第4章タイプ別で見る自己肯定感を下げないための対処法~苦手な人との絶妙なつき合い方~
どれだけ求めても〝100%気が合う人〟はどの職場にもいない!グチや不平不満をまき散らす人押しが強く主張が強い人人の陰口を平気で言う人チームワークを乱す人世代間ギャップがある人長文メールで攻撃してくる人パワハラをしてくる人嫌いな人に24時間とらわれてしまう……人やものごとのマイナス面ばかりに目がいく勝手にジャッジして〝ダメ出し〟をしてしまっている人の顔色が気になったら、あえて自分事にしない「相手のために」が「自分のため」になっていないか?◇第4章ポイント
どれだけ求めても〝100%気が合う人〟はどの職場にもいない!人は様々な考え方や振る舞いをすると知っていても、誰もが現実に職場で関わる人の言動に悩まされ、心乱され、それがストレスとなることが多いものです。
職場で苦手な人や嫌だと思う人がいると、その人の影響を受けてしまいます。
それはそのまま、あなたの自己肯定感を下げてしまいます。
職場の人間関係に悩まれている方から相談を受けたケースでは、いくつかのタイプに分けられました。
そのタイプを見ていくと、たいてい悩まされる相手のパターンが浮かび上がってきます。
そこで、第2章でお伝えした対人関係に悪影響を与える「自己保身のパターン」を思い出して、読み進めていただけるとより理解しやすいでしょう。
この章では、「こんな相手に悩まされる」「こんな自分に悩まされる」この2つの視点から、それぞれのタイプ別における対処法をお伝えしていきます。
グチや不平不満をまき散らす人仕事中、グチや不平不満などのネガティブな言葉をまき散らす人がいると、意識はそこに向けられ、気分良く仕事ができなくなります。
そのような人の影響はなるべく受けずにいたいものですが、仕事上関わらざるをえない人であれば避けることはできません。
面と向かって、直接ネガティブな言葉を聞かされては非常にストレスを感じます。
それでは、そのような人の言動の背景には何があるのでしょうか。
職場でこれみよがしに不平不満を言うのは、その人が何かをアピールしている場合が少なくありません。
たとえば、自分の立場が不利になりそうだと感じているときに、自分は悪くない、悪いのは自分以外だ、と必死にアピールします。
自分の考えと違う人や、振る舞いが異なる人に、自分の正しさを見せつけるために、批判や攻撃をすることで自分を守ろうとします。
自分の自信のなさを隠すために、矛先を他者に向けることでカムフラージュしているのです。
決して自己肯定感は高くありません。
それでは、そのようなタイプの人にはどう対処すればよいのでしょうか。
相手の言動が仮にあなたに向けられたものであっても、その人の一番の目的が「自己保身」だとわかれば、それ自体を恐れることはありません。
相手は、「自分を守ること」だけに必死になっている気の毒な人です。
その言葉はあなたを脅かすに値しないと考えられると、その言葉に直接影響を受けずにすみます。
これが、「その人はその人」と、心の中で相手との間に境界線をつくることになるのです。
それができると、あなたの心は相手の言動に侵食されません。
この境界線がつくれると、自分を守ることができます。
これに関しては私も会社員時代、自分に言い聞かせていたことがありました。
職場の先輩から上司や職場への不満やグチを、ことあるごとに聞かされていたのです。
機嫌が悪いとデスク脇の鉄製のごみ箱を蹴飛ばす先輩の一挙一動にヒヤヒヤしながら、どうすることもできずに相手の言動に耳をそばだてて仕事をしていましたが、自分の中に相手との境界線を持てるようになると、少しずつ楽になりました。
境界線を持てなかったときは、心の中で嫌だ嫌だと思いながらも、相手の言動に影響を受けて嫌な気持ちになっていたのです。
また、グチや不平不満を言う人がいるその場から離れる、という選択をしてもいいのです。
なんの術もなく、その影響を受け続けるしかない受け身の状況だと、精神的ダメージは大きくなります。
自分が決めて、「こうしよう、ああしよう」と、少しでも主体的に行動できると、それだけでストレスは軽減します。
押しが強く主張が強い人押しが強く、主張が強い人を苦手だと感じる人は少なくありません。
それでは、自分の意見だけを言って、相手の意見を聞かない傾向がある人には、どう対処していけばいいでしょうか。
たとえば、このようなタイプの人が上司だと、話し合いやコミュニケーションを取ることを避けてしまいがちです。
それでは、そのような人の言動の背景にあるものとして考えられるものはなんでしょうか。
押しが強く、主張が強いタイプの人は、相手よりも優位であることを示しながら、その場の主導権を握りたいと思う傾向が強く、強い主張が時として尊大な態度に映ることがあります。
