第5章ピープルアナリティクスで人事戦略が変わる ポール・レオナルディカリフォルニア大学サンタバーバラ校教授ノシャー・コントラクターノースウェスタン大学教授
社員間のデータを活かすリレーショナルアナリティクス:より詳しい定義リレーショナルアナリティクスの土台となる6つの特徴自社のデジタル排出物を活用する
第5章ピープルアナリティクスで人事戦略が変わる ポール・レオナルディカリフォルニア大学サンタバーバラ校教授ノシャー・コントラクターノースウェスタン大学教授
社員間のデータを活かす「こちらには裏付けになるチャートもある、グラフもある。
じゃまをするな」数年前、グーグルのピープルアナリティクス部門に新たに採用された人たちに、このようなノートPC用ステッカーが配られるようになった。
おそらく、同部門の業務を正当化する必要性に迫られての策だったのだろう。
当時はまだ、ピープルアナリティクス(社員データから抽出した統計学的な知見を用いて、人材管理の意思決定を行うこと)は挑戦的なアイデアであり、会社の前に人間が単なる数字に成り下がるのではないかと危惧する懐疑派が多かった。
人事部はもともと社員のデータを集めてきたが、それを積極的に掘り下げて社員の理解と管理に役立てるという考え方が斬新であり、疑念を呼んだのである。
だが、もうステッカーは必要ない。
いまや70%以上の企業が、ピープルアナリティクスの優先度は高いと考えている。
それどころか、この領域では特筆すべきケーススタディも生まれている。
たとえばグーグルの「プロジェクト・オキシジェン」は、巨大ハイテク企業である同社の最も優秀なマネジャーらが実践する手法を明らかにし、それらが成績不振者の仕事を改善するコーチングセッションに反映された。
ほかにも、営業チームの成功率の向上という結果を残したデルの実験なども、ピープルアナリティクスの威力を示すものだ。
しかし、大げさな宣伝はとかく現実と乖離しがちである。
ピープルアナリティクスのこの10年間の進歩は、実際には微々たるものだ。
タタ・コンサルタンシー・サービシズの調査によれば、ビッグデータ投資のうち、ピープルアナリティクスの典型的な担当部門である人事部に向けられるのは、わずか5%である。
またデロイトの最近の研究によると、ピープルアナリティクスが主流になってはいるものの、組織のパフォーマンス向上につながる人材特性を十分に把握できていると考える企業は、わずか9%だった。
これはいったいどういうことだろうか。
もしピープルアナリティクスの担当チームに、例のステッカーが主張するような裏付けのチャートやグラフがあるならば、なぜ結果が伴わないのだろうか。
筆者たちが考えるに、その原因は、ほとんどの企業がデータアナリティクスの狭義のアプローチに終始していることにある。
つまり個々の社員に関するデータしか使っておらず、それと同等、あるいはそれ以上に重要な、社員間の相互作用に関するデータに目を向けていないのだ。
筆者たちがリレーショナルアナリティクス(関係性分析)と呼ぶ新たな領域では、人と人の相互作用に焦点を置く。
これを企業のピープルアナリティクス戦略に組み込むことで、優れたイノベーション、影響力、効率性という面から、企業の目標達成に貢献できる人材を発見しやすくなる。
また、自社になくてはならない重要な人物や、組織内に存在するサイロについても知見を得られる。
幸いなことに、リレーショナルアナリティクスの材料はすでに社内に存在する。
それはメールの送受信、チャット、ファイルの転送といった行動から生じるデータ、すなわち企業のデジタル排出物である。
これらを掘り下げることで、企業はリレーショナルアナリティクスの適切なモデルを構築できる。
本稿では、リレーショナルアナリティクスの理解と応用のためのフレームワークを提示する。
筆者たちには、裏付けとなるチャートとグラフもある。
リレーショナルアナリティクス:より詳しい定義従来のピープルアナリティクスが注目してきたのは主に社員の属性データであり、それらは2種類に分けられる。
特性:民族性、ジェンダー、過去の業績など、その個人に関する不変の情報。
