自分が本当にほしいものを明確にし、それを手に入れるために踏要なことを理解しよう。努力すべきことがわかれば、最後までやりきれる。きみの手に入れたいものは、その本気の就職活動の先にある。
就職活動は「人生」を探す絶好のチャンス
就職活動をあなどつてはいけない。「自分が満足できる人生」を探し出す、絶好のチャンスなのだ。
就職活動をした上で、就職しなくたっていいのだ。仕事がすべてではないし、サラリーマンだけが生き方じやない。
また、誰もがイキイキとできる生き方や環境(会社・仕事)など存在しない。100パーセント満足のいく会社も存在しない。
「自分で心から納得できるかどうか」がカギなのだ。
だからこそ、就職活動を「仕事探し」と割り切ってしまってはいけない。おおげさでも何でもなく「自分の人生探し」なのである。
僕の後輩で、強力なコネで電通に行つた人がいる。正直言って、「こいつ、やっていけるのか」と心配だったが、案の定不安は的中した。
地方に配属されたので4年ぶりに会ってみると、彼はほとんど死人同然になっていた。イキなスーツをばっちり着こなしてはいたけれど、まったく覇気がない。
愚痴ばかりたらたらこぼしている。こういう社員は珍しくない。電通に限らず、三菱商事にも東京海上にも、官僚にも、テレビのキー局にも大勢いる。むしろ一流企業にこそ多い。
ポテンシャルが高いにもかかわらず、ステータスが保身と慢心を呼び、突出する勇気、飛び出す勇気をステータスがスポイルしているのだ。
そういうカルチャーがはびこっているのだ。
やる気と能力はあるけど何をやりたいのか分からないまま、勢いで面接を受け、ラッキー(?)にも内定し、入社してから、理想と現実のギャップにもがき苦しんでいたり、数年たってから、「やっぱりやりたかったのは、この仕事ではない」と気がつき、悩む。
心機一転、転職できるほどのパワーがあればいいのだが、その頃にはそれもなくなっている。結局、入社当時のやる気はどこへやら。
惰性で仕事をし、何かあると会社のせいにして、毎日間々と酒を飲んで愚痴をこぼしながら過ごすことになる。
「天職を得たよ」と、生き生きと仕事をしている人がいる一方で、精神的に失業している哀れな社員がどこの会社にもいくらでもいるのだ。
「そういう人たちは弱い人間だ」と、片づけてしまうのは簡単だ。
しかし、毎日、朝から晩までいる会社・仕事が合わないことほど不幸なことはない。嫌いな相手と結婚するようなものである。
よく就職講演会などで、「どんな仕事も本気でやれば面白くなる」という意見の人もいる。これはきれいごとだと僕は言いたい。
本当の仕事の面白さを知らない人か、サラリーマンの実情を知らない人のセリフだとさえ思ってしまう。
また、就職においては、本命を受ける前に多くの企業を研究し、また実際に受けて場数を踏んでいくことは大切なことである。
自分の実力を見極めずに、こだわりだけが強いのも通用しない(詳細は後述)。
しかし、最初からではないにせよ、少なくともある時点で、「これだ!」と、思える仕事でなければ、たとえ情熱を持って一生懸命やれたとしても、のめり込めたとしても、そこそこの達成感とそこそこの喜びしか味わえないと経験的に僕は思う。ましてや、会社の仕事によって関わっていく人間たちも、その考え方も違うのだからなおさらだ。
就職に失敗する4つのパターン
就職に失敗した先輩たちの原因を分析してみよう。次の4つのパターンに分けられる。
- 夢もやりたい仕事も自分に合う会社も、分からないまま就職した
- 夢ややりたい仕事は分かっていたが、自分に合う会社が分からなかった
- 夢ややりたい仕事も分かっていて、自分に合う会社も分かっていたが、内定できなかった
- 夢ややりたい仕事も分かっていて、自分に合う会社に内定できたが、配属が違って結局何年たってもやりたい仕事に就けなかった
つまり、就職に失敗しないためには、自分の将来の夢、目標に結びつくと考えられる仕事に就くこと、すなわち、「夢の実現のためにやりたい仕事ができて、自分に合っている会社に入り、近い将来、希望どおりに配属されるようにトップで内定すること」を実現できればよいのだ。
そのためにすべきことが我究である。我究の具体的な進め方(我究ワークシート)は第8章に載せてあるので、じつくり読んでから本気で取り組んではしい。