その背景にはどこか自己保身的な部分が見え隠れしています。
こういう人には、こちらが冷静になる必要があります。
相手に対してすぐに意見を述べると、それを反論だと捉えられかねません。
そこで、相手の意見は遮らず聞くことが必要です。
その意見に対して、「〇〇さんは、そう思われるのですね」と、相手の意見をいったん受け止めることができると、相手はあなたが自分を否定しようとしていないと認識できるので、安心してあなたの考えを聞く準備ができます。
その状態をつくった上で、あなたの考えがあれば、「私はこのように思うのです」、「私どもの部署ではこのように考えています」と、感情的にならずに、客観的に相手に伝えていけると、相手の守りたいプライドを脅かすことなく話し合いができます。
このタイプの人に対して、一番見せてはいけない態度は、弱気なオドオドした態度です。
相手は強そうに見えても、自分を保てない自信のない部分を隠しています。
本当は自己肯定感が低いのです。
あなたがビクビクした態度を見せると、相手は自分の見たくない部分が刺激され、イライラして攻撃的になります。
相手が巧妙に、自分の要求を押し付けてきたら、毅然とした態度でNOと言うことも必要です。
相手の要求に対して、「ここまではできますが、それ以上はできません」、または、「それ以上は、誰かのサポートが必要です」と、譲歩する提案を伝えながらも、自分の考えを伝えます。
もし、押しの強い相手に一方的な意見を押し付けられて、自分の考えが言えず、理不尽だと思いながらも、それを飲まなければならない状況になってしまうと、強い後悔の念と嫌な感情が残ります。
しかし、押しが強い相手のペースに呑まれずに自分の考えを伝えられると、それだけでもあなたの自己肯定感は保つことができるはずです。
相手の言い分や気持ちを無視して、強い物言いでしか、コミュニケーションを取れない人は、実は自信満々のようで、自分の能力や立場を誇示することなしには、自己価値を保てない自己肯定感が低い人なのです。
そのような人は、人と良好な関係を築くことはできません。
敬遠されることはあっても、人からは好かれにくく、裸の王様になりやすい、気の毒な人なのです。
しかし、そのような人にも、あなたが自己肯定感の高い状態で接することができれば、より対等なコミュニケーションを取ることができます。
人の陰口を平気で言う人人の陰口を聞いて気分良くいられる人はいません。
まして、自分が言われていると知ったら、決して穏やかではいられません。
それでは、「人の陰口を言う人」の言動の背景にあるものはなんなのでしょうか。
本人がいないところで陰口を言う人は、面と向かって相手に言えない人です。
だから、相手が不在で、相手が反論できない状況で、一方的に自分の優位性や正当性を、それを聞いている人にアピールしたいのです。
正々堂々と本人には言えません。
本当は自信がなく、認められたいのですが、それを正当な理由で得られないので、陰口を言うことで相手を貶め、自分への承認を得ようとしているのです。
また、被害者意識の強い人は、自己保身のために、相手を悪者(加害者)にすることで、自分は悪くないことを示そうとします。
そのために陰で非難するのです。
そこで、このようなタイプの人を周りはどう見ているかを観察してみましょう。
皮肉なことに、陰口を言っている人に対して、周りは誰もその人を尊敬し、素晴らしいとは思わないはずです。
むしろ、不信感のほうが強くなるのではないでしょうか。
残念ながら、陰口を言っている本人が意図していることとは、全く逆の印象を周囲に与えていることになります。
それでは、人の陰口を平気で言う人には、どう対処したらいいでしょうか。
自分が陰口を言われていると知れば、誰もが少なからずショックを受けます。
怒りがわいてくることもあるでしょう。
しかし、その怒りに任せて、相手と同じ土俵に上がらないことが大切です。
相手は、自己肯定感が低く、あなたの悪口を言うことで自己価値を保とうとしています。
ということは、すでに、何もしなくても相手はあなたには敵わないと思っているのです。
たとえば、数人で話している状況で、その場にいない人の悪口が始まった場合、そこに居合わせて、その悪口に同調しなければならない空気が感じ取れても、そこで同調する必要はありません。
自分は思ってもいないのに、そこの雰囲気にのまれて同調してしまうと、後で嫌な気持ちや罪悪感が残ります。
相手が同調を求めてきたら、「〇〇さんはそう考えているのですね」と返すか、「私はそんなふうに感じる経験をしたことがないのですが」と、相手を否定しない言い方で、相手の考えを尊重しましょう。
あくまでも自分の考えは違うことを伝えます。
