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第3章「いい声」にたいせつなこと

第3章「いい声」にたいせつなこと

「いい声」を出すための腹式呼吸私が藝大受験からイタリア、ドイツへとたどってきた「声力」探しの旅は、オペラ歌手修行として体験したことですが、「いい声」で話すための発声法もまったく同じ理論といえます。私の体験をふまえて生まれた「声力開発トレーニング」を始める前に、人が心地よく感じる「いい声」とは、どんな声なのかを考えてみましょう。世界を見てみれば、人は各地でそれぞれに独特の言語を持ち、独特の声や話し方をしています。けれども、「いい声」と感じる声は万国共通です。それぞれの国で「いい声」と認められた声は、どこの国に行っても同様の評価をされます。私が属しているオペラの世界でいうと、「いい声」が万国共通であることは、絶対的な真理です。「いい声」を持った歌い手は、ドイツであろうと、イタリアであろうと、日本であろうと賞賛されます。それでは、「いい声」とは、いったいどんな声なのでしょうか。一言でいうと「自然な声」ということになります。いちばんわかりやすいのは、生まれたての赤ちゃんの泣き声です。赤ちゃんの泣き声もまた万国共通です。新生児が「オギャーー!」と泣いている様子を思い浮かべてください。すばらしく透きとおった、よく響く「いい声」で泣いているでしょう。生まれたときからガラガラ声で泣いていたら驚きですよね。大人になってハスキーな声になったり、ガラガラ声で話している人でも、やはり生まれたときは澄んだ「いい声」だったのです。赤ちゃんが泣いているのをよく観察すると、身体全体を使っていることがよくわかります。とくにお腹が激しく動いています。お腹から出る息が声帯にあたって、自然と効率よい腹式呼吸ができているのです。この「効率よく」というのが重要なポイントです。せっかく「いい声」を持って生まれた人間が、しだいに不自然な声になってしまう原因は、生まれながらの「腹式呼吸」が、さまざまな理由から崩れてしまった結果です。とくに日本語は、腹式呼吸をせずに話せる言語なので、ほとんどの日本人は、成長とともに腹式呼吸を忘れてしまうのです。オペラ歌手のようなプロの歌い手をくらべると、その事実はとてもわかりやすいでしょう。外国人のオペラ歌手は、一声発しただけで素人とはまったく発声が違うのがわかります。ふだんの会話のときの話し方自体が「いい声」なのです。しかし、日本人のオペラ歌手の中には、話し声だけではオペラ歌手であると判断しにくい人がたくさんいます。外国人は、日本人の話す声を「まるでスズメのさえずりだ」と表現します。スズメがチュンチュンと鳴くように、カサカサの声で話しているというのです。オペラ歌手でさえもそうなのですから、普段から腹式呼吸で話す日本人などなかなかいないでしょう。これからは、「いい声」を出すために、腹式呼吸ができるようにしていきましょう。

