Q障害者の子どもがいるので、どうしても禁煙できません。1日ひと箱、20本くらい吸ってしまいます。Aなるほど。障害がある分、どうしてもいろいろ手がかかったり、心配になったりするということですね。そして、1日ひと箱吸ってしまうと。お子さんのことや自分の健康のことを考えると、本当は禁煙したい気持ちもあるのだが、ということだと思います。障害者のお子さんをお持ちのお母さん方は、きっと程度の差こそあれ、どの人もあなたが経験しているのと同じような悩みを共通して抱えておられることと思います。ところで、そうしたお母さんたちの中にも、タバコを吸わない人もあると思います。その人は1日に何回くらい息抜きをしているでしょうか?食後の紅茶、好きなドラマ、夜子どもが寝た後にちょっとしたお菓子、他にはどうでしょうか。よくわかりませんが、たぶん1日2~3回だと思います。それに対して、あなたは1日に20回タバコを吸って「ストレス解消」をしている。これは何を意味しているのでしょう。例えば、この20回のうち、ニコチン切れのストレス解消の割合と普通のストレスの割合はそれぞれどのくらいだと思いますか?いかがでしょうか。なんともいえないところだとは思いますが、ひょっとするとかなりの割合が、ニコチン切れのストレスかもしれません。お子さんの問題に加えて、ニコチン切れの負担までしょい込んでしまったのです。しかも普段の生活は、幸せの感じにくいどんよりとしたもの。
確かに現在の状況では、なかなか踏ん切りがつかない部分もあることでしょう。その一方で、実際には、思い切って禁煙してしまうことで良くなる部分があることも事実です。例えば、あなたが対処しなければならないストレスは、純粋に子育てのストレスの分だけになります。
また幸せを感じる脳が回復してきて、お子さんの笑顔が、ますますかわいく感じられ、それだけでも本当に安らかな気持ちになるかもしれません。Q禁煙すると体重が増えませんか?A禁煙すると太る?と心配する人がいます。確かに、短期的に数キロ増える人も珍しくありません。これは、体中で起きていた細胞の自殺が止まるからです。タバコの煙に含まれる発ガン物質のために、遺伝子に傷がつくと、細胞は自ら死んでいくのです。細胞が自殺する理由は、遺伝子が壊れたまま増えていくと、最後にはガンになってしまうからです。ちなみに、遺伝子の傷を治し、ガンを防ぐのがビタミンです。ですから、タバコを吸うたびにビタミンが大量に消費され、美容にも悪いわけです。さて、禁煙すると、死ぬべき細胞が死んだ後は、細胞の自殺は止まります。それで、短期的には、その分少し体重が増えるわけです。タバコのせいで増えていたシワが伸びる感じでしょうか。それと同時に、それまでどれだけ長いこと吸っていたとしても、発ガンの危険もどんどん減っていきます。では、長期的にはどうでしょうか。タバコは女性ホルモンを障害することがわかってきました。そのため、やや男性ホルモンの働きが強くなるらしいのです。特に女性がタバコを吸うと肌は浅黒くなり、それまでの女性らしい体の曲線が失われ、皮膚はややたるんで男性のように内臓脂肪がたまりやすくなります(男性では男性ホルモンの過剰によりハゲになりやすいことがわかっています!)。そのため、喫煙者はメタボリック症候群になりやすく、統計学的にも、非喫煙者に比べて、肥満者や糖尿病を発症する人の割合が多いことがわかっています。
禁煙するとホルモンのバランスが回復します。つまり長期的にはタバコで体重は増えていたのです。そのため長い目で見ると、体重は徐々に元に戻っていきます。特にリセット禁煙では、やせたという人たちもあり、これは禁断症状が軽いことと関係あるかもしれません。Q土日は吸わなくても平気なのですが……。A土日は吸わなくても平気、それはつまり、なんとか現状維持のままやっていきたい、つまりこの先も平日は吸い続けていきたい、ということなのでしょうか。それとも、できれば平日も吸わずにいたいということなのでしょうか。もし後者だとしたら、土日は吸わなくても平気、ということはとても良い知らせです。なぜなら、少なくとも体の依存はごく軽く、ほとんどないということを表しているからです。ですから気持ちの整理さえつけば、禁断症状を感じることもなく、意外と楽に禁煙できるかもしれません。ただ土日はストレスが少ないので平気なのだ、とお考えなのだとしたら、それはちょっと違うかもしれません。というのは、土日には土日のストレスがあるのが普通だからです。それよりも、土日に平気なのは、単に、また月曜になれば吸える、と考えているからかもしれません。どちらにしても、土日に平気だというのは、体の依存はたいしたことないということです。では、どうして平日は職場で吸ってしまうかといえば、基本的には、金魚の輪っかくぐりと同じでしょう。輪っかを見ると、タバコのことを思い出し、自然に輪っかをくぐってしまう、つまり、タバコを吸ってしまうのです。輪っかというのは職場によってそれぞれですが、例えば休憩時間にみんなでタバコ、みたいな場面ですね。ただ、人間の場合は、金魚と違い、自分で自分を観察す
