競争優位ほど、ポーターと関わりの深い言葉はない。
この言葉は企業ではしょっちゅう聞かれるが、ポーターが意図した意味で使われていることはまずない。
大ざっぱな使い方をされるうちに、組織が得意だと自負するあらゆることを意味するようになってしまった。
これには経営者がライバル企業に打ち勝つために使う武器という意味が暗にこめられている。
これは肝心な点でピントがずれている。
ポーターのいう競争優位は、ライバル企業を下すことではなく、卓越した価値を生み出すことと関わるものだ。
さらにいえば、この言葉には具体的で明確な意味がある。
真の競争優位をもつ企業は、競合他社に比べて低いコストで事業を運営しているか、高い価格を課しているか、その両方だ。
他社をしのぐ業績をあげる方法は、これしかない。
戦略を意義あるものにしたいなら、財務業績と直接関係づけなくてはならないとポーターは説く。そうでない戦略は、ただの空論でしかない。
真の競争優位をもつ企業は、競合他社に比べて低いコストで事業を運営しているか、高い価格を課しているか、その両方だ。
前の章では、五つの競争要因が業界の平均的な業績に与える影響について考えた。
つまり業界構造は、業界内の「平均的な」企業が期待できる業績を決定する。これに対して競争優位は、卓越した業績に関わるものだ。
本章では競争優位の源泉をたどり、ポーターのもう一つの重要なフレームワークであるバリューチェーン(価値連鎖)について説明する。
経済の基本原理 競争優位は相対的な概念である。
つまりほかを卓越した業績に関わるものだ。
卓越した業績とは、正確にいうとどういうことだろう? 製薬会社ファルマシア・アップジョンは、一九八五年から二〇〇二年までの平均投下資本利益率が一九・六%と、一見めざましい業績をあげているように見えた。
これに対して鉄鋼メーカーのニューコアは、同じ時期に約一八%をあげた。
両社のリターンは同等と見てよいだろうか? それともファルマシア・アップジョンの方が卓越した戦略をもっていたと考えるべきだろうか? とんでもない。
平均利益率わずか六%の鉄鋼業界で、ニューコアは目を見張るような業績をあげていた。
これに対してファルマシア・アップジョンは、好業績企業の利益率が三〇%を超える業界で後れをとっていた(ポーターが資本利益率を用いる理由については、コラム「競争での成功を測る正しい指標、誤った指標」を参照のこと)。
column 競争での成功を測る正しい指標、誤った指標
正しい戦略目標とは何だろうか? 競争での成功はどうやって測るべきだろう? ときにポーターは、経営のソフト面である人材に十分な関心を払っていないと批判されることがある。
それでもポーターは、正しい目標を設定することの大切さを主張して譲らない。そして彼は、これこそが最高に人材重視の考え方だというのだ。
どんな経営者も知っているように、目標は──またそれに照らして業績を測る方法は──組織内の人々の行動にきわめて大きな影響をおよぼす。
目標は経営者が下す選択を左右する。
経営心理学がポーターの研究の中心に据えられたことはないが、彼の思考は人間の行動に関するこの洞察に裏づけられている。
誤った目標や紛らわしいやり方で定義された目標を出発点にすると、誤った場所に行き着くことは目に見えている。
ポーター曰く、業績はあらゆる組織に共通する経済的目標を反映するような形で定義されなくてはならない。
その経済的目標とは、すべてのインプット(投入物)のコストの総和を超える価値をもつ製品・サービスを生産することだ。
別の言葉でいえば、資源を有効に利用することが組織の本来の務めなのだ。
この考えを最もよく表す財務指標が、投下資本利益率( ROIC)だ。
ROICは企業が生み出す利益を、企業に投下されたすべての資金(営業費用、設備投資費を含む)に照らして評価する。
長期的な投下資本利益率( ROIC)を見れば、企業が経営資源をどれだけ有効に利用しているかがわかる(*)。
またポーターにいわせれば、 ROICは競争の多面的な性質をとらえる唯一の評価指標でもある。
ROICには、顧客のために価値を生み出し、競合他社に対抗し、資源を生産的に利用するという、競争の三つの側面がすべて織りこまれている。
企業は十分な収益をあげてこそ顧客を持続的に満足させられるし、資源を有効に利用してこそ競合他社に持続的に対抗できるのだ。
この論理は明快で説得力がある。
なのに企業は目標を選ぶとき──または金融市場によって課された目標を受け入れるとき──この基本論理をすっかり忘れていることが多い。
企業が成功を導く戦略を維持できないのは、次のような誤った目標を掲げているせいだと、ポーターは折に触れて指摘する。
◎売上高利益率( ROS)‥広く用いられているが、事業に投下された資本を考慮に入れていないため、資源の有効活用度を測る指標としては不十分である。
◎成長‥同じ系統の目標である「市場シェア」とともに広く用いられているが、 ROSと同じで、これも業界内で競争するうえで必要な資本を考慮に入れていない。
卓越した資本利益率をけっしてもたらすことのない、利益なき成長を追求する企業のなんと多いことか。
ポーターが経営者向けの講演で皮肉っぽく指摘するように、成長だけが目標なら、価格を半分に下げるだけですぐにでも達成できる。
◎株主価値(時価総額)‥はなはだしく不適切な目標であることが実証されているが、いまだに強力な動機として経営幹部の行動を駆り立てている。
株価は長期にわたって測定してこそ、経済価値の評価指標として意味があるとポーターはいう(くわしくは巻末インタビューでのポーターの発言を参照のこと)。
サウスウエスト航空の前 CEOハーブ・ケレハーは、こうした誤った目標が誤った意思決定を導くという。
「市場シェアは収益性とは何の関係もない」と彼はいう。
