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第3章エグゼクティブリーダー育成のためのコーチング【実践例】

「人に教えることはできない。自ら気づく手助けができるだけだ」──ガリレオ・ガリレイ

目次

会社を変えるアイデアは、中にいる者が一番知っている

「もし社長になったら」という仮説でスピーチ

それでは、エグゼクティブリーダー育成のために、優良企業でどのようなことが行われているのか、いくつかの事例を見てみましょう。

キリンビール 第 1章で、キリンビールがコーチング制度を導入し、成果を出してきたことに触れました。

育成プロジェクトは、プロジェクトに参加した社内の人たちとのコミュニケーションを活発化し、円滑な関係を築いていくための能力を格段にアップさせました。

さらに、その育成された社内コーチたちの部下は「自立積極性」「組織への貢献実感」が高まり、その結果、社員の全体的なモチベーションや積極性が上がり、成果へとつながりました。

さらに、二〇〇九年から導入している「質問会議」も注目を浴びた新しい試みでした。これは、「質問」とその「回答」のみによって進行していくものです。

この導入により、それまでは、社内の上席者や発言力のある一部の人たちが主導する一方通行型の会議が多かったのが、双方向型へと変化しました。

効果は一朝一夕で期待できるものではありません。

人を変えていくには、時間がかかりますが、地道な取り組みが変革への一番の方策だということを示してくれる事例です。

LIXIL 元日本 G E代表取締役会長の藤森義明氏が率いる LIXILは、二〇一二年、福島県須賀川市にある自社の研修施設を一億円の費用を掛けて改装。

G E本社のクロトンビルを模した研修施設を新たにオープンしました。クロトンビルと同じく、広い講堂や、お酒を飲みながら語り合えるラウンジもあり、世界中から精鋭たちが集められています。

同年二月からは、次世代リーダーシップ研修も開始。研修は、選考を通過した七〇名ほどが、八カ月間学びます。研修の内容は、チームを組んだ仲間たちと共に新興国市場を分析し、事業計画を考案。最終的には、社長の前でその事業計画のプレゼンテーションを行う、などです。

その中でも、私が面白いと感じているのは、「もし社長になったら」という仮説で、就任スピーチを行う研修です。

まさに、幹部候補生として集まる精鋭たちに「社長 =トップリーダー」としての視点の大切さを気づかせる素晴らしい研修です。

私も参加させていただいたのですが、オムロンも LIXIL同様役員研修の一環として、十年後に自分が社長に就任したと仮定して、社長就任演説を現役の社長・役員の前で行うものがありました。

視野を広げる良い研修だと思いました。

日産自動車 一時期の赤字が六八〇〇億円超にものぼる瀕死の状態から、見事復活を果たした日産自動車。

復活の立役者であるカルロス・ゴーン氏は、その経営手腕に注目を集めた名経営者ですが、人材の育成にも力を注いでいます。

ゴーン氏の指揮により二〇〇五年四月に、研修施設を設置。箱根仙石原プリンスホテルを買い取った施設は、温泉街にも近く、リゾートホテルさながらの豪華さです。

その研修施設の主な目的は、「充分なリーダーシップを備えた有能な経営者層育成のための研修、日産自動車で実践している先進的な経営手法をまとめた『日産マネジメントウェイ』に基づく経営力強化のための研修、等を実施」(日産自動車 HPより)と記載され、世界各国から優秀なリーダーたちが集められ、ここで研修を行っているのです。

先日、ある講演会で日産の部長の方とご一緒しました。私の次に「ラーニング・オーガニゼーションの実践について」と題した講演をされました。

ラーニング・オーガニゼーションとは、「メンバーのコミットメントと創造性と参加性を高めて、組織としての能力を高め続けていく組織」だそうです。

最初は自分のチームの意識を変えようと始めた改革が、徐々に他チームへと拡がり、今では部署全体の三〇〇人の所帯を改革しているといった内容でした。その講演を聞いて、日産は本当に大きく変わったのだなと実感しました。

特に素晴らしいと思った点は、理念として掲げられている NISSAN WAY(次図参照)の一〇項目がそのまま、人事評価の項目となり、それに従って評価される点です。

社員一人ひとりが変わることでしか変革はありえない

私がいたころの日産には、理念は浸透していなかったと思います。理念についての教育を受けたこともないし、話し合われたこともありませんでした。

ゴーン氏のすごい点は、わかりやすく明確な理念を作ったこと、そして理念をそのまま人事評価の項目に採用し、徹底して浸透させる仕組みを作り上げたことです。

よく、いろいろな方から、「理念やミッションを浸透させるにはどうしたらいいのか?」と聞かれますが、その答えは二つあります。

一つは、トップが本気になって言い続けること。もう一つは、人事です。誰を出世させるかという意味での人事です。

日産では、日産の価値観や NISSAN WAYをしっかりともっていないと偉くなれません。

これは、とても大切なことです。多くの企業では、人事評価に企業の理念を評価に入れておらず、単純に売り上げの数字などで評価します。

これでは、なかなか理念が徹底されません。もちろん、売り上げや利益などの数字でわかる評価も大切です。理念の達成度と成果の双方から照らし合わせて評価するのです。

ゴーン氏が日産の CEOに就任後、気になっていたので『日本経済新聞』の人事欄をよく見ていました。最初のころは、どちらかというと英語を話せる人が偉くなっている印象でした。