ることができます。つまり輪っかを見ても、そこでいったん立ち止まり、自分を振り返って、そのまま吸うかどうか考えてみることができるのです。もし、タバコについてのもろもろの期待や誤解が解けていれば、仮にいつもの「くせ」でタバコに手がのびたとしても、その後の「欲求」の段階で、気持ちの整理がつきやすくなっています。つまり何かのくせで、頭の中の魚の群れがタバコに向かい始めても、早めに気づいて戻っていくことができるのです。必要ならそんな時はこの本を読みなおしてみるというのも良いアイデアでしょう。そして、もし、本当に禁煙したいのであれば、一度職場でタバコを断ってみる、というのを試してみるとよいと思います。意外とできるものですよ。断る理由としては、大げさに「禁煙、始めたんだ」、などと言わないで(そういうことを言うと余計ちょっかいをかけてくる人が出てきます)、「ちょっと体調が悪くて今日は吸える気分じゃないんだ」などと体のせいにするのも自然でよいと思います。そのうち、「本当はやめたんじゃないの?」なんて言われたら、「ばれた?」とでも言っておきましょう。あるいは「自信がなかったんだよ」と正直に言ってもよいでしょう。もちろん、堂々と宣言できるのであれば、それはそれで素晴らしい方法です。要は自分に合ったやり方で試してみればよいのです。Q時々わけもわからず無性に吸いたくなることがあるのですが……。A何かの拍子に、もしくは、何の前触れもなく非常に強い喫煙欲求(渇望)に襲われるという人があります。これは少し大げさに聞こえるかもしれませんが、広い意味では、依存症によるフラッシュバック現象といえるかもしれません。フラッシュバックとは、もともとは戦争や災害などで非常に恐ろしい目にあった人が、何かの拍子にその恐ろしいシーンを突然生々しく思い出し、強い恐怖に襲われることがあることから知られるようになりました。しかし、その後になって、その他にもいろいろな場面で、よく似た現象が起きうることがわかってきたのです。実は、私自身も個人的にフラッシュバックといってよい経験をしたことがあります。それは、私が大学院生の時、夜中に病院から帰る途中のことでした。私が広い道を車で進んでいたら、左の細い道からスーッと車が出てきて、止まるかな、と思ったらそのままこちらに突っ込んできて、避けようとする私の車になおも突っ込んできて、ほとんど廃車寸前になるような事故になってしまったのです。幸い体はなんともなかったのですが、その後2か月間くらい、私は、同じような角度とスピードで左から車が接近してくると、強烈な恐怖に襲われるようになったのです。実際にブレーキを踏まずにはいられないような状態になってしまいました。そのたびごとに、一生懸命、あれは事故だったんだ、特別だよ、と自分に言い聞かせて、だんだん良くなっていきましたが、いまだに、左から例の角度とスピードで車がくるとイヤな感じがするのです。これとよく似た経験をしたことのある人は、意外とたくさんいるようです。要は、人間は、何か強烈な恐怖や快楽を体験した場合、その直前の状態とその体験とに、連想体系ができてしまうのです。輪っかを見ると金魚がくぐりたくなってしまうのも、基本的には同じ仕組みといえるでしょう。そのためその直前の状況とよく似たことが起きると、その連想体系が働いて、強い恐怖や欲求が起きてしまうというわけです。問題なのは、その連想体系が働く引き金になる「元の状況」というのが、よくわからない場合があることです。私の場合は、たった一つの交通事故の直前の状況だったので、何が引き金かよく理解でき、自分でもフラッシュバックが起きた時に「大丈夫だよ」と言い聞かせることができました。しかし、戦争や、薬物依存症の人の場合などでは、数限りない場面で、こうした連想体系ができているため、本人にもなぜそういう感情が湧き起こるのか、理解できない場合も多いのです。例えば、喫茶店で、砂糖の入ったビンを見た途端、激しい渇望に襲われた、とか、トイレで隣の人が水を流した音が聞こえてきた途端、渇望が起きたとか、いろいろなことが起こるのです。砂糖のビンは、覚醒剤の白い粉を、トイレの水洗の音は、よくトイレで隠れて薬物を使用していたので、という連想体系のようですが、このように一見わけのわからないことも起こります。さて、というわけで、タバコの場合もこれと同じで、自分でも気づけないような連想体系がもとで、こうした突然の吸いたい欲求が出てくるのではないかと思われます。それで、どうするかですが、こうした渇望で一番怖いのは、それが起きた時に、わけがわからないからと焦ってパニックになってしまう場合です。ですから、とにもかくにも、そんな気持ちに襲われた時は、「ああ、これが(本に書いてあった)何かはよくわからないけれど、何かに連想体系ができていて欲求が湧いてくるというやつなのだな」としっかり意識することが、大きな助けになります。要は、ホラー映画と同じということです。ホラー映画を見ていると、実際にとても怖い思いを感じますよね。でもそれ
はそれだけのこと。それがわかっていれば、いくら怖いと感じてもパニックになることはありません。しかし、映画館の外で本当にホラー映画のようなシーンに出くわしたとしたらどうなりますか?それこそトラウマになりそうな恐怖を味わうはずです。それを思うと同じシーンを見ていても、「これはホラー映画だから」とわかっているというだけですごい差ですよね。それと同じで、依存症のフラッシュバックの場合にも、確かに強い渇望や、吸わずにいたらどうかなってしまうのでは、というような恐怖を感じてはいるのですが、ただそれだけのこと。そのままにしておけば、自然に消えていく性質のものです。3分でほとんどなくなり、15分も他のことをやっていれば大丈夫、と覚醒剤など薬物の渇望に対処するプログラムでも指導されています。ですので、渇望が起きたら何をするか、あらかじめ決めておくとよいこともわかっています。例えば人気のある方法は、深呼吸、水を飲む、軽い運動などですね。瞑想する、読書療法(本書など)を挙げる人もあります。