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第4章交渉戦略を立案する──事前準備の方法論

1─準備八割、まずは準備から2─ファイブ・ステップ・アプローチのポイント3─状況把握4─ミッション5─強み6─ターゲティング7─BATNA

第4章交渉戦略を立案する──事前準備の方法論1準備八割、まずは準備から悩む前に準備する私たちは、交渉しなければならない状況に直面すれば必ず、「さて、どうしようか。

どうすればうまく交渉できるだろう」と考えることになります。

交渉の前に、いろいろ思い悩むのは人の常です。

たとえば、「いつ価格の話を切り出そうか」とか、「条件の変更はどのように説明すれば良いか」といった条件や中身の話だけではなく、「私の提案を聞いて、相手が怒り出したらどうしよう」とか、「交渉が決裂したらどうしよう」といった不安もつきものです。

事実、交渉しているときよりも、その前のほうが、ストレスがたまるのかもしれません。

交渉前には、あまり交渉のことを考えたくない、と思うのも無理もないことです。

しかし交渉学では、必ず交渉前の事前準備からスタートさせるべきだと考えます。

交渉前の準備によって、①交渉中、不意な相手の提案や、こちらをだまそうとする汚い戦術に惑わされないようになる、②交渉に期待する成果をあらかじめはっきりさせることで、その場の雰囲気に流されて安易に譲歩する危険が少なくなる、③あらかじめ交渉の進行を予想して、事前の段取りを決めておくことで、交渉を効果的に進めることができる、といったメリットがあるからです。

ファイブ・ステップ・アプローチしかしそうはいっても、交渉前の準備は、なかなかしんどいものです、日常の業務に追われていると、交渉の準備をする余裕がないということも多いでしょう。

そこで、交渉前に最低限押さえておくべき考え方を紹介しましょう。

交渉前の準備には、いろいろなやり方があります。

ここではそのなかでも、最も効率的で効果的なファイブ・ステップ・アプローチ(FiveStepApproach)、日本語にすると、「五つの階段方式」を紹介します。

階段を一段一段あがるように、順番に準備していきます。

最後まで準備したら、一度準備したことをすべて眺めてみて、必要があればいくつか修正、変更することも可能です。

この五段階のアプローチをとることによって、全体から細部へと意識を向けることができるようになります。

交渉では、大局観というもの、すなわち交渉によって目指すべき利益に焦点を向けることが重要です。

しかし、多くの交渉では、価格の交渉や特定の条件の駆け引きに夢中になってしまって、この全体最適を忘れてしまいます。

一つ一つの合意はできたものの、全体として自分の目指す合意になっていないという部分均衡の状態から、全体最適の状態に視点を切り替えるためには、事前準備で交渉全体を俯瞰することが重要となるのです。

完璧な準備でなくてもよいなお、時間が限られていて十分な準備ができないときは、頭の中でこのアプローチを思い浮かべるだけでも効果があります。

この準備には最低、何分必要だといった制約はありません。

時間がない人は五分でもいいので、まず、やってみてください。

五つすべてができなくても、たとえば、状況把握とミッションだけ準備することができたというだけでも効果があります。

五つの階段すべてをこなさなければならないという完璧主義を捨てて、まずひとつだけでも準備をしてみましょう。

それだけでも効果があるはずです。

では、このファイブ・ステップ・アプローチを簡単にご紹介します。

2ファイブ・ステップ・アプローチのポイント階段その1──状況の把握人間は、不愉快な事実、自分に不利になる現実はできるだけ見たくないと思うものです。

しかし、不都合な事実を見なかったことにして、安易な対策だけを立てることは、危機管理ではやってはいけないことです。

そして困難な展開が予想される交渉も、同じ過ちを犯してしまう危険があるのです。

ただし、単に冷静に客観的に状況を把握することが大切だと言われても、実際にどうすればそのように冷静になれるのか、わからないはずです。

状況把握では、冷静に分析するための視点も提供します。

なお、この状況把握のスキルは、交渉の性質や重要度に応じて、組み合わせて使うことができます。

階段その2──ミッション「ミッション」とは、交渉を通じて最終的にどのような利益を獲得したいのか、あるいは合意によって、どのような新しい価値を生み出したいと思っているのか、に関するイメージのことです。

すなわち、「何のために交渉をして、交渉して合意することによって、最終的にどんな問題を解決したいのか」ということです。

例えば、ある病院がタブレット端末を導入しようと思い業者と交渉する場合、そのときのミッションは何でしょうか。

この場合、一台をたとえば、1万5千円で調達したいと考えていたとします。

これはミッションでしょうか。

そうではありません。

この場合のミッションとは、この端末を導入することが、組織にとってどのようなプラスになるのか、すなわちタブレット端末の導入によって、たとえば無駄な書類業務を削減して、効率化を図ることができるといった業務効率の改善や、患者やクライアントの症状や要望を全員が共有してよいサービスを提供することができるといった医療サービスの改善といったことが、ミッションとなるわけです。