◉あなたが空気清浄機になろう!その場にいることが心地悪かったら、その場を離れることもひとつの手です。
その場を抜け出すことに躊躇する必要はありません。
仲間意識が薄い人だと思われることを悩まなくてもいいのです。
あなたが陰口に加わる人ではないとわかれば、あなたの前で、誰かの陰口を言おうとする人はいなくなっていきます。
なぜなら、悪口を言っても同調してくれる人がいなければ、陰口を言う人の目的は達成されず徒労に終わるからです。
あなたがそのスタンスを継続していくと、あなたがいるだけで、誰かの陰口を言う雰囲気は払拭され、あなた自身が場を良くする空気清浄機のような存在になります。
あなたが物事のプラスの面を見て、良いところを見ようとする視点を持って仕事に取り組めば、同じ考えの人との関わりが増えてきます。
平気で人を非難して、批判ばかり口にする人は、自分に対しても肯定的な見方ができていません。
だからこそ、人を否定的に見ることで、安心を得ようとしているのです。
残念ながら、本人がそこに気づかない限り、相手を変えることはできません。
だからこそ、「相手の考えは相手のもの」と理解して、「自分は自分」と、自分が心地良くいるための選択をしていくことが大切なのです。
それが、相手との間に「健全な境界線」をつくることになります。
心理的に相手のペースに巻き込まれないように、しっかり自分を守ることで、あなたの自己肯定感は保つことができるのです。
チームワークを乱す人同じ部署で、仕事を連携して進めていくときや、チームでプロジェクトを進めていくときに、全体の流れや連携を考えず、どちらかというと独自路線で足並みがそろわず、何かやりにくいと感じさせられてしまう人はいないでしょうか。
そのようなタイプの人がいると、チームワークは乱れ、仕事の進捗状況や成果にも影響が出かねません。
それでは、そのような人の言動の背景には何があるのでしょうか。
周りは困った状況だと考えているのに、当の本人は、それに気づいていないことがあります。
これまでも本人は周りを困らせようという悪気はなく、ただ自分のやり方で仕事をしていただけだったというケースがありました。
単独で仕事をする分には、自分のペースで、自分の責任範囲で進めていけますが、チームで仕事をしていくときに、周りとの連携がとれない人に対してはどう対処したらいいでしょうか。
そういったケースの原因となりやすいのが、スタート前に全体の方針が周知されずに、「言わなくてもわかるだろう」という、暗黙のルールのもとで、それぞれが走りだしてしまったときです。
そうなると、それぞれ自分が認識しているやり方や考えで、仕事に取り組むことになります。
すると、そこから思い違いが起こりやすく、足並みがそろわない状況が生まれます。
そこで、部署内や連携して仕事をする仲間同士で、仕事やプロジェクトをスタートする前に、お互いが前提として理解すべきルールを言語化して確認し合い、共通認識を持つことが必要となります。
言語化されたルールがあれば、その人の行動がそこから外れていれば、論理的に説明することができます。
一番良くないのが、漠然とした方針のもとでスタートして、足並みがそろわない人に対して感情論で訴えて、相手を変えさせようとすることです。
それでは相手は納得せず、反発を買うだけかもしれません。
チーム内で共通ルールを確認し合わずに、仕事をスタートして何か問題や困ったことが起こってしまったら、その時点でもう一度、方針やルールを誰もが理解できるように話し合いの場を持つことをおすすめします。
話し合いができれば、自他共に自己肯定感を高めることができます。
それでも、チームのルールを理解できずに、仕事をする人がいたら、その場合は、その人がどんな考えで仕事を進めているのかを聞く機会を持ち、チームの方針を伝えてみます。
たとえば、プロジェクトはスピード重視で進めるという、チーム全体の方針があるのに、ひとりだけ足並みがそろわず、周りを困らせている人がいたら、プロジェクトの流れを説明して、どうしても「スピードを重視すること」が重要であることを伝え、「あなたの担当ではどのように協力してもらえますか?」と、相手に考えてもらうといいでしょう。
こちらから一方的に指示する形にしないことで、相手に自発的に足並をそろえることを促すことができ、自分が決めたことにコミットをしてもらえます。
すると、責任を持って取り組んでもらえるようになるのです。
そこで、相手がどうも難しいと感じているようだったら、体制として可能であれば、「周りに何か手伝ってほしいことはありますか?」という問いかけをしてチームで協力してサポートできることも伝えてみてください。
お互いを尊重した話し合いができれば、自己肯定感が下がることはありません。