状態:年齢、学歴、在職年数、賞与支給額、通勤距離、欠勤日数など、その個人に関する可変の情報。
この2種類のデータは、グループの特徴である民族構成、ジェンダーの多様性、平均報酬額などを判断するために、しばしば収集される。
属性の分析は必要だが、それだけでは不十分だ。
集めた属性データには複数の人間の情報が含まれるため、リレーショナルデータ(すなわち関係性を表すデータ)のように思えるかもしれないが、そうではない。
リレーショナルデータがとらえるのは、たとえば異なる部署の社員間で行われた一日のコミュニケーションなどの情報である。
要するに、リレーショナルアナリティクスは人々の社会的なネットワークに関する科学である。
個々の社員の属性と合わせて、社員間の関係が、職場のパフォーマンスを測る根拠になるということは、数十年来の研究が説得力を持って明らかにしている。
ここでのポイントは「構造的特徴」を見つけることである。
つまり、何らかの良い(または悪い)パフォーマンスと関連するパターンを、データの中から探り出すことが重要だ。
あたかも神経学者が脳の神経ネットワークを調べて、双極性障害や統合失調症の予兆となる構造的特徴を見つけ出したり、化学者が液体の構造的特徴に注目して、速度論的脆弱性を予測したりするのと同じように、組織のリーダーは社内の社会的ネットワークの構造的特徴に注目することで、個々の社員、チーム、あるいは組織全体の創造性や有効性といったもののレベルを予測できるのだ。
リレーショナルアナリティクスの土台となる6つの特徴筆者たちは独自調査や企業に対するコンサルティング業務、他の研究者らの膨大な調査結果に基づいて、すべてのリレーショナルアナリティクス戦略の基本となるべき6つの構造的特徴を特定した。
それでは一つずつ見ていこう。
❶発想力発想力の優れた人材を探す時、大半の企業は、学歴、経験、性格、生まれ持った知性といった属性を調査する。
こうしたデータは重要だが、その人が情報を得られる人脈の広さや情報源の多様性(おそらく、どちらも属性より重要な条件である)を知る手がかりにはならない。
優れたアイデアを生み出す人はしばしば、あるチームの情報と別のチームの情報を統合して、新しい商品コンセプトを構築する。
あるいは、ある事業部の生み出したソリューションを別の事業部の問題解決に役立てる。
言い方を変えれば、彼らはネットワークの中で仲介者のポジションにいる。
社会学者のロナルド・バートは、ある人物が仲介者のポジションにいるかどうかを測定する方法を考案した。
この測定基準は制約と呼ばれ、その人がある特定の情報を入手する時に、どの程度の制限があるかを明らかにする。
銀行員、弁護士、アナリスト、エンジニア、ソフトウェア開発者など、多様な集団を対象に何度となく行われた研究の結果、狭くて密な人間関係のネットワークに縛られていない制約の少ない社員は、経営陣が斬新で有効だと認めるアイデアを生み出す可能性が高いことがわかった。
バートはある研究で、米国のある大手電子機器メーカーの上級幹部らが、600人以上のサプライチェーンマネジャーの中から、効率改善のアイデアを生み出す可能性が最も高い者を、リレーショナルアナリティクスを用いて特定する経緯を追跡した。
上級幹部らは調査を通して、マネジャーたちからアイデアを募ると同時に、彼らのネットワークに関する情報も集めた。
そして提出されたアイデアの一つひとつについて、斬新さと潜在的価値をスコアで評価した。
各種の属性の中で、価値あるアイデアを生み出す人材かどうかを予測するための間接的な指標になりえたのは、同社での勤続年数という属性だけだった。
そして、その相関も強くはなかった。
それよりも発想力の特徴、つまり制約の少なさのほうが、指標としてはるかに強力だった。
人間関係のネットワークに関して、この特徴を示したサプライチェーンマネジャーは、制約の多いマネジャーに比べて、優れたアイデアを生み出す確率が格段に高かったのである。
ある大手ソフトウェア開発会社でレオナルディが実施した研究も、この発見を支持するものである。
この会社のR&D部門の状況は、まるで「洞窟暮らしの原始時代」だった。
