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第4章「最高の職場」をつくる方法──環境の法則──

良い環境に身を置けば、良い方向に人は育ち、悪い環境に身を置けば、悪い方向に流されてしまう。環境が人に与える影響は、計り知れません。

部下がパフォーマンスを発揮し、チームの結束を固めるための「環境づくり」も上司の大切な務め。第4章では、メンバーの心をつなぎ、結果を出すチームをつくるためのフィードバックをご紹介します。

目次

最高の環境をつくりだす「意外な方法」

私が起業して間もない頃、業界のトップランナーの一人だったとあるプロコーチの方に「どうしたら成功できるのですか?」と率直に質問したことがあります。

彼からはこんな答えが返ってきました。「成功者の集団に入ることだよ」予想外の答えに私は正直びっくりしました。成功するためにどんな知識やスキルが必要なのかを教えてもらえると思っていたのですが、そうではなかったからです。

「朱に交われば赤くなる」という諺があるように、人は所属する環境に大きな影響を受けます。彼はさらにこう付け加えました。

「当初、僕を含めて成功していない素人ばかりが集まって、みんなで成功しようと意気込んでいた時期があった。でもいつまで経っても成功できなかった。

そもそも成功者が周りにいなかったから、成功できるイメージが少しもわいてこなかったんだ」彼自身はとても努力家で、資格取得やスキル修得も積極的に行っていたようですが、なかなか成功できない自分にかなり焦りを感じていたようです。

そんな矢先、成功しているコーチだけが集まるグループに運良く参加する機会を得たらしいのです。

「そのグループで目新しい知識やスキルを学んだわけではない。ただ、そのグループに参加したおかげで、成功している人達の考え方やあり方が自然と身についてきて、自分も成功できるなというイメージがわいてきたんだ」それから彼は、自分でもびっくりするぐらいに成功するようになったとのことです。

環境が人に与える影響は計り知れません。良い環境に身を置けば、良い方向に人は育ちます。反対に悪い環境に身を置けば、悪い方向に流されてしまうということです。

たとえば、ブラック企業や3Kと呼ばれるような職場環境に身を置いてしまうと、ネガティブ思考に陥ったり、心身を患ってしまうなどの悪影響を受けます。反対に、処遇もよくて社員を大切にする働きやすい職場環境であれば、前向き思考で元気よく働くことができるでしょう。

環境は選べないのか?

会社を選ぶことはできます。就職や転職活動の際、自分が勤めたい会社を選ぶことは十分に可能です。とはいえ、学歴差やキャリアなどの実績差によって、選べる会社の選択肢に差があることは事実です。

これはある意味、成功者(有能な人)であれば、成功者が集まる会社や組織に所属できる可能性は高く、そうでなければ、その可能性は低くなるということです。

環境は自由に選べるようでいて、実は自由には選べない。では、打開策はないのでしょうか?私が学んだNLP(神経言語プログラミング)という心理学的手法に「ニューロロジカルレベル」という人間の学習行動モデルがあります。

図をご覧ください。

このモデルのユニークなところは、ピラミッドの頂点である「アイデンティティ」から順に下の階層(価値観・信念↓能力・戦略↓行動↓環境)へと影響を与えるという点です。

先ほどまで「環境が人に多大な影響を与える」ということをお伝えしてきましたが、このモデルを活用することで、「アイデンティティを変化させることによって、新たな環境をつくり出すことができる」のです。

では、そのメカニズムについて説明します。

まず、頂点の「アイデンティティ」は、Whoareyou?(あなたは誰ですか)と聞かれて、Iam◯◯.(私は◯◯です)と答える際の◯◯のことを指します。

たとえば、「私は男です」、「私はA社の社員です」、「私は頭が悪いです」などのように、太字の部分がアイデンティティになります。

つまり、自分を男と認識している、あるいはA社の社員と認識している、ということです。

アイデンティティは「自己認識」と訳されますが、自分のことをどのような存在として認識しているか、を表します。

このアイデンティティは、私達が想像する以上に非常に強力な影響力を持っています。

自分のことを「男性」だと認識している人は、女性用トイレは使いません。

同じように、自分のことを「A社の社員」だと認識している人は、B社の社員食堂には行きません。

人は普段、自分のアイデンティティを意識的に認識していませんが、アイデンティティは無意識レベルで非常に強い影響力を与えているのです。

たとえば、「私はできの悪い営業マン」というアイデンティティしか持っていない人は、「営業は運次第」のような価値観を持ち、営業スキルもたいして身につけようとせず(能力・戦略)、営業に対しても消極的な行動しかとらず、その結果、窓際族が集まるような営業所(環境)で働く、ということです。

人は、自分のアイデンティティ(WHO)に相応しい「価値観・信念(WHY)」を有し、その価値観・信念に相応しい「能力・戦略(HOW)」を持つことになります。

そして、人はその能力・戦略に応じた「行動(WHAT)」を取ることになり、その行動の結果が自分の置かれた「環境(WHERE・WHEN)」になるわけです。

つまり、全ての頂点に位置するアイデンティティが低レベルなものであれば、最終的に低レベルの環境に身を置くことになり、逆に最高のアイデンティティであれば、最高の環境になるということです。

「私はどんな状況でも結果を出す凄腕の営業マン」という高いレベルのアイデンティティを持っている人は、「営業が皆の幸せをつくる」のような価値観を持ち、より専門的な営業スキルを習得します(能力・戦略)。

当然どんな状況に置かれても、積極的に営業活動を展開し(行動)、その結果、営業部のリーダーとして部下育成も行っている(環境)、ということです。

最高のアイデンティティは、最高のビジョンからつくられる

このように、アイデンティティは、下層に位置する「価値観」、「能力」、「行動」、「環境」に強い影響を与えます。

すなわち、最高のアイデンティティをつくることができれば、最高の環境を手に入れることも可能になるわけです。

では、どうすれば最高のアイデンティティをつくることができるのでしょうか?結論からお伝えすると、「最高のビジョンをつくる」ことです。

最高のビジョンの条件は、ビジョンが実現できている状態をイメージした時に、最高にワクワクする、あるいは最高に幸せを感じられる、など「最高の感情」が湧いてくるかどうかで判断できます。

