僕の代数は学校で教わったのではなく、屋根裏の物置で見つけた叔母の古い教科書を自分で読んで学んだものだ。
おかげで、問題の目的は要するにXが一体なんであるかをつきとめることにあり、その答をどのやり方で出したかなどどうでもいいんだということを悟ることができたのは、実に幸運だったと思う。
──リチャード・ファインマンリチャード・ファインマン:物理学者、1965年ノーベル物理学賞受賞『ファインマンさんは超天才』クリストファー・サイクス著、大貫昌子訳、岩波書店
アウトプットを生み出すとは
イシューが見え、ストーリーラインができ、それに合わせて絵コンテができれば、あとはその絵コンテを本物の分析にしていく。ついに実際に走り出す段階だ。
ただ、ここでやみくもに走るとケガをしたり、場合によってはコースアウトしたりで退場(=プロジェクト中断)になってしまう。
本章では、この実際の分析なりチャートをまとめていくプロセスにおいて、何に留意すればケガなく無事に走り切れるかをみていきたい。
このステップで何を目指すのかを再度確認しよう。
序章の「犬の道」の話に立ち返るが、僕たちがやっているのは「限られた時間で、いかに本当にバリュー(価値)のあるアウトプットを効率的に生み出すか」というゲームだ。
どれだけ価値のあるイシュー度の高い活動に絞り込み、そのアウトプットの質をどこまで高めることができるか、それを競うゲームだ。
この段階はほかのどのステップよりもスポーツ的だ。正しい心構えと正しいゲームの理解が重要になる。
いきなり飛び込まない
最初に大切なのは、「いきなり分析や検証の活動をはじめない」ことだ。最終的に同じイシューを検証するための分析であっても、それぞれには軽重がある。もっともバリューのあるサブイシューを見極め、そのための分析を行う。
ストーリーラインと絵コンテに沿って並ぶサブイシューのなかには、必ず最終的な結論や話の骨格に大きな影響力をもつ部分がある。
そこから手をつけ、粗くてもよいから、本当にそれが検証できるのかについての答えを出してしまうわけだ。重要な部分をはじめに検証しておかないと、描いていたストーリーが根底から崩れた場合に手がつけられなくなる。
ここはストーリーラインのなかで絶対に崩れてはいけない部分、あるいは崩れた瞬間にストーリーの組み替えが必要となる部分であり、具体的には、カギとなる「前提」と「洞察」の部分になるだろう。
それが終わったあとは、バリューが同じくらいであれば早く終わるものから手をつける。これがアウトプットを出す段階における正しい注力だ。
ガラスの靴で有名なシンデレラの物語は「シンデレラが継母の娘たちより圧倒的に魅力的である」という前提が話を成り立たせている。このように、どんなストーリーにもカギとなる前提がある。
事業方針の転換をせまる場合であれば、「このままでいくと当該事業は大幅に落ち込む」「販売台数だけを追求すると赤字になる」というようなことだ。
話の「空・雨・傘」の「空」における肝の前提部分であり、多くの場合、これが論理の大きな分岐点に対応している。
右、左のどちらになるかでストーリーが根底から変わってしまうところだ。
シンデレラの話に戻ると、この物語には「ガラスの靴を履けるのはシンデレラだけである」という、カギとなる洞察がある。
こうした洞察はどんなストーリーにもあり、プレゼンや論文のタイトルになる場合が多い。
●このビタミンは、特定のイオンがある濃度を超さないと効果を発揮しない
●この事業モデルは、3つの条件を満たさないと成功しない
●異なる種と思われていた2つの魚は、実は同じ魚種のオスとメスだったといったものだ(図1)。
このようなカギとなるサブイシューを検証する場合は、どちらに転ぼうと意味合いが明確になるタイプの検証を試みるようにする。答えを出そうとしている論点を明確に認識し、右なのか左なのか、それに答えを出すのだ。
日本が生んだ世界的な脳神経科学者の1人であるマーク・コニシこと小西正一(カリフォルニア工科大学教授・米国科学アカデミー会員)の言葉にこんなものがある。
