この章では私の数十年にわたる研究を、偉大な企業をつくるためのロードマップにまとめている。「ザ・マップ」と名づけたこの地図の起源は、スタンフォード大学経営大学院の教壇に立つようになったばかりのころにさかのぼる。その日私は、起業論とスタートアップ・中小企業経営の授業のシラバス(授業計画)を作成していた。何かに突き動かされるように書き上げたコースの概要は、学生たちから見ればとんでもなく挑戦的で野心的なものだったはずだ。単に企業を興し、中小企業を経営するための基礎知識を教えるのではなく、永続する偉大な企業をつくるには何が必要かという問いとじっくり向き合うようなコースに刷新したのだ。私はこの問いに夢中になった。教え子がそれぞれの人生で、崇高で野心的なことに取り組むというビジョンにワクワクした。彼らが起業家になるのなら、世界でまれにみる成功を収める会社、他社にはまねのできないポジティブなインパクトを世界に与える会社、尊敬される会社、永続する会社をつくってほしい。ただそれと同時に、私自身にやるべきことが山ほどあることもひしひしと感じていた。「永続する偉大な企業」という言葉を見つめながら、自分に言い聞かせた。「これが何を意味するのか、いまはまったくわからない。だが絶対に突き止めてみせるぞ」と。こうして私は、偉大な企業を動かす要因を探り、伝えることに没頭するようになった。この好奇心を満たすために四半世紀にわたり研究を続けるとは、当時は夢にも思っていなかった。このテーマについての最初の著書は、ビル・ラジアーとともに書いた『ビヨンド・アントレプレナーシップ』で、私たちがスタンフォードで教えていた授業で使ったケーススタディや、ビルが実務のなかで学んだ知恵をベースとしていた。その後はリサーチ・メンターとなったジェリー・ポラスの熱心な指導を受け、偉大な企業をその他大勢と分ける不変の法則を発見するため、数十年にわたる研究に没頭した。共同執筆者と組むこともあれば、ひとりで書くこともあり、毎回スタンフォード大学とコロラド大学の学部生と大学院生からなるリサーチチームを組織した。ひとつの研究プロジェクトが完了し、本が仕上がるたびに、答えるべき新しい問い、新しい視点、新しいアングルが見つかった。こうして研究は続き、複数のプロジェクトを通じて合計6000年を超える企業の歴史を調べることになった。一つひとつの研究と本には、それぞれ中核となる問いがある。一部のスタートアップや中小企業が世界を変え、数十年にわたって存続するビジョナリー・カンパニーに成長する一方、他の企業がそのような地位を獲得できないのはなぜか(ジェリー・ポラスとの共著『ビジョナリー・カンパニー時代を超える生存の原則』)。良い企業から偉大な企業への飛躍を遂げる組織がある一方で、同じような状況にある他の組織がそうならないのはなぜか(『ビジョナリー・カンパニー②飛躍の法則』)偉大さを獲得した後、失う組織がある一方で(「偉大な企業」から「良い企業」、「凡庸な企業」、「悪い企業」、そして消滅への転落)、偉大さを維持する会社があるのはなぜか(『ビジョナリー・カンパニー③衰退の五段階』)不確実性、カオスのなかでも成長する企業がある一方で、他の企業が成長できない理由は何か。予測もコントロールもできない重大かつ急激な変化に見舞われたとき、並外れた成果を出す企業と、成果を出せない企業との違いを分けるものは何か(モーテン・ハンセンとの共著『ビジョナリー・カンパニー④自分の意志で偉大になる』)研究対象は成功事例だけではない。成功と失敗、発展と衰退、永続と崩壊、偉大さと凡庸さの「差異」に注目した。すべての研究ではジェリー・ポラスと私が開発した厳格な「一対比較法(マッチトペア法)」を使った。偉大な企業と同じような状況にいながら偉大になれなかった企業を、両者の歴史を創業期からたどりながら比較するのだ。私たちの研究方法の要は対比だった。重要なのは「偉大な企業の共通項は何か」ではなく、「偉大な企業に共通して見られる、比較対象企業との違いは何か」だ。比較対象に選定したのは偉大な企業と同じ、あるいはきわめて近い機会や状況にありながら、成果をあげられなかった企業だ。私たちは両者の歴史を対比させながら、体系的に分析した。「違いが出た原因は何か」と問いつづけながら(研究方法は図「一対比較法」を参照)。先に進む前に、私たちが研究した偉大な企業について、重要な点を指摘しておきたい。研究したのはその企業の「現在」の姿ではなく、偉大であった「過去の一時期」である。研究対象のなかには偉大な時期が過ぎた後、数十年にわたって停滞あるいは破綻したケースもある。「なぜこんな会社を取りあげるんだ。いまはまったく偉大ではないのに」と思うケースもあるだろう。私たちの研究を、スポーツチームの絶頂期を調べるようなものと考えてほしい。1960年代から7
