礼節以前のあいさつの基本
あいさつが大切だということは、ほとんどの人が幼いころから聞かされていることでしょう。
そしてあいさつは、礼節を表現するための〝最初の一歩〟だとも言えます。
しかしながら、実際にあいさつを正しく実践できている人はどれくらいいるでしょうか。
あいさつの大切さという知識から意識、意識から行動に移さなければその効果は得られません。
また、あいさつは単に音を発しているだけではありません。
相手への敬意や承認を表す心が言葉やお辞儀という形になったものです。
それを理解していなければ、せっかくのあいさつも本来の意味をなさないものになってしまいます。
ここではあいさつの意味や、礼節を表現するための心が伴ったあいさつについて考えていきます。
心が伴わないあいさつの悪い例が、〝相手に言われたときしかしないあいさつ〟です。
あいさつ運動、あいさつ週間などのときには張り切ってあいさつをするものの、それ以外のときは自分からはしない、相手がしてきたらこちらも返すという人です。
また、講演や研修のときに「本日講師を務めます七條と申します。
よろしくお願いいたします」とごあいさつをしても、「今日の先生?」と唐突に確認されたり、「こんにちは」の言葉もなく「担当者を呼んできます」と言ってその場をあとにしたりする人も少なくありません。
たったひと言、「こんにちは」「おはようございます」「よろしくお願いします」があるだけで印象はまったく違ってくるのに、もったいないと感じてしまいます。
いつでもどこでも誰にでも、自らあいさつをする人はとても感じのよいものです。
人は誰かに認めてもらいたい生き物。
自分への承認と敬意を、「あいさつ」という形で真っ先に伝えてくれる人の印象がいいのは自然なことです。
あいさつのトーンを合わせる
早朝便をご利用のお客さまを迎えるときは、爽やかな笑顔であいさつするとともに、声のトーンに一番気をつけていました。
ビジネスパーソンのお客さまが多い早朝便では、日ごろの仕事の疲れが解消されないまま早起きをされている方が多いためか、機内では着席してすぐに目を閉じて少しでも長く眠りたいという方もいらっしゃいます。
そんな状況で乗務員が次々に、何度も元気よく「おはようございます!」とあいさつすれば、お休みになりたいお客さまの貴重な時間を奪うことになります。
声のトーンを落としてごあいさつをするか、目を合わせて会釈し、目で歓迎の気持ちを伝えるようにしていました。
これと同じことを、実は幼稚園児も理解し実践していました。
幼稚園児に向けたマナー教室でのこと。
あいさつは元気よく大きな声でするのがいいという前提で質問をしてみたのです。
「みんなが幼稚園から帰ると、お父さんがソファーで眠っていました。
そんなとき、みんなは大きな声で元気よく『パパ、ただいまー!』とあいさつをしますか?」すると、みんな「しなーい!」の大合唱。
さらに「どうして?あいさつは大きな声で元気よくするんじゃないの?」と聞いてみると、「だって、パパが寝てるのにかわいそうだから!」「パパは疲れてるから、寝かせてあげたいから!」と口々に言うではありませんか。
その優しさと、一生懸命考えて発言する姿がたまらなくかわいかったのを覚えています。
「あいさつとは、相手あってのもの」「相手の状況に合わせてするもの」という大前提を、子どもたちでもちゃんと理解していたのです。
マニュアル通りのあいさつ、事務的な大声でのあいさつが心に響かないのは、「相手あってこそ」の視点が抜けているからです。
あいさつの〝線引き〟をしない
上司や先輩やお客さまにはしっかりあいさつをするのに、オフィスの守衛さんや清掃スタッフなどにはあいさつをしない、という人もいます。
自分にとって利害関係のある人でなければあいさつしても意味がない、とでもいうような態度であいさつの線引きをしている人には、そこに〝利己の心〟が見え隠れしてしまいます。
これも乗務員をしていたときのこと。
私がフライト前に化粧室に立ち寄ったとき、居合わせた乗務員に「おはようございます」と声をかけました。
すると一人の女性はこちらを見ることもなく、顎を突き出すような会釈をしただけでした。
支度を終えてオフィスに行くと、「七條さん、本日ご一緒する〇〇と申します。
よろしくお願いいたします!」と満面の笑みであいさつをされました。
よく見ると先ほど化粧室で会った彼女。
リストを見て私のほうが先輩であることを知ったのか、まるで別人のようでした。
自己保身のあいさつに徹しているように見えてしまったというのが正直な気持ちです。
自分にとっての利害関係で態度を変える人には、心の美しさを感じません。
誰に対しても線引きをすることなく相手を尊重し、大切に思う美しい心。
その美しさは周りにいる人を魅了します。
礼節のある人は、「あいさつ」という言葉や動作を通じて、相手への気持ちを表しているのです。
身だしなみは「あなたのために時間と手間をかけました」というメッセージ
接客マナーにおいても、身だしなみは重要な要素として位置づけられています。
ビジネスマナー研修などで、「オシャレは自分のため、身だしなみは相手のため」という言葉を耳にした人がいるかもしれません。
なぜ、こうも「身だしなみが大切」と言われるのかといえば、身だしなみを整えることが相手への礼節につながるからです。
見た目の印象、身だしなみがなぜ相手に礼節を感じさせるのか、順を追って説明していきます。
当然のことながら、人を見た目だけで判断するのはほめられたことではありませんし、いくら外見がよくても中身が伴っていなければ困ります。
しかし、特に初対面において、「この人はいったいどんな人なのだろうか?」と判断する材料は、視覚から得られる情報によって大きく左右されます。
以前、たまたま見つけた動画にこのようなものがありました。
ビジネススーツを着た男性が人通りの多い道で、突然苦しそうにバタンと倒れます。
周りの人は驚きつつもそばに駆け寄り、彼を助けようとしました。
しかし、同じ男性が同じシチュエーションでバックパッカーのような格好をして道に倒れたところ、2回目は誰も助けてくれません。
