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第5章フィードバックを続けるための事前準備&テクニック

目次

第5章フィードバックを続けるための事前準備&テクニック

たった15分の「1on1」でフィードバックが変わる>頻度の高いミニ面談で、SBI情報を集める

第5章では、フィードバックをするために必要な準備やトレーニング、メンタル不調に陥らないための考え方などを取り上げます。

まずは、部下の情報を集めるために、定期的に実施しておきたい「1on1」についてご紹介します。

部下を観察している時間がないなら、面談で情報を集める事実を元にして、客観的にフィードバックをするためには、部下のSBI情報を収集することが必要だということは、すでに何度か述べました。

おさらいすると、SBIとは、シチュエーション(どのような状況のときに)、ビヘイビア(どんな振る舞い・行動が)、インパクト(どんな影響をもたらしたのか。何がダメだったのか)のことでした。

SBI情報を集めるには、まず、常日頃から部下の行動を観察するという方法が考えられますが、忙しくて観察などしている暇はないという人は多いでしょう。

まして最近はフリーアドレスやテレワークなどの普及によって、部下が近くにいないことが増え、観察するのが難しくなっています。

そこで欠かせないのが「1on1」(ワン・オン・ワン)です*13。「1on1」とは、上司と部下が1対1で行うミニ面談のことです。

この場で、最近の仕事の報告をしてもらい、「何が良くて何が良くなかったのか」「問題が起きたとしたら、原因は何なのか」「どのように解決するのか」などを聞いておけば、ある程度のSBI情報は入手できます。

年1、2回では足りない。頻度を上げて実施する最も重要なのは、その頻度です。面談制度のある会社でも、その大部分は年に1、2回ほど、期初・期末の目標達成度評価をする面談と同じタイミングで行う程度ではないでしょうか。

しかし、年に1、2回の面談では、部下の悩みなどを把握することはできません。そのことは、すでに皆さんがよく実感されているのではないかと思います。

だいたい、期末の面談時期などは、半年前に設定した目標など、上司も部下も覚えていないことの方が多いですし、その間に問題行動が起こっていても、放置されていることの方が多いのです。

部下のことを把握するためには、短時間でいいので、頻繁に行うことが大切です。1回の1on1にかける時間は15分程度でもかまわないので、頻度を上げて行うことをおすすめします。

まとめ

  • 観察する時間がないなら、「1on1」でSBI情報を集める
  • 15分程度でかまわないので、頻度を上げて行う

職場の問題も「1on1」で未然に防げる>メンバー同士のトラブルや、メンタル不調の兆候などに気づける

1on1を行うメリットは、フィードバックのための情報を集められることだけではありません。メンバー同士のトラブルや、上司と部下のコミュニケーション不全など、さまざまな問題に気づくことができます。

上司と部下の認識のズレに気づける頻繁に1on1をすることは、さまざまなメリットがあります。

その一つは、「耳の痛いフィードバックを受ける前に、部下が自分の行動の課題に自ら気づけること」です。

最近の仕事で良かったことや悪かったことを上司に話すことで、自分を客観視でき、自らの行動の間違いに気づくことはよくあることです。

これで行動改善につながれば、上司が何か言わなくても、本人の能力が高まっていくわけです。また、「上司と部下の認識のズレに気づけること」もあります。

たとえば、「上司は完成度よりスピードを重視しているのに、部下は完成度にこだわっている」というように、上司の考えが部下にうまく伝わっていないことは、どの職場でもよくあることです。

部下の報告を聞いていれば、それに気づくことができます。一方、部下も、上司の考えを確認したいけれども、上司が忙しそうにしていて聞き出せずにいることは、珍しくありません。

しかし、隔週1回でも、1対1で話せる場があれば、そこで気兼ねなく聞けるわけです。

大炎上する前に、ボヤを消し止められるさらなるメリットは、「大きな問題に発展する前に、トラブルに気づけること」です。

たとえば、メンバー同士の小さないざこざから発展し、他の人を巻き込んで対立が深刻化したり、足の引っ張り合いが始まったりして、修復不可能な事態に陥ることがあります。

ボヤの段階で火を消していれば大火事にはならなかったのに、ボヤを見過ごしてしまい、気づいたときには大炎上していることはよくあることです。

そして、最後のメリットは、「部下のメンタル不調に気づける」ことです。メンタル不調に陥る人の大半は、深刻になる前から、かすかな兆候が見られるものです。

「どことなく元気がない」「ため息の回数が多くなっている」といった変化に気づいて、相談に乗るなどすれば、休職者や離職者はかなり減るでしょう。

以上のように、1on1を頻繁に行うことは、上司にとっても部下にとっても、非常にメリットがあります。

面倒だと思うかもしれませんが、それをしなければ大きな問題が起こり、かえって膨大な時間をとられるかもしれません。

それを考えたら、頻繁に行った方が断然得なのです。

まとめ

  • 1on1にはさまざまなメリットがある
  • 部下が自分で問題に気づく
  • 認識のズレを修正できる
  • 職場の大きなトラブルを未然に防げる
  • メンタル不調の前兆に気づける

部下の話を引き出す「1on1」の進め方とは>部下との話し方・部下の話の聞き方のポイント

「1on1」では、部下の仕事の報告の他、職場で起こっているトラブルや、部下のキャリアなど、さまざまな話を聞き出したいところです。

どのように進めていけば、多くの話を聞き出すことができるでしょうか?部下から聞き出したい3つのこと「1on1」の目的は、部下からたくさんの話を引き出すことです。

どのように進めていけば良いでしょうか。聞き出したいことは、大きく分けて3つあります。

1つ目は、「部下自身の仕事の報告」です。進捗状況の他、「良かったことと良くなかったこと」「問題の原因」「問題の解決策」などを聞きます。

2つ目は、「職場で起こっていること」です。たとえば、部下が直接関わっていないメンバー間のトラブルやメンタル不調者の兆候、といったことです。

3つ目は、「部下の中長期のキャリア」です。これからどのようなキャリアを進んでいきたいか、そのためには何をすべきか、といったことです。

最初は「何か話したいことある?」ぐらいで良い上司の本音を言えば、上の3つすべてを聞きたいところですが、時間は限られていますし、「2番目の『職場で起こっていること』についてはどうですか?」などと形式張って聞いていくと、部下が話しにくくなります。