年代にかけてジョン・ウッデンコーチの下で大学バスケットボール界の雄であったUCLAブルーインズが(12年間に10回の全米大学体育協会全国選手権優勝)、ウッデンコーチが引退後衰退したからといって、絶頂期のブルーインズの研究から得られた知見は無効にはならない〔2〕。同じように偉大な企業が偉大さを失ったからといって、偉大であった時代が歴史から消えるわけではない。私たちは偉大な時期が少なくとも15年にわたって続いた企業(ほとんどのケースでははるかに長かった)に研究の焦点を合わせた。本書の読者は、こうした研究の成果が小さな会社にも当てはまるのかと疑問に思うかもしれない。私たちの研究で取りあげた企業は、最終的にどこも巨大企業に成長したからだ。答えは単純だ。どの企業もかつてはスタートアップや中小企業であり、私たちはその草創期からの成長の軌跡をたどってきた。その結果、できるだけ早いうちから会社のアーキテクチャ(構造)に偉大さの基礎を埋め込んでおくのがベストであることがわかった。たとえて言えば、幼いころからきちんとしたしつけを受け、健康で成熟した大人になるほうが、幼いころにまともな子育てを受けられず、大人になってから学び直さなければならないよりよほどいいのと同じだ。もちろん劣悪な子育てをされても人生で成功できるし、実際成功する人も多いが、だからといって無責任な子育てが勧められるわけはない。企業も同じで、きちんとしたしつけが必要だ。偉大な企業の多くは創業初期あるいは規模が小さかった段階で、傑出した企業になるための基礎を整えている。凡庸な大企業になってから偉大な企業に転換することも可能だが、最初からきちんとした基礎を据えるほうがはるかに良い。ひとつの研究が終わるたびに、新しい知見や原則が加わっていった。それぞれの研究は、偉大な企業と良い企業を分ける永続的原則の詰まったブラックボックスに穴を開け、内部を照らす光を通す作業のように思われた。新しい研究を終えるたびに新たなダイナミクスが見つかり、すでに発見していた原則を新しい角度から見られるようになった。私たちが発見した概念が偉大さの「原因」だと主張することはできないが(社会科学で因果関係を主張すること自体が不可能だ)、エビデンスにもとづいて相関性を主張することはできる。みなさんが規律をもって私たちの研究成果を実践すれば、比較対象企業の方法を見習うより永続する偉大な企業を育てられる可能性は高まるだろう。数十年にわたって研究と出版を重ねるなかで、その成果を体系的に実践したいという人から問い合わせを受けることが増えた。質問の内容は、おおむね次のようなものだ。「経営陣として何から手を付ければいいのか」「複数の本に出てくる概念をどのように統合すればよいのか」「どのような順序で本を読み、そこに出てくる概念を実践するのが一番良いのか」「すべての本に出てくる原則を網羅するマスターマップのようなものはないのか」こうした問いと向き合うなかで、自分は数十年にわたってたったひとつの大きなリサーチプロジェクトに取り組んできたのかもしれないと思い至った。その答えを分割して、本というかたちで次々と世に送り出してきたのではないか、と。そこですべての研究からもっとも重要な概念を選りすぐり、もっとも本質的な12の原則に行き着いた。それを適切な順序に並べ直し、全体的枠組みのなかに位置づけ、リーダーが偉大な企業をつくるために歩むべき道筋を示した。目指したのは、偉大な企業についての私の生涯にわたる研究をまとめ、主宰する経営研究所の大きなホワイトボードに収まる1枚の「地図」に落とし込むことだ。「偉大な企業を動かす要因」という暗号の解読に取り組み始めて30年後、スタートアップ企業を支援するテックスターズに集まったアーリーステージ企業の創業者たちの前で、私はこの「地図」をお披露目した。スタンフォード大学で起業論とスタートアップ・中小企業経営を教えながら、学生たちに永続する偉大な企業をつくれと発破をかけた日々のことを思い出し、思わず笑みを浮かべた。そこから1周まわって、再び新たな世代の起業家やスモールビジネスのリーダーたちに発破をかけることになったのだな、と。ただ今回、私には地図がある。ここからは「ザ・マップ」の重要な構成要素をひとつずつ見ていこう。マップに登場する一つひとつの原則について、関連性のある章や論文を挙げていく。