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第6章最高の合意を作り出す交渉の進め方

1─三方よし(賢明な合意)2─強みを生かした選択肢で結果を出す3─交渉相手の背後を意識する4─交換条件のリスクとメリット5─相手に譲歩を要求する場面の説得技法6─グループダイナミックス

第6章最高の合意を作り出す交渉の進め方1三方よし(賢明な合意)賢明な合意交渉では、賢明な合意であるか否かが、合意の判断基準となります。

賢明な合意とは、「当事者双方の正当な要望を可能な限り満足させ、対立する利害を公平に調整し、時間がたっても効力を失わず、また社会全体の利益を考慮に入れた解決」(ロジャー・フィッシャー他著『新版ハーバード流交渉術』阪急コミュニケーションズ、1998年、6頁)のことです。

この賢明な合意の中でも特に重要なのは、「当事者双方の正当な要望が可能な限り満足されているかどうか」という部分です。

お互いの正当な要望が満足されていれば、利害は公平に調整されている可能性が高いと思われます、さらにそのような合意は時間が経過したとしても、一方的に破棄されることもないでしょう。

三方よしこの考え方は、近江商人の有名な「三方よし」に通じるものがあります。

「三方よし」とは、「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」という三つの要素をすべて満足させる取引を実現すべきだという考え方です(近江商人については、末永國紀『近江商人現代を生き抜くビジネスの指針』中公新書、2000年を参照)。

ただし、「三方よし」という言葉は後世になってから近江商人の商売のやり方に使われたものだと言われています。

とはいえ、近江商人が、取引相手の利益に配慮しながらビジネスを展開していったということは事実です。

取引相手の利益と自己の利益を調和させ、その結果の継続的関係を重視する思考という意味では、賢明な合意に通底するものがあるといえるでしょう。

そこで、これから、賢明な合意もしくは「三方よし」を実現する合意形成を行うために注意すべきポイントについて説明しましょう。

2強みを生かした選択肢で結果を出す強みから発想する交渉では、自分の強みを生かした選択肢(付帯条件)を作り上げることによって、賢明な合意を形成します。

強みは、できるだけ事前準備の中で把握しておくとよいでしょう。

この強みについては、圧倒的な強みである必要はありません。

例えば、競合他社に対して圧倒的な商品特性を持っている新製品であるとか、自社以外に製造できない特殊な新薬、といったものは、確かに、圧倒的な強みとなります。

交渉では、交渉相手が保有していない、または交渉相手に不足していると思われることを、私たちが提供することができるのであればそれが強みとなります。

したがって、交渉では交渉相手にとって何が必要であり、何が不足しているのかを考えて、それに対して私たちが提供できるものは何か、を考えることで強みを生かした提案が可能となるのです。

価格だけの交渉は我慢比べところで、仮に交渉の論点のうち価格だけに着目して交渉すればどうなるか、考えてみましょう。

ある商品の売買交渉を例に考えます。

売り手が1万円と提案したとしましょう。

売り手の留保価格は、8900円です。

他方、買い手は、8000円と提示しました。

買い手の留保価格は、9100円だったとします。

お互い留保価格は、相手に隠したままです。

双方が相手の留保価格を知らずに、自分の主張を続けていけば、交渉は決裂します。

他方、留保価格を探りながら譲歩を続けた場合、おそらく、価格は調整されて、最後に、金額は、9000円前後で妥結することになるかもしれません。

これが、お互いのパイが固定された交渉の帰結です。

あとは、9000円のうち、どちらに少しでも有利になるかは、どちらが譲歩を我慢できるか、という駆け引きだけで決まります。

強気で交渉し続けて、決裂してもかまわないかのように振る舞うパワープレーの手法だけの交渉です。

しかし、実際に私たちが直面する交渉はいかに価格が重要だったとしても、価格だけが唯一の論点ということはまずありません。

継続的な取引であれば将来的な取引関係も視野に入れた交渉になります。

商品の品質や納期といったものも、当然協議事項の中に含まれてきます。

オプションで決着をつける交渉学では、どのような交渉であっても、金額以外の協議事項を重視し、その協議事項の中で創造的な選択肢を形成し、それによって価格交渉でより有利な展

開を目指すことを考えます。

例えば金額交渉であったとしても支払い条件について交渉が始まれば、もはや金額だけの単一論点の交渉ではなくなっていきます。

支払いを分割払いにする、支払い期日を相手の設定した期日に変更する、といった付帯条件の交渉も価格交渉に何らかの形で反映させることが可能です。

このように価格交渉で有利な展開を望みたいのであれば、パワープレーを使うのではなく、付帯条件の中で強みを生かした提案を相手に行うことが、最も効率的そして効果的な交渉となります。

オプションの作り方では、付帯条件はどのように作ればよいのでしょうか。

まず自分たちの強みを考えます。

例えばあるソフトウェア企業が、クラウド型の業務管理ソフトを売り込もうとしている場合、そのような業務管理ソフトは比較的ありふれていてそれほど商品の強みがないとします。

交渉では競合他社と比較され、あまり有利な展開が望めません。

このままでは、価格を下げるか、本来は有料で提供するサービスを無料にするといった自分たちにとって負担の大きな譲歩しか思いつかない、という状況になってしまいます。

自分にとって負担が大きいオプションは切り札にする自分にとっての負担が大きい譲歩である金額の譲歩などは、当然、相手に魅力がありますので、このような提案には説得力があります。