「市場シェアを目標に掲げるのは、ただ大きくなりさえすればいい、その過程で利益があがるかどうかはどうでもいい、といっているようなものだ。これこそが、航空自由化以来一五年間にわたって航空業界を誤り導いてきた考えだ。シェアを五%伸ばすために、コストを二五%も余計にかけた企業もある。収益性が目標なら絶対にあり得ない行動だ」
この問題に対するポーターの解決策は、実行に移すには少々勇気がいる。
企業が「経済価値の創出」という究極の目標を実現しているかどうかを知るには、企業があげた本当の利益と、事業に投下したすべての資本を、包み隠さず測定するしかない。
つまり戦略は、適切な目標と、業績を正確に偽りなく測定するという誓いの二つを出発点としなくてはならない。
これはなかなかできないことだ。
それは技術的に難しいからではなく、組織には結果をできるだけよく見せようとする、抗いがたい力がはたらいているからだ。
同じ論理が非営利組織にもあてはまる。
非営利組織が活動する世界には市場価格が存在せず、したがって利益というものが存在しないが、それでも営利組織と同じ基準で成果を評価しなくてはならない。
つまり、資源を有効に利用しているかどうかだ。
社会セクター〔非営利セクター〕での成果測定もやはり難しく、本来あるべきほど頻繁にも厳密にも測定されていないことが多い。
* ROICを評価するための時間軸が、業界の典型的な投資サイクルによって異なることに注意してほしい。
たとえばアルミニウム業界では、新しい精錬所の建設から稼働まで八年を要することも珍しくないため、一〇年単位で評価するのが妥当だろう。
これに対してサービス業では、三年から五年が適切なことが多い。
資本規模が小さい事業では、資源の有効利用を測るためにほかの指標が必要になる場合がある。
たとえばコンサルティング会社であれば、パートナー一人あたり収益など。
したがって競争優位を見きわめるにあたっては同業他社、つまり似たような競争環境に置かれているか、五つの競争要因の構成が似ている競合他社との比較で、収益を評価しなくてはならない。
業績は、事業ごとに測定して初めて意味をもつ。
なぜなら競争要因が作用するのは、そして企業が競争優位を得る(失う)のは、それぞれの事業においてだからだ。
用語をはっきりさせておくと、ポーターのいう戦略は、事業における「競争戦略」を指すときまっている。
戦略の主体は企業全体ではなく、事業部門なのだ。
これに対して企業戦略とは、複数の事業を有する多角経営企業のビジネスの進め方をいう。
これは重要な区別だ。
多角経営企業の全社的な収益は、各事業の収益の和として理解されるべきであることを、ポーターの研究は示している。
もちろん親会社が業績に貢献することはあるが(ときには業績の妨げになる場合もある)、収益性に作用する主な影響のほとんどは各業界に固有のものだ。
競争優位がある企業は、業界平均を上回る収益率を持続しているはずだ(図 3‐ 1を参照のこと)。
つまり競合他社と比べて相対的に高い価格を要求できるか、事業を相対的に低いコストで運営できるか、その両方だ。
逆に競合他社より収益率が低い企業は、当然ながら価格が相対的に低いか、コストが相対的に高いか、その両方だ。
相対的価格と相対的コストの基本的な経済関係が、企業が競争優位を生み出す方法を理解するための出発点となる。
ポーターはここから、まるでタマネギの皮をむくような思考プロセスにわれわれを案内する。
彼はまず企業全体の収益性を表す一つの数字を、価格とコストという二つの要素に分解する。
なぜ分解するかといえば、収益性を決定する基本的要因である、価格とコストのドライバーがそれぞれまったく異なり、行動に与える影響もまるで異なるからだ。
相対的価格 企業がプレミアム価格を持続できるのは、独自性と価値のあるものを顧客に提供できる場合に限られる。
アップルの人気ガジェットは、どれも高い値段で売れる。
マドリッド‐バルセロナ間の高速鉄道や、パッカーの個人運送業者向けトラックもそうだ。
買い手により多くの価値を提供できれば、経済学者のいう支払意思額( WTP‥ Willingness To Pay)を引き上げることができる。
このしくみのおかげで、企業は競合他社の製品・サービスに比べて相対的に高い価格を設定できるのだ。
アメリカの自動車メーカーは長年の間、ホンダやトヨタよりも多額のリベートやその他の金銭的なインセンティブを用いなければ、一般乗用車が売れなかった。
二〇一〇年にフォードが投入した一連の新製品が、長年にわたる価格劣位に終わりを告げようとしている。
フォードの新型フュージョンは、『モーター・トレンド』誌や『コンシューマー・リポート』誌で自動車評論家のイチ押しに選ばれ、品質と信頼性を絶賛された。
自動車購入者にも異存はなかったようだ。
二〇一〇年第 3四半期の一七億ドルという記録的な純利益のうち、四億ドルが価格引き上げ効果だとフォードは説明している。
一般に企業向け市場では、顧客にとっての価値(ポーターは「買い手価値」と呼ぶ)は定量化可能で、経済的観点から説明できる。
たとえばメーカーがある機械に割高な金額を支払うのは、低価格の代替品に比べて人件費の削減効果が大きく、価格の上乗せ分を補って余りあるからかもしれない。
消費者向けの場合でも、買い手価値に「経済的」要素が含まれることはある。
たとえば消費者が割高なカットサラダを買うのは、時間を節約するためだ。
だが消費者は法人顧客のように、自分が利便性のためにいくら支払っているのかを実際に計算することはほとんどない(たとえば以前私が試算したところ、消費者はチーズをおろすという非熟練労働に、一〇〇ドルを優に超える時給を支払っていた)。
消費者の支払意思額には、感情的側面や目に見えない側面がある。
たとえばゆるぎないブランドが与える信頼感や、最新の電子機器をもつことのステータスといったものだ。
自動車メーカーは、消費者がハイブリッド・カーに燃料費の節減分を大幅に上回るプレミアム価格を支払うと踏んでいる。
