❶先代社長のカリスマは引き継げないから……
ここまで読まれて皆さん、私が人事給与制度を否定しているような印象を持ってしまったかもしれません。
しかし、私が一石を投じたいのは、あたかも「これが正解だ」とされている「一般的な人事給与制度のフォーマット」、つまり、以下の手段が目的化してしまうようなケースなのです。
①できるだけ客観的に過去半期、または1年の成果を測ろうとする。
②成果に連動した給与制度でやる気を上げようとする。
一方で、後継社長が先代社長のやり方をそのまま踏襲するのは、難しいことです。何か反論しようものなら〝その10倍返しで説教をする〟ような、迫力でねじ伏せるような対応はできません。
また、わかったようでわからないような煙に巻く対応は、後継社長にはできないのです。そうなれば、後継社長には独自に社員を納得させる、説明する理屈理論が必要となります。
後継社長は落下傘のようにオヤジの会社に舞い降りてきた人です。自分より年上の社員、先代に仕えていて影響力のある番頭さん、組織に少なからず影響のあるお局さん……このような人たちの協力なくして経営は成り立たないことを思い知らされます。
周囲の目は極めて厳しいもので、そのストレスやプレッシャーは大変なのです。したがって、関係各方面の意見を聞き、物事を進める民主的・調整的なリーダーシップを取らざるをえないのです。
ここで、既に述べた「一般的な人事給与制度のフォーマット」と「先代社長の鉛筆ナメナメ方式」の中間の制度を導入する必要があるのです。制度といっても難しいものではありません。中小企業が人事給与制度をつくるうえでの必要最小限のポイントを説明していきます。
❷後継社長の人事給与制度5つのポイント
ここから説明するのは、人事給与制度の正解ではありません。「中小企業ならこの考え方をベースに自社でアレンジして実践すればいい」というものです。
「こんなものは人事給与制度でも何でもない!」とお叱りを受けるかもしれませんが、私はこの20年間の自身の失敗経験や中小企業の悪戦苦闘ぶりから、まずここから歩みをはじめるのが良いと確信しているのです。
〈後継社長の人事給与制度5つのポイント〉
- その❶給与相場を研究し、まず自社のB(標準)給与モデルを描こう
- その❷「ABC」評価は〝原則〟非公開としよう
- その❸面談制度には徹底的にこだわろう
- その❹社員にはキャリアと給与の見通しを示し、長期的格差はつけよう
- その❺賞与の役割はズバリ年収調整であるひとつずつ説明をしていきます。
その❶給与相場を研究し、まず自社のB(標準)モデルを描く
後継社長が人事給与制度のフォーマットに頼るのは、社長自身そして社員が納得する給与の決め方がわからないからです。先代社長の時代には曖昧で良かったことについて、自分の代では説明のつく給与の決め方をしたいというニーズがあります。私は20年間、社員が納得のいく給与の決め方を研究してきました。
しかし、私の力だけで理屈理論を打ち立てることは困難を極めています。今後も労使が納得するような努力はしていきたいと考えています。
しかし、ここで極論を申し上げます。給与は神様が納得するもの、正しい考え方を持った後継社長自身が納得するものでいい。社長は社員に対して「30万円〝も〟払っている」と考えています。一方、社員は社長に対して「30万円〝は〟当然の額ですよ」または「30万円〝しか〟もらっていない」と考えているものです。
これは人事評価制度で点数と評定をこねくり回し、成果を測定し続けていても永遠に解決することがない問題です。最悪のケースは人事給与制度が「給与を上げない理由を説明する制度」として機能することさえあります。さらに、中小企業と大手企業では賞与などは倍以上違います。
しかし、社員が目にするのは新聞やネットからの一部上場企業・大手企業の給与・賞与の情報ばかりです。社員が納得する金額について上を見たらキリがありません。
したがって、成果評価の客観的な測定や説明について深入りせず、まずはまっとうな後継社長自身の納得からはじめます。つまり、後継社長自身が納得すること、これがどんな筋の通った立派な制度を入れるよりも重要なのです。
ただし、後継社長自身の納得を優先してうまくいくには前提があります。後継社長自身の職業倫理感です。突然ですが、ユダヤ人がなぜ史上最強のビジネスマン(商人)といわれるのかご存知でしょうか。
