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第6章 「徹底3S」で見違えるように 生まれ変わった9社

この章でご紹介するのは、「徹底3S」に取り組むことで、直面していたさまざまな課題を解決して、業績の回復や顧客満足度の向上を成し遂げた9社の成功事例です。

3S活動というと、製造業の現場管理のノウハウという印象を持たれがちです。しかし実際には、製造業に限らず、あらゆる業種の企業で活用できます。

そのことを理解していただくため、本章では製造業以外の業種―物流業、ITシステム開発、社会保険労務士事務所などの事例も盛り込みました。

それぞれの企業は、私が一から3Sコンサルテイングを行なったところもあれば、もともと独自に3S活動に取り組まれていて、部分的に私がお手伝いをさせていただいた会社もあります。

業種やバックボーンは異なりますが、共通するのは3S活動に取り組み、枚岡合金工具を超えるみごとな成果をそれぞれに挙げていることです。

この章を読んでいただくことで、読者のみなさんの中にも「自分たちの会社でもできるのではないか」という自信が芽生え、心に火がつくことを願っています。

目次

事例1広島県一日鐵鋼業

徹底した残材の整理・整頓などで在庫量が大幅減!1億円近い経費削減を達成

原点は、240トンもの死蔵在庫の廃棄

私が実行委員を務めさせていただいている「3Sサミット」というイベントが、はじめて開催されたのは2011年11月のことでした。

このイベントは、3S活動に取り組む全国の企業が集まり、自社の取り組みを発表し、交流を行なうことを目的としたもので、2015年には5回目を迎えました。

その第5回3Sサミットで「最優秀発表賞」の栄冠を手にしたのが、これからご紹介する広島県福山市の日鐵鋼業です。

同社は、丸鋼、角鋼、鋼板などの鋼材を、ガス、レーザー、鋸でさまざまなかたちに切断して加工販売しています。

3S活動に取り組む以前は、残材が工場内のいたるところ山のように放置されて、足の踏み場もないような状態でした。

また、どこにどんな材料が保管され、作業に必要な工具もどこに置かれているかは現場の担当者しか把握しておらず、ほかの人が材料や工具を探すのに時間がかかったり、現場の担当者へ確認しなければわからなかったりという不便な状況で、まさに属人的管理の典型でした。

中には、くわえタバコにノーヘルメットで作業をしている職人もいて、社員教育や安全管理も十分にはできていませんでした。

2009年に一度3S活動に取り組もうとしたのですが、そのときは、高額製品の材料の残材を思い切って処分する決断がどうしてもできず、何も成果を挙げられないまま挫折したそうです。

しかし2011年、同社の能登伸一社長が「このままじゃダメだ」と腹を括り、錆びたりして三度と使うことがない死蔵在庫をすべて処分する英断を下しました。

その重量は240トン。

枚岡合金工具が最初に廃棄した量が2トンだつたことを思えば、240トンという量がどれだけ膨大なものなのか、ご理解いただけると思います。

死蔵在庫の処分に関して社内には反対意見もかなりあったそうで、廃棄費用も相当額かかっただろうと想像します。

しかし、この240トンもの死蔵在庫を処分したことで、社員たちも社長の3S活動にかける覚悟と意気込みを感じたのでしょう。

以後、社内の雰囲気はガラッと変わり、全社員一九となって3S活動に突き進んでいけるようになりました。その意味で、この死蔵在庫の廃棄は、日鐵銅業の3S活動の「原点」といえるでしよう。

毎年目標を立て、グループごとに活動

同社の3S活動の特徴は、年ごとにテーマや目標を決めて取り組んでいる点です。具体的には以下のようになります。

■ファーストステージ(2011年6月〜2012年12月)残材管理を徹底/二週間に一度の3S会議の開催/エコアクション21認証(環境省が定めた環境経営システムや環境報告に関するガイドラインに基づく制度)を取得

■セカンドステージ(2013年1月〜2014年3月)タイムスタディ(ある作業を行なうのにどれだけの時間がかかっているのかを測定し、より効率的な作業方法を模索すること)の実践/広島3Sネットワーク参加/売電開始

■サードステージ(2014年4月〜2015年3月)伝票一元化/残材管理/3Sサミット参加

■フオースステージ(2015年4月〜2016年3月)製品ラベルの発行/ペーパーレス/経常利益率10%ヘ日鐵鋼業にとって、やはり製品の材料。

在庫となる残材をどう管理するかが喫緊の課題でした。

そこでまずは、使用中の鋼材がどんな形状・長さで、工場内のどこに、どれだけ保管されているのか、現場でも事務所でもパソコンを見れば把握できるようにしました。

QRコードでの残材管理も始めました。

こうした徹底した管理の結果、作業に取りかかる前に最適な残材を探すための時間が大幅に短縮されて、欲しい材料がすぐに取り出せるようになりました。

常に正確な在庫保有量が把握でき、余計な材料を購入して無駄な経費や場所を使うこともなくなりました。

さらに小さな残材から優先的に使用する習慣が現場に浸透して、歩留まりは約70%から85%までに向上。毎月の業績も正確に割り出せるようになりました。

伝票に関しては、以前は受注〜生産〜納品までの工程を手書き伝票で処理していたため、ひとつの製品につき「納品書」「送り状」「作業日報」という3種類の伝票に同じ情報を記入する重複作業が発生していました。

この伝票処理を電子化して、一度受注情報を入力すればそれ以降はすべてワンクリックで伝票出力が行なえるようにしたのが、サードステージの「伝票一元化」です。

この取り組みの結果、事務所スタッフの仕事時間を一日あたり合計12・5時間短縮でき、一秒1円で換算をすると年間100万円を超える経費節約につながりました。

フオースステージの「製品ラベルの発行」も大きな改善でした。

従来は製品そのものに顧客名、図番、サイズ、型番、個数などをマーカーで手書きしていましたが、文字がかすれていたり、急いでいるときは文字が読みづらかつたりして、時間的な無駄が生じていました。

そこで製品情報を印字したラベルを作成して、製品に貼り付けるようにしました。

その結果、製品情報の把握がスムーズになって出荷手配の効率が上がり、時間短縮になっただけではなく誤字・脱字もなくなり、顧客からも喜ばれ、会社のイメージアップにつながっています。

ほかにも工程管理表の設置、フロアの塗装、工具の置き場所の定位置化、社員紹介ボードの設置など、社内のいたるところで整理・整頓・清掃を徹底していきました。

また、以上のような同社の取り組みは、「ガスグループ」「レーザーグループ」「ノコグループ」「事務所グループ」という4つのグループごとに実施されています。

二週間に一度の社内3S会議では、グループごとの活動成果が発表されて、かかった時間や費用、日標達成度などはグラフ化されて「見える化」されます。

グループ分けや成果の見える化は、社員同士が互いに切磋琢磨する環境を作り出し、個々のモチベーションを高めるのに有効です。

日鐵鋼業の社員たちが自ら進んで3S活動に取り組んでいるのも、こうした環境づくりが功を奏しているからだと思います。

経常利益率がわずか4年で4倍に!

3S活動の結果、経営状態も大きく変化しました。

在庫の定量を決めて発注量を管理し、余分な在庫を持たないようにしたことで、在庫量は25%以上の大幅削減に成功。

2010年度と2014年度を比べると、約9700万円の経費削減につながりました。

一方、仕事の効率化が進んだことで、売上げは2010年度には9億1000万円だったのが、2014年度には68%増の15億2900万円となり、過去最高額を記録しました。

経常利益率を見れば、2011年度と比較して、2014年度は2・5倍、2015年度は4倍に。

もちろんすべてが3S活動による成果というわけではないと思いますが、その土台になっていることはたしかです。

3Sサミットで同社の成果を発表された社員の方は、次のような話をしてくれました。

「残材管理も伝票一元化も製品ラベルの発行も、すべてすんなりうまくいった取り組みではありません。

何度も打ち合わせを行ない、検討とやり直しを繰り返し、半年から1年かけてやっと達成できた改革なのです。

それはみんなが会社を自分のものと捉え、少しでも会社をよくしたいという思いが一人ひとりにあったからこそできたことだと思っています」

日鐵鋼業の3S活動は「日鐵内総幸福向上プロジェクト」と名づけられています。そのネーミングからも、同社が3S活動をすべての社員の幸せのための活動として位置づけていることがよくわかります。

