第6章マクドナルドで学んだこと
藤田田の口ぐせ/現場・現人・現物管理の要諦MBWAマズローの欲求の5段階には、もう2つの階層があった/X理論、Y理論ハンバーガー大学の白熱授業「McPAC」/PとCには2つのタイプが存在するストローク/心のバケツ/ブラウンスタンプ/人生のライフポジション・コーナースポーツや企業は、よい戦略をもった強いチームが勝つ億万長者が成功した7つの要因/大黒柱と4本の柱に鑑みる楔
藤田田の口ぐせ感受性が強く、インターナショナルで、しかも歴史に強く、商才に長けた藤田社長は、自らを「銀座のユダヤ人」と呼んで、マクドナルドを銀座から展開して外食産業王になったが、ときを同じくして、『ユダヤの商法─世界経済を動かす』(藤田田(著)/ベストセラーズ)を発刊して、この本はベストセラーになった。
藤田社長には、ビジネス成功のキーワードとなる数々の口ぐせがあったことは先述した。
たとえば、「水と文化は高きから低きに流れる」といって、日本の地で文化度の高い銀座4丁目、しかも三越デパートの1階表通りのかぶりつきに、マクドナルド日本第1号店をオープンした。
実際、この理論は大当たりし、外食文化の起源伝説を作っている。
まさに、天才の所業である。
ビジネスの成功要因として、日本人が舶来選考を尊び、崇拝していることに着目して「欧米化」を第一に、国民のライフスタイルの複雑さから「簡便化」の方向に向かっていると考え、大阪万博や東海道新幹線、東名高速、モータリゼーションとスピード時代の到来をファクターに「スピード」が絶対条件であると決断した。
よって、藤田社長は「時代の風は欧米化、簡便化、スピードである」と先読みした。
そして、幸い強風が吹きだしたとき、ハンバーガービジネスは時代の要請の先鞭をつけて、「必ず成功する」と言っていた。
その言葉は、まさに確信を突いて、呪文のように効いた。
ちなみに、スピードとは「成功する」が原義である。
モタモタしていては、取り残されていく。
また、「勝てば官軍」と言い続け、ビジネスは勝たなければならないことを念押しした。
負け戦をして敗因を探しても、何にもならない。
「勝つための智慧を使って、勝負しろ。
勝つ方法を考えろ。
ノウハウを編み出せ」が藤田社長の教えであった。
「企業は外的要因では潰れない」も藤田の成功哲学だ。
「企業が駄目になるのは内部崩壊」と断言していたことを記憶している。
そのため、私は20年間マクドナルドで務めるなか、コーヒー1杯やハンバーガー1個たりとも、無料で食べたことなどない。
内部監査にはうるさく、猜疑(さいぎ)心(しん)を持って、仕事を遂行するようにいわれた。
しかし、これは藤田社長がケチだったわけではない。
ビジネスは、真剣な一本勝負なのだ。
信賞必罰(功績ある者は必ず賞し、罪過ある者は必ず罰すること)は、徹底して行なわれた。
ここで、マクドナルドの理念を、必要以上に云々するものではない。
多くの企業に見られる欠点は、「理念にはほど遠いような社訓」だけが壁に掛けられ、それが形骸化していることだ。
本来は、全社の思考と行動が、理念によって動くべきである。
外資系企業の多くは、この部分がよく研究・確立されている。
そのことを行動科学として、しっかりしたノウハウを教えているのがハンバーガー大学なのだ。
よって、日本の課長がしっかりと自己確立と信念を持ち、そして会社が進むべき方向を見定め、部下に対してしっかりと方向を示せないと、組織がバラバラになってしまう。
現場・現人・現物管理の要諦MBWAドラッカー氏は、「いかに通信が発達しようとも、顔を合わすことを補うことはできない」として、IT社会の到来による人間不在を鋭く斬った。
IT化によって、人が食べ物を食べないで食事を満足し、旅行もしないで観光を満喫できるのであれば、驚くべきことだろう。
しかしながら、現実や未来では「実体験」することの意味を無視することができない。
人間がモノを消費することなしに、生きることは難しいはずだ。
モノの生産現場、サービスの消費現場、それらを行う人たち、生産されるモノの質、提供されるサービスの質、そこで労働されている管理の質─。
