第3章チェーンオペレーション・マネジメント「答えは現場にある」
職務記述書があるから働きやすい~コーポレート・ガバナンス(企業統治)~スーパーバイザーの使命スーパーバイザーのMBWAとグラフィック・マネジメントクルーをトレーニングするための「クルーオリンピック」現場主義で未来を開放する~アルバイトがアルバイトを使う会社~はじめての主婦パートを採用する会議での「真剣な悩み」
職務記述書があるから働きやすい~コーポレート・ガバナンス(企業統治)~アメリカの企業は、職種職位ごとの「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)」が明文化されている。
そこには、職務権限や職務範囲、職務内容、職務遂行要件が記されていて、それを読めば「何をどうしたらいいか?」の責任が明確になっている。
組織構成と、「誰が自分のボスであるか」がハッキリしているので、実に働きやすい。
目標管理(MBO)がしやすく、昇進もしやすい。
ときに、降格にも納得がいく。
人事異動に伴う引き継ぎが行いやすく、組織のガバナンス(統治)も執れる。
各職位の「目的」「資格」「主な仕事、管理すべき要件」が箇条書きに提示されているので、それぞれのメンバーは職責の認識と自覚を持って、仕事に対して的確に挑戦できる。
少なくとも、間違った方向や悪いことに時間を使うような、愚かなことはしなくなるだろう。
人生は短い。
まともな努力に報いてあげるのならば、厳しい管理要件は有能な人間を育む基本要件ともなるのだ。
スーパーバイザーの使命この日本では、「スーパーバイザー」と言われる役職が生まれて久しい。
エリア統括であるとか、地域マネージャーであるとか、その呼び名はいろいろある。
大体、このクラスの職を任される人は、現場からのたたき上げだ。
そのなかから、最も有能でリーダーシップのある人が、スーパーバイザーへと昇進していく。
たとえば、店長時代に売上の高い大型店を経験していたり、売れない店を売れる店にしたり、駅前のテナント店や郊外型のドライブスルー店などの店を経験したりしている。
成功も失敗も、十分に経験しているような百戦錬磨の人間が、多くの場合はスーパーバイザーに抜擢されるのだ。
とくに、チェーン展開にとって、人材が枯渇することは致命的だ。
「経験が間に合わない」「トレーニングが間に合わない」といった人事開発では、事業の拡大や発展はできなくなる。
それぞれの豊富な経験と思考を頼りに、濃縮したカリキュラムで、トレーニングしなくてはならない。
社内における教育機関の大学で、社内メンバーと経験を分かち合い、思考を訓練し、リーダーに必要な素養を戦略的に身につけてもらうことが求められる。
また、スーパーバイザーの使命は、「社長の代行」と断言できる。
一般的には、創業して間もない会社規模が小さい頃は、経営者ひとりで融資を受けることや、店舗を巡回すること、人材採用、人材教育などをこなしていることが多い。
しかし、会社規模が大きくなると、社長ひとりでは仕事がまわらず、ほかの社員にこれまで自分ひとりでこなしていた仕事を頼まざるをえない。
つまり、会社が大きく成長するタイミングから、スーパーバイザーという職務の必要性が生まれる。
スーパーバイザーは、自身の経験と力量を、他店舗の管理監督に生かしながら、職務記述書の職務スパンを遂行する、エリアの経営責任者である。
スーパーバイザーのMBWAとグラフィック・マネジメントスーパーバイザーは、店長職のときとは違い、複数の店舗を管理しなくてはいけない。
しかも、その地位と権限を使って、複眼で職務記述書の職務内容を民主的に遂行しなければならない。
その職務遂行にあたっては、店長を通じて行うことが理想的だ。
スーパーバイザーによるテリトリー指導は、担当のエリアを歩き回るマネジメント、つまり「MBWA:(ManagementByWalkingAround)」が基本である。
これは、必要な業務のために必要な店舗に足を運び、顔を合わせてコミュニケーションをとりながら指導をしていく方法である。
「現実」「現場」「現物」という現場管理の基本事項を確認する重要な任務を持って、仕事に向かう必要があるのだ。
本部の方針や指導、マニュアル通りに店舗運営をしているかをチェックして指導する「スーパーバイジング」には、「5C」に代表される5つの機能がある。
それが、次の5つだ。
・「コミュニケーション(意思疎通、情報伝達と確認、状況報告、交流)」・「コーディネーション(調整)」・「コンサルテーション(経営相談、助言、指導)」・「コントロール(管理、監督、内部統制)」・「カウンセリング(相談)」この5Cは、課題が多岐にわたるスーパーバイザーがつまずきがちな立場を、客観的に考える上で参考になるだろう。
たとえば、「自分は、店長のよいスーパーバイザーになり得ているか」を自問自答することができる。
