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第3章意思決定に数字を使う本当の理由を知っていますか?

目次

1「予測」と「予想」は違います

販売戦略を決めるのは「感性」?

昨年のクリスマスイブの夜に社長の佐野と2人で話をした時、「ファッション業界はギャンブル性の高いビジネスなんだよね」と言っていたことを智香は思い出していました。

確かに、ある週末の天候が晴れと雨では、その月の売上額へのインパクトが相当違うし、ショップスタッフの着こなしや店頭の空気感で、意外なものが想定外に売れてしまい、店頭在庫が切れて機会損失をしてしまうなんてこともザラです。

「まあ、だからこそ、数字とロジックを武器にできるか否かが生命線なんだけどね」佐野のニヤニヤした顔を少しだけ思い出し、智香は会議室へと向かいます。

今日は3か月に一度の全社営業会議。

本社の営業部門はもちろん、全国10店舗の店長が一堂に会し、1年後のコレクションや販売戦略について議論を重ねる重要な会議です。

「WIXY」はレディースブランドということもあり、店長は全員女性。服装も(当然ながら)ファッションモデルのようなオシャレな着こなしばかりです。

久しぶりに会う店長同士で、キャッキャ言いながら互いの服装を褒め合うシーンは毎度おなじみの光景となっています。

そんな中で、上下黒のパンツスーツに白のブラウス、黒のパンプス、という智香スタイル(?)はよくも悪くも〝浮いて〟いるのでした。

「はい、では定刻になったので始めます。毎回言っているように、このメンバーが一堂に会する機会はとても貴重です。

それぞれの店舗の各論ではなく、ブランド全体の大きな方向性や戦略を決めていく場なので間違えないように。あ、それからみんなに紹介しよう」

スッと立ち上がり、挨拶する智香を10人の女性店長たちが上から下までなめまわすように見ています。

ちょうど木村と初めて会った時に彼がした「品定め」するような視線です。

智香の口から「何か?(イラッ)」という言葉が、いまにも出そうでしたが、ここはグッとこらえて飲み込み、おとなしく座ることにしました。

「じゃあ始めるぞ~。今日の主題は来期の春夏コレクションの注力アイテムであるドット柄ブラウスのセット提案。要は何を一緒に売っていくかを会社として決めるってことね。店舗運営はもちろん、PRや生産管理にも大きく影響するテーマなので時間をかけて話し合いたいと思う」

「昨年は花柄のブラウスがかなり動いたよな」「はい、でも消費者たちの間に飽きがきているし、来年は他ブランドやファッション誌などもドット柄を推していくような情報を掴んでいます。

ドット柄ブラウスが注目されることはほぼ間違いないッスね」「問題は、それに食いついたお客様が他に何を買ってくれそうかってことだな」「奈々ちゃん、今年の傾向はどう?」「はい、先ほど各ショップの店長のみなさんとも軽く話していたんですが、ドット柄ブラウスは堅調に動いており、セットでの購入はデニムか無地のパンツが多い気がします」何名かの女性店長からも同様の意見が出ました。

注力商品はドット柄ブラウス、つまり「トップス」なので、一緒に提案していくのは当然「ボトムス」であり、上下でうるさくならないよう合わせやすいものがよいだろうという結論です。

「うん、ファッション的にはまったく遊びがないのはつまらないけれど、提案のセオリーとしてはそうだろうね。まあ俺の予想では、来期はショートパンツあたりがいいかもしれないね」「あ~。確かにいいかも。

カッチリOLさんじゃない人にも提案していきたいですしね!」「そうそう!」「さっすが先輩、勉強になります♪」「おいおい奈々ちゃ~ん、やめなさいこんなところで(ニヤニヤ)」「それは『予想』ですか?それとも『予測』ですか?」ビジネスはギャンブルではない智香の突然の冷たいトーンの話し方に、一同の視線が智香に集まります。

「またか」という木村の心理が、営業部のメンバーだけには手に取るようにわかりました。

「もう一度言ってくれるかな?」「それは『予想』ですか?それとも『予測』ですか?」「ショートパンツの件を言っているの?さっきそのまま言ったけれど、俺の〝予想〟だよ。この仕事をもう6年やっていますからね。そもそも、予想と予測って同じことだろ?」