さて、その一方でこの連想体系は、過去の体験がもとで学習されたものです。ですので新しい学習をすることで、この先、フラッシュバックが起きたとしても、そのまま受け流す、という行動を続けていけば、今度はそれが新しい学習となります。そして過去の古い学習は、次第に新しい学習によって上書きされ、置き換えられていくのです。これはちょうど遊園地にある大きなジェットコースターと似ているかもしれません。一つ一つのフラッシュバックは大きかったり小さかったりいろいろですが(ジェットコースターの坂も急だったりゆるかったりいろいろですよね)、全体としては、何周も回っているうちに、だんだん学習されて慣れてくるのです。ですから、この先もきっと突然わけもわからず吸いたい気持ちに襲われることはあると思いますが、まずは、ホラー映画と一緒、と考えて、一つ一つやり過ごしていけばよいのです。そうしさえすれば、そのたびごとに脳は新しく学習をするので、次第にフラッシュバック自体が減っていくし、起きたとしても軽くなっていきます。Qコミュニケーションの手段になると思うのですが……。A「喫煙所などのタバコを吸う場所は、コミュニケーションの場として役に立っている」と言う人がいます。これについて、私は何年も考えてきました。そんな時、ある女性からこんな話を聞きました。「禁煙したら主人に言われたんです。『お前、最近よくしゃべるようになったな』と」。これはいったいどういうことでしょう。禁煙したらよく話すようになったということは、喫煙していたころはわりと無口だったということです。それは、タバコの影響で、ドーパミンやアルファ波が足りない状態だったからではないか。それが禁煙してからは、ドーパミンやアルファ波が回復してよく話すようになった、そう考えるとうまく説明がつきます。ということは、例えばタバコを吸う上司というのは、職場ではわりと無口で、むすっとしているのかもしれません。もちろん、個人差があるので一概にはいえませんが、その人なりの気分の上下の中では、アルファ波が足りず、とっつきにくい、話しにくい状態とはいえるでしょう。そして、喫煙所に行ってアルファ波を出し、ニコニコしゃべっているという図式です。これに対してノンスモーカーの上司は、普段から、わりと柔和な顔で仕事をしているかもしれません。「ちょっとこれ見てもらえますか?」など話しかけやすい。また、上司からも部下に気楽に声をかけているかもしれません。そのため、普段からそれなりにコミュニケーションがとれているのかもしれません。ということは、もしあなたが上司なら、禁煙したら、脳の回復に伴って、穏やかで明るい上司が職場に帰ってくるということです。あなたが部下の立場なら、普段のコミュニケーション能力は、先ほどのよく話すようになった女性のように、アップするということです。薬物依存に苦しむ人には、「私は自分の気持ちを話すのが苦手」と悩んでいる人が非常にたくさんいます。しかし、この人たちも回復の過程で次第に話せるようになっていきます。Q結局、気の持ちようということですか?Aリセット禁煙は、「失楽園仮説」をもとに、喫煙者に気づきを起こして、禁煙を楽にする支援をします。この「気づき」という言葉はよく使われる言葉ですが、実はしばしば誤解されています。例えば、気づきはポジティブシンキングや、気の持ちようとは違います。ましてや暗示とも違います。たとえ話で説明しましょう。例えば、あなたは男性で、好きな女の人ができたとしましょう。その子に会うと、いつも、「すごーい」とか言ってくれて、お土産を買っていけば、「こんなの初めて!」と喜んでくれるのです。それでますます好きになっていくのですが、そのころ先輩から、あの子はやめておけ、と忠告されたのです。確かにいろいろ問題もあって、別れたほうがいいなあ、と理性的には思うのですが、気持ちとしてはまだ好きで、会いたくなってしまうので
す。我慢して会わずにいても、会いたくなってしまうのです。困りましたね。しかしここで、簡単に何の未練もなく、別れる方法があるのです。どんな方法かわかりますか?それは、彼女の正体を暴く、という方法です。よくよく調べてみたら、彼女は、浮気性の浪費家で、あやしい宗教に入っていて、しかも家は暴力団で、というばかりでなく、女の子だと思っていたら、男だったとしたらどうですか?えっ!男だったの、ということで、騙されて悔しいとは思うかもしれませんが、その瞬間に興味は失われてしまうのではないですか?これが「気づき」の力なのです。気づきはポジティブシンキングとは違います。彼女が男と気づかず、女の子と思ったまま、「別れてもやっていけるよ」とか「他にもっといい出会いがあるかも」とあえて明るく考える、ということではないのです。また、別れても大丈夫、大丈夫、と暗示をかけることとも違います。気づきによる効果は、必ずしも努力や忍耐とは関係なく、その人の行動に直接変化をもたらします。そして、気づきは忘れない限り続いていくのです。実はこうした「気づき」よる行動の変化は、日常にも起こっています。例えば、物置の隅に放ったままにしてあった古い茶碗が、何かの拍子で非常に由緒ある貴重な骨董品だとわかったとしましょう。同じものを見ているはずなのに、違って見えてしまいますよね。そして、扱いも変わっていく。もう一つ、気づきの見逃されがちな特徴は、一つの気づきは次の気づきへと連鎖する傾向があるということです。