これらは、ITで統制管理はできるが、それが永続的な繁栄を期待できる優れた方法とはならない。
人間不在が、大きな欠陥要素となるだろう。
生身の人間同士の触れ合いによる衛生要因(スキンシップ)は、生物の刺激要因そのものであり、欠かすことができないのだ。
だからこそ、ものづくりやサービスの生産現場を巡回して、実際に顔を合わせてコミュニケーションを取る必要がある。
人間同士が顔を合わせる前後は、モノを使用した前後ほどの違いが出てくるはずだ。
「現場が頑張っている」ことは、数字だけで判断するのではなく、血の通った触れ合いで知ることができれば、給料以上の価値を部下に与えることとなる。
そのように、必要な現場に必要なときに行って、顔を合わせる現場巡回を「MBWA(マネジメント・バイ・ウオーキングアラウンド)」と呼んでいる。
私がスーパーバイザーを経験した時代において、統括スーパーバイザーすなわち「フィールド課長」だった頃は、「よい仕事の条件」と「MBWAの回数と質」に相関関係があった。
ただ、費やせる時間には、おのずと制約があるため「現場の質」が優先されていたのだ。
図はMBWAのグラフィック・マネジメントである。
これこそが要諦だ
マズローの欲求の5段階には、もう2つの階層があったこれまで多くの学者によって、「なぜ人は働くのか」「どうしたら一生懸命に働くのか」と衛生要因やモチベーションが研究されてきた。
心理学者のアブラハム・マズロー氏は、「マズローの欲求5段階説」のなかで、人間の第1段階目の欲求は「生理的欲求」であり、この例として食欲や睡眠欲、性欲など、人間の生命を維持する根源的な欲求を示した。
また、第2段階目の欲求には、「安全や安心の欲求」をあげた。
世の中の社会システムがうまく機能している間は、全く問題なく安心して老後を迎えられたが、今や年金問題などが大きな社会問題になってきている。
超高齢化社会には、不安材料も絶えないので、この段階が満たされないことだろう。
第3段階目は、「所属と親和の欲求」である。
この段階までくると、企業や団体、学校に所属して、みんなと仲良くしたい欲求が生まれる。
ひとたび、経済の減速や、産業構造の変化が起こると中高年者のリストラや若い人の就職が難しくなる。
企業や組織に所属することができないと、仲間とうまく親和すること自体が揺らいでしまうだろう。
いま、人手不足は却って幸せなのかもしれない。
第4段階目は、「承認の欲求」である。
人は他から認められたい、承認されたいという欲求を持っている。
会社で一生懸命働いたのに、何も評価されない。
「あの人は自分より働いていないにも関わらず昇進したが、なぜなのか?」と大きな不満を抱える。
こうして承認欲求が満たされない。
そして、第5段階目は、「自己実現の欲求」である。
人は大なり小なり、家庭にも、外にも人生にも「自己実現の欲求」を持っている。
人間は、この最後の段階まで漕ぎつけるように、努力し続けるわけだが、人との関わり合いが上手くできないと、なかなかこの段階まで到達できない。
人間は、ひとりでは生きられない運命にあるからだ。
課長は、それを理解して職務に努めないと、自己実現は達成されないだろう。
課長は、部下の自己実現のよき理解者であり、部下の成長、つまり部下が「自己実現の階段」を上がっていくことをチームの業績に変換できる方程式を解かなければ、己の自己実現さえ、はるか遠いものとなる。
「部下の幸せ=課長の自己実現」につながるのだ。
人を幸せにできない人は、自分さえも幸せになれない。
このように、一般的には「マズローの欲求」は5段階あることが知られているが、『ドラッカー先生の授業私を育てた知識創造の実験室』(ウィリアムAコーン(著)、有賀裕子(翻訳)/武田ランダムハウスジャパン)のなかには、「5段階のピラミッドには含めなかった欲求があった」と記されている。
それは「知識を得たい、物事を理解したいという欲求」と「美の欲求」の2つである。
これを聞いて、私は納得した。
人は知りたがるものであり、たとえば週刊誌が売れるのも、ハウツー本が売れるのも、「知識を得たい、知りたい欲求」にほかならないだろう。
