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第3章Chapter3 21世紀のビジョン企業であるために

第3章では、これからの時代のビジョンを、どう実践していけばいいのか。日本でのビジョンの事例を示しながら考えていきたいと思います。

これから40~50年は続くであろう、人類史でも稀な大変化に立ち会えることは、幸せであるとも言えるし、困難さに足がすくむ、とも言えます。

どちらの意味にもとれる、いわば「両様の時代」に私たちは生きています。晴れてはいるが、波高く、風強し。

この航海を乗り切るには、羅針盤となる未来を見通した大きなビジョンと、臨機応変な態度、工夫を持って進むしかありません。

目次

サイバーエージェントのビジョンは変えざるをえなくなる

サイバーエージェントはインターネット系の広告代理店、メディア、ゲーム企業として素晴らしい成長を遂げています。

インターネットテレビ局「AbemaTV(アベマティーヴィー)」が話題を集めるなど、着々と次の手を打っています。

業績の推移を見ても何も言うことはないし、新卒学生にとっても人気の高い会社の一つです。あえて注文をつけるなら、という意味で、サイバーエージェントのビジョンを取り上げてみたいと思います。貶める意図ではないので、どうかお許しください。

さて、サイバーエージェントのビジョンは、彼らのホームページにはっきりと掲げられています。

また、その後にミッションも掲げられています。次のものになります。

Vision21世紀を代表する会社を創るMissionStatementインターネットという成長産業から軸足はぶらさない。

ただし連動する分野にはどんどん参入していく。

オールウェイズFRESH!能力の高さより一緒に働きたい人を集める。

採用には全力をつくす。

若手の台頭を喜ぶ組織で、年功序列は禁止。

スケールデメリットは徹底排除。

迷ったら率直に言う。

有能な社員が長期にわたって働き続けられる環境を実現。

法令順守を徹底したモラルの高い会社に。

ライブドア事件を忘れるな。

挑戦した敗者にはセカンドチャンスを。

クリエイティブで勝負する。

「チーム・サイバーエージェント」の意識を忘れない。

世界に通用するインターネットサービスを開発し、グローバル企業になる。(サイバーエージェントのホームページより)

このビジョンやミッションを見ていて思うのは、サイバーエージェントの社風です。

インターネットの波に乗り、創業して20年以上経つのに、いまだに拡大している会社の、スタートアップ当時のような熱気と、フレキシブルにアイデアを持って進んでいく勢いのようなものを感じます。

しかし、厳しいことを言わせてもらうなら、4000億円の売り上げを誇る、日本の代表的なインターネット企業のビジョンとしては、あまりに茫洋としすぎているのではないでしょうか。

個人的には寂しく感じます。

なぜなら、このビジョンとミッションを通読して思うのは、そこにはインターネットの分野で、ただただ「大きな会社をつくります」「立派な会社にします」という宣言しか読み取れないからです。

極めて優秀な経営者に率いられた、能力ある若い集団が、これでいいのか、とも思います。

サイバーエージェントが、せめて、このビジョンを掲げて進むなら、少なくとも「21世紀を代表する」とは、どのような意味なのか、その中身を明らかにする必要があるでしょう。

〝21世紀〟とはどのような時代だと考え、そこでの何を〝代表する〟会社として、サイバーエージェントをつくり上げていくのか。

そして、つくり上げる過程で、顧客あるいは私たちの社会に対して、どのようなインパクトと喜びを与えていくのか。

社会に対して、何を自分たちはギフトとして贈ることができるのか。

ミッションを読むと、ビジョンやミッションに関してさまざまな議論があったことは推測できます。

ミッションでは、サイバーエージェントとしてやるべきこと(Dos)、やってはいけないこと(Don’ts)を具体的なことばで語っているからです。

その議論の中で「変化が激しい時代に自社像やゴールを固めてしまうのは危険だ」、それこそ「アメーバのように変幻自在に姿を変えながら、時代時代に適合して成長しよう」という議論が出てきてもおかしくはないでしょう。

いや、出てきたのではないかと思います。

なぜなら、ミッションの最後に「世界に通用するインターネットサービスを開発し、グローバル企業になる。」という一文が出現するからです。

サイバーエージェントは、インターネットを使った何らかの〝サービス〟で、世界的企業になることを目指しているのです。

このサイバーエージェントのビジョン、ミッションに欠けているのは「公共の視点」です。「企業は公器」の視点がほとんど感じられない。

もちろん、売り上げや利益が伸び続けている、たくさんの顧客を喜ばせてもいる。それだけで十分ではないか、という意見もあるでしょう。

しかし、企業とは社会内の問題解決により利益を得ている存在です。「公共の視点」がない企業は長い視点で見れば、必ず凋落していく運命にあります。

近江商人の「三方よし」(売り手によし、買い手によし、世間によし)は真理なのです。

サイバーエージェントのビジョン、ミッションのことばは、読めば分かるように、すべて内側に向けて語られています。

悪く言えば、社内向けのアジテーションなのです。だから、ことばの使い方が身内の、仲間内のことばになっています。

ただ、その点で、内容が分かりやすく、旧来の大企業の、試験の答案めいた毒にも薬にもならないような抽象文言よりは、はるかに好感が持てます。

ただ厳しく言えば、仲間内のことばは、あまり外に出ていく力を持っていません。そうした目で見ると、このビジョンやミッションは志が低い、と言わざるを得ません。

では、どのようにビジョン、ミッションを進化させればいいのか。

GAFAには、すべてに公共的な視点があります。

Googleは検索を通じて、すべての情報や知識に、世界中の人々がアクセスできるようになる未来を描いています。

Appleはデバイスやサービスによる世界中の人々の生活の革新です。

Facebookは世界をつなぐコミュニティの創造であり、Amazonは地球上でいちばん顧客を大切にする企業という方向性を掲げ、ジ・エブリシング・ストアをつくろうとしています。

サイバーエージェントの事業には、社会変化に対してリアクションでつくりあげていく事業と、自ら未来をつくっていくようなチャレンジングな事業とが、混在しているのではないかと思います。

そのバランスを見極めながら、自分たちが提供できる「最高の価値」を公共的な視点で読み替えていく作業が必要です。サイバーエージェントは、社風的に、行動する中で思想を育む会社だと感じます。