しかし、現実の多くの交渉はミッションを考えずに、単にタブレット端末を安く買えばいい、あとで細かいことを考えようといった短期的な視点で交渉してしまいがちです。

これを避けるためにミッションは必ず、準備する必要があるのです。

階段その3──自分の強みを探す交渉結果が賢明な合意であるためには、双方の利益が反映されている合意であること、そして、その中に自分の利益が最大限反映されていることが求められます。

そのためには、できるだけ新しい選択肢や条件を作り出して、お互いの対立点を克服し、一方的な譲歩ではなく、何らかのメリットと引き替えに条件を変更するという建設的な譲歩を繰り返す必要があります。

このなかでコアになるのが、選択肢の形成(クリエイティブ・オプション、創造的選択肢の形成)です。

しかし、創造的選択肢とは何かといわれると、意外と曖昧な説明に終始してしまうことが多いのです。

ここでは、交渉中に創造的選択肢を駆使するために、まず自分の強みを明確にすること、そしてその強みをできるだけたくさん用意しておくことを重視します。

これは、ミッションに続いて非常に重要な準備です。

交渉では、自分を守る最大の武器は、自分の強みでしかありません。

そして、交渉相手がほかの誰でもなく、あなたと交渉したいと思っている本当の理由は、あなたの強みに魅力があるからなのです。

この自らの強みをどこまで駆使できるかが交渉の成否を左右します。

そこで事前に、自分の強みを「棚おろし」する必要があるのです。

強みを探すことは、自分を取り巻く状況が不利な場合にもその威力を発揮します。

交渉の逆転劇を生み出すのは、常に強みからなのです。

階段その4──ターゲティングミッションや自分の強みを考えてから、いよいよ協議すべき事柄(協議事項)について、具体的な目標の設定を行います。

実は、ほとんどの人は、交渉の準備というと、「さて金額はどうしようかな」と、いきなり、ここから始めてしまうのです。

しかし、金額にせよ、納期や性能、オプションの条件についても同じことなのですが、交渉では、最終的に自分の利益が最大化できるかどうかが一番大切なのですから、個別の条件の前に、大きな方向性を決めておく必要があります。

このターゲティングについては、①交渉で話題になる協議事項を特定する、②協議事項に関して、相手に対する提示条件(金額)について決定する、③自分が譲歩できる最低ライン(金額の場合は、これを留保価格(ReservationPrice)と呼びます)を決める、という3段階のアプローチがあります。

階段その5──合意できなかったらどうするかを考えておく交渉は合意を目指すものです。

しかし逆説的ですが、効果的な合意を形成するためには、あらかじめ合意できなかったときの打ち手を考えておく必要があるのです。

これを英語でBestAlternativetoaNegotiatedAgreement略して「BATNA(バトナ)」と言います。

簡単に言えば、先ほどのタブレット端末を導入するという事例の場合は、必ず複数の業者から見積もりを取るというようなことが、このBATNAの考え方のひとつです。

しかしBATNAとして、例えばタブレット端末を購入するのをしばらく見合わせるといったことも考えられます。

このBATNAが非常に弱いとき、あるいはほとんどBATNAがないように見えるときに、いかにしてBATNAを見つけるか、あるいはBATNAをどのように強化していくのか、その手法を交渉学ではいろいろと研究しています。

逆説的ですが、どんな交渉でも決裂する可能性を考えて、決裂時の対応策であるBATNAを用意することが、交渉の合意の質を引き上げることになるのです。

五つのステップをさらに詳しく説明しましょう。

3状況把握現在地の確認をする交渉に限らず、私たちはまず何かを始めるときに、自分の現在地はどこなのか確認するはずです。

あたりまえのことのようですが、自分が現在どのような状況に置かれているのかを理解することが適切な交渉を進めていく上で不可欠なのです。

しかし、人間は、現状を冷静に、そして客観的に把握することが必ずしも得意ではありません。

自分たちが有利な立場にいる場合、状況把握は比較的よく行なわれます。

しかし、自分たちが不利な状況にある時や、困難な局面に遭遇した時には、現状について自分たちに都合のいい面だけをつまみ食いして都合のいい状況にしてしまう危険性があるのです。