しかし、二年目、三年目から、「あぁ、なるほどな」と思うような人事が行われ始めました。そのころから年功序列が排除され、実力のある人がどんどん上に上がっていく。

そのかわりに「アップ orアウト」つまり早く偉くなるが、そのかわり外へ出ていくのも早い。しかし、そういう人は引く手あまたなので次の就職先に心配はありません。

このような人事改革の成果もあり、ご存じのように日産はあっという間に V字回復します。私が日産にいたころは、利益が一〇〇〇億円ぐらい出て、「今年の利益はすごい!」と話していたのが、今では四〇〇〇億円、五〇〇〇億円の利益です。

やはり、ゴーン氏の経営手腕のすごさだと思います。多くの会社はそれぞれ、さまざまな研修を行っています。

一般的にその中では、経営のノウハウやビジネス理論を学ぶことが中心となっていますが、会社のミッションや経営理念をしっかり理解して、社員一人ひとりの意識を高めることが重要ではないかと思います。

コンサルティング会社に依頼をし、自社の問題点を洗い出し、管理システムを導入したところで、本当の意味では会社は変わりません。社員一人ひとりの意識が変わることでしか、変革はありえないのです。

日産が瀕死の状態だったころ、ゴーン氏が発したひと言が一つの着火剤となったというエピソードを読んだことがあります。

のちに、日産リバイバルプランをまとめることとなる社員に向かって、「改革は外部のコンサルタントになどできない。会社を変えるアイデアは、中にいる者が一番知っている。さあ君たちの真の実力を見せてくれ!」。

この言葉を受けた社員は、「冷静な自分が、初めて武者震いしているのを知った」と語っています。

ゴーン氏は、あるべきミッションや価値観を重視して一人ひとりの中にある潜在的な意欲を汲み取り、引き出すことがとてもうまい経営者だと思います。

それぞれのエピソードに、学ぶべきヒントがたくさんあります。たとえば、実践できるメンバーを集めて、明日からでも「質問会議」を行うことができます。

また、「もし社長になったら」という前提で、就任スピーチの原稿を作成してみることをお薦めします。また、もしあなたが現在社長であるなら、五年後の自分に手紙を書いてみてください。

日々の業務に追われているせいで、自分の中にある解決できていない問題意識と向き合う良い機会にもなるはずです。

自分で導き出さないかぎり動機づけとはならない

日本で、エグゼクティブリーダーを育てるというミッション

日本のトップ企業が導入しているコーチングや研修について述べてきましたが、エグゼクティブのための研修制度を具体的に取り入れ、リーダー育成に力を入れている企業はまだまだ少数であるのが現実です。

欧米の企業と比較してもリーダーシップの育成に重点を置いている企業は少なく、それは社会的な文化の違いも大きく影響しています。

日本は未だに、コンサルティングやコーチングのような目に見えないものにお金を出す文化が根づいていません。

目に見えるハードにはお金を出すが、目に見えないソフトにはお金を出さない風潮があります。私は、このような風潮に違和感を覚えることもあります。

日本のリーダーを育てるために、少しでも自分にできることから始めようとスタートしたのが、エグゼクティブ・コーチングです。

クライアントはさまざまです。私の講演会に来て、講演後にその場で、「コーチングをしてほしい」と言ってこられた中堅企業の社長さん。

ヘッドハンターから紹介された上場企業の社長さん。私の本を読んでこられたベンチャー企業の経営者の方など。

そういったクライアントの方々には、いろいろな質問を繰り返すことによって、気づきを得てもらうためのコーチングと、経営者としての今までの経験を活かした経営面での具体的なコンサルティングの両面からのアドバイスを行っています。

