デジタル全盛だからこそ、人とじゃなくて自分とつながるいまはSNSの「公開」ボタンを押すだけで、誰でも気軽に考えを発信できる時代です。発信するハードルは低くなりましたが、声を発せずともパソコンやスマホにメッセージを送ることができるため、ときには仕事中、向かいの席の人ともメールでやりとりしてしまい、これって意味があるの?心が通っているの?と疑問に思うこともあるでしょう。ひとりきりですごす休日やさびしい夜など、直接人と会うことがなくてもふれあいを感じることができるのは素晴らしいことですが、いくら絵文字などを使って感情をもり込んでも、文字コミュニケーションには限界があります。人によっては冗談を冗談と受け止めてもらえなかったり、好意で発した言葉が理解してもらえなかったり、文章の一部だけを切り取られて広まってしまったりと、いろいろ誤解も多いことでしょう。ネットでは怖い人だけど、実際に会ってみたら優しい人だった、ということもありますよね。いまのように、いつでもどこでも誰かとつながっているような時代においては、「いかにつながるか」より、「いかにつながらないか」を考えることが大事になってきたような気がしています。私が長年、朝の時間を大事にしていてよかったなあ、と思うことは、一定の時間「ひとり」になれることです。周囲が何を思っているか、ほかの人が何をやっているか、などということはわきに置いておいて、ひとりで、自分のありのままの気持ちと向きあう時間を定期的に取れていることをありがたく思っています。ネットが仕事では欠かせないインフラになっているいま、ほうっておいても始業後にはメールなどのデジタルなやりとりが待っています。そんな時代だからこそ、あえて朝の時間は自分とつながってみませんか?あわただしくすぎる毎日のなか、ひとり静かに自分と向き合う時間を、早起きで確保してみましょう。アクティブに孤独を楽しもう「アクティブレスト」という言葉を聞いたことがありますか?もともとスポーツの世界でよく使われている言葉です。激しいスポーツのあとに休養する際、身体をいっさい動かさずに数日間休んでしまうよりは、かえって毎日身体を軽く動かしたほうが、疲労回復につながるという考え方です。ここから派生して、疲れたからといって家でごろごろして週末をすごしてしまうよりは、土日も外に出て活動的にすごしたほうがかえってリフレッシュできる。そういう意味で「アクティブレスト」を使うこともあります。動いているのに休んでいる、という視点がおもしろいな、と思いました。この言葉を知ったとき、私にとっての朝の余白は「アクティブ孤独」だなと感じました。ひとりで心静かにすごす朝時間をもちながら、ゆるく外とつながっている気がするからです。ここでいう「ゆるくつながる」は、ネットなどでつながっているという意味ではありません。朝の時間に自分自身の本当の気持ちを分析し、朝9時以降になってから周囲に発信してみることが「ゆるくつながる」ということです。ひとりの時間を使って、仲間と一緒に行動するための準備をしている状態なのです。黙々と実行する地味なひとり活動だった「早起き」ですが、いまでは「朝活」という言葉の広がりにより、待ち合わせして勉強したり、朝食会を開いたり、セミナーを受けたりと、ひとりで行うのではないアクティブな活動としても認識されるようになりました。もちろん、こういった、会社と家の往復では出会えなかった人たちと楽しく交流するのもよいことですが、ひとりでじっくり自分と向きあい、「考えをまとめて外に出ていく準備」としての朝活も、アクティブな活動なのではないでしょうか。あわただしい日々のなかでも、自分を取り戻し、相手とのかかわり方を考える時間をたいせつにしましょう。孤独な時間があってこそ、まわりのことにも目が向けられます。アクティブ孤独によってあらためて、周囲の人たちにどれだけ助けられているかにも気づくかもしれませんよ。「ひとり時間」と「みんな時間」─朝と夜の特長を活かし、行動を変える私は、脳や身体の動きに合わせ、「朝はひとり時間」「夜はみんな時間」という言葉で、時間の使い方を分けることを提案しています。朝は、前日までの情報が睡眠によって整理され、頭がすっきりしてクリアな状態なので、ものごとをじっくり考える「ひとり時間」に向いています。逆に夜は、1日のさまざまな情報にさらされていて頭が疲れ、ストレスもたまっています。