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第5章人、マンガ、テレビ。あらゆる達人からテクを学ぼう

38『課長バカ一代』に学ぶ、バカ話の心地よいテンポみなさんは『課長バカ一代』というコミックをご存知でしょうか。『魁!!クロマティ高校』を描いた野中英次さんのギャグ漫画です。この『課長バカ一代』は、私が〝雑談の教科書〟として愛読している名作です。自宅のトイレに置いて毎日読んでいるのです。もう何回読んだかわからなくなりました。この内容は、家電メーカーの課長補佐代理という肩書の主人公と、その部下たちが〝ほとんど意味のない会話〟を繰り返すというもの。ほぼそれだけです。でもそこには〝美しき雑談〟がぎっしり詰まっています。たとえば、昔は役者になりたかったという部下に、「仕事帰りのプロ野球選手」を演じさせるんです。課長補佐代理はそれを見て、「それはただの酔っ払いのファンだろ」だの「なんで最初に新人選手かベテランかを聞かないんだ?」だの、もうボロクソ。そしてさんざん遊ばせておいて、最後に、「一番の問題は、サラリーマンが昼休みにやることじゃない、ってことだな」チャンチャン。それだけ。どの作品も、こんな感じで進んでいきます。でも、これぞ美しき雑談。雑談の鏡です。主人公は絶対に働かない。会社でも取引先でも、雑談しかしていない。だけど、その雑談力には目を見張るものがあります。だから、その人がいるところ、場が常に盛り上がる。「で、君、これはどうなんだ」と言うと、相手が言えないと「お前はほんとに話に乗れんな」みたいな。その雑談の振り方もメチャクチャ。「俺はサインペン好きなんだけど、何気なく筆記用具を手に取ると、いつもボールペンをつかんでしまう。これはサインペンがオレに何かしてるんじゃないか。どうしたらいい?」とまあ、本当にどうでもいいことばかり。そこでちょっと気の利いた部下が、「本当はサインペンに仕返ししたいんじゃないですか、課長」と話を返すと、そこからまた、一層どうでもいい話が展開していく。「そうなんだよ、どうやって仕返しをしようか」「キャップを開けっ放しにして、乾かしちゃえ」「それは、嫌だろうな、サインペンにとっては」こんなやりとりだけで成り立っているコミックです。ある雑誌に連載されていたのですが、その話が場合によっては次週までダラダラ続くのです。前の話がそのまま続いていて、引っ張れるだけ引っ張る。もう引っ張れないと思うと、さっさと次の話題に変わっていく。いきなり〝地球征服を企む宇宙人の話〟になったりする。これ以上引っ張っても無理だと思ったら、さっさと入れ替える。いい加減さこの上ありません。普通はストーリーを考えたくなるものでしょう。ところがそのストーリーがない。シチュエーションしかない。かといってシチュエーションコントのように派手な動きもない。結局、「え、それだけ?」というところで終わってしまう。だけど、これがやけにおもしろいんです。話の振りと受け、ボケとツッコミのような雑談成立のための基本がしっかり押さえられている。雑談のうまさ、巧みさ、雑談力をテーマにしているコミック、本当にそれだけで展開しているコミックは少ないでしょう。バカ話や意味のない話を延々としているときの楽しさ、「よくこんなバカな内容で話がもつな」という状況の心地よさ。みんなが一気に盛り上がるときのテンションの高さ。そして、盛り上がったら話題を引っ張り、勢いがなくなってきたらさっさと話題を切り替える潔い展開術。雑談に必要なエッセンスがぎっしり詰まった『課長バカ一代』、話し方云々を難しく考える前に、ぜひ読んでいただきたいオススメの雑談教科書です。雑談力アップに役立つマンガは次のとおりです。何気ない会話シーンの中に、学ぶところが多い。ぜひ読んでみてください。『課長バカ一代』(野中英次)会社員必読、美しき雑談で構成されたマンガ。『天体戦士サンレッド』(くぼたまこと)「漬物の話」で合コンの流れを制するヴァンプ将軍の雑談力は要注目!『じみへん』(中崎タツヤ)どこにでもいそうな人たちが登場する。親子の「オチのない」会話や、何気ない語りがいい。『上京アフロ田中』(のりつけ雅春)妄想トークが秀逸。めくるめく毎日でなくても、雑談ネタはあふれていることがこのマンガ『アフロ田中』シリーズでわかる。『THE3名様』(石原まこちん)「俺は、絶対やるぜ、何かを」といった、中身のない話がファミレスで延々と繰り広げられる。雑談の間合いも絶妙。