美の欲求についても納得した。
とくに、「女性の美しくなりたい」という欲求には、傍から見ていて果てしないものを感じる。
実際に、宝石貴金属や衣服、化粧品、美容院、エステ、はたまた整形美容と、美を追求したビジネスには限りがない。
藤田社長も「女性と口を狙え」と言っていた。
藤田社長は、ダイヤモンドや高級ハンドバックの輸入商でもあった。
しかし、藤田社長の最大の功績は、口を狙ってマクドナルド社を輸入し、大きな成功を収めたことだろう。
銀座のユダヤ人は、「マズロ─の欲求の5段階」以上に、人の本質を知り尽くしていたのだ。
X理論、Y理論心理学者、経営学者であるダグラス・マグレガ─氏は、「従業員には2つのタイプの人間がいる」と述べた。
1人目のタイプは、ほかから「ああしろ、こうしろ」と監視と指導を受けないと働かない従業員だ。
よって、監督者はアメとムチをもって、その人の働きぶりを監視しなければならない。
そして、このタイプを「X理論」とした。
2人目のタイプは、自ら目的意識を持って、ほかからの指図を受けずに、もくもくと働く自立喜働の従業員である。
このタイプを「Y理論」とした。
「X理論とY理論では、どちらがいいか?」という話ではない。
そういった次元の話は、次第に過去のものとなりつつある。
「X理論とY理論(以下、XY理論)」そのものを理解しておく必要があるのだ。
ここで、イギリスの古い諺にある「2人の石切工の話」をご紹介しよう。
ある場所に、道端で石を刻む2人の男がいた。
そのうちの1人の男に、「あなたはなぜ石を刻んでいるのか?」と訊ねたそうだ。
すると「男はつまんないことを訊くね。
見ればわかるだろう?こうして朝から晩まで石を刻んでいるだけさ。
見てみろ、俺のこの手を、マメだらけだよ」。
そして、もう1人の男にも、「あなたはなぜ石を刻んでいるのですか?」と聞いた。
すると、もう1人の男は、その質問を待っていたかのように、「よくぞ訊いてくれました!あそこを見てくださいよ。
あそこに城を築いているのです。
私は、そのための石を削っているのです」と誇らしげに答えたそうだ。
この2人の男の「意識の差」は歴然だ。
ただ働かされているだけでレベルの低い男と、しっかりと目的意識を持ったレベルの高い男。
この2人の男の人生観には、大きな差がある。
私が部下たちに、この話を感情豊かに演じて話してみせると、かなりの説得力があった。
この話が、部下たちを納得させる効果があることは、確かなことなのだ。
リーマンショック後の社会では、X理論タイプは、まったく必要とされていない。
Xタイプが職業にありつけることは皆無だろう。
しかし、Yタイプの人は役に立つ。
「私たちは目的を持つ必要がある」ということを、ただはっきりと部下に伝えるよりも、この「石切り工の話」をすることによって、インパクトのある教訓として、部下たちを納得させることができるはずだ。
今の時代、この「XY理論」が遠い存在とされるかもしれない。
しかし、それでも部下にモチベーションを与える格好の諺として響くだろう。
それを聞いた部下たちは、「Xタイプにはなりたくない」と感じるはずだ。
そうでない人は、人並みに暮らすことが難しくなってきている時代に入ってきているのだ。
ハンバーガー大学の白熱授業「McPAC」
ハンバーガー大学の白熱授業のなかに、「マクドナルドのPAC」という意味で「McPAC」というテーマの授業がある。
「PAC」のPはペアレント、Aはアダルト、Cはチャイルドを指す。
この授業の目的は、人を上手に使うことだ。
上手に使うとは、人間の本質を知ることであり、自分と他人を知ることで、お互いをうまく機能させることができる。
経営が順調に進み、成功している企業に共通している特徴は、人材の使い方がうまいことや、教育訓練に資金と時間を投資していることだ。
教育は「コスト」ではなく、「投資」という考えを持っている。
「投資」は必ず「結果」として返ってくる。
専門的な言葉でいうと、これを「トレーニング・ペイオフ」と呼ぶ。