ただし、マネジメント面でのコンサルティングといっても、あくまでも自分の経験や考えを伝えるだけで、最終的な決断や結論は、本人の中から導き出すようにサポートします。

このような形で、これからのリーダーを育成することができればと考えているのです。現在、主には五社。

ちょっとしたアドバイスだけのケースも含めると、もう数社ありますが、基本的には経営者やその会社のトップ層を対象にしたエグゼクティブ・コーチングを行っています。

依頼を受ければ、誰でも受け入れているわけではありません。

コーチングはクライアント側が自分を変えていきたいという気持ちにならないと効力を発揮しません。

自分をもっと高めたいという向上心と自分はまだまだだという謙虚さをもち、決して驕り高ぶったりしないこと。

成功している会社の社長の多くは、本当に驚くくらい腰が低く、人としての謙虚さをもち合わせています。基本的なビジネスマナーの大切さも教えています。

例えば約束をしたミーティングに遅刻しない。どうしても遅れてしまう場合は、連絡を入れる。コーチングの前には、そのための質問等を事前に準備する。

本当に“当たり前”のことですが、社内でのポジションが上がると、そういった“普通”のことが疎かになってしまうケースもあります。

最近、エグゼクティブ・コーチングをお断りしたのは、あるベンチャー企業の社長さんでした。約束の時間に遅刻をし、かつ昼間からお酒の匂いがプンプンしている。そのうえ、お金を支払っているのだから、もっと具体的な提案が欲しいと要求されました。このような方にコーチングの効果は期待できません。

私と会ってコーチングを行う時間が、この社長にとっても無駄な時間となってしまうと思い、お断りしました。エグゼクティブ・コーチングは、お互いの信頼関係があってこそ成り立つものだからです。

その後、その会社でずっとその社長を支えていたナンバーツーの人から、退職した旨の連絡を受け取りました。

ザ・ボディショップでの成功事例

ザ・ボディショップを運営するイオンフォレストでの CEO時代に、私自身初めてコーチングを受けました。

その時、得るところが多かったため、ぜひ社員の皆さんにも体験してほしいと思い、社員教育の一環としてコーチングを導入しました。

当然それなりの費用がかかるので、対象は当時の最大の注力点であった営業エリアマネジャークラスに絞りました。

お店と本部をつなぐ結節点であり、改革の中心になってほしいとの願いを込めてエリアマネジャーに注目したのです。

コーチングの方法は、三 ~四人を一つのグループとした、電話ミーティングのスタイルで行いました。

一人ひとりにとってこの程度の時間では物足りないものだったかもしれませんが、それでも受けた人たちからは、「今まで気づきもしなかった自分の気持ちを発見しました」「自分が本当にやりたかったことに気がつきました」「ミーティングの時間が待ち遠しかった」といった声をもらいました。

コーチングの成果としてどれだけ売り上げが伸びたのか、何パーセント利益が増したのか、計ることはできませんでしたが、多くのエリアマネジャーたちが有益だったと答えてくれました。

一般的なコーチングは、コーチャーが自己紹介を行い、さっそくコーチングがスタートします。質問される内容はいたってシンプル。「どう思いますか?」「どういう問題がありますか?」など。何十という質問が繰り返されます。

結果的には、このコーチングの導入が成功したのは、会社と社員がうまく信頼関係を築くことができたから。

さらに会社を信頼してくれた社員が、何かを学びたいという向上心とコーチャーの言葉を素直に聞く姿勢ができていたからだと思います。

許容と我慢の割合とは

コーチング導入の難しさ

コーチング導入が、いつもうまく機能するわけではありません。私の知り合いの社長からマネジメントチームへ導入したものの、効果をなさずに終わったと聞きました。

マネジメントチームの役員たちは、それぞれの分野で非常に優秀な人たちでした。

言葉では「新体制のもとで、社長を支えみんなで一緒に頑張りたい」と言っている。しかし、なぜかその言葉に誠実さを感じられず、また、チームが一体となって頑張っていこうという気持ちも感じられなかったそうです。

それぞれの能力は高く、「才」の部分は強いけれども、「徳」の部分が弱い。一緒に頑張ろうと促しても、団結しようという雰囲気が生まれない。

そこで、社長はマネジメントチームのメンバーそれぞれにコーチングを受けてもらえば、良い方向に変わるのではないかと、グループ・コーチングの導入を考えました。

個々人の中で、何か気づきがあればいいと思ったのです。

役員たちに導入を相談したところ、「私たちを洗脳しようとしているのではないか?」と言われびっくりしたそうです。そのうえ「社長も受けてください」という答えでした。

半年ほどコーチングを継続しましたが、結果的にはあまり成果はあがりませんでした。個々人には、何かしらの気づきがあったかもしれませんが、チームとして一つにまとまったという感じは得られなかったのです。

これが、コーチングの限界だったのだと思います。

導入がうまく機能しなかった要因は、コーチャーの資質、そしてクライアントとして受けた人たちが、コーチングの意義を見出せなかったからだと思います。

終了後に、フィードバックをもらいましたが、かなり辛辣な言葉も書かれていたそうです。

自らを振り返ってチームのために何か貢献できるかを考えてもらいたかったのですが、そういったコメントは、ありませんでした。人を変えることは、なかなか難しいと実感する機会となったそうです。

