アイデアを出せ!
杉山健太は、飲料メーカーの営業課長をしている。担当地区のスーパーを回って「売り込む」のが仕事だ。新商品が出ると、棚を確保してもらうのが一苦労。
ライバル社との競争が激しく、なかなか並べてもらえない。仮に置いてもらえたとしても、売れ行きが悪いとすぐに撤去される。
「千三つ」──つまり1000個の新商品に対して、定番として残るのは3個くらいの確率。出しては消え、出しては消えの繰り返し。
今朝の会議では、ついつい「開発部はわかってんのか!」と吠えてしまった。「そうだ、そうだ!」と全員が賛同したが、ただの愚痴に過ぎない。
今日も、新商品のサンプルをカバンに詰めて、「さあ、出かけよう」としたそのときだった。
「おい、杉さん。ちょっと来てくれ」と支社長に呼ばれると、応接室には本社の大山本部長が座っていた。
「本部長にな、朝の会議のお前の話をしたんだよ」「ええ!勘弁してくださいよ、支社長。そんなチクるなんて~」「チクるってなんだ、人聞きの悪い」そこへ本部長の大山が割って入った。「よう、杉山クン、久しぶり」「あ、はい、ご無沙汰しています。横浜支社ではお世話になりました」
大山は、杉山健太がまだ主任の頃、横浜支社で直接の上司として仕えていたことがある。
「なんか俺も同感って感じがしてな。わかるよ、わかるよ」「はあ~」どうやら愚痴を叱られるわけではないらしい。
「でもな杉山。開発だって無駄に新商品を作ってるわけじゃないんだ。実は、俺もこの前、同じ文句を言ってやったんだ、あいつらに」「え!?」「そうしたらな、逆襲されちまってな」「……」「『わかりました。
じゃあ、営業さんからもヒットするアイデアの提案をしてください』って言われちまってな……困ってんだよ」「はあ……」大山は、相手がかつての部下だからか、率直に弱音を吐いた。
「そんなアイデアがポンポン出るくらいなら、俺が開発部長になるさ。でも俺は営業一本でここまで来たしなぁ~。頭も固いし、もう歳だしな」健太は、少しホッとして答えた。
「よかった。カミナリを落とされるんだと思いましたよ」「いやいや、それでな。お前に頼みがあるんだ」「はあ~」「文句を言った罰というわけじゃないが、アイデアを出してほしい。新商品でも、新しいビジネスでもいい」「ええ~私がですか?」「うん。期限は3日。実はな……、開発の連中に約束しちまったんだよ、1か月くらい前にな。その期限が3日後なんだ。ずっと考えてたんだけど、思いつかなくて」「そんな……3日だなんて」「俺、この足で関西へ出張なんだ。メールでもなんでもいいや、待ってるぜ。じゃあな」
そう言うと、大山は大きなカバンを肩から下げて部屋から出ていってしまった。支社長が、ポンと健太の肩を叩いた。
「期待してるよ」というわけで……健太はこのところ、暗い暗い、憂鬱な日々を過ごしていた。
なにも浮かばない。そして、あっという間に3日が過ぎた。最後は「ごめんなさい」と言おうかと思っていた。午前中、2軒のスーパーを回った。暑い。猛烈に暑い。
梅雨が明けたとたん、日本列島が沸騰しそうだ。健太は汗を拭き拭き、次の店へと向かう。スーパーの駐車場には屋根がない。
ものの10分も停めておくと、中は熱帯地方並みになる。エアコンもすぐには効かない。窓を開ける。汗が背中をつたう。こんな日の営業はたまらない。
(ちょっと、昼飯は寄り道していくかな)健太には、ずっと気になっていて、時間のあるときに行ってみたいと思っていたところがあった。
あるコンビニ店だ。それは……。健太には同い年の従弟がいた。杉山元気という。幼い頃からずっとテニスをしていて、インターハイにも出場した。
ところが、高3のとき、自動車事故に遭い、車椅子の生活を余儀なくされた。足は二度と動くことはなかった。でも、負けん気が強く、リハビリに挑んだ。テニスも再開した。
車椅子テニスだ。
この前、その元気のブログを見ていて、「へえ~、やるなぁ」と感心したコンビニ店があった。
元気は、車椅子ながら自分で自動車の運転をしている。
折り畳みの車椅子を後部座席に載せ、乗り降りの際に、その車椅子に乗り換えるのだ。
何度見ても、そのスムーズな動作には驚かされる。
ただ、コンビニやスーパーに買い物に行くときには苦労するという。
身障者用の駐車スペースが、空いていないところが多いらしい。健常者が停めてしまう。空いていても、赤い三角コーンが置いてあると、かえって邪魔になるという。
一般の車が停めないようにと注意を促すための三角コーン。それが反対に徒になるらしい。人は、その身になってみないとわからないものだ。ところが……。
そのコンビニでは、元気の車が駐車場に入ってくるのを見るなり、店員が走ってきて三角コーンをどかしてくれるのだという。
それだけではない。車の誘導をしたり、車椅子を車から出すのも手伝ってくれる。その日のブログには、「プレミアム・コンビニエンスストア!」というタイトルが付いていた。
以来、週に5回は通っているという。仲の良い従弟が世話になっているということもある。でも、いったい、どんな店員がいるのか。オーナーはどんな人なのか。営業マンの視点からも興味があった。
おしぼりを出すコンビニ
「暑いなぁ~。なにか冷たいもんでも飲もう。アイスキャンデーでもいいな」拭いても拭いても流れる汗をハンカチで拭った。
「おお、ここだな」健太は、駐車スペースへと車を走らせようとしてブレーキを踏んだ。バイパス沿いということもあり、駐車場は広い。トラックなどの大型車専用スペースが3台分。
普通車用が7台分。ところが、いずれも満車。入れない……。「せっかく来たのに」と思っていたら、ミニバンが出ていった。すかさず切り返してバックで入れる。
入口の身障者用スペースには、車椅子のステッカーをリアウインドウに貼ったワンボックスカーが停まっていた。「なんだ、こりゃ」まだ11時半だった。
それなのに、2つのレジには、それぞれ2、3人のお客が並んでいる。健太の知る範囲では、コンビニが空いている時間帯だ。11時50分を過ぎると、徐々に人がやってくる。ピークは、12時10分から20分。11時半にしてはお客が多い。
レジを打っていたオバチャンが、大きな声で言った。
「はいはい。いらっしゃい、そこのおしぼり使ってね!」「え?おしぼり?」そばにいた強面の男性が健太に話しかけてきた。
「おお、お前さんは初めてか?」「え?……初めてって……」角刈りの頭にハチマキをして、真っ黒な顔をしている。
黒いTシャツには、「男魂」との白い筆文字が躍っていた。誰が見てもトラックの運ちゃんだ。「これこれ、これよ」ハチマキの運ちゃんは、コピー機の横の小さな冷蔵庫を開けた。
(え?なんで、こんなところに冷蔵庫が?)その冷蔵庫から、1本のおしぼりを取り出し、健太に渡した。
「ほいよ、これ使いな!」「え?いいんですか」「ほら、ここに書いてあるだろ」冷蔵庫の扉に、貼り紙がしてあった。
「冷た~いおしぼりをどうぞ無料です店主」その下には、使い終わったおしぼりを入れる籐のカゴが置いてあった。
レジに並んでいるお客さんを見てハッとした。健太と同じような営業マン、そしてトラックの運転手ばかりなのだ。ハチマキの運ちゃんが、またまた話しかけてきた。
「ここはよお、このおしぼりがうれしくって通ってるのよ、みんなな。12時過ぎちゃうとな、もう駐車場がいっぱいなんでな、こうして早く来るのよ」健太は、自分の常識が覆されてしまい、言葉も出なかった。
「おしぼり」といえば、喫茶店かレストランだ。最近では、使い捨ての紙おしぼりが主流になってきている。まさか、コンビニで「おしぼり」だなんて。(いったい、採算は取れてるんだろうか)
営業マンとして、いらぬ心配も頭をよぎる。そのときだった。健太の頭になにかが降りてきた。電気が走った。
「これだ!」この常識はずれのコンビニのおかげで、あるアイデアがひらめいたのだった。
企画書のタイトルが思い浮かんだ。「自販機で、おしぼりを売る」サブタイトルも。
「夏には冷たく、冬には温かく」(コンビニが、おしぼりを出すんだ。飲料メーカーが、おしぼりを売ってもいいじゃないか)健太は、自販機にコインを入れると、ポンと下からおしぼりが出てくるシーンを思い浮かべた。
