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第6章クレーマーへの反撃の作法

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第6章クレーマーへの反撃の作法

「クレーマー対応」というと、とかく「会社側がクレーマーからの攻撃をいかに防御するか」という文脈で語られることが多い。多くの事案においても、きちんと防御すれば自然と解決することができる。もっとも、なかにはただ防御するだけではいつまでも同じ状況が続くばかりというケースもある。防御するだけでは、いっそう要求が激化するケースもある。そういうとき「時間の過ぎゆくままに」では社員からの信用を失うことになる。「このままではまずい」と経営者が判断すれば、クレーマーへの反撃も検討するべきだ。反撃の狼煙を上げることで、これまでの流れを一気に変えることができる。反撃を考えるときは、中途半端な対応をするべきではない。「とりあえずこれをやって様子を見よう」という気持ちでとりかかると、かえって足をすくわれることになりかねない。反撃するなら、計画的かつ一気呵成に取り組むべきだ。そのためには、やはり弁護士に依頼するのが効果的だ。自分で何かをしようとすると、相手から違法とのそしりを受ける可能性もある。法律に基づき、淡々と事案を進めるためにも、弁護士に依頼するべきである。もっとも、弁護士に依頼するとしても、具体的なメリットがイメージできなければ、費用をかけてまで依頼すべきかわからない。そこで本章では、クレーマー対応において、弁護士ができることについて概略を説明する。クレーマーが相手の場合、交渉による解決が期待できないことも少なくない。クレーマーは「譲歩する」ことを想定していないからだ。交渉による解決ができないとなれば、裁判手続による解決も視野に入れることになる。クレーマーは「訴える」と言いつつも、裁判所が自分の要求を認めないリスクを危惧して訴訟を躊躇する。こちらとしては、交渉よりもむしろ法廷ではっきりさせることが好都合である場合も多い。そこで会社側からクレーマーに対して裁判を起こすときの注意点について説明をする。そのうえでクレーマーのターゲットになりにくい組織を作るための工夫について整理しておく。クレーマー対応の要諦は、なによりもターゲットにならないための事前の準備に尽きる。実際にターゲットになったうえでの事後的な対応の場合にはできることにも限界があるし、費用もかかる。クレーマー対応を通じて学んだことを組織全体で共有していくことが、将来のクレーマー防止の観点からも効果的である。

クレーマーが弁護士を嫌う理由クレーマー対応を効果的に解決するには、弁護士を積極的に活用するべきである。クレーマーの要求は、具体的な根拠もなく、かつ一方的なものである。そのまま受けていたら相手からのプレッシャーだけで倒れてしまう。弁護士の活用が効果的である理由は、「相手の要求を法的紛争に持ち込むことができる」からである。クレーマーは、会社とのやりとりをなんとか心理戦に持ち込んでいきたいと考えている。一方、弁護士は、これを法的紛争に持ち込んで論理的に解決しようとする。クレーマーは、物事を論理的にとらえていないため、論理的解決に弱い。だからこそ、弁護士が関与してくることを嫌悪している。弁護士は「予防」という観点からも、クレーム対応に効力を持つ。事業経営においては、事前の準備こそ何より大事である。事後的に何かを処理すると費用もかかるし、損害も大きくなる。事前に準備をしておくことで、トラブルの発生率を低下させ、かつ発生した場合でも損害を最小化させることができる。これはクレーマー対応においても同じである。事前に準備しておくことで、クレーマーの対象になりにくい。もっとも、クレーマー対応の事前準備といっても、なかなかイメージしにくい。ひとつの準備としては、これまでお伝えしたように、クレーマーへの対応について社内でマニュアルを作成することだ。こういったマニュアルは、自社でオリジナルなものを作成しなければ意味がない。外部に依頼して形式的なものを作成しても、現場では利用できないものができあがってしまう。自社の経験をベースにするからこそ、身の丈に合ったマニュアルを作ることができる。なかには「何から手をつければいいのかわからない」という経営者もいるかもしれない。その場合は、弁護士に相談してマニュアルの策定に協力してもらうのもひとつの手だ。私の事務所で提供させていただいているコンサルティングは、自社の経験をマニュアルというカタチにしていくものだ。このときのポイントは、何をどの順番でマニュアルにしていくかにある。何かを体系化するというプロセスにおいては、「並べ方」が重要になってくる。単にケ