ですから、深く考えたりするよりも、外に向かって発散して楽しむような「みんな時間」をすごすのに適しています。この特性を活かすと、英語の勉強1つとっても、こんなふうに工夫することができます。◯朝は、英語のオーディオブックを聞いたり、問題集をつくったり解いたりする。◯夜は、外国人が多くいるバーに飲みに行き、「みんな時間」で英会話を楽しむ。ほかにも、朝/夜の違いを活かして、それぞれ次のような活動をおすすめします。〈朝のひとり時間〉◯勉強するならたんなる丸暗記ではなく、頭を使って考える学習をする。◯前日の反省を淡々とノートに書き出して冷静な頭で考える。◯仕事のシミュレーション(どのタイミングで上司に自分の作業をチェックしてもらうかなどの段取りを組む)。◯頭のモヤモヤをノートや手帳に書き出して整理する。
〈夜のみんな時間〉◯料理教室、パン教室など、先生&生徒同士の交流&食事が楽しめる教室。◯ダンス教室やゴスペル教室など、身体を動かしたり声を出したりすることでストレス発散。◯映画鑑賞、ミュージカルなど、終わったあとで感想を交換しあうことができるイベント。このように、「ひとり時間」と「みんな時間」でメリハリをつけていくと、1日1日を達成感と充実感をもってすごすことができますよ。朝の余白は相手に対する寛容さもはぐくむ朝の余白をふだんからたいせつにしていると、ほかの誰かの時間の使い方にも、寛容になれる気がしています。なぜなら、相手が遅刻してしまう事情についても想像をめぐらせることができますし、朝の時間で考えた「空きができたらこれをしよう」というリストがあるので、待ち時間を有効に使うことができるからです。以前の私は、「遅刻する人、イコール、自己管理がなっていない人」と思っていました。どんな理由であれ遅刻する人には厳しく接し、表向きはニコニコしていてもじつは軽蔑していました。「こうであらねばならない」という考えにギチギチに縛られていたのです。しかし、ある日、自分が遅刻してしまったとき、はっとしました。相手の立場に立ってものごとをとらえる視点が私には抜けていたかもしれないと。そのときは、遅刻しないよういつものように、30分前に待ち合わせ場所の最寄り駅に着いていたにもかかわらず遅刻してしまったのです。理由は、まだまだ余裕があると思って近場のカフェで仕事をしていたら、ノってきてしまって時間がたつのを忘れてしまったからでした。気づいたら約束の時間ぎりぎり。そんなときに限ってスマホの地図アプリがうまく起動せず、近くまで着いたはずなのに場所がわからずにうろうろ……。間に合うはずの約束に遅刻してしまいました。参加者のひとりである私の遅刻のせいで、セミナーは定時から10分遅れてのスタートになってしまったのです。大勢が参加するセミナーだったので、私の事情などを誰かに釈明することもできず、ただ「遅刻してセミナーの開始を遅らせた張本人」として周囲に記憶されることになりました。この経験を機に、何がなんでも遅刻はNGという、かたくなな考えを手放すことができました。人間だもの、どうしようもない理由もあるし、ついうっかりというときもあるよね、と思うと、相手にも寛容になることができるようになったのです。また、相手に寛容になれたのは、自分が失敗したからばかりではありません。つね日ごろから、朝の余白で、時間のたいせつさや、使い方について考えているうちに、誰にだって時間はたいせつだし、無駄使いなんてしたくないはずだ、と気がついたからでした。たいせつな時間を、遅刻という残念な使い方に費やしてしまうなんて、きっと何か事情があるのだと思えるようになったのです。私を、相手の時間にまで思いいたるようにしてくれたのは、朝の余白でした。消去法の「やりたい」で、本当の「やりたい」を隠していませんか?「やりたいけどできない」が口癖の人がいます。「やりたいんだったら、やりゃあいいのに」と、つい思ってしまいがちですが、ふと「どうしてできないのかな?」と考えてみたところ、私は次のようなことに気づきました。「やりたいのにできない」という言葉が出るときは、「自分基準の重要度(やりたい!)」と、「自分以外の誰か基準の重要度(やったほうがいい/やらないとまずい/やらないと人でなしだと思われてしまう/このくらいしか私はできないし、などなど)」の区別がアイマイになっているのです。