トレーニングすると、必ずその効果が見返りとして、何倍にもなって業績に変換されて返ってくるからだ。
マクドナルドのように、15万人ものクルーが現場の最前線で働いていて、毎日400~500万人ものお客様に対応している企業は、トレーニングと人を上手く使うことが、成功のKFS(成功要因)になっている。
PACは、交流分析のことであるが、フロイトの流れを汲む精神科医のエリック・バーン氏が長いこと多くの精神病患者の治療に当たっていたところ、1人の人間の心のなかに「3つの私」がいることに気づいたという。
そして、人の心のなかでは、この3つの私が入れ替わり立ち代わり、めまぐるしく変化して、自我状態を保っていることがわかった。
「P(ペアレント)な私」は、子供時代に親から受けた、そのままの親が心に記録されている状態である。
厳しかった父親や優しかった母親のまなざし、態度、口調などが、自分の心のなかに宿り、親の性格をインプットしている。
そして、ときとして、その親が現れるのだ。
また、「A(アダルト)な私」は分別のある、冷静な大人の状態である。
感情的にではなく、冷静に客観的に物事を見つめ、しかも論理的に考え、判断することができる。
「C(チャイルド)な私」は、大人になっても自分の子供時代が、そのまま心のなかに宿っている状態である。
子供時代の自分が、ときどき顔を出す。
楽しいときにはしゃいだり、うまくいかなかったときにすねたり、ぐずったり、ダダをこねたりと、まるで子供のままなのだ。
PとCには2つのタイプが存在するP(ペアレント)と聞いて思い浮かぶのは、「父親」と「母親」の2人だろう。
父としての「厳格な父性的ペアレント」と、母である「面倒見のよい母性的ペアレント」が自分のなかに存在する。
ただ、離婚するケースの多い現代社会では、片親に育てられる子供がいるため、自分のなかに現れる「Pな私」が偏ってしまうことは少なくない。
また、C(チャイルド)にも、2つのタイプが存在する。
1つは「フリーチャイルド」と呼ばれ、自由奔放でやんちゃな、まさに子供らしい自由な状態が許されるタイプ。
もう1つは「アダプテッドチャイルド」と呼ばれる、子供らしくない子供。
よい子ぶっていて、親に従順でよく従い、親の顔色を伺って、子供らしくないことをするタイプだ。
いずれにしても、P(ペアレント)とC(チャイルド)は、どちらか一方の特徴が色濃く、その時々の性格として、自我状態に現れる。
「子供時代はどんな子供だったのか」「どんな親に育まれたか」によって、自我状態に現れる性格が変わるのだ。
私は、人を観察しながら、この自我状態を持った人間は、常々面白いものだと感じる。
普段は氷山の一角しか見えない人の性格が、酒を酌み交わしているときや、口論して感情がヒートアップしているときに、顕著に露呈する。
これが深層心理でいう「自我状態」なのだ。
この自我と自我が、人間同士がコミュニケーションするときに、大きく顔を出すのである。
ストローク人間は、愛情を育んだり、感謝し合ったりする。
このとき、相手の存在や価値を認めるような、さまざまな働きかけのことを「ストローク」と呼ぶ。
人間は、お互いにこのストロークを交わすことによって生きているのだ。
とくに、「挨拶」は、この代表である。
このストロークには、大きく4つのタイプがある。
1つは、人を幸せな、よい気持ちにさせる陽性のストローク「ウォームファッジ」だ。
ふわっとした、羽毛に包まれたような温かなぬくもりで、ある人を幸せな気持ちにするストロークである。
目や顔の表情、口調、仕草のすべてが優しさや愛情に満ちあふれ、人をやる気にさせるストロークとなる。
2つ目は、これとは正反対の陰性のストローク「コールドプリクリー」である。
コールドとは「冷たい」、プリクリーは「刺々しい」という意味を表す。
このストロークは、人を嫌な気持ちにして落とし込み、やる気をなくさせてしまう悪いストロークだ。
3つ目には「コンディショナルストローク」と呼ばれる。
ウォームファッジとコールドプリクリーは無条件に与えられるものだが、これは条件付きのストロークとなる。