このようなケースの場合、マネジメントチームに変化を起こす目的でコーチングを導入するよりも、信頼関係を構築することにまずエネルギーを使ったほうが良かったと反省されていました。

人は、「変われ」と他人から言われて変われるものではありません。自分で気づかなければ変われないのです。その変化のためのサポートが、コーチングの役割です。

最大の失敗の原因は、リーダーとしての社長とマネジメントチームとの信頼関係を築けていなかったことです。どこか、導入することへの不信感がぬぐえなかったのだと思います。

社長さんはリーダーとしての力が足りず、役員の皆さんからの信頼を得られていなかったのだと謙虚に反省されていました。

しかし、大きな企業であればあるほど、会社を一人で動かすことはできません。チームとして一体感を出すために導入したコーチングですが、大前提にお互いの信頼関係がないと、導入しても結果は失敗に終わることになってしまいます。

また、役員たちに自らを変えて成長しようという意思が足りなかったのだと思います。それでは、私が現在進行形でエグゼクティブ・コーチングを行っている事例をいくつか紹介しましょう。

実例 1 社長の悩み──人間関係 O社のケース

和食定食チェーンとして有名な O社は、今から三十年前に現会長の Mさんが作った会社です。

有名高校の野球部にも所属していた Mさんは、十五歳の時に東京・池袋で「 O食堂」を経営していた伯父の養子に。伯父の死に伴い、お店を引き継ぎました。池袋の一店舗目から、二店舗、三店舗と順調にチェーン化していきました。

不幸にも火事にあった吉祥寺のお店のリニューアルの際に、若い女性にも気軽に入れる新しいコンセプトの店を作ろうと思ったのが、今日のオシャレなスタイルの誕生のきっかけだそうです。

店内は明るく清潔感のある内装で、ジャズも流れている。女性客が一人でも、気軽に入れる雰囲気です。そんな努力もあり、お店は大成功。順調に会社は成長し、今では国内売り上げ二百数十億円もの大企業となりました。

私がエグゼクティブ・コーチングを行っているのは、 Mさんの後を引き継いだ、現在社長を務める甥っ子の K社長。甥っ子といっても、現場から叩き上げられた人です。経験を積み重ね、営業のトップとなり、社長まで上り詰めました。

社長の仕事に対してどのように感じているか、社長就任前の彼に尋ねたことがあります。

「 Mさんにはすごくお世話になったので、恩返しをしたい。でも、社長の経験はないから、不安もある」。その言葉からは、伯父さんとお店に対しての責任感と使命感が感じられました。

「それならばサポートは私がするから」と言ってエグゼクティブ・コーチングをスタートさせたのが始まりです。

O社 K社長へのエグゼクティブ・コーチング 基本的には、月に一 ~二回のミーティング。一回につき一時間程度です。雑談のような形で、私が「最近、どうですか?」と聞くと、さまざまな相談ごとが出てきます。

国内や海外の出店計画。商品の相談や損益のこと。ブランディングや社内の人間関係と、本当に多岐にわたります。社長就任当初の不安や悩みは、経験がないため、社長の仕事の全体像と社長の役割が正しく理解できていないことによるものです。

ですから、エグゼクティブ・コーチングのスタート時には、会社のミッションの確認作業から始めました。

次に一週間の時間の使い方をまずチェックしてもらいました。往々にして社長就任後も直前の役職の仕事の仕方をそのまま続けていることが多くあります。

社長が本来すべきことを考えてもらい、そこに重点的に時間をかけてもらっています。企業の中で一番貴重な資源は社長の時間です。

どうしても自分がわかることに時間をかけ、土地勘のない人事や経理などには意識を向けることが少なくなりがちです。

逆に自分がよくわかっているところは、できるだけ部下に任せ、それ以外の会社として取り組む課題に意識と時間をかけるようにしてもらいました。

これが第一のアドバイスです。

次に今後のコーチングの前提として、経営の基本的な考え方や方向性を合わせるために、『ビジョナリー・カンパニー』やドラッカーの経営書などを読むようにお薦めしました。

一部の大企業を除き、日本企業で社長を務める多くの方が、経営者になるための経験や教育を受けていません。しかし、現場のことはよく知っている。

そういう経営者に経営の理論の部分を勉強してもらうと、現場と結びつけて経営を考えることができるようになります。

K社長は、『ビジョナリー・カンパニー』に特に感銘を受けたようでした。もともと勉強家で数字にも強く、いろいろなことをスポンジのように吸収されていきました。

企業の一番の付加価値を見つける

第三のアドバイスは、会社としての“一番の付加価値”を見つけてもらうことでした。O社の一番の付加価値は、食材にこだわったおふくろの味。創業者 M会長の誠実な食へのこだわりです。