あなた(のチーム)がフレームワークの流れをじっくり見ていきたいのであれば、各原則に関連する文献を読みながら、マップをたどっていってほしい。まず注目してほしいのは、マップには「インプット」と「アウトプット」の両方があることだ。インプットは、偉大な企業をつくるための「方法」を示しており、私たちの研究から導き出された基本原則が順番に並んでいる。一方、アウトプットは偉大な企業とは「どのようなものか」であり、そこに至る方法を示すものではない。この区別は重要だ。というのも、この2つは混同されがちだからだ。「正しい人材をバスに乗せる」はインプット(偉大さに至る手段)か、それともアウトプット(偉大さの定義)だろうか。卓越した結果を達成することはインプットか、それともアウトプットか。研究ではインプットとアウトプットを慎重に区別していた。このようにマップとして全体像を示すことで、両者の違いが明確になるだろう。最初にインプットから見ていこう。まずは規律の役割だ。私たちの研究すべてで明らかなのは、偉大な企業と凡庸な企業を分けるうえでの規律の重要性だ。真の規律には精神的自立が求められる。会社の価値観、パフォーマンス基準、長期的野心に反する言動に従わせようとする圧力を拒絶する力だ。真の規律と呼べるのは自己規律だけだ。困難でも、偉大な成果を生み出すために必要なことをすべてやる、という内なる意思である。規律ある人材がいれば、ヒエラルキーは要ら
ない。規律ある思考ができれば、煩雑なルールや手続きは要らない。規律ある行動ができれば、過剰な統制は不要だ。規律の文化が起業家精神と組み合わされば、組織は偉大な成果の実現に突き進んでいく。営利企業か社会事業かにかかわらず、永続する偉大な組織をつくるためには、規律ある思考をし、規律ある行動をとる規律ある人材が必要だ。そのうえで長期間にわたって勢いを持続させる規律が必要だ。これが4段階で構成される枠組みの支柱となる考えだ。第1段階規律ある人材第2段階規律ある思考第3段階規律ある行動第4段階永続する組織第1段階規律ある人材すべては人から始まる。第1段階には2つの重要な原則がある。第5水準のリーダーシップを醸成する最初に人を選び、その後に目標を選ぶ(適切な人材をバスに乗せる)第5水準のリーダーシップの醸成私たちの研究からは、カリスマ的リーダーの有無は偉大な企業になるか否かの説明要因ではないことが明らかになっている。惨憺たる状況に陥った比較対象企業には、きわめて強力なカリスマ的リーダーの在任中に破綻あるいは凋落が始まったところもある。むしろ重大な決定要因は第5水準のリーダーシップだ。第5水準のリーダーシップの中核にあるのは、個人的な謙虚さと不屈の精神という一見矛盾した組み合わせだ。ここで言う個人的謙虚さとは、決してうわべだけのものではない。大切な理念のために、個人的エゴを抑えられる強さだ。この謙虚さが、理念のためには(どれほど困難であっても)必要なことはすべてやるという不屈の決意と組み合わさっている。第5水準のリーダーは驚くほど野心的だが、その野心は偉大なチームや組織をつくること、そして私利私欲ではなく組織全体のミッションを実現することに向けられている。
第5水準のリーダーの人柄はさまざまだが、たいていは控えめで、物静かで、無口で、内気ですらある。私たちが研究した「良い」から「偉大」への飛躍をもたらした第5水準のリーダーは、いずれも魅力的な人格ではなく、魅力的な基準によって社員の意欲を引き出していた。10x型企業のリーダーのなかには非常に魅力的な人物もいたものの、リーダーシップと個人の人格を混同していなかった。偉大な企業をつくり、自分がいなくなった後も成功しつづける会社にすることに、とことんこだわった。偉大な企業をつくるためには、あなた自身と経営チームが第5水準のリーダーシップを習得しなければならない。偉大な企業が最高の状態にあるときには、第5水準のリーダーを続々と輩出する仕組みがあり、社内に第5水準のユニットリーダーがあふれている。(参考文献:『ビジョナリー・カンパニー②飛躍の法則』第1章、2章、『ビジョナリー・カンパニー④自分の意志で偉大になる』第1章、2章、『ビジョナリー・カンパニー特別編』)最初に人を選び、その後に目標を選ぶ(正しい人をバスに乗せる)押しも押されもしない偉大で永続性のある企業をつくる第5水準のリーダーは、まず「誰を(人材)」を考え、その後に「何を(目標)」を考える。最初に正しい人材をバスに乗せ(そして誤った人材をバスから降ろし)、それからどこに向かうかを決めるのだ。混乱、激動、破壊、不確実性のただ中にあり、次に何が起こるか予測できない状況では、何が起ころうとも適応し、最高の成果を出せる規律ある人材をバスいっぱい確保しておくことが最善の「戦略」となる。私たちの研究では「パッカードの法則」(HPの共同創業者にちなんでこう名づけた)を裏づけるエビデンスが得られている。企業の成長ペースや偉大さを獲得できるかは、適切な人材を確保する能力によって決まる、という考えだ。適切な人材を確保する能力を上回る速度で
