「絆徳」の視点から人事制度を進化させよう
5Kマーケティングとならぶ絆徳経営のもう一つの柱が、社員と絆を結ぶための「絆徳の人事」と呼ばれる人事制度です。
マーケティングによるお客さまとの絆づくりと、社員との絆づくりは、まったくの別物のように思えるかもしれませんが、やるべきことは同じです。
お客さまに「よいこと」をして絆を結ぶように、社員に対しても「よいこと」をして絆を結ぶのです。
では、社員によいことをするとは、どういうことでしょうか?ひと言でいえば、社員が「活躍」し、「定着」を促す教育と評価の制度です。
これを仕組みにできれば社員と絆ができるだけではなく、成果をあげられる人財が増えていき、収益が向上します。
すると雇用と教育を多くの人に与えることができるようになるので、中間層が増えていき、格差は解消します。
ピラミッド型の組織はダイヤ型へ、さらには丸ダイヤ型へと近づいていきます。ここで大事になるのが「絆を生み出す制度」です。
ただ漠然と人を雇い、教育するのではなく、「社員と絆を結ぶ」という明確な視点を持って人事制度を組み替えるのです。
そもそも会社は社員に何を求めているかといえば、定着して、活躍してほしいわけです。辞めてもらうために採用したり、活躍できない社員を育てようという会社はありません。
だから雇用・教育にかかわる諸制度は、
- ①定着してもらうにはどうすればよいのか
- ②活躍してもらうにはどうすればよいのか
この二点だけに絞って考えればよいのです。
そのためには、まず「自社で定着・活躍してくれるのはどんな人なのか」を言語化しましょう。これができなければ、意味のある採用や教育に着手することができません。
「〝人〟に苦労している」という会社は非常に多いものですが、この点が明確になっていないことが、結局はその苦労の原因なのです。
言語化の際は、定着する人と活躍する人を、それぞれ期待するパフォーマンス(能力面)とマインドセット(人格面)の観点から定義します。
この要素を総合したものが、いわゆる「求める人物像」ということになります。これが、明確になるだけでも、経営者にとって痛みとなっていた社員に関する悩みが、非常に軽くなるはずです。
- 自社で長く働いてくれる人に共通する能力要件は何か?
- 自社で長く働いてくれる人に共通する人格特性は何か?
- 自社で活躍してくれる人に共通する能力要件は何か?
- 自社で活躍してくれる人に共通する人格特性は何か?
「求める人物像」が明確になったら、次は「入り口管理」、すなわち採用を見直しましょう。採用は、どういう人に来てもらい、どういう人と絆をつくるかを選択する場です。
実は、多くの企業がここで同じミスをおかしています。
それは、「よさそうな人」を採用してしまうということです。よさそうな人が自社で定着し、活躍してくれるかといえば、それは別問題です。
明るく元気で頭がよさそうな人が応募してきたら、つい採用したくなる気持ちは分かりますが、実際に自社で定着していて活躍しているのは、地味で無口でまじめなタイプだったりします。
採用し、一緒に働くべきは「よさそうな人」ではなく「求める人物像」に合致する人でなければなりません。
つまり、あなたの会社で実体として評価されているタイプの人を採用するということです。これが、「絆徳の人事」の要点です。
また「定着し、活躍してくれそうな人」が本当に「定着し、活躍する」ためには、その社員と会社との心の絆が必要になります。
絆がなくギスギスした会社では、すぐに人が辞めてしまうからです。ただし会社内における心の絆は、ただ仲良くするだけでは生まれません。
みんなで飲み会をしたり、いつもつるんで楽しくやっているから心の絆が構築されるというわけではなく、それだけでは不十分です。
組織的な心の絆は、自分が役に立っているという実感、すなわち「自己有用感」が満たされたときに初めて生まれます。
だから組織の心の絆を強くしたいのなら、実務を通じた自己有用感を生み出す仕組みをつくる必要があります。実は、その仕組みこそが「絆徳の人事」なのです。
社員の望みと会社の仕組みが一致すれば、みんなが幸せになる
社員が自己有用感を持つためには、仕事ができる/できない以前の大前提として、「自分は会社に大事にされている」という実感が必要になります。
ここで経営者の方に質問です。
- あなたは社員を大事にしていますか?
- 社員に幸せになってほしいと思っていますか?
- 言い換えるなら、社員の給料が上がってほしいと願っていますか?