ースを無尽蔵に並べてもマニュアルにはならない。新人の担当者でも読んで実践できるようなマニュアルを策定していくには、学習する順番にこだわってほしい。「順番こそ哲学」といっても過言ではない。たいていのマニュアルが失敗するのは、この順番へのこだわりが弱いからである。コンサルティングでは、具体的に活用できるマニュアルにするため、順番について強いこだわりを持っている。もうひとつの準備として効果的なのは、不当要求に対する自社の方針を待合室などに掲示することだ。「不当な要求には応じない」ということを書面であらかじめ明示しておくということである。このとき、できれば顧問弁護士の名前も掲載しておくといい。たとえば、「不当な要求がなされた場合には、顧問弁護士である○○弁護士に対応を依頼しております」とあえて書いておくことだ。クレーマーにとっては、論理的に物事を解決していく弁護士は面倒くさい相手である。一歩間違えれば、逆に自分が責められる可能性すらある。しかも抽象的に「弁護士に依頼します」という表現ではなく、具体的な名前まで掲示されていると、「この会社は本当に弁護士に依頼する」ということが相手に伝わる。それが不当な要求に対する抑止力になる。弁護士にとって、訴訟はあくまで紛争解決のひとつの手段でしかない。しかも訴訟がベストな紛争解決の手段とも限らない。弁護士は、各自が紛争解決手段を体系化し、かつ事案に応じてベストな方法を選択していくことになる。経営者には、事業経営をするうえで弁護士をもっと身近な相談者として活用していただきたい。クレーマー対応を弁護士に依頼する際の注意事項昨今、クレーマー対応についてのコンサルティングを提供する方は少なくない。それぞれのコンサルタントが自己の知見に基づき、すばらしいサービスを提供されているはずだ。経営者としても、経験に勝るものはないので、参考にするべきだろう。もっとも、コンサルタントと弁護士には、根本的な相違がある。弁護士は、依頼人の代理人として活動できるという点だ。コンサルタントが代理人として活動すると、弁護士法に抵触する可能性がある。弁護士は、代理人になることができるがゆえに、クレーマー対応において効果的である。弁護士は、正式な依頼を受けると、まずクレーマーに対して受任したことを通知する。このとき「今後の対応は弁護士が実施する」と記載する。交渉の窓口を会社から弁護士に変更することができることこそが、弁護士に依頼する最大のメリットである。クレーマーの担当者は、正直言って疲弊している。どれほど毅然と対応している人であっても、「早く手を放したい」と願っているのが通常である。「またクレーマーから連絡があったら対応しなければならない」と不安を抱いていれば、本来の業務に集中することができない。いつ来るかわからないクレーマーに対して警戒し続けるというのは、精神的にかなりの負担になってしまう。

に相談に来所する方も、「今後はこちらで対応しますから」と言うだけで担当者の顔に安堵感が広がる。弁護士が対応するには、クレーマーの氏名と住所を把握しておきたい。弁護士は、一般的に受任通知を書面で送付する。相手の氏名と住所が不明であれば、こちらから裁判をすることは容易ではない。電話番号しかわからなければ、相手を特定できない可能性もある。逆に弁護士が就任すると、クレーマーは警戒して、氏名や連絡先を伏せることがある。この状況は弁護士としてもやりにくい。そこで、弁護士に依頼する前の段階で相手の氏名と住所だけはなんとかして把握しておいてほしい。これらの情報さえあれば、弁護士として打てる手が増えてくる。いったん弁護士に任せたら、すべての窓口は弁護士に一本化させるべきだ。スムーズな交渉を進めるには、窓口はひとつでなければならない。仮に相手が連絡を求めてきても、「すべて弁護士に任せているので、当社で対応できることはない」と回答するのが正しい。個別に対応されると依頼を受けた弁護士としても対処に困る。クレーマーから「先ほどの会社の担当者は違う話だった。弁護士は会社と意思疎通ができているのか」と批判されることもある。情報が分散すると、クレーマーのつけ入るスキができてしまう。なかにはクレーマーが依頼者に対して弁護士を解任するよう求めてくるときもある。ある事案では、クレーマーが「なぜ勝手に弁護士に依頼するのか。弁護士がいるとまとまる話もまとまらない。早く終わらせたいなら弁護士を解任しろ」と懐柔の電話を担当者にしてきた。このときの担当者は毅然と対応してくれたからよかった。おそらく相手を信頼して弁護士を解任していたら、さらに過激な要求がなされていたであろう。弁護士といえども依頼者から解任されれば何もすることができない。クレーマーは、できるだけ弁護士とやりとりをしたくない。そこでクレーマーは、会社と弁護士の信頼関係が崩れるように情報操作をすることがある。あえて会社に対して「弁護士からの対応が遅い」「弁護士はこれまでの経緯を理解していない」といった不安を煽る言動をしてくる。弁護士に依頼する場合は、定期的に情報共有をして、信頼関係の構築に取り組むべきだ。弁護士に依頼する際は、どの弁護士が対応するのかもきちんと確認しておくことを勧める。「ある弁護士に担当してほしくて依頼したら、同じ事務所の別の弁護士が担当になった」という不満の声は少なくない。依頼者としては、「この弁護士」と意識して費用を払って依頼している。これに対して依頼を受けた弁護士としては、他の案件も対応しなければならないため、依頼のあった案件をすべて自分ひとりで担当できるとは限らない。このように依頼をする側と依頼を受ける側では立場も違うし、考え方も違う。だからこそ、事件を依頼する際には、他の弁護士と共同で担当するのかどうかも含めて確認しておくべきだ。事後的に「話が違う」となると、弁護士への不信感につながりかねない。弁護士費用も含めて聞きにくいことこそ、相互の信頼のため明確にしておくべきだ。