たとえば、次のような感じです。

「1年後には、現部署で過去最高の累計売上額1億円を達成し、周囲から盛大に祝福されている。

また、営業部のリーダーとして大活躍し、多くの後輩から尊敬されている」ちなみに、ビジョンを「目標」と置き換えてもらっても大丈夫です。

自分にとって最高だと思えるビジョンを描くことができたら、今度はその最高のビジョンを実現するに相応しいアイデンティティを考えて、言葉にするのです。

最高のアイデンティティは、最高のビジョンがあるからこそつくることができます(前ページ図参照)。

先ほどのビジョンに相応しいアイデンティティをつくるとしたら、「私は常に最高の結果を出し続け、周囲からも尊敬される最高の営業マンだ!」のようなイメージです。

ビジョンとは、理想の未来です。

理想の未来は、進むべき方向を示してくれる羅針盤となります。

羅針盤がない状態でアイデンティティをつくっても、寄って立つところのない宙に浮いたアイデンティティになってしまいます。

以前、私のクライアントさんで、「私は何をやっても中途半端な人間」という低いアイデンティティを持っていた方がいました。

それが原因で愚痴と不満の多い環境で働き続けるという悪循環に陥っていたのです。

本人は「なんとかして今の環境を変えたい」と強く願っていたのですが、いきなり最高のアイデンティティをつくろうとしてもイメージが湧きませんので、まず、本人に最高と感じられるビジョンを具体的に描いてもらいました。

その方の描いたビジョンは、何が何でも将来実現したいビジョンでした。

そして、そのビジョンを実現するに相応しい最高のアイデンティティをつくってもらいました。

最高のアイデンティティがつくれたら、あとはそのアイデンティティを日頃から常に意識して行動を重ねていくだけです。

その方は、アイデンティティに相応しい価値観を持ち、より高いスキルを身につけて行動した結果、半年で過去最高の売上を実現するなど、今まで経験したことのない最高の結果を手にされました。

「ビジョン」が、自分を支えてくれる

私はこれまで銀行、バーテンダー、塾講師、JICA、外務省と様々な環境で働いてきました。

銀行員時代の私は、「自分はこの程度の人間だ」というアイデンティティだったので、能力が発揮されることはほとんどなく、職場で評価されることもありませんでした。

銀行を辞めてゼロから人生をやり直すなら、諦めた夢にチャレンジしたい。

そう思って、世界中を飛び回り発展途上国の貧困削減に貢献するという「最高のビジョン」を新たにつくりました。

この最高のビジョンをもとに「グローバルに大活躍できる人間」というアイデンティティを作り上げました。

このアイデンティティが生まれた背景には、大学時代に外交官になりたくて、国際関係などを学んだことが強く影響しています。

実は阪神淡路大震災で被災して、外交官になるための勉強が続けられず、結局、諦めて銀行に就職することになったという経緯がありました。

この「グローバルに大活躍できる人間」というアイデンティティは揺るぎない自分軸となり、長年、私を支え続けてくれました。

JICAという最高の環境で、世界40か国以上を渡り歩き、発展途上国の貧困削減や人材育成に16年間も従事することができ、最終的には、学生時代の夢だった外交官も経験することができたのです。

かつて思い描いていた「ビジョン」が私の指針となってアイデンティティとなり、そして、最高の環境を実現させたのです。

「最高の環境」をつくるフィードバック

今の与えられた環境で我慢するしかないと、諦めモードになるのはやめましょう。

最高のビジョンを描いて最高のアイデンティティをつくることで、価値観、能力、行動を変えて、最高の環境を手にしていくのです。

最高のビジョンを描くことは自分でもできなくはないのですが、自分を制限する「思い込み」が邪魔をして、最高のビジョンが描けない場合があります。

そのため、Asifフレーム(もし、~なら)を使って思い込みを外し、部下の可能性を引き出す問いかけを行います。

「もし、何の制限もなかったとしたら、自分にとって最高の成果とは何だろう?」「もし、全知全能の神だとしたら、どんな最高の未来を実現したい?」こんなふうに思考に制限をかけないで、最高のビジョンを具体化していきます。

ビジョンをつくる際、実際に実現できるかできないかは考える必要はありません。

どうせ無理だろうという「思い込み」が、全てを台無しにします。

できない理由を考えるのではなく、できる方法を考える。

結果は結果でしかありません。

常に可能性にチャレンジし続ける姿勢が、最高の結果をもたらしてくれるのです。

上司はそのことを部下に伝えることが大事です。

ビジョンが明確になったら、「そのビジョンを実現するには、どんなアイデンティティが相応しいだろうか?」と問いかけて、部下に最高のアイデンティティを考えてもらいます。

アイデンティティは実際に自分で言葉にしてみて、勇気やエネルギーが湧いてくるようなものになっていれば大丈夫です。

新しくつくったアイデンティティを定着させていくために、メモ書きするなど「見える化」して、常に意識できる状態にしておくことが大事です。

アイデンティティが定着していくに従って、最終的にそのアイデンティティに相応しい最高の環境に身を置けるようになっていきます。

環境が人に与える影響はとてつもなく大きいです。

なので、悪い環境あるいは自分に合わない環境であれば、すぐにその環境から離れて、良い環境に移動するのが本来は理想です。

とはいえ、多くの場合、簡単に環境を変えることは難しいのが事実です。

そんなとき、アイデンティティを変えることで、自分に最適な環境をつくり出すということも可能なのです。

仕事も人生も環境次第というのは、受け身の姿勢です。

これからの激動の時代を生き抜くためには、「自分次第で仕事も人生も変えられる」というマインドセットが大事なのです。

部下との距離を、どう取るか?

部下との距離感がわからずに悩んでいる上司は多いです。

私の知り合いで管理職の方が、部下と信頼関係を築こうと積極的にコミュニケーションを取った結果、逆に部下から距離を置かれるようになった、と嘆いていたことがありました。

部下との距離感を掴むのはなかなか難しいようです。

ところで、「パーソナルスペース」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?パーソナルスペースとは、個人を取り囲む空間において、他人が近づいて不快を感じない境界エリアのことを言います。

R・ソマーという心理学者が提唱した概念で、対人距離とも呼ばれます。

図をご覧いただくとおわかりのように、パーソナルスペースは次の4つの分類があります。

「親密距離」(0~45cm:家族や恋人などの距離)「個人距離」(45~120cm:友人や親しい間柄の距離)「社会距離」(120~360cm:職場などビジネス関係の距離)「公衆距離」(360㎝以上:公衆での見知らぬ人との距離)このパーソナルスペースは、「相手との関係性によって距離が変わる」ということです。

部下との距離感を考えaる場合、このパーソナルスペースの概念を理解しておくことは参考になると思います。

パーソナルスペースという物理的な距離の影響も念頭に置きつつ、部下との適切な距離感をどうつくっていけばいいでしょうか?