そこで、私がおすすめするのは、部下に話したいことを話してもらうことです。

「何か話したいことある?」「相談したいことある?」「気になっていることある?」などとざっくりした質問をして、自由に話してもらうのです。すると、予想以上にいろんな話が出てくるものです。

私も、研究室のメンバーに対して「1on1」を行っていますが、それを始めたときは「実はこう考えていたのか」「こんなことで悩んでいたのか」といった、予想外の話が次から次へと出てきて、「皆、聞いてほしいことがたくさんあるんだな」と改めて感じました。

話の腰を折ったり、自分の話をしたりしない話をたくさん引き出すには、「部下が話したいことをしっかり聞ききる」ことも非常に重要です。

「聞く」という行為は、耳がついていれば誰でもできるわけではなく、なかなか難しいものです。

特に、部下の話を途中で遮らず、最後まで聞ききることは、しっかりとしたトレーニングと経験を積まなければなかなかできません。

自戒を込めて言うのですが、「Hear(意識しなくても聞こえてくる)」はできても、「Listen(意識して聞こうとする)」ができないのです。

部下が話していることを「そうだよね」とうなずきながら、部下の言っていることを理解する。そのような積極的・能動的な聞き方こそが、マネジャーに求められる聞き方です。

しかし、実際には、話している途中で、「でも、それって違うよね?」とか「それはちょっとおかしくないか」と話の腰を折ったり、ちゃんと聞かないで、自分が話すことを優先しがちです。心当たりのある方は意識しておきましょう。

まとめ

  • 1on1では「仕事の報告」「職場の出来事」「キャリア展望」を聞く
  • 部下には、話したいことを自由に話してもらう方がいい
  • 話し始めたら、話の腰を折らずに、最後まで聞ききる

忙しいマネジャーは「朝の声かけ」を習慣に>一声かけるだけでも、さまざまな情報が集まる

忙しくて、ほとんど会社にいることがないというマネジャーにおすすめなのが、「朝の声かけ」です。

毎朝5~10分程度、職場を回って一声かけるだけでも、さまざまな情報が集まります。

職場をぐるりと回って、軽い一言をかける部下からさまざまな情報を集めるうえで、もう一つおすすめしたいのは、「朝の声かけ」です。

毎朝、出勤したときに、職場を回遊して、目についた部下に、一言、二言の声かけをします。

たとえば、私の場合は、自分の研究部門をときおり回り、目が合った部下に「あの仕事の進み具合はどう?」「けっこう難しい?」などと聞き、特に用がないときは「何かあった?」「何か困ったことある?」などと聞いています。

また、他の誰かから、その人について特に気になる話題を聞いたときは、「○○君、最近×なんだって?」などと、聞いたそのままをぶつけます。

すると、「いやあ、実はそうなんですよ」などと返ってくることは少なくありません。相手が話したいと思っているときは、待ってましたとばかりに、いろいろ話してくれます。

朝の声かけは、部下が10人以下ならば、10数分あればできますが、これだけでも、さまざまな話を聞き出すことができます。

プレイングマネジャー状態の超多忙な人にこそ、おすすめです。

まとめ

  • 朝出社したときに、部下に一言、二言、声をかけるだけでも、さまざまな情報が集まる
  • 「あの仕事どう?」「何か困ったことある?」と軽い声かけでOK

「トライアンギュレーション」で情報の裏をとる>良くない噂を聞いたら、他の人にも確かめる

「◯◯さんは最近、陰でサボっていますよ」。1on1などで、部下から、他の部下の悪い噂を聞いたからといって、鵜呑みにしてはいけません。数人の部下からそれとなく話を聞いて、真偽を確かめましょう。

噂を鵜呑みにすると、取り返しのつかない事態に部下と「1on1」や「朝の声かけ」をすると、その部下以外の人に関する情報もいろいろと入ってきます。

「Aさんは仕事のミスが多くて困っている」「Bさんは頼んでおいた仕事をちゃんとやってくれない」など、他の人を批判するような話も入ってくることでしょう。

しかし、こうした話を、鵜呑みにするのは危険です。すでに述べた通り、情報のソースは複数持ち、常にその真偽を検証していくことが求められます。

職場での情報は、常に「裏」をとる必要があります。たとえば、「仕事をちゃんとやってくれない」のは、その人を批判している部下の頼み方が悪い可能性もあります。

人は、なんでも自分の都合の良いように話すものです。にもかかわらず、第三者から聞いた噂を元に、やり玉にあがった部下をいきなり叱ったりすれば、身に覚えのないことで突然叱られた部下を深く傷つけ、信頼関係を失う結果になることもあります。

また、「マネジャーは、早とちりが多くないですか?」と返り討ちにあう可能性もあるでしょう。3人が同じことを言えば、真実に近いこうした失態を防ぐために、私たちマネジャーが心がけなければならないことは、第2章でも述べましたが、「トライアンギュレーション:Triangulation(三角測量)」をすることです。つまり、多角的な情報収集が重要なのです。

たとえば、Aさんについて何か良くない噂を聞いたら、他の人にも話を聞いてみるのです。「最近、Aさんってどう?」「名前は言わないけど、ある人がAさんに関して、こんな状況で困っていると言っていたんだけど、どう思う?」などと聞くわけです。