「トップ内定」しよう―
トップ内定は、行きたいセクションに配属されるための条件
トップ内定の目的は、「自分の行きたいセクションに配属されること」である。
一外資系企業やIT業界など、配属先、職種別に採用する会社も増えてきたが、まだまだ採用後に通知あるいは決定する会社が多い。
「配属よりも内定できるかどうかが問題だ」と思っていては、内定すらできない。
配属は基本的に、本人の意志と人事から見た本人の能力を含めた適性、および各セクションの欠員状況、セクションの長の希望により決定される。
行きたいセクションに配属されるためには、次の4つが重要なのである(詳細は後述)。
- できるだけトップで内定すること
- 内定後、入社までの間の根回しと配属面接での高い評価
- 研修中のより高い評価
- 行きたいセクションに欠員があること
貿易や国際ビジネスをやりたくて商社に入っても、国内取引のセクションや総務部に配属されたのでは面白くない。番組をつくりたくてテレビ局に入っても、経理部に配属されたのでは面白くない。それでクサつている連中は少なくない。
もちろん入社時の配属がすべてではないし、意図的にローテーションさせる会社も多い。また、新入社員にやりたい仕事をすぐやらせてあげるほど、仕事や会社は甘くない。
人事も、会社にとって最も利益があるように、真剣に、きみを長い日で見て配属を考えているはずだし、予想外のセクションで思わぬ面白みを見いだしたり、勉強になることも多い。
不本意な配属のほうが、忍耐力を身につけ、人間的に成長し、希望どおりのセクションに異動になった時に爆発的な力を発揮することも多い。
また将来、志向性が変わることも十分にあり得るだろう。だが、やはり、生きがいやモチベーションの点からも、自分の夢につながる仕事ができるセクションに配属されるべきである。
いずれにせよ、大いに期待され、できるだけ自分を高く買ってもらうに越したことはないのだ。
面接官に「選ばれる」のではなく、きみが「選ばせる」のだ
どんな夢を描こうと、どんなにその会社に恋こがれようと自由だ。だからといって、思いが強ければ内定するというものではない。
あくまでも大人である相手に「実力」を判断されて合否が決まるということを忘れてはいけない。
また、情熱が「内定をとりたい」というだけの情熱になっている人が多いのも事実だ。その会社に入った上で、「どんなにつらくとも、夢の実現のためカベを乗り越えて○○をやりたい」という情熱ならいいのだが、いつしか「とにかく入りたい。内定したい」という思いが先行してしまう学生は少なくない。
それではある意味で、今からすでに会社に依存する人間になってしまっていることになる。
人は思いを遂げようと思った時、その思いが強ければ強いほど、客観的な視点を見失いがちである。しかし、どんなに思いを強く持っても、クールさを失ってはいけない。クールな視点を持ちつつ、情熱を燃やし続けていく必要がある。
就職活動、いや実はほとんどの仕事は、自己満足だけで突っ走れるものではない。他人の評価が得られて初めて価値が生まれ、活躍することができるのである。
誰にも譲れない夢を持ちつつ、要所要所でしっかりと他人のジャツジを受け、評価されていかなければ、いつまでも自己満足で終わってしまうものであることを、クールに認識しておこう。
もちろん、だからといつて他人の評価を気にしすぎるようでは「媚びること」になってしまう。常に相手に合わせる弱い人に成り下がることになる。媚びる人材を良しとする人はまずいない。
せいぜい自分も本当に弱い人ぐらいしか、媚びる人間を評価しようとは思わないだろうし、一緒に働きたいとも思わないだろう。
また、「どう見られるか」ばかり気にしていては本質を見失う。「私はこうありたいのだ」「私らしいことはこういうことなのだ」といった自分らしさを失っては元も子もない。「選ばせる」そういう気持ちでいくことだ。
「当然選ばせる実力を持つ」。誰が何と言おうと選ばせる「実力」を持った人材に、きみがなってしまうのだ。もっと言えば、学生からも、大人からも、面接官からも、「一目置かれる存在」になることだ。