しかしこのような提案を早い段階で相手にすれば、それ以上の切り札はなくなってしまいます。

また、さらに交渉相手から譲歩を要求されると、際限のない譲歩を余儀なくされます。

その結果、仮に合意できたとしても私たちの利益はほとんど手元に残らなくなってしまうのです。

自分の負担を最小にしたオプションを提示そこで交渉相手に提案する選択肢は、まず自分にとっての負担が小さく、それでもなお相手にメリットのある提案から先に提示します。

この時、相手方のメリットは小さなメリットで構いません。

たとえば先ほどのソフトウェア企業の例で言うと、たまたま自分たちの営業所がこの交渉相手の本社と比較的近かったとします。

業務管理ソフトに不具合が起きたとき、営業所からすぐに駆けつけることができるという強みは、交渉相手に対して積極的に提案すべき内容です。

これは、ソフトウェア企業であれば、ある意味、当たり前のサービスです。

通常、どこの会社もそのような対応をすることになります。

しかし当社は、距離の近さを利用して、他よりも早く到着できるのですから、この強みを生かすことをまず考えるのです(ただし、ここで「ソフトウェアのメインテナンス費用についてまで無料にします」と言ってしまったら、それは負担の大きな選択肢になりますので注意が必要です)。

この対応力のような強みは、あまり大きな強みではないとしても、最大限活用しましょう。

しかし、一般に交渉者はこのような強みを知りながら、積極的に活用しません。

その程度のことを強みだとアピールするのは恥ずかしい、と思うのかもしれません。

そのため、商品説明のなかで、あるいはちょっとした雑談の中で簡単に補足するだけで終わってしまう場合が少なくありません。

交渉相手は、独自の提案に説得されるしかし交渉相手は、このような他社とは違う交渉相手独自の提案に強い興味を示します。

交渉相手は、自分たちの目の前にいる相手に他と違う付加価値が少しでもあるのならば、あえて他社を検討するよりも、ここで合意してもよいと考えることが少なくありません。

人間は、複数の選択肢を検討することを心理的に避けたがる傾向があります。

できるだけ早く決断したい、と考えているのです。

相手へのメリットを強調するこの強みを交渉相手に効果的に伝えるためには、まず距離の近さという私たちの強みが、あなた方、すなわち交渉相手にとってどのような利益があるのかということをできるだけ具体的に説明することが肝心です。

特に交渉相手は、この距離の近さによって実際にメリットがあった他社の実例などを聞かされるとその強みを魅力的に感じやすくなります。

このような、競合他社での導入事例は、交渉相手の決断を促す効果があり(自分の意思決定を後押しする材料があると自信が持てるという社会的証明の効果)、強みはより相手に大きな魅力として伝わるのです。

切り札は最後までとっておくことこのように、交渉学では、強みを活かした選択肢を作ることが交渉を有利に進める上で最も重要なポイントになります。

まず自分たちの強みになりそうな要素をできるだけ探し当て、それを活用して自分にとっての負担ができるだけ軽いものであって、交渉相手に対して何らかの利益を提供できるようなアイデアや選択肢を考えて提案します。

金額の情報、無料サービスの提供といった自分にとって負担の大きな選択肢であって交渉相手がメリットを感じやすいものは、交渉の切り札ですから最後まで取っておく必要があるのです。

どんな交渉でも、まず強みを探そう最初のころは、この強みを活かすという考え方を実践するのは大変かもしれません。

しかし、この考え方を徐々に活用することで、次第に日常の交渉に変化が生じるようになります。

この強みを意識した交渉の考え方を身につけると、交渉の中で、不用意に譲歩をしてしまうリスクも最小化できるのです。

3交渉相手の背後を意識する再交渉を提示されたら?交渉がある程度進展してくると、交渉相手も次第にこちらの状況を理解し、こちらの提案にも前向きな検討をしてくれるようになります。

このような状況になると、交渉相手との信頼関係も次第に構築されてきますので、比較的話が順調に進んでいくわけです。

ところが前回の交渉で合意した内容について、交渉相手から「この点についてもう一度交渉しなおしたい」といった再交渉の提案が出てくる場合があります。

相手を責めても意味がない前の交渉で一度約束しているのだから、再度交渉するというのはおかしいのではないか、といった疑問も生じます。

場合によっては、相手に対して批判的になったり、不信感を抱き、さらに悪いことに交渉相手の能力を疑い始めることもあります。

本音は面倒、しかし…再交渉を要求されると、なぜ不快感を持つのでしょうか。

ビジネスの交渉である以上、段階を追って合意していくのだから、途中でひっくり返されるのでは交渉にならないとか、交渉相手のビジネスに対する認識が甘い、といった理由も考えられます。

しかし、本音を言えば、「再交渉は、面倒だ」「せっかくこちらに有利な合意なのに、もう一度交渉するのは不安だ」という気持ちのほうが強いのではないでしょうか。

私たちにも責任があるさらに、交渉相手が再交渉を求めてきた時、その原因は、我々にもあるかもしれないのです。

「私たちが提案の趣旨を十分説明していなかったのではないか」「交渉相手が社内で説明できるよう、我々も情報提供などあらゆる手を打ったのかどうか」考える必要があります。

相手の背後を考えるもちろん、交渉相手が社内でどのような説明をしているのか、私たちがコントロールすることは不可能です。

しかし交渉相手が社内で説明するための材料を提供するといった形で、間接的に支援することで、影響を与えることはできます。

そこで交渉相手に対しては、「現在の合意内容について御社のご意向はいかがでしょうか」とか、「この内容であれば、御社の中でご理解いただけるでしょうか」といった質問を投げかけ、協力の意思を示すと効果的です。

