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第3章 「リフレーミング」で感度を高める

幸運は備えある者のみに訪れる──ルイ・パスツール

セレンディピティ・マインドセットのある人は、生まれつき他の人より運に恵まれているわけではない。さまざまな方法で運を育てているのだ。世界をどうとらえるか、というのもその1つだ。

目次

セレンディピティが起きやすい人の「感度」

イギリスの研究者、ピーター・ダン、アルバート・ウッド、アンドリュー・ベル、デビッド・ブラウン、ニコラス・テレットが心疾患の治療法を研究し始めたとき、患者の男性器のことなどまるで念頭になかった。

だが狭心症の治療に役立つと期待されていた新薬「シルデナフィル」は、男性患者に別の効果をもたらした。

勃起である。研究チームにとって予想もしないことだった。こんな状況に直面したら、ふつうの人はどう反応するだろう。

おそらく治療薬のちょっと恥ずかしい副作用として受け入れるのではないか。

あるいは単に無視したり、このような意図せざる副作用を引き起こさない別の狭心症治療薬を開発しようとするかもしれない。

だがくだんの研究チームはそうしなかった。勃起不全の治療薬を開発するチャンスととらえたのだ。こうしてバイアグラが誕生した。

研究者らが点と点をつないだことで、歴史的発明が生まれたのだ。ルイ・パスツールは「幸運は備えある者のみに訪れる」と語ったとされる。あながち的外れではないだろう。

認知科学や経営学の研究では、予想外の事象に気づくか否かのカギを握るのは注意力、つまり「感度」であることが明らかになっている。意識して探していないことに気づき、その過程でそれまで見逃していた機会を認識できるかが問題なのだ★1。

たとえばチョコレートチップ・クッキーを発明したのは、ルース・グレーブス・ウェイクフィールドという主婦だ。

当たり前のクッキーを焼くつもりが手違いでチョコレートチップを入れてしまい、それが百万ドル産業誕生のきっかけとなった。

観察力や注意力を高めると、世界の見え方、日々の経験ががらりと変わることもある。

チョコレートチップ・クッキーが誕生したのはそのおかげであり、同じことが私たちの日々の生活についても言える。ドイツのフライブルクに住むイザベル・フランクリン(仮名)は、薬剤師の夫についてこんなふうに語っている。

夫は調剤室では「おかしいな」と感じる些細な出来事に目を凝らすように訓練されてきた。

その結果「世界を子供のような目で、さらに言えば探偵のような目で見る習慣がついている。そんな彼にはセレンディピティが頻繁に起こる」と。

イザベラ自身はどれくらいの頻度でセレンディピティが起こるのか聞いたところ「私の人生で直近のセレンディピティと言えば、夫と巡り合ったこと」という答えが返ってきた。

一緒に暮らしている2人のセレンディピティの頻度にこれだけ違いがあるのはなぜか。

世界をどう見て、どう理解するか、つまり世界をどのような「枠組み(フレーム)」でとらえるかは、いくつもの点を見つけ、結びつける能力を決定づける重要な要素だ。

重要な意味を持つかもしれないセレンディピティ・トリガーへの感度を高め、その意味を理解できるよう備えることが必要だ★2。

備えがなければ、珍しい出会いをさっさと切り捨て、セレンディピティを見逃しがちだ。感度が低く、重要な意味を持つイレギュラーな出来事やアイデアに気づく心の準備ができていなければ、セレンディピティのチャンスを逃すだけではない。

身のまわりの世界に対する認識そのものが後ろ向きになっていく。

  • あなたにとって世界は障害でいっぱいだろうか。
  • それとも機会にあふれているだろうか。
  • さまざまな制約があることを、物事がうまくいかない口実に使っていないだろうか。

どれほど困難な状況にあっても、人生に喜び、興奮、成功をもたらす可能性を秘めたセレンディピティの機会に絶えず注意を払っているだろうか。

誰もが「枠組み」にとらわれている

ここ10年、私はさまざまな研究者とともにリソースの制約された環境を研究してきた。資金もなければ、世間で認められるようなスキルもない状況だ。

その過程で環境が明らかに制約されているにもかかわらず、幸運を自ら積極的に生み出している多くの人と出会うことができた(彼らと世界中の成功者との共通点の多さには驚かされる)。

そうした人物の1人がユサフ・セサンガだ。ウガンダで生まれ育ち、10代後半で国民の大半が貧困ライン以下で暮らすタンザニアに移った。どう見ても、生まれ落ちた環境としてはハズレだ。

西側先進国の基準に照らせば、ユサフは物理的豊かさや人生の展望という点で、かなり厳しい状況に置かれていたことになる。

タンザニアには西洋の工業国から善意の人々(通常は白人)が次々にやってきて、何が「必要か」、どうすれば「助けてあげられるか」と尋ねる。

これによってユサフのコミュニティは有無を言わさず「支援を受ける側」、悪く言えば受動的で無力な環境の被害者という枠組み(フレーム)でとらえられる。

これは地域の人々の起業家精神に冷や水を浴びせ、施し文化を助長する。残念ながら欧米の非政府組織のなかには、いまだにこのやり方を続けているところもある。

Rラボが行った見事なリフレーミングこのような「フレーミング」を劇的に変えたのが、南アフリカのソーシャル・ベンチャー「リコンストラクテッド・リビングラボ(人生再建ラボ、Rラボ)」だ。

Rラボは自分たちにはリソースがないという見方に疑問を抱き、それまで見過ごされていた、あるいは過小評価されていたリソースに目を向けた。たとえば元ドラッグ密売人のノウハウなどだ。

そうした資源を活用することで、運命を地域の人々に「ふりかかる」ものではなく、自ら生み出すものとして再定義した★3。

オンライン、オフラインでの数多くの会議や研修を通じて、この手法は広がっていった。Rラボのサポートを受けたユサフのチームは今、見過ごされている地域の強みや人材に注目し、その活用方法を考えるようになった。

たとえば使われていないガレージを研修拠点に活用するといったことだ。これは単にビジネスに役立つアプローチというだけでなく、新しい生き方を提示する試みだと私は思った。

ユサフが問題だと感じたのは、外部のパートナーは地域の「ニーズ」ばかりを知りたがり、地域の強みを説明すると途端に援助資金を出そうとしなくなることだ。

だから援助を受ける側は欠乏だらけのコミュニティというイメージを伝えるようになり、「それを自らも信じるようになる」。

Rラボの薫陶を受けたユサフらは、それをやめた。新たな視点に立つと、世界はまるで違って見えたという。

資源の制約は社会的につくられる部分もあると発想を切り換え、ユサフは自らの運命と運を主体的に生み出そうとするようになった。

今では「しょっちゅう」セレンディピティを経験するという。プロジェクトを一緒に運営してくれる新たなパートナーとの偶然の出会いなどがその例だ。

Rラボはユサフのような人々にどんなサポートを提供するのか。Rラボはケープタウンのケープフラッツ地域の一画であるブリッジタウンで誕生した。崩れかかった家が立ち並び、犯罪率の高さで知られる街だ。

創設者のマーロン・パーカーが率いる住民グループは、地域の人々がどんな精神的支援を必要としているか探ろうと、まず携帯電話を使ったネットワークを立ち上げた。

カウンセリングを必要としている人を、他の住民とつなげるのが目的だった。

徐々にRラボは、コミュニティが限られた資源を有効活用するのを支援するようになった。また簡単な研修プログラムを作成し、住民がソーシャルメディアを前向きな目的に使えるようにした。

たとえば自らの実体験をネット上で共有し、同じような価値観を持つ世界中の人々とつながるといったことだ。

現在Rラボの本部には、ソーシャルメディアの上手な活用方法などを安価に学べる研修センター、起業やベンチャー経営のサポートをするインキュベーション部門、企業や政府に地域コミュニティとの関係構築を指南するコンサルティング部門がある。

さまざまな組織が自らの拠点で独自のサービスを提供するのに加えて、Rラボの機能を取り込み、新たな「ハブ」となっている。

Rラボのシンプルな教育・研修モデルは今や世界中の20カ所以上の拠点で実施され、数万人がその恩恵を享受できるようになった。

Rラボは物理的資源(先ほど例に挙げた空きガレージなど)と才能(それまでスキルがないと見られていた人材)を組み合わせ、地域の人々のエンパワーメントにつなげている。

マーロンはアパルトヘイトがまだ存在していた時代にケープタウンで育った。当時はコミュニティの高い失業率や社会的不平等への不満から犯罪集団に加入する者が多く、犯罪も増えていた。

母子家庭で育ち、弟は犯罪集団に入ってしまう状況のなかで、マーロン自身は暮らし向きを良くするために情報技術を学ぼうと思い立った。

コンピュータの使い方を学ぶと、すぐに仲間の学生に教え、その収入で家族を養った。そのなかでマーロンは2つの事実に気づいた。

ブリッジタウンの住民は人生をもっと良い方向へ変えられるという希望を失っていること、その一方で自らの抱える問題を解決する手段をすでに持っており、それに気づいていないだけだということだ。