実際、我究館の学生を見ても、最初に会った時はごく普通の人でも、我究を重ね、力をっけ、3月頃には「学生から一日置かれる存在」「尊敬される存在」すなわち「大人の部分を持った存在」になっていく学生、僕たちスタッフや我究館卒業生などの大人からも「あの人はいい」と思われる存在になった者は、必ず超難関であろうと第1志望をゲットしていく。
自己PRや志望動機のクオリティ云々とかいっている場合ではない。そんなものを超越して内定していく。
選ばせる「実力」とは何か。まず人間性。その次に能力だ
テレビ志望の成城大のTさんや明治大5年のT君、早稲田大6年で3年遅れのI君、関西学院大5年のH君、広告志望の成城大のH君や上智大学院のS君など、ワークシートを見ながら面談していて、あるいは模擬面接をしていて、僕は日頭が熱くなることが何度もあった。
素晴らしい人材であることに感動してしまうのだ。商社志望の中央大6年のO君も、その執念に僕は感動した。投資銀行志望の慶應大5年のH君もそうだった。
出版志望の筑波大5年のOさんも、コンサル志望の慶應大5年のN君もそうだった。
この4人はみな就職留年だったが、本当に僕のどんなに厳しい言葉にも執念で食い下がつてきてくれた。耳の痛いことから逃げずに、それまでの自分と全力で戦っていた。自分の力をつけることに必死になっていた。絶対に逃げなかった。
いつの間にか友情が芽生え、年齢差を超えて上下関係は本当になくなり、お互いが心から尊重したくなる気持ちで結ばれるようになった時、どんな難関でも突破できるレベルになっている。
特にセクシーダイナマイトの異名を持つ中央大のO君は、豪快な彼がキレそうになりながらも、2週間毎日僕にぶつかってきた。僕も本気でぶつかった。
1年前、商社に1社も内定できなかった男が、翌年は大手の総合商社を総ナメにした。
就職の神様というニツクネームまでついた早稲田大6年のI君も執念の男だ。何度落ちても最後まで我究と本気の模擬面接を繰り返した。
もう十三分だろうというレベルでも、とにかく執念でやり続けていた。第1志望を受ける時、それまでの内定をすべて辞退して、何もない状態で受けるというポリシーを貫いた東大5年のNさん、慶應大のOさん。
彼女らもみんなから一日置かれる存在になっていた。超難関の外資系金融の内定も、僕には当然のことだと思えた。
自分にウソをつかず、決して逃げず、本当に「常に自分で自分に自信を持てる人間」に、今からなっていくこと。常に自分らしさを失わない「自分らしい自分」であること。
もちろん、それには勇気を出して自分と向き合うこと、そして自分に対する相当な厳しさ、そしてそれさえも乗り越えていこうとする夢に対する強い思いが必要だろう。しかし、それは結果として、必ず他人から一日置かれる存在になり、人事の担当者も必ず納得することになるのだ。
そういう当たり前だが忘れてしまいがちなことをしつかり認識しておいてはしい。
そして、そういう人でないと、超難関の企業では活躍することができないことも認識しておいてはしい。
ここで改めて押さえておきたい。選ばせるべき「実力」とは、人間性のことだ。
能力も必要だが、まずは人間性だ。どんなに能力が高くてもそれで一日置かれることはない。人間性の優れた人物にのみ、人は一日置くのである。ここが、大学受験とは違うところである。
就職も、仕事も、昇進も、人生そのものの充実も幸せも、優れた人間性があってのことであること、能力以上に人間性が不可欠であることを伝えておきたい。
純粋に自分を高めることが必要なのだが、採用とは相対評価であり、ほかの学生と比べてどうかということが問われる。
人間性も能力もどんなに優秀な学生でも、それよりもつと優秀な学生がいれば、そっちを採るということを忘れてはいけない。
自分ができる精いっぱいで頑張ること。それしか人間にはできないが、ジャツジする側は、「ほかの学生と比べてどうか」という視点で見ているのだ。
どんなに熱くなっても、前しか見えていないようでは肝心な時にコケてしまうだろう。あくまでも冷静さ、クールさも必要なのである。
100枚のワークシートと6冊のノートで内定をとりまくる
就職活動に勝った人の例を紹介しよう。早稲田大のM君の場合はこうだ。電通、博報堂。就職活動を始めた時点でM君の頭の中にあったのは、この2社だつた。
周りからは「Mは銀行タイプだよ」と言われていたM君。
外見的にも内面的にも、小学校時代は優等生で通つていた彼だったが、メーカーでガチガチの技術者だった父親を見て、自分は違う生き方をしたいと思っていた。