「いいえ、違います。というか、まったく違います」「……!?(カチン)」「予想というのは物事の成り行きや結果について前もって見当をつけることです。

一方、予測とは将来の出来事や状態を前もって推し量ることです。違いがおわかりでしょうか」「いいえ、まったく。そんな理屈っぽい話、どうでもよくないか?」この一連のやりとりで智香のキャラクターを瞬時に把握した店長たちは、黙ってこのやりとりを観察するほうが賢明だと察したようです。

ビックリしつつも、興味津々といった様子です。智香はこの2つの言葉を使ってホワイトボードに次のような表を描きました。

「なぜ競馬は予想と言うのか。それは、文字通り〝想う〟ことで見当をつけるからです。一方、ビジネスでの売上などの数値分析はなぜ予測と言うのか。それは、文字通り〝測る〟ことで見当をつけるからです。そして、測るために使うのは、人間の勘ではなく、数字で表現できる規則性です」

「また屁理屈。センセイ、珍しく国語の授業ですか?そんな言葉の定義は、いまの議論の本質から外れている。もうそこまでにしてくれ」「そうはいきません」「はあ?」「部長、それからみなさん、少しだけお時間いただいてもよろしいでしょうか」智香の圧倒的な存在感(威圧感?)に、誰もNOとは言えない空気になっていました。

そんな空気を察してか、福島が無言でOKサインを表情でつくったのでした。

2当たる可能性が高いのはどちら?

「想う」と「測る」の違い

智香は、さらに2つの図をサッとホワイトボードに描きます。

他の参加者には申し訳ないと思いつつ、「予想」と「予測」の違いを根本的なところから木村に理解させるためです。

「何だこりゃ?」「たとえば、誰かにこの絵を見せて好きなところを1点見つめさせるとします。図Aのグラフは真っ白、図Bのグラフは矢印入りとします。

相手がどこを見つめるか当てるゲームをした時、当たる可能性が高いのはどちらでしょう」「……そりゃ矢印のある図Bのほうだろ」

「その通りです。実際、このゲームをして統計をとればそれは実証されるでしょう」「こんな当たり前の話に何の意味があるんだよ。さっさと会議を再開しようぜ」

「大切なのはここからです」「……」

「図Aは勘を頼りにただ〝想った〟結果です。つまり予想。一方、図Bは矢印という規則性を使って〝測った〟結果。つまり予測です」

「……」「先輩はいま、言いましたよね?『当たる可能性が高いのは予測だ』と」「……」「先ほどのショートパンツという結論は、測った結果ですか?想った結果ですか?測った結果なら、この矢印にあたるものは何ですか?」会議室は静まり返ったままです。

感心している場合ではないけれど、すっかり聞き入ってしまったのは部長の福島でした。

ここまで論理的に、なおかつ根拠のある説明で指摘されてしまうと、ファッションセンス抜群で業界のキャリアが圧倒的な木村であっても確かに反論できないでしょう。

しかし、彼にもプライドがあります。じっと考え込んだ末に、智香に反撃を始めます。

「やっぱり俺にはただの屁理屈にしか聞こえないね。だって、俺はいままでこのやり方で〝当てて〟きたんだ。仮に俺が〝予想〟しかできなかったとしても、結果を出してきた。ビジネスは結果がすべてだ。別に文句はないだろ」木村の主張に頷く女性店長もいます。

木村がここまでこのブランドのセールスを引っ張ってきたことは事実です。ゆえにショップスタッフからの信頼もとても厚いのでしょう。しかし、彼にはある視点が決定的に抜けています。