受動的で無力な視点から、能動的で機会に注目する視点へRラボの原点は、希望の物語を共有することで誰かの人生を変えることができる、それがさらに他の人々への刺激になれば大きな違いが生まれるという発想だ。

Rラボという組織そのものが実験と偶然の産物だ。

地元で牧師をしていた義父に頼まれてコンピュータを教えたことをきっかけに、マーロンはデジタルツールが人生経験を共有する優れた手段であることに気づいた。

ほどなくして多くの住民がソーシャルメディアを上手に使いこなすようになり、さらにはソーシャルメディア・プラットフォームの使い方をアドバイスする会社まで生まれた。

中核となる発想は、使えるモノや人を最大限活かすということだ。

それを通じて、およそ仕事に就くことなど不可能と思われていた人々が貴重な戦力となり、彼らの人生も良い方向へ変わっていく。

使えるモノを最大限活かす(「ブリコラージュ」)というとき、その対象にはスキルや人材も含まれる。

ケープフラッツの例で言えば、元薬物依存症者や元売人が自らの希望と再生の物語を語り、他の人々を教え導く立場になってコミュニティに貢献している。

この結果、コミュニティのパラダイムが変わった。

足りないもの(資金やわかりやすいスキル)ではなく、そこにあるリソースに注目し、あらゆる状況を最大限活かそうとする発想に変わったのだ。

かつて薬物依存症だった女性は、同じような過去を持つ人が教師となるのを目の当たりにして、さらに実際に活躍の場があることを知り、教師になった自分をイメージできるようになった。

もはや社会のお荷物ではなくなり、貴重な構成員として見られるようになった。こうして自らの幸運をつくり出す主体となった女性にとり、セレンディピティは手の届くところにある。

Rラボのパートナーとして活動する別の女性は、自分たちにも何かを成し遂げる力があると気づいたことで、発想が豊かになり、尊厳を感じられるようになったと私に語った。

それは施しを必要とする環境の被害者とは真逆の立場だと思う、と。このように機会に注目するマインドセットに切り替わると、それまで見えていなかった可能性が見えるようになる。

使えるモノを何でも使い、それを新たな視点で見直し、他のモノ、スキル、人材、アイデアと結びつけようとすることで、それまで想像もしなかったアイデアや発見がさらに湧いてくる。

Rラボの例からも明らかなように、それによって世界への見方が根本的に変化する。Rラボでは今やセレンディピティが頻繁に起こるようになった。

同じような取り組みを世界中の企業や政府が実践している。

たとえば南アフリカの大手銀行は、人員削減とオフィススペースの売却を検討していたが、今ではかつての現金出納係は金融教育の講師、オフィススペースは金融教育センターに転換できると発想を転換した。

負債と思っていたものが、資産に変わったのだ。

私は研究のなかで、ユサフやマーロンのような発想を持った組織や個人とたくさん出会ってきた。

とても乗り越えられないような構造的制約や試練に直面しているように見える人もいる(そして、どうにも乗り越えられない制約や試練もたしかにあるので、恵まれない環境にいる人を責めることは絶対にできない)。

しかしタンザニアのユサフや南アフリカのRラボのように、身のまわりの可能性への感度を高めることによって、自ら幸運を生み出せるようになった個人や組織は多い。

自身を取り巻く状況そのものを、受動的で無力な視点ではなく、能動的で機会に注目する視点からとらえ直したのだ。

枠組みを変えるか、滅びるか

簡単なことのように書いてしまったが、セレンディピティへの感度を高めるマインドセットを身につけるのはおよそ簡単ではない。

自分の考えがおかしいのではないか、あるいは新たなアイデアが受け入れられるような環境ではないという思いがあれば、なおさらだ。

ただ簡単ではないものの、セレンディピティを起こりやすくし、セレンディピティに対してオープンかつ準備万端な状態になるための方法ははっきりしている。

私たちの複数年にわたる研究プロジェクトでは、Rラボが正しいマインドセットを育み、セレンディピティを起こりやすくするためのシンプルな方法をいくつも編み出していることがわかった。

パートナーにはシンプルなルールを与え、それぞれの置かれた状況で「手に入るもので何とかしよう」と働きかける。

Rラボが限られた人数で活動範囲を広げてこられたのはこのためだ。

たとえば新たなプロジェクトの予算の検討は、次のような質問に沿って進めていく。

「この物品は本当に必要だろうか」「もし必要なら、わざわざ購入しなくてもチームの誰かが持っていないか」「誰も持っていなければ、知り合いに持っている人はいないか」「知り合いから借りられないなら、もっとコストの低い代替品はないのか」。

物品を買うのは、こうした質問にすべて答えてからだ。

この方法は、私たちはすでに代替品になり得るものを持っているときでも、新しいリソースを求めがちな傾向があるという認識に基づいている。

ユサフのケースでは、Rラボはスカイプや対面での対話、説得力のあるストーリーの共有、ソーシャルメディアの活用ガイドなどシンプルで安価なノウハウやツールキットの提供を通じて、ユサフのマインドセットを変え、地元での活動を後押ししていた。

リフレーミングの力で「見えない橋」が見える

Rラボは特異な例に思えるかもしれないが、私たちの研究ではロンドンのウエイターやヨーロッパの画家、アメリカのフォーチュン500企業のCEOにまで同じようなパターンが確認されている。

この教訓は私たちの人生、さまざまな実習プログラム、事業支援、ベンチャーのインキュベーション、あるいは会社経営など、あらゆる分野に応用できる。

自分たちに足りないリソースにばかり目を向けるのをやめ、個人の能力を引き出し、尊厳を感じさせるように努めれば、これまでただ援助を求めるだけだった人や予算ばかり気にしていた従業員が発奮し、自ら幸運をつくり出すようになるかもしれない。

リフレーミング(枠組みの転換)によって、私たちは実現可能な出来事や状況を思い浮かべることができるようになる。

そして自分にはそれに向けて行動する力がある、トリガーを発見して点と点をつなぐ力があると考えるようになる。それがセレンディピティを生み出すのに役立つのだ。

ここでカギを握るのは、思考や行動の変化だ。チャンスがはっきりと姿を現してくれるのをただ待つのをやめ、自分の心をオープンにして、既存のテンプレートや枠組みから解き放てば、機会は身のまわりにあふれていることに気づくはずだ。

構造や制約を当たり前のものとして受け入れるのをやめたとき、私たちは世界をそれまでとはまったく違う目で見るようになる。

他の人々には断絶しか見えないところに、橋が見えてくる。どうすれば日々の生活のなかで、それを実践できるようになるだろう。

セレンディピティに向けてナッジする

そのプロセスは通常、行動をわずかに変えるところから始まる。たとえば、あらゆる状況を問題としてではなく、学習の機会としてとらえるといったことだ。

私を含めてたいていの人はこれまでの人生で、発生当時は危機だと思ったが、それが今の自分の支柱になっているという状況を経験したことがあるだろう。

その状況を否定的な足かせととらえるか、それをテコに何ができるかという可能性に注目するか、試されていたのだ。

自動車事故に遭ったとき、単に不運な出来事ととらえれば、それだけで終わってしまう。単なる不運な出来事だ。自分が判断を誤ったと考えれば、それは永遠に判断ミスのままだ。

私は今でも、自分にとって人生最悪の判断をしたときのことをはっきりと覚えている。仲間の反対を押し切って、共同創設者となった組織への追加出資を受け入れたのだ。

当時、私の理性はゴーサインを出していた。組織は財政的にも戦略的にも追い詰められており、書類上は出資を受け入れるしか存続の道はないように思えた。だが直感は思いとどまれと叫んでいた。

出資当初はうまくいったが、結局投資家と共同創設者兼経営陣の思惑が一致していなかったことが明らかになり、こじれた末に投資家とは袂を分かつことになった。

初めからうまくいかないと思っていた仲間の共同創設者たちには不要な苦労をかけることになった。その後しばらく、私は自らの判断ミスにとらわれていた。

モヤモヤした気持ちと折り合いがつけられず、この件について仲間と話し合うこともできなかった。今でもあの判断を肯定はできないし、もう一度やり直せるとしたら違う判断をするだろう(後知恵バイアスを抜きにしても)。

「数字的損得ではなく、正しいと思ったことをする」という自分が一番大切にしている信条を、必ずしも実践できていないことを痛感させられた経験だった。

当時は私自身と組織の存在を揺るがすような事態だと思ったが、最終的にはすばらしい学習の機会となった。同じような判断を迫られた人の気持ちがよくわかるようになったし、白黒はっきりした判断などないことも知った。

世界をそれまでと違う「枠組み」で見られるようになった。今では危機に直面すると、あのときのことを思い出し、できるかぎり情報を集めたうえで最後は「情報に基づく直感」を信じるようにしている。

それによって当初はうまくいくと思えなくても、いずれどうにかなるという安心感が出てくる。また自分の判断に何が影響を与えているかが理解できるし、自分の不安や願望をはっきりわかっていないと他人に影響されやすくなることも自覚できる。

