声の不調を正しく治せる人を見つけるのは難しい日本において、のどの専門医はさほど多くありません。耳鼻いんこう科の医師はそれぞれ専門分野を持っており、日々その分野で研鑽を積み、診療にあたっています。ところが、「のど」を専門にしている人は少なく、耳や鼻を専門にしている先生が「のども診ている」というのが実情です。耳鼻いんこう科の診療対象となる部位は、文字通り「耳」と「鼻」と「のど」です。耳・鼻・のどは互いに密接しており、関連しながら働いているとはいえ、それぞれ独立した器官です。そのため、声の不調を正しく診断し、治すことのできる医師となると、なかなか出会えません。このことは医療を受ける側からはわかりません。耳鼻科いんこうは耳・鼻・のどの3つまとめて「耳鼻いんこう科」であり、耳鼻いんこう科に行けばこの3つの部位の病気は治せると考えている人がほとんどです。その結果、診察を受け処方された薬を飲んでもなかなか治らず、「おかしいなあ」と考え、ほかの耳鼻いんこう科へ行くことになります。もちろん医師ですから、専門分野でなくても一通りの治療はできます。一過性の咽頭炎などのポピュラーな症状であれば、適切な治療をして薬を出してくれるでしょう。指示通りに服薬すれば改善していきます。しかし、音声障害となるといささか状況は異なります。医学部では音声について学ぶことはほとんどなく、それゆえに音声を専門にする医師の数も非常に少ないです。そのため、音声障害を抱える人が耳鼻いんこう科に行っても、担当した医師がのどのことがわからず診断ができなかったり、診断ができて治療を始めたとしても治療効果が出なかったりということがしばしば起こり、あちらこちらの耳鼻いんこう科を転々とすることになります。運がよければ、音声治療にくわしい医師と巡り合うことができ、以前のように声を出すことができるようになるかもしれませんが、そうでない人のほうが多いようにも見受けられます。「もう病院では治らないと思って、民間療法に頼りました」とおっしゃる方にお会いしたこともあります。専門的な知識を持たない人のもとでボイストレーニングを受け始めたり、「○○を買ったら治る」と言われてついつい買ってしまったりなど、医学的に根拠のない「療法」に取り組んだものの、結局声の不調は治らないうえに、法外な施術料を払ったという話も聞きます。本章では、そのような医学的根拠の乏しい療法に惑わされることがないように、病院で医師に伝えるべきことと、信頼できる医師・病院を見つけるポイントをお話ししていきましょう。
医師に伝えるべき5つのポイントあなたに適した治療を受けるには、自分の症状について正しく伝えることが必要です。医師に次の5つのポイントに情報を整理し、伝えることで、医師も状況を整理して理解でき、あなたにとってより適切な診断をしていただけるでしょう。・いつからその症状が出ているのか・どんなきっかけでその症状が出ていることに気づいたのか・日々の生活パターンはどうか(どのように過ごしているか)・その症状が出やすい時間帯はあるか(どういう時間帯か)・どんな言葉、どんな音が発声しにくいか医師は、いつごろから何をきっかけにその症状が出たかを知りたいわけです。以前、「1か月前から声が出にくくなったんです」と言う方がいらっしゃいました。「そのころに何か特別なできごとがありましたか?」とお尋ねしたところ、「うちのペットが亡くなりました」とおっしゃいました。こうした情報が得られると、心因性発声障害も原因の候補として考え、その治療法を踏まえて、今後の方針を決めることができます。また、生活パターンを把握するのも非常に重要です。私は不調を抱える方の職業、働き方のほか、余暇の過ごし方や食べ物の好みについてもお聞きするようにしています。以前いらしたかすれた声の女性は、お話からホステスの仕事をしている方で、売り上げを増やすために、お酒をたくさん飲む生活をしていることがわかりました。あるダミ声の中高年の男性は、辛いものが大好きだったり、何十年にもわたる喫煙習慣があったりする人でした。飲酒や辛いものの食べすぎ、喫煙などが、音声障害の原因になっている場合もあります。こういった場合は、生活習慣を見直す指導を行います。声の不調が起きる時間帯を知ることも重要です。朝はふつうに声が出せるけれども夕方になるとかすれるのか、あるいは朝は声を出しにくいけれども時間の経過とともに出しやすくなるのかなど、必ずお尋ねするようにしています。どんな言葉が発声しにくいのかなどの情報も、診断に役立ちます。たとえば、痙攣性発声障害になると「あ行」が発音しにくくなります。言葉に注目することで、原因を特定しやすくなることもあるのです。医師はこうしてさまざまな角度からヒアリングを行い、検査結果と併せて慎重に診断していきます。医師にとって患者さんからの詳細な情報は、ていねいな問診と原因を探る大切な手がかりになるのです。