歩くスピードを落とし、心配そうに様子を見る人はいたものの、結果的にはみんな立ち去ってしまうのでした。
このことは、服装を含めた身だしなみは相手を判断する大きな要素であり、それによってとられる対応が変わってくるという現実を教えてくれます。
「この人はどんな人なのだろうか?」「かかわりをもって大丈夫だろうか?」「自分に敬意をもって接してくれる人だろうか?」「たかが外見でしょ」などと侮ることは絶対にできません。
また、相手のために姿を整えることで、語らずとも「相手への敬意や誠実さ」を伝えています。
身だしなみを整えるにはそれなりの準備や時間が必要になるからです。
近所のコンビニにちょっと買いものに行くときの支度と、大切な人に会うときの支度は、方法もそこにかける時間も違いますよね。
つまり、手入れが行き届いている、きちんとしている姿は、「会うために時間をかけて準備をしてきたこと」「あなたに会う時間は私にとって大切な時間」という想いを感じさせることができるのです。
見る人に違和感や不快感をもたせない配慮
「ありのままでいい」「常識を疑え!」というような言葉とともに、ルールやマナーに縛られたくないとする人が増えてきたように感じます。
しかし、それらの本来の意味は「自分らしく生きる」「新しい価値観の創造」であって、傍若無人にふるまうということではないはずです。
「TPOをわきまえる」とよく言いますが、礼儀正しい人はまさにこれが身についている人です。
ルールやマナーを堅苦しいことだと感じる人もいるかもしれませんが、私たちは無人島で生きているわけではありません。
プライベートな空間ではなく、「自分以外にも誰かがいる」というところでは、やはり他人に不快感や違和感をもたせない配慮が必要になります。
礼節のある人は、けっして古い価値観やルールに縛られているわけではなく、周りとの調和を大切にしているのです。
たとえば、TPOに沿っているかどうか微妙な著名人の服装について、ニュースやネットで話題になることがあります。
周囲の目を気にして委縮するのはつまらないことですが、わざわざ火種をつくらないという選択もあります。
それは自己保身を隠れ蓑にした調和ではなく、周りにいる人を不快にしない、違和感を与えない、無駄なトラブルを避けるという心づかいです。
そのような想いが「TPOをわきまえた行動」や「整えられた身だしなみ」という形で表れているのです。
知らずにやっていませんか?誤解を招く態度や表情
特別な理由がない限り、誰しも相手を不愉快な気持ちにさせようとは思わないはずです。
ましてや相手が上司や先輩、お客さまの場合には、気心の知れた家族や友達以上に気を使うでしょう。
それにもかかわらず、接客スタッフがお客さまからクレームをもらったり、上司や先輩からふるまいについて指導を受けたりすることがあります。
お恥ずかしい話ですが、私もフライト経験で一度だけ名指しでクレームをもらったことがあります。
相手は片言の英語しかお話しにならない外国人のお客さま。
フライトから数日後、私は上司に呼ばれ、「七條というCAにペンを頼んだらもってきてくれたけどイヤそうだった」というクレームがきていることを聞かされました。
「えー、なんで!?きちんと対応したはずなのに……」とショックを受けました。
しかし、接客においてはお客さまが感じたことがすべて。
言葉が通じにくい状況のなかで私の困惑した表情やジェスチャーは「不愉快」なものに映ったのでした。
落ち込む私に、上司は次のように声をかけてくれました。
「自分が思う以上に表情や態度は見られています。
いい勉強をしたと思いましょう」「相手にどう見られるかがすべて」ということを痛いほど思い知った経験でした。
自分では気づかない怖さ
研修や講演でいろいろな方とお会いすると、悪気はないのだろうと頭ではわかりつつも、次のイラストのような気になるふるまいを見かけることがよくあります。
こうしてみると、「このような所作や態度はよくないな」と感じるものばかりですが、誰一人として悪意などありません。
この場面以外では、私に対する敬意や歓迎する意向を感じることもできました。
しかし恐ろしいのは、このような態度やふるまいが無意識であるということです。
そうなると、せっかくの歓迎や感謝の気持ちは相手に伝わりません。
常に「相手から見た自分」を意識して、気づかないうちに相手を不快にさせていないか十分に注意しましょう。
信頼関係ができるまでは慎重に
万が一、初対面で失礼があったとしても、時間やチャンスがあれば汚名返上、名誉挽回できる可能性はあります。
ところが、それは想像以上に難しいというのが現実です。
第一印象は相手の心に根強く残るため、一度閉ざされてしまった心を開くにはそれなりの努力を要します。
だからこそ、信頼関係ができるまでは「心」を伝えるための所作、態度、表情には慎重になってほしいのです。
敬意や品がないと感じさせるふるまい・肘をつく・足を組む・片手でものを渡す・大きな音を立てる・口に手を当てずに大きな口を開けてあくびをするもちろん、海外など文化の異なるところでは受け止め方が変わることもありますが、自分が信頼関係を築きたいと思っている相手はどうかということが大切です。
時折、初対面の相手でもカジュアルな態度ですっかり打ち解け、いい意味で自分のペースに巻き込んで自分のファンにしてしまう魅力的な人を見かけます。
ですが、私がおすすめするのは「最初は冒険せず、慎重に」という態度です。
初めて会った人の「心地よいと感じる距離」を知るのは難しいものです。
自分では「親しみやすさ」をアピールしたつもりでも、相手は「なれなれしい」と感じるかもしれません。
親しみやすさとなれなれしさは似て非なるもの。
いきなり相手のパーソナルスペースに土足で踏み込むと、相手は距離を置きたがります。
相手を尊重し、反応やペースに合わせながら少しずつ距離を縮めていくことで、「大切な存在として扱われている」と感じてもらえます。
「そんなつもりはなかったのに……」と後悔しないためにも、相手への想いや心を誤解のないように伝えるためにも、礼儀正しい所作、態度、表情に気をつけましょう。