3Sサミットが開催された2015年H月時点で、日鐵鋼業には38名の社員の方がいました。

その全員が広島から大阪の3Sサミットの会場に足を運び、ステージで自社の活動を発表している代表者たちを熱烈応援していました。

3Sサミットでのプレゼンの最後、発表者の三谷薫専務取締役が舞台の中央に元気よく進み出て、「継続は力なリ13Sは永遠なリー」と高らかに宣言。

会場からは万雷の拍手が巻き起こりました。

その三谷専務の頬にも、会場にいたほかの社員たちの頬にも熱い涙が伝っていました。そうした姿から、社員全員が同じ方向を向き、そして自分たちの活動に自信と誇りを持っていることが伝わってきました。

事例2東京都一ヒューマンシステム

社内レイアウトの整理・整頓で生まれた空きスペースを活用し、年間360万円の賃貸収入

無駄な空間が、利益を生む″価値ある空間″に

東京都港区にあるヒューマンシステムは、顧客企業の要望に合わせたさまざまな特殊な業務向けのITシステム(人材紹介システム、大規模ポイント管理システム、大手新聞社Web広告管理システムなど)やWebサイトを開発している会社です。

現在(2016年3月末時点)の社員数はおよそ120名で、うち100名強が技術職。

本社はオフィスビルの2フロアを使用して、4階で開発チームが働き、10階が受付や管理部門のほか、会議室や研修室などの共有スペースとして使われていました。

同社が当初抱えていた課題は、「そもそも何を捨て、片づけるべきか」の選択でした。まずはケーブル問題。

パソコン一台につき、本体とディスプレイの電源ケーブル、LANケーブルなどが必要であり、もしケーブルが切れてしまつたら開発に支障を来すため、オフィスの床下には二重の配線を施していました。

その結果、ハブと呼ばれるコーナーごとの接合部分には無数のケーブルが絡み合ったり、とぐろを巻いたりしていました。

そのケーブルの中にはすでに断線して使えないものもあったのですが、床下配線のため「どれが使えて、どれが使えないか」の確認がままならず、末端のタグが信用できないという無秩序なカオス状態となっていました。

また、定期的に古いパソコンやディスプレイを新しい製品に入れ替えていたのですが、使わなくなったパソコンやディスプレイを廃棄するには費用がかかることと、残しておけばいつか部品のリプレース用として使えるかもしれないという″もつたいない精神″から捨てることができず、20台ぐらいが社内の空き部屋や壁際の棚に放置されていました。

ヒューマンシステムの3S活動がキックオフしたのは、2012年10月のこと。

最初は、セオリーどおりに整理から着手されました。まずは捨てるためのルールを明確化して、1か月間かけて不要品を処分するための大掃除を敢行。

処分品の量は一部屋の床を埋め尽くすほどでした。

その後、LAN配線の構造を見直し、配線業者を入れて電話工事と一緒にケーブルの整理・整頓も行ないました。

その結果、各部屋には無駄なモノがなくなり、見違えるように整然とした状態に改善されました。

さらに同社の3S活動のユニークな点は、モノと場所の整理・整頓を進める中で、社内のレイアウトも見直していったことです。

すると、大きな無駄があることに気づきました。それが、10階にあつた役員会議室です。10階にはオープンのミーティングエリアが3つ、クローズの研修室が2室、同じくクローズの役員会議室が1室ありましたが、それぞれ有効に機能していませんでした。

3S活動以前の使用状況は次のとおりです。

・ミーティングエリアが3つあらたものの、オープンスペースだつたため、社員からは「まわりを気にせずにお客様との商談や打ち合わせができるよう、小さなスペースでいいからクローズの会議室が欲しい」との要望があった。

これまでクローズの空間が必要なときは役員会議室を使っていたが、役員会議室は16名くらい座れるスペースがあり、かつ口の字型のテーブル配置だったため、少人数での面談や打ち合わせには広すぎて使いづらかつた。

当時は経営会議出席者数が増えていたため、役員会議室では手狭になり、研修室で経営会議を実施することが多くなっていた。

・研修室は、先述のように経営会議ではときどき使われていたものの、全体として見ると稼働率はあまり高くはなかった。

こうしたちぐはぐな使用状況を改善し、10階フロアをもっと効率的に使える配置を検討した結果、オープンのミーティングエリアをなくして、そこにクローズの小会議室2室とオープンの面談スペースひとつを作りました。

また、研修室は大人数の会議でも使える部屋として、新設した小会議室2室と合わせて会議室予約システムで使用状況を管理することとしました。

さて、このようにスペースの整理・整頓をしてみたところ、ぽっかりと空いてしまったのが役員会議室でした。

当初、この役員会議室のスペースには営業チームを入れる案もあったようです。

しかし、開発チームが4階、営業チームが10階とフロアが分かれてしまうと、社員の一体感が損なわれてしまう懸念もありました。

どうしようかと悩んでいたとき、創業のころから20年以上お世話になっている弁理士事務所がオフィスを探しているという話を聞いて、先方に話をしてみたところ、とんとん拍子で話が進み、賃貸契約を結ぶことになったのです。

広さは10坪ほどで、家賃は月額30万円。

場所の整理・整頓を徹底したことで、活用しきれていなかった「無駄な空間」を、年間360万円もの家賃収入を生む″価値ある空間″に変えることができたのです。

さらに、ここまでの取り組みを通じて、「徹底3S」の第一歩である「どのようなモノを、どのように捨てるのか」の理解が進み、4階でも同様にモノを片づけてレイアウトの整理・整頓を行なった結果、オープンの会議スペース(2・5m×3m)×2、クローズの会議スペース(4m×3・5m)×1、合計3つの会議スペースを増やすことができました。

そのおかげで4階で働く社員たちは、10階の会議室に移動しなくてもミーティングが実施できるようになり、生産性向上と品質向上(レビュー回数増加)につながりました。

また、10階の会議スペースや研修室は弁理士事務所との共有スペースとして使えるようになり、会議室もゆとりのある状態になりました。

3S活動を通じて、着手社員を育成する

ヒューマンシステムの3S活動を語るとき、もうひとつ特筆すべき点があります。

同社の活動は「3S向上委員会」という社内委員会が中心となって行なっているのですが、この委員会を構成しているのが入社1、2年目の若手社員だということです。

そこには、湯野川恵美社長の人材育成、つまり「人づくり」への強い思いがあります。

同社は創業以来、緻密な勤怠管理を行なっていて、どの社員がどんな業務(プロジェクト)にどれくらいの時間をかけているのか、常にシステムで記録してきたそうです。

社内の行事さえもカウントしていたそうで、その徹底ぶりがうかがえます。

それゆえ、3S活動を社内に導入した場合、社員から「掃除をしている時間に生産性はあるのか?」「格安の清掃業者を探して、掃除をしてもらつたほうが得なのではないか?」などのネガティブな意見が出ることが懸念され、湯野川社長は非常に悩んだといいます。

それでも導入に踏み切ったのは、「若い社員が活躍できる場所を作ってあげたい」という思いからでした。

入社1、2年目の社員は、仕事を覚えきれていなかったり、システム開発に関する専門知識や技術が先輩社員に劣るため、どうしても指示待ち、受け身の姿勢になってしまいます。

しかし社内の整理・整頓。

清掃活動であれば誰でもできることなので、若い社員でも自ら率先して動いてリーダーシップを発揮できるのではないか。

そして3S活動を通じて自主性を育むことが、ひいては仕事自体にもプラスの影響を与えるのではないか。

湯野川社長はそう考えました。活動を始めて1、2年目はいろいろご苦労もあったようです。

当初は社員の中に「経費削減のためにやらされている」という誤解が少なからずあつたようで、3S活動の意義を理解してもらうことから始めなければなりませんでした。

また、活動の中心となった若い社員は、よくいえば「純粋」、悪くいえば「考えが足りない」ところもあり、たとえば他社の3S活動を見学して「床を塗装してきれいにした」という成功事例を聞くと、「うちの会社でもフロアマットを張り替えましょう」「そのための費用として80万円出してください」と提案してくるそうです。

そこには「フロアマットの張り替えは本当に必要か?・優先順位は高いのか?」「3S活動に使える経費はどのくらいあるのか?」

「もし張り替えるとしたら、もっとも安くできる方法は何か?」

など、自社の職場環境、経営環境に3S活動を適応させるために本来熟考すべきことが抜け落ちていました。

湯野川社長は、若手社員のやる気を削がないように気を遣いながら、考えが浅いところについてはそれとなくアドバイスをして(フロアマットについては、実は社内に工事業者が置いていった張り替え用のストックがあり、そのことを3S委員に伝えたそうです)、あくまでも若手社員自身に考えさせ、彼らが自主的に活動できる環境を作っていきました。