それは目に見えない神、ビジネスでは「市場の神」に仕えるという概念が、彼らを市場最強の商人に育て上げた所以だと言われています。ユダヤ人は職業、社会・市場倫理に反しないように「内なる神」を育てます。その育てた「内なる神」が、「市場の神」に仕えるという発想を持っているそうです。
この「内なる神」を育てるには武士道、禅問答、哲学、タルムードなどを学ぶことが有効と言われています。読者の皆さんもきっと経験したことがあると思いますが、「誰も見ていないけど、良いことも悪いことも神様は見ているよ」という、あの感覚です。
私たちは「市場の神」には直接、仕えることはできません。間接的に顧客、社員、取引先といった「天使」(「市場の神」からの使い)に仕えることになります。
社員を神からの使いである「天使」と考えます。そうすると、後継社長自身の職業倫理感に照らして、その「天使」の給与を決めていくしかありません。
そこで大切なのは既に述べた「給与の社会性」です。法令遵守はもちろんのこと、ここで強調しておきたいのは、給与水準の世間相場です。
我が社は世間相場以上に払おう、社員の生活を良くしていこうという「内なる神」の心が、「天使」を通じて「市場の神」に仕えることになります。
そのために、たとえば実務的には「B」評価(標準)の社員に、年齢・勤続・評価によってどのように給与を決定していくかどうかなどの、標準的なモデル給与カーブをもっておく必要があります。
このモデル給与カーブが社長の職業倫理を反映した経営の意思なのです。社員に公開するか否かは本質的な問題ではありません。その際に大切なことは独善的にならず、給与統計を調査し、外部の意見を聞いて、給与市場、つまり世間の給与相場を知ることです。
これは後継社長が職業倫理、市場倫理をもとに育てた「内なる神」に従うことを意味します。そして、たとえば「世間の給与相場より10%高い給与を支払える会社になろう」などと決めるのです。
標準がわからないと、いわゆる「A」評価の人、「C」評価の人のモデルカーブがわかりません。もちろん、本書で一貫して主張しているように「ABC」の格差論はあまり重要な意味を持ちません。
まずは「B」評価(標準)のモデル給与カーブを描くことが大切です。これが給与決定の羅針盤として機能します。先代社長の時代は必ずしもこれが明確でなかった会社も多いです。
しかし、この発想がないと、羅針盤のない航海のように、給与決定が場当たり的になります。モデル給与カーブを描くことで多くの問題が解決します。ほとんどの人が「B」評価(標準)なので、大半の給与がこの通り決まるからです。「B」の人に比して、「A」の人の毎年の昇給額はチョイ上です。「C」の人の毎年の昇給額はチョイ下です。
たとえば、「ABCD」の4段階の評定があったとします。どの会社でもみんなからの評価が低い問題社員がいます。このような社員には「D」評価です。つまり、「D評価=昇給なし」と決めておきます。
つまり、「D」評価は人事評価の点数など決めなくとも、みんなの主観で既に決定される評価なのです。その❷「ABC」評価は〝原則〟非公開としよう社員を評価して、何等かの処遇格差をつける作業をするには、やはり「評価記号」が便利です。
その記号として「ABC」「1・2・3」「優良可」などをつけることになります。評価記号は何でも構いません。一般的な人事給与制度のフォーマットは「SABCD」、「5・4・3・2・1」などおおむね5段階以上で、格差をつける傾向があります。
しかし、私は中小企業では相対分布を用いた殊更な格差は要らないと思います。昇給の評価を前提に述べますが、私のイメージは仮に記号をつけるとしたら、社員の評価は4段階です。
たとえば、「ABCD」とします。A……優秀B……良好C……努力D……問題ありそして、原則、全員「B」(良好)でもいいのではないかと思っています。
全員「B」が不都合であるなら、その不都合な人だけ取り出して、「A」(優秀)にし、または「C」(努力)にすればよいのです。理想は、「A」と「B」だけがいて、「C」がやむを得ずいて、「D」はめったにいない、という状態です。
「レッテル効果」という、会社にマイナスの影響を与える現象があります。「C」評価の社員は全社をあげて「C評価社員」と認定されます。おそらくこの「C」評価は当分続きます。「C」評価のレッテルを張られると、その社員は「C」評価の顔つき・「C」評価の言動になっていきます。