この計算に、経済以外の要因がはたらいているのは明らかだ。
同じことが、規模は小さいが成長著しい食品業界の一角についてもいえる。
消費者は昔からの基本食品である卵に、いったいいつから三〇〇から四〇〇%(!)ものプレミアム価格を喜んで支払うようになったのだろう? これには諸説があるが、どの説も工場式農場で卵が生産されている方法に関心が高まったことと関係がある。
健康志向の顧客にとっての付加価値は、食の安全性だ。
産直愛好者にとってはおいしさだし、動物愛護派にとっては卵を産む雌鶏の適切な扱いだろう。
割高な価格を要求できることが、差別化の本質である。
ポーターはこの「差別化( differentiation)」という用語を独特な意味で用いる。
多くの人がこの言葉を聞くと「違う( different)」という意味と混同しており、コストや価格にもこの用語を使っている。
たとえば「ライアンエアー〔アイルランドの格安航空会社〕は低コストで差別化を図っている」といった使い方だ。
マーケティング担当者は、差別化についてまた独自の定義をもっており、顧客に製品間の違いを印象づけるプロセスと考える。
たとえば二つのブランドのヨーグルトが同じ値段で売られているが、ブランド Aは「カロリー五〇%オフ」だと宣伝することを差別化と呼ぶ。
ポーターの意図は別のところにある。
彼は卓越した収益性を生み出す根本要因をつきとめることに力点を置いている。
また価格効果とコスト効果の区別を際立たせることで、より緻密かつ厳密に考えることを促す。
ポーターのいう差別化とは、割高な価格を要求できる能力のことだ。
ここで助言を一つ。
基本的な区別さえ押さえておけば、用語はあまり気にする必要はない。
さしあたっては、戦略の目標が卓越した収益性をあげることであり、それを構成する二つの要素のうちの一つが相対的価格、つまり競合他社より高い価格を要求できる能力であることを覚えておけばよい。
相対的コスト
卓越した収益性を構成する二つめの要素は、相対的コストだ。
つまり、何らかの方法で競合他社より低いコストで生産できるということだ。
これを実現するには、製品・サービスをより効率的に開発、生産、配送、販売、サポートする方法を見つけなくてはならない。
たとえばある企業のコスト優位の源泉は、業務コストの低さかもしれないし、資本効率の高さ(運転資本含む)かもしれないし、その両方かもしれない。
デル・コンピュータの相対的コストが二〇〇〇年代前半まで低かったのは、この両方の要因による。
ヒューレット・パッカード( H P)をはじめとする垂直統合型の競合企業は、部品の設計、製造、コンピュータの(在庫を保持する)見こみ生産を行ない、販売代理店を通じて販売した。
これに対してデルは、外部調達した部品と、厳しく管理したサプライチェーンを用いてコンピュータを受注生産し、直接販売した。
この二つの相異なる手法は、コストや投資の構成がまったく違っていた。
デルのモデルはそれほど多くの資本を必要としなかった。
部品の設計、製造を行なわず、在庫をほとんどもたなかったからだ。
一九九〇年代末のデルは在庫日数で大きく優位に立っていた。
当時は部品価格が急落していたため、デルは部品の購入を何週間も先に延ばすことで、 PC一台あたりのコストを相対的に低く抑えることができた。
それになんとデルの顧客は、デルがサプライヤーに部品代を支払う前に、デルに PCの購入代金を支払っていたのだ。
ほとんどの企業は事業運営に必要な運転資金を借り入れる必要がある。
だがデルはこの戦略のおかげで運転資金がマイナスとなり、コスト優位をさらに強化できた。
コスト優位を持続させるには、一つの部門や一つの技術だけでなく、社内のさまざまな部分の連携が必要であることが多い。
コストリーダーシップに成功している企業は、コスト優位が多面的である。
ただの「低コストメーカー」ではないのだ。
ちなみにこのよく使われる表現は、コスト優位をもたらすのが生産分野だけだという考えを暗に示している。
だが低コストの文化は会社全体に浸透しているのが普通だ。
このような文化はバンガード(金融サービス)、イケア(家具、インテリア)、テバ(ジェネリック医薬品)、ウォルマート(ディスカウント小売)、ニューコア(鉄鋼メーカー)など、多様な企業に根を下ろしている。
たとえばニューコアは、昔から製造でコスト優位を実現しているだけでなく、長い間歯科医院ほどの大きさの本社で数十億ドル規模の企業を運営していた。
ちなみに「役員食堂」は、通りの向かいにある総菜屋だった。
ここでいいたいのは、戦略に関わる選択は、相対的価格または相対的コストを自社に有利に変えるために行なうということだ。
当然ながら、最終的にものをいうのは価格とコストの差だ。
どんな戦略も、相対的価格と相対的コストの関係を自社に有利に動かすものでなくてはならない。
特徴ある戦略は、独自性のある構造をつくり出す。
たとえばある戦略をとると、コストが二〇%上昇するが、価格を三五%引き上げられるかもしれない。
アップルや BMWなどの企業はこの方向に傾いている。
またコストを一〇%削減して、五%低い価格を実現する戦略もある。
イケアやサウスウエスト航空などは、この種の構造を選択している。
選択の最終結果がプラスであれば、戦略は定義上、競争優位を生み出したことになる。
このように、緻密かつ定量的な観点で考えることがとても大切だとポーターはいう。
戦略に経済的根拠と事実の裏づけを与えられるからだ。
戦略に関わる選択は、相対的価格または相対的コストを自社に有利に変化させるために行なう。
同じことが非営利組織にもついてもいえる。
前にも述べたが、競争優位とはつきつめれば卓越した価値を創造することであり、資源を有効に利用することだ。
非営利組織は相対的価値または相対的コストを社会に有利に変えるために、戦略に関わる選択を行なう。
