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第5章会社人生の先が見えてきた40代、50代がすべきこと

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第5章会社人生の先が見えてきた40代、50代がすべきこと

「はじめに」でお話ししたように、本書のもうひとつの思いは、筆者と同年代の日本の40代・50代にエールを送りたいということです。

50代後半に差しかかった筆者の友人のもうひと花咲かせたいが何をしたらいいのかわからない、自分にどんな価値があるのかわからないというぼやきは、多くの企業戦士が感じているモヤモヤだと思います。

本章では、こんなモヤモヤを抱えた40代・50代が会社人生の後半戦で、リード・ザ・ジブンを行なうことにより、自分の人生の目的・意味を再発見してもらうためのいくつかのヒントについてお話ししたいと思います。

筆者も57歳で無謀な起業をして、試行錯誤の真っ最中なので、あまり偉そうなことはいえませんが、皆さんを少しでもインスパイアできればと思い本章を書きました。

日本人が歳をとればとるほど不幸と感じる理由

「はじめに」で「日本の悲しい真実」として、欧米と日本の年齢別幸福度比較(図表5‐1)のデータを見てもらいましたが、欧米が30代後半から40代にかけてボトムを打ち、以降右肩上がりに幸福度指数が上昇していくのに比して(U字型)、日本は右肩下がりで60代を超えると低位安定(L字型)という悲しい結果になっています。

なぜ、こんなL字型カーブになっているのでしょうか?日本では、都市化、過疎化、核家族化、少子化などによって、社会的孤独感は年々、加速化しています。

同時に、会社を退職後、「人に認められたい」という欲求が満たされる機会がほとんどなくなってしまっているため、このような真逆のL字型カーブになっていると考えられています。

要は、ポスト会社の人生におけるゴールやビジョンがはっきりしないまま退職をし、会社人間の自分を引きずったままの人には悲しいL字型人生が待っているということです。

利他の心を判断基準にする

独居ひきこもり老人、キレる老人、粗大ごみ……。悲しいワードが世の中にはあふれています。

リード・ザ・ジブンをして人生後半戦をいかに生きるかを深く考察し、40代~50代の中年での脱皮、〝ミドル脱皮〟をする必要があります。

では何を基軸にポスト会社の人生の目的・ゴールを考え、ミドル脱皮をすればよいのでしょうか。筆者は「利他の心」を基軸に考えるべきだと思っています。

稲盛和夫氏のフィロソフィの「リーダーとして大切なこと」の7つの中に「利他の心を判断基準にする」というものがあります。

「私たちの心には『自分だけがよければいい』と考える利己の心と、『自分を犠牲にしても他の人を助けよう』とする利他の心があります。利己の心で判断すると、自分のことしか考えていないので、誰の協力も得られません。自分中心ですから視野も狭くなり、間違った判断をしてしまいます。

一方、利他の心で判断すると『人によかれ』という心ですから、周りの人みんなが協力してくれます。また視野も広くなるので、正しい判断ができるのです。

より良い仕事をしていくためには、自分だけのことを考えて判断するのではなく、周りの人のことを考え、思いやりに満ちた「利他の心」に立って判断をすべきです」この「利他の心」は、リーダーとして大切なことであるだけでなく、ポスト会社の人生を考える上でも非常に重要です。

なぜなら、世の中・人様の役に立っている実感が自分の幸福感につながるからです。ここにハーバード大学が75年以上にわたって研究を続けている「何が人を幸せにするか?」という興味深い研究がありますので、紹介します。

GrantStudyとは、ハーバード大学に在学した268人の男性を対象に、卒業後も毎年健康診断と心理テストを行うことで、戦争、仕事、結婚や離婚、育児、老後といった彼らの人生を追跡調査したもので、「何が人を幸せにするか?」ということが明らかにされました。

研究は1938年に開始されてから75年間にわたって続けられている、世界に存在する最も長期的な研究のうちのひとつです。

この研究を30年以上指揮しているGeorgeVaillantさんが最も主張するのは、老年における幸福と健康、そして温かな人間関係の3つのもつ強い相関関係で、人生における幸福感の決定要因として人間関係が最も重要な要素であることが明らかになりました。