関係各所への情報共有弁護士に依頼するときのイメージ作りのために、私の事務所で依頼を受けるときの手順について簡単に説明しよう。まず相談に先立ち、担当者には事件の経緯についてメモを作成してもらっている。事実を時系列に整理したものだけでもいい。ざっくりした全体のイメージを持っておくことで、相談時において質問するべきことがわかる。相談時にゼロから聞いていくのは時間の無駄であるし、聞き落としが生じかねない。事前にメモを確認したうえで、必要な資料を補充的に用意してもらう。こうすることで初回の相談の内容を充実させることができる。相談においては、担当者のみならず、できるだけ経営者にも同席してもらう。中小企業では、弁護士への依頼の決定は経営者の判断ひとつである。いくら担当者に方針を説明しても、経営者が了承しない限り、弁護士への依頼ということにはならない。依頼の是非を決定する経営者に会わなければ、いつまでも進展しない。担当者からは「弁護士に依頼して手を離したい。だが社長は費用がかかるからといって依頼させてくれない」という声を耳にしたことがある。弁護士に依頼すれば、費用がかかる。「できるだけ経費をかけたくない」というのは経営者としてあたりまえの姿勢である。ただ、実際に苦労しているのは、経営者ではなく担当者である。単に費用の多少だけで検討するべきではない。相談を聞いてから方針と費用を提案させていただく。このときポイントになるのが、具体的なゴールを設定することである。「クレーマーからの要求に対応する」ではゴールが定まっていない。「クレーマーからの電話を止める」というようにわかりやすいゴールを暫定的に決めていく。これによって全体として向かう方向を共有することができる。こういったゴールは、事案の展開によって修正していくことになる。クレーマー対応は相手のあることなので、ゴールあるいは方針が流動的になるのはやむを得ない。それでもゴールを設定するのは「ゴールからずれている」ことを自覚するためである。ゴールがなければ、想定したところから外れていることすらわからず、新たな一手を打てない。経営者から方針と費用について同意をいただいたうえで正式な受任となる。受任をする際には、「クレーマーから連絡がきて、一番困るところはどこですか」と経営者に質問するようにしている。クレーマーは、会社にプレッシャーをかけるために、第三者に連絡をすることがある。親会社、フランチャイザー、加入団体、あるいは取引先などである。突然クレーマーからの申し入れがなされたところとしては、「こちらに言われても困るから早くどうにかしてください」と会社に連絡してくる。経営者は、こういった第三者からのプレッシャーに弱い。クレーマーは、弁護士が会社についたとわかると、経営者の弱みである第三者に連絡をすることがある。これをされると現場が混乱することになる。「弁護士をつけて対応をしています」と説明しても、第三者に納得してもらえるとは限らない。むしろ「そちらの都合でしょう。弁護士がいるなら、こちらに迷惑をかけないようにしてもらってください」と言われることもある。弁護

士としても、クレーマーがどこを対象にしてくるかわからないため、あらかじめ打てる手がない。こういったとき第三者が怒るのは、何の前触れもなくクレーマーから連絡があるからだ。あらかじめ連絡があるかもしれないとわかっていれば、また印象も違う。そこで弁護士に依頼する場合には、関係のありそうなところにあらかじめ連絡をしてもらうようにしている。クレーマーからの不当な要求を受けていること、弁護士に依頼していること及びクレーマーからの連絡があるかもしれないことを伝えておく。このように事前に情報を共有しておくだけで、「それは大変だね」という協力関係になってもらいやすい。少なくともクレーマーから連絡があっても、あわてることがない。クレーマー対応においては、こういった心情に対する細やかな配慮が求められる。

裁判所へ持ち込む目的クレーマーからの要求は、基本的に具体的な根拠がない。そのため、「訴えるぞ」とは言いつつも実際に訴えることはあまりない。仮に訴えたとしても、費用ばかりかかり、しかも自分の要求が否定される可能性が高い。結果として、クレーマーからはいつまでも「話し合い」を求められ、会社として対応に苦慮することになる。そこで、あえて会社から裁判所へ事案を持ち込むこともある。ある介護事業所では、退職した従業員の親からの電話と面談要求に翻弄されていた。本人は、勤務開始から無断欠勤を繰り返し、勤務中もゲームをするなど問題行為が目立っていた。これについて上司が指摘すると、2カ月も経たないうちに「自分の想像していた仕事と違う」と言って退職していった。すると両親が「会社からパワハラがあった。説明と慰謝料を求める」と執拗に迫ってきた。会社側が何度説明をしても、「会社の言いがかりだ。根拠がない」の繰り返しでまったく納得しなかった。「弁護士に相談しても、会社の対応はおかしいと言われた。すぐに謝罪しろ」と言うようになった。相談した弁護士名を聞いても、「それは教えられない」ということでまったく話が進まなかった。要求はエスカレートして、施設長の携帯電話に多いときは1日に5回も電話がされた。しかも事前の連絡もなく、いきなり施設にやってきて面談を求めることも繰り返すようになった。あきらかに業務に支障が出るようになり、私の事務所への依頼となった。事務所では、会社としての対応に間違いがないか資料を再確認したが、やはり問題はなかった。そこで弁護士として連絡をしたが、一向に相手にされず、施設への電話なども続いた。そこで本件はやむを得ないとして、会社側から裁判所へ事案を持ち込んだ。裁判に持ち込んだことを知ると、相手は態度を変えて、すぐに話し合いで解決することができた。このように、会社からあえて裁判所に持ち込む目的は、事案を司法のルールのなかで処理することにある。クレーマーとの交渉では、ときに相手の独自のルールで物事が展開することがある。これでは何をやっても相手が納得しなければ話し合いが進展しない。ルールがあってないようなものだ。これが裁判所を関与させることで、司法のルールで事案を整理し、紛争を解決させることができる。クレーマーといえども、司法のルールには応じ

