「言葉」は噺家の商売道具
さて、この章ではすこし息抜きも兼ねて、わたしの本業「落語」にスポット を当ててみましょう。 噺家の場合、ぁ、余談ですが、私たちは自分たちのことを落語家ではなく噺 家といいます。落語というのは、実は数あるお話の中の一つなんですね。つま り人情噺とか長屋噺、艶笑噺、与太郎噺などのいろんな噺の一つとして「落 語」もあるという解釈。だから、いろんな噺をするという意味で噺家なんです。 実際、私たちは「落語家さん」と呼ばれるより「噺家さん」と呼ばれたほう が何十倍も嬉しいんです。ホントに余談ですけど:::。
さて、そんな噺家にとって「言葉」とはまさに大切な商売道具。何しろ他に せんす 道具といえるようなものは扇子と手ぬぐいだけ。あとは「言葉」ひとつで物語 を伝えるわけですから。表情と仕草と「言葉」で人を笑わせ、泣かせる||。 落語という仕事において、ものすごく大切な作業の一つに、登場するキャラ クターづくりがあります。落語は、話し方ひとつで、登場人物がまったく変わ ってきます。これがものすごく肝心。 たとえば、ちょっとした表現の違いで、登場する人物が、薄汚れた田舎侍に も幕府お抱えの高級な武士にもなってしまう。 貧乏長屋の住人か大家か、はたまた御隠居か若者か、時には箱入り娘かお転 婆娘なのかまで、言葉ひとつで表現していくわけですからね。物語全体までも が「言葉」で大きく変わってしまうものなんです。
物語の理解と表現力
いくつか例を挙げてみましょう。 「子別れ」という有名な人情噺があります。
大工の熊五郎という男が、葬式で寺に行った帰りに遊郭に繰り出し、さんざ ん長居をしてしまいます。翌日、敷居の高い家に帰ったこの熊さんは、案の定 女房と大喧嘩、挙句に愛想を尽かした女房は幼子を抱え家を飛び出してしまい ます。
数年後、真面目になった熊さんが偶然、道でわが子亀坊と再会するのです。 そこで、子供に小遣いを手渡し、今度また会おうと約束をすると、亀坊は駆 け出していく||。親子の情の溢れるなかなかいいシ1ンなわけですが、この とき熊五郎は、 「亀、駆け出すんじゃないよ。ころぶぞ!あぶねえ、ぁ、大丈夫か?それ じゃ明日待っているからな」と言う。 こういう、たったワンシlンで子供の様子を表すわけです。つまり「駆け出 していく」「ころぶ」という表現、そしていかにも小さな子供に声をかけてい るような演技によって、いくつくらいの子供で、どんな表情なのかがまるで目 の前にいるかのように表現される||。 このとき、物語を完全に理解していないと、当然、話のポイントがはっきり しないうえに、登場人物の姿が見えてきません。さらに、さりげなく巧みに言
葉で表現することによって、微妙な表情や情景がより鮮明に浮かんで来るよう になるのです。結局、この噺は子供のおかげで夫婦のヨリが戻り一件落着。「子は鎚」とい う噺としても知られている人情噺の定番です。
予定調和と意外性
「平林」という有名な噺があります。これは、江戸落語としても、また上方 落語としても知られている噺。ここでは、名前の読み方がどんどん変わるとい うおかしさと、その読み方を言った人のなりや風体を楽しむというものです。 E那様に用事を使わされた使用人の定吉が、「平林」さんという家に手紙を 届けるように言われます。 行く先をよく知らない定吉は、道行く人に手紙を示して探します。 最初出会った老人は「たいらばやし」と読みますが、その家までは知りませ ん。 次の人は、「平林」を「それはたいらばやしじゃなくて、ひらりんと読むん
だよ」と江戸弁まじりで教えます。 次に会った書生さんは「それはひらりんではなく、(平林の漢字を分解して) いちはちじゅうのもくもくと読むのだ」と教えてくれます。 さらに出会った人に至つては「いちはちじゅうのもくもくと読んではいけな い。これはひとつとやっつでとっきっき」と収拾のつかないことにしてしまい ます。 調子に乗った定吉は「た1いらばやしかひらりんかいちはちじゅうのもl くもくひとつとやっつでとっきっきp」と歌いながら町を歩き、目当ての Uらばやし 「平林」さんに声をかけられでも「おしいなあ、お宅に用事はありません」と 言ってしまう。