自分が儲けるだけでなく、社員も豊かにしてあげたいという気持ちがなければ、人事の仕組みはつくれません。
なぜなら人事制度とは「社員の給料を上げる仕組み」そのものだからです。もしかしたら驚かれた人もいるかもしれません。
しかし、「給料はなるべく上げたくない!」なんて思っていては人事制度はつくれないし、社員との絆もできません。
経営者が「みんなの給料を上げて、みんなを幸せにしたい」と思っていなければ、絆徳の人事は成り立たないのです。
きれいごとに聞こえるかもしれませんが、実はこの点こそが、理念と経済性を両立させる重要な視点です。今からそれを説明します。
社員に幸福感をもって働いてもらうためには、社員が求めていることと会社の制度を一致させるのが一番です。
会社が社員に求めるのは「定着し、活躍する」こと、つまり長い期間にわたって成果をあげて収益につなげてもらうことであり、一方の社員は「成長し、給料を上げる」ことを望んでいます。
だから会社は社員を「成長」させ、自己有用感を感じてもらって「定着し、活躍」した社員の「給料が上がる」、そんな仕組みをつくればいい。
実に簡単なことです。ポイントは、その仕組みを明文化し、制度として共有することです。
ゲームがおもしろいのはルールが平等かつ明確で、共有されているからです。
一般的なロールプレイングゲームなら、最初はレベル一からスタートして、弱い敵を倒しながら一定の経験値をためるとレベルが上がる。
多少の偶然性はあるにしても、何をすればどうなるか、その基本的な仕組みが分かっているから、人は夢中になるのです。
会社の人事制度も同じで、何を、どれくらいまでやれば、いつ、どれだけ給与が上がるのかを具体的に示せば、みんなその目標に向かって頑張ることができます。
反対に、社長の好みや気分で昇給・昇進を決めているようでは、「どうしたら成功できるか、レベルアップできるか」が分からないので、そのうちおもしろくなくなって誰もついてこなくなります。
「制度」は、道路における信号機のようなものです。
車を運転していると、時に信号機がうっとうしく思えることもありますが、かといって信号機がなければ安心して車を走らせることはできません。
会社も同様で、人事制度というインフラがなければあちこちで衝突が起き、絆どころではなくなってしまいます。
そのため私が経営するラーニングエッジでは、会社説明会の段階から人事関係のルールをオープンにしています。
具体的には、「給与テーブル」を公開するのです。
当社の場合、新卒は一番下のアソシエイトというタイトル(役職)からスタートして、チーフ、マネジャー、ダイレクターとステップアップしていくわけですが、どうすればグレード(等級)が上がるのか、それぞれの月給・年収はどうなるかなど、すべて明確に定めて公開しているのです。
この方式を採用してから、経営者である私のストレスは激減しました。
何しろこの給与テーブルを最初に配っておけば、各自が「三年後にはこれくらいの給与が期待できる」とか「もっと早く上がりたい!」とゲームのようなおもしろさと真剣さが生まれます。
また、上位のダイレクターになれば、二千万円以上の年収が期待できるようになっていますから、社員は、長期にわたって頑張ろうという未来の見通しも立てられます。
さらに、どのタイトルで、どの程度のパフォーマンスやマインドセットが期待されているのか、などを明示している「期待職能」を配布していますので、あとはもう社員が勝手に自分のタイトルやグレードを上げるために、どうすればよいかを各自で考えて頑張ってくれます。
たとえばアソシエイトからチーフに上がるためには「業務マニュアルを使って部下を指導できる」「〇〇の試験に合格する」「月間粗利〇〇万円を達成する」など、実務スキル、マインドセット、パフォーマンスのそれぞれについて達成すべき条件が細かく決まっています。
だからあとは、本人と直属の上司が各項目について達成できているかどうかを確認し、できていなければ、どうすればできるようになるかを上司が教育しサポートするだけでいい。
ガイドラインがあると余計なことを考えたり、気を遣ったりする必要がないので、本人もマネジャーも、何をしたらよいかが明確なのです。
この仕組みができる以前は「新卒一年目だから、これくらいでいいだろうか?」「中途で三年目なのだから、これくらいはやってもらわないと」など、そのつど考えて評価や指導をしなければならなかったので、正直かなり大変でした。
それが今では「書いてあるとおりにやってください、それ以外は考えなくていいですよ」と伝えておしまいです。この人事制度を導入したおかげで、私の仕事は半減したといっても過言ではありません。
対立構造をなくしたければ「人」にフォーカスしない仕組みをつくりなさい
明確で公平な絆徳流の人事制度は、社内での対立や衝突をなくし、心の絆を育みやすい土壌をつくるという効果もあります。対立構造がなぜ起きるかといえば、人が人を見るからです。
「上司はこれをやってくれない」「Aさんはあんなこともできない」「うちの妻はいつもイライラしていて困る」というように、会社でも家庭でも「人」にフォーカスした瞬間から対立が生まれます。
これを解消するには、「人」以外のところにゴールを定め、そこへ向かって協力していく共通の目標を設定するのが効果的です。
上司と部下のケースでいえば、上司が個人的な価値観に基づいて部下を指導するのではなく、「会社が期待していることはこういうことなのだ」と会社の方針を提示し、そのゴールを達成するための方法を一緒に考えればいいのです。
より明確に言えば、部下が「会社の期待を満たす」ことを上司が支援する、部下の給料が上がることを上司が支援する会社である、ということです。
すると、たとえうまく達成できなかったり、それが理不尽に感じられたとしても、上司個人に反発するのではなく、努力の方法や販売システムを見直すという前向きな対応ができるようになります。
上司と部下が同じ方向を目指せるから、対立は起きず、絆にひびが入ることもないのです。
とはいえ、評価制度や給料アップの条件が厳しすぎて、批判の矛先が会社に向いて「この会社は合わないな」と思われてしまうのも望ましくありません。
「会社VS社員」という対立構造を回避するためにも、人事制度には柔軟性をもたせておきましょう。
さらには、社員には「この会社にいたほうが得だ」とか「わがままな要望を聞いてくれるいい会社だ」と思えるくらいにしておかないと、今の時代は人を採用するのがとても難しい時代です。