ほかにも、「ただのうるさい上司でしかないのか」「何もできていないか」など、自分を客観的に省みることができるはずだ。
よき指導者は、よく自己反省し、自己管理のできる人でなければならない。
ところでスーパーバイザーは、効率的に効果的に、現場指導にあたる必要がある。
限られた時間のなかで、本部の会議やエリアの会議、自分の休日、各店舗の指導のニーズに従い、その腕を振るわなければならない。
その最も重要な業務遂行を決定づける、行動科学がある。
これが、「グラフィック・マネジメント理論」である。
自分のテリトリーを、次の図のように3つのタイプに分類して、優先順位を付け、スーパーバイジングにあたれば、店長以下の人材開発や店舗の業績はどんどん上がるだろう。
クルーをトレーニングするための「クルーオリンピック」1店舗あたり平均40名のクルーが在籍しているマクドナルドでは、クルートレーニングが重要とされる。
そもそも、飲食店はクルーのターンオーバー(離職率)が比較的高い。
マクドナルドでは15%前後の離職率だが、店舗によって、その割合はまちまちである。
これまで、マクドナルドでも、定着率を高めるために、あらゆる研究がされてきた。
たとえば、よい人材をリクルートするために、ポスターやメッセージ、求人媒体、面接法などを工夫してきたのだ。
最近では、よいクルーを育てるために、「クルーの技能オリンピック」があらゆる業界で開催されるようになった。
マクドナルドでは、クルーのオペレーション技能を磨き、「QSC&V」を持ったクルーが最高の基準で店舗運営ができるようにすることを目的とした『クルーオリンピック』を実施している。
クルーオリンピックは、店内、エリアごと、全国と徐々に勝ち残った者同士のトーナメント戦である。
全国大会で入賞したクルーには、グアム島旅行のプレゼントや、藤田社長とのディナー会が企画された。
藤田社長は、表彰式のコメントで「入賞者もそうでなかった者も、髪1本の差だ。
全員入賞にしたかった」とクルーたちに温かい言葉をかけていた。
また、日本での全国大会のあと、ロサンゼルスオリンピックのときに、現地会場の仮設店舗で「クルーオリンピックの世界大会」が行われたこともある。
マクドナルド社は、オリンピックの公式スポンサーだったのだ。
いかなる業界の技能オリンピックであろうと、燃える志や磨き抜いた卓抜した技能には、魂を揺さぶられる。
ひとつのことに精進した者は、必ずや何事においても、成功を収めていることだろう。
クルーオリンピックは、クルーたちにとって青春の1ページを飾るにふさわしい出来事となっているはずだ。
現場主義で未来を開放する
~アルバイトがアルバイトを使う会社~2018年現在、国や企業は「派遣社員の2018年問題」で騒いでいる。
国が、企業や派遣社員として非正規雇用の形態で働いている人に、その未来を追及していないことが大きな問題だと思う。
マクドナルドは、アルバイトの多くが学生であり、パートタイマーは主婦が中心だ。
このように、非正規の雇用形態で働いている人が多いマクドナルドの雇用形態にも、実は歴史がある。
3代目米国マクドナルド社の社長には、アメリカマクドナルド本社で、メールボーイとしてアルバイトから入社したマイク・クインラン氏が、若干39歳で抜擢されている。
オーストラリアのマクドナルド社の社長も、35歳のクルー出身者だった。
よく「現場上がりの社長」などと言う人がいるが、現場で叩き上げられた下積み時代は、れっきとしたキャリアである。
下積み時代を生かせる人と、そうでない人の差は大きいだろう。
とくに若いときは、現場を徹底的に体験したほうがいい。
年老いてから、下積み経験を積むことが難しいからだ。
現場での経験を将来の糧にして、ステップアップすることが肝心である。
マクドナルドコーポレーションでは、たとえヘッドハンティングされたトップクラスの人材といえども、本社の要職に就くには、現場を経験しなければならない。
そのため、中途入社したエリート社員は「ファースト・トラック」という制度を利用して、店舗体験をスピード消化したのち、要職に就くこととなる。
これは、「マクドナルドがいかに現場を大切にしているか」の証拠ともいえる。
ちなみに、マクドナルド本社の社員は、ほぼ全員が店舗経験者だ。
もちろん、それは現場をもっともと大切にしているからである。
お客様と直接接する現場が稼いでくれる。
現場をサポートする術が身に沁みているからこそ、利益を伸ばすことができる。
現場音痴では、為す術がない。
1976年頃からは、店舗運営上の人事制度として、アルバイトで才能がある人、すなわち正直で人柄がよく、リーダーシップのある人は、社員とクルーの間を行き来する、アルバイトのなかでのトップの立場「スイングマネージャー」と呼ばれる管理職に登用されることが多くなった。
スイングマネージャーに推薦されることは、クルーにとって名誉なことであり、会社はこの制度によって、将来に望みをかける働き甲斐のある店舗運営の形を整えることができた。