憧れのゼミのY先輩のように、もっと自由な雰囲気の中で、自由に生きていきたいと思つていたのだ。
そこで短絡的に、″電博″となったわけだ。
「自分の夢は何か」「自分はどういう人間になりたいのか」「自分の本当にやりたいことは何なのか」社名を取っ払つたところで、自分の未来を描くことが必要だとは分かっていた。
しかし、日前に迫る電博の面接のことを思うと、どうしても電博に合わせた自分しか描くことができない。
ワークシートに立ち向かっても本音の我究がなかなかできないまま、社会人訪間に奔走した。
自分の気持ちが、憧れという表層的な部分を脱していないもどかしさを振り切るように、彼は精力的に社会人訪間を重ねた。
ほかの広告志望の学生たちと徹夜でデイスカツションも重ねた。
学生時代、成績は悪いが、ゼミ、サークルとも幹事長として、それなりに一生懸命やってきた。自分に対して自信もあった。
「これだけやれば何とかなるはずだ」心のどこかでそう思っていたのかもしれない……。
電博の社員に褒められたり、けなされたりしながら、彼は広告の世界や両社の違いもわかってきた。電通よりも博報堂に興味を持つようになった。とりあえずのやりたいことも見つかった。
そしていつの間にか電博用の自己PR・志望動機が出来上がっていた。例年より2週間も早く、電通、続いて博報堂の青田買いが始まった。電通、1次敗退。本命の博報堂、最終で敗退。相当のショックだったのだろう。
3日間、M君からの連絡が途絶えた。4日日、M君は僕のところへやってきた。
「僕は甘かったです。目が覚めました。これから2カ月、死ぬ気でがんばります。本当に自分が求めているものが何なのか我究し直します。日本一就職活動をがんばったと言えるように、やってやってやり抜きます」
表情は固かったが、そのときの目は、それまで彼が見せたことのない、まったく泳がない真っすぐな目をしていた。
その日からM君の本当の就職活動は始まった。4月末からの再スタート。
商社、銀行、保険、運輸、メーカー……、バンフレツトをひっくり返し、あらゆる業種を研究。
同時に、ワークシートもすべて本音で最初から取り組んだ。様々な業界を志望する仲間たちのディスカツションにも首を突っ込んだ。朝まで語り合った後、さらに僕の家まで来て昼まで本気で語り合った。
さらに、連日のように1日5回ずつの社会人訪問。
また、プレツシャーに負けないように彼女とのデートも欠かさなかった。ゼミのOB会の幹事もやり遂げた。
手帳が真っ黒になるほどの過酷なスケジュールの中で、いろんな人に会い、いろんなことを感じながら、自分の考えを書いて書いて書きまくっていった。
そしてついに、M君は本当に自分のやりたいこと、目指す自分像を探し出した。
「僕はワールドクラスの男になりたい。目先の仕事云々よりも、最終的に世界を舞台に大きな影響力を持っていきたい」そんなM君の志望先は、最初は考えもしなかった、というより避けてさえいた、銀行だつた。
「ワールドクラスの男になるために、自分がまず身につけるべきことを身につけることができるフィールド、それは金融、特にX銀行だ」自分の本音を見つけ出したM君は、一肩の荷がおりたようにすがすがしい表情になっていた。
その後も、これでもかこれでもかと僕との模擬面接を重ねていったM君。その頃になると、彼が内定することは誰が見ても明らかだつた。
ケツをまくった人間が見せる目の輝き、自信に満ちた表情、堂々とした声、やわらかな笑顔、模擬面接をするたびに、大柄な彼がますます大きく感じられていた。
我究館の講師の中でも、最も厳しいといわれるN氏にさえ「彼はいい。ウチに欲しい」と言わしめるほどだった。
結局彼は、本命のX銀行をはじめ、ありとあらゆる業界の内定をとりまくった。もちろん電博の本試験も受け、内定もし、自分自身に決着もつけた。
20回もやり直した100枚以上のワークシートのほかに、彼が自分の考えを書き込んだA4判の大学ノートは6冊におよんでいた。ちなみにM君は今、NYで会社を経営している。
頑張れば、絶対内定できるのか
内定をとるためには、全身全霊をかけて取り組め
当然のことだが、自分の願望だけで行きたい会社に内定はできない。トップ内定どころじゃない。
現に人気企業は大学受験とは比較にならないほどの倍率なのだ。現実問題、大変厳しい競争である。