成長しつづければ、いずれ停滞するだけでなく、下降しはじめる。企業が追跡すべきもっとも重要な指標は、売上高や利益、資本収益率やキャッシュフローではない。バスの重要な座席のうち、そこにふさわしい人材で埋まっている割合だ。適切な人材を確保できるかにすべてがかかっている。(参考文献:『ビジョナリー・カンパニー②飛躍の法則』第3章、本書第2章)第2段階規律ある思考正しい人材が確保できたら、第2段階の規律ある思考に意識を向けよう。第2段階には3つの重要な原則がある。ANDの才能を活かす厳しい現実を直視する(ストックデールの逆説)ハリネズミの概念を明確にする。ANDの才能を活かす誤った二項対立で物事をとらえるのは、規律のない思考だ。F・スコット・フィッツジェラルドは「第一級の知性は、2つの対立する概念を同時に内包しつつ、それでもうまくやっていける能力によって測ることができる」と語っている〔3〕。偉大な組織を築く人々は、パラドクスに動じない。物事をAかBの二者択一で考える「ORの抑圧」に縛られない。むしろ「ANDの才能」によって自らを解放する。規律のない思考をする人は議論をするとき「ORの抑圧」に流され、白黒はっきりさせようとする。それに対して規律ある思考をする人は、「ANDの才能」を活かして会話を発展させ、新たな解決策を見出そうとする。私たちは「ANDの才能」を活かし、二項対立を二面性としてとらえ直した例をたくさん見てきた。いくつか例を挙げよう。創造性AND規律革新AND実行謙虚さAND大胆さ自由AND責任コストAND品質短期AND長期堅実さAND勇気分析AND行動理想主義AND現実主義継続性AND変革リアリズムANDビジョン価値観AND結果目的AND利益とりわけ営利企業にとって興味深い事実を指摘しておこう。ビジョナリー・カンパニーは、事業の唯一の目的は株主価値を高めることだという考えを拒絶する。ビジョナリー・カンパニーは単なる金儲けを超えた中核的目的を追いかけ、さらに(AND)莫大な富を生み出す。(参考文献:『ビジョナリー・カンパニー時代を超える生存の原則』第1章、挿話、第3章)厳しい現実を直視する(ストックデールの逆説)
私たちの研究では、第5水準のリーダーは「ストックデールの逆説」を実践することが明らかになった。ベトナム戦争のさなか、「ハノイ・ヒルトン」と呼ばれた捕虜収容所で最高位のアメリカ軍人だったジム・ストックデール将軍に因んだ概念だ。ストックデールのリーダーシップには、ANDの才能がはっきりと表れている。どれほどの困難にぶつかっても、最後には必ず勝つという確信を失ってはならない。それと同時に自分が置かれている現実のなかでもっとも厳しい事実を直視しなければならない。たとえば捕虜収容所での生活を生き延び、愛する家族と再び会える日が来ると信じなければならないが、それと同時にクリスマスまでに解放されることはなく、来年、再来年のクリスマスも解放されないかもしれないという事実をストイックに受け入れなければならない。現実の出来事によってすぐにぶち壊しにされるような誤った希望を、部下に抱かせるというリーダーシップのワナに陥ってはならない。ただ部下を絶望させ、最終的勝利を信じる気持ちを失わせることも慎まなければならない。スタートアップから偉大な企業へと成長するためには、ストックデールの逆説が必要だ。会社を「良い」から「偉大」へ飛躍させるためには、ストックデールの逆説が必要だ。混乱と破壊を乗り切るためには、ストックデールの逆説が必要だ。衰退の流れを逆転させ、成功企業として復活するためにはストックデールの逆説が必要だ。成功している企業を繰り返し更新し、永続させるためにはストックデールの逆説が必要だ。第5水準のリーダーは、ビジョンや戦略を設定する前に厳しい現実を直視する。真実に耳を傾けるような空気を社内に醸成する。厳しい現実を直視できないのは、間違いなく破滅的衰退の前兆だ。(参考文献:『ビジョナリー・カンパニー②飛躍の法則』第4章)ハリネズミの概念を明確にする古代ギリシャの寓話に「キツネはたくさんのことを知っているが、ハリネズミはたったひとつ、肝心要な点を知っている」というものがある。