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第5章リーダーは好かれるだけが能じゃない

イケてない会社ほど、社内で戦わないイケてる会社と、イケてない会社を見分けるのは簡単だ。

イケてる会社は、社内で激論を交わすが、イケてない会社は激論を交わすことが大人げない、下等な行為だと考えている。

経営学の権威、ピーター・ドラッカーがこんなことを言っている。

「成果が何もなければ、温かな会話や感情も無意味である」チームワークの大切さを説く人は多いが、チームワークを単なる仲良しクラブと勘違いしてしまうと、表向きメンバーの仲は良いが何も生み出すことのできない役立たずの集団と化してしまう、という意味だ。

真のチームワークとは、チームメンバー全員が和気あいあいとしていることと必ずしもイコールではない。

「これが正しい」と思ったことは遠慮なく提案し、時にはケンカも辞さずに本音の意見を戦わせる。

そして、ひとたび結論が出たなら、そこからはみんなが心を合わせてその実現に一点集中する。

これこそが真の意味でのチームワークである。

良いチーム、強いチームをつくるためには、メンバー同士のぶつかり合いや建設的な議論が欠かせない。

なごやかな雰囲気の中で、温かな会話と感情に包まれて仕事をしたいと考えるのは決して間違いではない。

ただし、会社組織内におけるチームの存在意義は、そこに成果が伴ってこそのものである。

近年よく言われる表現に、「心理的安全性」というものがある。

Googleが自社のたくさんのチームについて研究する中で成果を上げるために必要な条件の1つとして掲げているものだ。

「心理的安全性」などと言うと、それこそ激論などのない「なごやかな会話や関係性」を思い浮かべる人もいるかもしれないが、それはまったく違う。

「心理的安全性」のあるチームをつくるうえでリーダーに求められているのは、①議論の時にメンバーの話をさえぎることなく、最後まで聞く②メンバー全員が少なくとも1回発言するまでは会議を終えない③チーム内の意見の対立に目を背けず、また抑え込もうともせず、全員でオープンに議論するようにする、といった姿勢である。

こうした姿勢をリーダーが貫くことで、メンバーひとりひとりが「ここでは遠慮せずに自分の意見を言っていいんだ。

ここではみんなが自分の意見を聞いてくれるし、だからこそ自分もみんなの意見を真剣に聞かなければならない」と感じるようになる。

メンバー全員がしっかりと自分の意見を言葉にでき、それに対して他のメンバーも自由に意見を言えるというのがGoogleの言う「心理的安全性」であり、こうした土壌があってこそチームは成果を生み出せることになるのである。

つまり、自由に議論できる会社はイケてる会社になるのに対し、ボスの主張に対してたとえ内心では不満を持っていても、表面的には「おっしゃる通りです」という姿勢をみんなが示す会社はイケてない会社になる。

そんなイケてない会社では激論は下等な行為であり、大人げない行為となるが、内心では「本当は反対なんだよな」「こんなことをやっても無駄なのに」などと思いながら日々の仕事に取り組んでいるチームが、目立った成果など上げられるはずはない。

たとえ上司の指示であっても、もし納得がいかないなら1対1で意見をして、それを上司がきちんと受け止めるぐらいの会社でなければ、ずば抜けた結果は出ないのである。

そんな活発な議論のある風土を、トヨタでは「仲良くケンカする」と呼んでいるが、それくらいでなければたしかに世界に伍して勝つことはできない。

チームを野武士集団にする方法日本では営業力の強い企業や組織を「野武士集団」と評し、おとなしい企業や組織を「お公家集団」などと呼ぶことがある。

「お公家集団」は「野武士集団」に比べて上品ではあるものの、いざという時の戦闘力はこころもとない。

私が在籍していたリクルートなどは社内でも頻繁に激論を交わしていたが、日ごろから、社内で激しくぶつかり合い、議論がヒートアップするだけに、そのエネルギーが、ひとたび外に向かった時に、社外の競合などはものともしない力強さがあった。

まさに野武士集団である。

以前のリクルートには、名物とも言うべき「鬼の営業マネージャー」がそこかしこにいた。

求人広告の営業は新宿営業所、赤坂営業所、渋谷営業所などそれぞれにテリトリーが決まっているが、複数の営業所の中間地点に位置するような場所のクライアントを、営業所同士で奪い合うということもしばしばあった。