心だけでは誤解を招くこともあります。
形もおろそかにしないことが大切です。
「相手の目を見て話を聞く」は標準装備
「話を聞くときは相手の目を見る」。
これもよく言われることです。
しかし、これはただ単に「目を合わせること」が目的ではありません。
聞く態度を通じて話をしている相手に安心感を与え、「あなたの話をしっかり聞いていますよ」という姿勢で敬意や承認を伝える役割を担っています。
二人きりの対面で話すときは「聞き方」を意識している人が多い気がしますが、複数名で会話するときはどうでしょう。
その他大勢の一人になることで、話をしている相手に対する礼節が欠けてしまってはいないでしょうか。
研修や講演中に受講者同士でディスカッションをしてもらうことがありますが、そのときに礼節があるかないかが大きく影響します。
お互いに「はじめまして」の相手だからこそ、相互の敬意や協調性がよりはっきり見えていないと、ディスカッションは順調に進みません。
いい雰囲気が感じられるペアやチームの特徴は、誰かが話しているとき、周りがきちんとその人にフォーカス(注目)していることです。
顔を向ける、体を向ける、目を合わせる
具体的には、話している人の目を見ている、顔を上げて聞いている、隣に座っているときでも少し体を相手に向ける、相づちを打つ、うなずくなどの反応です。
反対に、まったく話が進まずどんよりとした空気が漂っているチームには、誰かが話していても他人事のように無関心な態度で座っている人がいます。
もしかすると、「人見知りである」「シャイである」などの理由があってのことかもしれませんが、初対面の人がそんな事情を知ることはできません。
このような誤解からコミュニケーションにずれが生じてしまうのは残念なことです。
顔や体を相手に向けて話を聞くだけでも、相手が受ける印象は大きく変わってきます。
目を見て話を聞く際にひとつだけ気をつけてほしいのが、目には感情が出やすいということ。
こちらの視線に好意や敬意、心からの感謝などの想いが込められていればいいですが、警戒、不安、侮蔑などのマイナスな感情がある場合には、それがそのまま伝わってしまいます。
形としてのアイコンタクトではなく、そこにどんな気持ちを込めるのかを忘れないようにしてください。
アイコンタクトで得られる情報は意外に多い
逆に言うと、相手が実際に言っていることと心で思っていることが異なるケースでは、アイコンタクトによって本当の気持ちを知ることができます。
簡単な例で言えば、CAのドリンクサービスにおける「おかわりはいかがでしょうか?」に対する反応があります。
「もういいです」と答えるお客さまのなか
には、本当にいらないと思っている方と、遠慮してそうお答えになる方がいらっしゃいます。
答えるまでの間や声のトーンからでも察することはできますが、「目は口ほどにものを言う」です。
お客さまの目に迷いを感じたなら、「まだ時間もございますが、よろしいですか?」と再度うかがうと、「やっぱりもらおうかな!」とニッコリ笑って本当のご要望を伝えてくださることもよくありました。
目を見て相手の本音を確認するというのは、クレーム対応においても役立ちます。
自分の本当の気持ちに気づいて理解を示してくれる人、共感してくれる人に対しては、相手も次第に心を開いてくれるからです。
日ごろから目を見て意思確認する習慣を身につけておけば、相手の心の動きに敏感でいることができます。
その動きを知ることで想像力が育まれ、心づかい、気づかいができる人になるのです。
笑顔には「足し算」と「引き算」がある
表情が人に与える印象はとても大きいものです。
イキイキとした表情には周りまで明るく照らす力がありますし、覇気のない表情の人の場合、そばにいるだけでネガティブなオーラを感じます。
これまでも説明してきた通り、人は人をまず見た目で判断します。
CAは訓練のなかで表情についても指導を受けますが、それは第一印象でお客さまへの感謝、歓迎、敬意という形のない想いを語らずとも感じていただくためです。
特に飛行時間の短い路線では、お客さまと接する時間はほんのわずか。
ひと目で、「今日のCAはなんだかとても感じがいいな。
このフライトにしてよかった」という気持ちを抱いてもらうために、身だしなみや表情を大切にしています。
「感じのよい表情」といえば、もちろん笑顔です。
しかし、その笑顔にもTPOがあります。
相手や場所によって品のある笑顔がふさわしいのか、はたまた親しみやすさを押し出した屈託のない笑顔のほうが好まれるのかは異なります。
笑顔を使い分けるという意味では、スキルやテクニックに分類されるかもしれませんが、根底にあるのは「相手あってこそ」の視点です。
場所や相手に配慮し、違和感を覚えることのない自然な笑顔は、相手を想う心そのものだとも言えます。
笑顔の足し算、引き算が必要な人
自分ではまったくそのつもりがないにもかかわらず、「怒ってる?」と言われたり、本音で話せるようになってから「最初は怖い人だと思った」「冷たそうに見えた」と言われたりしたことがある、という方もいるでしょう。
そういう方は、次のことに気をつけるようにしてください。
感じのいい表情のポイント・いつも口角を上げるようにする・目に優しさを乗せるイメージをもつ・表情筋を意識して話す(しっかり口を動かすことを意識して話すだけで、イキイキとした表情になります!)冷たく見えてしまう表情の人は、秘めた想いがあったとしてもその心が伝わりづらく、非常にもったいなく感じることがあります。
反対に、「笑顔の引き算」をしたほうが自然なのでは、と感じる人をお見かけすることもあります。
「いつでも笑顔を絶やさない」という心がけ自体は素晴らしいものですが、相手から完全なる「つくり笑い」と見られてしまうようだと、それもまた残念な印象になってしまうのです。
マナー講師として独立したばかりのころ、ある女性講師に出会いました。
この方は常に笑顔だったものの、私はどことなく違和感をもちました。
こちらが何をしても何を言っても表情にまったく変化がなく、常に満面の笑みなのです。