まず大前提として、部下との「ラポールを構築すること」が基本になります。

ラポールの重要性については、これまでお伝えしてきたとおりですが、ポイントは、「ラポールの深さによって、コミュニケーションの深さも変わる」ということです。

ラポールは相互理解によって成り立ちます。

お互いに対する理解が浅ければラポールは浅くなり、逆もまた然りです。

とは言え、お互いを深く理解しようと、いきなりコミュニケーションの頻度を高めたり、プライベートな内容の話をして距離を詰めようとしても、逆にラポールが失われます。

ラポールを構築していくには、段階的に距離を縮めていく必要があるのです。

職場であれば、2~3ヶ月くらいの期間の余裕を見ながら、ラポールを徐々に深めていくのが良いでしょう。

特に経験の浅い部下の場合は、仕事に慣れるだけでも時間がかかったりしますので、焦らずに丁寧に時間をかけながら、ラポールを築いていくのが大事です。

その際、極めて有効な場となるのが、第1章でも紹介した「1on1」です。

普段の忙しい職場では、部下に話しかけようとしても、タイミングが合わなかったり、落ち着いて話せる機会もなかったりします。

社内の制度として「1on1」を導入しておけば、部下と1対1でコミュニケーションを取れる時間がつくれます。

部下に対する理解を深めるだけでなく、上司のことも理解してもらえる貴重な場になりますので、「1on1」の導入をお勧めします。

ラポールを深めて、信頼関係ができあがっていくと、コミュニケーションにおける言葉の影響力が強まります。

信頼している人とそうでない人が「この本は読んだほうがいいよ」と同じ発言をした場合、どちらの言葉が相手に影響力を持つかは言うまでもありません。

言葉に影響力を持たせるには、ラポールが大前提となるのです。

上司の言葉が部下に届かなければ、コミュニケーション自体が意味をなさなくなります。

その意味においても、相互理解を深めながら、ラポールを築いていくことは不可欠です。

「近すぎず、遠すぎず」のコツ

ラポールが深くなれば、どれだけ距離を詰めても大丈夫か?と言えば、そうではありません。

上司と部下との関係は、家族や恋人の関係とは異なりますので、パーソナルスペースの考え方と同様に、適度な距離を取る必要があります。

距離が近すぎても、遠すぎてもダメなのです。

距離が近すぎる場合と遠すぎる場合における弊害は次のとおりです。

距離が近すぎる場合・相手と自分を似ている者同士と勘違いして、自分本位に振る舞う。

・公私混同して、ため口になるなど、無礼に振る舞うようになる。

・相手に依存して、自分の不安を解消するなど、依存体質になる。

距離が遠すぎる場合・自分のことを気にかけてくれていないと思い、相手を冷たい人と評価する。

・意思疎通が難しくなり、情報共有も的確になされず、誤解が生じやすい。

・自分のことが嫌いで遠ざけていると思い、相手とさらに距離を置くようになる。

これらの弊害は、私がクライアントから人間関係の問題でよく相談される内容です。

距離が近すぎても、遠すぎても、よい関係になりません。

距離が両極端にブレると、様々な弊害が起こるので、「中間の距離」を取る必要があるのです。

では、「中間の距離」とはどんな距離なのでしょうか?それは、「相手が心地よいと感じる距離を取る」ということです。

パーソナルスペースにも個人差があるように、適切な距離にも個人差があります。

また、人は常に変化するいきものですから、その日の感情によって距離が変わったりします。

結局のところ、相手に対する理解を深めながら、相手が心地よいと感じる距離を測るしかありません。

部下との距離を杓子定規に考えるのではなく、部下のことをよく観察しながら、適度な距離を取っていくのです。

部下がプライベートの問題で深く悩んでいるような場合、ラポールが築けているからといって、積極的に相談に乗る必要はありません。

「そっとしておいてほしい」というサインを受け取ったら、敢えて距離を取ることも必要なのです。

「適度な距離感」のフィードバック

部下が適度な距離感をわかっていない場合も、職場では比較的多く見られます。

そんなときは、適度な距離を取ってもらうために、上司からフィードバックを行います。

たとえば、部下が上司に馴れ馴れしく礼儀を欠いた発言をした場合、「礼儀をわきまえなさい!」と一喝するのではなく、部下にこう問いかけます。

「今の発言は、職場という公の場の発言として適切ですか?」と内省を促すようにします。

一喝しても、「怖い」という感情が先にたって、じっくり内省することができません。

なぜ、その発言が不適切かについて内省する機会を与えることで、「自分事」になっていきます。

一喝しても自分事になりにくいのです。

今度は反対に、部下がコミュニケーションを取りたがらず、周囲との関係を遠ざけようとしている場合、「なんでそんなに皆を遠ざけるの?」と聞いても、距離は縮まりません。

そんな場合、たとえばこのように問いかけます。

「職場の人達とのコミュニケーションはどんな感じですか?」とまずは、部下の反応を見ます。

その際、顔の表情や声のトーンなどの非言語メッセージに注意を払います。

「問題ないですよ」と答えても、表情が暗かったり、声に元気がなかったりした場合は要注意です。

本心で答えていない場合があるからです。

その場合には、部下の顔をしっかりと見つめて、「問題がないなら良かった。

でも、もし少しでも気になることや困ったことがあったら、遠慮なく相談してください」と、フォローを入れることが大切です。

今は話したくない心情なだけで、いつか相談したいと思っている可能性があるからです。

「いつでも相談できる場がある」というセキュアベースをつくってあげることが何より大事です。

人との距離の取り方を間違えると、トラブルの元になります。

上司と部下との距離も同じです。

距離が近すぎても、遠すぎても、いい関係はつくれません。

自分本位で距離を取るのではなく、「相手本位」で距離を測ることが大事です。

適切な距離をつくることができれば、コミュニケーションも円滑になり、強い信頼関係が生まれて、快適な環境で働くことができます。

お互いに心地よい距離を取ることで、お互いの関係性もさらに発展していくのです。

空気を読んでも、空気に支配されない

「とある部下とのやり取りで困っている」と相談してきたクライアント(上司)の方がいました。

話を聞くと次のようなやり取りがあったとのこと。

上司「仕事がまだ残っていて、皆も仕事してるのになぜ定時で帰宅したの?」部下「残業命令はなかったですし、定時で帰宅して何か問題はありますか?」上司「会議中に離席して戻って来なかったのはなぜ?」部下「自分がいても意味のない会議だからです。

時間を無駄にしたくないので、やるべき仕事を優先しました」このやりとりを聞いて、あなたはどう感じたでしょうか?私は正直、「部下の言うことも理解できるな」と思いました。