あくまでもコミュニケーションを重視して、その人だけが悪者にならないように配慮することで、その後のチームワークを良好にすることができます。
世代間ギャップがある人世代間ギャップは年の離れた人同士で起こりやすい現象ですが、世代による感覚の違いがコミュニケーションを難しくします。
お互いが自分本位で考えるので、話がかみ合わない、何を考えているかわからないという状況をつくりやすくします。
これは職場に限ったことではなく、家族や親子間でも起こりやすい現象です。
では、そのような世代間ギャップがあるときには、どう対処したらいいでしょうか。
世代間ギャップはいつの時代にもあります。
そこで、大事になるのが自分の価値観やものさしだけで、相手を判断しないことです。
世代が違う人が大切にしているものや考え方が、自分たちの世代が重要視しているものと違っていたとしても、相手の考えを尊重する気持ちや、相手を理解しようという気持ちが持てるかどうかで、相手との関係は変わってきます。
一番良くないのは、相手に対して、「どうせ言ってもわかってもらえない」と決めつけて、コミュニケーションを取ることをはじめから放棄してしまうことです。
そこでネガティブな感情が生まれれば、自己肯定感は下がってしまいます。
年の差が開いているほど、世代間のギャップは当然あるものだと理解した上で、はじめから相手と理解し合えなくても、相手の考えに興味を持ち、相手の話を聞こうとする姿勢が、相手との心の距離を縮めていきます。
あなたの考えは、これまで生きてきた経験の中で培われたもので、それを正しいと思っています。
それは、相手も同じです。
あなたの考えも、相手の考えも、どちらが正しくて、どちらが間違っているということではなく、どちらも正解なのです。
人は年齢に関係なく、自分の考えがベースとなる「正解」を持っています。
お互いが自分の正しさを主張して、相手を否定し、相手が正しくない理由を述べていては、歩み寄ることはもちろん、わかり合うことは到底できなくなります。
ここで大事になるのが、先にご紹介した「I’mOK.You’reOK」という多様性を認め合う考え方です。
相手が大事にしているものが何かわかったときは、自分はそう思えなくても、それは相手が大事にしているものなのだと、相手の考えを尊重できると、相手は自分を尊重されたと感じます。
誰もが自分は尊重されていると感じられると、相手を理解しようという気持ちになるのです。
これでお互いの自己肯定感は高まります。
両者で妥協点を見つけなければならないとき、自分が絶対に譲れないこと以外は相手の考えを受け入れていきましょう。
譲る、譲らないが、自己価値を脅かすと考えてしまうと、絶対に譲れなくなります。
しかし、相手に考えを譲っても、あなたの価値は影響を受けません。
それなら気持ち良く、自分が譲れるところは譲れると、あなたの自己肯定感を下げずに、相手のことも尊重できます。
そのあとの関係性はぐっと良くなることでしょう。
長文メールで攻撃してくる人IT関係の仕事をしているEさんから、隣の部署のGさんから頻繁に長文のメールを送られて、ほとほと困っているという相談を受けたことがあります。
相手のデスクは隣の部署といっても、すぐ目と鼻の先でいつも姿は目にしている人です。
事の発端は、2つの部署で連携してする仕事があり、そのときに他部署であるEさんの仕事のやり方にGさんが不満を持ったためでした。
人によっては、面と向かっては何も言わずに、CCを付けて、関係部署全員にメールで非難をしてくる人がいます。
特に感情的になっているときは、メールではなんでも書けてしまうので、攻撃的な文面になります。
まさにGさんがEさんに送ったメールがそうでした。
このようにメールで相手を非難し、大勢にCCで送る人の言動の背景には何があるのでしょうか。
Gさんは、Eさんが間違っていることをCCを送ったみんなに訴えて、自分の正当性を、周りにも認めさせたかったのです。
「自分は正しい、あなたは間違っている」と主張している背景には、自分の立場を守りたいという思いが強くあります。
相手の仕事のやり方は間違っているという不満が、Gさんの自己価値を脅かしEさんを攻撃するという、行動に駆り立てたのです。
ここで大事なのは、長文の攻撃的なメールが来ても、相手の感情に巻き込まれずに、ひと呼吸置いて、反論したい気持ちがあっても、すぐに反論しないことです。
そこで、Eさんには、「あなたが考えてらっしゃることはよくわかりました」と、一度相手を受け入れて、「メールだけでは、伝えにくいニュアンスもありますので、一度お話しする機会を設けていただけませんか?」とGさんに提案してもらうようにしました。
それをすべての人にCCを入れて送ってもらったのです。