ざるを得ない。裁判所に持ち込むといっても、採用するべき手続きは、訴訟、調停、仮処分など複数ある。弁護士としては、事案の内容や証拠の内容を基礎にしつつ、いかなる方法を採用するかを検討していくことになる。ここでは、典型的な債務不存在確認訴訟を簡単に説明しておこう。一般的に訴訟では、原告が被告に対して、「貸金を支払え」「建物を明け渡せ」など具体的な何かを求める形式が多い。これはイメージしやすいだろう。仮にクレーマーが自分で訴えるとなれば、会社を被告として金銭の支払いを求めることになる。債務不存在確認訴訟とは、その逆のパターンとイメージすればいい。会社としてクレーマーの要求するような損害賠償責任を負担しないことを裁判所において確認してもらうというものとイメージしてもらえればいい。会社としては、主張と証拠を提出して、裁判所に「クレーマーからの要求に応じる責任は会社にはない」と判断してもらうことになる。クレーマーからの要求に応じる必要がないことについて司法的な裏づけがされることになる。それでもクレーマーが要求を続けるのであれば、根拠のない違法な要求ということになる。こういった訴訟については、「相手が裁判所に出てこなかったらどうなりますか」と質問されることがある。実際のところ、訴訟を提起してもクレーマーになんら反応がないことがある。具体的な認否もなく欠席すれば、会社の請求を認める判決がなされることもある。経営者のなかには、「単に責任がないということだけでは不十分だ。むしろ損害を請求してほしい」といきりたつ人もいる。心情としてわからなくもないが、拙速な判断は避けるべきだ。こちらから損害を請求するとなると、具体的な主張や証拠を用意して提出する必要がある。これに失敗すると、裁判所から請求棄却という判断がなされるリスクがある。会社から訴えて敗訴すれば、かえってクレーマーに自信を与えることになりかねない。もちろん、会社の訴えが認められないということと、クレーマーの要求が認められるというのは同一のことではない。それでもクレーマーは、目の前の事実を自分の都合のいいように解釈する。仮に会社として損害を請求する場合には、損害の算出にも留意しなければならない。法人である会社は、慰謝料を請求することができない。慰謝料は精神的な苦痛に対するものであるから、精神のない法人に慰謝料という概念はない。慰謝料を請求するとなれば、担当者個人が受けた精神的苦痛だ。そのため、原告としては、担当者個人の名前をあげることになる。これはこれで担当者にとって負担となる。また、会社としては、クレーマーとの対応で業務に支障が出たと感じるだろうが、具体的な損害の算出となると難しい。「対応のために時間を取られた」という程度では、損害と認定される可能性は低いだろう。いずれにしても、安易に請求してかえってクレーマーに自信を与える結果になってはな

らない。請求をする場合には、事前に弁護士に裁判に耐えることができるだけの証拠があるのか確認してもらうべきだ。民事調停を活用してみる事案を裁判所に持ち込むといっても、持ち込み方法は訴訟だけではない。訴訟の場合には、最終的には判決によって白黒をはっきりさせることができるというメリットがある。クレーマーの希望とは関係なく、結論が出ることになる。もっとも、メリットはときにデメリットにもなる。クレーマーからの要求のなかには、会社のミスもあって、あまり無下にできないときもある。たとえば、クレーマーの要求は過剰ではあるが、会社として何らかの賠償をせざるを得ないというときだ。会社としては、公開の法廷で事案のすべてが明らかになることを避けて、できれば話し合いによる解決をしたいというニーズもあるはずだ。また紛争解決のために弁護士を依頼するだけのコストをかけることができない場合もあるだろう。そういうときにお勧めするのが民事調停だ。「調停」というと、離婚調停や遺産分割調停といった言葉を耳にした人が多いかもしれない。これらは家事事件に関する、一般的に「家事調停」と呼ばれるものだ。調停のなかには、家事調停のみならず、「民事調停」と呼ばれるものもある。民事調停は、当事者間の民事トラブルを解決していくための手続きであり、クレーマーとのトラブルにも利用することができる。民事調停は、「裁判所における話し合いの場所」とイメージすればわかりやすい。訴訟のように裁判所の主導で白黒をはっきりつけるというものではない。あくまで当事者による話し合いによる解決を求めるものだ。ただ、話し合いのなかに調停委員という第三者が関わる点において、当事者間同士の話し合いとは異なる。この第三者が関わるというのは、想像しているよりも話し合いを進めるうえで効果的である。クレーマーとの直接のやりとりのなかでは、交渉をしてもいきなり話が変わることがある。せっかく積み上げてきた交渉が一方的に崩されてしまい、ストレスになる。調停では、第三者が関わり交渉の交通整理をしてくれるため、ストレスが軽減される。また民事調停においては、クレーマーと直接対面のうえ話し合いをする必要はない。一般的には当事者双方から別々に調停委員が話を聞いてくれる。クレーマーが話をしているときには、会社側は待合室などで待機する。逆に会社側が話をしているときは、クレーマーは待合室などで待機することになる。こうやって双方の話を別々に聞きながら合意点を模索していくことになる。クレーマーを前にしては緊張して言いにくいことも調停委員の前では落ち着いて話すことができる。訴訟はルールが厳格であるため、できれば自分で対応せず、弁護士に依頼したほうがいい。これに対して調停であれば、あくまで話し合いの延長であるため、会社で対応するこ

