「キレる衝動」は必ず抑えられる すぐに使える「衝動のコントロール」の技術
さて、いよいよアンガーマネジメントの実践に入ることにしましょう。本章では、「衝動のコントロール」をご紹介します。
これは、アンガーマネジメントの「行動の修正」の中の「短期の行動の修正」に当たります。
アンガーマネジメントの最終目標は、自分なりに怒りをコントロールできるようになって快適な日々を送るようになることですが、それにはある程度の時間が必要です。
認識の修正や行動の修正をする間にも、「ついイライラしてまわりにあたってしまう」「カチンときてよけいなことを言ってしまい、あとで後悔する」「怒りが爆発して信頼を失ってしまった」といった状況に陥ることもあるでしょう。
「衝動のコントロール」のテクニックは、そんなときに役に立つものです。衝動的に怒ってしまい、損したり、後悔するのを防ぐためのテクニックです。
これを身につけるだけでも、ぐっとまわりの反応は変わってきます。読んですぐ実行でき、効果も見えやすいテクニックです。
人は、反射反応のように自動的には怒らない
ところで、そもそも「怒りの衝動というのはコントロールできるものなのか」という疑問をもつ人もいるかもしれません。
「衝動」というからには、「お湯にさわって熱いと感じる」ような一瞬のうちに起こる反射で、自分で意識してコントロールできるものではないと思っている人です。
しかし、本当のところは、怒りの衝動は反射反応とは違います。例えば、誰かがあなたに対してムカつくことを言ったとします。
その相手の発言に対してカッとなって衝動的に何かを言い返したとします。この二つの間には、実は頭の中では次のような段階がふまれていました。
よく「衝動的にキレてしまう」「瞬間湯沸かし器のように一瞬にして怒る」といいますが、アンガーマネジメント的にいえば、これは正しくないのです。人は身体の反射反応のように、自動的には怒りません。怒りの感情が生まれるまでには、人はいくつかの段階をふむのです。
だから、私たちはその段階の途中で、衝動をコントロールできるチャンスがあるのです。
では、実際に衝動的な怒りが起こったときの効果的な対処法のテクニックを見ていくことにしましょう。
「カチン!」「ムカッ!」ときたら、このテクニックストップシンキング……頭の中に空白をつくる
美佐子さん(28歳)は、もうちょっと痩せたいなと思い、一生懸命ダイエットに励んでいます。
ある日の美佐子さんと同僚女性とのランチ中の会話です。
同僚「美佐子、最近、少し痩せたよね?ダイエットでもしてるの?」美佐子「うん、そうなの。ただ、あと2キロがなかなか落ちないのよね」同僚「でも、無理してない?大丈夫?」美佐子「うん、大丈夫。炭水化物を抜いてるだけだから、野菜やきのこなどはちゃんとバランスよく食べてるし」同僚「へ~!炭水化物抜きダイエット!でも、炭水化物も、少しは食べたほうがいいんじゃない?エネルギーになるっていうよ」美佐子「(少しムッときて)そうかもしれないけど、炭水化物抜くとけっこう一気に落ちるんだよね」同僚「そういうもんなんだね。白いごはんとか、パンとかおいしいのに」美佐子「全然、食べないわけじゃないよ。友だちと外食するときは食べたりするの。その代わり、翌朝の朝ごはん抜いたりして調整しているんだ」同僚「え~!朝ごはん抜いたりしたら、よけいに健康に悪くない?」美佐子「(ムムッときて)ちゃんと昼ごはんも晩ごはんも食べているから平気よ。なんで私のダイエットにそんなに文句言うの!?」同僚「ごめん……」
同僚にしてみれば、美佐子さんのダイエットを全否定したわけでも、文句を言いたかったわけでもありません。単純に思っていることを口にしたにすぎないのです。
なのに、美佐子さんは、ムッときて、思わず強い口調で言い返してしまいました。
ただ、多くの人が、美佐子さんのように、一生懸命やっていることを否定されれば、ムッときたり、カチンとくるものです。
一生懸命書いた企画書にダメ出しされたり、会議で真剣に意見を言ったら、「君はわかってない」なんて上司に返されたり。
あるいは、子どものことを心配したら、「うるさい」と言われたり、一生懸命つくった料理を「あんまりおいしくないな」と言われたり。
日常のささいなことも含めたら、カチンとくる場面は多いものです。とはいえそんなとき、美佐子さんのようにいちいち言い返してしまっては、人間関係にひびが入ってしまいがちです。
