第4章環境整備は、形から入り心に至る
見えるもの、形あるものから始めるとうまくいく
前章では、環境整備によって会社の評価が決められることをお話ししました。環境整備の重要性を、感じていただけたと思います。本章では、環境整備を導入するときの原理原則を説明します。
まず、環境整備は、目に見えるもの、形あるものから始めてください。明確な指示ができ、結果が納得のいく確認ができるからです。
※整頓から始める。
他人にやる気や奮起を促す作業は簡単ではありません。何しろ人の心は一定ではなく、たえず変わっていきます。
上司から発破をかけられて、そのときは「よし、頑張ろう」と思っても、翌日には「ああ、面倒くさい」と考え、そして事実サボってしまう。それがまともな人間です。
心という「目には見えないもの」を相手にしようとする限り、この問題は常につきまといます。ですから、環境整備では、まず、目に見える「物」から着手します。
この壁を磨いて白くしなさい、ここの書類を50音順にまとめなさい、という具合に、具体的な形がある物であれば、指示が出しやすくなります。
「壁を磨け」と言われて、何をどうしていいのかわからない人はいません。「やりたくありません」という気持ちにはなっても、「できません」と答えることは不可能です。
上司に「やりたくない」とは言えませんから、渋々ながらも手を動かします。さらに目に見えるもの、形があるものからがいいのは、結果についても、納得のいく確認ができることです。
指定した範囲が白くなったかどうかは一目瞭然です。もう1つ、目に見えることから始めた方がいい理由があります。
「会社を良くしたい!」と願うリーダーの多くは、勉強熱心です。各種のセミナーに参加したり、ビジネス書を読んだり、勉強をするのが好きな方がたくさんいらっしゃいます。
しかし、リーダーだけが進化しても会社は良くなりません。むしろ社員とのギャップが広がる分、業績は悪化しがちです。
勉強したことをパートやアルバイトまで含んだ全従業員に徹底して、はじめて血肉となり、会社が変わります。
ここで、全従業員に浸透させようと、学んだことをすべて教えても、相手は理解できません。人は、何かを学ぶとき、過去の経験と照らし合わせて理解しています。
つまり、階層が下がるにつれて経験も少なくなりますから、あなたが納得したことをすべて伝えても混乱するだけです。
あなたの意とはまったく異なった理解をすることも少なくありません。
森信三先生の『一日一語』に「相手の心に受け容れ態勢が出来ていないのにお説教するのは、伏さったコップにビールをつぐようなもの――入らぬばかりか、かえってあたりが汚れる」という言葉があります。
※受け入れる状態にしないとどれだけ言っても意味がない。
本やセミナーで何か学んだら、その中から、相手にふさわしい情報を取捨選択して教えましょう。いくらすばらしい内容でも、すべて伝えるのは自己満足です。
最初は個人の能力には関係なく、誰でも理解できることを教えるのが効果的です。それにはやはり、見えるもの、形のあるものから始めるべきなのです。
▼物的環境整備から始めること
環境整備は、具体的な指示で、小さく始める
環境整備を、見えるもの、形あるものから始める理由に、やる気に影響されずに手を動かしやすいこと、結果について納得のいく確認ができることを挙げました。
これらの効果を出すために、指示の仕方に工夫が必要です。主観の余地のない、具体的な指示を出しましょう。
たとえば、「きれいにしなさい」という指示は厳禁です。「きれい」には主観の介在する余地があるからです。見る人によって基準が違います。
雑な作業をされても、「私はきれいだと思います」と言われたら反論できません。だからこそ、「白くしなさい」「50音順にまとめなさい」という具体的な指示が生きるのです。
人的環境整備も形から入ります。挨拶をしたか、しないか、おじぎは分離礼かどうか、これらは一目瞭然です。このように、わかりやすいところから始めてください。
「いい返事をしなさい」では主観が介在します。人によって認識が違うので、指示した側の期待と違う行動になるのです。
言われた方は、いい返事とはどのような返事で、何をすればいいのかがわかりません。
野卑な流行り言葉で返事をされても、「この方が親しみやすいと思いまして」と反論されたら切り返すことはできません。
「いい返事」という指示をした方が悪いのです。指示は具体的にしましょう。
「返事はラ音で、『はい、かしこまりました』と言う」。これならば、誰でも練習すればできるようになります。
