- 【初級編①】直感を言葉にするー頭に浮かんだことを口に出してみる
- 【初級編②】区切って見る(対比する)ー焦点を合わせる場所を絞る
- 【初級編③】要素を組み合わせるー取り出した要素同士を掛け合わせて考える
- 【中級編①】「立場」を変えてみるー自分以外の人に視点を移す
- 【中級編②】連想するー「思い起こさせられること」を言葉にする
- 【中級編③】抽象化するー具体的な要素から、想像を発展させる
- 【上級編①】喩える(置き換える)ー作品に意味付けしていく
- 【上級編②】「自分のモノの見方」を疑うー「自分の考え」を自分自身で問い直す
「8つの視点」を手がかりに鑑賞をより深めよう
本章では、実際の会話例を交えながら説明をしていきたいと思います。
通常は1作あたり約30分かけて鑑賞しますので、すべての会話をここで紹介することはできません。
鑑賞を深める視点をご理解いただくことを目的に、端的にまとめています。ただ、みなさんも自分だったらどう思うか、一緒に鑑賞しているつもりで、読み進めてみてください。
より理解しやすいように、次の通り、「初級編」「中級編」「上級編」という3つのグループに分けました。
3つのパートでは、それぞれ次のような点を意識して鑑賞を進めます。
【初級編】
- ●作品に描かれているもの(事実)をよく見る
- ●描かれているもの(事実)を手がかりにして、自分の考え(解釈)をめぐらせてみる
【中級編】
- ●描かれているもの(事実)を取り出すことに加えて、「自分がその作品を見てどう思うか?」「作者は何を思ってそのような作品をつくったのか?」「描かれている人物の気持ちはどのようなものか?」というように、視点を様々に変えながら、作品を鑑賞してみる
- ●「見えるもの(事実)」と「見えないもの(意味)」を組み合わせて考える
【上級編】
- ●描かれているもの(事実)を手がかりにして取り出した情報を抽象化し、意味を読み取っていく
- ●自分の日常と照らし合わせて考える
- ●「作品を見ている自分」について、俯瞰して考える
中級編、上級編と移るにつれて、取り出した「要素」を手がかりにして、思考をどんどん抽象化していきます。つまり、作品に描かれていることを自分なりに「意味付け」していくということになります。
では、さっそく初級編から始めていきましょう。
初級編で一番意識していただきたいのは、ここまで繰り返しお話ししてきた「作品をしっかり見る」ことです。
まずは、作品に描かれているものから、できるだけ多くの「要素」を取り出すことを目指します。
私は鑑賞の冒頭で、「作品を見て、まず何が目に入りましたか?」と鑑賞者に問いかけることがあります。
以前、この作品を鑑賞したときには、鑑賞者は次のような要素を取り出しました。
「3人の男性が原っぱに立っています」「真ん中の男性が手を広げています。何か、文句をいっているみたいに見えます。その足元には、犬が1匹います」「左側の男性がうつむいて、悲しそうな顔をしています」
初めはぎこちなかったとしても、慣れてくれば、このように作品の中に描かれている要素を取り出せるようになります。
「アート作品をどのように見ればいいのか、さっぱりわからない……」このような人は、まずは、自分の直感をそのまま言葉にしてみてください。
そして、「自分がそう思った理由(根拠)は何だろう?」と考えてみましょう。その理由を考えることで、解釈と事実をつなげることになります。
直感を言葉にしやすくするために、「タイトルや吹き出しを付ける」という方法もあります。
以前、この作品を取り上げたときに、私が「真ん中の人物に吹き出しを付けるとしたらどういうセリフになりますか?」と問いかけたところ、鑑賞者から「よしなさい、あなた!」という答えが返ってきたことがあります。
そのときは、私と鑑賞者の間で、次のようなやりとりをしながら鑑賞を深めていきました。
岡崎真ん中の人物が、仲裁をしているように感じたということでしょうか?その理由は何ですか?鑑賞者A手を広げて立っているので、仲裁に入っているポーズに見えました岡崎では、「よしなさい!」というセリフは、作品のどんなところから想像した言葉でしょうか?鑑賞者A右端の男性があごを突き出していて、棒を持って威嚇しているように見えたからです。