本来であれば、相手とのコミュニケーションのなかで状況に即した反応があるはずです。
しかし、相手や状況にかかわらず常に笑顔だと、「相手不在の笑顔」に見えてしまうのです。
もちろん、笑っていないよりは笑っているほうがいいことは間違いありません。
ですが、過剰な笑顔はお客さまを引かせてしまいます。
笑顔一辺倒の人は、普段は笑顔というよりも「柔らかい表情」をイメージするといいでしょう。
そして、対応中にお客さまとの会話が弾んだときには、満面の笑みでお客さまを魅了するのです。
状況に合わせたメリハリをつけることで、相手が不自然に感じるようなことはなくなります。
笑顔というのは表面的なことではなく、心を伝えるための大切な手段です。
誤解を招いたり、不自然さを残したりすることなく、「相手あってこその自然な笑顔」でしっかり心を伝えたいものですね。
書いたものを他人に読んでもらうときの礼節
コミュニケーションは対面だけでなく、電話やメール、メッセージなど顔が見えないツールでも行われます。
特に文字だけのコミュニケーションでは、表情はもとより声のトーンもわかりません。
そのため、メールでは事務的で冷たい、または少々失礼だと感じることがあっても、実際に会うととてもフレンドリーで、そのギャップに驚くことがあります。
マイナスな印象を払拭する機会があればいいですが、対面する機会がなければ悪い印象のままになってしまいます。
また、それが個人的なやりとりではなく、会社の看板を背負っていれば会社全体のイメージを損なうことにもつながりかねません。
メールなどでは心を伝えるのが難しいことを自覚して、相手目線で発信する。
それによって礼節を伝えることができます。
では、相手目線とは具体的にどのようなことを言うのでしょうか。
これは報告書なども同じですが、まずは「読みやすいこと」が一番です。
ひと目で読む気が失せるようなびっしり書かれたものより、適度に余白があり、内容ごとに改行されているほうが読みやすいことは間違いありません。
相手の知らない言葉を使っていないか
また、質問や提案に対しての回答が不明瞭だと、一度でやりとりが終わらず何度も連絡をすることになってしまいます。
返信をするときは、受け取った内容の答えになっているかどうか、余分な話題を回答に含めていないかどうかなど、「相手が時間を割かずに理解できる書き方になっているか」という視点が必要です。
もし追加で伝えたい情報があるときには、「別件ですが」などの言葉を用いて整理すれば混乱を招くことは少ないでしょう。
使う言葉についても注意が必要です。
自分は日常的に使う言葉でも、相手にとっては使い慣れない言葉であるかもしれません。
専門用語、カタカナ用語を濫用することで相手の負担になっていないかどうかについても想いをはせてみてください。
そのような想像力は読み手に対する優しさです。
「わかりやすさ」「読みやすさ」を意識した書類やメールは相手を想う気持ちそのもの。
「時間を割いて読んでいただくもの」という気持ちで仕上げることが大事です。
顔が見えない、声が聞こえないからこそ、より丁寧なコミュニケーションで相手を想う気持ちを表していきましょう。
「相手に合わせる」が基本スタンス
価値観が多様になった昨今では、「お世話になっております」に代表される最初の一文、「今後ともよろしくお願いいたします」という最後の言葉を好む人もいれば、無駄な言葉なので省きたいという人もいます。
会社独自のルールや個人のこだわりが混在し、「正解がわからない……」という方がいるかもしれません。
そのようなときも、「相手のペースに合わせる」というスタンスを忘れないようにしましょう。
それによって、やりとりを重ねるうちに、相手が望む連絡方法やメールの様式がつかめてきます。
それには、「相手がどのようなものを好むのか」に関心を向けることが必要です。
それがなければいつまで経っても自分本位の発信になりがちで、相手目線に気づくことはできません。
相手あってこそのコミュニケーションだということを忘れないようにしましょう。
相手の時間を奪わないように配慮する
待ち合わせの集合時間や書類の提出期限などからわかるように、日本人は「時間を守ること」に価値を見い出す人が多いと感じます。
比較的時間におおらかな海外に比べると、時にそれが窮屈に感じられることもありますが、時間を守ることは「相手の時間を奪わない配慮」を示す行動だと言えます。
特に多忙な人にとって時間は貴重ですから、約束した時間を守らないというのは相手の貴重な時間を奪っていることと同じです。
忙しい人のその後の予定にも影響を及ぼすことになり、計画や段取りを台無しにしてしまいかねません。
約束の時間に遅れた「その先」に何があるのかということにまで想いをはせることが大切です。
いつも時間に遅れる人や締め切りを守らない人に悪気はないのでしょうが、軽率な行動が相手の時間を奪っているという想像力は身につけてほしいところです。
とはいえ、思いがけず寝坊をしたり、待ち合わせ時間や場所の誤認をしたりすることもないとは言えません。
そんなときも「相手の時間を奪わない」という発想をもっていれば、早めに遅れることを連絡して相手の被害を最小限に抑えようとするでしょう。
追い込まれてしまうような状況でも、相手への思いやりを形で表すことを忘れないようにしましょう。
相手へのお誘いには「逃げ道」をつくっておく
約束を律義に守ることに限らず、協調性や調和を尊ぶのも日本の素晴らしい文化ですが、それが行きすぎるとなかなか本音が言えなくなってしまいます。
相手に対して、はっきり「ノー」と言えない人もたくさんいるのです。
私はどちらかといえば歯に衣着せぬタイプの人間ですが、そんな私でも、たとえば食事やイベントの誘いを断るときは、「どのように断れば失礼がないか」「どんな理由なら相手をがっかりさせないか」と言葉の選択に気をつけています。
そうしたことから、自分が誘う側になったときには、「相手には気がねなく断ってほしい」と考えるようになりました。
もちろん、お誘いするわけですから「来てほしい」「参加してほしい」という気持ちが一番にあります。
