やり方は分かるが継続できない場合
たいていの部下は自発的に取り組もうとしない。取り組ませても継続しない。上司がいるときは取り組むが、一人になるとやらなくなってしまう。
図4は行動を継続させる方法を図式化したものである。矢印は、行動を細かく分解することを示している。
分解することで何をしたらいいかを見つけ、その中でも特に重要なものに焦点を当ててやらせる。次のステップが矢印だ。
いかにして行動を持続させるかを示す。
部下ができない理由は、すでに述べてきたように二つしかない。一つは「仕事のやり方が分からない」。もう一つは「やり方は分かっているが継続できない」。
行動分析の一番のキーは矢印にある。それは、いかにして自発的に仕事をさせるかという問題である。
「ディスクレーショナリー・エフォート」という概念がある。日本語で「自発的な意欲」と呼ばれているものだ。行動分析的に行動の反応率という、平たく言えば「やる気」である。
部下の中にはできる人とできない人がいるが、これはディスクレーショナリー・エフォートの個人差と言える。できる人とできない人の違いを図5に表した。
「最低限の要求」とあるのは、会社側から社員への要求を示す。「せめてここまではやれ」という最低ラインだ。
上の曲線をご覧いただきたい。
多少の乱れはあるものの、全体的に右肩上がりの傾向を示し、時間が経つにつれて成果が上がっている。
この曲線を「Wanttodo(……したい)」曲線と呼ぶ。
仕事が好き、したいからやるという社員はこのような曲線を示す。いわゆる「できる社員」である。
これに対し、下の曲線は立ち上がりがきわめて遅い。
「最低限の要求」に達するのに長時間を要し、しかもピークらしいピークが見られない。「最低限の要求」をクリアした状態を維持するのに精一杯だ。
この曲線を「Havetodo(……ねばならない)」曲線と呼ぶ。
仕事が嫌で、生活費を稼ぐために仕方なく会社へ行く。上司に怒られたくないから仕事をする。「できない社員」はこのタイプだ。
やり方を知っていても、パフォーマンスが低いからさほどの成果が上がらない。あるいは続かない。
Havetodo曲線のパフォーマンスは、Wanttodo曲線の半分あたりにとどまっていることに気づく。
自発的な意欲の差がこれだけの差を生むのだ。
「二割八割の法則」については先の章でも述べた。
Wanttodo曲線を示す社員は、全体の二割しかいない。残りの八割のうち、六割は平均(アベレージ)社員で、二割がHavetodo曲線で仕事をしている。
下の八割のパフォーマンスを上げることができたら、人員を増やすことなく大幅に効率を高めることができるわけだ。
裏を返せば、大部分の企業が現在それだけの無駄を抱えていることになる。日本は少子高齢化が進んで人口が減少し始めた。
二〇〇七年問題によって労働力も減り、やがてマーケット自体も小さくなる。こうした状況を目前に控えた今、企業は何をなすべきか。
八割のローパフォーマーたちをWanttodo曲線まで高めることである。私自身、このメソッドを自社に導入して効果を検証してきたが、その過程で気づいたことがある。
よくできる一部の社員を大事に扱うよりも、下の八割を引き上げたほうが生産性ははるかに高くなるということだ。
前述のように、この八割は六対二の割合でアベレージとアベレージ以下に分けられるわけだが、下の二割をトップのレベルにまで上げることはさすがに難しい。
ただ、彼らを平均以上にすることはさほど困難ではない。真ん中の六割を上の二割のラインまで上げることも決して困難ではないのである。
下の八割のパフォーマンスをいかに引き上げるか。同時に、上の二割をさらに押し上げる方法はあるか。まさに、これが本章のテーマである。
リインフォース(強化)のしくみ
行動分析が目を向けるのはあくまでも「行動」である。行動は増やすか減らすか、そのどちらかだ。企業の戦略目標上で望むとおりの行動をとった部下に対しては、その行動をもっと増やすように仕向ける。望まない行動をとった部下には、それを減らすように仕向ける。上司はそのどちらかによって部下を管理するのである。行動を増やす手順を「リインフォース(強化)」と呼ぶ。
ここからしばらく、心理学用語が多用されてくるが、ビジネスのパフォーマンスを上げるには、この理解が不可欠なので、ぜひ、飛ばさず読み進めてほしい。
行動がリインフォースされるには二つのパターンがある。「積極的なリインフォース(R+)」と「消極的なリインフォース(R)」である。
積極的なリインフォース(R+)とは、何かを与えることで、ターゲットとなる行動を増やすことだ。
たとえば賞賛や昇進、プレゼントなどを使う。