現在では同社の3S活動も4年目に入り、人づくりという面での成果も徐々に現れてきています。

たとえば、以前は「毎朝10分間、社内の清掃を実施する」というルールを決めていましたが、「仕事が忙しいから」などの理由をつけて清掃に参加しない社員もいました。

そこで3S委員たちは「全員が清掃に参加するにはどうしたらいいか」と自ら課題を設定し、その解決策を検討しました。

そして、彼らが考えたのが「週1回、水曜日の朝礼のあと、30分間清掃をする」ことでした。

同社では、毎週水曜日に朝礼を実施しており、ほとんどの社員が参加しているので、朝礼が終わったあとの流れで清掃をすれば、参加率も上がるだろうと考えてのことです。

実際、そのルール変更の効果はてきめんで、リーダークラスの社員も含めて社員全員が清掃に参加するようになったそうです。

また、清掃は部署ごとに担当エリアを決めて行なっていますが、「何をすればいいのかわからない」という社員の声を受けて、3S委員がエリアごとの清掃マニュアルを作成しました。

そのおかげでやるべきことが明確になり、個々の社員が効率的に動けるようになった結果、いまでは15分ぐらいで清掃が終わってしまう時短効果も現れているようです。

現在、3S委員たちが考えているのは、社員のモチベーションアツプのための表彰制度です。

専用のWebサイトを作成し、そこに各々の社員が清掃前後の写真をアップして、社員同士で評価をし合うシステムをイメージしているようで、今後内容を具体的に詰めていく予定です。

そうした独自のITシステムづくりは同社にとってはお手のものであり、まさに自社の強みを活かした改善活動だといえます。

話を聞くかぎり、私は3S委員たちの中に「自ら考え、改革を進める力」が育ってきている印象を持ちました。

湯野川社長は彼らの頑張りに対して一定の評価をしつつも、現状の3S活動について「いまは、まだ30点か、40点くらい」といいます。

厳しすぎる評価に聞こえるかもしれませんが、その裏には、まだまだ改善する余地があり、「もっと若手社員たちに成長してほしい」という湯野川社長の社員に対する愛情と期待感を強く感じました。

事例3徳島県一ふじや物流センター

年間7500万円の節約に成功した遊び心満載の在庫商品の整頓法とは?

課題は「ビッキングミス」と「棚卸の精度の低さ」

私が3Sのコンサルティングをするとき、クライアントに必ずお伝えしていることがあります。それは「遊び心を忘れないでください」ということです。

上からいわれたから渋々やっている、では3S活動は続きません。遊び心を持って、3S活動を楽しむくらいの気持ちでやったほうが、社員一人ひとりが自発的に動けるし、成果も出ます。

実際、遊び心満載で3S活動に取り組み、年間で7500万円もの節約に成功した事業所があります。これからご紹介する、ふじや物流センターです。

ふじや物流センターは、徳島県を中心として四国各地ならびに兵庫県(淡路)で回転寿司、焼肉店、居酒屋、和食店、喫茶店など45店舗(2016年2月時点)を展開する外食チエーン「ふじや」の物流部門の事業所で、従業員数はセンター長を含めて10名。

うち9名がパートという構成になっています。主な業務は、ふじや直営店への食品のデリバリーです。

メーカーから入荷した食品を在庫として管理して、各店舗から発注があったものを配送するという作業を日々行なっています。

扱っている商品数は、およそ1000アイテムだそうです。3S活動に取り組む前は、大きな課題がふたつありました。

ひとつは「ビツキングミス」。ピッキングとは、店舗から注文があったものを棚から探し出して(ピックアップして)、発送できる状態にひとまとめにすることです。

そのビッキング作業の際、数量や商品を間違えたり、入れ忘れがたびたびあつたそうです。

オーダーした店舗から「注文したモノが入ってない」「間違ったモノが届いた」というクレームの電話が入ると、すぐに再配送の手配をしなければなりませんでした。

毎月だいたい15、16件ほどのビッキングミスがあったそうです。1回のデリバリーにかかる費用は、距離や重量によつて異なりますが、平均して5000円ほど。

つまり、毎月7万円以上の無駄な配送をしていた計算になります。物流センターができて10年以上になるそうですが、ビツキングミスは常に課題として挙がっていたものの、なかなか解決策を見出せずにいました。

もうひとつの課題は「棚卸の精度の低さ」です。毎月1回は棚卸をして在庫数を確認して商品の補充をしていましたが、実際に棚で数えた在庫数とパソコンに記録されている数字が合わないことが毎回起こっていました。

たしかに1000アイテムも扱つていれば、数え間違えは仕方のないことかもしれません。

しかし、正確な棚卸ができないことで、再確認のために余計な時間を使ったり、余分な補充をして余計な経費やスペースを使ったり、ロスを増やしてしまったりと、さまざまな無駄が発生していました。

「切り身ちゃん」と「ナンプレ君」で劇的改善を達成

2014年5月、同社の3S活動が始まりました。従業員たちの3S活動に対する遊び心は、改善活動のネーミングに表れています。

たとえば、ビツキングミス防止策に付けられた名前は「切り身ちゃん」。はじめて聞いたとき、私も思わず笑ってしまいました。

なぜ、そんな名前が付いたかといえば、改善活動に用いた段ボールが「いか切り身」という商品のものだったからです。改善のアイデアは、ちょっとした工夫でした。

従来は、各自が注文リストを見ながら、棚にずらつと並べられた商品群の中から必要なものをビツキングしていました。

ただ、その方法だと、仮にビツキングミスがあつたとしても、店舗からのクレームが入るまで気づくことができません。

そこで朝一番にその日の出荷分を前に出して、それ以外の在庫品と「切り身ちゃん」で仕切っておく方法を採ることにしました。

そうやって事前にトータルピツキングをしておくことで、「切り身ちゃんの前に商品が余っている=どこかの店舗に発注数以下しか入っていない」「切り身ちゃんの前の商品が足りない=どこかの店舗に発注数以上入っている」ということが配送前にわかつて、ビツキングミスを防止できるようになりました。

統計を見ると、切り身ちゃん導入前は毎月15、16件ほどあつたピツキングミスが、導入後は2、3件まで減少し、現在ではゼロを目指しているそうです。

一方、棚卸の精度を上げるための改善策の名前は「ナンプレ君」。改善活動に数字を羅列したナンバープレートを使うことから、この名前になりました。

こちらの改善もシンプルな内容です。商品の陳列棚にあらかじめナンプレ君を敷いておき、その上に商品を並べていきます。

以前は、棚卸の際に一個一個カウントするか、縦横の数を数えて掛け算する方法で在庫数を把握していましたが、ナンプレ君を使うことでいちいち数えたり、計算しなくても、一日で在庫数がわかるようになりました。

時間に換算すると、以前は一アイテム数えるのに慣れている人でも約8〜10秒、慣れていない人では15秒ほどかかっていたのが、ナンプレ君導入後は誰でも1・5秒で在庫数を把握できるようになつたそうです。

結果、月1回、頑張っても月2回が限界だつた棚卸が「毎日可能」に。また、時短効果に加えて、数え間違いも防止できるので、正確な在庫把握もできるようになりました。

頻繁かつ正確な在庫把握ができるようになつたことで、パソコン内に登録されている在庫数との差異も解消されました。

余分な在庫を抱えなくて済むようになったことで、スペースと経費の無駄を削減でき、在庫経費は大幅に減少しました。

そのほか、文房具棚を「おさむちゃん」(文房具を″収めてクおく場所なので、この名前です)と名づけたり、倉庫内の各棚を動物のイラストで分類して誰でも直感的に場所がわかるようにするなど、ユニークな工夫を数多く行なってきました。

こうした3S活動が同社にもたらした成果は次のとおりです。。

電気代削減82万円(冷蔵庫の温度管理を徹底したことで達成)・月末在庫削減7380万円商品廃棄削減12万円人件費削減51万円合計すると、年間約7500万円もの節約を実現したことになります。

多くの会社の3S活動を指導してきた私の目から見ても、ふじや物流センターの活動はオンリーワンといえるものです。

「3Sサミット2015」では、その取り組みのオリジナリティとみごとな成果が評価されて、審査員特別賞を受賞しました。

とはいえ、同社もはじめからこのような創意工夫にあふれた改善活動ができたわけではありません。

3S活動キックオフ後しばらくは、整頓の5原則(定位置。定量・定方向・表示・標識)を徹底したり、ビッキングチエツク表や担当者表を作って管理するなど、どこの会社でも必ずやるような基本的なことに取り組んでいました。