決して間違ったことを言っているわけではないからです。

では、なぜその方が困惑しているのか?と言えば、「部下が空気を読んでくれない」からです。

一昔前に「KY」という言葉が流行りましたが、これは「空気が読めない」を意味する略語です。

一時期、空気が読めない部下が増えていると、メディアでクローズアップされ、大きな社会的テーマとなりました。

今でも空気の読めない部下は少なくないですし、そのような部下に対して、どう対処していいか悩む上司は依然として多いようです。

とくに日本の会社組織においては、「空気を読む」ことが組織文化のように根付いていて、組織で上手くやっていくための作法あるいは戦術のように見られてきました。

ある意味、「空気を読める人」が組織で勝ち残ってきたわけですが、弊害もあります。

たとえば、次のような例を見てください。

・社員の多くが新企画に賛成している(場の状況)・私個人的には、新企画には反対だ(個人の考え)・反対すると、多くの社員から反発を受けそうだ(場の空気)・自分の本心に反して、賛成を表明する(場の空気に合わせる)単純な事例かも知れませんが、「場の空気を読んで、場の空気に合わせる」ということを職場だけでなく、あらゆる場所で、何度も見たり、経験しているのではないでしょうか。

最近の事例で言えば、「忖度」にも通ずるものです。

自分が「それは間違っている」と思っても、周囲が正しいと思っているようであれば、周囲に合わせてしまう、ということが起こるわけです。

これが「場の空気を読む」のことの弊害です。

著名な作家である山本七平氏の名著『「空気」の研究』(文藝春秋)では、日本が敗戦に追い込まれた理由の一つとして、「場の空気」による影響を指摘しています。

以下は抜粋ですが、山本氏は、場の空気のことを、次のように表現しています。

「空気」とはまことに大きな絶対権を持った妖怪である。

一種の「超能力」かもしれない。

何しろ、専門家ぞろいの海軍の首脳に、「作戦として形をなさない」ことが「明白な事実」であることを強行させ、後になると、その最高責任者が、なぜそれを行ったかを一言も説明できないような状態に落とし込んでしまうのだから、スプーンが曲がるの比ではない。

(『「空気」の研究』p19)場の空気の厄介なところは、合理的な判断を狂わせ、思考停止を招いてしまうことです。

米国の社会心理学者アーヴィング・ジャニスは、「集団浅慮(集団思考)」という概念を提唱し、集団による意思決定が個人で行う場合よりも非合理で「愚かな結論」になる傾向があることを指摘しています。

場の空気が支配的になって、「その空気に合わせて決断を下してしまう」という現象は、まさに「集団浅慮」といえるでしょう。

これと似たような言葉に「同調圧力」があります。

同調圧力は、「場の空気に合わせろ」という非合理的判断に基づく集団圧力ですが、至るところで見られる現象です。

このように「場の空気を読んで、場の空気に合わせる」ことは、むしろ大きな弊害を生む場合が多いことも事実です。

とかく日本人は、「皆と同じであること」に安心する傾向があり、またそのことに価値を置いている人も多いです。

そのため、場を乱したり、一人違った発言や行動を取ることに対して、異常なくらいに神経質になります。

余談ですが、日本で出る杭が打たれやすいのも、そのせいかもしれません。

空気を読んだ後に、どう行動するか?

しかし、よく考えて見てほしいのですが、皆が「同じであること」や「場の空気に合わせること」を続けていたら、会社や世の中はどうなるでしょうか?当然、変化は起きにくくなります。

変化が起きにくいということは、「新しいものが生み出されにくくなる」ということです。

たとえば、日本と諸外国の開業率を比較すると、米国やイギリスは10%を超えていますが、日本は4%程度と倍以上の開きがあります(「2020年版中小企業白書」より)。

今から約30年前の1989年時点の「世界時価総額ランキング」は、NTT、日本興業銀行、三菱商事、東京電力など、トップ10に、7社の日本企業がランクインしていました。

対して、2019年時点では、アマゾン、マイクロソフト、アップル、グーグル、フェイスブックなどの米国企業が8社、また、アリババ、及びテンセントの中国企業2社がトップ10にランクインしています(ちなみに日本の最高位は42位のトヨタ)。

私はこの事実を知ったとき、日本の将来に対する危機感を強く持ちました。

世の中はAIやIOTなどの第四次産業革命によって、これまでとは次元の異なるスピードで変化しています。

変化に対応できなければ、衰退していくだけです。

世の中の変化に対応していくには、自らが変化していくしかありません。

このような変化の激しい世の中において、「同じであること」や「場の空気に合わせること」に囚われていたら、組織の中で変化を起こすことは困難です。

では、これからどう対応していけばいいのでしょうか?私が提案したいのは、「空気を読んでも、空気に支配されない」ということです。

日本の職場のケースで考えると、空気を読まないで単独行動すると、周囲が驚いて混乱してしまうのが大抵です。

事態の収拾に無駄な時間とエネルギーを費やすことになるでしょう。

なので、空気を読むこと自体はできたほうがよい。

重要なことは、「空気を読んだ後に、どう行動するか?」です。

「空気を読んで周囲に合わせること」が合理的である場合には、周囲に合わせるという選択肢もありです。

他方で、集団浅慮や同調圧力のような合理性が低いと見られる場合には、空気に支配されないことが大切です。

そのような場合、拠り所となるのは「合理性」です。

合理性があるかどうかは、「科学的なエビデンス」や「偏りのない正確なデータ」に基づく議論を経たうえで論理的な判断がなされているかどうか、で見極めます。

もちろん、100%完璧な合理性などこの世には存在しません。

その限界を理解したうえで、出来得る限り合理性を追求していくことが、思考停止を招かないために大切なことなのです。

空気に支配されないフィードバック

上司には、部下の将来性を伸ばしていく責務があります。

そのためにも、場の空気に支配されず、部下自ら変化を起こせるように支援することが大事です。

部下がその場に合わせるだけの「考えない葦」にならないよう、次のような問いを投げかけてみましょう。

「皆が言っていることは本当に正しいのか?」「この結論は、科学的エビデンスに基づいているか?」「メリットとデメリットの比較衡量は十分にされているか?」「論理的な矛盾点はないか?」これらの問いかけに対して、「何らかの違和感」を覚えたら、その違和感を「場に投げてみる」ことです。