実際、多くのビジョナリーカンパニーも創業当初から、完成されたビジョン、ミッションを掲げていたわけではないからです。

サイバーエージェントも、5年あるいは7、8年以内に、いまのビジョン、ミッションがより具体的になり、さらに公共の視点を持ったものに変貌する可能性があります。

もし、そうしたものがつくられないなら個人的にはサイバーエージェントの未来に一抹の不安を抱かないわけにはいきません。

事業を展開し、いろいろなフィードバックを得ながら、社会の中での確固としたポジションを得ていくのが、企業としての成長だからです。

そうしたフィードバックがなく、自己充足の中に留まるなら、それは成長ではなく、膨張というべきものになります。

膨張は、いつか破れ、空気を出すようにしぼみ、清新なビジョンを掲げた会社に取って代わられます。

ビジョン、ミッションは事業を行う中で、歴史の必然のように生まれることが多々あります。サイバーエージェントは、いまの日本には数少ない、元気あふれる企業です。

ぜひ、その事業発展の中で、日本発の世界的企業として、素晴らしいビジョンやミッションを生み出してほしいと思います

静かに社会変革を掲げる会社

さて。いまの日本でもスタートアップ企業は、創業の志を抱いてスタートしただけあって、明確なビジョンを置いているところが数多くあります。その中のいくつかを見てみましょう。

LITALICOは、東証一部上場企業として運営されている、2005年創業の若い会社です。社名は、「りたりこ」と読みます。

日本語の「利他」「利己」を合わせた造語で、ホームページでの説明によると「世界を変え(利他)」「社員を幸せに(利己)」という思いから生まれています。以前から注目してきたのですが、彼らのビジョンは明解です。

コーポレート・アイデンティティとともに引用しましょう(LITALICOのホームページを参考に作成)。

LITALICOは、ビジョンに書かれている通り、「障害は人ではなく、社会の側にある」と考え、社会の側にある障害を取りのぞくサービスを数多く展開しています。

障害のある方の就労を支援するサービス「LITALICOワークス」は、全国66拠点(2018年3月時点)で年間就職者数は1100名以上という成果を上げています。また、障害のある方の就職情報サイト「LITALICO仕事ナビ」も開設しています。

自閉症、ダウン症、LD(学習障害)、ADHD(注意欠陥多動性障害)、広汎性発達障害などの診断を受けている子ども向けのソーシャルスキル&学習教室「LITALICOジュニア」も展開しています。

放課後等デイサービスなど、首都圏や関西などに98拠点(2018年3月時点)あるこのサービスでは、先生が一人ひとりの特性や課題に合わせて、個別の指導計画を作成して指導を行うほか、両親向けの発達障害を持つお子さんとのかかわり方を学べるプログラムなども用意されています。

さらに、発達障害の子どもを持つ両親のためのポータルサイト「LITALICO発達ナビ」など、これ以外にも、さまざまなサービスを提供しています。

まさに、ビジョンに掲げた「障害のない社会をつくる」という一点で、すべての事業活動がフォーカスされているのが分かります。

これで2000名近い従業員を抱え、事業としても100億円の年商規模にまで成長しているのですから、これからの新しい福祉ビジネスの在り方を開拓していると言ってもいいでしょう。

特徴的なのは「障害は障害ではなく、一つの在り方であり、可能性です」とでも言うように、これらのサービスが明るくカラフルなイメージで発信されていることです。

これは民間で障害に取り組む企業の良さと、若い経営者が率いる企業であることが、素直に表れています。

私が、この本を書こうとしたとき、日本企業の中で真っ先に浮かんだのが、実は、このLITALICOでした。

それは友人の会社のビジョンづくりを手伝っていたときに、経営者の彼からこういうビジョンを持つ企業があるよ、と聞いたことが発端でした。

このビジョンは、どういう世界をつくりたいのか、という問いかけから、社員みんなで話し合う中でできたものだそうです。

そして、どうしたら障害をなくせるのかと考えたときに「障害は人ではなくて社会の側にある」という視点が生まれたのだといいます。

こうして、一つひとつ障害を取りのぞいていけば、障害のない社会ができるし、それは誰にとっても、障害がない人にとっても、生きやすい社会になります。

代表取締役社長を務める長谷川敦弥氏は、こう言います。障害や人とはちがう個性に苦しんでいる人はたくさんいると思います。ちがうことが素晴らしいとすぐに思うことは難しいかもしれません。でも人とちがっていて、それでいい。とみんなが思える社会をつくっていきたい――。(LITALICO中途採用サイト「社員インタビュー代表取締役社長長谷川敦弥」より)

私の親族の一人もごく軽い発達障害を抱えています。縁もゆかりもない会社ですが、私は、こうしたビジョンを掲げる会社を、素直に応援したいと思います。

そのビジョンと、取り組みに心から共感できるからです。彼らがつくろうとする社会は、私にとっても快適で喜びに満ちた社会であることは確実です。

いま、こうした社会的課題を取り組みの最重要課題に掲げ、テクノロジーやシステムで課題解決をはかり、なおかつビジネスとしても利益が出るような構造をつくる企業が増えてきました。

時代も分野もまったく違いますが、現パナソニックをつくった松下幸之助氏も、電気製品を通じて理想的な社会をつくることを目指していました。

1932年の松下電器製作所の第一回創業記念式で「水道の水は価(あたい)あるものであるが、通行人がこれを飲んでもとがめられない。

それは量が多く、価格があまりにも安いからである。産業人の使命も、水道の水のごとく、物資を無尽蔵たらしめ、無代に等しい価格で提供することにある。それによって、人生に幸福をもたらし、この世に楽土を建設することができるのである。松下電器の真使命もまたその点にある」(パナソニックのホームページ「企業情報歴史50.第1回創業記念式を挙行1932年〈昭和7年〉」より)という訓示を披露します。

のちに「水道哲学」として有名になる考え方ですが、やはりここにも「公」を、まず考える気骨を見ることができます。ビジョンは、やはり「公」と「私」の間に見る夢こそが力を持つのだと、改めて感じます。

民間版の世界銀行は可能か

LITALICOのような理想を掲げて、世界的に展開する創業間もない金融機関が日本にあります。

五常・アンド・カンパニーは、貧困層向けマイクロファイナンス(小口金融)を展開する2014年創業の会社です。いわば、日本発のグラミン銀行です。

2018年時点でカンボジア、スリランカ、ミャンマー、インドの4カ国で、現地のマイクロファイナンス機関に投資しながら、カンボジア、スリランカ、ミャンマーで約7万人、インドでは間接的に約700万人が、この会社のサービスを利用しています。

この会社を30代前半で友人と立ち上げたのは、東京都の出身である慎泰俊氏。東京の下町での一家6人の決して豊かではない暮らしと、在日の宿命的なものを感じながら育ちます。そして、大学院への120万円の入学金の工面に両親とともに苦労したこと。

さらに「機会の平等を通じた貧困撲滅」を目指して設立したパートタイマーだけのNPO法人LivinginPeace(リビングインピース:LIP)の運営を通じた経験、MorganStanley(モルガン・スタンレー)、UnisonCapital(ユニゾン・キャピタル)とトップクラスの金融機関勤めで磨いた金融の知識をもとに、彼の人生の必然のように、五常・アンド・カンパニーを立ち上げるのです。