ひとくちに社員といっても性格やキャリアへの考え方は十人十色で、「バリバリ働いて給料を上げたい」という人もいれば「長時間労働はいやだ」というタイプの人もいます。
昔は社員の個性など無視してひとくくりにしていましたが、人材の流動化が進んでいる現代では「この会社は合わない」と思われたら、すぐに辞められてしまいます。
優秀な人材をそんなことで失うのは、あまりにもったいないことです。会社VS社員という対立構造をなくし、社員に定着してもらうためにも、社員が「いやなこと」は取り除いてあげましょう。
「長時間労働はいやだ」というのなら、短くしてあげればいい。「わがままを言うな」ではなく「じゃあ時短勤務にしようか。
それだと労働条件が変わるから給料も下がるけど、それでもいいかな」と選択肢を示してあげるのです。
もちろんそれは個別の特例扱いではなく、誰もが選択できる制度として事前に明文化しておく必要があります。
「フルタイムの場合はこう、時短勤務ならこう、出来高制の場合はこう」というように条件を決めておき、本人に選択してもらうのです。
こうした仕組みがあれば、ムダな対立構造は生まれず、社員が定着・活躍してくれる確率はぐっと高まります。
多様性とは「弱みを意味のないものにして、強みを生かす」こと
SDGsというと気候変動などの環境問題に取り組むイメージが強いかもしれませんが、実はそれ以外にもさまざまな課題を対象としています。
なかでも人事と関連が深いのが、次の四項目です(数字は「SDGsの十七の目標」の番号)。
・目標3「すべての人に健康と福祉を」→社員の心身のケア
・目標5「ジェンダーの平等の実現」→ダイバーシティの推進
・目標8「働きがいも経済成長も」→社員の能力開発
・目標10「人や国の不平等をなくそう」→多様な働き方の実現社員や社会に「よいこと」をして「持続可能な経営」を実現するためにも、人事システムを見直す際には、これらの要素をぜひ盛り込んでください。
これは組織をピラミッド型からダイヤ型、さらには丸ダイヤ型へ進化させるうえでも重要なポイントです。
ダイバーシティや多様性とは、ドラッガー的に言えば「弱みを意味のないものにして、強みを生かす」ことを意味します。
たとえば「人と話すのが苦手」という社員がいたとして、「あいつは使えない奴だ」と切り捨てるのではなく、人と話すのが苦手でも活躍できる方法を探してあげる。
これはある意味、強い人が弱い人を救ってあげることでもあります。今までの社会では、強い人だけがどんどん上にいき、それ以外の人は底辺に取り残されてきました。これこそが、社会がピラミッド型になった最大の要因です。
けれども「持続可能な経営」を実現したいのなら、これは悪手としか言いようがありません。
一部のできる人だけが活躍するのではなく、どんな個性の人でも活躍できる場所を見つけてあげる。自己有用感を感じる居場所をつくってあげる。
そうやってみんなが上にいける仕組みをつくらなければ、ピラミッド型から脱却することはできません。
では「やる気がない人」に対してはどうすればいいか?最初からやる気がない人を採用してしまったというのなら別ですが、基本的に、社員は入社した時点では一定のやる気はあるものです。
それが入社後、徐々にやる気をなくしてしまうのは、社内の制度に問題があることが大半です。だからまずは「やる気を出さないと給料が下がる」「評価が上がらない」という仕組みをつくること。
一見すると厳しいようですが、これは「やる気を出せ!」と口で叱るよりも何倍もの効果があります。つまり、社員を立派な大人とみなして、自分で考えて自分で自分の生き方を選択できるようにしてあげるのです。
加えて、一時的にやる気をなくしている社員のモチベーションを回復させるためには、その人のホットボタン、つまり「やる気のスイッチ」を押してあげる必要があります。
ホットボタンがどこにあるかは、本人のベクトルがどこを向いているか、すなわち「相手がどんな人で、何を求めているか」によって異なります。
その人が働く一番の動機が分かれば、その人にふさわしい働き方や仕事のまかせ方も見えてくるでしょう。
成果と価値観の両方を評価・育成すれば、絆が生まれて上司の株も上がる
社員との絆を育むためにも、SDGsの達成に貢献するためにも、雇用した社員には適切な教育機会を与え、その成果を公平に評価しなければなりません。
そこで参考になるのが世界最大の総合電機メーカーであるゼネラル・エレクトリック社(GE社)の人事制度です。
現在は制度が変わってしまいましたが、同社は長年にわたって左図のようにパフォーマンス(成果)とコアバリュー(価値観やマインドセット)の両面から社員を評価してきました。
これは世界中で参考にされた人事制度ですから、ご存じの方もいるかと思います。
パフォーマンスとは売上や実績といった目に見える成果のことであり、コアバリューとは仕事への意欲や価値観、勤務態度やマインドセット、理念への共感度を意味します。
簡単にいえば、右へいくほど営業成績が高く、上へいくほど会社の価値観に沿った行動がとれているということになります。
このなかで最も高い評価を得る社員は、言うまでもなく右上のパフォーマンスもコアバリューも高い層、すなわち「会社の価値観にあわせて意欲的に働き、成果もバッチリな社員」です。
では、このうち最も困る社員はどのタイプだと思いますか?「もちろん、パフォーマンスもコアバリューも低い社員だ!」と思う方が多いかもしれませんが、実は、組織にとって最も困るのは右下、すなわち「営業成績はいいけれど性格や勤務態度に難があって、人を馬鹿にしたり会社の方針に素直に従わないタイプの社員」なのです。
この手の社員は、なまじパフォーマンスが出ているぶん声が大きくて影響力が強いので、放置しておくと社内の絆がどんどん分断されてしまいます。だからGE社がリストラをするとしたら、まっさきに右下の層がターゲットになるとされていました。
世の中にはマインドセットを軽視してパフォーマンスだけで社員を評価する会社がありますが、絆徳経営の視点からすると、そうした評価制度はリスクが高いと言わざるを得ません。
パフォーマンス一辺倒の会社では、経済合理性は達成できても理念は達成できないので、いつまでたってもピラミッド型から脱却できません。
そのことにいち早く気づいて成功したのが、中古車販売の株式会社IDOM(ガリバーインターナショナル)です。