左端の男性は、下を向いているので、喧嘩して負けた後に落ち込んでいるように感じました吹き出しをイメージすると、作品の中にストーリーをつくり出そうという意識が生まれるので、気付かなかった事実が見えやすくなり、自然と事実に基づいた解釈ができるようになります。
また、直感を言葉にすることは、自分の言葉の矛盾が明らかになるという効果もあります。
たとえば、この鑑賞者は、「真ん中の人物が、両端の男性の喧嘩の仲裁をしている」と答えましたが、「なぜ、真ん中の人物は、帽子を脱いで左手に持っているのか?」「なぜ右手だけ手袋を脱いでいるのか?」という自分の解釈と一見、矛盾しそうな事実が見えてくるようになるのです。
ここまで鑑賞が進むと、初級編で意識することの2つ目の「描かれているもの(事実)を手がかりにして、自分の考え(解釈)をめぐらせてみる」という段階に入ることができるようになります。
作品DATA●作品名/出会い(こんにちは、クールベさん)●作者名/ギュスターヴ・クールベ●制作年/1854年●所蔵先/ファーブル美術館(フランス・モンペリエ)
作品に含まれている要素をたくさん取り出すための方法の1つとして、「区切って見る」があります。1つの部分に焦点を合わせることで、全体をまんべんなく見ていたときよりも、いろいろな要素に気付きやすくなるのです。
この作品を鑑賞する場合、私は次のような問いかけをすることがあります。
「2頭の獅子が描かれていますね。1頭ずつ別々に見ていきましょう。まずは、向かって左側の獅子について話していきましょう」すると、鑑賞者たちが、次のように様々な要素を取り出しました。
- 「目がはっきりと見開かれて口も少し開いているので、力強そうに見えます」
- 「胸の筋肉が4つに分かれていて、相撲の横綱みたいな感じです」
- 「少し開いた口から牙が見えるので、凶暴な印象を受けます」
- 「眉毛が吊り上がっているので、怒っているように見えます」
- 「隣にいる獅子を睨みつけているように見えるので、隣の獅子を威嚇しているのかな?」
2頭を一度に見るのではなく、1頭ずつ丁寧に見ていくことによって、細部に注目できていることがわかります。
また、ここに出てきた意見は、どれも、作品に描かれている事実に基づいて、自分の解釈を導き出すことができています。
この作品のように、〝対〟で何かが描かれている場合は、「対比して考える」という方法もあります。
たとえば、鑑賞中に私が、「右の獅子はどんなふうに見えますか?左側の獅子と比べて感じたことでもいいですよ」という問いを投げかけたことがあります。
すると、次のような会話に発展しました。
- 鑑賞者A左の獅子と比べると、右の獅子のほうが額や目尻にあるしわが多いように見えるので、年齢が上なのかもしれませんね
- 鑑賞者B右の獅子は口を閉じているので、左の獅子に比べると血気盛んな様子がなく、落ち着きがあるように見えます
- 鑑賞者C右の獅子の胸はそれほど厚くないし、左の獅子に比べるとスマートだから、俊敏そうに見えるなあ
- 鑑賞者D左側の獅子の尻尾は、先が2つに割れているけど、右の獅子は1つですね。これは、両者の関係を何か表しているのかなあ?
- 鑑賞者A右の獅子は、頭髪と体毛がすべてストレートですが、左の獅子のほうの毛は、クルクルと巻かれていますね
このように、描かれている2頭の獅子を1頭ずつ区切ることで、より多くの要素を取り出すことができ、結果的に、2頭の獅子の特徴をよりつかみやすくなります。
ちなみに、この作品は、皇居の東御苑内にある三の丸尚蔵館に所蔵されている屏風画で、大きさ(右隻)が、縦223・6センチ、横451・8センチもあります。
このような大きな作品を実物で見るときは、どこに注目していいかわからず、全体をぼやっと見がちなので、「区切って見る」という鑑賞の仕方が効果的です。
作品DATA●作品名/唐獅子図屏風(右隻)●作者名/狩野永徳●制作年/16世紀後半●所蔵先/宮内庁三の丸尚蔵館(日本・東京)
初級編の3つ目にご紹介するのは、「要素を組み合わせる」です。
作品から要素を取り出すことができるようになったら、次は、取り出した要素を基に、自分なりに解釈をしていきます。
実際の会話例を用いながら、解説していきます。
まずは、作品の要素を取り出すことから始めます。
- 岡崎最初に目に入るのは、どんなことでしょうか?