つながりを深めるきっかけ交渉相手の背後には、あなたと同様に様々な利害関係者が存在しています。

その人たちを納得させるというのは大変な作業なのです。

私たちは、交渉相手が背後に抱えている事情について、十分理解しているという姿勢を見せてあげることによって、相手とのつながりを深めることができます。

交渉相手の問題は、誰の問題かこれに対して、交渉相手の問題は相手が解決すべきであり、私たちとは関係がないという態度をとるのは望ましくありません。

そのような態度では、交渉相手とのつながりを形成することができず、次第に交渉相手はわたしたちの提案に対して批判的になってきます。

また交渉に対するコミットメントが希薄になることによって社内での批判や反論に対して対応することなく安易に再交渉を要求する危険性が高まるのです。

4交換条件のリスクとメリット交換条件の誘惑交渉では、お互い、譲れない主張がぶつかり合います。

そのとき、お互いに譲れない主張を交換条件にして合意するという、バーター取引が行われることがあります。

例えば、価格で譲歩しない代わりに購入数量を増やすとか、価格で譲歩する代わりに返品条件を追加するといった形での交換条件です。

交換条件は交渉の基本原則であるともいえます。

しかし、私たちは合意したいという欲求が強くなるあまり、本来交換してはいけない条件を安易に交換条件にしてしまうという危険性があるのです。

では交換条件が認められる場合について交渉学の基本的な考えをご紹介しましょう。

交換条件の基本原則まず交換条件が認められるためには、お互いに交換しあう条件がほぼ等価値である必要があります。

例えば、一方の当事者が今後の取引の継続性について口約束をする代わりに、他方の当事者が大幅な値引きを交換条件として差し出した場合、これは交換条件ではなく単なる譲歩にすぎません。

これは極端な例ですが、自分が交換しようと考えている条件と、相手が交換しようとしている条件とが、ほぼ同じ価値を持っているのかどうか、自分が譲歩しすぎているのではないかと自問自答してみましょう。

複雑な交渉と交換条件交換条件は、複雑な交渉になるとさらに大きな問題になります。

M&Aの交渉のように投資銀行や法律事務所といったアドバイザーがついている場合であっても、合意を焦るあまり、今後、どのような影響を及ぼすのか十分に検討することなく、交換条件をのんでしまうことがあります。

M&Aのように、もっとも慎重に進められるべき交渉であっても、最終局面になると、交渉担当者の疲労もピークになるため、交換条件のメリットだけに依拠した合意が行われるリスクが高まるのです。

実際、M&A交渉に限らず、ビジネス交渉において、最初は丁寧に交渉していても、最終局面では、簡単に交換条件に応じてしまったりします。

たとえば、慎重に検討すべき役員構成や、会社が使用するコンピューターシステムの統合といった問題は、安易なバーター取引をすれば後々大きな問題になりかねません。

このようなリスクを考慮した意思決定が求められるのです。

5相手に譲歩を要求する場面の説得技法相手に譲ってもらうには最終的に、交渉相手に譲歩してもらう局面では、どのような要求の仕方が効果的でしょうか。

ここで重要なのはできるだけ相手の主張を否定しないということ、そして、相手に自ら撤退してもらうこと、これが最上策だということです。

否定すると反発される例えば、相手の価格提示に対して、「その金額では高すぎる。

値引きして欲しい」と譲歩を迫るのは、もっとも譲歩を獲得しにくいやり方です。

なぜなら、相手の主張を否定し、相手にその価格設定は間違いであるから、私の主張の通りに修正せよと迫っているからです。

あなたは間違っているという主張は避ける交渉は勝ち負けといった単純な軸で評価することはできないものです。

そして同時に、交渉でお互いの主張や要求に対して、それを正しい主張である、あるいは間違った主張であるといったかたちで評価すべきではないのです。

まして交渉相手が自分で判断して設定した価格などは、我々がそれを正しい価格設定であるとか、間違った価格設定であると批判するのは、本来、明らかに不自然なことなのです。

特別なオファーを求めるもちろんだからといって、相手の価格設定をそのまま受け入れる必要ありません。

やり方としては、相手の提示金額を全面的に不合理であると否定するのではなく、私たちには特別なオファーを提供してもらえないか、と要求することなのです。

オプションから攻める交渉相手と価格交渉の前に、強みを生かした選択肢を活用して、お互いの信頼関係を醸成できたとしましょう。

その段階であれば、例えば「確かにあなたのおっしゃった金額は、あなたが付けた金額ですから、その金額設定それ自体に私たちが口を挟むつもりはありません。

しかし、私たちとの取引は、一回限りのものではなく、将来の連携や提携の可能性も話し合いながら、より大きな取引になるように話し合っていますね。

そこで、この点を踏まえて、私たちの取引関係は特別な関係なのですから、それに対して、是非、特別なオファーを提供していただけないでしょうか」と相手に要求することができるのです。

退路を作ってあげるこのように、相手の価格設定それ自体を否定するのではなく、私たちとの関係性の中で、特別な提案を考えてほしいという要求のほうが、相手の譲歩を引き出しやすいと考えられます。

このような提案ができる状況になるように、交渉を進展させることが交渉のマネジメントスキルなのです。

戦術で譲歩させることの長期的影響価格交渉で成果を上げるためには、相手が自ら納得し、我々が提供した利益と引き換えに価格に関して譲歩する状況を形成することです。

このような形で譲歩を引き出したとしても、交渉相手はむりやり価格で譲歩させられたという感覚を持ちません。

これ以外に例えば交渉戦術であるドア・イン・ザ・フェイス戦術などを使って価格の譲歩を引き出したとしても、交渉相手は、「騙された」もしくは「強引に相手の言いなりにさせられた」という不満を抱くかもしれません。

そのような関係性では、持続的な関係性の発展は望めないのです。

もちろん、海外旅行に行って、露店のお土産物屋さんでする交渉のような場合は別です。

「これは、遺跡から掘り出した貴重な品だ」という宣伝文句で、あやしげな置物を売りつけてくるような価格交渉の場合は、交渉戦術を使ってそのやりとりを楽しむのも旅の魅力の一つでしょう。

なぜなら、彼らとの間で長期的な信頼関係を構築する必要はないからです。

しかし、ビジネス交渉の場合は何らかの継続的な関係性を前提とする以上、一回の取引の利益だけを最優先して相手に譲歩を迫るだけのオファーは、効果がないばかりか、仮にうまくいったとしても、何度も使える手ではないのです。

