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第4章社会的責任

目次

第4章社会的責任

15マネジメントと社会

「企業の社会的責任」の意味が変わった

企業の社会的責任については一世紀も前から論じられている。事実、マネジメントに関する文献には、必ず社会的責任に類する章がある。

しかし一九六〇年代の初めから、企業の社会的責任という言葉の意味が変わった。かつては、企業の社会的責任についての議論は、三つの分野で行われていた。

①私的な倫理と公的な倫理との関係に関わる問題があった。組織を預かる者は、どこまで個人としての倫理に従うべきか。組織に対する責任は、どこまで個人としての非倫理的な行動を許すか。あるいは強制するか。

昔から「国のためにしていることを私人として行ったら、なんという悪人ということになるか」との政治家についての言葉がある。②働く者に対する責任に関わる問題があった。③地域社会への貢献という意味での責任に関わる問題があった。

美術館、博物館、オペラ、オーケストラの後援、学校、教会の役員としての奉仕、慈善活動などへの寄付だった。

重要なのは、いかなる貢献ができるか

ところが今日、社会的責任を論ずるとき、重点はまったく別のところにある。社会の問題に取り組み解決するために、企業は何を行い、何を行うべきか。人種差別をはじめとする社会問題や環境問題の解決について、行いうる貢献に重点が置かれている。

スウェーデンでは、大手電機メーカーASEAをはじめいくつかの大企業が、六〇年代末、アフリカのある大規模電力プロジェクトに参加したことを非難された。

このプロジェクトは、国連が支援し、世銀が融資し、スウェーデンの社会党政権が保証していた。目的はアフリカの極貧地域の生活水準の向上だった。ただし、それはポルトガルの植民地だった。

そのため、プロジェクトに参加した企業は、生活水準の向上を助けることによって植民地主義を支援したと非難された。企業の社会的責任についてのもっとも強い要求は、六〇年代に出されたニューヨーク市長ジョン・リンゼイの声明に見ることができる。

彼は、ニューヨークの大企業に対して、黒人居住区の面倒を見、住民が生計の資を得、教育を受け、職を得ることができるようにしてほしいと要請した。加えて、黒人家庭の夫や父が、家族とともに住めるようにしてほしいと訴えた。

マネジメントに対する過信

これらの要求についてよく聞かれる解説はまちがっている。要求の高まりは、企業に対する敵意から出てきたものではない。過大な期待を生んだものは企業の実績である。社会的責任についての要求は、多分に成功の代償である。

先進国では、経済的な成果は当然のこととされている。いまや経済活動は万能である、ないしは万能なはずである。したがって、人類の三分の一を一世紀の間に豊かにした同じ力が、残りの三分の二をさらに短期間で豊かにできるはずである。

少なくとも急速な発展を可能にするはずである。ヨーロッパでは、今日にいたるも一九世紀末のアパートを見ることができる。それは、およそ住まいとはいえない。換気が悪く、暗く貧弱な部屋で、エレベーターなしの五階、石炭か薪のストーブが一つあるだけ、汚れた小さな風呂が七人家族に一つというアパートである。

しかしそれらのアパートも、かつては新興中産階級のためのものだった。今日、われわれが生活の質について心配できるという事実こそ、成功のあかしである。過去において生活の量における成功をもたらしたリーダー的な階層が、今日、生活の質についての責任を期待されていることは当然にすぎない。

単純素朴である。不合理ではない。たしかに社会的責任を求める声は、あまりに多くを期待している。だが、正しいことを期待している。その声の底にあるものは、権威に対する敵意ではない。マネジメントに対する過信である。

政府に対する幻滅

そのうえ、政府に対する幻滅、社会の問題を解決する能力への不信が強まっている。今日、企業や大学に社会的責任を要求する人たちも、一世代前には、社会的な問題はすべて政府が解決できると考えていた。

しかるに今日、政府主導を支持する者でさえ、あるいは日本、スウェーデン、ドイツのように政府への敬意と信頼が残っている国でさえ、政府に対する期待は大きくない。

強力な政府を望む者でさえ、政府の手にゆだねれば問題は解決するとは思っていない。社会的責任についての企業への要求の底にあるものは、企業のマネジメントが社会のリーダー的な階層としての地位を受け継いだとの考えである。

リーダー的な階層としてのマネジメントの台頭、政府への幻滅の増大、生活の量から質への重点の移行の結果、企業活動の中心に社会への関心を据えることを要求する声が大きくなった。

それは、生活の質の向上こそ、企業の事業であるべきとの要求である。かつては、社会の価値と信条、個人とその自由、よき社会を損なうことなく、いかにして自動車や靴をつくるかが問題だった。

これに対して新しい要求は、企業こそ社会の価値と信条を形成し、個人の自由を実現し、よき社会をつくれという。今日このような要求が、マネジメントが新しい考えを持ち行動することを不可欠にしている。

過去の方法では処理することはできない。もちろんパブリック・リレーションズでは処理できない。

三つの物語

最近の本や雑誌は、企業の無責任、貪欲、無能についての恐ろしい話を満載している。たしかに、無責任で貪欲で無能な企業はあるし、マネジメントもある。

マネジャーも人には変わりない。しかし社会的責任の問題は、無責任、貪欲、無能の問題ではない。そうならば、答えは簡単である。

行動基準を定め、守らせればよい。だが残念ながら、社会的責任の問題の根本は別のところにある。それは、よき意図、尊敬すべき行動、高度の責任感さえ、ときとして問題を起こしうるところにある。

ウェストバージニア州ビエナの町

並みの繁栄さえ一度もなかったウェストバージニア州の経済は、二〇年代末以降石炭産業の衰退とともに、低下の一途をたどっていた。

ニューヨークに本社を置く大手化学会社ユニオン・カーバイドは、創業当時、同州産の石炭を使っていたため、二、三の大手炭坑に次ぐ雇用主だった。そこでトップマネジメントは、社内の若手スタッフに、高失業地域への工場立地を企画させた。

