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第4章ハンバーガー大学の偉大さ

第4章ハンバーガー大学の偉大さ世界最大の職業訓練校「ハンバーガー大学」マクドナルドの世界理念「QSC&V」の神髄藤田田のハンバーガー大学に込めた真の願いつまらない社員教育からの脱出。

今や社員教育は戦略である~トレーニング・ペイオフ~カリキュラムづくりのノウハウ/最終学歴は「ハンバーガー学士・修士」パートタイマーに希望する課題/汚いものと楽しくないものは廃れる

 

 

世界最大の職業訓練校「ハンバーガー大学」アメリカの中西部シカゴは、アメリカの中心部にあたり、東海岸からも西海岸からも同じくらいの時間で、シカゴに向かうことができる。

そんな立地にあるシカゴは、ホテルと部屋数が多く、「コンベンションシティ(国際会議などのコンベンションを開催する施設を備えた都市)」と言われている。

そのシカゴ近郊オールブルックにある「マクドナルド本社」と「ハンバーガー大学」は、シカゴ・オヘア国際空港から車で30分、ダウンタウンからもハイウェイで30分と、交通が便利な場所にあるのだ。

また、ハンバーガー大学は100エーカー(12万坪)という広大な敷地で、池と森に囲まれ、2階以上の建物がなく、自然と調和していることが特長である。

マクドナルドの世界理念「QSC&V」の神髄「理念なき経営は、海図なき航海に等しい」と言われている。

マクドナルドは、世界120カ国3万店以上の店舗展開を行っているが、1号店目をオープンさせるときに生み出した「QSC理念」があったからこそ、世界に飛躍できたといえよう。

理念は人を動かし、多種多様な人間の思考と行動様式を統制し、集約する力を持っている。

QSCは、マクドナルドの生命線そのものなのだ。

マニュアルは、QSCを行動科学したノウハウの集積である。

よって、理念は呪文でもバイブルでもなく、オペレーションそのものを科学した行動科学を「マニュアル化」したものであり、思考を集中させて、そのマニュアル通りに実行すれば、基準通りのオペレーションとサービスが可能となる。

その理念を学習する組織こそが、ハンバーガー大学なのである。

「ハンバーガー大学」と聞くと、「ハンバーガーを売りまくる人間を養成している」というイメージを持つ人がいるかもしれないが、そうではない。

確かに、マクドナルドに伝わる商売のノウハウやマニュアルを教えてはいるのだが、「人間らしい人間の育成」に何より主眼を置いているのだ。

藤田田のハンバーガー大学に込めた真の願いハンバーガー大学の入学式で、藤田社長は決まって、「人生を有意義なものにすることで、いつでも会社を辞めて独立できる」と新入生たちに伝えていた。

また、こうも言っていた。

「私は諸君に、当社が儲けるようにやれ、とは言わない。

後世の審判に耐えうるような、インターナショナルな人間になってほしい。

マクドナルドで働いたからこそ、いろいろなアングルからモノを見れるようになった、そう言える人間になってくれれば、それでいい。

自分がそこまで成長したなと思ったら、独立なり転職を考えて辞めると申し出ていただいてもいい。

私は、この大学をインターナショナル・ビジネスマン養成学校だと思っている。

諸君は、月給をもらいながら、その養成学校に入っているのだ。

その結果として、わが社は儲かるかもしれないが、私はなにも諸君を牛馬のごとく、こき使って儲けようとは思っていない。

まことに、カッコいい訓示だが、私は心からそう思っているのだ。

商売のヘタな人は、社員を牛馬のごとく、こき使って儲けてやれ、などと考えるから儲からないのだ。

人間の成長を心から念願し、養成してやる。

そうすると、不思議なことに社員を牛馬のごとく使ってやろう、と思っている者の何倍、何十倍と儲かってしまうのだ。

商法の根本は、人間の商法である。

人間不在の商法で儲かるわけはない」藤田田著『頭の悪い奴は損をする』(ベストセラーズ)米国マクドナルド社の経営理念「QSC&V」は、次の4つを表している。

・「Q:クオリティー(品質)」・「S:サービス(サービス)」・「C:クリンリネス(清潔さ)」・「V:バリュー(価値)」さらに、クルーの振る舞いに「良心」「注意力」「おもてなし」の心を強調している。