提案は自信を持って提案せよこれがベストオファーです!なお、価格や条件の提示に関してもう一つ原則があります。

価格や条件をこちらが提示した場合、その価格条件が交渉相手に対する最善のオファーであることを主張し、簡単に譲歩しないことです。

簡単に譲歩しないことがお互いの信頼関係を構築するうえで不可欠なのです。

なぜなら、相手に高めにふっかけてから簡単に譲歩した場合、その程度で譲歩できるような提案を相手に行ったということになります。

交渉相手からすれば、「この人の提案は油断ならない」「信用できない」という印象を持つのです。

交渉では私たちが発する言葉ひとつひとつが交渉相手に信頼されなければ効果的な合意が難しいのです。

言葉に重みを持たせる簡単に前言を撤回したり、安易な譲歩をすることは、このような言葉の信頼性を失わせますので、全体的な信頼感を得ることができなくなります。

このように、言葉の重みを大事にしながら交渉していくことが重要となります。

特に提示した金額を譲歩することで合意できそうだと思ったときには安易に譲歩してしまいがちです。

その時には、譲歩するか否かの決断を少し遅らせて、交渉を継続することが重要なのです。

このように、オファーの局面では、自信を持って最初のオファーの信頼性を高めましょう。

これは、「落としどころ」の提案ではないここで、一つ大事な注意点があります。

この最初のオファー(提案)については、自分にとって、最高の利益をもたらしてくれる金額、簡単に言えば、最も自分たちの利益が大きい金額を提示すべきです。

この最初のオファーでは、最大限、自分の利益を確保することを考えて提案しましょう。

最初から低いオファーは禁物最初のオファーは、自信を持って提示しましょう。

先ほど、「簡単に譲歩する姿勢を見せない方がよい」と説明しましたが、これは誤った形で解釈されてしまう危険性があります。

「最初の提案は相手が受け入れやすいような金額を提示することだ」と考えてしまうことです。

しかし、これは誤解です。

最初の提案の段階で、相手がこの金額ですぐに受け入れてくれるかどうかはあまり重要ではありません。

交渉とは、自分の利益を最大化するために行うものです。

しかし、交渉相手も同様に考えているので、単に自己主張するだけでは合意はできません。

そこで、相手の利益に配慮した提案をし、相手に利益を得させつつも、それゆえに相手に譲歩をしてもらいます。

そして、最終的には、「自分に最も有利な形で交渉を終結させる」ことを目指すのです。

したがって、最初のオファーは、当然、留保価格よりもかなり高めの数値を提案する(売り手の場合)か、かなり安い金額を提示する(買い手の場合)ことになります。

ドア・イン・ザ・フェイス戦術との違いは?では、これはドア・イン・ザ・フェイス戦術と同じでしょうか。

ドア・イン・ザ・フェイス戦術は、最初に相手が拒否する可能性の高い提案を行い、相手に拒否させてから譲歩する、という戦術でした。

そして、ドア・イン・ザ・フェイス戦術が成功するためには、最初の法外な提案についても、かなり自信を持って、「これがあなたへのベストオファーですよ」ということを相手に信じさせなければ効果がありません。

最初から、「ああ、ドア・イン・ザ・フェイス戦術だ」とわかってしまう、すなわち、はったり(ブラフ)であると簡単に見破られてしまうような提案の仕方では、この戦術は使えません。

信用を得るための駆け引きしかし、ここで説明している、「最初の提案は、強気に自分の利益を最大限、組み込んだ提案で行うべきだ」といっているのは、戦術的な効果だけを狙っているのではありません。

私たちの発言の信頼性を高めるような発言、すなわち相手に対する提案は、常に相手に対してのベストオファーであり、情報の提供に関しても、すぐにばれてしまうような嘘はつかない、そのような態度をとり続けることによって、こちら側の言葉の重みを相手に理解してもらうことを重視するのです。

そうすれば、仮にこちらのオファーに対して、「もしかするとドア・イン・ザ・フェイス戦術ではないか」と相手が疑ったとしても、すぐに譲歩せず、この提案のメリットを説明し続ければ、「どうも単に、戦術だけでだまそうとしているのではないようだな」と理解してもらうことができます。

自分の利益の最大化が交渉の本質そして、自分の言葉に重みを持たせる工夫をし続けること、さらに、発言の信頼度を増す情報提供や、相手の話を聞き、情報を引き出す質問をするという小さな取り組みが、次第に効果を出して、こちらの提案に対する警戒心を解くことができるのです。

このように、単に、ドア・イン・ザ・フェイス戦術でその場の利益を確保するという戦術だけに着目したものではなく、ドア・イン・ザ・フェイス戦術の効果も利用しつつ、最終的には自分の利益を確保するという戦略です。

6グループダイナミックス交渉とグループダイナミックスビジネス交渉の場合、私たちは社内で複数の部署と内部調整を行い、関係者と一緒に交渉に臨むことになります。

このような時、最も困難なのは交渉相手との交渉よりはむしろ社内での利害調整のほうです。

利害の不一致を認める私たちは、組織に所属していると、つい、部門間の違いといった相違点よりは、むしろ同じ組織なのだから利害は同じだと思い込んでしまいがちです。

しかし、部品の調達先を変更するという交渉だけでも、調達部門と、その部品を実際に使用する製造現場、さらには設計を担当する部門や、その製品を販売する営業、そして部品の調達に関する取引条件について精査する法務部など、様々な利害関係者が登場します。

このような担当者の思惑の違いを明確に内部で調整することなく交渉を進めていくと、各部署の不満が次第に高まり、交渉全体に悪影響を及ぼす危険性があります。

組織内交渉私たちは交渉学の中で、組織内での多数の当事者同士の利害調整を、組織内コミュニケーションと呼ぶのではなく、「組織内交渉」と位置づけて交渉学の手法を積極的に活用すべきであると考えています。