私は、「 O社は外食チェーンのスターバックスになり得るだけのポテンシャルを持っている。O社のやろうとしていること(ミッション)は本当に素晴らしい」と言い続けました。

客観的な視点を意識しているつもりでも、自分の本当の良さは他人から言われなければなかなか気づけないことがあるからです。

創業者 M会長の、食材や器へのこだわりを引き継ぎ、とても誠実な商品の提供を行っています。お店での手作りを徹底し、セントラルキッチン(調理工場)は導入せず、あくまでもおふくろの味を追求しています。

また、創業当時から松下幸之助さんや中村天風さんの考えを取り込まれ、会社の理念もしっかりしています。

K社長は、コンビニなどの中食や安売りファストフードの台頭の中、売り上げが停滞しているという状況で悩んでいました。

フードコートにも出店すべきか、利用者を増やすためにディスカウントのクーポンを配るべきか、といったことを考えていました。一番の付加価値である「おふくろの味」を守るためには、多少の痛みは我慢しなければなりません。

ブランドを守るため目の前の売り上げが目的の、フードコートへの出店やディスカウントはしないほうが良いとアドバイスしました。

これは、私のブランド企業での社長経験からのアドバイスです。K社長もぐんぐん社長らしくなり、自信が顔に出てきています。K社長のもと O社はこの時期を乗り越え、業績もジワジワと良くなり始めています。

Oオーナーと K社長の関係 今、 O社のホールディング会社の社長にもなった彼が一番気を遣っているのは、会長である Mさんとの関係です。

現在 O社の国内売り上げは二百数十億円です。今後さらに、海外事業を進めようと考えています。海外事業は、先行投資の意味もありますが、すでにタイや台湾では大成功を収めました。

海外事業のための人材の確保や育成などが今後の大きな課題です。このような状況での、私から社長への第四のアドバイスは、海外出店自体は、もちろん取り組むべき大きな事業となるでしょう。

世界に誇るべき日本の食文化である、味噌、 油、納豆などを、クールジャパンとして世界に打ち出していくべき好機ですが、この事業は会社の体力、現場の状況をよく見て進めていかなければなりません。

K社長自身が M会長と話しにくいという内容については、私のほうから代弁者として会長に時々お話をさせていただいています。

取締役会の場でも時には耳の痛い話をさせていただいています。人と同じように、会社にも個性があります。成り立ちから、その規模、カルチャー、それをよく理解した上でのそれぞれの状況に応じたアドバイスが必要だと感じています。

実例 2 創業期のマネジメントチーム H社のケース

次に、 H社というリノベーション会社の事例です。O社長は、超一流大学を卒業後に大手工務店に入社。その後、外資系コンサルティング会社勤務を経て独立し、 H社を立ち上げました。

主な顧客は、ビルや賃貸マンションのオーナー。自然素材の無垢材を使用したリノベーションを行います。

センスの良い自然素材を使用することで部屋の付加価値を高め、競争の激しい賃貸業界の中で、入居者獲得をよりスムーズに行えるようになる点が売りです。

リノベーションの費用をかけたとしても、それまで一〇万円だった家賃を一二万円に上げられるため、三 ~五年でその費用が回収でき、ユーザーにも気持ちの良い部屋に住んでもらうことができると好評です。

H社は今、売り上げをどんどん伸ばしています。O社長はとてもまじめな若者です。毎回一〇項目以上の質問を用意してきてくれます。

組織をどういう形にしていけば良いのか? 採用評価など、やはり人事関係の相談が多く含まれています。

頭が良くて、コンサルティング会社にもいたので、経営知識もあり、私が言ったことはほとんど瞬時に理解していました。

さまざまな疑問も、自分なりに考えた答えを持っていて、私に確認をしているのだと思います。また、売り上げも順調で、会社の規模も着実に成長していますが、 O社長もベンチャー企業特有の悩みを持っています。

その悩みとは、社長である自分と、創業期に入社したナンバーツーとの考え方やビジョンの違いです。

ナンバーツーは、大手商社から同じ外資系コンサルティング会社を経て、 H社の設立直後に入社しました。

自然素材を使い、お客さまの悩みを解消し満足していただく、という理念が最優先の O社長とは対照的に、数字が一番大切だ、というナンバーツー。利益や売り上げが、理念よりも先に来るのです。

「何のために働くのか?」というとても根源的な質問に対する答えの方向性の違い。その考え方の違いは、のちのちそこで働くチームや組織に大きな歪みを生む可能性があります。