部下には、違和感を大切にすること、そして違和感を場に投げて、その場に変化を起こせることの大切さを伝えてほしいと思います。

冒頭で紹介した上司と部下とのやり取りの話に戻ります。

相談を受けた私は、そのクライアントさんにこのようにフィードバックしました。

「あなたのお気持ちはよくわかります。

そして考えてみてほしいのですが、もし仮に部下の言うことが本当に事実だとしたら、どうしますか?」彼はしばらく考え込んでから、こう答えました。

「確かに会議に無駄がないかと言われればそうではないですね。

部下が率直にそう発言したのは、無駄が本当にあるからだと思います。

これを機会に会議そのもののあり方を見直したいと思います」後日、彼から連絡がありました。

「先日ご相談した件ですが、これまでのような定期的な会議はなくなりました。

チーム内で話し合って、必要と判断された場合のみ会議を行うという方針に変わったんです」その場の空気に従うことは、楽かもしれません。

周囲から変な目で見られることもなく、寄らば大樹の陰で安心でしょう。

ただそれが会社の将来にとって本当にいいのか?と問われれば、そうではないはずです。

変化を起こしていかなければ、生き残れない時代に突入しているからです。

そして、そんな時代の将来を担うのは部下達です。

上司は今だけやり過ごせばいいわけではありません。

後世に何を伝え何を残すのか?「空気を読んでも、空気に支配されない」「部下の将来を思う心」と「変化する勇気」が求められるのです。

リーダーを育てる場をつくる

リーダーの重要な役割は、できる部下を育てることです。

ですが、それ以上に大事な役割があります。

それは、部下を「将来を担うリーダー」として育てることです。

残念ながら、管理職になりたがらない若手社員が増えているのが現状ですが、その現状を放置すれば会社はいずれ衰退していくでしょう。

会社の存続のためにも、将来を担うリーダーを育成することは、リーダーとして不可欠な役目なのです。

将来のリーダーを育てるためには、部下が「リーダーになりたい」と思えるような状況をつくっていくことが大事なのは言うまでもありません。

そのためにも、リーダー自身が「部下にとって、なりたいリーダー像になる」ことが一番の解決策と言えます。

「なりたいリーダー像」をひと言で表すことは難しいですが、少なくとも、リーダーであることに幸せや喜びを感じていなければ、部下にとって、なりたいリーダーとは思えないでしょう。

辛そうに見えるリーダーが目の前にいたら、リーダーにはなりたくないと思ってしまうのは当然です。

リーダー自身が「なりたいリーダー像」になるためには、そうなれるような環境をつくる必要があります。

なりたいリーダーを増やす環境とは?

今、多くのリーダーが苦しんでいます。

ビジネス環境の変化や市場ニーズの多様化などに対応するため、業務量が大幅に増えています。

そのため、リーダーが担当者レベルの仕事もカバーしなくてはならない「プレイングマネージャー」も増加しています(リクルートワークス研究所報告書『プレイングマネジャーの時代』2020年1月)。

プレイングマネージャーにならざるを得ない最大の理由は、「業務量が多いため」(57・3%)ですが、次の大きな理由として、「部下の力量が不足しているため」(37・3%)が挙げられています(前掲書)。

このような状況が続けば、疲弊したリーダーが増えていくのは当然で、なりたいリーダー像からはどんどん遠のいていくでしょう。

ではどうしたら、このような状況が改善されて、なりたいリーダーが増えていくのでしょうか?それは、「助け合える環境をつくる」ことです。

プレイングマネージャーは、助けることばかりをやっています。

業務量が増えたからカバーする、部下の力量が足りないからカバーする、というお助けマンになっているのです。

加えて、課やチームなどの部署全体の責任も担っていて大変なのにもかかわらず、リーダーであるが故に、助けを求められないという「孤独」な存在になっています。

この状況を打開するためには、リーダーも助けられるという「助け合える環境」をつくっていくことが不可欠なのです。

助け合える環境の礎となるもの

助け合える環境をつくっていくには、部下が力量をつけて、リーダーとしても活躍できるレベルになっていくことが大事です。

部下が力量をつければ、リーダーを助けることができます。

リーダーを助けることができれば、部下はリーダーのレベルに近づいていきます。

では、助け合える環境はどうつくるのか?助け合える環境をつくるには、「教え合う環境」と「コーチングし合う環境」の2つの環境が必要です。

その理由は、教えるだけでは、一方通行の情報伝達で終わることになるからです。

教えることで知識や情報のギャップは解消されますが、相手の能力や可能性を引き出すことは困難です。

そのため、教える(ティーチング)だけでなく、引き出す(コーチング)というアプローチが不可欠になります。

引き出す力は、人を成長させていくうえで極めて大切なスキルです。

この2つのアプローチによって、部下の力量をバランスよく上げていくのです。

では、最初に「教え合う環境づくり」についてお伝えします。

教え合う環境づくり教え合う環境をつくっていくには、教えることが相手の役に立つというだけでなく、「自分の成長にもつながる」という実感を得てもらうことが大切です。

人に教えることは、物事を深く理解して、伝える能力もあって初めて可能なことですから、自己成長に最も効果のある手法の一つです。

中には、「人に教えると損する」という了見の狭い人がいますが、会社組織でそのような考え方の人が増えれば、必要な情報やノウハウが共有されなくなり、会社の成長に支障をきたすことになります。

お互いが教え合うことによって、相手の役に立つだけなく、自己成長、さらには会社の発展にもつながっていくのです。

たとえば、世界の最先端企業であるグーグルでは、「グーグラーtoグーグラー(g2g)」という社員同士が教え合うプログラムが多数実施され、社員同士が成長し合える環境があります。

教え合う環境が、社員の能力を高めることにつながり、会社の成長に貢献していることは言うまでもないでしょう。

かりにグーグルのように社内制度が整っていなかったとしても、教え合う環境は現場レベルでつくることができます。

たとえば、新しい業務が発生した際、最初に部下に仕事の内容ややり方を学んでもらい、上司に教えさせるという方法もありです。

私の前職だったJICAでは、職員が新しい業務を立ち上げて、上司にレクチャーし、上司の許可が取れれば、リーダーとなって仕事を回していくことが、実際多かったです。

上司に教えて上司から許可をもらうには、かなり勉強したり、プレゼン力を高めたりする必要がありましたが、実力をつけるには非常によい機会でした。

コーチングし合う環境づくり教える(ティーチング)力を身につけると同時に、引き出す(コーチング)力を高めることは、リーダーを育てるうえで不可欠なことです。

コーチングは非常に応用範囲が広い手法であるため、その効果も多岐にわたります。

たとえば、「主体性を発揮させる」、「創造性を発揮させる」、「能力を引き出す」、「思考力を高める」、「モチベーションを向上させる」、「目標達成を容易にする」、「人間関係を豊かにする」、「心の安定を生み出す」など、他にもたくさん効果があります。

このようなコーチングの可能性の高さから、グーグル、ヤフー、インテルなど一流企業の多くが、コーチングを積極的に導入しており、最近では、「1on1」という形態にかたちを変えて、さらにコーチングが普及し始めています。

