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第4章リーダーは管理してはいけない

リーダー業務は「ガス抜き」である上司は部下を管理するのが仕事、と思っている人は多い。

では上司が、部下を管理するとは、どういうことであろうか。

私の持論は、部下を管理するとは、成果を引き出すために、部下に対して上司が「ポーズをとる」こと、つまりは、「演じる」ことなのだということである。

ここで私が言いたいのは、上司が部下に対して「あなたに関心を持っているよ、あなたのことをわかっているよ」とわかりやすく示すことによって、チームの覇気は高まり、ひいては生産性も高まる、ということだ。

たとえば、上司が部下の話を聞く時の姿勢について次のように言う人がいる。

「部下の話を聞く時は手を止めて、部下の方へ体を向けて聞け。

すぐに話を聞く時間がないのなら、いつなら話を聞けるかをその場で約束しろ」上司が仕事をしているところに部下が「ちょっとご相談が」とやってくる。

忙しい上司はつい「後にしてくれ」と言ったり、パソコンに向かう手を止めずに話を聞いたりすることになる。

すると部下はこう思うはずだ。

「忙しいのはわかるけど、もうちょっと真剣に話を聞いてほしい」もちろん、いざ話を聞いてみるとどうでもいい内容だったり、何を言いたいのかわからなかったりすることもある。

それでも、部下としっかりと向き合って話を聞くという「ポーズをとる」ことによって、部下は「ちゃんと話を聞いてもらった」と満足することになるのだ。

この通りに実行するかどうかはともかく、「あなたの話をちゃんと聞いているよ」というポーズは常に明確に見せた方がいい。

誤解を恐れず言えば、上司の仕事の7割はポーズだし、言ってしまえば、ポーズをとることの大半は、ガス抜きが目的である。

ガス抜きというのは、たとえば営業部隊を裏で支えるバックオフィスの人たちを集めてのお疲れさま会などがいい例だ。

人間が組織で仕事をしていれば、必ず不平不満という名のガスが噴出することになる。

こうした不平不満を放置したり、無理に抑え込もうとしたりすると、ガスはみるみる充満していき、いつか爆発してしまう。

問題というのは小さいうちに対処すれば何とかなるが、大きくなってからでは手の打ちようがない。

こまめに「換気」せよ不平不満をゼロにできるかというと、それは無理だ。

ただ、ガスが充満して爆発しないようにこまめに換気をしたり、扇風機を回したりして、「悪い空気」を少しでも薄めていく工夫が必要になる。

頭のいい人ほど、ガス抜きを馬鹿にして、「ガス漏れ」となっている根本の原因自体をなくそうとする。

これは決して間違ってはいないが、だからといって、日々の「ガス抜き」を怠っていいことにはならない。

そして仕事は、結局は人間同士がやることであり、人間同士が集まって働けば不平や不満といった「ガス」が溜まらないはずがないのである。

そのためにリーダーは部下の話を聞くとか、お疲れさま会をやるといったかたちで、ポーズを示したり、ガス抜きをしたりすることで、可能な限りいい雰囲気で仕事ができるよう環境を整備することが大切だというのが私の考え方だ。

POINT不平不満のような「ガス」は、放っておくと爆発する。

そうならないよう適度にガス抜きせよ。

「信じて任せる」はコスパ最強上司が部下に仕事を「任せきる」ことができず、細かく指示を出したり、途中、何度も報告を求めたり、いわゆる「マイクロマネジメント」をしてしまうのは、成果を上げたいというのもあるだろうが、おそらく一番の理由は部下を「信用しきれていない」ことにある。

部下に仕事を任せてはみたものの、内心では「本当に大丈夫だろうか」と不安を感じている。

進捗状況などを微に入り細に入り確認しようとするのは、そんな気持ちの表れとも言える。

上司が、部下の仕事ぶりを、細かく確認するのは「仕事熱心」なのではない。

単に、上司の側の度量と胆力が足らない場合が大半だ。

もちろん、そこには、「失敗をさせたくない」という親心も多少あるかもしれないが、管理される側の部下としては、「そんなに細かいことを言うんだったら、最初から自分でやればいいじゃないか」などと、不満を抱くかもしれない。

上司が細かく指示を出し、管理すればするほど、部下は自力で考えること、行動に移すことをやめる。

結果として上司が部下のために「良かれ」と思ってやっているつもりがまったく逆の結果を招くことになってしまう。

たとえば元野村證券の敏腕営業で、現在は生命保険のフルコミッション(完全歩合制)の営業パーソンをやっている宋世羅さんが自身の「宋世羅の羅針盤ちゃんねる」というYouTubeチャンネルで「富裕層は商品を見ないで、人を見ている」という話をしていた。

