第4章「自然の結末」を体験させる
1人は体験からしか学べない
思い出してください。皆さんが「自分が一皮むけた」と思う体験はどのようなものだったでしょうか。どんな時に大きな成長を実感しましたか。
私が思い出すことのほとんどは「失敗体験」です。つまり、失敗して痛い目に遭い、死にものぐるいで試行錯誤し、考える。そして、その失敗を乗り越えて、成功をつかんだ瞬間に大きく成長できた。
そればかりを思い出します。若い頃の私は自分の意思で物事を決める勇気を持てずにいました。そして、複数の選択肢を作っては上司に判断を委ねていました。
先述したように、そんな時、上司は厳しく私に「オウム返し」をしてきました。「おまえはどうしたいんだ?」。
それを繰り返すうちに気づいたのです。仕事をするということは意思を持つことだ。若さや経験の浅さを言い訳にしてはいけない。
たとえ新入社員であっても自分の意思を持つことが重要である、と。また管理職になってからの私は、若い頃とは逆に、自分の意思を部下に押しつけて失敗ばかりしていました。
「なぜわからない?」「俺の言うことが聞けないのか」。そうやって部下に命令し、その結果、チームがまとまらず途方に暮れるという事態を繰り返しました。
しかし、それではいけないと気づき、「ほめない」「叱らない」「教えない」部下育成に舵を切った。そこで私は大きく変わることができました。
人は体験から学びます。いや、体験からしか学べない。私はそう思います。しかし、中にはそれではいけないという人もいます。
「愚者は経験から学ぶ。賢者は歴史から学ぶ」。ドイツの鉄血宰相オットー・ビスマルクはこう語ったと言われます。しかし、これは大いなる誤解です。
ビスマルクの名言をかなり曲解した表現と言えるでしょう。原文ではビスマルクはこのように言っています。
「愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。私はむしろ、最初から自分の誤りを避けるため、他人の経験から学ぶのを好む」。つまり、歴史とは他人の経験であります。
この名言は経験から学ぶことを戒めているのではなく、自らの経験に加えて他者の経験からも学ぶことを推奨している。そう理解できるのではないでしょうか。私はさらにこう思います。
他者の経験に学ぶためには、類似する体験を自ら積んでいなければいけないのではないか。つまり、「歴史から学ぶ =他者の経験から学ぶ」ためには、一定以上の経験を自分で積まなくてはならない。そうでなくては他者から学ぶことはできない。
そう思います。そう考えると経験量の少ない部下には、できるだけ多くの経験を積ませることが必要であることがわかります。人は経験からしか学ぶことができない、のですから。
「やらされた体験」では成長しない
しかし、いくら経験が重要だからといって、指示・命令に基づく作業だけを体験させても人は成長しません。私は管理職研修でよく、受講生にこのような質問をします。
「想像してみてください。あなたが上司からある指示を受け、言われた通りにやって失敗したとします。その時、あなたは反省しますか?」 すると 10人中 10人がこう答えます。
「反省しません。言われた通りにやったのだから、上司の責任だと思います。私は悪くありません」。
さて、この体験を通じて部下は何かを学ぶでしょうか。恐らく、「上司のせいにする」ことを学ぶのがせいぜいでしょう。せっかくの失敗体験が実になることはないのです。その逆の成功体験も然りです。
「想像してみてください。あなたが上司からある指示を受け、言われた通りにやって成功したとします。あなたはうれしいですか」 すると前と同じく 10人中 10人がこう答えます。
「いいえ、うれしくありません。うまくいったのは上司の手柄です。自分は作業をしただけですから、実力だとは思えません」。
さて、この体験を通じて部下は何かを学ぶでしょうか。恐らく、何も学べないのではないか。せっかくの成功体験が成長につながることはないと私は思います。
人は「やらされた体験」からは学べません。自分の意思で決め、試行錯誤した中での体験だからこそ深い学びがあるのです。