彼らのビジョン、ミッションは明確です。

同社のホームページ(英文)にある資料「GojoIntroductionSeptember2017」から、そのまま引用します。

VisionandMissionWeaspiretocreateaworldinwhicheveryonehasanopportunitytoovercomeone’sowndestinyandattainabetterlife.Thefirstmissionistobethe”PrivateSectorWorldBank”providingfinancialaccessforeveryoneindevelopingcountries.Weaimtoreachouttomorethan100millionpeopleinallcontinentsbytheendof2030.LongtermvisionofthecompanyIntheend,wewillbethe”PrivateSectorWorldBank”.Intheend,GojoasaglobalMFgroupwillprovidetheaffordablefinancialservicesforeveryoneintheworld.Atthattime,wewillfairlydefineourselvesthe”PrivateSectorWorldBank”.日本語にすると次のようになります。

[ビジョンとミッション]我々は誰もが自らの宿命を乗り越え、よりよい人生を勝ち取る機会を有する世界をつくることを目指しています。

最初のミッションは、2030年までに民間版の世界銀行をつくり、ほぼ全ての途上国で1億人以上に金融アクセスを提供することです。

(同社ホームページ「Manifesto」より)[当社の長期ビジョン]最終的に、私たちは「民間版の世界銀行」になります。

最終的に、五常はグローバル・マイクロファイナンス・グループとして、世界のすべての人に安価な金融サービスを提供することを目指しています。それが実現した時はじめて自らを「民間版の世界銀行」と称するに値するでしょう。

彼らのビジョンは「誰もが自分の宿命を克服し、よりよい人生を達成する機会を得られる世界を創造すること」であり、それをミッションとして機能に落とせば「PrivateSectorWorldBank」、民間版の世界銀行であり、ホームページのトップにあることば「FinancialAccessforAll」(すべての人のための金融アクセス)になります。

まとめると、次のようになるかと思います。

五常・アンド・カンパニーが素晴らしいのは、こうした小口金融を各国で直接行うのではなく、その地域に根差し、環境や習慣などをよく知っている金融機関に投資しながら子会社化するなどして連携し、事業を進めていることです。

ともすると理想論だけに終始しがちな事業を、明確な戦略できちんとビジネスとして成り立たせているのです。

そのためでしょう、第一生命保険の「社会的課題に取り組む企業」に選定されたほか、日本最大のベンチャーキャピタルであるジャフコから10億円の資金調達を成功させています。

また、アドバイザリーボードには、ソニーの元最高経営責任者である出井伸之氏や元三菱UFJフィナンシャル・グループ副社長である田中正明氏が名を連ね、株主には台湾の世界的パソコンメーカーAcer(エイサー)の創業者・施振栄(スタン・シー)氏など大物が連なると聞きます。

五常・アンド・カンパニーのこうした実行力は慎氏のキャラクターによるところもあるとは思いますが、会社員時代にボランティアでスタートした前述のNPO法人LIPでの経験も大きいようです。

LivinginPeaceでは、2009年に日本初のマイクロファイナンス投資ファンドを立ち上げ、合わせてカンボジアやベトナムの合計8つのファンドを実行し、その後、国内で3つの児童福祉施設を新設しています。

これをメンバー全員が、専従者を設けないで働きながら実行しているのです。自身の貧しさゆえの体験から強い意志とスキルを持って、民間版世界銀行を立ち上げている五常・アンド・カンパニー。夢は遠大でありつつも、非常に明確で、戦略も具体的です。

企業としてはまったく異なる、それこそ分野も、規模も、文化も、目標も、何もかも天と地ほども違いながらも、ビジョンに向かって真っすぐに、一直線に進む様は、ジェフ・べゾスのAmazonを思い出してしまいます。

理想世界を、したたかで柔軟な戦略で現実化する。

そのとき描いたビジョンが、本物の夢、つまり「個の夢であり、公共の夢でもある」とき、世間が後押しする力が最大化することを、五常・アンド・カンパニーは見せてくれます。

慎氏が自身の経験から語っているのもビジョンの重要性です。途中から改革において必要なのは、仮想敵ではなくビジョンであることに気がついたことです。

今も多くの政治家やリーダーたちが組織の内外に仮想敵を作り、それをやっつけるという勧善懲悪の構図を描きたがりますが、これは長期的には悪手であると私は思います。

というのも、確かに大衆をアジテートして、勧善懲悪のムーブメントを生み出していくことはできるのですが、そうやってたたき潰された人々は決してその恨みを忘れないからです。

人生は長い繰り返しゲームですので、いつかどこかで必ずしっぺ返しがやってくると思います。

自分が作りたい社会のあり方を説き、そのビジョンに共感する人を増やすことは、最初は迂遠に見えても最も効率的な改革の方法なのだと思います。

(『NEWSPICKS』「イノベーターズ・ライフ♯07絶対的に不利な状況で組織改革が成功した三つの要因」より)世界は、素晴らしいビジョンを絶対に見捨てることはありません。

素晴らしいビジョンは、自然な引力で人々のパワーを集めます。五常・アンド・カンパニーは、その良き事例でしょう。

スタートアップはビジョンがなければ始まらない

もう設立されて10年以上たっていますが、山形に新世代のバイオ素材を開発しているSpiber(スパイバー)という会社があります。

この会社は社名にヒントがあるのですが、クモの糸を、バイオ技術を使って世界で初めて人工合成し、提供しようとしています。

クモの糸は獲物を逃さないように、また暴風雨にも巣が壊れないようにたいへん強靭にできています。

天然のものだと、なんと高張力鋼の340倍、炭素繊維の19倍の強度を持っているそうです。さらに軽く伸縮性もあり、熱にも強い。かつタンパク質であるため再資源化も可能で持続可能性にもすぐれています。

この夢の繊維はNASAなどの研究機関や世界的な大企業が研究を重ねてきましたが実用化は困難と見られてきました。

その技術を創業者である関山和秀氏が博士課程に在学しているときに開発したのが、スパイバーの始まりです。

子どものころから、世界規模の課題への挑戦を胸に秘めていただけあって、スパイバーのビジョンは壮大でありながら真摯で、まったくブレがありません。

ホームページに、ReasonforBeing(存在意義)、Approach(取り組み方)と題されて二つのことばが並んでいます。

ReasonforBeing人類のためにApproachタンパク質を素材として使いこなす「人類のために」というフレーズの下にある文章には「タンパク質素材の実用化を目指すのは、この課題に取り組むことこそ、今私たちが最も世の中の役に立てる道だと確信しているからです。(中略)