そうした活動を通じて、さまざまな気づきや発見、ヒントを得て、独自の改善活動へと発展していったのです。

人は、自分が好きなこと、楽しいことに対しては、いくらでも積極的になれるし、自ら考えてさまざまなアイデアを出し、工夫もします。

3S活動を継続し、成果を着実に出すには、何よりも遊び心が大切だということを、ふじや物流センターの活動を通して改めて実感しました。

同社の遊び心のある3S活動は、環境省四国環境パートナーシップオフィス(四国EPO)のホームページにある四国の環境情報『四国のすごい―』の中で、「3S活動がエコにつながる」と題し、紹介されています。

公的機関の広報チャンネルで掲載されるようになり、3S活動も習慣化のレベルから、企業文化の構築につながるレベルヘと大きく発展する可能性が見えてきています。

事例4香川県一仲井京子社会保険労務士事務所

「情報の3S」を独自の視点で徹底追求、「紙を出さない働き方」を習慣化

パソコン内のデータを「フォルダ管理」から「検索管理」ヘ

オフィスで仕事をしていると、必ず「紙の書類をどのように管理するか」という課題に直面します。

受注書や発注書、契約書、各種伝票、プレゼン資料、各種保険の手続き書類、賃金台帳、雇用者名簿など、仕事で取り扱う書類は多岐にわたります。

しかも、すでに過去の書類が山のように書類棚や引き出しに保管されているのに、現在進行形で書類は増え続けます。

十分な保管スペースが確保できる大企業ならまだしも、限られたスペースしかない中小企業の場合、書類管理は頭の痛い問題です。

香川県高松市で、企業の人事・労務管理のサポートや社会保険。

労働保険手続きの代行業務などを行なっている仲井京子社会保険労務士事務所も、仕事柄、オフィスに膨大な書類(主にクライアント企業に関する書類の控え)が保管されていました。

その管理方法を見直すべく、3S活動に取り組みはじめました。同事務所の3S活動には、3つの段階があります。

第1のステップは、紙の書類を「取り出しやすくする」ことです。

その目標を実現すべく、書類棚の扉や引き出しを取り外したり、書類をボックス管理して縦置きにしたりということから手をつけはじめました。

第2のステップは「データ管理」です。

書類を電子化してしまえば、紙の書類よりも場所をとらず、管理しやすくなります。そこで電子化できるものは、できるだけデータとして保存するようにしました。

しかし、データ管理を進めていくと、別の問題が発生するようになりました。各フアイルはフォルダに分類して保管していたのですが、フアイルの種類と量が増えるに従つて、フォルダの数と階層も増えていきます。

その結果、重要なファイルを開くのに、何階層ものフォルダを開かなければならない状況に陥ってしまったのです。

また、事務所に新しいスタッフが入ってきた場合、「○○社の△△の書類はどこのフォルダに入っているか」、つまリフォルダの分類体系を覚えるのが最初の仕事となります。

とはいえ、すぐには覚えきれないほど複雑な体系になってしまっていたため、結局「あのファイル、どこに入っていましたっけ?」と先輩スタツフに質問するという、無駄なやりとりをしていました。

そこで、「デジタルドルフインズ」を導入して、「フォルダ管理」から「検索管理」に移行しました。

その甲斐あって、クライアント企業から問い合わせがあった際、必要な書類やデータを探すのに、以前は下手をすれば30分以上の時間がかかっていたのが、30秒もあれば誰でも簡単に探し出せる環境を作り出すことができたのです。

また、かつては担当者不在のときは書類の所在がわからずに対応できないこともありましたが、書類名で検索すれば誰でも必要な書類を探し出せるので、担当者以外の人でもすぐに問い合わせに対応できるようになりました。

普通の会社であれば、ここまで達成した段階で満足してしまったかもしれません。

しかし事務所の代表の仲井京子さんには、現状に満足することなく、常に自ら課題を見つけて改善活動に取り組むク3S精神クが心の中にしっかりと根づいていたため、もう一歩踏み出すことになったのです。

そして、ここから先の取り組みにこそ、本当の意味で同事務所の″らしさ″が存分に発揮されていると私は思います。

スタッフ全員にipadを支給し、「紙を出さない働き方」を習慣化

仲井さんが着目したのは、データ管理をしているにもかかわらず、紙にプリントする枚数が多かった点です。

打ち合わせや作業をするたびにデータをプリントし、終わつたらその紙の書類を再びデータ化して、紙はシュレツダーにかける。

一見、データの検索管理を徹底して効率的なことをやっているように見えて、実はプリントした分だけシユレツダーにかけるという無駄な行為を繰り返していたのです。

真の課題は、紙ベースで仕事をする習慣が残っていたことでした。

「大事なのは、紙を出さない仕組みを作り、徹底すること」そう考えた仲井さんは、自分を含めた5名のスタッフ全員にiPadを支給。

書類のチェック、FAXの送受信、メモ書きなど、すべての事務作業をiPadで行なうことにしました。

変化はさまざまな面で現れました。まず何よりも、紙の資料をプリントしたリコピーすることが減ったため、コピー機の利用枚数が徐々に減り、最終的には完全ペーパーレス化を達成してコピー機がなくても仕事ができるまでになったのです。

クライアントの会社での打ち合わせで、「あのときの書類を見られませんか?」と過去の書類をリクエストされたとき、以前であればいったん会社に戻り、後日書類を持って再訪していましたが、いまではその場で検索して閲覧できるようになりました。

「えつP¨iPadで見れちゃうの?」と驚く顧客も多いそうです。

さらに、iPadですべての書類を見ることができるため、必ずしもオフィスに行く必要がなくなり、在宅勤務率が高まりました。

おかげで、産体・育休中や、子どもが急に熱を出して自宅を離れられないときなどに仕事の問い合わせがあっても、自宅にいながら対応ができるようになりました。

このことは、同事務所のような女性が多い職場にとつては大きなメリットだったと思います。まさに「オフイス革命」といつても過言ではない劇的な変化が起こったことで、売上げにも変化が現れました。

「デジタルドルフインズ」やiPad導入前と比べて、スタッフ数は変わっていないのに、顧問先は1・6倍に増加。まさに「紙を出さない働き方」を習慣化した成果だといえます。

「なに?どこ?検索」や「労務de3S」などのユニークな取り組み

同事務所では、「デジタルドルフインズ」のユニークな使い方もしています。それが「なに?どこ?検索」です。

たとえば、仕事をしていて「○○の申請の必要資料は何だっけ?」となったとき、普通であればほかのスタッフに聞くところを、「デジタルドルフインズ」に「なに?・紙申請○○」とキーワードを入力すると、その申請をする際に必要な書類の一覧が表示されます。

文房具などの備品のありかを知りたいときには、「どこ?・ホチキスの針」と検索します。すると、瞬時に「どこM」と所在地が表示されます。

事務所内の収納スペースには、すべてアルフアベットの標識が付いています。あとは「M」という標識の付いた棚を探せば、ホチキスの針が見つかるというわけです。

人間の記憶力は万全ではありません。いま欲しい情報を、すぐに思い出せないときもあります。

そんなとき、何とか思い出そうとひとりで考え込んだり、誰かほかの人に聞いて教えてもらうのもいいのですが、どうしても余計な時間がかかります。

いちばん早いのはコンピュータに覚えさせておいて検索することです。そのための仕組みを、仲井さん自身の創意工夫で作ってしまったのです。

「労務de3S」も、同事務所の特徴的な取り組みのひとつです。

これは3Sの考え方を労務管理に応用したもので、仲井さんの事務所が顧客へ提案しているサービスです。

「労務“3S」の例として、・出勤簿を、Web上の勤怠管理システムに移行・残業申請、有給申請もWeb上で。

入力すれば、すぐに上司や総務と情報共有可能・契約書類のデータ化。検索ソフトで権限者に限り見られるようにする。

社労士と総務が同じ社員データをWebで共有・給与明細の配布リスクをなくすWeb給与明細などがあり、「労務de3S」で商標登録もしています。

仲井さんの事務所の取り組みや成果を見るにつけ、私自身「3SでこんなこともできるのかP」という驚きや発見があります。ぜひ、今後も斬新な活動を展開し、「徹底3S」の可能性を示していってほしいと思います。

事例5大阪府一三元ラセン管工業

顧客数増加によって、浮上した問題とは……

三元ラセン管工業は、大阪市城東区に工場を構えるベローズやフレキシブルチューブなどの部品メーカーです。

ベローズとは、日本ではジャバラ(蛇腹)ともいい、設備同士をつなぐ伸縮可能な管のこと。

金属製、布製、樹脂製などがあり、一般的に金属製をベローズ、非金属製をジャバラと呼び分けているようです。

その用途は多様で、伸縮性、バネ性、気密性を利用して一般産業用から真空機器、半導体、化学・医薬関連機器、宇宙関連施設、原子力関連の気体・流体の「気密封止」「漏洩防止」のシール用部材として使われています。