同部門では100人以上のエンジニアが働いていたが、各エンジニアが話す相手は平均たったの5人だった。
そしてその5人も、多くの場合にはその同じ仲間内でしか話していなかった。
よその「洞窟」の住人との接触は限られていた。
このような制約の多いネットワークは、特に専門性の高い仕事をする組織では、ありふれたものである。
しかしだからといって、制約の少ない個人がこの中に隠れていないわけではない。
このソフトウェア開発会社でリレーショナルアナリティクスを実行したところ、実際に複数のネットワークを持っているエンジニアを何人か特定できた。
そこで経営陣は、彼らが自然にやりたいと思うことを実践するよう奨励する計画を立てた。
すると間もなく、彼らが提案する商品改善のアイデアが、量的にも質的にも大いに増加したのである。
❷影響力よいアイデアを出しても、それが利用される保証はない。
同様に、上層部が変革の指令を出しただけでは、社員がそれを実践するとは限らない。
アイデアが実行されるためには影響力が必要である。
しかし影響力は、我々が想定するようには働かない。
調査によると、社員がプラスにせよマイナスにせよ最も影響を受ける相手は、経営陣ではない。
それほど正式ではない役割を果たす人のほうが、彼らを大きく動かすのである。
もしそれが事実なら、上層部はその人気のある社員を見つけ出して説得し、新たな計画に参加するよう、みんなに働きかけてもらえばよいと思うだろう。
ところがそうではない。
レオナルディが携わったある大手医療機器メーカーは、新たにコンプライアンスポリシーを導入する時に、このアプローチを試した。
変革管理チームは、新しいポリシーに対するプラスのイメージが拡大するのを期待して、最も多くの社員から影響力があると見なされている人物を選び出し、ポリシーのメリットを伝えた。
しかし6カ月が経過しても、社員たちは新たな手順を遵守していなかった。
いったいなぜだろうか。
リレーショナルアナリティクスが導き出す意外な知見が、その説明になる。
それは、最も多くの同僚から影響力がある人だと評価される人物が、実際に最も影響力のある人物とは限らないということである。
最も強力なインフルエンサーは、たとえそれが少人数でも他者との間に強力なつながりを持つ。
それに加えて、その強力な結び付きを通して自身のコネクションと他者のコネクションを強力に結び付ける。
このような場合、インフルエンサーのアイデアは、より遠くまで広がる力を持つのである。
影響力の構造的特徴は集合的傑出性(aggregateprominence)と呼ばれ、ある人物のコネクションのつながり具合や、そのコネクションの先のコネクションのつながり具合を測定することで算定できる(検索エンジンが検索結果に序列をつける時も、同じようなロジックが使われている)。
その医療機器メーカーは9つの事業部でリレーショナルアナリティクスを行い、集合的傑出性のスコアが最も高い人物を5人ずつ選び出した。
そして彼らに新しいポリシーに対する意見を求めた。
その結果、彼らの約4分の3がポリシーを好意的にとらえていた。
同社は彼ら(ポリシーに否定的だった者も含む)に、変化に対する不安を軽減することにつながる情報を伝えた。
そして、結果を待つことにした。
6カ月後、これら9つの事業部では社員の75%以上が新しいコンプライアンスポリシーを受け入れた。
それとは対照的に、ポリシーの適用対象だがリレーショナルアナリティクスを行わなかった残りの7事業部では、15%しかポリシーを受け入れなかった。
❸効率性効率的に業務を遂行できるチームをつくるための人員配置は、簡単にできるはずだと思うかもしれない。
最も関連性の高いスキルを持つ人材を指名すればよいからだ。
スキルを持つ人材を特定するなら属性分析が有効である。
しかしそれだけでは、スケジュール通りに仕事が完了する保証はない。
そこで、チーム内の化学反応や外部から情報、専門知識を入手する力を測るためのリレーショナルアナリティクスが必要なのである。
米国の大手受託R&D企業の1500以上のプロジェクトチームを分析した、レイ・リーガンズ、エズラ・ザッカーマン、ビル・マケビリーの研究を見てみよう。
