MENU

第4章あるべき姿を設定する

STORY4あるべき姿を考える人たち「発生型」と「設定型」の違い〈あるべき姿〉を定める課題を設定し、問題解決をおこなう環境分析をおこなう

STORY4あるべき姿を考える人たち打つ手のないCD‐R事業戸崎がマルチメディア事業部のテコ入れにたずさわってから早くも2カ月が過ぎた。街は祇園祭の準備で活気づいている。その日は、必要なデータをすべて準備したうえで会議が開かれた。DVD‐R事業については、根本的な組織問題として「DVDに注力するという方針が明確になっていないこと」、また「昔からの担当体制を見直していないこと」に手を打つことになった。同時に、もっと即効性のある対策として、人事部門とも協力しながら「知識習得」や「提案力の向上」も検討することになった。業務用ビデオテープについては、根本的な問題として「注力しておらず、不慣れな営業担当がアサインされており、兼務になっている」問題に手を打つことにした。また目先の対応として、過度な値引きは抑制するよう管理することとした。最後に、事業部内で現在、売上高が最も大きいCD‐R事業についての討論が始まった。安達課長が口火を切った。「やはり技術を高めることで差別化する以外、打開策はないと思いますが」すぐに浪江が反論した。「技術で差別化するといっても、規格品だから、どうしようもない」「でも、うちの大量供給力を活かせば、製造面では強みを出せるのではないでしょうか」今度は山辺が反論した。「でも、いま、市場は縮小の局面ですから、大量につくっても売れないのではないかしら。製造面での強みを活かすことには無理があると思います」そこで、調達での差別化はできないか、ブランド向上で価格を維持できないかといった議論がつづいた。だが、いずれの対策も実現性に乏しく、1時間以上も議論して、たどり着いた結論は「打つ手なし」だった。この結論は、マルチメディア事業部にとっては一大事であった。事業部売上高の50%以上を占めるCD‐R事業で「打つ手がない」ということは、事業部の大きな衰退を意味することにほかならない。高橋事業部長は頭を抱え込んでしまった。「いったい、どうすればいいんだ?このままだと、マルチメディア事業部の売上高は先細りの一途じゃないか……」その言葉に全員が黙り込んでしまった。ぶれる〈あるべき姿〉沈黙をやぶるように戸崎が言った。「みなさん、これまでは既存事業の問題を深掘りし、原因を特定し、対策を考えてきました。でも、ここで視点をかえて、まったく違うアプローチで議論してみませんか?」浪江が質問した。「まったく違うアプローチって、どういうこと?」「いくら考えても既存事業だけでは限界があるので、一度、既存事業のことはすっぱり忘れて、マルチメディア事業部がこれまでやっていない、まったく新しい事業を展開するとしたら、何をすべきかを考えてはどうかなと思ったんです」高橋が少し身を乗り出して言った。「なるほど。事業部の今後の発展のためには、そういう考え方はとても重要だな。俺はそういう議論は大好きだ」そこから、今後のマルチメディア事業部の新しい事業について、話し合いが始まった。安達が発言した。「私はこれから先、ブルーレイディスクの時代が来ると思っています。テレビがデジタル放送に移行すれば画質が上がり、容量が増えます。そうなると、今のDVDでは対応しきれなくなるので、確実にブルーレイが普及するはずですから、それを手がければいいのではないでしょうか」浪江が付け加えた。「ほかにも、HD‐DVDという規格もあるよ。まだどっちが普及するかわからないから、今の時点でブルーレイに決めつけるのは、ちょっと危険じゃないかな。車載用のカーナビなんかはDVDからHDDに移行してるし。これからはHDDが伸びると思う」それには山辺が反論した。「でも、HDDだって、いずれはSSDと呼ばれる半導体メモリ製品に代替されると言われていますよ。現時点ではHDDのほうが価格が安いから普及していますが、半導体メモリの価格がもっと安くなれば、全部、半導体メモリになってしまうんじゃないですか。昨年アップルがiPodを発売しましたが、最初はHDDを搭載していたのに、今は半導体メモリですよ」それを聞いていた高橋が、きっぱりと言った。「それは極論だよ。全部半導体メモリになるなんて、ありえない」そう言われると、山辺は黙るしかなかった。気まずい雰囲気を察して、浪江が話題を変えた。「そういえば、アップルはiPodだけじゃなくて、iTunesという音楽配信サイトをつくって、そっちで儲けてるみたいだ。うちも、メディアの販売じゃなくて、音楽配信とかやれば儲かるんじゃないかな」しかし、それにも高橋が待ったをかけた。「音楽配信ってのは、誰に、何を提供する事業なんだ?そんなことをしても、うちの強みは活かせないだろ。だいたい、どの程度の規模のビジネスになるかもよくわからんし、立ちあげるとしても、いつまでかかるかもわからん。土台、無理な話だよ」浪江も黙ってしまった。気を取り直して山辺が言った。「これからは通信速度がどんどん速くなっていきますから、みんな見たいテレビや映画はダウンロードしてオンデマンドで視聴するようになると思います。そうなれば、DVDやHDDに録画するのは時代遅れになるでしょう。そう考えると、やっぱり通信関連の分野に進出して、オンデマンドのDVDサービスなどをやるべきではないでしょうか……」議論はいろいろと盛り上がったが、メンバーが好き勝手に意見を出すので収拾がつかなくなっていく。マルチメディア事業部の今後の〈あるべき姿〉とは、いったい何なのか。どこへ向かって進むべきなのか、誰にも見当がつかなかった。マルチメディア事業部の「大きな目的」は何だったのか?「あの……」戸崎は、いったん議論を止めた。「興味深い意見がたくさん出てきましたが、もう一度、事業部の大きな目的や、上賀茂製作所における存在意義からしっかりと考えてみませんか?せっかくいいアイデアが出ても、そんなことはマルチメディア事業部に期待していないとか、それは当社の仕事ではないとなれば元も子もないので」その言葉に全員がうなずいた。そこで戸崎は、高橋に質問してみた。

「部長は、マルチメディア事業部の大きな目的については、どうお考えですか?」「それはマルチメディア事業部という名前のとおり、さまざまなメディア、つまりは記録媒体を扱う事業部だと俺は理解している。消費者に対して安くて質の高い記録媒体を提供して、世の人々の生活の質を高めていくというのが、この事業部の大きな目的だよ」「なるほど、消費者に対して記録媒体を提供して世の中をよくしていく事業部ということですね。そうすると、音楽配信や動画配信などの通信分野は、マルチメディア事業部の対象領域ではないということになりますね」「そうだな、ちょっとイメージが違うな。人それぞれ、写真だの文書だの、いろいろと記録したいものがあるはずだ。それらを記録するためのメディアを提供するのが我が事業部の仕事だよ。音楽や映像などのコンテンツを消費者に届けるという話じゃないと思うんだ」「では、記録媒体については、どういう製品かは問わないんですね」「そうだ。昔はカセットテープをやっていたし、その後もMOやFDD、CDやDVDと幅広く手がけてきたからな。HDDや半導体メモリだって、やるなと言ってるわけじゃない」高橋の答えに対し、戸崎は別の角度から質問をつづけた。「事業部としての考えは、よくわかりました。では、上賀茂製作所において、マルチメディア事業部はどのような役割を期待されているんでしょうか」「まずは利益を出す、ということだろ」「おっしゃるとおりですね。ただ、利益を出せば何でもいいかというと、そうでもないはずです。それ以外に会社から期待されている役割はありませんか」「それは……やっぱり国内や海外で工場を抱えているから、雇用の維持は大きな役割だろうな。あと、磁気ディスクや光ディスクの製造にはさまざまな製造技術が要求されるから、技術蓄積や技術者育成も大きな役割かもしれん」「その観点から見て、音楽配信やオンデマンドのDVDサービスは、マルチメディア事業部のビジネスとしては適合するのでしょうか」「だいぶイメージが違うな。そういう事業をやっても、今の社員の雇用は継続できないし、製造技術の蓄積にもならない。やはり当事業部は、ものづくりの事業部なんだ。だから、ものづくりで考える必要があるだろう」「わかりました」これで少し方向性が定まってきた。それでも議論は発散する大きな方向性は〈ものづくり=メディア製造〉だと確認できたので、戸崎は次の話題に進んだ。「当事業部の大きな目的はメディア製造だとわかったので、次に、今後はどのメディアが有望なのかを考えてみたいと思います」そこで安達が質問した。「それは、うちの事業部ができる範囲で考えればいいのでしょうか?」「いえ、違います。〈できるか〉〈できないか〉はあとで考えますから、まずは将来性を見て、〈やるべきか〉〈やるべきではないか〉を考えたいと思います」「わかりました。では私たちの事情は、いったん抜きにして考えてみましょう」安達がそういうと、浪江がすぐに発言した。「これからは、やっぱりHDDが伸びると思うんだよ。ビデオテープはDVDになったけど、地デジに移行すれば動画の容量がもっと増える。HD‐DVDやブルーレイも普及するかもしれないけど、結局、記録容量はHDDには勝てないから、いずれ淘汰されるんじゃないの」それには山辺が反論した。「たしかにHDDの容量は大きいですが、半導体メモリの価格はどんどん安くなっています。だから、CDやMDがiPodに代替されたように、いずれはHDDもSSDに代替されるんじゃないでしょうか」すると安達が別の見解を披露した。「その点は微妙な気もします。視聴者は、果たして今後もテレビを録画するのでしょうか?ケーブルテレビやインターネットテレビなども出てきていますから、これまでのように録画しなくなることも考えられます」それを聞いて、高橋が言った。「それは言えるな。あれもこれもって録画しないなら、別にそこまで大容量のものじゃなくても構わんわけだし。だいたい、HDDというのはディスクの交換ができないからダメだ。ブルーレイなら1枚あたりの容量は少ないかもしれないが、ディスクを交換すればいくらでも保存できるだろ」それには浪江が反論した。「でも将来的には、もうDVDプレイヤーとかテレビとかパソコンとか、そういう区分はなくなっていくんじゃないですか?パソコン1台あれば、DVDもテレビも見られるし、インターネットもできる。そうなれば、大容量のHDDが1台あれば十分でしょ。だいたい、テレビ番組の録画なんて、そんなにしなくなるんだろうし」先ほど、いったん収束しかけた議論が、またもや収拾がつかなくなってきた。時間がなくなってきたこともあり、戸崎が割って入った。「いろいろな考え方があることはわかりましたが、こういう話はデータに基づきながら進めないと結論は出てこないでしょう。議論はここでいったん打ち切りにして、次回に具体的なデータを持ち寄って議論をつづけたらどうでしょう」浪江がうなずいて言った。「そうだな。ひとまず事業部のほうで、外部環境・内部環境についてのデータをそろえたほうが賢明だ」全員がうなずき、そこで会議は終了した。抜け漏れだらけの分析翌週、次の会議が開かれた。まず、事業部で確認したデータをまとめた資料について、山辺から報告があった。「こちらで、外部環境と内部環境についてのデータを集めてきました(図4‐1)。ただし、HDDのグローバルでの販売台数や工場人件費の推移など、詳細についてはバックデータを別紙で持ってきています」