だからこそ、部下に体験を積ませる時に上司は「教えてはならない」のです。自分の頭で考えさせ、自分の意思で決めさせる。それが重要なのだと私は思います。
先回りして失敗を防いではいけない
小さな子どもが補助輪を外して自転車に乗る練習をしている場面を想像してみてください。あなたは子どもが転ばないように、後ろの荷台を手で支えて自転車を押しています。そして、どこかで手を離そうと思っています。
しかし、子どもが転ぶところを見たくないあなたは、手を離すことができません。そして、いつまでも荷台を握り、自転車を押したままになってしまった…。さて、この子どもは 1人で自転車に乗ることができるようになるでしょうか。もちろん、答えは NOです。
転ばないように、失敗しないように先回りしている限り、子どもはいつまでたっても自転車に乗れるようにはなりません。そうではなく、勇気を持って手を離すのです。すると、子どもはおそらくガシャーンと転ぶことでしょう。そして、膝を擦りむくでしょう。
その痛みをバネにして「今度こそは!」と試行錯誤し、やがてスイスイと乗れるようになる。これが人の成長のプロセスです。
それは仕事においても同じこと。部下には失敗する権利がある。それを上司が先回りして奪ってしまってはいけません。
上司がすべきなのは部下に失敗を経験させること。そして、そこから学び取るチャンスを与えることです。決して、自転車の荷台を持つことではありません。
2 「自然の結末」とは何か
子どもが学校へ行く時、いつも忘れ物をして先生に叱られています。
「親御さんからも注意してください」。
あなたは先生からそう言われました。そんな時、あなたはどのような対応を取るでしょうか。
- (1)「忘れ物ばかりして! もうするんじゃないぞ!」ときつく叱る
- (2)「教科書は持った? ハンカチは? お弁当は?」と先回りして忘れ物を防ぐ
- (3)何も言わない
(1)の対応は「叱る」こと。第 2章で学んだ通り「叱る」ことは勇気くじきになり、逆効果になるのは既にご存知の通りです。
(2)の対応は先回りをして「教える」こと。これもまた、第 3章で学んだ通り、相手の自主性とやる気を奪う結果を招きます。
残るのが( 3)の「何も言わない」です。そう、これこそがアドラー心理学が教える子育ての方法、「自然の結末を体験させる」ということです。
忘れ物をして困るのは子ども自身です。叱られて嫌な思いをするのも子どもです。であるならば、大人が出しゃばって、事に介入してはいけません。
( 1)のように叱ることも、( 2)のように世話を焼くことも、子どもが体験から学ぶ機会を奪うことになります。
子どもが忘れ物をしたのに気づいても、放っておくのです。困ったら自分で取りに戻ってくるだろう。困ったら次から忘れないように気をつけるだろう。
そのように広い心で構え、子どもが気づくのを待つ。それが自然の結末を体験させる子育てです。この考え方は部下の育成にも応用できます。
小さな失敗であるならば、放っておいてどんどん体験させる。上司はそこから部下が学ぶことを見守っていればいいのです。
親には子どもの人生は生きられない
自然の結末を体験させることは、時に「無責任」であるように誤解されます。
「部下が失敗するのをわかっていながら放っておくとは何事か。なぜ、みすみす痛い目に遭わせるのか」。そう疑問に感じる人も少なくありません。これに対してアドラーは次のように答えています。
「親が子どもの人生を代わりに生きることはできない」 そうです。上司は部下の人生を代わりに生きることはできません。もし、上司が一生をかけて部下を守り通すことができるのならば、部下を助けてもいいでしょう。
しかし、それは絶対にできないことです。部下は必ずあなたの元を離れていきます。そして、独り立ちしていくのです。上司にできるのは独り立ちの能力をつけてあげること。そのためには、目先の失敗に目くじらを立てず、育成の視点を優先させることが大切です。
放っておくのは冷たい仕打ちか
自然の結末を体験させることは、時に冷酷であるかのように誤解されることもあります。しかし、私はそうは思いません。