この研究者らは、多様な情報、見解、リソースを活用できる能力がチームのパフォーマンスを向上させるという仮説に基づき、人口統計学的な多様性がチームの成果に与える影響と、チームメンバーの社会的ネットワークが与える影響を比較した。
その際、この企業の多様性を測る実質的な変数が、勤続年数と機能の2つしかないという課題があった(人種、ジェンダー、学歴など他の変数は機能に包含される)。
それにもかかわらず、この2つの項目の多様性はパフォーマンスにほとんど影響を与えないという結果が出た。
しかしリレーショナルデータを使ってみると、より有用な知見が得られた。
研究者らは、良好なパフォーマンスと関連する社会的ネットワークの変数を2つ突き止めた。
1つ目は内部密度で、これはチームメンバー間の相互作用の量と相互関連性の強さを示す。
信頼関係の構築、リスクテイク、重要な問題に関する合意形成を行うためには、内部密度の高さが非常に重要である。
そして2つ目は、チームメンバーの人間関係の外部範囲である。
外部範囲が広いチームでは、各メンバーがそれぞれ独自の人脈を活かしてチーム外の専門家にアプローチできる。
これにより、そのチームは必要不可欠な情報を入手し、締め切りを守るために必要なリソースを確保できる。
したがって、効率的なチームの構造的特徴は、内部密度の高さと外部範囲の広さである。
この受託R&D企業の場合、この特徴を備えたチームは、そうではないチームよりもはるかに迅速にプロジェクトを完了していた。
研究者の推計によると、仮に同社のプロジェクトチームの30%で、内部密度と外部範囲が中央値を1標準偏差だけ上回っていれば、17日間で2200人時(新たに200件近くのプロジェクトを完了できる工数に相当)を削減できた可能性があった。
❹イノベーション効率性の特徴を持つチームは、意見の相違や対立を糧にするイノベーション集団としては、失敗する可能性が最も高いかもしれない。
では、イノベーターのチームを成功に導く要素とは何だろうか。
最高のパフォーマンスを発揮している社員を集めれば、最高の結果が出ると思うかもしれないが、調査によると、かえってパフォーマンスに悪影響を与える可能性がある。
また従来の常識では、多様な視点を持つメンバーを集めることで、よりクリエイティブなチームができると考えられてきた。
しかしこれについても、人口統計学的な多様性に基づいてチームのイノベーションの成功を予見するのは、適切ではないという調査結果が出ている。
筆者たちの経験上、発想力のある人材を集めたイノベーションチームでも、平凡な成果しか上げられないことは珍しくない。
しかしリレーショナルアナリティクスを使うと、効率的なチームの編成に用いるのと同じ変数(内部密度と外部範囲)を用いて、有望なイノベーションチームをつくることができる。
ただし変数の適用方法は若干異なる。
イノベーションチームの特徴は、外部範囲の広さと内部密度の低さである。
つまり、多様なアイデアや情報を入手するという点で、チームメンバーが他のメンバーと重複しない広い社会的ネットワーク(できれば影響力のあるネットワーク)を持っていることが望ましいのは同じである。
しかし緊密に結び付いたチームは望ましくないのである。
それはなぜだろうか。
チーム内の相互作用が多いと、考え方が似通ってきて対立が少なくなる。
これは効率性という意味ではプラスだが、イノベーションという意味ではそうではない。
最もイノベーティブなチームには、ブレークスルーに達するために必要な創造的摩擦を生じさせる、意見の相違と議論、時には衝突が付き物なのだ。
外部範囲の広さは、アイデアを取り込むためだけでなく、支援や支持の獲得という意味でも必要だ。
イノベーションチームはアイデアに資金をつけ、発展させ、売り込まなければならない。
したがって、チームを支持してくれる外部の人々と確固とした関係を築いていることが、チームの成功を大きく左右しうるのである。
レオナルディは数年にわたり、製品プロセスの改善を目指す米国拠点の大手自動車会社に携わった。
同社が各国に設けたグローバル製品開発センターには、それぞれ、この課題に特化した専門家チームが置かれていた。