39国分太一君に学ぶ、「覚えている」能力、先に、TOKIOの国分太一君が雑談の達人だと書きました。その理由はほめ上手にあるというのは前述したとおりですが、ひとつ、彼と話をしていて感じるのは、「昨日会ったかのように話す」技術の素晴らしさです。以前、私が『オーラの泉』という番組に出演したときのことです。4、5年も前に出て以来の2回目で、かなり久しぶりの出演でした。収録の合間に、出演者やスタッフと話していたら、国分君がこう言ったんです。「前回、齋藤先生が、僕にだって言ってくれたんですけど」4、5年も前に雑談でチラッと話しただけの話題を覚えていて、それを事もなげに、さも〝昨日会って話したような話題〟として持ち出してくれたのです。もちろん当時話した雑談のすべてを覚えているわけではなく、印象に残ったキーワードやフレーズが記憶に残っていたのだと思います。しかし相手が、以前交わした雑談を「覚えてくれていた」という事実だけでもうれしいもの。気分がよくなって、その人に対する好意や親近感も格段に違ってきます。「ああ、確かにそういう話をしましたよね。よく覚えていましたね〜」と気持ちよく返事ができる。覚えていることで人間関係がグンと安定するのです。このように、雑談において「記憶」はかなり重要なポイントです。雑談で話した内容を覚えておこうなどと思う人はほとんどいません。ムダ話だから流してしまおうというのが普通でしょう。だからこそ覚えておくのです。雑談の内容すべてを覚える必要などありません。盛り上がった話題や印象に残った言葉だけでいい。この人とはこんな話をした、ということを意識的に記憶しておく。それだけで雑談は盛り上がり、人間関係もすこぶる良好になります。実は、私たちは誰かと会話をしたあと、本筋とは関係のない話題のほうをより覚えていたなんてことも。「あの人の名前、ド忘れしちゃって出てこないけど、たしかお父さんが鹿児島の人で」といったエピソードは割合に覚えているのです。相手の顔は忘れても、何の雑談をしたかについては意外と覚えているもの。だから次にその人と会ったら、その話題から入れば間違いなくスムーズに雑談できます。「こんにちは、お久しぶりです」「?」「あのとき、の話をしたです!」「ああ、あのときの!いやぁ、その節はどうも」となることが多い。雑談した話題を覚えておくことで、その相手とは次の雑談のキッカケができます。雑談の記憶が、「その人とは、まずこの話題でつながっている」という共通の接点になる。相手との間に、すでに最初の橋が架かっているわけです。その橋さえキープできれば、他の話題はあとからついてきます。橋となるべき前回の雑談の話題を覚えているか、いないか。この記憶が私たちの雑談力を大きく左右するのです。『オーラの泉』というトーク番組では、国分太一君が私との間の橋(前回の雑談の話題)を覚えていて、彼のほうから橋を架けてきてくれたということ。彼の周囲では、「前にこう言ってましたよね」「以前おっしゃってたの話ですけど」という話から、雑談が盛り上がることが多い。国分君は人との話をよく覚えています。こちらが忘れていても覚えていて、「昨日会って話したかのように」話を振ってくれる。国分君が雑談の達人だと思う理由のひとつは、ここにあるのです。