そこで、ある名物営業マネージャーが率いる営業所のテリトリーに他の営業所の部隊がうっかり営業しようとするものなら、同じリクルートの別営業所のマネージャーのところにすごい剣幕で怒鳴り込む。

「お前ら、俺らの島を荒らすんじゃねえ」とヤクザ同士の縄張り争いのようなセリフも平気で口にする。

このような物騒なやり取りは、今の読者や、コンプライアンス感覚からすれば賛否両論あるだろう。

しかし、当時の部下からすれば、この営業マネージャーは厳しくも非常に頼りになる上司であったはずだ。

社内の人間に対してさえ、同士討ちをいとわないほどなのだから、本当のライバルと言える社外に対して圧倒的な戦闘力を発揮するのも当然のことだった。

実際、リクルートが『ホットペッパー』を刊行するにあたり、全国の飲食店の開拓を進めたり、『ホットペッパー』を置かせてもらったりするためのラックの設置場所を開拓する場合には、「切り込み隊長」としてこの営業マネージャーが事業責任者に抜擢された。

とはいえ、リーダーは社内でも、社外でもいつも戦闘的であるべきかといえば、そうではない。

些細なことで、いちいち小競り合いをしているようでは、本当にケンカしなければならない時にケンカができなくなってしまう。

普段は滅多にケンカなどしない人が「ここぞ」という時にケンカを仕掛けるからこそ、周りも「あの人が言いに来るのだから、よほどのことだろう」と聞く耳を持ってくれる。

これはまた、役職にもよる。

課長クラスなら何かあれば、すぐに他部署にケンカを売るくらいでもいいが、部長クラスになれば徐々に自分の部署のことだけではなく、全体最適でものを考える必要がある。

「自分の部署のことだけ」を考えてケンカをしているようでは、会社の全体最適を考えるトップレベルの経営層にまでは出世しにくいのは言うまでもない。

「韓信の股くぐり」という故事がある。

古代中国で、秦の始皇帝の没後、名将と謳われた韓信が、若い時町で無頼の徒に辱められ、その股をくぐらされたが、その場では耐え忍び、後年大出世した、という逸話から生まれた言葉である。

韓信のように本当に大志を持っている人なら、目前の恥は耐え忍ぶことができるものである。

他方で妙にプライドの高い人間はケンカにおける賭け金のコントロールが下手で、些細なことで小競り合いをして自分のプライドを満たそうとする。

本当の意味で自分に自信のある人は、いつだってプライドなんか捨てられるし、そんなことぐらいで自分の価値は下がったりはしない。

これこそが最高のプライドの持ち方である。

リーダーは時に社内でも、社外でも戦わなければならないが、それはつまらない小競り合いなどではなく、「真の意味でケンカするべき時にケンカができる」強さでなければならない。

POINT社外の敵と戦って勝つ野武士集団を養成するには、社内で激論することもいとわずにいること。

共通のレポートラインの一階層上を味方につけろ仕事というのは自分1人だけ、自分のチームだけで完結するものはほとんどなく、ほかの人たちと協力し合いながら進めてゆくものが大半を占める。

そうした状況下において上司は、自分の部下が指示に従わなければ、一喝することもできるが、相手が他部署の人間となるといくら役職が下でも自分のチームの人間と同様のかたちで指摘するわけにはいかなくなってくる。

私がライブドアで広告営業部門の責任者をしていた時のことだ。

私たちの部署がお客さまから「ユーザーがGoogleなどで検索をした際に、自社の商品が上位に掲載されるようにしてほしい」というニーズに応えるための広告商品を受注した(いわゆるSEO対策商品である)。

すると、開発部門のエンジニアが「それは検索エンジンを騙すためのズルだ。

それに、内容の悪い商品が検索上位になるのではユーザーのためにならない」と考えたのか、エンジニア個人の判断で、勝手にお客さまに約束したのと違うかたちでシステムの仕様を変えてしまっていた。

そのことに気づいた営業担当者がある時、私に報告した。

私としても、こうしたSEO対策商品には、さまざまな議論や問題があるので、開発部門から「今後はこうした広告を受注するのはやめにしましょう」と、問題提起され、議論した結果、会社として方針を決めるのなら一切の異存はなかった。