消極的なリインフォース(R)は、何かを取り除いたり減らしたりすること、たとえば危険からの回避、上司に怒られないように事務所に入室する行動を回避するということで行動を増やすことをいう。
行動を減らす要素にも二つのパターンがある。罰(P+)とペナルティ(P)だ。罰によって行動が減る、あるいは何かを与えたら行動が減ることをいう。
たとえば降格など、本人にとって罪になるものを与える。ペナルティはそれを奪うことで、たとえば昇進を取り消すといったケースが考えられる。
いずれの場合にも行動は減る。
このほか「行動の消去(E)」という方法もある。部下の行動を無視することによって行動をなくしてしまうやり方だ。
自分で行動を増やしたり減らしたりするのは、これら五つのパターンが「自発的な意欲」つまり「行動の反応率」に大きく影響するからである。
リインフォースが作用すると行動の反応率が高まるため、その行動が増える。罰やペナルティは行動の反応率を下げるので、その行動が減ることになる。
五つのパターンが行動の反応率に及ぼす影響を図6に表した。
これを見ると、「R+」「R」はいずれも行動を増やしているが、「R+」には二倍以上の効果があることが読み取れる。
行動を減らす「P+」と「P」は同一の曲線を描いている。驚くのはその効果の早さだ。罰やペナルティを受けてから一瞬、行動反応は増えるが、きわめて短時間のうちに行動がゼロになった。部下を無視する「E」も行動を減らしているものの、ゼロ近くまで減るのにかなり時間がかかった。
この表で言えることは「P」の影響力の強さである。「R」や「E」と違って、ほぼ直角の曲線を描いている。
日本企業で罰やペナルティがよく使われる理由もここにある。短時間で効果があるように見えるからだ。リーダーとしては部下に望ましい行動をとらせたいので、行動を増やす「R」をマネジメントの軸に据えるべきであろう。自発的な意欲をより高める「R+」なら理想的だ。
「P」や「E」には、行動を減らす効果しかないのである。
パフォーマンスの改善ポテンシャルの求め方
行動分析によって仕事への意欲を高められることが、ここまでの説明でお分かりいただけたと思う。では、実際に行動分析を導入したとき、あなたの会社ではどれくらいの効果が得られるだろうか。
ギルバート(T.F.Gilbert)によるPIP(PerformanceImprovementPotential)分析を使って最大値を割り出してみよう。PIP分析の公式を図7に示した。
これはパフォーマンスの改善ポテンシャルを求める公式で、今と同じ人員、同じコストでどれだけ売り上げを伸ばすことができるかが簡単に分かる。
Weはトップ営業マンの売り上げを示し、Wtはアベレージ営業マンの売り上げを示している。
たとえばトップ営業マンが月間一千万円の売り上げを上げているものとし、アベレージ営業マンが月間五百万円の売り上げを上げているものとしよう。
これを公式に当てはめると、「2」という数字が導き出される。これは同じ人員、同じコストで二倍のポテンシャルを持っていることを意味する。
Havetodoの社員をWanttodoのレベルまで引き上げることができたとしたら、売り上げは二倍になるということだ。
この公式を使うと、経費の削減ポテンシャルを計算することもできる。
リインフォース(強化)因子
リインフォースについてさらに詳しく述べよう。前述したとおり、リインフォースとは行動を増やす手順である。すなわち行動の頻度を高めること自体をリインフォースと呼ぶ。
これに対して、行動をもたらした昇進やプレゼントなどのイベントを「リインフォース因子」と呼ぶ。どのようなものがリインフォース因子たりうるか、代表的なものを挙げておく。
飲食物菓子、食事、清涼飲料水、ミルク、果物操作物玩具、装身具、趣味用品、学用品、乗り物、ゲーム視聴覚映画を観る、音楽を聴く、絵を描く、テレビ、楽器、音や光を出す電子玩具コミュニケーション言葉で褒める、抱きしめる、肩を叩く、注目する、微笑する、拍手トークン(券)ポーカーのチップ、おはじき、シール、スタンプ、商品券、チケットその他(上司とともに)おやつ、昼食、戸外活動、遊戯、散歩プレマックの原理によれば、他にも多数あり得る。
積極的なリインフォースを生むリインフォース因子を「ポジティブなリインフォース因子」という。
右に掲げた因子は全てここに含まれ、人はもう一度それを得ようとして同じ行動を繰り返す。ポジティブといっても肯定的ニュアンスで使われているわけではない。
単に数学用語の「正」、すなわち何かが与えられるという意味である。消極的なリインフォースを生むリインフォース因子を「ネガティブなリインフォース因子」という。