それを智香は、この機会を使ってどうしても指摘したいのです。

「いまの先輩の発言は90%正しいです。確かに、ビジネスは結果がすべてだと私も思います。でも、ひとつだけ抜け落ちている視点があります」

「いったい何だよ」「〝続かない〟ということです」「は?だから何がだっての!?」「先輩の予想が今後も当たり続けるなんてことは、あり得ないということです

その言葉は、決してケンカ口調ではなく、諭すように優しく発せられた言葉のように木村は感じました。

信頼してくれる店長たちを前に、このような状況になっていることは木村にとって屈辱的なことかもしれません。

しかし、もはや引き下がることはできないという子供のようなプライドが「まあそりゃそうだ」という言葉を飲み込ませます。

「何でそんなことが言い切れるんだよ?」「なぜなら、もしそうだとしたら……」「……?」「もしそうだとしたら、こんな会議やる必要ないということになりませんか?」いったん躊躇した後で発せられた智香のその言葉を聞いて、再び会議室に静寂が戻りました。

さすがにこの言葉は木村にも効いたようです。

参加者全員の「ちょっと、この会議どうなっちゃうの?」という無言の叫びを察した福島が、ベテランならではの機転(?)を利かせて、会議の進行を元に戻そうと智香に対して提案をしました。

「いや~、さすが柴崎さん。ホントに理路整然とした考え方だね。勉強になるよ」「感心している場合ではないと思いますけど」「(グサッ)あはは、確かにそうだね。

ところで今回はドット柄ブラウスとあわせて提案していくアイテムの議論だ。〝予測〟をするならば、どんな手法が考えられるのかね?たぶんここにいる全員がぜひとも知りたいテーマだと思うよ」

「はい、もちろんあります」「さすがだね~。ぜひとも教えてほしいな。また先生として頼むよ。なあ、木村?」「フンッ」「ではもう少しだけお時間をいただきます」

3相関係数のチカラを借りよう

相関係数で伸びるアイテムを見つける

智香は事前に用意していた紙1枚の資料を参加者全員に配付します。

先日のバラツキ数の「社内勉強会」の時と同様、すでにこの展開を見越して資料を用意してきているところが智香のすごいところです。

「結論から申し上げますと、『相関係数』を使います」「あ?爽快ケース?」「ぜんぜん違います、ソウカンケイスウです」奈々が必死に笑いをこらえています。

近藤さんにデータの所在を教えてもらい、『WIXY』というブランドができてから、いままでの販売状況を簡単にまとめてみました

「ありがとう。説明してください」「はい、お手元の資料(※2)は過去のデータから、『WIXY』のドット柄ブラウスの販売数が伸びたとすると、同時に伸びる可能性が高いアイテムがどれかを数値化したものです」「え?数値化?」

一同がざわつきます。そんな分析ができたらいいなという会話は、これまでも会議の中でありましたが、それを実際に数値化するなんてことは株式会社ブライトストーンにおいてまったくないことでした。

「結論から申しあげますと、ご覧の資料の数値が高ければ高いほど、ドット柄ブラウスの販売数とそのアイテムの販売数に強い相関関係があるということです」「すご~い」「そんなことがわかるんですね……」「この相関係数とは何なのかを当然説明するべきですが、いま、数学的な理論の話を始めると、それこそこの会議の本題から外れてしまいますので、説明は後で時間が余ったらすることにします。

いまは、この数値が正しいという前提で議論を前に進めさせてください」「ちょっと待ってくれ」「はい、何でしょう?」「相関関係って何だ?いや、店長たちも笑っているけれどわからないのは俺だけじゃないはずだぞ。

そうだろ~?」各店舗の店長も数人が笑いながら「うんうん」と頷き、少し会議室の空気が和らぎました。

3か月に一度の重要な会議が、あっという間に講師・柴崎智香のセミナーと化していました。

「そうですね、では相関関係について簡単に説明してからにしましょう。突然ですが、先輩は、いままで仕事でストレスを感じたことがありますか?」「ああ、いま、まさにMAXだ」会議室が笑いに包まれます。そう切り返されるとは思っていなかった智香も、不覚にも少し笑ってしまいました。

「ストレスが大きくなると、先輩にはどんな変化が起こりますか?」「ん?変化?……そうだな、飲む機会が増えるかもしれないな」「逆にストレスが少なくなればなるほど、どんな変化が起こりますか?」「まあ、仕事が楽しくて仕方なくなるだろうね」「つまり、先輩の場合はストレスの大小と飲酒の量、仕事へのモチベーションには関係がありそうだなという考え方ができます。ということは、こうも言えます」