しかし、広告主からお金をもらって受注した以上、それを開発部門のエンジニアの一存で勝手に「これはやらない」と決め、システムを書き換えるのは明らかな越権行為だし、お客さまからの信頼を損ねる行為でもあった。

当時、私自身は無駄に敵をつくる必要はないが、戦うべきところでは躊躇すべきではないと考えていた。

この案件は、まさに戦うべき案件である。

とはいえ、担当のエンジニアのところに私が直接に行って、「お前はどうして勝手にこんなことをしたんだ」と怒鳴り散らしたらどうなるか。

他部署の人間がいきなりそんなことをしたら、開発部門の責任者も部下の手前、エンジニアを守らざるを得なくなるというのは、容易に想像がつく。

そこで私はまず、私と、開発部門の責任者双方の共通の上司である社長のところに行き、事情を説明した。

正式な社内手続きを踏んで、「以後はこうした広告の受注をやめよう」と提案して、会社として「やらない」ことを決めるならそれはいい。

でも、今の段階では誰もそんな提案はしていないにもかかわらず、エンジニア一個人の判断で「やらない」と決めるのはおかしい。

これは、営業の責任者として絶対に許せないという話をして、社長の了解を得た。

このように「事前の手続き」を踏んだのちに、開発部門の責任者に抗議したのである。

なぜ最初に社長を味方につけたかというと、営業部門と開発部門が対立した場合、最後に判断をするのは社長だったからである。

私が直接開発部門に抗議をすれば、開発部門のトップが社長に「営業部門の責任者の田端がこんなことを言って怒鳴り込んできて困っている、何とかしてくださいよ」と言う可能性がある。

その際、社長が「そうは言うけど、田端の言うことの方が正しい。

何かあるのなら『こう変えてほしい』と提案するべきじゃないのか」と味方をしてくれれば、必ずケンカに勝つことができる。

他部署の上司を相手にケンカをするのなら、絶対にケンカに負けないように、一階層上の共通の上司を事前に味方につけ、「保険」をかけておくのが賢いやり方なのである。

社内のケンカは詰め将棋その場の勢いに任せて他部署にケンカを売る人もいるが、こうしたやり方はケンカに負ける恐れもあるし、仮に勝ったとしても遺恨が残る可能性がある。

社内のケンカは、詰め将棋に似ている。

詰め将棋のコツは、攻める側が最短手順で相手を詰ませるところにあるが、社内のケンカも同様に、できるだけ短い期間で決着をつけるのが望ましい。

そのために私がいつもやっていたのが「部下へのしっかりとしたヒアリング」と、前項でも述べた「一階層上の上司を味方につける」ことである。

たとえば、開発側の部署の失敗が契機となって営業と開発が揉めている時、営業に何の非もなくて、開発が100%悪い、というケースはあまりない。

交通事故の過失割合のように開発:営業が8:2とか、7:3のことがほとんどだ。

そのあたりをしっかりと把握しないままに「問題を起こした相手がすべて悪い」と誤解した上司が他部署に怒鳴り込むと、相手の部署の責任者に、自部署の方にも責任のあった2割や3割の事実のことをほじくり返されて、かえってややこしい事態となりかねない。

そうならないために上司がすべきことは次の通りだ。

部下の話をそのまま鵜呑みにするのではなく、細かい経緯や事実関係を含めてしっかりと話を聞き、納得いくまで調べる。

さらに、メールやLINEのやり取りなどがあればすべてに目を通し、こちらにどの程度の非があり、相手にはどのような非があるのかをできる限り客観的に事実関係ベースで把握する。

状況や経緯を把握した結果、「どっちもどっち」というような時には、私はケンカをしないようにしていた。

「どっちもどっち」というレベルでケンカをしてしまうと、お互いがヒートアップして引くに引けなくなり、勝っても負けても後味の悪い思いをすることになる。

すんなりと圧勝できないケンカは、社内ではしない方がいい。

ただし、いつも退いてばかりだと部下からは「頼りがいがない上司」となり、「あの人は自分たちのために戦ってくれない」と失望され、部下の支持を失うことになる。

だからこそ、絶対に負けられないケンカはやるべきだし、その時には前項で述べた相手に必ず勝つために、相手が同格なら、あらかじめ共通の上司を味方につけておくといった手を打つべきだ。