状況から始めよ企業不祥事では、初期段階で正確な状況把握を怠ったあまりに、事態の収拾の機会を失ってしまったということが少なくありません。

私たちは自分にとって都合の悪い状況が発生すると、その事実をなかったこと、つまり否認しようとします。

否認がうまくいかない場合は、次第にその事実に対して批判的になっていきます。

正確な状況把握とは、非常に難しいことなのです。

ではどのように正確な状況把握を行っていくことが望ましいのでしょうか。

「冷静になれ」「客観的な視点を持って分析しろ」といった精神論では何ともなりません。

自分が冷静ではない時や、あわてている時にあってもなお、客観的な状況把握ができるように工夫する必要があります。

状況把握の3つのポイントについて説明しましょう。

①利害関係者は誰かまず、今回の交渉に関わっている利害関係者は誰かをすべてリストアップします。

これによって、交渉に関係する人たちを把握します。

ビジネス交渉では、交渉に関わるプレーヤーが多数存在します。

その人たちが交渉によって何らかの影響を受けると同時に、交渉にも影響を与えているのです。

まず、このようなプレーヤーたちを全員把握することが重要です。

複数の企業が関係している場合には、できるだけすべての企業をきちんとリストアップすることが重要です。

正確な状況把握をする意味でも、自分が頭の中で考えている利害関係者を全て紙の上にリストアップすることが重要になります。

これをやることで、いろいろなことがわかります。

例えば目の前の交渉相手が非常にやりにくい相手であったとしても、交渉に関係するプレーヤーを全てリストアップすると、目の前の相手だけに着目することなく交渉を進めることができるようになります。

たとえば、利害関係者に働きかけることによって、目の前の交渉相手との関係を改善したり、目の前の交渉相手にプレッシャーをかけたりすることができるかもしれません。

またリストアップした利害関係者を眺めていると、自分の考えている合意内容で不利な立場に置かれるのが誰か、といったことが予想でき、これから進めていく契約の障害を早めに見つけることができます。

さらに、交渉相手が一番気にしている利害関係者(交渉相手の上司、取引先など)が見えてきます。

このように利害関係者は誰かという整理は、交渉を大きな視点から見つめる上で非常に効果的です。

②交渉を取り巻く外部環境今回の交渉を取り巻く外部環境(社会情勢や経済状況)は何かを考えます。

具体例で考えてみましょう。

例えば、先ほどの病院のタブレット端末調達交渉の外部環境について考えてみたいと思います。

この交渉の背景事情、特に、なぜこのような調達交渉を始めようと思ったのかを考えてみると、たとえば、学校や医療の現場で導入が進んでいること、端末が安くなってきたこと、簡単にソフトウェアが手に入り、そしてカスタマイズできることといった要因が上がってくるかもしれません。

しかし、実際の交渉開始の動機が、自分たちのライバルがタブレット端末を導入するという話を聞いたことによって、導入が検討されるようになっ

たということであればどうでしょう。

このように、交渉は様々な外部環境や外部要因(コンテキスト(Context))に影響されています。

この外部環境のうち、どれが一番、今回の交渉に強く影響しているのかを考えると、その交渉の必要性や重要性が見えてきます。

たとえば、ライバルのタブレット端末導入が、今回の交渉の重要な要因だった場合、「本当にそれだけの理由で導入すべきなのか」「本当に必要なのか」という疑問が出ています。

そうしたとき、たとえば、今回の交渉では、試験的に導入してみる、あるいは、必要性について現場にヒアリングしてから交渉するという対応が可能になるわけです。

このように交渉の外部要因に目を向けてみることが重要です。

③交渉を図式化冷静に状況を分析するためには、状況を可視化するのが効果的です。

利害関係者をピックアップし、交渉に影響を与えるいろいろな外部の状況を把握したら、それを一枚の紙にまとめてみると、さらに状況を正確に理解することができます。

交渉の図式化に特にルールがありません。

交渉に関わる人間関係を図式化したり、自分たちの求める条件を簡単に一覧表にするといった形でいろいろな図式化が可能です。

ただし、状況把握の中で最も効果があるのは、利害関係者と外部要因が一目で分かる一覧表になった図式です。

交渉のマトリクスと呼んだりしますが、このような可視化を試みることも有益です。

4ミッションミッションとは交渉を効果的に続けるためには、交渉の中にひとつの軸となるもの、すなわち交渉の全体を貫く基本方針が必要です。

私たちは、これを「ミッション」と呼んでいます。

ミッションというと一見わかりにくいかもしれません。

しかし、グローバルに通用する交渉をするためには、このミッションという考え方が非常に重

要となるのです。

最後のよりどころミッションは、日本語では、使命、義務といった意味の言葉です。

より具体的には、人間が果たすべき崇高な目標、もしくは自分が生きるためのよりどころといった意味を持っています。

交渉においても、この交渉を通じて何を果たすべきなのかということを考えなければいけません。

すなわち、この交渉を通じて、私たちの会社は、今後どのような発展を遂げるべきなのか、あるいは個人として、この交渉を通じて何を実現したいのか、あるいは何を獲得したいと考えているのか、このようなことを考えるのがミッションの役割です。