- 鑑賞者A真ん中に、ひげを生やして左手にパレット、右手に筆を持った喪服のような服装をした中年の男性が描かれています
- 鑑賞者B男性の表情ですが、眉間にしわを寄せて、難しそうな顔に見えます
- 鑑賞者C目をよく見ると、右側のどこか遠くの1点だけを見つめていて、少し思いつめた印象も受けます
- 鑑賞者D男性の頬が少し赤らんでいて、肩もどことなく張っているので、緊張しているように見えますね
- 鑑賞者A顔も耳も赤いので、力んでいるようにも見えます
男性についての要素がいろいろと取り出せたので、次に背景に鑑賞の焦点を移しました。
- 岡崎ほかに、背景については、どうですか?
- 鑑賞者A左側に、大きな船や、煙突が何本も突き出た家があります
- 鑑賞者B男性の左下、川沿いに、人間のようなものが小さく描かれています
- 鑑賞者C左側の空は、夕焼けのような感じで赤みがかっていますが、右側の空は薄暗い感じの青色ですね
- 鑑賞者D絵の左側は、マストに世界の国旗を付けた船が描かれていて、明るい感じがするけれど、右側はちょっと閑散としていて暗い印象を受けます
描かれている背景に関する要素も取り出せてきたので、ここから、男性と背景の要素を掛け合わせていきます。
- 岡崎ではここからは、男性と背景について話した内容を踏まえ、全体で考えていきましょう
- 鑑賞者A男性のつま先が下を向いていて、宙に浮いているように見えるので、男性が本当にこの景色の中に立っているというよりも、背景は男性の何かを表現しているような感じなのでしょうか?
- 鑑賞者Bそれでいうと、男性は「赤みがかった世界」に背を向けているので、「青みがかった世界」へ向かおうとしているのではないかといった印象を受けます。
「日が暮れそうな世界」から「夜明け前の世界」へ旅立つ、みたいな私が「男性」と「背景」をつなげるような問いを投げかけたことをきっかけに、鑑賞の流れが、2つを組み合わせた解釈へと発展していきました。
このように、作品から取り出した要素を掛け合わせると、1つの要素だけを手がかりにするよりも、より幅広い解釈が生まれるようになります。
ほかにも男性が宙に浮いているように見えるのは、いままで歩いていた橋から降り立つ直前で、閑散としている場所に不安を覚えているのではないかといった解釈や、男性が顔を赤らめているのは、新しい場所に立って不安を抱えつつも、意気込み、興奮しているのではないかといった解釈が生まれることもあります。
ここでご紹介した要素は、人物と背景から取り出された一部分です。
ほかにも要素を取り出し、それらを組み合わせることによって、さらに新たな解釈を生み出すこともできるでしょう。
みなさんは、ほかにどんな解釈を導き出しますか?ここまでにご紹介した視点も用いながら、ぜひ考えてみてください。
作品DATA●作品名/私自身、肖像=風景●作者名/アンリ・ルソー●制作年/1890年●所蔵先/プラハ国立美術館(チェコ・プラハ)
さて、ここからは「中級編」です。
中級編で意識することは、次の2つです。
- ●視点を様々に変えながら、作品を鑑賞してみる
- ●「見えるもの(事実)」から「見えないもの(意味)」を読み取る
ここでは、先に「視点を様々に変える」から解説をします。「視点を変える」とは、「立場を変える」ともいえます。
「相手の立場に立って物事を考える」とは、つまり、「自分以外の人の視点からは、世界がどのように映っているのか?」と、考えをめぐらせるということです。
視点を置き換えることで、作品からそれまで気付かなかった要素が取り出せたり、新しい解釈が生まれたりするようになります。
実際の会話例を見ながら、説明をしていきます。
まずは、要素を取り出すことから始めます。
- 岡崎この作品を見て、どう思いますか?