それにもとづいて哲学者のアイザイア・バーリンは、人々の思考パターンを2つの類型に分けた。「キツネ型」と「ハリネズミ型」だ。キツネは世界を複雑なものとしてとらえ、さまざまなアイデアを追いかけ、たったひとつの目標や原則にこだわることはない。一方、ハリネズミは物事を単純化し、あらゆる事柄を単一の原則にもとづいて考える。私たちの研究では、偉大な企業をつくる人はキツネ型よりハリネズミ型が多いことが明らかになった。さらに規律ある意思決定をするため、はっきりと、あるいは暗黙のうちに「ハリネズミの概念」を使っていることもわかった。ハリネズミの概念は①情熱をもって取り組めるもの、②自社が世界一になれる分野、③経済的競争力を強化するものという3つの円が重なる部分をしっかりと理解することから生まれる、単純明快な自己認識だ。ハリネズミの概念は、自分たちが夢中になれないこと、一番になれないこと、経済合理性のないことは何か、という厳しい現実を直視できる規律が組織にあることの現れでもある。徹底的な規律をもってこの3つの円に合致した意思決定を重ねていけば、成長の勢いが生まれるだろう。ここには「何をすべきか」だけでなく、「何をしないか」「何をやめるべきか」という規律も含まれる。(参考文献:『ビジョナリー・カンパニー②飛躍の法則』第5章、6章、7章、『ビジョナリー・カンパニー特別編』)第3段階規律ある行動第3段階では規律ある思考を規律ある行動に転換し、ブレイクスルーに到達し、パフォーマンスを伸ばすための勢いを生み出す。第3段階には重要な原則が3つある。弾み車を回転させて勢いをつける。20マイル行進。規律ある行動でブレイクスルーに到達する。銃撃に続いて大砲を発射し、更新と拡張を続ける。弾み車を回転させて勢いをつける最終結果がどれほど劇的なものであろうと、偉大な企業への飛躍が一気に成し遂げられることはない。たったひとつの決定的行動、壮大な計画、画期的なイノベーション、幸運、奇跡の瞬間といったものは存在しない。むしろこのプロセスは巨大な重い弾み車をたゆみなく押し続けるのに似ている。何回もまわしているうちに勢いが生まれ、突破段階に達する。力を込めて押し続けると、弾み車は少しずつ前進しはじめる。さらに押し続けると、ぐるりと1回転する。だがそこで手を止めない。押し続ける。弾み車は少し早く動き出す。2回転、4回転、8回転。勢いがついてくる。16回転、32回転、さらに速くなる。1000回転、1万回転、10万回転。するとあるとき、突破段階に到達する。弾み車は飛ぶように、止められないほどの勢いで転がっていく。あなたの会社を取り巻く固有の環境において弾み車の勢いを高めていく方法を理解し、クリエイティビティと規律をもって実践すれば、戦略的効果が積み重なっていく。次々と優れた意思決定を積み重ね、完璧に遂行し、積み重ねる。一つひとつの回転は、それまでの努力の上に成り立っている。(参考文献:『ビジョナリー・カンパニー②飛躍の法則』第8章、『ビジョナリー・カンパニー弾み車の法則』)20マイル行進でブレイクスルーに到達するブレイクスルーに到達する勢いを手に入れるためには、弾み車のすべての構成要素を徹底した規律をもって遂行しなければならない。『ビジョナリー・カンパニー④自分の意志で偉大になる』で、モーテン・ハンセンと私は「20マイル行進」という徹底した規律にかかわるきわめて強力な原則を示した。20マイル行進を実践するとは、パフォーマンス基準を設定し、それを妥協のない一貫性をもって達成しつづけることだ。それは広大な大陸を日々最低でも20マイル歩き続けることによって横断するようなものだ。どんな悪天候でも、どれほど疲れていても(あるいは舞い上がっているときでも)、どれほど厳しい環境でも、行進を続ける。
20マイル行進をするときには自らにこう問いかける。「確実に20マイル歩き続けるために、やるべきこと、避けるべきことはなんだろうか」と。私たちの研究では、変化の激しい環境ほど20マイル行進を実践する会社が勝利しやすいことがわかっている。20マイル行進によって無秩序のなかに秩序を、混乱のなかに規律を、不確実性のなかに一貫性が生まれる。重要なのは「継続的な」一貫性だ。つまり20マイルの目標を達成しないことはまずない。研究対象企業のなかには、自らに課した20マイル行進を40年連続で達成したところもある。「継続的に」一貫して20マイル行進を続けることで、すばらしい「ANDの才能」が生まれる。