医師も認めている腹式呼吸「腹式呼吸」はみなさん、ご存知ですよね。お腹まで使って、大きく深くおこなう呼吸法です。「いい声・美しい声」を出すための基本条件となる「腹式呼吸」ですが、医学的にはどのように位置づけられているのでしょうか?かつて、財団法人計量生活会館が発行していた『健康と計量』という小さな雑誌がありました。これの平成18年10月1日発行号で、「腹式呼吸のすすめ」という特集をしていました。元東京慈恵会医科大学教授(現在、谷本呼吸器内科クリニック名誉院長)の谷本普一先生がお書きになっていました。これによると、医学的に見ても、胸式呼吸より腹式呼吸のほうが効率のよい呼吸法だということです。呼吸をするためには、エネルギー源としての酸素が必要ですが、酸素を取り入れるための呼吸運動でも、またそのエネルギー源として酸素を使います。呼吸で使用する酸素量は、全体の酸素消費量の5~6%だそうです。また、人間が生きていくためには、1分間に6~7リットルの空気を吸うことが必要です。ふつうの呼吸1回で吸う酸素量は約450ミリリットルで、1分間の呼吸数は15回程度になります。腹式呼吸の場合は、1回の呼吸量は600~700ミリリットルと増え、呼吸1分10回ほどです。このデータで見ると、腹式呼吸をおこなうことにより、呼吸数を減らすことができ、結果として呼吸に使うエネルギーも減らすことができることがわかります。ということは、腹式呼吸は、それだけほかのことにエネルギーを使う余裕が生まれる、効率のよい呼吸法といえます。車でいうと、燃費効率のすぐれた小型車のようなものです。また、呼吸数が減って呼気がスムーズになるため、血液の炭酸ガスと酸素の分圧のバランスがよくなり、血液中のpH(ペーハー=酸性・アルカリ性の度合いを示す単位)が適正に保たれ、酸素によるエネルギー代謝が潤滑におこなわれることで、疲労回復に役立ち、精神的にも安定し、強い活力がえられる、といっています。実験として、腹式呼吸と軽いトレーニングを組み合わせてみたそうです。トレーニング前後の酸素消費量を調べた結果、腹式呼吸のトレーニングをしたあとのほうが、疲労回復が早くなることが判明したそうです。谷本先生がすすめる、腹式呼吸の練習方法はつぎのようなものです。①まず身体をリラックスさせる②お腹をふくらませながら息を吸い、へこませながら息を吐き出す③健康な人は、吸気も呼気も鼻でするのが基本だが、苦しい場合は鼻から息を吸い、口から吐き出してもよい④息を吐くときは、吸うときの2~3倍の時間をかけ、ゆっくりとおこなう⑤1分間の呼吸数が5~10に減ってくる⑥簡単に腹式呼吸法をマスターしたいときは、仰向けになり寝そべり、お腹のベルトのあたりに3キログラム程度の砂袋をのせておこなうと、吐くときに砂袋の重さが役立って、自然にお腹が下がる腹式呼吸は、医師からも健康増進のためにもすすめられているのです。

腹式呼吸にはさまざまな健康効果がある腹式呼吸には「いい声・美しい声」を出す発声のため以外にも、さまざまな効用があります。いちばんわかりやすいのが健康です。世界各地にいろいろな健康法がありますが、ヨガや中国式健康法、タイ式健康法でも、基本は腹式呼吸です。日本でも、昔から「丹田健康法」「丹田呼吸法」というものがありますが、これも腹式呼吸をベースにしています。丹田とは、おへそから指3~4本下のあたりをさします。この丹田に意識を集中させて呼吸をすることを基本にしていますので、まさに腹式呼吸ですね。腹式呼吸の効用はつぎのようなものです。お腹を大きく使って息を吸いこみ、また息を大きく吐き出すことにより、副交感神経が活発になり、その結果、内臓の動きが活発化します。また、プロスタグランジンという生理活性物質が分泌され、血圧が安定し、また免疫機能も活性化されます。ベータ・エンドルフィンという脳内物質も活発化し、これにより自律神経が安定します。つまり、自律神経が失調して起こる頭痛、耳鳴り、疲れ目、動悸、手足のしびれ、発汗異常、倦怠感……などの面倒な症状にも効果的なのです。このような効用により、血液循環が悪くなることによって起こる、肩こりなどの身体のこりも解消します。日常的に腹式呼吸をしている欧米人には、肩こりが少ないといわれています。さらに、腹式呼吸による交感神経と副交感神経の交互刺激が、身体にも効果があるということで、腹式呼吸ダイエットというものも登場。美容業界にも注目されているようです。誰もが認める「いい声・美しい声」を出すための条件が、身体を健康に保ち、美しさも保つのに役立つのですね。一石二鳥どころか、三鳥も四鳥も得られて、じつにお得だと思いますこのようなさまざまな効果もあるので、腹式呼吸の訓練を毎日続けることは、声力の獲得だけでなく、副産物としての健康増進にも役立ちます。

