つのチームをつくって働くことになる。

知識労働者の知識が進むにつれ、仕事を通じて組織に貢献する機会は、自らの属する職能別部門の内部においてよりも、多数の職能が集められたチームにおいて見出されるようになる。

知識が進むということは、それだけ専門分化するということである。専門分化した知識は、単なるデータとまではいかなくとも、それだけでは何ら用をなさない断片にすぎない。

専門知識は、他の人の知識と結合するとき、初めて生産的になる。他の人の意思決定、仕事、理解に対するインプットとなるとき意味を持つ。

こうして、高度の知識が成果に結びつくのはチーム型組織においてである。チーム型組織は、自己規律を必要とする難しい組織である。そこには限界もある。欠陥もある。

しかしそれは、マネジメントの多くが信じているような存在、つまり一度しか起こらない特殊な問題にのみ適用する組織ではない。

一時的かつ便宜的な存在ではない。一つの立派な組織構造である。

連邦分権組織

連邦分権組織によって、組織はいくつかの自立した部門に分割できる。

それらの自立した部門は、それぞれの業績と組織全体への貢献に責任を持つ。それぞれが独自のマネジメントを持つ。

連邦分権組織といえども、各事業部門の内部は、職能別組織によって組織される。もちろんチーム型組織も、職能別組織を補完するものとして適用される。

連邦分権組織の視点は、職能別組織やチーム型組織とは違う。後者は仕事からスタートする。成果は活動の総和であると仮定する。

活動さえ正しく組織すれば、正しい成果が自然にもたらされるとする。これに対し、連邦分権組織は成果からスタートする。

何よりも事業の適切さに重点を置く。成果、特に市場において成果をあげるうえで最適な事業部門をつくる。しかる後に、その事業部門の内部にいかなる仕事、課題、活動が必要かを考える。

連邦分権組織の利点

今日のところ、連邦分権組織に勝る組織構造はない。この組織はきわめて明快かつ経済的である。事業部門それぞれの人間が、自らや自らの属する事業部門の課題を容易に理解できる。

高度に安定しながら、適応力も十分ある。マネジャーの目と力を直接、事業の業績と成果に向けさせる。

利益のあがる事業に隠れて利益のあがらない事業を続けることがなくなる。間接費によって現実の姿を曖昧にし、売上高によって現実の姿を隠すこともなくなる。

最大の利点は、明日を担うマネジャーの育成にある。連邦分権組織だけが、やがてトップマネジメントの責任を担うべき者を育成し、テストできる。

この一事だけでも、連邦分権組織は他のいかなる組織構造よりも優れている。

トップの役割

事業部門は、本社のトップマネジメントから独立した自治的な存在でなければならない。事業部門がいかに大きく重要であっても、トップマネジメントがそれらのマネジメントに手を出してはならない。

逆に言うならば、本社のトップマネジメントが本来の仕事をできるようにすることが、自立した事業部門のマネジメントの責任である。

市場、製品、潜在力、機会、問題について、トップマネジメントに何を知らせるかを徹底的に考えることが、事業部門を率いるものの責務である。

連邦分権組織といえども、全体が共通のビジョンを持つ必要がある。その自治は、全体の業績を上げるための手段にすぎない。

まさに事業部門のマネジャーは、大幅の自治を与えられているがゆえに、自らが全体の一員であることを自覚しなければならない。

擬似分権組織

事業単位で組織を組み立てることができるならば、連邦分権組織にまさる組織構造はない。

しかし大組織の多くは、事業ごとに分割することが不可能である。しかしそれらは、職能別組織やチーム型組織とするには大きすぎる。

それらの組織こそ、擬似分権組織を採用すべき組織である。擬似分権組織は、事業でないものを事業であるかのように組織する。

分権化した組織単位に可能なかぎり自治権を与え、独自のマネジメントを持たせ、少なくとも擬似的な損益について責任を持たせる。

擬似分権組織の代表例は、化学産業や材料産業に見ることができる。複雑な大組織でありながら、製品やサービスが一種類である組織に適用される。

擬似分権組織の問題点

擬似分権組織は、多くの点で不満足な組織構造である。そもそも成果に焦点を合わせることが困難である。

組織のなかの人間一人ひとりが、自らの仕事の意味を理解することも困難である。組織全体の仕事を理解することも困難である。

擬似分権組織は、経済性、コミュニケーション、意思決定についても、好ましくない組織構造である。

しかしそれらの弱点は、擬似分権組織の構造上やむをえないものである。

擬似分権組織において分権化される組織単位は、本当の意味での事業ではなく、その成果も、市場での成績によって評価できるものではない。

成果は、市場によってではなく、組織内部の意思決定によって左右される。すなわち、帳簿価格や費用配賦の仕方によって、大きくも小さくもなる。

化学会社の販売部門が同じ会社の生産部門から製品を購入するとき、その値段はいかに決定すべきか。

擬似分権組織適用の原則

重要なことは、擬似分権組織は最後の手段であるとの認識である。組織が小さく、職能別組織とチーム型組織の組み合わせで十分なときには、擬似分権組織を採用すべきではない。