これは本人にとって望ましくないイベントを指し、そこから逃避あるいは回避しようとして行動する。パトカーを見て車のスピードを落としたとき、パトカーはネガティブなリインフォース因子だと言える。
ネガティブという言葉も否定的ニュアンスで使われているのではない。数学用語の「負」、すなわち何かが減ることを表しているだけである。
望ましくないイベントが終わる、あるいは未然に防ぐことを負と表現している。
リインフォース因子が持つ特徴を知る
——リインフォース因子は必ず行動の後に与えられる。行動の前に与えられることは決してない。
子供が勉強すると約束した場合、リインフォースするためにアメ玉をあげたとしよう。このリインフォースは勉強をすることに与えているように見えるが、実は違うのだ。勉強をリインフォースしているのではなく、約束をリインフォースしているのである。
——リインフォース因子は行動を必ず増やす。行動の頻度が上がらなければリインフォース因子とは言えない。
したがって「彼をリインフォースしようとしたがうまくいかなかった」という言い方は成立しない。うまくいくからこそリインフォース因子なのである。
うまくいかないものはリインフォース因子でない。
——リインフォース因子は変化する。食事に誘われて嬉しいときもあれば、その誘いをわずらわしく感じるときもある。
若いときに楽しかったダンスが、中年になって興味を感じられなくなることもある。プライベートな会話でリインフォースになる話題が、公の場では罰となるケースもある。
食べ物やファッションの好みが日によって違うように、リインフォース因子も時と場所によって変わる。
——リインフォース因子は、あまりに回数が多いと効果が薄くなる。これを専門用語で飽和(satiation)と言う。要するに飽きてしまうのだ。
「よくがんばったな」とワンパターンの褒め方をしていると、すぐに効果がなくなる。好物でも毎日食べていたら飽きるのと同じである。
以上1〜4の特徴は、積極的なリインフォース因子(R+)にも消極的なリインフォース因子(R)にも当てはまる。
図8に示したように、どちらのリインフォース因子も行動を増やす力を持っている。それならどちらを使ってもよさそうに思えるだろうが、それは違う。多くの企業はここを勘違いしているのだ。
やや専門的になるが、それぞれの結果を説明しておく。
ほとんどの場合、企業のパフォーマンスを左右しているのは消極的なリインフォース因子である。
まずはこれについて述べよう。
積極的リインフォースと消極的リインフォース
積極的なリインフォースとは、たとえば、昇進や昇給、ちょっとしたプレゼント、褒め言葉などが考えられる。これに対して、消極的なリインフォースとはリスクからの「解放感」「救い」を伴うものである。
上司に怒られないようにする、失敗をしないようにするなどが考えられる。二つのパターンのいずれを使っても行動を増やすことができる。では、行動を減らすためには何をすればいいか。前述したが、ここで繰り返しておく。
一つが「罰(P+)」を与える、もう一つが「ペナルティ(P)」を与えることだ。罰とは本人が不快を得るもので、たとえば降格や減給が考えられよう。
ペナルティは本人にとって快であるものを失うことで、昇進が取り消しになるといったケースが考えられる。
以上四つの結果が、個人個人の行動にどのような影響を及ぼすかを見てみよう。これによって、リーダーはどのように考えていけばいいのかが分かるはずだ。
行動を増やすときには「R+」と「R」の二つがある。重要なことは、いかに「R+」によって行動の反応率を上げるかである。
行動を減らすには「P+」「P」の二つがある。これらは全く同じ結果しか得られない。
部下のことを全く無視して行動をなくす「E」には、「P」よりも少し余分に時間がかかる。日本の企業では、罰やペナルティが非常によく使われている。なぜかというと、図6でも明らかなように、短期間で行動を減らすことができるからだ。
つまり、短い時間で効果があるように見える。日本企業が罰を多用する理由はここにある。
消極的リインフォースにも利点がある
積極的なリインフォースはポジティブな結果をもたらす。人は皆積極的なリインフォースを好むものであるから、それを与えるマネジャーは好かれる。上司と部下の関係は良好になるだろう。また、仕事の満足感を高め、やる気にさせ、会社への忠誠心を高める。上司だけでなく、仕事と会社も好きになるのだ。
結果的に行動の反応率も上がる。できない社員は訓練によって変えることもできるが、やろうとしない社員に対しては動機づけ条件が必要となる。