「生物学には質問を肯定する結果が出ないと何の役にも立たない実験が多い。このような実験のことをアメリカの科学者はFishingexpedition(魚釣の遠征)という。魚が釣れなければくたびれもうけとなるという意味である。
理想的な実験とは、論理も実験も簡単で、どんな結果が出ても意義のある結論ができるものである」(『ロマンチックな科学者』井川洋二編、羊土社)この小西の言葉からも、本当のイシューを明確に認識した実験(分析・検証)がどれほど貴重なものか、そしてそれを意識した進め方をすることがどれほど大切かということがわかる。
「答えありき」ではない
実際の取り組みにおける優先順位について理解したところで、次に念頭に置いておきたいのは、このアウトプットを生み出すステップで意味のある分析・検証は、「答えありき」とは対極にある、ということだ。
「イシューからはじめる、という姿勢でアウトプットを作成するように」と同じチームの若い人に言うとかなりの確率で誤解が起きる。それは「自分たちの仮説が正しいと言えることばかり集めてきて、本当に正しいのかどうかという検証をしない」というケースだ。
これでは論証にならず、スポーツでいえばファウルのようなものだ。「イシューからはじめる」考え方で、各サブイシューについて検証するときには、フェアな姿勢で検証しなければならない。
たとえば、天動説が主流である時代に地動説を唱えようとすれば、地動説に都合のよい事実ばかりを挙げるのではなく、天動説の論拠となっていることですら実は地動説のほうが正しく解釈できる、ということを論証し、そうでなければ無理なり矛盾なりが起きることを示す必要がある。
簡単に表現すれば「木を見て森を見ず」を避ける、ということだ。
あなたが携帯端末メーカーの人だとしよう。
スマートフォンが全盛の時代に「ガラパゴス携帯」と言われる日本国内専用端末のシェアだけを取り出して、「我が社の端末の人気は不動です」といっても仕方ないことは簡単に想像がつくだろう。
これはあまりにもあからさまな例だが、経験不足のときには隣に一緒に検討すべきものがありながらそれが抜け落ちている、というケースが少なくない。
このような「木」しか見えていない検証は、必ずどこかで破綻する。そのとき、失った時間は戻ってこない。僕たち1人ひとりの仕事の信用のベースは「フェアな姿勢」にある。
都合のよいものだけを見る「答えありき」と「イシューからはじめる」考え方はまったく違うことを強く認識しておきたい(図2)。
トラブルをさばく2つのトラブル
次に重要なのは「正しくトラブルをさばく」ことだ。アウトプットを生みだすステップは、障害物競走に似たところがある。
イシューが見え、ストーリーラインが見えていて、「こうやって分析しよう」という絵コンテが見えていても、実際に手をつけてみると次々にトラブルが発生する。
このような状況でスピードを落とすことなく走り続けていくためには、多少の障害物では転ばない工夫が必要だ。
トラブルへの予防策の基本は、重大なことにできる限りヘッジをかけておくことだ。
ここが崩れたら話にならない、というような重要論点については、二重、三重の検証に向けたしかけを仕込んでおく。
ひとつや2つが転んでも、何とか全体としてのイシューを検証できるようにしておくのだ。
そして、仕込める限りのことを前倒しで仕込んでおく。
そのためにストーリーラインづくりがあり、絵コンテづくりがあるのだ。仕込みがほかよりも長い見込みの場合、できる限り早く手を打っておく。
着手が早ければ想定より準備に時間がかかることも早期にわかり、これだけで大きく生産性が上がる。
総じて、できる限り前倒しで問題について考えておくことだ。
このように「できる限り先んじて考えること、知的生産における段取りを考えること」を英語で「Thinkaheadoftheproblem」と言うが、これは所定時間で結果を出すことを求められるプロフェッショナルとして重要な心構えだ。
トラブル①ほしい数字や証明が出ない
アウトプットを生み出すときの典型的なトラブルに「ほしい数字や証明が出ない」ことがある。
特にこれまで語られたことのない新規性の高い視点で仮説を立てた場合、このような事態に陥ることがよくある。
