第3章ユニクロで人材育成機関の責任者をやってみた
筆者は、前に述べた通り2012年から2016年までの4年間ファーストリテイリングの経営者人材の育成機関FRMIC(FastRetailingManagementandInnovationCenter)担当役員を務めました。
この章では、イノベーションを原動力にいかにユニクロが成長を遂げてきたか、そしてその根底にあるのは志を起点として〝過去最高の自分を育て、仲間を育て、最強チームをつくる〟(当時はそのような言い方はされていませんでしたが、本質的には同じことです)ことが根っこにあったと筆者は考えています。
ここでは、どのようにそれを実践しているのかについてお話ししたいと思います。
なお、本章で使われている内容は、基本的には公開情報(ホームページやネット上にすでに開示されている情報)と筆者がファーストリテイリングで経験したエピソードに基づくもので、機密に触れるような情報は一切含んでいません。
2019年、世界で第2位のグローバルブランドに躍進
ファーストリテイリンググループ(以降、ファーストリテイリンググループ全体を含んだ広義の意味でユニクロという言葉を使います)は2019年8月期の決算で売上げ2・3兆円(対前年7・5%増)、営業利益2576億円(対前年9・1%増)をあげ、売上高でH&Mを抜き世界第2位のグローバルブランドになりました。
柳井社長の目指すグローバル・ナンバーワンのブランドまであとZARAを擁するInditexグループを追撃するのみとなりました。
ファーストリテイリングの成長エンジンとなっているのは、海外ユニクロ事業が1兆円を超し(そのうち約5000億円はグレーターチャイナ事業)、国内事業(売上げ8729億円)を超える事業に成長したこと(対前年14・5%増)、ジーユー事業の成長(対前年12・7%増)、そして成熟化した国内事業での踏ん張りにありました。
冒頭に述べたように多くの日本企業は足元の業績こそ堅調ではありますが、グローバルな視点で見てみると平成の失われた30年間において、グローバル価値創出競争に置いてきぼりをくっています。
ユニクロは、そんな日本企業の中でグローバル競争を勝ち抜き、大幅な成長を遂げてきた数少ない日本企業です。
服を変え、常識を変え、世界を変えていく──成熟した繊維産業で産業革命
繊維産業は成熟産業で成長余地は少ないというのが一般的な常識です。
たしかに国内繊維産業を見てみると成熟産業ですが、グローバルに目を転じるとまだまだ成長産業なのです。
また、長らく繊維産業にイノベーションは起きておらず、これまでの過去の延長線上のバックミラー型経営が行なわれてきました。
ここに殴り込みをかけ、「産業革命」=イノベーションを起こしたのがユニクロです。
筆者は柳井社長とはじめて会って、コロっとやられてしまった。
「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」を全社員が全身全霊で体現しようとしている会社、それがユニクロです。
ユニクロがどんなイノベーションを実現してきたかの理解がないと、その原動力となっている「過去最高の自分を育て、仲間を育て、最強チームをつくる」ことも手触り感をもって読者に伝わらないと考え、少し長くなりますがイノベーションの軌跡についてまずお話ししたいと思います(なお、以下の内容はあくまで筆者の見解であり、ファーストリテイリングの見解ではありません)。
ユニクロのイノベーションの軌跡
ユニクロの売上高と店舗数の推移に筆者がこれぞユニクロのイノベーションだと思うものをプロットしたものが図表3‐1です。
これにしたがい説明をします。
サービスコンセプトのイノベーション「ヘルプユアセルフ」
ユニクロは1984年に第1号店を広島に出店しスタートしました。
今から35年前、あと5年で昭和が終わってしまうというころです(ちなみに、まったく文脈とは関係ないですが、筆者は当時大学3年生で、我が東京大学陸上運動部が最初で最後〈でないことを祈っています〉の箱根駅伝に出場した年でもあります)。
1号店は朝6時にオープンし、朝早くから並んでくださったお客様に牛乳とアンパンを配ったそうです、最初はあまり客足が芳しくなかったらしいですが、だんだんお客さんが増え少し危険な状態になってきたので、柳井社長がラジオ中継で「人が多すぎるので来ないでください」と呼び掛けたところ、それを聞いた人たちがなんだろうと余計押し寄せて大変なことになったという逸話があります。
図表3‐2の写真にあるようにあふれんばかりの人が店に押し寄せています。
UNIQUECLOTHINGWAREHOUSEの名前通り、商品が〝ごまんとある〟倉庫のような店舗だったらしいです。
そこまでお客様を惹きつけたコンセプトが、ヘルプユアセルフです。
柳井社長が米国の大学の生協(我が母校ハーバード大学の生協だという説がありますが、定かではありません)を訪れた際に、たくさんの品揃えと必要なときにだけ店員に聞いたら適切なアドバイスをしてくれるサービスにヒラメキを感じ、ユニクロに導入したコンセプトです。
従来の日本のアパレルの店舗は店に入ると店員につきまとわれ、買いたいものではなく店の売りたいものを買わされるというお客様の不満・未充足ニーズにねらいを定め、自分の買いたいものをたくさんの品揃えの中からじっくり選び、わからないことや困ったことがあるときにのみ店員のアドバイスをもらうというお客様中心のコンセプトです。
ビジネスモデルのイノベーション「SPA(製造小売業)化」
1990年代後半までは地方都市を主体に店舗展開し、ゆるやかな成長を遂げていたユニクロですが、当時は自社ブランドの製品ではなく他社製品の販売を行なっていました。
つまりユニクロというのはあくまで服を売る場のブランドであり、プロダクトのブランドではなかったわけです。
ユニクロの「経営理念23か条」の最初に出てくるお客様中心の経営というものを体現しようとしたときに、お客様が本当に欲しいと思うものを製造することが必要だという結論に達したのは不思議ではありません。
SPA(製造小売業)のビジネスモデルに1990年代後半に進化していきました。
中国を主体としたパートナー企業との深いアライアンス、WinWinで成長する長期パートナーシップが基本です。
筆者は、ハーバード・ビジネススクール教授でFRMIC副学長の竹内先生と二人三脚で練り上げた経営人材育成プログラムであるFGL(FutureGlobalLeader)の一環で上海郊外のパートナーの生産工場を訪問し、その会社の見学と社長との対話セッションを行なったことがあります。
工場内にはユニクロの経営理念が掲示されていたり、ここまで心を込めてやるのかと思うくらいていねいに縫製、アイロンがけ、検品が行なわれている様子に感動しました。
そしてその社長の話が、表現さえ異なれども柳井社長と同根のお客様中心の経営哲学をもっていることがわかり、心打たれました。
根っこの経営理念・哲学のところでつながっているので長期パートナーシップができるのだということを実感した得難い経験でした(参加者からも今までで一番よかったプログラムとの評価でした)。
生産パートナーとの長期的視点でのアライアンスは質を高めるだけでなく、バングラデシュや、ベトナム、トルコ、インド等へと地域的にも拡大し、SPAモデルの進化を下支えしています。
プロダクト・イノベーション「1900円フリースの誕生」
SPAモデルへの進化と並行して起こったのがプロダクト・イノベーションです。
1990年代後半東レとの戦略的パートナーシップによってフリースが開発されました。
当時フリースは数万円する登山等の特別な用途のもので、カラーも限定的ないわばニッチ商品でした。
それを1900円でカラーバリエーション豊富な中から選べるというすごいプライス・バリューを創造し、一般の人が気軽に街中でフリースを着て暖かい冬をすごせるというプロダクト・イノベーションを起こしました。
いわゆるフリースブームです。
フリースブームは凄まじく、首都圏初の都心型店舗ユニクロ原宿店のオープンと相まって、2000年に2000億円強だった売上げが翌2001年には4000億円強に倍増しています。
千億円規模の売上げの企業がM&Aなしに倍増するなんてことは普通では考えられません。
それほどユニクロのプロダクト・イノベーションはお客様の圧倒的な支持を得たということです。
以降説明するまでもなく、ヒートテック、ウルトラライトダウン、エアリズム等の東レとの戦略的パートナーシップに基づくプロダクト・イノベーションが次々と引き起こされ、ユニクロの成長を牽引しました。
イノベーションに終わりはなく、継続的に大きなイノベーションを起こしていくというのはかなり大変なことですが、「ヒートテック級の次のイノベーションを起こしてください!」という柳井社長の叱咤激励がきっと今日もなされていることでしょう。
ちなみに柳井社長が叱咤激励されるときは必ず「ですます調」です。
余計怖いです。
店舗のイノベーション「SOHOグローバル旗艦店」
フリースブームの中、ユニクロ原宿店が1998年にオープンし、店舗もどんどん進化を遂げました。
ただ当時のユニクロの店舗は今のユニクロの洗練されたデザインとはかなり異なるものでした。
今のユニクロの店舗デザインのもとがつくられたのは、実は日本ではなくニューヨークのSOHOだったのです。
2000年初頭からの海外進出の一環で米国にも進出し、ニュージャージーのショッピングモールに米国第1号店が出店されました。
ところが当時米国でユニクロのブランドを知る人はほとんどおらず閑古鳥の鳴く状況でした。
そこでいったん閉店の決断をしてニューヨークのSOHOで在庫処分のためのポップアップストア的なものをつくって売ったところ、かなりの売れ行きだったそうです。
ニューヨークでのビジネスの手応えを感じた柳井社長は、すごいことを思いつかれました。
トップクラスのクリエイターやデザイナーを擁したドリームチームをつくり、店舗のデザインだけでなくロゴも刷新したSOHOグローバル旗艦店を2006年につくってしまったのです。
オープニング当日には長蛇の列ができました。
これが、現在世界中にあるユニクロの店舗のデザインの原型になっています。
日本ではなく米国でグローバルスタンダードを意識して店舗のもとがつくられたことこそ、今これだけユニクロが世界で受け入れられている大きな理由のひとつになっているのではないかと筆者は思っています。
ニュージャージーの失敗で転んでもタダでは起きなかったどころか、将来のグローバル成長のもとをつくってしまった柳井社長の慧眼と実行力には畏敬の念を覚えます。
ニューヨークのユニクロといえば五番街店が有名ですが、筆者はSOHO店が好きで、ここを訪れるとグローバル・ユニクロのもとが生まれたんだとひとり感慨にふけってしまいます。
顧客発見のイノベーション「中国事業」
2019年8月期決算でユニクロのグレーターチャイナ事業(中国、香港、台湾事業)は売上げ5025億円で、ついに5000億円の壁を超え、しかも営業利益890億円(営業利益率17・7%)とユニクロの日本の営業利益率(11・7%)を上回る高い利益率をあげています。
この躍進を事業立ち上げ当初からリードしてきたのが、現ユニクロ・グレーターチャイナCEOの潘寧さんです。
潘さんは入社の経緯を以下のように語っています。
私は学校を卒業してすぐユニクロに入社した。
私は日本に留学し、商学部修士課程で金融と経済を専攻した。
ビジネスや経営に関する勉強をしたのだから、どこかの会社に入って、教科書で覚えた知識が実際に通用するかどうか試したかった。
丁度ファーストリテイリングが店長を募集していたので、行ってみようと思った。
まさか、面接試験の面接官が柳井さんとは思わなかった。
それは1994年、当時ユニクロはまだ小さな会社で、売上は今の中国市場の売上の1/3にも満たなかった。
当時、私もファーストリテイリングとユニクロを知らなかったし、本社が山口県にあるのも知らなかった。
なぜなら、私はずっと東京に住んでいたから。
私は山口県まで行って面接試験を受けた。
面接で柳井社長に会って、すごく衝撃を受けた。
中国的な言い方をすれば、当時彼はただの田舎会社の社長で、田舎で生活し、周りは山と畑しかない。
しかし、そんな田舎にこういうすごい会社があるとは正直驚きで、彼が語る夢はとてつもなく壮大で、口を開けば、立派な中小企業になるという話ではなく、世界最大の会社、世界一の会社にしたいので、あなたの力を貸してほしいと言っていた。
(中略)彼は私が社長になりたいと聞いて、すごく感心し、じゃあうちにおいで、ここにはいっぱいチャンスがあり、あなたが社長になれるかも知れないといってくれた。
その時、私も素直だったので、これはチャンスかもしれないと思い、入社を決めた。