例えば、カルト宗教に洗脳されているような場合でも、教祖に対して、たった一つでも本気でおかしなことに気がつけば、それがきっかけになって、服のボタンが外れるように、おかしなことに次々と気づき始め、最終的に脱会にまで至る、というようなことが本当に起きます。このように、気づきには実際的な力があるということをぜひ覚えておいてください。Qどうしても間がもたなくなってくるのです。手持ち無沙汰で。A気がつくと間がもたなくなってくる。そして……、ということですね。よく似たケースに、口さびしくなるから吸う、という喫煙者もいます。そういう人に対して、こう説明する専門家がいます。「それはお母さんのおっぱいが恋しいからですよ」。そう言われて、目を白黒させている禁煙者の様子が目に浮かびますが、果たしてこれは本当でしょうか?確かに人によってはそういう側面もあるのかもしれません。しかし、もしそれが本当なら、タバコを吸い始める直前の18~19歳のころはさぞかし口さびしかったろうと思うのです。そのころは口さびしかったけれど、タバコを吸うようになってから多少紛れるようになった、というなら話はわかるのです。ところが、そんな人には会ったことがありません。では、いつから口さびしくなったのかといえば、タバコを吸い始めてからなのです。ということは、この口さびしいということ自体、ニコチン中毒の症状という可能性はありませんか?つまり、ニコチンが切れてくるとなんとなく口さびしくなってくる、ということです。あなたはタバコを吸い始める前、間がもたなくて困るようなことが頻繁にありましたか?もしそうでもないのだとしたら、ひょっとするとあなたの場合、ニコチンが切れてくると次第に「間がもたない感じがしてくる」のかもしれません。このように、ニコチン切れの症状は、他の薬物の禁断症状と違って非常にナチュラルな自然な感じです。普通の口さびしさや、手持ち無沙汰、間がもたない感じ、気分転換したい感じ、そういうものと区別がつきません。だから「俺はタバコでストレスを解消しているんだ」と言い出す人があるのでしたね。本当はニコチン切れしか解消していないのに、そこのところに気づけないのです。禁断症状が非常にナチュラル、これがタバコの本当に厄介な点といえるでしょう。ただ、こうした感じは、タバコをやめることで薄らいでいきます。そもそもタバコを吸おうが吸うまいが、同じ仕事を続けていれば、誰だって気分転換したくなります。あるいは、相手によっては話し合いの途中で間がもたなくなることもあるでしょう。しかし、タバコを吸わない人の場合は、日常的に繰り返しそういう気持ちにさらされることはありません。それなりにリラックスして仕事をしていることも多いのです。Q主人が吸っているのでやめられません。Aあなたは本当は禁煙したいわけですね。ところが、ご主人が何の遠慮もなくタバコを吸う。このままだとご主人が禁煙するまでは、自分も吸い続けることになってしまいそう、ということでお困りなのだと思います。だとしたら、本当に悩ましいことですね。特にリセット禁煙を知らなかった場合、仮に禁煙しようとしても、ご主人が吸う姿を見るたびに、いちいち吸いたい気持ちが出てきてしまうかもしれません。ただ、リセット禁煙の理屈がわかった場合には、身近に喫煙者がいるという状況は、タバコの真実を確認し、気持ちの整理をするちょうどいい練習になるかも
しれません。彼の様子を観察してみるのです。ポイントは、タバコを吸っているところばかりではなく、そろそろ吸いたくなってくるぞ、というあたりからですね。そのつもりになってみると、幸せが完成しなくなっているために、食後にタバコが吸いたくなってくる様子とか、自力で元気を出す力が弱ってしまったために、心配なことが起きて、どんどん不安が募っていく様子などが見えてくると思います。そろそろ吸いに行くんじゃないかなあ、と思うとそのとおりにするので、なんとなくおかしな感じすらするかもしれません。そうなったらしめたものです。それにしても本当に、タバコというのは、幸せを感じにくくし、不安を感じやすくする、恐ろしいものですね。Q太く短く生きるというのもありだと思います。先生はどう思いますか。A太く短くということをお考えになっているということは、なかなかタバコがやめられなくて禁煙をあきらめかけているというよりも、自分の生き方として「太く短く」を選択しようというお考えなのかな、と感じました。そしてあなたにとって太い人生というのは、タバコを吸う人生のことなのですね。もしそうでないのだとしたら、自分の理想の人生について改めて考えてみるのもよいのかなと思います。もちろん私は、個人的には1人でも多くの人がタバコから解放されたらなあ、と願っています。ただし、それはそれ。この質問をしてくださったその人自身がどのように生きるかということは、その人なりの人生観の問題なので、残念ながらリセット禁煙でどうこうという次元の話ではありません。ですから、余計なお世話かなあという気持ちもありますが、せっかくの質問なので、これまでに300人以上の人を看取ってきた臨床医として、ちょっとだけ、情報提供をしておきます。それは、ホスピスに入っている末期ガンの患者さんのことです。余命いくばくもない患者さんたちが喫煙者である場合、周囲の人はしばしば「まあ好きなだけ吸わせてあげよう」と考えたりします。しかし、実は意外なことに、当人たちはそういう扱いを受けると、逆に悲しくなってしまう人が少なくありません。つまり、多くの場合、この人たちも禁煙したいという願いを捨ててはいないのです。そして実際に末期ガンになってから禁煙した人を何人も知っています。やはり人間は死ぬ間際まで、何かの形で「成長」を追い求めていく存在なのかもしれません。