職能別組織を基本とすべきである。逆に組織が大きいときには、連邦分権組織の適用を原則とすべきである。材料産業の企業においてさえ、まず連邦分権組織の採用を試みるべきである。少なくともその採用について検討すべきである。

しかし、各部門間の連携が必要でありながら分離して責任を持たせなければならないとき、特に市場の論理が技術や生産の論理と一致しないとき、擬似分権組織は、その制約、弱点、危険にもかかわらず、組織構造としてもっとも有効である。

システム型組織の登場

われわれが手にする組織構造のうち、理論的な分析から生まれたのはフェヨールの職能別組織だけである。

チーム型組織、連邦分権組織、擬似分権組織のいずれも、特定の問題に対処するために、あるいはその時々のニーズに応ずるために発展したものである。システム型組織も同様である。

システム型組織は、きわめて特殊なマネジメント上の問題、すなわち六〇年代アメリカの宇宙開発のための組織構造として発展した。

システム型組織は、チーム型組織を発展させたものである。チーム型組織では構成単位は個人だが、システム型組織では多種多様な組織と個人である。

政府機関、大小の企業、大学、研究者個人である。中央の組織の一部である組織もあれば、部分的に所有されているが独立した組織としてマネジメントされているものもある。

さらには、契約関係こそあれ、いかなる支配も受けていないものもある。本来支配される可能性のまったくないものもある。

チェース・マンハッタン銀行が世界にはりめぐらせたネットワークが、よい例である。チェースは支店に依存したり、支店を中心に考えることをやめている。

中規模のしっかりした現地の銀行に若干の出資を行うことによって世界中に事業を展開している。

それらの銀行を所有してもいなければ支配もしていない。役員も送り込んでいない。チェースは、それらの銀行を自らのシステムに組み込んでいる。

逆にいえば、それらの銀行は、現地社会に根を下ろしたまま、チェースの世界的規模の業務システムに参画している。

システム型組織の問題点

システム型組織ほど条件の厳しい組織構造はない。組織の目的が明確でなければならない。

この目的なるものがよく変化する。急に変化する。それでも目的は明確でなければならない。

組織の構成単位それぞれの目標は、組織全体の目的から導き出され、直接のつながりを持たなければならない。

「自分たちの事業は何か、何であるべきか」を十二分に検討したときにかぎり、システム型組織は有効に機能する。

コミュニケーションについて、組織の構成単位のすべてが責任を持たなければならない。システム全体の基本的な目的、目標、戦略が全員に理解されるよう最大の注意を払わなければならない。

同時に、あらゆる種類の疑問とアイデアが受けつけられ、注意して聞かれ、重視され、検討され、理解され、結論を出されなければならない。

組織の構成単位のすべてが、自らの目標以外のことにも責任を持たなければならない。全構成単位がマネジメントの責任を果たさなければならない。

責任を伴う高度の裁量権、イノベーションを行う機会、計画を変更する権限を持たなければならない。

システム全体で何が行われているかを知るために不断の努力をしなければならない。システム型組織が成功するばかりでないことは不思議でない。

NASAはほとんど無制限に近い予算を持って月へ人を送ったが、その間に数え切れない無惨な失敗があった。

その成功は、民間企業ではとても通用しない予算超過によってもたらされた。システム型組織は、組織構造として望ましいものとはいえない。適用は困難である。

しかし、これもまた重要な組織構造である。

35組織構造についての結論

組織構造の設計は、理想からスタートすべきか、現実からスタートすべきかが長い間議論されてきた。原理からか、それぞれの組織に固有の伝統、慣行、事情、ニーズからスタートすべきか。

だが、この問いには意味がない。いずれのアプローチも必要である。並行して使わなければならない。組織構造のあるものは、適用が難しく問題も起こしやすい。

しかし、適用が難しくなく問題を起こさない組織構造はない。いずれが人間中心、自由、民主的、創造的ともいえない。組織構造は道具である。

道具自体によい悪いはない。適切に使うか使わないかだけであって、それ以上はない。

単純でありながら現実に合った組織構造を手にするには、重要な成果を生むために必要な基本活動に焦点を合わせなければならない。

しかる後に、その基本活動を可能なかぎり単純に組み立てなければならない。

重要なことは、組織の目的を常に念頭に置くことである。組織構造は目的達成のための手段である。それ自体目的ではない。

構造の健全さは、組織の健康の前提である。それがそのまま組織の健康を意味するわけではない。組織の健康を判定する基準は、構造の美しさ、明快さ、完全さではなく、成果である。

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