長期的且つ本質的な視点から、率先して困難を引き受ける覚悟と使命感を持ち、誰かが取り組まなければならぬこと、本当に取り組むべきことに挑戦し続けることこそが、私たちの存在意義です。(スパイバーホームページ「AboutusReasonforBeing人類のために」より)」とあります。

最先端の技術開発と同時に、生産技術、販売なども含め、採算ベースに乗せていくことをベンチャーが行うには多大な困難が伴うに違いなく、同社も資金繰りなどで何度も危機的な状況を迎えながらも、それを乗り越えています。

これはスパイバーを率いる関山氏の強い願いやビジョンがあるが故のことだと思います。関山氏のさまざまなインタビューを読むと、その思いが一層強くなります。

これだけ強度のあるビジョンを描いているがゆえに、社員募集の際には国内だけでなく、海外からも多くの応募が寄せられるといいます。

現在、同社のスタッフの1割ほどは海外出身者です(山形新聞YamagataNewsOnline2016年1月4日「挑む山形創生第1部『働くということ』〈3〉サイエンスパークの挑戦〈中〉」より)。

AI研究でGoogleに挑戦するユニコーン企業

世界にない高度な技術を掲げて成長する日本のベンチャー企業は、話題のAIの世界にも存在します。2018年、日本経済新聞が行ったNEXTユニコーン調査で、圧倒的な首位となったのがプリファード・ネットワークスです。

ユニコーンとは、非上場のベンチャー企業で企業価値が10億ドルを超えると予測される企業のことをいいます。プリファード・ネットワークスは企業価値2326億円で、2位のメルカリを800億円以上引き離しています。

同社は、東京大学大学院でコンピューターを学んだ西川徹氏が社長を、12歳でデータ圧縮の研究論文を読みこなしていた天才的な技術者・岡野原大輔氏が副社長を務める、わずか100人ほどの技術者集団です。

パートナー契約を結んでいるのはトヨタ、ロボット大手のファナック、NTTという日本を代表する大手企業。

同社の若手技術者、得居誠也氏がわずか10日間で開発したAI開発用のフレームワーク(OSのようなもの)は、Microsoft、IBM、Intel(インテル)、NVIDIA(エヌビディア)までもが提携を申し込んできた出来栄えで、フレームワークとしては事実上の世界標準になっています。

2017年には、自動運転やディープラーニングなどの研究に使用する自社用のプライベート・スーパーコンピューターを稼働させています。

これは産業領域でのスーパーコンピューター・ランキングで、世界12位、国内1位という性能を誇ります。

同社は、最先端の技術を武器に「次の世界を獲りにいく」という野心的な目標を掲げています。

彼らのビジョンは、1800字ほどの長い文章になっていますが、その中にあるキーワードは一つです(プリファード・ネットワークスのホームページ「COMPANYVISION」より)。

エッジヘビーコンピューティング次のIoT時代には、映像なども含め扱うデータの種類も増え、さらに量が莫大なものになります。

現在のように、データを一カ所に集約するコンピューティングでは、処理しきれなくなります。

「エッジヘビーコンピューティング」は、この時代への対応を想定して開発されている仕組みで、データをクラウド上の一カ所に集めて処理するのではなく、エッジつまりネットワークの末端側でも、もっと能力を持たせて、そこでも分散して処理をする方式です。

そのための「分散協調的なインテリジェンスを生み出す、そして、それを実現するためのプラットフォームを提供していくことが、私たちの長期的なビジョンです。」(ホームページより)と述べています。

彼らのビジョンは、このエッジヘビーコンピューティングによる「あらゆるモノに知能をもたせ、分散知能を実現した世界」です(「ビッグデータ処理技術の進化と、エッジヘビーコンピューティング」西川徹より)。

強い思いを込めたビジョンをエンジンに成長する

ここで取り上げたベンチャーも含め、多くの日本の若い起業家たちに希望を抱けるのは、大手企業からとっくに失われたような、「自らがどうにかしなければ」という「熱」と、自社とその顧客にとどまらず世界全体のことを考えて事業を行っている高い「志」、そして「リスクをいとわない」チャレンジ精神が感じ取れるからです。

当然、企業ですからきれいごとだけでやっていけるものではありません。資金調達での困難や社内での人事の問題、人材不足、組織づくりの失敗など、落とし穴やトラップは、彼らが行く先の方々に仕掛けられています。

売り上げを伸ばし、利益を出し、会社を成長軌道に乗せなければなりません。しかしそれでも、筆者が接している20代、30代のスタートアップ経営者には、こうした意識の経営者が増えていることを、近年、実感することが増えています。

またビジョンや理念、可能性に意気を感じて、そこに合流したいと熱望する若者が大勢いることに大きな希望を見出すことが多くなっています。

残念ながら、旧来の多くの企業からは、そうした高度成長期の企業が持っていたであろう「熱」や「志」のようなものはとっくに消え去っているように感じます。

戦後復興の役割を担った第一世代が引退し、その背中を見て育った第二世代も引退かというときに、多くの企業に巣くっているのは「管理」「コンプライアンス」「効率化」といった組織維持を目的とした話題ばかりです。そうした企業で重視されているのは数字です。数字は非常に大切ですが、あくまで企業活動の結果指標です。

数字の達成のみが企業の大命題であり、そこにしか目が向かなくなったとき、その企業はいくら数字が伸長しても成長しているのではなく膨張しているだけであり、本来の企業活動(社会の問題解決による貢献によって成長する)から逸れていっていることを自覚しなければなりません。

すべての企業活動は世の中の問題解決のために存在するのであり、自身の目標達成の場として世の中が存在するわけではないからです。

こうした企業の見分け方は、実に簡単です。各企業のビジョンや理念が、具体的に、わかりやすく書かれているかどうか。それにあなたが共感できるかどうか、です。

あくまで個々人の感覚的な指標ですが、優等生的な全部入りのビジョンや理念であるなら大企業病の可能性大と思っていいでしょう。

シンプルな判定方法ですが他の情報と併せると、企業の現在地を知ることができます。

企業全体の再生も含め、根本にあるビジョンをどのように設定していくべきなのか、またどのように生み出していけばよいのかは第二部で明らかにしていきます。

人口減社会に反旗をひるがえす福岡市

企業だけではなく、自治体の中にもビジョンを掲げて邁進する都市があります。福岡市です。現在、福岡市の人口は154万人前後。

日本全体が人口減少社会へ向かう中で、福岡市だけは2035年頃まで人口増加が見込まれています。人口増加率は政令指定都市中でナンバー1なのです。日本の大都市には珍しく空港から街の中心部まで11分。