同社では、業務に必要な知識だけではなく「企業理念や組織風土の理解」についての教育にも力を注ぎ、営業実績・顧客満足度・業務への取り組み姿勢を総合的に評価する人事制度を導入しました。
その結果、わずか数年で社員数が四千名超の企業へと急成長を遂げたのです。弊社ラーニングエッジでも、パフォーマンスとマインドセットについて、上図のように独自の16ブロックを作成し、明確にスコア化しています。
上司はこのスコア表を参照しつつ、部下が「右上」に行けるようにサポートします。部下が現在どのレベルにいて、改善するためには何をすればいいかを教え、早く「右上」に上げてあげるのが上司の役割なのです。
こうなると、上司は「煙たい存在」から「助けてくれる存在」に様変わりします。
上司は、パフォーマンスが低い部下にはパフォーマンスを上げるための「勝ちパターン」を教え、マインドセットが足りない部下には会社の価値観や理念を伝えて、トータルで「右上」にいくための道筋を示します。
もちろん助言に従って「右上」に近づけば近づくほど役職や給与が上がるので、部下からすると上司は「うるさい小言を言う人」ではなく「自分の昇給・昇進をサポートしてくれる人」になるのです。
「先輩が後輩を育てる仕組み」が成長を加速させ、組織の絆も強くする
社員教育を通じて絆を培っていくための最重要ポイントは、社員自身に部下の教育の機会を持たせることです。
中小企業では、社長や部長など一握りの人だけが教育を担うケースも多いようですが、それだと「社長VS社員」のような対立構造が生まれやすい。
すでに述べたとおり対立構造は絆の分断につながるし、「部長が嫌いだから」などという理由で素直に教育を受けられないケースも出てきます。
だから社員が育ってきたら、なるべく早い段階で部下を持たせて、部下の教育を担わせましょう。社長VS社員、一対大勢ではなく、みんなが部下を育て、上に引きあげる仕組みをつくる。
そうすれば教育は社長や部長だけの責任ではなく、社員全員で目指すべき共通の目標になります。先輩が後輩を育てる仕組みをつくると、対立構造が解消されるだけではなく、社員も大きく成長します。
人は教えることで最も学ぶからです。
社長がガミガミ注意しなくても、後輩に教えているうちに自然にできるようになったり、自分の間違いに気づいたりして、勝手に成長してくれるのです。
どの会社でもOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)は日常的に行われているでしょうが、先輩が後輩を育てる仕組みが確立していないと、残念ながら効果は限定的になってしまいます。
OJTではほとんどの場合、教える手順や教える側の役割が明確でないまま「職人の口伝による継承」のようにして実務の引き継ぎが行われています。
うまく継承できるかどうかは教える先輩や上司の能力にゆだねられているので、教育の質にはばらつきがでます。
「教え方」を教わっていないのだから、当然といえば当然です。実は、先輩が後輩を教育するためには「教育のための教育」が必要なのです。
いくら知識や経験が豊富でも「教え方」を知らなければ、効率よくその知識を伝えることはできません。
そこでここからは「教育のための教育」として、どんなスキルをどんな順番で教えていけばいいのか、絆徳経営流の「教育の組織化モデル」をステップごとにご紹介します。
注意すべき点としては、社員にはステップ1から順に身につけるべきだということです。
会社の規模を問わず、どんな業種・業態でも応用できるモデルなので、ぜひ参考になさってください。
ステップ1モデレーター(中立的促進者)
新入社員が最初に身につけるべきはモデレーター(中立的促進者)のスキルです。一般的には、司会と呼ばれる役割です。
モデレーターはグループワークで話を盛り上げたり、参加者の意見を引き出すためのスキルが必要で、これがなければ会議や研修で話を盛り上げたり、部下の考えを引き出せないので、後輩に何かを教えたり、考えさせたり、教える役割を務めたりすることはできません。
モデレーターは社会人にとって必要不可欠なスキルでありながら、中堅以上の会社員でもできない人は多く、なかには人に教えることを生業にしている人ですら未習得というケースもあります。
あなたも「研修でコーチングを受けて実戦したがイマイチ盛り上がらず、微妙な雰囲気になった」といった経験はないでしょうか。
それはコーチがモデレーターのスキルを十分に習得できていないのが原因です。
だから会議などの進行役は、普通は中堅社員に任せることが多いでしょうが、今後はぜひ新入社員にもやらせるようにしてください。
たとえば、小さなグループでのディスカッションの進行役は実務経験がなくても務まるポジションなので、新人の訓練にはうってつけです。
ステップ2ファシリテーター(司会進行者)
次なるステップはファシリテーター(司会進行者)です。
ファシリテーターは、モデレーターと同じく司会者と訳されることもありますが、モデレーターが結論を持たずに盛り上げ役に徹するのに対して、ファシリテーターは議論の方向性を持ち、一定の結果に導くという役割があります。
具体的には、脱線した話題を戻したり、ああでもないこうでもないという議論に終止符をうって「結論はこうですね」と話をまとめるのがファシリテーターの役目です。
そのためには、いま話されていることが議論全体のなかでどんな意味をもつのか、つねに位置づけを理解しつつ、聞き手の意識や論点をガイドしながら、話の方向性や結論をまとめていく力が必要になります。
もちろん、進行の時間管理能力も求められます。
ファシリテーターのスキルは会議や研修だけではなく、部下のキャリア相談に乗る際にも大いに役立ちます。
ステップ3ティーチャー(話して教える人)
ティーチャーとは、いわば「教え方を学んだ認定講師」であり、情報・知識を後輩に伝える役割を担います。
多くの会社では、社員にモデレーターやファシリテーターを経験させることなく、いきなりティーチャーをやらせようとして失敗します。
いくら豊富な知識を持った先輩でも、教え方がヘタだと聴いている人の頭に入ってこなかったり、伝わるのに時間がかかったりして効率が悪く、教えるほうも教わる側も苦労します。
会話を盛り上げ、議論をまとめるコミュニケーション能力がなければ、ティーチャーとして後輩に情報を伝えることはできないのです。
ステップ4コーチ(質問で、答えを引き出す人)
ティーチャーが汎用的な知識を伝授するのに対して、「まずは何をするか」「今週はどこまでやるか」というように、個別のケースについて行動を明確化し、実行の支援をするのがコーチや次に紹介するコンサルタントです。