いいかえれば非営利組織は優れた戦略を通して、投資した一ドル一ドルで社会のためにより多くの価値を生み出すか(高価格に相当)、同等の価値をより少ない資源で生み出す(低コストに相当)ことができる。
ポーターの考えを非営利組織の環境にあてはめるには、特定の社会的な目的をできるだけ効率よく実現するのが非営利組織の目標であることを頭に留めておこう。
この点では、営利企業の方が楽だ。
市場価格という、自らの生み出す価値を測る明確なものさしがあるのだから。
非営利組織は価値を生み出すという同じ仕事を、このような基準を使わずにやらなくてはならない。
バリューチェーン さて、このようにして競争優位の簡潔で具体的な定義ができた。
持続的な高価格か低コスト、またはその両方によってもたらされた、卓越した業績である。
だが経営者にとって意味のある──つまり経営者の手でコントロール可能な──競争優位の源泉をつきとめるには、タマネギの最後の一枚の皮をむかなくてはならない。
つまるところ、競合企業間のコストや価格の違いは、企業が競争するなかで行なう無数の活動から生じる。
ここでちょっとペースを落としてじっくり考えよう。
なぜならこれはきわめて重要な点であり、またこのいい回しは直感的にわかりづらいからだ。
ここからは「活動」と「活動システム」に関する話が続くので、まずは定義をはっきりさせておきたい。
活動とはさまざまな経済的機能やプロセスのことで、たとえばサプライチェーンの管理、営業部隊の運営、製品開発、顧客への配送といったものが含まれる。
一般に活動は人材や技術、固定資産、運転資本、さまざまな種類の情報などを用いて行なわれる。
経営者はマーケティングや物流といった職能分野の観点からものごとを考える傾向にある。
自分の専門知識や所属組織がそのような体系で分類されているからだ。
だが戦略を考えるうえでは範囲が広すぎる。
競争優位を理解するには、活動に焦点を絞ることが何より大切だ。
活動は従来型の職能より範囲が狭い。
他方、組織のスキルや強み、能力(自社の得意なこと)という観点からものごとをとらえる経営者もいるが、これはあまりに抽象的で、往々にして範囲が広すぎる。
価格やコストに影響をおよぼすために経営者として何ができるかを明確に考えるには、活動のレベルまで掘り下げ、「自社の得意なこと」を、自社の行なう特定の活動に具現化する必要がある。
企業が製品を設計、生産、販売、配送、サポートするために遂行する活動の集合は、バリューチェーンと呼ばれる。
バリューチェーンはより大きなバリューシステムの一部である。
企業が製品を設計、生産、販売、配送、サポートするために遂行する活動の集合は、バリューチェーンと呼ばれる。
バリューチェーンはより大きなバリューシステムの一部である。
バリューシステムは、エンドユーザーのための価値創造に関わる、より大きな活動の集合をいい、活動の主体は当該企業だけではない。
たとえば自動車メーカーは車にタイヤをとりつける必要があるが、これを行なうにはバリューシステムの上流でいくつかの選択を行なわなくてはならない。
タイヤを内製するか、サプライヤーから購入するか? 内製する場合、原材料はサプライヤーから購入するか、自社で生産するか? ヘンリー・フォードはよく知られているように、一九二〇年代末にブラジルで自らゴム園を経営することを選択したが、この判断は失敗だった。
このような垂直統合の度合いに関する選択は、つきつめればあらゆる企業が下している、「バリューシステムのどこに位置を定めるか」に関する選択だ。
バリューシステムの下流で活動に関する選択を行なわなくてはならないこともある。
自動車がまだ裕福な男たちの玩具だった一九二〇年代、ゼネラルモーターズ( GM)をはじめとする自動車メーカーは、顧客が掛けで車を買えるように消費者金融部門を開設した。
信念の男ヘンリー・フォードは、売り掛けは倫理に反するという信条から、 GMに追随することをかたくなに拒否した。
一九三〇年になると自動車とトラックの七五%が「後払い」で購入され、かつて圧倒的だったフォードのシェアは大きく落ちこんだ。
そんなわけでバリューチェーンを考える際には、自社の活動がサプライヤー、流通・販売チャネル、顧客の活動とどのような接点をもっているかを考えることが大切だ。
こうした主体が活動をどのように行なうかが、自社のコストや価格に影響をおよぼすし、逆も同様である。
バリューチェーンも、経営者の口に上ることの多いポーターのフレームワークだ。
おそらくほとんどの経営者は、バリューチェーンが何であるかは知っている。関連し合う活動の集合という概念は、直感的にわかりやすいからだ。
だが多くの人は、「だから何なのか」がわかっていない。なぜバリューチェーンが重要なのだろう? 答えはこうだ。
バリューチェーンは、企業を戦略的に意味のある活動に分解する強力なツールだ。
そうすることで企業は自らの競争優位の源泉、つまり価格の引き上げまたはコストの低下をもたらす特定の活動(非営利組織なら、支援対象者にとっての価値を高めるか、支援にかかるコストを減らすような活動)に焦点をあてることができる。
バリューチェーン分析の主要なステップ
このツールの真価を知るには、実際に使ってみるのが一番だ。
やり方を説明しよう。
1.まず業界のバリューチェーンを洗い出す。
確立した業界には、業界内の大半の企業が行なう活動の範囲と順序を表す支配的な手法が、必ず一つ以上あるものだ。企業だけでなく、非営利組織にもある。
業界のバリューチェーンとは、要は業界の一般的なビジネスモデル、価値を生み出す方法である(図 3‐ 2を参照のこと)。
つまり業界の大多数の企業が、より大きなバリューシステムのなかに定めた「居場所」のことだ。