「悪いことが起きたときには、長い目で見よ」と言ったのはリチャード・ワイズマンだ★4。

人生においてとりわけ困難な状況には、たいてい大きな価値がある。私は今、そうした状況に直面するたびにこう自問する。

「これは10年後にも本当に重要なことと思えるだろうか。そうではないなら、なぜ心配するのか。逆にそうならば、貴重な学習の機会とするために今できることは何だろう」と。

くじけそうになると、スクール・オブ・ザ・デジタルエイジ(SODA)創設者のグレース・グールドから教えてもらった言葉を思い出す。

グレースはジョン・レノンの有名な言葉をこんな風に言い換えていた。「物事はたいてい最後にはうまくいく。うまくいっていないなら、まだ最後ではないということだ」。

一方、ワイズマンが勧めるのは反事実的思考、つまり他にはどのような可能性があったか考えてみることだ(このテーマについては第9章で改めて見ていく)。

私はティーンエイジャーのときに起こした例の交通事故で、身体に障害を負っていたか、命を落としていたかもしれなかった。

また共同創設者となった組織が追加出資を受け入れていなければ、財政的に行き詰まっていたかもしれない。これが反事実的思考だ。ワイズマンの研究チームは興味深い実験をしている。

自らを「幸運」あるいは「不運」と考える人々に、次のようなシナリオを提示した。

「あなたが銀行に行ったら、武装した強盗が入ってきて肩を撃たれた。軽い傷を負ったが、逃げることができた」。自分を不運だと思っている人は、この状況を「自分の身に起こりがちなこと」ととらえる。

数ある不運な出来事がもう1つ増えただけだ、と。

一方、自分を幸運だと思っている人は「撃たれて死んでいたかもしれない」「銃弾が頭に当たっていたかもしれない」など、もっと悪い状況になっていたかもしれないというとらえ方をする。

いったいどういうことか。幸運な人は、もっと悪い状況になっていたかもしれないという方向で反事実的思考をする。一方、不運な人は「こうだったら良かったのに」、あるいは「私の人生はこんなもの」というとらえ方をする。

要は、幸運な人は自らを不運な人と比べる(たとえば銀行強盗に殺された人など)のに対し、不運な人は自分より幸運な人と比べる傾向がある(まったくケガをしなかった人)。

これが思考の悪循環、あるいは好循環につながる。不運な人は自分を幸運な人と比べることで、わざわざみじめな気分になる。

一方、幸運な人は不運な人と自分を比べ、自らの不運をそれほどひどいものではないと考える。どちらのほうが人生のなかでセレンディピティを見つけやすいだろうか。

人は自分が言ったとおりの人間になる

ワイズマンの実験は、不運な人は運を良くしようと効果のない方法に頼る傾向があることも示している。たとえば迷信に頼ったり、占い師に相談にいくといったことだ★5。

一方、幸運な人は状況を把握し、そこから何かを学ぶために問題の根本原因を突き止めようとする。これは言葉遣いにも表れる。「こんな目に遭った」という人は、物事を受け身的にとらえている。運不運を甘んじて受け入れるだけになる。だが自分がコントロールできる要素に意識を集中すれば、運に主体的に関与できるようになる。

先進国の豊かな家庭に生まれた子供とケープフラッツの貧しい家庭に生まれた子では、セレンディピティの初期値に歴然とした差があるのは否定できない。

ただ初期値に大きな差があるのも、また集団の人間関係など構造的制約が大きな壁になることも事実だが(ときにはそれがセレンディピティの芽を完全に封じてしまうこともある)、南アフリカの元ドラッグ密売人から世界トップクラスのリーダーまで、幅広い人々が自らセレンディピティを生み出していることが私たちの研究で明らかになっている。

生まれつき他の人より賢いわけではなく、違いは人生への向き合い方にある。それが優れた判断を下し、ふつうの人より多くのセレンディピティを経験することを可能にしているのだ。

このように、自らの置かれた状況をどんな枠組みで見るか、とりわけ一見不運な出来事をどうとらえるかはきわめて重要だ。感情的そして認知的にそのための良い土台をつくる方法はたくさんある。

たとえば瞑想すること、抽象的な試練や不安を具体的な行動計画に転換すること★6、目の前の状況の危険な要素を抑えつつ、好ましい要素に注目することなどだ。

自らの世界に対する枠組みと、自己実現的予言との深い関わりを示す興味深い実験がある。物事がうまくいくと思っていればうまくいくことが多く、その逆もまた然りだ。考えていることが「実現」し、語ることが「現実」になる。

世界はセレンディピティにあふれている(私たちがそう望めば)

あらゆる状況、とりわけあらゆる会話を、セレンディピティを経験する機会としてとらえるには、意識して取り組む必要がある。

たとえば誰かの話を聞くときには、その内容がわずかでも自分の、あるいは他の誰かの関心と重なっていないか考える。

他の人のアイデアと「競い合う」のではなく、それを発展させようとすれば、自分や周囲のために点と点をつなぐ能力が鍛えられる(第5章を参照)。

シャー・ワズムンド・ムベの例を見てみよう。事業家として成功し、ベストセラーも出版している。貧しい家庭で育ち、LSE在学中はマクドナルドで生活費を稼いだ。

そんななか雑誌のコンテストで優勝し、イギリスのボクシング世界チャンピオン、クリス・ユーバンクにインタビューする機会を得た。

インタビューで2人はすっかり意気投合し、驚いたことにユーバンクはワズムンドに自分のPR担当の仕事をオファーした。

ワズムンドはそれを受け、ボクシングのPRの経験などゼロであったにもかかわらず、すばらしい成功を収めた。その後は独立してロンドンでPR会社を立ち上げ、ダイソンの掃除機の発売などさまざまなプロジェクトを手がけた。

私は研究を通じて、多くの成功者がこのようなセレンディピティを経験していることを学んできた。

何らかの目的を持ってある場所へ出かけていくが(ムベの場合は記事執筆のためにボクサーをインタビューすること)、予想外の展開にもオープンだ。

セレンディピティが起こるのは、たいていこのような状況だ。そしてたいてい私たちのために点と点とをつないでくれるのは、他の誰かである。ただ自分が何を求めているのか何となくでもわかっているほうが、点はつながりやすい。

私たちがLSE、NYU、リーダーズ・オン・パーパスで実施した研

究では、成功している個人や組織には、軸となるような壮大な野心、強い意欲、信念、あるいは「指針となる考え方」がある。

「北極星」と呼んでもいいだろう。置かれた状況のなかで意識的あるいは無意識的に指針にするような点、原則、あるいは理念である。それがなければ漂流するか、停滞するしかない★7。

北極星は詳細な手引きではない。必要不可欠なものだが、進むべき道を明確に示して一挙手一投足を指示するものではない。方向性を示すものと言ったほうがいいだろう。

具体的な道筋、紆余曲折、近道や回り道(その多くに価値がある)はいずれも人生の重要な一部であり、セレンディピティの糧となる。

社会問題の解決を目指すベネフィット・コーポレーション[訳注:利益だけでなく、社会問題の解決も目指す企業形態]、イマジンの共同創設者であるポール・ポルマンは、かつてユニリーバのCEOとして社会にインパクトを与えることを目標とする会社へと方向転換させた人物だ。

企業経営だけでなく気候変動、貧困、持続可能性などさまざまな問題に関心があるポルマンは、会話のなかで思いがけず生まれたプロジェクトにすぐに取り組むことも多く、周囲からは節操がないと思われることもあるという。

だが実はポルマンは自らの行動に非常に意識的だ。さまざまなプロジェクトに取り組むものの、そこには常に明確な意図があり、本気で取り組む原動力となっている。

ポルマンは人生を通じて、自分ではどうにもできない苦境にある人々の支援に情熱を燃やしてきた。若い頃は医者か牧師になってそれを実践しようとしていた。

だがセレンディピティが重なり、企業経営がその手段となった。ポルマンは自ら機会を生み出し、それをしっかりと追求してきたのだ。

特別な才能はないが、とんでもなく好奇心が旺盛世界中で英語を教える教育団体リトルブリッジの共同創設者で、ユニセフの「NextGen」プロジェクトのヨーロッパ支部共同会長を務めるレイラ・ヤルジャニは、成功者が持っている壮大な野心というのは、人生における特定の目標というより、人生への向き合い方だと言う。

レイラのようなカリスマ的リーダーは、なぜそんなふうに先が読めるのかと聞かれることが多い。自分らしい道、心から愛せる仕事をどうやって見つけることができたのか、と。

それはレイラが「正しい」キャリアパスを歩み、「正しい」人生経験を積んできた結果だろうか。そんなことはまったくない。

レイラをはじめ私が研究の過程で出会った人々は、自らの好奇心と周囲を助けたいという心からの願いに従ってきただけだ。

「進むべき道が見えている」という確信があったわけではない。レイラは人生の目的を見つけようとしたことなどない。

他の人には目的を遂げるのに必要なリソースや人脈があるのに、自分には制約しかないなどと行動しない理由を探すのは時間の無駄だと考えている。

他の人と比べて特別秀でても劣ってもいない。単に自分がしたいことを選びとり、それが正しいと感じられるから日々取り組むだけだ。

好奇心の赴くままに行動し、「これだ」と感じるものを見つけたら集中する。レイラの場合、まずはリサーチプロジェクトと考える。

まわりの人と話をしたり、思いついたアイデアを試してみたりする。どんな展開に対してもオープンな姿勢を持つ。プロジェクトの多くはコーヒーショップでのひらめきから始まるといい、「グーグルのフォルダできちんと管理している」。