だから、相手基準の重要度が高いものを、自分の本心だと勝手に思い込んでしまうのです。私はこれを「エセやりたいこと」とよんでいます。迷いが多く決められないときは、「本当にやりたいこと」か「エセやりたいこと」かを、区別して考えてみることをおすすめします。これは何も、「エセやりたいこと」は無視してOK!いっさいやらなくてOK!という意味ではありません。自分が「あ、これは『エセやりたいこと』だけど、自分以外にやる人がいないから、いまはやるしかないな」と、きちんとわりきれているのであれば、やるべきなのです。どうしてもやらなきゃいけないことはあるし、ある程度はがまんしなければいけない場合もありますものね。でも、そのやりたいことが「エセ」だと自分で意識していたら、たとえばその業務を本当にやりたい人にそのまま渡したり、外注したりできる場合もありますよね。より効率化して、早く終わらせる方法も考えられるかもしれません。あなたが「やりたいけどできない!」と思っていることは、ホントのホントに、心の底からやりたいことだと自信をもって言えますか?そこを明確にしてから、「やりたいけど、できない!」と言葉に出してみましょう。「神様が見ているよ」と思えば、神様が手をさしのべてくれるまでやろう、と思える自分の境遇を嘆いて、「こんなにがんばっているのに、なぜ?」と人生を呪うようなときも、長い人生のなかで一度や二度、あることでしょう。そんなときこそ心おだやかに、自分以外の存在に今後の展開をお任せし、自分は自分ができることをがんばろう!という考え方を取り入れてみましょう。そうすると、将来のことや、過去のことに気持ちを乱されることなく、「いまここ」に集中することができるようになります。私はこのことを、先日98歳で亡くなった、夫の祖父から教わりました。本当におだやかで、愚痴や悪口などをいっさい言わないおじいちゃんでした。福の神のようなニコニコ笑顔のおじいちゃんだったので、デイサービスの人たちからも人気があったそうです。おじいちゃんに会うと、いつも心がふわーっとやわらかくなるのを感じていました。お酒が大好きで、元気なころはよく一緒にお酒を飲みました。口ぐせは「ありがとう」と「神様は見ているよ」でした。
最後の数カ月も、口を動かすためのリハビリの言葉に選んだのは「ありがとう」だったそうです。夫の母(義母)は何かつらいことがあったとき、おじいちゃんにその気持ちを吐き出すと、いつも「大丈夫、神様は見ているよ」と言ってくれたそうです。じつは、おじいちゃんのお通夜、お葬式で夫の実家に戻っている最中、私には仕事でとても悔しく思う出来事がありました。自分の力がおよばないせいでと、悔しくて悲しくて、涙が出てきました。その話を義母にしたところ、「神様は見ているよ」の話になりました。「つらいことが10あって、うれしいことが1あるのがこの世界。でも、つらいこと10をがんばると、がんばってよかったと思えるうれしいことが待っているんだよ。大丈夫、神様は見ているよ」そう義母に言ってもらえたとき、重苦しい気持ちがすうっと軽くなるのを感じました。そして、「神様が、こいつはこれだけやってるんだから、いっちょ手を貸してやるか」と思ってくれるように、ただ粛々と目の前のことをやろう、と気持ちを切り替えることができました。おじいちゃんは、亡くなる数日前から、夢うつつのなかで輝く天国のような世界を行き来しており、義母にその様子を語っていたそうです。私は、神様は本当にいると思います。私たちの行動は、よいものも、悪いものも、見られているんだな、と思います。だからこそ、それに恥じない生き方をしなければ、と襟を正し、目の前のことに取り組もう。そうおじいちゃんから教えてもらいました。飲み会と早起きを両立させるコツとは会社のイベントや取引先の接待などで、夜のお酒の席がなかなか減らせない、という方もいらっしゃるでしょう。「私は朝型ですから!」と、自分の道をつき進み、お誘いを断るのはなかなか難しいものです。だから、日ごろから夜のつきあいが多い方は、早起きしたくても自分にはできない、と思い込んでいませんか?たしかに、飲み会で遅く帰ってきて午前1時に就寝したのに次の日も早起き、というのは無理な話。どんなときでも早起きをかたくなに守って「私は朝型だ」といったところで、眠さやだるさで肝心の仕事のパフォーマンスが下がったら本末転倒です。