- 鑑賞者A描かれている人物のあごや鼻の辺りに青黒いところがあって、血のめぐりが悪そうなので、不健康そうに見えます
- 鑑賞者B後ろで結んでいる髪が、どこか病人っぽいですね鑑賞者C胸に手を当てているので、しんどそうな気がします
- 鑑賞者A白いシーツだから、ここは病室なのかなあ?鑑賞者B唇が少し赤いのは、口紅を塗っているせいかも
- 鑑賞者A口紅を塗っているとしたら、この人物は、女性なのかなあ?
描かれている人物から要素を取り出していくうちに、この人物が病人で、かつ女性なのではないかという話になりました。
そして、「女性の身だしなみ」に注目が集まるようになったので、私は、「鑑賞者の視点」から「描かれている人物の視点」へ変える問いを投げかけました。
- 岡崎では、わざわざ髪を整えたり、口紅を塗ったりしている意味は何でしょうか?この人の立場に立って考えてみると、どんなことがいえそうですか?
- 鑑賞者Aこの人は女性に見えますが、女性が身だしなみを整えるのは、「見られることを意識するとき」ではないでしょうか?
- 岡崎ということは、この場所を訪れる人がいるということですか?
- 鑑賞者A作品の中には描かれていませんが、彼女以外の人がこの部屋にいるのかもしれません
「彼女の視点」以外にも、たとえば、「作品を描いている人の視点」、つまり「画家の視点」も考えられます。
画家の視点から見ると、「病気に見える彼女をこんな間近で描くことができるということは、この画家は彼女と親密な人物かもしれない」という解釈も考えられます。
そして、「親密ということは、画家は男性かもしれない」というように、さらに解釈を広げていくこともできます。
さきほどの会話例には出てきませんでしたが、モデルの顔をよく見ると、ベッドやシーツなど、部屋は細かく描かれていないのに対して、モデルの顔だけ、丁寧に描き込まれているという事実も取り出すことができます。
この事実から、「画家がモデルの人物のことを大切に思っている気持ちのあらわれかもしれない」という解釈も考えられます。
このように、「私が女性の立場だったら?」「私が作者の立場になったら?」と、自分自身の立場を様々に変えて作品を見てみると、新しい事実に気付けたり、それまでとは違った解釈が生まれやすくなるのです。
作品DATA●作品名/病のヴァランティーヌ・ゴデ=ダレル●作者名/フェルディナント・ホドラー●制作年/1914年●所蔵先/ソロトゥルン美術館(スイス・ソロトゥルン)
「作品から様々な考えを思いめぐらせる方法」の1つとして、「連想」をご紹介したいと思います。
会話例を見ながら、どのように連想が生まれるのかを説明していきます。
なお、この項の会話例は、左右に描かれている木が梅であることを鑑賞者たちが理解してからのものです。
鑑賞者A左の梅の枝先は細いですが、いったん下に落ちたあと、また上に伸びているので、とても生き生きとした印象を受けます
- 岡崎右のほうの梅は、いかがですか?
- 鑑賞者B幹が右側にグッと曲がっていて、枝先が全体的に上に真っ直ぐ伸びている様子は、なんだか日本舞踊を踊っている人間の女性のようにも見えます
- 鑑賞者Aそう考えると、左の梅は、力強い感じがするので、男性に見えます
- 鑑賞者C幹は古木のようなので、「老い」を感じますが、細い枝が手のように見えて、華があるように感じました
- 鑑賞者Bたしかに、紅梅の幹の根元は、まるで人間の足のような形ですね
- 鑑賞者A白梅の枝先がちょっと右に流れているのが、女性に言い寄っている男性のようにも見えます
この会話では、木を擬人化する解釈が生まれました。
擬人化も、連想の1つです。
「赤=女性」というイメージは、私たちが幼い頃から馴染みを持っている考え方の1つでもあるので、自然とそう感じる人が多いのでしょう。
その対となっている木を男性として見立てたわけです。
この会話例のように、「区切って見る(対比する)」「要素を組み合わせる」を合わせて用いながら鑑賞すると、様々な連想が生まれやすくなります。
ほかにも、この作品を鑑賞すると、「白梅を師匠」、「紅梅を弟子」に喩えて、「師弟関係」を連想する人や、幹の黒い部分から「迫る死」を連想する人などもいます。
連想には、その人の価値観や過去に経験したこと、いま感じていることなどが反映されやすいので、自分以外の人の連想を聴くと、じつに様々な連想の仕方があることにいつも新鮮な驚きを覚えます。
では、次に中央に描かれている川については、どのような連想が生まれるでしょうか?会話の続きを見てみましょう。
- 岡崎川については、どう思いますか?