もう一つはあたりまえのことではありますが、人の死に方は、自殺をするわけでもなければ、なかなかその人の思いどおりにはならないということです。例えば、現在の脳梗塞の死亡率は1割程度です。裏を返せば、脳梗塞を起こしても9割は助かるということ。そして、それ以後は、後遺症を抱えながら生きていくことになります。そしてもちろん、タバコは脳梗塞の重要な危険因子でもあるのです。Qつい他人と比較して、つらいことがあると吸いたくなってしまいます。A誰かが成功したりすると、自分がつまらないものに思えて吸いたくなってしまう。あるいは特にそういうことがなくても、なんとなく自信がなくなってしまうことがある。そういう人はたくさんいます。もちろん成長の過程では、「努力は必ず報われる」と信じて、他人との競争に一生懸命頑張ることも必要です。そういう努力の全くない人生は、きっとつまらない、張り合いのないものになってしまうことでしょう。ところが、実はこうした努力が実ってうまくいった時、つまり成功体験にも危険な罠が潜んでいるのです。例えば身近な例でいえば、受験競争にもそんな罠があるのです。問題なのは、彼らが偏差値を上げ、評価の高い大学に入ろうとすることではありません。それ自体ではなく、それに成功すると、自分のすべてを高く評価してしまいがちなことが問題なのです。つまり「一番になったので自分は素晴らしい」、と考えることが危険なのです。というのは、そう考えていると順位が下がったら、今度は必然的にそれだけ「自分はつまらない人間だ」ということになってしまうからです。あるいは、「自分には能力が足りない」という考えにとらわれてしまうかもしれません。「自分には価値や能力が足りないのではないか?」という気持ちに支配されると、えてして他人と比較し、競い合うようなことをして、最終的に疲れ切ってしまうということを繰り返すようになります。そんな自分がイヤで、あまり対抗心を抱かぬように努力している人もありますが、変なプライドや意地が渦巻いてなかなか変わることができません。つまり、「競争」するかどうかが問題なのではなくて(そもそも世の中から競争はなくなりませんよね)、うまくいっても、「だから俺はすごい」と自分自身を持ちあげず、うまくいったことだけを喜んで感謝するというやり方もあったのです。それどころか、人によっては、成功体験どころか、そもそも、私には何のとりえもない、何をやってもうまくいかない、と自己嫌悪の塊のようになっている人も少なくないでしょう。では、どのようにしたら、この気持ちから抜け出して、本当の意味で自信を取り戻すことができるのでしょうか。それ
は、「何かにおいて能力があることを示す証拠を探すのではなく、人として良いところがあることを示す証拠を探す」ことだと思います。家族や周囲の人を大切にし、自分の役割や会社の業務を理解し、常に良い仕事をしようと工夫している。問題が起きたら、本を読むなど解決のための努力をしている(現にこの本を読んでいますよね)。そうした「良い人間」である証拠を探していくのです。病気で動けないような人でも証拠はいくらでも見つかります。実際に私は重い病を患いつつも、素晴らしい人間性を有する数多くの患者さんたちに出会い、その人たちから、どれだけ教えられ、元気づけられたかわかりません。そのことについてうまく説明できずにいましたが、今回この本を書くにあたって資料を集めていて、ある仏教の言葉に出会いました。それは、「無財の七施」という『雑宝蔵経』に説かれている言葉です。地位や財力がなくても、いつでもできる七つの施し(慈悲の心を実践する)という意味です。こうした他人との比較ではない「人」としての成功体験は、自尊心を取り戻す本当の糧になるはずです。
Q禁煙できれば、とは思うのですが、実際に禁煙のことを考えると、やっぱり不安になってしまうのです。A不安になってしまって、禁煙に踏み切れない、不安な気持ちになるのはイヤ、ということでしょうか。よくわかります。私も不安なのは嫌いなので。
そこでここでは、まず禁煙に特有の不安について、それから普通の意味での不安について、順番に考えてみましょう。以前アメリカの西部を旅行した時、うっかりレンタカーにガソリンを入れ忘れたことがあります。気がついたら砂漠の真っただ中。次の町まで何十マイルもあります。このまま立ち往生してしまったらと、大変な恐怖に襲われました。後から気づいたのですが、この時感じた恐怖は、ひょっとしたら喫煙者が禁煙を想像した時の恐怖と似ているかもしれません。というのは、「無人島に何を持っていきますか」と尋ねると喫煙者は、水、食べ物、そしてタバコと答えたりするからです。喫煙者にとって、タバコは水、食べ物と同じレベルのものなのです。しかし、これは、脳から考えるとごくあたりまえなことです。水とタバコには共通点があるからです。何が共通しているかわかりますか?それはどちらも同じ報酬系の神経が関係している、つまりドーパミンが出てくるということです。つまり、のどが渇いた時に水を飲めば、ドーパミンが出てくるのです。ということは、禁煙を考えると、喫煙者は砂漠の真ん中で水なしで放り出されるような、大げさにいえば、命にかかわるような恐怖を感じるのかもしれません。もちろん、理性的に考えれば、タバコと水は違います。どこが違うかはわかりますよね。そう、水は本当に命に必要だけれど、タバコは必要ない。それどころかむしろ害があるのです。しかし、違いはそれだけではありません。実はもう一つタバコと水には大きな違いがあるのですが、わかりますか?