たとえば、「毎日朝早く散歩をしてあげるなら、犬を飼ってもいい」など、「~ができたら、◯◯を買ってあげる」などと条件を付けて与えられるストロークのことである。
4つ目は、「ジルチ(Zilch=無、ゼロ)」と呼ばれるストロークで、無視するストロークのことだ。
これほど恐ろしく、人の存在を無視するストロークはない。
いじめが、まさにこれである。
ジルチのストロークばかりを与えられると、他人を信じることができなくなり、攻撃的になったりする。
気の弱い人は、死に追いやられてしまうだろう。
こうした4つのストロークのうち、陽性のストロークを与えられているうちは、幸せを感じる。
しかし、陰性のストロークばかりを与えられるようになると、心のなかは穏やかでなくなる。
さらに、いつも条件付きストロークばかりでも、心のなかは穏やかでなく、陰性のストロークを得ている状態と変わらないだろう。
そして、「もういい、いい加減にしろ、ふざけるな!」とキレてしまうのだ。
また、ジルチのストロークばかりだと、たとえコールドプリクリーでもいいから、陰性の刺激が欲しくなる。
だから、社会から無視されている人は、キレるのである。
バスのなかで、ガソリンを撒いて火を点けたり、歩行者天国で無差別に切りつけたりして、事件を起こしてまで、「世間の注目」というストロークを求める。
あるいは、誰かに気づいてほしくて自殺してしまう。
複雑な心の隙間を埋めることができる人がいる一方で、隙間を埋められない人はストレスが溜まり、鬱になってしまうのだ。
多くの人は、ペットを飼って愛情を与え、飼い主に逆らわない従順なペットから、与えた以上に多くの愛情や癒しをもらっている。
しかし、ペットがいない、ゲームもない、パチンコもない、マンガもない、居酒屋もない、悪い上司、悪いかみさん、悪い亭主しかいかなかったら、大変なことになるだろう。
それこそ、「ストローク飢餓」に陥ってしまうのだ。
心のバケツ人は誰しも、その人なりの「心のバケツ」を持っている。
そして、毎日、毎時間、そのバケツにストロークを溜めこんでいるのだ。
そのため、バケツにウォームファッジが一定量満たされれば「よい一日だ」と感じるが、半分しか得られなければ、どこかで埋め合わせしなければ気がすまない。
そのため、アフター5に居酒屋で飲んだり、焼き肉で腹を満たしたり、本を買って猛烈に読んだりして、心のバケツを満たそうとする。
ときに、立ち寄った店員のサービスが悪くて、却ってコールドプリクリーが溜まり、よいストロークを求めて、2軒目へとはしごをする。
なかには、「今日の会議では社長に、こっぴどくやられた」という人がいて、それも「最近は周りに無視されていたから、社長から叱られて無視から解放された」と感じる人がいるかもしれない。
人の心は複雑なのだ。
もし、ネガティブな陰性のストロークで、バケツがいっぱいだとしたら、どこかでこぼさないと、ぐっすりと眠れなくなる。
そのためには、金と時間と方法、
そして仲間が必要だ。
街には、あらゆる状態のバケツの持ち主がどよめいている。
阿弥陀さまの救いが必要かもしれない。
ブラウンスタンプ残念なことに、一日中ツイていないときが、誰しもあるだろう。
たとえば、寝坊してしまって、「どうして起こしてくれなかったんだ!」と妻に八つ当たりして口論となり、朝食は抜き、しかも外は大降りの雨、おまけに乗る予定のバスを逃してしまう。
靴やズボンは雨でびしょ濡れで、電車は事故遅延、会議には遅れ、上司はカッカしている……。
そんなふうに、何ともツイていない日は、気持ちが落ち込む(=私はこの状態を「ブラウンスタンプ」と呼んでいる)。
せめて夜までには、気持ちが晴れている状態(=「ゴールドスタンプ」)になってほしい。
しかし、ブラウンスタンプばかりの「負の連鎖」になってしまったことには「原因」がある。
規律正しい生活態度が、ゴールドスタンプを呼ぶ。
運も実力のひとつといえよう。
課長ともなれば、このような深層心理の原理原則を理解して、相手をしっかり把握し、ストロークを駆使しなければいけない。
「言葉を掛ける」ことや「ストロークを与える」ことが、いかに重要なことであるかを理解すべきだろう。