このことからも、東洋と西洋を問わず、良心と他者に対する思いやりの心が大切であることがわかる。

人を大切にする「人材の活かし方」が企業力の鍵であり、人財を得ることにつながるのだ。

つまらない社員教育からの脱出。

今や社員教育は戦略である~トレーニング・ペイオフ~多くの企業の社員教育は、つまらないことが多い。

社員教育がおざなりになってしまっている。

社内で行き場をなくした人が人材教育の担当をして、人材教育の重要性や責任感をあまり感じていない。

従来からやっているからやるだけで、「予算が厳しい」と嘆いてばかり。

ただ、急に成果を求められ、「効果が出ていないじゃないか!」と叱られる。

「人材教育は予算をカットすべし」と決められて、ときに人材教育が中止になってしまうこともあるだろう。

このように、日本の社員教育に対する認識は極めて低いのだ。

そのくせ、「マナーが悪い」などとお客様からクレームが出て、「社員教育ができていない」とボヤく。

社員教育に対する見識は、その程度の企業が多いだろう。

しかし真の社員教育とは、事業を成功させるため、社員に戦略的教育を授けて、社員がパフォーマンスを上げられるようにすることをいう。

会社が無難に経営できればよいわけではない。

人材教育とは、今や会社の目標を達成するための戦略そのものであり、全知全能を社員教育に傾注する必要があるのだ。

人材開発に投資をすれば、必ずや長期的繁栄をもたらし、よい循環が回る。

トレーニングをするほどに、よい効果を長期的に維持できる。

この教育投資に対する見返りを「トレーニング・ペイオフ」といって大切にしている企業こそが、マクドナルドである。

マクドナルドで社員教育をする教官は、現場のオペレーションを教えられた者ではなく、オペレーションを熟知した達人だ。

彼らには「社員教育の教え方の方法」を十分に学ぶことが求められている。

現場で酸いも甘いも経験した者は、仕事の要点をを伝授できるし、自分のなかに蓄積してきた技能や思考を、社員教育で教えることができるのだ。

米沢藩の上杉鷹山は藩の財政困窮を知恵で解決すべく「働き一両、考え五両、智恵借り十両、骨知り五十両、閃き百両、人知り三百両、歴史に学ぶ五百両、見切り千両、無欲万両」という座右の銘を残した。