私も、飲み会で帰りが遅くなった翌朝は4時起きをしていませんが、それでも、朝はだいたい5時とか6時に起きているので、ふつうの人よりは早起きのほうかもしれません。どうして飲み会の次の朝も早起きできるのかというと、次のような工夫をしているからです。1お酒を飲むのと同時に、お茶や水もとることで、酔いがまわりすぎるのを防ぐ。2自ら幹事を引き受け、コース料理を注文して終了時間を管理する。3早起きキャラをふだんからアピールしておく。お酒を頼むときは、なるべく一緒に水やお茶を頼むようにしましょう。お酒と同量の水分を意識してとるようにすると、悪酔いを防ぎ、判断力の低下も最小限になります。また、自分が飲み会の主催者になってしまうのも1つの手です。幹事なんてめんどうくさい、と思われがちですが、じつは飲み会の時間や内容を自由にコントロールできる立場。いつ終わるのかわからない飲み会にヤキモキするよりも、自分で時間を管理していたほうが、次の日の計画も立てやすいのです。職場の仲間たちに、「早起きキャラ」を宣言してしまうのもいい方法です。一度宣言して周囲の理解を得てしまえば「あいつはそういうものだ」と自動的に思われるので、途中退席するときも気兼ねなくできるようになります。お酒を飲んでも酔いにくくする工夫や、早く帰るための工夫は、考えればいくらでもあるのです。それはすなわち、飲み会に参加しても、早起きできる工夫といえるでしょう。勘違い早起きに注意。好かれる早起きキャラを目指す先に述べたように、「あなた、イコール早起き」と、まわりのみんなが思ってくれるようになると、とくに夜のつきあいがラクになります。飲み会があっても、二次会、三次会に誘われることも自然と減ってくるでしょう(逆に、行きたい二次会、三次会に行こうとしても「大丈夫?」と配慮されてしまう場合もあり、ちょっと悲しい思いをする場合がありますが)。私の場合は、「朝の人」というイメージが定着したため、夜10時ごろになると、もう周囲のほうが「大丈夫?」「眠くない?」と心配してくれるようになりました。「早起きキャラ」を周囲に定着させることができれば、たとえ忘年会や新人歓迎会のシーズンでも快適に早起きができるようになります。ただし、気をつけるべきことがあります。それは、早起きを決して他人に強要しない、ということです。あなたが早起きしているのは、たんに好きでやっているだけの話。周囲の大多数には、あなたが早起きをしていることなんて、どうでもいい話なのです。先日、とある方から聞いた話ですが、職場に早起き社員が増加するにつれ、ギリギリに出社する社員とのぶつかりあいが起きているのだそうです。夜型の人を「早起きしない人なんて考えられない」とバカにしたり、夜型の人の都合を無視して、早朝から会議を設定してしまうような「勘違い早起き」も一部存在するとのこと。早起き社員の方は、仕事の準備をする時間や、考える時間をつくるための手段として、早く出社します。でも、就業時間内や残業で、それができている人は無理に早起きしなくてもいいはずです。早起きが目的化して、夜型を責める人がいるなら悲しいことです。早起きしていない人を「仕事に対するモチベーションが低い」といったような目で見たりすることはしないでくださいね。
また、早起きをした結果として、仕事が効率的に進むようになり、残業が減るのならいいのですが、「私は早起きなので」と言い訳して、仕事の責任を投げ出してさっさと帰ってしまうのも本末転倒。まずは上司や同僚に、あなたの仕事ぶりを認められてこそ、早起きが活きてくるのです。嫌な気持ちは、見すごさずに、朝見すえる私は、人間関係における「怖い」という気持ちは、「傷つきたくない」という気持ちと同義なのではないかと考えています。朝は、あえて見ないことにしていたことを、冷静な頭で分析できる貴重な時間です。もし、あなたが人間関係になんらかの怖さを感じているのなら、自分の「傷つきたくない」に目を向けて、どうして傷つきたくないのか、どうしたら傷ついても大丈夫と思えるようになるかを、分析してみてはいかがでしょう。人との接し方が変わってくるかもしれませんよ。分析してみて、傷ついてもいいと思えるくらいの想いやメリット、情熱が自分にあることがわかったなら、たとえ怖いと感じていても、思いきって一歩を踏み出せるようになります。その結果、たとえ傷ついたとしても、考え抜いて踏み出した一歩に後悔はないはずです。