このうちコーチの役割は「質問」によって相手の気づきを促すことです。
たとえば後輩や部下から「今こういうことで困っている」と相談されたとき、「それは事実なの?それともあなたの解釈なの?」と質問する。
あるいは「いろいろと大変です!」と訴える相手に「じゃあ、次のステップとして、最初に何をすればいいのかな?」「いつまでに、何をすることがゴールですか?」と質問する。
こうして個別の答えを質問によって引き出しながら、課題の本質を言語化していくのです。
私もこれまで数えきれないほど部下の相談に乗ってきましたが、事実と解釈がごっちゃになっているケースが実に多い。
もしくは、目的やゴールが明確でないことも多いもの。
そんなとき「それは事実なのか、解釈なのか」「目的は何かな?」と質問を投げかけると、相手は「言われてみれば……」と自分で気づき、何をどうすればいいか、解決への道筋が見えてくることもよくあるものです。
ステップ5コンサルタント(アドバイスで、答えを与える人)
コンサルタントは、さまざまなメソッドやケースを頭に入れているので、情報や知識がない人や問題に悩む人に、アドバイスをすることができます。
部下から聞いた問題を整理して、本質的に取り組まないといけない課題を言語化します。
コンサルタントには、コーチのような質問の能力だけではなく、それに加えて、具体的なソリューションを提案することが求められます。
部下は、今までに取り組んだことがないような方法は、具体的に教えてもらわなければイメージできません。
これは、コーチングだけではカバーできないポイントであり、より高度なスキルや経験が求められます。
質問によって本質的な問題を明確にして、顕在化した課題に対し具体的なアドバイスを与えることで、成果を出せるようにしてあげるのがコンサルタントの役割です。
たとえば、「Xという会社は、こんなやり方をしていてうまくいっている、これを分析するにはABC理論という手法があるのでぜひやってみましょう」などと答えが具体的にイメージできるまで、アドバイスによって導いていくのです。
ステップ6メンター(体験の共有で、気づきを促す人)ステップ1~5までのポジションは、実体験がない、もしくは実体験が乏しい社員でも十分に勉強していれば務まるものでしたが、ステップ6以降は相応の実体験がある社員にしか任せられない、中堅~ベテラン向けのポジションになります。
その最初のステップがメンターです。
世間ではメンターを広義に解釈し、若手社員に相談や助言をする人を一緒くたにメンターと称することがありますが、それだと「自分が話したいことを好き勝手に話すメンター」が量産される状況に陥ります。
メンターの本来の役割は、体験の共有によって「中立的なフィードバック」を与え、気づきを促すことです。
コンサルタントのようにアドバイスはしないという点が決定的に違います。
メンターは、アドバイスを「しなくていい」のではなく「してはいけない」のです。
なぜ、アドバイスをしてはいけないのか、なぜ、「フィードバック」なのかというと、アドバイスの前提が、「(上司である)私は分かっている、(部下である)あなたは分かっていない」となっているからです。
アドバイスをするというのは、構造的に、分かっている人が分かっていない人に与えるものなので、アドバイスするほど、「分かっていない人」や「自分ではできない人」という無意識の位置づけがなされます。
つまりアドバイスすればするほど、「自分ではできない人」が育っていくのです。
一方で、「中立的なフィードバック」の前提は、「(上司である)私は、(部下である)あなたを信じている」「あなたは自分で考えてできる」というものです。
だから、アドバイスをしないで、自分で考えてもらうことが可能となるので、自律的な部下が育っていきます。
「フィードバック」において、具体的に何をするかといえば、「過去の体験の共有」です。体験の共有で、部下の気づきを促すことが、フィードバックの本質です。
体験の共有にもいろいろありますが、特に重要なのが「痛みを伴う失敗体験の共有」です。
メンターが個人的に体験し、うまくいかなかったことや失敗談を自己開示してオープンに話してあげると、後輩は「先輩にもそんな時代があったのか」と共感するとともに「自分ならどうするか」を自分自身の頭で考え、気づきを得ることができるのです。
ステップ7トレーナー(話して成果を出させる人)トレーナーはティーチャーの上位職で、ティーチャーが「話して教える人」ならトレーナーは「話して成果を出させる人」です。
知識として学んだことを教えるだけではなく、実体験として学んだことを「勝ちパターン」にしてプログラムとして開発し、部下に教えて成果をあげさせるスキルが求められます。
このスキルは、中堅人材、経験あるコアメンバーには必須の要件です。ラーニングエッジでは毎月、全社員を集めて勉強会を開いているのですが、ここで講師を務めることができるのは基本的にトレーナー以上の社員に限られます。
モデレーターからトレーナーまで、すべてのスキルを身につけた人しか登用しません。
全社員が集まる場なので、時間をムダにしたくないというのも理由の一つではありますが、そもそも実体験がない人や、部下のメンタリングをしたことがない人には、ツボをついた教育ができないからです。
もちろん、トレーナー以外の若手にチャレンジの機会として担当させることもありますが、基本的には、人生経験も、部下育成の経験も豊富な役員や社員に担当してもらうことにしています。
勉強会では、数名の講師がそれぞれの実体験に基づいて、会社の理念、ミッションやヴィジョン、そして仕事の秘訣などについて話します。
みんな話がうまく、若手が困りがちなポイントも熟知しているので、聴く側も真剣に耳を傾けています。
ステップ8ボードメンバー(幹部)
絆徳の人事における社員教育の最終ステップは、全社的な課題解決に責任を持つ「ボードメンバー(幹部)」です。
各種の会議や実務を通じて、部下育成をし、話し合いによって会社をよい状態に導いていく経営チームです。
会議や研修の進行役という意味では、モデレーターやファシリテーターと同じですが、こちらは経営の根幹にかかわるような、より重要度の高い会議を取り仕切る役割となります。
ステップ1~7の段階を経てこのレベルまで到達した社員は、GE社のマトリックス(一六五ページ参照)でいえば右上の「パフォーマンスもマインドセットも高い人財」に成長しているはずです。
