❶オヤジは給与決定こそ「社長の専権事項」と心得ている
オヤジ(先代社長)は息子(後継社長)にバトンを渡すとき、最後の最後まで給与決定の仕事を後継社長に渡さないことがあります。
給与決定は他に任せることができない、重要な社長の専権事項と考えているからです。先代社長は社員100人程度の会社なら、ほぼ各人の給与・年収は頭の中に入っているものです。
だから、「彼はいつも工場をチンタラ歩いている。年収600万円の歩き方ではない」「あのベテラン女性事務員は年収500万円だ。なぜあんなに反抗的なのだ!」と思う一方、「彼は中途採用で給与が30万円に満たないな。今度の改定で必ず上げてやらないと」「彼女はシングルマザーか……。年収300万円はないときついだろうな……」と考えたり、常にいろいろなことが頭の中を駆け巡っています。
こういう風に考えるようになってこそ、「一人前の中小企業の社長」である!と私は思います。社長が社員を家族のように大切に扱う、これは正しいと思います。しかし、社員のオデコには「給与」「年収」という値札が貼ってあります。
その値札の2倍~3倍以上稼いでもらうためにどんな労務施策を打てばいいのか、社長は常にシミュレーションが欠かせません。常に注意を向けていないと、労働生産性を向上させ、処遇を上げることができないのです。
「ITシステムを使えば、給与決定が自動化できますよ」というような売り込みがされることがあります。そんなシステムに依存するとロクなことはありません。AIが発達しても、給与決定は他に任せることができない、社長という人間の専権事項なのです。
「うちは社員が200名を超えています。社長はもう社員の仕事ぶりがわからないので、制度化せざるを得ない」という意見があります。そのような場合、もちろん給与決定を委任する、制度化する必要性は認めますし、私も多くの制度設計をやってきました。
しかし、委任する、制度化する結果について、社長には常に感心を持っていただきたいのです。時代にマッチしているか、公平感はあるか、不満はないか。常々うまくいっているかについて、緊張感をもってチェックする責務は残されています。
中堅企業の後継社長はこのような問題意識を持たずに、会社を引き継ぎます。だからこそ、制度に不備があるかないかに目を光らせてほしいのです。
それほど大きな会社でもないにもかかわらず、社長がオートマチックさを求め、制度化に走るのは、自分の経営の自信がなくなってきたか、体力的に疲れてきたかのいずれかに原因があるといえます。
ただし、先代社長がいつまでも給与の決定権限を委譲せず、息子に引き継がせて会長となったあとも、社員の給与決定のすべてに関与してくることがあります。担当者に給与一覧のエクセル表をプリントアウトさせたものに手書きで赤字を入れられ、給与が決定されます。
これはこれで問題が浮上します。会長とて人間ですから、観察力・判断力は年とともに低下します。いつしか独善的で不合理な決定をされることがあります。
会長は現場の状況をよくわかっていないことが多いので、報告があった数値だけで判断したり、「挨拶がいい」「良い表情をしている」社員に賞与を多めに払ったりしてしまうのです。
また逆に、会長は早朝の時間をすごく重視するので、遅刻しているわけではない、始業時刻ギリギリに出社する社員をマイナス評価することもあったりもします。
このように会長はやや社会情勢や客観的事実と外れた対応をすることがあります。こうなれば、後継社長は給与決定の実務を会長から奪い取って、自らが全身全霊をかけて給与決定に取り組むしかありません。
そのとき「会長(先代社長)のやり方は自分にはできないし、ふさわしくない」と後継社長は考えます。そこで「一般的な人事給与制度のフォーマット」に飛びつきたくなります。これは正しいようで誤りであることが多いのです。
会長の「鉛筆ナメナメ方式」を事業承継時に完全否定してはいけません。会長の決定も必ず「意味」があってやっているのです。「一般的な人事給与制度のフォーマット」と「会長の鉛筆ナメナメ方式」は両極に位置する異なる手法です。
だからこそ、いきなり「一般的な人事給与制度のフォーマット」を採用することは、社員にとっては急激な変化となり、多くの副作用が起きかねません。また、「一般的な人事給与制度のフォーマット」を自社に適用することに、後継社長自身も大きな違和感を覚えるのです。
したがって、後継社長としては、この2つの方法の「中間」の評価や給与の決め方を模索するべきといえます。つまり、ほどほどにロジカル、ほどほどにテキトーな制度が、いちばん理想的なのです。
❷オヤジは賞与を個人の業績と連動させない?