このプログラムのリーダーは「私たちは非常に慎重に人選をしています。
機能面で適切なバックグラウンドを持ち、常にイノベーティブな仕事をしている者を選びます。
そしてバックグラウンドや年齢の多様性を確保するようにしています」と話した。
つまり、これらのセンターは属性分析を用いてチームを編成していたということだ。
しかし、インドに新設されたセンターのマネジャーは、人口統計学的な多様性を持つチームを編成できなかった。
同センターのエンジニアたちはだいたい同じ年代で、バックグラウンドや職位も似通っていたのだ。
そこでマネジャーは、別の拠点とのプロジェクトに参加したり、センター内の複数のエリアで勤務したりした経験のあるエンジニアを選抜した。
こうして生まれたチームは必然的に広い外部範囲を持っていた。
そして図らずも、このようなチームは内部密度も低かった。
メンバーたちは遠慮なく議論を戦わせ、意見の隔たりを埋めるためのテストを行った。
そして新しい方法が見つかると、それぞれのコネクションを活かし、彼らの仕事の正当性をみんなに広めてくれるインフルエンサーとして外部の人々を活用した。
それからの3年間でインドのチームが生み出したプロセスイノベーションは、他のどのセンターよりも多かった。
5年後までに生み出したイノベーションは、他の全センターのイノベーションを合わせた数の2倍近くになった。
同社はこれを受けて、他の拠点のイノベーションチームを再構成するために、属性分析を補完するものとして、リレーショナルアナリティクスを利用するようになった。
❺サイロ(タコつぼ)サイロは誰もが嫌うが、サイロが発生するのは自然なことであり、避けようがない。
組織が専門知識を深く追求するにつれて、機能、部門、事業部間の共同作業が困難になっていくのは、ほとんど必然である。
互いに話す技術用語も違えば、目標も違うのだ。
筆者たちは、モジュール性の測定によって組織のサイロ化のレベルを評価している。
ごく単純に言うと、モジュール性とは、グループの内部のコミュニケーションと外部とのコミュニケーションの比率である。
内と外の比率が5対1より大きい場合、そのグループは有害なレベルでサイロ化している。
筆者たちが目撃した中でも衝撃的なほどにサイロ化していた組織の一つが、ウェブサイトの訪問者数の減少理由を突き止めようとしていた、ある小さな消費者擁護の非営利団体だ。
この団体のシカゴオフィスの60人のスタッフは、事業開発、運営、マーケティング・広報、経理の4部門に分かれて勤務していた。
サイロ化した組織の典型として、各部門の現状認識はばらばらだった。
各部門を分析したところ、4部門とも内外のコミュニケーションの比率が5対1を上回っていた。
なかでも極端だったのが運営部門で、比率は13対1だった。
言うまでもなく、運営部門は、同団体のウェブサイトを訪問する消費者の動向を最もよく知る部門である。
企業に対する不満や称賛を報告したい消費者が、いつどのような理由で同団体のウェブサイトを訪問するかという貴重な情報を、運営部門は内部にため込んでいた。
他の部門は運営部門がそうしたデータを集めていることさえ知らなかった。
そして運営部門は、他部門にとってそのデータが有益かもしれないことを理解していなかった。
この問題を解決するため、同団体はそれぞれの部門の特定のスタッフに、連絡係になるよう依頼した。
週に一度のミーティングに全部門のマネジャーが集まり、各自の業務について話し合った。
ミーティングには毎回テーマを設定し、そのテーマに関連する業務に携わる職位の低いスタッフも議論に参加させた。
要するにこの非営利団体は、スタッフの外部範囲を広げるように工夫したのである。
その結果、運営部門は、ある業界に対する不満の増加と天候パターンや季節を関連付けるデータを、マーケティング・広報部門が活用できる可能性があると理解した。
このような情報に価値があるかもしれないことを学んだ運営部門のスタッフたちは、データを新しい方法で分析するようになった。
❻脆弱性組織のある部分から他の部分へと、情報や知見の移動を促進する人たちが存在するのは組織の健全な姿である。