業界の活動は上流のどこまでおよんでいるだろう? 業界は基礎研究を行なっているだろうか? 製品の設計、開発を行なっているか、また製造は? 主要なインプットにはどのようなものがあるだろうか? それはどこから調達するのか? 業界の典型的な企業はどのようにしてマーケティング、販売、流通、配送を行なっているだろう? 金融やアフターサービスは、業界が顧客のために創出する価値に含まれるだろうか? どの分類の活動が競争優位のカギを握るかは、業界によって異なる。
大切なのは、業界固有の主要な価値創造活動を洗い出すことだ。
複数のビジネスモデルが存在するときは、それぞれの一般的なバリューチェーンを明らかにしてから、競合企業ごとの違いを調べる。
2.次に自社と業界のバリューチェーンを比較する。
ここで使ったテンプレートを利用するなどして、価値創造プロセス内の主要な段階をすべて図に表してみよう。
話をわかりやすくするために、ここではより単純な非営利の世界の事例について考える。
第4章ではもっと複雑なビジネスのバリューチェーンをいくつかとりあげる。
このフレームワークは、どちらの世界にも同じくらいよくあてはまる。
アメリカには途上国の障害者に車いすを提供する非営利組織がいくつかある。
こうした組織の戦略のうちの一つを、「修理調整者」と呼ぼう。
この戦略は図 3‐ 3に示すように、三つの主要な活動からなる。
◎製品調達‥病院や個人、メーカーから寄付された中古の車いすを回収、修理調整する。
◎物流/配送‥車いすを海外の受け入れ先に発送する。
送られた車いすは現地の慈善団体や非政府組織( NGO)によって、個人の利用者のもとに届けられる。
◎個別調整‥車いすとともに主にボランティアからなる専門家を海外派遣し、車いすを受け取り手に合わせて一つひとつ調整する。
体に合わない車いすは健康を損なうため、「支給準備」と呼ばれるこのサービスはとても重要だ。
私が「大口購入者」と名づけたさらに単純な戦略は、主要な活動はたった二つだ。
資金を集めることと、必要最小限の標準的な車いすを中国の最も製造コストの安い車いすメーカーから大量に購入することだ。
購入した車いすは、支給準備もその他の利用者サービスも行なわずに利用者に届けられる。
この戦略で創造される価値は、バリューチェーン同様、必要最低限である(図 3‐ 4を参照のこと)。
設計、支給準備、補修に関わる価値は創造されない。
ホワールウィンド・ホイールチェア・インターナショナル( WWI)は、また別の手法をとっている。
そもそも創造する価値についての考え方が違うのだ。
創設者ラルフ・ホチキスは、大学生だった一九六六年に二輪車事故に遭い、下半身が麻痺してしまった。
初めて車いすで外出したとき、歩道の割れ目にタイヤがはまって車いすが壊れた。
エンジニアであり自転車職人でもあるホチキスは、以来四〇年にわたって車いすの設計改良にとりくみ続けてきた。
自ら使うためだけでなく、道路状況が特に悪い途上国の人たちのためにである。
彼の最も有名なデザインには、「ラフ・ライダー」という名がついている。
ホワールウィンドのバリューチェーンを構成する活動について考えてみよう(図 3‐ 5)。
◎製品調達‥「病院用のいす」とホチキスが呼ぶ、室内での移動にしか使えない車いすの寄付を募る代わりに、さらに上流にさかのぼって本当に動きやすいいすをつくることから始める。
サンフランシスコ州立大学に拠点を置くデザイナー・チームが、車いす利用者の協力のもとに、彼らの生活に合い、現地での使用に耐える製品を設計する。
バリューチェーンにユーザー参加型の設計を加えることで、より価値の高い製品を生み出している。
◎製造‥ホワールウィンドは、アメリカ国外の地域メーカー数社と提携している。
効率的な生産規模をもち、ホワールウィンドの品質水準を満たす技術力のあるメーカーを選ぶ。
◎流通‥車いすは可能な限り平らに梱包して、最終利用国に発送する。
これには輸送コストを半分に抑え、かつ受け入れ国での価値付加を可能にするというメリットがある。
現地パートナーの運営するセンターが最終組立と支給準備を行ない、長期的に車いすの保守を行なえるよう、予備の部品を保管する。
この結果耐用年数を延ばすとともに、「修理調整者」の手法の大きな問題を解消することができた。
アメリカから寄付された病院用の車いすは、部品が必要な場合修理がほとんど不可能なのだ。
ホワールウィンドはこのような活動の組み合わせを通して、ほかとは異なる種類の価値を、異なるコスト構成で生み出している。
競合するバリューチェーンを並べて比較すると、このような違いが浮き彫りになる。
自社のバリューチェーンが同業他社と区別がつかない場合、最高を目指す競争に終始していることになる。
3.価格ドライバー、つまり差別化のカギを現在または将来握る活動に注目する。
自社は競合他社と同じ活動を異なるやり方で行なうか、競合企業がやらない活動を行なうことによって、顧客のために優れた価値を創造している、または創造できるだろうか? こうした価値を、それと同等以上のコストをかけずに生み出せるだろうか? 買い手価値はバリューチェーン全体のあらゆる部分から生まれる。
ホワールウィンド・ホイールチェアのように、製品設計から生まれることもある。
また使用するインプットの選択や、生産工程そのものから生まれることもある。
この二つが、イン・エヌ・アウト・バーガーの成功のカギを握る。
同社は二三〇以上の店舗をもつハンバーガー・チェーンで、ごく新鮮な食材だけを使って、限られたメニューをその場で調理している。
またアップルストアを訪れた人ならわかるように、価値は顧客経験の提供から生まれることもあれば、アフターサービスから生まれることもある。
どのアップルストアにも、顧客の技術的な質問に無料で答えてくれるジーニアス・バーがある。
それにホワールウィンドの予備部品に関する方針も同様だ。
顧客が法人であれ、一般消費者であれ、自社の活動がバリューシステム全体のなかで果たす役割を分析することが、買い手価値を理解するカギになるのだ。