すると、「ああ、最近ミスが多いですね」「お母さんの具合が悪いみたいですね」などと、さまざまな情報が入ってきます。

その中で、だいたい3人くらいが同じことを言えば、それは限りなく真実に近いと考えられます。反対に、皆がバラバラのことを言っていれば、それは、誰かが思い込みなどで間違ったことを言っている可能性が大きい。

こういうときは、少し様子を見た方が無難です。このように、正しくSBI情報を収集していれば、部下の情報を入手できるだけでなく、部下の軌道をその都度ちょこちょこ修正できますから、それだけで部下は成長しやすくなります。

問題も小さなうちに対処できるので、自分の部署で深刻な問題が発生することも少なくなるはずです。もしかしたら、厳しいフィードバックなど必要なくなるかもしれません。

まとめ

  • 部下から聞いた噂は、真実とは限らない
  • 噂を元にフィードバックをすると、信頼関係が失われることも
  • 噂は、必ず別の人に話を聞いて、その真偽を確かめる
  • 皆の言っていることがバラバラなら、様子を見る

フィードバック前には「脳内予行演習」>フィードバックも「イメトレ」が大事

部下の問題点をどのようなロジックで伝えるか。部下の反論に対してどう答えるか。フィードバックの本番前に、「脳内予行演習」をしておけば、しどろもどろになったり、想定外の反論を受けて、頭が真っ白になったりすることを防げます。

紙1枚にまとめておけば、体系立てて話せる

プレゼンテーションでもスポーツでも、事前に「イメージトレーニング」が重要だと言われますが、それはフィードバックでも同じです。

フィードバックの直前には、必ず、「脳内予行演習」を行いましょう。具体的には、部下の問題点をどのようなロジックで伝えるか、作戦を立てていきます。

「1on1」などで集めた情報を元に、どのようなことを話すかを考え、A4サイズの紙1枚に簡単にまとめておけば、頭が整理され、体系立てて話すことができます。

部下の反論を想定しておけば、あわてない脳内予行演習をするときには、フィードバック後の部下の反論を複数想定し、それに対してどう答えるかも、考えておくと良いでしょう。

繰り返しになりますが、フィードバックを黙って受け入れる部下は、ほとんどいません。たいがいは、言い訳や反論をしてくるはずです。

そうした反応を可能な限り想定しておき、どう返すかを考えておくわけです。フィードバックで最も多いケースは、「顧客が悪い」「メンバーが悪い」などと環境や周囲のせいにすることです。

それに対して、「環境や周囲のせいもあるかもしれないけど、あなた個人の行動にも問題があったのでは?」「このような悪い環境の中で結果を出すには、個人としてどう振る舞うのがいいんだろうね?」というように返せば、部下に反省を促せるでしょう。

第3章で取り上げたフィードバック時のGOOD・BADなフレーズや、第4章のタイプ別対処法なども参考にして、作戦を立ててみてください。

パワハラの落とし穴に落ちないために部下の反論を想定しておくことが必要なのは、上司であるあなたがカッとなって、暴言を吐かないためでもあります。

フィードバックは、密室で1対1で行うので、平常心を保つのが難しく、つい自分の素が出るものです。普段からカッとなりやすい人は、フィードバックではさらにカッとなりやすくなります。部下に変な言い訳ばかりされると、頭に血が上り、キレてしまうこともあるかもしれません。

しかし、そうなってしまうと部下の思うツボです。最近は、面談の内容をスマートフォンやICレコーダーなどで録音する部下もいます。

それを証拠に、「パワハラ」だと人事に駆け込まれれば、あなたが降格などの目にあう可能性もあるのです。

そうならないためにも、脳内予行演習をしておきましょう。次に「フィードバック作戦会議シート」として、面談前に押さえておいた方が良い内容をまとめています。ぜひこちらもご活用ください。

まとめ

  • フィードバック前には、どんなロジックで話すか、作戦を立てておく
  • 簡単に内容をまとめておくと、頭が整理される
  • 部下のあらゆる反論を想定し、どう返すかを考えておく
  • パワハラも「脳内予行演習」で防げる

「模擬フィードバック演習」で自分自身を客観視する>自分のフィードバックを見ることが上達への近道

部下に刺さるフィードバックができるようになるためには、あなた自身も、伝える技術を磨くことが必要です。そのためにおすすめなのが、「模擬フィードバック演習」です。

あなたのフィードバックを自分自身と第三者で客観的に見ることです。自分のフィードバックをビデオ撮影フィードバックは、1対1の閉ざされた空間で行いますから、その様子を客観的に見てくれる人はいません。

ということは、あなたがどれだけ下手なフィードバックをしていても、冷静に指摘してくれる人はいないというわけです。

プレゼンテーションでも営業でもそうですが、伝え方の腕を磨くためには、誰かに見てもらって指摘してもらうことが欠かせません。そこでおすすめしたいのが、「模擬フィードバック演習」をすることです。

私が企業のフィードバック研修をお手伝いするときには、この「模擬フィードバック演習」を必ず実施しています。

メンバーは、上司でも同期でもかまいません。最低でも、自分ともう一人いればOKです。具体的には、上司役と部下役に分かれて、仮のフィードバックをします。設定は、実際にありそうな話が良いでしょう。

そのとき、部下役の人は、わざと怒ったり、言い訳をしたりして、なるべく上司役を困らせてください。その様子をビデオカメラやタブレット端末などで撮影して、後で見直せばさらに効果的です。

勇気を持って見れば、改善点に気づけるその後、勇気を振り絞って、その動画を見ましょう。すると、上司役の人は、「なんかものすごく高圧的だな」とか、「早口で何を言っているのかわからない」とか、「目がキョロキョロしているし、手もせわしなく動いている……。俺って、こんなに挙動不審なのか」と今まで気づかなかった自分の姿に気づくはずです。