短期的パフォーマンス「と」長期的成功を同時に実現する規律である。何年、何十年にわたって目の前のサイクル、そしてその後のすべてのサイクルで20マイル歩き続けなければならない。(参考文献:『ビジョナリー・カンパニー④自分の意志で偉大になる』第3章)銃撃に続いて大砲発射偉大な企業は「銃撃に続いて大砲発射」の原則に従って、時間の経過とともに弾み車を更新し、拡張していく。どういうことか。敵の戦艦があなたの船を狙っているとしよう。手元にある弾薬は限られている。それをかき集めて、巨大な大砲を撃つ。砲弾は飛んでいって、敵艦に当たらず海に落ちる。弾薬箱を振り向いても、もはや弾薬はない。絶体絶命だ。一方、敵艦を見つけたとき、わずかばかりの弾薬を使って銃を一発撃ったらどうか。標的に対して40度ずれていて当たらなかった。もう1発撃つと、今度は30度ずれていた。3発目では誤差は10度になった。4発目は見事船体に命中した。精度が正しく調整され、実証的有効性が確かめられた。満を持して残りの弾薬をかき集め、精度を合わせて巨大な砲弾を発射すれば、敵艦を撃沈できる。私たちの研究では、精度を合わせた砲撃は途方もない成果をもたらすことが明らかになった。一方、調整不足の砲弾は大惨事を引き起こす。イノベーションを「スケール(規模拡大)」する能力、すなわち有効性が実証された小さなアイデア(銃弾)を大きな成功(砲弾)に転換する能力があれば、弾み車の勢いを一気に高められる。「銃撃に続いて大砲発射」は、組織がハリネズミの概念の範囲を拡大し、弾み車をまったく新しい分野に広げていくための基本的メカニズムである。(参考文献:『ビジョナリー・カンパニー④自分の意志で偉大になる』第4章、『ビジョナリー・カンパニー弾み車の法則』)第4段階永続する組織をつくる第1段階から第3段階までの重要な原則をしっかり実践したら、あなたの会社は大成功を収める可能性が高い。第4段階では、その会社が永続する仕組みをつくる。第4段階には3つの重要な原則がある。建設的パラノイアを実践する(衰退の5段階を回避する)。時を告げるのではなく、時計をつくる。基本理念を維持し、進歩を促す(新たなBHAGを実現する)。建設的パラノイアを実践する(衰退の5段階を回避する)永続する組織をつくる最初のステップは「死なないこと」だ。失敗から学ぶことができるのは、その失敗を生き延びられた場合だけだ。あらゆる会社には衰退のリスクがある。圧倒的成功を収めている会社が、トップに君臨しつづけることを定める自然法則などない。どんな会社にも衰退する危険はあり、実際ほとんどの企業がいずれ衰退する。偉大な企業を築く起業家とそうではない起業家の差は、良い時期も悪い時期もとことん警戒を怠らないところにある。激動を乗り切り、衰退のリスクをはねのけるリーダーは、環境は突然、それも劇的に変化しうることを想定している。そして「こんなことが起きたら?」「あんなことが起きたら?」と執拗に問い続ける。良い時期も悪い時期も備えを固め、資金を蓄え、安全余裕度を維持し、リスクを抑え、規律を高めていくことで、破壊的変化が起きたときには強く柔軟な状態で対処できる。建設的パラノイアは組織が弾み車の回転を止め、滅びていく「衰退の5段階」に足を踏み入れるのを防ぐのに役立つ。衰退の5段階とは(1)成功から生まれる傲慢、(2)規律なき拡大路線、(3)リスクと問題の否認、(4)一発逆転策の追求、(5)屈服と凡庸な企業への転落か消滅である。会社が衰退の5段階のうち最初の3段階にあるあいだは、外から見るとまだ強靭に映る。記録的売り上げや急成長を遂げているケースも多い。だが内部はすでに病魔に侵されている。会社が成功すればするほど、建設的パラノイアを実践しなければならない。(参考文献:『ビジョナリー・カンパニー④自分の意志で偉大にな
る』第5章、『ビジョナリー・カンパニー③衰退の五段階』)時を告げるのではなく、時計をつくる先見性のあるカリスマ経営者として会社を率いる、すなわち「ひとりの天才を1000人が支える」式の経営は、時を告げることだ。一方、特定のリーダーがいなくなった後もずっと繁栄の続く文化を醸成するのは、時計をつくることだ。すばらしいアイデアをいくらでも生み出せる組織をつくることも、時計をつくることだ。永続する偉大な企業を育てるリーダーは、時を告げる経営から時計をつくる経営に転換することが、私たちの研究で明らかになっている。時計をつくる経営者は、再現可能なノウハウ、充実した研究プログラム、リーダーシップ開発の仕組み、コアバリューを徹底する具体的メカニズムを生み出す。