レイラと故アルバート・アインシュタインには共通点がある。どちらも自分には特別な才能はないが、とんでもなく好奇心が旺盛だと考えている。

成功している人はたいてい、いくつもの新しいアイデアに賭け、そのなかで「これだ」と思えたものを継続する。フルタイムの仕事を継続したまま空き時間にプロジェクトに取り組むことで、将来への不安をヘッジするケースが多い。

私も同じような経験をたくさんしてきた(成功の度合いはさまざまだが)。

人生のプロジェクトのなかであらかじめ計画していたものは1つもなかったが、大きな一歩を踏み出すときには必ずと言って良いほど「正しい」という確信があった。これまでの人生で幾度も賭けをして、毎回何かを学んできた。

今とはまったく違う人生を歩んでいた可能性もあるが、重要な選択をしなければならないとき、大切なメンターがいつもかけてくれた言葉がある。

「君みたいな人は正しい道は1つしかないと考えがちだ。目指す場所へ到達するルートは1つだけだ、と。でも現実には道はたくさんある。重要なのは動き出すことだ★8」。まさにそのとおりだ。

失敗する不安から動けなくなっているときには、すべての道はローマに通じること、いわゆる「イクイフィナリティ(等結果性)」を思い出す必要がある。

なりゆきに任せるしかないときもある

人間存在にかかわるきわめて重大な、それでいて看過されがちな真実がある。誰もが常に出たとこ勝負である、ということだ──ジャーナリスト/作家オリバー・バークマン

著名人の完全無欠という仮面が外れてしまうと、新聞の大見出しになる。

政治家が自らの掲げる政策のカギとなる統計数字を思い出せなくなる、企業の最高経営責任者が記者会見中に口ごもってしまう、急ごしらえの政府プロジェクトが失敗に終わる。

いずれも大きな権力を握り、責任ある立場にいる人も、たいていは出たとこ勝負で動いていることを示す例だ。

そしてもちろんオリバー・バークマンが指摘するとおり、一般人も同じだ。

払うべきチップの計算ができなくなってしまうお客、オスグッド病の症状をグーグル検索で調べ直す医師、アナログ時計を見ても何時何分だかわからないカフェ店員、GPSがないとどこにも行けないティーンエイジャー、正しいおむつの替え方がわからない新生児の親。

それでも何とか切り抜ける★9。

特定の課題や状況を回避したり、他のテクニックを応用するなどして致命的問題を起こさずうまくやるわけだが、彼らが即興で状況に対応しているのは明らかだ。

そして「彼ら」とは「私たち」にほかならない。

自分自身を正直に振り返ると、出たとこ勝負で切り抜けた場面というのは誰にでもある。生きていれば、どうにも自分の手には負えないような状況に直面することはある。

たいていはその事実を隠し通せるが、ときには偽りの姿を見せ続けることができなくなるときもある。ふつうの人や組織にとってこれは非常に気がかりな事態だ。

多くの組織が「すべて綿密に計画されており、出たとこ勝負の要素はまったくない」という体裁を装うために膨大な時間とお金をかけているとバークマンは指摘する。

企業の信頼性、権威、場合によっては存続そのものが、すべては計画どおりという前提に依拠していることが多い。

組織やリーダーを支持する人々は、責任ある立場の人が確信を持って任務に当たっていると信じ、そこに心理的安心感を抱いている。

しかし誰よりも権力があり、成功していて、一見すべてをコントロールしているように見える人でも、グラスワインを1、2杯飲めば、常に自分の行動に確信があるわけではないと白状することが多い。

それなのになぜ、あなたの人生や経営する会社はとんでもない事態に陥らないのか。

即興で行動している人が常に一定数いるとすれば、社会そのものが車輪の外れたバスのようにならないか。

意外に思うかもしれないが、すべてをコントロールしていないというのは必ずしも悪いことではない。

本人に適切なマインドセットがあれば、すなわち予想外の変化に合わせて修正していくことができれば、即興で対応することに何の問題もなく、たいていはうまくいく。

未来は予測不可能だが、対処は可能

私たちは内心どれだけ焦っていても、自分には十分な能力があるというふりをする。

バークマンの指摘は、他の人もみな同じだということを改めて思い出させてくれる。

誰もがときとして自分はペテン師ではないか、「偽者」だと露見してしまうのではないかという不安にさいなまれる。

医師はもちろん、常に確信を持って治療に当たっているはずだ。

パイロットは常にフライトをコントロールできているはずだ。

しかし科学的調査やさまざまな事例は、航空や医療といった白黒のはっきりした分野、誰もが100%の確信を持って任務に当たっているはずの分野でさえ、ときには即興に頼らざるを得ない場面が出てくることを示している。

むしろ専門家を含めて、誰もがここぞという場面で即興を強いられる可能性が高い。

医師やパイロットが即興で乗り切らなければならないのは、外科手術中に前例のない緊急事態が発生したとき、あるいは低い高度で飛んでいる旅客機で複数の

エンジンが同時に故障したときだ。このような場面こそ優秀さととっさの判断力が最も試される。

最たる例が2009年、USエアウェイズ1549便の機長だったチェズレイ・サレンバーガーが、離陸からほんの数分後に両エンジンが停止したにもかかわらず、ニューヨークのハドソン川に機体を無事不時着させた一件だ。

両エンジンが停止したときの標準的な対処法は、最寄りの空港まで機体を滑空させることだ。

しかしそれは航空機が1549便よりはるかに高い高度に達していることを前提としていた。

管制官は最寄りの滑走路に向かうことを提案したが、サレンバーガーはその時点の高度と速度ではうまくいかないと即座に、そして正しく判断した。

滑走路には到達できない。

そこでハドソン川に不時着することを選び、乗客153人と乗員の命を救った。

知識や経験が重要ではないと言うつもりは毛頭ない。

サレンバーガー自身も不時着に成功したのは長年の経験のおかげだと語っている。

経験という名の銀行に少しずつお金を預けておいたので、必要なときに一気に引き出すことができたのだ、と。

長年にわたる経験と研ぎ澄まされた直感が、慣例にとらわれない打開策を生み、サレンバーガーを21世紀のヒーローにした。

大方の人はこのような劇的な状況で、これほどリスクの伴う決断を迫られることはないだろう。

だがもう少しささやかなレベルではあるが、すべてをコントロールしているように見える人を含めて、誰もが常に同じような場面に直面している。

本当に危険なのは、機転を利かせて対応するときではなく、すべてが平常どおりであるかのように型にはまった対応に固執するときだ。

自信や強力な自負は野心を追求するのに役立ち、キャリアの成功につながることも多いが、強すぎる自我、あるいは自己認識や状況判断の不足は危険だ。

既存のモデルやテンプレートを盲信していると、リスクを認識し、予想外に備えることができない可能性がある。

私がハーバード大学、リーダーズ・オン・パーパス、世界銀行の研究者と実施した、世界で最も成功している31人のCEOに対するインタビュー調査では、対象者全員が未来を予測することはおろか、完全にコントロールすることもできないとはっきりと認識していることが明らかになった★10。

たとえば食品メーカー、ダノンCEOのエマニュエル・ファベールは、緻密な計画よりも、ビジョンや臨機応変な対応のほうを頼りにすると打ち明けている。

その理由は世界の変化があまりに早く、計画づくりに手をかけすぎても意味がないからだ。

ただし組織がどこに向かっているかを明確にするためにはビジョンが必要だ。

私たちがインタビューしたリーダーたちは、緻密な計画を立てるより、強力だが修正の余地のある「北極星」(壮大な野心や目的)を示し、組織を引っ張っていくことが多かった。