日本語は「いい声」を出すにはむずかしい言葉母音の「ア」「イ」「ウ」「エ」「オ」は、世界中どの言語でも同じ音ですが、言語によって発音法は微妙に異なります。同じ「ア」でも、言語や国によって母音を深く発音するか、浅く発音するかの違いがあるのです。具体的には発声するときの「声帯の位置」が違うのですが、それに気づくまでに何年もかかりました。私がイタリアにいたときには、イタリア語の母音の発音ばかり、くり返しやらされました。1年後、ようやく先生からお墨付きをいただき「これでヨーロッパでも大丈夫」と思っていたにもかかわらず、ドイツではまたNGが出てしまいました。ドイツの劇場でドイツ語で歌ったのに、指導者に「あなたのはイタリア語です」と言われてしまったのです。一瞬「エッ?」と思いましたが、ここではっきりと、言語によって発声を変える必要があることを思い知らされたのです。そこで、「今度はとことんドイツ語を勉強してやろう」と思い、ドイツ人の発音を毎日注意深く聞き、その発音をまねし続けました。約半年これをくり返し、「やっとドイツ語になった」と言ってもらえるようになりました。そのあとに出演した公演で、「ドイツ語の発音が明瞭で美しい」と評してもらえたときは、努力が報われたようで、とてもうれしかったことを記憶しています。そのときあらためて、イタリア語を話すときと、ドイツ語のときの発声のしかたの違いを注意深く分析してみました。その結果、話す言語によって無意識のうちに声帯の位置を変えていたことがわかりました。ところが、ここでまた新たな問題に直面しました。ドイツ語、イタリア語がある程度正しく発音できるようになり、その後日本に帰国して「日本の歌を歌ってください」と言われたときのことです。リクエストに応じて日本の歌を歌ってみましたが、驚いたことに日本語の発声にならないのです。後輩から、「島村さんの歌は日本語じゃない」と言われたのです。自分ではきちんと日本語で歌っているつもりだったのですが、イタリア語、ドイツ語の発声の癖が身体に染みついてしまった結果なのでしょうか、聴いている人にはどうも違和感のある日本語になっているとの指摘を受けてしまいました。そこで今度は、日本語の発音はどうなっているのかを、あらためて注意深く観察してみました。その結果、こんなことがわかりました。イタリア語は発音するときに声帯が下がるのですが、ドイツ語はそこまでは下がらず、そして日本語はさらに下がらないことに気づいたのです。日本語の場合は、声を出すときの「口腔」が狭いのです。つまり口の中(のどの奥)を大きく開けて発音していないのです。そして、このことが、のどをすぐに疲れさせる原因になっているのです。外国語の場合は、多くの国で舌根(舌の付け根)を下げることで口腔を広くし、声帯が下がった状態で発音しています。その結果、イタリア語、ドイツ語で話すと、のどの疲れはほとんどありません。日本語で話し出すと、とたんにのどの疲労感が襲ってきます。言語でみると、イタリア語はいちばん声帯が低く、続いてドイツ語、英語、日本語、フランス語の順で浅く(上に)なるようです。フランス人にオペラ歌手が少ない理由はそのあたりにあるのでしょう。日本人が外国語を習うとき、ほかの言語と比較してドイツ語がいちばん勉強しやすいということをよく聞きます。そして、ドイツ人とあまり変わりないようにしゃべったり歌ったりできるのは、ドイツ語と日本語の声帯の位置が似ているためなのでしょう。どこの国の人であろうとも、同じ言語をしゃべるときには声帯の位置はあまり変わりません。言語そのものに、声帯の位置が深く関係しているということです。つまり、日本語をしゃべっている日本人は、「いい声」を出すためには、欧米人より大きな努力をしなければならないのです。私たち日本人は、そのようなハンディキャップを負っているということを自覚してください。だからこそ、「いい声」を出すためには、多少の努力と訓練が必要になるのです。

国による発声の違いには環境も関係している話を少し別の面から見てみましょう。住居と声の関係です。西洋人にはのびのびとした深い声の人が多いようです。西洋の家はコンクリートや石造りで、天井が高く音がよく響く造りになっています。静かな声で話しても、自然に声がよく響いてくれます。無理にのどに力を入れて大きな声を出さなくても、よく聞き取れるため、のどにも負担がかからず、疲れがありません。そのうえ、西洋人は、口を開くと自然にのどの奥が広く開きます。また、体型や姿勢、言語の発音などの特性上、お腹から息を出す腹式呼吸が自然にできているので、のどに力がはいることがなく、長時間しゃべっていても疲れにくいのです。それに対し、日本人は木と紙の家に長いあいだ暮らしてきました。日本人特有の声は、ひそひそ話のような声です。天井が低く、音があまり響かない木と紙と畳などでできた小さな部屋で話すことを続けてきた結果、このような話し方が日本人の特徴になったのではないかと思います。ですから、相手によく理解してもらおうとして一生懸命話をしようとすると、知らず知らずのうちにのどに力がはいってしまうのでしょう。そして、のどに力がはいることにより、長時間話していると疲れてくるのです。最近は日本の住居も洋式のものが増えてきました。フローリングの床、コンクリートの壁、天井も高くなりました。声が響く家になってきたのです。住居環境と同様に、食事も声に関係があります。西洋人は多く肉を食べてきた民族。日本人は、現在はだいぶ変わってきましたが、かつては肉はあまり食べずに野菜や魚を多く食べている民族でした。このような食習慣の違いによっても、声が違ってくるのは当然のことでしょう。けれども、この数十年で日本人の食生活も大きく変わってきました。牛肉や牛乳など動物性たんばく質をよくとるようになったため、体格もよくなり、背も高くなってきました。話し声を分解すると、呼吸、声、音色をつくる音程から成り立っており、これらのことが同時に作用することで「声」として相手に届くのです。声の響く環境をつくる住居、体格をつくる食事とも欧米人に近くなり、訓練さえおこなえば、「いい声」を楽に出せる状況になりつつあるといえるでしょう。