たとえば、かつて僕が携わったあるプロジェクトでは、「〝衣・食・住・遊……〟といった、世の中を見る枠組みごとに経済規模を推定する」という試みをしたことがあるが、これなどはほしい数字がどこにもない、ということが最初から自明なケースだ。
大切なのは、直接使える数字がないとしても簡単にあきらめないことだ。頭を使えば直接は出せない数字を明らかにする方法はいろいろある。
▼構造化して推定する
たとえば、「ゲーム業界はハードの導入直後以外は、ソフトウェアで大きく売上・利益を出している」ということを検証しようとする。これはゲームメーカーの有価証券報告書・決算短信資料を見るだけでは検証できない。そのように分かれたデータはどこにも載っていないからだ。このような場合には、「構造化する力」が重要になる。
全体の売上については、
●全体売上=ハード売上+ソフト売上
と考えられるので、図3のように分解してハード・ソフトの売上本数、おおむねの市場単価、卸売りの際の掛け値、メーカーマージン率(の推移)を基に試算すると、ざっくりとしたハードとソフトの売上比率が出てくる。
この例のように、どうやったらこの値を出せるか、どんな構造に分け、組み合わせれば出せるか、というように考えるのだ。
この本でも紹介している理論と実験双方に秀でた希有の物理学者、エンリコ・フェルミは、「米国を走っている電車の数」「(フェルミが教授として教えていた)シカゴにいるピアノ調律師の数」など、世の中のどんな数字でもざっくりと推定することができたという。
一見、どうやって出したらよいのかわからないような数字だが、前提(世帯数・ピアノをもつ世帯率・ピアノを調律する頻度など)と枠組みを使って出していく。
このような推論の方法は「フェルミ推定」として知られてきたが、これも構造化によって数字を出す例だ。
サイエンスの研究の現場ではこの能力がいっそうシビアに問われる。僕の研究者時代を振り返ってもこの推定する力の重要性を実感する場面が多々あった。
米国の大学・研究所では、「マシンルーム」というものがあり、そこにいるプロが実験に使う装置をカスタムメイドでつくってくれる。
その際には「どんな目的で、どんなデータがほしくて、実際にどんなデータが取れそうか」といった、こちら側の推定を聞いてつくるわけだが、その推定が甘いとせっかくの装置と費用がムダになり、頼んだほうも頼まれたほうも多大な苦痛が生じる。
実験の場面でも「どのくらいの濃度で物質が存在しており、それはどの程度の量になるのか(5マイクログラムか50マイクログラムなのか)」といったことにあたりをつけておかないと、実験の進め方そのものを間違ってしまう。
▼足で稼ぐ
正面から正式な数字が取れなくても、大体どの程度の規模感かがわかればサブイシューに答えが出るという場合であれば、フットワークで情報を稼ぐというやり方も有効だ。
たとえば「ある女性向けブランドの旗艦店の出店場所を、渋谷の公園通りと表参道のいずれかで考えている」としよう。どちらが自社の狙うターゲットに近いかを知りたいなら、これは直接調べるのがいちばん速い。平日と週末の同じ日にそれぞれ人を立ててざっと調べれば、おおむねの傾向と規模感がわかるはずだ。
▼複数のアプローチから推定する
重要な数値の規模感がわからないというときは、複数のアプローチから計算(測定)して値のレベルを知る、というやり方も有効だ。
たとえば「特定のセグメントにおける顧客あたりの利益率」を求めようとするとき、今ある数値の精度が低い場合には、全体の値やほかのセグメントの値から逆算して比較する。
また、ある商品の売上高を知りたい場合、実際の数字が出ていなくても「単価×売上個数」「市場規模×市場シェア」など複数のアプローチから計算して近い値を推定することができる。
特定商品の市場規模であれば「対象者数×1人あたりの消費額」「主要チャネル別の平均売上個数×販売単価」などから推定することが可能だ。
こうやっていくつものやり方で数値を出していくことで、おおよその数値が推定できることが多い。「幅から見る」わけだ(図4)。
ここまで、「構造化して推定する」「足で稼ぐ」「複数のアプローチから推定する」という3つの方法を紹介したが、こういう多面的な数値推定(検討)のアプローチを技としてもっていると、重要な数値が出たときにざっくりとした検算もできるので、大きな間違いを起こすリスクが減る。