出所:チャイナなう「潘寧:ユニクロは如何に中国で成長したか」ChinaNowhttp://www.chinanow.jp/2014/03/01/article6477/潘さんは、頭角を現し、2001年に中国事業立ち上げの責任者を任されました。
当時は中国の国民1人当たりGDPもまだ低かったので、経済力があまりない大衆向けに日本のユニクロの製品とは異なる商品を売っていたのですが、まったくうまくいかず実質的に撤退という厳しい状況になり、いったん潘さんは日本に戻ってきました。
臥薪嘗胆を続ける中、潘さんは2005年に柳井社長に香港事業の責任者として再チャレンジのチャンスを与えられました。
事業をどう成功させるかを必死に考え抜いていたある日、潘さんはタクシーのラジオで国慶節に中国では1億人が旅行をするというニュースを聞き、ヒラメキました。
今まで購買力があまりない大衆層を暗黙のうちにターゲットと置いていましたが、その考えが間違っていることに気づいたそうです。
中国には勃興している中産階級があり、そこをターゲットにしていくべきだと。
「顧客発見」の瞬間でした。
香港は中産階級をターゲットにした事業仮説の検証をする最適の場でもあり(筆者の解釈です)、これまでの言葉は悪いですが「安かろう悪かろう」ではなく、日本のユニクロの商品をそのままもってきて、日本発のグローバルブランドとしてポジショニングし、プライシングも日本よりも高くしながらも、大成功を収めました。
そして香港でつくった成功モデルをベースに捲土重来で中国市場に乗り込み、そこから快進撃が開始され、今の5000億円しかも営業利益率18%の高収益事業に成長させることにつながりました。
もちろん、ポジショニングだけでなく、出店・人材育成・マーケティング・Eコマースインフラ構築等々の山積みの課題に対して、グレーターチャイナの全社員が思いと情熱をもって取り組んだ結果ではありますが、筆者は、中国事業の成功のはじまりは潘さんの〝顧客発見〟と、一度失敗した潘さんを見守りながら香港事業の責任者に抜擢し、再チャレンジをさせた柳井社長の経営者としての慧眼と度量があったからだと思います。
業態のイノベーション「ジーユーの誕生」
2006年に設立されたジーユーは、2019年8月期決算で、売上げ2387億円、営業利益287億円(営業利益率11・8%)をあげて、設立から13年でファーストリテイリング全体において1割を占めるほどになった成長エンジン事業です。
ジーユーの中興の祖である柚木治社長は、自らが提案し社長となった野菜事業エフアール・フーズの失敗で特別損失8億円(出所:東洋経済オンラインユニクロが挑む野菜、靴に続く「3度目の正直」)を出し、柳井社長のところに辞表をもっていったときの逸話を、インタビューで以下のように語っています。
責任をとって会社を辞めようと、辞表を胸元に忍ばせて報告に行ったら、開口一番、「柚木君、会社辞めようなんて思ってないよね。
損失分のお金はきっちり返してね」と言われ、思い止まりました。
忘れもしない2004年6月、39歳のときです。
自信喪失で「経営者になりたい」という気持ちは完全にしぼんでいて、暫くはマーケティングや人事の仕事をしていましたが、その後に命じられたポジションがGOVリテイリング(現ジーユー)という子会社の副社長で、れっきとした経営者です。
「務まる自信がないのですが……」と、正直に社長に明かしたら、「一度会社を潰したからって、何言っているの」と言われ、はっと我に返りました。
自分の安易な考えが恥ずかしくなって、やらせてもらうことにしたのです。
出所:チャレンジャー応援プロジェクト「株式会社ジーユー代表取締役社長柚木治vol.01」http://www.oenpro.com/client/gu/ceo/20120215000852.html半沢直樹の〝倍返し〟どころか、2019年8月期だけでも営業利益で〝300倍返し〟以上をジーユー事業を通じて柚木さんはしているのです。
ジーユーの事業立ち上げは実はそう簡単なものではありませんでした。
柚木さんが社長に就任した2010年までジーユーはそれまでは〝ユニクロの7掛け価格の「普通の商品」というだけのコンセプトのはっきりしないブランド〟で、業績も低迷していました。
『990円』ジーンズといったインパクトのある打ち手も一時的には効果はあったものの長続きはしませんでした。
ジーユーの本質的な強みは何か、市場でどうポジショニングしていくべきかを柚木さんは突き詰めて考え抜き、どんどんブランドコンセプトを進化させ(現在は「YOURFREEDOM自分を新しくする自由を。
」)、それがうまくテレビコマーシャルやデジタルマーケティングと連動し、お客様の支持を得て、〝300倍返し〟を実現しています。
ユニクロという巨艦ブランドがある中、ジーユーという新たな業態をつくっていくことは恐ろしく難しいことです。
その中で業態のイノベーションを成功でき
たのは、柚木社長はじめとするジーユー社員全員の思いが根っこにあったからです。
そして柚木さんが辞表をもっていったときに、柳井社長らしい言葉で柚木さんを鼓舞された度量がなければ今のジーユーはなかったでしょう。
ユニクロが後で述べるLifeWearとして進化を続ける中、ジーユーの業態・ポジショニングをどう進化させていくかは、ジーユーにとっての永遠チャレンジであり続けると思います。
店舗経営モデルのイノベーション「究極の個店経営」
2014年3月のFRグローバルコンベンションで、これまでの店長主役のチェーンストアから店舗スタッフを主役にした個店経営への転換の宣言が柳井社長によってなされました(くわしくは『日経ビジネス』「ユニクロ大転換」(2014年3月24日)参照)。
もちろんオペレーション・インフラはプラットフォームとして共有はするのですが、そのプラットフォームの上では各個店が地域に根差し、地域のお客様に愛される一番店になる個店経営を実践していく、これが成熟化した日本市場での勝ち残り・成長戦略になるという考えが背景にあります。
これに伴い〝パート・アルバイト1万6000人の正社員化〟が宣言されましたが、正社員にすればそれですむようなことはなく、スタッフが〝経営者〟になれるキャリアパスの整備や、そのキャリアパスを駆け上がるのにスタッフ教育改革を行なう必要があり、FRMICが新たなスタッフ教育の設計と実践をリードしていきました。
ユニクロの中で、「店舗スタッフを主役にした個店経営」実践の第一人者が2019年6月にユニクロの日本事業のCEOに抜擢された赤井田真希さんです。
赤井田さんはフリースブームがピークに達した2001年に学卒でユニクロに入社し、営業(店舗)で頭角を現し銀座店の店長や中国の新店立ち上げ、さらには人事部長、グローバルマーケティング部長という営業を超えた幅広い経験を積みました。
そして、筆者のもとでFRMICの部長も務めてもらい、スタッフ教育改革等で大きな成果を出してくれました。
2018年3月から吉祥寺店の店長を務めました。
吉祥寺店では、地域に根差した個店経営の最先端のモデルとして「ひと・まち・くらしとの共存共栄」を基本方針に取り組み、ユニクロが次に目指すべき個店経営のモデルを確立することに大きな貢献をしました。
赤井田さんのこれまでの道のりは決して平坦なものではなく、赤井田さんの座右の銘「99%の敗北と1%の勝利」が象徴しているように、大きな難題にぶつかっては跳ね飛ばされ、それでもまたぶつかっていき、最後には大きな成果を出す、まさにリード・ザ・ジブンの人でした。
筆者が赤井田さんを部下としてもったときにすごいなと感じたのは、人を巻き込む情熱、自分ができていないことを正直にいえる謙虚さと自己成長意欲、そしていい意味での楽観性(腹が据わっていること)です。
成熟した国内事業で成長していくことは相当チャレンジングですが、自らが第一人者として実践してきた個店経営を基軸にユニクロの日本事業を次のステージへと率いてくれると期待しています。
デジタル・イノベーション「有明プロジェクト」
2015年ころから「有明プロジェクト」なるものが社内で最重要プロジェクトとして立ち上がり、2017年にユニクロの有明倉庫の6階に本部を設置したのを契機に本格始動しました。
顧客経験とサプライチェーンをデジタルの力で抜本的に変え、『情報製造小売業』への転換を図ることを目的としたプロジェクトです。
今では日本でもバズワードになっているデジタルトランスフォーメーションの先駆的な取り組みです。
「無駄なものをつくらない、無駄なものを運ばない、無駄なものを売らない」情報製造小売業への転換を図る中で重要な役割を果たすのが物流です(図表3‐3)。
ファーストリテイリングはダイフク社と提携し、2年足らずで有明倉庫をEコマース専用の完全自動化倉庫にすることに成功し、有明プロジェクトを大きく前進させました。
この物流改革をリードしたのが、サプライチェーン担当上席執行役員の神保拓也さんです。
実は、神保さんは、FRMICで筆者の部下で、越川康成さん(現エー・ピーカンパニー執行役員)とともに3人でFRMICを立ち上げた同志ともいえる人で、まだ30代後半です。
最初はごくフツーの人だったのですが(特徴があるとすれば爆笑問題の田中裕二さんに似ているということくらいでした)、リード・ザ・ジブン的なことをやり、自分の内なる声を聞き、「仕組化をして世の中を変えていきたい」というのが自分が人生において成し遂げたいことだという志を見出してから、自律自走人材に大変身しました。
全世界から5000人が集まるグローバルコンベンションの設計・実行、社長直轄プロジェクト等で、神保さんの溢れ出る思い・情熱にチームメンバーが共感し、変革をどんどん起こす素晴らしいリーダーシップを通じて目覚ましい成果を出し、筆者がファーストリテイリングを卒業後すぐに執行役員に抜擢されました。
これまでなんの経験もないサプライチェーン担当役員に指名されたことを聞いたときには驚きましたが、「仕組化をして世の中を変えていきたい」という神保さんの志に、実はサプライチェーンはぴったりだったということを成果が物語っています。
柳井社長の人を見る目恐るべしです。
元部下の目覚ましい成長(もう完全に超されていますが)を見られるのは、自称〝あげまんコンサルタント〟としては本当にうれしいことです。
ブランドコンセプトのイノベーション「MADEFORALLからLifeWearへ」
最後のイノベーションとして、ブランドコンセプトのイノベーションの話をしたいと思います。
筆者がユニクロに入って驚いたことはたくさんありましたが、その中のひとつが当時のMADEFORALLというブランド・コンセプトでした。
戦略コンサル業界に長年いて、戦略の定石は顧客をセグメンテーションして、その中でターゲットセグメントを定め、そのセグメントの顧客ニーズ(未充足ニーズ含む)を深掘りし、競合に勝てる打ち手をつくるというものでした。
しかし、このMADEFORALLのコンセプト自体が戦略の〝常識を変えて〟いるのです。
すべての人をターゲットにする場合、往々にしてどのセグメントにとっても中途半端なものになり失敗する場合が多いのですが、ユニクロはその例外だったことがこれまでの軌跡が物語っています。
究極の普段着・ベーシックカジュアルとして、日本だけでなく世界中のすべての人に受け入れられる服という稀有なポジションを築いたのがユニクロです。
そのMADEFORALLの基本思想を引き継ぎながら、さらに進化させたブランド・コンセプトがLifeWearです。
2019年8月期の決算発表の席で柳井社長はLifeWearについて以下のように語っています。
「LifeWearは、あらゆる人の生活をよりよくする、より豊かにするための服。
美意識のある合理性をもち、シンプルで上質、そして細部への工夫に満ちている服です。
日常の服でありながら、生活ニーズから考え抜かれ、進化し続ける服、LifeWearは「究極の普段着」であります。
日本では「洋服」といわれているように、現在、多くの国で着られている服は、西洋社会で生まれたものが大半です。
服の歴史を申し上げると、初期は、「衣食住」のひとつとして、身体を守るための存在でした。
そして、王侯貴族が着る服、役人や軍人、僧侶が着る服というふうに、身分を表すものとなり、時代と共にファッションとしての服へと、その役割を変えながら、世界に広がりました。
しかし、近年、人々の服に求める価値が、大きく変わりつつあると思います。
ひたすら物質的に豊かになることを追い求める時代は終わり、服に求める価値は、「ファッションとしての服」、「着飾るための服」を超えて、「上質な生活のための服」へと大きく変わりつつあります。
その本質を、具体的な製品の形で体現したのがLifeWearです。