たとえばある時宋さんは、オーナー社長と電話でアポイントをとり、先方から「明日の3時に電話をしてきてくれ」と言われたという。

宋さんは10分くらい前から電話の前に待機して、3時ぴったりに電話をかけた。

電話で相手といろいろな話をして、実際に会う約束をとりつける。

次のアポでも時間ぴったりに行って商品の説明をする。

そのようなやり取りを続けていたある時、宋さんは先方から次のような言葉を投げかけられた。

「全部任せるから、君がいいと思うようにやっていいよ」。

理由はこうである。

「俺は君に3時に電話しろと言ったろう。

君が3時ぴったりに電話をかけてきたので、『こいつは信頼できる』と感じた。

だから君に任せようと思ったんだ」「小さな約束をきちんと守る人間は、他の約束もきちんと守るだろう」ということで、宋さんは顧客から絶大な信頼を得ることができた。

そこにあるのは、売る商品がどうこうではなく、その商品をすすめてくる人間が信頼に値する人間かどうかという価値基準である。

トップレベルの経営者ほど、商品ではなく、人を見ている。

金融機関が融資をするか否かを決める判断基準も、結局のところは融資を頼んできた「相手」が信用に足る人物かどうかである。

融資を申し出た人物に対して金融機関は、事業計画書や必要な書類を「○月○日までに持ってきてください」と言う。

ただ、そこで金融機関が見ているのはその中身以上に「きちんと約束を守る人物か」だ。

もちろん担保があるかどうかなど他の要素もあるにはある。

しかしそれ以前に、必要な書類を期日までにきちんと用意して提出できないような人が、借りたお金を期日までに約束通り返せるはずがない、というのは道理である。

これは、日々の仕事においても同様だ。

部下が大きな仕事をしたいなら、上司との小さな約束は絶対に守らなければならないし、そうした約束事を守ることができてはじめて、上司は部下を信頼して、仕事を任せることができる。

ビジネスにおいては「信頼」が何よりも大切だ。

宋さんも言っていたが、「君にすべて任せる」と自分に言ってくれた相手を裏切る人は滅多にいない。

ほとんどの人はその人の期待に応えようと最善の仕事をしようとするものだ。

そう考えると、上司と部下の関係においても部下を本気で信頼せず、こまごまと指示を出して管理しようとするよりも、「お前を信じて任せる」と全面的な信頼を置いて大いに任せた方が、部下はそんな上司を粋に感じるし、上司のために持てるパワーをすべて出し切ろうとするはずだ。

つまり、リーダーは管理せず、部下を信じて任せればそれでいい。

その方が管理するよりはるかに効率がいいし、結果的に、部下の潜在能力も最大限引き出すことができる。

リモート時代のマネジメントは「性善説」で行け2020年春と2021年年初にコロナ禍による緊急事態宣言が発出され、多くの企業でテレワークが導入された。

それまでオフィスで部下と一緒に働き、部下の様子を見ながら管理監督をしていた上司にしてみれば、「部下の姿が視界に入らない」ことが不安で仕方がないのか、テレワーク勤務中の就業状況を逐一把握したいというニーズが高まっているようだ。

時間を決めて1日に何度も報告を求める上司もいれば、チャットを使って頻繁に指示を出したり、報告を求めたりする上司もいる。

あるいは、会議でもないのにZoomをつけっぱなしにしておいて、「呼びかけたら○秒以内に返事をしろ」といった無意味な規則を押し付ける上司もいる。

私がこうした上司に尋ねたいのは「そこに信頼はあるのか?」ということだ。

上司が本当に部下を信頼しているなら、「テレワークで自分に働いている姿は見えないけれども、あいつならきっとしっかりやっているだろう」と信じることができるし、そんな部下に対して抜き打ちテストのように報告を求めるのははっきり言って無意味である。