ところが、もっとも苦境にあえぐ西端地域については魅力的な計画は一つもなかった。その地域こそもっとも仕事を必要としていた。小さな町ビエナとその周辺には雇用機会がまったくなかった。

立地できそうな工場は、高コストの特殊鋼工場だけだった。しかもその工場にとってさえ、ビエナは不経済な立地だった。地域で入手できる石炭はコストのかかる処理工程を必要とした。

そのうえ巨額の設備投資をもってしても、多量の灰と煙の排出を避けられなかった。しかしこの工場は、ビエナの町に一五〇〇人の雇用をもたらし、町からそう遠くない炭坑に五〇〇人から一〇〇〇人の雇用をもたらすはずだった。

トップマネジメントは、採算は限界的であっても社会的責任の観点から工場を建設することにした。工場には最新の公害防止設備をつけた。

当時は大都市の発電所でさえ、煙突から出る灰の半分を捕捉できればよしとしていた。このビエナ工場は七五%を捕捉する設備をつけた。

ただし当時の技術では、硫黄酸化物については何もできなかった。工場は一九五一年に操業を開始した。ユニオン・カーバイドは救世主となった。

政治家、政府関係者、教育関係者は、こぞって同社の社会的責任の遂行を称賛した。それから一〇年後、それまでの救世主が公衆の敵となった。

環境問題への関心の高まりとともに、ビエナの人たちも灰や煙の苦情を言うようになった。六一年には、反公害つまり反ユニオン・カーバイドを公約に掲げる市長が選ばれた。さらに一〇年後、ビエナ工場の悪名はアメリカ全土に喧伝された。

スウィフト・デ・アルヘンティーナの悲劇

スウィフト・デ・アルヘンティーナは、アルゼンチン最大の食肉工場だった。貧困地域で最大の雇用主だった。アルゼンチンの食肉加工業は第二次大戦後ずっと苦境にあった。

一九六八年、金融業を中心に南米諸国で事業を展開していたカナダ系のグローバル企業デルテック社が、この工場を買収した。同社は競争力をつけるため設備を近代化した。だが食肉加工業は衰退の一途をたどりつづけた。

競争相手の二社は六〇年代末に工場を閉鎖した。しかしデルテック社は、南米の他の事業への影響を考え、スィフト・デ・アルヘンティーナを閉鎖しないことにした。

失業率の高い地域において雇用を維持するとした。人員整理を行い、生産性を大幅に上げた。追加資金を投入した。銀行からも借りた。それでも七一年

には、用意した資本を使いきった。収益力は回復しなかった。ついにスウィフト・デ・アルヘンティーナは、従業員を含む全債権者に対して、工場の閉鎖と長期分割による債務の返済(しかもデルテック社への返済は最後)を提案した。

債権者の八六%が同意した。これは法律で決められている割合よりもはるかに高かった。ところが、法廷による承認は形式上のこととされていたにもかかわらず、アルゼンチンの判事はこの同意を無効とした。

同意を不正に取りつけたとして、スウィフト・デ・アルヘンティーナの破産を宣告し、政府に精算人の任命を要請した。デルテック社に対しては、債権者としての権利を一切認めなかった。

しかも、アルゼンチンの他の企業におけるデルテック社の持ち株をすべて差し押さえた。この決定は世論の支持を受けた。どう見ても反企業や反米でない人たちの間でさえ支持された。

公民権とクエーカーの良心

一九四〇年代の末、アメリカのある大手鉄鋼メーカーが、南部の事業部に新しい事業部長を任命した。この事業部は人種差別のひどい地方にあった。

それまで事業部のトップマネジメントは南部の人間で構成されていたが、新しい事業部長は北部の人間だった。ボランティアで公民権運動をしていたクエーカー教徒だった。本社のトップマネジメントは、任命にあたってこういった。

「たしかに君は、いままでの仕事ぶりによってこの昇進を得た。だがそれだけではない。君は公民権運動に携わってきた。

法律も労働協約も、差別を禁じている。しかし南部のあの事業部は、黒人に平等な機会を与えたことがない。あそこでは黒人が助手以上にはなれない。

これまでは手をつけられなかったが、やがて大問題になりかねない。早く行動してほしい。組合の支持を取りつけてほしい。

君が公民権運動で、労働組合の連中と一緒に活動してきたことはよく知っている」この新しい事業部長は、一年をかけて地域社会に知られ、組合幹部ともよい仲になった。やがて機会が訪れた。工場を拡張し、新しい溶鉱炉に何人かを配置する案件が持ちあがった。

組合との協約は厳密に適用した。少数ではあるが熟練の黒人をいくつかの地位に任命した。白人の先任権をおかすことなく、白人を黒人の下に置くこともしなかった。しかし、新しい人員配置を掲示した朝、組合幹部がやってきた。

「何百もの苦情がたまっています。長い間の懸案です。これ以上は我慢できません。三六時間のストライキに入ります。無理は望んでいません。

誠意のしるしだけでも見せてもらえば延期します。たとえば、提示したばかりの人員配置を保留するだけで結構です。

新しい溶鉱炉の人員配置は、組合と監督さんとでつくらせてください。これが協約に基づくストライキ通告書です」事業部長は、本社のトップマネジメントと組合顧問に連絡をとろうとしたが、なぜか二人とも捕まらなかった。

いずれの秘書も、ボスの居場所を知らなかった。いつ戻ってくるかも知らなかった。そのとき事業部長は、クエーカー教徒の賢人であり、かつ人種問題、特に黒人の雇用機会について急進的な考えを持つ友人を思い出した。

驚いたことに、その賢人は彼の苦境に同情を示さなかった。「雇用上の人種差別が、非合法で非道徳的で罪悪であるということでは、私も同じ考えだ。しかし、君のしたこと自体は、合法的ではあってもまちがっている。

君は地域社会に対して、大企業の経済力にものを言わせて特定の価値観を押しつけている。君の価値観や考えは正しい。しかし、大企業の経済力や、使用者の権力、職務上の権限によって、地域社会を支配しようとしていることに変わりはない。