その歪みを、社長は不安に思っているのです。

しかし、実際にナンバーツーは非常に優秀で、社長も彼に去られては困るというのが実情でした。このようなケースは、結論を急いではいけません。相手とよく話し合うことが第一の課題です。

しかし、それでもお互いの考え方が大きく違う場合は、袂を分かつ勇気も必要でしょう。分社化することも一つの方法です。H社の場合なら、販売会社とメーカーという分社も考えられます。

また、かつての本田技研工業での本田宗一郎と藤沢武夫のように、一人は人やミッションを大事にするというカルチャーを担い、もう一人は数字を大事にする、この組み合わせが効果的に作用することもあるので、まず相手をよく知ることです。

焦ってはいけません。

ただ実際には、一緒に仕事をしている共同経営者と、考え方や方向性が合わずに別れてしまうというケースはよくあります。

この、トップとナンバーツーの間の軋轢はとても普遍的な問題です。しかし私は、これは仕方のないことだと思います。H社の O社長とナンバーツーも、個性がまったく違います。

ですから、いずれは別会社を興して、 O社長は自然素材を使用した施行に専念し、ナンバーツーには営業を担う別会社のトップとなってもらう、というのが理想かもしれません。

自分の創業者としての思い、彼への感謝の気持ち、これからもサポートが必要であること、ただし一線は必ず守ること……など、言葉を選びながらきちんとナンバーツーと話し合うことをアドバイスしました。

ミッションや創業の思いの相違は、会社が軌道に乗り出すと、その違いがだんだんと現れてくるものです。

実例 3 創業期の中期の方向性 R社のケース

他の会社でも、チーム内の個々人のミッションや方向性が多少違い、その違いをどのようにするべきか、という相談を受けたことがありました。

ベンチャー企業のフランチャイズ展開を支援していた B社が倒産したのを機会に、七人で立ち上げたのが R社でした。

会社を興した当初は、特に事業内容を決めていたわけではなく、さまざまな会社のコンサルティングを行っていました。

そこからだんだんと間接経費の削減を成功報酬型で行うというビジネスモデルにシフトし、成果を出し始めました。

具体的には、バックオフィスのアウトソーシングとして、電話代やコピー機、通信費用の削減を請け負う仕事です。

最初は、勤めていた会社が倒産し、その社員七人が食うに困って始めた事業でした。

しかし、お客さまも取れ、実績も上がり、会社がある程度軌道に乗り出した時、七人それぞれの思いの違いが現れ始めました。人間ですから当たり前です。

今日明日、食べるものに困っていたら、「何でも良いから食べ物を」というところが、少しゆとりが出始めると、「和食がいい」「いい」「洋食がいい」「塩分を減らしてくれ」「 ○ ○屋の △ △が食べたい」などと、少しずつ要求が高くなっていくものです。

R社でも、「自分はもっと、社会貢献型のビジネスをしたい」「もっと品質をこだわりたい」「海外に展開したい」など、さまざまな思いが出てきました。

私は H社長の依頼を受け、社員の皆さんに向けて「ミッション」についての講演をして、質疑応答を受けました。

中には斜に構えて聞いている人もいましたが、皆さん熱心に次を模索している感じが伝わってきました。

私が最初に皆さんにアドバイスをしたのは、当たり前のことですが、価値観が同じ人なんていないということです。

相手の考え方に賛成できず、どうしても嫌だというのであれば、それはもう一緒に働くのをやめたほうがいい。

しかし、ある程度の妥協も必要なので、自分の中で七割方は許容できるなら、三割は我慢をして続けるべきだ、と。

一〇〇パーセント自分と同じ考え方をもっている人を一〇人も集めることなどできません。会社とは、さまざまな価値観をもっている人たちが集まって、一つの組織をなしているのです。

ですから、価値観の違いに対してある程度許容する心をもっていなければ、別会社を興しても個人事業でない限り、結局また同じことが起こります。

価値観が共有できないと感じた時、その会社の理念やミッションを個々人のミッションと照らし合わせ、自分はどうしても我慢できないほど違っているのか、どうしても妥協できないのかをよく考えてみることが大切です。

コーチングの実際のヒント

私がコーチングを実際に行ううえで、日頃から心掛けていることやちょっとしたヒントをいくつかご紹介します。

答えを一つに決めつけない 私はクライアントからいろいろな相談を受けてお答えする時に、二通りの回答をすることがよくあります。まず客観的で常識的な経営の原理原則に照らした答え。

それと「一つめの答えと矛盾するかもしれないが、私だったらこうする」というかなり主観的な答えの二通りです。そのどちらを選ぶかはクライアント次第ですが、答えに幅をもたせるようにしています。