部下に失敗をさせないように余計な世話を焼くことの方がよほど残酷です。部下を子ども扱いし、「どうせあなたは 1人ではできないのだから、私が手伝ってあげる」と手を貸すことで、相手に劣等感をすり込むことになるからです。
アドラー心理学の子育ては、年齢や立場にかかわらず、常に対等の関係であることを重んじます。親子であっても、上下の関係ではなく、対等の関係として接する。
相互尊敬、相互信頼の関係でなくては、よい子育てはできないと考えるのです。
つまり、自然の結末を体験させるということは、「あなたなら、きっと自分の力で成し遂げることができる」と期待し、信じることにほかなりません。そして、たとえそこで失敗したとしても、さらに相手を信じ続けるのです。
「あなたはきっとこの体験から学ぶことができる。次はきっと1人でできる」 そう信じる。それが自然の結末を体験させるということなのです。
迷惑がかかる場合はどうするか
「いやいや、小倉さん、そうは言っても子育てと部下育成は違います。たとえば、毎回毎回、会議に遅刻する部下がいたら、待っている他のメンバーは大迷惑です。人に迷惑をかけるのを許すわけにはいきません」 このような質問をよくいただきます。
しかし、人に迷惑が及ぶ場合の対応は簡単です。会議に遅刻するのなら、その部下を待つことなく、定刻通りに始めればいいのです。遅れることで大事な話を聞きそびれ、困るのは遅刻した本人です。それを未然に防ぐために会議の開始時刻を遅らせる必要は全くありません。
あわてふためいて部下が会議室に入ってきても、軽く受け流し、何事もなかったかのように会議を進行すればいいのです。遅刻の常習犯になり、同僚から信頼をなくして困るのも本人です。
それをあらかじめ言い聞かせてもムダでしょう。
実際に信頼をなくして、同僚の協力を得られなくなった時、部下は初めて事の重大性に気づくでしょう。自然の結末を体験させるために、周囲が我慢をする必要はありません。
周りの人は淡々と普段通りに仕事を進めていく。それが肝心なのです。
3 嫌みを言ってはならない
自然の結末を体験させる際に、注意すべきことはほかにもあります。それは「嫌みを言ってはならない」ということです。先ほどの会議に遅刻してくる部下の例で考えてみましょう。
あなたは部下の鈴木さんの姿が見えなくても、構わずに会議を始めました。開始から 15分後、あわてて鈴木さんが会議室に駆け込んできたと仮定しましょう。
「すみません! 遅くなりました! 申し訳ありません!」 そう叫ぶ鈴木さんに対して、あなたはぶつぶつと嫌みを言いました。
「また、遅刻か。しかし、よく毎回毎回遅れるね。周りの迷惑を考えたことがあるのか。神経を疑うよ」 このような言葉を吐いた瞬間に「自然の結末を体験させる」は成り立たなくなります。
相互尊敬、相互信頼に基づく部下育成ではなくなってしまうからです。部下は嫌みを言われたことで「罰を与えられた」と思うでしょう。自然の結末を体験させるのであれば、絶対に嫌みや小言を言わないことです。
大声で謝罪する鈴木さんに対して、あなたはごく自然に振る舞いましょう。「おはよう!」と爽やかに挨拶して、サラリと会議に戻る。その時初めて鈴木さんは自らの責任を自覚をすることになります。
嫌みを言われた部下は、反省せずに怒りの矛先を上司に向けるでしょう。いわゆる「逆ギレ」です。上司の言っている内容が 100%正しくても、言い方が悪いという論理にすり替えて自己正当化を行います。
「何もあんなに厳しい言い方をしなくてもいいじゃないか」「ねちねちと嫌みを言うなんてひどいよな」 こうなってしまうのです。
しかし、何事もなかったかのようにサラリと振る舞えば、部下は怒りの矛先を上司に向けることができません。気まずい雰囲気は自然と自分に向かってきます。そして、自分の意思で考え始めるのです。
「このままではまずいな。何とかしなくては…」 これが「自然の結末を体験させる」ということです。
上司や親のような上位者は、自然の結末を体験させる際に、嫌みや小言を言わないように注意をしなければなりません。嫌みや小言は罰になるからです。要注意のポイントです。
「事前告知」と「信頼関係」に注意を払う