情報環境整備では、まず、時間を守ることから始めると言いました。時間を守ることは誰でも取り組めます。
時間を守ったか、遅れたか、これも目に見えるところからです。人間は誰しも、いきなり難しいことはできません。
そこで、「できない」とは絶対に言えない簡単なことの繰り返しを徹底させます。それには目に見えるものから始めるのが効果的なのです。
ただし、一気に実行しようとしてはいけません。すぐに挫折してしまいます。そして挫折すると、往々にして前よりも状況が悪化します。
挫折しないためには、目に見えるもののうち、誰もが抵抗感なく手をつけられるところから小さく始めるのが秘訣です。
不要物が山積している倉庫の整理は後回しにして、喫煙所まわりを掃除するところから始めるのです。
「喫煙所くらいがキレイになっても……」と軽視してはいけません。そのわずかなことすらも放置していたのが会社の文化となって、業績に表れているのです。
※些細なことも軽視してはいけない。
小さなことをコツコツ徹底し続けた暁には、会社が大きく変わったのを実感するでしょう。
▼一気に実行しようとすると失敗するので小さなところからコツコツ始めてみよう
汚いことに気づけない人はお客様の心にも気づくことはできない
環境整備によって、良い社風ができると述べました。環境整備によって、利益が上がると言いました。社風と環境整備、利益と環境整備は直結しないように思われるかもしれません。
ここでは、環境整備によって良い社風ができ、利益が上がるのはなぜか、お話ししたいと思います。環境整備はおろか、普通のお掃除や片づけすらもできていない会社があります。
床に落ちたクリップやポストイットは放置、喫煙所は灰だらけ、トイレの床にはトイレットペーパーの芯が転がりっぱなし、手入れをしないまま枯れた植木……。
こういう会社が業界のトップのシェアを持っているとか、どこにも真似できない独自技術を持っているといったことは断じてありません。社内が乱雑な会社は、例外なく業績も悪いのです。
なぜ、フロアや喫煙所、トイレや植木の状態が会社の業績に関係するのでしょうか。原理はとても簡単です。
乱雑さを乱雑さとして認識できない鈍い感性は、当然、お客様対応にもビジネスの進め方にも悪い影響を及ぼすからです。
毎日汚い環境の中にいるとどうなるでしょう。それが当然になります。つまり、社員の心も自然と汚れていくのです。きれいが普通だと、少しの汚れにも気づきます。
たとえば、書類の山と化したデスクに、ティッシュペーパーの箱を置いても気づきません。しかし、机の物を置かないきまりになっていたらどうでしょう。消しゴム1個でも気づくはずです。汚いのが日常と化すと、気づきの感性が摩耗します。
人間は、自分の目で見ている物、感じている物に気持ちがだんだん似ていきます。目に見える物、形のある物は、最終的に人の心につながるのです。
これは、「日本を美しくする会」を創設された、鍵山秀三郎先生から教わったことです。
この原理原則を知っているかいないかで結果は大きく変わります。もう1つ理由があります。
物的環境整備は、一見単純作業のように思えるかもしれません。しかし、毎日徹底的に続けるのは意外に簡単ではありません。
そもそも環境整備に取り組む人間の心が一定ではないのですから、最初のうちは、ばらつきが出るものです。
それでも徹底して続けると、やがてやるべき環境整備以外の場面でも、「ここが汚い」などと気づけるようになります。
※会社の環境整備以外で取り組むことができるようになる。
このような感性が養われた先に、ようやく変わり続ける「お客様の心」に気づける域に到達します。
野球選手の基本はキャッチボールです。傍からは単純に見えますが、一流選手は絶対におろそかにしません。
一球一球丁寧に投げる中で、わずかな体調の変化やフォームの乱れに気づくことができます。会社も同じです。
床に落ちたゴミや壁の汚れといった、明らかに目に見える物を見逃す人間が、どうして転変してやまないお客様の心を推察できるでしょうか。
気づける感性を養えたとき、お客様の心にそった仕事ができます。するとお客様は初めて、「花と実を採っていいですよ」と言ってくれるのです。
▼環境整備は、気づきの感性を養うもの
トイレ清掃で7年間体育祭が開けなかった高校が生まれ変わった
「朱に交われば赤くなる」という言葉の通り、人間は環境に支配される動物です。汚い中にいれば、心が荒むのはむしろ当然の成り行きとも言えるでしょう。