組織の中での交渉を円滑に進めていくための手法について、ポイントを整理していきます。

集団的浅慮組織におけるコミュニケーションは、実は非常に難しいものです。

社会心理学では、組織のコミュニケーションのメリットよりもむしろ、組織のコミュニケーションがいかに、愚かな集団的意思決定になってしまうか、という研究の方が数多く報告されています。

単に、漫然と話し合っているだけの会議では、一人で意思決定するよりもはるかに愚かな意思決定になってしまうということを十分理解しておく必要があるのです。

とくに組織内での意思決定が、一人一人の英知を結集した熟慮の結果、生み出されるのではなく、安易な結論に飛びつきやすい状況を、「集団的浅慮」とよぶことがあります。

その特徴は3つあります(釘原直樹『グループ・ダイナミックス集団と群衆の心理学』有斐閣、2011年、66頁など参照)。

①表面的見解一致を偽装する社内の会議では、すでに組織の中での力関係等を全員が配慮しながら議論を進めていきます。

組織にとって最善の意思決定は何かといったことに、全員の注意が常に向けられているとは限りません。

むしろそのような発想で取り組んでいる時間は、非常に短いと言えるのではないでしょうか。

・スタンドプレーの危険性実際には、会議の中で上司に認めてもらいたい、もしくは自分の優秀さを証明したいといったスタンドプレーの発言をする人や、気に入らない同僚の意見になんとか反論したいと考えて、さして必要のない論点を延々と議論しようとしたりする人も出てきます。

他方で、会議に関心を持っていない人たちは、本来は有益な発言ができるにもかかわらず、自分が発言しても何も変わらないと考えて発言を控えてしまいます。

また、組織の中での職位、すなわち部長であるとか課長といった社会的な地位が発言の重み付けと一緒になってしまい、有益な議論であるかどうかといった議論の中身よりはむしろ、誰が提言したのかが重視され、発言内容よりも、発言者の地位に配慮して意見が採用されたりすることも少なくありません。

・全員の「顔を立てる」リスクこのような会議のほうが一般的だといえます。

このような会議をさらに悪化させるのは、表面的な見解の一致を必死で偽装しようとするような調整を行うタイプの人たちです。

つまり、本質的な議論の中で行われる意見の対立や、相手に対する批判の本質を見極めることなく、全員の意見をまんべんなく取り入れて全員の顔を立てようとする傾向です。

・「外からどう見えるか」という視点このような意思決定は、組織の中では評価されるかもしれませんが、対外的には何の成果ももたらさないか、むしろ批判の対象になるような意思決定をする危険性があります。

最近でも、企業の様々な不祥事が発覚したとき、記者会見で社長が、自分たちの責任を否定するかのような発言をして問題になりました。

このような実例は、社内の会議において自分たちが発表する内容が、「外」ではどのような評価を受けるだろうかという発想よりはむしろ、自分たちの組織の中の論理を優先させ、自分たちに都合のいい正当化をする理由だけを社内で話し合ってしまった結果であることが多いのです。

・調整型リーダーの危険性組織の中での意見の対立や、お互いの意見に対する批判は、効果的な意思決定のために不可欠です。

このような議論を回避して見せかけのコンセンサスを偽装し、全員の意見を少しずつ取り入れて意見をまとめようとしたり、そのような調整役を優れたリーダーだと評価してしまう状況に陥っていることが集団的浅慮ではよく見られるのです。

見せかけの内部調整型リーダーは、組織全体に大きな損失をもたらすことに注意が必要なのです。

②同調圧力表面的なコンセンサスを偽装するような組織では、同調圧力が強く働いています。

組織の中で、できるだけを乱さないようにお互いに相互牽制し合う雰囲気、日本語ではこれを「空気を読む」と言ったりしますが、このような相互牽制の状況が強く働く場合は社内の会議はうまくいかないでしょう。

・キューバ危機集団的浅慮の研究の中では、ケネディ政権におけるキューバをめぐる政府の中での対応が実例としてよく挙げられます。

アメリカでは、ケネディ政権が発足してまもなく、共産主義政権となったキューバの政権の転覆を画策し、CIAによるキューバ侵攻作戦が計画されました。

いわゆるピッグス湾事件です。

この時ケネディ政権では、このプランを十分に検討することなく作戦決行を指示し、大きな失敗をしました。

この時に閣僚の一人であるロバート・マクナマラは、「正直なところ、私は侵攻計画をあまり理解せず、もろもろの事実も知らなかったのでした。

つまり、自分を消極的な傍観者の地位においたのです」(ロバート・マクナマラ『マクナマラ回顧録』共同通信社、1997年、48頁)と後に語っています。

このように、組織の中で最初に実行ありきといった判断が行われ、作戦の成功確率よりはむしろ、キューバに対して強気の姿勢を見せたいという政治的な意図が交錯してしまうと、もはや反対することができない雰囲気が醸成されます。

このような強い同調圧力が続くと、いわゆる中立派といわれる人たちも発言ができなくなり、議論は一定の方向に傾いてしまうのです。

・組織文化と同調圧力

同調圧力は、日本人によく見られる傾向だとも言われますが、日本人特有とはかならずしも限りません。

例えば、1986年、スペースシャトル・チャレンジャー号の打ち上げの失敗に際しても、燃料ブースターのO(オー)リングが、外気が低温である場合には有効に機能せず燃料が漏れ出す危険性があるという警告がNASAにもたらされていました。

しかし、NASAは、警告を発した製造メーカーに対して、この警告の再検討を要請し、最後には、打ち上げを決行したのです(マイケル・A・ロベルト『決断の本質』英治出版、2006年、108頁参照)。