とも十分可能だ。私の事務所で調停の代理人をするのは、「費用をかけても手を早く放したい」という会社のニーズがあるときだ。「自分でやりたいが、書面の書き方がわからない」ときは、書面の書き方だけ弁護士に相談するのも手っ取り早い方法だ。こういった民事調停は、非公開であるため、会社とクレーマーとの交渉の経緯が外部にもれることはない。何回かの期日を経て当事者双方が合意できた場合には、「調停調書」というものが作成される。これは当事者の合意内容を記載したもので、判決と同じ効力を有する。もっとも、民事調停といっても万能なものではない。民事調停は、あくまで当事者の合意を模索するものであるため、合意できなければ「調停不成立」ということで終わってしまう。つまりクレーマーが納得しなければ、問題の解決にはならない。それでも調停をする意味はある。それはクレーマーの要求内容を整理して確定することができることだ。債務不存在確認訴訟などをするにしても、クレーマーの要求内容が曖昧では、訴える内容が特定できず、始めることができない。調停を通じてクレーマーの要求内容を特定させることで、調停が不成立になった場合でも、訴訟など別の方法をスムーズにとることができる。しかも調停のなかでは、将来の訴訟を見越して必要な資料の提出などを求めていくこともできる。円滑に話を進めるための手法として、民事調停をもっと積極的に活用するといい。一度自社で経験すれば、民事トラブルの解決手法として活用しやすい。スピードを求められるときは「仮処分」訴訟あるいは調停は、クレーマーとの紛争解決の手段として効果的なものである。ただし、電話あるいは面談要求が執拗になされているときに直ちに強制的にやめさせることはできない。訴訟にしても調停にしても、基本的に期日が開かれるのは月に1回くらいのペースである。事案として終了するのに1年以上かかることも珍しくない。その間にクレーマーからの裁判外での連絡などが停止すればいいが、必ずしも停止するとは限らない。むしろ裁判に持ち込んだがゆえに、さらに感情的になり態度を硬化させる可能性もゼロとは言えない。そんなときに「次回は来月の期日で」ということでは担当者のメンタルがもたない可能性もある。こういう場合、「仮処分」という手続きを利用することがある。「仮」という言葉にあるように「とりあえず」の判断を裁判所にしてもらうことになる。確定的な判断は事後的に訴訟で決着をつけるとして、暫定的な法律関係を仮処分で迅速に決めてもらうことになる。仮処分はこの迅速性がポイントになってくる。仮処分で求める内容は様々なものがある。たとえば、「会社に電話をしてはならない」というものもあれば、「会社の関係者に面談を求めてはならない」というものもある。求

める内容は、クレーマーからの要求方法によって異なる。仮処分は、あくまで暫定的なものであるため、訴訟のように証拠による厳密な事実の認定が求められるものではないとされる。さりとて申立てをすれば、必ず仮処分の決定が出されるというものではない。申立ての根拠となる資料の用意が必要である。たとえば、執拗な電話を禁止する申立てをするのであれば、いつ、誰から、どのような電話がなされたかについての報告書、電話内容を録音したものなどが必要である。面談を禁止するのであれば、その際の混乱した現場動画なども資料にすることができる。仮処分を申し立てると、裁判所は通常クレーマーを呼んで意見を聞く手続きをする。裁判所は、クレーマーの意見も聞いたうえで、具体的な決定をする前の段階で和解案を提示することもある。ここで双方が納得すれば、「和解」ということで終局的に紛争を解決することができる。和解とならなければ、会社からの「電話を禁じる」「面談を禁じる」といった趣旨の申立てについて是非が判断される。仮処分は、スピード勝負のところがある。スピード感をもって申立てをするには、事前に資料がいかにそろっているかがポイントになる。仮処分が暫定的な判断を求めるものといっても、申立てをすれば裁判所がすぐにこちらの主張に基づいた判断をしてくれるというものではない。主張を基礎づけるような資料がなければ、仮処分が失敗に終わることもある。申立てを検討する段階になってはじめて資料を用意するとなると、正直言って遅い。だからこそクレーマーについては、早めに弁護士に相談して、仮処分申立ての可能性も含めた資料の準備を協議しておくべきだ。訴訟、調停あるいは仮処分といった裁判所を利用した方法は、いずれも民事上の責任に関するものである。クレーマーの態度によっては、刑事責任が発生することもある。たとえば、退去しないこと、執拗な電話あるいは面談要求で業務を妨害すること、あるいはカウンターで大声を出して周囲を威迫することなどは犯罪になる可能性がある。このようなケースでは、警察に対する被害届あるいは告訴といった手続きも検討することになる。「告訴する」と憤っている人を目にすることがある。「早くなんとかしたい」という気持ちはわかるが、拙速な対応はかえって混乱することもある。警察にアプローチするにしても、被害届にするのか告訴にするのかをまず考える。被害届と告訴は似ているが、相違もある。被害届はあくまで被害、つまり犯罪事実があったということを捜査機関に報告するものでしかない。これに対して告訴は、捜査機関に対して犯罪事実のみならず、犯人の処罰まで求めるものである。クレーマーに対する処罰を求める意思まであるのなら、被害届ではなく告訴をすることになる。告訴といえども、思いつきでできるようなものではない。用意できる資料などを考慮したうえで、本当に告訴をするか判断していくことになる。告訴については、専門的な見地からの判断も要するため、事前に弁護士に相談するべきだ。民事の裁判では、こういった刑事事件における資料を証拠として利用することもある。その意味では、民事事件と刑事事件といっても、別個独立したものではなく、相互に影響する関係とも言える。