特に、コーチングは人材育成や人材開発の分野との親和性が高いことから、部下育成やリーダー人材育成のために、コーチングを導入している企業は右肩上がりに増えています。

このような事実からも、コーチングし合える環境をつくっていくことは極めて重要です。

できれば、1on1を制度的に導入するなど、社内制度化を進めることができれば望ましいですが、難しいようであれば、まずはリーダー層を中心に基本的な

コーチングスキルを習得させることから始めましょう。

コーチングスキルを身につけることで、本書でお伝えしているフィードバックの効果も確実に上がります。

コーチングの基本的なスキルを身につければ、「コーチングし合える環境」をつくることがすぐにでも可能です。

たとえば、上司が部下の話を普段聞く際に、傾聴のスキルを使うだけで、部下が安心して話せるようになったり、信頼関係が深まるなどの効果がでてきます。

また、これまで一方的にアドバイスしていた場合には、質問のスキルを使って、部下に考えさせ、主体的な行動を促すことも可能です。

上司対部下の関係だけでなく、部下同士あるいは上司同士でも同じようにコーチングを活用することができます。

最初から完璧な環境を整えようとせず、まずはできるところから試すのが大事です。

このように、「教え合える環境」と「コーチングし合う環境」の2つの環境をつくることによって、「助け合える環境」が整っていきます。

「助け合える環境」ができて、リーダーが助けられれば、リーダーの孤独と負担は軽減され、リーダーの心と身体にはスペースが生まれます。

スペースができれば、本来の能力やパフォーマンスを発揮しやすくなります。

辛そうな顔をしたリーダーから生き生きとした笑顔のリーダーへと変わることでしょう。

そうなれば、部下にとって「なりたいリーダー」が増えてくるはずです。

最後に、「最高のマネージャーになるための8つの習慣」について紹介します。

これは、グーグルが人事考課、フィードバック調査などマネージャーに関する1万件に及ぶデータを集め、マネージャーとのインタビューを実施するなど、丸1年かけて社内調査(プロジェクトOxygen)を実施した結果、明らかになったものです。

最高のマネージャーになるための8つの習慣習慣1よいコーチであれ。

習慣2部下に権限を委譲せよ。

マイクロマネジメントはするな。

習慣3部下の成功と幸せに関心を持て。

習慣4くよくよするな。

生産的で結果志向であれ。

習慣5よいコミュニケーターであれ。

そしてチームの声を聞け。

習慣6部下のキャリアについてサポートせよ。

習慣7明確なチームのビジョンと戦略を持て。

習慣8チームにアドバイスができるように技術的なスキルを磨け。

興味深い点は、この8つの並びが「重要な順」になっているということです。

グーグルの成功が示しているように、「教え合うこと」と「コーチングし合うこと」の2つは、リーダーの育成と組織の成長にとって極めて重要なのです。

次のリーダーを育てることは、リーダーのみならず、会社組織にとっても最重要事項の一つです。

疲弊したプレイングマネージャーが増えている中、将来を担うリーダーを育てる環境をつくることの大切さを再度認識してほしいのです。

ビジョンは「伝える」ではなく「伝わる」ことが大事

「ビジョンって本当に必要なんですか?」先日、とある若手の管理職から質問を受けました。

質問の理由について聞き返すと、「会社のビジョンを語られてもピンと来ないし、何の役に立つのかわらない」とのこと。

確かに一般社員にとっては、会社のビジョンがどれほど重要な意味を持つのか理解しづらいのかもしれません。

『THEVISIONあの企業が世界で急成長を遂げる理由』(朝日新聞出版)の著者である江上隆夫氏は、「ビジョンを失うと企業は衰退する。

ビジョンを持った企業だけが生き残る」と指摘しています。

ビジョンには様々な定義がありますが、江上氏はビジョンを「多くの人に共有、共感される、未来への洞察を信念にまで高めた末に生まれた、自らが心から達成したいと願う、あるべき未来像」と定義しています。

具体例があるとわかりやすいと思いますので、比較してみましょう。

ビジョンA「人と、地球の、明日のために。

東芝グループは、人間尊重を基本として、豊かな価値を創造し、世界の人々の生活・文化に貢献する企業集団をめざします」ビジョンB「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすること」ビジョンAは東芝の例ですが、東芝が目指す未来の姿が具体的に見えてこず、「とりあえず、いまある技術的資産、人的資産を使って頑張るしかない」という「心構え」になってしまっていて、江上氏が定義するようなビジョンにはなっていません。

このようなビジョンの欠如が、東芝が苦境にあえいでいた要因の一つだと江上氏は指摘しています。

ビジョンBは、グーグルのビジョンです。

シンプルですが、実現したい未来が明確で、世の中の人々から支持される共感度が高いビジョンになっています。

日本で急成長している注目のベンチャー企業を調べてみましたが、やはり急成長しているだけあって、各社とも素晴らしいビジョンを持っています。

たとえば、CAMPFIREのビジョンはこれです。

「一人でも多く一円でも多く、想いとお金がめぐる世界をつくる」同社は、クラウドファンディングを活用した資金調達を支援している企業で、様々な苦難に直面している人に対する支援の輪を広める事業で注目されています。

ちなみに企業のビジョンではないですが、20世紀最高のビジョンと言われるマーティン・ルーサー・キング牧師が1963年にワシントン大行進で行ったビジョンはこちらです。

“IhaveadreamthatonedayontheredhillsofGeorgia,thesonsofformerslavesandthesonsofformerslaveownerswillbeabletositdowntogetheratthetableofbrotherhood.”(訳)私には夢がある。

それはいつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である(引用:『米国の歴史と民主主義の基本文書』より)。

このビジョンがどれだけ人々の心を打ち、どれだけの人々を動かし、人種差別問題の解消につながっていったか?その答えは歴史が証明しています。

冒頭の若手管理職の質問に答えるとするならば、「ビジョンがピンと来ない」というのは、ビジョンがビジョンとしての体をなしておらず、単なる心構えになっていたりして、心に響いていないということです。

ビジョンが心に響かなければ、役に立っているかどうかすらも気にならない、のです。

ビジョンが役に立つ理由

そもそも、ビジョンは役に立つものなのでしょうか?ビジョンはひと言で言えば、「目指すべき理想の未来像」です。

ビジョンは、大海原に漂流しても進むべき方向を示してくれる羅針盤のような役割を果たしてくれるものです。

ソフトバンクの創業者、孫正義さんがこのように語っています。

「近くを見るから船酔いするんです。

100キロ先を見ていれば、景色は絶対にぶれない。

ビジョンがあれば、少々の嵐にもへこたれません」ビジョンがあるからこそ、様々な困難や逆境に直面しても、ブレずに突き進むことができる。

ビジョンがなければ、羅針盤をなくした大海を漂流する難破船となるのです。

私の体験をお話ししましょう。

私が起業して2年目のとき、プロジェクトに失敗して大きな借金を抱えました。

もうダメかもしれないと諦めかけたとき、支えとなったのは「コーチングを通じて、世の中を少しでもいい方向に変えたい」というビジョンがあったからでした。

そのビジョンがあったおかげで今の私があります。

ビジョンは、困難に遭遇したときには心の支えになってくれます。

また、前職のJICAに勤めていたとき、私は発展途上国の貧困削減など様々な課題の解決に取り組み、時にアフガニスタンなどの危険な地域にも足を踏み入れて支援を行っていました。