では逆に、ミッションとは正反対の発想とはどのようなものでしょうか。

それは、例えば、上司の指示があったから交渉をしなければならない、契約をとらないと売り上げにつながらないから交渉しているのであってそれ以上でもそれ以下でもない、といった考え方です。

ミッションは自分で作り上げるものミッションというのは、受動的なものではありません。

例えば、誰かに交渉するように命令されたから交渉するというのは、自分が交渉する外部的な要因についての説明でしかありません。

ミッションとは、交渉という手段を通じて、何かを実現しようとする発想があって、初めて生まれてくるものです。

では、具体的に、ミッションの効果的な作り方について説明しましょう。

組織のミッションは何か・会社の経営理念まず組織を代表して交渉することが多いビジネスパーソンの場合、会社の基本方針、経営理念を参照することからミッションを作り始めてみましょう。

会社のために交渉し、会社に最終的に利益が帰属する場合であれば、どんな些細な契約交渉やわずかな部品の調達交渉であっても、その交渉内容が会社の基本方針や経営理念に適合していることが求められます。

・理念への貢献そこで、自分が担当する交渉が果たしてどのような形で会社に貢献することができるのか、ということを考える必要があるのです。

各企業が作成する経営理念や会社の事業戦略は単なる形式的な文章ではありません。

全社員がその実現に向けて、日常業務の中で工夫しながら組織への貢献を考えることになります。

この考え方は会社全体で行われている交渉の質を上げていくために不可欠な発想です。

小さなネジ一つの価格交渉も、会社の基本方針に合致しているのかを振り返る姿勢を持つことが重要となります。

自分自身のミッションを考える・何が期待されているのか会社の基本理念や事業戦略を参照し、会社の全体的な方向性を確認した上で、今回の交渉はその企業理念や事業戦略のどのあたりに位置づけられるのか、そしてその上で、我々は交渉結果として何を会社から期待されているのかを考えていきます。

言い換えると、自分が直面する交渉によって、会社にどのような貢献ができるのかを考えるのです。

・合意の先を見るこれを考えるときにヒントになるのは、合意後の状況を想像することです。

最終的にこの合意によってどのようなビジネスモデルが構築されるのか、もしくはどのような利益が期待できるのかといったことを想像してみるのです。

交渉のアウトプットを合意ではなく、合意した後にフォーカスし、最終的にビジネスがどのような形で実現されていくのかに目を向けていきます。

・ミッションですべてが決まるこの段階でいよいよ今回の交渉の中で生かすことができるミッションを作ることができます。

このミッションは、できればじっくり考えたいところです。

しかし時間がない時は、この交渉によって自分は何を期待されているのかということを自問自答するだけでも、かなりの準備が可能になります。

ミッションとは、それを考えるだけでも効果があるのです。

最初のうちは、ミッションが明確にならないこともあるでしょう。

それでもかまいません。

ミッションという概念を自分で考えること、それ自体に価値があるのです。

・現在、直面する交渉の価値がわかるちなみに、ミッションをじっくり考えていくと、交渉それ自体を取りやめた方がビジネスとして望ましいのではないか、といった発想が生まれることもあります。

もちろん、困難な交渉が予想されるので、気が引けてしまい、交渉したくなくなり、なんとか交渉せずに済ませないか、といったような、問題から逃げるという意味ではありません。

ミッションを熟慮していくと、交渉の価値がより鮮明になり、その結果、その交渉の価値それ自体に疑問が生じることがあるということなのです。

例えば歴史的な例ですが、平安時代の貴族で、学問の神様としても知られる菅原道真は、遣唐使を命じられたにもかかわらず、すでに衰退している唐に行くことのメリットを疑問視して、遣唐使の廃止を提言しました。

遣唐使になることを命じられれば、普通ならば、どうやって唐に行くかを考えがちですが、「そもそも遣唐使は何のために実施するのだろう」と考えてみると、確かにこのような選択肢もあり得るわけです。