少なくとも自分の専門分野でよく出てくるような数値は、おおむね推定できるようにしておきたいものだ。
トラブル②自分の知識や技では埒が明かない
アウトプットを生み出すステップにおける典型的なトラブルの2つめは、自分の知識や技では埒が明かなくなることだ。
勝負をかけたはずの実験がうまくいかない、やり慣れたはずの分析手法でもほしいデータが出ない、2週間でできると思っていたことが2カ月かかることがわかる……。厄介ではあるが、こうしたことはある頻度で必ず起こる。
このようなときにはどうすればいいのか?もっとも簡単なのは「人に聞きまくる」ことだ。格好よく言えば「他力を活用する」わけだ。それなりの経験ある人に話を聞けば、かなりの確率で打開策の知恵やアイデアをもっているものだ。
運がよければ同様のトラブル時にどのようにして回避したかを教えてもらえることもあるし、通常では手に入らない情報の入手法を聞けることもある。
自分の手がける問題について、「聞きまくれる相手」がいる、というのはスキルの一部だ。
自分独自のネットワークをもっているのは素晴らしいことだし、直接的には知らない人からもストーリーぐらいは聞けることが多い。
では、人に尋ねようのない問題や独自のやり方がうまくいかないときはどうするか。
この答えは、「期限を切って、そこを目安にして解決のめどがつかなければさっさとその手法に見切りをつける」というものだ。
期限の目安は分野によって違うだろうが、新しい手法が機能するかどうかの見極めまでなら、ビジネスの場合では数日から1週間程度だろうし、僕のやっていた生命科学分野の研究では、2、3週間程度とすることが多かった。
誰にでも愛着のあるやり方・手法がある。信頼性もあるし、ふつうにやれば慣れているのでスピードも速い。
特にその手法が自分や自分のチームが生み出したものだったりすると、人の性としてどうしてもそれにこだわりたくなるものだ。
ただ、こだわりはほどほどにしないと、そこに足をすくわれ、分析・検証が停滞してしまう。
どれほど馴染みがあって自信のある手法でも、それでは埒が明かないとわかれば、さっさと見切りをつける。
通常、どんなイシューであろうと、分析・検証方法はいくつもあるし、どれかが絶対的に優れているということもさほどない。
自分の手法より簡単で時間のかからないアプローチがあれば、当然それでやるべきだ。
この冷徹な判断が僕らを助けてくれる。
その手法以外は考えられないという状況に陥っていないか、常にチェックしておきたい。
どんな分析でも代替策が何もないという事態は極力避ける。
どんな方法であってもよいからイシューに答えを出せればよいと考え、その視点で手法の見切りが必要かどうかをこまめに考えることだ。
軽快に答えを出すいくつもの手法をもつ
「人工知能の父」と言われるMIT人工知能研究所の設立者、マービン・ミンスキーがリチャード・ファインマンを評した次の言葉が、質の高いアウトプットを出すことについての本質を突いている。
「いわゆる天才とは次のような一連の資質を持った人間だとわしは思うね。
●仲間の圧力に左右されない。
●問題の本質が何であるかをいつも見失わず、希望的観測に頼ることが少ない。
●ものごとを表すのに多くのやり方を持つ。一つの方法がうまく行かなければ、さっと他の方法に切り替える。要は固執しないことだ。
多くの人が失敗するのは、それに執着しているというだけの理由で、なんとかしてそれを成功させようとまず決め込んでかかるからじゃないだろうか。
ファインマンと話していると、どんな問題が持ち上がっても、必ず〈いやそれにはこんな別の見方もあるよ〉と言ったものだった。
あれほど一つのものに固執しない人間をわしは知らないよ」(『ファインマンさんは超天才』C・サイクス著、大貫昌子訳/岩波書店)
ミンスキーの話からわかるのは、「もっている手札の数」「自分の技となっている手法の豊かさ」がバリューを生み出す人としての資質に直接的に関わる、ということだ。
カーブと速球しか投げられないよりもシュートやフォークも投げられるほうがよいに決まっている。得手・不得手の意識もなければないほどよい。