レッテルは固定化され、そのレッテルがさらにダメな社員をダメにしていきます。だから、現有勢力で戦わなければならない中小企業は、「C」評価はあまりつけたくないし、「C」評価であることを告知したくもありません。
このようなことを話すと、ある社長から、「先生の考え方は社員に×(バッテン)をつけない制度ですよね」と言われたことがあります。それは違います。仮に社員100人いたら、おおむね1人は「×」の人、つまり問題社員がいます。
この人には「D」(問題あり)の評価を下し、昇給なし(あったとしても極小)、並びに賞与も大幅減とします。ポイントは、この「D」の人というのは誰から見ても「D」評価の人だということです。一般的な人事給与精度のフォーマットなど用いなくても、多くの主観が集まって既に評価が確定している人です。
具体的に言えば、「担当を変えてほしい」と顧客からしばしば出入り禁止を言い渡される営業マン、「アイツとは働きたくない」などと、どの部署からもクレームが出ているような製造担当者などです。このような特別に問題のある人(D評価)には、評価結果を告知するべきだと思います。
しかし、一般的な社員には、あえて「あなたはAだ」とか「あなたはCだ」と告知しなくてもいいと考えています。もっと言えば、社員に「ABC」という記号がついているということも、別に明言しなくても良いのではないでしょうか。
なぜなら、「ABC」は給与を決めるための単なる給与・賞与決定処理上の人事情報にすぎないからです。いわゆる評価のフィードバックについて、処遇を決める評価記号の告知と承認や改善指導などの育成は別に考えたいのです。
つまり、「良いところ」「改善すべきところ」は具体的に評価記号を別にして、面談などで伝えれば良いのです。以上は「一般的な人事給与制度のフォーマット」により、評価結果をエクセル作業や延々と続く評価会議でこねくり回し、時間と労力をムダにするようなことを回避するコツといえます。
その❸面談制度には徹底的にこだわろうはっきり言いますが、「一般的な人事給与制度のフォーマット」を土台にした人事評価面談が有効に機能している会社を見たことがありません。
ABCのランク分けばかりにとらわれていると、意味のあるコミュニケーションができなくなるといっても過言ではありません。組織人事だけでなく、経営上の問題の多くがコミュニケーションのまずさに起因しています。1つは社長、部長、課長から一般社員までのタテのコミュニケーションです。
もう1つは部門間のヨコのコミュニケーションです。経営方針が明確であれば、組織はコミュニケーションにはじまり、コミュニケーションに終わると思います。
ですから、有効なコミュニケーションがとりやすい人事給与制度にしたいのです。そのために、評価結果を通知し、その理由を説明する人事評価面談をテキトーにやり過ごします。
その代わり、「どうやったらもっと良い仕事ができるか」という意味のあるコミュニケーションの機会を増やすようにするのです。この面談についての一般的なやり方は、①人事評価表をオープンにして評価項目ごとに自己評価と上司評価の相違をすり合わせる、②評価結果(ABC)を告知し、そのABCの理由を説明する、③評価の調整会議をしっかり行う、というものです。
ですが、私の主張は以下のようなものです。
①人事評価表は一応あっても良いけれど、評価項目ごとの点数や評価結果(ABC)も特段の理由がなければ非公開にする。
②評価調整会議で点数や「ABC」を何時間もかけてこねくりまわすのではなく、原則「B」評価、例外的に「A」や「C」をつけて、サッサと終わらせる。
③部下がどんな想いで仕事をしているのかを話し合う。
「ABC」や点数をこねくりまわす面談ではなく、以下のコミュニケーションに時間を使ってください。
- 会社・チームの方針についての理解を話し合う。
- どうやったらもっと良い仕事ができるかを上司・部下で話し合う。
- どんなことでモチベーションが上がるか、今の仕事の適性などを話し合う。
- もっと改善できるやり方があるかどうかを話し合う。
- どんな仕事が苦手なのかを話し合う。
- 将来についてどんな風に成長していってほしいか、またしていきたいかを話し合う。
- 会社や上司への要望事項について話し合う。