NASAの強い打ち上げの意向を受けて、メーカー側も応じざるを得ない状況に陥ったのです。

これは、同調圧力の典型例です。

このように、反対意見はおろか、質問をすることさえ許されないような雰囲気が醸成されているとすれば、同調圧力により危険な方向に議論が傾いていると思って間違いないでしょう。

③外部に対する認識のゆがみ・集団意識私たちは、一つの組織に所属することによって、外界から遮断されます。

同じ大学に所属していても、ゼミやクラスが同じか、違うかというだけで、他のゼミやクラスに対する対抗意識が生まれたりするという傾向は感覚的にも理解できますが、研究でも明らかになっています。

このような組織に対する帰属意識は、お互いの協力関係を引き出す上で非常に重要なポイントです。

しかし他方で、同じ組織に所属しているということが、外部に対する認識を歪ませてしまうこともよくあります。

・倫理のゆがみ比較的優秀な人間が集まるエリート組織の場合には、外部に対する優越感が自分たちの決断に対する揺るぎない自信にすり替わり、「私たちは間違えることがないのだ」という根拠のない信念にすり替わってしまいます。

このような根拠のない信念は、自分たちに都合のいい事実を拾い上げて、さらに強化されます。

しかし実際には、このようなゆがんだ事実認定と自尊心を満足させるだけで行われる様々な意思決定は、驚くほど粗末なものになります。

さらに外部に対する認識のゆがみは、特定の業界や特定の組織の中で違法行為や明らかな倫理に反する行為を正当化してしまうという「カルト化」という現象を引き起こします。

道徳性が麻痺し、自分たちには社会では違法だと思われることも許されるのだと思い込もうとします。

組織の中で報告すべき事柄を怠り、隠蔽するといった行為、企業同士で結ばれる価格カルテルや談合の話し合いの中では、何らかの形でこの種の外部に対する認識の歪みが発生していると言っていいのです。

グループダイナミックスを発揮する三人寄れば文殊の知恵は本当かではグループの力を最大限発揮し、効果的な意思決定をするにはどうしたらいいのでしょうか。

「三人よれば文殊の知恵」は本当なのでしょうか?しかし、現実はそう簡単ではありません。

多くの研究では、集団的意思決定が最も効果的だといわれるのは、集団が議論をして意思決定を行うということではなく、個人が独自に意思決定した内容を集めた時なのです(この点については、ジェームズ・スロウィッキー『「みんなの意見」は案外正しい』角川書店、2006年がよくまとまっています)。

たくさん集まって話し合えば問題が解決するわけでもなければ、ブレイン・ストーミングさえすれば、確実に意思決定の質が向上するわけではないのです。

意思決定の質を上げたいのであれば、集団的浅慮を回避するルールが必要となります。

少人数の会議が理想的・社会的手抜き重い荷物を大人数で運んでいる時、自分のところには、ほとんど重さを感じられない時があったりします。

あるいは大勢の人が課題に取り組んでいると、一人くらいはサボっても影響はないと思ってしまって、かなりの人たちが積極的に課題をこなそうとしないといった現象がおきます。

これは昔から「社会的手抜き」として知られているものです。

これは会議の場面でも同様の状況が発生します。

多くの参加者がいると、自分は積極的に関わらなくても、他の人たちが何とかやってくれると思ってしまうのです。

・コミットメントを高めるこれを避けるためには、話し合いの人数をできるだけ少なくすること、理想的には三、四人くらいの少人数の会議が最も効率的です。

しかし多くの人間が会議に参加する場合も、参加者全員に発言の機会を与えることによって会議に対するコミットメントを高めることも効果があります。

多くの人たちの意見を聞くことは、それだけ時間がかかりますし、効率的な会議からはかけ離れていきます。

しかしその努力を行うと数人が発言する以外はほとんど何の貢献もしないというお決まりの会議に陥るだけなのです。

協議事項の管理・協議事項のマネジメント多数当事者で行う社内交渉は、議論があちこちに飛んでしまって、自分たちが今何を話しているのかが分からなくなることがあります。

そこで、協議事項を常に意識し、それを中心に議論を管理していくことが非常に重要です。

三、四分ごとに一回、今現在何の話をしているのか、さり気なく、発言の中に織り込んで、参加者全員に注意を喚起することが必要です。

・全員に状況をブリーフィングなお協議事項の冒頭で、全員で状況把握をするということは非常に効果的ですので、特に危機管理の交渉では必ずこれを実施することをお勧めします。

組織内交渉では、多くの場合、現在の状況についてすでに全員はある程度理解しているということを暗黙の前提に話を進めてしまうことがよくあります。

しかし実際には、多くの参加者は現状について正確に理解しているとは限りません。

例えば、災害、紛争解決など深刻な危機管理に関する会議では、状況把握からすべてがスタートします。

常に最新の状況を理解した上で具体的な対策を講じるという発想を守ろうとするのです。

これは、組織内交渉でも非常に重要な視点です。

そこで多数当事者交渉では、「既に皆さんはご存じのことも多いかと思いますが、全員の理解を共通化しておきたいので、簡単に現在の状況からご説明したいと思います」というように、状況把握を冒頭に行うことが効果的なのです。

・組織内交渉における共通方針と対策多数当事者間での話し合いでは、お互いの意見が対立したり、非難の応酬に発展する危険な状況もあります。

このようなお互いの意見の対立が非生産的な非難合戦になることは避けなければなりません。

ただし、意見の相違をお互いが認識するプロセスの中で激しい議論が始まったとしても、それを否定すべきではありません。

このような主張を途中で封じられると、「私たちの部署の意見をないがしろにされた」と思い込んでしまい、それが最終的に交渉全体に悪影響を及ぼすことになるからです。

周りから見ていて、「そのような議論をしても意味がないな」と思っていても、すぐにそれを制止せず、しばらく議論を続けさせておくことが重要です。

その上で、全員がこのままお互いの意見を言い合っているだけでは何の問題解決にもならないということに、うすうす気づくか、もしくはある程度お互いの意見が出尽くしたところで、「では、各部署のご意見も十分うかがうことができましたので、今回の会議で私たちが何を求められているのか、どのようにこの問題を解決していたらいいのか、基本的な方針について話し合いたいと思いますが、いかがですか」といった形で、全員の目指すべき方向について議論をするように注意を喚起することが効果的です。