しかも、ここまでのステップで多くの人とかかわり、部下を育てて、組織をよりよい状態にするたくさんの経験を積んでいるため、会社や社員とも強い絆で結ばれています。
このレベルの幹部社員が育ってくると、組織的な絆ができて会社は安定します。
よく言われるように、炭鉱に強固な柱がなければ、深く掘れば掘るほど崩落の危険性が高まります。
会社も同じで、事業を拡大したいと思っても、会社の成長を支える「柱」となる人財がいなければいつかは崩壊してしまいます。
幹部というのは文字どおり、会社を支える幹なのです。
以上が絆徳経営流の「教育の組織化モデル」です。
これを採用すると社員全体で目指すべき教育の方針が明確になるため、自然と社員が成長し、活躍するようになります。
経営者・幹部の悩みや労力も半減し、対立構造もなくなるため、まさに絆が強化される「持続可能な経営」へと成長・進化させることができるのです。
段階的にスキルを身につけた社員には「居場所」と「絆」ができる
私が社員同士の教育を重視するのは、それが社員の成長につながるというのが一番の理由ではありますが、実はもう一つ大きな目的があります。
それは、社員の「居場所」をつくることです。
先に紹介した八つのポジションは、どれも会議や研修に欠くことができない役割であって、たとえ初級のモデレーターやファシリテーターでも、そのスキルがあれば必ず皆の役に立つことができます。
つまり、自分の居場所ができるのです。
本章の冒頭でも述べたとおり、組織的な絆は「自分が役に立っている」という自己有用感に根差して生まれます。
モデレーターからボードメンバーまで段階的にスキルを身につけることは、自己有用感を高めて、会社との心の絆を育むことにもつながるのです。
先ほども触れましたが、注意してほしいのは、スキルは必ずステップ1からステップ8の順に習得しなければならないということです。
人には向き不向きがあるので、メンターとして自分の体験を共有したいという人もいれば、相手の話をよく聞いて質問を投げかけるコーチングが得意な人もいるし、バンバン答えを出していくことが得意なコンサルタントタイプの人もいるでしょう。
けれども、得意分野のスキルだけを身につけて活躍できるかといえば、答えは否です。
ファシリテーターやモデレーターのスキルがない人がティーチャーをやろうとしても効果的な教育はできませんし、ティーチャーの経験がない人にコンサルタントが務まるかといえば、教えるスキルがないため適切なアドバイスができず、務まりません。
務まらないだけならまだしも、社員に分不相応な役割を与えることは、社内の空気を悪くします。
能力もない人にコーチやメンターを任せたりすれば、絆ができるどころか「この先輩は教えるのがヘタだな」「この後輩は理解が悪いな」と、互いに負の感情を抱いてしまいます。
だから、どの役割を任せるにしても、前段階までのスキルはすべて習得してもらうこと。
それさえ守れば、あとは適材適所でかまいません。
たとえばステップ7(トレーナー)までのスキルを習得した人に、ステップ5(コンサルタント)を任せることはまったく問題ありません。
もう一つの注意点は、肩書と給与を連動させないということです。
たとえばコーチよりメンターの給料が高いとなれば、本来コーチに向いている人でもメンターを目指さざるを得なくなるし、適性を考慮してメンターをコーチに配置換えすれば、それは降格扱いになってしまうので、適材適所が難しくなるのです。
現代社会では「会議」こそが富を生む
モデレーターからボードメンバーまでの「教育の組織化モデル」は、主に会議や研修における役割を通じて社員を進化・成長させる仕組みです。
社会人に求められるスキルは多岐にわたるなか、なぜこうした「会議力」ともいえるスキルを中心に据えるかといえば、現代社会では「会議」こそが富の源泉となるからです。
昔から「人の影響力は移動距離に比例する」と言われてきました。
その観点から人類の歴史を紐解くと、十四世紀以前は人の移動は徒歩圏内に限られていましたが、十五世紀に大航海時代を迎えると、航海によって富とパワーを移動させた者が影響力を発揮するようになりました。
さらに十九世紀以降には次のように目まぐるしく変化しています。
〈影響力を発揮した人物像〉十九世紀………鉄道や蒸気機関で物資を移動させた者二十世紀………自動車や航空機の普及を受け、世界を飛び回って移動した者二十世紀末……インターネットの登場を受け、ネット上で情報を移動した者二十一世紀……SNSの登場を受け、より多くの個人情報を移動させた者これに該当する人が影響力を発揮し、富を得てきたのです。
それが今はどうなっているかといえば、5G通信によって映像やパワーポイント(パワポ)などの重いデータも簡単に送受信できるようになったことで、ZoomやYouTubeなどを通して知識や智慧を移動した者に、よりいっそう富が集中するようになってきました。
つまり百万人のユーザーとつながっているユーチューバーなら、自身の情報や知識を発信するだけで簡単に富を得られるというわけです。
これにより「生産性」の意味も変わってきました。
前世紀までは、生産性を上げるには手や足を使って物理的な作業を行い、位置エネルギーを移動させる必要がありましたが、今では世界のどの場所にいようが脳内のデータを移動させ、コンセプトを共有することで、概念としての生産性が生み出されます。
言い換えるなら、人が集まる場でコミュニケーションをとって情報を共有すること自体が、富を生む時代になったのです。
それに伴い、会議における情報伝達や、概念としての実行支援のスキルがますます重要になってきました。
今の時代、これらの「会議のスキル」「話し合いで部下を育てるスキル」を社員に身につけさせないのは、生産性を出させないのと同じことなのです。
いま経営者が学ぶべきは「話す、つながる、SNS」
ここまで主に社員への教育について述べてきましたが、経営者たるもの社員に学ばせるだけではなく、自分自身もつねに学び続けようという気概を持たねばなりません。
ビジネス環境の変化に対応して経済合理性を高めるためにも、「よいこと」に目を向けて理念を達成するためにも、知識や教養はつねにアップグレードしておきたいものです。
具体的に何を学べばよいかといえば、今の時代なら「話す、つながる、SNS」が経営者の必須スキルといえるでしょう。