テレワーク時代の上司道の基本は「性善説」で部下と接することだ。

上司の仕事は会社に行って部下を手取り足取り指導することではない。

部下に仕事を任せ、部下のパワーを引き出し、何かあったら最後に責任をとるのが上司である。

それだけの覚悟を持って部下に仕事を任せれば、たいていの部下はそんな上司を粋だと感じて、力を発揮してくれるようになるものだ。

そして、そのように思えないような人間は、そもそも自分の部下にしてはならない。

もし部下にいるなら、その人間はクビにするか、他部署に追い出すべきだ。

「愚鈍な味方は有能な敵よりも恐ろしい」のである。

POINT

これからのリーダーは、部下を信用しない「性悪説」ではなく、「性善説」で接すること。

部下に捺印させたってかまわないどんな組織の上司も、非常に忙しい。

以前、ある財務大臣が国会答弁で「大臣決裁の稟議書類なんか見ておりません」といった趣旨の話をして大問題になったことがあるが、私でさえ役員時代には決裁書類すべてに目を通していたらそれだけで1日が終わるのではと思えるほど多くの書類が回ってきただけに、もっと忙しい大臣がすべての書類に詳細に目を通すことなどそもそも不可能だし、「見ていない」というのはとても正直な感想だと思う。

その意味では稟議書類を「見ていない」というのは事実だと思うが、では、そこに責任がないのかというと、それは違う。

私の持論は「上司たるもの、稟議書類を見ずに決裁印を捺すことはまったくかまわないが、決裁した以上、その結果起こった事態の責任からは逃げてはいけない」ということだ。

本書で何度か登場した田中耕介さんのすごさは、「何かあれば俺が責任をとる」という姿勢が首尾一貫していたことである。

たとえば、驚くべきことに田中さんは部下に決裁印を預けていた。

田中さんは机の引き出しに入れっぱなしになっているハンコを私に指さして、「おい田端、ここに俺の決済印が入っとるから、適当に捺しといていいよ」と言っていた。

決裁印というのは、その案件にGOサインを出すというリーダーの意思決定である。

そんな重要な判断を部下に丸投げするとは何事か、と思うかもしれない。

しかし田中さんの真意はまったく別のところにあったはずである。

おそらく、田中さんの言葉の意味するところはこうだ。

「俺の気持ちになって捺してくれよ」これはチームメンバーへの全面的な信頼の証であり、「責任を持って行動しろ」という意味にもとれる。

田中さんがそうであったように、上司はすべての書類に目を通さなくてもかまわないし、極端なことを言ってしまえば、それこそ部下にハンコを預けるくらいの気持ちがあってもいい。

しかし絶対に忘れてはならないのは、たとえ書類の内容を見ていなくとも、自ら「決裁した」案件で問題が起きたなら、その責任は負うという覚悟を決めることである。

すべての書類に目を通してはいけないリーダーが最終責任を負う覚悟を持っていれば、決裁のハンコを捺すだけで1日が終わることはないし、その貴重な時間を、本当に時間を割くべきところに振り向けることができる。

とはいえ、部下から「この人は常に書類なんか何も見ないでハンコを捺しているぞ」ということを悟られてはならない。

そのようにナメられてしまっては、部下から最大限のパフォーマンスを引き出せないからだ。

Appleの創業者スティーブ・ジョブズは部下からのプレゼンにあたって、最初のアイデアは絶対に採用せずにケチをつけるという癖があった。

そのため、部下もその辺を見越して、最初のアイデアはあえてどうでもいいものを提案し、2番目に自分たちが通したいアイデアを出すことが多かったと言われているが、どのような組織においても、部下というのは上司の癖や習慣を見抜くのがとてもうまいものだ。

上司が部下の本当の人間性を見抜くのは、3年かかるが、部下は上司を3日で見抜くとも言う。

だからこそ、たとえば私が「こういう時は書類を細かく見るけれども、こういう場合には見ないでハンコを捺している」という癖を見抜かれたとしたら、部下は私の行動パターンに合わせて行動するようになってしまう。

上司たるもの、どういう時に現場に細かく介入し、どういう時は、全権を委任するか、このバランスは、秘伝のタレのような属人的なものであり、部下を信頼し、部下からは信頼されながらも、ナメられたり、飽きられたりしないように、くれぐれも注意が必要だ。

部下にパターンを把握されないために私が意識的に実践していたことがある。

それは、普段は何も言わないでハンコを捺しておいて、たまに細かく質問をするという手法だ。

ものづくりの世界に、できあがった商品の品質について、出荷をする前に全数検査する方法と、いくつかサンプルを抜き出して検品するやり方があるが、決裁においても同様の手が使える。