これは、智恵を使えという意味だ。

つまり、アイディアを持ち、努力しなければならない。

単に、人材教育の知識をインプットしていればよいわけではない。

また、人材教育する上で、何よりも大切なことは「生徒を巻き込むこと」にある。

これができない今の学校教育のなかには、「生徒が先生の指導に耳を貸さない」という問題がたびたび起こる。

巻き込むためには、もちろん仕事のバックボーンに「自信」と「信頼」が必要だ。

また、魅力的な教え方で生徒の興味を引くことにより、生徒を巻き込んでいくことが求められる。

カリキュラムづくりのノウハウハンバーガー大学のカリキュラムは、職位別にコースを準備している。

たとえば、ベーシックコースで、「経営理念」「仕事に必要な直接的な業務知識」「オペレーション」「コミュニケーション能力」を教えている。

ベーシックコースでの目標は、自分ひとりの力でクルーをうまく使いながら、マクドナルドの基準を満たす店舗運営ができるようになることだ。

また、上級のアドバンスコースでは、「経営戦略」「機器構造原理」「メンテナンス」「マーケティング」「交流分析」など、より高度な知識を教えている。

アドバンスコースの講座のなかでは特別な課題が出されるので、それを議論し合いながら、その課題をマスターしなければならない。

目標は、習ったことを実践できるように、パフォーマンスを向上させることである。

このように上級コースになればなるほど、カリキュラムは「考えて議論する時間」が多くなるように組まれている。

その結果、受講生たちの判断力や優先順位が養われる仕組みだ。

最終学歴は「ハンバーガー学士・修士」マクドナルドで勤務する店長たちは、ハンバーガー大学を卒業した「ハンバーガー学士・修士」が最終学歴となる。

ハンバーガー大学で学ぶうちに、全員がマクドナルドの専門用語や企業用語を理解し、その専門知識を使いながら、仕事でうまくコミュニケーションできる。

その結果、共通語を使った「生産的な会話」が可能となる。

こうして比較的簡単に、社内で「基準の統一化」を図れる。

こうした仕組みも、マクドナルドがチェーン店を拡大できた要因のひとつだろう。

パートタイマーに希望する課題私は、主婦のパートタイマーに、この世で最も小さなコミュニティである「家族」を大切にしながら働いてほしいと思っている。

仕事をすることで、企業や世の中のためになったとしても、家庭を壊してしまっては、もとも子もないからだ。

家庭を持っていると、「子供がまだ小さい」「時間が足りない」「子供が大きくなった」「思春期になった」「夫の帰りがいつも遅い」「夫がリストラにあった」などと、いろいろなことが起こるだろう。