「俺の飲酒量と仕事のモチベーションにも何らかの関係がある……と?」「その通りです。一方の変化とあるもう一方の変化に何かしら関連が認められる場合、相関関係があるという表現をします。さらに言うと、一方が増えるともう一方も増えるような関係を〝正の相関〟、逆に一方が増えるともう一方は減るような関係を〝負の相関〟なんて表現をします」

「正比例と反比例みたいなものですかね」「はい、イメージとしてはそれで正しいですね。先ほどの相関係数は、2種類のデータについて、一方の変化(増減)ともう一方の変化(増減)にどのくらい関連がありそうかを知るため、それぞれの販売数の変化を比較し、数値化したものになります」誰もがなんとなくイメージしていたことをきっちり言語化した上で説明されたので、営業部のメンバーはじめ、各店舗の店長たちもここまでは全員理解できています。

するとここで奈々が智香に対して鋭い質問をします。

この質問で登場するある言葉は、多くの「優秀」と呼ばれるビジネスパーソンも実は正しく理解していないまま現場で使ってしまう言葉なのです。

「相関関係」と「因果関係」

「柴崎センセ~イ、ひとつ質問がありま~す」「はい、どうぞ」「因果関係って言葉もありますよね?それと相関関係とは違うんですか?」「よい質問ですね(ニコッ)。

因果関係を一言で言うと、原因と結果の関係になっているもの。先ほどの例で言えば、先輩の飲酒量が増えることは仕事のモチベーション低下の直接的な原因ではないですよね。そのまた逆もしかり。

でも、飲酒量が増える原因はストレスの増加と先ほど自らおっしゃっていましたので、飲酒量の増減とストレスの有無は因果関係と考えてよいですね」

「なるほど〜」「ということは、何か2つの間に因果関係があれば、それは必然的に相関関係があるとも言える。でもその逆は必ずしも言えないってことか」「はい、その通りです(ニコッ)」

4相関関係から意外なアイテムとの繋がりが明らかに

相関係数が示したもの

相関関係とは何か、相関係数とは何を表す数字なのかを理解したところで、智香は先を急ぐことにします。

大切なのは、数学的な理論や言葉の定義よりも、目の前の仕事をどう進めていくかです。

「では本題に戻ります。資料(※2こちらを参照)にある相関係数を改めてご覧ください。ドット柄ブラウスと主なボトムスとの相関関係を数値化したものです。

実はこの相関係数は必ず+1から1の間の数値になります。+1に近ければ近いほど正の相関が強く、1に近ければ近いほど負の相関が強いと解釈します。

先ほども申し上げましたが、数学的な理論はここでは割愛し、本題の進行を優先します」

「ちょっと待て!この数字がもっとも高いのがショートパンツだぞ?ということはドット柄ブラウスの販売枚数と相関関係がもっとも強いのはショートパンツってことにならないか!?」「はい、その通りです」「ほら見ろ~!結局さっきの俺の予想通りじゃないか!ボトムスで合わせるならやっぱりショートパンツがべスト。

数学だか何だか知らないが、結局俺のセンスで出した結論と同じじゃないか。笑っちゃうぜ」「いいえ、0・5程度では不合格です」「はい?」

相関係数の大小は重要です。でも、0・5程度の数値では決して高い相関があるとは言い切れません。少なくとも、〝ボトムスの中では比較的高いけれど〟程度の評価です」「おいおい!自分に有利な数字が出なかったからって煙に巻こうとしていないか?」「いいえ、そんなことはありません」木村のツッコミたくなる気持ちもわからなくはありません。