事前に社長や一階層上の上司に話をして味方につけるとなると、「何もそんな面倒なことをしなくても」と考える人がいるかもしれないが、こうした手間暇を惜しんで部門のトップ同士が正面からぶつかり、膠着状態に陥るとかえって事態収束まで時間がかかるし、話がこじれることになりかねない。

そこに社内の派閥

などがからんでくると余計に厄介なことになり、まとまる話もまとまらなくなってしまう。

そういったことに無駄な労力を使わないためにも、社内でケンカをする時には、「どうすればスマートに早く決着をつけられるか」を考えて、最短で決着をつけられるようにすることが、とても重要なのである。

社内政治のバトルは避けられない。

ならば、それを必要最小限にしよう。

そして、そのためには、入念な準備と状況を事実ベースで把握することがその出発点となる。

POINT他部署の同格の役職者とケンカする時は、共通の上司を事前に味方につけて戦略的に勝て。

リーダーの真価は「かまし」にひるまない力ビジネスの世界には実にさまざまなタイプの人がいる。

初対面の時から穏やかに、にこやかに接してくる人もいれば、第3章・上司力改革11で前述した社長のように、相手の人間性を探るための抜き打ちテストをいきなり仕掛けてくるような人物もいる。

リーダーの鉄則は、こうした一癖も二癖もある人物の「かまし」にひるまないことだ。

その場でうろたえて相手に媚びてしまったり、心が折れてしまったりするようだと、一瞬のうちに相手に主導権を握られてしまう。

営業していると、クライアントの中には「この人はどうも苦手だ」と思うような人物に出くわすこともある。

私がLINEで働いていた当時、取引していたとある某有名ブランドは、LINEに多くの広告を発注してくれており、年に1回、契約の交渉を行うのが常だった。

それまではその商談は、ブランド側の社長とLINEの社長が直に行っていた。

そしてある時、社長から、「あのお客さん、俺は行きたくないから、田端さん、代わりに行ってください」と言われたことがある。

社長がお客さまのことをそんな風に言うのははじめてなので、「えっ」と驚いた。

その人物のもとを訪ねた。

約束は2時だったが、先方は30分も遅刻したうえ、こちらの見積書に対して、開口一番こう言い放った。

「ふざけた見積もり出しやがって。

ナメてんのかお前」先方のあまりに強烈過ぎる「かまし」に対して面食らいながらも、私は次のように返した。

「ふざけたとおっしゃいますが、こちらの料金表に基づいて値上げの見積もりを出させていただいているだけです」そこへ美人秘書が、アイスコーヒーを持ってきてくれた。

真夏に交渉したのをよく覚えている。

先方からは「まあ、暑いので飲んで!」落ち着こうと一口アイスコーヒーを飲んだところに、先方はすかさずこう言った。

「はい、一口1000万円!」「そのアイスコーヒーは一口1000万円だ。

お前らはふざけた見積もりを持ってきたんだから、そこから1000万円値引きしろ」というわけだ。

創業社長というものは、えてして強い個性の持ち主であり、癖も強ければ押しも強い。

この人物はその典型とも言えるが、初対面でこんなことを言われたら、たいていの人は心が折れてしまうはずだ。

しかしここで引いたら相手の思うつぼになってしまう。

負けてなるものか、と腹を括った私は、意を決してこう伝えた。

「社長、お言葉ですが、先ほどから、値引きしろ値引きしろ!とおっしゃいますが、たとえばお宅のお店に来たお客さんが『バッグを値引きしろ』と言ったら、その場で要望通り引いてくれるんですか。

しませんよね。

むしろそんなことを言うのなら、無理に買わなくていいと言うのではないですか。

私たちもまったく同じです。

ここで勝手に値引きをして帰るわけにはいきません。

そこまで価格にご不満なら、無理して買っていただかなくて結構です。

LINEの公式アカウントを、これまでご利用いただきありがとうございました」そう言って席を立とうとした時のことである、先方は「いやいや、そこまで言っていないって」と引き留めにかかった。