全員で資料に目を通したあと、浪江が言った。「まず僕の意見は、やっぱり今後はHDDを手がけるべきだと思う。PC用もそれ以外も、需要が伸びてるし。各社が撤退を始めているHD‐DVDの線はないし、ブルーレイも思ったほど普及してないから、将来性は高くないと思うんだ」そこで安達が口を挟んだ。「たしかに現在、ブルーレイは普及していませんが、地デジ化が進めば録画容量が増えますから、ブルーレイの時代が来ることは間違いないと私は予測していますが」それには浪江が反論した。「これからは、テレビなんかそんなに録画しないだろ。ケーブルテレビやインターネットが普及すれば、見たいものは、ほとんどオンラインで見られるんだから」それでも安達は自説を曲げなかった。「私はそうは思いません。ケーブルテレビは加入料も高いですし、インターネットが普及するといっても、テレビと同じ画質は出せないでしょう?やはりテレビを録画するというニーズは高いと思うのですが」浪江も引き下がらない。「それはそうだろうが、テレビだってHDDに録画する時代になるさ。大容量のHDDがあれば、ブルーレイの何十枚分も録画できるんだから」安達も負けていない。「ですが、ブルーレイはディスクの取り外しができますから、容量は無限大といえるでしょう。HDDはディスクの入替はできないと思いますが」「そんなことない。簡単にHDDの入替ができるHDDレコーダーが、もう発売されてる」「でも、人気のある映画はブルーレイで発売されていますが、HDDではないはずです」「そりゃないけど、ケーブルテレビで放映されてるから、それをHDDに録画すればいい」「そもそも、HDDの技術はうちにはないので、つくるのは無理じゃないですか」「そうかな。機能デバイス事業部では、実際にHDD用の磁気ヘッドをつくってるし、ちょっと頑張ればHDDだってつくれると思う」「でも、今さらつくったとしても、コスト高で戦えないでしょう」「いや、磁性体の材料は会社全体で調達してるから、競合より安く買えるんじゃないかな」……安達と浪江の論戦を見かねた高橋が釘をさした。「おい、おまえたちは、いったい何の話をしてるんだ?今日は、調べてきた資料に基づいて話をするんじゃなかったのか?」安達と浪江は我に返って口をつぐんだ。外部環境を見る視点を洗い出す「いろいろ調べていただき感謝しています」戸崎が仕切りなおした。「ただこのデータだと、まだ不足があるようです。お二人の議論でも、外部環境では、ケーブルテレビやインターネットの動向、テレビ番組録画に関する消費者行動、機能デバイス事業部の動向などが抜けているようです。また、内部環境でも、会社の技術力や購買力についての情報が漏れていることがわかりました」「まだ情報が不足していたようで面目ありません」と安達が詫びた。そこで戸崎は、ホワイトボードに図を描きはじめた。「外部環境・内部環境を調査するうえで抜け漏れがあってはまずいので、まずどういう見方で情報を集めるかという〈分析のフレームワーク〉をつくることが重要です。情報の流れに着目して、関係するものをざっと洗い出すと、まずコンテンツがあり、それが放映装置やサーバーなどのストレージに蓄積されたあと、端末に届いて、最後にエンドユーザーが視聴するという流れになりますね(図4‐2)。

このような流れで考えた場合、かつては制作会社がコンテンツをつくり、放送内容を家庭用録再機器に保存して、消費者が見るという流れが一般的だったと思います。図の❶❷の流れですね。また、子供の運動会の動画などを自分で撮影して保存するのが❸の流れです。さらに❹のように、テレビドラマや映画のDVDを借りて自宅で見るというのも一般的でした。しかし最近では、インターネットの発達に伴い、❺のようにテレビをインターネット経由で配信したり、❻のようにインターネット専用のコンテンツを配信している例も多くなっています。これらをユーザーは❼の通信回線経由で見るわけですが、さらに映像機器の進歩により、最近では❽のように自ら撮影した動画コンテンツをインターネットにアップロードする流れもあります。このように、メディア全体を取り巻く制作会社や通信状況などについても見ておく必要がありますね」さらに戸崎は、別のホワイトボードに図を描きはじめた。「先ほどの流れのなかでも、特にストレージと端末の部分で、どのようなセット品があって、どう変遷してきたかを抜け漏れなく、しっかりと見ておく必要があります。古くはカセットテープに始まり、現在のブルーレイに至るまで、どんな製品があって、どう変化してきたのか、教えてもらえますか?」そこで、高橋と安達、浪江が手分けして、ホワイトボードを完成させた(図4‐3)。

「戸崎さん、こんな感じじゃないかな」浪江が言った。「ありがとうございます。なるほど、いろんなものが淘汰されて今に至っているんですね。そうすると今後に向けて調査する必要があるのは、フラッシュメモリ、HDD、SSD、ブルーレイ、HD‐DVD、DVD‐R/RW、音楽配信、動画配信といったところですね」全員がうなずいた。その後、戸崎は組織図を画面に映し、マルチメディア事業部の仕事と関係の深い外部組織についての確認をおこなった(図4‐4)。

その結果、同じ磁性材料を用いている機能デバイス事業部と、国内・海外の工場を統括する生産管理本部、そして基礎研究所での技術開発の動向を踏まえる必要があるという結論となった。内部環境を見る視点を洗い出す最後に戸崎は、別のホワイトボードに「マルチメディア事業部の内部環境」と題して、戦略・業務・資源・組織と大きく書いた(図4‐5)。

「最後に内部環境の見方を決めたいと思います。これはSPRO(スプロ)モデルといって、企業や事業の内部環境をざっくり四つの視点から見るモデルです。では、まず事業部の戦略として踏まえるべきものには何がありますか?」安達が答えた。「それは部門の中期経営計画ですね。それ以外は特には思いあたりませんが」「わかりました。部門中計ということですね」戸崎はホワイトボードに書き写した。「次に、業務と資源については詳細化したいので、ぜひ詳しく教えてください。事業部には、どんな業務がありますか?」高橋が答えた。「まず事業部のなかは、機能別に三つの組織に分かれている。営業と製品設計と生産技術だ」戸崎は、それをホワイトボードに書き込み、質問をつづけた。「営業の仕事には、どんな業務がありますか?」安達が答えた。「大きく言いますと、マーケティングと、販売と、あとはお客様のサポート業務です」「なるほど、よくわかりました。製品設計と生産技術も同じように細分化すると、どのような業務がありますか?」浪江、山辺も加わり、業務の細かな洗い出しがおこなわれた。業務についての見方が固まると、戸崎は資源についての見方を洗い出しはじめた。「資源については、よく用いるヒトモノカネ情報で見てみましょう。これをもっと具体化させた場合、事業部で大事なヒトは誰ですか?」高橋が答えた。「やはり、管理者と技術者だろうな。営業担当ももちろん大切だが、管理者と技術者がいないと事業部は成り立たない」戸崎はホワイトボードに書き足しながら、質問をつづけた。「モノ、カネ、情報についても教えてください」戸崎の質問に対して、全員で洗い出しをおこない、モノについては、特に実験試作設備と生産設備が重要、カネは事業部予算、情報については技術そのものとブランドが大切だという話になった。最後に戸崎は確認した。「組織についてはあまり細分化する必要はなさそうですので、ざっくりと事業部組織と書いておきます。もし今後の調査で何か細分化する必要が出てきたら、もう一度考えることにしましょう」これで、SPROの視点をベースとして、事業部の現状を踏まえた内部環境を具体化する視点が洗い出せた。分析のフレームワークを再整理するそこで、戸崎は新人の星田に「分析のフレームワーク」を再整理するよう指示した。星田も、マルチメディア事業部の業務内容について理解が深まったようで、議論をまとめるのにだいぶ手慣れてきたようだ。戸崎の指示を受けながら、星田は、プロジェクターにパソコンの画面を映しながら「分析のフレームワーク」を再整理した。できあがった分析のフレームワークは、外部環境で合計23項目、内部環境で合計18項目にも及ぶ「超大作」となった(図4‐6)。

完成した分析のフレームワークを眺めながら、山辺がつぶやくように言った。「まだまだ、調べることが山積みだわ」「そうですね」と戸崎は微笑んだ。「これまでの会議で議論がうまくまとまらなかったのは、まだまだ抜け漏れがあったからだと言えますね。マルチメディア事業部の今後の〈あるべき姿〉を決めるためには、やはりこのくらい広範に、かつ具体的な視点から、抜け漏れなく、しっかりとバックデータを集めて分析しなければ、議論は収束しないということですね」全員が、ため息まじりにうなずいたので、戸崎は付け加えた。「あとひとつだけ、分析をするうえでの大切な考え方を紹介しておきます。〈空・雨・傘〉という考え方です(図4‐7)。空が曇っている、雨が降りそうだ、傘を持っていきなさい、という喩え話で説明するものです。

要するに、空が曇っているのは誰が見ても、ぶれることなく同じ理解となる〈事実〉です。雨が降りそうだというのは、あくまでその人の〈推測〉で、実際にはどうなるか誰にもわかりません。傘を持っていきなさいというのは、その人が相手に伝えたい〈意味合い〉で、これは、傘を持っていくのか、車で出かけるのか、外出をやめるのか、人それぞれで違ってきます。分析をするうえで、必ず〈事実〉をおさえてから〈推測〉や〈意味合い〉を考えていただきたいのです。それをしないと、自分はこう思う、こう思わない、というふうに、事実に基づかない議論になりかねません」それを聞くと、安達と浪江は顔を見合わせて苦笑いし、安達が言った。「おっしゃるとおりですね。今日の私たちの議論は、まったく〈事実〉をおさえないで、お互いに自分の思い込みで〈推測〉や〈意味合い〉を押しつけあっていたようです。水掛け論でしたね。次回はちゃんと〈事実〉をおさえてくるようにします」最後に、マルチメディア事業部、経営企画部それぞれの得意分野を活かし、メンバーで話し合って分析の担当を決めた。調査項目は多岐にわたるが、あまり時間をかけてもいられないので、次回のミーティングは1カ月後に設定し、必ず一通りの分析をおこなって結果を持ち寄ることを確認して、その日の会議は終了した。

第4章あるべき姿を設定する「発生型」と「設定型」の違い〈あるべき姿〉を定める課題を設定し、問題解決をおこなう環境分析をおこなう■「」「」問題とは何かこれまでWHERE、WHY、HOWという基本的な問題解決の流れを説明してきたが、ここからは少し違った観点の考え方を紹介していこう。まず、図4‐8を見てほしい。

これはある会社での会議中の小休憩中の様子である。この絵を見て、あなたは何が問題だと思うか、少し考えてみてほしい。おそらくパッと見て、以下のような点が目につくのではないだろうか。1コーヒーがこぼれている2ゴミがそのまま置いてある3お菓子を食べ散らかしている4椅子が片づけられていない5フォルダボックスの中身が整理されていない6書類が開きっぱなし……次に、図4‐9を見てほしい。これは会議が終わり、先ほどの会議室をきれいに片づけた絵である。先ほどあげた問題はすでに解決されており、一見、問題はないようだ。しかし、この状態でもなお「問題だ」と思うことはないだろうか。