そこそこのやる気ではどうにもならない。もっとも倍率でビビる必要はまったくない。
受験者の少なくとも半数以上は記念受験(本当に通るとは自分でも思っていない人たちの受験)なのだから。
我究館では今まで1万人以上の学生の就職活動を詳細に見てきたが、そこで間違いなく言えることがある。
それは、コネがあろうとなかろうと、半端な気持ちで就職活動を行って、行きたい会社に内定できた学生はほとんどいないということだ。
きみを脅しているわけではないし、例外もあるだろうが、「生まれてこの方、こんなに頑張ったことはない。本当に死ぬ気でがんばった」というくらい本気で取り組んだ学生だけが本命の内定を獲得できると思つておくべきだ。
「努力」とか「頑張る」とかヘビーなことばかり言うけれど、本当に大事なことだから、そういうものだと腹をくくってほしい。
それでも落ちることはある
ある程度早い時期から全身全霊で的を射た努力をし、実際に行動すれば、ほぼ行きたい会社に内定できるだろう。
しかし、何でも思いどおりになるものではない。社会という現実は、きれいごとではすまされない。残念ながら就職活動でも同じだ。「勝った」学生の裏には、「負けた」学生が大勢いる。
大学名や年齢などで、企業側が制限している場合はどうあがいても無理なものは無理だ(そんなつまらない会社は行かないほうがいいと僕は思うが)。
また、そういったことがなくても、どんなに頑張ったとしても、本命に落ちることは現実としてある。
我究館の生徒でも、そんな学生が何人かいた。東大のU君もその一人だ。彼はテレビ局志望だった。
彼の持っているもの、キャラクターや能力は、正直言ってテレビ局向きではなかったが、彼はどうしても番組がつくりたかつた(と自分では思っていた)のだ。
十分に我究し、効率的な努力も重ねた。僕や実際にテレビ局で活躍する人も含め、我究館の講師たちと語り合った時間は100時間を優に超えた。
朝まで一緒に頑張ったことも何回もあった。限られた期限の中で、彼にとっては精いっぱいのことをした。しかし、彼は落ちた。
本当に残念ながら本命のテレビ局Fに彼は落ちた。
キレすぎるほど頭もキレるし、性格もいい、頼れる男だし、前向きで努力家で人望もある彼だったが、落ちてしまった。もちろん僕も彼の内定を心から祈っていた。
しかし、厳しいことを言うが、正直なところ、冷静な目で見て、僕の予想どおりの結果だった。
彼は人間としては、どこに行っても活躍できる人間であったが、テレビ局で番組をつくる人に求められる能力のうちのいくつかが、もう一歩のレベルだったのだ。
我究館では、テレビ局で番組をつくりたいという学生には、当然、番組の企画を提出させる。
1週間に目標10本、次から次へと考えさせる。もちろん誰に聞いてもいい。誰にヒントをもらつてもいい。すべてがクオリテイの高いものである必要もない。
何十という企画の中で、面白いものが2つ3つあればいいのだ。
できる人が1週間に数十本も書いてくる(そういう学生は本命のテレビ局に内定する)のに対し、U君からはなかなか企画が出てこなかった。出すことができなかった。
一生懸命考え、人に会つてはいたけれど、頭がキレすぎるほどキレるU君から時折出てきた企画は、ほとんどが飛びすぎていた。良く言えば、時代の半歩先でいいところが、1歩も2歩も先を行っていた。
本当に厳しいことを言うけれど、彼に限らず、誰にでも落ちるからには理由がある。
「その会社で将来活躍するために必要な人間性や能力やそのほか(雰囲気など)のうち、何かが足りなかった」あるいは、それらが十分あったとしても、「もっと活躍できるだろう学生に負けた」これが落ちた理由の99パーセント、ほとんどのケースだ。
U君の場合もこのケース。ちなみに彼は、その後最難関の広告会社に内定し、ヒーローになった。現在、彼は自分に合つたフイールドで彼の能力を遺憾なく発揮し、大活躍している。
「たまたま面接官と合わなかった」「面接や試験の時、体調が悪かった」「面接で緊張しすぎて思ってもいないことを言っていた」などもすべて能力が足りないというケースに含まれる。
その面接官と合わないということは、その会社でやっていけないということだと思うべきだ。
体調を整えるのも実力だ。そんなものは理由にならない。