多くの「一般的な人事評価制度のフォーマット」による、いわゆる「人事評価面談」の影響で、右に記したような本当に大切な対話が失われているのを目の当たりにしてきました。人事給与制度において客観性・公平性は大切です。
しかし、それ以上に大切なのは、上司・部下が腹を割って話し合いができるように、障害を除去し、その機会と能力を与えることなのです。
ですから、「一般的な人事給与制度のフォーマット」に基づく人事評価表を基にした人事評価面談がうまくいっていなければ、その面談をやめてしまうことです。
そのうえで、どのような面談制度にすると社員のパフォーマンスの総和が向上するのかを、よく考えましょう。
その❹社員にはキャリアと給与の見通しを示し、長期的格差はつけよう私はたくさんの会社の経営方針書・経営計画書を見る立場にあります。
そこには経営者の熱い想い、なんとしてでもやり遂げたいビジョン、素晴らしい戦略と実行計画が〝これでもか〟と語られています。
しかし、それに反して社員の処遇の改善の具体的プランは、あまり語られることはありません。この点については、多くの求人の原稿などにも同様のことがいえます。会社が急成長していることや、熱いビジョンは語られています。
しかし、処遇については「応相談」や「月給25万円~」というように、極めて曖昧な記述にとどまっている企業が多々あります。少し極論ですが、経営者というものは「儲かったら配分するよ」「まずは働いてください」と考えてしまいがちです。
儲かるまで、結果が出るまでは、明確には約束できないからです。どうやったら安く人を使えるかということばかりを考えている社長にも会ったことがあります。
しかし、社員を採用し、定着させ、貢献してもらうためにはその曖昧さはダメで、社長の動機が不善であればあるほど、それは社員にすぐにバレてしまいます。
会社の成長発展計画、明確な経営ビジョンを聞かされても、社員からは「社長や会社はハッピーだけど、その結果、自分たちはどうなるの?」、採用候補者からは「素晴らしい理念やビジョンはわかるけど、働く者にとってはブラック企業じゃないの?」と思われるだけだということです。
社員が知りたいのはズバリ、この会社で長く勤めても大丈夫だという「明確な見通し」とその「証拠」です。無名の中小企業は信頼されていないので、特に強く注意しなければなりません。
しかし、できないことを約束するわけにもいきません。ですから、役職・勤続・年齢よるモデル年収、簡単なキャリアパス(昇進昇格の道筋)、多様な働き方の提案をすることなどでもいいと考えています。そして、そのモデル年収は業界平均より1割高以上を目指していることなどを明言することが大切でしょう。
このように、後継社長はできる範囲で社員に見通しを示す努力をします。また、社員の処遇改善について、経営計画の達成と同じ重要度をもって考えていることを伝えるべきなのです。
しかし、ある程度明確に伝えると、「なぁんだ、この会社で頑張ってもその程度しかもらえないの?もう先が見えたな」と言って辞めていく人もいるかもしれません。
また、一部の自分に自信のある社員は、「長期的な評価に我慢できない、すぐに高く評価されないと嫌だ」と言って辞めてしまうかもしれません。社長としたら寂しく、悲しい限りです。
しかし、それは、社長がどんな経営、人事労務政策をとろうが辞めていく人ではないでしょうか。私はそのような人物が転職を重ねて、その都度給与が下がっていく「転職貧乏」になる事態を、少なからず目撃しています。
中小企業では大手企業よりキャリアの道筋が見えにくいという問題があります。大手企業なら、「3年たったら係長になって、5年たったら課長、見込みのある人はこの段階で本社に配属になって……」など、有形無形で皆が知るキャリアパス(昇進昇格の道筋)が明らかです(【図1】)。
中小企業にはそのようキャリアパスはない(見えない)です。年齢分布もバラバラです。若い人にとっては目の前の上司が将来の自分の姿に映ります。その目の前の上司がリーダーとして魅力的であれば問題ありません。
しかし、なかなかそうはいかないようです。
「仕事はできるが部下の面倒は見ない職人気質の人」「社長や専務にはウケがいいが、部下にはサッパリ人望がない人」、挙句の果てに「この会社は出世しても給与低いから考えたほういいよ、と余計なアドバイスをする人」まで現れるようになります。