シミュレーションでもそうなのですから、本番はもっとひどいと考えた方が良いでしょう。さらに、フィードバックを受けた方にアドバイスを求めれば、自分でも気づかなかったことを指摘してくれるはずです。

それを踏まえて、自分の短所を改善していけば、部下の前でも堂々とフィードバックができるようになるでしょう。

フィードバックが最初からうまくできる管理職はいません。最初は皆フィードバックのノービス(初心者)なのです。

フィードバックは、管理職になってはじめてすることなので、ビギナーのときに模擬フィードバックをすると、皆、口を揃えて「やって良かった」と言います。次に、研修などでよく使う模擬フィードバックのシナリオを用意しました。

ぜひ、同僚のマネジャーの方々とこのシナリオを使って「模擬フィードバック演習」を行ってみてください。

まとめ

・伝える技術を磨くには、自分のフィードバックを客観的に見たり、第三者に見てもらったりすることが不可欠

・模擬フィードバックを行い、その様子を見ることで、改善点に気づける

模擬フィードバック演習の進め方

2人1組で【上司役】と【部下役】に分かれるお互いに用意されたシナリオを5分間でそれぞれ読む(このとき、相手のシナリオは見ないこと!)

読んだ後、上司役も部下役も3分間で言う内容や順番を整理する

準備ができたら、7分間のフィードバックを行い、その様子を撮影するフィードバックを終えたら、撮影した動画を見ながら、5分間で感想を言い合う上司用シナリオあなたの名前は加藤(48歳・男性)です。

営業を担当する課の課長を務めていて、ここ最近は今年から自分の部下になった松下さんのことで頭を悩ませています。

松下さんは、数カ月前まで近くの部署で部長職を務めていましたが、役職定年の制度にかかり部長職を離れ、今は社内で若手への営業指導を行っています。

加藤さんが今悩んでいるのは、松下さんの若手への指導態度です。

具体的には、下記のような問題が発生しています。

1.若手から、松下さんの口調がハラスメントに近いという意見が出ています。

・5月8日若手のAさんが「松下さんにハラスメントに近い指導をされた」と言ってきました。Aさんの言い分をまったく聞かず、営業のやり方がまずいと、1時間にわたり一方的に叱責されたそうです。

・5月21日若手のBさんから「松下さんを教育役から外してほしい」と加藤さんに直訴がありました。その理由は「松下さんの指導の仕方が一方的で納得できないから」ということでした。

2.松下さんは課の方針への批判を、若手メンバーに吹聴しているそうです。

・加藤さんは、Webやソーシャルメディアを活用し、見込み客を絞り込んだうえで効率的に営業を行う「ハイブリッド営業」を課の方針としていますが、松下さんは若手に対し、「今のやり方だと、個人が足で情報を取らなくなっていく」と不満を口にしているそうです。

3.松下さんは「若手の扱い方」に不慣れで、そのことを隠しているように見えます。

・「営業マンは先輩の背中を見て育つんだ」が口癖です。

・一方、若手は丁寧な指導を望んでいるように見えます。

・また、若手は松下さんとの日々のやり取りにメールやソーシャルメディアを用いたいようですが、松下さんはIT機器関係が苦手です。

このままの状態が続けば、将来的には松下さんの定年後の再雇用に悪影響を与える可能性もあります。

以上の情報を元に、現状を立て直す方法を松下さんと一緒に考えてください(※ここにない情報は、アドリブで適宜補ってください)。

部下用シナリオあなたの名前は松下(58歳・男性)です。

ほんの数カ月前まで、営業の部長職を長く務めていましたが、最近導入された役職定年の制度にかかり、部長職を離れました。

今は、「若手に対する営業指導を行う教育役」を務めています。

先日、上司にあたる加藤課長から、「今度、2人で話したいことがあるので、時間をもらえませんか?」とメールがありました。

厳しい話かなと予測はついていますが、10歳下の加藤さんが何を言ってきても、のらりくらりやりすごす気でいます。

最近、松下さんの周囲で起こった出来事は下記の通りです。

1.若手の仕事に対する姿勢に強い違和感を覚えている。

・5月8日若手のAさんの営業成績があまりにあがらないので、小1時間にわたって叱責しました。

強い言葉も使ってしまいましたが、本心では強く叱責することでAさんが発奮してくれることを願っています。

ただ、Aさんは指導内容を理解はしているようですが、言い方のせいか、「腹落ち」はしていないようです。また、周囲には「ハラスメントだ」と吹聴しているようです。

・その後、Aさんへの指導を横で見ていた若手のBさんが、一度松下さんに強圧的な態度をやめるように言ってきました。

まずかったかなとは思いましたが、メンバーの言うことに耳を傾けていては部門は動かないと思い、無視しました。

2.課の方針である「ハイブリッド営業」に個人として批判的である。

・現在の課はWebやソーシャルメディアを用いて見込み客を絞り込み、効率的に営業する「ハイブリッド営業」を方針としています。

松下さんは「営業はあくまで個人の努力。足で稼ぐものだ」と思っているので、このやり方には批判的です。

・ついつい、飲み会の席で一度だけ若手に「ハイブリッド営業」に対して批判的な物言いをしてしまったことがあります。

ただ、松下さんも元管理職ですので、加藤さんの苦労を頭ではわかっていて、協力してあげなければとも考えています。

3.実は、仕事をするうえで密かな負い目がある。

・松下さんは部長時代が長かったため「現場感」がなく、特に「最近の若手と接する機会がなかったため、どう接して良いかわからない」と感じています。

また、WebやSNSなどの「最新の知識」についていけないこともあります。

・こうした負い目に関しては、格好悪いのでひた隠しにしています。

加藤さんとは少し腹を割って話したいとも思っていますが、プライドも邪魔します。何か言ってきたら少し強い口調で反論してしまいそうだな、と思っています。

演習のポイント

●腕組みせず、相手の目を見て、顔を下に向けない訓練をしよう

●演習はSBI情報が明確で、落としどころもきちんとある→実際よりは簡単

「アシミレーション」で、フィードバックの痛みを知る>フィードバックを受けないと、良いフィードバックはできない

耳の痛いフィードバックを受けたことがない人は、受けた人の心理がわからないので、良いフィードバックはできません。勇気の要ることですが、自分もフィードバックを受ける機会を持ちましょう。