我究館の生徒には、手術の数日後に面接を受け、内定をつかんだ学生もいる。
また、どんなに緊張したとしても、それで自分を出せない人は、自分に負けたか、自分を伝える能力がまだ足りないのだ。
どんなに緊張しようと通る人は通る。そもそも限度を超えて必要以上に緊張するようでは、超難関の企業では、「場数が足りない。神経の太さに欠ける」ということで落とされても当然だろう。
就職に限らず、仕事も恋愛も、思ったとおりにうまくいかないことは誰にでもある。そんな時、環境や相手のせいにするのは簡単だ。
しかし、相手のせいにした瞬間、自分は伸びなくなるものだと思っていて間違いない。
人間は誰だって、自分が完璧のはずがないのだから、「自分に何かが足りなかったのだ」と思うようにしていよう。
自分の力の足りなさに自己嫌悪に陥るのではなく、何が足りなかったのかを分析し、足りないところを身につけたり、また足りないところを補えるだけのモノを別に身につけていくのだ。
そう思える人は、必ず伸びるはずだ。
仕事にしても、就職活動にしても、何にしても、もしその時うまくいかなくても、頑張っていれば次は必ずうまくいくものだ。そう信じていこう。
「落ちた理由」の残りの1パーセント、それは、「面接官に見る目がなかった」ということ。どの会社も採用に力を入れているとはいえ、見る目がない面接官だって、特に大企業にはごろごろいるのだ。考えてみてはしい。
何千人もの応募がある中、たとえ筆記試験で10分の1に絞ったにしても、それでも何百人もの学生をさばくのだ。面接官も大勢必要になる。
面接官は一応それなりの人が任命されるのではあるが、中には見る日のない人だっているのだ。体調が良くない人もいる。あえて1パーセントとしたが、残念ながら実際にはこのケースが少なくないことも事実である。
全身全霊でやり尽くした結果ならば後悔がない
いずれにせよ、どんなに頑張っても、落ちることはある。誰よりも情熱があっても、実力が伴っていなければ当然落ちる。
しかし、「受かっても、落ちても、本気で頑張った人だけが納得できる」ということを知ちておいてほしい。
適当にやってしまっては、落ちた時にあきらめがつかない。「もっと本気でやればよかつた」と、後悔することは日に見えている。
「適当にやったんだから落ちて当然。そんなもんよ」と、あっさりしていられる人は別だが、そんな人はどこにも通らない。
たいがいは別の会社に就職してからも、何かあるたび、「あそこに行っとけばなあ」と、いつまでも引きずり、本当のスタートがいつまでも切れない。
本気で頑張った末に落ちたのであれば、納得がいく。
「私は自分に勝った。精いつぱいやったのだから悔いはない」「自分には合っていなかったのだ」「面接官に見る目がなかったのだ」と胸を張って思えるのだ。
決まった会社に、「ここで私は頑張るぞ。ここからがスタートだ!」と思えるのである。我究館でも、本命に内定できなかった学生が何人かいる。
しかし、ほぼ本命に近いところには内定し、結果に納得している。悔やんでいる学生は一人もいない。それは彼らが、全力で戦っていたからこそであろう。
大学受験では、頑張らなくとも、たまたまヤマが当たって合格する人もいる。隣の席の人が優秀で合格する人もいる。
頑張らなくとも、生まれつき頭が良くてできてしまう人もいる。しかし、就職や社会には、それらはまったく通用しないのだ。「必ず内定する」と信じ、その先の自分にフォーカスを当て、ハートは熱く頭はクールに就職活動を全力で戦おう。
本気で就職活動に取り組むとはどういうことか
高いテンションを自分の中に持ち続けること
朝から晩まで、就職のことだけを考えて過ごそうということではまったくない。むしろ逆だ。
全身全霊で就職活動に取り組むとは、「全身全霊で学生生活を充実させること」とイコールである。
ワークシートにせよ、ゼミにせよ、試験勉強にせよ、社会人訪間にせよ、好きな人への告白にせよ、一度「やる!」と決めたら、命をかけてやる。徹底してやる。
そのテンションを自分の中に持ち続けるということだ。したがつて、すべてを捨てて就職活動のみをやるということではない。この解釈を間違えないではしい。
もし、本当に就職活動のことだけを考えて行動していたら、魅力のない青びょうたんになるのがオチだ。もう一度言つておこう。