私は中小企業であっても社員に対して、会社の「給与ポリシー」は明確に示すべきだと考えています。給与ポリシーとは、「どんな社員に、どのように報いていくか、という会社の考え方」のことです。今どきの若い社員は上昇志向ではない、出世してもコスパが合わないと考えがちです。
しかし、幹部を育てていくことなくして企業の存続発展はありません。幹部とは具体的にいえば、製造部長、営業部長、総務部長などです。その下の部長候補である課長も含めてです。
中小企業は幹部の質と量で決まります。その他の社員も精鋭であれば良いのですが、残念ながら、コロコロと入れ替わり、定着がままなりません。だからこそ、中小企業は幹部人材は定着させ、育て上げたいのです。
前述した「1人の100歩より100人の1歩」という話と矛盾するように聞こえるかもしれませんが、そんな経営の前提として社長と想いがひとつの幹部人材の定着・育成が欠かせないのです。中小企業においてのキャリアパスとは、きわめて簡単に言えば、〝2種類の課長〟を理論上つくることではないかと考えています。
つまり、「部下あり課長」と「部下なし課長」です(【図2】)。「部下あり課長」とは「組織の連結ピンとしてチームの業績責任を担う課長」のことです。いわゆる組織の長です。
「部下なし課長」とは「チームの業績に対して高度な専門的技能をもって貢献する課長」です。「部下なし課長は」は「専門職(専門課長、担当課長)」などと呼ばれることがあります。「部下あり課長」とは、部下をもってチームの業績責任を負う「職制上の役割」です。「部下無し課長」は、組織のなかでの「社内ランク」として機能します。
会社としてどちらを評価し、より高く処遇していきたいかは明らかです。それは「部下あり課長」のはずです。この「部下あり課長」しか、部長そして役員にはなれないでしょう。
ですから、会社としては〝コスパが悪い〟という指摘をされないように、ストレスと負荷が大きい「部下あり課長」としてチームの業績を担う人には厚遇すると表明していきたいのです。もちろん、「部下無し課長」も大切な人材です。
私のクライアントで優秀な会社では、勤務年数が20年以上あり、「B」評価(標準)に値する人材であれば、良いか悪いか別にしてみんな「部下なし課長」、またはそれに準ずる人になっています。
また、良い会社ほど課長という身分は与えていない場合でも、一般の中小企業の課長並みの給与を与えていたりします。先代社長による、みんなが気分よくやる気をもって働いてもらうための工夫といえます。人事の専門家から「そんな役職を乱発すべきではない」「コストが上がりすぎる」などと指摘されることがあります。
その懸念をなくすために意識的に「中小企業のキャリアパスモデル」(【図3】)のような区分をしておく必要があります。つまり、乱発されたその役職は単なる「社内ランク」にすぎないということを明確にします。
たとえば、等級制度で資格5等級の人がたくさんいても社内が混乱しないのと同様です。ですから、ひとつの課に課長が2人いるような場合もあるわけです。
もちろん、この役割区分や指揮命令系統が曖昧になっているのであれば、直ちに職制と社内ランクをしっかり区分して、組織構造を見直す必要があります。ですが、中小企業の場合、この点があまり問題となることはありません。
「彼は、仕事はソコソコできるけど、部下はサッパリ使えない係長だ」などと、しっかりと認定されています。この人物の下に部下をつけるとみんな退職するので部下がつくことはありません。そして、このベテラン係長の上司として、若手の「部下あり課長」が登用されることも一般的です。
ベテラン係長にも気分よく働いてもらわないと、この若手のホープが大変苦労するのです。この区分(2種類の課長コース)にはとても大きな意味があります。その理由は2つあります。
1つは部下をもってチームを率いる管理職にならなくても、この会社でやっていけるのだという「見通し」を示せることです。また、ポストというのは1つしかありませんから、ポストがなくてもモチベーションを保って気分よくやってもらうための「見通し」「居場所」ができることです。
もう1つは、「部下なし課長」を単なる〝名ばかり課長〟として処遇するのではなく、明確に期待成果を要求するきっかけを与えることです。高度専門職としての期待成果、役割責任です。ここは曖昧になりがちですが、会社としてしっかりと具体的に要求していくべき点です。