たとえば以下の項目のうち、あなたはどれが問題だと思うだろう。1椅子が2脚しかない2時計がない3ホワイトボードがない4電話がない5プロジェクターがない……ここからは一緒に、「問題」とは何かを考えてみよう。まず、1枚目の絵を見返してもらいたい。「コーヒーがこぼれている」ことが問題だと思わない人はいるだろうか。または「ゴミがそのまま置いてある」ことが問題だと思わない人はいるだろうか。答えはノーで、読者の皆さんも、ほぼ全員が「それは問題だ」と思ったにちがいない。一方で、2枚目の絵にあった「ホワイトボードがない」「電話がない」についてはどうだろう。読者の皆さんのなかでも、問題だと思った人と、思わなかった人がいたのではないだろうか。では「問題」とは、いったい何なのだろうか?「発生型」と「設定型」とはでは最後に、3枚目の絵を見てほしい(図4‐10)。もし、社内全員のあいだで「会議室はこういう状態が理想だ」という共通認識ができていたらどうだろう。この状態と比較すれば、2枚目の絵の会議室は何が問題で、何が問題ではなかったか、一目瞭然である。「椅子の数が少ないこと」「ホワイトボードがないこと」「プロジェクターがないこと」は問題であり、「時計がない」や「電話がない」は特に問題ではないことがわかるはずだ。

実は、問題には2種類ある。「発生型」と「設定型」だ。わかりやすくいえば、誰がどう見ても問題だと思う、すなわち関係者のあいだで共通認識ができあがっているものが「発生型」、見る人によって問題だと思う・思わないがブレるため、〈あるべき姿〉に照らして問題かどうかを説明しなければならないものが「設定型」である。「発生型」と「設定型」は、検討するためのアプローチがそれぞれ異なる(図4‐11)。発生型とは「誰がどう見ても問題」だと共通認識があるので、「問題が問題であること」をわざわざ説明する必要はない。発生型では問題があることは明らかなので、大事なのは「原因を追究し、対策を立案すること」である。

たとえば、会議室の例では、小休憩から戻ってきた社員に「コーヒーをこぼしちゃ駄目ですよ」「はい、すみませんでした」というのが自然な会話の流れである。「え?なんでコーヒーをこぼすと駄目なんですか?説明してもらわないと、何が駄目なのかよくわからない」などと答える面倒くさい人はいないはずだ。このように、発生型の場合は、素直に「コーヒーをこぼしてすみませんでした」と問題があることを認めたうえで、「ふたつきの容器ではなかったからだ」「パソコンのLANケーブルを引っかけてしまったからだ」といった原因を追究し、「次からは、ふたつきの容器にします」「次からは、無線LANで接続します」といった対策を考える流れとなる。一方、設定型とは「見る人によって問題と思うかどうかに違いが出る」もので、「問題が問題であること」をしっかり説明する必要がある。設定型では、そもそもそれが問題なのかどうか理解に違いが出るので、大事なのは「それは問題であると説明すること」だ。たとえば、会議室の例では、小休憩から戻ってきた社員に「ホワイトボードがないと駄目ですよ」と言った場合、「え?なんでホワイトボードがないと駄目なんですか?説明してもらわないと、何が駄目なのかよくわからないんですけど」となるのは、ごく自然な会話だろう。いきなり「ホワイトボードがないと駄目ですよ」と言われても「なぜ必要なのですか?」と面食らう人のほうが多いだろう。「会議を効率的におこなうためには書きながら議論したほうがよい。だからホワイトボードがあるほうがよい」という〈あるべき姿〉を説明されて初めて、「ホワイトボードがない」ことが問題だと理解できるのだ。このように設定型の場合、「なぜそれが問題と言えるのか」をしっかり説明しないと、問題認識が違っているために、話が嚙み合わなくなる。二つの問題解決の違いここで図4‐12を見てほしい。縦軸には「〈あるべき姿(理想)〉の実現度合」、横軸には「時間」をとっているが、左下にあるように「マイナスをゼロに戻す」ものが「発生型」の問題解決だ。明らかによくない状態を、誰が見ても普通の状態に戻すという「現状復帰」レベルの問題解決であり、ビジネスの例でいえば次のようなものがある。

●赤字が出ている●顧客からクレームが発生している●納期遅れが発生している●製品不良が出ているいずれも「あること自体が問題」であり「ないこと」が望ましいのは誰の目にも明らかだ。これらのテーマは発生型問題解決の典型例で、「それが問題である」ことを是としたうえで、どこに問題があり、なぜで、だからどうする……といった、これまで説明してきたWHERE・WHY・HOWの基本の流れで解決していくことになる。一方、図の右上にある「ゼロからプラスに持っていく」ものが「設定型」の問題解決である。現状は普通の状態で取り立てて問題があるわけではないが、より高い〈あるべき姿〉を設定することにより「普通じゃ駄目だ」と認識する「チャレンジ」レベルの問題解決だ。ビジネスの例でいえば次のようなものである。●営業利益率が5%しかない●新規顧客が100件、獲得できていない●納期が10日間かかっている●1日の製造個数が1万個しかないこれらのテーマは設定型の典型例であり、きちんとした説明がないと「それができていないことがなぜ問題なのか」がよくわからず、話が嚙み合わない可能性が高い。たとえば、営業利益率が「5%しかない」のか「5%もある」のかは人によって見方が違うだろう。また、新規顧客が「100件、獲得できて当然、獲得できないのは問題」だと考える人もいれば、「なんで100件なのか?べつに50件で十分だろう」と考える人もいるはずだ。納期にせよ製造個数にせよ、〈あるべき姿〉に照らして「なぜそれができていないことが問題なのか」をしっかりと説明する必要がある。発生型か設定型か、よく見きわめて対応する二つの問題解決の違いをしっかりと理解しておくことはとても重要である。〈あるべき姿〉をしっかりと設定する必要があるのか。それとも〈あるべき姿〉は自明であり、むしろ「原因」を考えることが重要なのか。この違いはとても大きい。実際の仕事において「設定型」なのに「発生型」のようなアプローチをして、大失敗を招くケースがある。たとえば、ある会社で「売上を50%伸ばせ」という号令がかかったとしよう。「売上が50%伸びていないことが問題だ」と考え、「なぜ売上が50%伸びないのか」という原因を考えた結果、「営業人員がまったく足りていない」「製品の販売価格が高い」という原因が思い浮かんだとしよう。対策として「営業人員の大幅増員」「製品の値引き」を実行したところ、売上50%増を達成することができた……しかし、巨額の赤字を招いてしまった。この場合「売上が50%伸びていないこと」は設定型であり、発生型ではない。50%では目標が高すぎるので10%かもしれないし、伸ばすのは売上ではなくて利益かもしれない。「売上が50%伸びていないこと」がそもそも本当に問題なのかを疑ってかかり、その正しさから吟味する必要があるのだ。さらに初歩的な話をするなら、そもそも「売上が50%伸びていないのは問題だから、なぜなのかしっかり原因を追究して対策を打つように」と号令をかけたとき、心の底から腹落ちして行動する社員がどれほどいるだろうか。「なんで売上が50%伸びないことが問題なのか?そもそも目標設定がおかしいんじゃないか……」という疑念を持つ社員も少なくないだろう。逆のケースもある。「発生型」なのに、いちいち「設定型」で考えてしまうケースだ。ある工場で、労働災害が数件発生したとしよう。そのための対策を考える際に、「他社の工場では、どの程度の労働災害が発生しているのか?」と一所懸命に調べ、「〈あるべき姿〉としては、労働災害を年に3件までに収める」という目標を立てたとしよう。これがナンセンスだというのは皆さんおわかりのとおりだ。他社の工場がどんな状況であれ、労働災害など「ゼロ」がよいに決まっている。〈あるべき姿〉を検討するために時間を使うくらいなら、さっさと「なぜ労働災害が起きたのか」を分析し、「どうすべきなのか」という対策を立てたほうがよい。あなたが抱えている仕事でも「発生型」で対応すべきものもあれば「設定型」で対応すべきものもある。アプローチを間違えるとおかしな検討となるため、自分が取るべきはアプローチはどちらなのか、仕事のテーマごとにしっかりと考えて対応してほしい。誰にとっても双方のアプローチが必要企業教育を手がけるなかでよく質問を受けるのが「発生型は簡単な問題解決なので若手が中心、設定型は高度な問題解決なので管理職が中心と理解してよいでしょうか」である。これはある意味で正しいが、ある意味で間違っている。たしかに若手の場合は上司から〈あるべき姿〉が与えられており、それができていないことが問題で、原因を考え、対策を立案する……という「発生型」の仕事が多いかもしれない。しかし、若手であっても「まったく新しい製品や事業の開発など、自分なりに新しいテーマを見つけてチャレンジしていく」ことが求められているような職種の場合、若手だからといって「発生型」だけをやっていればよいというものではない。一方、管理職の場合は、自分の組織の〈あるべき姿〉を自分で設定していく必要があるという意味で、「設定型」が求められるだろう。しかし、設定型だけでよいかといえば、そんなことはなく、「社員の士気が低い」「退職者があとを絶たない」「残業が増えている」など、「発生型」も数多く抱えているはずだ。これらの発生型の問題に目を向けず、〈あるべき姿〉だけを示しつづけても組織運営がうまくいかないのは、皆さんもご承知のとおりである。企業内の仕事では、若手のほうが「発生型」が多く、管理職のほうが「設定型」が多いというのが一般的な傾向だが、いずれにせよ、双方のアプローチができることが望ましい。なぜ「設定型」は難しいのか?発生型においては、問題そのものを認識することはさほど困難ではない。また現状についても原因についても「現在や過去の事実」の積み重ねで語ることがで

きるため、いろいろな証拠を揃えていけば、最終的に議論は落ち着くところに落ち着くものである。しかし設定型は「問題だと思うか思わないか」が人によってばらつくので、それが問題であるという共通認識をつくることが非常に難しい。〈あるべき姿〉はいまだ実現されていない未来の話であるため、具体的にどんな状況なのかについて何をどう説明すればよいのかわからないし、事実を元に将来の状況をどう予測するかによっても結論が大きく変わってしまう。ストーリーでも、マルチメディア事業部の〈あるべき姿〉を考える議論はかなり発散してしまい、なかなかまとまらなかった。「ブルーレイが普及するのか、それともHDDが伸びるのか、半導体になるのか」「今後も録画するのか、それともオンデマンド通信になるのか」といった将来の状況の予測がばらばらだったことがその理由である。また、浪江から「音楽配信はどうか」という話も出たが、結局、「誰に向けて、どんなサービスをしているのか、いつまでに、どの程度のビジネスにしているのか」といった具体的なイメージが伝わらなかったこともあって高橋事業部長に却下されてしまった。つまり「設定型の難しさ」とは〈あるべき姿〉設定の難しさなのだ。ここから先は、〈あるべき姿〉設定の難しさについて、図4‐13に示した三つの流れで説明していこう。1未来の話であり、何とでもいえる視点を定める2説明が抽象的になりがち具体化する3実現されたかどうか測りづらい指標化する