たとえば、先のように寝坊した朝には、うっかり寝坊してしまった、うかつな自分の失態の反省を奥さんに示すことが肝心だった。
「窓の外を見て、大雨か……」とでも嘆けば、「あなた、駅まで送ってあげるから、早く食べなさい」と温かい朝食を用意してくれるだろう。
このように、「自我状態」と「ストローク」をうまく使うことが肝心である。
ビジネスでは、「ただウォームファッジさえ投げかければよい」というわけではない。
これでは、仕事は進まないからだ。
ビジネスで最も有用とされる魔法のテクニックは、「if,but(もし~だったら、だがしかし)」だ。
たとえば、「君はとっても真面目に、よくやってくれている。
ありがたいな、といつも感謝している。
だがしかし、もう少しチームをまとめられるようになれば、もっといいなあ。
リーダーシップがとれるように、がんばってくれ!」と。
このように、先にほめて、あとに条件を付けてやる気を持たせ、仕事の改善と部下の成長をマネジメントしていくのだ。
人生のライフポジション・コーナー人生の勝者には、原則がある。
そして、この原則を無視して、勝者にはなれない。
あらゆる環境のなかで、人は望ましい自分の立ち位置を持つ必要がある。
人は、ひとりでは生きていけない。
ひがんでも、ねたんでも、自己卑下しても、傲慢でも、驕れても、やがて孤独につぶれていくことになる。
なぜならば、「他人とよい関係を築く」ことが原則であるからだ。
ここに、その原則を図示する。
スポーツや企業は、よい戦略をもった強いチームが勝つ試合中、一人で走ったり、泳いだりしているスポーツ選手でも、その好成績を「1人だけの力」で実現しているわけではない。
そこには必ず、コーチや監督がいる。
ときに、マネージャーやメンタルアドバイザー、栄養士、映像撮影、スポーツ心理カウンセラー、マッサージ師、スポーツ用品開発メーカーなど、多くの専門家チームの助言や助力があるものだ。
そうした周りの助けをかりて筋肉をつけたり、技を磨いたり、目標達成に向けた戦略、すなわち「知恵」を磨いている。
元競泳の北島康介氏が、ライバルであるオーストラリアのイアン・ソープ氏と100メートルの競技で競い合ったとき、北島選手の勝利のために、水中映像チームが活躍したのは有名な話だろう。
ストローク(=水中で前進するために行う、腕で水をかく動作)体勢時に、スピードに抵抗が生じることを回避するため、チームは「強豪と同じ回数のストークでは勝てない」と戦略を立てた。
そこで、チームで協力しながら、13回のストロークを12回に減らしたのである。
同時に、競技で使用する競技用水着にこだわり、北島選手の背中や足の体毛は削られた。
そのような戦略を実行した結果、北島選手は勝利を掴むことができたのだ。
元マラソン選手の高橋尚子氏も、アテネオリンピックでは、事前の高山トレーニングに小出義雄監督が命を張った。
そして、高橋選手のランニングシューズを担当したメーカーは、「アテネの道路の石畳の衝撃」を緩衝するために、靴の開発を急いだ。
そして、チーム尚子は見事勝利したのだ。
北京五輪で活躍した、日本男子400メートルリレーのチームメンバーは、精神科医のアドバイスを受けたという。
選手同士がバトンタッチするとき、リレーにはバトンを渡すゾーンがあり、「そのゾーンを目いっぱい使う」という意識改革をチーム全体で行う戦略と訓練で、戦後のオリンピックを通じたトラック競技で、日本初のメダルを手にしている。
これらの例と同じように、企業は「1人の営業パーソンの育成をする」のではなく、会社を挙げて、チームの業績を上げるために、企業戦略や部門戦略を立てる必要があるだろう。
ただ、いくら戦術を重ねても、戦略の失敗は補えない。
スポーツ選手だって、効き目のないマイナーな練習をしたら勝てないのだ。
戦略こそが重要である。
しかし、「戦略の本質」を何もわかっていない企業の経営幹部たちは、「戦略会議」と称して1日中戦術を議論しあっている。
これでは、業績向上は難しい。
戦略には、「OGISM理論」という戦略論がある。
OGISMとは、次の頭文字を取ったものだ。