問題はそれぞれの課長の処遇ですが、それは会社の支払い能力や役割責任、創り出す付加価値により、その「課長手当」の額を決めることになります。
また、「部下あり課長」には「部下手当」などを加算している会社も多いです。このようにして毎年の評価格差よりも、長期的な昇進昇格で格差をつけていくということになります。もちろん、いわゆる標準的な人より下の評価の人は、勤務年数を重ねても主任止まり、またはヒラ止まりです。
キャリアパスに対応した具体的に職位・勤続・年齢でモデル年収(目安)などを明示してあげるのも極めて望ましい対応といえます。
その❺賞与の役割はズバリ年収調整弁であるそもそも賞与とは何でしょうか。賞与は半期ごとの利益還元であるというのが常識的な説明です。私は、その説明は現実的には違うと考えています。賞与は「前年または平均に比して若干変動する〝準固定給〟」であり、「年収調整弁」だと考えます。
半期ごとの個人の努力評価でさほど金額の増減は生じないのです。日本の月例給与は極めて強固に法令上守られており、簡単に下げることはできません。一方で賞与は支払額が確定していないので、いざとなったら下げやすい。本来、月給×12倍で月給を上げ下げできるのなら、苦労はありません。
下げることができないので、その人のトータル評価を年収に反映させるべく、年収調整弁として賞与が機能してきた、これが私の見解です。
特に成果をあげながら、「残業を減らした人」と「そうでない人」がいます。残業を頑張って減らすと残業代が減ります。頑張ったのに給与が減ってしまうのです。その調整は賞与で行わざるを得ないです。社員の立場からすると、たいていの人は賞与を組み込んで生活設計しています。
子どもの教育費、住宅ローン、車の買い替えなどは、賞与が前年並みに払われることを前提にして生活に組み込まれています。特に中小企業の賞与は年間で2~3ケ月分程度のことが多いです。ですから、業績が悪くなった、評価がマイナスになったとしても下げる余地はないのです。
「前年に比して」とは、社員は皆、「前年と比較」することを重視するからです。毎年洗い替えだといっても、社員はそう考えません。特に下がった場合は「なぜ、前年より下がったのか」という説明が求められます。報酬の支払い方には2つあると前述しました。
1つは「馬ニンジン方式」です。やったらやった分、つまり成果と連動させて、成果連動で分配します。必然的に格差がつきます。「こうなったら、これだけ賞与が増える」「だから頑張りなさい」というのは「馬ニンジン方式」です。成果や稼ぎ高を測り、それに見合う給与・賞与を払おうとします。もう1つは、「シグナル方式」です。
成果を上げている優秀な社員に「あなたは会社として評価していますよ」「あなたは優秀ですよ」というシグナルを送る側面を重視します。
ですから、できない人との大きな格差をつけることは消極的になります。いわゆる〝成果に見合った、客観的な分配〟にこだわらないのを原則とします。私は中小企業においては、賞与でさえシグナル方式で支払うべきだと思います。この主張の根拠は本書のあらゆるところで述べてきました。
しかし、辞めてもらいたいような問題社員の場合、賞与は大幅なマイナスをしたいところです。通常は賞与決定において平均の±30%の範囲の格差が限界ではないかと思っていますが、問題社員の場合は別です。
たとえば、ABCD評価で「D」の人(とても問題のある社員)の賞与は「なし」、または「極小」でもかまわないと考えます。シグナル方式には例外があります。それは業績が著しく悪化したときです。この場合、シグナルとしての機能は一時的に失います。
つまり、その際のシグナルは人件費のマイナスの変動費化の装置として機能します。月例給与は法的に高度な必要性と合理性がなければ下げることはできません。
経営悪化の場合でも、月給の一方的な減額の多くは裁判で敗訴しています。その一方、賞与はその請求権が確定していないので、その金額決定に経営者の裁量を働かせることができます。
日本では解雇が容易に認められないので、時間外手当の削減、賞与の削減で雇用を維持して業績悪化を乗り切ることが強く求められるのです。
私の経験上、社長が賞与の決め方に困り果てるということはありませんでした。賞与は、支払い金額を約束していません。アップダウンできる経営裁量が残されています。これが給与との大きな違いです。