しかし、せっかく参加してくれるのであれば無理のないように、そして心おきのないようにしてほしいのです。
そこで、私は誘い文句に次のような「断りやすい選択肢」を入れることにしています。
このように「遠方」「忙しい時期」という逃げ道をあえて用意します。
また、距離感の近い相手の場合には、というように「仕事を優先してもらっていいですよ」「お互い様ですからね」というニュアンスを込めます。
「ノー」と言いやすい状況をつくることで相手のストレスを減らし、心から一緒に楽しむことを優先する。
相手に気を使わせないためのちょっとした「気づかい」です。
相手に気を使わせないようにするのもひとつの礼節
もうひとつ、相手に気を使わせないために配慮が必要な場面があります。
これは相手の年代や関係性によっては違う判断があるかもしれませんが、複数名での会食に遅れてくる人がいる場合です。
仕事が長引いたなどの理由から、開始時間に間に合わず遅れる人もいます。
そんなときは遅れてくる人を待ってから会食を始めたほうがいいのか、または揃っている人だけでとりあえず始めたほうがいいのか──?人によっては「自分が到着する前に始めたのか」と不快感をもつ人もいるかもしれませんが、「みんなを待たせてしまったこと」を申し訳ないと感じる人のほうが多いようです。
また、待っている人は喉がかわいていたり、お腹がすいていたりするもの。
そのようななかで遅れた人が到着するまでジッと待たれていると、ご本人がかえって恐縮するかもしれません。
「じゃ、先に始めましょうか。
乾杯の練習から(笑)」などと言ってなごやかにスタートし、本人が到着したら「先にいただいてます」「先に始めてました」「あらためて乾杯しましょう!」と声をかける。
これまでの経験では、このスタイルで特に問題はないように感じています。
遅れてきた人に気を使わせないために、「あえて始めておく」というのも一種の心配り、礼節ではないでしょうか。
「せっかくの食事なのでみんな揃ってから」という価値観も大切ですが、それが形だけのマナーになってしまいかねません。
相手にとって何が快適か、何がストレスにならないか。
そのような視点を柔軟に取り入れることも必要です。
ビジネスマナーに固執しすぎてはいけない
マナーとは、相手に失礼のないようにふるまうことや快適にすごすための心づかいです。
しかし、「これはマナー違反!」と目くじらを立てる人がいたり、いわゆる謎マナーと呼ばれるものが増えたりして、本当に大切にしなければならないことが見失われているようにも感じます。
なかでも、「もっと臨機応変でいいのではないか」と思うことのひとつにお見送りのマナーがあります。
よく、相手の姿が見えなくなるまで見送るのが当然のマナーのように語られます。
たしかに相手の存在を大切にする態度だと言えるでしょうが、あくまで「そうすることが望ましい」だけで、「絶対にそうしなければならないもの」ではないはずです。
見送られる人がそれを負担に感じたり、状況的に不自然だったりする場面では順守する必要はないと思いますが、皆さんはどのように考えますか?以前、こんなことがありました。
ある会社で打ち合わせを終えると担当者2名が私を見送ってくれました。
エレベーターホールまでで十分だと思っていたのですが、「下までお送りします」とのことでビルの外まで出てくださいました。
お忙しいであろうことや外が暑かったこともあり、「もう中にお入りくださいね」と伝えました。
数メートル歩いて振り返ると、二人はまだそこに立っています。
身振り手振りで「中に入ってくださいね!」という気持ちを伝えたのですが、どうやら姿が見えなくなるまで見送ってくれそうな雰囲気です。
かなり歩いてひとつ目の信号で立ち止まったとき、再びそっと振り返ると、まだ立っている二人……。
「どうしよう、駅までは一本道でまだかなり距離があるのに」と思った私は、用もないのに途中でカフェに入って姿を消しました(笑)
たしかに、「まだ姿が見えるのに中に入ってしまったのか!けしからん」と不快に思う人がいないとも限りません。
完全に姿が見えなくなるまで見送るのは安全策だと言えます。
しかし、「お見送りの本来の意味」を見失い、決めごとに縛られてしまうのは双方にとって残念なことです。
「もうここで十分ですよ」と相手が伝えたときに、というような言葉を添えていれば、不快な印象はないはずです。
マナーは相互に心地よくすごすためのもの。
「これは不自然ではないか」「相手にとっては負担ではないか」という目線をもつことこそ、相手の気持ちを考えた礼節ではないでしょうか。
相手や状況に合わせた臨機応変さをもちたいものです。
クレームへの上手な対応は「具体性」がポイント
「ありがとう」という感謝の言葉はとても素敵ですよね。
どんな場所でも、相手が誰でも「ありがとう」と素直に言うことができる人は、相手やその周りの人だけでなく、自分自身にとっても快適な空間をつくれます。
「ありがとう」は比較的口にしやすい言葉ですが、「ごめんなさい」「すみません」「申し訳ございません」などの謝罪の言葉は、プライドが邪魔をしたり、自己保身の気持ちがあったりするため避けてしまいがちです。
そのような人が多いからこそ、素直に「ごめんなさい」が言える人は周囲との摩擦が起きにくく、心地よい人間関係を築きやすくなります。
しかし、どちらも口先だけの言葉であると相手に気持ちは伝わりません。
もちろん、何も言わないよりは数倍マシですが、せっかくであれば、「礼節の伴った伝わる言葉」を使いたいものです。
では、どのような工夫をすればよりよい形で想いを表すことができるのでしょうか。
接客マナーの研修や講演でもよくお伝えしていますが、感謝やおわびを伝えるときには「具体的に」というのがポイントです。
特にクレームでは、まさにこの手法が解決の糸口になることも多いです。
これはクレーム解決のテクニックのように聞こえるかもしれませんが、小手先の話ではありません。
「具体的に伝える」という形にたどり着くには、次のようなことに全神経を働かせる必要があります。