声帯には個人差がある声を出すために不可欠である声帯について、よりくわしく説明しておきましょう。声帯は、男性でいう「のどぼとけ」の奥にあります。女性も、男性に比べると小さくてわかりにくいのですが、のどぼとけはあります。のどをさわってみて、骨のようにコリコリするのどぼとけがわかると思いますが、その内側に声帯がついています。呼吸により肺から吐き出された空気が声帯にあたり、声帯が振動することによって声になります。この声帯が伸びたり、縮んだりすることでいろいろな声が出せます。高い音、低い音、強い音、弱い音……さまざまな声が出るのです。一般的に、長い声帯だと声が低く、短い声帯だと声が高くなると言われています。たとえば、金管楽器のフルートとピッコロの音域の違いを思い出してみてください。管の長いフルートのほうが、管の短いピッコロよりも低い音が出せますね。弦楽器でいうと、バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスの順番で使用している弦が長くなりますので、出せる音域もこの順番で低くなっていきます。これらの楽器と声帯のいちばん大きな違いは、声帯が筋肉で成り立っているということです。つまり、まず「厚み」があり、この厚さにも個人差があります。また、それを動かすことによっていろいろな音を出すことが可能になるのです。厚い声帯と薄い声帯では、厚い声帯は力強い声を出すことができます。それに対して薄い声帯の場合は繊細な声が出るでしょう。もうひとつ、楽器と人間の身体の大きな違いがあります。楽器は基本的にはある決まった音域の音しか出せません。そして、出せる音色も楽器によって決まっています(演奏者の巧拙によって、聞く人の耳にはずいぶんと違う音色のように聞こえますが、楽器自体が出せる音色が決まっているという意味です)が、人間の場合は、この声帯の厚みや開き方を変えたり、口の中の形を変えることによって、音の高低、音色の違いをコントロールすることができるのです。このように、人間の身体は、どんなすばらしい楽器にもまさる、究極の楽器としての潜在能力を秘めたものなのです。ところが、先に述べたように、声帯を構成している筋肉は、自分の意識では動かせない不随意筋で構成されていますので、これを思いどおりにコントロールするためには訓練が必要になってくるのです。それではどうすれば、声帯を随意筋のように動かすことができるのでしょうか。声帯を動かすには、それを支える筋肉の力を借りなければなりません。声帯を縦に引っ張る筋肉、声帯を横に引っ張る筋肉、声帯を固定させる筋肉……それを自由自在に動かすことができるようになると、声帯をいろいろな形に変えることができるのです。

声帯を意識して自然な声の出し方を覚えよう日本人でも、訓練をすることにより、自然な「いい声」の出し方ができるようになります。たとえば、民謡を歌う人はまったく自然な発声をしています。息の流れに沿って声帯を自然に震わせるやり方です。ただし、訓練して民謡を歌える人でも、声帯を意識せずに日本語を話すときには「いい声」にはならず、やはりのどを疲れさせる発声になってしまいます。同じアジアの中で見れば、中国の京劇の歌手もまったく同じように、息の流れで自然に声帯を震わせる発声をしています。つまり、自然な声の出し方は西洋も東洋もすべて同じ。声帯を意識した発声なのです。少し視点を変えてみましょう。言葉には、どこの国の言葉でも母音と子音があります。日本語の場合は、ご承知のように「A、I、U、E、O」の5つの母音だけを使っています。そして、この5つの母音はすべての言語に共通で、みな同じ発音をします。口の形、舌の使い方、のどの形と使い方がまったく同じなのです。ところが、ほかの国の言語には、この「A、I、U、E、O」以外の母音が存在します。ドイツ語やイタリア語では「E」が、「I」に近い「E」と、「A」に近い「E」がありますし、「U」に近い「O」や、「A」に近い「O」の母音があります。中国語でも母音の数は多くあります。しかし、「いい声・美しい声」を出すための基本はといえばまったく同じで、「自然に」息を流して発音するということにつきるのです。