一方、フレキシブルチューブは通称「フレキ」と呼ばれ、柔軟で自由自在に曲げることができる、波付加工されたステンレス製の薄いチューブのことをいいます。

一般家庭では、水道やガス配管、湯沸器などで使われています。同社の強みは「少量生産」「短納期」「特殊素材への対応」です。顧客の希望どおりの寸法や素材で、1個からの注文にも対応しています。

しかも、通常は40日間かかるといわれているベローズの製造を、2週間から20日という短期間で納品してくれるというから驚きです。

聞けば、同社も以前はほかの多くの部品メーカー同様、同じ部品を大量に注文してくる大口客を主な取引先としていたそうです。当時の主力商品は、湯沸器用のフレキでした。

大口相手の経営は、需要の高い特定部品の製造に設備や労働力を効率的に集中できるという面ではメリットがありました。

しかし、その反面、競合他社との厳しい価格競争を勝ち抜くため、単価を低く抑えなければならず、作っても、作っても利益が伸びない悪循環に陥るリスクもあります。

実際、かつての三元ラセン管工業もそんな状態で、経常利益率は1%というかなり低い水準でした。

そこである時期から経営方針を転換し、インターネットを窓口にした少量注文の顧客ヘの直販にターゲットを絞つたクロングテール戦略クを採ることを決めました。

Web、ブログ、ツイッター、フェイスブックなどインターネットメディアを通じた集客を行なうため、同社の高嶋博社長はITを使った経営戦略の勉強会にも通われたそうです。

また、顧客からの多様な要望に対応し、高品質の製品を幅広く製造するには、職人たちの技術力の向上は不可欠であり、人材の育成にもかなり力を注ぎました。

その過程で、いま同社の主力となっている薄肉(0。1皿から)。多層(1〜4層)ベローズを製作する技術力も蓄積されていったのです。その戦略転換はみごとに当たりました。

顧客の希望どおりの特注ベローズをそのつど製作するということは、いい換えれば「いま、世の中に存在しない部品を作る」ということです。

そんな困難なミッションを高い技術力で実現していく三元ラセン管工業には、全国の企業、大学、研究機関などから多くの注文が入るようになったのです。ただ、顧客数が増加していくにつれて、別の問題が浮上してきました。

ひとつの部品を製作するには、図面、計算書、受注書など複数の書類が必要となります。顧客数が増えれば増えるほど、関係する書類の量もどんどん増えていきます。ロングテール戦略を採ったことで、保管する書類の量は日に日に膨大なものとなっていきました。

膨大な紙の書類を、データ化で整理o整頓

書類の増大は、仕事のリードタイムにも明らかな悪影響を及ぼしました。

たとえば、過去に取引のあった顧客から「以前、作ってもらった、あの部品を追加で注文したい」というリピート注文があった場合、いったん電話を切って、過去の書類を保管している倉庫まで行き、関連する図面などを探し出し、吟味する……というプロセスに短くとも30分、長いときには3時間ほどの時間を費やしていたそうです。

そうなると問い合わせのあった顧客を待たせることになりますし、製作作業に取りかかるまでに無駄な時間がかかってしまい、「高品質の製品を短期間で納品できる」という高い技術力によって実現した同社の優位性を損なってしまいます。

そこで取り組んだのが、「情報の3S」です。すべての書類をデジタルデータ化し、「デジタルドルフインズ」で管理。それぞれの書類には、部品ごとに共通する図面番号をタグ付けしました。

顧客からリピート注文の問い合わせがあったときには、パソコンで「デジタルドルフィンズ」を起動させて、顧客名と図面番号で検索。

すると、部品図面、計算書、受注控えなど関連する図面や文書が瞬時に一覧化されます。

おかげで、必要な書類を探すためにいちいち受話器を置いて倉庫に行く必要がなくなり、自分のデスクに座ったまま電話を切ることなく対応できるようになり、顧客対応のスピードが大幅に短縮されたのです。

また、「情報の3S」はもうひとつ別の恩恵をもたらしました。それは類似設計による設計スピードの迅速化です。

新規でベローズやフレキの特別注文があった場合、以前であれば一から設計して、見積もりを出し、注文確定後に製作をする……という手順で作業をしていました。

それが「情報の3S」を実施したおかげで、新規注文の「材質」「直径」などの仕様情報をもとに「デジタルドルフインズ」で検索すると、過去の類似設計の図面や文書が直ちに出てきて、新規設計の参考にできるようになったのです。

その結果、紙の書類で管理していたころに比べて、設計スピードは約4倍になりました。「情報の3S」によってもたらされた「顧客への対応」と「新規設計」の迅速化によって、同社のキャパシティは拡大し、顧客数は年々増加。

ロングテール戦略を採る前は100社だった取引先数は右肩上がりで伸びていき、500社になり、800社になり、ついには1200社を超えるようになりました。

経常利益率も18%という驚くべき数字を出しています。さらに、これだけ取引先が増えているにもかかわらず、書類探しなどに費やす無駄な時間がなくなり、以前はそれぞれの社員が月40時間くらいの残業をしなければ追いつかなかったのが、現在ではまったく残業をしなくても仕事がきっちりと回っているそうです。

「情報の3S」は、仕事の効率化のみならず、働く環境をも変えてしまったのです。

事例6大阪府一アキツエ業

「情報の3S」で、書類探し時間が数分から数秒に。ベーパーレス化も進み、壁一面の書類棚がなくなった―

壁一面の書類棚を何とかしたい

「情報の3S」によつて劇的に変わった会社をもう一社ご紹介しましよう。アキツエ業(大阪市福島区)は、トロフィー、カップ、楯、メダルなど、アワード(表彰)関連商品の企画・制作・卸売を行なっている会社です。

創業は1966年なので、半世紀の歴史があります。同社の経営のキーワードは「アワード」で、次のような経営理念を掲げています。『アワードを通じて全ての人に夢と感動を―』。

アワードを通じて新しい人や環境に出会い己を磨き高めていく。人の役に立ち喜ばれ感謝される仕事をする・物心両面で豊かになるそうした経営理念の下、既製品だけではなく、特注品やオーダー品にも対応。

イージーオーダーでは、従来は注文から納品まで約2、3週間の期間が必要だったのを、受注後7営業日で納品するという驚くべきスピード対応を実現しています。

また、著名なデザイナーとコラボレーションをして、世界にひとつだけのアワード商品を企画しているのも、他社との大きな違いになります。

同社は、もともと5S活動(5Sとは、3Sに「清潔」「躾」を加えたもの)に取り組んでいて、枚岡合金工具の工場見学にもいらしていただきました。

工場見学がご縁となり、私がアキツエ業にうかがって、社員向けの3S講演会をさせていただいたこともあります。

独自に5S活動を進める中で、同社の大きな課題としてあったのが書類の整理・整頓でした。アキツエ業では、顧客の注文内容を紙ベースで一件ずつ保存していました。

その量は約10年分で、オフィスの壁一面が書類棚(高さ180m×幅90Cmの書類棚が計7個)で埋め尽くされていました。

もちろん5S活動を通じてモノの整理・整頓には取り組まれていたので、地区や顧客名で分類するなどの工夫はされていましたが、量が量だけにリピート注文や新しい注文が来るたびに履歴や事例を過去の膨大な書類の中から探さなければならず、大変な苦労をされていたそうです。

「膨大な書類を何とかデジタル化できないだろうか」そう考えていたとき、たまたまわが社の「デジタルドルフインズ」のことを知り、2009年に導入していただきました。

「情報の3S」が「場所の3S」に

紙の書類で顧客の注文情報を管理していたときは、必要な書類を探すのに、席を立ち、棚まで歩いていって、該当するバインダーを探して席まで持ってくる、という手順で動いていました。そのため、書類を探すのに早くても10分から20分はかかっていたそうです。

それが「デジタルドルフインズ」を導入することによって、自分の席にいながらパソコンで必要な書類データを探すことができるようになりました。

しかも、検索キーワードを入力すれば、該当するデータが一覧で画面上に表示されるので、書類探しにかかる時間が劇的に短縮。数秒から数分で必要な情報にたどり着けるようになったのです。

アキツエ業のすばらしいところは、現状に満足せずに「もっと早く検索できないか」と考えて、定期的にキーワードの見直しを行なっている点です。

担当者の方のお話によると、「インプットの時点で検索時のキーワードを意識している」そうです。

そうしたキーワードの見直しも、検索のスピードや精度の向上につながっているといいます。「情報の3S」の恩恵は、書類探しの時間短縮だけではありません。

書類データを「デジタルドルフインズ」に登録する際、キーワードがルール化されているので、担当者以外の人でも同じルールで書類を探せるようになり、担当者が不在のときでも顧客からの問い合わせに対応できるようになりました。

また、膨大な書類を電子化したことで、壁一面にあった7つの書類棚が不要になり、オフィスが広くなりました。「情報の3S」が「場所の3S」にもなったのです。

事例7奈良県一ヒガシモトキカイ

ひとり1台のiPadで、年間58万円の経費と600時間以上の無駄な時間を削減!