決定的な違いがあるのですが。ヒントを出しますね。タバコを吸わない人はタバコを吸いたくなるでしょうか?なりませんよね。そこが違うのです。もともと人間には、タバコに対する欲求はないのです。大事なことなので繰り返します。人間にはもともとタバコに対する欲求はないのです。タバコのほうが先なのです。タバコを吸うから、欲求が生まれ、そして欲求不満が生まれるのです。そしてこの〈タバコ欲求・欲求不満〉という連鎖は、タバコを吸い続ける限り終わることはないのです。しかし、この連鎖を断ち切って、タバコをやめてさえしまえば、欲求は次第におさまり、この悪夢の連鎖から解放されるのです。では次に進みましょう。今度は普通の意味での不安についてです。いきなりですが、そもそも人生から不安というものをなくす方法はあるのでしょうか。どうでしょう。ありそうな気もしますが、よくよく考えれば、どんな薬を使おうが、どんな修行をしようが、結局は人生から不安がまるっきりなくなってしまうということは、あり得ませんよね。あるいは、たとえどんなに大成功しても、あるいは恵まれた幸せな生活を送っていたとしても、この世の中に不安を感じない人はいるでしょうか。これもまたいませんよね。これはいったいどういうことなのでしょう。ちょっと回り道になりますが、依存症の動物実験から考えてみましょう。ネズミの脳に細い管を入れ、レバーを押すとニコチンが出るようにしておくと、はじめは偶然押していたネズミも、次第にレバーをひっきりなしに押すようになります。はじめは時々偶然押していた時に出ていたニコチンのせいで(まるで先輩に付き合って吸っている子どものようですね)、次第に報酬系が弱り、ニコチンなしではドーパミンが足りなくなっていくからです。つまり、ネズミもニコチン依存症になるのです。さてそれでは、ネズミは禁煙をするでしょうか?ネズミの気持ちは誰にもわかりません。でも、ネズミが自分から禁煙しようとするとはちょっと思えませんよねえ。では、なぜ人間は禁煙しようとするのでしょう。もちろんいろいろな答え方がありますが、専門的には、人には動物と違い、自分のことを客観的に見る能力(メタ認知の力)があるからだと考えられています。つまり、「タバコを吸うと落ち着くけれど、ずっとこんなことをしていていいのかな」と、第三者の立場から自分を眺めることができるのです。この自分を客観的に見る力は、人間が進化の末に獲得した、非常に重要で頼りになる能力です。危険を避けたり、我慢して成長したりとあらゆることに大活躍する能力です。ところが、人間は、この自分を客観的に見る能力と引き換えに、大きな弱点も抱えているのです。何かわかりますか?それは、自分がおかしくないか、狂っていないか、大丈夫なのか心配になるということです。そう、うまくいっていない時はもちろん、どんなにうまくいっている時でも、「こんなにうまくいっていて大丈夫だろうか」というような、不安が心をよぎるのです。幸せであればあるほど不安になる場合すらあります。つまり、この大丈夫かな、という気持ちは、いつも、いつも、誰にでもついて回るものなのです。人の心はどうしたって、何かが欠けているのです。別の言い方をすれば、この不安は、親にも、兄弟にも、友達にも、恋人にも、誰にも癒してもらうことのできないものといえるでしょう。そう、カウンセラーや医師にも、そしてもちろん、タバコにもです。それどころか、うっかりタバコに手を出すと、かえって、自分がもともと持っていた、自分を癒し、元気づける力が損なわれて、かえって、不安が増えてしまうのです。
ですから、そのことをよくわきまえていないと、せっかく禁煙を始めても、ふっと不安にさらされた時に、タバコに戻ってしまう危険があります。しかし逆にいえば、ほんのちょっとした気づきですが、「人の心には、誰にも、何にも癒してもらえない、何か欠けたものがあるんだな」とわかっているだけで、大きな違いが生まれます。結局、タバコを吸おうが吸うまいが、人は誰でも不安や寂しさを感じる生き物なのですね。というわけで、禁煙した後も、日常生活がうまくいっている時でも、とりたてて理由なく不安に思ったり、自信がなくなることがあるでしょう。でもそれは、程度の差こそあれ、誰にとってもおなじみの、人間に共通した気持ちなのです。そして、不安に思うことは決して悪いことではなく、物事に慎重になれたり、自分や他人の命を大切にし、いろいろなことを乗り越えて成長する原動力にもなるのです。Q自分にはタバコ以外の趣味がないのですが……。Aあなたは自分に趣味がないのはあなたの生まれつきの個人的な特徴だ、とお考えなのかもしれません。あなたに限らず、そう考える喫煙者は本当にたくさんいます。その根拠となることもたくさんあることでしょう。しかしここではそれはいったん脇において、ここまで学んできたニコチンによる脳に対する作用を思い出してほしいのです。ニコチンによって、人は幸せや楽しみを感じにくくなるのでしたね。ということは、実は、あなたに趣味ができにくいこと自体が、ニコチンの作用の結果かもしれないのです。つまりニコチンによって、そもそも幸せが感じにくく、従って、いろいろな趣味も楽しみにくく、できにくい。こうした状況そのものが、ニコチンによって生じてくる、喫煙者に共通する特徴ともいえるのです。いや、ニコチンに限らず、依存症全般に共通する特徴といってよいでしょう。もちろんニコチンの場合は社会生活が保たれるため、この作用が目立ちにくく、一見するといろいろな趣味があるように見える人もいます。