米国大学院のDプログラムでは、3カ所程度の異なるラボ(研究室)を回ることを必須要件にしていることが多い。
最初からひとつの研究室に所属させる日本の大学院とは対照的だが、これも「自分の技を複数もつための方法」だと言える。
直接的な経験がある分野を複数もち、直接話せる人がいると、いざというときに大きな助けになる。
僕はこれまでビジネスでは主に消費者マーケティング分野で活動してきたが、特定の調査手法だけでは大きなイシューに答えを出せないことが多かった。
いくつもの方法を組み合わせたり、既存の手法に自分なりの視点を加えたりすることで、はじめて答えに近づく。
だからこそ、使える手法は多いに越したことはない。
第3章でも見たとおり、自分の関連する分野における分析手法には一通りなじんでおこう。
そして、何の分野であれ、仕事や研究をはじめた最初の5年や10年はなるべく広い経験とスキルの育成に励むことだ。
回転率とスピードを重視する
正しくアウトプットを理解し、注力し、トラブルを回避すれば、最後は「軽快に答えを出す」だけだ。どんなイシューもサブイシューも、答えを出してはじめてそれに関する仕事が終わった、と言える。ここで大切なことは「停滞しない」ことだ。要は手早くまとめていくのだが、そのためには次のコツを知っておきたい。
停滞を引き起こす要因として、最初に挙げられるのが「丁寧にやり過ぎる」ことだ。「丁寧にやってなぜ悪いのか」と言われるかもしれないが、生産性の視点から見ると、丁寧さも過ぎると害となる。僕の経験では、「60%の完成度の分析を70%にする」ためにはそれまでの倍の時間がかかる。80%にするためにはさらに倍の時間がかかる。
一方で、60%の完成度の状態で再度はじめから見直し、もう一度検証のサイクルを回すことで、「80%の完成度にする半分の時間」で「80%を超える完成度」に到達する。
単に丁寧にやっていると、スピードだけでなく完成度まで落ちてしまうのだ(図5)。よって、数字をこねくり回さず、手早くまとめることが大切だ。1回ごとの完成度よりも取り組む回数(回転数)を大切にする。
また、90%以上の完成度を目指せば、通常は途方もなく時間がかかる。そのレベルはビジネスではもちろん、研究論文でも要求されることはまずない。
そういう視点で「受け手にとっての十分なレベル」を自分のなかで理解し、「やり過ぎない」ように意識することが大切だ。
最後に「解の質」を示すマトリクスを載せておきたい(図6)。
序章の繰り返しになるが、インパクトのある方法でイシューに答えを出せればそれは素晴らしいことだ。
だが、大切なのは「答えを出せるかどうか」だ。
どれほどエレガントなアプローチを取ったとしても、それが正しくイシューに答えを出せなければ何のインパクトも生み出さない。
そして、もうひとつ「スピード」というものがここでは決定的に重要になってくる。
この「完成度よりも回転率」「エレガンスよりもスピード」という姿勢を実践することで、最終的に使いものになる、受け手にとって価値のあるアウトプットを軽快に生み出すことができる。
(略)サイエンスにはよいサイエンスと悪いサイエンスとがある。
(略)いろいろな実験を数多くやり、新しい結果から現象を次々に見つけていっても、その多様性、複雑性を記述し論文として発表することによって、かえって本質的なものをとらえにくくするような結果になることがしばしばある。
だが、もちろん、その多様性、複雑性の中に隠されている何か簡単な本質的なもの、新しい考え方、理論、こういうものを常に意識して探そうとして実験をしていく人たちもいる。
そうして、それが成功したときに、サイエンスの本当の進歩がある(略)──野村眞康によるジェームス・ワトソンの言葉野村眞康:分子生物学者・カリフォルニア大学教授・米国科学アカデミー会員ジェームス・ワトソン:分子生物学者、1962年ノーベル生理学・医学賞受賞『ロマンチックな科学者──世界に輝く日本の生物科学者たち』井川洋二編、羊土社
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