金銭は生活に必要なだけ確保されていれば、それ以上は必ずしも幸せにつながるとは限ら

ず、むしろ、愛・思いやり・感謝・希望・信頼・寛容さなどポジティブな感情が人の幸福に効果をもたらすとされています」出所:https://gigazine.net/news/20130517thingmakesushappy/原典:GrantStudyRevealsWhatMakesUsHappyBusinessInsiderhttp://www.businessinsider.com/grantstudyrevealswhatmakesushappy20134このハーバード大学のGrantStudyの、幸福感につながるのは「人間関係」とりわけ「愛・思いやり・感謝・希望・信頼・寛容さなどポジティブな感情」であるという結論は、利己の心の世界では決して充足はされません。

利他の心があってはじめて充足されるものなのです。

【コラム】宇佐美家の社会奉仕活動

筆者の奥さんは、主婦でも会員になれるあるロータリークラブの創立メンバーのひとりで、社会奉仕活動なかんずくDV(家庭内暴力)が原因で養護施設に入っている子供たちの支援に力点を置いた活動に最近熱心に取り組んでいます。

たとえば、養護施設への差し入れとして娘と一緒にプリン80個つくってもっていったり、養護施設に行って紙芝居を読み聞かせてあげたりという地道な活動を続けています。

そんな活動をしている家内はめちゃくちゃいい笑顔をしてるんです(筆者にはめったに見せたことのない笑顔です)。最初はぶつぶついいながらプリンをつくっていた娘も、一度施設に一緒に行って子供たちの笑顔を見てからは、嬉々として、夜中にプリンをつくっています。

そして筆者も、前に述べた通り、奇しくもロータリークラブで社会奉仕委員長という大役を拝命し、グラミン日本への支援を通じた日本の貧困問題解決への貢献、都市型の大型クラブには難しいといわれている地域コミュニティへの継続的支援の活動等を行なっています。

社会奉仕というのは、これまでの筆者の10年超のロータリークラブ歴の中でも未経験の領域で、最初は正直よくわかりませんでしたが、関係者やシングルマザーの皆さんの笑顔に触れるたびに、得もいえぬ幸福感を感じるようになり、どんどん前のめりになるハッピーサイクルに突入しているようです。

このようなチャンスを筆者のような者に与えていただいた尾木会長には本当に心から感謝申し上げています。

あなたはコミュニティへ貢献しているか

ポスト会社で利他の心を発揮できる・すべき場所はどこか?それはコミュニティです。コミュニティにもさまざまなものがあります。住んでいる地域のコミュニティもあれば、スポーツや趣味のコミュニティ、ボランティアのコミュニティ等々何でもいいのです。自分自身に問うてみてください。

自分が帰属意識を感じられるコミュニティはあるのか?そのコミュニティに自分はどんな貢献をしているのか?もし最初の問いがノーであれば、自分が所属したいと思えるコミュニティを探すことから始めるべきです。

たとえ所属しているコミュニティがあったとしても、2番目の問いに自信をもって答えられないのなら、真にそのコミュニティに属しているとはいえないかもしれません。この問いを起点に人生後半戦の目的・ゴールを考えてみてください。

40代になったら、会社人生の先も考えよ

利他の心・コミュニティへの貢献を基軸に人生後半戦の目的・ゴールを考えるべきという話をしてきましたが、ではいつそれを考え始めるべきなのか?筆者は40歳になったら考え始めるべきだと思います。

ミドル=40代が分岐点

20代で仕事の基本を学び、仕事の醍醐味と大変さを学びながら、リード・ザ・ジブンが段々とできてきて、30代でリーダーとして部下をもち、リード・ザ・チームをするようになり、40代でフルスロットルで組織の大黒柱になり、40代後半から50代前半でピークアウトし、50代後半~60代でフェードアウトしていくという一般的なキャリア・カーブにおいて、ポスト会社のことを考え始めるのは、50代、それも中盤~後半になり、ポスト会社が現実の課題として見えてきてからの人が大半だと思いますが、筆者はそれでは遅すぎると思います。

なぜなら、50代はポスト会社を見据えた過ごし方、時間の使い方をしないと、ビジョンも構想もなく、ろくな準備もしないままポスト会社に突入してしまうからです。

40歳前後で、30代までに培ってきた経験・知見をもとに、リード・ザ・ジブンをして、ポスト会社も見据えながら、40代・50代をその実現のためにどう過ごすのか、どんな経験を積み、どんな知識・スキルを身につけたらよいかをきちんと考えるべきです。