メールは、主張が一方的で話が平行線になりやすいので、メールで正論をぶつけ合うことは避けたほうが無難です。
直接会うときには、その事情を知っている第三者を交えることをおすすめします。
公平な立場から状況を見られる第三者が入ったことで、メールを送られたEさんも考えを伝えることができ、冷静に話し合いができました。
パワハラをしてくる人パワハラやセクハラ、モラハラなどが社会問題になっていますが、その根底には、パワハラができる立場の人の存在があります。
パワハラに関しては、我慢せずに訴えればいいという意見もありますが、そう簡単ではないのも事実です。
パワハラをする人があなたの収入を決められたり、部署の異動などをコントロールできる立場の人ならなおさらです。
それでは、パワハラをする人の言動の背景にあるものはなんなのでしょうか。
パワハラをする人は、ドラえもんに出てくる「ジャイアン」のような存在です。
自分はすごいとアピールしたいし、自分の非を認めず、人のせいにします。
自分の意見が通らなかったり、自分の立場を危うくする存在には、立場を利用して攻撃したり、横暴になります。
自分のストレスの矛先を自分より明らかに弱いものに向ける傾向があります。
反対に、パワハラを受けやすいのは、「のび太」のように、気弱で優しく、どちらかというと自分に自信がなく、自分よりも力が強い相手に意見することができないタイプです。
ターゲットになってしまうと、存在価値を否定される言動の数々で、自己肯定感をズタズタにされてしまいます。
すると、うつなどのメンタルシックになりかねません。
あるケースでは、上司という立場を利用して、自分の能力のなさや自信のなさをカムフラージュするために、嫉妬の感情から出来のいい部下に嫌がらせをしていた人もいました。
そのターゲットにされた部下は、3年間続いたパワハラにとうとう休職を余儀なくされてしまいました。
また、別のケースではいつも決まって夜の0時に上司から仕事の確認や翌日の指示があり、そこで電話に出なければ次の日に叱責を受けました。
なぜその時間に電話をかけてくる必要があるのか、部下は誰も理解できませんでした。
とはいえ、上司を無視するわけにもいかないので、部下としてはストレスを溜め、我慢の限界を超えてしまったと言います。
結局、その部署の社員はほとんど辞めてしまいました。
パワハラをする人は、自己肯定感が低いがゆえに弱者を攻撃して、自分の優位性を示そうとしています。
実はパワハラを受けやすい人も、自信がなく、自己肯定感が低い傾向があるので、はっきりとした意思表示ができるようになるためにも、自己肯定感を高めると、パワハラの対象になりにくくなります。
では、パワハラをする人には、どう対処したらいいでしょうか。
◉あなたを無条件で受け入れてくれる人が必ずいる一番大事なのは、あなた自身をしっかり守ることです。
本来、あなたの存在そのものの価値はたとえ横暴な上司を持ってしても、そこを揺るがすことはできないはずです。
まず、誰かに話を聞いてもらいましょう。
その状態で我慢し続けると、ストレスから取り返しのつかない病気になることもあります。
職場で、信頼できる同僚や、他に誰か信頼できる上司はいないでしょうか。
自分が受けているパワハラを自分ひとりでなんとかしようとせずに、学生時代の友人や家族でも、あなたの辛い胸の内を聞いて、あなたの味方になってくれる人や、相談できる人を見つけて力になってもらいましょう。
職場に相談できる人がいなかったら、カウンセラーの人に力を借りましょう。
◉暴言を書き出すという荒療治も使ってみよう一時的な対処法になるかもしれませんが、パワハラをする上司に対して、誰にも言えないあなたが我慢している感情を、ただ紙に書き出して、怒りや辛い思いを全部吐き出すのも効果的です。
相手には直接言えないことを書いたら、ビリビリに破いて捨てます。
ただただ書くと、不思議とスッキリしてきます。
◉被害者意識がなくなるとパワハラが消えることも……以前、パワハラについてこのような相談を受けたことがありました。
その女性は、上司から仕事のやり方を注意されて、それ以来、嫌がらせを受けるようになりました。
会社に行くのが辛いので、そのパワハラをする上司に対してどう対応したらいいか悩んでいました。
よくよく話を聞いてみると、上司に仕事のやり方を注意されて以来、上司に目をつけられていると感じるようになったようです。
「あの仕事はどうなっている?」「どこまで進んでいる?」と、上司が聞いてきたときの言葉で、女性は自分が責められていると受け止めてしまい、それに対して過敏に反応して嫌な気持ちになっていたのです。
そこで上司から言われた言葉をひとつずつ検証していくと、第三者から見ると、とても本人を否定しているようには思えないものばかりでした。