「賞与は半期の個人業績と会社業績(または部門業績)で決めなさい」と一般的に言われます。つまり、理屈上は毎期洗い替え方式なので、賞与の額は比較的アップダウンすることになります。
法律上も月給のアップダウンは難しいですが、賞与の金額は確定していないので、支給金額は大幅に経営裁量にゆだねられています。
しかし、先代社長が一番気にするのは「前年の支給額」と「今年の支給額」の差です。これは貰う側の社員も同じです。前年より上がったか下がったか、これを最も気にします。
ですから、先代社長は毎年少しずつ賞与の額を上げようとします。入社7~8年あたりまでの社員に対しては、このように決める社長が大半なのではないかと思います。
さらに先代社長は月額給与・賞与を見て、最後に年収を必ずチェックします。可能な限り年収ベースを上げていけるように努力しています。
私はこれを「勤続型賞与方式」と呼んでいます。「賞与の上げ下げに消極的なのは評価制度が不明瞭だからだ!」という反論があるでしょう。私も当初そのように考えて一生懸命、評価基準を整備していました。
しかし、それでも「勤続型賞与方式」からは逃れることができなかったのです。できたとしても、前年実績から±1万円~5万円、最大で10万円程度の変動です(賞与額にもよりますが)。
もちろん、先代社長もこの半期の頑張りが評価に反映されないのは不都合と考えています。しかし、殊更に個人の頑張りを強調して格差をつけるのはもっと不都合で、弊害が大きいと考えているのです。
私は「個人の業績評価」「部門の業績評価」について若干の怪しさを感じることがあります。たとえば、営業部が見事な実績を上げたとします。しかし、その実績を支えたのは製造・物流・研究等の他部門の支えがあってこそ出せた実績です。
さらに営業部に所属するA君の業績評価がこの半期、とても良かったとします。ただ、A君自身の努力は認めるものの、営業部の業務事務の女性のサポートがあったからこそでもあります。
または、良い営業エリアや取引先を割り当てられた結果かもしれません。さらに、A君の前任のB君がかなり有効な種まきをして信頼関係を築いてくれたからこそ、A君がこの半期のタイミングで成果を〝刈り取った〟だけなのかもしれません。
つまり、目に見える成果に対する評価については、本人だけによるものではないケースがかなりあるのではないか、ということです。
逆に表には出ていないけれど、将来につながる成果や、周囲の成果を支えている行動も必ずあるはずです。
先代社長は全社的視点・時間的視点を考慮に入れて評価します。時間軸はとても大切です。短期的な成果に基づく評価格差や処遇格差をつけないことで、逆に公平感を保っていたともいえるのです。
後継社長は、「目に見える成果」だけでなく、「目に見えない成果」も見ようとする洞察力が求められます。
影でコツコツ頑張ってくれている人、チームの雰囲気を良くしてくれる人、言われたことしかやらないけど、言われたことは真面目にこなしてくれる人。
一方、社長の前では「愛想の良いYESマン」なのに、目下の人に対してとても横柄な態度をとる人。いろんな社員がいます。「人事給与制度のフォーマット」で成果を「見える化」できない人に対しても、配慮する運用が欠かせません。
ただし、先代社長は能力成果よりも「人としての信義」に反するようなことを発見すれば賞与をバサッと半額、または不支給にします。
具体的には、「ウソをついて事実を隠蔽していた」「金銭の授受に関して不正があった」「ハラスメントがあった」などです。このように誰が見ても明らかなマイナスの理由があれば冷遇も辞さないといえます。
❸オヤジは人事評価制度を敢えて曖昧にして、やり過ごす
社員200名程度の会社でも評価制度が曖昧な会社がゴマンとあります。社員300名、400名、500名の会社でも、人事給与制度がテキトーな会社がかなりの確率で存在し、それで業績も良い会社をたくさんこの目で見てきました。既に述べた「一般的な人事給与制度のフォーマット」は以下のようなものでした。
- 期待人材像を示すために等級を設ける。
- 等級と職種に基づき、基準を設ける。
- その基準に基づき、人事評価表により人事評価項目を設定する。
- 1年または半年単位で目標設定が行われる。
- 評価項目ごとに目標達成率を点数化する(5・4・3・2・1)。
- 合計点数を出す。
- 合計点数に基づき総合評価する(ABC)。
- 絶対評価をタテマエに、調整会議で相対バランスがとられる。
- 総合評価(ABC)が通知され、給与・賞与が決定される。
- その際に評価項目毎の点数の根拠及び総合評定を含め、上司が本人にフィードバックする。