さらにもう1つ、気をつけておきたいポイントを取り上げます。それは「自然の結末を体験させるためには、事前告知と信頼関係が大切である」ということです。
自然の結末を体験させるということは、本来「信頼」と「尊敬」の証です。
しかし、それまで散々、嫌みを言ったり、世話焼きやおせっかいをしてきた上司が突然、何も言わなくなると、部下は不安を感じます。
「自分は見捨てられたのではないか…」「上司はさぼっているのではないか…」 そう誤解しがちです。そこで、先の「教えない」部下育成で学んだのと同じように、事前告知をすることが大切になります。
「鈴木さん、私はこれまでおせっかいを焼きすぎました。そのことによって、鈴木さんが自ら気づく機会を奪ってきたと反省しているんです」「鈴木さん、私はあなたが自分の力で課題を解決できると信じています。だから、これからは余計な口出しをしないようにします」 このように事前に告げておくのです。
日頃から部下との間に信頼関係を築いておくことも大事です。信頼関係があれば、部下は上司の変化を肯定的にとらえます。
しかし、それがないと、ちょっとしたことで相手に疑念を感じます。すべてを悪いように取ってしまうのです。事前告知と信頼関係。これも部下に自然の結末を体験させるために欠かせない要素です。
「論理的結末」も解決策の1つに
アドラー心理学による子育てを応用した「自然の結末を体験させる」人材育成法について論じてきましたが、まだ職場で実践するイメージがつかめない方もいるでしょう。たとえば、営業部の組織を頭に思い浮かべてみましょう。
自然の結末を体験させるとなると、数字の上がっていない営業マンをそのまま放置しておくような状態を想像するかもしれません。
もちろん、成績の上がらない営業マンは、現状から何かを学ぼうとしているでしょう。しかし、上司はそれを待っているわけにはいかない。
1人の数字が不足すれば、チーム全体に悪影響が及ぶからです。そんな時はどうすればいいのでしょうか。1つの解決策は、それでも自然の結末を体験させ続けることです。
叱ったり、嫌みを言うことが有効と考える人もいるかもしれませんが、私はそれが事態を好転させるとは思いません。私の体験からも悪影響の方が大きい。
であるならば、イライラはしますが、正攻法でぐっと我慢し、信じて待つ。これが第 1の方法です。もう1つの解決策は、次章で学ぶ「論理的結末を体験させる」という方法です。
論理的結末とは、すなわち「相手と約束を交わし、それを守る」ということです。
たとえば、営業で数字を達成できない場合であれば、営業以外の職種にコンバートするといったことが具体的な方策となります。
このように、様々な方法を組み合わせながら、効果的な人材育成を模索していっていただきたいと思います。この「論理的結末を体験させる」具体的な方法については、次章で詳しく取り上げます。
4 成功を増やしたいなら、失敗を増やせ
自然の結末を体験させ続けると、どうしても部下は失敗を経験する機会が増えます。すると、上司は不安になってしまいがちです。
「これ以上、失敗はさせたくない」。
そんな気持ちから、再び世話焼きやおせっかいに戻ってしまいそうになるのです。ここで1つ考えていただきたいテーマがあります。
それは「失敗を減らせば、成功は増えるのか」という根本的な問いです。確かに理屈の上ではそうなるはずです。
10のチャレンジがあり、失敗が 7、成功が 3だったとします。計算上は失敗を 5に減らせば、成功も 5となり、イーブンになるはずです。
たとえば、機械を使った製造現場などは物理学の論理で動いているため、この考え方、すなわち「失敗を減らせば成功が増える」がそのまま当てはまります。
しかし、逆に仕事の種類によっては、この計算が当てはまらない場面も多々あります。たとえば、研究開発や営業などの現場では、物理学より心理学の働きが大きく、「失敗を減らせば成功も減る」のです。
なぜそのようになるのか、考察してみましょう。先の計算では、失敗を減らしてもチャレンジは減らない、つまりチャレンジは常に 10であるということが前提でした。