しかしこのような人々に頼りすぎると、企業が脆弱になる可能性がある。
世界有数の消費財メーカーで、パッケージング部門のマネジャーを務めていたある人物——ここではアルビンドと呼ぶ——の例を見てみよう。
彼はいくつかの事業部との橋渡し役となり、社内の他のマネジャーや世界中のサプライヤーと日常的に連絡を取っていた。
しかし組織図上、アルビンドは取り立てて目立つ存在ではなく、職務をきちんとこなす中間管理職の一人にすぎなかった。
企業はアルビンドのような社員を失うリスクを抱えている。
彼らの重要性を明確に示す属性データがないため、いなくなって初めて彼らの力に気づくのだ。
アルビンドがいなければ、パッケージング部門は堅牢性を失っただろう。
ノード(節)、つまり社員を取り除いてもつながりが失われないネットワークは堅牢である。
しかし同社の場合、もしアルビンドが去れば、いくつかの部門で他部門やサプライヤーとの結び付きが完全に絶たれてしまう可能性があった。
ここでの問題は、アルビンドがかけがえのない存在だったということではなく、アルビンドを補う者がいなかったということだ。
同社は、彼が結び付けていた重要なネットワークを維持できるノードがほかに一つもないことに気づいていなかったのだ。
このことは同社を脆弱にした。
もしアルビンドが病気や休暇で不在にすれば、業務が停滞する。
もし彼がサプライヤーの一社を気に入らず、その企業との連絡を断てば、業務は停滞する。
また、彼に仕事が集中して、たくさんのコネクションを維持できなくなれば、それもまた業務の停滞につながった。
コントラクターが、パッケージ部門の脆弱性を指摘するために同社を訪問した日のことだった。
役員室に通されると、そこにはケーキや菓子がたくさん用意されていた。
上級幹部の一人が楽しげに、アルビンドのためのパーティだと教えてくれた。
アルビンドが間もなく引退するというのだ。
コントラクターは愕然とした。
パーティは続けられたが、アルビンドの重要性を知った同社は、彼と交渉してあと数年間同社で働くという契約をまとめた。
それと同時に、今後彼の役割を複数人で担っていけるように、リレーショナルアナリティクスを用いて後継者育成計画を練った。
自社のデジタル排出物を活用するリレーショナルアナリティクスの土台となる6つの構造的特徴を理解したら、そこから得られる知見に基づいて行動することは、比較的簡単だ。
多くの場合、導き出される施策は難しいものではない。
機能横断的なミーティングを行う、影響力のある人材の力を発揮させる、アルビンドのような人材を手放さないということだ。
それではなぜ、パフォーマンス管理にリレーショナルアナリティクスを利用しない企業が大半なのだろうか。
その理由は2つある。
1つ目は、企業が行うネットワーク分析の多くが、ノードとエッジ(枝)のきれいな図を書くことに終始している点である。
これではパフォーマンスを予測するためのパターンは見つからない。
2つ目は、リレーショナルデータを取得するための情報システムを備えていない組織がほとんどだという点である。
しかしどの企業にも必ず、隠れた重要なリソースは存在する。
それはデジタル排出物、すなわち日々のデジタルな活動から生み出されるログ、電子的な痕跡、コンテンツなどである。
社員が互いにアウトルックでメールを送信する、スラックで互いにメッセージを送る、フェイスブックのワークプレイスで「いいね!」を送る、マイクロソフトのチームズでチームを結成する、トレロでプロジェクトのマイルストーンに担当者を割り当てるといった相互作用が生じるたびに、各プラットフォームに記録が残る。
この情報に基づいて、社員、チーム、組織のネットワークを図示し、本稿で解説した構造的特徴を見つけ出せる。
筆者たちは数年をかけて、こうした多様なプラットフォームからリアルタイムでデジタル排出物を取得するダッシュボードを開発してきた。
そしてリレーショナルアナリティクスを用いて、マネジャーらが任務に適した社員を見つけたり、効率あるいはイノベーションを重視するチームを編成したり、組織内でサイロ化や離職者に対する脆弱性が存在する部分を発見したりすることを支援してきた。