ポイント①のどの専門医である信頼できる医師や病院を見つけるにあたっては、大前提として、次の2点を満たしていることが大切です。これは、どんな治療法を選ぶにしろ、です。①医学的な診断と評価ができる治療法であること②治療法に医学的根拠があること音声障害の治療は、「のどの専門医」に診てもらうのが不可欠です。のどの専門医なら、専門的な知識と技術を持って検査と適切な診療を行い、ほかの医療機関とも連携を取りながら、声の疾患で悩む人1人ひとりに合った治療計画を策定できます。治療法はその人の生活環境や仕事の状況によって変わります。声帯結節や声帯ポリープが原因の音声障害の場合は、目で見て判断がつきやすいです。しかし、機能性音声障害や心因性発声障害のように、目で確認できる病変がない場合は、よりいっそう診断が難しくなります。きちんと音声障害の診断をし、治療をするには時間も手間もかかるのです。のどの専門医を探すには、日本気管食道科学会のホームページで公開されている「専門医名簿」(http://www.kishoku.gr.jp/specialist_list/)を活用する方法があります。また、日本喉頭科学会に所属していれば、のどについて学んでいる医師であるとわかります。病院のホームページなどの医師紹介で、日本喉頭科学会、または日本音声言語医学会に所属しているかどうかを確認する、あるいはそうした学会に所属しているかを医師に直接聞いてみてもいいでしょう。
ポイント②「」音声障害を治療していくにあたり、「のどの専門医」に診てもらうことを第一条件に挙げましたが、「のどの専門医」の中でも音声治療を専門としている医師であれば、よりくわしく原因を調べ、対策を考えることができます。ただし、繰り返しお伝えしている通り、「のどの専門医」そのものが日本では少ない現状があります。日本耳鼻咽喉科学会に所属している専門医は約1万人います。そのうち、日本喉頭科学会に所属している医師は約1000人です。さらに日本喉頭科学会に所属していても、全員が音声治療を専門としているわけではありません。1000人の医師うち、音声のみを専門にしている医師はおよそ100人といったところでしょう。そのうちの2~3割が東京で診療にあたり、残りの7~8割がほかの道府県で診療にあたっています。音声治療専門の医師がいる病院の見極め方では、このような現状をふまえたうえで、どのようにして音声治療専門の医師がいる病院を探せばいいのでしょうか。まず、その基準の1つが、「喉頭ストロボスコープ検査」をしていることです(喉頭ストロボスコープについては69ページ参照)。なぜ喉頭ストロボスコープのある病院を選ぶべきかというと、音声治療専門の医師がいる可能性が高いからです。スマホやパソコンなどで、「ストロボスコープ耳鼻いんこう科」という言葉で検索して探すといいでしょう。ホームページなどで喉頭ストロボスコープについて紹介している病院がヒットするはずです。耳鼻いんこう科であれば喉頭ファイバースコープはどこでも備えています。ところが、喉頭ストロボスコープとなると、極端に扱っている病院が少なくなります。喉頭ストロボスコープのある耳鼻いんこう科の数が少ない理由は、音声治療専門の医師が少ないからです。そもそも大学の医学部の中でも、喉頭ストロボスコープのあるところは多くありません。音声専門の医師は皆、喉頭ストロボスコープを使うメリットをよく理解しているので、自分の病院で喉頭ストロボスコープを取り扱っていれば、必ずそのことをホームページに記載しているはずです。
ポイント③言語聴覚士の音声治療が受けられる病院を選ぶ際に押さえておきたいことが、もう1つあります。それは「言語聴覚士による音声治療が受けられるかどうか」ということです。音声障害の改善には医師による治療のみならず、音声の専門家である言語聴覚士による発声訓練や衛生指導が必要になることが非常に多いです。言語聴覚士は音声専門の医師のもとで仕事をするため、喉頭ストロボスコープを扱う病院には間違いなくいるはずですが、念のためにホームページをよく見て確認しましょう。ホームページに言語聴覚士による音声治療について記載がない場合には、電話で尋ねるといいでしょう。言語聴覚士は複数いることが望ましい言語聴覚士は2人以上、できれば男性と女性それぞれいるところが望ましいと私は考えています。言語聴覚士は圧倒的に女性が多いのですが、男性女性それぞれ身体的事情が違いますし、同性のほうが言いやすいこともあります。