「シンプルで、完成度の高い部品としての服」、このLifeWearというコンセプトは、今、世界の服の流れの中で、最先端にあると思います。
出所:ファーストリテイリング2019年8月期決算発表資料LifeWearというコンセプトをより高い次元にもっていくために、2014年に世界的なクリエイターのジョン・ジェイ氏が、長年の柳井社長のラブコールに応えPresidentofGlobalCreativeとしてファーストリテイリングに参画しました。
Thinkers50という「グローバルに最も影響力のある思想家50人」のひとりに選ばれているすごい人です。
筆者はクリエイティブの仕事をやっていたわけではないので直接の接点はなかったのですが、先に述べた若手の経営者育成プログラムFGL(FutureGlobalLeader)やグローバル・コンベンション等FRMICとしての活動に積極関与してもらいました。
クリエイターとして超一流だけでなく、人の育成にも情熱をもたれている、人間として本当に素晴らしい人で、一瞬で大ファンになってしまいました。
ジョン・ジェイ氏のFGLでのセッションはクリエイティブの深い本質を伝えた伝説のセッションとなりました。
さらに最近では、元『POPEYE』編集長の木下孝浩氏が上席執行役員として招聘され「LifeWearmagazine」という雑誌が2019年8月に創刊され、LifeWearの進化に拍車がかかっています。
LifeWearというコンセプトをコアにユニクロの服はますます進化していくと思います。
楽しみです。
イノベーションの根底にあるものはリード・ザ・ジブン
これらのユニクロのイノベーションとそれにドライブされた事業成長の根っこにあるのは、〝人〟です。
柳井社長はもとより、グレーターチャイナCEOの潘さん、ジーユー社長の柚木さん、ユニクロの日本事業CEO赤井田さん、サプライチェーン担当上席執行役員の神保さんのことをユニクロのイノベーションの軌跡の中でお話ししましたが、大きな志とそれを実現するんだという覚悟をもち、失敗してもそこから再起し、その思い・情熱に共感した仲間・部下そして外部パートナーまでもが一緒になって大きな渦を起こし、大きな成果をあげる、まさに〝過去最高の自分を育て、仲間を育て、最強チームをつくる〟リード・ザ・ジブンを体現した多くの〝経営者〟がたくさんユニクロにはいます。
ユニクロにおける〝経営者〟の意味
ユニクロにおいて〝経営者〟という言葉は特別な意味をもっています。
『グローバルワン・全員経営』というのがユニクロの人材組織の基本思想です。
圧倒的なグローバル化の中ではひとりの経営者が全世界を指示するなどということは、とてもできるものではない。
いくら優れたリーダーでも、ひとりでできることには限りがある。
現場の知恵を活かしながら、全員で一番よい方法を見つけていき、一番よい方法を決めて実行していく。
そういう過程を経た企業でなければ世界市場では決して勝ち残れない。
この『グローバルワン・全員経営』基本思想のもと、ユニクロでは役員が経営者であるのはもちろんのこと、店長、店舗スタッフの一人ひとりが〝経営者〟になることを求めています。
たとえば、柳井社長はファーストリテイリング・グループ全体が守備範囲ですが、吉祥寺店のウィメンズのアウター担当の店舗スタッフは吉祥寺店のウィメンズのアウターが守備範囲です。
守備範囲は異なれども、そこで求められる経営者としての力は、グループCEOの柳井社長と店舗スタッフは同じだという考え方です。
フラクタル(相似形)組織
筆者はこのユニクロの『全員経営』の考え方をフラクタル組織と呼んでいます。
フラクタルというのは相似形という意味で、図表3‐4にあるように、自然界にはたとえばシダの葉のように全体とそれを構成するパーツの形が相似形のものが存在しています。
筆者は野中郁次郎先生が主宰されているナレッジ・フォーラムの8期生なのですが、軍隊組織を研究された先生が史上最強の組織といわれている米国海兵隊の組織は、単純な階層型の組織ではなく、実はこのフラクタル組織だという話をレクチャーでされました。
「これってまさにユニクロと同じだ!」とひとりで興奮したことを今でもよく覚えています。
たとえ敵に師団が分断されてもそれぞれが自律的に戦うことができる組織、状況変化に応じて機動的に対応できる組織です。
しかし、この組織は簡単に実現できるものではありません。
組織の構成員が自律的に考え、行動できてはじめて意味をなす組織です。
筆者がいうところの〝自律自走人材〟になることがフラクタル組織の構成員には求められています。
第1章で述べたように〝自律自走人材〟になるための根っこはリード・ザ・ジブンです。
米国海兵隊では〝ライフルマンシップ〟という根本的な考え方を徹底的に叩き込まれ、行動のよりどころになっています(くわしくは野中先生の『アメリカ海兵隊』参照)。
「海兵隊に入るのではなく、ひとつになるのだ(Youdon’tjointheMarine,youbecomeone.)」という言葉が象徴しているように、一人ひとりが自律しながら全員で戦う組織が最強の組織なのです。
2019年のラグビー・ワールドカップで日本代表チームが見せてくれたように。
『経営者になるためのノート』
ユニクロにおいて『全員経営』を実現するために、社員一人ひとりがいわばリード・ザ・ジブンをして〝経営者〟になるためのバイブルが『経営者になるためのノート』です。
ファーストリテイリングには柳井社長の経営哲学をまとめた「経営理念23か条」というものがあります。
23条もあります。
第1条から第7条あたりまでが比較的初期につくられたもので、以降ファーストリテイリングの成長とともに加えられ23条となったものです。
ある外部有識者が23個は多すぎるのでもっと少なくしたらどうかというアドバイスを柳井社長にしたら、二度とその人は呼ばれることはなかったという真偽のほどは定かでない逸話が伝わっていますが、それほどの強い思いが込められたものが「経営理念23か条」です。
その「経営理念23か条」の基本思想を受け継ぎながら、真の『グローバルワン・全員経営』を実現し、グローバルナンバーワンブランドを目指すためには、〝経営者〟をつくることが急務という課題認識を背景に、2011年後半につくられたのが『経営者になるためのノート』です。
筆者がFRMICの担当役員として2012年に入社したときに柳井社長に真っ先にいわれたことは、「2020年に売上高5兆円を達成しグローバルナンバーワンブランドになるために200人の〝経営者〟をつくってください」ということでした(この場合の〝経営者〟というのは狭義の意味で執行役員という意味です)。
当時の売上げが1兆円で執行役員が約40名でしたので、5倍の売上げには200人が必要という極めてシンプルな計算に基づくものでした。
『経営者になるためのノート』をまずは役員そして社員一人ひとりに血肉化させることが筆者の最重要ミッションでした。
『経営者になるためのノート』は本ではなくノートです。
自分の思い・学びを書き込み、柳井社長と対話し、自らと対話し、経営者になるために自らを拓く羅針盤です。
ユニクロでは、どれだけノートに書き込み、ノートを汚くしているかがステータスという面白いことが起こっていました。
筆者が知る限りで一番汚いノートにしていたのが、前に述べた2019年ユニクロ日本のCEOを任されることになった赤井田真希さんです。
「本ノートの使い方──まえがきに代えて──」の最後にこう書かれています。
このノートを踏み台にして、あなたに柳井正を超えていってもらうこと、
それが私の心からの願いです。
〝百読〟をおススメします
『経営者になるためのノート』は、社外秘で門外不出の経営者育成のバイブルとして、ナンバリングをして管理していたのですが、経営の原理原則は古今東西普遍という柳井社長の考え方のもと、ユニクロの社員だけでなくもっと広く世の中の人のための役に立てたいという思いで2015年に市販され、ビジネス書のベストセラーになっています。
「あとがき」以外はすべて同じです。
筆者も経営者人材育成の講義や研修をやる際には必読図書にしています。
まだ読まれていない方はご一読ではなく、ご〝百読〟をおススメします。
『経営者になるためのノート』が市販されたときに、柳井社長が社員に向かって「百回読んでくださいといっているのに、皆さんがあまり読まないから市販することにしました」と半分冗談でいわれたときには人材育成の責任者として筆者は冷や汗たら~でしたが。
退職時に本当は返却しないといけないのですが、筆者が柳井社長のところに退職の挨拶に行ったときに、「私の宝物ですので、もっていっていいですか?」とお願いをしたところ市販されたこともあり快諾いただきサインもしていただきました(図表3‐5)。
連番00039の筆者の手垢にまみれた『経営者になるためのノート』は宇佐美家の家宝になっています。
経営者=成果をあげる人、経営=実行、計画1割実行9割
『経営者になるためのノート』の中で、経営者は極めてシンプルかつ本質的に定義されています。
経営者とは、「成果をあげる人」であると。
別の言い方をすれば経営=実行ということです。
ユニクロには、筆者のようなコンサル上がりの人間が中途入社組としてかなりいます。
また多くの大学の先生方にもサポートいただいています。
社長セッションでの討議の中で、そんな我々を前に柳井社長に「これだからコンサル出身者や大学の先生は、能書きばっかりで、実行のことが何もわからないから困るんですよね」的なことをいわれ、こちらは苦笑いするしかないという場面に何度も遭遇しました。
「戦略の質と成果のパラドックス」として前述したように、戦略コンサル20年の経験の中で、いくら正しい戦略をつくっても、必ずしも成果がともなうとは限らないということを大きな問題意識としてもっていた筆者には本当にグサッとくる言葉でした。
また、実行ということに関連して、柳井社長はよく「計画1割実行9割」ということをいわれていました。
従来のように何カ月もかけて戦略をつくってもVUCAですから、戦略ができたときには環境が変わって使い物にならないということもあり得ます。
昨今デザイン思考を組み入れたイノベーション創出の方法論が注目されていますが、この中でプロトタイピングをし、よい失敗を重ね進化させていくFailSmartという考え方があります。
「計画1割実行9割」というのはこれとまったく同根の考え方です。
デザイン・シンキングが注目を浴びるはるか前からお客様中心に「計画1割実行9割」で走りながら考え、『一勝九敗』でFailSmartを重ねてきた会社がユニクロなのです。
経営者に必要な4つの力──「理想を追求する力(使命感)」が肝
経営者=成果をあげる人として、経営者として成果をあげるためにどんな能力が必要かということが、4つの力として『経営者になるためのノート』で定義されています(図表3‐6)。
変革する力(イノベーター)儲ける力(商売人)チームを作る力(リーダー)理想を追求する力(使命感)くわしくは『経営者になるためのノート』を読んで理解してもらいたいと思いますが、「理想を追求する力(使命感)」が4つの力の中心にあることが肝だと筆者は思っています。
社会における自分たちの存在意義・使命を、自らの志と同期化させ、〝人生と対決するようにして生きる〟(「理想を追求する力」第7項)、まさに本書でいうリード・ザ・ジブンが『経営者になるためのノート』の根本にあります。
これまでユニクロにおける人材育成のバックボーンになっている『経営者になるためのノート』について語ってきましたが、これから『経営者になるためのノート』というバックボーンを踏まえて、ユニクロでどのように〝過去最高の自分を育て、仲間を育て、最強チームをつくる〟ことが実践されてきたかをお話ししたいと思います。
過去最高の自分を育てる ChangeorDie
ユニクロには年度方針というものがあり元旦にグローバル全社員に配信されます。
かつてその年度方針となっていた言葉にChangeorDieという言葉があり今でもよく使われています。
コンテクストを理解しない外国の方が聞くとちょっとビックリしてしまう表現ですが、ユニクロの基本スタンスを象徴する言葉です。
「ユニクロのイノベーションの軌跡」でユニクロが起こしてきた数々のイノベーションについて述べましたが、まさにChangeorDie(変革しないと未来はない)という言葉を体現しながらユニクロは成長してきました。
このChangeorDieの考え方は、ユニクロの人の成長についても当てはまります。
昨日と同じ自分に安住しない、継続的に進化・成長する経営者がいてはじめて、継続的なイノベーションが起こるのです。
あるところでとどまるのでなく、常に〝過去最高の自分を育てる〟ことが変革リーダー=成果をあげる人=経営者には求められています。
【コラム】人間は本当に変われるのか?