これは経済的な帝国主義だ。目的がよくとも許されることではない」この事業部長は、会社をやめて北部へ帰った。

会社側は問題の人員配置表を破棄した。ストライキは中止となった。改めていうまでもないが、何年か後、その会社は、人種問題についてリーダーシップをとらなかったと激しく攻撃された。

社会的責任をマネジメントする

社会的責任についての要求は、多くの本や論文や講演がいうほど簡単ではない。しかし、シカゴ大学のミルトン・フリードマンが言うように、社会的責任を無視するわけにはいかない。

たしかに企業は経済的な機関であり、経済上の課題にのみ取り組むべきであるとの説はもっともである。社会的責任には、企業の経済的機能の遂行を損ない、したがって社会全体をも損なう危険がある。権限のない領域において、企業のマネジメントに権力を行使させてしまうというさらに大きな危険がある。

しかし、社会的責任は回避できないことも明らかである。社会が要求しているからではない。社会が必要としているからでもない。現代社会にはマネジメント以外にリーダー的な階層が存在していないからである。

これら三つの話に教訓があるとすれば、社会的責任は曖昧かつ危険な領域であるということではない。あらゆる企業にとって、社会的責任は、自らの役割を徹底的に検討し、目標を設定し、成果をあげるべき重大な問題である。社会的責任はマネジメントしなければならない。

16社会的影響と社会の問題

社会的責任はどこに生まれるか

社会的責任の問題は、企業、病院、大学にとって、二つの領域において生ずる。第一に、自らの活動が社会に対して与える影響から生ずる。第二に、自らの活動とは関わりなく社会自体の問題として生ずる。

いずれも、組織が必然的に社会や地域のなかの存在であるがゆえに、マネジメントにとって重大な関心事たらざるをえない。

しかしこの二つの社会的責任は、まったく違う性格のものである。前者は、組織が社会に対して行ったことに関わる責任であり、後者は、組織が社会のために行えることに関わる責任である。

現代の組織は、それぞれの分野において社会に貢献するために存在する。それは、社会のなかに存在する。地域のなかに存在する。隣人として存在する。そして社会のなかで活動する。そのために人を雇う。

したがって、組織が社会に対して与える影響は、それぞれが自らの存在理由とする社会に対する貢献にとどまることがない。病院の目的は、看護婦や料理人を雇うことではない。患者の世話をすることである。

だがその目的を達成するには、看護婦や料理人を必要とする。するとただちに、諸々の問題と課題を抱える職場コミュニティが誕生する。特殊鋼工場の目的は、騒音を出し有害なガスを出すことではない。顧客のために高性能の金属をつくることである。

しかしそのためには、騒音を出し、熱を出し、煙を出す。これら社会に及ぼす影響は、組織の目的に付随して起こる。多くの場合避けることのできない副産物である。これに対して社会の問題は、組織とその活動の影響からではなく、社会自体の機能不全から起こる。

組織は、社会環境のなかにおいてのみ存在する。それは社会の機関である。したがって、社会自体の問題の影響を受けざるをえない。地域社会がなんら問題視せず、かえって問題と取り組むことに抵抗したとしても、社会の問題は組織にとって重大な関心事たらざるをえない。

なぜなら、健全な企業、健全な大学、健全な病院は、不健全な社会では機能しえないからである。マネジメントが社会の病気をつくったわけではない。しかし社会の健康は、マネジメントにとって必要である。

自らが社会に与える影響への責任

故意であろうとなかろうと、自らが社会に与える影響については責任がある。これが原則である。組織が社会に与える影響には、いかなる疑いの余地もなく、その組織のマネジメントに責任がある。

世論が反対していないというだけでは言いわけにはならない。そのような問題に取り組むことは評判を悪くするとか、同業に恨まれるとか、どこからも要求されていないということも、言いわけにはならない。

遅かれ早かれ、社会は、そのような影響を社会の秩序に対する攻撃と見なす。そのような影響を除き、問題を解決するために責任ある行動をとらなかったものに対して、高い代価を払わせる。

ここに、いくつかの例がある。一九四〇年代末から五〇年代初めにかけて、フォードが車の安全性の向上を試みた。シートベルトつきの車を売り出した。

しかし、あまりに売れなかったため、フォードはシートベルトつきの車から手を引き、安全車という考えまで捨てた。

それから一五年後、安全意識が広がると、自動車メーカーは、安全性への関心の欠如と、死の商人たることについて激しく攻撃されるようになった。

その結果、市民を守るだけでなく、メーカーを罰することに熱心な法律が、次から次へとつくられた。

社会に対する影響をいかに処理するか

社会的影響を処理するには、まずその中身を明らかにしなければならない。明らかになった影響をいかに処理するか。目標ははっきりしている。

社会、経済、地域、個人に与える影響のうち、組織の目的や使命の達成に不可欠でないものは、最小限にすることである。できればなくすことである。

組織内に対するものか、組織外の社会や環境に対するものかを問わず、影響は少なければ少ないほどよい。

したがって、影響の原因となっている活動そのものを中止して影響をなくすことができるならば、それが最善の答えである。唯一の優れた解決である。だがほとんどの場合、活動を中止することはできない。

したがって、影響の原因となっている活動を継続して行いつつ、そこから生ずる影響を除去するために、あるいは少なくとも最小限にとどめるために、体系的な取り組みが必要となる。ここにおいて理想とすべきアプローチは、影響の除去をそのまま収益事業にすることである。

たとえば、アメリカの大手化学会社ダウ・ケミカルの例がある。同社は二〇年近く前から、大気汚染と水質汚染に取り組んできた。第二次大戦後間もなく、大気汚染と水質汚染を好ましからざることと認識し、絶対に除去することを決意した。

環境が問題にされるはるか前に、工場からの汚染をゼロにすることを決定した。しかも同社は、除去した汚染物質から新製品を開発し、用途と市場を体系的に創造していった。これと似た例として、デュポンの工業用毒物研究所がある。