現実的には、私たちは仕事で、「交渉しなさい」と言われて、「その交渉には意味がないからやめましょう」と提言することはまずないでしょう。

しかし、そもそも何のために交渉するのかという問いかけは、交渉全体を見通す上で最も重要な概念になるわけです。

これがミッションを持つことの意義だといえます。

5強み強みを活かす交渉に行く前に、自分の強みをできるだけたくさん用意してから交渉に臨みましょう。

強みを把握することが、交渉の成功確率を引き上げる最大の要因です。

では、なぜ強みだけでいいのでしょうか。

ここに大きなヒントが隠れています。

強みとは、交渉相手があなたに対して魅力を感じる要素の一つです。

交渉相手は、何らかの強みをあなたから引き出したい、そしてそれを自分のビジネスに利用したいと考えて、交渉に臨むものです。

したがって、交渉の当事者以上に交渉相手の方が強みをよく知っていることのほうが多いのです。

もし、交渉相手に何ら魅力がなければ、そもそも相手は交渉のテーブルにつくことすらしないでしょう。

したがって、相手が期待している私たちの強みをいかんなく発揮しましょう。

具体的な付帯条件や選択肢は、すべて強みからしか生み出すことができません。

強みから生まれる選択肢だけが、交渉相手に訴求することになるのです。

そして、交渉での自分の弱みや、交渉相手に見せたくないところについては、準備しなくてもある程度、分かっているものです。

それにそのような弱みは、交渉の現場ではあまり役に立つことがありません。

まずは、強みを把握し、強みの活用に集中すべきです。

強みとは相対的なものでは、強みとは何でしょうか。

交渉における強みというと、圧倒的な商品力、あるいは圧倒的な競合他社に対する優位性といった絶対的な強みをイメージしがちです。

例えば、「当社の商品は他社に類を見ない優れた商品です」といった説明ができれば確かに強みにはなるでしょう。

しかし交渉における強みはそのような絶対的な優位性を探してばかりいると、見つからなくなってしまいます。

独占企業でもない限り、絶対的な優位性を確保して常に交渉に臨むというようなことは、まずありえませんし、そのようなことを目指すのは非現実的です。

小さな強みをたくさん集めるそこで、交渉では他者に対して相対的に優位であるという程度、あるいは交渉相手は持っていないが私たちは持っているという意味での優位性、この程度の優位性をできるだけたくさん保有しておくことの方がはるかに有益です。