このケースの場合、相談者の被害者意識が強いことが気になりました。
彼女は、何かあると自分が非難されていると感じやすく、他の人は仕事で何も言われないのに、自分が何か指摘を受けると「なんで、自分ばかり?」と感じていたといいます。
彼女の場合、自己肯定感の低さが自分で自分を追い込み、自分がこんなに辛いのはパワハラをする上司のせいだと思うことで、自分を守っていたことに気づきました。
そこで、女性は自己肯定感を高めることに取り組んだのです。
上司を訴えるために、ひそかに録音もしていましたが、5回の連続講座を受けて、自己肯定感が上がった彼女は被害意識がなくなり、上司に対する見方が変わり、一番その変化に驚かれていたのが彼女自身でした。
パワハラやセクハラは、相手との関係で、自分が相手の言動をどう受け止めるかでも変わってきます。
同じ言葉を言われても、それをパワハラやセクハラと感じる人もいれば、そうは感じない人もいます。
職場で、パワハラやセクハラ、モラハラは絶対にあってはいけないことですが、上司や周りの人たちと健全な関係を築いていくためにも、自らの自己肯定感を
高めることは非常に重要なのです。
嫌いな人に24時間とらわれてしまう……「職場に嫌いな人がいて、その人のことが気になって嫌になります」そんな相談を数多く受けてきました。
どうも波長が合わない、生理的に受け付けない、苦手、人として許せないなど。
様々な理由で、相手を受け入れられないと感じています。
そして、「嫌いで考えたくもない」と、思えば思うほど、その人のことが頭から離れなくなるという経験はないでしょうか。
第1章で紹介したAさんもそうでしたし、私も会社員時代、苦手な人がいて悩んでいたことがありました。
仕事から帰り、自宅で家族の夕飯の支度しながらも、その人のことで頭がいっぱいになっている自分に気づき愕然としたことがあります。
それでは、「嫌いな人」にはどう対処したらいいでしょうか。
職場ではいろいろな人がいますが、その中で自分と合わない人もいます。
そこで、嫌いな人がいてはいけないということではありません。
むしろ、「嫌いな人がいてもいい」と自分に許可をしてあげていいのです。
私の例でお伝えしましたが、嫌いな人は私が嫌っていても、相手は何も私に影響を与えようとはしていませんでした。
何が問題かといえば、「嫌だ、嫌だ」と思う相手を自分から遠ざけたいと思いながら、自分から相手を自分の思考の中に入れていたのです。
相手を自分の心の中に閉じ込めていたので、常に相手の影響を受け続けて「嫌な気持ち」になっていたのです。
◉常に嫌な人を思い浮かべていないか?その当時、相手を人として許せないと思っていました。
職場でも、自宅に戻ってからも、自分の中で「相手を許せない」という感情を握りしめることで、辛い思いを相手に思い知らせたいという気持ちがあったのです。
このときの自己肯定感は、まだまだ低い状態でした。
そして、自分に失礼なことをした相手を許してしまうと、自己価値が保てないと思っていたのです。
その思いを持つことで「自分の中の相手が嫌い」という考えを正当化しようとしていました。
何かが違うと思ったのは、そのような思いが募るにつれてどんどん体調が悪くなっていったときです。
そのとき、相手に向けていた意識を自分に向けて、「自分はなぜこんなに辛いのだろう?こんなに苦しいのだろう?何を相手に要求しているのだろう?」と、問いかけて、自分の本当の思いに気づいたのです。
そこで、自分へのダメージを止めて、相手からの影響を受けないようにすることが必要でした。
そのためには、自分の心の中に閉じ込めていた相手を取り出さなければならなかったのです。
相手を心の中から取り出すために、自分の思いを紙に書き出し、相手にわからせたい思いを、自分が受け止めて理解してあげました。
これが、嫌いな相手から影響を受けることをやめられた方法です。
相手を無理に好きになろうとしなくてもいいのです。
嫌いな人が自分を苦しめるのではなく、その相手を自分がどう見ているか、どう考えているかが、自分を苦しめていたと気づけると、相手を変える必要がなくなります。
誰かに対して、嫌いになる原因があるとしたら、その人がそうせざるをえない10の理由を考えてみてください。
勝手に想像を膨らませて、様々な理由を考えてみます。
すると、5つぐらい考えると、だんだん、「それも、しかたないかもしれない」という気持ちになります。
嫌いや苦手は、相手の問題ではなく、自分がその部分をどう考えるか、どう受け止めるかが問題であることに気づけると、自分で対処することができるのです。
すると、嫌いな相手に振り回されることがなくなります。