同社は、一九二〇年代に自社製品に有害物質が含まれていることを問題視した。そこでただちに毒性を試験するための研究所をつくり、毒性除去のプロセスを開発した。他の化学品メーカーが当たり前のこととしていた影響を除去していった。

その毒性除去を事業に発展させた。今日、この工業用毒物研究所は、幅広い顧客のために毒性をテストし、無毒性原材料の開発を行っている。

ここにおいても、影響は事業上の機会に変えることによって除去された。影響の除去は、常に事業上の機会とすべく試みなければならない。もちろん多くの場合は不可能である。影響の除去はコスト増を意味する。

外部費用として社会の負担としていたものが、自らのコストとなる。したがって、同業他社が同じルールを受け入れないかぎり、競争上不利になる。多くの場合、同一のルールを受け入れさせるには、政府規制が必要となる。

公的措置が必要である。したがって影響の除去がコスト増を招く場合には、最小のコストで最大の効果をもたらす規制手段を検討し、自ら成案を用意しなければならない。こうして正しい規制の立法化を図る必要がある。

これまで、企業のみならずあらゆる機関のマネジメントがこの責務を避けてきた。彼らの考えは、規制のない規制がよい規制というものだった。

しかしそれは、影響を事業上の機会にすることができて、はじめていえることである。影響の除去のために行動の制限が必要なときには、規制は組織、特に責任ある組織にとって利益となるはずである。

規制がなければ、責任ある組織もやがて無責任として非難され、その間良識のない者、貪欲な者、ばかな者、騙す者が利益を得ることになる。

事実、規制が行われないことを期待するのは、都合の悪いときに目をつぶるに等しい。今日世論が問題にしていないからといって無視してよいことにはならない。

長期的な見通しを持つマネジメントが将来の危機を回避するためにとる措置に対して、世論が無関心だったとしても問題とすべきではない。

最終的には企業の悪事とされる。社会的影響の問題を解決するには、トレードオフ(相殺)が必要である。ある程度以上影響を除去しようとすると、得られる効果に対して累積的に資源、エネルギー、資金が必要となる。そこで費用と効果とのバランスを得るための意思決定が必要となる。

産業に携わる者であれば、誰でも理解していることである。しかし産業の外の者にはまったく理解できない。そのため彼らの提案は、トレードオフの問題を無視したものとなる。社会的影響に対する責任は、マネジメントの責任である。

それは、社会に対する責任ではなく、自らの組織に対する責任である。影響を事業上の機会にすることが理想である。不可能ならば、最適のトレードオフをもたらす規制案をつくり、公共の場における論議を促進し、最善の規制を実現するよう働きかけることが、マネジメントの責任である。

社会の問題は機会の源泉である

社会の問題は、社会の機能不全であり、社会を退化させる病である。それは組織、特に企業のマネジメントにとっての挑戦である。機会の源泉である。

社会の問題の解決を事業上の機会に転換することによって自らの利益とすることこそ、企業の機能であり、企業以外の組織の機能である。

変化をイノベーションすなわち新事業に転換することは、組織の機能である。イノベーションを技術に特有なものとしてはならない。これまでの歴史において、社会的なイノベーションは、技術的なイノベーションよりも大きな役割を果たしてきた。

一九世紀の主な産業は、新しい社会環境としての工業都市を、事業上の機会や市場に転換した結果生まれた。最初にガス、次に電気による照明事業が起こり、市内電車、郊外電車、電話、新聞、デパートなどの事業が起こった。

したがって、社会の問題を事業上の機会に転換するための最大の機会は、新技術、新製品、新サービスではなく、社会の問題の解決すなわち社会的なイノベーションにある。事実、成功を収めた企業の秘密は、そのような社会的イノベーションにあった。

第一次大戦前は、労働争議の時代だった。失業率が高く、労働は厳しかった。熟練労働者でさえ、時間当たりの賃金が一五セントにまで下がった。

ところがフォードは、一九一三年の暮れ、あらゆる労働者に対して、当時の平均の二倍から三倍にあたる日当五ドルを保証した。

もちろん、パートナーのヘンリー・フォードにこの決定を押しつけたジェームズ・クーゼンスも、賃金負担が一夜でほぼ三倍になるのを覚悟していた。

しかし彼は、働く者のために思いきった行動をとらなければならないと考えた。彼は、賃金を三倍にしても、やがて労働コストの総額は下がると判断した。

その正しさは証明された。フォードの労働移動は激しく、一九一二年当時、一万人を確保するためには六万人を雇わなければならないほどだった。

ところが新しい賃金によって、辞めていく者がほとんどいなくなった。コストの節減は大きく、その後数年にわたって続いた原材料価格の上昇にもかかわらず、T型車の価格を下げ、かつ一台当たりの利益を増大させることができた。

同社が市場を支配できることになったのは、この思い切った賃金の引き上げが生んだ総労働コストの節減だった。しかも、同社のこの行動がアメリカの産業社会を変えた。アメリカの労働者は、やがて中産階級として確立された。

社会の問題は、事業上の機会に転換すれば、もはや問題ではない。しかしそうできない問題は、社会にとって、たとえ退化病とまではいかなくとも、慢性病となる。あらゆる問題が、業績をもたらす機会に転換できるわけではない。

事実、問題のなかでも深刻な種類のものは、なかなか事業上の機会に転換することができない。それでは、この慢性病あるいはさらに退化病となった問題に関わるマネジメントの社会的責任は何か。

それらの問題も、マネジメントにとっては重大事である。企業の健康はマネジメントの責任であり、企業の健康は社会の病気と両立しないからである。

企業が健康であるためには、健全な、少なくとも機能する社会が必要である。社会と地域の健全さこそ、企業が成功し成長するための前提である。それらの問題が自然になくなることはありえない。

誰かが何かをしなければ解決されない。それでは、企業やその他の組織は、自らが及ぼした影響によって生じた問題ではなく、また自らの目的に沿った事業上の機会に転換することができない問題について、どの程度まで取り組むことを期待されるべきか。