世界の都市の中でもアクセス時間の短さは、アメリカのボストン、スイスのジュネーブやチューリッヒに次いで第4位です。これほどの利便性を持つ都市は世界にもそうそうないのではないでしょうか。

私も仕事で福岡を訪れることがよくありますが、本当にアクセスのよさには毎度唸らされます。

また、海・山・川などの自然にも30分もあれば辿り着けるほか、都市としての機能もかなり整っていて、訪れるたびにコンパクトなスマートシティとしての大きな可能性を感じます。

交通の利便性、都市としての十分な機能、消費地としての規模、自然を間近にしたロケーション、観光的なリソースの多彩さ、食の豊かさ、歴史や文化的な背景、地域的コミュニティが残る特性……。さらに、経済圏としての影響は九州全域から近郊のアジア諸都市にまで及んでいます。

こうした条件の中で新しい施策を打ち出しているのが、高島宗一郎市長です。30代のときにアナウンサーから市長に転身した方ですが、明確な意図を持って行政運営をしています。高島氏が語る福岡の戦略は明確です。

これまで自治体が取ってきた施策は、広くまんべんなく「角を取って丸くする」ことでした。でも今、地方にとって大切なのはむしろその逆で、「とがりを出す」、そして「タグ付けする」ことだと考えています。

東京には集積のメリットがある一方で、福岡はビジネスコストが安く、クオリティオブライフが非常に高いという強みがあります。コストが安いということは「トライ&エラーを繰り返せる街」という言い方もできる。

要は、行政が持つ「規制する権限」ではなく、「規制を緩和する権限」を使って民間活力を引き出すのです。

(『東洋経済オンライン』2016年3月9日「人が日本一集まる街・福岡の『タグ付け』戦法――原点は反骨心、高島市長の〝異色〟地方自治」より)この福岡市がビジョンとして掲げているのは「グローバル創業都市・福岡」です。

そして、「キラリと光るアジアのリーダー都市」をキャッチフレーズ的に使っています。

地図を見ていただければ分かりますが、福岡と上海の間は飛行機で1時間45分~55分程度。

福岡と羽田の間が1時間40分程度なので、ほぼ変わらない時間で、中国の中心都市へ行くことができます。

ソウルであれば羽田より近い1時間25分で1日17便以上が飛んでいます。釜山なら飛行機で55分、高速船でも3時間強で到着します。

つまり、日本において上海や香港、シンガポールなどに次ぐアジアのハブ都市になれる可能性があるのです。

「グローバル創業都市・福岡」は、ビジョンとしては、企業が掲げるビジョンほどにはインパクトはありませんが、まさに公共の夢です。その地域に住むすべての老若男女の暮らし、人生に関わるものです。

日本の課題、つまり人口減少が続くこの100年を、どう生きるか、どうコミュニティの機能とその文化を維持するかという課題に直結します。

地方の行政組織は、いまのところ国が向かう方向性の中でビジョンを打ち出すことも求められます。したがって、包括的な意味合いが濃くなります。

その中で、福岡市のビジョンが評価に値するのは、福岡市という都市をアジアや世界の中で、どのように位置づけ、どのような未来像を描けばよいのか、という戦略の描き方に地に足の着いた堅実さと、それとは逆のベクトルのいままでにない可能性を探ろうという大きな意欲を感じるからです。

人口減が避けられない日本で、いかに活力を保った都市を持続させていくか。

その一点から「人と環境と都市活力の調和がとれたアジアのリーダー都市」をめざしていくことを明確に意図しています。

そうした都市であるために福岡市は、

  1. ①「ひとの社会増」のために「しごとを増やし、活力につながる人の流れをつくる」、
  2. ②「ひとの自然増」のために「働き方を見直し、安心して生み育てられる環境をつくる」、
  3. ③「まちの持続可能性」のために「超高齢化社会に対応した持続可能で質の高い都市をつくる」

という視点から、都市計画を立案しています(「福岡市まち・ひと・しごと創生総合戦略」平成27年10月より)。

クリエイティブ・クラスの都市へ

福岡市が行っているのは、ビジョンに「創業都市」と掲げられているように、さまざまなスタートアップがチャレンジできる環境の整備です。

通常の起業だけなく、福岡市の特性に応じたデジタルコンテンツ、映像、ファッション、音楽、デザインなどクリエイティブ産業(知識創造型産業)を後押しする環境づくりを進めています。

21世紀はクリエイティブ・クラスの人々をつかんだ都市が繁栄すると言われています。

クリエイティブ・クラスは、アメリカ・トロント大学のリチャード・フロリダが唱えたもので、職業で言えば、科学者や教育者、コンピューター・プログラミングなどのIT系の技術者や研究者、芸術・デザイン系やメディアに関わる人々、あるいは健康や金融の新しい分野を開拓する人々など、その仕事が「創造的な過程」によって担われている人々のことを指します。

いわば「いままでにない視点や技術で世の中に革新をもたらす人々」です。

これらの人々を、あるいはその予備群をも含めて、惹きつける魅力を持った都市が興隆していくと言われています。

いまならシリンコンバレーがあるカリフォルニア州のサンノゼや、近くのサンフランシスコが典型的でしょう。

アジアで言えば、シンガポール、深圳や上海もそうかもしれません。福岡市も、クリエイティブ・クラスを誘う十分な資格があります。

良く知られていることですが、福岡市には全国規模で活躍するゲーム会社が数多くあります。

代表的なところでは「妖怪ウォッチ」や「レイトン教授」などの大ヒット作を持つレベルファイブ、「ナルト‐疾風伝」や「ジョジョの奇妙な冒険」のサイバーコネクトツー、「ワンピース」関連を手掛けるガンバリオンなどです。

こうした動きを産学官の連携でサポートしていく体制も整えられています。

福岡ゲーム産業振興機構は、2006年に九州・福岡のゲーム制作関連会社の任意団体GFF(GAMEFACTORY’SFRIENDSHIP)と九州大学、福岡市が設立したもので、ゲームコンテスト、インターンシップ、イベントなどを積極的に行っています。

福岡県内には、情報やデザイン関係の学科を持つ大学、短期大学、専門学校が30校以上あり、また、人口1000人当たりの学生数が政令指定都市で第二位、若者率第一位と、クリエイティブを担う人材にも事欠きません。

私は長く広告業界で働きましたが、福岡の広告クリエイティブのレベルの高さは以前から業界内では有名で、全国区で活躍する人材も数多く巣立っています。

こうしたことを受け、福岡市は2000年くらいからクリエイティブ産業に限らず、起業支援を行ってきています。

そして、2012年には「スタートアップ都市ふくおか宣言」、2014年には国家戦略特区の指定を獲得し、その試みを加速させています。

面白い取り組みの成功例としては閉校した福岡市中心部の小学校を、シェアオフィスやコワーキングスペース、交流の場であるスタートアップカフェなどを設けた「FukuokaGrowthNext」として運営し、ほぼ1年で、170社以上が入居し、資金調達も19社で37億円と実績を上げていることです。