例えばある商品を製造しているメーカーがあるとします。

売り込みのための交渉をしたいと思い、強みを探そうとします。

しかし、この商品はすでに多数のメーカーが製造していて、自分たちの会社のシェアもそれほど大きくなかったとします。

圧倒的な製品特性もあまりなく、価格以外に訴求できる要素がないのではないか、と思ってしまうのです。

しかし、競合他社と全く同一の製品を作っているわけではないとしたら、その差異に強みが隠れているかもしれません。

あるいは、製品の強みはないものの、契約の内容、たとえば、納期や品質保証といった点において、他社よりもわずかでも優位性があれば、そこが強みとなります。

製品に関する情報を、競争業者よりもたくさん提供できるといった、ほとんど当たり前のようなことでさえ、交渉では使い方次第で、相手に訴求する強みとなり得ます。

まず、この強みをできるだけ小さなものでよいので、数多く集めておくことが重要なのです。

そこで皆さんには、交渉前に自分たちの強みを10個以上列挙してから交渉に臨むことをおすすめします。

10個も果たしてあるのだろうかと考える人は、「強み」と言う言葉を、絶対的な優位性のことだと思い込んでいるのかもしれません。

強みというものは、小さくて些細なものでもすべて強みになり、そして一つの強みも、いろいろな側面から見れば、いくつかに細分化できるものです。

例えば、商品の価格が高いけれどもアフターサービスにおいて他社よりも強みがあるとします。

仮にそのアフターサービスの分野でも、最近は競合他社がかなり追いついてきてそれほど大きな差がないという場合であっても、これを強みの一つとして認識しておきます。

また、アフターサービスと一口に言っても、その中身は、電話相談から訪問修理、さらにはメインテナンスなど、細かく分けると複数の要素に分解することができます。

このようにアフターサービスとひとくくりにせず、その中身を一つ一つブレイクダウンしてそれぞれを強みとしてカウントしていきます。

このような強みのリストを持っていると、後で選択肢を形成するときに役に立ちます。

6ターゲティングターゲティングとはミッションや強みを把握し、いよいよ具体的な協議事項それぞれのターゲティング(目標設定)を行うことになります。

ここでようやく金額の目標設定、納期に関する具体的な期日の設定、購入数量の目標数値について検討することになるのです。

したがって、例えば500万円で販売したいという金額の目標、あるいは最初の販売目標5000個といった数値目標はミッションではなくすべてこのターゲ

ティングの話ということになります。

ターゲティングの中で最も重要となるのはおそらく価格になると思います。

価格設定を例にとってターゲティングの具体的なやり方について説明しましょう。

提示金額の決定まず、自分が交渉相手に提示する理想的な提示金額について決めます。

ここでは具体的な数字を明確に決めておくことが重要です。

なぜならここでの数字を曖昧にしておくと、交渉相手とのやりとり次第で相手にあわせてその場で譲歩してしまう危険性があるからです。

目標設定とは、現場でのやりとりにとらわれて、不必要な譲歩をすることを避けるためにあります。

従って提示金額は明確な数字で用意する必要があります。

留保価格続いて、自分が譲歩できる最低の金額を留保価格(ReservationPrice)といます。

留保価格の決定で大事なことは、この留保価格は目標ではないということです。

これよりも安くなると自分たちにとって利益が出ないという最低防衛ラインになります。

この留保価格を、「落としどころ」にしてしまえば、最も利益の出ない合意をしたことになるわけです。

選択肢交渉は価格だけを協議するわけではありません。

選択肢(CreativeOption)と価格の組み合わせによって、交渉相手も譲歩の可能性を模索することができます。

したがって、効果的な選択肢の提案を行うことが重要となります。

これを創造的選択肢ということもあります。

しかし、創造的といっても、交渉のアイデアは、それほど難しく考える必要はありません。

まず、自分の強みを探していく過程の中で、相手に提案できる選択肢が自然と見つかってきます。

強みを生かした選択肢を作ることが交渉の成功確率を引き上げ、不必要な譲歩を防ぐことができるのです(強みを生かした選択肢の具体的な作り方については、「第6章最高の合意を作り出す交渉の進め方」で解説します)。

また、相手の立場から交渉を見つめ直すという視点も重要です。

相手の視点から見ると、この交渉はどのように見えるのか、それを考えることで選択肢が充実します。

たとえば、交渉相手の視点に立ってみた時、新装開店を控えて商品の納期に関心があることがわかれば、納期に関する選択肢を考えることが効果的です。

そして、できるだけ自分の利益を大きくするためには、選択肢と金額の提示を組み合わせて提案することが効果的になります。

最初の提示価格の中で、たくさんのサービスを提供すると提示した場合、金額の譲歩と併せて、そのサービスも少しずつ減らしていかざるを得ないという提案は、ソフトウェア業界の交渉でよく見られる手法です。

このように、交渉相手に対する選択肢は、ターゲティングと組み合わせて考える必要があるのです。

ZOPAとはちなみに、自分の留保価格と相手の留保価格の間、たとえば私の留保価格が700万円で、相手の留保価格が1000万円の場合、その間である700万円から1000万円をZOPA(ゾーパ、ZoneofPossibleAgreement、合意可能領域)といいます。

ZOPAは、自分の留保価格と相手の留保価格の差であって、事前にある程度予測することがあっても、実際の交渉の中で相手の留保価格を探りながらZOPAを見つけることになります。

合意は点ではなく、幅で考えるこのZOPAという概念の意味するところは何でしょうか。

それは相手にも留保価格がある、すなわちいま相手が提示している金額だけが提示可能な金額ではないということを理解して交渉すべきだというところでしょう。

交渉では、必ず合意可能領域が存在するという発想を忘れないということです。

相手の提示金額に対して二分法に陥らないためには、このような考え方が重要となります。

なお、ZOPAは、交渉を分析するための説明ツールの一つです。

合意可能な領域を幅でとらえることが大切だということ説明しています。

ZOPAは一つの思考ツールただし注意が必要なのは、実際の交渉では、金額などの数値で決まる条件だけでなく、定性的な付帯条件との組み合わせによって、合意が形成されることです。

この金額以外の要素が非常に大きいのです。

理論的な分析を徹底するならば、ZOPAは定性的な条件も何らかの形でコード化し、データに置き換えて、ZOPAの中に数値化して織り込んでいくことになります。

しかし、現実の交渉では、そのような分析を行う必然性は、あまりないのではないでしょうか。

ZOPAは、交渉相手にも必ず留保価格があるはずだ、ということを忘れないために覚えておくという程度で十分だといえます。

7BATNABATNAとは私たちは合意を目指して交渉します。

しかし交渉結果によっては、相手との合意を無理矢理形成するよりは、むしろ今回の取引を中止して、別な可能性を模索するということも視野に入れて交渉する必要があります。

交渉前の段階で、万一、今回の交渉がうまくいかなかった場合、より具体的に言えば、今回の交渉相手との間で自分のミッションを実現できる見込みがなくなった場合、別の手段がありうるかどうかをあらかじめ考えておく必要があります。