脳の可塑性人ってそう簡単には変われないのでは?こうした質問をよく受けますが、心配しないでください。
変われるんです。
従来、人間の知性は20歳あたりでピークに達すると考えられてきましたが、脳科学の研究が進み、人間の脳には生涯にわたって適応を続ける能力が備わっていることが明らかになってきました。
これを「脳の可塑性」と呼びます。
人間の知性の3段階ハーバード大学のロバート・キーガン教授は『なぜ人と組織は変われないのか』(リサ・ラスコウ・レイヒーとの共著、池村千秋訳、英治出版、2013年)の中で人間の知性には3段階あると解析しています(図表3‐7)。
通常我々がリーダーとしてイメージするのは第2段階の自己主導型知性のリーダーですが、キーガン教授はさらにその上に、自己変容型知性というものがあり、それが人間の知性としては最高位のものだといっています。
自己変容型知性をもっている人は、キーガン教授の調査によると米国の主要企業のCEOの中でもたった2割しかいないという調査結果が出ています。
「過去最高の自分を育てる」ことができるリーダー、それが自己変容型知性をもったリーダーなのです。
型破りの意味──中村勘三郎筆者が大好きだった中村勘三郎が勘九郎だった当時に、「歌舞伎には型破りという言葉があるが、それは歌舞伎役者がいったん自分の型をしっかりもった上で、それを破るから〝型破り〟なことができるということ。
基本ができていない、自分が確立していない人間がやってもそれは奇をてらったことにしかならない」という趣旨のことをテレビのインタビューでいっていて今でも強く心に残っています。
平成中村座をはじめ歌舞伎界に多くのイノベーションを起こしてきた勘三郎の中には、自己主導型知性から自己変容型知性への〝型破り〟があったと筆者は解釈しています。
『野田版鼠小僧』のラストシーンで舞台の奥が突如開いて外光で目を細める中、NYPD(ニューヨーク市警察)が乱入してきて度肝を抜かれたのが、筆者が最後に見た勘三郎の舞台でした。
「過去最高の自分を育てる」ためにユニクロでやっていること
高い志をもつ
ユニクロで耳タコになるほどいわれている言葉、それが〝志〟という言葉です。
『経営者になるためのノート』の「変革する力」の7つの項目のうち最初に来ているのが「目標を高くもつ」ことです。
「常識で考えたらまともとは思えない」くらいの高い目標(志)をもつこと、それがイノベーションの源泉(そして自己成長の源泉)になるということが書かれています。
仕事で大きな成果をあげるため、「過去最高の自分を育てる」ために、自分が成し遂げたいゴール・ありたい姿の具体的イメージをしっかり描くことが出発点です。
志!志!志!ユニクロでは、「あなたは何者ですか?あなたの志は何ですか?人生で、ユニクロで何を成し遂げたいのですか?」ということが柳井社長から、上司から、時には部下から、そして自分自身によって常に問うことが行なわれています。
そういう環境にいることで、ゴールのイメージがはっきりしていくのです。
このゴールイメージが漠然としていると、そこに至る道筋もはっきりはせず、ただぼやっと思うだけのものに終わってしまうので、ウソでもいいから思い切り具体的なイメージをもち、そこに至るための具体的なステップを描き、実行するのがキーポイントです。
大法螺吹きになってください──3倍の法則そして「非常識と思えるほどの目標を掲げる」ために、柳井社長はよく〝大法螺吹きになってください〟といわれていました。
ユニクロには「3倍の法則」といわれているものがあります。
ある目標の達成が見えてきたら、次はその3倍のあり得ないほどの高い目標を掲げると、現状の延長線上の発想では到底達成できないのでそこにイノベーションが起こるという考え方です。
柳井社長はこれを能書きではなく、売上高が100億円のときに300億円を目指し、300億円のときには1000億円を目指し、1000億円のときには3000億円を目指し、3000億円のときには1兆円を目指し、周囲からはまさに「大法螺吹き」「そんなことできるはずない」といわれながら、それを前に述べたように、常識を変え、産業革命を起こすようなイノベーションを次々と起こすことにより達成し、現在2・3兆円・グローバルナンバーツーのポジションにまで来たのです。
まさに大法螺を吹いて、それを有言実行してきた柳井社長の「3倍の法則」には大変な重みがあります。
余談ですが、筆者がユニクロに入社した当時は売上高1兆円で、次は2020年までに5兆円でグローバル・ナンバーワンのブランドになることが成長ビジョンとして掲げられていました。
しかし、しばらくして3兆円に修正されました。
やはり「3倍の法則」が正しいのかもしれません。
「夢とは自分のためのもので、志とは他者のためのもの」先に述べましたが、ユニクロにはグローバルコンベンションという、世界から5000人超が集まり柳井社長からの基本方針の発表や、経営重要課題について深掘り・討議をし、ベストプラクティスを共有し、DNAを体感し、グローバルで絆をつくる場があります(筆者の担当したFRMICが企画・運営を担っていました)。
そこにソフトバンクグループの孫正義社長にスピーカーとしてお越しいただいたときに、「皆さんは夢と志の違いは何だと思いますか?」という問いかけをされました。
「夢とは自分のためのもので、志とは他者のためのもの」だという孫社長自らの考えを示され、「なるほど!」と感じ入ったことがあります。
「理想を追求する力」が4つの力の真ん中にあることが肝だという話をしましたが、世の中のためにどんなよいことをしたいのかという使命感・利他の心が根
っこにあるものでないとそれは〝志〟ではないということです。
それがないと周囲の人は共感して、その実現のために一緒になって、たとえ失敗しても再起して立ち向かおうということにはなりません。
ユニクロの「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」というステートメントは、間違いなく「志」であり、お題目ではありません。
それを基軸に社員一人ひとりが、店舗スタッフから役員までが、自らの志をはっきりさせ、同期化させそれに向かう覚悟を定めて、それをどう実現していくのかを考えることが根づいてます。
志起点の自己成長プランこの考え方は人事の仕組みとも連動しています。
志起点の自己成長プランIDP(IndividualDevelopmentPlan)というものがありました。
志を明確に言語化し、それを踏まえて3年後に具体的にどんな自分でありたいのか、それを実現するためには、3年間でどんな経験や知識・スキルを身につけるのかを書き、当面1年の具体的プランに落とし込みます。
これは、筆者がFGLという若手経営者人材育成プログラム向けに設計したものをベースにしたものです。
この自己成長プランを自分で考え抜いてつくり、上司のアドバイスをもらい最終化し、定点観測しながら「過去最高の自分を育てる」ことにチャレンジしています。
半期の評価面談のミーティングでは単に期間評価がなされるだけでなく、この志の実現状況がどうなっているかについても議論をし、常に未来に向かって、志に向かって社員が進んでいくことを後押しする仕組みになっています。
大きい服を着せる──試練を通じて脱皮させる
いったん、志が定まったら、その志の実現に向けていかにその人を脱皮させるかということが次のチャレンジです。
これについては、筆者が『DIAMONDハーバードビジネスレビュー』2017年4月号に寄稿した論文「ユニクロに学ぶ経営者人材の育て方」で述べていますので、ここではその内容のエッセンスを一部加筆修正してお話ししたいと思います。
文中のFGLイニシアティブとMIRAIプロジェクトは現在発展的進化をして違うプログラムになっていると聞いています。
その点は、あしからずご了承ください。
抜擢+試練→飛躍的成長ユニクロでは、ポテンシャルある人を抜擢し(特に若手)、その人の身の丈よりもだいぶストレッチしたチャレンジを与えて(〝大きい服を着せる〟)、脳みそから血が出るほど考え抜き、実行の壁にぶち当たり、もがき苦しむという、試練の経験を通じて脱皮させ、飛躍的な成長を図ることを基本的な考え方としてもっています。
若手抜擢の意味柳井社長は、人間25歳ピーク説を唱えています。
先に述べた脳の可塑性を否定しているのではなく、「人は25歳になれば、どんなことに挑戦しても成果を出せる肉体的・精神的能力を備えている」という考えです。
筆者は先に述べた通り、2012年に柳井社長から、「2020年の成長ビジョン実現のために育成すべき200人の経営者のうち、少なくとも3割は20代後半~30代の若手の経営者に」と目標を課せられました。
欧米のグローバル企業の多くは、40代半ばでCEOに選ばれ(たとえばGEのジャック・ウェルチは46歳、ジェフリー・イメルトは45歳でCEOに就任)、20年スパンで経営に長期コミットすることが企業価値向上には有効という考え方があります。
そのために逆算して20代後半~30代前半で抜擢を行ない、事業責任者としての経験を重ねさせながら、経営のプロに育成する仕組みが確立されています。
これに対して、日本の多くの大企業では、50代、60代となって社長に就任して2期4年間や6年間の任期を務めるというのが一般的です。
より計画的な経営者人材育成へユニクロは人材抜擢のタイミングとしては欧米型に近いです。
かつては柳井社長の目にとまった若手人材を抜擢して、試練を与えるという形で行なわれてきました。
前述した潘さんや柚木さんといった強い経営者はこのパターンで、柳井社長の薫陶を直接受けながら育ってきました。
しかし、これでは柳井社長の目にとまるという偶然性頼りであり、短期で大量の経営者人材育成という目的のため、グローバル各地域・グループ会社をカバーして、より計画的に、ハイポテンシャル人材を発掘・抜擢・育成をしていく必要がありました。
そこで、2014年から始めたのが、FRIMCのFGL(FutureGlobalLeader)イニシアティブとMIRAIプロジェクトという2つのプログラムです。
FGLイニシアティブFGLイニシアティブは、マネジャークラス(年齢による区切りはないが、目安は30代)を3年間で経営者(役員あるいは上級部長グレード)に育成するためのプログラムです。
FRMIC副学長(学長は柳井社長)のハーバード・ビジネススクールの竹内弘高教授が深く関与してつくられました。
対象者は、グローバル・グループから各事業の経営者によって抜擢された60名程度で、女性が半分、日本人は3分の1程度の構成にされていました。
育成のキードライバーは、次の3点でした。
①志をベースにした3年間の試練が与えられる。
先に述べた通り、すべての社員は自分が立てた志をもとにして各自のキャリアプランを進めているが、このイニシアティブの対象者は、この志とキャリアプランについて経営者レベルを交えて討議し、承認された後、特別な3年間のストレッチした経験機会が付与される。
②対象者個々に役員クラスのメンターが指名され、3年間の育成にコミットし、責任を負う。