この他、人材のマッチング、既存企業と新規企業のマッチング、外国人のスタートアップ支援、グローバルスタートアップの支援、世界のスタートアップ先進都市との連携強化など活動は多岐にわたります。

また、先端技術であるIoT、AI、ロボットなどを使った自動運転、ドローン宅配、オンライン診療などの実証実験、IoT向け通信網のLPWA(LowPowerWideArea)ネットワークの環境整備など、次の時代を見据えて、積極的に取り組んでいます。

こうした施策の間接的な影響もあるのか、市の税収が過去最高額を連続で更新し、人口増もつづいています。

福岡市は、イギリスの情報誌でも世界でもっとも住みやすい都市ランキングの7位(2016年)に輝いています。

東京・大阪などと比べても住環境や通勤環境が良く、またオフィス賃料なども安い。さらに自由度が高く、チャレンジ気質に富む九州の風土があります。

自らの持てるもの、歴史、特徴を冷静に見て、そこにあるリソースを〝とがり〟を出したビジョンと、その実現を目指した現実的なアイデアで勝負する福岡市。

これらの試みが成功するなら、地方創生の現実的なロールモデルになる可能性があります。ぜひ、チャレンジを続けてほしいと思います。

地方創生のビジョンを生むために

福岡市だけでなく、全国のさまざまな自治体が、活性化に取り組んでいます。たとえば、島根県海士町。

本土側の港からフェリーで3時間という人口2300人あまりの離島の町です。この町が平成の大合併のときに抱えていた借金の額はなんと100億円。

その中で手探りで、逆転の策が練られます。ここで、カギを握る人物になった山内道雄前町長は、第三セクター「ふるさと海士」を立ち上げます。

そして5億円を投資し、魚介の細胞組織を壊さずに冷凍し、鮮度を維持して出荷できる最新のCASシステムと呼ばれる施設を導入しました。

その結果、「いわがき・春香」「しろイカ」などの名産品ブランドを都市部に届けることが可能になったのです。

こうした産業振興策もあり、徐々に島外からの移住者が増えていきます。農業漁業関係者の多くが島で働くようになります。

さらに、これまでに500名以上が島へと移り住んでいます。その移住してきた人々が町の活性化に一役買います。

2009年にソニーを退職してこの島にやってきた岩本悠氏は、「島前高校魅力化プロジェクト」を掲げ、生徒数28名にまでに減っていた島の県立隠岐島前高校を大改革しました。

「特別進学コース」「地域創造コース」などを設け、「島留学」を島外に呼び掛ける。今では、生徒数180名、うち73名が島外からやってくる〝留学生〟となっています。実は、海士町には、この本で言うビジョンらしきものはありません。

2015年に策定された「海士町創生総合戦略人口ビジョン海士チャレンジプラン」の中に、《目指す島の姿》として「魅力ある伝統文化や自然豊かな暮らしの中で、誰もが生き生きと活躍できる島地域ぐるみで見守り、子どもから高齢者まで笑顔あふれる島」など合計三つの島のあるべき姿が書かれているだけです。

しかし、山内前町長が掲げた「役場は住民総合サービス会社」というとらえ方と実践、財政再建団体になるかもしれないという危機感、ポスターにもなっている「ないものはない」という島の精神は、驚くほどの変化を島にもたらしました。

海士町は、まだまだ変わり続けるのではないかと思います。あるいは、大分県日南市。シャッター商店街を蘇らせたのは、まだ30代の崎田恭平市長です。

宮崎県庁出身の崎田氏は、当選後「日本一、組みやすい自治体」「日本の前例は日南が創る」というフレーズを掲げます。

そして、市の中心である油津商店街に20店舗を誘致するという目標を設定しています。

そして、「マーケティング専門官」や「テナントミックスサポートマネージャー」「まちなみ再生マネージャー」という職種を全国公募するのです。

そこで選ばれた若手たちが、武家屋敷を再生して一棟貸しの宿にしたり、スーパー跡地に交流施設や地元食材の飲食店を立ち上げたり、あるいは空き地にコンテナを活用した交流モールを整備するなど、多くの仕掛けと仕組みづくりを行っています。

その結果、新規出店数は2017年で29店舗、商店街の歩行者は2・6倍になるなど、成果が表れてきているのです。崎田市長が掲げるのも市長は「チーム日南の総合プロデューサー」だ、という意識。

海士町と同じように、あるいは福岡市と同じように、新しい発想とビジョンで「変わる」「攻める」意識にあふれています。

地方あるいは行政によい変化をもたらすのは(もちろん失敗もあると思いますが)、こうしたスタートアップ意識をもった外部者のようなスタンスの人間かもしれません。

この二つの成功事例には、まだ福岡市のような形を持ったビジョンは見えませんが、こうした活動の先に、20年後、30年後を見据えたビジョンが生まれると感じます。

地方創生におけるビジョン創出に、それほど時間の猶予はありません。10年後、20年後には限界集落となり、消えてしまうコミュニティもかなりの数に上りそうだからです。

私の故郷である長崎県五島の上五島町も、年500人ペースで人口減少が続く中で、町産業サポートセンターのセンター長を年収1200万円で公募するなど未来につながる活性化を求めています。

海士町の例でも分かるように、地方はいかに特徴的な産業、経済が循環する産業を興し、それを若い人を惹きつける仕組みやカルチャー、町の魅力へと転換できるかがポイントです。

しかし、いずれにしても、単純なカンフル剤は効果が長く続きません。やはり、射程の長いビジョンを手にして、地域全体のエコシステムを見定めながら進まなければならないと考えます。

1970年代、若者3人が、当時の西ドイツで接した「緑と空間と静けさ」を追求する「保養温泉地(クワオルト)」に心打たれたのが、大分県湯布院の興隆のきっかけでした。

大きな構想とビジョンがあったからこそ、ゴルフ場開設に反対し、町並みを保ち、外から入るものと内にあるもののバランスに気を配り、日本を代表する保養型の温泉地のモデルケースとなったのです。

最終的なビジョンと、それに徹する精神があれば、地域に根差した新しい流れをつくることができます。地方創生はまさに「公共の夢」です。その夢が各地で現実の姿となることを祈っています。