下手をすれば、命の危険にさらされるかもしれない状況でしたが、支えとなったのは「国造り、人づくり、心の触れ合い」というビジョンがあったからでした(旧JICAのビジョン)。

そのビジョンのおかげで、職員が一丸となって国際協力に取り組むことができたのです。

ビジョンは、人々の心をつないで、結束力を発揮させてくれるのです。

ビジョンは「自分事化」することで意味を持つ

「ビジョンが伝わらない」と嘆く経営者のことを時々耳にしますが、社員の心に響く良いビジョンであったとしても、おのずと末端の社員にまで浸透するかと言われれば、必ずしもそうではありません。

ビジョンは往々にして抽象度が高く、ちゃんと意味が伝わらない場合があります。

入社式でビジョンの説明をされても、ピンと来ない社員のほうが多いでしょう。

伝えることと、伝わることは違うのです。

ビジョンを伝えたつもりでも、伝わらなければ、ビジョンは生きたものとはなりません。

では「伝わる」とはどういうことなのでしょうか?ひと言で言うと、伝わるとは、「自分事化される」ということです。

ビジョンが自分事化されていなければ、他人事として扱われて、浸透しないということです。

JICA職員が一丸となって、過酷な環境の発展途上国で日夜働き続けることができたのは、ビジョンが自分事となって全職員に共有されていたからです。

この自分事化は、「なぜ」を繰aり返すことによって促されます。

私がJICAに勤務していたとき、事あるごとに上司が「なぜ、この仕事をやっているのか?」と問いかけてきました。

そのうち、仲間内でも「なんで、僕らはこの仕事をしてるんだろうね」と思い出したように口にするようになり、「国造り、人づくり、心のふれあい、のためだよな」とお互いにその意味を噛み締めながら、働いていました。

「なぜ」の先にある答えが、ビジョンになっていたのです。

ビジョンは絶対に必要なものです。

だからこそ、リーダーはビジョンが「伝わる」ようにしなければなりません。

入社式の場ではなく、日々の現場で対話しながら、「なぜ」を問いかけ続けるのです。

「なぜ」の先の答えが、ビジョンになったとき、ビジョンは生きたものになります。

生きたビジョンが共有されたとき、上司と部下は同じ方向を向いて歩みだしていくのです。

コラムフィードバックで大切な「質問スキルの基本」

通常、フィードバックと聞いて思い浮かべるのは、アドバイス、説教、ダメ出し、評価、改善提案などをイメージすると思います。

ひと言で言えば、「相手に答えを与える」という行為です。

それが悪いということでは決してありません。

答えを受けて、反省したり、なるほどと思ったりすることができるので、役に立つことも当然あります。

一方、このような「答えを与えるフィードバック」は、相手の考える機会を奪ってしまう可能性があります。

また、押し付けになって、やる気を削いでしまうなど、相手の主体性を損なうこともあります。

そのような負のインパクトを極力なくしたいとの思いから、本書で取り上げているフィードバックは、「問いかけ」のかたちをした「質問形式のフィードバック」が中心になっています。

質問形式のフィードバックであれば、相手に自ら考える機会を与え、主体的な行動を促すこともできるからです。

結局、フィードバックを受けても、相手が自ら変わろうと思って変わらなければ意味がありませんから、できるだけ「答えを与えないで考えさせる質問形式」のほうがいいのです。

では、「なんでも質問にすればいいのか?」というとそうではありません。

質問の使い方によっては、相手を追い詰めたり、傷付けたりすることもあります。

そのようなことにならないように、質問スキルに関する基本を十分に理解しておく必要があります。

ここでは、ぜひ押さえていただきたい「3つの基本」についてお伝えします。

【基本1】質問はフォーカスを変える普段何気なく使っている「質問」ですが、質問には強力な影響力があります。

「もし、自分が死にそうになって助かる方法を考えるのに1時間あるとしたら、最初の55分は適切な質問を探すのに費やすだろう」(アルベルト・アインシュタイン)アインシュタインの言葉は、質問というものが、どれほど強力な影響力をもっているかを教えてくれています。

質問の影響力は身近な事例でも確認できます。

たとえば、大事な話の途中であっても「今何時ですか?」と質問されたら、即座に手元の時計を見てしまうでしょう?質問は、一瞬でフォーカスを切り替えることができるのです。

人間の脳は、空白を埋めたがる性質をもっており、質問は脳に空白を作るため、一瞬でフォーカス(意識の焦点)が切り替わるのです。

質問による「フォーカスの変換」は、応用範囲が広くまた非常に強力な効果を持っていることから、コーチング、カウンセリング、催眠療法などの分野では不可欠なコアスキルとなっています。

たとえば、なにか失敗したときに「なんて自分は愚かなんだろう?」と自分に質問したとすると「やっぱり自分は愚か者だ」というふうにネガティブな方向へ意識が向いていきます。

一方、「この失敗から学べることは何だろうか?」と自分に問いかけたとしたら、「改善点が見つかって成功確率がさらに上がる!」のようにポジティブな方向に意識が変化していきます。

同じ出来事が起きても、質問によって意識の方向が全く異なってしまうということです。

このように、質問には「意識の方向を変える」という基本的特性があることをよく理解しておくことが大事です。

【基本2】質問は質問する側の「意図次第」たとえば、部下が何かの案件で失敗したとしましょう。

それに対して、もし上司が部下を懲らしめようと意図を持てば、「失敗するなんて、バカじゃないのか?」とか「どうしてくれるんだ?」と追い詰めるような質問をしたりすることでしょう。