これが、BATNA(バトナ、BestAlternativetoaNegotiatedAgreement)です。

交渉学では、数少ない専門用語の一つになります。

別な言い方としては、NoDealOptionという言い方もあります。

意味はどちらも同じです。

どちらも、「合意できなかった時の代替案」という意味です。

ではこのBATNAについて少し詳しく説明しましょう。

最悪に備えるBATNAは強者だけの特権かBATNAは、自分の立場が強い時にのみ有効な概念ではないかという疑問が生じます。

確かに、代替的な取引先が存在するような交渉は、私たちにとって有利な交渉です。

現在の交渉相手と、同じくらい魅力がある別の取引先が存在しているのであれば、この2つの取引先を天秤にかけて、最も有利な条件を引き出すことができるからです。

しかし、そのようなラッキーな状況での交渉が望めないからこそ、交渉学という新しい手法を身につけたいと考えている人が大半でしょう。

私たちにとって、難しい交渉とは、代替的取引先が容易に見つからない状況にある時や、代替的な取引先があるにはあるとしても、価格が高い、品質に問題がある、といった悪条件が重なり、現在の取引先よりもはるかに見劣りがするような場合です。

こんな状況で、「BATNAを持てば大丈夫、BATNAを強化しなさい」といわれても、どうしたらいいかわからなくなってしまいます。

他の取引先=BATNAとは限らないこのような状況下で、果たしてこのBATNAはどう使えばよいのか、疑問を持つのは当然です。

では本当に、「BATNAは交渉学の最大の発明」なのでしょうか。

とてもそれを信じることはできないのです。

答えは「イエス」です。

BATNAは、仮に現在の取引先に代わる取引先が存在しない状況においても、有益な概念なのです。

交渉の価値を見つめ直すなぜならBATNAとは、現在の取引の価値を、交渉決裂後の状況をシミュレーションしながら、再度、別の視点から評価するためのツールだからです。

現在の取引の価値は、合意を目指すだけでは、十分に把握できていないこともあります。

そこで交渉決裂時の対応策の存在や、その対応策の価値を分析することで、再度、今回の交渉が我々にどのような価値があるのかを見つめ直すのです。

もちろん、BATNAは、できれば現在の取引を有利に進めるためにも、より効果的なものを見つけ出し、それを強化していくべきです。

しかし、その前提としてまず、冷静に現在の交渉で合意ができなかったとき、どの程度の代替案が存在するか、落ち着いて考えることが大切なのです。

BATNAは魅力的でなくても、ないよりはましたとえば、代替的な取引先が見つからないという場合、部品の調達が半減するというリスクが発生するとします。

最悪の代替案は、交渉決裂後に入手可能な部品だけで生産を続けるというものです。

おどろくほど魅力のない代替案です。

しかし、この代替案を落ち着いて見つめ直すと、いくつかポイントが出てきます。

第一に、少なくとも交渉決裂によって、自社製品がすべて生産中止にはならないことがわかります。

最悪ではあるものの、生産はなんとか継続できることがわかります。

少なくとも何も手を打たなくても、最低限これだけのことができるのです。

第二に、交渉決裂時、代替的な調達先は本当に存在しないのか、あるいは、この部品を必ず使わなければいけないのか、といった問題を冷静に分析するスタートラインに立ったということです。

現在の交渉相手との交渉が合意できなかったらどうしよう、といった漠然とした不安ではなく、交渉決裂時の損失を冷静に見いだすことで、いろいろな打ち手が逆に見えてくるものです。

「決裂したら、我が社はつぶれてしまうのか」この時点で、BATNAについて考えていくことになります。

以前、ヒアリングをしていたとき、ある企業の関係者は、「最悪、この取引がなくなったら、うちの会社はつぶれるのかどうかと考えてみる」という助言をしてくれたことがあります。