なぜ、ビジョンに公共の視点が大切なのか

世界で最も豊かな8人は、所得の低い世界36億人と同じ富を持っていると言われています。

国際NGOのOxfam(オックスファム)によれば「2017年に新たに生じた富のうち82%を世界の1%の富裕層が独占し、世界の人口の50%は財産が増えなかった」との報告を上げています。

格差は極端に大きくなっているのです。

特にインターネットが普及してからは、シェアを急拡大させてデファクト・スタンダードとなった企業が勝者総取りとなる傾向が加速しています。

Windowsで世界のパソコンのOSを押さえてしまったMicrosoftが、その典型ですが、創業者のビル・ゲイツは総資産921億ドル。

つまり、おおよそ10兆円以上の資産を持っています。これはギリシャの国家予算に近い額です。

図5は2010年までのデータですが、アメリカでのトップ1%層の全収入において占める割合を示したものです。

これを見ると、第二次世界大戦前の世界恐慌の1929年を境に、ほぼ10%まで下落してきた割合が、80年を境に急上昇に転じているのが分かります。

そして、この勢いは90年代半ば以降、乱高下しながらも高まっています。

2018年7月時点での世界一の資産家はAmazonのジェフ・べゾスで、総資産は1551億ドルになります。

世界には10億ドルの資産を持つ人が2000人以上いて、こうしたビリオネアは、オックスファムによれば2日に一人のぺースで誕生しており、その富裕層の資産は一般的な労働者の資産の6倍のペースで増加しているそうです(”CenteronBudgetandPolicyPriorities”より)。

一方、1日1ドル以下で暮らす人間が、地球上には10億人以上存在しています。

この不均衡状態は、2011年に「ウォール街を占拠せよ(OccupyWallStreet)」という運動を呼び起こしたように、世界の不安定さの根本的な要因になっています。

「公益資本主義」ということばをご存じでしょうか。

これは事業家でベンチャーキャピタリストの原丈人氏が10年以上前から提唱している、新しい資本主義の概念です。

いままでの株主や資本家の利益を中心にする資本主義ではなく、利益は関係するすべての関係者(従業員、顧客、取引先、社会)から、地球全体への還元まで考えた資本主義でなくてはならないとするもので、その名の通り、公を益することを第一に考える資本主義です。

いわば、近江商人の「三方よし」の現代版の仕組みです。

「公益資本主義」は、こうした極端な不均衡は人間に幸せをもたらさないという観点から、資本主義の制度改革にアプローチしています。

先に取り上げた五常・アンド・カンパニーは、低所得者層に対する金融アクセスを提供するというアプローチで、やはり同じことを目指しています。

企業は公器です。法人は、法律上は個人と同じように人格をもったものとして扱われ、権利・義務が生じます。

この本でも、たびたび記しているように、企業は世の中の問題解決によって収益を得ている存在です。

もはや、20世紀的な利益独占を目指す企業が生き残れる時代ではありません。

高い倫理性と利益を還元する仕組みを持った企業、つまり「私たちは公器である」という公共的な意識をもった企業が、21世紀半ばから主流になるのではないかと思っています。

個人的には、情報流出の問題を起こしたFacebookの成長が減速しているように、独占的なGAFAに対する圧力も強まっていくと考えます。

素晴らしいビジョンで成長し、小売りの世界を変えているAmazonも、他企業あるいは他業界の淘汰と利益拡大が行き過ぎるなら、「地球上で最もお客様を大切にする企業であること」は画餅になる可能性があります。

世界的な企業は、貧しい、まだAmazonの顧客にもなれてない層も、彼らが言う「地球上のお客様」と考える必要があります。

彼らの幸福をサポートすることは、これらの企業にとっての明らかな責務です。これらの企業の利益は未来の人類から負託されている、人類幸福のための資金なのです。

公共の夢をビジョンに取り込んだ企業は、取り込んだがゆえに、世の中から応援のパワーをもらってビジネスを大きくし、利益を獲得する権利を得ます。

つまり、世の中からビジネスを拡大してよいという権利を、そうしたビジョンを掲げることができたがゆえに、得られるのです。

つまり、その裏には社会に対する大きな責任が生じています。その責任を引き受ける気概がないなら、その企業にビジョンを掲げる資格はありません。

明治期あるいは第二次世界大戦後、多くの勃興した日本企業に、そうした気概が横溢していたように、これから生まれる、あるいは育ちつつある、あるいは盛り返そうと考えている企業にも、そうした気概の上に、ビジョンを描いてほしいと思います。

人の数だけ企業の数だけビジョンはある

インターネット登場以来、社会の構造やさまざまなものが変わってきました。

しかし、ここからの数十年は、この20年が牧歌的だった、単なる始まりだったのだと感じるほど急激に変わっていきます。

私たちの社会は、新しいテクノロジーやサービスの登場により、人の意識や常識が変わることで、構造を変え始めます。

社会構造は、人の意識に後れを取るのが常なのです。バブル崩壊以降の日本がそうでしょう。人々の意識に比べ、社会の構造変化は遅々として進んでいません。なぜなのか。

誤解を恐れずに言えば、この社会を構成する私たち自身もタコツボの中で惰眠をむさぼっている状態で、実は目の前にある課題を冷静に見ようとしていないことによります。

タコツボが掘られている砂地の砂は急激に失われているのに、タコツボの中の静けさに、不安を押し隠しつつ、「まあ、大丈夫だろう」と思いこもうとしている。

日本は、人口減の世界最先端国です。

人類史上初の人口急減に対処しなければならない国なのですが、政治家も、経済人も、私たち自身も、そのことに真剣に対処しようとしているようには見えません。

私が、このことを自分のこととして考えられるのは、墓参りで訪れる自分の故郷・五島列島の現状に、ネガティブに進んだときの日本の未来を見るからです。

人の数は、コミュニティのエネルギーのようなもので、ある一定線を越えて少なくなると、保たれていたコミュニティが一気に瓦解していきます。

商店街が消え、医者が居なくなり、学校が無くなり、祭りの担い手が居なくなり、公共サービスが立ちいかなくなる。交通の便が悪くなり、あちこちで会社がつぶれていく。いままでそこにあったものが突然消えていきます。

少なくとも、東京や三大都市圏やその近郊に住む限り、人口減は体感として感じにくいことは分かります。

しかし、東京でさえ、都下(多摩・島しょ)の人口は2020年に426万人で、23区は2025年に976万人でピークを迎えます。

現在の傾向に大きな変動がない限り、東京も総人口1398万人をピークに、2050年には約7割の1000万人まで減少します。

その頃には日本の総人口も9515万人で高齢化率は2004年のおよそ2倍の39・6%に達します。大きな危機感を持つ必然性があるのは確かでしょう。

しかし、これをピンチとして見るのか、チャンスとして見るのかで、この光景は大きく変わります。この未来は珍しく「明らかにやってくる未来」です。

そして、世界で初めてこの問題に対処する、という人類史的な運命を背負っています。

この人口減少を、台風の予測程度には、どこにどのようにやってくるかを私たちは想定できます。そして、こうした大きな社会変革実験を、私たちは明治維新、第二次世界大戦後と、2度ほど経験しています。