しかし、実際のところ相関係数が0・5程度では何かマーケティングに示唆を与える数値とは残念ながら言えません。

絶対的な基準はありませんが、一般的にはプラス0・7(あるいはマイナス0・7)程度あれば強い相関関係ありと考えるのが妥当と言われています。

数字はとても無機質なものですが、決して「ウソ」はつきません。出てきた数値は、信じなければなりません。

さらに、数字は人間が先入観で見ようとしてこなかった事実をクッキリ浮かび上がらせるチカラも持っているのです。

「先輩、一緒に売るものはボトムスじゃないといけないのでしょうか?」「……?」「私はファッションに関しては素人です。

だから質問なのですが、ブラウスと一緒に買ってもらうアイテムはボトムスじゃないといけないのでしょうか?」木村には、智香の質問の意味が最初は理解できませんでした。

ファッションはトータルコーディネートで初めて「成立」するものだというのが木村の哲学。

当然、ブラウスを売りたいならばそれに合うボトムスをセットで提案するなんて当たり前のことだろう、と。

しかし……。

相関係数で想定外のものが見える「資料の続きに数字が入っているね」「続き……?」「そうです、次の表を見ていただければ一目瞭然です。

過去のドット柄ブラウスの販売枚数の推移との相関を全アイテム調べてみたところ、実は圧倒的に高い数値を示したものがひとつだけ存在しました」

「面白いね、これ」「へえ、すご~い!」「まったく想定外ですね、これは」「……マジかよ」「ご覧の通り、ストールの販売数の推移と極めて近い相関があることがわかりました。

要するに、過去の『WIXY』においては、ドット柄ブラウスの販売数とストールのそれとは比例しているということです」「ちょっと待った!」「はい、何でしょうか」「この分析結果は意味をなさないね」「なぜでしょうか?」「そもそも、ストールはもっともよく売れる小物だ。

トップスを買ったお客様がセットで購入する可能性も高い。

つまり、ドット柄ブラウスではないトップスを買った人の数字も見ないとダメだろう」珍しく木村は自信満々です。

でも確かに木村の言う通り、ドット柄ブラウス以外のアイテムとストールとの相関関係も見ないと、正しい判断はできません。

先日智香にレクチャーされたABテストの考え方を早速使っています。

「先輩、素晴らしい指摘です。先日の私の話が理解できていますね(ニコッ)」「フン、うるせ~」「当然そのポイントも調べています。

資料には載せませんでしたが、ドット柄ブラウスを除いたトップスの販売推移との相関も調べてみたところ、相関係数はおよそ0・5でした」「……マジ?」「結論です。

過去の数字から、来期の主力商品であるドット柄ブラウスを売ることで同時に販売数が増える可能性が高いのは『ストール』です。しかも、その傾向は他のトップスアイテムと比較しても顕著です」

5数字を使えば先入観が取り除ける

数字から思い込みに気付く

福島の判断により、来期の注力アイテムになるドット柄ブラウスはショートパンツを中心としたコーディネートで提案していくこと、そしてそのお客様にはプラスαの提案として、ストールを積極的にオススメしていこうということで話はまとまりました。

「でもさ、な~んでドット柄ブラウスだけストールとの相関が強いんだろ。

さっきの説明によれば、相関関係はあるけど、因果関係があるわけではない。

つまり、ドット柄ブラウスを買ったことがストールを買う直接的な理由にはなっていないということだ」「ワタシもさっきからそこが腑に落ちないんですよね~。

数字でそう出ているなら信じるしかないですけれど」「う~ん、ドット柄と合わせやすい無地ストールがほしいっていう心理はわかるけどな」「無地ではありませんよ」「え?」「ドット柄ブラウスともっとも相関が強い柄は〝花柄〟です」「オマエ、そこまで調べたのか!?」智香は資料の裏を見るように全員に指示をします。

裏側にはストールというアイテムに限定した形で、相関係数の算出結果が示されていました。

プレゼンしたいことは「花柄」の数値の大きさであり、ABテストと同じく比較が必要な対象は「全体」と「無地」と「それ以外」と考えられるので、このような整理で説明できます。

「ご覧の通り、花柄ストールの増減がドット柄ブラウスのそれともっとも似ている(推移の仕方が近い)ことが一目瞭然です」「これ、すご~い!」「〝無地〟が低いというのは、驚きました」「……マジかよ」しかし、木村はこの結果がどうにも腑に落ちません。