・「Objectives(目的)」・「Goal(目標)」・「Issue(課題)」・「Strategy(戦略)」・「Measurement(評価)」慎重に市場分析をして、自社の強みや弱みを把握し、OGISM理論に従って、戦略を練り上げていく必要がある。
しかし、戦略というものを全く理解していない人は、言葉だけを使って、「戦略」の足元にも及ばない戦略会議に終始しているのだ。
しかも、「SWOT分析」などを取り入れて、最もらしく戦略展開し
てしまう。
私が知るかぎり、しっかりとした戦略論を組織的に導入し、「学習する組織運営」を実行している企業は、成功しやすい。
市場のなかに、自らを溶け込ませていく戦略が上手だからだ。
また、市場には、ときに予期せぬ出来事が起こる。
これまでも、バブル崩壊やリーマンショック、円高、震災そしてツナミ、原発事故などが起こったが、それらは私たちが精神的にも臨機応変で、機動的な戦略対応を訓練する場となった。
非常事態の危機対応には、原則があるのだ。
危機対応時には、「ポリシー(政策・政略・方針)か?マニュアルか?」ということを判断しなければいけない。
大事なのは、「普段から何を優先して事にあたるか?」を決めることだが、そのとき、ポリシーが優先されるべきである。
しかし、ポリシーを優先して行動を起こすためには、「行動マニュアル」が必要だ。
危機対応に、「マニュアルなんか使えるか!」とマニュアルを甘くみてはいけない。
より大勢をまとめるには、何かが起こったときに素早く対応できる、行動マニュアルが欠かせないのだ。
マニュアルがあることで、大勢を的確に、迅速に対応させることができる。
マニュアルこそ、「行動科学そのもの」であることを認識しよう。
ところが、日本ではマニュアルが馬鹿にされがちである。
しかし思い出してほしい。
昔から商売繁盛している老舗では「家訓」や「秘伝書」があり、それらは「自家薬籠中の物(常に自分の手元にあって好きなときに取り出して使えるもの)」として扱われてきた。
まさに、これらは「秘伝のマニュアル」といえるだろう。
にもかかわらず、マクドナルドで使われているようなマニュアルが馬鹿にされがちなのだ。
これは、とんでもない誤解である。
マクドナルドのマニュアルほど、工場の製造ライン方式をサービス産業に応用して成功した例は、ほかにはない。
マクドナルドは、小さな工場を持ったサービスレストランなのだ。
私は、マニュアルを使ってコンサルティングを続け、企業を成功に導いてきた。
要は、実戦あるのみである。
億万長者が成功した7つの要因私は、経営近代化協会「SAM日本チャプター」の会員になっている。
会の機関誌の2007年冬季号に「あなたはなぜ億万長者になれたのか」という調査論考があった。
この調査論考を読んだとき、私は思わず唸った。
こんなに有り難い調査論考は、初めてだったからだ。
それほど、私には得難い情報だった。
その内容は、25項目に及ぶ調査回答をまとめたものだったが、そのなかで、次の上位7項目を、とくに記憶している。
(1)正直であった(2)規律正しかった(3)人間関係が円滑であった(4)内助の功があった(5)ほかの誰よりも勤勉であった(6)仕事を愛していた(7)リーダーシップがあったこの調査事実を読みながら、私はある事実を汲み取った。
億万長者が成功した要因は、リーダーシップ以前に「人間としていかにあるべきか」が問われている、と。
リーダーになるべき人は心が貧しく、悪人であってはならぬことが明白である。
「正直で規律正しくある」ということは現代社会の会社法や、金融商品取引法でいう内部統制を指揮すべきトップに問われる姿勢と品格そのものだろう。
億万長者が成功した7つの要因は、トップ自身がコーポレートガバナンスそのものの楔(くさび)となっていることを示しているのだ。
大黒柱と4本の柱に鑑みる楔リーダーシップが危ぶまれる大きな要因は「ブレる」ことである。
「ブレる」とは信念がなく、言うことがたびたび変わり、部下に不安を抱かせることをいう。
そして部下は、「こんな上司の下でやっていけない」と不満を募らせる。