たとえば、女性は、生理の前になると声が出にくくなるなどの症状が起こる人がいますので、そうしたことも同性ならば言いやすいでしょう。私の経験上、異性よりも同性に対するほうが指導も厳しくなるので、同性の言語聴覚士の指導を受けるほうが、治療効果は上がると考えています。リハビリにせよ衛生指導にせよ、ある程度の厳しさは必要です。その点でも、同性の言語聴覚士に指導を受けるほうがいいでしょう。医療関係者とはいえ、異性にあれこれ体のことを聞かれるのが苦痛な人は、同性の言語聴覚士がいるかどうかを確認しておくようにしましょう。現状を鑑みると言語聴覚士は男女1名ずつ、合計2名が常駐していれば御の字ではありますが、本音を言うと3人以上いてほしいところではあります。言語聴覚士にもそれぞれ得意な分野・不得意な分野があるからです。それをお互いにカバーするために、3人以上いるのが理想的ではあります。また、法律で、音声治療は言語聴覚士1対1の診察で、20分以上行うことと決められています。そのため、3人以上の言語聴覚士がいるということは、その病院が時間をかけて熱心に音声治療に真摯に取り組んでいる、信頼に足る病院と判断できるのです。
ポイント④さまざまな治療法を提示し、きちんと説明できる病院を見つけたら、次はあなた自身が診察を受けてみて、その医師が信頼に値するかどうかを確認する必要があります。その際のポイントとなるのが「さまざまな治療法を提示してくれる医師であるかどうか」です。音声障害の種類にもよりますが、提示してくれる選択肢が多ければ多いほどいいと思ってください。おすすめなのは、「まずは沈黙療法と薬で様子を見ましょう。処方する薬には〇〇の効果があります。あわせて言語聴覚士の衛生指導を受けて、日常生活の注意点を守って過ごしてみてください。〇日後からは声のリハビリを始めましょう。それで〇か月経っても治療効果が得られなければ、手術を視野に入れたほうがいいかもしれません。手術の方法は2通りあって……」というように、わかりやすい言葉でさまざまな可能性を考えながら、治療プランを具体的に提示してくれる医師です。そういう医師なら安心できます。また、医師の中には手術についてまったく触れない医師や、手術を強くすすめてくる医師がいますが、その場合はセカンドピニオンを考えたほうがいいでしょう。医師の中には手術経験がほとんどなく、明らかに手術をしたら治るケースでも、手術しない方向に誘導しようとする人もいます。手術のデメリットをいくつも挙げ、「こんなふうに手術をしてもいいことはないから、薬で治しましょう」と言って、ステロイド薬による治療一辺倒になってしまうこともあります。その結果、症状は改善せず、いよいよ声が出なくなった段階で、手術を求めてほかの病院に行くということになってしまいます。一方で、むやみやたらと手術をすすめてくる医師にも注意が必要です。手術の実績が多いからといって、のどの専門医として優れているわけではありません。手術を回避する医師も、手術ばかりすすめる医師も、問題は治療が患者さん主体でなく医師主体になってしまっているところにあるのです。治療法や方針に偏りがある医師には疑いの目も向けるようにし、セカンドオピニオンを受けることを検討してください。必ず検査結果の説明を求めようのどが専門の医師は、喉頭ファイバースコープ検査を必ず行います。しかし、すべての医師が喉頭ファイバースコープで撮影された動画をしっかり見て、患者さんの症状を把握し、その結果を患者さんに説明し、治療に役立てているとは限りません。医師は毎日何十人もの患者さんを診察しています。常に時間に追われているので、検査さえしておけばそれでよしとする医師も少なくないためです。もし、喉頭ファイバースコープ検査をしたにもかかわらず、検査結果について説明をしてくれないような場合は、自分から説明を求めてください。これに対してきちんと答えてくれない(答えられない)場合には、「自分の病状をきちんと知っておきたいので、どこか説明してくれる耳鼻いんこう科を紹介してもらえませんか」と言ってもいいでしょう。少々勇気のいることですが、自分の体を守るためには自分から積極的に質問して、理解しておくことも大切です。日本には医師の立場が上で、患者さんがそれに従う風潮がありますが、本来、医師と患者は対等な立場です。もし、本気で音声障害の治療に取り組んでいる医師であれば、喉頭ファイバースコープ検査の結果についてもきちんと説明してくれるはずです。