- 鑑賞者B私には、「三途の川」に見えます。
- 左側の木が白梅なので「死の世界」、右側の木が紅梅なので「生の世界」を表しているのではないでしょうか?
- 鑑賞者C川に描かれている渦のような形の模様は、私たちの生きている世界を表現している気もします
- 鑑賞者A一見すると泥々していそうだけれど、整っている感じの模様をしていますしね。
私たちが抱えている人間関係の象徴のようにも思えてきましたさきほど取り出した紅梅と白梅の事実と解釈を踏まえ、さらに「真ん中に描かれたものとの関係性はどうなのだろう?」というように考えを発展させて、連想を膨らませていきます。
対話型鑑賞でこの作品を取り上げると、「人生」「人間関係」「生と死」といった話題に発展することもよくあります。
作品DATA●作品名/紅白梅図屏風●作者名/尾形光琳●制作年/18世紀●所蔵先/MOA美術館(日本・静岡)
「中級編」の最後は、作品から取り出した様々な要素を「抽象化」する方法をご紹介します。
前にご紹介した「視点を変える」や「連想する」などの方法を合わせて用いることで、より抽象化がしやすくなります。
会話例を見ながら、どのように抽象化へ発展するのかを説明します。
- 鑑賞者A女性が着ている服に描かれた丸い形の模様が、私には「卵」のように見えます
- 鑑賞者B女性の服をよく見てみると、長方形と卵型の模様が混じり合っているように思えます
- 鑑賞者Aそういえば、そうですね。
- 背中の模様は卵型だけですが、体付近の模様は、長方形と卵型が混じっていますね
- 岡崎なるほど。
- ほかには、どうですか?
- 鑑賞者C2人がいる場所に花が咲いているので、「受粉」や「おしべとめしべ」といったイメージも湧いてきました
- 鑑賞者Aどこか、性行為を思わせるような……
- 鑑賞者B「生殖」と言い換えてもいいかもしれませんね
「女性の服に描かれた丸い模様が卵ではないか?」という解釈が出たのをきっかけに、「受粉」→「おしべとめしべ」→「生殖」と抽象化されていきました。
会話は、さらに次のように発展していきました。
- 鑑賞者B女性のつま先が、崖っぷちで踏ん張っているように見えます
- 鑑賞者Aそれに関連していうと、女性の左手が、男性の右手をしっかりとつかんでいるような気もする
- 鑑賞者C男性の「種子」を女性ががっちりと受け止めているような感じに見えますね。「種の保存」というか、種を「次世代に受け継ぐ」というイメージも浮かんできました
- 岡崎背景に関しては、いかがですか?
- 鑑賞者A全体的に暗い雰囲気ですが、星の光のような明るい点がたくさん見えます。ここに描かれている2人のような、光り輝く瞬間を迎えているカップルがほかにも無数にあるようにも思います
- 鑑賞者B宇宙をつくるきっかけになった「ビッグバン」のようにも見えます
この作品に描かれている男性と女性が身に付けている服の模様や、彼らがいる場所の様子、背景などをじっくりと見ていくと、要素の裏に秘められた何かがありそうです。
それらの要素に着目した鑑賞者たちは、お互いの話をどんどん抽象化していき、最後には「宇宙」の話にまで解釈が広がっていました。
この作品を鑑賞すると、初めは男女の恋愛観というような具体的な話題が中心になります。
そして、次第にたくさんの花々や、背景に描かれた星のような明るい光などにスポットが当たるうちに、「生殖」や「宇宙」といった壮大なテーマに話が移っていくこともあります。
この絵画のように、見る者に様々なイメージを喚起させる力が備わっているアート作品は、長い年月を経ても評価され続けています。
逆にいえば、鑑賞者に多くの解釈を語らせることができるものこそ、傑作の名に値する作品といえるのかもしれません。
作品DATA●作品名/接吻●作者名/グスタフ・クリムト●制作年/1908年●所蔵先/オーストリア・ギャラリー(オーストリア・ウィーン)
ここからは、いよいよ「上級編」です。
上級編で意識することは、次の3つです。
- ●描かれているものを手がかりにして取り出した情報を「抽象化」し、概念を読み取っていく
- ●「自分の日常」と照らし合わせて考える
- ●「作品を見ている自分」について俯瞰して考えてみる
上級編は、ここまでで紹介してきた方法の総まとめ的な位置付けといってよいかもしれません。
アート作品に描かれている要素を取り出し、それらを組み合わせたり、連想したりしたうえで、さらに作品に「意味付け」をしていくことを目指します。
ここでは、抽象化した概念を読み取っていく1つの方法として、「喩える(置き換える)」を紹介します。
会話例を見ながら、説明していきます。
- 鑑賞者A右下の男性はつまずいて、転んでいるように見えます
- 鑑賞者B真ん中の黒っぽい服を着ている人物が、前にいる人を押しているから、こんな事態になったのかな?