声帯を疲れさせない発声をしようなんらかの発声障害、たとえば風邪を引いて声がガラガラであるとか、運動会などで大きな声で叫びすぎて声がガラガラになってしまうと、声を使う職業の人は、仕事にマイナスに作用するようになります。たとえば学校の先生などは、声の調子の悪いことが気になって思考能力が低下したり、授業内容も散漫になったりします。演劇の役者やオペラ歌手などは、舞台上で声の調子の悪さが気になってセリフを忘れたりすることもあります。このように声の調子が悪いと、思った以上に弊害が出てくるのです。自然な発声ができないことで効率の悪い使い方をし、声帯を疲れさせないように注意したいものです。しゃべっている人の声が、ガラガラ声だったり、かすれた声になっていると、聞いている人もそれがたいへん気になり、落ち着かなくなるものです。そして、なんとなく自分も同じように、息苦しく感じたりもします。声帯は神経が集中している器官なので、そのようなことがあるのではないかと私は考えています。反対にすがすがしい、いい声で話していると、聞いている人も心地よく、その場の雰囲気もグーンとよくなります。そして、話し手もその雰囲気に乗せられ、どんどん調子よく、いい声で話せるようになるものです。せかせかしゃべる人、息も絶え絶えにしゃべる人、その反対に、いい声で朗々としゃべる人、高く響く声でしゃべる人など、普段からさまざまな人と出会いますよね。そして、そんな人と会話をしていると、聞き手である自分もそれと同じような声を出しているような錯覚に陥ることはないでしょうか。私自身、長時間人の話を聞いたり、コンサートに行って長時間黙っていると、そのあと声の調子が悪くなる経験をしたことがしばしばあります。自分が声を出していなくても、ほか人の声を聞いているだけで、自分の声帯も知らず知らずのうちに働いていて、その結果自分の声帯も疲れてしまうのではないか……そんなふうにも思うのです。声を出すという行為は、このように体調や相手の気分までも左右する不思議な力があるものなのです。

日本語独自の特徴を知っておこう本書の目的は、正しい発声法をマスターすること。聞いていて快い声、疲れずに話せる声をつくることです。無駄のない声、余計な力のはいっていない声づくりです。ここで、私たちが何も意識せずに話している日本語の発音、発声についてあらためて考えてみましょう。じつは日本語は、西洋の言語とくらべると「いい声」を出すためには少し不利な言語なのです。基本的に日本語はアクセントが少なく、平べったく聞こえる言語です。リズムが弱く、しゃべるときに余計なところに力がはいって、のどに余計な負担がかかりやすいのです。日本語は母音が「ア」「イ」「ウ」「エ」「オ」の5つしかありません。さらに「ストップトーン」といって、母音と母音のあいだを区切って発音していくしゃべり方です。「滑舌よく、はっきりとしゃべる」ことが、きちんとした日本語の話し方ともいえます。それに対して西洋の言葉は「ローリングトーン」です。これは、母音を回しながら、ひとつの母音から2つめの母音にかぶせるように発音していくしゃべり方です。たとえば、「Anapple」を「アンアップル」ではなく、「アナップル」と発音するようなことです。これができずに単語ごとに区切って話すと、いかにも「日本人の英語」といった感じになってしまいますね。フランス語にも、リエゾンといって、前の言葉の語尾と、つぎの言葉の頭の発音がくっつく発音があります。このローリングトーンでの発音で、自然な息の流れが声帯を震わせ、楽に魅力的な声を出せるのです。このように、自然な息の流れが「いい声」を出すためにはとても重要です。日本語独自のストップトーンの問題はありますが、やはり、「自然な息の流れ」は重要です。いい発声をするために、のどの奥を鍛えて口を大きく開き、お腹から息を出すことを意識しましょう。