- 次期に期待することを上司から伝えられ、④に戻り、以下同じ。
良い悪いかという評価はさておき、先代社長流の運用方法は以下のようなものが散見されます。
①期待人材像は「行動基準」「〇〇十訓」などで伝える。部屋に紙で貼ってあったりする。単年度の経営方針はしっかり伝える。
②等級はあえて設けない(設けていても機能していない)。主任、係長、課長などが「社内身分」として機能している。
③一応、人事評価表はある(管理職のみ公開されていることがある)。しかし、公開された昇格基準などもない。基準がないので標準的な人であれば、勤務年数に従い、係長や課長代理くらいまでは上げている。標準的な人は部下の有無にかかわらず、みんなある年齢で「課長」になる会社も多い(特に営業会社)。
④一応、半年、1年ごとに評価する。
⑤一応、点数や評定は決めている。ただし、最終結果に人事評価表の評点などは重視されていない。
⑥一応、役員間で調整会議のようなものは開かれる。
⑦総合評価(ABCや5点満点)で、給与・賞与が決定される。
これも役員会で結構変わる。
⑧社長は常に前年の昇給額・賞与額を意識して決める。
⑨一応、上司から、「良いところ、改善すべきところ」くらいは面談で伝えている(と思われる)が、評価結果(ABCなど)が具体的に本人に伝えられるかは管理職の裁量にゆだねている(結局、通知されないことも多い)。
⑩結果として、評価と給与・賞与のつながりは曖昧となる。
⑪目標管理による成果主義評価などは過去に少しやったが、いつの間にかやめている。
制度も運用もテキトーに思えます。コンサルタントから「それでは社員のやる気は上がらないですよ」「いまの若手はそれではついてきません」と厳しい指導を受けそうです。しかし、右記のような運用でも優秀な会社をたくさん見てきました。
先代社長も勉強熱心で、セミナーや書籍、コンサルタントによる指導などから「一般的な人事給与制度のフォーマット」を勉強し、取り入れた経験がある方が多いのです。
新しい制度の良さもよくわかっているはずです。でも、制度を運用する過程で右記のテキトーな感じに変化していった、いや、させざるを得なかったのです。
もちろん、この先代社長のやり方が理想的な人事給与制度の運用だ、と言うつもりはありません。むしろ問題点は多いでしょう。
しかし、私は、この現場の実態から、ユーザーが使いやすい制度設計とは何かについて、先代社長に「首を垂れて学ぶ」必要があると考えています。
❹オヤジは現有勢力でいかに戦うかを考え抜いている
業績の良い会社はシビアです。目標達成へ執着もあります。ケチケチ経費削減なども愚直に実施します。
しかし、個別の人事評価が厳しいかといえば、実はそうでもありません。どちらかというと、良くいえば「人に優しい」、悪くいえば「人に甘い」のです。
先代社長は口では、「アイツはどうも使えない」「給与分、働いていない」と愚痴を言います。しかし、口ほどに人事評価はマイナスにならないし、冷遇はされないという特徴があります。
その人物の家族構成も知っていて、「彼はいまお金のかかる時期だな」などと、社員の個々の事情に想いをはせます。問題のある人物に限って、持病があったり、お子さんにハンディキャップがあったりするので、社長の苦悩は尽きません。
社員の顔・人生・生活事情がわかりすぎています。私たち外部の人間にはわからない、〝社長と社員間での物語〟を持っているのです。
先代社長は社員の〝事と情〟をとても大切にしています。人事評価を大きく下げて冷遇しても、その人物がふて腐れてしまうと、他の社員にマイナスの影響が出ることも懸念します。
例えば、ベテラン社員(53歳)に「D」評価をつけて賞与を昨年の半分にするとします。
こうなると、さらに若手のホープである新任課長(36歳)に、このベテラン社員は非協力的になります。若手の課長にとっては、ベテランの先輩が手に負えない存在になっていきます。
あるいは、そのベテラン社員が会社に反抗的、かつ後ろ向きになると、後輩社員にも波及し、職場の雰囲気が悪化して、とてもやりにくくなります。
では、その人物を辞めさせたり、配置転換してしまえばいいのか?大手企業なら可能かもしれませんが、中小企業ではそもそも配置転換させる部署がありません。
また、法的に簡単に辞めさせることなどはできません。そこで、評価・処遇では大きなマイナスをせずに、問題社員であっても指導注意して、なんとかパフォーマンスを維持向上させようとします。
とにかく、いろいろとクセがある人物をどう扱うか、先代社長は頭を悩ませてきました。つまり、今いる人材のやる気を喚起し、現有勢力で一致団結してなんとか戦い抜きたいのです。これが中小企業経営の基本だからです。