■〈〉三つの視点を定めて、〈あるべき姿〉を「固定」するまず、〈あるべき姿〉を設定する際の一つ目の難しさである「未来の話であり、何とでもいえる」について考えていこう。〈あるべき姿〉は、「未来」の話であり、「こういう状態が望ましい」と説明するのは難しい。いまだ実現されておらず誰も見たことも聞いたこともないものだからだ。そのため、〈あるべき姿〉の議論は往々にして「言ったもの勝ち」になってしまい、役職の高い人や声の大きい人の主張に流されがちだ。ストーリーでも、高橋事業部長が「半導体にすべて代替されることはない」「音楽配信なんて無理だ」と断定的に主張した結果、浪江も山辺も黙り込んでしまった。戸崎がいなければ、それで事業部の〈あるべき姿〉は決まっていたかもしれない。しかし、よく検討もしないで、役職の高い人や声の大きい人の意見に流され「まあ、そんなもんかな」と結論を出すのはきわめて危険である。その主張が正しいとは限らないし、全員が本当に納得しているわけでもないため、問題に対して正しい共通認識に至っていないからだ。では、〈あるべき姿〉を定めるには、どうすればよいか。〈あるべき姿〉はブレてはならず、また人によってイメージがばらついてもいけない。〈あるべき姿〉を、全員が聞いて納得できるようにしっかりと定めるためには、複数の視点から情報と論理に基づいて合理的に説明できることが大切なのだ。そのために、よく用いる三つの視点があるのでご紹介しよう(図4‐14)。1大目的の視点(will)2内部環境の視点(can)3外部環境の視点(must)

まず、大目的の視点というのは「遠い将来どうなりたいのか」(will、意思)という最後のゴールイメージを示すことで、「だから〈あるべき姿〉はこうだ」と定める考え方である。しかし、遠い将来に向けた意思だけで決めて「絵に描いた餅」になっても困る。そこで必要となるのが内部環境の視点であり、「自分たちの強みは何か、何ができるか」(can、実現性)で〈あるべき姿〉を定める考え方だ。また、この二つで十分かというとそうでもなく、自らの意思とできることだけで考えてしまうと「自分勝手」「手前味噌」な〈あるべき姿〉となってしまうおそれがある。そのため、外部環境の視点から「周囲に何を期待されており、何をなすべきか」(must、必要性)で〈あるべき姿〉を定める考え方が必要となる。これら三つの視点から説明がついて初めて、〈あるべき姿〉は合理的に説明されるのである。三つの視点の例示たとえば、先ほどの「椅子の数が少ない」を「大目的の視点」から説明してみよう。会議とはそもそも大勢の人が参加し合意を形成することが大目的であるため、椅子の数が少ないのは「問題」だという説明だ。「時計がない」を「内部環境の視点」から説明すると、自社の社員は現場作業の効率性・安全性の理由から腕時計をしていない者が多いため、部屋に時計がないのは「問題」だという説明になる。「電話がない」を「外部環境の視点」で説明すると、たとえば顧客から急な呼び出しがあった際に対応できないから、会議室に電話がないのは「問題」だという説明になる。ちなみに、「椅子の数が少ない」は、必ずしも「大目的」でないと説明がつかないわけではなく、たとえば「内部環境」で説明すると、「この部門は組織が複雑で関係者が非常に多いため、大人数が参加する必要があり、椅子の数が少ないのは問題」だとも説明できる。同じく「外部環境」で説明すると、「外から急にたくさんのお客様が来た場合に入りきれない可能性があるため、椅子の数が少ないのは問題」だと説明できる。大事なのは、設定型は「説明しなければわからない」ということであり、説明をする際には「大目的」「内部環境」「外部環境」という三つの視点を持つ必要があることだ。ビジネスの現場で、この三つの視点を定めるには内部環境や外部環境をとらえるための「分析論」が必要となるので、難しい。「分析論」についてはあとで触れることにし、ひきつづき設定型の考え方について見ていこう。「目的」と「目標」次に、〈あるべき姿〉設定の二つ目の難しさである「説明が抽象的になりがち」について考えてみよう。〈あるべき姿〉を設定するうえで大切なのが「目的」と「目標」という考え方だ。目的とは、いわばベクトルの向きであり、「どちらに向かうのか」という方向である。それに対して「目標」とは、ベクトルの長さであり、「いつまでに、どの程度、進むのか」という進行具合だ(図4‐15)。なお、ここでいう「目的」は、先ほど出てきた企業や事業の遠いゴールという意味での「大目的」とは別であり、もう少し目先の「目的」だと理解していただきたい。

なぜ、この二つを分けて考える必要があるかといえば、実は「設定型」の場合、「目的」そのものから設定する場合と、「目標」だけを設定する場合の二つの方法があるからだ。「目的」そのものから設定することが多いのは、企画系や開発系の業務だ。たとえば、新事業企画や新製品開発などの仕事であれば、そもそもどのような目的で事業を立ちあげるべきか、どのようなコンセプトの製品を開発すべきか、から検討をおこなう必要がある。別の観点でいえば、商社やシステムインテグレーター、消費財メーカーなど、業務の内容が時々刻々と変化していく業種、または課長級や部長級など管理職の場合は「目的」そのものから設定することが多い。一方、製造系や営業系の業務であれば、「目的」はすでに決まっており、具体的にどのような「目標」を立てるかが重要となってくる。製造系であれば、効率よく良品を製造するという目的は決まっており、「いつまでに・どの程度の」水準まで効率性を上げていくかといった目標の設定が重要となる。営業系でも同様に、お客様により多くの製品サービスを売るという目的は決まっていて、「いつまでに・どの程度の」水準まで売るのかといった目標の設定が重要となる。業種でいえば流通小売、重厚長大系のメーカーなど、モノやサービスに大きな変化がない業種、または限られた領域を任されている担当者の場合は、目的は与件として与えられており、「目標」の設定が重要となる場合が多い。「目標」については、どのような業務であっても自らが考えて設定することが必要となる。「目的」については、すでに決まっているから確認だけすればよいのか、あるいはそれも含めて自分で考える必要があるのか、上位の方針などを確認しておくとよいだろう。〈あるべき姿〉を具体化する「目的」と「目標」が理解できたら、〈あるべき姿〉がブレないように、より「具体化」していく。その際には図4‐13で見たように、「誰が、何を、どうする」といった観点で記述するとよい。また、目標については「いつまでに、どの程度」といった観点で具体化していく。

たとえば、あなたが人事採用の担当者だとしよう。採用業務の〈あるべき姿〉について「目的」と「目標」を書くと、次のようになる。例1人事部が、自社の内定を、出している+来年3月で、30人例2優秀な人材が、自社説明会を、受けている+今年12月で、100人例3優秀な人材が、自社の内定を、受諾している+来年3月で、20人例4優秀な人材が、配属後の業務を、こなしている+3年後で、20人このように「誰が、何を、どうする」+「いつ、どの程度」で〈あるべき姿〉を具体化するとイメージがはっきりする。さらに、人による理解の相違などが少なくなることもわかるだろう。しかし、ここで疑問が浮かぶのは、例1から例4まで、いろいろな書き方になってしまったことだ。では、よりよい〈あるべき姿〉の定め方は、いったいどのようなものなのか。以下でもう少し詳しく見ていこう。「目的」を具体化するうえでの注意点まず、目的を具体化するうえでの注意点を書こう。ポイントは大きく二つある。一つ目は、「後工程目線」で目的を書くことだ。図4‐16を見てほしい。左側は、自分目線、すなわち採用担当として人事部サイドを主語で書いた書き方である。右側は、後工程目線、すなわち採用活動の受け手である志願者サイドを主語で書いた書き方である。より、成果へのつながりが見える書き方になっているのはどちらか一目瞭然だろう。

左側の場合は、自分たちが内定を出すのはよいが、それが受諾されて実際に優秀な人材が入社する、というつながりが見えづらい。極端な話、一方的に内定を出しさえすれば、大量に内定辞退が出ても「人事部としては、やるべきことはやった」になりかねない目的設定である。右側の場合は、仕事の受け手である人材が、実際に内定を受諾したかどうかの観点で書かれているため、実際に「入社して、活躍して」という成果へのつながりが見えやすくなる。このように、「目的」を具体化するときには、できるかぎり成果へのつながりを意識して、後工程を主語で書くとよい。たとえば、営業の仕事であれば「自分が、お客様を、訪問する」のではなく、「お客様が、提案内容を、理解する」といった定め方だし、開発の仕事であれば「開発部が、設計図面を、提出する」のではなく、「生産部門が、設計内容を、理解する」といった定め方である。二つ目は「高からず低からず」で目的をとらえることだ。図4‐17を見てほしい。いずれも、後工程目線で、「優秀な人材」を主語に書いてはいるものの、Cは目線が低すぎて、成果へのつながりが見えづらい。優秀な人材が自社説明会を受けたところで、その後エントリーしなければ結果に結びつかないのは明らかだ。一方、Aは目線が高すぎて、「採用担当」という仕事の範囲を大きく超えている。たしかに最終的には、採用した人材が部門に配属されたあと活躍するのが望ましいが、そこまでくると採用の範囲を超えている。つまり、配属先、配属後の業務付与、上司によるOJTなど、さまざまな要素が絡んでくるので、もはや自分の仕事の「目的」を超えている。Bは、高からず低からず、ちょうどよい温度感で目的をとらえている。優秀な人材が自社の内定を受諾するのは、採用担当の仕事の範囲におさまっているし、そのあと入社して活躍していく様子も想像でき、成果へのつながりも見える。

以上、二つのポイントを説明したが、これらを総合して先ほどの例を考えると、例3優秀な人材が、自社の内定を、受諾している+来年3月で、20人あたりが、妥当な目的の設定方法だったことがわかる。実際の仕事での目安として、よく受講者に伝えるのは「自分の一つ上の人のポジション」くらいの高さで目的をとらえることだ。「目的」を正しくとらえることは、〈あるべき姿〉を正しく設定し、よりよい仕事をおこなうために重要なので、ぜひ覚えておいてほしい。「KGI」を定め指標化し、測定できるようにする最後に、〈あるべき姿〉設定の三つ目の難しさである「実現されたかどうか測りづらい」について説明しよう。ここで、KGI(KeyGoalIndicator)という考え方を紹介したい。KGIは、その名のとおり「目的」が達成されたかどうかを表す主要なゴール指標という意味である。一つの「目的」に対して、KGIは複数存在するのが一般的だ。たとえば、先の例3で「優秀な人材が、自社の内定を、受諾している」で設定されるKGIには、以下のようなものがある。「優秀な人材」かどうかを測る指標TOEICの点数中国語検定保有者の数秘書検定保有者の数体育会出身者の数行動特性アセスメントの点数など「自社の内定を、受諾している」かどうかを測る指標実際に入社した人数内定を受諾した人数内定辞退率などこのように設定したKGIそれぞれに対して、目標として「いつまでに、どの程度」を定めることで〈あるべき姿〉が具体化される(図4‐18)。