この「平林」は、「じゅげんむじゅげむ、ごこうのすりきれ・・・」の「寿限無」と並んで、節をつけてなぞられる、よく前座さんのかける噺として知られています。この噺、ただ名前の読み方を変えていくだけでは、大した噺にはなりません。 実は、もっと大切な演出が必要とされます。 それはまさにキャラクターなのです。わたしの場合は、最初はかくしゃくとした老人、続いてちょっと軽い遊び人 風の江戸っ子、そして生真面目な書生さん、とキャラクターを次々と演じてい きます。「ひらりん」なんて軽くてとぼけた音は、チャキチャキの江戸っ子が 言いそうですしね。いかにもそんなことを言いそうな登場人物が次々と現れま す。 そして最後の人物は||お客さんの怨像を裏切った感じの人物にします。た とえばヒゲを生やした偉そうな人とか・・・・・・と。 これは、観客が「いかにも」と思いそうな、ある種の「予定調和」を喚起さ せることによって、物語世界にぐいぐいと引き込んでいくテクニック、そして 敢えて予想を裏切ってびっくりさせるテクニックが駆使されているわけです。 「ああ、やっぱり」 「言いそうだなあ」 「ぇ! そうだつたの?」 噺を聴いている全員の顕に、同じような人物が浮かんできます。 こうして、観客は心地よく物語を楽しむことができるわけなのです。
状況の演出
また、もう一つ有名な噺に「時そば」があります。これはかつて「時うど ん」という名で知られる上方の噺でしたが、「時そば」と名を変えて東京に移 されたお噺です。 かつぎ屋台の夜鷹蕎麦屋(夜鳴蕎麦屋)に客が来ます。見え透いたお世辞を 言いながら客の男がそばの代金二ハ文を手渡します。 その際に、「て二、三:::」と一文ずつ渡していき、「七つ、八つ、今、 なんどきだい?」と時聞を尋ねるのです。蕎麦屋が「へえ、九つ(午前O時) で」と答えると、「一O、一一、一二:::」と代金を誤摩化してしまいます。 ここまではあまりに有名な噺ですが、実はその続きのオチがあります。 この様子を覗き見た与太郎が、真似をしてみるんですが、時間と聞きどころ を間違えてかえって高くついてしまうというもの。ここでも、蕎麦屋はどんな親爺なのか、客はどんな男なのかの描き方で噺は 大きく変わってきます。なぜなら登場人物のつくり方が、場面の状況さえも伝えるからです。 そのために、噺家は研究を重ねます。ただ、覚えたとおりに話すだけでなく、 その時代の様子や衣装、風俗などを調べ、キャラクターづくりに役立てるので す。 わたしは、この蕎麦屋の親爺を老人にしています。それも演を垂らしている ようなお世辞にもきれいとはいえない老人。 というのも、この時代の夜胞の蕎麦屋は、それはそれは汚いものだったらし いからなんです。蕎麦屋の親爺さんが出てくるこんな江戸小話もあるほどです。 ||蕎麦屋の親爺が家に帰り、女房に「何か喰うもんはないか?」と聞きま す。おカミさんは「アンタのそばでも喰っとけばいいじゃないの」と答える。 すると親爺は「そんなキタナいもん喰えるか」というオチがつく|| 。 でも、落語で屋台の汚さはなかなか表現できるもんじゃない。だからわたし は、鼻水したたるような老人にして、よぼよぼで声をかけても聞こえないよう な、そんな雰囲気を出すわけです。ぁ、断っておきますが、老人が汚いからと いうわけではありませんから、念のため。
噺家は総合演出家
よく、「師匠の影響は受けるものですか?」というふうな質問をされます。 確かに好きで入門した師匠ですから、そりゃ影響が大きいのは確か。でも、 やはり年を重ねてくると、だんだん自分なりの演出をしてみたくなるし、いい 意味で師匠とは違う「裏切り方」をするようになるんですね。 遅ればせながら、わたしのプロフィールをすこし。 わたしの最初の師匠は、五代目古今亭志ん生の息子だった十代目金原亭馬生 です。テレビでもおなじみの中尾彬さん。あの、マフラーをぐるぐる巻いた(あ こわもて れを「彬巻き」と呼ぶそうですが)強面の俳優さん、その中尾さんの奥さんで ある女優の池波志乃さんのお父さんですね。 入門は七六年。前にもお話ししましたように、前座名は金原亭駒平でした。 その後、八二年に馬生師匠が亡くなったために、金原亭伯楽師匠の門下に入 りました。そして九二年三月に真打ちに昇進し、「金原亭世之介」となったのです。