もちろん、パフォーマンスの改善どころか、どうにもならない組織のガン細胞社員となってしまう場合もあります。
そうなれば話は別です。中小企業こそ、このような社員の対応はぬかりがあってはならないと言っておきます。この件については第7章で取り上げます。
❺オヤジは懸命な適材適所(適性配置)で乗り切ってきた
昭和の名工である宮大工棟梁・西岡常一氏は「木組は木のクセ組なり。人組は人のクセ組みなり」と言っています。20年近く前にNHKの『プロジェクトX』という番組を見てとても感銘を受けた言葉です。
個性を殺さずクセを生かす。人も木も、育て方、生かし方は同じということです。つまり、クセ、個性は人間が持つ力であり、強さなのです。
そのためには、人の個性、つまり人事で言えば人同士のマッチング、職務適性をしっかり見極めなければなりません。クセを組み合わせれば、平凡が非凡に生まれ変わり、強固な組織づくりができます。
しかし、適性の幅が広い人(製造でも、営業でも、管理でも何でもできる人)は、まずは大手企業が採用していきます。大手企業はまず多数から選べます。
そして、人材育成の目的で、計画的に職場や職務を変更することを行います。いわゆる「ジョブローテーション」です。このジョブローテーションでさまざまな部署での職務を経験させ、管理職・幹部人材を育てていきます。
特に新卒採用はそれが期待されます。一方、中小企業は失礼ながら大手企業に行けなかった人たちがやってきます。相対的に適性の幅が狭く、偏っていることが多いです。
つまり、クセがあるのです。後継社長からすれば、「なんでオヤジ、あんな人を……」と思う採用・配置が目につきます。
たとえば、「話がうまくて、営業をやらせたらそれなりに売ってくるが、出張費計算や緻密な作業はまったくできない営業係長」と「頭もよく、コツコツした作業はできるのだが、さっぱり対人能力がない品質管理主任」がいるとします。
先代社長は「彼には部下指導ができるとは思えない。でも、仕方がない。(祈るような気持ちで)彼しかいないので課長代理にするか……」とか「アイツは肩書にこだわる男だ。課長にしたらもっと頑張ってくれるはずだ。よし課長にしてみよう」といった理由でより重要な役職に就けたりします。
中小企業こそ適性を見抜き、それに基づいた人の配置の工夫が必要になります。その人物が弱いところは他の人間の個性・適性で補います。
中小企業では管理職でさえ、とてもクセのある人がその地位に就いていたりします。クセのある者同士を組み合わせ、戦う組織をつくりあげるのです。それしか方法がないのです。
「はんぱな者どうしも、お互いに認めあい、補いあって仲良くやっていけば、仕事はやっていけるものだ」と本田宗一郎さん(本田技研工業創業者)も言っています。
いまの組織は先代社長が「人のクセ組」で苦労した結果なのです。日本の人事労務管理は、先代社長の考え方のように人格・適性・人の能力を基準とした「適材適所」管理です。一方、欧米のそれは、職務を基準とした「適所適材」管理といえます。ポスト・職務に最適な人を募集・採用します。
したがって、日本型は「人に対して給与を払う」能力給がなじみます。一方、欧米型は「職務に対して給与を払う」職務給がなじみます。日本型は職務内容が曖昧です。
仕事ができる人はドンドン仕事を任されますし、その人が職務を拡大・充実していく傾向があるのです。優秀な人が職務を創っていくともいえます。仕事ができない人は真逆の方向に動きます。
欧米型は職務が先にあります。採用する際に雇用契約書と併せて職務記述書が作成されます。そのなかで職務の内容や範囲が明確にされます。ですから、欧米型のほうが業績評価は行いやすいといえます。いま、日本の方向性は欧米型の人事労務管理、職務主義に移行すべきだという論調があります。
しかし、職務主義・職務給は今日の日本社会では現実的ではありません。したがって、現在のいわゆる「日本型同一労働同一賃金」の文脈では、正規社員と非正規社員の格差是正を要請されているにとどまるものです。
とはいえ、政府が職務中心の人事評価やそれに基づく給与決定を推奨しはじめていることは確かです。また、経済政策的には、日本は年功主義に基づいた人事管理ではもうやっていけないのではないかという問題意識があります。
この点、経済的に日本だけが成長しておらず、取り残されているという危機感が根底にあるようです。また、国際的なデジタル分野の高度人材獲得競争に負けているということも大きいでしょう。
私はこれらの問題について、どうすべきかについて論じる知識も能力も持ち合わせていませんが、日本ではチームワークを重視し、職務内容の厳格な区分や管理がいまだ存在しないため、欧米型をモノマネしても直ちにうまくいかないことは明白です。