KGIを正しく設定するために先ほど、考えられるKGIをいくつか書いたが、指標化できるものなら何でもよいかというとそうでもない。KGIを正しく設定することは非常に重要であり、「KGIが正しく設定できる人は、仕事ができる人である」といっても過言ではない。その設定いかんによって、仕事のでき映えに大きな影響が出てくる。KGIを正しく設定するうえで考えるべきことは二つある。一つは、上位目的を正しく把握すること、もう一つは、自分の影響可能範囲を正しく把握することだ。例では、「優秀な人材かどうか」を測定するためのKGIとして、「中国語検定保有者の数」「体育会出身者の数」などをあげたが、よく考えてみると、「中国語検定保有者」が本当に優秀な人材だと定義してよいのか疑問が残る。「体育会出身者」も同様だ。自分の仕事にとって本当に重要であるかどうかを確かめるためには、上位目的にさかのぼって考える必要がある。たとえば、会社の大方針で「中国ビジネスの強化」が掲げられているなら「中国語検定保有者」は「優秀な人材」だと考えられるだろうし、「行動できる人材・諦めずやりぬく人材」が求められているなら「体育会出身者」はその条件に合致している可能性が高く、「優秀な人材」だととらえてもよさそうだ。このように、「上位目的」を正しく把握しておかなければ、KGIを正しく設定するのは難しい。また、自分の影響可能範囲を考えることも大切だ。あなたが、採用だけでなく内定者教育も担当しているとしよう。「体育会出身者の数」は、採用活動の成果は表すが、内定者教育の成果は表していない。一方、「TOEICの平均点数」や「中国語検定保有者の数」は、採用したあとにさらに努力をして伸ばすことができる指標であり、あなたの仕事の範囲をより正しく反映していると考えられる。このように、「自分の影響可能範囲」を正しくとらえることも、よりよいKGIの設定のために重要である。「目標」を具体化するうえでの注意点KGIを正しく設定できたら、次は目標の設定に進む。先の例3では、「優秀な人材が、自社の内定を、受諾している」という目的に対して、「内定を受諾した人数」をKGIと定めて「来年3月で20人」という目標を設定したが、同じ目的に対して「TOEICの平均点数」をKGIと定めて「来年3月で平均点700点」という目標の設定も考えられる。また、「内定辞退率」をKGIと定めれば、「今年12月までに5%以内」という設定もありうる。このように、目的に対して、それを測定する具体的な指標をいくつかKGIとして定めたうえで「いつ・どの程度」を決めていくと、〈あるべき姿〉に本当に到達したかどうか確認しやすい。このように、目標を設定する際に、たとえば「(内定を受諾した人が)来年3月で20人」という水準で本当によいのかどうかを考えるためには、「内部環境」と「外部環境」の分析結果を用いることとなる。図4‐19を見てほしいが、縦軸に「どの程度」をとり、横軸に「いつまで」をとった場合、高すぎる目標、妥当な目標、低すぎる目標がありうる。高すぎる目標は「外部環境分析の結果を重視し、周囲の期待値(must)に応えようとした結果、自社ができる範囲(can)を超えて設定してしまった」パターンである。一方、低すぎる目標は逆に「自社ができる範囲(can)を重視しすぎた結果、周囲の期待値(must)に届かない目標を設定してしまった」パターンだ。

たとえば、「内定を受諾した人数」というKGIに対して、外部環境として考えられるのは「事業部門からの期待値」や「応募人数」などの要素である。また内部環境として考えられるのは「人件費から見た採用余力」や「面接官の稼働」などだ。高すぎる目標は、たとえば会社の経営状況が厳しく採用余力がないにもかかわらず、事業部門から多数採用してほしいと言われたから大量の採用目標を立てるといった場合だ。低すぎる目標は、たとえば会社が大きく成長しており採用が必要にもかかわらず、面接官の稼働がとれないため少なめに採用目標を立てる場合だ。いずれの場合も「やるべきこと」と「できること」のバランスがとれておらず、目標としてはよくない。妥当な目標とは、周囲の期待(must)に応えて必要性を満たしつつ、自社ができる範囲(can)にも収まっていて現実性がある目標だ。なお、まれに「過剰品質」などに代表されるように、周囲が期待していないのに自社ができる範囲を追求しすぎて「無駄に高い目標を設定する」ケースがある。この場合、同じコストで収まっているなら構わないが、コスト面でとらえ直したときに周囲の期待から大きく外れる場合があるので注意が必要である。〈あるべき姿〉のチェックポイントここまでで、図4‐13で示した流れに従い、視点を定め、目的を具体化し、目標を指標化することで〈あるべき姿〉を定めることができるようになったと思う。最後に、〈あるべき姿〉が正しく設定されたかどうかを確認するための四つのチェックポイントを紹介しておこう。

①現状の延長でもなく、夢物語でもない、実現可能な将来の姿を描く②状況が想像できるよう、しっかりと具体的に書く③箇条書きの羅列ではなく、矛盾が生じないように書く④「大目的・外部環境・内部環境」それぞれの情報と関連性を持たせるまず、①について補足しよう。内部環境に引っ張られると現状の延長線になりがちで、逆に、目的や外部環境に引っ張られると夢物語になってしまう。〈あるべき姿〉は、その双方のバランスがとれた「実現可能な将来の姿」でなければならない。②については、「誰が、何を、どうする」+「いつ、どの程度」で具体化してきたが、改めて、見る人によって解釈にブレが生じないかどうか確認してもらいたい。よくあるのは、KGIがはっきりしないケースだ。採用活動の例でいえば、「採用した人材の人間力」のようなKGIになっていると、「人間力」の定義があやふやで、何をもって測るのかがはっきりしないため、人によって違った見方になる可能性が高い。また、「いつ」や「どのように」がはっきりしないケースもある。「できるだけ早く」「望ましい程度に」といった定め方では、見る人によって問題認識に差が出てしまうので気をつけよう。③については、幅広く分析をしすぎた結果、さまざまな問題が出てきたり、KGIがいろいろありすぎて決めかねたりするケースに注意したい。採用活動の例でいえば、「〈あるべき姿〉は、優秀な人材が、自社の内定を来年3月までに20名受諾しており、自部門が採用活動全般にかかる時間とコストを年度内に30%圧縮していて、自部門が採用セミナーの開催数を12月までに5回実施し、自部門の若手社員が今月中に採用セミナーの運営を自力でできるようになっていて……」のような羅列である。読んでわからないこともないが、このような場合には「採用数を増やす話」と、「コストと時間を圧縮する話」と、「自部門の若手を育てる話」は、別の問題として分けて取り組んだほうがわかりやすい。その際、これら三つの話が本当に矛盾なく成り立つのかも確認しておくことが必要である。最後に④であるが、これは図4‐13の流れで説明した「大目的(will)、内部環境(can)、外部環境(must)」の視点から分析した情報と、そのあと検討している目的・目標がきちんとつながっているかを再確認するということだ。実際の仕事では、図4‐6で説明したように、かなり広範囲にわたる情報を集めることになるため、設定した〈あるべき姿〉が、本当に集めた情報とつながっているかを改めて確認しておこう。

繰り返しとなるが、設定型の難しさは「説明しなければわからない」ところにある。情報の裏づけを示しながら〈あるべき姿〉を説明できなければ、共通認識は得られないことを肝に銘じてほしい。■課題を設定し、問題解決をおこなう〈あるべき姿〉と現状を比較して「課題」を設定する〈あるべき姿〉が正しく設定できたら、いよいよ課題を設定して問題解決をおこなう流れに入る。そもそも「課題」とは何か?「課題」とは、「〈あるべき姿〉と現状のギャップ」だと定義される。この概念を正しく理解するために、図4‐20を見てほしい。

これは、先の採用活動の例で、現状のとらえ方を示した図である。〈あるべき姿〉は、先に設定したように「優秀な人材が、自社の内定を、来年3月までに、20名、受諾している」だが、ここで比較すべき「現状」とは何か?考え方としては、三つある。仮に、採用活動は5月から開始して現在は9月であり、来年3月に完了するとしよう。①今の現状……9月の現時点では5名しか採用できていないので、「5名」が現状②前回の現状…昨年に同じ採用活動をしたときの結果は15名だったので、「15名」が現状③横引の現状…この調子では来年3月で10名しか採用できそうにないので、「10名」が現状現状の把握の仕方としては、どれが正しいだろうか。まず①の「今の現状」だが、今の現状は5名だが、この「5名」という数字をつかまえて「15名不足している!」と言われても釈然としないはずだ。「まだあと半分、期間が残っています」と反論したくなるだろう。②の「前回の現状」は、文字どおり、まえに同じ活動をしたときの結果を表したものである。昨年の採用活動では15名を採用できたので、来年3月の時点でも15名採用できるはずだという考え方だ。これは、昨年と今年で状況がさほど変わらないだろうという前提に則った考え方なので、今年も同じ状況なのかどうかは自信が持てない。③の「横引の現状」は、今の現状は開始後5カ月で5人だが、このペースで採用すれば10カ月後の来年3月には10人になるはずだ……と予測するのが「横引の現状」である。この例では、わかりやすくするため「そのまま真っ直ぐ線を延ばす」と予測しているが、たとえば、採用活動は最後に追い込みがあって大きく伸びるため、最後の5カ月は最初の5カ月の2倍伸びるので15人、といった予測をしても構わない。それも含めて、現在の状態をベースに予測することを「横引の現状」と呼ぶ。ひとくちに「現状」といっても、いろいろな考え方があるのがわかるだろう。実際のビジネス現場でよく用いられるのは、「前回の現状」と「横引きの現状」である。昨年につづいて今年も担当する業務で、状況が大きく変わらないのであれば「前回の現状」を用いて〈あるべき姿〉とのギャップを検討してもよい。もし今年は状況が大きく変わることが予想されるなら、「今の現状」から類推した「横引の現状」を用いて〈あるべき姿〉とのギャップを検討したほうが、より正確な検討ができるだろう。「課題」のとらえ方の補足「課題」のとらえ方について、よくある間違いを説明しておく。採用活動の例でいえば、こういう表現をよく耳にすることがある。①今年の課題は、セミナーの開催頻度をもっと上げることだ。②採用広告の文面で、うまくアピールできていないのが課題だ。③理系の大学院生へのアプローチ不足が課題だ。いずれも日本語としては違和感がないので、言語として「間違い」と言うのは語弊があるかもしれないが、①~③のいずれも、本書で定義している「課題」とは意味が異なっている。①は、対策の説明をしているので「対策」、②は、内定数が伸びない「原因」、③は、どの層に内定を出すのかという「問題」を指している。問題解決における「課題」とは、〈あるべき姿〉と現状のギャップであり、図4‐21のような方法で比較しながら認識するとわかりやすい。