それを本人の性格や努力不足のせいにしたところで、何の問題の解決にもなりません。これは、すべての組織にあてはまります。
広島県の安西高校の話をご紹介しましょう。
これは、23年来の友人である、「広島掃除に学ぶ会」会長の井辻栄輔さんにご紹介された、山廣康子先生からうかがった話です。
同校の荒れぶりは半端ではありませんでした。校内暴力は日常茶飯事、学級は崩壊し、入学者の半数近くが中退するといった有様でした。
もちろん校内はゴミだらけ。教室の床の上に教科書やジャージが散乱し、机の向きもばらばらという状態です。教師にも、諦めに近い雰囲気が漂っていました。
2001年4月に教頭として赴任した山廣先生は、複数の教師の言葉に衝撃を受けました。
それは「問題行動を起こす生徒は1学期でやめていくから、学校は2学期には静かになる」というものでした。
生徒が辞めるのを待つのは、正常な教育現場の姿とは言えません。山廣先生は、改革を決意します。
学校が変わる大きな転機となったのは、同年の12月に行った「全校トイレ掃除」です。
公衆トイレの掃除をボランティアで行っている、先述の「広島掃除に学ぶ会」の指導を受け、教員、生徒全員で取り組みました。
対象は全校114個の便器です。素手によるトイレ掃除に、生徒は、はじめは及び腰でした。
ところがやってみたらどうでしょう。自分の手でトイレがぴかぴかになったことに感動しました。トイレと同時に、自分の心もきれいになったのです。また、何かをやり遂げたという達成感も自覚できました。
山廣先生は、「やればできる」という言葉を大切にしていますが、まさにそれを生徒が実感したのがこのトイレ掃除だったのです。
なお、私は、かつて山廣先生と一緒に、文部科学省の前の清掃活動を行ったことがあります。
そして、そのときの先生の清掃のスピードが、ものすごく速いのが印象に残っています。
トイレ掃除の結果、学校は確実に変わり始めました。それまでが特にひどかっただけに、変化は劇的でした。
荒れた校内もだいぶ落ち着きを取り戻し、トイレ掃除の翌年には何と7年ぶりに体育祭を開催できるまでになりました。
かつては草が生い茂り、ただの空き地と見まごうばかりの様相を呈していた校庭はきれいに整備され、当日は生徒たちの明るい声が響き渡りました。懸念されていた生徒の問題行動など、1つもありません。
「まさか、再び体育祭が開けるとは」この変わりように、地元の人も教員も驚きを隠せませんでした。
しかし、最も驚いていたのは他ならぬ生徒たち自身だったのです。生徒たち自身も、「変わりたい」という欲求はあったのです。しかし心はそう簡単には変わりません。
※無理矢理プログラムに入れて矯正させる。
そこに「環境整備」が導入され、目に見えるものが変わり、大きな変化を達成できたのです。
場を浄めること、物的環境整備から始めれば、確実に変わる。これは高校でも会社でも同じです。
人間集団というものは、原理原則を知って実践に移すと、劇的に変われるものなのです。広島県には、二葉中学という、やはり荒れた学校がありました。
そこも、安西高校と同様に、「広島掃除に学ぶ会」の指導のもと、清掃活動によって、生まれ変わり、29年ぶりの体育祭を開いたのですが、私が共に学ばせていただいている塾の塾生が同校のOBであり、しかもその息子さんが、体育祭を開いたときの生徒会の副会長を務めていたという不思議なご縁もありました。
安西高校のエピソードの中で、もう1つ私にはとりわけ強烈に印象に残っているものがあります。山廣先生はその後、同校の校長になりました。
毎日玄関に立って、生徒に声かけをします。時には服装の乱れを諭す場面もあります。人的環境整備です。
生徒は「人を見た目で判断するな!」と、もっともらしい反論をしますが、そこで原理原則を知っている校長先生は何と切り返したでしょうか。
「お前の良さをわかってもらえる前に、シャッターが下りる!」です。そんな服装ではそもそも相手にもしてもらえないよ、中身の良さを知ってもらえないよ、というわけです。会社組織に当てはめて考えてみましょう。
たとえば「わが社を見た目で判断してもらっては困る」「うちの工場を見た目で判断するな」「1言2言の挨拶で、私の何がわかるの」などと社会人が言ったらどうなるでしょう。
商品や会社、その人の良さがわかる前にシャッターが下りてしまいます。シャッターを下ろすのはお客様です。
お客様は、「会社は汚いけれど、製品は信頼できるかもしれない」と思うでしょうか。
「社員の服装はだらしないけれど、いい仕事をしてくれそうだ」、「訪問したのに誰も挨拶しないけれど、本当は親身に大切にしてくれるだろう」などと考えてくれるでしょうか。