自社の魅力や理念を分かりやすく発信し、さまざまな人とつながり、SNSでスマートに立ち振る舞うすべを知らなければ、第4章で紹介した5Kマーケティングを主導することは難しい。
逆に、この三つのスキルさえマスターすれば、5Kマーケティングの10ステップをすべて自分一人で考えて実行することも可能です。
もちろん社長だけではなく社員にとっても「話す、つながる、SNS」は有用なスキルで、私の感覚ではオフィスソフトを使えることよりもよほど重要になりつつあります。
ワードやパワポも使わないわけではありませんが、最近ではFacebookやインスタグラム、YouTubeで情報発信することのほうが、生産性が高くなる時代になりつつあります。
今後はワードやパワポで提案書をつくるよりも、SNSで「私のYouTubeチャンネルを見て、リンクから申し込んでください」というアプローチのほうが販売促進しやすくなっていくでしょう。
「話す、つながる、SNS」の三要素はどうやって学ぶかといえば、今ならYouTubeや各種SNSでのライブ配信がおすすめです。
知らない人を集めて話を盛り上げるのは簡単ではありませんが、それだけに得られるものも大きいはずです。
近年では、比較的情報化が遅いと言われる政府、内閣府や地方自治体までが情報発信にSNSでのライブ配信をしていますから、我々経営者がしていなければ、時代遅れと言われても仕方がないことでしょう。
さらに言えば、動画配信やライブ配信のトレーニングは、ピラミッド型やダイヤ型の組織の頂点のトンガリを丸くする効果も見込めます。
動画配信、特にライブ配信で話すということは、社長室の高みから降りてきて、フラットな立場で交流するということになるからです。
ピラミッドの頂点でふんぞり返っていたいタイプの一昔前の経営者には、これがなかなかできません。
きれいに編集された広告やメディアのなかで、自分が重要人物として扱われるというのならまだしも、一般人にまじってライブで話をするなんて、さらにはそれに不特定多数の人からコメントされるなんてまっぴら御免だというわけです。
でも、そんなことを言っていては時代に取り残されてしまいます。
そのことに気づいた人たちは、プライドを捨ててライブ配信の修行を始めています。
Clubhouse(以下、CH)という音声SNSはその最たる事例です。
CHを使っていると、「本来はこんなことは好きではないだろうな」と思われる著名人でも、腹をくくってCHでのコミュニケーションを一生懸命に勉強している姿が散見されます。
たとえば市川海老蔵さんは、本来ならCHで話したりするタイプではないと思うのですが、一時期かなりライブ配信をしていました。
トップにいるからこそ、著名人だからこそ、新しいことを学ぼうという、すばらしい気概は、影響力のある方に共通する姿勢です。
立場上、SNSで顔出しをしたり仕事の話をするのが難しいという方は、地域のボランティア活動など、本業とかかわらないコミュニティのなかでリーダーシップを発揮する訓練を積みましょう。
経営者としての自分ではないフラットな立場で活動にかかわり、場を盛り上げたり、話をまとめたりする経験は「話す、つながる、SNS」のスキルを身につけることにもつながります。
「ボランティアなんてやっている暇はない!」そう思ってしまった方は要注意です。
会社の仕事だけをして忙しがっているなんて、自分の会社のことしか頭にない証拠です。
今の時代、複数のコミュニティにかかわっていなければ社会的責任を果たしているとはいえません。
自分が偉い立場でいられる「自分の会社」というぬるま湯につかっていては、後述する「社会との絆」をつくることもできず、絆徳経営など夢のまた夢になってしまうでしょう。
コロナ禍でも過去最高売上を達成したシャトレーゼの「絆徳経営」
絆徳経営において、社員を育てる役割を先輩や上司に委任することによって、効果的に人を育てる仕組みをつくることができます。
が、社長が教育にノータッチというわけではなく、社長には社長にしかできない重要な役割があります。
それは「相手によいことをするから、ずっと一緒にいられる」という絆徳経営の理念を自ら実践し、その姿を社員に見せることです。
口先だけではなく、本気で絆徳経営をやろうとしていることを分かってもらうためにも、まずは社員の言葉に耳を傾け、社員にとって「よいこと」とは何かを考えながら、社員との絆を深めていくのがいいでしょう。
スキルやマインドを高めるためのある意味で部下に厳しい教育は、リーダーやマネジャー層に委任して、社長は文化づくりや働きやすくて収益の高い組織づくりといった、より上位の責任を担うようにするのです。
そんな絆徳経営流の組織づくりで成功した例として、和洋菓子店「シャトレーゼ大宮櫛引店」の事例をご紹介します。
同店のフランチャイズオーナーである砂川邦夫氏は私の経営セミナーの卒業生であり、絆徳経営を学びはじめてから業績を伸ばし続けていました。
二〇二〇年にコロナ禍という思いがけない事態にみまわれ、日本中の飲食店から客足が遠のいたときでさえ、シャトレーゼ大宮櫛引店の勢いが止まることはありませんでした。
このご時世、さぞ苦労されているのではと心配して連絡をとってみたところ、砂川氏からは「大変は大変でも、お客さまが来すぎて大変です。過去最高業績です」という予想外の言葉が返ってきました。
飲食店の多くが苦戦するなか、なぜ同店だけが繁盛していたかといえば、お客さまが求めるコロナ対策をいち早く理解し、実践していたからでした。
店員がマスクを着用する、レジにアクリル板を設置するといった対策は、今ではどの店でも当たり前にやっていますが、コロナが流行しはじめた当初は「そんなことをしたら大ごとだ、大変だ」といって、やりたがらない会社(店)も少なくありませんでした。
実際には、お客さまはマスクやアクリル板があったほうが安心だから、積極的に導入してほしいと願っていたのに、店側がそのニーズを読み誤り、対応が遅れていたのです。
そんななか、シャトレーゼ大宮櫛引店ではアルバイト・社員の提案によっていち早くアクリル板などのコロナ対策を実施しました。
それが近隣住民の信頼につながり、「この店なら安心して買い物ができる」と、お客さまが殺到する結果となったのです。
同店がスピーディにコロナ対策を進めることができたのは、顧客・社員・社会の三方との絆ができていたからにほかなりません。
まず、店員とお客さまが絆で結ばれていたから、店員は「お客さまはアクリル板があったほうが安心できる」と、正しくニーズをくみ取ることができました。