企業、大学、病院などの組織は、どの程度まで責任をとることを許されるべきか。今日よく聞かれる議論は、このような疑問を無視している。ニューヨークのリンゼイ市長は「黒人居住区の問題については、どうしてよいかわからない。

政府や、社会奉仕や、地域社会が何をしても悪化するばかりだ。したがって、この問題は大企業に任せたい」と言った。リンゼイが代わりを探していることは理解できる。

彼をくじけさせつつある問題は絶望的であり、ニューヨーク、アメリカ、西側世界全体にとって大きな問題である。

だがそうかといって、黒人居住区の問題をマネジメントの社会的責任にすることはできるのか。それとも社会的責任にも限界があるのか。その限界はどこにあるのか。

17社会的責任の限界

本来の機能を遂行する

マネジメントは召し使いである。主人は、彼らがマネジメントする組織である。したがって、マネジメントにとって最大の役割は、自らの組織に対するものである。

すなわち企業、病院、学校、大学の別を問わず、組織を機能させ、その目的とする貢献を果たさせることである。

大きな組織の長として公的な地位につき、社会の問題についてリーダー的な役割を果たしたとしても、自らの企業や大学を不振に陥れたのでは、公人とはいえない。単なる無責任である。

与えられた信任に応えていない。組織がそれぞれに特有の使命を果たすことは、社会が関心を持ち、必要としていることである。個々の組織が、その特有の機能を遂行する能力を損なったり減少したりしては、社会の損失である。

いかなる組織といえども、本来の機能の遂行という最大の責任を果たさないならば、他のいかなる責任も果たせない。

破産する企業は、望ましい雇用主ではない。地域社会にとっても、よき隣人ではない。明日の職場や働く者のための機会を生み出すことができない。

同じように、明日のリーダーや専門家を養成することのできない大学は、いかに多くのよい仕事に携わっていたとしても、責任ある大学とはいえない。

つまるところ、マネジメントは、事業上のリスクを負い、将来の活動に着手するうえで必要な利益の最低限度というものを知っておかなければならない。

意思決定を行ううえで、この限度を知らなければならない。自らの意思決定について、政治家、マスコミ、社会に説明するためにも知らなければならない。

しかるに、彼らが利益の必要性とその機能について無知であるかぎり、すなわち彼らが利潤動機なるものについて考え、かつ論じているかぎり、社会的責任について合理的な意思決定を行うことも、それを組織の内外に対して説明することもできない。

社会的責任に関しては、企業以外の組織にも同じ限界がある。自らの組織に特有の機能を危うくしては、いかに高尚な動機であっても無責任というべきである。

もちろん、このような考えはあまり人気がない。いわゆる進歩的な考え方のほうが人気がある。

しかしマネジメントたるもの、特に社会の基本的な組織のマネジメントたるものは、マスコミの人気を得るために報酬をもらっているのではない。業績をあげ、責任を果たすために報酬を得ている。

能力と価値観による限界

自らに能力のない仕事を引き受けることも、無責任である。それはむごい行動である。期待を持たせたあげく失望させる。

組織、特に企業は、自らが及ぼす社会的影響について責任を果たすうえで必要な能力は、すべて身につけておかなければならない。

しかし、それ以外の社会的責任の分野においては、行動の権利と義務は自らに固有の能力によって限定される。

特に組織は、自らの価値体系に合致しない課題に取り組むことを避けなければならない。熟練や知識は容易に手にできる。だが価値観を変えることはできない。

重要と思っていない分野で優れた活動のできるものはいない。企業にしても他の組織にしても、単に社会的な観点から、自らが重視していない問題に取り組んでも、そのために優れた人材を割いたり、十分な支援をすることはない。

なすべきことの全貌を理解できるとも思えない。むしろほとんど確実に、まちがったことをする。したがってマネジメントたるものは、少なくとも、自らと自らの組織にとって欠けている能力が何であるかを知る必要がある。

たとえば企業は、一般的にいって、定量化できない分野における能力が欠如している。企業の力は、計算と測定の可能な分野にある。業績の基準が目に見えない分野、すなわち政治的な問題、地域社会の問題、権力に関わる問題は不得手とする。

そのような分野において、価値あるものに対して敬意を持つわけはない。そのような分野において、能力を持つことはほとんどない。

しかしそのような分野でも、問題によっては、目標を明確かつ測定可能な形において設定することは可能である。その場合、企業の能力と価値体系に合致する仕事に転換することが可能である。一〇代の黒人少年に対する職業訓練に大きな成功を収めた組織はあまり多くない。

しかし企業は、政府機関、学校、その他地域社会の諸々の機関に比べるならば、かなり大きな成果をあげている。この仕事は明確な形で把握し、定義することができる。目標を設定し、成果を測定できるからである。このような分野では、企業も成果をあげることができる。

権限の限界

社会的責任に関するもっとも重要な限界は、権限の限界である。法学には、責任という単独のコンセプトはない。あるのは責任と権限のコンセプトである。

権限を持つ者は責任を負う。逆に責任を負う者は権限を要求する。責任と権限は、同一のものの両面である。社会的責任を負うということは、常に社会的権限を要求することを意味する。

ここにおいても、社会的責任の限界としての権限の問題は、自らのもたらす影響については関係がない。なぜなら自らのもたらした社会的影響それ自体が、たとえ純粋に偶発的かつ無意識のものであっても、権限の行使の結果だからである。ここにおいては自動的に責任が生じる。

しかし、企業やその他の組織が、社会の問題や病気について社会的責任を要求されたときには、マネジメントは、責任に伴う権限が正当であるかどうかを徹底的に考えなければならない。

さもなければ、越権と無責任を招く。企業が責任を要求されたときは、必ずそれについて「権限を持っているか、持つべきか」を自問する必要がある。もし権限を持たず、また持つべきでないならば、責任を負うことの是非に疑いを持つべきである。

事実、きわめて多くの分野において、企業はそのような権限を持つべきではない。あえて責任を持つということは、権力欲の一つの現れにすぎない。アメリカの消費者運動家ラルフ・ネーダーは、自らを大企業の敵と見なしている。