これは中小企業が自社の人事労務管理をいかに行うべきかを考えるときと同じです。海外にある基準やフォーマットに安直な答えを求めてはいけないのです。日本人の良さを生かした人事労務管理を自分の頭で考え抜くことなく、局面を打開できることはないでしょう。
次代の日本の人事労務管理についても「青い鳥」はいないのです。また、職務主義・職務給を採用するときに、私たちはそのメリットだけを論じるだけではいけません。
そのデメリット・副作用をどう克服するか、逆に日本が日本らしく日本の良さを発揮するにはどうすればよいかを、真剣に自分の頭を使って考える必要があります。
❻年単位より、長期的に昇進昇格で格差をつけていく
先ほど、中小企業は「シグナル方式」が採用されやすい、と述べました。「シグナル方式」とは処遇の際のスタンスです。成果をあげた人がその成果に見合った分配を受けるべきだという理屈をベースにした「馬ニンジン」方式に対するものです。
その理由は本書で一貫して述べてきました。再度、別の表現でまとめます。中小企業は「1人の100歩より100人の1歩」を目指したい。
そのためには社員のパフォーマンスの総和を向上させる取組みが求められます。言い変えれば現有勢力で戦う組織づくりです。そのためには社員みんなが各人の適性・クセを活かし、補い合うことが求められます。
そうなると、ABCと評定をつけてレッテルを貼り、半年に1回告知し、格差を強調する制度はなじみません。さらに、その評定によって大幅に処遇格差をつけることもふさわしくありません。でも、みんなが同じ給与・賞与となれば、優秀者や真面目に努力している人から、「正直ものがバカを見る会社」と思われかねません。
また、問題のある人の改善も見込めなくなります。そこで、〝苦肉の策〟として、優秀者には「あなたは優秀だ、期待している」ということを、ダメな人は「アナタは問題だ!」と〝伝える〟必要があります。
それが「シグナル方式」です。もちろん、結果として「シグナル方式」は、短期的な賞与や昇給では、優秀者とそうでない者の格差があまりつきにくいという欠点がいつまでも残ります。
これについて、お悩みの社長も多いようです。しかし、長期的には格差がつきます。いや、グンとつけるべきです。それは昇進昇格によってつけます。同期入社で勤続30年の2名(50歳)がいたとします。
甲さんはベテランですが部下を使えない、ときに反抗的で社内融和を保てない〝万年主任〟(事実上、万年ヒラ)です。
乙さんは順調に出世して、製造部を率いる取締役部長(工場長)です。そんな、甲さんと乙さんとは、50歳の時点で、年収ベースで2倍ほどは差をつけたいものです。中小企業の昇進昇格は、ハッキリ言って人事評価制度などでは決まりません。
もっといえば、大手企業や大手金融機関でも出世は〝人事評価制度〟などでは決まっていないのではないでしょうか。私は特に中小企業における昇進昇格は、一定の能力はもちろんですが、その社員の人格つまり人としての格で決まると考えています。
信頼に足る人柄か否か、ということです。人事給与のコンサルティングの現場で「昇進昇格のやり方(つまり、誰を課長にするかなど)を教えてほしい」と言われたことは一度もありません。
皆さん、誰を昇進昇格させるかは素晴らしい〝感ピューター〟で答えを出せるからです。「馬ニンジン方式」で処遇するのではなく、できるだけ、良い人格・人相の人を採用し、長期勤続で育成します。
そのような良い人格の人を、短期的には「シグナル方式」で処遇しながら、長期の評価では給与を上げて、かつ退職金制度も含めて、ドカンと報いるのです。
社員はジェットコースターに乗りたくない
儲かったら社員に還元する。これを公平であり、正義と考えます。しかし、社員の切なる願望は「生活の安定」です。月給20万円で賞与重視の会社がありました。
ある年、会社は創業以来の最高益となりました。社長は「きた~!」とばかり、社員1人あたり年間600万円の賞与を払いました。次の年は通常に業績に戻り、賞与は年間60万円程度になりました。
しかし、社員はこのような「ジェットコースター」のような年収変動には耐えられないのです。合理的な筋の通った理屈があっても、社員は「下がる」ことに不平不満をため込むものです。リッチとブアーの「落差」が一番辛いわけです。
決算で利益が出てお金を使いたいときは、職場環境の改善投資や社員旅行などの福利厚生にお金を使い、極端にその年だけの「コブ」を作らないのがコツといえます。
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