メンターはキャリアプランの構築、その実践で成果をあげるための相談相手という重要な役割を果たす。
また、成果が上がらない場合にはいったんFGLから外れることをアドバイスすることもある。
③3カ月に一度FGLセッションを実施する。
内容は、柳井社長をはじめとした経営者との直接対話や、現地・現物・現場でのビジネスの深い理解(たとえば、中国の生産工場訪問)、自らがリーダーとなる組織横断イニシアティブの柳井社長への提案・討議等などである。
これらを通して、経営者としての視座・醍醐味・大変さを、通常業務よりも直接的に学ぶ。
ただし、一度抜擢されたらその立場は安泰と思わせないよう、一定割合の入れ替えを行ない(敗者復活の道は設けた上で)、常に全力でこのプログラムに当たるようにしていました。
〝大きい服〟とはどんなもの?試練の例としては、営業センスは優れているが、人生を国内だけで育ってきた英語もおぼつかない日本人をロシア事業のCOOに就かせたり、中国人のリーダーをインドの生産事務所に赴任させたり、それまでのキャリアからかなり飛躍した試練を与えています。
もっとすごい〝超だぶだぶの服〟を着せられたのが、先に紹介した、サプライチェーン担当上席執行役員の神保さんです。
それまで銀行、コンサルを少々、ファーストリテイリングでは採用、人材育成の経験しかなかった人材に、いきなり経験のないサプライチェーンの責任者を任せたわけですから。
本当に痺れるチャレンジです。
当初はすごい苦労をして文字通り物理的に首が回らないようになったこともあったようですが、「仕組化をして世の中を変えたい」という志と、神保さんの情熱、粘り強さ、人間力でリード・ザ・チームの大きなうねりを起こし、サプライチェーン改革において素晴らしい成果をあげています。
2018年度の決算発表に神保さんは柳井社長、CFO岡﨑健さんとともに登壇し、サプライチェーン改革のプレゼンを堂々と行ないました。
私は思わず「田中さんすごいな!」と唸ってしまいました(「神保さん=爆笑問題・田中裕二さん」という方程式が筆者の頭の中に組み込まれてしまっています。
引きずって申し訳ありません)。
まだ30代後半です。
〝人は25歳になれば、どんなことに挑戦しても成果を出せる肉体的・精神的能力を備えている〟という柳井社長の人間25歳ピーク説を神保さんは証明したのかもしれません。
MIRAIプロジェクト
MIRAIプロジェクトは、この神保さんがリードした未来のユニクロを担う若手層の発掘・抜擢・育成を目的としたプロジェクトで、FGLよりさらに若いジュニア層(20代が大半)が対象です。
経営層からすると個々の人材の能力や可能性を的確に判別できない層なので、グローバルに公募をかけ、自ら手をあげさせ、選考を行ない、60名程度に絞り込むプロセスをとっていました。
FGLと同様に女性半分、日本人3分の1程度の構成となっていました。
プロジェクトの期間は1年。
5名程度のチームを基本的には地域・事業のくくりで組成し、各地域・事業の経営者の問題意識も踏まえてテーマを設定します。
プロジェクトを進めていき、その成果を3カ月ごとに柳井社長に報告するという若手にはなかなか痺れる設定です。
現場・現物・現実に入り込んで得た洞察をベースに仮説をつくり、関連経営者のところに行って議論し、さらにFRMICアドバイザー(社外有識者)の叱咤激励を受けた上で、柳井社長との討議にいどむ。
日常業務を続けながらのプロジェクトなので、相当にハードです。
この内容の濃いプロセスを通じて、鍛えることを意図していました。
進捗状況はFRMICのスタッフが随時チェックし、成果の見えないプロジェクトは途中で中止になることもありました。
その一方で、知られざる逸材がプロジェクトを通して認知され、彼らは一段上のFGLへの参画を含む次のチャレンジ機会を与えられるのです。
たとえば、ある日本人の女性店長は、ずっと志としてもち続けていた世界的に著名なある会社とのコラボレーションをMIRAIプロジェクトで提案し、柳井社長に認められました。
そしてそのプロジェクトのリーダーに抜擢され、その著名な会社との前代未聞の深いアライアンスを実現しました。
自分という呪縛を解く
自分の成長に制約をかけているのは自分自身〝大きい服〟を着た相当ストレッチしたチャレンジの中で成果をあげていくためには、今の自分のままではダメです。
殻を破らねばなりません。
実は、その殻は自分自身がつくっていることにあまり人は気づいていません。
柳井社長に〝大法螺吹きになってください〟といわれても、〝そんなデカいことを考えても自分にはできるはずはない〟というネガティブ・パラダイムで考えていては、とても大法螺は吹けませんし、ましてや大きな成果は出せるはずがありません。
人間の心理が大きな妨げになっているのです。
ユニクロでは、柳井社長とスターバックスのシュルツCEO(当時)の対談ビデオに出てくる、ロジャー・バニスター現象というものを題材に、自分自身にどんな箍をはめていて、それをどうやって解き放つかということをFRMICセッションで議論するようにしていました。
ロジャー・バニスター現象人間の心理がどれだけの箍をはめているのかに関して興味深い話があります。
陸上競技にマイルレースというものがあります。
1500メートルではなく1マイル(1609・344m)を走るレースで、かつて欧米では陸上競技の花形種目として大変人気がありました。
1923年にフィンランドのパーヴォ・ヌルミが37年間破られなかった記録を塗り替え1マイル4分10秒3の記録を樹立しました。
もうこれ以上の記録は出せないだろうと専門家は断言し、1マイル4分を切ることは人間には不可能というのが世界の常識とされ、エベレスト登頂や南極点到達よりも難しいとさえいわれていました。
しかし、オックスフォード大学医学部の学生であったロジャー・バニスター(図表3‐8)はトレーニングに科学的手法をもち込み、1954年に4分の壁をついに破りました。
これだけなら単にすごいねで終わる話なのですが、そこから不思議なことが起こりました。
その46日後、フィンランドのトゥルクで、ライバルだったオーストラリアのジョン・ランディが3分58秒で走り、バニスターの記録は破られ、ロジャー・バニスターが4分を切った1年後までにランディを含め23人(!)もの選手が「1マイル4分」の壁を破ったのです。
この柳井社長とシュルツさんの対談の中から出てきた〝人間のポテンシャルに箍をかけているのは、結局は自分自身である〟という言葉は強く私の心に残り、筆者の立ち上げた会社名UNLOCKPOTENTIALにもつながっています。
自問自答しながら、常に自分を磨き続ける
〝大きい服を着て〟、〝自分という呪縛を解いて〟新たなステージに成長しても、経営者道に終点はありません。
先に述べたキーガン教授のいう第2段階の「自己主導型知性」をもつリーダーの仲間入りをしたに過ぎません。
さらに上位の「自己変容型知性」をもったリーダーになるためには、自分の型をつくっては破るという「型破り」を連続して行なっていく必要があります。
自問自答するその進化のためのベースになるのが「自問自答」です。
『経営者になるためのノート』の「変革する力」第6項にあります。
常に自らを客観視して、自分のありたい姿とのギャップがどこにあるのかという、自分の本質的な成長課題をしっかり自己認識することが極めて重要です。
〝最高にカッコいい自分〟と毎日寝る前に対峙これに関して筆者の大好きな逸話があります。
ユニクロの上席執行役員に若林隆広さんという人がいます。
ユニクロ日本(+韓国)の営業を牽引し、大きな成果を残してきた情熱あふれる素晴らしいリーダーです。
経営者人材育成プログラムにおいても若林さんの波乱万丈な経験・武勇伝を共有してもらい大きな刺激を与え、インスパイアし続けてもらいました。
その若林さんの毎日やっている習慣というのが非常に興味深いものなのです。
毎晩寝る前に鏡に向かい、〝今日の自分〟の顔を鏡に映し、自分の思い描く〝最高にカッコいい自分〟と比べて何が今日は足りなかったのか、どんな考え方や行動を変えれば、〝最高にカッコいい自分〟に近づくだろうかということを日々自問自答するという習慣です。
毎晩の、〝最高にカッコいい自分〟と対峙する自問自答の習慣が、若林さんというすごい経営者を生み出す原動力になっていたのです。
柳井社長に怒られる──「過去最高の自分を育てる」ための防波堤
これまでユニクロでどのように「過去最高の自分を育てる」ことが実践されてきたかをお話ししましたが、最後に「過去最高の自分を育てる」上で、根源的に効いているなと筆者が思っていることをお話ししたいと思います(他社にとっての普遍性はないかもしれませんが)。
それは柳井社長の怒るパワーです。
筆者がユニクロに入って一番衝撃を受けたのが、柳井社長に怒られまくることです。
最初の役員会議で「何やってるんですか!」と〝ですます調〟で激しく怒られている役員を目の当たりにしビックリしました。
そして、その矛先は筆者にもすぐに向けられました。
コンサルファームでパートナーをやっていると、人に怒られる機会というのはあまりないので余計に衝撃でした。
同じ戦略コンサルファーム(マッキンゼー)出身のCFOの岡﨑健さんとも、「どうして我々はこんなに怒られるんですかね?」と愚痴をこぼし合ったこともあります(岡﨑さんのほうがはるかに怒られる回数は少なかったですが)。
最初はなぜ怒られているのかよくわからないこともあったのですが、怒られ続けている中で「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」ことを通じてグローバルナンバーワンを実現するという柳井社長の強烈な思い・志があるからこそ、決して妥協は許さずに怒られているんだということがわかりました。
真摯に受け止め、自分はまだまだで、もっともっと成長せねばと思うようになりました。
あのままコンサルファームにとどまっていたら自分の成長はストップしていたかもしれません。
怒るという行為はものすごくエネルギーのいることです。
あれだけ怒り続けることができるエネルギーには畏敬の念を覚えます。
本当にすごい人だと思います。
柳井社長のこの怒るエネルギーが「過去最高の自分を育てる」上で防波堤の役割を果たしています。
ユニクロは過去最高を常に目指すなら、一人ひとりの社員も過去最高を常に目指すべきであるという。
まさにChangeorDieです。
ちなみに、ユニクロの幹部は皆、柳井社長の〝ですます叱責口調〟を真似るのが得意です。
怖いだけでなく、人間としての得もいえぬチャームをもつ柳井社長への愛情の裏返しなんだと思います。
「仲間を育てる」ためにユニクロでやっていること
全身全霊100%で向き合う
『経営者になるためのノート』の中で筆者の一番好きなフレーズが、「チームをつくる力」の第2項〝全身全霊。
100パーセント全人格をかけて部下と向き合う〟です。
部下・仲間との信頼関係を築くのがすべてのはじまりであり、そのためには全身全霊100%で向き合うことが必要だという考え方です。
100%!?言うは易しですが、本当にこれを実践するのは難しいことです。
筆者も100%部下と向き合っていたかと問われるとYESとはとてもいえません。