企業も世論もそのように理解している。事実、彼は、製品の品質や安全性について企業の責任を要求するかぎりにおいては、企業の正当な責任すなわちその業績と貢献に対する責任を問題にしていた。

だが今日、彼は大企業に対して、自らが提供する財やサービス以外の分野においても責任を要求する。ネーダーのタスク・フォースの一つが、一九七二年、デュポン社とデラウェア州との関係について調査報告書を発表した。

デラウェア州は、デュポン社が本社を置き、その最大の雇用主となっている小さな州である。この報告書は、同社の経済的な業績については何も論じていない。同社がインフレ下において、アメリカ経済にとって基礎的な原材料となっている製品の価格を引き下げていったことを、社会的責任とは無関係としている。

その代わりに報告書は、同社がその経済的な影響力を行使して、デラウェア州の人間に人種差別、保健、公立学校など社会の問題に取り組ませることをしなかったと批判している。すなわちデュポンは、デラウェア州の社会、政治、法律について責任を果たさなかったがゆえに、その社会的責任を怠ったと非難したのである。

ところが皮肉なことに、それまでのデュポンに対する進歩派や左翼からの批判は、まったく逆のものだった。すなわちデュポンは、小さな州において傑出した存在となることによって、州に対して干渉し、支配し、不当な権限を行使していると非難していた。

マネジメントたるものは、社会の問題に対して責任をとることが、自らの本来の機能を損ない傷つけるときには抵抗しなければならない。要求が組織の能力以上のものであるときにも抵抗しなければならない。

責任が不当な権限を意味するときにも抵抗しなければならない。しかし、問題がきわめて重大な性格のものであるときには、問題の解決について徹底的に検討し、その解決策を提案する必要がある。問題が深刻であれば、結局は何かがなされなければならない。

企業をはじめあらゆる組織が、社会の深刻な病気のすべてに関心を払わなければならない。できれば、それらの問題を、組織の貢献と業績のための機会に転換しなければならない。

それができなくとも、少なくとも問題がどこにあり、どう取り組むべきかを検討しなければならない。関心を払わないことは許されない。

この組織社会においては、彼ら組織のほかに、諸々の社会の問題について関心を払うべきものがいないからである。この現代社会において、組織のマネジメントこそ、リーダー的な地位にあるからである。

しかし同時に、われわれは、先進社会には自立したマネジメントを持ち、業績をあげる組織が必要であることを知っている。先進社会は、全体主義社会として機能することはできない。事実、先進社会は、その社会的な課題のほとんどが、それぞれ自立したマネジメントを持つ組織によって果たされるところに特徴がある。

そのようにして社会的な課題が果たされて、初めて先進社会が生まれる。ここにいう組織とは、政府機関を含め、それぞれがそれぞれに特有の目的を持つ組織である。

それらの組織は、それぞれ特定の分野で特定の成果をあげることを目的とする社会の機関である。それらの組織が果たすべき最大の貢献、すなわち最

大の社会的責任とは、自らに特有の機能を果たすことである。したがって最大の無責任とは、能力を超えた課題に取り組み、あるいは社会的責任の名のもとに他から権限を奪うことによって、自らに特有の機能を遂行するための能力を損なうことである。

18企業と政府

政府との関係をどう考えるか

組織特に企業のマネジメントにとって、社会的責任に関わる重大な問題の一つとして、政府との関係がある。しかるにこの関係は、マネジメントの社会的責任が論じられるときに、触れられることさえない。

われわれは組織社会の現実とニーズに応じた新しい政治理論を必要とする。しかし、そのような理論を手にするまでの間においても、政府と企業はそれぞれ自らの領域の仕事を遂行していかなければならない。

しかもそれらの仕事のうち、政府と企業が協力して取り組むべきものと、別個に取り組むべきものとを見分けなければならない。現在のところ、われわれは政府と企業の関係について答えを出す段階にはいたっていない。

したがってわれわれは、たとえケース・バイ・ケースであっても、問題の考え方や基準を手にしておかなければならない。しかも、それらの中間的な解決が、われわれをまちがった方向にコミットさせ、優れた解決の道を閉ざし、政府と企業の間にまちがった関係をもたらすことのないようにしなければならない。

実は、それらの中間的な解決策を考え、その実行について監視することは、マネジメントの仕事である。政治学者による解決を待ってはいられない。なぜならそこには、企業、経済、社会にとってあまりに大きなものがかかっているからである。

歴史上のモデル

われわれの教科書は、今日にいたるも、資本主義経済すなわち市場経済における政府と企業の関係をあらわすモデルとして、自由放任(レセ・フェール)を説いている。しかし自由放任とは、第一に、経済理論のモデルであって政治理論や政府活動のモデルではない。

過去二〇〇年間、なんらかの影響力を持つ政治学者のうち、ベンサムとジョン・スチュワート・ミル以外に、たとえ口先だけでも自由放任に関心を持ったものはいなかった。第二に、自由放任は、経済についても、イギリスで一九世紀中ごろのごく短い期間に行われたにすぎなかった。

政府と企業の関係を律してきたのは、自由放任ではなく、二つの政治モデルだった。重商主義(マーカンティリズム)と立憲主義(コンスティテューショナリズム)である。この二つのモデルのうち、重商主義のほうが歴史が古い。重商主義モデルでは、経済とは国の主権、特に軍事力の基盤である。

国家経済と国家主権とは同じ広がりを持つ。この重商主義モデルでは、企業人は官僚に比べ社会的に劣るものとされる。特にルイ一四世治下のフランス、ビスマルクのドイツ、第二次大戦前の日本がそうだった。今日においても、行政に携わる者の任務は、企業を支配し、強化し、奨励すること、特に輸出を支援し奨励することにあるとされている。

もちろん企業人の地位は、技術とマネジメントの発展によって大きく改善された。政府のパートナーとなり、政府と共生する存在となった。しかしそれでも、重商主義モデルにおいては、企業は政府に対して下位のパートナーとされる。