逆にいうと、そこまで考えを深めていないから怖いのです。だから、想いを「見すごす」ことなく、「見すえる」ことが大事なのではないかと私は考えています。私は、2012年より、「私であるための企画力講座」(通称「iプラ」)という私塾をはじめました。これは、目的意識をもって頭を整理することで自分のやりたいことを見つけるための講座です。卒業生からは、希望の部署に異動が決まったり、異業種に転職が決まったり、やりたかったことができるようになったという好意的な報告をいただいています。私が受講生を見ていて思うのは、想いをしっかり見すえることができるようになると、顔が変わって行動も変わるということです。たとえば、このままじゃ嫌だとか、生まれ変わりたいと思っている人でも、自分を分析していくと、じつは生まれ変わる必要なんてない、短所は長所の裏返しなんだと気づくことがあります。「引っ込み思案で人に伝えることができない」「リーダーなのに後輩にうまく注意することができない」という悩みは、裏返すと「相手を傷つけてはいけない」といった深い配慮ができる人であるということです。もともともっていることに、すでに価値がある─そのように思えるようになるまで、徹底的に考えるために、思考の邪魔が入らない朝の時間を活用してほしいのです。自分がどう思っているかを周囲に発信しなければ、あなたの考えがただの思い込みか、そうでないかということにも気づきません。ですから、怖くても行動し、相手の反応から、思い込みの鎧を解いていく必要があるのです。行動した結果、思い込みや勘違いだということがわかり、思考回路がリセットされると、よい感じに考えが熟成発酵していきます。朝なら、「よし!いっちょやってみるか!」と前に踏み出す勇気を出すことができます。あなたも、朝に背中を押してもらいませんか?朝の時間でポジティブ言葉転換リストをつくってみよう十分な準備もないときにいきなり質問されたり、急にトラブルの矛先が自分に向かったりしたとき、とっさに自分が発した「言い訳」に自分のホンネが表れます。私は昔、会議で質問されたとき、質問に答える前に「私は悪くありません!」と自分を守ってしまい、恥ずかしい思いをした記憶があります。会議は犯人を吊るしあげる場ではなく問題解決の場なのに、どうしてあんなことを言ってしまったんだろうと、いま思い出しても顔から火が出る思いがします。「あ、君に聞いてもムダだ」という顔をしたファシリテーターの顔が忘れられません。このように、とっさに発してしまった恥ずかしい言葉は、二度と言わないよう、朝の時間を使ってポジティブな言葉に言い換える訓練をしてみましょう。言葉1つで、自分が自分に感じる印象も、相手に与える印象もガラリと変わります。たとえば、「できない」と言ってしまったとたん、できる理由を探すことを自然にやめてしまいますよね。「できない」を「どうしたらいいか」と言い換えるだけで、アイデアは出てくるものです。私のリストの一部をご紹介しましょう。◯「なんでこんなことしちゃったんだろう」「あのときこうすればよかったのに」→「これからこうしよう」◯「頼まれたけど、まだ準備が足りないから断ろう」→「頼まれたということは、いまがそのチャンスだ!」◯「あなたがこうすればよかったのに」→「私が気づいていればよかったね」これを習慣にすると、たとえ嫌なことがあっても「ポジティブ転換のチャンス!」と、ものごとを前向きにとらえられるようになりますし、続けているうちに、身体のなかからポジティブ体質になっていきますよ。ポジティブな言葉をすぐに思いつくようになれるポイントどうしてそんなにすぐ「ポジティブ言葉」を思いつくのですか?という質問をよくいただくので、コツを3つ紹介しましょう。1ネガディブなことがあまり大きくならないうちに、いったん小出しにして発散してしまう。2悪いことのなかの「よかった探し」をする。