これは面倒くさいやり取りとしか言いようがないが、相手の「かまし」にひるむことなく対応したという意味で、今となっては面白場面の1つである。

当時私は営業部の責任者であり、この創業者のような大口ユーザーから見れば、「ペコペコして、言うことを聞くのが当たり前」に見えただろう。

そんな私が「売りません。

帰ります」と一矢報いて逆襲してきたことにはおそらく驚いたはずだ。

営業と言えば「売ることが仕事」であり、「売るためには何でもする」と勘違いしている人が少なくない。

そのため「お客さまは神様です」を盾にして、営業相手に無理難題を平気でふっかけるお客さまも存在する。

しかし、営業の立場からすると、このような状況下でフェアな交渉などできるはずがない。

そうならないために営業は、「あなたに買わない自由があるのと同様、こちらにも売らない自由がある」ということを、しっかりと自覚する必要がある。

そして、もしリーダーであるならば、部下にも「君たちには売らない自由もある!」と明確に伝えるべきだ。

お客さまはお金を払って品物やサービスを買う立場だが、それはその品物やサービスを欲しいと思うから買っているのである。

であれば、売る側も一方的にペコペコする必要はない。

自分には「売らない」選択肢もあり、相手の言い分や言い値に納得がいかなければ、売らずに帰ってくればいい。

もちろん、いつもお客さまとケンカをするのはよくない。

しかし、「こちらには売らない自由がある」と腹に決めていれば、いきなりの「かまし」にひるむことはないし、心が折れることもない。

リーダーの真価は、相手が一発かましてきた時に、こちらも負けじと、はっきり言うべきことを言えるかどうかにかかっている。

交渉事はヤクザ映画に学べこの創業社長との交渉はその後も毎年のように続いたが、先方はこういったかましを毎日、何社かにやっていたはずである。

そんな時に「わかりました」と要求をすべて呑むか、それとも「では、ご利用いただかなくて結構です」と席を立つマインドを持っているかは、その後の交渉にも大きく影響をおよぼす選択となる。

リーダーが交渉に勝つためには、どんな相手であっても絶対に負けてたまるかという心意気が肝要だ。

スポーツの世界でもそうだが、「強敵だから」という先入観が強いと、実力的には差がないにもかかわらず、戦う前から負けたも同然になってしまう。

ビジネスというのは結局のところ、人と人とが行うものだ。

そこで成果を上げるためには人に強くなることが不可欠となる。

その際、大いに参考になるのが日本の「ヤクザ映画」や「ゴッドファーザー」などのマフィアものの作品群である。

ビジネスは一見ドライに見えても、実際に

は「貸し・借り」があり、折に触れてヤクザ映画やマフィア映画でおなじみの「義理・人情」が顔を出す。

さらに部下は上司に対して、「この人は役立たずのヘタレなのか、肝心なところで筋を通せる人なのか」を実によく見ている。

この令和の時代になって、「貸し・借り」だの「義理人情」だの「筋を通す」だの古くさいし、面倒だと感じる人もいるだろう。

しかし、社内と社外を問わず、交渉を有利に進め、成果を上げるためにはこうした「人情の機微」に通じているかどうかが要なのである。

POINT交渉の場でリーダーに求められるのは、相手からの「かまし」をかわす力である。

人脈は広げなくていい巷には人脈というのは広ければ広い方がいいと誤解している人が結構な数、存在する。

人脈を広げるためにさまざまな交流会に参加したり、SNSなどでもとにかくたくさんの人とつながろうとしたりする人もいる。

しかし私に言わせれば、それほど影響力を持たない知り合いや同じ会社の同僚などに「あいつは面白い」と言われたところで、無意味に等しい。

私はライブドアの後、コンデナストという出版社に入った。

その社長で、『VOGUE』や『GQ』の編集長、そしてコンデナストの前には、『BRUTUS』などの編集長も務めた斎藤和弘さんからある時、こんなことを言われたことがある。

「漫然と良い雑誌をつくろうと思ってもダメだ。

僕は、トム・フォード(長年、グッチのクリエイティブディレクターを務めた有名デザイナー)に『いいね!』と言わせることを常にイメージして、『VOGUEJAPAN』をつくっていた。

今、最も影響力があると思われている人に、どうやってほめてもらうかが一番大事なんだ」『VOGUE』という雑誌は世界各国で発刊され、記事内容は各国編集長の裁量に任されている。

当然、雑誌の売れ行きや広告収入も国によって大きく違っているだけに、編集長同士のあいだでも序列が存在していた。

『VOGUEJAPAN』は2000年代に創刊され、歴史も浅いだけに、その序列もあまり高くはなかった。

しかし、ある時、「今、世界中の『VOGUE』でどの国のものが一番面白いですか?」と質問されたトム・フォードが、「僕は『VOGUEJAPAN』が一番、イケてると思うよ」と答えたことで、『VOGUEJAPAN』と斎藤和弘編集長のステイタスは一気に跳ね上がった。