あなたはフィードバックを受け慣れているか?フィードバックの力を磨くために、何よりも大切なことがあります。それは「自分自身もフィードバックされる機会を持つ」ことです。

今の30~40代に意外と多いのが、耳の痛いフィードバックをあまり受けずに、中間管理職クラスまで出世した人です。

順調に出世してきたことは喜ばしいことかもしれませんが、「部下にフィードバックする」という観点から見ると、課題があると思われます。

なぜかというと、フィードバックを受けたことが少ない人は、フィードバックを受ける人の気持ちがわからないからです。

フィードバックされるときに、どんな言葉をかけられると納得できるか。どんなふうに言われるとカチンとくるのか。地雷となるキーワードは何か。フォローの言葉はかけられたいか……。

こうしたことは、自ら何度もフィードバックを受けていれば、ことさら意識しなくてもわかるものです。

しかし、その経験が少ないと、その勘所がわからず、相手の気持ちを逆なでするようなことを言ってしまいがちです。

部下から自分の印象を聞き、ショックを受けようすでに部下がいる人なら、自分の部署で「アシミレーション」を行うのも一つの手です。

アシミレーションとは、職場ぐるみで管理職に対するフィードバックを行うミーティング手法です。まずは、自分と部下全員、それにその場の進行役を務めるファシリテーターを集めます。

ファシリテーターは、利害関係がなく、マネジャーと同格以上の役職にある、他部署のマネジャーに協力してもらうのが良いでしょう。

部下から厳しいフィードバックを受けたとき、マネジャーの気持ちを理解できる人がファシリテーターを務めた方が、精神的なフォローをしやすいからです。具体的には次の図のような順序で進めます。

「これは厳しいフィードバックを受けることになるだろうな……」ということが、十分予想できるでしょう。

実際にやってみると、思いもよらないことを指摘され、ショックを受けると思いますが、それだけやってみる価値のある方法です。

  • 耳の痛いフィードバックを受け慣れていないと、フィードバックを受ける心理がわからない
  • フィードバックを受ける機会を持とう
  • 「アシミレーション」をすれば、部下から手厳しいフィードバックが受けられる

コラム 助言をもらえるマネジャーは業績も良い!?

2012年、東京大学中原研究室と公益財団法人日本生産性本部(JapanProductivityCenter)が共同で行った現役マネジャーを対象とした調査(マネジメント・ディスカバリー研究「マネジメントへの移行と熟達に関する共同調査」)によると、「仕事の助言やコメントをもらえるマネジャー」は、「助言やコメントをもらえない孤独なマネジャー」に比べて、職場業績が高いという結果が出ています(『駆け出しマネジャーの成長論』197ページ参照)。

助言やコメントをもらう相手で最も多かったのは、「会社の上司から」(49.6%)という回答ですが、「会社の他のマネジャー」(30.2%)、「会社外の知り合い・友人」(10.4%)という回答も一定数ありました。

誰から助言をもらうのが良いかについては、ケースバイケースなので一概には言えませんが、助言・指導をもらえる環境を整えておくことも、自らが良きマネジャー、良きフィードバックをするために必要だと言えるでしょう。

フィードバックする人数は5~7人まで>10人以上抱えると、上司が壊れる

耳の痛いフィードバックはマネジャーの心身に大きな負担をかけます。自分が壊れないためにも、負担を軽減する方法を講じましょう。

フィードバックはストレスがつきもの耳の痛いフィードバックは、密室の中で厳しい会話をするので、マネジャーの精神もすり減らします。

フィードバックの一人作戦会議をしているだけでも、すでに鬱屈とした気分になるものです。

あるマネジャーは「1on1やフィードバックには、しっかりと体調を整えて臨みます。睡眠不足だと、必ずボロが出てしまうし、何よりどっと疲れる」と言っていましたが、私も同感です。

フィードバックを成功させるためにも、自らの体調管理のためにも、万全の体調で臨むようにしましょう。

スパン・オブ・コントロールの教え

心的ストレスを軽くするためには、耳の痛いフィードバックを行う回数を減らすことも重要です。

マネジャーになりたての人にはなかなか難しいことですが、できれば「1on1」を担当する部下の数を減らすことができないか検討してみてください。

たとえば、自分の片腕となるようなサブマネジャークラスに、一部の1on1やフィードバックを任せることができれば、マネジャーの負担が軽減されます。

スパン・オブ・コントロール:SpanofControl(1人の管理職が管理できる部下の人数)」という研究があるのですが、それによると、1人の上司が抱えられる部下の人数は、5~7人だと言われています。

最近は組織のフラット化が進んだことで、1人のマネジャーが抱える部下の人数が増加傾向にあります。あなたの部下の人数が5~7人を超えているようなら、1on1の分担を検討した方が良いでしょう。

  • 耳の痛いフィードバックはマネジャーの心身をむしばむ
  • フィードバックには万全の体調で臨もう
  • サブマネジャーと分担し、1on1の回数を減らす手もある