そうすることによって指針となる枠組みのなかで、部下がそれぞれ意思決定を下せるようにしていた。

しかも強さのなかに弱さも見せていた。

明確なビジョンやエネルギッシュな姿を見せつつ、自らの限界も隠そうとしなかった。

それが周囲の支持を高める結果につながっていたのは、一般的に人は共感できるリーダーを信頼する傾向があるからだ★11。

ソクラテスからセレンディピティまで

本書ではセレンディピティ・マインドセットを土台に、状況を(新たな)枠組みで評価するさまざまなアプローチやツールを紹介していく。

ここではソクラテスの方法に目を向けよう。

ひたすら問答を繰り返すことで、斬新な発想を促し、先入観を排除する。

外部から押しつけられた型にとらわれることなく、自らの内にある何かを発見するための最も効果的でときの風雪に耐えてきた手法の1つだ。

ギリシャの哲学者ソクラテスは西洋哲学の始祖の1人に数えられるが、特別な信念や事実を教えたわけではない。

プラトンによって後世に伝えられたソクラテス式問答は講義ではない。

ソクラテスが問いかけるという形の対話である。

問いかけによって弟子たちは、自らの先入観が思い違いであったことを悟り、新たな発想で思考することを迫られる。

そして対話を通じて、新たな理解に到達する。

ソクラテスの問いには6つの類型がある。

明確化のための問い(「なぜそんなことを言うのか」)、前提を探る問い(「他にどんな前提があり得るのか」「あなたの前提の根拠は何か」)、証拠を調べる問い(「どんな事例があるのか」)、比較のための問い(「優れている点、問題点は何か」)、影響を探る問い(「この行動はどんな結果を引き起こすのか」)、そして問いそのものに対する問い(「そもそもなぜこの問いをするのか」)だ。

私はここ数年、重要な話し合いのなかで、ここに挙げたような問いを形を変えながら投げかけてきた。

とりわけ意見が対立した場面では努めてそうした。

自らの前提を説明するよう求められると、たいていの人は自らの立場が絶対ではないことに気づく。

知恵とは、すべての答えを持ち合わせていることではなく、正しい問いを投げかける能力だ。

デルフォイの神託で世界一賢い人物とされたソクラテスは、自分には教えられることは何もない、と言ったとされる。

ただ問いを投げかけるだけだ、と。

要は出たとこ勝負だ。

「最高の贈り物」となりうる

教育とは子供時代に植えつけられた芽は、生涯にわたって成長を続けることもある。

人は子供時代に世界の見方を学ぶ。

親が子供に、あるいは友人同士が、相手の世界の見方に大きな影響を及ぼすこともある。

私は父から「何が起ころうと、正しい姿勢で向き合えば必ず道は拓ける」と言われて育った。

だから私は自ら行動すれば、そして行動する余地があるかぎり、物事はきっとうまくいくといつも考える。

そしてたとえ物事が自分の思いどおりにはいかなくても、人生が終わるわけではない。

痛い目に遭って学んだ教訓は人生の役に立つ。

困難は自分の手足を縛るものではなく、乗り越えるべき山なのだと思っている。

キャロル・ドゥエックはしなやかマインドセットに関する優れた著書のなかで、会話の内容や言葉遣いを少し変えるだけで、人生への向き合い方が変化することを示した。

たとえば「私はこれが苦手だ」「そんなことはできない」の代わりに、「まだ上手ではないけれど★12」という言葉にしてみる。

脳の可塑性に関する研究では、脳は変わりうるものであり、私たちの考え方や人生へのアプローチも同様であることが明らかになっている★13。

身体と同じように、脳は使いこなし、鍛えることができる筋肉だ。

その気になれば、自分はどんなことでも学習できるし、何でもできる。

こう信じることは、偶然の出会い、思いがけない出来事、予測しなかったつながり、つまりセレンディピティを受け入れる備えとしてとても大切だ。

出たとこ勝負で構わない、世界と絶えず双方向のやりとりをすればいいし、またそうすべきだという発想がなければ、偶然を真のセレンディピティに転換する機会を逸してしまうおそれがある。

「物事はきっとうまくいく」という自信を植えつけることは、親が子に、あるいは教師やリーダーが学生や部下に与えられる最高の贈り物かもしれない。

残念ながら大学、とりわけビジネススクールの多くは、いまだに未来は計画できるという発想に固執している。

それは学生たちに、先々のことまですべて計画しているふりをするよう、さりげなく促すことにほかならない。

教育、戦略立案、模範となるモデルや事業計画はもちろん役に立つが、人生は(ビジネスも)たいていはもっと突発的なものだ。

サラス・サラスバシーをはじめとする研究者が明らかにしているように、とりわけ変化の速い環境に身を置く起業家は、具体的な到達目標を敢えて設定せず、目の前にあるもの(資金、技能、人脈、市場)を活用して何かを生み出し、それを繰り返していくことが多い。

こうした事実をしっかり認識しなければ、学生たちに正しい教育を与えることはできない。

重要なパラメータをコントロールし、適宜修正することさえできれば、未来を予測したり、すべてわかっているようなふりをしたりする必要はないのだ、と★14。

サンドボックスの立ち上げとセレンディピティ私が2008年に共同創設者となったグローバルコミュニティ「サンドボックス」の例を見てみよう。

世界60カ国以上からおよそ1500人の若きイノベーターが集う組織だ★15。

さまざまな分野(デザイン、アート、ビジネス、法律、起業、ソーシャルビジネスなど)で優れた活動をしている若者を発掘し、互いに知り合う機会を提供するとともに、外部のメンターやリソースともつなぐ。

この活動は、世界には20代のうちにイノベーティブなことをやってのける優れた若きチェンジメーカー(変革者)がたくさんいるのに、正当に評価されていないという強い問題意識から生まれた。

彼らが同じような価値観を持った仲間と親しくなれる機会もない。

未来のリーダーたちが55歳ではなく、25歳のときに知り

合ったらどうだろう。

そこで芽生えた友情は、彼らのそれからの長い人生の間に世界にどんなインパクトを与えるだろうか。

ドイツ語には「砂場友達(Sandkastenfreunde)」という言葉がある。

文字どおり、幼稚園の砂場で一緒に遊んでいた者同士が終生の友になるケースだ。

サンドボックスというコミュニティは、分散的に組織されている。

「ハブ」と呼ばれる世界の30以上の都市で、現地の代表者(「アンバサダー」)がメンバーを見つけ、「デモナイト」のようなイベントや気楽な夕食会を企画する。

メンバーが仕事やプライベートで抱える問題の解決を支援するのが目的だ。

メンバーはお互いに感情的なサポートや情報、フィードバック、チャンスを提供し、支え合っていく。

サンドボックスは誰も予想できなかったような未来から生まれた。

2008年末、アメリカの金融機関リーマン・ブラザーズが破綻し、世界経済は崩壊した。

サンドボックスも崩壊した。

20代のチェンジメイカーを世界中から集めて刺激的なカンファレンスを開く、というのが当初の計画だったが、もはや実現不可能に思えた。

1年かけてスポンサーと交渉し、開催地を探してきた。

企業パートナーは関心を示していたが、リーマンショックを受けてコスト削減を余儀なくされた。

世界中の若者向けカンファレンスは、真っ先にその対象になった。

私たちは予算もないのに国際会議を開くことは不可能だと思った。

その一方で、このようなコミュニティをつくるというアイデアへの情熱は失わなかった。

そこでまずチューリッヒやロンドンで気楽な夕食会を開いてみた。

参加者は仲間との出会いを楽しみ、打ち解けているようだった。

そこで小規模イベントの開催を増やしていった結果、それがメンバーを増やす有効な手段であることに気づいた。

大きなイベントを一度開くより、少しずつ拡大していくのだ。

当初はカンファレンスの開催を柱とするつもりだったが、地域に根差したアプローチのほうが資金的持続性があり、長期的にはメンバー構成が健全なものになることがわかった。

サンドボックスとして「若きチェンジメイカーのコミュニティをつくる」という壮大な野心(組織としての北極星)を捨てたわけではなかった。

捨てたのは大規模なカンファレンスの開催という計画である。

大規模なカンファレンスを開くというトップダウンのアプローチを捨て、代わりに採用したのが各地域のメンバーが運営するハブを中心とするモデルだ。

シンプルで低コストのアプローチで、イベントはより親密なものになり、メンバーの自宅が会場になることが多かった。

その後時間をかけて規模を拡大し、地域全体を対象とするリトリート(オフサイト・ミーティング)を企画するようになった。

期間は2~4日間で、たいていは田舎のこぢんまりとした一軒家を借りて開催した。

このようにして集まることで、複数のハブの間に交流が生まれた。

リトリートは人間関係を深めることに主眼を置き、通常は双方向的で、メンバーとともにつくり上げていった。

発足から4年後、リスボンで初めての「グローバル・サンドボックス・カンファレンス」が開かれる頃には、参加者はオフラインで、あるいは組織が開設した内輪のフェイスブックグループを通じてオンラインでつながっていた(カンファレンス会場では「やっと会えたね!」という言葉が飛び交った)。

サンドボックスがうまくいったのは、メンバーがお互いに強い感情的つながりを感じるようになっていたからだ。

他の人から「おかしいんじゃないか」と思われるような部分も隠す必要がないため、みな「完璧な自分」を見せようとするのではなく、「ありのままの自分」で参加していた。

今から思えば、事業モデルの転換を強いられたことは、不運の皮をかぶった大きな幸運だったと言える。

世界金融危機によってサンドボックスのアイデアは立ち消えになっていたかもしれないし、たしかに私たちは眠れぬ夜も過ごした。

だが結果的にそれは自分たちのアイデアやアプローチを新たな枠組みでとらえ直す機会となり、カンファレンスではなく地域密着型の会合をベースに、強い絆で結ばれたグローバルコミュニティを立ち上げることにつながった。