- 鑑賞者Cそのまま、全員がつまずくんじゃないかなあ
- 鑑賞者Aみんな、盲目のようだしね
- 岡崎「みんな、盲目」というのはどういったところからいえますか?
- 鑑賞者A右から2番目の人は目玉が描かれていないし、真ん中の人は白目だけなので。左端の人も、目をつぶったままです
ここまでの鑑賞で、「右端の人物が転んでいる」こと、「目が不自由に見える人たちが歩いている」という要素が取り出せました。
これらの要素から、「転ぶ」「盲目」「集団」といったキーワードが浮かび上がってきました。
では、ここから、鑑賞がどのようにして抽象化に向かっていくのでしょうか?
- 鑑賞者A服装もみんなバラバラだし、よく見ると耳も兜のようなもので覆われているから、まわりの声も聴けない状態かも。もしかしたら、目的がなく、ただ集まっている人たちなのではないでしょうか?
- 鑑賞者Bそういえば、ただ単に、「前の人にしたがって歩いているだけの集団」に見えてきた
- 鑑賞者C背後に描かれているのは、「教会」かなあ?
- 鑑賞者Dこの人たちが歩いている道は、建物のないほうに続いているね
- 鑑賞者Bということは、「前の人にしたがって歩いているだけの集団」というのは、「何かの宗教を盲目的に信じて、失敗してしまった人たち」を表しているというようにも見えてきますね
鑑賞者Cさんの「教会」という発言により、「転ぶ」「盲目」「集団」というキーワードが、「宗教を喩えたものではないか?」という解釈に発展しました。
さらに、この後の会話では、「宗教」以外にも、「会社の慣習・既存のルール」や「まわりの人に興味関心のない集団」などにも喩えられ、「集団で何かを盲目的に信じること・コミュニケーション不足による危険性」にスポットが当たりました。
このように、取り出した要素を組み合わせて何かに喩えたり、置き換えたりすることで、まったく違った解釈を生み出すことができます。
アート作品は、「見る人を映す鏡」とお伝えしました。それだけではなく、解釈の仕方によっては、「自分たちがいる組織や社会を映す鏡」にもなるのです。
作品DATA●作品名/盲人の寓話●作者名/ピーテル・ブリューゲル●制作年/1568年●所蔵先/カポディモンテ美術館(イタリア・ナポリ)
実践編の最後にご紹介するのは、「『自分のモノの見方』を疑う」です。「『自分の考え』を自分自身で問い直してみる」ということもできます。
ここまで、作品の中から取り出した要素を基に、自分なりの解釈をするという話を繰り返ししてきました。じつは、この「解釈」には、「思い込み」や「自分が常識だと思っている」ことが往々にして隠されています。
そういったことを含め、「自分が当たり前だと思っていること」にスポットを当て、鑑賞を深めていくのが目的です。
この作品のように、一見、奇抜で斬新な作品を目の当たりにすると、「なんか不思議な作品だなあ」「なんか変な作品だなあ」という感想で終わりがちです。
このような作品を前にしても、まずは作品の中にある要素を取り出すことから始めます。
会話例を見てみましょう。
- 鑑賞者A「布を被った男女」がキスをしています岡崎なぜ、男性と女性だと思ったのですか?