サラリーマンだけじゃない。きっと、駅のホームなら、需要は多いはずだ。駐車場の車の中で、もう大山本部長のケータイに電話していた。
あと1%の努力、あと1%のおせっかい
スーパーバイザーの篠山清志は、どうしても納得できなかった。普通なら、3か月もロイヤリティや買掛金が滞ると、スクラップの交渉に入るものだ。
「もう少し待っててやってもらえませんか」と自分から本部に進言したりもする。担当の店が1つシャッターを下ろせば、1つ自分のペナルティになるからだ。
ところが、京南大学前店に限っては、なんだか統括本部長の態度があいまいなのだ。「なにやってんだ、お前は!」と叱られる日がある。と思うと、次の日には、「まあいい、じっくり行け」と言われる。なんだか、わけがわからない。
それでも、京南大学前店の売上はジリジリと伸びていた。しかし、その数字は「焼け石に水」に近かった。
篠山も、力になれるものなら、なんとかしたいと思っていた。商品棚の配置も見直した。売れ筋商品は、すべて投入している。マニュアル違反だって、目をつぶって見て見ぬフリをしている。
家庭ゴミの持ち込みを引き受けていることや、おしぼりの無料サービスのことだ。もし、他の店のオーナーから、「京南大学前店だけ勝手なことをやってもらっちゃ困る。やめさせろ」と言われたらどうしよう。
それを考えると気が気ではない。焦りの中で、時間だけが過ぎていった。ユカリも焦っていた。その焦りが疲れになって身体に出た。
朝からだるくて、起き上がることができない。ちょうど新聞を取りに表に出てきた泰造と顔を合わせた。
「ユカリ、顔色が悪いようじゃが……」「大丈夫よ、おじいちゃん……」「なにが大丈夫なものか。中に入りなさい」おでこに手を当てられる。
自分でも熱っぽいのがわかる。泰造が、布団に寝かせてくれた。
「連日のこの暑さじゃ。熱中症かもしれん」「でも、頑張らなきゃ……」「なにを焦っておるんじゃ」「だって、おじいちゃんの店が潰れちゃう……」「前にも言ったじゃろう。もう酒屋はなくなってしまった。ワシの仕事はそこまでじゃ。豊のコンビニには、執着しておらん」
「でも、アルバイトのみんなも頑張ってくれてる。挨拶もすごく心が込もってるし、おしぼりのサービスも始めた……。車椅子の人や、松葉づえや……妊婦さんが来店されると、みんなが競ってヘルプしてくれる。ほかにも……。それなのに、数字が……数字が……」
「わかった、ユカリ。きっと、立て直せる。それなら大丈夫じゃ」「気休め言わないでよ!」熱のせいもあるのか、泰造に向かってきつく言い放ってしまった。
「あのな~ユカリ。昔な、裏の鍼灸治療院の先生に教えてもらったことがあるんじゃ」「え?」唐突に話し出した泰造の方を向いた。
「ずっと腰痛を抱えておってな。職業病じゃな。ある日、突然立てなくなってしまったんじゃ。配達もあるし焦ったものじゃ。前の日までは、なんともなかった。それなのに、突然痛くて立てん。どう考えてもおかしい。よほど何か悪いことにでもなったのかと心配してなぁ。そうしたらな、鍼灸の院長先生がこう言うんじゃ」
「……」「身体というのはな、少しくらいのことには耐えられるようにできている。腰に負担がかかっても、ヘイチャラ。でも、その負担がな、長い年月をかけて蓄積される。70%、75%、80%とな。そしてある日、91%になる。前の日は90%の蓄積でなんともなかった。
それが1%プラスになっただけでダウンするんだそうだ。身体というのは、エライもんじゃ。だから、無理しちゃいかんと叱られてしまった」
「え?……それが……」「わかるじゃろう。数字がどうのと悩んでいるようじゃが、ワシの腰痛と正反対の理屈だと思えばいい。今が70%なのか、80%なのかはワシにはわからん。でもなぁ、ユカリ。精一杯、頑張っておるんじゃろ。豊も、みんなもな。あと1%の努力、あと1%のおせっかいでいい。続けることじゃ。いつか、91%になる日が来る」
「でも……そんなのいつの日か……それまで店があるかどうか……」「信じなさい。今は信じて、やるべきことをコツコツ。ただ、それだけじゃ。その前に、少し横になりなさい。今、氷枕を持ってきてやるからな」ユカリは、そっと目を閉じた。
辛いからか、泰造の優しい言葉のせいなのかわからなかったが、涙が溢れてきた。そして、眠りに落ちた。
「こりゃいかん」
今日は平日だというのに、街中で子供たちの姿をよく見かける。丹羽光太郎は、学校が夏休みに入ったのだと気づいた。
(そういえば、うちの大輔も、ラジオ体操へ行くって言ってたな)すっかり仕事人間になってしまっていることに苦笑いした。
「いらっしゃいませ」光太郎は、コンビニに入るなり、ぐるっと店内を見回した。「別に変わったところは見受けられないなぁ」と呟いた。30分ほど前のことだった。
「おかしいですねぇ」「そうなんですよ……」光太郎は、オーナーと狭い部屋でパソコンのデータを見ながら腕組みをしていた。
光太郎は誰もが知るコンビニチェーン・アットホームの本部に勤めている。仕事はスーパーバイザー。担当地区にあるコンビニ各店をグルグル巡回して、売上が上がるようにと指導・監督するのが仕事だ。
中堅社員で、スーパーバイザーの中でもトップの成績を上げている。ところが、担当する優良店の1つが、どうしたことか急に売上がジリジリと落ち込んでいる。景気のせいではない。同じブロックの他の店は、どこも反対に伸びている。
「ホントにおかしいですねぇ」なにもかも徹底的に調査した。それでも原因がわからない。ただ1つ……「もしや」と思って光太郎がやってきたのが、200メートルほど離れたところにあるライバルチェーンのエンジェルマート京南大学前店だった。
敵情視察
「お兄さん、なにか探してるの?」「え?」振り向くと、そこには背の低い小太りのオバチャンが立っていた。
ユニフォームを着ている。この店の店員だった。
「あ、ああん。電池ないかなと思って……」光太郎は、とっさにウソをついた。「敵情視察に来ています」とは口が裂けても言えやしない。
「それならね、こっちこっち」オバチャンは、小走りに棚の反対側へ回った。
そして、乾電池を手に取って、「単3?それとも単2?」「あ、はい……単3ください。目覚まし時計のが切れちゃってね」「あら、たいへん。ひょっとして、今朝、寝坊しちゃったんじゃないの?」「当たり!」光太郎は、適当に話を合わせて、オバチャンの後を追いかけるようにしてレジに向かった。
それにしても、なんて店だろうと思った。どう見ても60歳を過ぎている。70近いかもしれない。本人はテキパキしているつもりだろうが、動きが緩慢だ。
この店のオーナーは、基本がわかっていないんじゃないかと思った。コンビニの売上を伸ばす簡単な方法がある。
若くて美人のアルバイトを大勢雇うことだ。それを目当てに、男性客が押し寄せる。逆に、イケメン男子を雇うのもいい。
日夜、売上アップのために努力をしている人間としては残念な話ではあるが、それが偽らざる実態なのだ。光太郎は、一万円札を差し出した。
「はい、先に大きい方のお釣りね。よく見ててね……五千円札と、千円、二千円、三千円、四千円。全部で九千円ね。念のためにお兄さんも数えなおしてね。余分にあったら、ちゃんと正直に返すのよ」
オバチャンはニコニコ笑いながら、自分が口にした冗談にご満悦の様子。光太郎は、(厚かましい応対だけど、一応ちゃんとお釣りの確認ができているじゃないか)と感心した。
というのは、どのコンビニ店でも「お釣りの返し方」のマニュアルがあるにもかかわらず、徹底されていないのが実情だからだ。お釣りの間違いは、つまらぬクレームにがりやすい。
「じゃあ、残りの小銭ね」と言って、オバチャンは右手でんだコインを差し出した。光太郎が受け取ろうと右手を差し出したその瞬間だった。
「あっ」と思った。オバチャンが左手を、光太郎の右手の下にそっと差し出したのだ。手のひらで、お椀の形を作って。それは、小銭を受けそこなって落とさないようにと、下で受ける仕草だった。(おや?このオバチャン、なかなかやるじゃないか。これは、エンジェルマートさんのマニュアルだっけ?)