しかし、研究開発や営業の現場で失敗を減らそうとすると、心理学が作用してチャレンジ自体が減っていく。10のチャレンジではなく、 8や 6になるケースが多いのです。
医薬品の研究開発は昔から「センミツ」と呼ばれてきました。1000の研究のうち、実際にものになるのは3つくらいという意味です。
確率にすれば 0・21:08 3%になります。
同様に、営業はアプローチした顧客のすべてから受注できるわけではありません。成約率は業種や商品によって異なりますが、 10件訪問して受注できるのは良くて半分。普通は 3割、場合によっては 1割に満たないことも珍しくないでしょう。
そんな職場で上司が「失敗するな! 確率を上げよ!」と指示を出すと、部下は萎縮します。そして、上司の意に反してチャレンジ自体を減らしていく。
その結果、成功も減っていく。このようなことが現場ではよく起きているのです。
「成長曲線」を考え方の土台に
こう考えると、成功を増やすためには、失敗を減らすのではなく、むしろ増やす方が有効であることがわかります。失敗を恐れず、叱らず、よきチャレンジとして、むしろほめたたえる。
そんな風土があれば、チャレンジの数が 10から 12、 15と増えていきます。むろん失敗も増えますが、成功も増えてくる。これが仕事の原理原則だと私は思います。
このように話すと、中にはこう反論をする方がいらっしゃいます。
「だったら、チャレンジだけ増やして失敗を減らせば、もっと成功が増えるじゃないか!」 ごもっとも。私もそれがベストだと思います。
しかし、そのメッセージを上司が部下に伝えたら、心理学的にはチャレンジは減る方向に向かいます。そうではなく、むしろ失敗を増やすようなメッセージを伝える。そうすると、結果として上司が望む結果に近づいていくのです。
成功の絶対量だけでなく、成功率までもが上昇します。「エクスピリアンス・カーブ(成長曲線)」という理論があります。
人は経験を積むほどに習熟度が増していき、効率が二次曲線的に上昇するという理論です。チャレンジを増やし、失敗を経験するほどに、同じ仕事の効率は上がる。
ですから、上司はチャレンジを増やすための行動を取るべきです。決して、失敗を減らそうとしてはいけません。失敗を減らそうとすると、チャレンジが減り、成功も減る。失敗を増やせば、チャレンジが増え、成功も増える。この原則を覚えておくとよいでしょう。
PDCAのサイクルを素早く回す
世の中の変化のスピードは年々速まっています。インターネットに代表される技術革新のスピード、文化が変容していくスピード。
それにつれて、あらゆるビジネスの変化もますます加速していくことでしょう。そんな中で、私たちビジネスパーソンは、どのような心構えを持つべきでしょうか。
その答えは、「 PDCAのサイクルを素早く回す」に尽きます。変化が緩やかな時代、企業は各業界における勝ちパターンを踏襲し、ヒット商品を生み出せば、長く利益を上げ続けることができました。
しかし、今や、そうした展開は望むべくもありません。ある企業が新商品を発売した翌月には、ライバル企業がほとんど変わらない商品をさらに安価で販売し始める。このような競争が当たり前の時代になったのです。
そうした中で、企業は外部環境の変化に素早くキャッチアップする変化対応型に生まれ変わるしか生き延びる方法はありません。
PLAN(計画)、 DO(実行)、 CHECK(検証)、 ACTION(改善の仕組み化)。
このサイクルを回すスピードを上げて、試行錯誤を続けるよりほかに方法はないのです。これを現場に落とし込むことが、すなわち先の「失敗を許容し、チャレンジを増やす」に当たります。失敗を増やすことで成功を増やす。
これこそが「 PDCAサイクルを早く回す」という経営に直結するのです。自然の結末を体験させ、部下の自主性を伸ばす。それは変化の激しい現代の組織運営に不可欠です。ミクロの視点から見ても、マクロの視点から見ても、そうした人材育成をせざるを得ない状況と言えるでしょう。
5 「信用」ではなく「信頼」を重んじる
「信用」と「信頼」の違いは何でしょうか。改まって質問をされると、なかなかすぐには答えられないのではないでしょうか。そんな時、私は次のような話をすることにしています。