4.コストドライバー、つまりコストに占める割合が高いか、高まっている活動に注目する。
自社の相対的なコストポジション( RCP: Relative Cost Position)は、バリューチェーン内の一つひとつの活動を実行するコストによって構成される。
自社と競合他社のコスト構造には、実質的または潜在的な違いがあるだろうか? このとき難しいのは、各活動に伴うすべてのコストをできる限り正確に把握することだ。
これには直接の事業コストや資産コストだけでなく、活動を行なうことで生じる間接コストも含まれる(*)。
*活動基準原価計算( activity-based costing)は数十年前から存在する手法だが、正直なところ実行するのは難しい。
現行の会計制度で得られるデータは、相対的コストを理解する役には立たない。
競争優位の分析の詳細に関しては、本章の注釈を参照のこと。
これを把握するには、活動をやめたら具体的にどの間接コストを削減できるかを考えるとよい。
それぞれの活動がコスト優位にあるか劣位にあるかは、コストドライバー、つまり相対的コストに影響をおよぼす一連の要因によってきまる。
相対的コスト分析の意義(「だから何なのか」)は、数字を徹底的に掘り下げ、改善のためにどんな行動をとれるかを明らかにして初めて、本当の意味で理解できる。
本格的な事例をとりあげると、それだけで一章終わってしまいそうだ。
そこで要点だけを大まかにつかんでもらうために、短い例について考えよう。
サウスウエスト航空はコスト優位を長年保ってきた。
同社の有効座席マイルあたりコスト( CASM)は同業他社に比べて相対的に低い。
その秘訣を理解するには、まずサウスウエストのすべての活動をリストアップし、それぞれにコストを割り振り、その結果を航空他社と比較する必要がある。
ここでは便宜上、ゲートでの折り返し準備(ターンアラウンド)という一つの活動だけをとりあげる。
サウスウエストはこの時間が競合他社に比べて短く、おかげで資産をより有効に利用できる。
つまり航空機一機あたりコストと従業員一人あたりコストが、競合他社より低い。
ターンアラウンドが重要なコストドライバーだとわかったところで、次にもう一段階掘り下げ、ターンアラウンドに関わる多くの具体的な支援活動を分析する。
このとき、顧客価値を損なわずにコストを下げる方法がないか考えてみよう。
これこそが、自社と競合他社の業績の間に、さらに大きなくさびを打ちこむ方法なのだ。
たとえば航空機は着陸後トイレを排水する必要がある。
このためにある装置を配電盤につながなくてはならないのだが、そのために地上勤務員のほかの作業が妨げられていることがわかった。
サウスウエストは問題解決を図るために、サプライヤーであるボーイングに掛け合って、新型七三七‐三〇〇型機では配電盤の位置を変えてもらった。
サウスウエストの例が示すように、コストドライバーを探りあてるのは、創造力と厳密な分析が求められる、犯罪捜査のような作業だ。
安易な道は、業界に昔からある考え方を鵜呑みにすることだ。
たとえば一九九〇年代にはほとんどの自動車メーカーが、規模こそが最も決定的なコストドライバーだと盲目的に信じ、最低でも年間四〇〇万台の自動車を販売しなければコストに押しつぶされると考えていた。
業界には合併の嵐が吹き荒れたが、いまではそのほとんどが解消されている。
自動車業界で規模がものをいうのはいうまでもない。
だがコストドライバーをさらに深いところまで理解することが重要だ。
たとえばホンダは自動車メーカーとしては相対的に規模が小さい。
これだけをとって、ホンダはコスト劣位にあると思う人がいるかもしれない。
だがホンダは世界最大の二輪車メーカーであり、全体として見れば世界屈指のエンジンメーカーだ。
エンジンは自動車のコストの約一〇%を占める。
ホンダはエンジンの開発コストをすべての製品ラインで分担できるため、範囲の優位性が規模の不足を相殺する。
さらにいえば、ホンダはエンジン開発に注力することで差別化を図り、それが同社の価格方針を支えているのだ。
column 自社には本当に競争優位があるのだろうか?まず定量化し、次いで分解する
1.自社の各事業の長期的な収益性は、経済全体の平均に比べてどうだろうか? アメリカの全企業の一九九二年から二〇〇六年までの株主資本利益率(支払金利前税引前利益を、平均投下資本から余剰資金を引いた値で割ったもの)は、景気循環によって多少変動はあったものの、平均すると一四・九%だった。
自社のリターンはこれを上回るだろうか、下回るだろうか? もし上回るなら何かが自社の有利にはたらいており、下回るなら何かがうまくいっていないという証拠だ。
どちらの場合も、根本原因を徹底的に究明しよう。
2.次に自社の業績を業界平均と比べる。
過去五年ないし一〇年の期間で比較する。
収益性は天候のようなごく一時的な要因を含む、さまざまな要因に左右されるため、長めの対象期間、できれば業界の投資周期に見合った時間軸を設定しよう。
これで自社に競争優位があるかどうかがわかる。
たとえば A社の利益率が一五%、これに対して全国標準が一三%、業界標準が一〇%だとしよう。
業界構造を分析すれば、なぜ業界全体の利益率が全国平均を三%も下回っているのかが解明できる。
だが A社は業界平均を五%も上回る優れた業績をあげており、このことから同社に競争優位があることがわかる。
したがってこの場合、 A社は戦略には問題がないが、厳しい業界構造に対処する必要がある。
この二つの収益性の源泉を区別することがとても重要だ。
なぜなら、業界構造に影響をおよぼす要因と、相対的なポジションを左右する要因はまったく別物だからだ。
自社の利益業績の源泉を理解しない限り、戦略的に収益をあげることはできない。