「どうかしたの?お兄さん。お釣り間違ってた?」「いいや、大丈夫です。そうそう、コピーも取らなきゃいけないんだった。忘れるところだったよ」
「あらそう、よかった。でも、ごめんね。私機械音痴なの」「いいですよ、いつも使ってるから」光太郎は、ちょっと動揺して、またまたウソをついてしまった。
そのままコピー機のところまで行くと先客がいた。女子学生だった。試験対策だろうか。ノートをコピーしている。
その子が振り返って声を上げた。
「おばさ~ん!小銭がなくなっちゃって~。千円両替して~」「はいはい」と言い、オバチャンはレジから出て、またまた小走りにやってきた。
そして、その女の子の手前まで行くと、エプロンのようなデザインのユニフォームの前ポケットに手を突っ込んだ。そこから、ジャラジャラッと小銭を取り出した。
「全部百円玉でいいかな」「うん、友達からノート借りててね。急いで全部取らなきゃいけないの」「はい」とオバチャンは、千円札と交換に、百円玉10個を女の子に手渡した。
光太郎は、ハッとした。ちょっと待てよ。このオバチャン、レジの中からじゃなくて、ポケットから百円玉を取り出したよな。
てえことは、いつも準備しているってことか?そんなことが脳裏をよぎった次の瞬間だった。ドアを開けて、1人の若い男性が店内に入ってきた。
頭はツルツル。サングラスをかけて、上下ともに真っ黒なスーツを着ている。スーツの下は真っ白なTシャツだ。
首には、シルバーのネックレスが下がっていた。それは、どう考えても、その筋の人だった。まっすぐに、缶コーヒーのコーナーに足を向けた。君子危うきに近寄らず。
チラッとドアの外に視線を向けたオバチャンは、怖そうな男性に声をかけた。それも、かなりの大声で。
「ちょっと、ちょっと、お兄ちゃん!」サングラスの顔がこちらを向いた。光太郎はドキッとした。(おいおい、大丈夫か、オバチャン)
「悪いけどね、車を移動させてくれないかな」「……」「聞こえなかった?車をね、他へ移動させてほしいのよ」ようやく自分のことを言われているのだと気づいたサングラスの男性は、低い声で答えた。
「なんだって?」(怒ってるぞ)光太郎は、そこから逃げ出したい気分だった。さらにオバチャンが言う。
「あのね、店の入口の真ん前はね、車椅子とか、身体の不自由な人が停められるように空けておいてほしいのよ。いつもはね、赤い三角コーンを置いているんだけど、ついさっき足の不自由な人を乗せた車が駐車していたものだから、コーンを戻すのを忘れてしまったのよ。お願い、ね!」
オバサンは、光太郎に話しかけるのとまったく変わらぬ笑顔で言った。「ああっ、悪い」そう言うと、男性はポケットから車のキーを慌てて取り出して、ドアの外へ飛び出して行った。
光太郎は、オバチャンの顔をまじまじと見つめた。それに気づいたオバチャンが、「え?なにか顔に付いてる?」「いえ……別に……」そこへ、さっきのサングラスの男性が戻ってきた。
雑誌棚の整理をしていた背の高い女性店員が、声をかける。
「汗びっしょりですね。これ使ってください!」そう言い、コピー機の横の小さな冷蔵庫から、なにかを取り出した。おしぼりだった。
「え?なんだよ、コレ」「暑いでしょ。サービスです」手渡された男性は、少し戸惑いながらも、ビニールの袋を開けて顔を拭く。
「ああ、生き返るなぁ」(なんだ、これは!レストランじゃあるまいし……)「あんた美人だねぇ~。まつ毛が長くて目がパッチリ。うちの店で働かない?いい金を稼げるよ」
「ありがとうございます。考えときます」そう一言でサラリとかわして、女性店員は仕事を続けた。
光太郎は、慌てて冷蔵庫の前まで行って驚いた。さっきは見落としていたらしい。冷蔵庫の扉に、貼り紙がしてあった。
「冷た~いおしぼりをどうぞ無料です店主」光太郎はなにやらぶつぶつと呟きながら、店を出た。さらに、振り返ると、ゴミ箱の上の貼り紙に目が釘づけになった。
「家庭のゴミも、どうぞお持ちください店主」(いかん、いかん。こりゃいかん!うちの店がかなわないはずだ)「なんとか手を打たないと、たいへんなことになるぞ」光太郎は、慌てて車に飛び乗った。
コンビニの女神様
9月になった。篠山清志は、10日ぶりにエンジェルマート京南大学前店へ向かっていた。もっと早く来たかったのだが、身動きが取れなかった。
全国のスーパーバイザー全員がホテルに缶詰めにされる、1週間の研修会に参加していたからだ。研修中も、パソコンで担当地区の店舗の数字はチェックしていた。その1つに、異変が起こっていた。
(え?どういうことだ)バイパス沿いの路上に、トラックが何台も駐車している。近くで大掛かりな道路工事でもあるのだろうか。いや、トラックだけではなかった。タクシーや普通のワゴン車もある。
その駐車の列を見やりながら、清志は「なんか変だな」と思った。京南大学前店の駐車場に車を入れようとして、左折のウインカーを出す。ところが、駐車場がいっぱいで入れない。
向かいの京南大学の駐車場に停めてこようと思い、ハンドルを切りかけた瞬間だった。運転席のガラス窓をコンコンと叩く人がいる。
ランニングシャツ姿で、頭にハチマキをした50歳代の男性だった。窓を開ける。
「ちょっと、ちょっとアンタ。割り込みはダメだよ。こんなに並んでるだろ!」「え?」「えっ、て。なに見てるんだよ」男は、太くて真っ黒な腕で示した。
清志は、今来た道を運転席から振り返った。トラック、タクシー、一般の車が十数台。左折のウインカーをチカチカさせていた。
さっき通り過ぎた道に停めてあった車はすべて、このコンビニの駐車場に入ろうとして待っていたのだ。清志は、動転していた。いったいなにが起きているのか。
仕方なく、京南大学へと車を回し、カバンを手に駆け戻る。全身汗だくだ。コンビニに入ろうとする車だけではなかった。
コンビニの前を行き過ぎたバイパスの道路沿いにも、見わたすかぎりズラリと何台ものトラックが、ハザードランプをチカチカさせながら駐車していた。
清志は、ゴクリと唾を飲み込んだ。コンビニ店の中から1人のトラック野郎が出てきた。手には、レジ袋に入ったお弁当が2つ。そして、「おしぼり」が2本。
目の前のトラックの窓から、50歳代の厳めしそうな男が顔を出した。
「おいよっ」と、「おしぼり」を投げる。中の男がキャッチした。「助かるなぁ~」「ホント、生き返るぜ」店内は、客でごった返していた。
まるで、特売日のスーパーのようだ。
あきらかに「トラック野郎」と思しき格好のお客が10人はいる。タクシーの運転手、営業マンらしき人も。2つのレジに、それぞれ15~16人が並んでいる。誰も文句一つ口にせず、整然と。
「なんでお宅、こんなに混んでるのに、レジに並んでいるの?」「この店じゃなきゃ嫌なんですよ」「ああ、そう、私も同じです」レジ前の列の最後尾のサラリーマンの会話が耳に入った。
レジの方から、声がした。それは悲鳴のようだった。
「篠山さ~ん、ボーッとしてるんだったら、レジの補助をお願い!」わけがわからないまま、清志はカウンターの中に駆け込んだ。