相矛盾することでも両立させられないか? アンドの発想を入れる クライアントから Aか Bという選択的な質問を受けた時に、どちらかを選択する意見を言った後、 Aも Bもどちらも選択する方法がないか一緒に考えてみます。

経営とは一見相矛盾すること、たとえば、長期か短期か? 品質かコストか? お客さま満足か従業員満足か? これらの折り合いをつけることです。欲張りかも知れませんが、二つを両立する道はないか一緒に考えてみます。

最悪と最高のシナリオ 最悪のシナリオと最高のシナリオ、そして行えそうなシナリオから未来の成功イメージを考えてから、現在に引き戻して、今するべきことを考えてみることもあります。

常に経営の基本はゴーイング・コンサーン(つまり継続すること)です。最悪のシナリオはいつも想定しておかなければなりません。

類似事例の紹介 直接的な答えではなく、自分の過去の経験の中から類似のケースを探して、お話しします。

クライアントのお話を聞いていて思い浮かんだ類似の経験をお話しして、自分はどのように解決できたか、あるいはどの部分で失敗したかを参考事例としてお話しします。

自由なブレーンストーミングの相手になる 私自身、クライアントの業界について詳しいことはわかりません。それだけにかえって自由な発想ができるので、ブレーンストーミングをすることもあります。

社長さんにとっては、まったく業界の違う経験者と事業構想について話す機会は少ないので、とても重宝がられます。

業界に詳しくないからこそ素人のお客さま目線の質問ができるのです。私自身もとても楽しく発想を膨らませることができます。実行に移せるいろいろなアイデアが結構出てくるものです。

葉山社長大学

私は神奈川県南東部にある葉山の地が大好きです。湘南の海と緑豊かな山があり、素敵なレストランも多数あります。以前から、気分転換によく訪問していました。

日頃、仕事に忙殺されているエグゼクティブの皆さんも一旦業務から離れて、自社や自分自身のミッションを考え、この先十年間の方向性を考えてみる時間をもつことはとても有意義だと思います。

中堅企業の経営者、ベンチャー企業の経営者、二世経営者など層別に人数を絞って「葉山社長大学」を開校しました。

「教えることは学ぶこと」の言葉通り、同じエグゼクティブの悩みを聞き一緒に考えてみることは、我がことを振り返る機会になると考えました。

エグゼクティブ・コーチングの一環として将来的には、エグゼクティブ英語・古典読書会・歴史勉強会・書道・音楽・料理教室など、楽しみながら教養を深める講座も開こうと思っています。

リーダーシップは教えられる

エグゼクティブ・コーチングとは、何か?

三つの実例をご紹介しましたが、改めてエグゼクティブ・コーチングの必要性を考えてみましょう。

私の中でのエグゼクティブの定義は、社長をはじめ、自分の仕事に責任感をもって取り組んでいる人すべてです。

エグゼクティブ・コーチングとは、そのエグゼクティブたちが成長するためのサポートのこと。取引先や部下たちからすれば、社長は社長。若葉マークつきの社長だろうとなんだろうと関係ありません。

全責任がその肩にのしかかり、企業の将来を左右する判断が迫られます。その責任への重圧は相当なものです。その重圧に加え、さまざまな悩みを抱えていることも多くあります。

今まで聞いてきたエグゼクティブたちの多くの悩みは、人間関係に起因するものです。

たとえば、会社の利益ではなく、自分の保身、権力争奪ばかりを考えてチームの結束力を乱す役員との関係、思いつきで行動する創業オーナーの後始末、個人的な家庭の問題……。

このような悩みは、社員や、第三者にも言えません。さらに、事情と状況を理解している人でなければ、背景から説明しなければならないため、話をするのにも疲れてしまいます。

とはいえ、人間関係の悩みは、人に話すことによって問題が整理され、自然と解決策が浮かぶこともあります。

また聞いてもらうだけでもスッキリとした気持ちになり、じつはそんなにくよくよする問題ではなかったことに気がつきます。場合によっては、私が当事者双方の橋渡し役になることもあります。

ですから、定期的に社長の話を聞いてくれて、時に適切なアドバイスをする存在は必要だと思うのです。

社長は本当に孤独です。この言葉自体よく言われる言葉ですが、本当にこの意味が理解できるのは、社長経験者のみです。

人間関係以外でも、最近はグローバル化や消費者の嗜好の変化などもあり、経験を積んだ社長でも、会社を左右する物事の判断が難しくなっている時代です。そういった時に、話を聞いて相談にのってくれる存在は大きな支えとなるのです。

私は、今後ますます過去の成功事例が参考とならない時代となり、自分で考え、自己の中から解答を導き出すコーチングから、さらに一歩踏み込んだエグゼクティブ・コーチングが必要になると思っています。