一方、一九世紀に主としてアメリカで発達した立憲主義モデルは、基本的に政府と企業は対立関係にあるとする。両者の関係は、行政によってではなく、法律によって規制されるべきものとする。立憲主義も、重商主義と同じように自由放任を信じてはいない。

企業活動は、企業人に任せておくにはあまりにも重要であるとする。しかし、重商主義が企業を指導、誘導、補助するのに対して、立憲主義は企業に「何々するなかれ」と言う。反トラスト法、規制機関、刑事告発を行使する。立憲主義の考えは、業界団体の扱い方とその地位に現れている。業界団体は疑いの目で見られ、政府と企業のパイプとして使われることはない。加入の強制は禁止される。

舞台裏、たとえばロビー勢力として強力であっても、公式にはいかなる力も資格も与えられない。重商主義、立憲主義のいずれも政治モデルである。いかにあるべきかという規範である。当然、現実はモデルとは違う。

しかし重商主義と立憲主義の二つのモデルは、すでに一世紀以上にわたり、政府と企業の関係について規範となり、指針となってきた。政府や政治家に対して、いかに行動するかを教えた。

世論に対して、何が正しく、何がまちがっているかを判断するための基準を与えた。この二つのモデルは、政府と企業の関係を決定づけることはできなかった。しかし、政府と企業の関係に関わる問題を、その都度解決するうえでは役に立った。

新しい問題

今日、立憲主義も重商主義も陳腐化した。もはや、いずれも政府や企業に指針を与えなくなった。解決を迫られる問題を扱えなくなった。それは、混合経済の進展、グローバル企業の発展、社会の多元化、マネジメントの台頭があったからである。

①第一の現実は、混合経済の進展である。重商主義も立憲主義も、資本主義経済のための理論であり、社会主義経済のもとにおいても有効だった。だがいずれも、政府と企業の活動とがからみ合い、しかも両者が競合関係にあるという混合経済では役に立たない。

②二つのモデルのいずれとも調和させることのできない第二の現実が、グローバル企業の発展である。グローバル企業は、三〇〇年前に一緒になった政治主権と国家経済が離婚した結果生まれたものである。少なくとも両者が別居した結果生まれたものである。もはやアメリカのような最大最強の国においてさえ、国家経済を定義することはできなくなっている。しかるに、政治主権のほうはいまだに完全に国家的である。しかも、国家に代わるべきものが登場する兆候はない。

③第三に、組織社会においては、政府は唯一の組織ではない。政府はそれぞれ特有の目的を持つ無数の組織の一つにすぎない。そのような社会では、政府以外の組織のリーダー、特に企業のマネジメントに社会的責任が生ずる。ということは、政府の地位や役割に独自性がなくなったということである。政府以外の組織は、もはや重商主義モデルにおける国家政策のための道具ではない。

④最後に、オーナー兼起業家に代わるものとしてのマネジメントの台頭がある。伝統的な二つのモデルは、いずれもオーナーたる企業人を一方の主役とする。しかし現実は、マネジメントである。出身、教育、背景、価値観において、政府の人間と酷似したグループとしての企業のマネジメントである。

同時に政府省庁の人間もまた、他のあらゆる組織の指導者と同じように、マネジメントとなりつつある。もちろんそこには、企業の官僚化という危険がある。だがいずれにせよ、この新しい事態の発展が、政府と企業の間の昔からの境界線をなくした。

重商主義モデルと立憲主義モデルの前提たる政府と企業の区分さえ形骸化した。これらのことは、企業よりも政府にとって問題であると言われるかもしれない。

しかし、政府と企業の関係に関わる二つのモデルが、いずれも現実の関係を律することができなくなったという事実は、企業とそのマネジメントにとっても、無視するにはあまりに重大である。だが、その解決はまだ先のことである。

解決策を判断する基準

いかなる恒久解決、政治理論、モデルも存在しないとしても、政府と企業の関係に関わる個々の問題は解決していかなければならない。とりあえず必要なものは、具体的な問題に対する中間的かつ一時的な解決策の良否を判定するための基準である。

手にすることができ、また手にしなければならないものは、個々の問題の解決において、国、政府、経済、企業にとって基本的かつ長期的観点から必要とされるものを強化し、あるいは少なくとも守っていくための指針である。

より多くの法律は必要ない。法律の不足に悩む国はない。われわれは新しいモデルを必要としている。今日期待できるのは、個々の問題に対する一時的な答えだけである。しかしそれらの答えは、四つの最低限の基準を満たさなければならない。

①企業とそのマネジメントを、自立した責任ある存在としなければならない。

②変化を可能とする自由で柔軟な社会を守らなければならない。

③グローバル経済と国家の政治主権とを調和させなければならない。

④機能を果たす強力な政府を維持強化しなければならない。

19プロフェッショナルの倫理知りながら害をなすな

企業倫理以前の問題

これまで、企業倫理や企業人の倫理については、数えきれないほど説かれ、書かれてきた。だがそれらのほとんどは、なんら企業と関係なく、倫理ともほとんど関係のないことだった。

まずその第一は、まったく単純な日常の正直さについてだった。われわれは、企業人たるものはごまかしたり、盗んだり、嘘をついたり、贈賄したり、収賄したりしてはならないと厳かに言われる。

しかしこれは、企業人のみならず、誰もがしてはならないことである。いかなる人間といえども、その職務や仕事によって、人間行動の一般的なルールの適用を免れることはできない。

企業の副社長、市の助役、大学の学部長に任命されることによって、人間でなくなるわけではない。しかも、ごまかしたり、盗んだり嘘をついたり、贈賄したり収賄したりする人間というものは、常に存在する。

これは、企業ではなく、個人、家庭、学校の道徳観に関わる問題である。ビジネスの倫理というものが別にあるわけではない。

必要なことは、企業の重役であれ誰であれ、誘惑に負けたものを厳しく罰することだけである。第二は、これまた倫理とはなんら関係のないことについてだった。顧客をもてなすためにコールガールを雇うことは、倫理の問題ではない。