時間に制約がある以上、すべてをくまなくチェックすることは難しいので、多くの工場では、出荷する品の一部をランダムに抜き打ち的に検査をするのだ。

上司においても、同じように、いつもノールックで捺しまくっていた稟議決裁について、部下に突然細かい質問をしてみたりする。

すると部下には「あの上司は全然見ていないようで、実はよく見ている」と思わせることができるのだ。

今の時代、リーダーが決裁に時間をかけ過ぎるのは禁物だ。

多くの日本企業がテレワークを導入して顕在化した問題の一つに、決裁印を捺すためだけに上司が出社しなければならないという悪しき慣習がある。

決裁者というのは、いわば「意思決定工場」をやっているわけだが、そこで求められているのはスピードであり、どれだけ丁寧にすべての資料に目を通したか否かではない。

だからこそ、上司は書類を見ることに時間をかけ過ぎることなく、誤解を恐れず言えば、田中さんのように時に部下に決裁を任せるくらいの気概を持つべきだ。

「ババを引かない運」も実力のうち稟議書類に関してはこのように部下に任せることもできるが、経営者の中には正社員採用の最終決裁などは絶対に手放さない人がいる。

たとえば堀江貴文さんは、ライブドア社長時代(もちろん今もそうだが)、滅茶苦茶忙しくて面接の日程調節にはいつも苦労したものだ。

それでも、最終面接

は自分の手で行っていた。

当時、文字通り「時代の寵児」だった堀江さんとの最終面接ともなると、候補者はとても緊張していたものである。

予定時間の30分、あるいは1時間の面接時間に対し、忙しい堀江さんはいつも遅刻してくるうえ、5分くらい話したら、「もうわかった。

ありがとうございました」と、さっさと面接を切り上げてしまう。

すると、ほとんどの候補者は「緊張して失敗してしまった。

これはもう落ちたな」とがっかりするが、実際には合格していた、ということも多かった。

堀江さんはなぜ、殺人的スケジュールの合間を縫ってまで最終面接の予定を入れ、なおかつ5分程度で切り上げたのか。

おそらくその理由は「ヤバい奴かどうかを感覚的に見抜く」ためではないかと思う。

「運も実力のうち」という言い方があるが、これは言い得て妙である。

経営者の中にはやたら信心深い人がいて、「マイ神社」に頻繁にお参りに行ったり、何か嫌なことがあると、神社でお祓いをしてもらったりする。

ある企業の経営者は、社長に就任した時にある神社にお参りに行って、「もし企業の業績を立て直すことができたら、この神社の修復を行います」と願掛けをして、企業の黒字化後に本当に修復の責任者となっている。

経営者というのはそれほどに信心深い人種なのである。

一体なぜだろうか。

どれほど能力のあるリーダーでも、会社経営に関わる全要素を自分の手でコントロールするのは不可能である。

そこには必ず「時の運」が関係してくる。

もちろん何の努力もせず神頼みをするのは論外だが、能力のある人であればあるほど、自分がコントロールできることは、限定的なのだと気づく。

その結果として、できることはすべてやったうえで、最後は「天命を待つ」という境地にたどり着くものだ。

だからこそ、リーダーは「自分は運がいい」と信じることが必要だし、自分の周りに「悪い気」を持ち込まないようにしたいと考えるのである。

堀江さんがどんなに忙しくても最終面接を行っていたのは、運気の悪い人間を会社に入れてしまうと、その気の悪さが全体に広がって、せっかくの会社の勢いがそがれてしまうことを恐れていたからではないだろうか。

私自身も堀江さんを見習って、自ら採用を行っていた時には被害者意識の強い人間は採用しないように心がけていた。

被害者意識のある人間というのは、毛穴から悪い運気を放っている。

やはり、長時間、一緒に働くことになる部下を採る以上は、運気の悪い人間よりは運気の良い人間を採りたいし、マイナス思考よりはプラス思考の人間を採用したいものだ。

これは一般的なリーダー論で見落とされがちなポイントだが、いわば、「ババを引かない運もリーダーの実力のうち」であり、実力があるだけでなく、運気が良く信頼に足る人間を集めることもチームで成果を上げるうえでは大切だ。