自社でのクレーマー対応経験を組織内でフィードバックするクレーマーに対する組織力を高めていくには、自社で経験した事例を社内で定期的にフィードバックすることがもっとも効果的な手法である。いくらセミナーや本を読んだとしても、実際に自社で経験して学んだことほど参考にはならない。人は「自分ごと」になってはじめて知識を知恵にすることができる。それにもかかわらず、多くの企業では、クレーマーからの要求が終わると事案として終了として扱い、フィードバックをする機会がない。仮にあったとしても、事案終了後に全員に概要の報告があって終了ということになる。これではいくらクレーマー対応の経験があるとしても積み上げていくことができない。いつまでも同じことの繰り返しであり、担当者個人の対応レベルが組織のレベルになってしまう。ある経験は、見返すことではじめて将来において活用できる道具になる。クレーマー対応も、要求が止まった後こそ、落ち着いて研究する対象になる。せっかくの貴重な経験を過去の出来事で終わらせることはあまりにもったいない。そこで、経験を組織の強さに変えていく組織内フィードバックのあり方について説明をしていこう。フィードバックは、クレーマーに直接対応した担当者自身が講師の役を担う。「何があった」という事実だけではなく、「どのように感じたか」という心理も同じくらい大事だからだ。クレーマー対応では、心理的なプレッシャーゆえの判断の誤りというものがある。だからこそ担当者には、心理状態を赤裸々に述べてもらうことがもっとも効率的だ。フィードバックの際は、絶対に担当者の意見を批判してはいけない。事後的に批判するだけであれば、誰だって簡単にできる。担当者は恐怖心を抱きながら精一杯担当してきたのだから、誤りがあったとしても賞賛されるべき立場の者である。批判されれば、担当者としてはさらに同僚から精神的苦痛を受けることになってしまう。担当者自身に語ってもらうのは、担当者自身の成長のきっかけにもなる。クレーマー対応をしているときには、揺れ動く感情のなかで行動をしている。そのため客観的に自分の行動や感情をとらえることがなかなかできない。誰かに何かを語るときは、自分の過去の行動や感情と冷静に向き合うことになる。それはときに辛い経験ではあるが、大人の成長のためには痛みがともなうものだ。自分の成功と失敗を認めることで、自分の今を知ることができる。しかも「教える」ということで、自分のなかで散乱していた知識や経験が体

系化される。つまるところ、体系化とは、情報の選択と順番につきる。「いかなる情報を伝えるか」は「いかなる情報を捨て去るか」と同義だ。情報にあふれた現代だからこそ、人は情報を捨て去る際になってはじめて真剣に情報に接し必要性を吟味する。知っている情報を丸ごと伝えるだけでは「教えること」にならない。また選択した情報をいかなる順番で伝えるかによっても教わる側の理解の程度に差が出てくる。「相手の理解を高めるためにどの順番で語るべきか」について考えることがまさに情報を組み立てるということになる。「教えることで自分も学ぶ」というのは、こういった情報の体系化を自ずと経験するからであろう。クレーマー対応のフィードバックにおいては、ある判断をした際の思考のプロセスもできるだけ共有するようにする。「なぜ、この段階で弁護士に相談することにしたのか」「なぜ、相手の求めに応じてメモを書いてしまったのか」など、事案の分岐点となるような判断についてである。こういった判断の多くは、一見すれば「なんとなく」というものが多い。担当者としても「その場の雰囲気で」としか答えられない。実際には何らかの判断があったがゆえに行動に出ているはずだ。ただ、担当者はそういった判断のプロセスを言語化できないだけの場合が多い。「言語化されない思考」というのは意外とある。たとえば、「直感」というのは純粋な感覚ではないだろう。むしろ数え切れない経験から自分なりに導きだした、極めて論理的なものであって、結論に至るプロセスについて言語化できないだけのものかもしれない。言語化されていない部分を特定し言語化していくことは、類似した事案に対する際の思考方法として参考になる。クレーマー案件は、事件ごとに内容が異なるため、結論だけをいくら知ったところであまり意味がない。思考のプロセスを学んでおくことで新しい案件でもアプローチすることができる。少なくとも、どこで担当者が悩みやすいのかを知っておくことは自分が同じような立場になったときの参考になる。こういったフィードバックは、年に2回くらいの機会を確保しておくべきだ。人は一度聞いただけでは記憶することができない。また参加しているメンバーも違ってくる。あらかじめ事業計画のなかでクレーム対応についてフィードバックする日時を設定しておくといい。クレーマー対応は効率性を求めすぎない逆説的かもしれないが、効率性は求めすぎるとかえって低下するときがある。これはクレーマー対応においても同様である。マニュアルを作成する、あるいは組織内にフィードバックするというのは、対応の効率性を向上させるために必要なものだ。もっともマニュアルを作成するにしても、当初は相当の時間を要する。しかもいったんマニュアルができあがったとしても、修正を要するものであって「これで終わり」という