「仕事をしたい」と思える環境を整えることが上司の仕事である。
積極的なリインフォースは、こういった動機づけ条件を整えるためにもに最も効果的だ。積極的なリインフォースが見当たらないのに行動している場合、そこには罰やペナルティがあることが多い。
これらは行動を減らすものだと解釈されるのだが、より正確に言えば「望ましくない結果を防ぐための行動」を増やしている。
マネジャーの中には、罰やペナルティをちらつかせて部下を働かせようとする人がいるが、こうしたマネジメントは社員に大きな精神的負担を強いる。
職場やマネジャーに近づくだけで不快感や恐怖感、不安感が高まり、職場から離れたいという願望を生む。そして結果的に会社全体のパフォーマンスを下げてしまう。
消極的なリインフォース因子が行動を増やすのは、本人が望まない結果が回避(または逃避)されるからだ。われわれは寒さから逃れるためにセーターを着る。他人が入ってこないようにドアを閉める。閉店時間ぎりぎりにレンタルビデオ店へ駆け込むのも、延滞料金を支払いたくないからである。
これらは望ましくない結果から逃避するための行動だと言える。回避とは、嫌な結果が起きないようにすることを言う。納期を遅らせたら損害が発生する。
そうならないように残業するのが回避である。逃避は嫌な結果に反応して起きることが多い。寒いと感じてセーターを着るのが逃避である。消極的なリインフォースは、否定的に捉えられがちだ。
しかし、実際には決して悪いものではない。
「五時までに終わらなければ残業だ」と発破をかけることがあるが、これなどは消極的なリインフォースそのものである。「救い」「解放」「自由」というものはすべて消極的リインフォースメントである。
行動の「消去」
リインフォースによって増えつつある行動は、リインフォースが得られなくなると元に戻ってしまう。このように行動が減ることを消去(extinction)と呼ぶ。分かりやすい例として自動販売機がある。
お金を入れても缶ジュースが出てこないとき、人はもう一度やってみるかもしれない。しかし、それでもだめだったら別の場所で買うだろう。
何度もお金を入れてみる人はまずいない。その自販機を二度と使用しなくなるはずだ。これが行動の消去である。
行動の消去は多くの職場で発生している問題だ。熱心に働いている人が誰にも評価してもらえない。これはリインフォースされていないことになるから、彼は行動をやめてしまうだろう。
パフォーマンスに関する問題は、多くの場合「上司が何をするか」が原因ではない。「上司が何をしていないか」が原因という場合がきわめて多いのである。
行動を消去させることは「Havetodo」社員を生み出すもととなるため、特に留意すべきである。
罰とペナルティを用いるときの注意点
罰(P+)とペナルティ(P)は誰もが日常的に経験しているはずだ。罰は、本人が望まないものを与えることである。
レポートを書くのが嫌いな人には、レポートを書くことが罰になる。
温かいものが食べたいときに、冷たいものを食べさせられることも、お酒を飲みたくない人がお酒を飲まされることも、その人にとっては罰と同等である。
罰を受けると、それを行うための一連の行動を嫌になり、繰り返し行動しなくなる。ある行動に対する罰は、その行動に付随する望ましい行動すらも減らしてしまうことがある。
たとえば、あるスタッフが、プロジェクトの進捗状況を上司に毎日レポートすることになっていたとする。上司はレポート報告を受けるたびに、次の仕事の指示を与えることにした。
やがてそのスタッフは、レポートするタイミングが遅くなり、次第にレポートの提出がおろそかになっていく。このスタッフにとって、新しい仕事が次から次へと与えられることは罰であり、レポートを提出することが嫌になるのだ。ペナルティは、本人がある行動をすることによって、本人が価値があるものと思っているものを失うことだ。
たとえば、車を駐車違反すると、罰金を科せられ、点数を引かれ、一ヶ月の免許停止になる。レンタルビデオの延滞金を課せられる。などが挙げられる。
なお、ペナルティはその人の価値観にもよるため一概に同じものとは言いがたい。たとえば同じ罰金や遅延金も、月収が三百万円の人と、月収十万円も満たない学生とでは、その人に与える影響が異なる。
いずれにせよ、罰とペナルティは行動を増やすことはない。そして、単独で使うべきでないと忠告しておきたい。そして、罰やペナルティが長く続けば、続くと作業効率に影響が出るだけでなく、従業員の満足感にも影響が表れる。
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