声を出すための準備私がよく質問されるのは、「しゃべっているとすぐ声が疲れてしまいます。どうすれば疲れないようになるか教えてください」。ということです。「のどが疲れる」というのはどういうことなのでしょうか。いちばんの原因は、日本人は、しゃべるときに口蓋垂(のどちんこ)が下がった状態でしゃべっていることです。疲れない話し方をするためには、この口蓋垂をいつも上げるようにしてしゃべればよいのです。まず鏡を用意して、自分の顔を映してください。つぎに、口を大きく開けて鏡をのぞいてください。口蓋垂が口の奥に下がっているのが見えますね。これを上に上げるのに、とても簡単な方法があります。口を大きく開けてから、「アー」と高い音で裏声を出しながら、息を吸いこんでみてください。そうすると口蓋垂が上に上がるのがわかるでしょう。思いついたときにいつでも、この動作をやってみてください。毎日この動作を続けていると、口蓋垂の筋肉がやわらかくなってきます。そして、口を大きく開けるだけで、口蓋垂が自然に上に上がるようになるのです。長時間話し続けているときも、ときどきその運動(裏声を出しながら息を吸いこむ動作)をすると、のどの疲労が軽減します。この動作は、これからご説明する、「いい声・美しい声」を出すためにも必要な条件づくりですから、ぜひとも毎日くり返してみてください。つぎは呼吸です。声を出すということは、吐き出した息が声帯にあたり、声帯を振動させて音声が出るということです。声がかれるというのは、声帯のどこかがおかしくなっているために出る状態だと思います。長時間しゃべって疲れない人はいませんが、のどがからからになり、しゃべることができない状態になったとしたら、どこかがおかしいのです。声帯をつかさどる筋肉の疲労現象といえるでしょう。会話をするときは、やさしくそっと空気を取り入れましょう。深呼吸のように過剰な空気の取り入れをおこなうと、自然の流れに沿った呼吸が妨げられ、のどの負担が重くなり発声が不自由になります。また、呼吸はつねに一定のリズムでおこなうことを意識しましょう。声帯が自然な息の流れによって、楽に振動させられるようになること、そして横隔膜を自分の意識で動かせるようになること。この2つのことが、うまくできるようになれば、のどの疲労から脱却することができるでしょう。これが声を出すための基本中の基本です。これが上手になり、声帯を100%使った振動によって、声を出せるようになると、のどの疲れはほとんどなくなります。多くの人は、声帯の周りの筋肉に力をいれることで声帯の振動を補っています。ですから、この筋肉が疲れてしまうと、のどが疲れて声がかすれたりするのです。長時間話しても疲れない声の出し方は、「いい声・美しい声」の発声と同じ。逆に言えば、しゃべり疲れる人は、いい発声ができていないということになります。①腹式呼吸であること腹式呼吸が声を無理なく、効率的に出す基本です。②口腔を広く開けること口の中を大きく開けることで、のどによけいな力をかけないようにします。③息を前に出すとともに、その息にのせて声を出すこと日本語の多くは飲みこみながら発音する言語なので、とくに意識する必要があります。この3つが、日本語を「よい声」で発声するポイントとなります。

のどを疲れさせない正しい立ち方正しい発声をするためには、正しい姿勢できちんと立つことも重要です。正しい立ち方とは、両足を軽く肩幅ほどに開き、両足に均等に体重をのせた状態でいること。地球の中心に向かって、直立に立つつもりでやってみてください。姿勢と声の関係はバカにはできません。悪い姿勢で声を出していると、余計な力がかかり、のどの負担を重くしてすぐにのどが疲れてしまいます。とても密接な関係があるのです。このとき、とくに首の位置に注意しましょう。自分ではわからなくても、首が前に出て猫背になってしまっていることがあるからです。簡単に正しくまっすぐ立つには、壁に背をつけて立つという方法もあります。腰を壁にぴったりつけるように立つと、自然とまっすぐになり、お腹に力が入った状態になるので、その感覚を身体でおぼえるようにしましょう。くわしくは4章を参照してください。正しい姿勢であるかどうかを毎日意識しているうちに、つねによい姿勢をとれるようになります。正しい姿勢は、声によいばかりでなく、内臓にかかる余計な負担を減らし、健康にもとてもよいものです。姿勢が悪いまましゃべっていると、すぐに声が疲れてしまいます。反対に、声が疲れてくると姿勢も悪くなるのです。「のどが疲れてきた」と思ったら、正しい姿勢を意識してみましょう。それだけで、のどの疲れは軽減されるはずです。

 

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