【コラム】松下幸之助翁37歳で「命知」

リード・ザ・ジブン・キャンプをパナソニックの研修センターで実施した際に、パナソニックミュージアムの見学も行ないました。「道」というコンセプトで松下幸之助翁の人生の軌跡を30の言葉とともにたどることができる構想でつくられています。

筆者が一番印象に残ったのは、1932年(昭和7年)幸之助翁が37歳のときに「命知」され、水道哲学が生み出されたということです(図表5‐2)。やはり40歳前後でリード・ザ・ジブンすることが重要だという思いを一層強くしました。

パナソニックのHPにある「松下幸之助物語」に当時のことが語られています。先に述べた通り、筆者はたまたま40歳のときに野田さんに脳天をガツンとやられて、目覚めたわけですが、振り返ってみると、あのとき野田さんに巡り会えて、本当に運がよかったと思います。

セレンディピティに感謝です。そうでないと、「糸の切れた凧」のように、「目先の不確実性を楽しむんだ」などといいながら、場当たり的に生きてきて、いざリタイアというときになって、何を自分はやったらいいんだろうとあたふたしたと思います。

40歳でリード・ザ・ジブンしたお陰で、40代、50代と15年以上にわたり、自分の志を基軸にしたことをやることができ、57歳でポスト会社も見据えてUNLOCKPOTENTIALという会社を起業することにつながりました。

今の自分がどこまでうまくいっているのかは自分ではよくわかりませんが、リード・ザ・ジブンを基軸に人材組織変革道を歩んできたことについては、1ミリの後悔もないのは事実です。

【コラム】未来日記

筆者が、東京南ロータリークラブで尊敬している先輩のひとりに浅見隆さんという方がおられます。浅見さんは、長瀬産業株式会社・Kodak製品本部でマーケティング等を経験したのち、SpaldingJapanへ入社。数々の実績をあげ、代表取締役社長に就任。

その後、JohnsonandJohnsonの取締役上級副社長、RevlonJapan代表取締役社長を歴任され、RevlonJapanでは30年間にわたる赤字経営を、2年間で超V字回復し、黒字体制への転換に成功されたという素晴らしい経営者としてのトラックレコードをもたれている方です。

『外資系トップの「人を動かす」10の鉄則』(フォレスト出版、2012年)という本も出されています。

浅見さんを筆者が尊敬している大きな理由のひとつは、RevlonJapan社長を退任・独立され、70歳を超えられた今も、本当にこちらがうらやましくなるほど、生き生きと楽しそうに仕事とプライベートを両立しておられることです。

自分も70歳を過ぎたらこんな風でありたいという筆者のロールモデルです。この秘訣をうかがったときに興味深い話を聞きました。

浅見さんは、30代後半で「未来日記」というものを書かれ、自分が40代以降をどうやって生きていくかの具体的な羅針盤を定められたそうです。

「未来日記」での究極のゴールは、インターナショナル・カントリークラブという架空の世界一のゴルフ場の支配人になることで、そのために当時いたコダックでどんな経験を積み、次にどんなポジションでどんなことをやるのかの構想を描かれました。

構想のかなりの部分は実現されたそうです。

インターナショナル・カントリークラブの支配人というのは、浅見さんの国際的な経験を活かし人のために役立つことをやりたいということのアナロジーとして使われていると筆者は解釈しています。

やはり40歳前後でリード・ザ・ジブンをされ、それが契機になり素晴らしい40代以降を過ごされたというお手本だと思いコラムに取り上げました。

インターナショナル・カントリークラブの支配人に向けて、浅見さんはますます生き生きと楽しい充実した人生を歩んでいかれるんだと思います。

自分の会社人生の先を見据えたジブン・チェンジ・プランができたら、仲間と互いにシェアをして、自分の志を周囲に宣言して、吹聴することをおススメします。

会社の仲間でなくてもかまいません。家族でも、自分が所属している何らかのコミュニティの仲間でもよいので、互いのジブン・チェンジ・プランを共有し、フィードバックをもらい、絆をつくりながら、楽しく進めるとハッピーサイクルに突入することができます(図表5‐5)。

遅すぎるということはない

では「すでに40代、50代になっている人はもう手遅れなのか?」と思う人もいるかもしれません。理想は先に述べた通り、40歳前後でリード・ザ・ジブンをすることですが、手遅れでは決してありません。