「嫌われるのも仕方がない」という覚悟を持とう>耳の痛いことを言って嫌われるのは、管理職の役割だ

耳の痛いことを言って、部下に嫌われたくない……。平社員時代に人気があった人や気の弱い人は、そう思うことが少なくないようですが、逃げ回っていたら、あなたがマネジャー失格と言われてしまいます。

厳しく指摘できるのはあなたしかいないどんなに準備をして、気を遣ってフィードバックをしても、部下から嫌われたり憎まれたりすることはあります。マネジャーの昇進前に、周囲から好かれていた人ほど、ショックを受けるかもしれません。

それにフィードバックの成果はなかなか出ませんから、「本当にこんなことを言って良かったのか?」「ちょっと言いすぎたのでは?」と自己嫌悪に陥ることもあるでしょう。

しかし、誰かが言わなければ、部下は成長しませんし、あなたの部署の業績も上がりません。支援できるのは、マネジャーであるあなたしかいないのです。

「鉄は熱いうちに打て」と言われるように、指摘する時期が遅れるほど、変わることは難しくなります。

手遅れになってからではもう遅いのです。あなたの社内での評判にも響くことでしょう。

パワハラは論外ですが、耳の痛いことを言って嫌われるのは、管理職の役割の一つだと考えましょう。

たとえ嫌われても、あなたのフィードバックによって成長できたとしたら、将来、部下から感謝される日が来るはずです。

管理職は演技であると考えるフィードバックが苦手な人は、「管理職という役割を演じている」と考えるのもおすすめです。

「自分は、職場を良くするために、管理職という役割を演技しているだけで、本心から言っているわけではない」「フィードバックではなく、成長支援をしている」などととらえるのです。

たかがとらえ方の違いと思うかもしれませんが、それだけでも、精神的には少し楽になるものです。

そうすれば、多少辛らつなことを言うのも仕方がないし、嫌われるのも当たり前と思えてくるでしょう。

まとめ

  • 耳の痛いフィードバックをして嫌われるのは仕方ない
  • 嫌われることもマネジャーの仕事のうちと考える

管理職同士で「解毒」する場を持とう>マネジャーだって、ため込まずに吐き出す場は必要だ

耳の痛いフィードバックをしていると、孤独感を覚えたり、もやもやがたまったりすることもあるかもしれません。

それを「解毒」するためには、マネジャー同士が集まって、フィードバックの情報交換をするのも手です。

管理職同士で心情を吐露する「フィードバックで嫌われるのは仕方ない」という理屈はわかるけど、どうしても割り切れない……。

中には、そんな人もいるかもしれません。そうした人におすすめしたいのは、「解毒会議」です。同じレベルの管理職で集まって、最近どんなフィードバックをしたのか、情報交換をすることです。

「A君にキレられた」「Bさんに泣かれた」……。マネジャーなら、皆こうした話を持っているはずです。

個人情報やプライベートな話題の共有は慎重になる必要がありますが、情報漏洩を行わない旨の約束を相互に交わし、自分の経験を、差し支えない範囲でイニシャルなどを用いてお互いに吐き出せば、一種の「解毒」につながります。

また、こうした情報交換は、「面の育成」にもつながります。面の育成とは、管理職全体で協力し合って部下を育てるということです。フィードバックの情報を共有すれば、皆で対策を練ることができます。

ポジティブな情報も共有しよう「解毒会議」では、ネガティブな話がクローズアップされがちですが、「部下の誰々が良かった」というポジティブな話も共有できればベストです。そこで得た情報をうまく活用すると、部下のモチベーションを大きく高められます。

たとえば、自分の部下のC君が頑張っているという話をしたとします。

それを聞いた他のマネジャーが、C君と何かで一緒になったとき、「C君、頑張っているみたいだね」「君の上長が言っていたよ」などと声をかけると、C君のモチベーションは大いに高まるでしょう。

上長に直接言われるより他の人に言われた方が、白々しい感じがないので、何倍も嬉しいのです。こうした意味でも、管理職同士の解毒会議はおすすめです。

まとめ

  • 管理職同士で集まって、フィードバックの情報交換をする
  • 辛かった経験も吐露することで、スッキリするし、アドバイスももらえる
  • ポジティブな情報も共有すれば、部下を間接的にほめられる

フィードバックの「期限」も知っておこう>「外科的手術」しかないときもある

残念ながら、フィードバックをしても、「変わろうとしない」部下は、必ず存在します。そうした部下に時間をとられないためには、「期限」を決めることが大切です。

相手は「大の大人」として、変わらないことを「選択」している

ここまでフィードバックの話をしてきましたが、最後に一つ、ビジネススキルの書籍らしからぬ、現実的なことを言わせてください。

それは、あなたが、どんなに部下の成長を願い、心を込めてフィードバックをしても、「変わらない部下」はいるということです。

ただし、それはあなたに原因があるというより、相手は「大の大人」として、意志を持って「変わらないこと」を「選択」していると考えた方が良いでしょう。

そうした人にたくさんの時間を費やしていては、はっきり言って、時間の無駄と言うこともあるでしょう。

そうした相手に時間を消費しないためには、フィードバックによって相手が立て直すまでの「期限」を決めましょう。期限で言えば、半年や1年。

フィードバック回数で言えば、上限は3~5回くらいでしょうか。それまでは、相手の成長を信じ、フィードバックをしましょう。

そのときのポイントは、部下にも、「変わるまでの猶予や期限があること」を伝えることです。それでも変えようとしないのならば、それは、部下が意識的に「変えない」ことを選んだということです。

そうなれば、もはや配置転換や降格といった「外科的手術」しか方法はありません。ただし、そうはいっても、安易に「外科的手術」に走ってはいけません。それはあくまで最終手段。