ひとり1台iPadを配備し、現場は完全ベーパーレス化

次にご紹介するヒガシモトキカイも、「デジタルドルフインズ」を活用して、「情報の3S」を実践した会社のひとつです。

同社は、「デジタルドルフインズ」の開発者である私の想像をはるかに超えた活用法を実現してくれました。

そのみごとな成果に、うれしさを通り越して、わが枚岡合金工具がそこまでできていないことに悔しさを覚えるほどです。

ヒガシモトキカイは、奈良県山辺郡に本社を置く機械メーカーです。

作っているのは、ハム・ソーセージ・ベーコンなどを製造する食品加工機械で、ニッポンハムや伊藤ハムなどの大手食品メーカーを主な取引先としています。

同社の工場は、もともと管理が行き届いており、場所やモノの整理・整頓は十分にできていました。ただ、やはり設計図面の保管や取り扱いに課題を抱えていました。

紙の図面はAOサイズやAlサイズという大きなもので、それがステールの引き出しの中に収納されていました。

使用するときには、引き出し内の図面を一枚一枚めくって必要なものを探して、まずはコピーをとって、原本は引き出しに戻し、コピーを製造現場に回すという工程で行なっていました。

製品図面のコピーが大量にあつてファイリング作業に膨大な時間がかかっていたため、事務スタッフは残業することも多かったそうです。

計算してみたところ、その工程によつて次のようなコストや時間がかかっていたことがわかりました。

1紙図面のコピー代年間約58万円内訳……(用紙代0。16円+印刷代4・5円)×10400枚×12か月=58万1568円2紙図面のコピー作業とファイリングの時間年間428時間内訳……コピー・パンチー0400枚×3秒×12か月Hl04時間製本・表紙作成27冊×30分×12か月=162時間現場を回って紙図面を修正27冊×30分×12か月Hl62時間

3書類探しの時間年間220時間内訳……紙での書類探し10分×5回×22日×12か月=220時間こうした作業の無駄を省くことが、情報の3Sの目的でした。

同社が画期的だったのは、製造現場でひとり1台iPadを配備し、紙図面のコピーを完全に廃上したことです。

「デジタルドルフィンズ」とともに導入したiPadは合計30台。

当然、初期コストはかかりましたが、この大胆な取り組みによって、同社の仕事の流れは劇的に変わりました。すべての図面は、デジタルデータとして管理。

工場での作業に必要な図面データは、「デジタルドルフインズ」を通じて各工程のスタッフが持つiPadへ直接配信して、現場のスタッフたちは手元のiPadで図面データを見ながら作業をするようになりました。図面の電子化が特に効果を発揮したのは、図面を更新したときです。

設計担当者が図面を修正して、その修正が承認されると、すぐに最新図面のアドレスが全員のiPadにメールで通知されます。

そのアドレスを開けば、現場の誰もが即座に最新図面を確認して作業ができるようになったのです。これで書類探しの無駄、図面コピーの無駄、人の移動の無駄がなくなりました。

紙図面のコピー代年間約58万円はゼロに、年間428時間かかっていた紙図面のコピー作業とファイリングの時間もゼロになりました。

書類探しの時間は、「デジタルドルフインズ」での検索を一件1分として、年間220時間から22時間まで短縮されました。

枚岡合金工具でも図面書類の電子化は行なっていますが、さすがに工場内ではコピーをとって回しています。

最終的には、図面をスキャニングしてデジタルデータとして保存し、紙はシユレツダーにかけて処分していますが、完全なペーパーレスとはいえない状態です。

しかし、ヒガシモトキカイでは、ひとり1台のiPadを配備することで、製作現場に回す図面さえもデジタルデータにして、完全ペーパーレス化を実現しました。

同じモノづくりの仕事に携わる人間として、この成果は驚くべきことだと思っています。

QRコードを使い、正確な入力と時間短縮を実現

ヒガシモトキカイの「情報の3S」がすごいのは、書類を「デジタルドルフィンズ」に登録する際の無駄にも気づき、その改善策を編み出したことです。

通常であれば、「デジタルドルフィンズ」に書類を保存する際には、検索キーワードとなる書類名、商品名、顧客名、品番などをキーボードで手入力する必要があります。

もし文字入力の手間を省きたければ、オプションとして自動文字認識&自動登録機能を搭載しており、これを利用すればスキャンした紙の書類から書類名、顧客名、品番などの文字を自動的に読み取って登録することも可能でした。

ただ、自動文字認識といっても完璧ではなく、「0(数字のゼロ)」と「0(アルファベットのオー)」、「1(数字のイチ)」と「l(アルフアベット小文字のエル)」を誤認識することはありました。

キーワードの誤入力は、検索しても引っ掛からなくなる危険性が出てきて、非常に大きな問題でした。

ヒガシモトキカイとしては、文字入力の手間を省きたいが、入カミス(誤認識)も避けたいという要望がありました。

そこで先方が提案をしてきたのが、QRコードによる登録です。

「デジタルドルフィンズ」でのQRコードの読み取りには別途開発をしなければなりませんでしたが、できあがったシステムでは書類の登録と同時にQRコードを読み取って、自動的に商品名、顧客名、発注番号などが入力されるという極めて便利なものになりました。

結果、「入力に要する時間短縮」と「正確な入力」というふたつのことを両立させることができたのです。

ヒガシモトキカイが、ひとり1台のiPadの配備やQRコードによる情報入力など、他社では行なつていない(ましてや、「デジタルドルフインズ」を開発したわが社でもできていない)斬新な取り組みができたのは、ひとえに同社にIT化を推進する強烈なリーダーがいたからだと思います。

先進的な事例からは多くのことを学べます。わが社でも、ヒガシモトキカイの取り組みを知り、いまでは「IT化をもっと推進していこう」という動きが起こりつつあります。

つまリヒガシモトキカイは、読者のみなさんだけではなく、わが社にとっても「よき手本」となっているのです。

事例8鳥取県一松田安鐵工所

「徹底3S」で培った「やればできる」という自信がB2Cの新規事業に挑戦する原動力に

グループ活動なら、きつと続けられる!

松田安鐵工所(鳥取市南栄町)は、鋳造から機械加工までの一貫生産を手がける会社です。従業員数は19名。創業は1897年(明治30年)で、120年もの歴史があります。

鋳造業という仕事柄、3S活動に取り組む以前、同社を悩ませていたのはカーボンの粉と砂でした。

カーボンの粉はキューポラ(溶解炉)で燃料のコークス(炭素を主成分とした固体)を燃やしたときに排出されるもので、砂は鋳造の過程で大量に使用します。

それらの粉塵が、床・壁。天丼などの建物内部や使われていない鋳物の木型など、鋳物工場内のいたるところに堆積していたのです。

さらに、その鋳物工場を歩いた靴でほかの場所を歩けば、当然、靴底に付着した粉塵が広がっていきます。鋳物部門とは別の機械加工部門でも、通路を中心に工場全体が粉塵で薄汚れ、日々使用している機械はまだしも、使用しなくなった機械の上には大量のホコリや粉塵が降り積もっていました。

道具の管理も徹底されておらず、使用した工具は″ちょい置きク状態で、鋳物づくりの生命線である木型もホコリが降り積もった棚に整頓されずに置かれたままでした。

また、120年もの歴史があるため、現在では使われていない記念物のような機械が何台もあり、工場内のスペースを無駄に占有していました。

一事が万事、このように管理が行き届いてない状況でしたから、世の中が不景気になるとその影響をもろに受けます。

リーマンショツク後の2009年、同社の売上げはピーク時の3分の1まで落ちてしまいました。

2010年には鳥取県の支援を受けて、生き残りをかけて5S活動に取り組みます。

しかし、幹部社員が机上で学ぶのみで、いざ現場で実践しようと意気込んでも、何から手をつけたらいいのか、どのような手順で進めれば効率的なのかまったくわからず、その場しのぎの片づけ以上のことはできませんでした。