「全身全霊で就職活動をやるということは、たとえ4月でも5月でも、いわゆる就職活動以外のことも含めて、毎日を全身全霊で充実させるということ」なのだ。
もちろん、我究は手を抜かない。本気で本音でワークシートに取り組む。語り合う。社会人訪問などで先輩にも本気でぶつかつていく。
しかし、それだけではない。
リクルートスーツも着ずに、ボロボロのジーンズで音楽業界の内定をとりまくった早稲田大のE君の場合はこうだ。
好きな洋楽ロツクに限らず、自分がディレクションしたいJIPOPの研究のため、当時はやっているものを聴き込んでみた。
ライブに限らず、映画やイベントなどにも足を運んだ。会社研究、社会人訪問も当然やった。ワークシートもディスカッションもとことんやっていた。そこまでは普通。
僕がコイツやるなと思ったのは、まさに就職戦線の真っ最中に、自らのバンドのライブもやってのけていたことだ。
日本中の大学4年生が焦りまくっているにもかかわらず、睡眠時間を削り、ライブのための練習でスタジオにこもっていた。
「俺はこれをやってきましたからね。ライブやんないと気がすまないっすよ」ライブ後のE君の汗まみれの一言が、今も僕の頭に焼きついている。
決して就職から逃げるのではなく、逆に自分への挑戦として、彼は自分の気持ちに素直になっていたのだ。
大手広告をはじめ、内定をとりまくった早稲田大のA君は、1日に2〜5人の社会人訪間をやりながら、徹夜でワークシートをやり、さらに徹夜で幹事長としてゼミのOBOG会の企画を考え、実施し、大成功させた。
本命の外資系金融に内定を決めた中央大のS君は、午前中は早朝からコンビニでアルバイト。
昼から体育会の練習を夕方までやり、夜は家庭教師。
そして深夜にワークシートや徹夜でのデイスカツションなどの我究に取り組み、1、2時間の仮眠で練習に飛び出していった。
最難関といわれる音楽業界のS社をあっさり決めた駒澤大のS君は、猛烈な我究に加え、外国人バーでガンガン鳴り響く音楽と群がる外国人たちと日本人女性たちにもまれながら、テンションの高いアルバイトを週3〜4日も朝まで続けていた。
就職留年の明治大のI君らは、何と3月末に演劇に初挑戦。
日比谷公会堂に1500人もの観衆を動員し、就職活動を題材とした2時間あまりの手づくりの作品を上演。
舞台監督を担当したI君は、打ち上げで涙したあとに、テレビ局の内定に涙した。出演した就職留年のS君は音楽業界のS社、J君は出版社をゲツトした。
アナウンサーをグットした早稲田大のT君と専修大のT君は、みんなが焦るさなか、仲間への景気づけのパーティの企画を夜な夜な練り、準備を重ね、運営、司会も務めた。
新聞社やキー局など、内定をとりまくった明治大のY君は、母校(高校)のラグビー部OBチームの練習は欠かさなかった。
東京理科大のT君も徹夜でディスカツションして、ラクロス部の朝練へ向かっていった。
超難関外資系証券会社をゲットしたニューヨーク大のK君は、活動中にほかの学生たちを集め、英会話教室と時事問題の講座を開いていた。
一橋大のT君と国士舘大のT君は「勝手に箱根駅伝」を企画し、仲間たちに全力を尽くすことの素晴らしさを伝えた。
そのほか、就職活動だけをやっていた学生など、我究館にはほとんどいない。
ちなみに、我究館で、これまで学生主導で行った就職活動以外の活動(有志によるもの、講師参加のものを含む)を参考までにいくつか挙げてみる。
数々の飲み会。
クリスマス会。
忘年会。
新年会。
決起大会(パーティ)。
数々の徹夜の語り。
フルマラソン。
駅伝。
バーベキュー大会。
バンジージャンプツアー。
富士山登山。
演説大会。
焼肉大会。
数々のカラオケ大会。
河原でSPI。
寒中水泳大会。
スノボツアー。
1500人を動員しての2時間ものの演劇。
ロックバンドを結成してのライブなど。
何事も本気で取り組む人は活躍できる
それらを企画実行した学生も含めて、どの学生を見ても、体力も精神力も見上げたものだが、そういう強くてやさしい人こそ、まさに会社が欲しい人材であることは、きみも想像できるだろう。
では、なぜ、就職活動以外のことにも本気で取り組むべきなのか。それは、大きく次の3点の理由からである。
1.面接で面接官に言う言わないは関係なく、「俺はこれをやったぞ」と、自分に対して納得できるものを持つため。