POINT決裁はスピード感が重要。

決裁書類に目を通さなくてもいいが、決裁後の責任はすべて負う。

「会社の金を使う」発想を捨てろリーダーがハンコを捺すものの1つに「経費の精算」がある。

そして経費の使い方に関しては会社のカルチャーや、トップの考え方が色濃く反映される。

私が部下として仕えた実業家・堀江貴文さん、前澤友作さんは、双方とも経費に対して独特の哲学を持っていた。

驚いたことに堀江さんは接待交際費を「1円も認めない」姿勢を貫いていた。

堀江さんの考えはこうである。

食事をしながらビジネスパートナーとコミュニケーションをとること自体は否定しない。

しかし、「会社のお金を使う」というリスクゼロの「サラリーマン根性」を捨てなければ、突き抜けた結果は出せない。

たとえば、広告営業の世界では「飲み代に一晩で何十万円使った」というのはよくある話だ。

この状況を堀江さんが目撃したらおそらくこう言うはずだ。

「それで売り上げが増えなかったら誰が責任をとるの?」と。

責任の所在もはっきりさせることなく、「会社の金で飲み食いしよう」という他力本願な仕事のやり方を、堀江さんは嫌った。

「もし高額の接待をして本当に売り上げが上がる自信があるのなら、まずは自分のお金でリスクをとってやればいい。

それで本当に成果が出たら、後で給料を上げてやる」というのが堀江さんの哲学である。

経費に関しては、堀江さんは一般的な会社に比べてかなり細かいところがあったが、「たしかにその通りだな」と私自身、納得できることも多かった。

与えられた仕事を自分事としてとらえているビジネスパーソンなら、担当業務に関する会食で「どうせ会社の金なんだし、いくらでも好きに使えばいいや」などとは考えないはずである。

一方前澤さんは、会社の経費については堀江さんほど細かくはなかったが、前澤さん自身が使う経費については、「飲み食いは基本ポケットマネーでやる」というルールを徹底していた。

たとえば前澤さんが一晩で飲み食いに100万円使ったとする。

それを企業としてのZOZOに接待交際費として回すことはもちろん可能だったはずだ。

しかしその分、ZOZOの利益が100万円減ったとすれば、結果的に、会社の株価も下がってしまう可能性もある。

すると、ZOZOの筆頭株主(私が執行役員として在籍していた時は確か40%弱を保有)である前澤さんは結果的に、自分の個人資産も100万円以上、減らしてしまうことになるかもしれない。

会社の経費を使うことで株主に不利益を与えるよりは、身銭を切って飲み食いする方が会社を私物化しないという意味で上場企業経営者のモラルとして正しいだけでなく、株主として合理的でもあったのだと考えることもできる。

株価や株主の利益を気にしないで済むサラリーマン社長が、平気で多額の接待交際費を使って、結果的に会社の利益を減らし、株価も下げているとしたらどうだろう。

前澤さんや堀江さんのようなオーナー社長の方が経費に関してははるかにシビアだし、まっとうな考え方と言えるのではないか。

使った経費よりどれだけ稼げるかが勝負ここまではオーナー社長の経費の使い方のエピソードを紹介してきたが、チームリーダー、中間管理職は、経費についてどんな姿勢で臨めばいいだろうか。

私自身が最も大切にしているのが「費用の最小化ではなく、利益の最大化を優先する」という考え方である。

会社によって経費に関する細かい規定があり、ルールの枠内で行動することが求められている。

そこにあるのは「決められた枠の中で経費を使うならオーケー」という考え方で、「その経費を使ってどれだけの成果を上げるか」ではない。

たとえば、出張先で泊まるホテルの料金が8000円以内と決められている場合、「6000円のホテルに泊まって経費を節約しよう」と考える人もいれば、「8000円までは許されているから8000円のホテルに泊まろう」と考える人もいる。

一般的に、リーダーも部下の宿泊代が規定の中に入っているかどうかはやたらと気にするが、本来最も気にしなければならないのは「8000円なら8000円をかけて泊まりで出張した部下がそれに見合った成果を上げたか否か」である。

それを忘れて部下の経費の使い方だけに神経を使うのははっきり言って無意味だ。

リーダー自身も、たとえば飛行機のビジネスクラスに乗れるにもかかわらず「自分はエコノミーでいい」と言う人がいる。

そこで数十万円を節約して得意になっている人は、その数十万円を超えるパフォーマンスを発揮する自信がないように思われる。

ビジネスクラスに乗れるレベルの人物なら、パフォーマンスが少し低下しただけで即、数十万円以上の損失につながる。

人は、ちゃんと寝て、きちんと食べてはじめて的確な意思決定ができる。

にもかかわらず経費を節約しようと安いホテルに泊まって、安い飛行機に乗って、自分自身のパフォーマンスの質を落としたとしたら、これは本末転倒だ。

それなりの役職についているビジネスパーソンに多く見られる現象は、高いホテルに泊まることや高い飛行機に乗ることを「役得」と勘違いしていることだ。

実際にはこうした権利を与えられた人には高いパフォーマンスを発揮する義務がある、ということを見落としている。

逆に言えば、ビジネスクラスに乗り、良いホテルに泊まってでも、自分自身の心身と頭脳を健全に保ち、会社の利益を最大化するために判断し続けられるようにすることは、ビジネスマネージャーの義務なのである。