大沢ユカリは、なにがどうなったのか、わけがわからなかった。予兆はあった。10日ほど前から、11時を少し過ぎた頃から、来店客が増えていた。
それでも、「ああ、今日はお客様が多いなぁ~」と思う程度だった。それが、3日前から、嵐のように客で溢れ返るようになった。急なことで、アルバイトの手配もできないでいる。ランチ時間が終わっても、客足が遠のかない。
レジ前の列が、常に5人を切ることがないのだ。昨日も一昨日も、ユカリは立ち通し。昼ご飯どころか、水さえも飲む暇がない。店内のあちらこちらから、見知らぬお客さん同士の会話が聞こえてきた。
「この店、友達のブログで見つけてね。今日が3度目。営業回りのルートからはちょっと離れているんですけど、来ちゃうんですよね」「私もです。タクシー仲間じゃ、もう有名ですよ、ここは」そこへ、若い男性が店に飛び込んできた。
「オバチャン!受かったよ~。就職決まったよ~」それは、シャケと昆布のおにぎりが好きな大学生だった。
今では、この店のスタッフ全員がそのことを知っている。「あれ?オバチャンは……」と言い、混雑する店内をキョロキョロと捜している。オバチャンは、昨日から無断欠勤していた。
父親の豊が、何度も連絡先のケータイにかけているのだががらない。歳も歳だし……まさか家で倒れているのではないか。
履歴書の住所へ訪ねて行きたかったが、それどころの状態ではなくなってしまった。ユカリは、代わりに祖父の泰造に様子を見に行ってもらおうと思っていた。
そんなことを考えていると、「あのう~、覚えておられますか?私のこと」と、レジのお客様に話しかけられた。
ペットボトルのお茶を差し出した女性に、はっきりと見覚えがあった。子供にジュースを我慢させて、募金箱に百円玉を入れさせた母親。そして、15個のサンドイッチを買いに来てくれたのに、あいにくの品切れ。
仕方なく、不足分をアットホームへ買いに行ってもらったお客様だった。たしか、有馬という名前だった。
「ええ、もちろんです、有馬様。いつかはごめんなさい。できるだけ欠品のないように心がけます」「いえ、それでね、私、トールペインティングの教室で、ずっと昼食の係をすることになったの。自分で手を上げたんですけどね。それで、毎週水曜日に、おにぎりとかサンドイッチとか、ときにはお弁当とかを15人分予約させていただきたいの。いいかしら」
「は、はい。かしこまりました。ありがとうございます」「こんなに混雑しているから、また後で来るわね」「い、いえ。こちらから連絡させていただきます。恐れ入りますが、電話番号を教えていただけませんか」
「じゃあ、お願いします。それからね、もしご存じだったら、ごめんなさい。10月20日にね、うちの子が通っている小学校で、地域の運動会があるの。ご存じかしら……」
「い、いえ。知りませんでした……でも、それがなにか」ユカリは、ハッとした。
この女性は、わざわざ運動会の開催日を教えてくれたのだと。お弁当類を事前に、多めに仕入れられるように。
「あ、ありがとうございます」午後3時20分。
宅配便のドライバー・米津新太郎は、エンジェルマート京南大学前店へとハンドルを握っていた。新太郎は、いつもなにか恩返しをしたいと思っていた。いや、恩返しというのとは少し違う。
あのエンジェルマート京南大学前店のスタッフたちに、なにか喜んでもらえることをしたくて仕方がなかった。
おしぼりや冷たい麦茶を振る舞ってくれるのもうれしい。
しかし、それよりも、なによりも……。「業者」扱いせずに、集荷物の積み下ろしを手伝ってくれるのが心に染みていた。
「ありがとう」の言葉を形にしたかった。そして、そのチャンスの日がやってきた。来月、新太郎が属している会社の野球部が、地区の大会に参加する。
その運営委員になり、参加者320名のお弁当を準備する仕事を任せられたのだ。(オバチャンはいるかな?)(美人の副店長は喜んでくれるかな)そう思うと、ついつい顔が綻んだ。
午後4時。急遽応援を頼んだ学生アルバイトが3人来てくれた。そのおかげで、清志もレジの仕事から解放された。
店長の大沢豊と、副店長の大沢ユカリとは、ほとんど話すらできないままコンビニを出た。(疲れた~)他の店へ回る仕事の大半をキャンセルした。
大学構内の駐車場で、車に乗り込もうとしたとき、ケータイが鳴った。
チャンチャカチャカチャカ、チャンチャン!チャンチャカチャカチャカ……「ハイサイ!キヨシ~!」沖縄地区のスーパーバイザー、田沼雄一郎だった。
「なんだよ~、今日は疲れてんだよ。明日かけるよ」「いいのか、お前。そんなこと言って。せっかく重大情報を教えてやろうと思ったのに……」「なんだよ、もったいぶって。早く言え!」「あのな、先週の本社の研修会でな、スゴイ話を聞いたんだ。
前にな、熊本の店に65歳くらいのオバチャンが現れて、売上を伸ばしたって話をしたよな。夜、研修の同じ班の連中と飲んでいて、その話をしたらな、『うちのエリアでも似たようなオバチャンがバイトしてたことがある』って言うんだ」清志は、背中に流れる汗を気にも留めず、話に聞き入った。
「それがな、どうも話を突き合わせるとな、同じ人物みたいなんだよ。歳は65歳くらい。身長150センチで小太り。いつもニコニコ笑っていて、まるでエビス様の置物のようだって言うんだ。ただし、現れた店によって名前が違う。熊本が加山、岐阜の大垣が北山、京都の駅前が……たしか田中だったかな……どう考えても偽名だよ」
「……」「それでな、いろいろなルートで本部に探りを入れてみたんだ。するとな、驚くべき噂が聞こえてきたんだ。そのオバチャンてのはな、俺たちの会社の創業者の奥さんだっていうんだ」清志は絶句した。
エンジェルマートは、遠藤源右衛門が、一介の町の酒屋から興したフランチャイズ・コンビニ・チェーンだった。
今は、その息子が社長を務めている。夫婦で、裸一貫から一大企業に育て上げた。傾いた全国のスーパーマーケットを次々に買収し、流通業界の風雲児と呼ばれた立志伝中の人物である。
しかし、若くして過労で倒れ、長い闘病生活の後、この世を去った。
「その奥さんがな、売上の落ち込んだ全国のエンジェルマートにバイトとして、ふらっと現れるらしいんだ。それでな、あっという間に繁盛店に変えてしまい、次の店へと転々と移っていく」「なんで、誰も知らないんだよ」
「箝口令が敷かれているらしい。社長にとってはな、母親が勝手にやってることが目障りなんだな。マニュアル破りも気にくわない。でも、店を救ってくれるんだから、有難い。どうにも複雑な心境だろうな。立ち直った店のオーナーたちの間では、こんなふうに呼ばれてるらしい」
「なんて?」「コンビニの女神様」清志は思わず笑ってしまった。(あのオバチャンが女神様か。たしかに、神様かもしれんが、やけに老けた女神様もいたもんだな)「おい!聞いているのかキヨシ!」清志は、ふとアイデアを思いついた。(帰ったら、提案書を書こう!)