ちなみに、この「世之介」の名は、江戸時代前期の人気作家、井原西鶴の代 表作「好色一代男」の主人公からきています。ま、これは自分で言うのもなん なんですがね・.. さて、話を落語に戻しましょう。 落語は、同じ噺をいろんな噺家が演じます。 そんな噺を聴いたお客さんが「知ってる落語でも、なんで噺家によってこん なに違うのだろう」とよく言われます。 それは、そこに私たちの演出があるからなんです。 小説などでも、最初に張られた伏線が後になって解読できるとスッキリしま すよね。あれと同じなんです。やっぱりそうなのか||と先が読めちゃう楽し さ、そしてうまく裏切られたときの楽しさというのは、噺家にとっても聴き手 にとっても何とも言えない喜びになるんですね。 だから、少し偉そうに聞こえるかもしれませんが、噺家とは、演じ手である と同時に総合演出家でもあるのです。
だからこそ、落語は難しいな、と思いますね。 高座に上がる前に自分で(こう演じよう)と考えていたことが、実際に上が ってお客さんを前にしたら違ったりなんてことはしょっちゅうだし、これはお もしろいと思っていたのが意外にウケなかったり:::。その逆で、まったく狙 っていないのに、たまたまその人物になりきって演じていたために、思わず出 てしまったセリフがパカ受けしたりするなんてこともよくあるんですね。
よく、どうやって稽古するんですか、という質問もされます。 皆さんは、高座に座っているのと同じ状態で座布団の上で「右みて左みて」 という、いわゆるシミュレーションのような稽古を想像されるようですが、実 はあまりそういう稽古はしないものなんです。 特にわたしはしません。それよりも口ずさんでいることのほうが多い。具体 的に言えば、車の中で運転しながらなんかが多いですね。本番の前日こそ、家 でその噺を通しでやってみたりはしますけど、だいたいはどんなセリフにしよ うかというようなことを考えています。たとえば、御隠居さんを訪ねて来た八 さんがいて、その人間性を出そうというとき、どういう挨拶の仕方にしようとかーー真面目な江戸っ子なのか、ヘラへラした男なのか||、そんなディテー ルを、ハンドルを握りながらぶつぶつと肱いているんです。 そんなことを考えながら、噺の中に登場する人物を浮かび上がらせていくと、 物語が動き出してくるんですね。だから、この作業をいい加減にしてしまうと スカスカの落語になってしまうんです。
強烈な第一印象
ジョン・ロパ1ト・パワlズスクールのクラスで、わたしは落語をすることもよくあります。
受講している生徒さんは、みな「お嬢様」ばかりですから、落語を聴くなんてまず初めての体験です。
そこで手始めにやるものに、文七元結という噺 が あ り ま す。
腕はいいが博打好きの左官長兵衛が主人公。博打ばかりしている長兵衛の家 では夫婦喧嘩が絶えません。
ある日も、いつものように博打に負けて身ぐるみ剣がされて素っ裸同然で帰 ってきます。 これが冒頭のシ1ン。長兵衛は「なんだろうねえ、誰もいないのかねえ」と 語尾上がりで喋り続けながら登場してきます。 すると、一人娘がいなくなったと女房に聞かされます。そこへ吉原から使い が長兵衛を呼びに来る。長兵衛が遊郭に行ってみると娘は「自分を買い取って その金を親に渡してくれ」と頼んでいたと知るのです。 哀れに思った女将、期限付きでお金を貸してくれることになりました。 ところが帰り道|。長兵衛は、橋から身を投げようとしている若者に出く わしてしまいました。若者は、大事な店の金をスリに奪われてしまったという のです。江戸っ子の義侠心にかられた長兵衛は、借りてきたばかりの金をあげ てしまいます||。 話を聞いた女房、そんな作り話にだまされるか、とばかりにまたまた夫婦喧 嘩に。ところが翌朝、ベツコウ問屋の大旦那が、ゆうべ長兵衛が助けた手代の 文七を連れて礼にやって来たのです。 「見ず知らずの若者に身を切られる思いの金を恵むご気性、ぜひ親戚付き合いをーl」 すると、娘が現れ、「この旦那さんに身請けされたの」と打ち明けるのです。 やがて、娘と文七は夫婦となり、「文七元結」という店を聞いて末永く繁盛 したというお目出度い噺。人情噺の大作として知られるものです。一時間ほどの噺を終えた後で、おもむろに生徒の皆さんに質問しします。
「主人公はどんな人物でしたか?」 すると、みな口を揃えるように「おパカでした」と答えます。 冒頭のシlンでパカのイメージを植え付けられそれはなぜなんでしょう? たからなんですね。 第四章でも述べたファーストコンタクトです。 それでは、なぜ長兵衛の喋り方が「おパカ」に聞こえたのか||。 それについては、次の章で詳しくお話ししましょう。
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