反対に、部下を応援しようという意図を持てば、「この失敗を次にどう活かせる?」のような前向きで勇気を与えるような質問を投げかけたりするはずです。

この例をみてわかるように、質問する側の意図次第で、質問の質は良くも悪くもなるということです。

つまり、質問の質を決めるのは、質問する側の意図です。

部下の成長を願うのなら、部下を応援するという意図を持つことが何より大切なのです。

【基本3】質問力と傾聴力は比例する質問力が高い人は、間違いなく「聞く力が高い人」です。

本書でもお伝えしたように、「聞く力」とは「相手を理解する力」であり、聞く力が高い人は、相手のことをよく理解できるからです。

相手を理解するには、「相手の話の内容を理解する」という言語レベルの理解と、「相手の感情を理解する」という非言語レベルの理解の2つがあります。

聞く力の高い人は、言語と非言語の両方を聞くことができるので、相手のことをより深く理解できるのです。

相手のことを深く理解できるということは、相手の話の内容をよく理解しているので、話の内容からズレたような質問はしません。

部下が業務改善の話をしているのに、「業務改善って何だっけ?」のような間の抜けた質問は出てこようがありません。

また、相手の感情(気持ち)もよく理解しているので、相手の感情を逆撫でするような質問もしません。

部下が初めて社内表彰を受けて喜んでいるときに、「その程度で喜んでるの?」と水を差すような質問はしないでしょう。

要するに、「質問力と傾聴力は比例する」のです。

質問力を高めるには、聞く力を高める必要があるということです。

質問に関するとても大切な基本事項なので、ぜひ覚えておきましょう。

おわりに

この本を書こうと思った最大の理由は、「部下の方も、上司の方も、全員が幸せに働けるようになってほしい」との願いからです。

私達はなにも不幸せになるために働いているのではありません。

幸せになるために働いているはずなのです。

エン・ジャパンが2019年に行った調査によると、社員が転職や退職を考えるようになった本当の理由は、1位が「報酬をあげたい」(57%)で、2位が「上司と合わない」や「評価に納得できない」(48%)となっています。

さらに驚くべきは、転職後の満足度が低くなる傾向にある「本当の転職理由」の第1位は「上司と合わない」(42%)なのです。

この調査結果からは、上司と部下とのコミュニケーションが機能していない、さらにはフィードバックが適切でないことも、部下の転職や退職に影響していると言えるでしょう。

上司と部下のコミュニケーションや人間関係が改善されたら、どれだけお互いが幸せに楽しく働けるかと思うと、このような現状に悲しさを感じてしまいます。

プロコーチとして活動する中で、私が常に感じていることは、人が成長に向かって自ら行動するのはa、「自分のことが理解され、大切にされている」と感じたときです。

「部下が思いどおり動いてくれない」とか「いくら教えても部下が育たない」などで悩んでいるリーダーがたくさんいますが、そんなときに大切なのは、的確に指示命令を下すことや、ロジカルに説明することではありません。

部下の成長を願いながら、部下が今どんな状況なのか、どんな気持ちでいるのか、傾聴し、理解することです。

「フィードバック」は、単なる「指導」や「改善指示」ではないのです。

本書でお伝えしてきたように、本質的なフィードバックを身につけると、部下が主体的に行動するようになる、部下との信頼関係が深まる、部下に仕事を任せられるようになる、部下のパフォーマンスが向上する、部下がリーダーとして活躍できるようになる、等々、多くの素晴らしい成果をもたらしてくれます。

また、上司であるあなた自身も部下育成に自信が持てるようになり、さらに活躍できる場が増えていくようになります。

「本質的なフィードバック」はどんなときでも、部下とあなたの成長を支え、お互いの関係をより豊かにしてくれるのです。

本書を手にとってくださった方々が、より豊かなワークライフを実現されるならば、著者としてこれ以上嬉しいことはありません。

本書を通じてあなたと出会えたご縁に心から感謝いたします。

最後になりますが、編集者の林陽一さんには心から感謝致します。

林さんが私の才能を引き出してくださったおかげで素晴らしい本を世に送り出すことができました。

また、本書を出版してくださった大和書房の皆様にはこの場を借りて心から御礼申し上げます。

若くしてこの世を旅立たれた堀江信宏さんに感謝の気持ちをお伝えします。

本書には堀江さんから学んだ数々の教えが引き継がれています。

堀江さんは私のメンターでもありました。

そして、私をいつも応援してくれている「共感型コーチングビジネス講座」の受講生の皆さん、コーチングのクライアントの皆さん、元職場のJICAや外務省などでお世話になった皆さん、友人の皆に心から感謝いたします。

最後に、最愛の妻と二人の息子、私と妻の両親、天国から私を見守ってくれている妹に愛と感謝の気持ちを伝えます。

本当にいつもありがとう。

[主要参考文献]

・堀江信宏著『人生の悩みが消える自問力』(ダイヤモンド社、2017年)・本間浩輔著『ヤフーの1on1』(ダイヤモンド社、2017年)・石井遼介著『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター、2020年)・世古詞一著『対話型マネジャー部下のポテンシャルを引き出す最強育成術』(日本能率協会マネジメントセンター、2020年)・山本七平著『「空気」の研究(新装版)』(文藝春秋、2018年)・江上隆夫著『THEVISIONあの企業が世界で急成長を遂げる理由』(朝日新聞出版、2019年)・ダグラス・ストーン他著『ハーバードあなたを成長させるフィードバックの授業』(東洋経済新報社、2016年)・テレサ・アマビール他著『マネジャーの最も大切な仕事』(英治出版、2017年)・エドガー・H・シャイン著『問いかける技術』(英治出版、2014年)・エドガー・H・シャイン著『人を助けるとはどういうことか』(英治出版、2009年)・フレデリック・ラルー著『ティール組織』(英治出版、2018年)・ジェリー・ポラス他著『ビジョナリー・ピープル』(英治出版、2007年)・ヘンリー・キムジーハウス、キャレン・キムジーハウス、フィル・サンダール共著、CTIジャパン訳『コーチング・バイブル第3版』(東洋経済新報社、201

[著者]國武大紀(くにたけ・だいき)エグゼクティブコーチ。

株式会社LinkofGeneration代表取締役。

1972年生まれ、滋賀県長浜市出身。

大学卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行するも、努力しても認めてもらえない自分に失望し、わずか1年半で退職を決意。

社会人として最初の挫折を味わう。

自分の行き場を見失い、様々な職業を転々とするが、一念発起してJICA(国際協力機構)に就職。

以後16年間にわたり、発展途上国の国際協力に従事。

世界40カ国以上を渡り歩き、計300件を超える発展途上国の組織開発やグローバル・リーダー人材の育成などで実績を上げる。

その後、数々のノーベル賞受賞者や各国首脳等リーダーを輩出aしてきたLSE(ロンドン政治経済大学院)に留学し、組織心理学の修士号を取得。

名古屋大学大学院(国際開発研究科)客員准教授として指導した経歴も有する組織心理学のプロフェッショナル。

また、JICA労働組合の執行委員長を歴任したのち、外交官(OECD日本政府代表部一等書記官)となり、日本政府の国際援助政策の政策立案や国際交渉の第一線で活躍。

現在は、エグゼクティブコーチングやコーチング起業支援などを行うほか、リーダーシップ開発や組織変革を専門とするコンサルタントとしても活躍している。

著書に『「聞く力」こそがリーダーの武器である』、『「聞く力」こそが最強の武器である』(以上、フォレスト出版)、『評価の基準-正しく評価される人が何気なくやっている小さな習慣-』(日本能率協会マネジメントセンター)がある。

公式ホームページhttps://coachleaders.com/公式FBhttps://www.facebook.com/linkofgeneration/

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