クレーム対応のポイント・相手がどのような行動をとっているのか「よく見る」・なぜ気分を害したのか「よく聞く」・どのような解決方法を望んでいるのか「相手の気持ちを考える」怒っている相手から逃げたいという気持ちがあると五感は鈍ります。
逃げも隠れもせずに正面から向き合うという真摯な気持ち、礼節をもってなんとかしてご納得いただきたいという気持ち。
そうした想いがあるからこそ、相手に対して興味や関心をもつことができ、質のいい情報を得ることができるのです。
それがあれば、トラブルが起きるまでの背景や相手の心情を汲み取ることができ、ただの「申し訳ございません」ではなく、気持ちのこもった具体的な言葉で謝罪することができるのです。
相手の立場になって「行動」や「感情」に想いを寄せる
客室乗務員としてお客さまと接していたころ、機内販売時にお客さまからクレームが出たことがあります。
普通席をご利用の男性のお客さまでした。
聞けば「娘へのおみやげにしようと思っていたぬいぐるみが売り切れで、買えなかった」とのこと。
機内販売の商品は数に限りがあり、また上位クラスの座席から優先的に販売を開始するため、すべてのお客さまのご希望に沿えないことがあります。
お客さまのこの言葉だけを聞けば、販売側の事情を説明し「申し訳ございません」とおわびする対応になりそうなところです。
しかしよくお話を聞いてみると、ご不満のポイントは「買えなかった」ということだけでなく、別のところにもありました。
お客さまは早いタイミングで「ぬいぐるみが買いたい」と乗務員にお申し出になったそうです。
その際、乗務員から「機内前方より販売をスタートするため、お待ちください」と言われ、案内にしたがってお客さまは待っていたのです。
それにもかかわらず、機内販売のカートが普通席にくるやいなや、お客さまより後ろに座っている人が先にぬいぐるみを買ってしまい、売り切れになってしまったとのこと。
これは完全に乗務員間の連絡ミスです。
「自分は早めに希望を伝えて、案内通りに順番を待っていたのに……」「前に座っている人が買ってしまうならあきらめもつくが、どうして自分より後ろの席の人が買ってしまったのか?」「娘の喜ぶ顔が見たかったのに……」お話をよく聞くことで、このような気持ちが渦巻いていることが痛いほど伝わってきました。
そして、おわびの際には次のような言葉を添えました。
・こちらの案内にしたがってくださったにもかかわらず、不手際があったこと・長らくお待たせしたにもかかわらず、お買い求めいただけなかったこと・早い段階でご希望を伝えてくださったにもかかわらず、乗務員間で情報共有ができていなかったこと・最初に伝えていた説明と異なり、先に後ろの方が買ってしまったことに不公平感や矛盾を感じさせてしまったことお客さまから話を聞くなかで得た「情報と感情」に対して、具体的に謝罪したのです。
するとお客さまは、「そうなんだよ。
僕が怒っているのは買えなかったことじゃない。
もし、前の席にいる人が買って売り切れになったなら仕方ないと思えた。
けど、ちゃんと待っていたのに後ろの人が買ってしまい、なくなったことに納得がいかなかったんだ」とようやく少しだけ笑顔を見せてくださいました。
具体的な文言を入れることで「状況を理解してもらえた」「不快な気持ちに共感してもらえた」と少し安心にも似た気持ちになります。
謝罪のときには「何について申し訳ないと思っているのか」に焦点をあて、それを言葉にすると気持ちが伝わりやすくなります。
これは、感謝の言葉を表す場合も同じです。
「〇〇してくれて、ありがとう」と相手の行動を言葉にする。
そうすることで、「あなたがいつもしてくれることに気づいていますよ」「あなたの心づかいが嬉しかったですよ」という想いが伝わります。
謝罪と同様に「相手の行動や感情に焦点をあてること」がポイントです。
日ごろ、なにげなく使っている「ありがとう」「ごめんなさい」にもう一声を添えて、「あなたのことをちゃんと理解している」という目には見えない気持ちを形にして伝えてみてください。
部下を〝伸ばすほめ方〟と〝ダメにするほめ方〟
自分が指導する立場になったとき、今どきの若者にどう接すればいいか、悩んでしまっている人も多いのではないでしょうか?「相手のため」という名目で、理不尽なほど厳しく接することには真っ向から反対です。
ですが、逆に優しく接しすぎて温室育ちにしてしまうような無責任な教育にも疑問をもっています。
私が客室教育訓練室の教官だったときに心がけていたことは、訓練生がお客さまの前に立ったとき、お客さまからどのように思われるかという目線をもつようにすることです。
また、会社のブランド価値に見合った人材として育成することもひとつの基準に教えていました。
多くのお客さまはしっかりした礼節があるため優しくおおらかでしたが、期待値が高いために、サービスに対して厳しい目をもつお客さまも少なくありません。
教官としては、訓練生たちをいつも励ましほめていてあげたいのはやまやまです。
しかし、長い目で見て、「ダメなものはダメだと知っておくこと」「改善すべきところを素直に見つめ成長する姿勢をたたき込むこと」が育成者の使命だと思っていました。
素晴らしいと心から感じた瞬間のみ惜しみなくほめることで、当たり前の基準を上げるという狙いもありました。
ですが、まだ合格とは言い難いパフォーマンスであったとしても、前回からの変化が少しでも見られたときには、その変化を見逃さず、改善に向けた努力や工夫に対して言葉をかけるようにしていました。
たとえば、というように、事実は事実として伝えるものの、「努力したこと」「工夫したこと」による変化はしっかり認めてあげたいと考えていました。
誰かが自分を認めてくれること、見ていてくれることというのは、自分の存在を大切にされていることと同じです。
相手を立てることやほめることの根底には、相手の行動や能力を心から称え、敬意を払って認めることが必要です。
そうでなければ、自分の好感度を上げるためだけの行為になってしまいます。
本物の関係性を構築するために必要なのは、テクニックではなく心です。
無意識のうちに相手の意見を否定していませんか?