40歳前後というタイミングは、それまでの経験とそれから先の人生でその志の実現に向けて実践できる期間を考えた場合にちょうどよいタイミングということです。

それが後ろにずれるということは会社の先の人生を見据えて実践できる、準備できる期間がその分短くなるということではありますが、志とジブン・チェンジ・プランをもつことの意義は何ら変わるものではありません。

遅咲きで成功した人を調べてみたら、本当にたくさんいました。

〈経営者〉ファンケルの池森賢二氏:脱サラ、仲間との起業、そして倒産、2400万の借金等、幾多の苦難に見舞われたが、43歳にファンケルを起

マクドナルドの創業者レイ・クロック:50代で創業

ダイソンの創業者ジェームズ・ダイソン:40歳までは街の単なる変わり者だった

〈文化人他〉松本清張:28歳までは大家族を印刷職人として支え貧困に苦しんだ。朝日新聞に入社し、41歳にて、はじめて『西郷札』が直木賞候補になってから脚光を浴びた

ハインリヒ・シュリーマン:トロイアの丘の発掘を始めたのが48歳、見つけたのが51歳通称グランマ・モーゼス(モーゼスおばあちゃん):本格的に筆を握ったのは75歳。1940年に80歳にて個展を開く。

この個展に大手デパートが注目して一躍有名画家となる。

89歳のときには当時の米国大統領トルーマンによってホワイトハウスに招待された和田京子氏:一度も就業経験のなかった専業主婦だったが、79歳で一から宅建の資格をとり、80歳で起業。

今では年商5億円(出所:https://matome.naver.jp/odai/2137497066365325801?&page=3)

【コラム】田んぼに太陽光発電つくっちゃいました──筆者の父親の話

ついでにもうひとつ、筆者の父親の話もさせてください。筆者の父親は、神戸のアパレル企業でサラリーマン役員として会社のナンバーツーまでいって、会社人生を終えました。退職後は地元のコミュニティにこれまでの恩返しをしたいということで、実家のある姫路の営農組合の組合長を務めています。

経営者としての経験を活かし、いろんな改革をやったらしいのですが、そのひとつに田んぼに太陽光パネルを設置し、売電を営農組合の新規事業にしたようです。

そう大きな金額にはならないそうですが、安定収益源化し、地元の新聞にも取り上げられました(図表5‐6)。

本章では、会社人生でモヤモヤ感・残尿感を感じている40代、50代が会社人生の後半戦で、リード・ザ・ジブンを行なうことにより、自分の人生の目的・意味を再発見してもらうためのいくつかのヒントについて話をしてきました。

渋沢栄一翁のこの言葉を、読者の皆さんへのエールとして締めくくりたいと思います。四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ。

宗教団体の見学を終え、ひとり電車に揺られながら幸之助は物思いにふけっていた。宗教は精神の安定をもたらすことで人を幸せにしている。崇高な使命に立つ聖なる事業だ。

そこに携わる人たちは喜びにあふれて活躍し、真剣に努力している。これは、なんとすぐれた経営ではないか。いつしか、幸之助はさっき見た光景を、自らの事業と経営に重ね合わせて考えこんでいた。

真の経営とは?そもそも、自分の事業の使命は何なのだろうか。帰宅して後も考え続ける幸之助の頭に、いつしか一つの諺が浮かんでいた。

「四百四病の病より貧ほどつらいものはない」──人間の幸せにとって精神的安定と物質の豊かさは車の両輪のような存在である。となれば、貧を除き富をつくるわれわれの仕事は、人生至高の尊き聖業と言えるのではないか。

われらこそは、自己にとらわれた経営、単なる商道としての経営の殻を破らねばならない使命を自覚すべきだったのだ──。いつしか夜も更けていた。

漆黒の闇のなかで、初めて自らの事業の真の使命に目覚めた幸之助は、ひとり、震えるような感激を覚えていた。真の使命を知った以上、一刻も早く使命に基づく経営に入らなければならない。そのためには全店員に松下電器の真の使命を心から自覚してほしい──。

そう考えた幸之助が大阪の中央電気俱楽部に全店員168名を招集したのは昭和7年5月5日のことである。

幸之助は、宗教団体の見学で、その繁栄ぶりに感嘆し、宗教の使命の聖なるを痛感したこと、ひるがえって自分たち生産人の使命について深く考えたことを順を追って話した。そして、水道の水のごとく、すべての物質を無尽蔵たらしめようではないかと訴えた。