④自社の内定を受諾する優秀な人材の数が、来年3月で5名不足していること、が課題日本語というものは非常に曖昧にできており、「課題」という言葉は、「問題」「原因」「対策」という意味で用いても、さほど違和感がないところが厄介である。組織のなかで問題解決をしていくうえで共通言語・共通概念が形成されていないと、同じ日本語を話しているのに会話が嚙み合わないケースが多々見受けられるので注意が必要だ。ここでも「HOW思考の落とし穴」に気をつける「課題」のとらえ方で特に気をつけたいのが、第1章で説明した「HOW思考の落とし穴」だ。トヨタ自動車などでは別の言い方で「対策ありき」と表現するが、「対策」と「課題」を混同してしまう人がいるので、もう少し詳しく説明しておこう。先の①~④のなかで、④が正しい課題のとらえ方だと説明したが、①~③のなかで最も危険なのが①、すなわち「課題」と「対策」を混同しているパターンだ。この思考パターンで進むと、以下のような検討になることが目に見えている。課題……セミナーの開催頻度が少ないこと問題……年間を通じてセミナーの開催頻度が少ない原因……年間を通じてセミナーを開催していない対策……年間を通じてセミナーを開催するこうして並べて書くと、奇妙な点にすぐ気づくはずだ。最後の「対策」と最初の「課題」が、ほとんど同じ内容になっている。「対策ができていないことが課題。対策は、対策をやること」という論理展開になっており、まさに「対策ありき」の「HOW思考」というわけだ。これがなぜよくないのかといえば、セミナーを開催して結局どうなるのかがまったく見えてこないことである。〈あるべき姿〉もなければ現状もない。問題も原因もなく、とにかくセミナーを開催するとしか言っていない。これがいったいどんな問題解決につながるのか不明で、大いなる無駄になるおそれもある。とはいえ、「そんな馬鹿なことを書く人などいない」「こんな単純なミスはすぐわかる」と、あなたは言うかもしれない。しかし、あなたが実際に仕事をするなかで、次のような例はよく出てくるのではないか。それぞれ、本当の「課題」は何か、あなたはわかるだろうか。営業系……顧客への訪問数が少ないことが課題製造系……ラインの自動化が進んでいないことが課題企画系……若手人員へ業務が移管されていないことが課題営業系の例では、「顧客を訪問すること」は対策であり、「課題」は、「訪問することによってどのような〈あるべき姿〉が実現されるのか」「現状とはどのような差があるのか」である。正しい課題のとらえ方は、たとえば「顧客の自社商品の購入金額が、今月末で×万円不足していることが課題」というような表現となるだろう。「顧客を訪問すること」は対策の一つにすぎず、これがすべてだとは限らないわけだ。製造系の例も同じである。「ラインの自動化」は対策である。たとえば、自動化したところで、とても遅い装置を導入して生産性が下がれば無意味だし、とても高額な装置を導入して製造コストが上昇しても無意味だ。同じように「ラインの自動化」を通じて、どのような〈あるべき姿〉を実現したいのか。それをしっかり考えておかないと、この対策は無駄になりかねない。正しくは、「A工場の生産性が、翌月末で10%改善していることが課題」のような表現だろうか。「ラインの自動化」はそのための手段であり、生産性が改善されないようなラインの自動化であれば推進しても意味がない。こうした視点を持ちながら仕事に取り組む必要がある。企画系の例についても、「若手人員に業務を移管する」という対策が見え隠れしている。若手人員に業務を移管したあかつきに実現される〈あるべき姿〉とは、いったいどのようなものなのか。現状とのギャップを課題として認識しておかないと、業務移管したところでミスが頻発したり、業務効率が下がったりしたのでは意味がない。正しくは、たとえば「企画部の年間の残業時間が、全社平均より100時間も多いことが課題」のような内容となる。「対策ありき」では、正しい問題解決をおこなうことができない。私たちは油断すると、すぐに「HOW」に飛びつき、「HOW思考の落とし穴」に陥りがちだと再認識したうえで、正しく課題をとらえてほしい。課題設定から問題解決に至る流れこれまでの検討で課題を設定することができたので、ここから先は、どのようにこれを解決していくかを考えていこう。ここで、図4‐22を見てほしい。解決のためのアプローチは、「発生型」と「目標設定型」と「目的設定型」で違いがあるので、それぞれ説明をしていこう。

発生型……「発生型」は、これまで説明してきたとおり、〈あるべき姿〉を設定しなくとも関係者のあいだで共通認識ができているから、「課題設定」のプロセスであるWHATについては検討する必要はない。採用活動の例では、「採用活動がまったく進んでおらず、1年間活動したのに誰も採用できなかった」という状況なら、この状況が問題であることは誰の目にも明らかであろう。この場合には、〈あるべき姿〉云々の議論をする必要もなく、どこに問題があるのかをWHEREで特定し、その原因についてWHYで深掘りしたら、原因についての対策をHOWで考えるという流れとなる。基本の3ステップとして、WHERE・WHY・HOWの流れを頭に入れておこう。目標設定型……「目標設定型」は、最も検討が複雑となる。WHATで〈あるべき姿〉を設定した結果、〈あるべき姿〉と現状のあいだにギャップがあり、「課題」が設定された。そのあと、これをどのように解決していけばよいかを見ていこう。先ほどの例では、「自社の内定を受諾する優秀な人材の数が、来年3月で、5名不足していること」が課題に設定された。では、その先の検討方法は、以下の三つの考え方のうち、どれが最適か考えてほしい。①「5名採用するためには」と考えてみる②「不足する優秀な人材5名」について詳しく考えてみる③「現時点で、どんな人が採用できているか」を詳しく考えてみるまず①だが、これがよくないことは、あなたもすぐに気づくだろう。これは「HOW思考」であり、またもや根拠のないアイデア合戦になりかねない。②は、「〈あるべき姿〉と現状のギャップ」そのものに注目するアプローチだ。しかし、よく考えてもらいたい。「不足する優秀な人材5名」について考えようとしたら、どんな思考プロセスを経るだろうか。「どんな人材が不足しているのか?不足する人材とは何だろう?」と、考えれば考えるほどわからなくなる。その人材がどんな人材かの答えは、つまるところ「現時点で、どんな人が採用できているか」がわからなければ見えてこないはずだ。具体例を図4‐23に示した。現状がまったく見えないと想像のつかないものが、現状が見えてくると、どこが不足しているか、どの部分を積み上げれば〈あるべき姿〉に到達するかが見えてきて、ギャップのイメージが明確になることがわかるだろう。つまり、この三つのアプローチでは、③が正解ということになる。このように「課題のある現状」を問題ととらえたあとは、発生型の問題解決と同じ流れでWHERE・WHY・HOWと検討していくことになる。

目的設定型……これが一番シンプルな検討となる。WHATで〈あるべき姿〉を設定した結果、〈あるべき姿〉と現状のあいだにギャップがあり「課題」が設定されたが、目的まで含めて大きく変わってしまった。そこで現状をいろいろ分析しても仕方ないので、HOWを考えるしかないという状況が「目的設定型」である。先ほどの例で、今年から会社の方針や環境が大きく変わり、採用グループは「グローバル採用グループ」として、日本国内のみならず海外でのグローバルな採用もおこなうことになったとしよう。それに伴い、仕事の目的は、これまでの「優秀な人材が、自社の内定を受諾していること」から「世界各地のグローバル人材が、自社の内定を受諾していること」に変わったとする。この状況で「目標設定型」と同じように現状をあれこれ分析しても、あまり意味がない。これまでは国内の採用活動しかおこなっていないため、WHEREで現状をいろいろと分析したところで、世界各地のグローバル人材を採用するためのヒントが得られる望みは薄い。同じように、「なぜ世界各地のグローバル人材を採用できていないのか?」とWHYのなぜなぜ分析をおこなったところで、たどりつく根本原因は「これまでやっていなかったから」となり、たいしたヒントは得られないだろう。このように「目的」が大きく変わってしまった場合には、現状や原因を考えてもヒントが得られる可能性が低いことから、WHATのあとにHOWを考えるというアプローチとなる。〈さけるべき姿〉についての補足最後に補足事項を一つ。あなたがさらに深く問題解決を理解できるように、上級編のポイントとして、〈さけるべき姿(IF)〉という考え方を説明しておこう。私たちの研修でも、この〈さけるべき姿〉という概念を用いて検討をおこなうことがあるが、これはわかりやすく言えば〈あるべき姿〉の裏返しだと思ってよい。今の時点ではまだ何も悪いことは起きていないが、「考えうる最悪の状況」を想定したうえで、「そうならないように、今から対策をしておく」という考え方がIFのアプローチである。「大目的・内部環境・外部環境」から理想的な状態である〈あるべき姿〉を考えたが、まったく逆の見方をして、最悪の状態である〈さけるべき姿〉を設定し、「その最悪の状況に陥らないためには今から何ができるか」を考えるという流れだ。WHERE・WHY・HOWの流れで考える「発生型」、WHAT・WHERE・WHY・HOWの流れで考える「目標設定型」、WHAT・HOWの流れで考える「目的設定型」に加えて、IF・HOWの流れで考える「リスク型」という言い方をする場合もある。仕事を取り巻く環境を分析する場合、プラス面の予測だけでなくマイナス面の予測も含めて、幅広い対策を立てる必要も出てくる。そのような局面では、〈あるべき姿の裏返し〉である〈さけるべき姿〉という考え方を、ぜひ思い出していただきたい。■環境分析をおこなう環境分析をおこなう意義ここまで、課題設定から問題解決に至るまでの流れを見てきた。ここでは、環境分析の考え方について詳しく見ていこう。先に述べたように、〈あるべき姿〉〈さけるべき姿〉は未来の話であり、人によって認識がぶれることがある。したがって「情報と論理でしっかりと裏づけ」して、「だから、こちらに向かうべきだ」と説得する必要がある。そのためには、検討中のテーマを取り巻く環境についての情報をしっかりと集めて「環境分析」をしておくことが必要不可欠だ。では、環境分析とは、具体的に何をするのか。以下の三つのポイントで説明できる。1まず、情報を抜け漏れなく集める2次に、強い情報を手に入れる3最後に、情報から意味を見いだすトリの目で、抜け漏れなく情報を集める一つ目のポイントとして「情報を抜け漏れなく集める」ことが必要となる。「トリの目」という言葉をよく用いるが、トリが高所から全体を俯瞰し、大きく抜け漏れなく全体像をとらえるようなイメージだ。情報を抜け漏れなく集めるためには、次の三つのアプローチがある。1既存のフレームワークを活用する2既存のフレームワークを組み合わせる3「ポンチ絵」を書き、自分でフレームワークをつくる三つのアプローチの詳細を説明する前に、まず「フレームワーク」について解説しておこう。あなたは、フレームワークという言葉をご存じだろうか。フレームワークとは、日本語でいえば「枠組み」であり、「物事を検討するうえでの、大括りの見方・視点」という意味だ。図4‐24を見てほしい。これは、ある温泉旅館の問題解決のために、どのような問題が考えられるか情報の洗い出しをおこなった際の図である。右側に細かく書かれているのが「情報そのもの」であり、それらを大きくまとめたものが左側にある「枠組み」である。

なぜ「枠組み」というとらえ方が必要かといえば、いきなり細かく情報の洗い出しを始めると、どうしても自分の興味や関心があるところに話が集中してしまい、その結果、抜け漏れが発生しがちだからだ。また誰かに説明する際にも「問題は12点ありました」と言えば、聞き手に対して思いつきを羅列したような印象を与え、信憑性に欠けるだろう。もう少し大括りでとらえて「問題は大きく四つのカテゴリに分けられます」と説明したほうが、MECEな印象を与えることができる。このように「抜け漏れなく情報を集める」うえでは、フレームワークという物の考え方は不可避である。では、ここから先は三つのアプローチについて見ていこう。既存のフレームワークを活用するまず、一つ目のアプローチを説明しよう。世の中では、既存のフレームワークがよく用いられる。環境分析をおこなう際、これらを知っていれば手軽にMECEな分析ができるため、代表的なものは覚えておくと便利である。図4‐25に「共通分析」「外部環境」「内部環境」という三つのカテゴリでよく用いられるフレームワークを紹介しておく。

共通分析とは、まとめて外部環境と内部環境の双方の分析ができるフレームワークであり、外部環境の「市場・競合」と内部環境の「自社」があわさった「3C」分析が有名だ。それ以外にも、内部環境の「強み・弱み」と外部環境の「機会・脅威」をあわせてみる「SWOT」分析などもある。またSWOT分析については、ビジョンと組み合わせた「V‐SWOT分析」とすることで、大目的(will)・内部環境(can)・外部環境(must)のすべてがそろうことから、〈あるべき姿〉を手軽に設定するときに重宝する(図4‐26)。