もし、「そこまでひどくないのであれば、何か打ち手はあるはずだと考えます」ということでした。

私たちは、「恐怖そのものに恐怖する」という性質があります。

恐怖が見えなければ見えないほど、その不安は高まります。

しかし、一度冷静に、決裂時の状況を見極めると、見えてくることがあるのです。

このように、BATNAの効用とは、大切な取引相手との取引を失ったら大変なことになる、当社は大打撃である、困ってしまうといったあいまいな表現に終

始するのではなく、具体的にどう大変なのか、どのような打撃を被るのか、具体的に考えてみる機会を提供するところにあります。

このように考えると、BATNAを考えることによって、現在の交渉だけに焦点を合わせすぎてしまうという、視野の狭窄から抜け出すことができるのです。

BATNAの準備の仕方では、具体的にBATNAの準備の仕方について説明しましょう。

BATNAは次の三つのステップで考えます。

第一ステップ・決裂後の状況は第一に、現在の取引が成立しなかった場合、客観的にどうなるかを分析します。

例えばレアアースが調達できなくなった場合、どのような取引の影響が生じるのか、具体的な数値に落とし込んで分析し、予測していきます。

・損害の予測この取引がなくなったときの実際の損害を正確に測定するのです。

これが冷静に対応策を考えるための下地となります。

同時に、今回の取引がなくなったことによって、交渉相手が被る損失についても考えてみるといいでしょう。

よほどのことがない限り、交渉決裂の損失は相手にも発生します。

残念ながら、損失において、自社よりも交渉相手の方が被害が少ないということも判明するかもしれません。

しかし、相手の損失がゼロでなければ、必ず打ち手はあるのです。

第二ステップ次に、取引が成立しなかった場合の状況をふまえて、第二段階に移ります。

ここで、交渉決裂時の代替案をできるだけたくさん、考えます。

代替案を考える時には、二つのアプローチが有効です。

・代替的取引先第一に、代替的取引先の探索です。

今回の交渉相手との取引をやめたとして、大きく現状を変更することなく、代替的な取引ができる相手が存在するかどうか検討します。

ある会社との部品の供給交渉が決裂したとき、類似する部品が調達できるかどうかという分析です。

BATNAというとまさにこれだ、と思う人もいるようですが、交渉決裂時の代替案として有力ではあるけれども、アプローチの一つに過ぎません。

・ビジネスモデル変更の可能性第二に、ビジネスモデルの変更の検討です。

現在のビジネスモデルの変更は可能か考えます。

たとえば、レアアースを使わない製品開発はできないだろうか、あるいは、外部から調達していた部品の内製化はできないだろうかといった代替案の検討です。

このビジネスモデルの変更については、たとえば、「それは自分の権限ではない」とか、「それでは机上の空論になる」といった疑問が出てくると思います。

しかし、ここではあくまでもプランの一つ、すなわち交渉決裂時の対応策をゼロベースで考えるのですから、あなたにその権限があるかどうかとか、可能性の検討に終わってしまうという不安はさておいて、まずその可能性の有無を検討してみてください。

このような代替案を探し出して、一度、全体を見てみるところから、最終的なBATNAを作っていきます。

・他の人に考えてもらうちなみに、この代替案の検討は、自分だけでなく社内の誰かに依頼してもかまいません。

特に、比較的この交渉と利害関係の少ない誰かに考えてもらうことも有益です。

なぜなら、交渉の当事者はどうしても現在の取引先の魅力にとらわれて、代替案の作成に消極的になりがちです。

現在の交渉に直接関係していない人間に代替案を探してもらうと、意外と面白いものを見つけてきたりします。

たとえば、インテルは、かつてメモリーの製造を取りやめるかどうか、重大な決断に迫られたことがあります。

そのとき、当時の会長は、社内での製造の継続を求める声や、現時点で売り上げのある事業を止めることのリスクで頭を悩ませたのです。

しかし、「もし自分が取締役を辞めて、新しい取締役が最初にやるのは何だろう」と考えたとき、やはりこの事業を止めるだろう、という結論になりました。

それなら、自分たちでやろうということになったのです(この例は、チップ・ハース、ダン・ハース『決定力』早川書房、2013年、25頁を引用した)。

このように現在の取引をゼロベースで見つめ直すことは、とても重要なのです。

BATNAもこのような選択肢として考えてみると新しい視点が得られると思います。

第三ステップ・BATNAを選ぶそして第三段階で、いよいよBATNAを決定します。

すでに検討した交渉決裂時の代替案の中から、最善のものを選択するか、いくつかの選択肢を組み合わせて、BATNAを作っていくのです。

・短期的利益か長期的利益かここで注意が必要です。

現時点で最も損失の少ない代替案を我々は選択しがちです。

しかし、仮に、現時点では損失が比較的大きいものの、長期的には利益につながりやすい、あるいは、長期的に見ると、大きなビジネスモデルの変更をした方が望ましいのではないか、という視点を忘れてはいけないのです。

たとえば、短期的にはある程度のコスト増になっても、ある原材料を購入して、現行の製品を製造し続けることを選択した方が、損失が一番少ないように見えることがあります。

しかし、長期的には、ここでこの原材料をできるだけ使わない製品への転換を検討した方が、より大きな利益につながることもあります。

BATNAにおいては、短期的な損失回避の視点も重要ですが、それ以上に価値のある代替案を無視しないようにすることが大切です。

以上が、交渉の事前準備のファイブ・ステップ・アプローチです。

事前準備を行うということは、交渉中に感情に流されたり、不合理な意思決定に身をゆだねてしまう危険性をできる限り回避するための工夫です。

準備可能なものを事前に準備することによって、交渉の現場で自分の集中力を無駄遣いせず、重要な協議事項に振り分けることができます。

人間の限られた集中力を、できるだけ効率的に使うためには、事前準備は欠かせないのです。

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