さらに、経験豊富でリーダーシップを持っている人は「Aスイング」としての資格を与え、社員である「2ndアシスタントマネージャー」と同等の待遇を保障してきた。
本人に入社の意思があれば、すぐに入社の資格を与えている。
会社に正式に認められたこのシステムによって、社員のマネージャーが休日で休んでいるときは、店舗運営を任される。
マクドナルド社は、店長のマネジメント能力として、「スイングマネージャーをつくること」を高く評価した。
大変名誉なことに、私の指導の下、数え切れないほどのアルバイターが社員となった。
しかも、そのなかの10組以上から仲人を頼まれた。
ただ、ある社員の仲人をしたときの、こんなエピソードがある。
新郎となる社員が結婚するとき、新婦のご両親が結婚に大反対したそうだ。
新婦のご両親いわく、「うちの娘を水商売の人のもとには嫁がせられない」という。
なんと、マクドナルドの仕事は「水商売のような職業」としか理解されていなかったのだ。
そこで、部下から頼まれた私は、新婦のご両親にお会いして、「マクドナルドは立派な外食産業の企業である」ということをお話しした。
すると、新婦のご両親から、「娘をよろしくお願いいたします」と何度も頭を下げていただいた。
そのように、まだ当時の外食産業は黎明期だった。
だから、藤田社長は「1千億円売らなければ産業とは言えない」と何度も口に出していたのだ。
私は、「21世紀の巨大な産業をつくるのだ」と夢と野望を藤田社長と共有していた。
何よりも肝心なのは、「未来を切り拓く」ことなのだ。
お互いの進歩のために、経験のある人の技能を生かす。
だから、マクドナルド社は将来に備えて門戸を開き、人材を登用している。
はじめての主婦パートを採用する会議での「真剣な悩み」1975年、マクドナルドは全店年間売上高100億円を突破した。
しかし、それまではアルバイトで学生だけを対象にしていたのだが、平日の学生がいない昼間の時間帯(とくにランチタイム)には、人手が足りなくなってしまった。
そこで、1976年の春、社内の運営部会議で「主婦のパートを採用していく」ことについて真剣な議論をした。
当時、主婦のパートの活用は、デパートでは当たり前だったのだ。
それまでのマクドナルドという文化では、若者が活躍している傾向があった。
店長には20代の若者が多かったので、「自分の母親のような存在の人を使えるだろうか?」と考える者もいた。
また、当時のお客様の中心が若者中心だったので、「主婦のパートを活用することが、ハンバーガー文化の創造にいかがなものか?」と疑問が投げかけられた。
私たちは真剣に悩んでいたのだ。
団塊ジュニアは年に200万人もいたので、もちろん人口動態の変化に陰りは感じなかった。
しかし、年60店も新規オープンできるような状態で、1976年にはドライブスルーの開発が進められていたため、店舗に配置する人員が追いついていなかった。
そこで、私たちは大きな決断をして、主婦をパートとして採用することを決めた。
すると、その決断は大成功した。
主婦のパートは器用で掃除力が高く、総じてチームワークもある。
自分たちの都合をうまく調整しながら、出勤スケジュールを組んでくれた。
チームワークのよい主婦たちは、マクドナルドにとって大きな力となったのだ。
主婦のパートにまつわる、こんな話をしたい。
ある日、店内のトイレが詰まって、使用できない店舗に遭遇したことがあった。
トイレが詰まったときに使う、ラバーカップ(スッポン)ではトイレの詰まりを解消できず、その店舗のクルーたちは困っていた。
そんなとき、勤務時間になってやってきたベテラン主婦クルーが、さっさとユニフォームの袖をまくりあげて、汚物で溢れた便器の中に、両腕を入れて素手で流れを解消した。
「こうしなければ、駄目なのよ。
こんなにひどいときは、そんなラバーカップなんて、クソの役に立たないからね!」と言って、若いクルーを驚かせたのだ。
まさに、ベテラン主婦クルーの強さを、目の当たりにした瞬間でもあった。
ただ、主婦のパートのなかには、「家の近所のマクドナルドで働いていることを知られなくない」という人が多かった。
マクドナルドで働くことを誇りに思う人が少なかったので、「知り合いに会ってしまうのが嫌だ」「近所に知られたくない」という劣等感のようなものがあったのだ。
しかし、主婦や若い層の採用を積極的に進めていった結果、「友達や仲間と楽しく働く、プロ意識を持ったすばらしい職業である」という意識がクルーたちの間に浸透していった。
その結果、誇りを持って働く主婦のスウィングマネージャーが次々と誕生し、「職業人」として立派に定着したのだ。
こうして、時代の変化とともに、マクドナルドのあらゆる分野での成功は、主婦のパートの活躍なしには語れなくなった。
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