外部環境分析でときおり目にするのが、マクロ環境を分析するときに用いる「PEST」分析だ。政治、経済、社会、技術の四つの視点から、事業環境よりも広く外部環境を見るときに利用する。最近では、環境というキーワードを加えて並び順を変えた「STEEP」というフレームワークも目にするようになった。「5Forces(五つの力)」分析は、競争戦略を考えるときによく登場するフレームワークで、業界にかかる外界からの圧力を分析することで、業界の収益性を検討する見方である。内部環境分析では、企業の機能の流れを表した「バリューチェーン」分析のほか、あまり有名ではないが、私が前職で所属していたアーサー・D・リトルでよく用いられていた「SPRO(スプロ)」も、戦略・業務・資源・組織の四つの視点で企業課題を大きく見るときには便利なフレームワークだ。よく耳にする「ヒトモノカネ」は、経営資源を分析するためのフレームワークで、最近は「情報」などを付け加えることも多い。営業系の職場では、マーケティングの4P、すなわち製品・価格・流通・販促という見方がよく用いられる。一方で、ものづくりの現場では、作業者・設備・材料・工法という4Mのフレームワークが愛用されており、トヨタ自動車やそのグループ会社で研修をおこなうと、必ずといってよいほど目にする考え方だ。いずれのフレームワークも、知っていればすぐに使えるものなので覚えておくとよい。注意したいのは、これらのフレームワークの「全体像」は何なのか、言葉を変えれば「どのような局面で利用すべきか」を正しく理解しておくことである。私が、以前の職場で実際に「職場の3C分析」という分析資料を見たときのことだ。職場の問題を分析する際に「3C」のフレームワークを使っていたが、3Cとは市場・競合・自社の三つであり、「事業環境」を分析するときに用いるフレームワークである。これを無理に職場にあてはめた結果、「職場の市場、職場の競合、職場の自社」という、何ともよくわからない分析になっていた。このようなおかしな分析をしないためにも、フレームワークを覚える際には必ず「全体像は何か」「どのような局面で利用すべきか」もあわせて覚えておこう。既存のフレームワークを組み合わせる二つ目のアプローチは、先ほど紹介した既存のフレームワークをうまく組み合わせて利用するやり方だ。既存のフレームワークを使って分析をする際、大きすぎたり小さすぎたりして、うまくあてはまらないことも多い。たとえば、3Cで市場・競合・自社の分析をおこなってみたが、大半の情報が自社に集まってしまうので、「自社」の内部をもう少し細かく見たいというような場合だ。「自社」のなかを「SPRO」で分け、さらに「資源」の部分を「ヒトモノカネ」で分けるといった方法で、組み合わせて使うこともできる(図4‐27)。

フレームワークの全体像を正しく理解していれば、さほど難しい考え方ではないので、いろいろと応用して試してほしい。ストーリーの図4‐5にあったとおり、戸崎はまず「SPRO」のフレームワークで大きく内部環境全体をとらえた。そのあと、「業務」についてはバリューチェーン、「資源」についてはヒトモノカネで細分化することで、抜け漏れの少ない分析をおこなっている。実際の仕事で分析をする場合には、どうしても細かな情報に目が行きがちであるが、このようにしっかりと既存のフレームワークなども活用しながら抜け漏れのない分析をおこなうことで、より説得力のある〈あるべき姿〉を導くことが可能となるのだ。

「ポンチ絵」を書き、自分でフレームワークをつくる最後に三つ目のアプローチとして、「自分でフレームワークをつくる」やり方を説明しよう。これは既存のフレームワークがうまくあてはまらず、つなげても今ひとつ使えないという場合に、ゼロから自分で考えてフレームワークをつくるやり方だ。ストーリーで説明しよう。戸崎がマルチメディア事業部を取り巻く「外部環境」の分析をしようとした際、たとえば「PEST」で分析したらどうなったか。マルチメディア事業部の〈あるべき姿〉を策定するうえで、おそらく「政治」は関係しないだろう。また、HD‐DVDやブルーレイの規格、HDDの動向といった主要な話はすべて「技術」に括られてしまい、細かく見ることができない。では、「3C」や「SWOT」が使えるかというと、どれもぴたりとあてはまらない。そこで戸崎は自分なりに抜け漏れなく分析をするために、図4‐2、図4‐3のような全体像の絵を描いた。これは通称「ポンチ絵」と呼ばれるもので、「情報の流れ」に着目したうえで「登場人物」や「製品」などの主要なものを洗い出し、ビジネスの全体像を漏れなく俯瞰するやり方である。完成した外部環境分析のフレームワークが図4‐6の上にあるが、実際の業務で検討をおこなう場合、既存のフレームワークがうまくあてはまらないことも多いため、「ポンチ絵」を書いてフレームワークをつくるやり方も覚えておこう。

立ち位置をはっきりさせて分析する「実際の自分の仕事」でフレームワークづくりや分析をおこなう際、気をつけたいのは「立ち位置をはっきりさせる」ということだ。たとえば、あなたがある大手メーカーのグループ会社の経理部で働いているとしよう。あなたの部署の課題を検討するために、経理部を取り巻く外部環境の分析をおこなうことになった。外部環境なので「PEST」分析をおこなえば抜け漏れがないかというと、そうではない。「経理部」という立ち位置から見れば、部署の外はすべて外部環境である。つまり「他部署」は自社の内部ではあるものの、自部署から見れば「外部環境」にあたるということだ。まえに述べた「大目的(will)・内部環境(can)・外部環境(must)」にあてはめて考えるとよくわかる。事業部門から経理部に対して、たとえば「原価見積を早く出してほしい」と要望があった場合、これは自部署から見た「外部環境(must)」だととらえて対応を検討することになるだろう。このほかに「大手メーカーのグループ会社の経理部」の立ち位置から外部環境を見た場合には、以下のようなものが考えられるだろう。社内の関連他部署………………営業部、企画部、などグループ内の他の関連会社……親会社、取引先、など経理分野の動向…………………会計基準、などこのように、立ち位置を明確にしたうえで検討をおこなうと、自分の仕事で〈あるべき姿〉を設定する際に検討すべき範囲が見えてくるのだ。ムシの目で、強い情報を手に入れるここまで、トリの目で抜け漏れなく情報を集めるポイントについて学んできた。次は、環境分析の二つ目のポイントである「ムシの目で、強い情報を手に入れる」だ。トリの目が、高所から広く全体を俯瞰する見方だったのに対し、「ムシの目」は、より近づいて細かく具体的に見る目のことである。トリの目で、広く抜け漏れのないフレームワークをつくったら、今度はムシの目で、そこに細かい具体的な情報を入れ込んでいくことが必要となる。ここで紹介しておきたいのが、図4‐28にまとめた「情報の強さ」という考え方である。左側に書いてある六つの視点が「強い情報」の切り口だ。「外部情報・第三者情報」など客観的な見方をしている情報は、内部情報・当事者情報などに比べて多くの企業で一般的に説得力があるとされる。数字で表す「定量情報」、自分で実際に見たり聞いたりした「直接情報」なども説得力がある。「権威者情報」とは権威を持つ人の情報という意味だが、言い換えるとライトパーソンからの情報という意味でもある。具体的に権限を持っていたり、詳しかったりする人の情報のほうが説得力があるということだ。最後の「多サンプル情報」とは、その名のとおり複数のサンプルで裏が取れている情報ということだ。サンプル数は少ないよりは多いほうが説得力があるのは言うまでもない。

トヨタ自動車と教材開発の議論をしていた際に出た話であるが、彼らには「現地現物」という考え方がある。実際に現地に赴き、現物を直接、目で確認せよという教えだが、まさにこの「強い情報」という考え方に通じるものであった。ただトヨタ自動車の場合は「現場」が重んじられるということで、「外部情報・第三者情報」よりは「内部情報・当事者情報」のほうが説得力があるとされており、この部分を「現場に近い情報」と書き換えたのは記憶に新しい。同じことを検討する場合でも、これら六つの切り口を参考にしながら「強い情報」を集めると、より説得力のある検討が可能となる。少しの工夫で説得力が大きく変わってくるため、この六つの視点はぜひ覚えておこう。集めた情報から意味合いを見いだすまず、トリの目で全体を俯瞰してフレームワークをつくり、次に、ムシの目で強い情報を手に入れることができた。では最後に、三つ目のポイントである「意味合いを見いだす」について説明しよう。意味合いを見いだすというのは、情報に基づいて予測をおこない、それが自分たちにとってどのような意味があるかを考えるということだ。ストーリーの図4‐7で示したとおり、戸崎が最後に浪江や山辺に説明した「空・雨・傘」という考え方がこれに該当する。「空が曇っている」という事実に対して、「雨が降りそうだ」という予測をおこない、「傘を持っていくべきだ」という意味合いを見いだすといった流れである。

ここでまずおこなうべきは「予測をする」ことだ。「空が曇っている」という事実に対して、「雨は降らないだろう」と予測するのと「雨が降りそうだ」と予測するのとでは、そのあとに来る意味合いは大きく変わってくる。実際の仕事でも、たとえば景気が非常に悪化している状況で「この先、景気はさらに悪化するだろう」と予測するのと、「ここまで悪化したので今後は好転するだろう」と予測するのとでは結論が大きく変わってくる。「予測」というのは未来を言いあてるわけだから非常に難しい。実際の仕事では、過去のトレンドをしっかりと見きわめたうえで、有識者にインタビューをするなどして、できるだけ正しく「予測」するように心がけよう。予測をしたあとは「意味合いを見いだす」ことになる。「雨が降りそうだ」という予測に対して、意味合いとしては「傘を持っていくべきだ」「外出をやめるべきだ」「レインコートを着ていくべきだ」など、いろいろと考えられる。ある事象が自分たちに及ぼす影響というのはプラスもマイナスも考えられるため、こちらも関係者といろいろな物の見方について合意したうえで統一の見解をつくっておくことが非常に大切である。私たちはよく研修で環境分析の課題を出すことがあるが、目についた思いつきの事実をむやみと羅列しているだけのアウトプットが多い。そうならないように、トリの目で全体を俯瞰してフレームワークをつくり、ムシの目で強い情報を手に入れ、自社にとっての意味合いを見いだすようにしてほしい。そうすれば、〈あるべき姿〉を設定していくうえで必要な内部環境や外部環境の分析がきちんとできるはずだ。分析については、まだまだ説明すべきことはたくさんあるが、本書の主題ではないので、このくらいとしたい。いずれにせよ、何となく適当に情報を集めるのではなく、抜け漏れのない強い情報を集めて、しっかりと意味合いにまでつなげるという意識で取り組んでいただきたい。

STORY5対策を考える人たち課題は見えたが……お盆も過ぎて朝夕がすこし涼しくなってきた頃、朝一番で会議が開かれた。前回、情報が抜け漏れだらけで議論が収束しなかった苦い経験を活かして、各メンバーは慎重に情報を集めて分析をしてきた。その日の会議では、情報を共有化したうえで課題や対策について話し合う予定で、だれもが長丁場の会議を覚悟していた。内部環境分析は、マルチメディア事業部のメンバーが担当した(図5‐1)。また、外部環境分析のなかの「メディア製品&企業」については現業に近いマルチメディア事業部が担当し、それ以外の「世の中全般の動向」や「事業部外の動向」については経営企画部で担当した。(図5‐2)。