もちろんその間、多くの困難はあったが、当初の障害は克服できた。

状況を「リフレーミング」したからだ。

リフレーミングにはそれまで完璧と思われたモデルが崩れたとき、途方に暮れるのではなく、予想外の機会をつかもうとするマインドセットを身につけるのに役立つ、という副次的効果もある。

そのためにはハードスキル(テストで測れる技能)だけに集中するのではなく、予想外の要因に気づき、活用するためのセレンディピティ・マインドセットを重視するよう学校教育や職業教育を改革することが必要だ。

若い世代に、誰もが自らの運に影響を及ぼすことができるという発想を植えつけるのだ。

「サプライズ」の本質

誰かから、自分にはおよそ縁のなさそうな新たな仕事を紹介されたことはないだろうか。

その時点では自分は今の仕事に満足しているのだから、新しい分野で新しい仕事に就く気などまったくないと思ったかもしれない。

だが数週間後、人生に変化が訪れ、何か新しいものにチャレンジしてみようかという気分になる。

そこで数週間前の会話を思い出し、あの仕事こそまさに自分が求めているものだと気づく。

そのディナーの席で、あなたが相手の話に耳を傾けず、「自分には関係のないこと」と聞き流し、目の前のラザニアには何が入っているのだろうなどと考えていたら、どうだろう。

チャンスを逃していたかもしれない。

好奇心、そしてそれ以上に自分が求めていない情報や出来事に対してオープンな姿勢は、セレンディピティを経験する可能性を劇的に高める★16。

これは特定の状況におけるアノマリー(変則)あるいはサプライズを積極的に探そうとする姿勢と結びついていることが多い。

好奇心があり、オープンで、物事に疑問を抱く姿勢は、何かを発見し、セレンディピティを生み出すカギとなる★17。

『星の王子さま』とセレンディピティ今日に至るまで、私の愛読書の1つがサン=テグジュペリの『星の王子さま』だ。

自分を取り巻く世界を探究し、そこにあるすべてのもの、すべての人に興味を抱く少年のお話だ。

たとえおとなげないと思われても(逆におとなげないと思われそうなときこそ)、問いかけを続けることの大切さをいつも思い出させてくれる(私の一番好きな場面は、自分の持っている星の数を数えることに忙しい実業家と王子さまとのやりとりだ。

「星を持っていると、何の役に立つの?」「金持ちでいられる」「金持ちでいられると、何の役に立つの?」「他の星を買える。

誰かが新しく見つけたときに」〈この人は〉と王子さまは思った。

〈あの酔っ払いと、ちょっと似た考え方をしているな〉)。

この話については、後でまた触れる。

作家でアスペン研究所の元CEOでもあるウォルター・アイザックソンは、アルバート・アインシュタイン(天才マリー・キュリーの同時代人)やレオナルド・ダヴィンチといったさまざまな偉人を研究してきた。

その共通点は、あらゆる分野に強烈な好奇心があることだという。

アイザックソンはアメリカの心理学者アダム・グラントとの対話のなかで、その最たる例としてベンジャミン・フランクリンを挙げている。

フランクリンは大西洋沿岸をつぶさに見て歩き、空気の渦が北東部の嵐の渦と似ていることに気づき、それがメキシコ湾流の発見につながった。

レオナルド・ダヴィンチも同様で、自然のなかに繰り返し現れるパターンを発見した。

スティーブ・ジョブズはプレゼンテーションの最後に、決まってアートとテクノロジーの交差点のイメージを見せた★18。

さまざまなアイデア、見解、視点、応用分野の重なり合うところで、クリエイティビティは生まれる。

セレンディップ国の3人の王子の話を思い出してほしい。

王子たちが今日「セレンディピティ」と呼ばれる概念の象徴となったのは、凝り固まった世界観に縛られず、世界に対してしっかり目を開いていたからだ。

持ち前の好奇心によって、ラクダの足跡などさまざまなヒントをとらえることができた。

今から思えば、王子たちは点と点をつないでいたのである。

予備知識はなくてもセレンディピティは起こり得るここからわかるのは、何の予備知識がなくてもセレンディピティが起こる可能性はあるという重要な事実だ。

ある出来事や情報の意味、そこに秘められたチャンスは、ぱっと見にはわからないかもしれない。

新たな本との出会い、誰かとの会話など、パズルの最後のピースが見つかるのは何年も後かもしれない。

ただ好奇心やオープンな姿勢が、集中の妨げとなるなら逆効果だ★19。

実は、セレンディピティには起こるべきタイミングと場所がある。

たいていプロジェクトの序盤、つまり外部からの影響への感度が高まっている時期には、セレンディピティの重要性が高まる傾向がある★20。

その後は、やるべきことを実行することに集中すべき段階に入る。

本書自体もある意味ではセレンディピティの産物だ。

さまざまな思考、調査、研究、対話、エピソードがまとまり、点と点がつながった結果である。

ただ段階

が進むと、私は業務遂行モードに移行した。

机に向かい、遮音ヘッドフォンをかぶり、携帯電話の電源を切り、会議への招待を断り、とにかく執筆に集中したのだ。

本を完成させるために、新たなセレンディピティに対して自らをシャットダウンする必要があった。

多国籍企業においても、セレンディピティがカギを握る場面と、それほどでもない場面がある。

日本の光電子工学産業に関する研究では、新たな可能性を探る初期段階ほどセレンディピティの重要性が高いことが明らかになっている。

後の段階と比べ、感度や注意力が高まっている段階だからだ★21。

一般的に、科学や製品のライフサイクルにおいて、クリエイティブな取り組みの重要性が高いのは初期段階だ。

そもそも新たなアイデアに存在意義があるのがこのタイミングとも言える。

しかしその後はセレンディピティの重要性は下がり、より標準化された工業的なプロセスになっていく。

この段階ではたいていデータの一貫性や信頼性が何より重要になる。

つまり重要なのはクリエイティブなプロセスはどこで起きているのか、そしてクリエイティブであることの付加価値が最も高まるのはいつか、だ。

ただ業務遂行に集中すべき段階でも、セレンディピティに対して完全に閉じてしまってはいけない。

偶然の出会いや気づきをきっかけに、一生のうちに何度も新たな事業を起こした起業家の例は枚挙にいとまがない。

長年安定したキャリアを積んできた人が、突然仕事をやめ、新しい分野にチャレンジするケースも多い。

いずれのケースでも重要なのは、自分自身に「準備は整った」という感覚があることだ。

ロンドンのレストランで働くチャーリー・ダロウェイ(仮名)が、私に自らの経験を語ってくれた。

チャーリーはずっと自分のことがよくわからず、どのような道に進むべきか決められないと感じていた。

お客に気に入られて新たな仕事をオファーされるなど、思いがけない機会が目の前に現れても、つかもうとはしなかった。

しかし自分がどういう人間かわかってくると、セレンディピティを受け入れやすくなった。

今は子供たちに、自分や自分の判断を信じていいのだと教えようとしている。

「25歳になるまで、私にはセレンディピティなど一切起こらなかった。

それが今では四六時中起きている」。

「点と点がつながりやすい」会話とは

さきほどのディナーでの知人との会話に話を戻そう。あなたはまったく関心のない仕事への転職を勧められた。今回はあなたが数週間後にそれこそ今の自分に必要な仕事だと気づいたというシナリオだった。

だがディナーの時点で自分に正しい問いを投げかけていれば、もっと早く気づいていたかもしれない。

たとえば「なぜこの人はこの仕事が自分に合うと思うのだろう」「自分では気づいていなかったけれど、今の仕事に問題あるいは不満があることを、相手は気づいていたのだろうか」といった問いだ。

一見退屈でどうでもいいような会話も、正しい問いを投げかけることで一変する場合もある。イベントで退屈な相手に話しかけ、つかまってしまったと文句を言う人はあまりに多い。

相手は「実のある話」をしなかった、自分と何ひとつ共通点はなかった、などと言う。だが相手にダメ出しをする前に、会話をもっと刺激的なものに変えるかもしれない質問をしてみるべきなのだ。

ここ15年、私はグローバルなネットワークや各地のコミュニティのために、世界中で何百回と夕食会を開いてきた。

そうした場面では参加者に心を開いてもらうため、自己紹介の質問に工夫を凝らす。

というのも刺激的な会話は通常、参加者が本当の自分を見せても良いのだと感じたときに生まれるからだ。

安心できる環境で、本当の自分、そして「なりたい自分」を見せられることが重要なのだ。

会話の糸口として有効な方法の1つは、自己紹介タイムに仕事上の肩書ではなく、現在の心境、ワクワクすること、今直面している課題について語ってもらうことだ。

参加者が「今、こんなふうに自分を変えようとしていて……」と語り始めると、たいてい今同じような課題に直面している、あるいは同じような目標に向けて努力している人が他にも出てくる。