第3章で述べたように、人間は見た目と音で9割判断されます。お客様は、そのようなところはさっさと通り過ぎ、ライバル店に行ってしまうのです。
▼人、会社は見た目で判断される
清掃活動で、安全な街、きれいな街が生まれた
環境整備によって生まれ変わったのは、学校だけではありません。もう1つ、新宿歌舞伎町の例を紹介しましょう。歌舞伎町と言えば、日本を代表する歓楽街です。
ある程度、年配の方ならご記憶だと思いますが、かつてこの街のモラル、治安は荒れ果て、地に落ちていました。転機が訪れたのは、都庁の新宿移転でした。
新宿のあまりにひどい現実を前に、当時のリーダーはこのままだと東京が、ひいては日本がダメになると危機感を募らせました。そこで警視庁に、そのような現状を改善できる人を送り込んでほしい、と要請したのです。
白羽の矢が立ったのは、竹花豊さんでした。竹花さんが、治安担当副知事に就任されて、最初に取り組まれたのが、掃除でした。
竹花さんが、広島県警本部長時代に、暴走族の若者と一緒にトイレ掃除をして彼らを更生させる活動をしていた、「日本を美しくする会」のメンバーが、副知事着任時に「全面的に支援する」と声をかけてくれたのです。
それが、鍵山秀三郎先生をはじめ、ともに20年来の友人である、「日本を美しくする会」代表世話人の田中義人さんであり、「東京掃除に学ぶ会」の代表世話人である、千種敏夫さんたちでした。
まず始めたのが、都庁のある西口の清掃でした。一カ所が整うと、他の汚いところが目につくのは、家でも会社でも街でも同じです。
今度は最も汚い歌舞伎町をどうにかしよう、という話になりました。そして日を決めて地道にゴミ拾いやドブさらいを始めたのです。
最初は奇異な目で見られていた清掃活動ですが、じわじわと浸透していきます。やがて、ホストクラブのホストさん達が、お世話になっている歌舞伎町をきれいにしようと、ゴミ拾いを始めるようにもなりました。
効果は劇的に表れました。あまりの荒廃ぶりに、きれいになるのには、早くても5年はかかるだろうと思われていたのが、3年もたたないうちに変わり始めたのです。
何より地元の人が「歌舞伎町がこれほどきれいになるとは」と驚きました。街がきれいになると、お客様の層が変わります。使うお金の単価も増え、お客様の数も増えました。
その一方で、犯罪が減少したおかげで、治安対策のコストが低下しました。収入が増えて支出が減るのですから、これほどいいことはありません。
現在、この新宿の取り組みにならえと、さまざまな自治体に、環境整備の取り組みが広がっています。
たとえば、新宿の南に位置する渋谷でも、清掃活動が始まりました。そこには、武蔵野の経営サポート企業である株式会社山崎文栄堂様(山崎登社長)も参加されています。
自社で環境整備に取り組むだけでなく、会社のある渋谷の街をきれいにしたいと、「東京掃除に学ぶ会」の活動に参加されているのです。
山崎文栄堂様は、オフィス用品通販アスクルの販売取扱店ですが、東京西エリアトップの販売実績を誇っています。
環境整備という地道な取り組みを続けることが改善へとつながります。それは学校、自治体、会社、業務形態を問わず、すべての人間集団にあてはまることなのです。
▼環境整備の効果は、業種業態を問わない
会社も物的環境整備で必ず変わる
全国の何万という会社の経営を再建してきた一倉定先生が、次のような言葉を残されています。
「多くの人びとは、環境整備について知っているようで、その実よく知らない。環境整備に対する認識も関心も薄いのである。私に言わせたら、これだけ奇妙な現象はない。盲点中の盲点と言うことができよう。この〝盲点〟にきづいて、これを行なう会社こそ幸いなるかな。社内改革の起点である環境整備のない所、会社の発展はあり得ないのは勿論のこと、社会秩序も住み良い世の中も、いや国家の繁栄さえ絶対に有り得ない」
一倉先生をして、このように言わしめるほど、多くの人が環境整備について正しく理解をしていません。
しかし、これは、考えようによってはチャンスでもあります。本書で環境整備の成功のポイントをご紹介しました。これを即実践に移せばいいのです。
早くスタートすればするほど、ライバルに差がつけられます。まず物から始める、これが最大のポイントなのです。
▼環境整備を実践しよう。早くスタートすればするほど、ライバルに差がつけられる
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