Netflixは今や世界屈指のコンテンツ帝国を築いたが、創業者のリード・ヘイスティングス曰く、同社の出張旅費と経費に関するガイドラインは次の1文だけだ。

「Netflixの利益を最優先に行動する」経費の使い方について、新入社員にはこんな説明の仕方をするという。

何かを買う前に、直属の上司の前で、なぜその航空券、ホテル、あるいはスマホを買おうと決めたのか、説明する場面を想像してみてほしい。

その支出が会社にとって「最善の選択」だと堂々と説明できるのなら、わざわざ上司にお伺いを立てる必要もないし、すぐにでも購入すればいい。

ただし、自分の選択に「バツの悪さ」を感じるなら、上司に相談するか、もっと安いものを購入すること。

そこにあるのは経費の支出を細かいルールで縛るのではなく、ひとりひとりが「これは会社の利益になるのか」をしっかりと考えたうえで、自信を持って経費

を使え、という考え方だ。

一番ダメなのは「どうせ会社の金なんだし」と何の考えもなしに経費を使うことであり、「この範囲までは認められているから」と、優先順位の低いことに経費を使うことだ。

リーダーが問うべきは「経費をどれだけ抑えたか」ではなく、経費を使うことで「どれだけの成果を上げたのか」だ。

会社に必要なのは経費の最小化ではなく、売り上げを伸ばすことであり、利益を最大化していくことだ。

経費は自信を持って使えばいい。

ただし、その何倍もの成果を上げてこそリーダーとしての役目を果たしたことになるということを忘れてはならない。

POINT経費を節約するよりも、かけた経費を上回るパフォーマンスを発揮することに意識を向ける。

ダメ上司ほど助け甲斐がある世の中には「上司とはこうあるべきだ」という「べき」論があり、上司になったばかりの人が「自分も理想的な上司になりたい」と思って部下に隙を見せない完璧な上司を演じようとすることがあるが、たいていの場合、うまくいくことはない。

上司と部下の関係というのは上司が人格・能力・経験といった面で理想的な人物であるかということ以前に、そこに「信頼」があるかどうかで決まってくる。

たとえば、「臨機応変」と「朝令暮改」という言葉がある。

客観的に見れば、どちらも上役が出した方針を早々に変えていくことを指して使う言葉だ。

ただし、「臨機応変」は良い意味で柔軟な場合に使われ、「朝令暮改」は悪い意味で指示がブレまくるような場合に使われる。

何が、「臨機応変」と「朝令暮改」を分けるのであろうか?それは、そもそも号令をかけた人物のことを部下が「信頼しているか否か」である。

部下が上司を信頼していれば「あの人は臨機応変な人だ」となるが、信頼がなければ「あの人は朝令暮改で方針がブレやすい」と、途端に批判的な見方になってしまう。

やっていることは同じであっても、両者のあいだに信頼関係があるか否かで、部下から見た印象や評価は雲泥の差になる。

上司の意思決定に対し、時には部下として納得できないこともある。

上司は「Aで行こう」と指示をしたものの、部下は「Aは絶対にうまくいくはずがない。

Bの方がいいに決まっている」と感じているとしよう。

そんな時、双方のあいだに信頼関係が欠けていると、部下はとりあえず表面的には「上司がやれと言ったから」と方針に従ったフリをするものの、心の中では「どうせうまくいかないだろう」と思っている。

こうなると、現場ベースでAという方針が徹底して実行されることはなく、もともとはAという方針が正しかったのかもしれないが、当然、良い結果は出ない。

一方で、そこに上司に対する信頼があると、部下としては内心「本当に大丈夫だろうか」という一抹の不安を抱きつつも、「あの人が、そこまで言うのだから、まずはしっかりとやってみよう」とモチベーションを高く保ったままで取り組める。

結果的に、Aが正しい方針ならうまく成果が出るし、Aという方針が間違っていた場合でも、Aが間違っているという検証が早くされ、部下が上司を信頼しているだけでなく、上司も現場を信頼している場合は、上司が「Aという方針は間違っていた。