めんどくさい上司になるそれを実践していた人がいます。
先ほど〝超ぶかぶかの服〟を着せられた神保さんの話をしましたが、彼ほど100%全身全霊で部下に向き合った人を筆者は知りません。
本人もいっていますが、とにかく〝めんどくさい〟上司なんです。
何がめんどくさいかというと、とにかく部下の成長に関わるありとあらゆることに関与しにいくのです。
たとえば、毎週読んだらよい本を推薦し、部下が感想文を書いてきたらコメントをしたり(強制ではありません)、部下の仕事の優先度を重要性×緊急性のマトリックス(ユニクロで幹部向けに勉強会をやっていただいた吉越浩一郎氏の残業ゼロのコンセプトに基づくものです。
働き方改革ブームのはるか前の話です)に整理させ、毎朝どう仕事を進めていくかのアドバイスを行なう等、まさに100%向き合っていました。
神保さんほどではないにせよ、かなりめんどくさい上司がユニクロにはたくさんいます。
〝仲間を育てる〟上で、まず一番重要なのは上司のマインドセット・姿勢なのです。
ユニクロには、上司教育として、このような上司のベストプラクティスのシェアリングをして、めんどくさい上司を属人的なものではなく、組織的につくる仕組みと風土があります。
めんどくさい上司とパワハラ上司は根本的に違います。
部下に100%向き合い、部下の成長に寄り添い伴走をしつっこくやるのが、めんどくさい上司なのです。
部下を真剣に育成したいという愛情とコミットメントがないとめんどくさい上司にはなれません。
心に火をつける
〝心に火をつける〟というのは柳井社長がFRMICの本質的ミッションであるとよくいわれていたことです。
教育を通じて単にスキルアップをするだけではなく、心に火をつけるのがFRMICのミッションであると。
さまざまな場をFRMICがつくって社員の心に火をつけることを行なってきました。
筆者が担当していた当時だけでも、以下の場がありました。
『経営理念23か条』と『経営者になるためのノート』のグローバル伝道グローバル全社員にユニクロの理念・使命を腹落ちさせ、自分の志と同期化させ、心に火をつける。
グルーバルコンベンションユニクロの幹部5000人をグローバルから集め年2回、基本方針や重要経営課題の討議、DNAの体感、ベストプラクティスの共有等を通じて、強い絆をつくり心に火をつける。
地域コンベンショングローバルコンベンションの地域版。
柳井社長・店長ダイレクトミーティング柳井社長と日本の店長全員(30人×30。
、、、。
柳井社長・伸び悩み店長ダイレクトミーティング伸び悩み、滞留している店長と柳井社長とのダイレクトミーティング。
なぜ伸び悩んでいると思うかを一人ひとりに聞き、どうブレークスルーすべきかをアドバイスして心に火をつける。
柳井社長・本部各部門ダイレクトミーティング柳井社長と本部各部門メンバー全員とのダイレクトミーティング。
各部門の抱えている課題をオープンに議論。
本部社員一人ひとりに柳井社長との直接対話を通じて、心に火をつける。
店舗課題解決ダイレクトミーティング本部が真のSSC(StoreSupportCenter)になるために、現場と本部が一緒になって店舗の課題解決を図り、同時に現場と本部の絆をつくり、心に火をつけ
る。
繁忙期を除く毎月(年7~8回)、日本の全店長が東京本部に集まり、午前中は柳井社長をはじめとする経営者の話やベストプラクティスの共有を行ない、午後は地域別の30程度のグループになり執行役員がファシリテーターとなり、本部各部門の部長・リーダークラスも参画し、現場・店舗の課題解決を図るもの。
基本その場で即断即決即実行。
会社レベルで解決しないといけない問題についてはエスカレーションし、役員会で即断即決即実行。
すべてについて語るといくら枚数があっても足りませんので、「経営理念23か条」・『経営者になるためのノート』のグローバル伝道と柳井社長・店長ダイレクトミーティングの2つについてもう少しくわしくお話しします。
「経営理念23か条」と『経営者になるためのノート』のグローバル伝道心に火をつける一番のベースになるのは、「経営理念23か条」と『経営者になるためのノート』をグローバル各地域で伝道し、世界中のユニクロ社員一人ひとりに腹落ちさせ、社員の意識・行動改革につなげることです。
筆者が2012年にFRMICを担当したときにはたった3名の所帯でスタートしましたが、ユニクロ大学との統合により店長(そして店舗スタッフ)から役員まで一気通貫での人材育成を担うようになり守備範囲が拡大するとともに、地域軸でも体制を強化し、筆者がユニクロを卒業する際にはグローバルで百数十名の体制になりました。
各地域のFRMICと連携しながら、グローバルでの伝道を行なうのは筆者の大きなミッションのひとつでした(柳井社長に役員合宿的な場で〝宣教師になってください〟といわれ、〝フランシスコ・ザビエルに髪型も似ているので頑張ります〟といったら、〝ザビエルはそんな髪型ではないでしょ〟と突っ込まれたことを思い出しました)。
それでも筆者は、自称フランシスコ・ザビエルとして、宣教活動に世界中を行脚し(ニューヨーク、パリ、シンガポール、上海といった大都市だけでなく、バングラデシュ、ベトナム、トルコといった発展途上国でも多くのセッションをやりました)、そのときに感じたことは、外国人社員は目先のキャリアのことを日本人よりはるかに主体的には考えてはいるが、「志」レベルで自分の人生の目的についてちゃんと考えている人はほとんどおらず、志という深いところにまで下りていくと、外国人の琴線にも触れるという手応えでした。
バングラデシュでのグラミン・ユニクロと生産部門の合同『経営者になるためのノート』セッションで、自らの「志」を深く真剣に考えてもらい、「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」というミッションと『経営者になるためのノート』の4つの力に照らし合わせて、自分の日々の仕事を意味づけしていってもらったのですが、目を輝かせながら、「バングラデシュの生産でこんな変革を起こしたい」と、自分の「志」を生き生きと語ってくれたダッカ大学出身の女性社員のことがいまだに強く記憶に残っています。
すごく優秀です。
こんな社員をグローバルに活躍させてあげられるようにしないといけないと心底思いました。
ユニクロの理念・使命と各自の志を掛け算し、同期化させることで心に火をつけることは、グローバルに普遍的に有効だという思いを強くしました。
柳井社長の店長ダイレクトミーティング2013年初頭ある問題で揺れていたある日、筆者は柳井社長に呼ばれ、「日本の店長全員と会うので、どうやるか考えてください」といわれました。
日本に店長は1000人近くいるので、社長の時間的・物理的に難しいと思いますと返事をしたら、「会うっていったら会うんです。
考えてください」と怒られました。
そこで考えたのが非常に単純ですが、30人ずつ30数回のダイレクトミーティングをやるということです。
30回以上になりますが、「本当にやられますか?」と念押しをしたら、「やります」と言い切られました。
あのときの柳井社長の迫力は鬼気迫るものがありました。
それくらい、当時痛んでいた店長の気持ちを何とかしたい、心に火をつけたいという強い思いを柳井社長の中に感じました。
当初は『経営者になるためのノート』を題材に柳井社長と店長が対話をする場として設計していたのですが、蓋を開けてみると店長一人ひとりの抱えている問題の人生相談に柳井社長がアドバイスをする場となりました。
仕事のことだけでなく、家族やプライベートに関わることにまで本当に親身になってアドバイスを真剣にされている柳井社長の全身全霊100%の言葉は本当にすごかったです。
心に刺さり、揺さぶられ、感激して泣く店長もたくさんいました。
あのシーンを思い出すといまだに目頭が熱くなってきます。
社員の心に火をつけるというのはこういうことなんだということを体感しました。
1年以上をかけて30数回の店長とのダイレクトミーティングはすべて実行されました。
そして店長の離職率は1年で半減しました。
柳井社長の教育へのコミットメント今こうやって振り返ってみると、心に火をつけるために本当にたくさんのことをやっていたんだなと我ながら感心します。
この原動力はやはり柳井社長の教育、社員の心に火をつけることへのコミットメントです。
当時柳井社長及び役員が教育にどれくらい時間を使っているのかを分析したことがあるのですが、超多忙な柳井社長が3割もの時間を教育に使っておられました。
それに対して執行役員は1割にも満たない時間しか教育には使っていませんでした。
後に述べるサクセッションプラニングの導入を契機に役員は自部門の後継者育成を中心とした教育にもっと多くの時間を使うようになりました。
柳井社長は、3割でもまだまだ不十分で自分の時間の5割を教育に使いたいといわれていました。
ジャック・ウェルチがGEのCEO後半戦で5割の時間を教育に使っていたのと同様に、経営者としての仕事の総仕上げはやはり〝人〟に回帰するようです。
こんな方の下で人材育成機関の責任者をやらせていただいたことは、怒られまくって大変ではありましたが、本当に幸せな時間でした。
教育=実践
「仲間を育てる」ためにユニクロでやっている最後のポイントは、実践を主体にした教育を行なっていることです。
FRMICがグローバルに拡大していく中で、各地域がバラバラに取り組んでもったいないことになっていることに横串を通そうと、グローバルでのベストプラクティスの共有と教育の原理原則のバックボーンをつくることに力点を置いて取り組みました。
教育の原理原則を固める議論の中でFRMICが大切にすべきこととして一番に出てきたのが、教育=実践という考え方です。
教育をビジネスの成果に真剣に結びつけようと考えたら、座学だけでは不十分で実践にまでFRMICが入り込まないといけないというのが我々の出した結論でした。
以降、FRMICの教育体系は実践を主眼に置いたものに加速度的にシフトしていきました。
これも枚挙に暇がないくらいたくさんあります。
たとえば、前述したグローバルの若手経営者育成プログラムであるFGLやMIRAIにおいて、よく他企業にあるようなアクションラーニング的に、実行することは必ずしも前提ではない経営構想をつくらせる、〝ごっこ〟的なことは一切していません。
実際のビジネスで実行することを前提にした真剣勝負の構想を提言させ、それがOKならどんどん実行させて、その実践の中でぶつかったことをどう打破していくのかを柳井社長や関連役員にぶつけ、その対話の中で経営者としての視座や行動を学んでいくという実践をベースにした経営者教育にしました。
店長の教育においても座学にとどまらず、ユニクロのフランチャイズオーナーとして独立した店舗経営のプロ中のプロの店舗に行き、そこで実際の売り場で実践教育をしてもらうようなことをいろいろなところでやり、高い効果があがりました。
また、FRMICメンバーの働き方自体も大きく変わりました。