この時点で、何がしかの基本方針、すなわち組織として今回の交渉で目指すべき基本方針を設定する議論に入ります。

この基本方針をないがしろにしてはいけません。

この基本方針を実現するための最適な対策とは何かが交渉の中心となるのです。

このように多数当事者の交渉では、「基本方針から対策へ」という流れが最も重要となります。

そして私たちが注意しなければならないのは、「基本方針というのは単なる建前ではない」ということです。

日本人は、基本方針よりも具体的な対策の方が重要だと考える人が多く、基本方針をあまり重視しない人が少なくありません。

しかしグローバルな交渉では、お互いに異なる意見を調整するために作り上げた基本方針を唯一の拠り所にして、具体的な対策を作り上げます。

具体的な対策が望ましいかどうかは、どの対策が、最も基本方針に合致しているか、という形で判断されることになります。

・コンセンサス形成の基本形態を理解するこのように多数当事者の交渉では、何らかの形で、基本方針(コンセンサス)が形成されます。

これを曖昧にすることなく、この基本方針が自分たちにとって不利なものにならないように、基本方針の策定段階にできるだけ関わるべきです。

つまり多数当事者の交渉では、交渉の初期段階での積極的な関与が不可欠です。

もしこの基本方針が、自分たちにとって不利なものであれば、その交渉自体を中止させるか、その基本方針の変更を求める必要があります。

たとえば、国際

的なスポーツの競技団体が、ルールの変更について会議を開こうとしたとします。

そこで、「現在のルールでは、後半からの逆転が難しい。

そこで、後半からまで選手が競い合うようなルールに変更して、よりエキサイティングな競技にしよう」という共通方針が示されたとします。

・基本方針から議論に参加するしかし背景を探ってみると、最近日本人選手の台頭で上位入賞ができなくなった欧州の数カ国が、ルール改正に熱心であるとしたらどうでしょうか。

もしここで、日本側が対応するとすれば、「現行のルールで十分、競技はエキサイティングであり、このようなルール変更は必要ない。

競技の魅力を増すためには、アジア諸国への競技の普及の方がはるかに重要である」といった主張のように、共通方針それ自体に反対するか、積極的に基本方針に影響を与える交渉戦略や多数派工作を早急に開始する必要があります。

この基本方針のところできちんと争わずに、提案通りの基本方針のまま、個別のルールの内容で協議したところで、すでに不利な状況は確定してしまっているのです。

このように、多数当事者が関与する交渉では、あらゆる合意内容に細心の注意を払う必要があるのです。

集団極性化「集団極性化」とは、同じ集団に所属していると、ごく少数のメンバーが発した、かたよった議論に簡単に同調し、一方的に過激になるか、一方的に消極的になるといった形で、議論の流れが極端な方向に傾いてしまう現象のことです。

たとえば、①リスク回避思考の人間が議論すると、結論はもっとも慎重な結論になる、②リスク志向型の人間同士が議論すると、もっともハイリスクな結論となる、③比較的中立的な人間が集まっている場合でも、その中の多数派の意見に支配され、中立的な結論からはかけ離れていく、といった現象がみられます。

このような集団極性化現象の原因は、少数意見を無視するところにあります。

私たちが少数意見を嫌うのは、①少数意見には、反論や批判が含まれている場合が多いので不愉快になる、②少数意見を聞いている時間を「無駄」だと感じてしまい、できれば、早く行動するか、結論を出したいと思う、そして③少数意見は、自分が見たくないところが含まれていて不愉快である、といった理由があげられます。

悪魔の代理人悪魔の代理人とはこのように、少数意見を嫌うという私たちの心理傾向を回避するためには、「悪魔の代理人(Devil’sAdvocate)」の考え方を活用すると効果的です。

悪魔の代理人とは、カトリック教会で聖人を選ぶ際に、その人物の欠点や問題点を指摘するために任命された神父というのがその語源です。

この役割になると聖人となる候補者に関して、その人間の悪行や不行跡について調査し、この聖人の候補者が、聖人としていかに不適切な人間か、ということを立証しようとします。

これに対して聖人にふさわしいと主張する側からの反論が行われ、この議論を聞いた上で、列聖(聖人にすること)すべきかが決定されます。

カトリック教会では、1587年にこの制度が導入されました。

この当時、カトリック教会の幹部たち、すなわち法王や枢機卿らは、みな同じ宗教を信じていて、全員が修道院や教会の中で同じような生活習慣で暮らしていたわけですから、自分たちが同質的な集団であること、そして、そのような同質的な集団の意思決定の危険性を認識していたのでしょう。

悪魔の代理人をもうけることによって、意図的に反論を聞く機会を作り、客観的で冷静な判断を目指そうとしたのです。

このように、会議では、ある意見に対して反論や批判を加えることにより、より適切な議論が可能になります。

ただし実際には、ある意見に対して反論や批判を加えることが個人攻撃だと受け止められかねず、非常に難しいのも実情です。

ホワイトボードを攻撃させるそこで、悪魔の代理人ほど、厳しい反対者を用意できない場合には、合意内容や提案を、ホワイトボードに記載するか、スクリーンに映しだし、書かれた意見や写し出された意見に対して反論を加えていく方法が有益です。