ポイント⑤術後のケアも執刀医が行う手術をすることになった場合、執刀医が術後も診てくれるかどうか確認しておくことも、音声障害を治療するうえで大切なポイントの1つです。今、厚生労働省が推し進めているものに「病診連携」という方法があります。これは、手術設備があまり充実していない市中のクリニックから、手術機器の充実した総合病院を紹介し、総合病院で手術を受けていただいたあと、術後はまたクリニックで治療を続ける方法です。しかし、この「病院連携」では、手術の執刀医ではない医師が、術後に推測で診察しなければならなくなるというデメリットがあります。音声障害の治療をする場合、術後に微妙なさじ加減が必要になることがありますが、それも手術を実際に執刀していないと難しいことがあります。クリニックの医師は手術現場にいなかったわけですから、術後を託された場合、どこをどう処置したかが細かくわからず、適切な治療がしにくいのです。執刀医は当然自分で手術をしているので、どこを強化するようなリハビリが必要か、あるいは、どこを弱くしたほうがいいかなどをよく理解しています。そのため、術後に適切な治療ができるのです。ただし、執刀医が経験豊富なベテラン医師の場合、当然たくさん手術をするわけですから、診察してもらうまでには時間がかかってしまいます。その場合は、毎回ではなくても、定期的に執刀医に診てもらいたい旨を病院側に伝え、診てもらうといいでしょう。手術を希望・検討している人は、手術後も一貫して執刀医が診てくれる姿勢があるかどうか、確認してみることをおすすめします。
ポイント⑥セカンドオピニオンを認める治療を受けていると「この先生は悪くはなさそうだが、ほかの先生の意見も聞いてみたい」と思われることもあるでしょう。そんなときには、迷わずセカンドオピニオンを求めることをおすすめします。医師には率直に「先生のことは信頼していますが、ほかの先生のセカンドオピニオンも聞いてみたいです」と言っていただいてかまいません。きちんとした医師なら、患者さんの気持ちをわかってくれます。もし、このように言われて怒り出す医師や、「私はどんな症例でも治せます」「ほかの専門医がいる施設で断られた病気も、私は治せます」などと言う医師であれば、あまりおすすめできません。音声治療専門の医師であっても、当然得意な分野は限られます。私の場合、得意分野は歌声です。私自身、子どものころから音楽が大好きで、長く合唱を楽しんできました。そのため、患者さんにはプロ・アマチュアを問わず歌を歌っている人が大勢います。東京の病院に勤務していることもあり、歌声に障害を持った多くの患者さんの治療にあたってきたおかげで、経験値を上げることができました。私が歌声の治療を得意とするように、全国の音声専門の医師にはそれぞれ得意分野があります。得意分野があるということは、裏を返せばあまり得意ではない分野、精通していない分野もあるはずです。ですから、「私はどんな症例でも治せます」や「ほかの専門医がいる施設で断られた病気も、私は治せます」などと主張する医師は信用できないですし、患者さんが期待する効果も得られるのかどうか、はなはだ疑問です。ほかの病院で断られるのは治療が難しいからです。そこを安易に「治る」と言い切ってしまうのはいささか安直すぎますし、患者さん側が期待するような医療が提供できるのか疑問を感じざるを得ません。もちろん、患者さんをサポートしたいという気持ちからの発言の場合もありますが、冷静な判断をし、慎重に向き合う姿勢のある医師のほうが、確かな治療をしてくれるでしょう。セカンドオピニオンを求める場合は、必ず紹介状をもらうまた、患者さんが「次の病院に行きたいので紹介してください」と言ったとき、にべもなく「自分で調べてください。私は知りません」と答える医師もいると聞きます。医師からこう言われると少しショックかもしれませんが、紹介状だけは必ず書いてもらってください。「紹介状を書いてください」と言って拒絶されることはないので安心してください。私たち医師の側も、紹介状を持ってきてくださると非常に助かります。ある程度診断がついていると、診察の手がかりになるためです。たとえば、前の医師が紹介状の中に「右の端に気になるものがある」と書いていたとしたら、次の医師はそこを入念に見ます。紹介状がないまま次の病院へ行くと、一から検査をやり直さなくてはなりません。紹介状があれば前の病院で検査にかけたお金と時間も無駄にせずにすむので、患者側にもメリットがあるのです。***本書の巻末に掲載しているQRコードからは「音声障害治療医療機関一覧」にアクセスすることができます。声の出しにくさでお困りの方は「音声障害治療医療機関一覧」の中から近くの病院を探していただき、ぜひ一度病院に検査を受けに行ってみてください。続く第4章では、音声治療や薬物療法、手術等を受け、実際に音声障害を改善した方々の例をご紹介します。
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