では、次はBで行こう」と早期に軌道修正することができる。

リーダーの指示に従わない人間を簡単にクビにできる欧米企業ならともかく、そうそう社員を辞めさせることができない日本企業の場合、上司が自分の指示を現場に徹底するためには信頼を置かれている上司の方がはるかに部下は動くし、チームとしても成果を上げやすい。

では、そのためには上司に何が必要かと言えば、「最終責任を負う」という潔さだ。

リーダーとして完璧に仕事をすることよりも、ある程度はダメな部分があってもかまわないので、最後の最後で腹を括れるか否かが鍵になる。

部下に「刺せるネタ」を渡せ私がリクルートに入社してすぐの時代にお世話になったある執行役員の逸話を紹介しよう。

当時、リクルートは数千億円の膨大な負債を抱えていた状況から、社長の尽力により何とか立ち直ったくらいの時期であったため、当時の社長は、コストにはとても厳しかった。

一方でリクルートは情報の整備には多額の投資を行っており、私の上司である執行役員はIT投資にどうしてこれほど多額の資金が必要であるのかについて、あまりITリテラシーの高くない当時の社長から「経緯を私にもわかるように説明して」と呼び出されることも多かった。

上司は社長と散々やり合うこともしばしばあった。

時には、社長からの呼び出しの内線電話を切った瞬間に、「またわけわかんないこと言い出しやがって」などと、ぎょっとするセリフを部下に聞こえるような大声で言い放ったりもした。

もし今のようにみんながスマホを持っていて、その上司の言葉を録音して、「社長、〇〇さんが『わけわかんないこと言い出しやがって』なんて言ってましたよ」と告げ口したりすれば、途端にその上司の立場は悪くなる。

しかし当時、誰一人として告げ口をする人はいなかった。

これは一種の「紳士協定」のようなものである。

上司が、部下の前で社長を「わけわかんないこと言う奴」と言うのは、言わば「もしお前が俺を刺そうと思ったら、刺せるネタを渡す」というのと同じことだ。

それでも上司があえてそのように部下の前で言ったということは、「俺はお前のことを仲間だと思っている。

だからこそこうした無防備な姿を見せるし、お前が決して俺のことを裏切らないと信じている。

お前が俺を裏切らない限り、俺もお前を裏切らないからな」という意味が込められていたのではないか。

このように上司が弱みや隙を見せるからこそ、部下も安心して弱みや隙を見せられる。

それは上司から部下に対する信頼の証であり、だからこそ部下としても、返礼として上司を信頼することができるのだ。

はじめて部下を抱えることになった人はどうしても「良い上司」「完璧な上司」であろうとして無理をするきらいがあるが、完璧を目指す必要性などさらさらない。

完璧な上司の前では部下は萎縮してしまう。

これまで話してきた私の元上司のように、時には隙や弱みを見せることも部下からの信頼を得、チームをまとめるうえでは大きな効力を発揮する。

POINT部下から上司へ「紳士協定」を結ばせるには、時にはあえて弱みを見せよ。

「理想の上司」は絶対目指すな毎年、明治安田生命が発表している「理想の上司ランキング」というのがある。

2021年のアンケート結果は、男性編の理想の上司1位が内村光良さんで5連覇。

以下、櫻井翔さん、イチローさん、設楽統さんなどが続いている。

一方、女性編の理想の上司1位はこちらも同じく5連覇の水卜麻美さんで、以下、天海祐希さん、新垣結衣さん、小池栄子さんと続くことになる。

だが私自身は、「理想の上司など、絶対に目指してはいけない」と考えている。

「理想の上司像」というものは人それぞれであり、マネジメントには「こうしたら絶対にうまくいく」という正解などないからだ。

たとえば、本書でも何度か紹介した田中耕介さんは私にとっては「理想の上司」だった。

そのため私がその後に、多くの部下を抱えるようになった時、田中さんのやり方にならったマネジメントを実践していたところ、第1章・上司力改革5でも述べたように「田端さんはTwitterや社外の講演など個人活動ばかり熱心にやって、自分たちのことにはまったく関心がない」と女性部下から指摘されてしまったことがある。

部下みんなが私のように上司から「放置」されることを心地いいと感じ、力を存分に発揮できるとは限らない。

中には上司から懇切丁寧な指導をしてほしいと望んでいる部下もいれば、細かい指示はいらないけれども、少なくとも自分のやっていることに関心を持ち、何かあったら相談に乗ってほしいと思っている部下もいる。