それほど影響力のない人や会社の上司や先輩がいくら「いい」と言ったところで何の意味もないが、トム・フォードのように世界的な影響力を持っている人が一言「いい」と言えば、ただそれだけで世界は一変することになる。

大切なのはたくさんの人に知られていることよりも、「誰に知られているか」であり、「その人物にどう評価されるか」だ。

そう考えれば、人脈というのはただ広げればいいものではないということがわかるだろう。

その人脈の中に、自分の評価を決する「本当に価値ある人」がどれだけ含まれているかによって、その後の展開は大きく変わるのである。

上司は「ホットライン」を持て仕事における人脈にも同じことが言える。

たとえば、会社同士でもめ事が起こった時、幹部同士が以前に会食をしたことがあるというのは、超強力なセーフティーネットになる。

幹部同士が一緒に食事をしたことがあって、お互いのことをある程度わかっていれば、何かトラブルが生じたとしても、その幹部が「あの人とはこの前一緒に食事をしたけど、別に悪い人じゃないし、話せばわかるはずだ」と一言話すだけで周りの部下は落ち着くし、冷静に相手と話し合うこともできる。

反対に幹部同士に何の面識もない場合はお互いが会社の看板を背負って交渉にあたるだけに、簡単には事は運ばない。

その意味で上に立つ人間というのは、何かあった時に気軽に電話したり、相談したりできる相手をどれだけ持っているかがとても大切になる。

いわゆるホットライン、個人的な信頼関係である。

歴史を振り返れば1962年、キューバにソ連がミサイル基地を建設、アメリカとソ連のあいだに核ミサイルが発射されるのでは、という文字通り一触即発の危機が訪れたことがある。

その際、ケネディ大統領とフルシチョフ第一書記のあいだで書簡を交換し、何とかキューバ危機を回避することができた。

この時の教訓を元に生まれたのが米ソ間のホットラインである。

危機に際して、ケネディ大統領が念頭に置いていたのが「戦争は将軍たちに任せるには危険過ぎる」ということだ。

部下である将軍たちに任せてトップの自分が間接情報だけに頼っていると、そこに誤解や伝達ミスなどが重なり、思いもよらない事態に発展しかねない。

こうしたまずい状況を回避するためには、リーダー自ら情報を収集し、相手のリーダーと直接話すことのできる環境整備が欠かせないということだ。

安倍晋三さんが総理大臣の頃、当時のアメリカ大統領のトランプと非常に親密な関係を築いていた。

このことについて「成果につながらない」と非難する人たちがいたが、リーダー同士の親密さというのは非常時には頼りになるだけに、こうした関係づくりはもっと評価されていい。

リーダー同士の横のつながりは、ビジネスにおいてもとても大切になる。

上司はどうでもいい人脈を広げる必要はないが、社外に自分と同格、あるいは同格以上の人脈は持っておく方がいい。

あるいは、社内にも自分の部下とは別の人脈があるといい。

そうすることで部下からの報告に対して何か違和感を覚えた際には別ルートから情報を得ることで、「何が正しいか」を正確につかむことができる。

さらに、他社とのあいだに問題が起きた際にも、「ちょっと電話してみるわ」と行動を起こすことで、大事に至らないこともある。

人脈はやたらと広げる必要はないが、自分にとっての「要」となる人脈だけはしっかりと押さえることを旨とすべきである。

POINTリーダーは、「ここぞ」という時に直接相談できる決定権を持つ人物と直接つながっておくこと。

クレームをつける上司は二流以下人間というのは、とかく短所に目が行きがちな生き物である。

ある中小企業の経営者がコンサルタントから「あなたの会社の良いところを10個挙げてください」と質問されたところ、挙がってきたのはわずかに2、3個で、「うちの会社にいいところなんてありませんよ」と音を上げてしまった。

ところがコンサルタントが質問を変えて、「では、あなたの会社のここが弱い、というところはありますか?」と尋ねると、「いい人材がいない」「知名度がない」「これという技術がない」と次々と挙がってきた。