「いや、私はタバコ以外にも楽しみがたくさんある」という人たちですね。しかしその人たちも、その趣味だけで本当に100%楽しめるでしょうか。そうではありませんね。結局、その趣味をやりながら、あるいはやった後にタバコを吸って、幸せや楽しみを確認しているのです。結局、タバコなしでは幸せが完成しにくく、何もかもが物足りない。タバコがないとタバコ以外の幸せでは満足できなくなっているのです。他の依存症でも同じです。大酒飲みの人は、アルコールの入っていない飲み物の何が楽しいのか、とつぶやき、薬物依存の人は何をするにも薬物が必要になり、次第に薬物以外に興味を示さなくなります。しかし、この人たちも、もともと生まれつきそうだったかといえば、そうではなかったのです。例えば、ギャンブル依存で考えてみましょう。はじめのころは、大当たりすれば家族にお土産など持って帰っていた(家族の笑顔から幸せを感じていた)人を思い浮かべてみてください。そんな家族思いであったその人も、ギャンブルに次第にハマっていくうちに、どれだけ大勝しても、勝ったお金はすべて次のギャンブルにつぎ込むようになります。もはや脳が弱って、家族の笑顔では幸せを感じられなくなってしまったのです。気の持ちようとかその人の考え方というのではなく、実際にfMRIという装置で検出できるような脳の変化が起きているのはすでにご説明しましたね。本当にドーパミン神経が弱って、依存対象以外のことでは幸せを感じにくい脳になってしまうのです。実は恐ろしいことに、あなたの脳にもこうした変化が起こっているはずです。そして最終的には、喫煙者は非喫煙者と比べ、「うつ」となる可能性が2倍以上に高まるということも最近明らかとなりました。このニコチンによる影響は想像以上に深刻で、なんと受動喫煙でも「うつ」となる可能性が2倍近くとなるのです。さて、次の図は2009年に発表されたビューラー(hler)らによる研究報告ですが、ニコチン依存症になると金銭に対する反応(喜び)も弱ってしまうことを示しています。fMRIで脳の腹側線条体(ドーパミンの出るところ)を調べたところ、1日1本以下の機会喫煙者では、タバコよりもお金に対してより強いドーパミン反応が得られた金額で、ニコチン依存症の人の場合、お金に対する反応が弱まってしまい、タバコに対する反応と同程度しか出ませんでした。それどころか、下前頭回眼窩部と呼ばれる、いろいろな価値判断をする部位では、お金よりタバコが上回っているようにすら見えます。どれだけ値上げされてもタバコを買う、という人にはこうした変化がすごく起きているはずです。しかも、こうした変化は、ドイツの科学者の実験でもあったように、タバコを吸い始めて10本もしないうちから始まります。これは実は心理学的に見ると、非常に重要なポイントであると私は考えています。なぜなら、本人がそうと全く気がつかないごく吸い始めのうちから、タバコ以外での幸せが感じにくくなっていくからです。本人が自分の脳の変化に気がついていない以上、しかも実際に幸せが感じにくくなるわけなので、当人は「自分はタバコ以外では(もともと)楽しむことが苦手」と信じこんでしまいます。セルフイメージ自体が狂ってしまうのです。
その結果、ますすます自分にはタバコが必要だと頼るようになり、喫煙を続け、さらに他の幸せが感じにくくなっていきます。それで、自分はタバコ以外の趣味がない、生まれつき無趣味なつまらない人だという結論になってしまうのです。実際にはニコチンの影響のせいなのに、です。ここで、本書のはじめに紹介した、胃潰瘍や気管支喘息の原因の話を思い出してほしいのです。本当は、ピロリ菌や気道の慢性炎症という真の原因が他にあったのに、当人たちは病気は全部自分のせいだと自分を責めていたのでした。しかし、病気の真の原因を取り除き、元の自分に戻ることができれば、本来の自分は、それまで思っていた自分よりも、ずっと元気で健康で明るく安らかな人間だったりするのです。ストレスがかかっても胃潰瘍にもならず、平気だったりするのです。ピロリ菌を除菌すれば胃潰瘍が治っていくように、禁煙を始めて体からニコチンが抜けていくと、脳は回復していきます。そして脳が回復するにつれていろいろなことが楽しくなり、面白く感じられるようになっていきます。こうして自然に新しく趣味や楽しみができるようになる人もありますし、特にそういうことはなくても、日常が落ち着いて過ごしやすくなる人は多いでしょう。そもそも趣味などなくても、安らかで明るい気持ちで過ごせるならば、それは素晴らしいことですよね。Qどうしてタバコ以外では楽しみが感じにくくなるのに、タバコに対しては脳の反応が強くなるのですか?A脳の仕組みについての質問ですね。タバコ以外の幸せに対してはドーパミンの反応が低下していくのに、なぜタバコ(ニコチン)による刺激にはドーパミンの反応が保たれるのかは、科学者の間でも問題になっています。