正しい人材をバスに乗せ、社員ではなくシステムを管理する。真の時計をつくる組織での成功とは、ある指導者の在任中に偉大さを証明するだけではなく、「次の」世代のリーダーが弾み車の勢いをさらに増していくことだ。たとえば合衆国憲法を起草する作業は、究極の時計をつくる作業だったといえる。誕生したばかりの国家を、独立戦争に勝利した勇気と才能ある人々が退いた後も永続させるための作業だった。スタートアップ企業を立ち上げるのは独立戦争に勝利するのに通じるところがあり、永続する会社をつくるのは合衆国憲法を制定する作業に似ている。(参考文献:『ビジョナリー・カンパニー時代を超える生存の原則』第2章、『ビジョナリー・カンパニー④自分の意志で偉大になる』第6章)基本理念を維持し、進歩を促す(新しいBHAGを実現する)ここまでに登場した原則をすべて実現したら、成功し、永続性のある企業ができあがっているはずだ。しかしそれをさらに上回る高い目標がある。唯一無二のビジョナリーな組織をつくることだ。私たちの研究では、ビジョナリー・カンパニーとなって永続する偉大さを手に入れた企業や組織には、根本的な二面性があることが明らかになった。それは基本理念を維持すると同時に進歩を促すという、きわめて強力な「ANDの才能」だ。道教の陰陽のシンボルを思い浮かべてみ
よう。「基本理念を維持する」が陰なら、「進歩を促す」が陽だ。ビジョナリー・カンパニーは基本理念を維持するために、時代を超える不変のコアバリューとパーパス(存在意義)を掲げている。そして進歩を促すために、変化、改善、革新、更新をひたすら追求する。永続する偉大な企業は、自らのコアバリュー(半永久的に変わらないもの)と、経営戦略や文化的慣行(変化する世界に絶えず適応していくもの)の違いを理解している。永続するには変化しなければならない。さらに私たちの研究では、ビジョナリー・カンパニーは進歩を促すためにBHAG(社運を賭けた大胆な目標)を設定する傾向があることも明らかになった。会社の核となるパーパスは案内星のように、常に地平線上に浮かび、常に前へ前へと引っ張ってくれる。それに対してBHAGはその時々に上っている高い山だ。いずれ達成しうる、社運を賭けた大胆な目標である。山道を登っているあいだは目の前の上り坂に全神経とエネルギーを集中させる。だがひとたび頂上に到達したら、再び案内星(パーパス)に目を向け、次に上るべき山(新しいBHAG)を選ばなければならない。そして言うまでもなく、旅路のあいだは常にコアバリューに忠実でなければならない。(参考文献:『ビジョナリー・カンパニー時代を超える生存の原則』第4章、5章、10章、『ビジョナリー・カンパニー②飛躍の法則』第9章、本書第4章)10x型企業運の利益率最後に、このフレームワークに出てくるすべての原則の効果を増幅させるインプットがある。「運の利益率」だ。研究を通じて私がずっと気になっていた問いがある。「運はどのような役割を果たすか」だ。結局、偉大な企業は比較対象企業と比べて全般的に運に恵まれていたわけではないことがわかった。ライバルより多くの幸運に恵まれた、不運が少なかった、特大の幸運に恵まれた、運がめぐってくるタイミングが良かった、といった事実はなかった。偉大な企業の強みは、運の「利益率」にあった。つまり比較対象企業と比べて、めぐってきた幸運からより多くを引き出したのだ。重要なのは「運に恵まれること」ではない。「恵まれた運をどう活かすか」だ。幸運な出来事からより多くのメリットを引き出せば、弾み車の勢いを大幅に高めることができる。だが不運に対処する備えがなければ、あるいは不運からもメリットを引き出すことができなければ、弾み車は止まるか壊れるリスクがある。偉大なリーダーになれるかどうかのほぼ半分は、想定外の事態にどう対処するかで決まる。ザ・マップに登場するすべての原則のなかで私の一番のお気に入りを挙げるとすれば、運の利益率だ。幸運を一定の基準を満たす出来事と定義すると、幸運な出来事はあらゆるところで起きていることがわかる(前章にも書いたとおり、私たちは「幸運な出来事」を3つの基準を満たすものと定義した。①自分が引き起こしたものではない、②良いか悪いかにかかわらず、重大な結果を引き起こす可能性がある、③意外性、すなわち実際に起こるまで予測できない部分がある、だ)。予測や予見のできない出来事を考慮に入れていないフレームワークは不完全だ。そして私自身、運の問題ときちんと向き合うまでは知的にやりきったという気がしない。運の利益率という概念は、幸運は誰にでも起こるものだが、幸運自体が偉大さをもたらすことはないという重要な事実を表している。とんでもない不運によって偉大になりえた会社が潰れることはあっても、幸運によって普通の会社が偉大になることはあり得ない。永続する偉大な企業をつくるのは運ではなく、人である。(参考文献:『ビジョナリー・カンパニー④自分の意志で偉大になる』第7章、本書第5章)