あなたの周りには、他人の意見をすぐに否定する人がいないでしょうか?何を口にしても否定ばかりされてしまうと、何も言いたくなくなってしまいますよね。
誰かと心を通わせたいと思ったとき、まずは相手の意見を受け止めることが大切です。
数年前にある企業の社長から研修依頼を受け、事前の打ち合わせをしました。
その際、「みんなが本当のことを話してくれないんだよ。
報連相ができてない。
思ったことは言っていいと伝えているのに……」とおっしゃっていました。
研修はチームワークがテーマで、一人ひとりの意識やコミュニケーションの取り方についてお伝えするよう準備して臨みました。
研修では社長から要望があった、勇気をもって提言することの大切さや報連相についてのワークも行い、社員の方も理解を深めてくれたようでした。
研修後、会食の席で気になったことがありました。
その社長は、誰かの意見に対しての第一声が、「でもさ!」であることがとても多いのです。
私も何度か「でもさ!」と言われ、反対の意見を言われるのかと思いきや、よく聞いてみるとすべてが反対意見というわけでもないのです。
「でも」が口癖になってしまっているのだろうと感じました。
とても正直で純粋な方であることはわかりましたが、会社トップであり評価者でもある社長という存在。
ただでさえ、社員が本音を話すのはハードルが上がり
ます。
そのような背景のなかで、「でも」という言葉が返ってくることが続けば、周りも積極的に何か伝えようとは思わなくなってしまいます。
話してくれたことに感謝する
せっかく「みんなの意見が聞きたい。
本音が知りたい」という経営者としての素晴らしい想いがありながら、知らないうちにそのチャンスを潰してしまうのはとてももったいないことです。
たとえ稚拙な意見であったり実現が難しい提案だったりしても、まずは、という言葉で感謝の気持ちを表し、その行動を称えましょう。
自分の意見を否定されない、話したことをちゃんと認めてくれるという「安心できる環境」をつくってあげることが大切です。
個人個人がもつ価値観、育ってきた環境、年代、男女差、国籍による文化の違い。
自分の正解とは異なる考えを耳にすることもあるでしょう。
それを最初からはねつけることなく、まずは聞くこと。
「そのような意見もあるのですね」と受け止め、そのあとで「私はこのように思いますが、いかがですか?」と伝えられると不要な摩擦を生むこともありません。
いきなり相手の意見を否定してしまうと、話の内容とは関係のないところで感情のこじれが生じます。
相手への礼節を忘れないことで、自分の意見にも耳を貸してもらうことができ、周囲も安心して本当の気持ちを話せるのです。
返事ひとつで相手との関係性は180度変わる
誰かが自分の話を聞いてくれることや、安心して話せる場所があること。
それは、仕事でもプライベートな場面でも、人間にとって欠かせない大切な要素です。
一説によると、人はお金を払ってでも自分の話を誰かに聞いてほしいと思っているとか。
悩みを心理カウンセラーに相談するのも、知り合いと会食して大いに話したくなるのも、そのような気持ちが表れているのかもしれませんね。
研修で「どのような人と一緒に仕事がしたいか」と質問すると、・話をちゃんと聞いてくれる人・自分の考えを否定せずに受け止めてくれる人・的確なアドバイスをくれる人という意見が多く出ます。
ただ単にそばにいて話を聞くということでなく、「理解に努めながら共感して聞いてくれる人」を求めていることがよくわかります。
つまり、聞いているのか聞いていないのかわからない態度は相手を不安にさせ、ときには不快感にもつながります。
では、どのようなことに気をつければ社会人として失礼にならず、話し手に安心してもらえるのでしょうか?もっとも避けてほしいのは無反応です。
話を聞いて理解していても、それを表現しない限り他人からは見えません。
何かしらの反応がないと「ちゃんと聞いてる?」と話し手に思わせたり言わせたりすることになります。
相手に伝わる反応として一番わかりやすいのは返事です。
「はい」のひと言があるだけで一方通行のコミュニケーションがキャッチボールに変わります。
短い言葉でも、「あなたの話を聞いていますよ」という安心感を与えることができます。
返事が大切だということは誰もが知っているでしょうが、それを徹底できているかは別の話です。
仕事のメールでも、「承知しました」「受け取りました」という報告も同じこと。
返事は相手に安心してもらうための心づかいであることを知っていれば、おのずと行動に移せる人も増えてくるでしょう。
相手の話を受け入れていることを伝える
他に相手が安心して話すためにできることには、目線を合わせる、うなずく、質問するなどの行為があります。
目を合わせることやうなずくことは、視覚的な安心感を与えます。
また、質問をするということは、「正しく理解したい」「もっと知りたい」「さらに聞かせて!」という想いを言葉で伝えることになります。
話し手にとって、そうした行為は「自分を受け入れてもらっている」としっかり感じ取ることができる要素であるため、とても嬉しいものです。
しかし、聞いているふりをしているだけでは、内容に見合った質問は頭に浮かびません。
心を込めて聞いているからこそ相手との関係を深める質問が出てくる
のです。
「質問をすれば相手は安心するだろう」という手法ありきではなく、相手に心を向けていればこそわき上がってくる「質のよい質問」であることが大前提です。
私が新人のころの失敗談をご紹介します。
ある日、上司から呼び出され、先輩の話を聞くときにメモをとっていないことを注意されました。
私は当時、話を聞くときにあえてメモをとらないようにしていました。
メモをとってもそれで安心してしまい、結局は見返すことは少ない。
だから、なるべくメモに頼らずその場で頭に叩き込む。
すでに知っていることや確認が済んだことは聞き流し、新たな情報や覚えきれない大切なことだけをメモすればいい──。