それは「家庭のゴミ歓迎します」「夏は冷たく、冬は温かく。来店客へのおしぼりサービス」そして「店の周りの案内地図の作成」を全店に広げるというものだった。
同じ日の午後4時。
学生アルバイトが3人来てくれたおかげで、ユカリが、ようやく2階の事務所で一息ついて昼ご飯を食べようとしていると、「若葉幼稚園の先生がいらっしゃってますよ」と呼ばれた。
まだ一口も食べていない弁当のふたを閉め、慌てて下へ降りる。4月に、最初に園児を引率してきた若い女の先生だった。
「あのう~、ご相談があって……」「はい、なんでしょうか」「子供たちにですね。秋になるとコンビニのツバメさんたちは南の島に帰っていくんだと話したんです。そうしたら、何人かの子が泣き出してしまったんです」「あら……」なんという可愛い話だ。
ユカリは思わず笑みを漏らした。
「それでね、大丈夫よって答えたんです。ツバメさんたちはね、また来年の春には、帰ってくるからね、って。そうしたら、ツバメさんたちにね……」先生は話を続けた。
園児たちは、ツバメに手紙を書くと言いだしたのだという。「きをつけていってらっしゃい」「またらいねんあおうね」「まってるよ」など。
「でもね、そんな手紙をポストに入れるわけにはいかないでしょ。それでね、園児たちからの手紙を受け取ってほしいんです。できたら、みんなで一緒に届けに来ますから」ユカリは、胸が熱くなった。
そして即答していた。
「わかりました。じゃあ、私がツバメに成り代わって、お子さんたちに返事の手紙を書きましょうか!」「え!そうしていただけるとうれしいです」「いつ帰ってしまうかわからないから、早めに。明後日の午後はいかがですか」「はい、園長先生に相談してみます」ユカリはスタッフの女子学生と一緒に、コンビニのドアの脇に、段ボールで手作りのポストを作った。
「ツバメさんへ」とマジックで書かれ、ツバメの絵が添えられていた。当日、どこから聞きつけたのか、テレビ局がその模様を取材にやってきた。
園児たちは、一人ひとり順番にツバメ宛てに書いた手紙を臨時専用ポストへ投函した。その真上をスイ~ッと、今年生まれたばかりのツバメが空を切った。
ニュース番組で放送されたせいか、翌日から、より多くのお客様がコンビニに押し寄せた。オバチャンからは、その後も連絡はなく、二度と店に姿を現すことはなかった。
ユカリが、篠山清志から「コンビニの女神様」の伝説めいた話を聞いたのは、それから10日ほど経った後のことだった。
エピローグ──
「女神様からの手紙」
ツバメの巣は、空っぽになった。南の国へ帰っていった。来年も訪れてくれることを願って、巣はそのままにしてある。10月の初め、泰造の元に大きな段ボール箱が届いた。
差出人の欄には、沖縄県那覇市内のお土産店の店名が書かれてあった。ふたを開けると、南国の香りがした。パイナップルと、30年物の泡盛の古酒が詰め込まれてあった。
そこには、白い封筒が1通。表には、まるで沖縄の海のような青色のインクで「大沢泰造様」。裏には「遠藤よね」と書かれてあった。
拝啓あれからもう、ひと月が経ちました。泰造様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。腰の具合は、いかがでしょうか。
もっと、もんで差し上げたかったのですが、私も老骨の身。申し訳ございません。さて、それにしても、楽しく、そして元気を頂戴した半年間でした。
まさか、昨冬、泰造様から連絡をいただくとは思いもよりませんでした。「孫を助けてやってほしい」その言葉が、どれほどうれしかったことか。
助けるどころか、私の方が恩返しができるチャンスだと、歳に似合わず小躍りしてしまったほどでした。かの日のことをけっして忘れることはできません。
夫、源右衛門と、まだノウハウもなにも確立していない時期に立ち上げたコンビニの仕事。それまでの酒屋とは、まったく異なる世界でした。
夫に同行して、2人とも英語が一言もしゃべれないくせに、アメリカへ視察に出かけたことが遠い日の夢のようです。
あの頃は、ずいぶん無茶もしました。まだ、フランチャイズが30店舗にも満たないとき。突然、源右衛門が倒れてしまい、私は目の前が真っ暗になってしまいました。
まだ、高校生の息子を抱えており、会社を畳んでパートにでも出ようかと思ったこともありました。そんな絶望の淵にいた私を支えてくださったのは、泰造様でした。
会社の資金繰りが苦しい中、月末の手形決済を助けていただいたこと、生涯忘れるものではありません。
そして、なにより、辛いときに、話を聴いてくださったこと。それがどれほどうれしかったことか。本当にありがとうございます。
幸い、源右衛門は、病を抱えつつも仕事に復帰し、今の会社を作りあげることができました。
そうそう、夫の七回忌には結構な品をお送りくださり、ありがとうございました。さて、お孫さんのユカリさん。打てば響く利発さといったら、私も驚いてしまいました。それにしても、今回の作戦は上手くいきましたね。
最初は、泰造様から「ユカリを指導してやってほしい」と頼まれましたが、それではダメだと反対しましたね。
外から来た、見ず知らずのオバチャンの言うことなど、誰も聞くはずがないと思ったからです。泰造様の口をお借りして、ユカリさんに「おもてなしの心」「働くことの意味」を伝えられたのはよかったです。
私はその場に居合わせなかったのでわかりませんが、きっと泰造様の演技がお上手だったに違いありません。
アカデミー賞ものですね。でも、1つだけ、私も学ばせていただきました。泰造様の「腰痛と91%」の話。
ぜひ、うちの息子にも聞かせてやりたいと思いました。辛抱が足りなくて、売上の芳しくない店をすぐに閉めたがるんですよ。ユカリさんには内緒にしていてくださいね。騙されたままに。
まさか、もう告白してしまったということはありませんよね。なにも言わない方が、おじいちゃんとしての価値も上がっていいでしょ。心苦しいかもしれませんが、私からのお願いです。もう大丈夫です。
きっと、良い跡継ぎになられることでしょう。もっと、もっと、泰造様とお話しさせていただきたかった。後ろ髪を引かれる思いで、ご挨拶も早々に失礼いたしました。
どうか、いつまでもお元気で。お互いに。
敬具大沢泰造さま遠藤よね
追伸泡盛は、ユカリさんと一緒にお召し上がりいただけたら幸いです。ちょうど泰造が遠藤よねからの手紙を読んでいる頃。篠山清志は、沖縄の田沼雄一郎からの電話を受けた。
「おい、キヨシ!たいへんだ!」「なんだよ、いつもいつも……」「出たんだよ!」「なにが?」「コンビニの女神様だよ!」「ええ!?」
「俺の担当地区の国際通りの店にな。今、中でレジを打ってる。間違いないよ、なんだか四六時中ニコニコ笑ってるよ~」すぐその後、清志のケータイに、オバチャンの顔を遠くから隠し撮りした写真が添付されて送られてきた。
清志は、思わず苦笑いした。この写真を京南大学前店の副店長・大沢ユカリに見せてやろうかと迷いつつ、ケータイを切った。
「気づき」のキーワードと解説
ここでは、本編のストーリーを基に、仕事を持つすべてのみなさんに役立つようにキーワードをまとめました。
みなさんの人生のステージに活かしていただけたら幸いです。頼まれる前に「気づく」ことで、人の心に響くオバチャンは言いました。
「あなたいつも、シャケと昆布のおにぎり買うでしょ」その一言で、サトルは胸がいっぱいになり泣き出してしまいました(「いつものおにぎりがない」)。
これは小説です。でも、けっして絵空事ではありません。実際に私たちは、日頃から似たような経験をたくさんしています。
デパートの地下の食品売り場に買い物に行く。いろいろ買っているうちに、レジ袋が増えて持ちにくくなってしまった。
そんなとき、頼みもしないのに、「よろしければ、大きな紙袋一つにおまとめしましょうか」と言われたことがあるのではないでしょうか。それだけではない。