数字から顧客心理を読み取る「わからん。

普通『ドット柄ブラウスと花柄のストール』なんて、合わせてコーディネートしないだろ。

実際ウチのカタログやディスプレイでも、合わせやすい無地とかでコーディネートしているのに」「先輩、ここでひとつ問題提起させていただきます」「……(ったく、いちいち固い表現使うんだよなコイツは)」「一緒にコーディネートするために購入しているとは限らないのでは?」「……?」「私はまだこの会社にきて日が浅いですが、思うことがあります。

みなさんはファッションを提案する側ですから、トータルのコーディネートを軸にして物事を考えています。

でも、お客様はどうでしょうか?」「何が言いたい?」「私はお店のディスプレイやショップスタッフさんの上下コーディネートをそのまま購入した経験は、いままで一度もありません」この言葉にはショップの店長たちの表情が変わりました。

確かにコーディネート提案しても単品買い、あるいはまったく関連のないアイテムを複数枚購入されるケースが多いことを彼女たちは肌感覚として持っていたからです。

「これはあくまで私の友人が言っていたのですが……」「ああ、何だよ」「柄ものの服を着る人っていろんな柄にチャレンジしているけれど、無地のものやシンプルな服装が好きな人ってなかなか柄ものにはチャレンジしないって」「……!」「確かにそれはワタシも感じます。

もしかしたら、こういうことかな。

ドット柄ブラウスを着るような娘はそもそも柄ものが好きだし、ファッションにもアクティブ。

だから他の柄ものにも興味を持ちやすいし、既存のコーディネートにアクセントを加えられるアイテムならほしいと思いやすい。

だから2つのアイテムの売れ方には相関がある、とか?」奈々の言葉にショップの店長たちも頷いています。

「相関が強い=同じ人が買っている」はある程度正しいかもしれません。

しかし、「相関が強い=一緒に使うために買っている」は販売する側の勝手な先入観と言わざるを得ません。

今回の相関係数という数字は、販売する側がつい見落としてしまいがちなお客様のインサイトを浮かび上がらせてくれたようです。

最初は智香を「異物」を見るような目で見ていた店長たちも、いつしかファッション業界での経験が皆無である智香の話に魅了されています。

結局、来期は花柄を中心とした柄もののストールを多く生産し、ショップスタッフも柄もののトップスを購入しそうなお客様には、柄ものの小物を意識的にオススメしていくということで議論は着地しました。

そして、この結論に異議を唱える者は、最終的には一人もいませんでした。

6相関係数は〝イメージ〟で理解する

相関係数もエクセルで計算

長時間にわたる全社営業会議がようやく終わり、散会となりました。

今日はさすがに疲れたのか、福島は早々に会社を後に。

奈々も「今日は疲れましたぁ~」という言葉を残してさっさと退社していきました。

木村も帰ろうとデスクを片付け始めた時、雑務を処理していた近藤がふとあることを思い出し、智香に声をかけました。

「そういえば柴崎さん、相関係数を算出するのって大変な作業なんですか?」「ああ、そういえば説明は後回しにしていましたね」「これもエクセルの関数があるんですか?」「ええ、その通り。

『=CORREL()』。

、」近藤に説明するため、たまたま開いていたエクセルシートに、簡単な7つの数値からなるデータAとBを表にまとめ、CORREL関数を指定し、相関を調べたい2種類のデータのセル範囲をそれぞれ指定してあげることで、簡単に数値が算出できます。

なんとなく気になるのか、木村は片付けをする素振りを見せながら、目を合わせずこっそり聞いています。

そんな木村の様子に気付いた智香ですが、あえて気付かないフリをして近藤との会話を続けることにします。

「このケースだと、相関係数はおよそ0・95、つまりこのデータだけで判断するならば、かなり高い相関があると評価できます」「なるほど。

ところでひとつ質問ですが、なぜ相関係数ってプラスの値もあればマイナスの値も出てくるのでしょうか?細かい理論は正直言ってあまり興味はないんですけど……」ビジネスパーソンにとって大切なのは「使う」ことであって、相関係数の厳密な理論はそれほど重要なことではありません。