「なぜ実践できないのか?」と検討しても、「お金がない」「時間がない」「優秀な人材がいない」など、できない理由を並べるばかり。

結局、工場内の場当たり的な掃除をしては、仕事が忙しくなると5S活動を後回しにして元の木阿弥になるということを繰り返すばかりで、改善はほとんど前進しませんでした。

福嶋明子常務(現在の同社の3S活動の推進役)は当時、「このままではダメだ」と思いながらも「自社の力だけではどうにもならない」と諦めかけていたそうです。

私が、松田安鐵工所の3S活動をお手伝いするきっかけとなったのは、2013年7月にある大手企業の主催で開催された3S講演会でした。

講演会には、主催大手企業の社員の方だけではなく、協力会社の社員の方々も参加、およそ300人が集まりました。その中に福嶋常務をはじめ、松田安鐵工所の社員の方々もいらつしゃつたのです。

同年H月には、鳥取県戦略産業雇用創造プロジェクトの基調講演で鳥取を訪れた際、福嶋常務から「近くですから、ぜひわが社にいらしてください」とお誘いいただき、はじめて同社の工場にうかがいました。

そこで目にしたのが、冒頭で述べた整理・整頓・清掃ができていない工場の様子でした。工場内を見させていただいたあと、私はこうアドバイスをしました。

「まずは赤札大作戦でモノの整理をして、要らないモノは思い切って廃棄してください。そして廃棄をするときには、ぜひモノたちに感謝と労いの言葉をかけてあげてください」

のちにお聞きした話によると、福嶋常務の中にも「わざわざ古芝会長に足を運んでいただいたこの機会を逃したら、自分たちの会社が変われるチャンスは三度とない」という危機感があったそうです。

翌12月には、主催大手企業の協力会社による3S活動のグループ研究会として「広島三原3Sネットワーク」設立の話が持ち上がり、松田安鐵工所にも参加の打診がありました。

「グループ活動ならば、わが社でも3S活動を継続できるのではないか」そう考えた福嶋常務は、すぐに参加を決めました。

3Sは、社内の人間にとどまらず、社外の人間の心も動かす

活動1年目は、不要品の撤去と床の塗装に明け暮れました。不要な設備類の処分に関して、障壁となったのは松田安正社長と同社で長年働く70代のベテラン社員でした。

当初、福嶋常務は、父である松田社長と毎日のように「捨てる、捨てない」で喧嘩し、やっと社長が納得してくれたと思ったら、今度はベテラン社員の許可が下りない……ということを繰り返していました。

しかし、3か月後には3Sネットワークの月例会を松田安鐵工所で実施することが決まっており、そこで月例会に向けて「嫌われようが、陰口を叩かれようが構わない―」と覚悟を決めて、やるべきことを定めて、協力してくれる社員たちと活動を進めていきました。

また、毎朝10分間の清掃にも取り組むようになりました。

清掃活動を始める前には、社内に「毎朝10分の時間を取られることで生産効率が落ちるのではないか」という懸念の声もありましたが、いざやってみると効率が落ちるどころか、これまで以上に生産効率が上がっていきました。

そして、ひと月を過ぎるころには、従業員から「トイレ掃除も全員が毎日交代で行なったほうがいいのではないか」などの改善提案が出るようになり、掃除マニュアルと当番表を作りました。

「鋳物の加工工場は汚いのが当たり前」という意識から「きれいで快適な職場のほうが気持ちも明るくなり、仕事もはかどる」という意識に変わっていったことがうかがえます。

1年目の活動で廃棄した不要物の量はおよそ23トン。その中には、先述した記念物化していた大型機械9台も含まれていました。整理して空いたスペースには、念願だった新たな機械を3台導入しました。

導入できたのは、思い切って工場内を整理・整頓・清掃したことで設置するスペースができたことはもちろん、改善が進む同社の姿に対して県や金融機関の担当者が好感をもって評価してくれて、県の経営革新設備投資支援補助金の獲得やメインバンクの支援につながったからです。

「3S活動は、社内の人間にとどまらず、社外の人間の心も動かす活動であることを実感しました」(福嶋常務)思うように進展しない活動に苦悩する日々が長かったからこそ、1年目に大きな成果が出たことで、松田安鐵工所の社員たちはたしかな手応えをつかんだそうです。

そして、社内の雰囲気が決定的に変わるきっかけとなったのが、工場長の態度の変化でした。工場長は社長の実弟で、旋盤加工においては神様のような存在だったといいます。

昔ながらの腕のいい頑固な職人で、自分の仕事に自信と誇りを持っていたからこそ、「自分が長年培ってきたやり方を変えるつもりはない」と3S活動に対して無関心・非協力的な姿勢を貫いていたのです。

しかし、活動が2年目に入ったころ、「例外は認めない」という方針のもと、福嶋常務を中心とする3S推進派の社員たちで、工場長の作業工具台や棚の整理・整頓に着手したのです。

当然、工場長からは「勝手なことをするな―」と大声でお叱りを受けました。

しかし、福嶋常務たちも1年目の活動を通じて3Sの効果がわかっていましたから、「ここで改善をやめてしまっては、工場長のためにもならない」と強引に新たな台や棚を製作して設置しました。

実際、新しい台や棚ができると、その使い勝手のよさや見栄えのよさに工場長も満足して、「だつたら、ここはこう変えたほうがいいんじゃないか」「測定器の台を考えたから、作ってほしい」と長年の経験からさまざまなアイデアを出し、積極的に3S活動に参加してくれるようになったそうです。

枚岡合金工具にもベテランの職人がいましたのでわかりますが、彼らはその道のプロですから、よいものをよいと認める見識は持っています。

ただ、自分よりも経験のない者に指摘されて、長年のやり方をすぐに方向転換するのが照れくさいだけなのです。

現場の中心的な存在だった工場長が3S活動の必要性と効果に共感し、その意識と行動が変わったことで、松田安鐵工所の雰囲気はガラリと変わりました。全社員の目指す方向が一致し、全社を挙げての改革へと邁進していくようになったのです。

成果は、数字にもはっきりと表れてくるようになりました。製品の品質面を見ると、鋳物の内部不良率が4%から0・65%に減少。

不良品が減ったことで材料費、工具費の原価比率を3%下げることができて、コストダウンも実現。納期の遵守率も30%向上しました。

広島三原3Sネットワークの毎月の例会に出席するために県外に出かけて、他社の現場を見学させてもらうことも、松田安鐵工所の社員たちに大いに刺激になったようです。

他社の成功事例から自社の問題解決のためのヒントをもらい、改善のスピードはどんどん速くなつています。

また、例会ではその月の活動状況を会社ごとにプレゼンするのですが、大勢の人の前で自社の活動の成果を発表する経験を通じて、社員たちの自信が育まれると同時にコミュニケーションカも向上していきました。

新規事業への挑戦を決意

3S活動後の松田安鐵工所を語るうえで外せないのは、2014年末ごろから鳥取県の支援のもとで取り組みはじめたB2C(ωc∽〓①∽∽一o08〓ヨ①じの新規事業のことです。

これまで同社は、企業から発注を受けた鋳物製品を製造・納品するB2B(“匡∽ヨ①∽∽一oω匡∽Fの∽∽)の事業のみを行なってきました。

そのため、B2C事業への参入は同社の歴史を振り返ってみても、かなり画期的なチヤレンジだつたといえます。

そして、話を聞くと、その背後にも3S活動の影響があつたようなのです。

そもそものきっかけは、2014年末に鳥取県の担当者が来社して、「県内企業のB2C市場への展開をサポートするプロジェクトヘ参加してほしい」と松田安鐵工所に打診してきたことでした。