その過程で筆者たちが学んだことをいくつか紹介する。
受動的収集のほうが社員の負担が少ない企業がリレーショナルデータを集める時の典型的な手法は、社員を調査して相互作用の相手を問うことである。
しかし調査には時間がかかるし、回答の精度もばらつく可能性がある(推測で答える社員もいる)。
また、真の有効性を求めるには、社内の一部ではなく全員のリレーショナルデータを集めなければならない。
ある大手金融サービス会社の幹部は筆者たちに、「1万5000人の社員全員に所要時間30分の調査をやらせたら、100万ドル分の生産性を失います。
それに、社員の人間関係が1カ月後に変化していたらどうするんですか。
また100万ドル分の工数を費やして再調査しなければならないのでしょうか」と訴えた。
ただし企業がリレーショナルデータを集めると、別の問題が発生する。
ほとんどの社員は社内システム上で行われた活動を企業が記録・監視する権利を認めるが、なかには、リレーショナルデータの受動的収集をプライバシーの侵害だと感じる社員もいる。
これは些細な問題だと片づけるわけにはいかない。
企業はデジタル排出物の収集と分析に関する明確な人事ポリシーを設けて、社員の理解を促し、安心できるようにする必要がある(章末「社員のプライバシーはどうするか」を参照)。
行動データのほうが現実を的確に反映するすでに指摘したように、デジタル排出物は調査で集めるデータよりも偏りが少ない。
調査に回答する方法だと、たとえば実際にやり取りをしている相手ではなく、やり取りをすべきだと思う相手を挙げる者がいるかもしれない。
これに対しデジタル排出物を集める場合は、どの社員も必ずいくつかのコミュニケーションプラットフォームを使っていることから、社員全体を網羅するネットワークをマッピングでき、より正確な分析が実現するのである。
それに、すべての行動を同等に扱えるわけではない。
たとえば、誰かの投稿に「いいね!」を送ることと、誰かと一つのチームで2年間仕事をすることは同じではない。
誰かにCCでメールを送ることは、強力な人間関係の証にはならない。
個々の活動にどのように重み付けをして組み合わせるかが問題である。
ここで役に立つのが、マシンラーニングのアルゴリズムやシミュレーションモデルである。
多少の技術的なノウハウ(そして、どの構造的特徴が、どのようなパフォーマンスの予兆になるかという理解)があれば、そうしたシステムを構築することは難しくない。
継続的な更新が必要関係性は動的なものである。
人もプロジェクトも移り変わる。
有効性を保つためには、時宜にかなったリレーショナルデータが必要である。
リレーショナルアナリティクスのモデルにデジタル排出物を使用することによって、この条件を満たすことが可能だ。
さらに、長期にわたってリレーショナルデータを収集することにより、アナリストの調査の選択肢が増える。
たとえば社員が数カ月の育児休暇を取った場合、アナリストはその期間をデータから除外することもできるし、より大きなデータ集団の一部に含めることもできる。
または、ある年に企業買収を行った場合、その取引の前後のリレーショナルデータを比較して、自社の脆弱性にどのような変化があったかを図示することもできる。
意思決定者に近い視点での分析が必要たいていの企業は、データサイエンティストに頼る形で人材管理やパフォーマンス管理に関する知見の抽出を行っている。
しかしこれはボトルネックの原因になりかねない。
なぜなら、経営陣のすべての疑問をタイミングよく解決するためには、データサイエンティストが足りないからだ。
しかもデータサイエンティストは分析対象の社員のことを知らないため、分析結果を文脈の中でとらえることができない。
ダッシュボードがカギを握る構造的特徴を特定して明示するシステムがあれば、分析で得られた知見が、それを必要とするマネジャーたちに視覚的に近づく。
ある半導体チップメーカーの幹部は「当社のマネジャーには、部下の使い方について的確な判断をするためにデータを把握してもらいたい。