創業者は、使命達成のための、250年にも及ぶ壮大な事業計画を語りながら、限りない喜びを感じていた。ついに事業の究極の目的を確信した喜びであった。

出所:パナソニックホームページ「松下幸之助物語」「3‐3.命知」「3‐4.真の創業」よりhttps://www.panasonic.com/jp/corporate/history/foundersstory/33.html命知(=リード・ザ・ジブン)し、水道哲学という崇高な志が生まれ、それに共感する社員によりリード・ザ・チームが起動した瞬間です。

パナソニック・ミュージアムは一般公開されており、松下幸之助翁の30の言葉が素敵なカードになって持ち帰れるようになっており、これまで本で読んだだけではわからなかった幸之助翁の思いを体感できる素晴らしい場になっています。

ぜひ一度訪問して幸之助翁のまさにリード・ザ・ジブン的な人生を辿り、心の中で対話してみてください。

組織に染まり切った40代以降が志をもつために

こういうと、「リード・ザ・ジブン、リード・ザ・ジブンと簡単にいうけれど、会社に染まり切った会社人間の自分にそんなことができるのだろうか」という読者の皆さんの心の声が聞こえてきます。

もちろん、そう簡単なことではありませんが、会社人生の先を見据えながら、リード・ザ・ジブン方程式「自分事化」編(図表5‐3)を40歳前後でちゃんと実践すれば、そう難しいものではありません。

要は、これまで馬車馬のように働いてきて、自分自身を深くきちんと見つめる機会がなかった中、静かな時間をちゃんととり、自分と向き合い、深いところから自分の志を紡ぎ出し、それを言語化することがスタートポイントとなります。

ジブン・チェンジ・プランに落とし込む

しかし、それだけではなかなか実際のアクションにはつながりません。

会社人生の先を見据えた志を書き、「その実現のためには自分の何を変えないといけないのか」「どうやってそのように自分を変えていくのか」をジブン・チェンジ・プラン(図表5‐4)として落とし込み、それをちゃんと実践しながら、トライ&エラーを経ながらアップデートしていけばよいのです。

おわりに

最後まで読んでいただきありがとうございました。本書を書くにあたってひとつトライしてみようと思ったことがあります。それは、読んでいて眠気を催すような硬い、退屈なビジネス書にはしたくないということでした。

中身はきちんとしたものでありながらも、楽しく、面白く、時にはくすっと笑って読んでもらえるビジネス書にしたいという思いで書きました(どこまで実現できたかはよくわかりませんが)。

過去に権威ある論文でこれにトライしたことがあったのですが、玉砕して、大幅に書き直しました。こんな筆者の思いを、懐深く受け止めていただいた東洋経済新報社と適切なアドバイスで担当していただいた黒坂浩一氏に心から感謝申し上げます。

「はじめに」でも触れましたが、浅田次郎さんが『蒼穹の昴』を書くために小説家になったように、自分はこの本を書くために起業したなどと大袈裟なことを吹いてしまいましたが、実際に書いてみて、本書を書くプロセスそのものが、自分自身をより深く内省するリード・ザ・ジブンのプロセスそのものであったことに気づきました。

野田智義さんに脳天をガツンとやられ、柳井正社長には怒られまくりながらも、経営と人を育てることの本質を教えていただき、多くの素晴らしい仲間たちに勇気づけられ、クライアントと共に感激を味わい、鍛えていただき、そして家族に支えられ(とりわけ改名、留学など人生の転機をもたらしてくれた義母に)、今の自分が何とか存在しているんだということを再認識しました。

感謝しかありません。本書の中で何度もいいましたが、経営=実行=成果を出すことです。能書きだけ垂れていても何も結果は出ません。

読者の皆さんのひとりでも多くが、このリード・ザ・ジブンという考え方にインスパイアされ、「過去最高の自分を育て、仲間を育て、最強の組織をつくる」ことを実践してもらうことを心から祈念します。

そして、一人ひとりの変革の集積により日本企業が再び世界で輝くことの原動力になることを信じています。そうすれば、筆者は名実ともに「あげまんコンサルタント」になれると思います。ニューデリーにて宇佐美潤祐

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