福嶋常務もその場に同席していましたが、担当者の話を聞いて、「これは手間のかかる仕事になりそうだし、社長もきっと断るだろう」と思ったそうです。

松田社長は元来慎重派で、あまり新しいことには積極的に手を出さない性格だったからです。

ところが、福嶋常務の予想に反して、県担当者から熱心に口説かれた松田社長は「そこまでおっしゃるなら、やりましょう―」とプロジェクトヘの参加を決めたのです。

このエピソードを聞いたとき、私は「3S活動を通じて、松田社長の心も磨かれていたのだ」と感動しました。

きっと3S活動以前の松田社長であれば、福嶋常務が想像したように、新しい取り組みに対する不安からすぐに断つていたはずです。

しかし、およそ1年間の3S活動の実践とその成果を通じて、変化に対する恐怖心がなくなり、「自分たちもやればできる」という自信が身についていたのでしょう。

これこそ、まさに「心の3S」の成果です。それからの1年間は毎日が戦いでした。

日々の業務と3S活動だけでも大変なのに、そこにデザイナーとコラボレーションした自社製品開発のための折衝や試作が加わり、目が回るような忙しさだったようです。

しかし、松田安鐵工所の社員たちはその困難を乗り越えて、3種のコンシューマ向けの新製品(盆景トレイ、香炉、茶香炉)の開発をみごとに成し遂げたのです。

福嶋常務によれば、今後さらに「やればできる」という機運を盛り上げて、全社員が快適に働ける環境づくりを推進していくつもりだそうです。

そして近い将来、地元企業とも互いに切磋琢磨していけるような新たな取組みも模索していきたいと考えているようです。

事例9大阪府一山田製作所

売上げ95%ダウンのどん底からみごとに復活!17年間、わが社と切磋琢磨してきた「よき仲間

延べ30日間かけて行なった「工場丸洗い」

最後にご紹介するのは、枚岡合金工具とともに「大阪リエンジニアリング研究会」を立ち上げ、今日までの17年間、ともに切磋琢磨してきた山田製作所(大東市新田中町)です。

同社は、産業用の金属加工製品を作っている会社です。製品は、大型製造装置(生産可能最大寸法は、長さ4・5m×幅15m×高さ4m、最大重量は5トンだそうです)から小型の金属部品までさまざまで、主要なものとして産業用乾燥機、医薬品製造装置、化粧品製造装置などがあります。

そのほとんどが一個ロットで、多くても数十個程度。設計開発、板金加工、製缶加工、機械加工、組付調整、搬入据付まで一貫工程ができることも、同社の強みとなっています。

90年代後半、山田製作所もわが社と同じようにバブル崩壊のあおりを受けて、厳しい経営を強いられていました。

経営悪化の状況はわが社よりも深刻で、平均で月1500万円ほどあった売上げは、1999年1月には95%ダウンの月79万円まで落ち込んだそうです。

「何とかしなければ―」と新規開拓営業に奔走したものの、当時は他社との差別化を図れるような強みがなかったため顧客を増やすこともできず、打開策を見つけられずにいました。

そんな中、3S活動に出会い、6社で立ち上げた「大阪リエンジエアリング研究会」を通じて3S活動に取り組みはじめました。

山田製作所の3S活動も、まずは工場内の整理(不用品の廃棄)から着手し、その後モノや場所の整頓や清掃を徹底していきました。中でも圧巻だったのが、99年に実施した「工場丸洗い」です。

全社員総出で、工場内の床、壁、天丼の清掃とペンキ塗りを行なったのです。

天丼の高さは7・5メートルもあったので、ローリングタワー(移動式足場)を組み、作業をする社員はツナギの作業服を着て、安全対策とホコリ対策のためにヘルメット、ゴーグル、防塵マスク、安全ベルトを装備。

最初、エアで天丼に溜まっていたホコリを吹き飛ばしたときには、工場内がまるで煙幕を焚いたように真っ黒になり、2メートル先さえ見えなくなってしまったそうです。

また、錆だらけの天丼を白いペンキで塗つた際には、天丼からポタポタ落ちてくるペンキで、作業の終盤には青いツナギが真っ白に。天丼以外も、柱は青、クレーンのレールは赤に塗装。

床にもペンキを塗って、作業スペースと安全通路を色分けしました。結局、作業に要したのは延べ30日間。

その間、本業の仕事は完全に止めていたそうで、そのことからも、この「工場丸洗い」にかけた山田製作所の覚悟のほどがうかがえます。

3S活動の継続・発展には「仲間」の存在が不可欠

後日、山田製作所で行なわれた「大阪リエンジエアリング研究会」の月例勉強会に参加したわが社の社員からの報告に衝撃を受けました。

そして、「自分たちも負けてはいられない―」と心に火がつき、すぐにわが社の社員たちに「天丼の清掃作業をしよう」と提案し、自社の3S活動計画に組み込みました。

山田製作所の「工場丸洗い」があったからこそ、わが社でも天丼の清掃作業をやろうという機運が高まったのです。山田製作所の事例でお伝えしたいポイントも、まさにここにあります。

第7章の「これでカンペキー・『徹底3S』9つのルール」の中でも挙げていますが、3S活動を継続・発展させていくには、志を同じくする仲間の存在が不可欠です。

ともに競い合い、意見を言い合い、評価をし合う仲間がいるからこそ、「負けたくない」というライバル心も芽生えるし、3S活動への熱意やモチベーションも高まるのです。

振り返れば、わが社にとって山田製作所は本当に「よき仲間」「よき手本」でした。山田製作所から影響を受けて取り組んだことは、天丼清掃作業以外にもたくさんあります。

また、山田製作所にとってのわが社も同じような存在だったと思います。

「大阪リエンジニアリング研究会」で互いの3S活動の様子を見聞きして、意見を交わし、いい意味で相手をライバル視して競い合ったことで、枚岡合金工具も山田製作所もいまがあると思っています。

「情報の3S」の核となる「デジタルドルフインズ」の開発も、山田製作所の存在なしには語れません。

「デジタルドルフインズ」の原型は、もともとわが社で使っていた文書管理システムで、松下電器産業が工場見学にいらしたときに「このシステムを世に出したら、多くの企業の役に立つのではないか」という一言をいただいたことをきつかけに、商品化に動き出したことは、すでにお話ししたとおりです。

実はこのとき、金型製作の工程管理のためのバーコードシステムもお褒めいただいて、わが社では当初こちらのバーコードを使った生産管理システムを商品化しようと考えて、営業に回っていました。

その中に山田製作所もありました。

私としては、ともに3S活動に取り組む同志のよしみで採用してくれるのではないかという甘い考えが少なからずありましたが、山田茂社長から「いくら古芝さんの頼みでも、うちの業態に合わないから使えない」ときっぱりと断られました。

そのとき、はじめて目が覚める思いがして、もう一度原点に立ち返って、「世の中の会社に本当に役に立つシステムは何か」と考えを整理し直して開発したのが、文書管理システムを発展させた「デジタルドルフインズ」だつたのです。

その後、山田製作所でも「デジタルドルフインズ」を導入していただき、「情報の3S」に取り組むようになりました。

主に図面や見積書など顧客とのやりとりの書類、名刺などを「デジタルドルフィンズ」に登録しているそうです。

「情報の3S」に関しては、枚岡合金工具が編み出したノウハウを活用していただいているわけです。

仲間がいれば相乗効果が生まれ、3S活動が促進して、より大きな成果が出せるようになります。そのことは、わが社と山田製作所の17年間が証明していると自負しています。

リーマンショックにも負けない強靭な企業体質に

話は前後しますが、山田製作所では「工場丸洗い」のあとも着実に3S活動を続け、工具や消耗品の整頓のために「共有工具管理ボード」や「消耗品管理ボード」を作成したり、事務所の引き出しの整頓(形跡管理)や毎朝10分間の掃除などを行なってきました。

工場にエアコンを導入した際には、電気代が一時100万円も上がってしまったため、すぐに全社員で「工場断熱プロジェクト」(工場の壁や天丼に断熱材を入れる)に取り組みましたc「良い現場は、最高のセールスマン」「守る事を決めて、決めた事を守る」「人が変わる、そして会社が変わる」というスローガンで3S活動に取り組み続けた結果、1999年の年間売上げはおよそ1億円まで持ち直し、9年後の2008年には3億円を超えるまでに成長しました。

その後、リーマンショツクで再び1億円台まで落ちこんでしまいますが、その翌年からすぐに盛り返し、2015年の売上げは2億円超となっています。

売上げの推移を見るかぎり、山田製作所は単に売上げが上がっているだけではなく、企業体質が高収益企業のそれに変わっていることがわかります。

毎年一泊二日の方針策定会議を行なっていて、2016年の会議では社員たち自らが目指すべき理想の社員(仲間)像を話し合つたそうです。

そこで決まったのが「自分に責任を持ち、共に尊重し合える仲間」という理念です。この理念の策定には、山田社長をはじめ、幹部は一切口を出さなかったと聞いています。

つまり、社員たちが自分たちのあるべき姿を自ら定めたもので、それは半世紀以上の同社の歴史の中ではじめてのことでした。

会社の成長とは、すなわち人(社員)の成長です。この方針策定会議の話を聞いたとき、3S活動が土台となり、山田製作所の社員たちがさらに成長していることを実感しました。

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