3.続いて自社事業の業績がなぜ業界平均を上回る、または下回るのか、その理由を理解するために、さらに掘り下げて考える。
自社の業績と業界平均との差を、相対的価格と相対的コストの二つの要素に分解しよう。
相対的価格と相対的コストは、戦略と業績を理解するためのカギだ。
この例では A社は平均的な競合企業より五%高いリターンをあげた。
A社の実現価格(値引や割引を調整した価格)は業界平均を八%も上回っていた。
A社はこのプレミアム価格を要求するために、支出を増やさなければならず、相対的コストは業界平均より三%ポイント高かった。
これが A社の業界平均を五%上回るリターンを説明する。
4.さらに掘り下げる。
価格面では、全体的な価格プレミアム(または価格ディスカウント)を、特定の製品ライン、顧客、地理的地域における違いや、定価と値引価格の差にまでたどれるかもしれない。
コスト面では、コスト優位(劣位)を業務コストによるもの(損益計算書)と資本運用によるもの(貸借対照表)に分解すると、多くの示唆が得られることが多い。
これらの基本的な経済的関係が、企業の業績と戦略の根幹をなしている。
戦略とは、こうした根本的な収益性の決定要因に影響を与えようとするものだ。
戦略への洞察‥ポーターの輝かしき新世界 バリューチェーンは、ポーターが『競争優位の戦略』のなかで初めてくわしく説明した概念である。
この概念は、経営者の世界観を変えたといっても過言ではない。
バリューチェーンの考え方がどれほど大きなインパクトを与えたかを考えてみよう。
第一に、一つひとつの活動を、単なるコストとしてではなく、最終製品・サービスに何らかの価値を加えるべき段階としてとらえるようになる。
組織はこの観点を得たことで、やがて自らの事業を従来とはまったく違う方法で定義するようになった。
たとえば三五年前には、株式を売買するには高い手数料をとる証券仲介業者を通すしかなかった。
一つのやり方が全員に、少なくとも経済的な余裕があるすべての顧客にあてはまると考えられた。
証券業とはそういうものだと、誰もがそう思っていた。
一つひとつの活動を、単なるコストとしてではなく、最終製品・サービスに何らかの価値を加えるべき段階としてとらえるようになる。
だが事業を価値創造活動の集合ととらえると、何が変わるだろう? この仲介業者を支えているのは、証券の調査・分析から、取引の実行、月次報告書の送付に至る、完全に統合された一連の活動だとわかる。
これらすべての活動のコストは、手数料の価格に織りこまれている。
チャールズ・シュワブは、これとはまったく異なるバリューチェーンをもとに、自らの名前を冠した証券会社そしてディスカウント証券会社という新しいカテゴリーを生み出した。
顧客は全員が全員、投資に関するアドバイスを求めているわけではいないのに、なぜその対価を一律で支払わされるのだろう? アドバイスの提供に必要な活動をすべてとり去り、代わりに注文の実行に的を絞れば、違う種類の価値を創造できる。
注文実行を格安で提供することで、より広い顧客層に株式所有への道を開くことができる。
バリューチェーン──企業の内部で行なわれる活動──を、顧客の定義する価値に合わせることは、いまではあたりまえのように行なわれているが、つい二五年前は斬新な考え方だった。
バリューチェーンの考え方がおよぼす二つめの大きな影響は、自社の組織と活動の向こうに目を向け、自社がほかの企業を含むより大きなバリューシステムの一部だという認識をもつようになることだ。
たとえばマクドナルドがやったように、世界中どこで食べても同じ完璧なフライドポテトをウリにファストフード事業を築くなら、仕入れ先のジャガイモ農家が適切な貯蔵設備をもっていないことを顧客へのいいわけにはできない。
誰の責任かなど、顧客の知ったことではない。
彼らが気にするのは、自分の食べるポテトの品質だけだ。
したがってマクドナルドは、仕入れ先のすべてのジャガイモ農家に、自社の基準を何らかの方法で確実にクリアさせるために、特定の活動を行なう必要がある。
またバリューシステムのすべての参加者が、より大きな価値創造プロセスのなかで自らの担う役割をしっかり理解しなくてはならない。
最終的なエンドユーザーに製品・サービスを提供する参加者だけでなく、そこから一、二段階離れた参加者も含めたすべてだ。
ワイン愛飲家なら、上等のワインを空けて客人のグラスに注いだときコルク臭がしたらどんなに腹立たしい気もちになるかわかるだろう。
ブショネのせいで、ワインの風味が損なわれてしまうのだ。
一九九〇年代に、この問題はワインメーカーと販売業者にとって無視できないほどになった。
彼らはコルクメーカーに対処を求めた。
高級品の価値が安い汎用品のせいで台無しになるのは避けたい。
コルクは主にポルトガルなど地中海沿岸諸国の木からつくられ、数十年どころか数百年の間、ワインの栓としてほぼ独占的な地位を謳歌してきた。
そんなわけでコルクメーカーの対応が鈍かったのも無理はない。
コルクメーカーの技術は、コルクガシの木を傷めずに樹皮だけをはいでコルクに加工することにあった。
彼らは職人であり、化学者ではなく根っからの農夫だった。
このことが、ノマコルクなどのプラスチックメーカーにつけいる隙を与えた。
ノマコルクはバリューチェーンの構成上、ワイン汚染が起きるしくみとその解決法に関する研究を容易に行なうことができた。
伝統的なコルクメーカーが古い考え方(「コルクを売るのが商売だ」)に固執したのに対し、プラスチックメーカーはより大きな価値創造プロセスの一翼を担う方法を見てとった。
二〇〇九年までに、ノマコルクはノースカロライナ州の無人化工場で一月あたり約一億六〇〇〇万個のプラスチック栓を量産しており、合成コルクはワイン栓市場の二〇%のシェアを獲得していた。
バリューチェーンの相互依存性という考え方は、非常に大きな意味合いをもっている。