私たちがいかに「自分に足りないもの」に意識が向きがちであるか、よくわかる。

自社の弱いところを認めることは大切ではあるが、「いいところなんか何もない」と経営者が言い切るような会社に、果たして明るい未来はあるのだろうか。

この経営者と同様に、「自分にはいいところなんか何もない」と思い込んでいる人は少なくないし、上司が部下を見る時も長所より短所ばかりに目が行き、ついつい注意したくなるということは多いだろう。

こうしたタイプの上司は部下や取引先などがミスをすると、ここぞとばかりに責め立てる。

私がかつて営業部隊を率いていた時、広告を掲載したにもかかわらず期待通りの成果が得られなかったからと、まるで当社に落ち度があるかのように責め立ててくるお客さまがいた。

先方の言い分はこうである。

「お前ら、契約した通りの義務を果たせていないじゃないか。

債務不履行だ。

このままだったらお金は払えない」これは明らかに言いがかりだ。

自分たちが、事前に約束したことができていないとか、広告に大きなミスがあったということであれば、たしかにこちらに落ち度がある。

その場合は金銭上の問題が生じるのも仕方がない。

しかし、契約で定めた「やらなければならないこと」を、こちらがすべてやっている場合、期待通りの効果が出なかったとしても全責任を負う必要はない。

たとえば、商品自体に魅力がなかったとか、システムに問題があったとか、お客さまの側にも大きな原因があるにもかかわらず、一方的に「お前たちの落ち度だ、お金は払えない」と責め立てるのは明らかに不当である。

このような場合はたとえ相手が上得意さまであったとしても、「御社とはもうお取引はしません」と以後の契約を打ち切ることになる。

これと同様、相手の落ち度を一方的に責め立てるリーダーは二流以下だ。

そんなやり方をすれば、相手も売り言葉に買い言葉でケンカ腰にならざるを得なくなるし、たとえケンカに勝ったとしても、わだかまりが残る。

このような勝ち方をしても、得るものは少ないのである。

一流はお願い上手こちらの落ち度を一方的に責め立てるお客さまもしばしばいるけれど、似て非なるケースで、私が「この会社はすごいなあ」と思ったのがサントリーのやり方だ。

サントリーと言えば、昔から広告宣伝に力を入れており、開高健さんや山口瞳さんといった著名な作家たちも同社の宣伝部の出身である。

創業者の鳥井信治郎さん時代の「赤玉ポートワイン」のポスターも、時代を席捲したクリエイティブとしてよく知られている。

同社は年に1回、新高輪プリンスホテル(現・グランドプリンスホテル新高輪)の飛天の間で、夏のビール商戦を前にテレビや新聞、雑誌、ネットメディアの関係者などを招いて決起集会を開き社長自らが挨拶に立ったものだ。

次のような挨拶が毎年恒例の風物詩である。

「私たちは宣伝の力を信じています。

宣伝活動はサントリー1社だけでは完結せず、メディアの皆さん、広告会社の皆さんのアイデアや力が必要です」今や世界からも高評価を受けるビールやウイスキーのブランドであることは言うまでもないが、サントリーの成功の礎は、それと同じくらい「宣伝活動」が果たした役割が大きい。

社長は自社にとっての「宣伝」の重要性を熟知し、メディア各社と密接な協力体制を保つことを大切に考えている。

この会における「宣伝活動の成功は、マスコミや広告会社など大勢の力があってこその賜物」という言葉を聞いて、関連企業は感激するはずである。

そこに続けてトップはしっかりと、「軍資金もたっぷり用意しました」と付け加えるのだ。

出席者にとって最もうれしい一言だ。

メディア関係者が会場で毎年こうした話を聞けば、「いつもお世話になっているサントリーさんのために、弊社としても何かしたい」と思うようにもなるわけだ。

私がLINEで広告営業の責任者をしていた時のことだが、サントリーが新商品の販促としてLINEでもスタンプなどいろいろと試みたものの、期待していたほどには成果が出なかったことがある。

こんな時、イケてない企業は「お前の会社の責任だ。

何とかしろ」とクレームを入れてくるところだが、サントリーを担当していたとある広告代理店からは次のような趣旨の連絡があった。

「LINEでもスタンプとかいろいろやっていただきましたが、キャンペーン対象であるサントリーの新商品の初動が思ったほど芳しくないらしいんです。

それについてサントリーさんからクレームが来ているわけではありませんが、先方ご担当者さんもとてもお困りのようでして……。

そこで、御社にお力添えを頂き、サントリーさんのために援護射撃ができないかなと思っています」イケてない企業なら、ここで「こっちはお金を払っているんだぞ」ということを笠に着て「何とかしろ」と責め立てるが、このサントリーのケースのように「最初からお願いの姿勢」で終始一貫して来られると、一緒にプロジェクトを進めている関係者は、「何かお困りの時には、御社のために一肌脱ぎましょう」という気持ちになるものだ。