偉大な組織のアウトプットここまで述べてきた原則は、偉大な組織をつくるための「インプット」だ。では偉大な組織を特徴づける「アウトプット」とは何だろう。偉大さの基準は(1)卓越した結果、(2)唯一無二のインパクト、(3)永続性の3つである。卓越した結果産業界でパフォーマンスは、財務成績(投下資本利益率)と会社のパーパスを達成したかで測られる。社会組織でパフォーマンスは、成果と社会的使命をどれだけ効率的に達成したかで決まる。ただ営利企業か社会組織かにかかわらず、求められるのは最高水準の結果だ。スポーツチームにたとえるなら、トップレベルの大会で優勝することだ。選んだ分野で勝利する方法がわからないようでは、真に偉大な組織とは言えない。唯一無二のインパクト真に偉大な組織は、関与したコミュニティにかけがえのない貢献をする。その仕事ぶりは文句なしに卓越しており、万一その組織が消滅することがあれば、地球上のほかの組織では容易に埋められない空白が残る。あなたの会社がなくなったら、誰が惜しむだろうか。それはなぜか。必ずしも大きな組織である必要はない。たとえばあなたの住む地域にある、閉店したら誰もが惜しむような小さくてもすばらしいレストランを思い浮かべてほしい。大きい組織だからといって偉大とは限らず、また偉大だからといって大きな組織とは限らない。永続性真に偉大な組織は、特定の優れたアイデア、市場機会、技術サイクル、あるいは十分な資金のある事業計画の枠を超え、長期にわたって繁栄する。挫折しても以前よりさらに強くなって復活する方法を見つける。偉大な組織はたったひとりの傑出したリーダーに依存しない。あなたの組織があなたなしには偉大さを維持できないのなら、まだ真に偉大ではないのだ。地図をたどった先にあるものどの研究でも、私たちはコインの両面をじっくりと見てきた。表面は偉大になり、さらにその偉大さを数十年にわたって持続してきた会社だ。裏面は偉大になれなかった会社、あるいは偉大になったものの凋落した会社だ。マップはコインの両面から得た知見にもとづいている。偉大な企業に至る道は狭く、無残な衰退あるいは失敗につながる道はたくさんあることを、私たちは学んだ。私は「フォーチュン」誌から2008年版「フォーチュン500」[訳注アメリカの売上高上位500社のランキング]に添える記事の執筆を依頼された。準備の過程で、編集者の助けを借りて基本的データを集めてみた。そこで明らかになった事実をいくつか挙げていこう。1955年の第1回目のランキングに登場した500社のうち、2008年のランキングに入っていた企業は15%に満たなかった(1955年のランキングには製造業しか含まれていなかったが、2008年にはサービス企業も含まれていたことも一因だ)。これまでに合計2000社近くがランキングに登場したが、一時は一流と呼ばれた会社を含めて、ほとんどがすでに消滅している。身売りによって独立企業ではなくなったところもあれば、倒産したところもある。身売りか倒産かにかかわらず、大多数が偉大な企業であり続けることができなかったのは厳然たる事実だ。その一方で、希望の持てる話もある。ほんのひとにぎりではあるが、数十年にわたって偉大さを維持した会社もあった。これが何を意味するかといえば、マップの「終点」にたどり着くことはないということだ。旅に終わりはない。規律ある思考と規律ある行動ができる規律ある人材が不要になることはない。永続するために、自らを刷新しつづける必要がなくなることもない。不運への備えが不要になることも、幸運を最大限活用し、他社よりも多くのリターンを引き出す必要がなくなることもない。偉大さは静的なゴールではなく動的なプロセスだ。マップは偉大な成果を保証するものではない。だがそこに登場する原則を喜び勇んで熱心に実践すれば、そうしない場合と比べて偉大な企業を育てられる確率は大幅に高くなるはずだ。その過程で図らずも、いわば副産物として、心から敬愛する仲間と有意義な仕事をする喜びを日々実感できるようになるかもしれない。それほど幸せな人生もなかなかない。
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