さらに店員はオーナーである砂川氏とも絆でつながっていたから、安心して「アクリル板を設置しましょう」と提案できたし、砂川氏も店員を信頼して、すぐに提案を受け入れて改善することができた。
その結果、砂川氏の店は「先進的なコロナ対策をしている店」として地域住民に受け入れられ、店員たちも自信をもってお客さまを受け入れられるようになったのです。
こうしてコロナ禍真っただ中の二〇二〇年、シャトレーゼ大宮櫛引店は過去最高売上という結果を達成することができたのです。
場面に応じて「良いこと」と「善いこと」を使い分けなさい
シャトレーゼ大宮櫛引店の成功は、まさに顧客・社員・社会の三方に「よいこと」をし続けた結果といえるものです。
さて、ここまで「よいこと」とひとくくりに述べてきましたが、実はよいことには二種類あります。
「良いこと」と「善いこと」です。
「良いこと」とは、相手を喜ばせて「あなたと一緒にいるとよいことがあると感じてもらうこと」を言います。
一方の「善いこと」とは、相手を成長させて「あなたがいなくても大丈夫にすること」と定義しています。
より具体的に比較すると次のような違いがあります。
〈良いこと〉相手を喜ばせることあなたと一緒にいるとよいことがあると感じてもらうこと価値を与えること(欲求を満たすこと)言葉、感情、体験の共有で相手を幸せな気分にすること〈善いこと〉相手を成長させることあなたがいなくても大丈夫にすること模範を示しつつ、慈愛と厳しさをもった教育をすること自分が幸せになり、他人を幸せにする智慧を共有することこの二つの違いを理解することは、三方と絆を形成していくうえでは欠かせません。
マーケティングでお客さまに「よいこと」をするときは、相手の欲求を満たすような「良いこと」で十分なのですが、社員や家族など、共に成長していかねばならない相手には「善いこと」もしていかなければなりません。
たとえばお子さまが、食事の好き嫌いが多いのなら、好き放題にさせるのではなく「それはよくない、こうしたほうがいい」と言ってあげる。
そうしないと、いざ大人になったときにお子さまは健康管理ができなくて、よりよい人生を送ることができなくなってしまいます。
「あなたがいなくても大丈夫にする」というのは、お互いに成長させ、自立した関係でいるということでもあるのです。
「善い教育」を行うためには、ああしろ、こうしろと命じるだけではなく、自ら模範を示すことも大事です。
模範を示すということについて、こんな逸話があります。
インド独立の父・ガンジーのもとに、あるとき母子が訪ねてきて母親が「うちの子どもが砂糖ばかり欲しがって困っている。
健康に悪いから、今すぐやめるように言い聞かせてほしい」と頼みました。
しかしガンジーは「二週間後にもう一度来なさい」の一点張りで、その場では頼みを聞いてくれなかった。
そして二週間後に母子が再訪すると、ガンジーは「私もこの二週間、砂糖を絶っていました。
だから今なら言えます、あなたも砂糖をやめなさい」と諭したのです。
誰かに「こうしなさい」と指導する以上は、自分もできなければなりません。
それが模範を示すということです。
時間にルーズな上司が部下に対して「時間を守れよ」と言っても、まったく説得力がないでしょう。
私自身も正直に言えば、大量の書物や文献などで机の整理ができていないので、部下に対して「机をきれいに片づけろ」とは口が裂けても言えません。
厳しさは、部下だけではなく自分にも向けねばならないのです。
良と善とでは、コミュニケーションの方法や目的も異なります。
良いコミュニケーションとは「言葉、感情、体験の共有で相手を幸せな気分にすること」と定義することができます。
コミュニケーションの媒体は三つあり、それがいま述べた、言葉と感情と体験です。
一般的には、「言葉」ばかり意識してしまいがちですが、実は「体験」や「感情」は言葉以上に相手の感情をゆさぶる力、絆を生み出す力を持っています。
たとえばホノルルマラソンを走ったことがある人同士なら、「ダイヤモンドヘッドのあの坂、景色が最高ですよね」と言うだけで、それ以上言葉を交わさずとも、当時の感動を分かち合い、心を通わせることができるでしょう。
そのように、言葉だけではなく、感情や体験も共有することで心の絆を強くして、相手を幸せな気分にすることが、「良い」コミュニケーションなのです。
これに対し、「善い」コミュニケーションとは「自分で幸せになれる智慧と、他人を幸せにできる智慧を共有すること」を意味します。
相手を幸せな気分にするだけではなく、自分で幸せになれる力、さらには他人を幸せにする力を授けるという意識で、教育的なコミュニケーションをとることを意味しています。
ガンジーの事例は、その分かりやすい例といえるでしょう。
はじめに良、それから善。そして最後に必ず良
このように、同じ「よいこと」でも良と善とでは性格が異なり、相手とより強く深い絆を築きたいのであれば「良いこと」だけではなく「善いこと」も行っていく必要があります。
ただし、順番を間違えてはいけません。
相手がどんな立場の人物であれ、人間関係ではまず「良」から入るようにしてください。
「善」には相応の厳しさが含まれるため、まったく関係ができていないうちから「善」を行っても受け入れられず、かえって絆から遠ざかってしまいます。
部下を育てたいなら、まずは相手が喜ぶ「良いこと」をして、あなたと一緒にいるとよいことがあると感じてもらいましょう。
「社長と一緒にいれば昼食をおごってもらえる」でも「一緒にいるとほめてもらえる」でも、何でもかまいません。
そうしないと、部下は総じて上司の欠点に目がいく傾向があるので、何かとあら捜しをして「こんな人と一緒にいたくない」と思われてしまいます。
こうなると、いくら善の指導をしようと思っても相手の心に届きません。社員教育では必ず「良」から始めて、関係ができてきてから「善」を出すのです。ただし「善」をなした後にも、必ず「良」で締めくくらねばなりません。
厳しい指導のままで終わってしまうと、相手は自信を失って「もう辞めます」となってしまう可能性があるからです。
いくら相手に非があったとしても、最後は「でも頑張ったね、ありがとう」というひと言で終えてあげなければ、人は前を向けないのです。
だから相手に対して「よいこと」を行う場合は、はじめに「良」、それから「善」、そして最後は必ず「良」で終える。これが絆づくりの鉄則です。
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