本部で机上の空論をやるのではなく、現場に出て、営業のブロックリーダーやSV(スーパーバイザー)と協働しながら、実際の店舗課題の解決を図るように働き方を抜本的に変えました。
FRMICメンバーの教育に対するインサイトと情熱このような教育=実践へのシフトをドライブできた裏には、FRMICのメンバーの教育に対するインサイトと情熱があります。
先に述べた通り、越川さん、神保さんと筆者の3人でスタートしたFRMICですが、米国事業で大きな成果をあげた塚越大介さん(現ユニクロ中国のCOO、元FRMIC担当役員・米国事業COO)が部長として来てくれて、神保さんと二人三脚で素晴らしいリーダーシップを発揮して教育=実践への大きなかじ取りをしてくれました。
また当時筆者がグローバル4人衆と呼んでいた、中国・木原聡さん、アセアン・吉田琢磨さん、香港・大矢賢さん、韓国:峰岸義雄さんが地域FRMICリーダーとして、各地域のベストプラクティスを共有しながらガンガン物申してくれ、グローバルワンとしてのFRMICプログラムの進化に貢献してくれました。
さらにそこに赤井田さん(現ユニクロ日本事業のCEO)、松本晃明さん(伝説の銀座店長、現米国ユニクロ)の部長が加わりより強力な体制で、グローバルに教育=実践を推進できるようになりました。
皆心に火のついた自律自走人材で、教育に対する熱い思いとインサイトをもってくれており、それをガンガンぶつけ合うプロセスは楽しく、かつ学びの多いものでした。
FRMIC=人材の登竜門
FRMICメンバーで執行役員になったのは、塚越さん、神保さん、赤井田さん、とすでに3人います。
皆、FRMICを卒業してユニクロの中核を担っています。
FRMICは人材育成機関であるとともに人材の登竜門として経営者の輩出機関でもありたいというビジョンを掲げていたのですが、だいぶそれに近づいているようです。
さらに経営者を輩出してくれることでしょう。
「最強のチームをつくる」ためにユニクロでやっていること
「過去最高の自分をつくり」「仲間を育て」られたら、最後はそれをチームの力として結集させ、〝最強のチーム〟をつくることが、リード・ザ・ジブンの仕上げになります。
ユニクロでは以下の3つのポイントに力点を置いて、「最強のチームをつくる」ことをやってきました(筆者の見解です)。
自分の志を込めた組織のビジョンを掲げ、勝ちたいと誰よりも思う
新人店長のチャレンジユニクロでは学卒で入社後、早い人は半年、通常でも1~2年で店長になります。
最初は小規模店舗に配属されますが、それでも店舗スタッフは20~30名程度はいます。
20代前半でいきなり20~30名の部下をもつわけです。
しかも、その店で経験が10年以上もある主婦のパートの方もいれば、入って間もない学生アルバイト、そして最近地域正社員になりたての人やら多様な部下がいます。
これはなかなか痺れる経験です。
社会人になってまだまだ知識・経験が乏しい新人店長がこれだけの人たちを率いていかないといけないわけですから。
読者の皆さんならどうすると思いますか?志を込めた「自分はこんな店にしたいんです!」というビジョン鍵は「自分はこんな店にしたいんです!」という自分の志を込めた、店舗スタッフの琴線に触れる、共感してもらえるビジョンを提示できるかどうかです。
自分はなぜユニクロに入社したのか?何をユニクロで成し遂げたいのか?こうした志を研修で明確にします。
それを配属された店舗で、志を込めた店舗のビジョンを自分で考え抜き、稚拙でもいいから思いを込めて、自分の言葉でぶつけ、真正面から店舗スタッフと向き合うように教育をします。
リード・ザ・ジブンからリード・ザ・チームへ最初からうまくいくとは限りません。
うまくいかなかったら、自問自答しながら、ひとりで抱え込まずに上司であるSV(スーパーバイザー)に相談したり、本部社員が店舗の課題解決の応援に来てくれたとき(本部社員が現場に行くことをプッシュしていました)にアドバイスをもらいながら、そして何よりも重要なのは、店舗スタッフと対話し謙虚に店舗スタッフから学びながら、またチャレンジしていくことを繰り返します。
1回でうまくはいかなくても、「こんな店にしたいんです!」という思いが本気なら、店舗スタッフは必ずついてきてくれます。
「ちょっと頼りないところもあるけど、ここまで思いがあるなら助けてあげよう」、あるいは「こんな店に自分もしたいから同じ船に乗ってみよう」とリード・ザ・ジブンからリード・ザ・チームへの大きなうねりが起こり始めるのです。
勝ちたいと誰よりも強く思い、自己変革を続ける『経営者になるためのノート』のチームをつくる力の最後の第7項に「勝ちたいと誰よりも強く思い、自己変革を続ける」があります。
強い組織の前提条件は、メンバー全員が勝ちたいという気持ちをもつことであり、そのためには、勝ちたいという思いを誰よりもリーダーが一番強くもつことが欠かせないということが書かれています。
ラグビーのワールドカップ日本代表チーム、ジェイミー・ジャパンは勝ちたいと誰よりも思うパワーを証明しています。
2015年のワールドカップで3勝しながらベスト8・決勝トーナメントにいけなかった悔しさをベースに、ベスト8入りすることを目標に掲げ、そのために〝いかなる犠牲も払ってきた〟ということを異口同音に全員が口にしていました。
〝犠牲〟という言葉を、裏の努力は表に出そうとしない人が多いスポーツ選手の口から聞くことはめったになく、最初は違和感がありました。
どうして〝犠牲〟なんていう言葉をこの人たちは使っているのだろうと。
しかし、世間が日本代表チームに正直そんなには期待していなかった中、年間240日間の想像を絶するような激しい合宿を耐え抜いてこられたのは、勝ちたい、ベスト8に残りたい、日本をビックリさせてやるという強烈な思いがあり、それが原動力になっていたことを理解する中で、〝犠牲〟という言葉があえて使われていた意味がわかったような気がしました。
大きな犠牲を払ってまでも成し遂げたい、勝ちたいという、あり得ないほどの強い思いの裏返しに〝犠牲〟という言葉があったんだと思います。
ユニクロで、勝ちたい、世界一になりたいと誰よりも強く思っているのは、柳井社長であることは間違いありません。
しかし、それがどんどん伝播し、柳井社長に負けないくらい勝ちたいと思う社員はどんどん増殖しています。
店舗スタッフにとって世界一というのは、いきなりは想像しにくいですが、「その地域のダントツ一番店になるんだ!」と誰よりも強く思っている店長・店舗スタッフは世界中にたくさんいます。
そしてその集積が世界一につながっていきます。
一人ひとりを主役にした全員経営の実践
自分の志を込めたビジョンを掲げることができたら、そのビジョンを羅針盤に店舗スタッフの一人ひとりが、そのビジョンと自分の志を同期化させ、自律自走人材化することが次のチャレンジになります。
ユニクロでは、先に述べた2014年のグローバルコンベンションでの柳井社長の大方針転換宣言で「店舗スタッフを主役にした地域に根差した個店経営」に経営の舵が切られました。
店舗スタッフを主役にするためにFRMICでもいろいろな取り組みを営業・人事と連携し進めていきました。
まず取り組んだのは、ユニクロの理念の腹落ちです。
これまで店舗スタッフの教育は現場に基本的に委ねられていましたが、理念の腹落ちにもかなりばらつきがありました。
そこで各地域ごとに店舗スタッフを集めて、理念の理解・腹落ちをしてもらうための店舗スタッフコンベンションを開催し、営業とともにFRMICが各地域に行き、理念の腹落ち・自分事化をしてもらいながら、ユニクロの店舗で働くことの意味、各スタッフの将来の志・夢にそれがどうつながっていくのかを議論してもらう場を設け、多くの店舗スタッフの心に火をつけました。
店舗スタッフを店舗の特定部門の〝経営者〟に──ハッピーサイクルの起動その上で各店舗で具体的に店舗スタッフを主役にした店舗経営をどのようにしていくかの試行錯誤が始まりました。
大きな試みのひとつが、地域のことを一番よく知っている店舗スタッフにある特定部門(例えばウィメンズのアウター)を任せ、商品構成、売り場づくりを含めその商品群の経営を任せるという試みでした。
押しつけになってしまったら自分事化はされず、失敗するので、本人の思い・志を把握した上で、店舗スタッフを主役にした店舗体制の設計を店長が行ないました。
その結果、地域のイベントと連動しながら、欲しいときに欲しいものがあり、買い物がしやすい売り場になるというお客様満足の向上とともに、店舗スタッフにとっても、これまでいわれたことをきちんとやる受け身サイクルから、自律的に考え、行動することの喜びを体感し、ハッピーであるから次の課題を自分で見つけ、それをドンドン解決していき、より大きな成果が出るという、ハッピーサイクルを回せる店舗スタッフが増殖していきました。
ベストプラクティスの共有・底上げをしながら、大きなうねりをつくるこのように各店舗レベルでの店舗スタッフを主役にした究極の個店経営に向けた新たな取り組みは、前に述べたグローバルコンベンションのテーマに取り上げられ、グローバルでの大きなうねりがつくられたり、店舗の課題解決を目的としたダイレクトミーティングで各地域ごとにベストプラクティスを共有し、店長間で学び合い、磨き上げ、質の向上と面の拡大が図られました。
店舗スタッフのキャリアをひらくこのような店舗運営体制の改革と並行して、店舗スタッフのキャリアについても未来を拓く取り組みが行なわれました。
これまで非正規雇用が大半だった店舗
スタッフをR(リージョナル)社員として正社員化する試みです。
2014年、日本のユニクロで店舗スタッフ1・6万人をR社員に2~3年で転換し、正社員を当時の3400人から約6倍の2万人に増やすという構想がぶちあげられました。
当然、短期的なコスト増にはなりますが、リテンション(人材の流出を防ぎ、維持すること)向上による人材確保、採用・教育コストの抑制になり、中長期的にはメリットが上回るという考え方です(出所:『日経ビジネス』「ユニクロ大転換」2014年3月24日)。
そして、何よりも筆者が効果が大きいと思うのは、自分の担当する部門の〝経営者〟として、大きなやりがいをもちながら、中長期的に自分の志を実現できる場がユニクロにはある、自らのキャリアの未来が拓けるという実感をもち、心に火がつく効果だと思います。
店長の「自分はこんな店にしたいんです!」という志と、店舗スタッフの「自分は(担当部門を)こんな売り場にしたいんです!」という志が、共鳴し合いながら、究極の個店経営実現のための〝最強のチーム〟がつくられてきました。
日本という成熟市場で、多くのアパレル企業が苦戦をしている中、ユニクロが国内事業でも着実な成長を続けているのは(海外事業の成長に日本事業は霞みがちですが、実はすごいことなのです)このような、一人ひとりが自律した真の全員経営、「最強のチーム」をつくることが、キーレバーとなっているのです。
そして、そのユニクロの日本事業をCEOとして2019年から率いているのが、究極の個店経営の実践をFRMICや営業でリードしてきた赤井田真希さんという女性なのです。
〝教え教えられる〟ことを通じて後継者を育てる──サクセッション・プラニング