- 鑑賞者A男性は黒のタキシード、女性は赤のノースリーブのパーティードレスを着ているようなので、男女かなと岡崎なるほど、ほかの方はどうですか?
- 鑑賞者B布のしわの形から、女性は向こう側を向いていて、男性が女性の耳元でささやいているように見えます
- 鑑賞者C私は場所が気になって、どこかのベランダにいるのかなと思いました……鑑賞者たちは、少々〝奇抜な〟作品に面食らいながらも、作品の中から要素を取り出しています。
ここから鑑賞は、取り出した要素を手がかりに、〝意味〟を考える展開になりました。
- 鑑賞者Dなんで、この男女は、顔に布を被ったままキスをしているんだろう?岡崎布、気になりますか?
- 鑑賞者Dはい、だって布が邪魔で相手の顔が見えないじゃないですか(一同笑)
- 鑑賞者Eたしかに不自然ですけど、私は布が「2人の間に隔たりがある」ってことを表しているんじゃないかなと思いました
- 岡崎なるほど、布が何を意味しているのかを考えられたわけですね
- 鑑賞者F私は布がつながっているように見えるから、2人を近づけているものに見えます。しかも顔にしっかりくっついているから、離れられないって関係
- 鑑賞者Gああ、それを聴くと布は「恋は盲目」の比喩かと思いました。恋に落ちると、本来より相手がよく見えるし、離れたくないし
ここから、鑑賞が「自分のモノの見方を疑う」という場面に入ります。
- 岡崎ちなみに「本来」の相手というと?
- 鑑賞者Gえ……、うーん
- 鑑賞者Hあの……、いいですか?本来の相手って見えないと思います。恋人でも、ずっと一緒にいられるわけではないし、見ようと思っても見られないことってあると思います。あと、うまくやっていくには、あえて目をつぶることもあっていいと思うんです
- 岡崎なるほど、面白い。布を被っていてもいなくても、見えていないというのは同じですね。布は被っていないけど、私たちは自分の中にあるフィルターを通して相手を見ている
- 鑑賞者Aそれを聴くと、男性は黒の服、女性は赤の服っていいましたけど、それも疑わしくなりました。男の人でも赤い服を着るし、女性が黒の服を着るときもあります
- 鑑賞者Iああ、なんだかそんな話を聴いていると、「見ることって何だ?」って考えますし、あとは「わかるってどういうことなんだろう?」って思いました岡崎というと?
- 鑑賞者I自分の経験とかイメージを通して見ているってことは、相手のことを本当には理解できていないと思うんです。でも、つい相手のことをわかったって思うし、知っているって思ってしまいます……
- 鑑賞者Hでも、自分の経験なくして何かを見ることはできないと思います。だから、それが悪いこととは思いません。ただ、わかったつもりにはなりたくないと思いました
このように、作品から取り出した要素を手かがりにして〝意味〟を考えているうちに、作品に意味付けする「自分たちのモノの見方」について、話が展開していきました。
前にお伝えした通り、私たちは「経験を通して物事を見ている」、つまり解釈しています。
そのため、ときにそれは固定観念というフィルターになって、偏ったモノの見方をしてしまうこともあります。
「自分のモノの見方」を一度疑って、客観的に見つめ直してみると、違った事実に気付いたり、違った解釈が生まれたりするようになるのです。
アート作品は見れば見るほど、新しい事実が見えてきます。その事実をどう解釈するか、可能性は1つではありません。また、解釈は訂正することもできます。つまり、解釈することには、常に新たな可能性が開かれているのです。
私のボスである京都造形芸術大学の福のり子教授は、よく、アートを「恋」に喩えます。自分と、自分が素敵だと想う相手がいて、その間に起こっているワンダフルな現象、それが恋です。なぜだかわからないけれど、相手を想うと胸が高鳴り、切なく満たされない、不思議な現象。「恋=恋人」ではありません。アート作品を見て、わからなくていいのです。それよりも、興味を持って見続け、考え続けることが大切です。
そうすれば、ワンダフルな恋と同じように、アート作品と自分との間に、アートという素晴らしいコミュニケーションが続くのです。
作品DATA●作品名/恋人たち●作者名/ルネ・マグリット●制作年/1928年●所蔵先/ニューヨーク近代美術館(アメリカ・ニューヨーク)
ひとりで対話型鑑賞をする方法