人やものごとのマイナス面ばかりに目がいくものごとのマイナス面や、人の嫌なところやダメなところばかりに目がいってしまうと、自分を取り巻く世界が嫌なことばかりになります。
ものごとはプラスとマイナスのどちらの側面から見るかで感じ方が変わりますが、マイナス面ばかりに目がいってしまうと、嫌な気分になりやすく、自己肯定感を保てません。
自己肯定感が低くなると、自分を否定的に見てしまうため、外側で起こっている出来事も、事実を歪ませて「ネガティブ色のメガネ」で見るようになります。
そこで、ものごとを肯定的に見て、「ネガティブな面」から「プラスの面」がよく見えるメガネに変えていくのです。
ある人は職場で苦手な人がいましたが、その人が昼休みに会社の外のビルの脇でしゃがみこみ、子猫にミルクをあげている光景を見て、見る目が全く変わりました。
私たちは人を見るとき、相手の嫌なところを拡大鏡で見てしまい、その人のすべてを知っているわけではないのに、その嫌な部分がその人のすべてだと思いがちです。
物事を自分の見たいように見ているのです。
どうしても、自分の感情を正当化するものの見方になってしまいます。
そこで視野を広げて、物事の両面を見るようにするには、事実をありのままに見る意識付けが必要になります。
そのためには、プラスの面を拡大鏡で見るようにしていきます。
自己肯定感が高まると、自分を肯定的に見られるので、人のいいところやプラスの面、物事のいい面にも目を向けやすくなります。
少しでもプラスの面が多く見られるようになると、自分を取り巻く世界の感じ方が変わり、幸せを感じることが増えてくるのです。
勝手にジャッジして〝ダメ出し〟をしてしまっている人をついついジャッジして、口には出さなくても批判的になってしまうと、なかなか心穏やかではいられません。
これは私にも経験があります。
会社員だった頃、混雑した電車を避けて通勤するために、最寄り駅始発に乗り座っていくのですが、それでも会社に着くと午前中から疲れて、なぜか心身ともにヘトヘトになっていました。
なぜなのだろうと、長い間悩んでいました。
この原因となっていたのが、電車の中での他者へのダメ出しでした。
「あの人のネクタイは変だな」、「なんてマナーが悪い人なのだろう」などと、無意識に見ず知らずの人をジャッジして疲れていたのです。
会社でもそうでした。
上司や同僚の電話の対応などに、仕事をしながら意識を向け、心の中でジャッジをしてはダメ出しをしていました。
なぜこのようなことをしていたのでしょう。
それは、自己肯定感が低く、自信がなかったので、自分がジャッジされるという不安をいつも抱えていたからです。
そこで、自分を防御するために、無意識に相手をジャッジして、自分の優位性を感じようとしていたのです。
これは自己肯定感の低さからくる、自己価値を保つための、保身の典型的なパターンです。
それは、他者の批判から自分を守ろうとしていたからにほかなりません。
その状態で心穏やかになれるはずはなく、外では常に神経を張り詰めていたのです。
ここに気づいて、自己肯定感を上げることにさらに注力していくのですが、ダメ出しや批判的な目は、自分にも向いていたことに愕然とします。
◉無意味なダメ出しは今すぐやめよう自分をどう見ているかが、他者をどう見るか、他者からどう見られていると感じられるかになります。
そこで、自己概念を変えていくために、自分の良いところを見つけることにしたのです。
自分の好きなところ、強みを紙にたくさん書き出しました。
すると、1カ月もしないうちに、自分に対する感じ方が変わってきたことに気づきます。
他者に対しても、今まで相手の嫌なところが真っ先に目についていたのが、不思議とそれがなくなり、電車でも、会社でも相手のいいところに目がいくようになりました。
朝から、ヨレヨレで吊革にぶら下がるように寝ている人にも、「この人は一生懸命毎日生きているんだな」「この人もきっと誰かの大切な人なのだ」と、今までの否定的な目線から、温かい眼差しで見られるようになっていったのです。
いつしかダメ出しをしなくなっていました。
あんなに他者をジャッジして、自分にもたくさんのダメ出しをしていたのです。
自分に対する見方が変わったことで、それまで自己保身の心構えで生きてきたスタイルが変化していきました。
自分を好意的に見られるようになると、周りも自分を好意的に見てくれていると感じられるようになりました。
見ず知らずの人も、周りもみんな味方だと感じられるようになりました。
これは、とても大きな変化でした。
こうして私を取り巻く世界が変わっていったのです。
すると、人とのコミュニケーションも大変楽になりました。
かつては、あんなに他者からの承認を求めていたのに、自分で自分を承認できるようになると、不思議と周りの人から、よく褒めてもらえるようになりました。