このような、〝自分流〟のルールをもっていたのです。
合理的なようですが、これは相手目線がすっぽり抜け落ちています。
また、当時の私は「聞いていますアピールをするのはなんだかイヤだなあ」と思っていました。
今ならわかりますが、そのころの私には話し手への敬意や感謝が欠けていたのです。
教わる立場でありながら、先輩の話を「情報」としかとらえていないのは大変未熟でした。
また、敬意や感謝という想いは見えないものであるからこそ、「伝わりやすい形がないと誤解を招くもの」だと学びました。
心がなければ無礼になります。
心があっても正しく伝えなければ誤解を招き、それもまた無礼になってしまうのです。
私の失敗談を通じて、心と形の両輪が大切だということに気づいていただけると嬉しいです。
SNSを通じても感じる「品格」と「安心」
SNSで誰でも不特定多数の人に情報を発信できるようになり、多くの人とつながることで趣味や仕事の幅が広がる人が増えてきたように思います。
しかし悪意のある匿名の参加者も多くいるので、使用する際には慎重さも必要です。
何を発信するのも個人の自由という前提はあるものの、やはりSNSは不特定多数の人が目にするもの。
価値観や主張はそれぞれ異なるとしても、「どのような言葉を選択し、どのように他者とやりとりしているか」というところで、その人の「品格」があらわになっているのを感じます。
礼節のある人は、現実世界でのコミュニケーションはもちろん、SNSにおいても相手への配慮、それを見る人への配慮ができます。
フォロワーが多い人の一部には、乱れた言葉や相手をやゆする言葉、相手を叩こうとする言葉などを濫用する人を見かけます。
不謹慎な動画で注目を集めようとする人もいますね。
そのような人と安心してかかわりをもてるかというと難しいでしょう。
たとえ匿名で個人的にやっているSNSだとしても、相手への敬意や見る人への配慮を忘れない人からは品格を感じることができます。
私自身も、SNSを通じて仕事の依頼を受けたり応援していただいたりすることがありますが、そういう方たちに共通するのは、ご縁がつながる前から投稿によって垣間見えていたお人柄です。
自分らしさを保ちつつもけっして傍若無人ではなく、自分の夢や達成したいことを素直に表現し、かといってやみくもに応援者を増やそうとはしない。
そしてそれなりのポジションがあるにもかかわらず、謙虚で感謝の心も忘れない。
これらはどれも当たり前といえば当たり前ですが、それができる人ばかりではないのはみなさんも実感されていることでしょう。
自然に応援者が増えていく人たちは、意識しなくてもそれらを自然にやれています。
リアルの世界でもネットの世界でも、顔が見えるか見えないかは関係なく、「相手に敬意を払う」「心地よい距離間を保つ」「利己の心で接しない」「驕らない」ということが大切です。
匿名であろうが実名であろうが、礼節と品格のある言動を心がけ、ご縁を引き寄せていきましょう。
難しい相手にも伝わる言い方の工夫
CAのころは外国人乗務員と一緒に国際線のフライトをすることがありました。
ロンドン、中国、香港、シンガポール、タイを基地とする外国人CAがおり、彼らが得意とする路線では大いに知恵を借りました。
また、母国語しかお話しにならないお客さまがいらしたとき、彼ら彼女らの存在は本当に心強いものでした。
自ら望んで日系エアラインの乗務員になったとはいえ、異文化で働くということは違和感を覚えたり、窮屈さを感じたりしたのではないかと想像します。
成田からロンドンに向かうフライトでのこと。
とても美しい外国人CAと一緒にビジネスクラスを担当することになりました。
ところが彼女は出発前の機内準備の段階からとても不機嫌そうに見えたのです。
これからお客さまを迎えるというときに誰から見ても不機嫌な態度でいることは、一緒にフライトするチームにとっても好ましくありません。
ですが、外国人CAは日本人に比べてオンとオフの線引きがはっきりしている傾向があるため、そのときは何も言わず様子を見ることにしました。
ところが……。
お客さまの搭乗を終えて食事のサービスが始まっても彼女はずっと仏頂面。
彼女の担当エリアのお客さまがその様子に驚き、ご不満な様子は遠目にも明らかでした。
「なんとかしなければ」とあわてて彼女の担当エリアに出向くと、「ねえ、あのCAはなんなの?」「さっきからずっとあんな態度だけど」という声が複数のお客さまからあがりました。
自分の感情はいったん脇に置く
私は彼女をギャレー内に呼びました。
正直な気持ちを言えば「いい加減にしてください。
クレームがきましたよ。
フライト中ですからプロとしてお客さまの前に立ってくださいね」と言いたいところです。
ですが、そのような伝え方をしてもいい結果は得られないと考え、
と伝えました。
すると彼女は「OK」とうなずいてサービスに戻りました。
そのあとは、美しい顔立ちがさらに引き立つ素敵な笑顔でお客さまと向き合っていました。
お客さまの様子も先ほどとは異なりました。
その様子を見た私は、彼女に感情的な言葉をぶつけなくてよかったと心から思ったのでした。
当初の彼女の態度はほめられたものではありませんし、プロである以上、言い訳もできません。
しかし、そこでこちらが礼節を失えば事態はさらに悪化します。
異なる文化や環境ですごしてきた仲間とのコミュニケーションは、日本人同士以上に相手に敬意を払い、互いを尊重しけなれば通じ合うことは難しいです。
それは、礼節をもって接すれば、国籍の異なる仲間とも素晴らしい仕事ができるということでもあります。
文化や価値観が異なる相手だからこそ、相手の気持ちに寄り添った伝え方が大切だと再確認したフライトでした。
手前味噌なエピソードではありますが、お役に立てば幸いです。
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