部下のタイプが多様化している今日においてはなおのこと、ビジネス書でよく言われる「理想の上司像」を目指したところで、マネジメントがうまくいく保証はどこにもないのだ。

だからこそ「理想の上司」なんかはじめから目指さない方がいい。

あえて、理想の上司とは?と聞かれれば、自分が率いる部下と置かれたビジネスの状況に応じて、カメレオンのように自分を変え、プロゴルファーがクラブを選ぶように、さまざまな引き出しを持っているのが、「理想」かどうかはわからないが、私が思う良い上司である。

マネジメントの答えは現場にあるでは、上司はどのようにマネジメントをしてゆけばいいか。

マネジメントするとは、部下の力を引き出すことなのだから、私自身の考えとしては、その方法は直接、部下に聞けばいい。

たとえば、1対1で面談し、部下ひとりひとりに「あなたは3年後(5年後)にどうなりたいですか?」と質問したうえで、「あなたがその理想を追い求めるうえで、上司としての私にできることがあれば力になりたいと思っている」と伝えることは効果的である。

たしかに、部下のベクトルと上司のベクトルが完全に一致するのは難しい。

しかし、真逆を向いていない限り、ともに組織の目標を達成する、という大まかな方向性は一緒であるわけだから、一緒にやっていくことで、上司・部下双方にとってメリットがあるはずだ、ということをきちんと伝える。

このように心がけることで、人材に応じた的確なマネジメントができる。

もっとも、部下全員が明確な将来像を持っているわけではない。

これは社会人経験が浅い若手社員に多く見られるが、聞いても明確な答えが返ってこない場合もある。

たとえばある日、若手と面談している時に「君は3年後(5年後)にどうなりたいですか?」と尋ねたところ、「人に感謝される仕事がしたい」という曖昧な答えが返ってきたことがある。

その部下に対して、私は「君のお財布に、今いくら入っていますか?」と尋ね、続けて、次のように畳みかけた。

「帰りにコンビニに寄ってそのお金でパンを買って、公園に行きホームレスの人たちに配ったらどうだ?きっと感謝されるだろう。

人に感謝される仕事がしたいのなら、それをやったらどうですか?」その部下から見て私は、とても意地悪な人間として映ったはずだ。

「そういうわけじゃないんですけど……」と戸惑う部下に、さらにこう尋ねた。

「あなたは誰に、何をして、感謝されたいと思っているのか。

そこをもっと具体的に教えてください」新製品開発などでよく言われるのが、「お客さまは、『自分が欲しいと思う商品』を見せられるまで、何が欲しいかはわかっていない」ということだ。

できあがった新製品を見て、よしあしを言うことはできるが、何もない状態で「自分はこういうものが欲しい」と明確に言える人はほとんどいない。

フォードの創業者ヘンリー・フォードではないが、車というものが一般的ではなかった時代、人々に「何が欲しいか」を尋ねたら、「もっと速い馬が欲しい」という答えしか返ってこない。

「車を欲しい」と言うのは、フォードが一般向けの車をつくってはじめて出てくる言葉である。

それと同様に「何をやりたいか」「将来どうなりたいか」をはっきりと口に出して言える人は案外少ない。

そこで上司の大切な役割の1つはフォードが大衆車をつくることで、みんなに「こんな車が欲しかった」と思わせたように、「あなたは何になりたいの?」とできるだけ具体的に問いかけながら、部下自身が「どうなりたいか」を具体的に思い描けるようにサポートをすることである。

マネジメントという仕事は、部下ひとりひとりの人生に、かなりの程度の影響を与える仕事であり、責任は重大だ。

もちろん、上司にできることは限られているが、できうる限り、部下ひとりひとりの生き方や考え方、人間性を尊重しながら行わなければいけない。

そう考えると、マネジメントに「こうすれば絶対にうまくいく」という絶対の法則はないし、全員にとっての「理想の上司」というのも存在しない。

であるならば、「理想の上司」などという幻想を追いかけるのではなくて、時に父のような厳しさを見せ、時に優しい母のような慈愛を見せたりする。

優しい

刑事と怖い刑事が取調室で容疑者を尋問するように、臨機応変に「顔」を使い分けることだ。

「ひとりひとりの部下の人生と深く関わっているんだ」という自覚をリーダーが強く持てば、状況に応じていかにマネジメントすればいいのかの答えも自然と見えてくる。

POINTマネジメントの仕方は部下に直接聞くのが早道。

部下のタイプに応じて上司は臨機応変に見せる顔を使い分けよ。

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