「相手と仲良くなるには、お願いごとをせよ」と言われる。

たいていの人は「お願いを聞いてもらうなんて、申しわけない」という遠慮から、誰かに何かを頼むのを躊躇しがちだ。

しかし、そこで勇気を出して頼んでみると、意外と簡単に引き受けてもらうことができ、その依頼をきっかけとして付き合いの輪も広がるということがある。

世の中は多くの人の関係性で動いている。

つまり見方を変えれば、誰もが何らかの特技を持ち、誰もが頼まれたいことを持っているとも言える。

「こういうことが苦手なので、助けてください」と頼むのは相手の長所を生かせるフィールドを用意することになる。

真の意味で成果を上げることができるのは「お願い上手」の上司である。

仕事は持ちつ持たれつの関係性でできている。

上手に人を頼ることのできる上司はたいていの場合、抜群の成果を上げることができるのだ。

POINT苦しい局面で援軍を送ってもらうには、クレームをつけるのではなく、「お願い力」を磨け。

あとがき長年、自分が「正しい」と信じてやってきたことが、「どうやら時代に合わないらしい」と気づいた時にはどうすればいいのだろうか?「それでもこれが自分のやり方だ」と固執してしまうと顧客や部下たちから「退場勧告」を食らうことにもなりかねない。

慌てて書店に駆け込んで「今、流行のマネジメントのやり方」について書かれた本を買って読んでみたり、ネット上に溢れる「部下の育て方」や「部下の動かし方」に関する情報を参考にしたりしながら慣れ親しんだやり方を「変えよう」とするものの、「どうもしっくりこないなあ」と感じた人は多いのではないだろうか。

それは当然だ。

巷に溢れるたくさんの「上司とは」「マネジメントとは」という本や情報が教えてくれるのは従来の上司のあり方の延長線上にある、「今に合わせてちょっとだけ変えてみたもの」ばかりで、そんな本や情報を元にやり方を変えたところで、雇用が流動化し、あらゆる業界の前提条件がデジタル化で激変しつつある現在、「圧倒的な成果を出す」ことには決してつながらない。

今の時代、上司に求められているのは「圧倒的な成果」であり、「部下を育てる」ことでも、「良き上司である」ことでもない。

私はこれまでいくつもの企業で新規事業の立ち上げやマネジメントに携わってきた。

数百名の部下を率いて、時価総額1兆円規模のIPOと同時進行で、投資家から期待のかかる新規事業の立ち上げの陣頭指揮をしたこともある。

本書にまとめた上司力改革25箇条は、そんな経験を通して身につけた「部下を通して圧倒的な成果を上げる方法」だ。

部下を育てることも、部下をまとめることも、成果を出すための手段にすぎない。

本書を手にとって実際に読んでみて、「成果を出すことよりも、上からも下からも好かれる上司でいたい」という人にとっては「期待外れ」だろう。

「成果が何もなければ、温かな会話や感情も無意味である」はピーター・ドラッカーの言葉だが、これからの時代、上司はもっともっと「成果」に焦点をあてるべきである。

会社からはどうあれ、同業他社から「あの人の率いるチームはすごいなあ」と思われる、凄みのある上司となることが重要だ。

良き上司である必要はないが、圧倒的な成果を上げる上司であってほしい。

本書にはそんな願いが込められている。

本書が「迷える上司」を「成果を上げる上司」に変えるきっかけになれば幸いである。

そして、逆説的ながら、「成果を出す」という成功体験を一緒に経験させてくれる上司ほど、部下を育てる上司はないと私は確信している。

そのことが肌身にしみてわかった時、読者の皆さんは、上司として一皮むけた境地に達したと言えるだろう。

「上司道」は果てしなく深く、その頂は遠い。

その道を歩もうとする読者諸君と出会い、議論をする場面を楽しみにしながら筆を置くこととする。

2021年3月田端信太郎

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