リーダーの志の込められた共感できるビジョンを羅針盤に、メンバーが自らの志と同期化させながら自律自走していく、全員経営の「最強チーム」がいったんできても、そこでとどまることはVUCAの世界では許されません。
自己変容・〝型破り〟し続けなければなりません。
その際に鍵となるのが、計画的な後継者育成(サクセッション・プラニング)です。
ユニクロでは、5年ほど前に、サクセッション・プラニングの世界的な権威のアドバイスを受けながら、FRMICと人事が連動して、サクセッション・プラニングの導入を行ないました。
図表3‐9にあるように、柳井社長の後継者育成を最上位に、経営トップチームの後継者、各部門の担当役員の後継者、各部長の後継者と続き、そこに先に説明したFGLイニシアティブやMIRAIプロジェクトを通じて、発掘・抜擢された若手人材が後継者候補としてパイプラインに加わってくる体系になっていました(2016年当時)。
多くの企業においてサクセッション後継者のノミネーションで終わっているケースが多いですが、これでは実際には後継者は育ちません。
この罠に陥らないように、ユニクロでは、担当役員・部門長に強烈な後継者育成のコミットメントをさせて、後継者の育成を計画的に行ないました。
先に述べたように、柳井社長は3割の時間を人材育成に使っているのに対して、役員はばらつきはあるものの1割に満たない時間しか使っていない実態がありました。
役員の大きな責務として自らの後継者育成をすることが最重要課題と位置づけられ、評価の約半分は育成責任に置かれることになりました。
各役員がそれぞれの我流でやるのもいいのですが、ばらつきの是正・底上げのためにサクセッションの世界的権威のアドバイスをもらい、ユニクロ流のサクセッション・プラニングの方法論をつくりました。
そのサクセッションのプラットフォームの上で、各役員の独自性を発揮してもらう仕組みです。
内容については、センシティブなところがあり、本書では触れませんが、後継者ノミネーションにおいては、単にパフォーマンスが優れているということだけでなく、ユニクロのバリューをどこまで体現しているのかをきちんと評価して加味することがキーポイントでした。
教育連鎖──教え教えられる教育風土後継者育成においては、部門長自らがユニクロの進もうとしているビジョン・方向性と自分の志を同期化させた部門のビジョンを考えさせ、それを自らの言葉で部門メンバーに直接語りかけインスパイアする経験を通じて、その部門長自身を経営トップチームの後継者候補として育成することと、その部門長の後継者候補に背中を見せて教えるという、〝教え教えられる〟ことを通じて組織的に後継者を育成するということが基本的な考え方としてありました。
これを筆者は〝教育連鎖〟と呼んでいます。
人を教えてみて、はじめて気づくこと、学ぶこと、自分自身への成長につながることはたくさんあります。
〝「先生」をたくさんつくってください!〟と柳井社長によくいわれました。
先生をたくさんつくることによって、生徒が成長するだけでなく、先生自身も成長し、最強のチームになっていきます。
柳井社長をはじめとする経営トップチームのメンバー、各国ユニクロ事業の経営者、部門長、フランチャイズオーナー、ユニクロ創業期からのレジェンドの皆さん、試練を経てブレークスルーした多くの店長や本部リーダーたち、店舗スタッフから店長に抜擢されて大活躍した海外店長、お客様から涙が出るほどの感謝の手紙を頂戴した店舗スタッフ等々が、グローバルコンベンション、店舗課題解決ミーティング、店舗スタッフコンベンション、FGL、MIRAI等の多くの場に登壇し、「先生」として教えながら、自らも成長することをやり続けてきました。
ユニクロには、たしかな教え教えられる教育連鎖・教育風土があります。
後継者育成の期限を定める
FRMICの仲間だけでなく、お世話になった役員や監査役の皆さんまでもが、個性あふれる温かいメッセージを書き込んでくださっています。
柳井社長のサイン入りの『経営者になるためのノート』とともに筆者の一生の宝物になっているものです。
つらいことがあったとき、これを読み返すと本当に勇気が湧いてきます。
怒られまくって大変なことも多々ありましたが、こんなに素晴らしい仲間に囲まれて、4年間ユニクロで人材育成の責任者をやれて本当に幸せでした。
ここまで読んでいただいた読者はお気づきだと思いますが、筆者は本当にユニクロが好きです。
柳井社長とユニクロ全社員へのラブレター
こんなすごい企業は世の中にないと思います。
ユニクロのような企業をたくさん日本でつくれたらもっと日本は元気になるだろうと思ったのがコンサル業界に戻った大きな理由です。
本当は1年前に卒業しようとしたら、柳井社長に〝ダメです〟と怒られていったん諦め、塚越大介さんという立派な後継者ができ、1年越しでやっと卒業するときに柳井社長のところに挨拶に行ったら、「宇佐美君はやっぱりコンサルのほうが向いていると思うよ」というお墨つきもいただきましたし(笑)。
この章は、柳井社長とユニクロ全社員へのラブレターのつもりで書きました(もちろんコンサルタントとしてファクトに基づく客観的な視座は失わないように自分を戒めながら)。
本章を通じて、読者がユニクロという会社の本質と素晴らしさを、より深く理解できたと少しでも思っていただけるなら、毎朝4時起きで書いた甲斐があったというものです。
後継者育成におけるもうひとつの大事なポイントは、期限を定めるということです。
漠然といつかは育てるというのではなく、いついつまでに育てるというお尻を決めてそこから逆算して育成計画を考えないと、ずるずるといってしまいます。
ユニクロのもうひとつの成長エンジンであるアセアン事業CEOで上席執行役員の守川卓さんという人がいます。
アセアン地域コンベンションで各国の事業責任者を前に守川さんがこういったことを今でも鮮明に覚えています。
「皆さんが後継者育成に与えられている期間は3年です。
3年で皆さんの後継者を育ててください。
とりわけ、現地で採用した人を次のリーダーに育ててください。
後継者を育てるのは皆さんの責務です。
できない人には今のポジションを降りてもらいます。
そして、後継者を育てるということは、皆さん自身が次のステージにいくということです。
次のステージを見据えながら皆さん自身も成長してください」この言葉を聞いたときに、守川さんて、やっぱりすごい人なんだなと思いました(普段はイケメンの冗談好きなナイスガイなのですが、経営者としての得もいえぬ迫力がありました)。
日本から離れた柳井社長の目の届きにくいところで、各国のユニクロ事業責任者を務めていると、一国一城のマインドが強くなり、ともすると、そこに安住し、自分のポジションを守ることに走ってしまいます。
しかし、それでは最強のチームではあり続けられません。
それまで曖昧だった後継者育成の期限に3年という明確なお尻を決めて、後継者育成ができなかったら事業責任者としては失格だという厳しいメッセージを事業責任者に突きつけたのです。
また、後継者を育てるということは、自分は今のポジションにいなくなるということですが、今のポジションにしがみつかず自らも次に向けて成長しないといけないという、サクセッション・プラニングの本質を捉えた言葉でした。
期限を定めて後継者を育成し、育成成果を出すことが、一人ひとりの役員・事業経営者・機能経営者に強く求められていました。
ユニクロで人材育成機関の責任者をやってみて
ここまで、イノベーションを次々と起こしながら成長を遂げてきたユニクロの根っこには、「過去最高の自分を育て、仲間を育て、最強のチームをつくる」ことがあり、それがどのように行なわれているかをお話ししました。
まとめると図表3‐10の通りです。
バックボーンとしての『経営者になるためのノート』
これらのバックボーン・羅針盤として、「経営理念23か条」に根差した『経営者になるためのノート』があることをお話ししました。
本章は『経営者になるためのノート』を横に置き、参照しながら読んでいただくと、より深く理解できるのではないかと思います。
「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」ことを通じてグローバルナンバーワンブランドになるという柳井社長の志の込められたビジョンは決してぶれることなく、一方そこに至る打ち手の実行においては、「計画1割実行9割」で走りながら考えるのがユニクロの経営です。
ジェットコースター、時には〝朝令朝改〟といわれるほど、時々の環境や状況変化に応じて変わっていく超スピード経営です。
VUCAの時代にまさに適した経営モデルであり、それを支えてきたのが、ユニクロという組織と店舗スタッフを含む社員一人ひとりの志の同期化を起点にした、「過去最高の自分を育て、仲間を育て、最強チームをつくる」リード・ザ・ジブンが根底にあったからだと筆者は解釈しています。
だからこそ、本書の冒頭に述べたように、平成の30年間で多くの日本企業がゆでガエル的に世界から置いてきぼりをくっている中、宇部のシャッター商店街にあった小郡商事という洋服屋さんが、グローバル成長を遂げて世界でナンバーツー、2・3兆円企業になり、世界一までもう少しで手が届くところまで来たのです。
「宇佐美潤祐になるためのノート」
筆者がユニクロを卒業するときに、「宇佐美潤祐になるためのノート」というものをFRMICの仲間がつくってくれプレゼントしてくれました(図表3‐11)。
FRMICの仲間だけでなく、お世話になった役員や監査役の皆さんまでもが、個性あふれる温かいメッセージを書き込んでくださっています。
柳井社長のサイン入りの『経営者になるためのノート』とともに筆者の一生の宝物になっているものです。
つらいことがあったとき、これを読み返すと本当に勇気が湧いてきます。
怒られまくって大変なことも多々ありましたが、こんなに素晴らしい仲間に囲まれて、4年間ユニクロで人材育成の責任者をやれて本当に幸せでした。
ここまで読んでいただいた読者はお気づきだと思いますが、筆者は本当にユニクロが好きです。
柳井社長とユニクロ全社員へのラブレターこんなすごい企業は世の中にないと思います。
ユニクロのような企業をたくさん日本でつくれたらもっと日本は元気になるだろうと思ったのがコンサル業界に戻った大きな理由です。
本当は1年前に卒業しようとしたら、柳井社長に〝ダメです〟と怒られていったん諦め、塚越大介さんという立派な後継者ができ、1年越しでやっと卒業するときに柳井社長のところに挨拶に行ったら、「宇佐美君はやっぱりコンサルのほうが向いていると思うよ」というお墨つきもいただきましたし(笑)。
この章は、柳井社長とユニクロ全社員へのラブレターのつもりで書きました(もちろんコンサルタントとしてファクトに基づく客観的な視座は失わないように自分を戒めながら)。
本章を通じて、読者がユニクロという会社の本質と素晴らしさを、より深く理解できたと少しでも思っていただけるなら、毎朝4時起きで書いた甲斐があったというものです。
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