賞与に関しては、社長は実に自分の好きなようにその金額を決めていくことができます。いや、決めたいのです。それが〝経営者の本能〟ですし、それでいいのです。ただし、一応の制度として機能させたいというニーズもあるので、決め方について説明していきたいと思います。
賞与の決め方は大きく以下の3種類あると考えています。これは私が今まで現場で見てきた区分です。この3種類のどれかに属するか、またはこの組み合わせであったといえます。
①ポイント制②定額制③月数制
①ポイント制賞与とは、あらかじめ等級や職位と評価記号をマトリクスにしたポイント表にて、ポイントが割り振られ、評価に基づいて原資をポイント配分します(【図4】)。
人事コンサルタントはこのポイント制をよく導入します。〝コンサルタントっぽい〟提案になるからです。
②定額制賞与とは、ポイント制でもなく、月数制でもなく(つまり、月給に関係なく)、賞与額を決め打ちするというものです。勤務年数で賞与を決めている会社もあります。
たとえば、【図5】のような感じです。標準的な社員を決めておき、これに査定でプラスマイナスします。これは、人事コンサルタントは採用しません。〝コンサルタントっぽくない〟提案になるからです。しかし、意外ですが、このような決定方法を採用している優秀な会社は少なからず存在します。
③月数制賞与とは、賞与の算定基礎給に係数をかけて算出します。たとえば、【図6】のようなものです。算定基礎給とは「基本給」であったり、「基本給+役職手当」であったり、各社各様です。私の感覚では③月数制が中小企業ではなじむのではないかと思います。「年間○ケ月分の賞与」というのはわかりやすいからです。これらの3つのいずれの賞与制度にするにしても、その通りやれば必ず不都合、または社長の納得が得られないようなことは出てきます。
社長の〝フィット感〟は制度では対応できないのです。アチラを立てれば、コチラが立たない。係数やウエイトを見直し改善し続けることはできます。ただし、いくら係数やウエイトをこねくりまわしても必ず違和感が出てくるものです。そこで、お勧めするのが社長特別加算です。この調整のニーズは必ず発生します。具体的には以下のようなものです。
①若手や、中途入社で働きに比して給与が低い人に加算したい。
②残業代が少なくて成果を出している人の年収調整をしたい。
③業績が良かったので管理職にはより手厚く処遇したい。
社長や役員の感覚からズレて賞与金額が少ない人、もっと配りたい人に特別に調整加算します。会社にもよりますが、賞与全体の原資のなかで20%程度を右記の調整分として事前に取り分けて持っておくことです。
つまり、賞与原資のほとんどが、以下のような制度で決まります。「制度上の賞与決定金額(8割)+社長特別加算額(2割)」ただし、調整加算額が2割を大きく超えてくると社長の裁量が強くなりすぎ、制度の意味がなくなる可能性があるので注意が必要です。
「ウチはヨソより払っているよ」と言う社長の特徴
「ウチは結構、(給与を)たくさん払っていますよ」「ウチの給与は決して低くないですよ」というX社長がいます。私は心の中で、「いやいや、めっちゃ低いですよ……」と言いそうになることがあります。
一方で、「ウチはまだまだ低いですよね」「先生に指摘されるが実は怖くて……」と謙虚に語るY社長がいます。しかし、このような会社は意外にしっかりと給与相場以上に払っていたりするのです。
中には単なる謙遜だったのか「立派な給与を払っている見事な経営」をしているケースもあります。「ウチは払っているというX社長」は何を根拠に「ヨソより払っている」と考えているのか不明です。
たぶん、自分の役員報酬、嫁の役員報酬、自社の業績・資金繰り、自分の友人の社長との会話から考えて、自分基準で「たくさん払っている」と思っているのではないか。
また、残業代を払わずに長時間労働で固定給がそれなりに高いというのもX社長の特徴であったりします。X社長は「内なる神」が育つことなく、「市場の神」に仕える努力を怠っているので、良い天使(社員)は去っていくでしょう。そのかわり、天使の顔した悪魔のような社員がやってくるかもしれません……。
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