こんな具合にさまざまな経験が共有され、交錯することで、新たな発想や解決策、ときには新たな課題が見つかる。

それぞれが人生で直面している重要な問題について語り合うと、所属する業界や文化がまるで違っても、互いに多くの共通点があることに気づかされる。

「本当に?すごい偶然だ。

私も同じような問題でずっと悩んできたんだ」という発言がたくさん出てくる。

「愛する者を失って途方に暮れている」と打ち明ければ、おそらく同じようにつらい経験をしたことを話し、解決のヒントを与えてくれる人がいるだろう。

人生を立て直すのに役立ったスピリチュアルな習慣、あるいは有能なカウンセラーを紹介してくれるかもしれない。

すばらしい偶然ではないか。

誰もが自分の悩みは固有のものだと思っている。

だが実際には、自分とは全然違うと思っていた人とも多くの共通点がある。

バイソシエーションが起こりやすい、つまり点と点がつながりやすいような会話を仕かければ、セレンディピティが起こる可能性は高まる。

セレンディピティが誰かの人生を大きく変えるのは、その人が心から大切に思っている分野において点と点がつながったときだ。

会話の相手にどんな問いを投げかけるかは、とても重要だ。

初対面の相手に「何の仕事をしているのですか」と尋ねるのは、相手が自らについて語る余地を大きく狭めてしまう。

相手は狭い箱に閉じ込められてしまったような気分になるかもしれない。

話がつまらなくなるのも当然だろう。

刺激的な人ばかりが集まったコミュニティですら、「何の仕事をしているのですか」は単調で退屈な答えにつながりがちだ。

それより相手が何にやりがいを感じるかを語れるような、オープンな質問のほうがずっといい。

表面的事実を尋ねるのではなく、その背後にある理由、動機、課題などを尋ねる質問を選ぶことで、興味深い話題や予想外のつながりを発見できる可能性は高くなる。

そしてあなた自身が「何の仕事をしているのですか」というつまらない質問をされたら、予想外の返答をしてみたらどうだろう。

「現実的な答えと哲学的な答え、どちらをお好みですか?」と(言うまでもないが、両パターンの答えを用意しておいたほうがいい)。

あなたがセレンディピティの起こるチャンスを広げたいなら、生き生きとした会話を生み出す能力はとても大切だ。

しかもそれは習得可能なスキルだ。

「なぜ?」という問いかけが持つ魔力

他の人の答えや会話の幅を狭めるのは避けたい。

それと同じように、問題やニーズを限定的にとらえるのも避けるべきだ。

というのも、それは解決策の範囲も限定してしまうからだ。

イノベーションを研究するエリック・フォン・ヒッペル、ゲオルク・フォン・クローがこのテーマを詳しく調べている。

注目しているのは、組織における議論のあり方だ。

プロダクトマネージャーに「どうやってコストを削減すべきか」と尋ねれば、人員削減や安価な原材料への切り替えを提案するかもしれない。

だが本当はもっと価値のある提案ができたかもしれない。

「この製品の利益率はやや低いが、何か良いアイデアはない?」という聞き方をしていたら、同じマネージャーの答えはもっと発展的なものになっていたかもしれない。

さきほどと同じように原材料費の引き下げという選択肢に加えて、逆の提案もするかもしれない。

たとえばもっと高価で質の高い材料を使い、販売価格を引き上げることで利益率を高められるかもしれない、と。

あるいは製造プロセスや製品をもっと効率的なものに転換すればいいというアイデアが出てくるかもしれない。

ある問題について考えるとき、表面的な検討に終始せず、より多くの情報を集め、根本原因は何か深く追求していくと、解決策の候補が驚くほどたくさん見つかる。

それは真のセレンディピティが起こる機会を広げることにもつながる。

「なぜ?」はオープンエンド(自由回答形式)な問いの最たるものだ。

それは過去何千年にわたって科学的発見の原動力となってきた。

子供が頻繁に尋ね、大人が答えに窮する質問でもある。

「なぜ?」という疑問を持たなければ、表に現れた症状だけを治療し、根底にある問題を解決せずに終わってしまいがちだ。

「なぜ」をさまざまな視点から検証すると、新たな発想、そしてセレンディピティにつながる連想につながりやすい。

豊田自動織機の創業者の豊田佐吉は(のちに世界最大の自動車メーカーに発展する自動車部門を創設したのは息子の豊田喜一郎である)、20世紀の日本の製造業において重要な役割を果たした。

そして「5つのなぜ」という概念を生み出した人物でもある。

世界は佐吉の時代から大きな進歩を遂げ、概念には多少時代遅れになった部分もあるが、その根本原理には今も価値がある。

何か問題に直面したら、必ず5回「なぜ?」と繰り返さなければならない、それによってあらゆる問題の根本原因に到達できるはずだ、と佐吉は説いた。

問いを繰り返すたびに問題を深く掘り下

げていくことになるが、根本原因ひいては解決策が明らかになるのは、最後のほうである。

これは仕事から恋愛まで、人生のあらゆる領域に有効なアプローチだ。

たとえば夫婦関係が悪化したとき、その原因は直前に発覚した不倫だと思うかもしれない。

だが不倫の原因を掘り下げていくと、寂しさなど、より根深い(根本)原因に行きつくかもしれない★22。

このように本質的問題を理解するためには、問いかけの方法が重要だ(後で詳しく見ていくが、セレンディピティが発生するフォースフィールドを生み出すためにも、これが重要だ)。

問題を狭く定義することの問題

私たちは問題に取り組むとき、たいていは直線的に考える★23。

問題が起きたのが家庭、職場、学校かにかかわらず、通常であれば次のような目標を立てる。

1問題あるいはニーズを特定し、明確にする。

2次のいずれかの方法によって、問題の解決を目指す。

(a)明確になった問題そのものの解決に集中する。

(b)追加情報が入るたびに問題の特定と明確化をやり直し、解決に近づいていく★24。

あなたがしつこい頭痛に悩まされているとしよう。

即効性のある解決策(頭痛薬を飲む)はあるが、かかりつけ医は治療すべき根深い原因がないか検査したいと言うだろう。

医療のような分野には、根本原因を調べるための明確な手順がある。

本当の問題は頭痛そのものではなく、それを引き起こしている感染症かもしれない★25。

そこで医師は豊田佐吉が示した「5つのなぜ」に似た方法を使って、根本原因がないか掘り下げていく。

真の原因がわかり、解決されれば、症状(このケースではしつこい頭痛)もたいていは解消する。

医師の「探索戦略」は、まず原因として考えられることをすべて挙げていくところから始まる。

たとえば頭痛以外の症状はないか、最近頭をぶつけたことはないか、毎晩の飲酒量に問題はないかといった問診をする。

質問の答えに応じて、分析はさらに深くなっていき、最も可能性の高そうな解決策に行きつくが、それが常に正解とは限らない★26。

これはさまざまな選択肢を絞り込んでいって解決策に到達する、典型的な「ファネル(じょうご)」アプローチだ。

個人や企業が問題に取り組む際の最も一般的な方法だ。

マーケティング部門が市場にギャップ(隙間)、すなわち既存の製品では満たされていない消費者ニーズがあることに気づいたとする。

そこで「このニーズを満たすものは何か」を定義した「プロブレム・ステートメント」が作成される。

それから問題は開発担当に送られ、開発担当は会社のためにこのニーズを満たす(はずの)製品をつくる。

明確なプロブレム・ステートメントを作成すると、明確な目標やフォーカス、さらには関連する評価指標やインセンティブを設定するのに役立つ。

また任務を別のチーム、たとえば問題解決のための独立部隊などに移管することが可能になる。

そうすると、何か問題を解決したような気分が味わえる。

ハーバート・サイモンの類型化ただすべての問題がこれほど簡単に解決できるわけではない。

アメリカの碩学、ハーバート・サイモンは問題を大きく2つに類型化した。

「構造化された問題」と「構造化されていない問題」だ★27。

構造化された問題とは、輪郭のはっきりした問題であり、アルゴリズムやさきほどの医療の例で示したような明確な手順によって解決できる★28。

こうした手法は構造化された問題には非常に有効だが、(少なくとも最初のうちは)明確に定義できない構造化されていない問題には最適ではないことが多い。

しかもセレンディピティを抑制するおそれがある。

最近の研究では、問題を限定的に定義してしまうと、解答の範囲を狭めることになり、クリエイティブで価値ある解決策が見つかりにくくなることが示されている★29。

問題を限定的に定義することが、最も効果的な解決策を見つける障害となる理由はもう1つある。

問題を抱えている個人や組織が、本質的ニーズを解決するのに必要な情報をすべて持ち合わせているケースはまれだ。

新たな情報は問題解決を探るなかで浮上してくることが多い★30。

ただ問題を定義する人と解決する人が組織の壁などによって分断されていると、そういうことは起こりにくくなる。

解決すべきニーズや問題が他にあっても、問題解決を担う人には伝わらないので、より良い解決策を探せなくなる。

企業のIT部門がある問題を解決しようとするなかで、現場の仕事をやりにくくしたり、新しい別の問題を生み出してしまったりするケースを見たことがないだろうか。

これはIT部門の能力が低いためではない。

解決せよと言われた問題が限定的に定義されていて、全体像が見えなかったためだ。

たとえばIT部門に渡されたのは、こんな説明文かもしれない。

「AチームがX形式のファイルを読めるようにしてほしい」。

当然IT部門はこの問題を解決するだろう。

だがAチームがファイルの編集もしたいと思っても、新しいソリューションではそれはできない。

あるいは反対に、Aチームには編集する権限がないのに、新しいソリューションは編集を可能にしてしまうかもしれない。

そんな具合にさまざまな問題が発生する。

こうした混乱は、IT部門に限定的な問題を与えるのではなく、彼らを問題解決プロセス(根本原因の議論など)に巻き込んでいれば回避できたはずだ。

同じことが個人や組織についても言える。

問題を細かく定義しすぎると、解決策の範囲を狭めてしまい、セレンディピティが起こる可能性を封じてしまう。

問題の定義が限定的になる原因は、最初に問題が何か正確に把握することに労力をかけすぎることだ。

構造化された問題の場合はそれでうまくいくかもしれないが、スタートアップ企業のように環境変化が速く、不確実性が高い状況では、重要な問題や乗り越えるべき試練がそんな単純なものであるケースはまれだ。