そしてそのことにより、「誰にも負けない何か」を持つ=自価を高めるため。
2.徹底して物事に取り組むことを体で実感するため。
就職活動にのめり込みすぎて、フラットな目線を失わないため。周りが見えなくなったり、自分の立っている位置を見失わないため。常に自分が自分らしくあるため。
3.仲間との絆を体感するため。
自分のことばかり考える自分本位な小さい人間にならないため。仲間との絆が驚くはど自分を強くやさしく大きくすることを体感し、その状態で就活に臨むため。
前述の早稲田大のE君のライブ会場で、僕は正直ビックリした。
「ここまで気合い入れてやっていたのか……」僕もバンドや音楽をやつているので分かるのだが、テクがどうのというよりも、ボーカルのE君を中心としたバンドとしてのタイト感、前のめり感には、目を見張るものがあつた。
ほかの学生バンドの比ではなかった。
よほどの練習量と気持ちが入っていないと、できるものではないことは明らかだった。
「こいつは間違いなく活躍できる人だ。本気でやれば、どこでも入るな」シャウトする彼を見ながら、僕はその時、そう思った。
案の定、彼は我究が進むにつれ、めきめき頭角を現した。模擬面接でのリラックス感がすべてを物語っていた。
模擬面接において、E君はバンドのことは一切口に出さない。
それでも彼が、「誰にも負けない何か」を持っている学生であることはビンビン伝わってきた。
エンタメコースを担当した業界のドン、講師のW氏もめずらしく彼にはこっそり太鼓判を押していた。
E君はやはり本番の面接でも、自分が最も一生懸命やってきたバンドのことは一切口にしなかったという。
面接官もプロなのだ。プロ中のプロである以上、一生懸命やってきたことを今さら具体的に聞かなくとも、その学生が何かを持っているかどうかは、世間話からでもきっちり見抜けるのである。
全力でやり抜くという「強い覚悟」を持つということ
本気でやるとは、その時ばかりは死をも恐れずにやるということだ。甘えをなくすということだ。
就職活動でも仕事でも、サークルでも遊びでも、何にでも言えることだが、いったん、「やる!」と決めたことは、いざという時は、「死をも恐れずにやる」という究極のケツまくりの覚悟を持っていないと、肝心な「いざ!」という時に必ず引く。
順風の時はうまくできても、逆風が吹いて「ここ一番」という最も大事な時に逃げてしまう。
一歩踏み出す勇気が持てない。そういう人間にできる人はいないと断言する。できる人になるためには、これを身につける必要が絶対にあるのだ。
現在進行形でケツまくりができている状態で就職活動を頑張った学生で、第1志望に内定しなかった学生を、僕はいまだかつて見たことがない。
まとめ
・就職活動は「仕事探し」ではいけない。
「自分で満足できる人生探し出すこと」なのである。
・就職に失敗しないためには、「夢の実現のためにやりたい仕事ができて、自分に合っている会社に入り、近い将来、希望どおりに配属されるようにトツプで内定すること」を実現する必要がある。
・トップ内定の目的は「自分の行きたいセクションに配属されること」。つまり、自分の夢に直結した仕事ができるセクションに配属されることである。
・面接官に「選ばれる」のではなく「選ばせる」。面接官から一日置かれる存在になろう。そういう存在になった者は、必ず超難関や第1志望をゲットしていく。
・100枚のワークシートとノート6冊分の書き込み。それが難関企業の内定をとりまくった、就職勝ち組のM君のやったこと。ここまでやれれば「絶対内定」できる―。
現実として、自分に合っていない会社には受からない。中小企業、ベンチャー企業なども含め、自分に合っている規模の会社を見つけ出そう。
・中途半端な気持ちで就職活動を行って、行きたい会社に内定できた学生はほとんどいない。コネがあろうとなかろうと関係ない。本気の学生だけが本命の内定を獲得できる。
・本気で就職活動に取り組むということは、すべてを捨てて就職活動のみをやるということではない。学生生活も含めて、全身全霊で毎日を充実させるということである。
。「誰にも負けない何か」を持っている人は内定する。面接官はプロなのできっちり見抜く。
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