人間としての美意識の問題である。髭を剃りながら、鏡のなかにポン引きの顔を見たいかどうかの問題である。もちろん潔癖な指導者を持つことは素晴らしい。

しかし歴史上残念ながら、この潔癖さというものが、王、貴族、僧侶、将軍などの指導者、あるいはルネサンス期の画家や人文学者、中国の文人などのインテリの間に、一般的な資質として広まったことは一度もない。

最近これら二つの説教材料に、特にアメリカでは、第三のテーマが加えられるようになった。すなわちマネジメントは、地域社会において積極的かつ建設的な役割を果たす倫理的な責任、すなわち自らの時間を地域社会の活動に使う倫理的な責任があるという。

だがこの種の活動は強制されるべきものではない。この種の活動に参加することが、企業内で賞されることがあってはならない。報酬を受けたり昇進することがあってはならない。この種の活動を命じたり、圧力をかけることは組織の力の乱用である。

正当な権力の行使ではない。地域社会の活動に参加することは望ましいことである。しかし倫理とは関係ない。責任とも関係ない。隣人として、一市民としての資格における個人の貢献の問題である。仕事の外にあるもの、マネジメントに関わる責任の外にあることである。

リーダー的地位にあるものの責任

マネジメントの人間に特有の倫理の問題は、彼らが集団的に見たとき、リーダー的な地位にあるという事実から派生してくる。もちろん、マネジメントの人間といえども、個人としては被用者にすぎない。

マネジメントを構成する個々の人間を社会のリーダーと呼ぶことはできない。彼らはリーダー的地位にあるグループの一員である。しかしそのグループは、目に見える抜きんでた地位、しかも権限を伴う地位にある。

しかるがゆえに、彼らには責任がある。それでは、リーダー的地位にあるグループの一員としてのマネジメントの責任と倫理とは、具体的には何か。リーダー的地位にあるグループの一員であるということは、本質的にはプロフェッショナルであるということである。

そのようなグループの一員であるということは、ある身分、地位、卓越性、権限が与えられているということである。同時に、義務も与えられているということである。もちろん、マネジメントにある者がすべてリーダーであるわけではない。

先進社会には、マネジメントの地位に何百万とはいわなくとも、何十万もの人たちがいる。しかも真のリーダーシップは常にまれであり、ごく限られた人たちの属性である。

だがそれでも、マネジメントの立場にあるものはすべて、リーダー的地位にあるグループの一員として、プロフェッショナルの倫理を要求される。すなわち責任の倫理を要求される。

「知りながら害をなすな」

プロフェッショナルの責任は、すでに二五〇〇年前、ギリシャの名医ヒポクラテスの誓いのなかに、はっきり表現されている。

「知りながら害をなすな」である。プロたるものは、医者、弁護士、マネジャーのいずれであろうと、顧客に対して、必ずよい結果をもたらすと約束することはできない。最善を尽くすことしかできない。

しかし、知りながら害をなすことはしないとの約束はしなければならない。顧客となるものが、プロたるものは知りながら害をなすことはないと信じられなければならない。これを信じられなければ何も信じられない。

それでいながら、プロたるものは自立性を持たなければならない。顧客によって、支配、監督、指揮されてはならない。また、自らの知識と判断が自らの決定となって表れるという意味においては、私的な存在でなければならない。

しかし同時に、自らの私的な利害によってではなく、公的な利害によって動くことこそ、彼に与えられる自立性の基礎であり根拠である。言い換えるならば、プロたるものは、自立した存在として政治やイデオロギーの支配に従わないという意味において、私的である。

しかしその言動が、依頼人の利害によって制限されているという意味において、公的である。そしてこのプロの倫理の基本、すなわち公的責任の倫理の基本が、「知りながら害をなすな」である。

たとえば、自らの事業が社会に与えている影響について、業界で不評を買うとの理由から、適切な解決策を検討せず、あるいは検討しても実行しないマネジメントは、知りながら害をなしていることになる。

知りながら癌細胞の増殖を助長している。もちろん、そのようなマネジメントは愚かというべきである。そのような態度は、自らの企業や産業を傷つけることになる。それだけではない。そのような態度は、プロの倫理にはなはだしく反する。

アメリカの社会的病い

似た問題は他にもある。アメリカの代表的な企業について見てみると、最低の給与の者とマネジメントの間、すなわち機械オペレーターと工場のマネジャーとの所得格差は、最高でも手取りで一対四にすぎない。しかも所得格差は縮小しつつある。

にもかかわらず、一般社会は格差が増大しつつあるとの印象を受けている。完全な錯覚である。危険な錯覚である。この錯覚はあらゆるものを腐らせる力を持つ。ともに生き、ともに働くべき異なるグループ間の人間の信頼関係を破壊する。

やがて誰も得をせず、社会、経済、マネジメント自身に対して害を与える政治的な措置がとられるだけである。巨大企業の社長の年収五〇万ドルにしても、ほとんどがみせかけである。それは所得ではなく身分である。

どのような抜け穴を見つけても、ほとんどが税金に持っていかれる。ボーナスにしても、所得の一部を多少なりとも税率の低い形の報酬で手にするにすぎない。いずれも経済的にはたいした意味がない。

しかし社会心理的には、「知りながら害をなしている」。弁護の余地はない。致命的なことは、不平等化の錯覚である。原因の根本は税法にある。マネジメントがそのような反社会的な税制を受け入れていることがまちがっているというべきである。

これが「知りながら害をなすな」の原則を破ることになることを認識できないならば、他ならぬマネジメントが最大の被害者となる。「知りながら害をなすな」の原則は、今日の社会的責任に関する宣言の類に見られる政治性に比べるならば、いたって平凡に思われる。

もちろんこれは、医者たちにはずっと前からわかっているように、守ることの容易なものではない。そしてまさにこの平凡さが、「知りながら害をなすな」の原則を、マネジメントの倫理すなわち責任の倫理にとってふさわしいものとする。

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