ものはない。常に磨き上げていかなければならない。その意味ではクレーマー対応のレベルを上げていくというのは、手間暇のかかることだ。しかもレベルをいくら上げたとしても、売上に直結するものでないため、効果を計測するのは容易ではない。それにもかかわらず、経営者が「もっと早く」「もっと効率的に」と社員に求めてしまうと、時間をかけてスキルを磨くだけの精神的な余裕がなくなっていく。これではマニュアルにしても、フィードバックにしても、カタチばかりのものができあがって効果が期待できなくなってしまう。飾りのためのマニュアルであれば、わざわざ作成する必要などない。経営者が「効率性」という抽象的な言葉をあげるたびに、社員はさらに焦りを感じることがある。これはクレーマーへの実際の対応においても共通する。「効率的に対応しよう」と意識するほどに対応が雑になってしまい、クレーマーの思うつぼということになるケースもある。クレーマー対応においては、余白をあえて残しておくくらいの心がけがベストだ。マニュアルにしても、最初から完璧なものにしようとしても、誰も自社オリジナルの完璧なマニュアルを知らないのだから、できるはずがない。「とりあえず作成して、これから修正していけばいい」というくらいの軽い気持ちで十分だろう。また、実際にクレーマーに対応していくなかでは、マニュアル作成時にはまったく予想していない展開になることもある。そのようなとき「マニュアルにない。どうしたらいいのか」と悩む必要はない。むしろマニュアルにないことが発生するのが現実だ。そういうときには、「マニュアルにないような状況になったから、弁護士に相談してみよう」という心がけで十分だ。このように記載すると、「マニュアルなんて結局は役に立たないではないか」という批判もあるかもしれない。マニュアルにない事態が発生したからといって、マニュアルが役に立たないというわけではない。マニュアルの役割は、予想される事態における対処法を示すことだ。逆に言えば、マニュアルにない事態があるということは、それは想定していない異常な事態ということを示している。こういった先例のない案件については、自分で判断して動くよりも、弁護士に相談して判断を仰いだ方がいい。「まずい」と感じたら、周囲に支援を求めるのは決して情けないことではないし、責任の放棄でもない。このようにマニュアルには、異常性の判断基準という機能もあることを理解していただきたい。自分のなかのクレーマーここまでクレーマーに対する具体的な対応と予防方法について整理してきた。これらについて実践していただければ、自社のクレーマー対応のレベルは上がるはずだ。本書の最後に、これまで触れてこなかったことについて考えておこう。それは〝自分のなかにいるクレーマー〟だ。

我々は、とかくクレーマーというと、自分ではない他の誰かを想像する。クレーマーにしても、「自分がクレーマーである」という認識はない。クレーマーは、あくまで周囲の評価のなかで生まれてくるものだ。そのため、周囲からすれば、我々自身がクレーマーという評価を受けている可能性がある。人はとかく「自分は正しく、周囲は間違っている」という認識に立ってしまいがちだ。「あなたもクレーマーかもしれない」と指摘されると、「失礼な。そんなはずがない」と感じるだろう。だが、我々がクレーマーではないという確証はどこにもない。高度にサービス化した社会においては、便利であることがあたりまえのことになっている。たとえば、指定した時間に荷物が届くことひとつにしても、「あたりまえ」のサービスのように感じるかもしれないが、冷静に考えればこれはすごいことだ。自分自身の力だけで指定の時間どおりに配達できるかといえば、できないだろう。こういった高度なサービスの背後には、それを支える無数の人々の配慮がある。我々は、ときにサービスの内容ばかりに意識を向けてしまい、サービスを支える人々の存在を忘れてしまっている。顔が見えないからこそ、少しでも時間などに遅れると、悪意なくサービスに対して不満を口にしてしまうことになる。「よりよいサービス」を標榜する企業としては、こういったクレームについては真摯に対応せざるを得ない。それが翻って現場の社員に対して無理を強いることにもなってしまう。最後には誰かの負担と犠牲の上にサービスが成り立つということにすらなりかねない。そんな社会は誰も望んだものではない。社会は、人々が複雑に絡み合い、かつ影響しあうことで成立している。このシステムのなかでは、誰かの行動の影響が相互依存の関係により増幅される。誰かが自己中心的な態度で周囲に対する不満を口にすれば、反響を通じて次第に大きな不満の声になる。それが「クレーマー」というカタチで現れてくる。クレーマーは、いわば我々が生みだしたものだ。我々が生みだしたものであるがゆえに、我々自身の手によってなくすこともできるはずだ。我々は、自分たちの意思とは関係なく、競争社会の中で暮らしている。競争をすること自体は、文化の発展に寄与するものであるから安易に否定されるべきではない。ただ、競争に関して「誰かに打ち勝つこと」だけがフォーカスされると誰かを赦すということを忘れてしまう。人は、誰しも過ちを犯してしまう存在だ。過ちを批判するのは容易ではあるが、赦すのは難しい。だが赦すことができるからこそ、相互に支えあう社会が円滑に成り立つ。批判だけの社会であれば、不信感ばかりが募ることになる。しかも「誰かを赦す」というのは、他者を救うばかりではなく、自分自身を救うことでもある。弁護士として様々な出会いを通じて学んだことは、「人は自分でしか救われない」という事実だ。いくら弁護士として活動しても、最後に傷ついた依頼者を救えるのは依頼者自身しかいない。弁護士ができるのは、本人が救いの道を見出すことを間接的にサポートさせていただくことだ。おそらく「救ってあげよう」と感じた時点で、救いにはならず、単に善意の押しつけで終わってしまう。