いろいろな意見があって結論は出ていないのですが、私は、コーエン(Cohen)らによる、思春期の研究が参考になると考えています。それは、2010年に発表された論文で、彼らは、一生の間で、一番ドーパミンが出やすくなるのが、思春期の時期であることを見出したのです。例えば危険を冒すことに対しても、ドーパミンが活発に出るのです。そしてそのために、思春期に、さまざまな危ないものに手を出す結果、依存症が発生しやすくなるのでは、というのです。つまり、思春期には、いろいろなことを面白がり、時には危険なことにも(例えばタバコですね)チャレンジしてみたくなる。それは、ドーパミンの活動が思春期にピークになるからだと考えられているのです。つまり、もともとは、タバコを吸っている人というのは、趣味の乏しい楽しめない人どころか、むしろいろいろなことに興味を持つ好奇心旺盛な人だった可能性すらあるのです。しかし、そのことが裏目に出て、よりにもよってタバコを試してみたために、本人もそうと気がつかないうちに、タバコ以外の幸せに対しては感度が鈍くなり始め、例えば、お菓子やお金をもらってもあまり喜べなくなっていく、という現象が起きてきたのです。ひょっとすると、タバコを吸い始めて普通の幸せでは喜びが感じにくくなる結果、「何か面白いことないかな」と感じて、余計に、他の危なそうなものに手を出していく人もあるかもしれません。例えば、他の薬物とか、ギャンブルとかですね。喫煙少年に、飲酒や他の薬物、ギャンブル依存、危険な性行動などが重なりやすいのはそのためかもしれません。さてそれで、なぜ他の幸せは感じにくくなっていくのに、ニコチンや他の依存対象に対する反応だけは残っていくのかについて、私の考えを述べるとすれば、それは、一つには、ニコチンなどの依存物質による神経への刺激は、他の幸せと違って、本数や頻度を増やすことで手軽に強めることができるからだと思うのです。少しぐらいニコチンに対する反応が弱くなったとしても、本数を増やしていけば反応が維持できます。それから、思春期というのは、いろいろな経験が記憶に強く残りやすいという、成長の時期であるという問題があります。つまり思春期というのは例の「止まらない回路」ができやすい、脳がまだやわらかい時期なのです。しかし何より忘れてはいけないのは、ニコチンによる「快楽」には、自らの禁断症状の解消に伴う「快楽」という自己再生的な要素がある、ということです。つまり、普通の楽しみであれば、繰り返しているうちに慣れたり飽きたりするはずが、タバコの場合は吸えば吸うほど禁断症状がひどくなり、禁断症状がひどくなればなるほどその解消に伴う「快楽」も強くなるという具合で、永遠に続くアリ地獄的なしかけになっているのです。そして、喫煙を繰り返すうち、ついには1本吸ったら止まらない、というグルグル回路ができ上がってしまったというわけです。世の中「危険な魅力」を感じさせるものはあまたありますが、たまたま手を出した相手が、よりによってタバコだったという意味では、本当に運が悪かったともいえるでしょう。しかし、ありがたいことに、禁煙を始めると、脳は回復を始めます。そして、シンナー、覚醒剤、大麻などと違って、タバコの場合は、ガンや心臓病などの重篤な疾患を発症した場合でもなければ、本当に日常生活に障害を残すことはありません。ただし唯一グルグル回路だけは残ってしまうので、その点だけは注意が必要です。でもこれについては、禁煙してしまえばもう関係ありませんよね。ということで、脳の回復については次の章でさらに紹介していきましょう。子どもたちにはタバコを吸ってもらいたくないのですが……先生この質問はAさんとB子さんにも一緒に考えてもらおうかな。B子さん、もしお子さんが大きくなって、「お母さん、タバコってどんな味?」ときかれたら、何と返事するかい?B子さんうーん。それは困ってしまいますね。まさか落ち着くとも言えないし……。先生そうなんだよね。実際学校の先生も、この質問にどう答えるか、みんな悩んでいるんだよ。それでは、Aさん、「にんじんはどんな味?」と尋ねられたら何と説明するかい?Aさん私はにんじんが好きなんですよ。特に新鮮だとほんのり甘いですよね。先生私もにんじんは好きなんだ。でも、にんじんはまずいという人もいるよねえ。にんじんの味は、甘いのか、まずいのか、これに正解はありませんよね。好きな人にとってはおいしいし、そうでない人にはおいしくない。タバコの味も、これと同じです。タバコの味には2種類あるのです。一つは吸っている人の感じる味。特に普段から吸っている人は、アルファ波の変化が起きるので、本当においしく感じるというわけです。それに対して、もう一つの味は、吸っていない人の感じる味で、生まれて初めての1本と同じ、煙くてまずいです。なぜ、はじめの1本は、煙いのか。それは、もともと、タバコが毒だからです。人間の体は進化の過程で大変よくできています。あなたは、牛乳が腐っているかどうか、どうしてわかるのでしょう。本能で直感的にわかるのですよね。本当にありがたいことです。
ところが、ニコチンにはこの本能を狂わせる力があるのです。はじめのうちは脳は正常ですので、タバコは毒だ!と教えてくれるのです。しかし、この本能のせっかくの警告を、無視して、我慢して、何本も吸ううちに、脳が狂ってくるのです。脳波に変化が現れ、アルファ波やドーパミンが不足して、吸った直後に「快感」を感じるようになります。この「快感」は吸うたびに、何度も繰り返すため、脳はいよいよ、タバコっていいもんだ、と間違って学習してしまうのです。あなたは子どものころ、食後にタバコを吸いたくなりましたか?違いますね。なぜこんなふうになってしまったか、それは、脳が間違って学習してしまったためなのです。吸いたい気持ちなど湧いてこない、タバコなどなくても幸せだった、あのころに戻りたくないですか?安心してください。そんなあなたも、あのころに戻れます。それが「リセット」という意味です。学習して変化したということは、また元に戻ることもできる、ということ。実際あなた自身にも、すでに多くの変化が起きているのです!
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