雨模様の日には、「頼みもしない」のに紙袋にビニールをかけてくれたり、ちょっと重い荷物だと、持ち手の紐がちぎれないようにと紙袋を二重にしてくれたりする。
一流のホテルマンは、レストランで歓談中のお客様が、ふと会話を止めて周りを見回したとき、サッと近づいて、「なにか御用でしょうか」と声をかけます。
誰もが思い当たることでしょう。無意識に、そういうところにはまた行きたくなってしまいます。
頼まれてから「動く」のではない。頼まれてからでは「当たり前」になってしまいます。頼まれる前に「気づく」ことで、人の心に響くのです。
それはホテルでも、コンビニでも、どんな仕事でも変わりません。自分もそういう人になれば、人から好かれる。そういう人が大勢いるお店が繁盛します。
「おせっかい」を覚悟で「親切」をするオバチャンは、初老の男性が店に入ってくるなり、「いつも」買っているタバコを手に取りました。
「シャケと昆布のおにぎり」のときと同じように、お客様の心を先読みして行動したのです。でも……当てがはずれました。
「今日はさあ、違うんだ」と言われてしまいます(「オバチャンは何者だ?」)。親切のつもりが、「おせっかい」になってしまったのです。ひょっとしたらお客様を怒らせてしまうこともあるかもしれません。
ユカリのおじいちゃん・泰造は言います。
「おせっかいを覚悟すると、いつの間にか親切との境目が見えてくるんじゃないかな」(「『おせっかい』が6割、『親切』が4割」)最初から「おせっかいだと思われたらどうしよう」と考えていては、サービスのレベルは上がりません。失敗を繰り返しながら、徐々に身体で覚えていく。
そのうち、「ここまでならやってもいいかな~」という、おせっかいと親切の境目が見えてくるのです。
ザ・リッツ・カールトン大阪は、顧客満足度日本一のホテルとして有名です。リッツ・カールトンでは、これでもかというくらいに、お客様をサプライズでもてなします。
以前、宿泊したときに、部屋まで案内してくれたホテルマンにちょっと意地悪な質問をしました。
「例えば、お客様の誕生日にバラの花を部屋に届けて、サプライズで喜んでもらおうとしたとします。ところが、たまたまそのお客様のお身内に不幸があって、喜ぶどころか叱られてしまった。そういうことはありませんか」と。
すると、「もちろん、あります」と返事をされました。さらに、「怖くなって、サプライズをやめようとは思いませんか」と訊くと、「いいえ、まったく思いません。それでも、どうしたらお客様に喜んでいただけるかを考えるのがリッツなんです。怖がっていたらなにもできません」
泰造の「おせっかいを恐れていては、親切はできん」という言葉にがります。信頼を得る人がいるお店が繁盛するパソコンに向かえば、一番安く買えるサイトにがります。でも、物を売る立場からすると、こんな怖いことはありません。
お客様は、間違いなく「そこよりも安いお店」があれば他へ行ってしまうからです。際限のない価格競争に陥ってしまいます。
ここに2軒のコンビニが並んでいるとします。1つは、いつもニコニコと笑顔で接客してくれます。水野のオバチャンのような人がいるお店ですね。もう1つは、ブスッとしていかにも面倒臭そう。
仮に価格が少しくらい高くても、多くの人は前者のお店に行きます。それはなぜか。
人は、お店から買い物をするのではない。お店の「あの人」から買うからです。私たちは、一見、物を買っているようでいて、実は無意識のうちに「人の心」を買っているのです。
大きなデパートやスーパー、コンビニも、個人商店も、変わりはありません。お客様から信頼を得る人がいるお店が繁盛します。
「商」の国の人のように。商いの原点は、トイレにあり一時、都会の真ん中で「トイレ戦争」というものが繰り広げられました。
ところは、デパート。特に女性を意識して、競って高級ホテルのようなトイレに改装しました。「トイレがキレイ」というのは、女性客を魅きつける大きなポイントだと気づいたからです。
筆者は以前、金融機関に勤めていました。融資のために、お客様の会社へ信用調査に伺います。最初に、先輩から教えてもらったのが、「トイレを見てこい!」でした。
もちろん、通帳や手形・小切手帳、在庫や決算書を見るのは大切です。しかし、短時間で経営者の「人となり」を理解することはできません。
そこで、トイレです。トイレがキレイな会社は、商品も優れている。社員のモラルや仕事に対するモチベーションも高い。一目で見抜くことができるのです。
トイレを使う側に立つと、誰もがキレイな方がいいに決まっています。でも、キレイなトイレの少ないこと……。
商いの原点は、トイレにあります。
「傍を楽にする」という心を持とう東日本大震災で、改めてコンビニが私たちのライフラインであることが明らかになりました。
物を売るだけでなく、公共料金の振り込みや宅配便の窓口としても。ATMは小さな銀行の役割も果たしています。
コンビニに限らず、町の酒屋さん、魚屋さん、八百屋さんも、すべての小売店は人々の生活を支えています。
つまり、「物を売る」ということは、それだけで社会のためになっているのです。
昔から日本では、「働く」とは「傍を楽にする」ことだといわれてきました。
お金を稼ぐために働くというのは当たり前ですが、その根本に「傍を楽にする」ということがあることを忘れていては、繁盛はありえません。
本編では、オバチャンは被災者のための募金をお客様に促しました(「地震の朝に……」)。被災地に出かけてボランティア活動をしたり、財布を開けて募金をするのも社会貢献です。
しかし、「傍を楽にする」という心を持っていれば、自分の仕事を通じてもっとなにかができるはずです。
与えれば、必ず還ってくる就活が上手くいかないサトルは、シャケと昆布のおにぎりが好きなことを覚えていてくれたオバチャンのファンになりました。
サトルは、カノジョのユイと相談して、「恩返し」したいと考え、大学内のコンビニが改装工事で休業することをわざわざ教えに来てくれました(「弟子入りさせてください!」)。
「そんなの小説の中の出来事じゃないか」と思われることでしょう。いいえ、そうではありません。
これは「返報性の原理」とか「返信性の法則」というマーケティングの考え方に基づいたものです。人は、なにか親切にされると、その人にお返しをしたくなる生き物です。
ただし、「買ってもらいたい」という心がミエミエの親切だと逆効果にもなりかねません。
オバチャンの「思いやり」は、目の前の損得を超えています。だから、人の心に響くのです。与えれば、必ず還ってくる。見返りを期待せず、与え続けることが大切です。
同じ「ありがとう」は1つもないユカリは、泰造に言われて気づきます。オバチャンは、人を見て、一人ひとりに違う「ありがとう」を言っているということに(「弟子入りさせてください!」)。
挨拶の基本は、相手の目を見て、笑顔でハキハキと言うことです。それすらなかなかできないお店が多い。でも、もっともっと大切なことがあります。相手や場面によって、言い方や仕草も変えなければならない。
オバチャンは、略礼服の中年男性に対して、両手をおへその辺りで合わせ、「ありがとうございました」と言い、それまで見たことのないような丁寧さで深くお辞儀をしました。
いつもは、トラックのドライバーを相手に、フレンドリーさを売りにしているのに。「ありがとう」は、言えばいいというものではない。感謝の心をどう伝えるかが問題です。
その伝え方にはマニュアルもルールもありません。同じ「ありがとう」は1つもないのです。たかが「ありがとう」、されど「ありがとう」。
「お客様の喜ぶ顔が見たい」という気持ちこそ働くエネルギー人はなんのために働くのでしょう。もちろん、お金のためです。
給料なしで会社に勤める人はいません。働くためにはエネルギーが必要です。ただ漫然と、与えられた最低限の仕事をするのでは、ロボットと同じです。
自分で考え、「今よりも上」を目指す。それには、心に注ぎ込むガソリンが要ります。泰造はユカリに言いました。