まずは部下の成長を期待し、信じることが、マネジャーの大切な役割です。

まとめ

  • どんなにフィードバックをしても、変わらない人はいる
  • そうした人に振り回されないためには、フィードバック回数の上限を決める。変わるまでの期限を決めても良い
  • 期限内に変わらなければ、配置転換などをするのが現実的

■若手マネジャーフィードバック

大手IT企業人事部・マネジャー岡本太一さん(仮名・33歳)3年前から、大手IT企業でマネジャーをしている岡本さん。

自分よりも経験やスキルを持つ年上の部下が多いそうです。

そうした人たちに刺さるフィードバックをするために、意識していることとは?年上部下には「上司ぶらない」

──最初に、これまでのご経歴からお伺いできますか。

岡本大学を卒業したあと、メディア系企業で7年働いてから、4年前に今のIT企業に転職しました。3年前にマネジャーに昇格しました。

部下は5人います。うち、4人が年上。10歳年上の人もいて、しかも、経験やスキルも僕より高い人ばかり。なかなかシンドイ環境です。

──それはしんどいですね(笑)。

年齢も経験も上の部下にフィードバックするのは難しいと思いますが、意識しているポイントはありますか?岡本一言で言えば、「上司ぶらない」ことを心がけています。

実は、マネジャーになりたての頃、少し上司ぶってフィードバックしていました。しかし、明らかに部下に響いていませんでした。

いくら僕が上司だと言っても、経験もスキルも上の人に対して、「君はこういうところがダメだから、改善した方が良いよ」と上から目線で言うのは、やはり難しいこと。

それに、僕の経験が足りなくて、その部下の考えや行動が理解できないこともあると思います。そう考えると、上司ぶって良いことは、一つもないんですよね。

──冷静に考えるとそうなのに、つい部下に「勝とう」としてしまうんですよね。

岡本実は、この時期に、上司から「お前の役目は部下に能力を発揮してもらうこと。部下に勝とうとしなくていいぞ」とアドバイスされました。それを聞いて、ますます「上司ぶらなくていい」と確信しましたね。

「僕の方が経験もスキルもないのですが」と素直に認める──では、年上の部下には、どのようにフィードバックを?岡本まず、問題があると感じた行動があったら、なぜそのような行動をとったのか、話を聞きます。

理解できなかったら、「すみません、僕、ど素人でわからないので、教えてもらっても良いですか?」と一から聞いてしまいますね。

そのうえで、「僕の方が経験もスキルもないとわかっているんですけど、僕から見ると、もっとこうすると良いんじゃないかと思いましたが、どうですかね?」とフィードバックします。自分の至らなさを認めたうえで、改善策を提案するのです。

──すると、どうでしたか?岡本上司ぶっていたときと比べると、耳を傾けてもらえるようになったと感じます。

また、フィードバックをする前には、必ず、「何のために伝えるか」を強く意識するようにしています。

「自分の感情で言いたいだけではないか?」「勝とうとしているだけではないか?」と自問自答するのです。それも、聞き入れてもらえるようになったポイントかもしれません。

本人が望んでいる姿を知らなければ、フィードバックは刺さらない

──その他に、年上部下にフィードバックするときに気をつけていることはありますか?

岡本これは、年上に限った話ではありませんが、「本人がどのようなビジネスパーソンを目指しているか」を把握するようにしています。

というのは、いくら巧みにフィードバックをしても、そう改善することを本人が望んでいなければ、まったく刺さらないと思うんですね。

たとえば、「縁の下の力持ちとして、皆を支えていきたい」と考えている人に対して、「もっと前に出てリーダーシップを発揮してほしい」とフィードバックしても、「自分はそうなりたいと思っていないからなぁ……」と感じ、聞き入れてもらえないでしょう。

僕自身、自分がなりたい方向と異なるフィードバックをされると、「俺はそうなりたいわけじゃないからなぁ」と思いますからね。

──逆に、本人が望んでいる姿を把握したうえで、フィードバックをすれば、年上の部下だとしても、聞いてくれる、と。

岡本そう思います。

今の業務を担当する前ですが、僕より6歳ほど年上のAさんにフィードバックをしました。

Aさんは、自分本位に物事が進まないと感情的になることがあり、周囲から「一緒に仕事がやりづらいことがある」という声があがっていました。

ただ、それはAさんも気づいていて、自ら「改善したい」と話していたのです。

そこで、Aさんに「先日の会議で対立案が出たときにムッとしていましたよね?それは目指している姿と違うのではないですか?」と率直に伝えると、「その通りですね」と聞き入れてくれました。

Aさんの受容力の高さもあると思うのですが、本人が望んでいる姿になれるようなフィードバックをしたからこそ、聞き入れてもらえたと思います。

──本人がどのようになりたいかは、面談などで聞いているのですか?岡本はい。

うちの部署では、定期的に個人面談を行っていて、毎回ではありませんが、その場で、今後やりたいことや目指していることなどの話を聞いています。

一般的には年1~2回の面談で聞くことが多いかと思いますが、こまめに話を聞いていた方が、本人の考えが深く理解できる、と感じますね。

日頃、ほめすぎていると、フィードバックしにくくなる──フィードバックをしてきて、うまくいかなかったことはありますか?岡本もちろん、あります。

たとえば、管理職になったばかりの頃の部下のBさん。

この人は僕より年下で、今担当している仕事はしっかりこなせていて、本人も自信を持っているのですが、他の部署でも活躍できる人材になれているかというと、そうでもなかったのです。