40大阪人に学ぶ、リアクション雑談術雑談の上手い下手は、地域によっても違います。雑談上手といえば、まず間違いないのは関西地方、なかでもやはり大阪でしょう。とにかく大阪の雑談はレベルが高い。大阪人の雑談がハイレベルな理由のひとつに挙げられるのが、東京人にはない『リアクション文化』です。以前、鴻上尚史さんが週刊SPA!の連載で書いていましたが、あるテレビ番組で『関西人に印籠を見せたら』という企画をやったそうです。大阪で道行く一般の人たちに、水戸黄門よろしく印籠をバッと見せると、ほぼ9割以上の人が、「ははぁ〜」と頭を下げる。それどころか土下座してひれ伏すというんです。ひとりでいるサラリーマンも、女子高生も、オバちゃんも、若いカップルも。親子連れだと、親は、自分はもちろん、隣にいる子どもにも「ほら、土下座せんかい」となる。ドッキリかと思うほどにみんなが同じリアクションをするのだそうです。東京ではこういうリアクションはあまり見られないでしょう。ただ呆然とするか、「何してるんですか?」と素通りされることのほうが多い。大阪では、刀で斬る真似をすると、みんな「ギャ〜」「やられた〜」と斬られてくれるし、拳銃でバンと撃つポーズをすると、みんな胸を押さえて倒れてくれるのだとか。相手が仕掛けてきたフリに対しては、必ず何かしら反応する。それがお決まりのパターンがあるフリなら、期待どおりに反応する。大阪の人たちの中には、こういうリアクション文化が根づいています。考えてやっているのではなく、体に染みついているのでしょう。だから印籠を見たら、自然と「ははぁ〜」とひれ伏してしまう。考える前に、体が動いてしまうのです。こうした自然と体が動くリアクション文化は、上手な雑談に求められるレスポンスのよさに直結しています。話を振ったらそれに応える。その反応に相手がさらに応え返す。こうしたリアクションの取り合い、レスポンスの応酬で雑談が勢いづき、どんどん展開していくのです。考えるより前に体が動く、口が動くというレスポンスのいいリアクション文化が成立している要因のひとつには、常に体が温まっているということも関係しているのではないかと思うのです。私が大学の授業で学生たちに雑談をさせるときは、まず立って体操させ、拍手をしてハイタッチさせてから始めます。そうすると、体温が少しだけ上がる。その状態で始めると雑談に勢いが出てくるんです。私が思うに、たぶん、大阪の人は東京の人よりも平均体温が高いのではないかと。大阪人は常に体が温まっている。大阪には声の大きい人が多い。みんな大きな声で話しています。電話で話すと音が割れるほど(笑)。大きな声が出せるのは、体が温まっている証拠でもあるのです。大阪特有の、常に温まった状態の体から生まれるリアクション文化。それは時に、押しが強いとかうっとうしいという表れ方をすることもありますが、冷めすぎのきらいがある東京人は見習うべきだと思います。