人をジャッジしてダメ出しをしていた理由は、すべて自信がない自分を守るためでした。
まず、自分で自分を認められるようになると、自分を守っていた心の鎧を少しずつ外していけるようになり、人から批判されるのではという不安が手放せるので、人と安心して関われるようになるのです。
人の顔色が気になったら、あえて自分事にしない人の機嫌に敏感で、つい相手の顔色をうかがってしまい、相手がどう思うかばかりを気にしてしまうことはないでしょうか。
たとえば、上司の機嫌が悪そうだと、「自分は何か悪いことをしたかな」と、自分と関連付ける考え方で、自分のせいではないかと不安になると、常に相手の機嫌に振り回されてしまいます。
人の顔色を優先してしまうと、自分の気持ちは二の次にして、感情を抑えざるをえなくなるので、自分が何を感じているのかわからなくなります。
このようなケースは、子どもの頃、両親の喧嘩をよく目にしていた人や、急に機嫌が悪くなって口を利かなくなるような親が身近にいた場合、子どもが生きる術として持ってしまうことがあります。
すると、大人になっても人の顔色が気になり、相手の機嫌が悪いとビクビクしてしまうのです。
また、感情の波が激しい人や機嫌がコロコロ変わる人が身近にいると、その人の顔色を見ないと自分の居場所をなくしてしまうので、自分の感情は二の次にしてしまうこともあります。
ただし、このタイプの人は、観察力が大変優れています。
気配りや気遣いができる人も多いのですが、自己肯定感が低いと、自分に害を受けないようにするための、自己保身からの相手への配慮になってしまうので、本人は人と関わることに疲れてしまうのです。
そこで、相手の機嫌が悪そうでも、自分事と考えずに、「相手の感情」と「自分」を切り離して考えることが必要になるのです。
相手がたとえ機嫌が悪くても、それは相手の問題であると理解することができると、「相手の感情は相手のもの」と、相手の感情を自分に同化して考えずにすみます。
相手の感情だけを大事にしてしまうと、ストレスは大きくなるばかりです。
ここで、自分の感情も受け止めて大事にできると、自己肯定感は高まり、相手主体から自分主体に変えていけます。
すると相手の顔色を気にしなくてすむようになり、人との関係も過度に気を使わなくてすむようになるのです。
「相手のために」が「自分のため」になっていないか?人とのコミュニケーションで、自分が相手に貢献できているかどうかが常に気になることはないでしょうか。
そのような人は、人からの相談や頼み事を親身になって引き受けてくれます。
すると、周りからは、とても面倒見のいい人だと思われます。
しかし、相手のために貢献している、その人自身が自分に大きな問題を抱えていることも少なくありません。
一番、解決すべきは自分の身近な問題であるはずです。
しかし、自分を必要としてくれる他者に貢献して自己価値を感じることで、自分の不安に思う部分を埋めようとしてしまうのです。
他者に尽くすことで自分の問題から目をそらそうとしていたというケースもあります。
ボランティアや、人の世話をすることはとても尊いことですが、それが自分の中の満たされていない部分を埋めるために行なっていたとしたら、それは、「相手のために」といっても、「自分のため」に見返りを求める補償行為になります。
自己犠牲から相手に貢献しても、相手から期待通りのリアクションがもらえるとは限りません。
すると、まだ足りない、もっと頑張らなければと、自分への要求を高めていくことになるので、どんなに頑張っても自分を満足させられないのです。
ここに自己肯定感が関係してきます。
自己肯定感が低いと、どうしても他者から与えられるもので、自分を満たし、自己価値を感じようとします。
そのために、自分の何かを犠牲にして他者への貢献で埋めようとするのですが、もともと自分を認められていないと、どんなに他者から承認をもらっても、穴の開いたバケツには水を貯めていけないように、自分を満たすことはできないのです。
しかし、他者からの承認や称賛をもらうことを目的にせず、他者に何かをやってあげた時点で自己完結し、「良くやった、自分は貢献できて幸せだ」と思えれば、これで自分を満たしていくことができるのです。
そのためには、自己肯定感を高め、自分で自分を認められるようになることが大切です。
すると、自分の中の不足感を、他者からの承認で埋めようとしなくてもよくなるので、むやみに相手に貢献することを考えなくても不安ではなくなります。
それでは、次の章では場面別に、自己肯定感を下げずにコミュニケーションを取るための対処の仕方をいくつかのケースで見ていきましょう。
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