3「せい」を「おかげで」に言い換える。人間ですから、頭にきたり落ち込んだりすることがあります。でも、怒りや落ち込みをぐっと心に押し込めてしまうと、あとで爆発してしまいます。だから、ネガティブなことは紙や手帳に書き出したり、信頼できる家族に小出しにしたりして、私は怒りをため込まずに発散してしまうようにしています(ときにサンドバッグ代わりになる家族には申しわけないですが……)。とくにオススメは、先に何度か述べているように、「朝クヨクヨする」と決めることです。朝、前日にあった嫌なことを書き出してみると、たいしてクヨクヨする必要がなかったことだと気づくことができます。そのあとで、「その悪いことのなかでも、よかったことはなんだろうか?」と考えると、少しは思い当たることがあるはずです。たとえば、自分があたためていたアイデアを、誰かに先に提案されてしまい採用が決まった、そんなときには「あの人のせいで、私は報われなかった」と考えがちですが─「あのときほかの人に先を越されたおかげで、自分のアイデアが、わりといい線いっていることがわかった」「もじもじしないで、早く自分のやっていることをアピールしたほうがいいんだということがわかった」と、思考を転換することができます。いつもこの3点を心がけて意識するようにすると、だんだんとポジティブ言葉が得意になってきますよ。わかるように伝える練習を、朝してみよう「上司が自分の仕事ぶりを評価してくれない」「家族が自分の夢に理解を示してくれない」「進めたいプロジェクトがあるのに、まわりが協力してくれなくて、自分にばかり負担がかかっている」こんなふうに悩んでしまうこと、ありますよね。私も、もちろんありましたし、いまもときどきあります。でも、わかってもらおうとする努力をせずに、「わかってくれる人にはわかってもらえているから、まわりは気にしない」と自分をなぐさめたり、「誰も私のことをわかるはずがない」とふてくされるのは、傲慢なんじゃないかとあるとき気づきました。それからは、わかってもらえるように伝え方を工夫したり、考えをまとめることに気持ちを集中させることができるようになりました。「ちゃんと察してよ!」「ふつうはこう言えばわかるでしょ!」……そんなふうに周囲を責めてしまいそうになったときは、冷静にノートにいろいろと書き出してみましょう。朝の時間を活用すると、感情にフォーカスせず、事実にフォーカスできるのでおすすめです。たとえば、こんなふうに自分に問いを立てます。◯察してくれなかった理由はなんだったのだろうか。◯そもそも、「察する」ってどういうことなのだろうか。◯自分が言った言葉は、どのように相手に伝わったのだろうか。◯それは、自分の意図と、どのくらいかけ離れたものだったのだろうか。◯あのときどう伝えればわかってもらえたのだろうか。「アタマを整理し、ココロが変われば、ミライは動く」これが私の持論です。ココロを変えよう、変えようと一生懸命になればなるほど、かたくなになります。まずはありのままのココロを吐き出し、整理できれば自然にココロが変わり、ミライは動き出すのです。モヤモヤはきちんとノートに書いて見える化すれば、たいていのことは解決しますよ。ネガティブを徹底的に出しきってから、ポジティブを吸い込もう朝の時間はクヨクヨできない、という話はすでにお伝えしました。とはいえ人間ですから、どうしても、前日のクヨクヨを朝までひきずってしまうこともときにはあるでしょう。そんなときは、またもやノートの登場です。ノートや手帳にクヨクヨを洗いざらい書き出してみるのです。ただし、これにはポイントがあります。「もうこれ以上出しきれない!」というくらい、思いっきり心のなかのドロドロを吐き出してしまうことです。吐き出しきれば吐き出しきるほど、新しくポジティブなことを吸い込む余白ができるからです。私にはたいせつにしている法則があります。名づけて「スポンジの法則」というものです。スポンジは、水分を絞りきってスカスカにしないと、新しく吸い取ることができませんよね。では、あなた自身を1つのスポンジだとイメージして、モヤモヤとした気持ちで落ち着かないときは、思いきって吐き出してみましょう。いま、嫌なことやクヨクヨを例にしましたが、じつは「スポンジの法則」には、本来は次のような意味があり、私自身も実践しています。「自分が得た知識や経験を、出し惜しみせずに周囲に発信すればするほど、そのぶん新しい知識や経験を得ることができて成長につながる」吐き出して、吸い込む。そのプロセスを繰り返すごとに、どんどん人は成長するのではないかと感じています。ポジティブな経験は人に対して吐き出し、ネガティブな気持ちは人ではなく、紙に書いて吐き出すのです。出しきると、からっぽになった身体に、また新しい学び、知識、よろこびが、ぐんぐん入ってきますよ。朝、これからはじまる素晴らしい1日のために、嫌な思いはすべて吐き出して、ポジティブを吸い込む余白を残してあげましょう。ポジティブを吸い込んだら、今度はそれをまわりに発信していきましょう。あなたの素直な心や、かっこ悪い試行錯誤のプロセスも、あとで振り返ると、きっとあなた自身をかたちづくった愛しい思い出になるはずですよ。「おはようは自分から」ゲームで、社内の空気を自分で変える