また、仕事で上司の発言にカチンときて反論したら、仕事に響くことだってあります。こうした発言は、「言わなきゃよかった」と後悔しても後の祭り、発言はなかったことにできません。
そこで、ムカつくことを言われたときなど、とっさによけいなことを言わない、行動しないために、「ストップシンキング」という方法を覚えましょう。
ストップシンキングとは、文字通りすべての思考を止めることです。つまり、怒りの感情のもとになる出来事の意味づけや、思考そのものを停止することです。
本章の冒頭に書いたとおり、とっさに何かを言い返したりするのは、一瞬の出来事のように思えますが、いくつかの段階があります。
美佐子さんの例でいえば、1.同僚が美佐子さんのダイエットについて、違う意見を言う2.美佐子さんは同僚の発言を聞いて、どういう意味なのかを考える3.考えた結果、自分がしてきたことを「否定された」というふうに認識し、怒りの感情が生まれる4.怒りの感情から、少し強めに言い返してしまったといった流れになります。
ほんの一瞬のことのように思えますが、実はこのような段階をふんでいるのです。
だから、この流れを遅らせたり、止めるために、誰かに何かを言われてムカッときたときは、自分自身に向かって心の中で、「止まれ!(STOP)」と言うのです。
そして、相手が言ったことに関して「なぜそのようなことを言ったのか」「言われたことに対してどう返そうか」といったあらゆる思考を止めます。
ポイントは、相手がそう言ったことの理由や原因、この先どうすればいいのかといったことも含め、「一切のことを考えない」こと。頭の中を真っ白にする、あるいは空白をつくるといってもいいでしょう。あらゆる思考を止めることで、反射的に何かを言ったり、したりすることを遅らせる、あるいは止めることができるようになります。
ディレイテクニック……反応を遅らせる
「ストップシンキング」のような、怒りの反応を遅らせるテクニックを「ディレイテクニック」と呼びます。「ディレイ」とは、「遅らせる」という意味です。例えば、ムカつくことを言われたときに、深呼吸をするだけのこともディレイテクニックの一つです。
怒りを感じた瞬間、何も考えずに深くゆっくりと大きな呼吸を4、5回するのです。
これだけのことでもずいぶんと違います。
あるいは、「カウントバック」といって、「100、97、94、91……」といった具合に、100から3ずつ引いていく逆算を頭の中でするというディレイテクニックもあります。
とにかく頭の中をちょっと手のかかる計算で埋めるのです。100から6ずつ引いても、8ずつ引いてもかまいません。
とにかく頭を怒り以外のものに集中させるため、ちょっと小難しい計算をするのです。また、英語でカウントバックする方法もあります。
「ワンハンドレッド、ナインティナイン、ナインティエイト……」というように数字を英語に訳し、逆に数字を言っていくのです。
日本語でカウントバックするよりも難しいので、意識が怒りのほうにいきづらくなります。
コーピングマントラ……魔法の呪文を唱える
衝動のコントロール方法をもう一つご紹介しましょう。
それは「コーピングマントラ」です。「コーピング」は「対処」のことで、「マントラ」は「呪文」のことです。「魔法の呪文」と言い換えることもできます。
カチンときて怒りが爆発しそうになったり、ものすごくイライラしてマイナスの言動をしてしまいそうなときに、自分の中で言葉(呪文)を唱えることで、自分を落ち着かせる方法です。
具体的にご説明していきましょう。
システムエンジニアの桜井さんは顧客へのシステム納品を前に、ここのところ1カ月は不眠不休に近い状態で働きずくめでした。
仕事の忙しさ、納期に間に合わせなければいけないというプレッシャー、なんでこんなに働かなきゃいけないんだという不満とで、毎日イライラし、ストレスで怒りっぽくなっているところでした。
こんなときは自分を落ち着かせたり、勇気づけたりするのに有効な言葉を用意して、自分自身に言いきかせます。桜井さんは、部下が忙しさのあまりミスしたときには心の中でこうつぶやきます。
「大丈夫、なんとかなるさ。部下をムダに叱ったところで何も変わらない」帰りの電車の中で、くじけそうになるたび、「納期の1週間後が過ぎれば、すべてが終わるんだ。あと1週間だ」