簡単なことのようですが、直接、面と向かって、「あなたの意見はおかしい」と言われるよりも、書かれたものに対して反論された方が、批判された側も耳を傾けやすいのです。

合意案の文書を配布することも効果的でしょう。

これには実例があります。

1994年にWTO(世界貿易機関)が設立された際、世界中の国が集まってどのような協定を結ぶかが協議されました。

その時、当時の事務局長のダンケル氏の名前をとったダンケルテキストというドラフトが配布されました。

各国はこのドラフトに対する批判や反論を繰り返す中で、次第に議論を集約させてきました。

批判や反論となるものを書面にすることで批判の矛先を国に対する批判ではなく、条件や文書に対する批判として議論することによって、当初難航が予想された交渉も、なんとか合意にこぎつけたのです。

「悪魔の代理人の時間」ただし、これだけでは、悪魔の代理人の効果を最大限発揮したとはいえません。

悪魔の代理人制度を有効活用するためには、合意案や交渉相手、そして自分自身の主張や意見に対して反論・批判を行うということを、交渉のプロセスの中に意図的に挿入する、すなわち協議事項の中に織り込んでおくと効果的です。

たとえば、「意見への批判や反論を自由にやりましょう」というのではなく、現在、合意案として提案されている意見や提案、あるいはある程度お互いが歩み寄った合意案について、「その合意に潜むリスクを検討してみませんか」と働きかけるのです。

私たちの合意内容には、必ず、「他の合意の可能性」が存在します。

しかし、ほとんどの人たちは、この他の合意の可能性があることを忘れ、現在の合意案が最適であると考えがちです。

しかし交渉では、お互いの中での合意内容に唯一の正解などありません。

完璧な合意案などないその意味では、あらゆる合意案は、お互いにとって最適解であると同時に、何らかのリスクや、見落とし、さらには、よりよい合意案の可能性があり得るのです。

したがって、お互いの合意案について、合意する前に、そのリスクや危険性を検討することによって、思わぬ落とし穴を見つけることができるのです。

これが悪魔の代理人が議論の中で必要とされる理由なのです。

そこで合意案のリスクや、問題点を意図的に議論し合う段階を交渉中に持っておくと有益です。

さらに、交渉中に、自分たちの合意案を直接、批判・反論してもらうため、悪魔の代理人役を設置することもできます。

しかし同調圧力の強い組織内では、このような役割は十分機能するとはいえないかもしれません。

ある意見について、自由な意見を喚起する段階を設定することの重要性や、批判や反論は、個人攻撃ではないということを強調し、誹謗中傷になりそうなときはこれを抑止する工夫があれば、悪魔の代理人の効果を発揮しやすくなるでしょう。

悪魔の代理人に魅了されないなお、もうひとつ、悪魔の代理人の危険性は、過去の先例を取り上げ、現状の変革を批判するような意見、新しいことに対する懐疑的な意見のような、現状維持を画策する意見になってしまうところがあります。

「では、何も変えなくてよいだろう」ということになってしまったり、安易にいろいろな人の意見をまとめて、結局、集団的浅慮と変わらなくなるという危険性もあります。

これを避けるためには、悪魔の代理人の批判を絶対視しないこと、そして、悪魔の代理人の批判それ自体は、議論のきっかけにすぎないこと、その批判に即座に対応して、現在の合意案を修正したり、破棄したりしないことが大切です。

このように悪魔の代理人は、対立する意見それ自体にあわてない、という対話の習慣が身についていないと、逆効果になるので注意が必要となります。

ちなみに、海外での会議や交渉では、悪魔の代理人(Devil’sAdvocate)は一種の慣用句となっています。

たとえば、会議のなかで、相手の意見に批判的なコメントするとき「あえて悪魔の代理人の立場で考えてみると…」といった前置きをすることで、相手に配慮することもあります。

このように議論を建設的に進めるための批判であることを、相手に伝えてから自分の意見を述べることも効果があります。

発言を悪魔の代理人として受け止める会議の結論がある程度、固まったところで、今までの前提を無視した発言が登場することがあります。

そのとき、「この人は、何で、この段階でそんなことをいっているのだろう」と思ってしまいます。

そのときには、「この人の発言は、もしかすると、『悪魔の代理人』の発言かもしれない」と思って耳を傾けるとよいでしょう。

このような発想で相手の意見を聞いてみると、ときおり私たちの合意案や決定の見落としや問題点に気がつくことがあるのです。

このようなかたちで少数意見を大切にすることも、悪魔の代理人という発想に含まれているのです。

反論がなければ決議しない直接的な批判や反論をすることが難しいという場合、最も消極的なやり方ではありますが、次のような手法も効果的です。

それはある意見に対して反論や批判が出なかった場合には、その意見を直ちに採用することを避けるというルールを決めることです。

なぜなら、論理的にこれ以外に正解がないというような数学の定理の証明とは異なり、交渉で取り扱う問題は、唯一、絶対の正解はありません。

必ずどのようなプランでも、何らかのリスクや欠陥もしくは反論の余地が残されています。

そのような問題が議論されないまま、採択するという状態は、すでに集団極性化が発生している疑いがあるのです。

そこで、批判や反論あるいは質問といったものが一切、登場しない場合には、そのアイデアの採用を避けるというルールで話し合いをするのです。

このルールを採用することによって、会議を終わらせて結論を出すためには、必ずこの提案について、何かコメントをしなければなりません。

参加者全員が、この提案を真剣に考えることになります。

「もし、全員の考えが同じならば、そこにいる誰も、きちんと考えていないのである。

“Whereallthinkalike,noonethinksverymuch.”」(ウォルター・リップマン、WalterLippmann,TheStakesofDiplomacy,TransactionPublishers(2008)at51.))という言葉にあるように、多数の当事者同士で話し合いをするときに、いかなる質問も意見も出てこない状態のまま、意思決定をすることはきわめて危険なことなのです。

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