このような不作人事では、組織能力は生かされない。
私は農家に生まれ、先祖の遺産である築140年の古い家に住んでいる。
最近、耐震補強工事をしたが、天井裏の巨大な空間の屋根小屋には、大黒柱が棟まで突き抜けていた。
大工棟梁から大黒柱の役割と構造、そして力学の説明を受けながら、あらためて感動したことがある。
大黒柱が地震の揺れを無駄なく吸収するため、ホゾ穴に遊びをつくって大きな揺れを許容し、揺れを戻す設計がされているそうだ。
こうすることで、揺れを飲み込んで、揺れるがブレないようになっている。
大黒柱を中心にして、4方に次の太さの柱がある。
この大黒柱を中心にした4本の柱は、巨大な広い梁でしっかりとスクラムを組んで、大黒柱の補佐役をしながら、全体の構造を構成している。
あたかも4本の中太の柱は、江戸の町の治安を守る組織で言えば「将軍」「老中」「町奉行」「与力」とでも言える重鎮な柱である。
それぞれは、目的を持った家の要所「玄関」「広間」「居間」「台所」を司っているのだ。
これは企業組織における、代表取締役を中心とした取締役執行役員と、太いパイプで結ばれた姿と同じである。
よって大黒柱から、どんなに激震があろうとも「ブレないリーダー」の在り方を亀鑑することができるのだ。
私は決して、古民家を自慢したいから、このようなことを言っているわけではない。
組織構造がしっかりとガバナンスして、ギスギスせずに楔(くさび)が効いていることが、いかなる状況下でもリスクをガバナンスできることをお伝えしたいのである。
ふり返ってみると、発展途上のマクドナルド創業時に入社して部下を持ち、思考錯誤と艱難辛苦の、若き日々を過ごしてきた。
「新しい食文化を広める」というひとつの目的をチームメンバーと共有して、ブレないリーダーシップを貫いてきた。
マクドナルドは一年365日営業しているので、朝から夜中まで、来る日も来る日も現場で陣頭指揮していた。
もし、当時の自分に少しでも迷いやブレがあったら、苦しい運営を余儀なくされただろう。
私はQSC理念を共有し、日本一の外食産業になるビジョンを胸に、部下たちと燃える集団を動かしてきた。
毎日朝が来れば、店が正常にオープンできる喜びで実感できた。
もちろん、店の状況がまともでなく、慌てて店に飛び込まなければならないことも何度もあった。
このような状況でも、いつも「今日よりは明日と安心できる店舗づくりは、自分の右腕づくりしかない」と自分に言い聞かせていた。
マクドナルド全店で、優秀な店長は自分のテリトリーにしようと、優秀な店長づくりに燃えたのだ。
上司として、「陣頭指揮して自分の分身をつくることこそが、使命である」と自覚していた。
人を動かすことに喜びを見出し、デール・カーネギー博士の『人を動かす』(創元社刊)を参考としていた。
なかには、店長に向かないような人もいたが、店の開発がどんどん進み、これまでとタイプの違う店舗開発が続き、店のタイプに合わせて人事異動を行った。
店の大小や部下の器量の大小、部下によせる期待の大小で、人事を推し量ってきた。
やがて、大黒柱と4本の柱のように、自分のテリトリー組織がしっかりとでき上がり、人材開発が進んで、よく売れるようになった。
そして、社長も注目するテリトリーとなったのだ。
「過去は美談になる」とよく言われるが、美談とも言えるような成功体験がない組織は、最初からおもしろくない組織であるから、やる気など生まれるはずがない。
今日、マクドナルドの隆盛な存在を認識できるのも、「成功は1日にしてならず」と言える。
成功は、厳しい管理の賜物なのだ。
ダラダラとした組織管理からは、優秀な人材が生まれない。
優秀な人材は、逆にそんな組織を辞めてしまう。
ちなみに、私は好かれるほど厳しく、嫌われるほど厳しかったと思う。
時間管理と、仕事の質を求めたからだ。
時間管理は、自己管理との対決である。
上司として、規律あるロールモデルとして存在することが重要だ。
磨きがかかって、光り輝く大黒柱のように在りたいものである。
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