しかし、いろいろあって当たり前の時代だ。

では、どうしたら、子供たちがうまく成長し、夫婦も仲良く、家族コミュニティがうまくいくのだろうか。

これがパートタイマーに考えてほしい課題である。

それには、私が提唱する「人材有機養成」の考え方が有効なのだ。

人材有機養成の考え方は、「毒さず、置かれた環境を恵みと考えて、家庭の風土を醸し出す努力であり、それぞれの個性を尊重すること」である。

家族のことを、ほかの誰よりも一番よく知っているのが家族であり、それぞれの性格や悩みや夢を、お互いに熟知しているはずだ。

だからこそ、「家族」である子供たちや夫には、「心のよりどころとなる居場所」が必要である。

そして、その居場所で「自分は必要とされているんだ」という自分の存在感や自尊感情を育むことが大切だ。

どんなに忙しくても、たった1分でも家族間のコミュニケーションが必要であり、家族と住む家がそれぞれの最も気の休まる場所でなければならない。

そして、みんなでおいしく食事をする。

父親は、安い酒でも楽しく飲めば、美酒になるだろう。

もし、家族で団らんする時間がなくても、母親が子供に「あなたは大切な存在である」と伝えることができれば、最高の母親になれる。

置き手紙やおかず、おやつ、どんな方法でも伝えることはできるだろう。

要は、子供の「自尊感情」を養うことが大切なのだ。

自尊感情を持った子は、必ず他尊感情を持てる子になる。

家族の行事や、四季の行事などを手抜きしないでできる。

子供の脳幹に、しっかりとした年輪を刻み込んで育てよう。

児童学の専門家である、前典子氏は、「女性の社会進出と高層建物化で、子供が荒れてきたようだ」と言っている。

また、スウェーデンの社会思想家、教育学者、女性運動家のエレン・ケイ氏も「20世紀は女性の時代である。

21世紀は子供の世紀である」と言った。

いずれにしても、子供に「心の風邪」をひかせてはいけない。

また、よい子供を育てるには、子供部屋の在り方も重要だろう。

子供部屋が玄関から独立しているのはよくない。

玄関の出入りの間取りは、必ず一家団らんの間を通らなければ、子供部屋に出入りできないような形が好ましい。

こうすることで、子供と自然な形で顔を合わせることができ、お互いに声を掛けられるようになるのだ。

また、孤立と隠し事が始まるので、子供部屋には鍵を付けないこと。

そうして、オープンドアーやオープンマインドを保てるようにする。

父親は書斎があったとしても、家族時間をつくり、家族団らんの居間で読書することに意味がある。

子供部屋の間取りと同じように、マクドナルドのマネージャーの事務所は、クルールームを通過しなければ行けないように設計されている。

マネージャーがクルーと無意識に顔を合わせ、声を掛けあい、そこにコミュニケーションが生まれるようにするためだ。

そのような仕組みがあるため、モラルの維持に特別な時間を使っていない。

マネージャーとクルーには普段から垣根がないので、「労働者と使用者」という感覚が発生せず、お互いに一体となれるのだ。

以前、こんな新聞記事を読んで、感慨を覚えた事がある。

「その昔、ナイジェリアの集落に電灯がついた。

すると、やがて村の伝統は消えて行ったという。

電灯がつく以前、村の若者たちは、夜な夜な古老のところに集まり、焚き火を囲んで古老の話に夢中になった。

若者たちは、古老の狩りの話や風俗習慣、伝統について聞き入っていた。

火が弱り、夜もふけて、それぞれが自分のもとに帰って行った。

しかし、村に電気が引かれてからは、もう古老のところに集まる必要がなくなった。

若者たちは一人、裸電灯の下で膝を抱えて何もすることもなく、夜がふけて、やがて村の伝統は消えていった」というものだ。

現在は、このようなことが日本の至るところで起きている。

過疎地はもちろんのこと、大都会のなかでは核家族化や孤独化、離婚など状況はさまざまであるが、みなバラバラである。

企業の中でも、それぞれがパソコンで仕事している姿を目にすることが多いだろう。

今や、コミュニケーション手段といえば、パソコンのメールが代表だ。

そのため、マネージャーやリーダーでさえ、部下の仕事が見えなくなってきた。

職場では人間関係や笑顔、絆、助け合い、仕事の意欲、ひいてはチームワークさえ、希薄になってきたのではないだろうか。

もちろん、コンピューターのことを否定しているわけではないが、コンピューターは仕事そのものではない。

コンピューターは仕事をするための「ツール」なのだ。

ピーター・ドラッカー氏は、「どんなにIT化されようとも、顔を合わせる経営が必要だ」と釘を刺している。

会社も家庭も同じことが言えるだろう。

つまり、人間同士による生の対話を大事にしなさい、ということ。

一緒に談笑しながら、食べたり飲んだりすることは、何ものにも代えがたい大切なことだ。

さらに、精神面だけではなく、子供が汗をかくことも大事だ。

現代は、汗をかいて疲れる機会がなくなってきたように思う。

親の手伝いや、学校の校庭の草むしりがなくなってしまった今、身体がへとへとに疲れることがなくなってしまった。

身体が鍛えられると、精神的に強くなれる。

よって、心身ともに健全になれるのだ。

そのためには、スポーツに打ち込むなどして、健全な汗をかけるように努力すべきだろう。

しかも、その分の時間が少なくなるため、「時間のやりくりができるように」と約束事をしっかりと守れるようになる。

また、メリハリが持てて、くだらないことをする暇がなくなる。

勉強も効率的になるはずだ。

小人閑居して不善をなすことがなくなり、ぐっすりとよく眠れる。

寝る子はよく育つものだ。

汚いものと楽しくないものは廃れる街や店、企業経営、個人は、「汚いもの」と「楽しくないもの」がどんどん廃れていく。

人は、本来楽しみを求める動物、いわゆる「ホモルーデンス(遊ぶ人)」だからだ。

もちろん、その楽しみをどんな形で求めるかは人によって違うのだが、多くの場合は、集団で働くなかで楽しみを見出そうとする。

だからこそ、働くことの楽しさがあるかないかで、一斉に集団が廃れてしまうときと、瞬く間に全く新しい文化が形成されるときがある。

たとえば、手入れしていない商店街は、「大店立地法」の規制緩和とともに鮮度や魅力を失い、シャッターを閉めた古い化石となった。

汚い商店街は、顧客の離店現象が起きてしまうからだ。

この状態を見て、「おい、みんな!あそこに汚い店があるんだけど、行こうや!」とはならないだろう。

その反対に、「かっこいいキレイな店があるんだ、さあ行こうや!」とはなるだろう。

「Funplacetogo(マクドナルドに行けば何か楽しいことがある)」がマクドナルドの店舗フィロソフィ(哲学)である。

そのため、マクドナルドの店内外には、楽しさが溢れている。

ディズニーだって、タバコの吸い殻ひとつ落ちてはいない、楽しさを追求した夢のようなテーマパークを演出している。

観光旅行がそうであるように、お金を持って人々は楽しいところを求めて遠くまで行く。

きれいで楽しいものを求めて、超大型ジャンボジェット機や新幹線に多くの人が乗り込む。

 

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