洋の東西を問わず、やはり成功している企業は、「(社)徳」と「(社)才」、その両方をもち合わせています。合理的な成果至上主義が多いと思われているアメリカの企業でも、「ミッション」や「理念」をとても大事にしています。

一方グローバル化の昨今でもその競争に勝ち残っている企業は、単に理念やミッションだけではなく、ビジネススキルも重視しています。

ザ・ボディショップやスターバックスで CEOを務めていた時代も、私はその両面のバランスを意識していました。

私の経歴を見ると、どちらかというと「理」の人間に見えるようです。外資系コンサルティング会社でコンサルタントを経験。MBAを取得したビジネススクールでは、さまざまなビジネスの理論やスキルを学びました。

しかしその一方では、孔子や陽明学などさまざまな東洋哲学書をむさぼるように読んでいました。「和魂洋才」を目指していたのです。

この両方をバランス良くもち合わせ、融合させることができるようなリーダーシップ教育こそ、今の日本に求められています。

日本にリーダーをもっと増やす

日本と欧米の大きな違いは、「リーダーシップは教えられる」という前提で部下の教育が考えられているかどうかです。

欧米の企業は、教えられるという前提に立ち、どう教育するかを科学しています。社内でもセミナーを開き、たとえば上司たちに対して「部下をどう育てるか」というようなトレーニングを行います。

その内容は、「必ず最初は相手を褒めましょう」「面談の時に don’ tは使ってはいけません」など、わざわざマニュアル化しなくてもいいのではと思うものも多いのですが、セミナーを受けるほうは一所懸命です。

しかし、リーダーシップは教えられるけれども、万人がエグゼクティブリーダーとして人の上に立てるとは考えません。厳しい選別を経て一部の優秀な人たちのみが、本当のエグゼクティブリーダーとなれるのです。

私のイメージでは、日本の社会は次のグラフのようなベルカーブを描いています。とても変な人もいなければ、天才的な人もいない。

多くの人が、ベルカーブの真ん中にいます。対してアメリカは下のグラフのような状態です。とても優秀な人もいれば、とても変な人もいる。ロクに英語を話せない人もいる。

一部の優秀なエリートはとてもよく働き、その分高い給料をもらいます。このバラツキが非常に激しい社会です。

それは多民族国家なのか、日本のような単一民族のムラ社会なのかということも要因かもしれません。

日本は、教育の現場でもできるだけ人と差を作らないように、能力別のクラス分けなどもほとんど行いません。

運動会で横一列にみんなで手をつなぎながらゴールインというニュースが話題になったことがありますが、基本的に人と差を作らず、平均的な人を多く作ることを目指した教育だからだと思います。

私は、学生時代に塾講師のアルバイトをしていました。教えていた中学生の中には、大学生の私より頭がいいんじゃないだろうかと思うほどの子から、四則演算が怪しいという子もいる。

一クラス一〇~二〇人ほどのクラスでしたが、それだけ能力に差がある子たちを同時に教えることは不可能だと実感しました。

人には能力差があるということを前提に、どう教育するかということが大切だと思いました。日本は、この部分を見ないようにしています。ですから、能力がある人には、とても退屈な授業となってしまうのです。

日本的ベルカーブは、このような背景によって形作られたといって良いと思います。このベルカーブの右端の社会のリーダーを育てることが、今必要とされているエグゼクティブ・コーチングの役割だと思っています。

日本社会では「エリート教育」「リーダー教育」というと何かネガティブな印象があります。しかし組織には必ずリーダーが必要です。そのリーダーがとても優秀であるに越したことはありません。

日本の場合、単に勉強ができるという基準で東大に入り、またその中で試験に強い人が高級官僚になったり、企業で出世していきます。そして彼らは大きな権力をもつのです。

しかしながら、権力や地位には責任が伴うのだという徳育を受けていません。

欧米では「ノブレスオブリージュ」といって、高い地位には高い義務や責任が伴うことをしっかり教育されます。つまり「知育」と「徳育」をしっかり行うのです。

日本の場合「偏差値」至上主義によって、自分のことしか考えないエリートを乱造しているように感じます。

エリートはいろいろな権力を与えられていくわけですが、それは同時に大きな責任をもたされるのだ、自分の能力や権力は社会のために使わなければならないのだということをしっかり教育しないと、自分の出世のために権力を乱用する怪物官僚やエリート社員を作ってしまうのです。

今後ますます日本の社会に、単なる学力の高低ではなくて、特に今後社会のリーダーになるであろうベルカーブの右端にあてはまる人たちに徳育教育を含めたリーダー教育が、必要となってくると思います。

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