上司にミスを怒鳴られると、「上司も忙しいせいでイラついているんだ。悪気があってのことじゃない」と、こういうセリフを何度も心の中で繰り返したのです。
一般的なコーピングマントラの例をあげましょう。
「大丈夫。なんとかなるさ」「この前はもっとつらかったけど、乗り越えてきた」「1カ月後には忘れてる」「こんなことぐらいで負けないぞ」「これはよい勉強の機会だ。いっぱい経験をつんで強くなるぞ」「降りやまない雨はない」「自分も、自分の感情もコントロールできる」
このほか、例えば対人関係で怒りが爆発しそうなときは、こんなコーピングマントラも考えられます。「相手も悪気があるわけじゃないんだ」「悪く受けとるのはやめよう。聞いてみなければ相手の本心はわからない」「自分がノーと言えるように、相手だってノーって言える」「悪口言っても始まらない。もっと前向きな言葉を考えよう」「長い目で見て、自分にとって最も建設的な解決法はなんだろうか」「怒ってもなんの得にもならない」呪文はここにあるものを使ってもかまいませんし、自分オリジナルのものをつくってもよいでしょう。
また、コーピングマントラは、必ずしも言葉である必要はありません。
怒りに負けそうになったり、困難な状況に直面したときに、例えば右手をグーパーさせる、人差し指でこめかみを軽くノックするといったジェスチャーでもかまわないのです。
何かのジェスチャーをすることで、要するに自分に向けて、目の前の怒りや困難な状況に備えなさい、という合図を送るのです。
グラウンディング……思考をクギづけにする
「衝動のコントロール」とは少し違いますが、イライラしてしかたがない状態のときに有効な方法をご紹介しましょう。
「課長のヤツ、ほんとにムカつくぜ。今さらそんなこと言ったって遅いよ。もう客先には書類を出しちゃったんだからさ!」
保険のセールスをしている佐藤さんは、大切な新商品の説明会に出席しているのですが、昨日課長から怒られた書類の誤りのことを何度も思い返していました。
新商品の説明会は、集中して聞かなければいけない情報がたくさんあるのですが、どうしても課長のことを思い出してイライラしてしまい、集中できません。
「くっそー、集中して聞かなきゃいけないのに、全然集中できやしない。どうすりゃいいんだ。課長のせいだ!」佐藤さんは、昨日言われた課長の言葉を頭の中で何度も繰り返しています。
そして、課長に対してどうやってこの怒りをぶつけてやろうかと、怒りをはらすことばかりに意識がいってしまっているのです。
意識は「過去」に課長に言われたことや、課長をぎゃふんと言わせてやろうという「未来」のことばかりにいってしまっています。
どうしてもイライラして目の前のことに集中できないことは私たちもよく経験します。
目の前のことに集中しよう集中しようと思っても、過去のことが気になったり、これから先のことを考えてしまったり……。
こういうとき、あなたの意識は「今」、「この場所」にはありません。だから目の前のことに集中することができません。
そこで、こういう場合には、「グラウンディング」というテクニックを試してみましょう。
グラウンディングは、意識を「今」、「この場所」に集中させるためのテクニックです。
では、佐藤さんになったつもりで、グラウンディングをやってみましょう。
佐藤さんは、説明会に参加していて、過去のことや、未来のことを考えて説明会の話に集中することができていません。
佐藤さんの目の前には説明会のパンフレットやペンなどがあります。
では、目の前にあるペンを手に持ってみましょう。そしてそのペンを観察し始めます。真剣にじっくりと観察してください。
次のように、心の中で、自分で自分に質問しながら答えていくのです。
「そのペンは何色ですか?」「黒ですか、青ですか、それとも赤でしょうか?」「形はどのような形でしょうか?」「丸いですか、四角いですか、他の形ですか?」「材質は何でできているでしょうか?」「プラスチックですか、それとも金属でしょうか?」「どこのメーカーのものでしょうか?」「メーカー名が書いていないでしょうか?」「何かラベルに書いてありますか?」「書いてあるとすれば、何と書いてありますか?」「模様が入っていますか?」「入っているとすれば、それはどういう模様ですか?」……etc.