「『お客さんに喜んでもらった』って。それがうれしくて働いているんじゃないか」誰しもの心の奥底にある「人の喜ぶ顔を見るとうれしい」という素朴な気持ちです。
一度、お客様から「ありがとう」と言われると、「もっともっと喜んでもらおう」と思うようになります。
ユカリは、お客様に喜んでもらうために、尋ねられた鍼灸治療院まで道案内しました。さらに、コンビニの周辺地図を作ろうと思い立ちます(「地図を作ろう!」)。
喜んでもらうための「もっともっと」に上限はないのです。「たった一言」の声かけでうれしくなるコンビニのレジ前に並んでいると、イライラすることがあります。
自分の前に、宅配便を出しに来た人がいたりすると、手続きに時間がかかります。897円などという細かいお金を支払うのに、小銭入れから1円玉をゆっくりと捜す人がいます。
そんなとき、「待たせてごめんね」と、たった一言、声をかけられるだけでイライラが和らぎます。でも、その「たった一言」を実践できるお店は、なかなかありません。
テーマパークでは、並んでいる列の前で道化師が踊ったり、ジャグラーが芸を見せたりして「待つ苦痛」を取り除く工夫をしています。
そこまでは必要ないにしても、「たった一言」の声かけならできるはず。もちろん、これはコンビニに限ったことではありません。
もっとも、まずは「待たせない」努力と工夫をすることが先決ではありますが……。
マニュアルとは、「ここからなにができるか」という最低限の線である企業で研修のための講演をさせていただくとき、最初にこんな話をします。
「手元のレジュメをひっくり返してください。真っ白で何も書かれていませんね。今からここに、ペンで横に1本の線を引いてください。長さは自由です。引く位置も自由です」すると、みなさん、まちまちに横棒を引きます。
そして、その後、さまざまな会社のホスピタリティ溢れる接客の実例を話します。
本編のオバチャンがお客様に行ったような「ちょっといい話」です。
講演の最後に、再び先ほどの紙を見てもらいます。
「ご自分の引かれた1本の線をご覧ください。別に、どこに引いたかも、長さも関係ありません。ど真ん中に長い線を引いた方もいれば、紙の一番下ぎりぎりのところに短い線を引いた方もおられるでしょう。
その線は何か?というと……マニュアルです」そこから先は、本編で泰造がユカリにした話をします(「マニュアルは諸刃の剣」)。
○マニュアルとは、「ここまでやればいい」という上限の線ではない。
○マニュアルとは、「ここからなにができるか」という最低限の線である。
○いつも心の中に、1本のマニュアルという線を引いて仕事をしましょう。
○その線の位置は、人によって異なります。
そしてそれは、常に動きます。
○鉄棒の懸垂のように、グイッと腕を引き上げるイメージで、常にこの線よりも上に顔が出るように努めましょう。
○これを続けているうちに、心の中の線が上に上がっていることに気づくことでしょう。
常に「ここからなにができるか」を追求し続ける人が、マネージャー、店長、役員とステップアップしていきます。
そして、そういう社員が大勢いる会社が繁盛するのです。
「もし自分が店長だったら……」と考えてみるある日、筆者は本編のお話と同じように、カサ立てに置いておいたカサを盗まれてしまいました。
そのコンビニの店長に、盗まれたことを訴えましたが、ただ困った表情をしただけでした。私は腹を立て、ずぶ濡れになって帰宅しました。しばらくして、冷静になって考えました。
こんな場面では、コンビニ側としてはたいへん難しい対応を迫られるなと思ったのです。カサを盗んだ(?)と思われる人もお客様です。そのお客様を責めたり、疑ったりするわけにはいきません。大して悪意もなく、軽い気持ちで持ち去ったのかもしれません。
もし「うちのお店でもビニールガサを販売しておりますが、お求めになられますか」などと口にしたら、「困っている人を相手に商売をするのか!店側の管理不行き届きのせいじゃないか」と、よけい怒りを買うに違いありません。
「もし自分が店長だったら……」と、立場を置き換えてストーリーを書きました(「カサ泥棒」)。もっと良い方法があるかもしれません。考えてみていただけたら幸いです。
「思いやり」こそがサービスの原点である車椅子を利用している男性から直接お聞きした実話をベースにしたお話が、「気づいたら走る!」です。その男性も困っていました。
スーパーマーケットへ車で買い物に出かけると、しばしば身障者用の駐車スペースに、健常者の車が停めてあると言います。
空いていても、赤い三角コーンが置いてある。有り難いけど、利用者の気持ちを理解していないと。ある日、身障者用のスペースの前で、一旦車を停止させたときのこと。
スーパーの入口付近にあるクリーニング取次店の若い女性が、扉を開けて駆け寄ってきたそうです。そして、三角コーンを取り除いてくれた。以前、ガラス越しに困っている様子を見たことがあるからと。それ以後、そのスーパーへ行くたびに、自分の仕事を中断して走ってきてくれるといいます。
なかなかできることではありませんね。すべては「思いやり」から生まれます。それがサービスの原点なのです。
「これは」と思ったら、まず実行するコンビニは事業者ですから、多くの場合は回収業者に有料でゴミを引き取ってもらっています。
だから、費用対効果を重視するのが当たり前です。一度、家庭ゴミを「どうぞ」と受け入れたら、膨大な量になってしまう恐れがあります。ひょっとすると、飲食店などの事業者が、コンビニに捨てに来るかも……。
しかし、実際に、家庭ゴミを引き受けたコンビニ加盟店があると耳にしました。たいへんな勇気です。なにも、これを推奨するつもりはありません。
あくまで小説の中のエピソードの1つに過ぎません(「家庭のゴミも、どうぞお持ちください」)。でも、他に伝えたいことがあります。それは、一見、非常識だと思われることにもチャレンジしてみるというスピリットです。
「どうしたらお客様に喜んでいただけるのか」と考える。「これは」と思ったら、まず実行してみる。採算や効率ばかり考えず、実践してみること。そんなチャレンジの積み重ねが、お客様の心を動かすのです。
売る人は、買う人の気持ちがわかっているはず世の中のほとんどの人が働いています。そのほとんどが「物を売る」仕事です。たくさん物を売ることができる人は、収入も多くなります。だから売りたい。でも、売れない。
そこで、ユカリの言葉です。
「なぜ、物が売れないかというと、買う人の心が読めないから、見えないからなのね。ところが、売る人は、買う人でもある。売る人は、買う人の気持ちが本当はよくわかっているはず。なのに、売る側になったとき、なぜかそのことを忘れてしまう」(「売る人は、買う人でもある」)難しいことではないのです。
いつも、「買う」ときに不愉快な思いをたくさんしているはずです。今度は「売る」側になったとき、相手に不愉快な思いをさせず、より喜んでもらえるようにするだけのことです。
たったそれだけのこと。繰り返しになりますが、これを一言で表すなら、「思いやりの心を持つ」ということになるでしょう。
お客様ぶらない「お客様」ぶって、必要以上に上から目線でものを言う人がいます。
「自分はお金を払う側の人間なんだから、お金を受け取る側の人間は頭を下げるのが当たり前」と思っている。そんな気持ちが無意識に態度に出ている人のことです。
本編に登場する宅配便のお兄さんは、いつも配達先で辛い思いをしてきました(「『業者』を『業者』扱いしない」)。
「一つ忘れてた。取りに来て!」と言われ「明日ではいけませんか」と答えると「宅配便はお前のとこだけじゃないんだ」と怒鳴られる。
業者だと思って、「ぞんざい」に扱われているんですね。「利用してやっているんだ」とお客様ぶる人は、必ずしっぺ返しがあります。
「あの店は……」と悪評が広まり、知らぬ間に売上に影響してきます。大阪ではタクシーから降りる時、多くの乗客が「おおきに」と運転手さんに声をかけます。