そこで「会社のお金で受けられる研修を受けて、新しい知識をつけた方がいい」とか「新しい仕事にも挑戦すべきだ」とアドバイスしていたのですが、「座学なんて無駄です。

そんな時間があったら、仕事をした方が学びがあります」「今の仕事をしていても成長できます」とまったく聞いてもらえませんでした。

──中途半端にできる部下がチャレンジをしなくなる……。よくあるパターンですね。

岡本それで、「いやいや、今の君は、成長止まっているように見えるよ」と言ったら、反発されてしまい、Bさんは、心を閉ざしてしまいました。

ただ、これは、僕の普段の姿勢にも原因があると思っています。Bさんをほめすぎてしまったのです。

──どういうことですか?岡本Bさんは、今担当している仕事に関しては、質もスピードも申し分ないんですよ。

だから、頼んだ仕事があがってくるたびに、「お、速いな!」「今回もバッチリだね」とよくほめていたのです。だから、Bさんは僕に高く評価されていると思っていたんでしょうね。

ところが、ある日、その僕に、「成長が止まっている」と言われたので、「え、いつもめっちゃほめてたじゃん」と感じてしまった。手のひらを返されたような気分になり、不信感を抱いてしまったのでしょう。

──そこは難しいところですね。ほめないわけにもいかないし。

岡本今では、「何のためにほめるのか」「何についてほめるのか」を考えるようにしていますが……。そもそも、ほめるのは苦手です。

──そういうマネジャーは多いですね。

岡本ほめることで言えば、年上の部下に対しても、考えて伝えるようにしています。

「先ほどのプレゼン、良かったですね」「この書類、完成度が高いですね」と部下の仕事を評価することはありがちですが、経験も年齢も上の部下に言うと、「こいつ、上から目線で偉そうだな」「自分より経験が少ないくせに評価するな」と思われる可能性もあります。

──どのように言い換えているのですか?岡本事実をそのまま述べるようにしています。

あるいは、書類などの出来が良ければ、「ありがとうございました。助かりました」と感謝の気持ちを述べるようにしています。これなら否定のしようがないので、素直に受け取ってもらえると思うのです。

なぜ個人面談で雑談をするのか──フィードバックは「観察」することが大切と言われますが、岡本さんの会社はフリーアドレスだったり、リモートでも仕事ができますよね。

観察するのが難しいのでは?岡本たしかに、部下の仕事の様子を観察できる機会はほとんどありません。部署のメンバー間で交わすメールのやり取りを見るだけでは、わかることが限られます。なので、定期的な個人面談は必須ですね。

──個人面談のときに、今の仕事の状況を細かく聞く、と。

岡本でも、根掘り葉掘り聞くのは、それが必要だと感じた部下だけです。個人面談の場では、「雑談」をしていることもあります。仕事と関係ない話をしていることもありますよ。実は意図的にやっています。

──なぜあえて雑談をするのですか?岡本一つは、その人の今の精神状態を知るため。

雑談をすれば、わかることもありますからね。もう一つは、お互いの理解を深めるためです。いくらエビデンスやファクトがあっても、「こいつには言われたくない」と思われたら、フィードバックは聞いてもらえないと思うのです。

では、どうすれば「こいつになら言われても良いか」と思ってもらえるか。実は人間的な結びつきが重要だと思うのですね。

──そのためには、互いの人となりがわかるような雑談を重ね、お互いの理解を深めることが大事なのではないかと。

岡本はい。さらに「僕、こんなことが苦手なんですよね」「今、こんなことに悩んでいるんですよ」と自分の弱みを開示することも、互いの心理的な距離を近づけるうえでは大切だと思っています。

そうした、普段からの相互理解があるかないか。それによって、フィードバックの成功率は大きく違ってくると考えています。

ITの普及で直接顔を合わせることが少なくなった今は、なおさら意識すべきポイントではないでしょうか。

──本日はありがとうございました。

解説岡本さんは、IT企業で4人の年上部下をひきいるマネジャーです。

自分よりも経験も年齢も上の人を4人も抱える、というのは骨が折れることだと思いますが、岡本さんは、それに成功されています。

岡本さんの事例の中で最も印象的だったのは「上司は、ともすれば、部下に勝とうとする」という一言でした。

ここで「部下に勝つ」というのは、おそらく「自分よりも経験も年齢も上の部下」の「優位」に立って、ポジションパワーを用いながらマネジメントをしていくことと解釈します。

この兆候に悩んでいる方は、年下上司の中には、かなりの数がいるのではないかと推測します。

自分が経験や年齢では「下」であるために、よすがになるのは「ポジションパワー」しかなくなるからです。

フィードバックでは、一般に「耳の痛いこと」を部下に通知します。

しかし、それは「部下をねじ伏せるため」でもなければ、「部下に勝つ」ための武器でもありません。

あくまで「部下が仕事のうえで成長してもらうためにあえて、現在の部下の状況を通知する」のです。

岡本さんの上司の方が、岡本さんに投げかけたという言葉「お前の役目は部下に能力を発揮してもらうこと。

部下に勝とうとしなくていいぞ」という一言は、まさに慧眼です。

マネジャーの「役割」とは「部下に勝つこと」ではなく「部下を成長させること」なのですから。

〈著者略歴〉中原淳(なかはら・じゅん)東京大学大学総合教育研究センター准教授。

1975年、北海道旭川市生まれ。

東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員等をへて、2006年より現職。

「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材育成・リーダーシップ開発について研究している。

専門は経営学習論・人的資源開発論。

著書に『職場学習論』『経営学習論』(ともに東京大学出版会)、『駆け出しマネジャーの成長論』(中公新書ラクレ)、『会社の中はジレンマだらけ』(本間浩輔氏との共著、光文社新書)、『マンガでやさしくわかる部下の育て方』(日本能率協会マネジメントセンター)、『フィードバック入門』(PHPビジネス新書)など多数。

Blog:NAKAHARALAB.NET(http://www.nakaharalab.net/)TwitterID:nakaharajun

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