実際、その数学的理論を誰かに説明するような場はごく限られた人以外はおそらくないでしょう。

しかし、大まかなイメージを持っておくことは大切です。

なぜなら、ビジネスに必須の「平均」「バラツキ」「2つのデータの相関」という概念を正しくイメージすることに繋がるからです。

「正の相関」と「負の相関」の意味「そうですね……、説明すると少し長くなるし、かなり数学的な話になってくるので、気になるようならざっくりイメージで理解しておけばいいと思います」「ぜひお願いします」「わかりました。

私のパソコンで説明します」智香は新しいシートを開き、簡単な表を作成しました。

どうにも気になるのか、ついに木村もパソコンを覗き込んできました。

「あれ、先輩帰るんじゃないんですか?」「ああ、でも人と会う約束をしていて、もう少し時間があるんだよ」「理解のために究極までシンプルにしました。

たとえばあるコンビニのカップアイス、棒アイス、おでんの販売数を2日に分けて考えます。

2日間の平均はご覧の通りです」

「おお、むちゃくちゃシンプルだな」「では、先輩に伺います。

カップアイスと棒アイスの販売数の関係は正の相関、負の相関、どちらでしょうか」「どちらも1日目より2日目が増えているから正の相関か?」「そうです。

カップアイスとおでんなら、その逆になるので負の相関と考えられます。

2軸のグラフで表現すると、カップアイスと棒アイスの関係はこのような感じです。

よろしいでしょうか?」

「ああ」「正の相関関係があるカップアイスと棒アイスにおいて、それぞれ平均値からの差を計算すると、このようになります(前掲図下の表)。

ご覧の通り、1日目はともにマイナスの数、2日目はともにプラスの数」「確かにそうだな」「負の相関関係があるカップアイスとおでんについても同様に考えると、1日目も2日目もマイナスとプラスに分かれてしまいました」

「おおっ」「何かありそうな気がしますね……何だろう?」「バラツキ数の時も同じ発想でしたが、いくつも数字があるとわかりにくいので、できればひとつの数字だけで相関の具合を表現したい」「ああ、それが相関係数なんだろ。

でもここからどうするんだ?」「実は1日目と2日目、それぞれの平均値からの差を掛ければ、前者の相関関係はプラスで表現でき、後者の相関関係はマイナスで表現できます(次の2つの図参照)」

「そうか……。

確かに数字の正負が同じだったら掛け算すればプラスになり、正負が異なっていれば掛け算することでマイナスになりますよね」「マイナス同士を最後に足し算するから、負の相関の場合は係数がマイナス!」「はい。

いまは理解のために1日目と2日目というわずか2つのデータで説明しましたが、データが多くても原理は変わりません。

正の相関・負の相関というもののイメージと、相関係数のプラスマイナスがリンクしたでしょうか」わからなかった問題が解けた中学生のように、木村と近藤は目を輝かせています。

それは、かつて智香が学生時代に初めて相関係数の構造を学び、理解できた時に感じた小さな「感動」に近いものでした。

「現場で簡単な分析に使う場合においては、『平均とそこからのバラツキ具合に注目することで、2つのデータの関連が数字で捉えられる』と、ざっくりイメージできていれば、とりあえずOKです。

先輩もこれ以上、理論を深掘りするよりも、実際にエクセルなどで使ってみることです」「フン、わかっているよ」

7数字を使って意思決定する本当の理由

信頼を裏切らないための数字

相関係数のカラクリをイメージできた木村は少し興奮状態です。

こういう経験は、かつて学生時代の数学の授業では、体験したことがありませんでした。

まあそもそも彼自身の授業態度に問題があったとも言えるのですが。

「さ~て、そろそろ帰ろっと」「先輩、ちょっとだけいいですか」「あ?何だよ。

相関係数はもういいよ」「違います。

まったく別の話です。

今日思ったのですが、社内や特にショップスタッフさんの中には先輩のファンも多いんですね」「ま~なぁ~。

地方の店舗なんて特にそうだよ。

俺が視察や打ち合わせで顔を出すと目をキラキラさせるもん(上機嫌♪)」そんな超ポジティブ思考で少し勘違いしているフシがある木村に対して、智香がまた何かガツンと言うのかなと近藤はぼんやりと想像していました。