まず、「信用 × ×」と聞いて頭に浮かぶ言葉は何ですかと尋ねます。すると、多くの人は、信用金庫、信用取引、信用調査などと答えます。
こうして見ると、信用という言葉には金融にまつわる言葉が多いことがわかるでしょう。そして次に、これらの言葉の「信用」の部分を「信頼」に置き換えてみます。
信頼金庫、信頼取引、信頼調査…。
いかがでしょうか。違和感を覚えませんか。
実は、この違和感にこそ、信用と信頼の違いが隠れています。
信用取引は裏付けに担保を取ったうえで行われる取引です。その担保とは、不動産や株券などの資産であったり、勤務先が大企業であるといった支払能力であったりします。信用調査とは、取引を開始する前に相手の情報を調べることです。預貯金はいくらあるか。不動産などの資産をどれくらい持っているか。勤務先はどこか。これらの点を詳しく調べるのです。
こういった言葉の意味を考えると、信用とは「裏付けとなる担保と引き替えに相手を信じること」と言い換えることができます。では、いったい「信頼」とは何なのでしょう? 「信用」と何が違うのでしょうか。
〝担保〟がなくても相手を信じる
「信用」は、裏付けとなる担保があれば信じる、なければ信じないという考え方です。一方で、「信頼」は、裏付けなしで相手を信じることです。
何の担保も条件もなく、相手を信じる。裏切られる可能性があっても相手を信じる。それが信頼です。ですから、「部下を信頼する」ということは、並大抵のことではないのです。
1回や 2回、期待が外れたからといって、信じるのをやめるのは、信頼ではなく信用の世界です。信頼という言葉には、それほどの重みがあります。
「ほめない」「叱らない」「教えない」部下育成は、信用ではなく信頼がベースです。つまり、何度裏切られても、当てが外れても信じることをやめない。
それがベースになければ、この部下育成はできません。私が敬愛する、教育学者にして哲学者の森信三先生は、教育に関して以下のような言葉を残しています。
「教育とは、流れる水に文字を書くようなはかない仕事です。しかし、それをあたかも岸壁にノミで刻みつけるほどの真剣さで取り組まなければなりません」 これこそがまさに、人を信頼するということにほかなりません。
「人を育てる」ということは人を信頼することなのです。
ピグマリオン効果とゴーレム効果
「ピグマリオン効果」と「ゴーレム効果」という言葉があります。
ピグマリオン効果とは「相手にポジティブな期待をすると、その期待が実現する」というものです。ゴーレム効果は逆に「相手にネガティブな期待をすると、その期待が実現する」と考えます。
いずれにせよ、人は相手から期待されると、それに応えようとする。そのような心理学的な効果をピグマリオン効果、ゴーレム効果と呼ぶのです。
ピグマリオン効果は、 1964年に米ハーバード大学のロバート・ローゼンタール教授が行ったダブルブラインド実験により明らかになりました。
その実験は以下のようなものです。担任の教師に、校長先生が嘘の情報を伝えます。
「特別なテストの結果により、生徒 Aと生徒 Bの 2人は非常に知能が高いことがわかった。この 2人の成績は必ずアップするはずだ」。
すると、この情報を信じた担任の教師は、生徒 Aと生徒 Bに大きな期待をかけるようになります。
「君ならできるに違いない」。
その期待が彼らに伝わり、 2人の成績は 1年後に飛躍的に向上しました。これがピグマリオン効果です。「ほめない」「叱らない」「教えない」部下育成の前提となる「信頼」は、まさにこのピグマリオン効果と同じこと。
「あなたなら、きっとやり遂げられる」。何の裏付けも、担保も求めずに、無条件に部下を信じるのです。そして、裏切られても、期待外れに終わっても、さらに信頼し続ける。やがて、部下がそれに応えようと努力を始めます。
すると、ある時、部下が見事に期待に応える。ピグマリオン効果の実験と同じことが起きるのです。
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