職場の雰囲気が悪くて、なんだかギスギスしている……。どうしてこんな雰囲気になってしまったんだろう?と思うことはありませんか?私も過去、同じように感じていた時期がありました。前職での出来事です。朝出社したとき、みんな「おはようございます」と入ってくるのですが、元気がなく、誰に向かって言っているのかわからないような、ごにょごにょした声なのです。また、私がいた部署は1分1秒を争って資料をつくるような忙しい部署だったため、何か質問や相談をするにも、周囲に声をかけるのがはばかられる雰囲気がありました。そのせいか、いつのまにか質問や相談は、目の前にその人がいたとしてもメールでやりとりする、ということが常態化していたのです。私はこの状態が気持ち悪い、と思ったので、上司になんとかならないか相談しました。そこで言われたのは、「そう思うならあなたから率先して部署の雰囲気を変えて」という答えでした。私はハッとしました。なぜなら、上司にそう言われるまで、どこかひとごとだったのです。職場の雰囲気が悪いから、上司、なんとかしてください、と問題を丸投げしていたのでした。そこで、まずは自分が率先してあいさつするところからはじめよう、と決めました。とはいえ、いきなり元気にあいさつするなんて、当時の私のキャラではありません……。いきなりそんなことをはじめたら、ヘンに思われないかな……。そんなふうに、しばらく躊躇していたのですが、思いきって、えいや、とあいさつをはじめたところ、とくに何も言われることなく、みんながあいさつを返してくれるようになりました。これを続けていくうちに、誰よりも早く「おはよう」を言うゲームなんだ、と思えてきて、毎朝のあいさつが楽しみになってきました。その結果、少しずつですが、社内にあいさつをする雰囲気が出来上がってきたのです。そもそも、あいさつされて嫌な気分になる人は存在しません。誰だって、気分よくスタートをきりたい、そう思っているのが朝の時間です。周囲の雰囲気が悪いなら、自分からアクションすればいいだけの話。しかも、あいさつ1つで職場の雰囲気を変えられるなんて、おやすい御用だと思いませんか?
「まだ幼い子どもの世話で精いっぱいで、余白なんて1秒たりともない」「仕事をして、家に帰ったら家事をして、日々一生懸命すごしているうちにあっという間に時間がすぎてしまう」そんな悩みもよく聞きます。家事と仕事、両方をしっかりと手を抜かずにがんばりたいと思う方にとっては、余白をつくるなんてハードルの高いことに思えるかもしれません。しかし、余白とは、たんに時間をつくることを指しているのではありません。精神的に余裕がなくて、忙しい日々を、なんとなくやりすごしそうになってしまう─そんなときこそ、自分の意志で冷静な自分を取り戻すことが、余白の本当の意味です。家族は心おきなくなんでも言える存在ですよね。でも、そうであるがゆえに、つい、心ないひと言や、余計なことを言ってしまうときもあるでしょう。何度言っても直してくれない家族のクセ、たとえば、靴下をひっくり返しに脱いで洗濯機に入れるから、いつも干すときに手間がかかる!などにイライラしてしまい、ついついキツイことを言ってしまうことがあると思います。そんなときには、どうやって心を整えれば、おだやかな気持ちですごせるようになるのでしょうか。それには、あたりまえだと思っていたことが、じつはそうではないのだ─その気づきがあるかどうかが、ポイントではないかと思います。家族は、裏も表もなくずっと一緒に人生をすごす存在。つい、感謝の気持ちを伝えることがおざなりになっていないかな?と内省する時間も、素直になれる朝ならつくることができます。この章では、そのためのコツについて紹介していきます。私の家族の話が続きますが、日々余白をどうつくるかの試行錯誤をへて感じた正直な気持ちです。おつきあいください。
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