ところが、智香の口から出た言葉は意外なものでした。

「ファンがいることは素晴らしいことです。

大切にしてください」「ん?何だよ急に。

気持ち悪いな……」「彼女たちは先輩を信頼しています。

頻繁に会えない地方のスタッフほど、先輩の能力を頼りにしているのでしょう」「……?」「少し私の話を聞いていただけますか」智香の話とは、彼女が前職でコンサルティングに入った、あるクライアント企業の実話であり、コンサルティング契約をする前にあった出来事についてです。

その企業はいわゆる社長のワンマン経営で成長を続けてきた企業でした。

部下に任せることはほとんどなく、社長がほぼすべて意思決定をしていたのですが、その決定理由のほとんどが、「俺の経験と直感」だったのです。

ある日、社長の意見と現場の意見が真っ向から対立したことがありました。

現場の意見も論理的な根拠があったわけではなく、言うなれば現場の「肌感覚」だったのですが……。

「結局、その社長は自分の意見を押し通し、会社にとって重要な意思決定を行いました」「ふ~ん、それでどうなったんだ?」「その後、事業は急激に悪化し、やむを得ず社長はリストラを実行することに」「……」「その時、リストラされた従業員はこう思ったそうです。

『確かに社長のビジネスセンスは素晴らしかった。

でも、あの時、何か別の方法でアプローチしてみることはできなかったのだろうか。

たとえば論理的に考えて数字を使って分析してみるとか、そういうことをしていたら、もしかしたら違う意思決定もあったのではないか』と。

もちろん、誰もその社長には言えませんでしたけどね」「……」「もう少し早くその会社とのご縁があればと、悔しい気持ちになりました」その言葉には、珍しく感情がこもっていました。

そんな智香に木村はつい皮肉を言ってしまいます。

「フン、普段クールな数学オンナでもたまにはエモーショナルなことを語る時もあるんだな。

ちなみに、それはあくまで結果論だろ?たとえば数字で分析し、予測した結果が外れてしまうことだってあるだろうし」「はい、その通りです。

その通りですが、それは間違いです」「あ?何言ってるのオマエ?」「予想にせよ予測にせよ、絶対に外れないなんてことはあり得ませんよね」「ああそうだよ。

だからいま、そう言ったじゃないか」「ならば、外れた後が大切なのではないでしょうか」「……?」「先輩、意思決定の時、周りの仲間のことを考えたことがありますか?」近藤もいつの間にか智香の話に引き込まれていました。

いつもの冷静な智香とは少し違う。

そんな気がしていて、この先何を語ってくれるのかを期待してしまいます。

2人はじっくり智香の言葉を待っていました。

「先ほどの会社の話、社長の直感での意思決定が失敗した後と、数字を使って議論した結果もふまえてした意思決定が失敗した後では、従業員の心情は違っていたと思います」「……?」「後者の場合は仕方ないと納得できるものです。

ところが、前者はそうではありません。

先ほどのリストラされた従業員の言葉がすべてです」「……まあ、そうだな」「仕事はチームプレイです。

そして、チームメンバーはロボットではなく、人間です。

この社長は、意思決定を誤った後の従業員のメンタルまでは考えられなかったんですね」

数字で意思決定をする本当の意味「数字を使って意思決定しよう」とは誰もが言うこと。

しかし、なぜ数字を使わなければならないのかを本質から理解できている人は少ないのです。

大切なのは失敗した後、「ここまで論理や数字を使って議論をした上での決定が外れたのなら仕方ない」とメンバーが納得できるかどうかです。

大切な仲間のメンタルを考えたら、一個人の「経験と勘」だけで重要な意思決定など、本来はできるはずがないのです。

「だから、数字を使えと?」「そうです。

先輩のファンを悲しませないためにも」木村は言葉を返すことはせず、踵を返してオフィスを出ていきました。

次の瞬間、近藤が無言でコーヒーを智香に差し出します。

「どうも」と言わんばかりに首を前に出し、智香はあまり好きではないコーヒーをブラックのまま啜りました。

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