このように、目の前にあるペンを真剣に観察していると、しだいに課長に言われたことや、課長に仕返しをしようという意識は薄れていきませんか。
今、手に持っているペンを真剣に観察している間、少なくともあなたの意識は、あなたをイライラさせた「過去」や、怒りをはらしてやろうと思う「未来」にはいかないものです。
ペンを丁寧に観察している間、あなたの意識は「今」、「この場所」にクギづけになっているはずです。「グラウンディング」は、「『今』、『この場所』にクギづけにする」という意味です。
目の前にある何かに集中して観察することで、過去に起きたことでイライラしたり、怒りをはらす未来に思いをめぐらしている状態から、今、この場所に意識を戻します。
グラウンディングを行う際には、目の前にある物であればなんでもかまいません。
今回はたまたまペンを使いましたが、携帯電話でも、パソコンでも、ノートでも時計でも目の前にある物ならなんでもいいのです。
イライラしたら、目の前の物を手にとって、集中してその物を観察してください。
最初のうちは、グラウンディングをしても意識を今、この場所にうまく集中することができないかもしれません。
また、観察している間はうまく集中できたとしても、すぐにまたイライラの原因を思い出したり、怒りをどうやってはらそうかということに思いがいくかもしれませんが、心配いりません。
練習を繰り返すことで、意識をクギづけにできるまでの時間も短くなりますし、一度意識を今、この場所に戻せたら、その状態を維持できるようになります。
怒りの感情がどうしても抑えられないときは退却戦略としてのタイムアウト
衝動のコントロールのテクニックを身につけても、どうしてもカチンときて、怒りが抑えられないケースもあります。そういうときにおすすめしたい手法が「タイムアウト」です。
フランチャイズレストランのマネージャーである板垣さんは、本部の担当者と店舗運営のコストについて議論をしていました。
本部側からのコストカット圧力は強くなる一方で、現場側のシェフ、フロアスタッフからは本部に対する不満が強くなり、両者の間で板挟みになっていました。
板垣さんは、なんとか本部スタッフ、現場スタッフ双方にとってよい落としどころを見つけようとフル回転で考えているのですが、本部スタッフの一方的なもの言いに、イライラが頂点に達しようとしていました。
板垣さんとしては、「ストップシンキング」や「コーピングマントラ」を必死にやっているのですが、どうしても怒りの感情を抑えることができそうにありません。
「ストップシンキングもやった、コーピングマントラも唱えてみた。でも、それでもどうしても怒りを抑えることができない……」という状況です。
そんなときは、そのままその場所にいても、状況を悪くさせるばかりで、自分にとっても、相手にとってもプラスになるようなことは何もないでしょう。そうした状況であれば、その場からしばらく離れることを選択します。
これをアンガーマネジメントでは、「タイムアウト」といいます。その場所からしばらく離れて、頭を冷やすのです。タイムアウトは、対処法の中で「退却戦略」として位置づけられています。
よくケンカをすると、黙って出ていってしまったり、ひどい場合には捨てゼリフをはいて出ていってしまう人がいます。
ですが、これはタイムアウトとは違います。
とても自分勝手な怒りの発散でしかありません。
タイムアウトにはルールがあります。タイムアウトをとるときは、まず相手にタイムアウトをとることを伝えます。そして一定の時間を置いたら戻ってくることを約束し、戻ってきたあとに議論の続きをするという約束をします。
例えば、板垣さんであれば、このような感じで本部スタッフにタイムアウトを伝えます。
「申し訳ないですけど、これ以上は冷静に議論できそうにありません。タイムアウトをとらせてもらえないでしょうか。タイムアウトの時間は15分でお願いします。15分後にまた議論を再開させてもらえればありがたいです」
そして、タイムアウトをとっている間は、リラックスできるような気分転換をしてください。散歩に出たり、お茶を飲んだり、ストレッチをしたり……。なんでもかまいません。自分がリラックスできることをするのです。
逆にタイムアウト中にしてはいけないこともあります。先ほどの議論を思い出すことです。
議論を思い出すことで、怒りの感情をも思い出すことになってしまっては、タイムアウトをとった意味がありません。
「怒って出ていく」にもコツがある
「タイムアウト」は、ふだんからその仕組みをまわりの人と共有しておき、お互いにタイムアウトをとりやすくしておくことも大切です。
こういう場合、タイムアウトをとることを、その場から逃げる卑怯な方法と考える人がいるかもしれませんが、それは違います。
黙ってその場から立ち去ったり、捨てゼリフをはいてその場から立ち去ることは、怒りに負けた結果、ほかに選択肢がなく、しかたなく立ち去ったにすぎません。
けれどタイムアウトは、自ら選択してその場を退却するという点が大きく違います。強い怒りの感情をもったまま何かの議論をしたとしても、建設的な話し合いはできません。
タイムアウトをとって、冷静になる時間をつくることで、よりよい議論ができるようになるのです。怒ったまま議論を続けるよりも、こちらのほうがより賢い選択といえるでしょう。
いかがでしたでしょうか。
これらの方法が、じっくりアンガーマネジメントに取り組んでいる間に、怒りにふりまわされそうになったときに使える衝動コントロールの数々です。
次章以降から、アンガーマネジメントの深い部分に入っていきますが、それをしている最中に、もし怒りにふりまわされそうになったら、これらのテクニックを思い出してください。
きっとあなたの助けになるはずです。
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