戦略にとって、境界線(企業と顧客、企業とサプライヤー、取引先間などの境界線)を越えた経営管理は、場合によっては社内の経営管理と同じくらい重要である。
経営者にとって、ポーターのバリューチェーンの概念を用いるのは、初めて顕微鏡を覗いたときのような体験だった。
それまで目に入らなかったさまざまな関係が、突然見えるようになったのだ。
企業の相対的コストと相対的価値の分析に、バリューチェーンは画期的転換をもたらした。
バリューチェーンは、コストを生じ買い手価値を生み出す特定の活動に焦点をあてる。
経営者は組織のスキルや能力が価値をもたらすと考えがちだが、現実に価値を生み出すのは活動なのだ。
たしかにノマコルクは化学の分野で、経営者が「コアコンピタンス」と呼ぶものをもっていた。
だがワイン市場での成功を導いたのは、この能力をワイン栓の設計、製造法を改善する活動に活用するという決断だったのだ。
競争優位を実現するにはどうすればよいか? さてこうして競争優位の完全な定義が得られた。
競争優位とは、企業が実行する活動の違いから生じる、相対的価格または相対的コストの違いをいう(図 3‐ 6を参照のこと)。
競争優位を実現した企業は、活動がほかと違っているはずだ。
活動の違いには、二種類の形態がある。
他社と同じ組み合わせの活動を他社より優れて実行しているか、他社と異なる活動の組み合わせを選択しているかだ。
もちろんここまで読んできたあなたには、一つめの手法が最高を目指す競争だということはお見通しだろう。
そしてこの手法がなぜ競争優位を生み出す見こみが低いのか、その理由もわかっているはずだ。
ポーターは、企業が類似の活動を競合他社よりも優れて行なう能力を、業務効果( OE: Operational Effectiveness)と呼ぶ。
一般には「ベストプラクティス」や「実行」と呼ばれるものだ。
何と呼ぶにせよ、企業が経営資源をより有効に活用するのを助ける、さまざまな実践のことだ。
重要なのは、業務効果と戦略を混同しないことだ。
何よりもまず、業務効果の差はどこにでも見られることを頭に入れておこう。
たとえばサービスの不手際を減らす、在庫を切らさない、人材流出を防ぐ、廃棄物を減らすといったことを他社よりうまくやる企業がある。
このような違いは、企業間の収益性の違いを生む重要な源泉になることがある。
だが業務効果を高めるだけでは、堅牢な競争優位は得られない。
「ベストプラクティス」の優位が持続することはめったにないからだ。
新しいベストプラクティスを確立したとたん、競合他社に模倣される。
この種の模倣合戦は、過当競争と呼ばれることもある。
ベストプラクティスはビジネスメディアの助けを借りて、またベンチマーキングや品質/継続的改善計画をもとに一大業界を築いたコンサルタントを通じて、またたく間に広まる。
解決策は一般的なものであればあるほど、つまり多くの企業や業界の状況にあてはまるものほど、急速に広まる(まだ TQM〔総合的品質管理手法〕の洗礼を受けていない業界があるだろうか?)。
こういった計画には有無を言わせない魅力がある。
経営者は社内に最新のベストプラクティスを導入し、目に見える改善を実現することで報酬を得る。
だがこれにとらわれるあまり、社外のより大きな流れを見失うことも多いのだ。
ベストプラクティスで競い合うことは、実質的に全参加者のハードルを上げることになる。
業務効果は絶対的に向上するが、誰も相対的向上を実現できない。
このようにベストプラクティスは必然的に広まり、その結果誰もが現状を維持するだけのために、ますます速く走らなくてはならなくなる。
実行をないがしろにして永らえる企業はない。
非効率は、どんなに特徴的でどんなに大きな価値を秘めた戦略さえだめにしてしまう。
だが競合他社と同じ活動を行ないながら競争優位を──つまり価格またはコストにおける持続可能な違いを──を実現できると思うのは大間違いだ。
たとえば業務効果にかけては、日本企業の右に出るものはない。
だがポーターの研究にくわしく述べられているように、業務効果での競争にとらわれたせいで、最も優れた日本企業でさえもが慢性的に低い収益性に悩まされているのだ。
既存企業同士の競争は、いってしまえば相対的価格と相対的コストの違いを維持する企業の能力を損なうプロセスだ。
最高を目指す競争は、まるで巨大な地ならし機のようにこのプロセスを加速させる。
これからの四章で、独自の活動の組み合わせをもとにした戦略が、どのようにして競争優位を獲得、持続させるかを見ていこう。
戦略は、既存企業間の競争に対する解毒剤なのだ。
column 競争優位の経済原理 ◎株主価値、売上高利益率( ROS)、成長、市場シェアといった、よく使われる評価指標は、戦略を誤り導くおそれがある。
戦略の目標は投下した経営資源に対して卓越した収益をあげることであり、それを最もよく表す指標が、投下資本利益率( ROIC)である。
◎競争優位の本質は、ライバル企業を下すことではなく、卓越した価値を生み出すことにあり、買い手価値とコストの間に、競合他社よりも大きなくさびを打ちこむことにある。
◎競争優位をもつ企業は、同業他社より高い相対的価格か、低い相対的コスト、またはその両方を維持できる。
競争優位は必ず損益計算書に反映される。
◎非営利組織にとっての競争優位は、投資した一ドル一ドルで社会のためにより多くの価値を生み出すか(高価格に相当)、同等の価値をより少ない資源で生み出す(低コストに相当)ことを意味する。
◎相対的価格と相対的コストの違いは、つきつめれば企業が行なう活動までたどることができる。
◎企業のバリューチェーンは、その企業が行なうすべての価値創造活動とコスト発生活動の集合である。
活動と、その活動が埋めこまれているバリューチェーン全体が、競争優位の基本単位である。
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