ここからは、ひとりで美術鑑賞を行う場合について説明をしたいと思います。
対話型鑑賞のエッセンスとして、「アート作品を通して、自分自身と向き合う」ことも挙げられます。
それを踏まえて、ひとりで美術鑑賞をするなら、「自分の頭の中で、もうひとりの自分と会話をするように鑑賞を進めてみる」のも1つの方法です。
ちなみに、私がひとりで美術館に行って鑑賞するとき、まずはすべての作品をざっと眺めたあと、特に気になった作品を選び、しばらく時間をかけて、「じっくり」と見るという方法をとることもあります。
気になった作品をじっくりと見て、「頭の中に浮かんでくるのは、いったいどんなことなのだろうか?」と考えをめぐらせて、作品から事実を取り出していきます。
その後は、ここまで説明してきた対話型鑑賞のプロセスをひとりで進めていきます。
ほかには、ブラインド・トークの項目で解説した通り、「作品を見たことがない人にもわかるように、この作品を説明するにはどうしたらよいか?」という視点で、鑑賞するのも1つの手でしょう。
そうやって、作品を言語化していくうちに、作品の中に発見や疑問などが浮かんできたら、それを手がかりに鑑賞を深めていくことができます。
ほかには、「〈好き・嫌い〉で作品を見てみる」「第一印象を語ってみる」というように、まずは直感を言葉にしてみて、「なぜ、自分はこの作品が好きなのか?」または、「なぜ、自分は第一印象でこのように思ったのか?」と、その理由を考えて鑑賞を深めていく方法もあります。
「作品のモチーフから連想することは何か?」「作品のどの部分に自分の目が集中しているのか?」などと、自分自身に問いを投げかけて、その答えを手がかりにして鑑賞を進めてみてはいかがでしょうか?
鑑賞するアート作品の選び方
ひとりで美術館に行くときは、見る作品をどのように選べばよいでしょうか?私がおすすめするのは、まずは、「自分が気に入ったアート作品」から見てみることです。
みなさんが美術館へ行ったとします。
美術館の特別展などで展示されている作品をひと通りざっと眺めて、その中から自分が「面白いな」「きれいだな」と感じた作品を1つ選んでみるのです。
そして、「なぜ、自分はこの作品が気に入ったのか?」と、自分自身に問いかけてみてください。
できれば頭の中だけでもけっこうですので、「色が華やか」とか「描かれている風景のある場所に行ってみたい」などと、言語化してみましょう。
ほかには、あえて「素通りしていた作品」を選ぶという方法もあります。
美術館で、素通りしてしまう作品ってありますよね?自分の注意をまったく引かないということは、「まだ自分の関心がそこに向いていない」ということでもあります。
あえて、そういった作品の前で立ち止まってみて、細部をじっくり見て、「なぜ、自分はこの作品が気にならないのか?」という問いを自分に投げかけて、その理由を考えてみるのです。
アート作品をたくさん鑑賞していくうちに、気に入ったアーティストを見つけたら、ほかの作品を鑑賞してみたり、属したグループや時代の作品を鑑賞してみるなど、興味の範囲を少しずつ広げてみましょう。
美術館へ行かずに鑑賞をする方法
仕事が忙しくて、なかなか美術館へ行く時間が取れない方も多いかもしれません。美術館へ行かなくても、美術鑑賞をする方法はたくさんあります。
所蔵している作品をホームページ上で一般公開している美術館を調べてみるのも1つの方法です。
たとえば、アメリカ・ニューヨークのマンハッタンにある世界最大級の美術館のメトロポリタン美術館は、サイト内で、同館が所蔵するパブリック・ドメインの作品の40万点分の高精密画像を、許諾の必要なく、無料でダウンロードできます(https://www.metmuseum.org/art/collection)。
また、Googleが行っている「GoogleArts&Culture」では、世界70か国、1000以上(2016年7月現在)を超える美術館の作品を高画質で見られます(https://artsandculture.google.com/)。
インターネットでこれらのサイトにアクセスすると、世界の美術館に行かなくても優れたアート作品を鑑賞することができます。
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