41落語に学ぶ、つかみと本題の切り替えテク高校受験、大学受験、そして中学受験と、「お受験」が誰にも身近になってきた昨今では、小中高の学校の教員はもちろん、それ以上に予備校や学習塾の先生にも高い能力レベルが求められています。教師である以上、勉強の教え方という能力は当然ですが、今はさらに「気の利いた雑談ができるかどうか」というのも教師の資質として要求されているのです。最初から最後まで緊張しっ放しではなく、適度に息抜きをしながら授業を進めるためには、気分転換になって、でもただのムダ話ではなく何か意味がある雑談ができる能力が必要だということでしょう。私が大学で授業をするときも、何か雑談から始めてくれ、いきなり本題に入らないでくれという学生は意外にも多い(若者は雑談が苦手という話とは逆。実のところ、学校では雑談を求めているのです)。いきなり本題に入ろうとすると、頭の中をすぐさま臨戦態勢にしなければいけない。脳のギアを、授業前の弛緩したニュートラル状態から、いきなりトップに入れなければいけなくなります。これは脳に対する負担も大きくて疲れます。大学では、雑談が上手な先生は学生から人気があるし、なおかつ授業の質も高い。しかし一方で、雑談自体はうまくても、授業がほとんど雑談になってしまうような先生は、おもしろいだけ、という評価しかなく、逆に生徒にナメられてしまいます。つまりここで求められているのは、授業の導入としての雑談力と、そこから巧みに本題の授業へと切り替えられる能力。そしてそれは教師たちの死活問題にもなっています。しかし、この「雑談と本題の切り替え」、必要なのは教師という職業に限ったことではありません。たとえば商談の席。いきなり契約ですと書類に電卓にハンコなんか出されても、お互いに力が入りすぎるし、疲れてしまう。そこに何かワンクッションほしくなるのが人間です。つまり、そこで雑談が必要になってくる。当然ながら、いつまでもダラダラと雑談しているのでは仕事になりません。ここで雑談と本題を切り替える能力が要求されるわけです。ビジネスマンなら、こうした場面に出くわすことは少なくありません。「雑談自体が得意じゃないのに、さらに本題へ切り替えよ!だなんて。そんな芸当はとても無理」という人がいたら、ぜひ参考にしていただきたいものがあります。それが、落語。落語の本筋に入る前の導入部分でする話のことを『つかみ』といいます。身近な話題で雑談をしているように見せて、それを巧みに展開しながら、ある瞬間からキチッと本題に入っていく。昨日今日のニュースの話が、突然、江戸時代が舞台の八つぁん熊さんの話になっても、まったく違和感がなく聞くことができる。上手な噺家ほど、この『つかみ』が効果的で、本筋への誘導が絶妙なのです。私が持っている、名人・古今亭志ん生のCDを聞いていると、もちろん本題の噺もそうですが、つかみと本題のスムーズなつながりは、それは素晴らしい。雑談をするように落語が進んでいきます。どこから本筋の話に入ったのか、よくわからないうちに、いとも自然に雑談から落語に話が展開し、移行していくのです。さらに本筋の落語の中にも、何か雑談をしている雰囲気というのが漂っている。まさに名人芸です。いきなり本題ではなく、その前に地ならしをする。雑談は、この地ならしの役割を担っているのです。つかみの雑談と本題をバランスよく、自然に切り替える。緊張と弛緩を巧みにコントロールする。日本古来の芸能文化である落語に、切り替えの絶妙なニュアンスを身につけるヒントがあるのです。

42イチローのヒットを支える、グリフィーのくすぐり落語の話が出てきて「やはり雑談力を高めるのはむずかしいかも」と自信をなくした人におすすめしたいのが、この人。アメリカ大リーグのシアトル・マリナーズの外野手、ケン・グリフィー・ジュニア選手。彼がマリナーズに戻って、同じチームメイトになってから、イチローがすごく明るくなれたのだとか。グリフィーがイチローをくすぐっている姿を、テレビで見たことがある人も多いと思います。グリフィーは「僕がくすぐると(イチローが)ヒットを打った。だから、またくすぐるんだ」とインタビューで答えていました。考えてみたら、イチローは毎日ヒットを打っています。グリフィーがいなかったときでも年間200安打は達成しているわけです。グリフィー自身はそんなことはわかっているけれども、「くすぐると打つ」と言い、イチローをくすぐる。イチローが転げ回って笑う姿を見て、他の選手もイチローに対する親しみ度合いが変わってきたわけです。体に触りたくなるような親しみやすさ。それがイチローに今までなかった。イチローがヒットを打つと、チームメイトがイチローの元へ走ってハグする。グリフィーがくすぐるまでは、そんなことはしにくい、近寄りがたい存在だったのです。そう考えると、グリフィーの「くすぐる」という行為も、一種の雑談力みたいなものだと思うのです。言葉の壁を超えた、何気ないコミュニケーション。それがくすぐりであり、チームメイトの関係性や、チーム全体の雰囲気までよくしてしまった最強の雑談力だったのです。たとえ言葉を交わさなくても、こうした何気ないボディタッチやじゃれ合いも、雑談力を上げるひとつの方法としてとらえてみてはいかがでしょうか。

 

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