本人が救いの道を見出すのは、誰かを赦すことができたときだ。辛い選択であるが、赦すがゆえに自分を縛る苦しみから解放される。こういった赦しの連鎖が広がることで社会はもっと豊潤なものになるはずだ。我々は、なにかしらの不満を抱えながら暮らしている。我々の内面には、「クレーマーとしての自分」がひそかに横たわっているかもしれない。クレーマーであるか否かは、誰かを赦せるかどうかの違いでしかない。いわば紙一重の違いだ。自分自身がクレーマーにならないためには、自分を苦しめる誰かを赦すしかない。赦しこそすべてだ。

おわりに経営者にとっての喜びのひとつは、社員がいつまでもはつらつと勤務してくれることであろう。クレーマー対応に疲弊して社員が退職していくことなど、誰にとっても不幸なことだ。このような場合、社員を守ることができなかった経営者にも何らかの問題がある。経営者の姿勢を変えていかなければ、本質的な解決にはならない。私たちは、経営問題の原因を企業の外部に求める傾向がある。クレーマー対応にしても、「クレーマーさえいなければ」と願うことがしばしばである。しかしながら、原因の多くは、企業の外部ではなく、内部にあるものだ。もっといえば、経営者自身にある場合が圧倒的に多い。経営者が変わるだけで、「これは同じ会社なのか」と目を見張ることがしばしばある。経営者と会社はまさに一心同体。だからこそ本書では、クレーマー対応について経営者の視点から体系化してお伝えしてきた。本書を通じてクレーマー対応の基本の型のイメージを持っていただけたはずだ。ここで「参考になった」で終わるか否かによって、5年後、10年後の自社のあり方がまったく変わってくる。学んだことを実践してこそ、自社を飛躍させていくことができる。少なくない経営者が、学んだことで満足してしまい、同じところでつまずき、痛い目を見ている。実践するといっても、難しいことを求めているわけではない。事例を参考に「自社ならどう対応すべきか」をイメージして、紙に書き出していただければ十分である。大事なのは「自分で考える」というプロセスである。この世界に同じ経営者はふたりといない。各自が価値観と経営手腕を磨きながら、あるべき将来を描いている。クレーマー対応にしても「唯一の正解」というものはない。基本をベースにした自社オリジナルなマニュアルこそ求められる。オリジナルなものだからこそ、迫力と緊張感が生まれてくる。もっとも、最初から完璧なものを求めてはならない。完璧を求めるほど、現場から離れた抽象的なものになってしまう。たとえ立派なものができたとしても、実際に活用できないものになってしまう。経営者としては、本書に記載してある内容を参考にして、とりあえずのプロトタイプを作ってしまうことだ。それを現場で運用したうえで問題点があれば修正していく。イメージとしては、「走りながら考える」といったようなものだ。自力での作成が難しいようであれば、相談していただきたい。もっとも、コンサルティングの内容は、弁護士が作成したものを提供するというものではない。あくまで経営者自身が生みだしていくのをサポートする形式だ。経営者が魂を込

めて作成したものでなければ、いかに立派なものでも定着しないからだ。事業に魂を入れることができるのは経営者のみである。「社員のため、顧客のため、よりよい組織を作りたい」という経営者の執念こそ、クレーマーの不当な要求を断る原動力になってくる。経営者は、あらゆるリスクを打ち払い、自社の輝ける未来を手にしていかなければならない。そのためにも事業への情熱をより高めていただきたい。本書が経営者の情熱の一助になるならば、それに勝る喜びはない。事務所のホームページでは、情報を随時更新しているので、必要に応じて参考にしていただければ幸いである。最後に、本書を執筆するにあたり、プレジデント社の桂木栄一様及び田所陽一様から慣れない執筆に並みならぬ指導をしていただいた。また、松舞子弁護士及び前田琢治弁護士には多忙のなか、「よりわかりやすい一冊」にするための議論につきあっていただいた。その他にも、事務所のスタッフの支援がなければ、完成に至ることもなかった。クライアントをはじめ、多くの方々に支えていただいているからこそ、弁護士として自分が考えていることをまとめることができた。関係者の方々に改めて御礼申し上げる次第である。ひとりでも多くの経営者が、本書を通じて、飛躍する組織を作りあげていただくことを切に願っている。

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