少々楽観的かもしれませんが、私は、ここから20年ほどのうちに「変わりにくく、しかし、変わるときは一気に変わる日本人」の気質が活かされる時が来るのではないかと思っています。それが何をきっかけにして来るのかは分かりませんが。

だからこそ、その時を逃さないように、企業や行政すべての組織(あるいは個人)が、いまから長期の50年、100年のビジョンを、創造することに取り組んでほしいと思うのです。

ビジョンとともに21世紀航海を始める

本書の読者でskype(スカイプ)を使っている方は多いと思います。言わずと知れた、ユーザー間で無料通話ができるコミュニケーション・アプリです。

いまではLINE(ライン)やZOOM(ズーム)、FacebookMessenger(フェイスブック・メッセンジャー)、Googleハングアウト、appear.in(アピアーイン)など多くのアプリが登場しましたが、無料で、安定して通話やテレビ電話をできるスカイプを長く愛用している人は多いと思います。

この世界的人気アプリが生まれたのはシリンコンバレーではありません。生まれたのは、フィンランドの南のバルト海を隔てたところに位置するエストニアの首都タリンです。

近年、世界最先端のデジタル国家として話題になっているのが、バルト三国の一つであるエストニアです。

人口130万人で、九州より少し大きい程度の国土。小国であるがゆえに何度も他の国に併合され、1991年にソビエト連邦(ソ連)から独立しています。

この国がITの先進国家となったのは、そのソ連時代にICT(情報通信技術)の開発センターがあったことが大きいと言います。

しかし、それまでは国民の半分以下しか、電話を利用できないような情報のインフラが脆弱な国でした。

1991年以降、この国を率いるリーダーたちは、インターネットを前提に国をデザインしていきます。

それは、行政や政治の徹底的な効率化と、透明化を目指し、さらに産業の活性化を図っています。

その結果、出現したのが「eestonia」(最も進化したデジタル社会)というビジョンです(eestoniaホームページより)。

現在、すべての行政サービスのうち「結婚」「離婚」「不動産売却」以外は、完全に電子化されており、15歳以上の国民が所持するeIDカードは、EU内パスポート、公的身分証明書、運転免許証、公共交通機関用の電子チケット、健康保険証、投票券などになり、これさえあれば行政にかかわるあらゆることを済ませることができます。

また、エストニアは、エストニア国民ではなくても、eレジデンシーというカードを発行し、これを所持していればエストニアの電子国民になれる制度を2014年から始めています。

エストニア政府は2025年までに仮想国民を2000万人にする計画を掲げているのです。

ちなみに、エストニアでは、eIDカードもしくはeレジデンシーカードを所持してれば、企業を設立するのにかかる時間はわずか18分。最速で9分25秒とも言われています。

そのためか、国民一人当たりのスタートアップの数は欧州で最も多く、人口をスタートアップの数で割った1社当たりの人数は4191人と、アメリカの3460人には及ばなくとも、世界有数です。

ちなみに日本のスタートアップ1社当たりの人数は22万5553人で、ほぼ54分の1の数字。

いかにまだこの国が動きだしていないかが分かります。

人口130万人という日本の政令指定都市規模の国であり、ソ連独立から間もない時期にインターネットに出会った僥倖もあるとは思いますが、オープンで開かれた行政、政治、社会の仕組みづくりは、これから先の国や組織がどうあるべきかを、すべてではありませんが指し示していると言えそうです。

このエストニアとがっちり手を組んだスタートアップが日本にあります。

本社をアメリカ・サンノゼ(シリコンバレー)、拠点を福岡・東京に置き、開発をエストニアで行っているプラネットウェイです。

注目すべきなのはボードメンバーに、エストニア政府の経済通信省経済開発部局次長や、CIO(最高情報責任者)及び経済通信省局次長などが名を連ねていることです。

彼らの創業ビジョンは「データは、組織でなく、個人に帰属すべきであり、個人が自身の意思でデータを安全かつ自由に公開していける世の中の到来としての『インディビジュアル・データ・ドリブン・ソーシャルイノベーション』」です。

これは代表の平尾憲映氏のことばを借りるなら「データの主権を個人に取り戻すこと」です。

つまり、いまのGAFAが支配するITサービスの世界へ真っ向から挑戦状を叩きつけているのです。なんとも痛快な話です。

そして、このビジョンを実現するのに最適な技術が、エストニアの国上げてのICT基盤を動かす根幹となっている「XRoad」という技術にあったことが、エストニア政府を巻き込みながらプラネットウェイが設立された背景にあります。

エストニアでは、政府がスタートアップの起業家たちを巻き込んで、計画の中枢として働いてもらっています。国そのものがスタートアップのようなところなのです。

トップの気持ちを推し量り、下が動くようなことはまったくなく「全員が社長、全員がリーダー」だと平尾氏は言います(『パーソルキャリア』2018年6月12日配信「未来型国家エストニア政府流のマネジメントを取り入れた『時代の変化に強い組織』の作り方」より)。

これから先の日本の未来を背負うのは、エストニアに生まれているような小さなスタートアップです。旧来型の企業がこの国を導くことはないでしょう。

エストニア的あるいはシリコンバレー的な「failfast(フェイル・ファスト)~早く失敗しろ」の精神をもった無数のスタートアップが生まれるようになり、そしてまた既存の企業が、創業時のスタートアップ精神を取り戻すとき、確かな変化が訪れます。

そのときには、安定よりも面白さ、楽しさ、夢中になれる何かを求めて、巨大企業を辞めて起業する者、閉塞的な日本社会にアイデアで風穴を開けようとする者、好奇心で突き進むうちにそれがビジネスになる者が続出するようになります。

あるいは、パソコンを前にプログラムに夢中になって勉強がつまらなくなっている小学生や、好きなことに熱中して学校に通わなくなった中学生、高校生。

たぶん、5年後、10年後、20年後の主役は彼らです。彼らの目には、いまの社会が建てつけの悪い遊園地のように映っている可能性があります。

あちこち、継ぎはぎだらけの、土台にひびが入り、コースターのペンキが剝げかかった、そんな遊園地です。

この遊び場を、彼らがどのように楽しく、創造的な場所に変えてくれるのか、私は楽しみでなりません。

その主役は、思いもかけない場所から、意外な姿で現れ、社会を、新しいビジョンの中に巻き込んでいくのではないか、と思います。

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