お金を支払う側が感謝するのです。買い物や、外食をしたときも同じ。「お客様ぶらない」ことは商いの大切な心得の一つです。
目先の自分の利益だけを追い求めない「天使の分け前」──樽に長く寝かせておく。すると蒸発して量が減ってしまう。
でも、量が少なくなればなるほど美味くなる。人は、どうしても目先の利益を追い求めてしまいます。
普通は、本編(「三方よし+ライバルよし」)のように、自分の店にない商品のことを尋ねられて、他のコンビニを紹介したりはしません。
でも、これもまた実話なのです。私の友人が大丸梅田店で、ある商品がどこにあるか、案内所で尋ねました。
すると、たしかに以前は置いてあったけれど、今は扱っていないとのこと。がっかりした友人を見て、デパートの女性店員はこう言ったそうです。
「向かいの阪神百貨店さまにあります」ここで、1717年創業の「大丸」の経営理念「先義後利」を思い出しました。
利は後にして、まずは義(こころ)を先にする者が栄えるという、初代・下村彦右衛門正啓が説いた教えです。目先の自分の利益だけを追うのではなく、心底お客様のことを考えて差し上げること。
それは必ず、お店の「信用」となって還ってくるのです。アイデアのヒントは、他の業界に眠っているこの本の舞台はコンビニです。
かといって、本編でお伝えしたい「おもてなしの心」は、コンビニに限定されたものではありません。
レストランやホテルを始めとするあらゆる接客業、いやいや営業職など、人と接するすべてのみなさんにも役立てていただきたいという思いで綴りました。
業種に関係なく、相手のことを「思いやる心」こそが商いの原点なのです。それと同じ。商品を開発する際の発想力にも、業種の垣根はありません。
物語の登場人物は、「うちは飲料メーカーだから」という常識を打ち破ることで、「自動販売機でおしぼりを売る」というアイデアを思いつきました(「アイデアを出せ!」)。
あらゆる業種について同様です。アイデアのヒントは、他の業界に眠っているのです。
成功する人と、失敗する人の違いは、続けられるかどうかである泰造は、自分の腰痛を例にとってユカリに教えました。
「いつか、91%になる日が来る」ずっと、みんなで努力し続けている。でも、その効果が数字になって表れない。すると、「これでいいのだろうか」と不安になります。
それは、今が70%なのか、80%なのか、どこまで目標に近づいているかが目に見えないからです。多くの人は、そこで「続ける」ことをやめてしまいます。
ところが、ひょっとすると、89%とか90%とかの位置まで既に来ているのかもしれないのです。ということは、明日の1歩を加えることで、「91%」になり、一気に成果が現れるかもしれない。泰造は、言います。
「信じなさい。今は信じて、やるべきことをコツコツ」と(「あと1%の努力、あと1%のおせっかい」)。成功する人と、失敗する人の違いは、続けられるか、途中でやめてしまうかにあります。
あとがき
いかがでしたか?「あまりにもドラマチック過ぎるよ」「小説だから、なんでも書けるさ」と思われた方もいらっしゃるでしょう。
でも、本書の約50%は実話がベースになっているのです。
よくよく考えると、おわかりいただけるでしょう。
お客様の好みの商品を覚えていたり、トイレ掃除を徹底したり。
誰にでも簡単にマネできることばかりです。
成功の秘訣は「やるか、やらないか」ただ、それだけのことです。
この本のテーマは、「思いやり」です。
相手を気遣う心──人の気持ちがわかれば、すべてのことが上手くゆき「幸せ」になれます。
なぜなら、世の中のほとんどの「悩み」は人間関係によることだからです。
でも、わかっていても、なかなかできない。
では、どうしたらよいのでしょうか?ここで、「ちょっといい話」を1つ。
85歳のおじいさんから聴いた話です。
そのおじいさんはバスや電車に乗ると、いつも若い人が席を譲ってくれると言います。
でも、口に出して「ありがとう」とはけっして言わない。
ちょっと会釈をして微笑み、心の中で「ありがとう」と言うのだそうです。
それはなぜか?……。
席を譲った人の多くは、席を立った後、遠くの方へ移動してしまうそうです。
隣の車両へ移る人もいる。
それは、「いいこと」をしたのに照れくさいからです。
そんな「いい人」に周りの人にも聴こえるように「ありがとう」と言ったら、よけいに恥ずかしくなってしまう。
そんな微妙な心を読み取り、声には出さない。
それが「思いやり」だと言います。
さすが年の功ですね。
社会通念を超えた「思いやり」です。
答えは、オバチャンやユカリのように、とことん人を「思いやる」ことです。
その「思いやり」には、上限はありません。
昨日よりも今日、今日よりも明日と、もっともっと「思いやる」のです。
その「思いやり」の心を育んでいるうちに、気がつくと、いつの間にかあなたの周りにはみんなが集まり、人気者になっていることでしょう。
さらに、会社の社長さんやマネージャーさんなら売上がアップし、お勤めの人なら給料が上がり、異性からモテモテになり、家庭や友人関係も上手くいくようになること請け合いです。
最後になりましたが、本書を編むにあたってお世話になった、次のみなさんに心よりお礼を申し上げます。
○「『商』の国の人」のエピソードを教えてくださった、サンクスを約100店舗フランチャイズ展開しておられるサンクス東海株式会社副社長の小嶋和四郎さん。
○業界トップを誇るコンビニエンスチェーン本部で、日々、全店のフレンドリーなサービス向上に努める研修セクションのHさん。
○元ザ・リッツ・カールトン・ホテル日本支社長で、「人とホスピタリティ研究所」所長の高野登さん。
○ほぼ毎日通っている、我が家の近くの3つのコンビニ店のみなさん。
(いつも、怪しげな目つきでごめんなさい。
実は、取材だったのです)○十年来お世話になっているPHP研究所生活文化出版部の大谷泰志さん。
本当にありがとうございました。
志賀内泰弘
参考図書●高田好胤著『生きいきて、逝くヒント』阪急コミュニケーションズ●木下晴弘著『涙の数だけ大きくなれる!』フォレスト出版●高野登著『リッツ・カールトン一瞬で心が通う「言葉がけ」の習慣』日本実業出版社
〈著者略歴〉志賀内泰弘(しがないやすひろ)24年間金融機関に勤務後独立し、コラムニスト、俳人、飲食店プロデューサー、経営コンサルタント、ボランティア活動など幅広く活躍中。
講演や研修講師としても引っ張りだこで、学校やサービス業を中心に人材育成の分野での信頼も高い。
「プチ紳士・プチ淑女を探せ!」運動代表(http://www.giveandgive.com)として、思いやりいっぱいの世の中をつくろうと、「いい人」「いい話」を求め、東奔西走中。
中日新聞や目黒雅叙園広報誌の連載をはじめ、著書に『毎日が楽しくなる17の物語』(PHP研究所)、『みんなで探したちょっといい話』(かんき出版)、『なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか?』(ダイヤモンド社)など多数ある。
なぜ、あの人の周りに人が集まるのか?仕事もお金も人望も、すべてが手に入る「大切なこと」著者:志賀内泰弘YasuhiroShiganaiこの電子書籍は『なぜ、あの人の周りに人が集まるのか?』二〇一二年十一月十五日第一版第四刷発行を底本としています。
電子書籍版発行者:清水卓智発行所:株式会社PHP研究所東京都千代田区一番町二一番地〒1028331http://www.php.co.jp/digital/製作日:二〇一四年十二月十日本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例外を除き、禁じられています。
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