戸崎は星田を教育すべく、マクロ環境分析の練習として「消費者動向」と「コンテンツ動向」を、さらに会社への理解を深める意味も込めて「事業本部動向」と「工場動向」を担当してもらった。星田はインターネットで調査したり、直接、工場に電話をしてヒアリングするなどして、熱心に作業を進めた。今回のプロジェクトで成長しているようだ。分析の結果から課題を設定すべく、マルチメディア事業部の「目的」と「目標」について議論が進められた。まず、メンバー全員で、改めてマルチメディア事業部の大目的が「さまざまな記録媒体を扱い、消費者に対して安くて質の高い記録媒体を提供して、世の中の人々の生活の質を高めていくこと」を確認した。次に、内部環境分析の結果について話し合ったが、結局、自分たちにはCDやDVDといった光ディスクの製造ノウハウや顧客があり、これを活かすべきだという結論に至った。最後に、外部環境分析の結果について議論したところ、半導体が勢力を拡大してはいるものの光ディスクはなくならず、なかでも大容量化が進み、ブルーレイディスクが主流になるだろうとの意見が大勢を占めた。これらをまとめると、今後のマルチメディア事業部が進むべき「目的」は、「世界中の消費者が、ブルーレイディスクを購入している」状態を目指すという結論となった(図5‐3)。

「目的」がはっきりしたので、「目標」の設定についても議論した。まず「いつ」については、地上波デジタル放送が本格化し、コンテンツ容量が増加すると予想される2007年末を目標にすべきだという結論に達した。「どの程度」については、半導体・HDD・DVDなど、競合しているさまざまな製品との比較で決定することになった。容量によって価格が異なるため、均等な比較をおこなうために、価格を容量で割った「Gビット単価」で比較することにした。ここ数年間の価格トレンドから判断し、2007年末では「1Gバイトあたり30円」という設定をおこなった(図5‐4)。

最終的に、マルチメディア事業部の〈あるべき姿〉は、「2007年末に、世界中の消費者が、ブルーレイディスクを、Gビットあたり単価30円以下で購入していること」でメンバーの認識は一致した(図5‐5)。

ふたたび迷路へ昼休みを挟んで午後の議論がはじまると、安達が唐突に具体案を披露した。「具体的にブルーレイの量産化について検討してみましたが、昨今では、DVDの生産量は中国の珠海工場が抜きんでているため、ブルーレイも珠海工場で量産するのはいかがですか?」浪江も同調した。「僕も賛成だな。国内でつくれば高くつくから、競合に太刀打ちできないし」だが、珠海工場に長期間出張していた経験のある山辺が猛然と反対した。「珠海工場の技術力で、いきなりブルーレイは無理じゃないかしら。DVDの生産でも品質不良が続出したので、私は何度も珠海工場に足を運びました。新しいものは、まず国内工場で品質を見きわめる必要があると思います」珍しく、新人の星田が発言した。「2週間ほどまえ、私は珠海工場の総経理に電話インタビューをしましたが、品質問題が多発して大変な状況だと言ってました。このタイミングで新しい製品の立ちあげは難しいのでは……」議論を聞いていた高橋が身を乗り出して言った。「そういえば、前にDVD‐R事業に注力しようという案が出ていたが、その後、どうなっている?そのときたしか、取り扱い製品を減らすため、将来性がないカセットテープやFDD、MOは撤退しようとなったはずだ。だとしたら、カセットテープやFDDを製造しているバタム工場は何をつくるんだ?バタムの技術力じゃブルーレイの製造は難しいだろうし、それも考えものだな……」山辺がつづけた。「安達課長はブルーレイの量産化とおっしゃいましたが、そのまえに開発が必要ではないでしょうか。まずは、事業部のなかに開発の体制づくりをするのが先だと思います」それには浪江が反論した。「事業部なんかでやっても埒があかないよ。技術力がないからな。それより、基礎技術部門が何かやってるんじゃないの?」星田が手帳を繰りながら言った。「基礎技術部門にもヒアリングしましたが、ブルーレイ用の青色レーザーの研究開発は手がけているようですが、ブルーレイをつくるだけの技術があるかどうかは確認していません」「開発という点でいえば、何もうちだけの技術に頼ることもあるまい。よそから技術供与を受ければいいだけの話だ」高橋が言った。結局、問題の原因や、〈あるべき姿〉と現状を比較したときの課題は洗い出せたが、具体策を考えるところで、ふたたび迷路に迷いこんだ。過去の成功と失敗を忘れるなそこで戸崎が席を立ち、ホワイトボードに図を描きながら説明を始めた。「これまでの検討では、二つのアプローチがありました。一つは発生型で、原因に対する対策を考えるという流れ、もう一つは設定型で、課題に対する対策を考えるという流れです。それぞれの検討結果は、こんな内容でした(図5‐6)」全員がホワイトボードを見ながら、うなずいた。

「それで、ここからの議論ですが、最後の最後でHOW思考に陥らないよう、ロジックツリーでしっかりと整理しながら具体策を洗い出していきましょう」戸崎はまず、DVD‐R事業の原因に対する対策を考えるためにロジックツリーを書いた。「DVD‐R事業の根本的な原因は、注力の方針が出ていなかったことです。対策の大方針としては注力の方針を出すことですが、具体的にはどうすればよいのでしょう?」高橋が、きっぱりと言い放った。「そりゃ、まず俺が、事業部内にしっかりと通達を出すことだな」「そうですね。まずは意識づけが大事ですね。その観点で、他に何かやることはありますか?」戸崎が質問を投げかけると、安達が答えた。「私も含めて、上司からDVD‐R事業は重要課題だと周知徹底する必要がありますね」すると星田が全員の顔色をうかがうように言った。「意識づけも大切だとは思いますが、人によって強弱がでるでしょうから、何か制度面での担保も必要ではないでしょうか」「インセンティブをつけろってことか……」高橋が言った。「まあ、そこまでやることもないだろう。部門の中期経営計画にしっかりと織り込み、個人の行動目標まで落とし込むだけで十分だと思う」だが、戸崎はさらに突っ込んでみた。「制度面の担保と意識づけをもとに、DVDへの注力を明確に打ち出すだけで、マルチメディア事業部の全員が本当に動くものなのでしょうか?」浪江がすかさず答えた。「いやあ、口だけじゃ誰も信用しないでしょ。この事業に注力するとか、真剣に取り組むとか、これまでだって何度も言ってるわけだし……」高橋が不機嫌な顔になったのを見て安達があわてて付け加えた。「本気で注力しているという姿勢を見せれば必ず伝わりますよ。以前、CD事業を立ちあげたとき、会社がどれほど本気かというのは、ひしひしと伝わってきましたから」そこで高橋が、かつてマルチメディア事業部がCD市場でいかに勝利をおさめてきたかを語りはじめた。マルチメディア事業部がCD市場でシェアを確保できたのは、市場の拡大を読み取り、他社に先駆けていち早く設備投資をおこない、生産能力を高めてコスト優位に立ったからだという。また多数の商品を投入しようと、積極的に人員も増やした。それに対して、DVD事業は人的にも設備的にもそこまで大胆な投資をしなかったことが、現在の低迷につながっているのではないかという話になった。そこから、DVDにせよブルーレイにせよ、しっかりと人的投資をおこなうこと、また生産規模を拡大してコスト優位に立っていくことが今後の成長の鍵であると見えてきたので、具体策を検討するうえで、これらの視点を織り込むことにした。最も優先すべきものは?一通り議論が終わったと見て、戸崎はメンバーに言った。「だいたい、漏れなく具体策を洗い出せたと思いますが、すべてを実行するわけにはいきません。まず優先度をつけましょう。〈効果が見込めるか〉〈コストがかからないか〉〈実現性が高いか〉〈時間がかからないか〉。この四つの視点で評価したいと思います」さらに長い時間をかけて議論を重ねた結果、三つの事業部の、原因や課題に関する対策のロジックツリーが完成した(図5‐7、図5‐8、図5‐9)。

高橋が腕時計に目をやると、すでに午後7時を回っていた。朝から10時間も議論をつづけてきたので全員が疲れ切っている。高橋は会議の終わりを促した。「今日は、よくがんばったな。つづきは来週にしよう」「そうですね、今日は具体策をかなり洗い出せたので、次の会議までに対策をしっかりと整理しておきましょう」と言いつつ、戸崎は申しわけなさそうに付け加えた。「あと一つだけ、活動マップという考え方があるので紹介させてください。活動マップとは、組織全体の活動に非整合がないかを表したマップで、〈原因克服・課題解決のための大方針〉〈大方針を実現する具体策〉〈具体策を裏づける支援活動〉を記述したものです。こんなイメージなので、次回までに事業部で内容を考えてきてもらえないでしょうか」(図5‐10)

「わかりました。事業部でドラフトをつくっておきますので次回に議論しましょう」安達が快く引き受けると、全員が席を立った。一網打尽を目論む翌週の午前中、ふたたび全員が同じ会議室に顔をそろえた。席に着くと、戸崎が安達に言った。「活動マップは、うまく書けましたか?」「ええ、これで大丈夫だと思うんですが……とりあえず事業部内で話し合って形にしてきました」安達は全員に印刷資料を配付した(図5‐11)。

これまで議論してきた内容がしっかりと網羅され、具体的な活動内容が細かいところまで書かれていたので、戸崎は安堵して言った。「とてもよく書けていますね。全体像がよく見えると思います。活動のなかで矛盾するところは特になかったですか?」「えらい手間だった」と浪江が苦笑いしながら応じた。「最終的には矛盾してないと思うけど……最初は矛盾だらけだったよ。増員のところで、思わず中途採用と書いたり……中途採用じゃなくて異動だったな、と書き直したり……」「なるほど。でも、最終的には矛盾しないように、まとまったようですね。では、この活動のなかで、まとめて大きな対策になりそうなものはありましたか?」それには安達が答えた。「まさに、その話が出たんですよ、事業部内で議論しているときに。たとえば、設備の共通化とラインの集約化はかなり大きな話で、まとめると、工場そのものを再編するほどのインパクトがあります。また、不採算製品の製造を中止して人を異動させるくらいなら、いっそのこと事業を売却してしまったほうがよいのではないかという話にもなりました」「そうですか」戸崎は活動マップに線を書き加えてから、ホワイトボードにまとめの図を描いた。(図5‐12)

「これらの活動をまとめると、一つは事業売却、一つは工場再編という一網打尽の大きな対策になりますね。細々とした対策も大切ではありますが、事業部を大きく変化させるのであれば、このくらい大胆な対策が必要かもしれません」それを聞いて、高橋は満足したようにうなずいた。そこからメンバーで具体的に工場と製品でマトリックスを書きながら、どの事業を売却し、どの事業をどの工場に集約させるかについて話し合った。(図5‐13)

結論として、売れる売れないはさておき、カセットテープとFDDとMOについては売却交渉を進めることにした。また、ブルーレイ事業を立ちあげるため、最も技術力の高い滋賀県の高島工場に白羽の矢を立て、それに伴い業務用ビデオテープは福井県の小浜工場に集約することとした。品質トラブルが多発する中国の珠海工場は再編の対象とはせず、事業売却によって稼働に余裕が出てくるインドネシアのバタム工場には、近年、採算性が低下しているDVD事業を思い切って移管することとした。まずは小浜工場分を移管し、ブルーレイが立ちあがったタイミングで高島工場分も移管しようとなった。事業売却と工場再編の青写真が描けたので、実行に向けてあらめて事業部内でフィジビリティ・スタディ(妥当性の検証)をおこなうことで全員が同意した。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次