そして、その判断のタイミングが来た時に後手に回ることのないよう、データを把握しておいてほしい」と話した。
***ピープルアナリティクスは、組織の改善につながるエビデンスベースの意思決定の新たな方法である。
しかし、現時点ではまだ初期段階であり、ほとんどの企業は社員間の関係性よりも社員個人の属性に注目してきた。
属性データの活用だけでは、できることに限りがある。
しかし、リレーショナルアナリティクスを活用すれば、社員、チーム、あるいは組織全体が、パフォーマンス目標を達成する確率を推測できる。
また、アルゴリズムを使って、社員のネットワークの変化や特定の管理上の必要性に応じて人員配置を調整することもできる。
そしてもちろん、最高の企業はリレーショナルアナリティクスを使って独自の意思決定基準を強化し、より健全で、幸せで、生産的な組織をつくり上げるだろう。
社員のプライバシーはどうするかリレーショナルアナリティクスは、社員のデータのプライバシーをめぐる利害関係に変化をもたらす。
社員が求職書類、調査への回答、その他の形で能動的に情報を提供する場合、彼らは企業がその情報を保持して利用することを承知している。
しかしリレーショナルデータ(スラックのチャット相手や、CCでメールを受信した時間など)を受動的に収集する場合は、社員はそれが行われていることも、そうした情報が分析されていることも、意識さえしないかもしれない。
企業が最初にすべき仕事は透明性の確保である。
デジタル排出物を集めるなら、社員に対し、組織の社会的ネットワークを分析する目的で会社が相互作用のパターンを追跡することを理解した旨を示す、合意書への署名を求めるべきである。
リレーショナルアナリティクスの内容をすべて開示し、社員の承諾を
得ることが、唯一の選択肢である。
筆者たちは、リーダーがプライバシーの懸念に対して先手を打つための、いくつかの追加的な施策も見出した。
1つ目は、会社が収集するあらゆるリレーショナルデータを社員に還元することである。
少なくとも年に1度のペースで提供することを推奨する。
たとえば、各社員のネットワークや比較基準をマッピングしたデータの提供が考えられる。
たとえばその社員の制約スコア(社会的ネットワークがどの程度仲間内に留まっているかを示す)と、所属部署の社員の制約スコアの平均を記載したリポートを作成できるだろう。
そうすれば、このスコアを中心にしてメンターとのセッションを行うことも可能だ。
2つ目は、会社が資金を投じるリレーショナルアナリティクスの深さを明確にすることである。
最も基本的でプライバシーの懸念が発生しにくいのが、一般的なパターン分析である。
この分析では、たとえばマーケティング部がサイロ化しているということはわかるが、サイロ化を助長している個人は特定されない。
また、イノベーションの特徴を持つチームが一定割合で存在することはわかるが、どのチームが該当するかは特定されない。
もう一段階深い分析は、社内のどの社員がどのようなネットワークを持つかを明らかにする。
社員の行動について、スコアを用いたエビデンスベースの予測が可能になるだろう。
たとえば、誰がインフルエンサーになる可能性が高いかとか、誰がいなくなると組織が脆弱になるかといった予測である。
このレベルの分析は企業により多くの価値をもたらすが、これを嫌う社員の離職につながる可能性がある。
最も深いレベルの分析は、リレーショナルアナリティクスとマシンラーニングを組み合わせる。
このシナリオでは、社員がやり取りする相手や、議論するトピックについてのデータを収集する。
メールやSNSへの投稿の内容を会社が調べ、誰がどの分野の専門知識を持つかを特定する。
このような情報はリーダーにとって、たとえばある分野で優れたアイデアを出せる可能性の高い人材を探したりする時に、極めて明確な指針となる。
このように最も深いレベルの分析を行えば、当然ながらプライバシーの懸念も最も大きくなる。
上級経営陣は、この問題に対処するために慎重に戦略を練らなければならない。
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