たいてい十分な情報は入手できず、状況は刻一刻と変化していく。

このような環境で生じる問題は、解決策を容易に特定したり把握したりできるようなものではまずない。

経験則からいうと、問題がすぐに、そしてどう見ても簡単に定義できるようなものでなければ、無理に定義しようとしないのが一番だ。

厳格な手順など捨てて別の問題解決の方法を考えよう。

IDEOも採用している「反復的問題定義」代替的方法の1つが「反復的問題定義」と呼ばれるものだ。

短い間隔で、さまざまな方向から問題にアプローチしていく。

1つのアプローチを試したら、すぐにその有効性を評価する。

このようなアプローチはデザイン会社IDEO(アイディオ)などで採用され、大きな注目を浴びている。

「ラピッド・プロトタイピング(迅速な試作)」と呼ばれるアイデア開発の方法では、問題解決の担当者は最初に問題を提示されると、簡単に修正できる安価な試作品をすばやく開発する。

ユーザーがそれを使ってみて、どれくらいうまく機能するかデータを集める。

結果に基づいて仕様を修正し、新たなモデルを再びデザイナー(問題解決担当)に渡す。

すると改良された試作品がまたすばやく制作される★31。

こうして再び新たなサイクルが始まり、このプロセス全体をできるかぎりすばやくまわしていく。

改良し、試し、それを繰り返す。

このように問題解決担当とユーザーが協力しながら、問題と解決策を定義し、試行錯誤を重ねて学習していく反復的なプロセスが、最終的に優れた解決策が見つかるまで続く。

複数の部門がそれぞれ与えられた任務に取り組む伝統的アプローチとたいして変わらないではないか、と思う人もいるかもしれない。

A部門がB部門に問題の解決を依頼し、B部門が開発した案を示すと、A部門が「ダメ、やり直し!」と差し戻すやり方だ。

だがスピードと、それ以上に関係者の姿勢が根本的に違う。

ラピッド・プロトタイピングのマインドセットにおいては、試作を繰り返すことは「失敗」ではなく、プロセスに欠かせないステップとみなされる。

このプロセスを比較的迅速に繰り返すなかで、ユーザーと問題解決担当は頻繁かつ継続的にやりとりをする。

そこに対話が生まれる。

弁証法と言ってもいいだろう。

それを通じて両者はともに製品をつくり上げていく★32。

だがもっと大胆な方法はないだろうか。

すべてがコントロールできるという幻想、そして問題解決には決まったシステムやルールがあるという考えを打ち砕くような方法はないか。

この問いに答えるために、心理学、神経科学、図書館学、イノベーションと戦略マネジメントの分野で進む、ニーズ、目標、問題解決の研究を詳しく見ていこう。

「問題解決」をゼロベースで見直してみる

今の願望のみならず、将来の願望や欲求まで叶えるのに何が必要かをすべて知ることができたら、自由の入り込む隙はない。(中略)

予見できないこと、予想できないことが起こる余地を生み出すには自由が不可欠だ。

人が自由を望むのは、目標を実現する機会はそこから生まれることを経験から学んできたからだ──フリードリッヒ・ハイエク『自由の条件』近年の経営学、図書館学、神経科学、心理学の研究からは、目標をかっちり決めすぎるとセレンディピティが抑えられ、反対に壮大な目標はセレンディピティの起こる可能性を高めることが明らかになっている。

ある実験では、被験者に電子書籍リーダーを渡した。一部の被験者には、特定の情報を探すという具体的な課題を与えた。他の被験者には何も課題を与えなかった。結果は歴然としていた。

最初のグループでは多くの人が探していた情報を見つけたが、2番目のグループのほうが書籍リーダーを使って積極的に探究し、探してもいなかった多種多様なおもしろい情報をたくさん見つけた★33。

他の実験では、細かな指示を出されたグループは、広い視野で問題を見ているグループと比べて、予想外の事態を受け入れようとしない傾向があることがわかった。

被験者(あるいは問題)を型に押し込めようとせず、予想外を許容するほど、思いがけない好ましい結果が生まれやすいことも明らかになっている★34。

たとえば開発援助の関心が「食料不足」だけに集中すると、本来であれば栄養問題全体に意識を向けるべきなのに、バランスの悪い食料生産を推進することにつながったりする。

これは他のさまざまな分野についても言える。私は授業をしたり論文を指導したりするなかで、たくさんの優秀な学生と出会ってきた。たいてい数分も話せば、最高評価を得そうな学生はそうとわかる(もちろん第一印象によって偏見を持たないようにはしているが)。

大方の学生は「やりたいテーマは決まっています。方法はこれです。書類にサインしてもらえますか」と言ってくる。一方、高評価を取りそうな学生はこんな言い方をすることが多い。

「このテーマについていろいろ調べ、興味を持ったのですが、具体的にどのような(論理的)視点に立てばいいか決めかねています。相談に乗っていただけますか」と。

「並」の学生にはたいてい明確なロードマップと、かっちりした目標がある。研究方法も考えてあり、たいていは手堅い論文をまとめてくる。だが傑出した学生は、探究の範囲を広めにする傾向がある。

テーマについてじっくり調べ、自分の思考を新たな(そしてたいていは予想外の)方向に発展させる可能性があるタッチポイントを探す。

学生の多くはそのような曖昧な状態を弱点ととらえるが、真の想像力と独自性はそこから生まれることが多い。こうした状態は心地よいものではなく、苦しいこともある。だがそこからひらめきや貴重な成果が生まれることも多い。

好奇心や点と点を結びつける能力だけでなく、矛盾や「創造的絶望」から新たなパターンが見つかり、優れた洞察につながるケースもあることが、研究によって示されている★35。

私自身、授業のなかでそれを目の当たりにしてきた。ある授業では学生に、事業のアイデアを練ってもらう。

一番優秀な学生はたいてい「まだ具体的に何をしたいかははっきりしていないが、何か大きな変化を生むようなことがしたいと思っている」と言う。出発点としては最高だ。

オープンな姿勢と好奇心が、何か有意義なことを見つけてやってみたいという意欲と組み合わさっている。知的好奇心と曖昧さは自信過剰に陥るのを避け、既成概念を問い直し、健全な懐疑心を養うのに欠かせない。

これが努力や意欲と結びつけば、たいていすばらしい事業アイデアが生まれてくる。私の授業でもまさにそうだった。そろそろ問題や目標への取り組み方を変えるべきときが来ているのかもしれない。

そうすることで「オポチュニティ・スペース(可能性の空間)」をつくり出すのだ。

「エウレカ・モメント」をつかまえる

セレンディピティとは予想外の発見をし、それを関連性のある何かと結びつけることだ。それによって命を救える可能性すらある。人類にとって最も有益な発明やイノベーションには、セレンディピティから生まれたものがいくつもある。

自らの置かれた状況を正しく見きわめるだけでセレンディピティが訪れることもある。

映画『アンスポークン』の誕生映画監督のジェニーバ・ペシュカがカナダのトロントからニューヨークへ移ったのは、新しい人生を始めるためだった。

その2年前に離婚を経験し、自分が惰性で生きていると感じるようになっていた。

そこでニューヨークに引っ越すという一番大きな、叶いそうにない夢を実行に移すことにした。

ニューヨークに移る2カ月ほど前、ジェニーバは現地に住む知人たちに、引っ越したらすぐに働きたいので仕事を紹介してもらえないかと連絡を入れた。

すると長いハネムーンに出かけるところだという友人が、自分の仕事を引き継がないかと言ってきた。

友人は知り合いの家族の、8歳になる自閉症の少女を放課後に世話しているという。

ジェニーバはこのチャンスに飛びついた。

何年か経つうちに、ジェニーバと少女エマの一家との絆は深まっていった。

そしてエマが10歳になったとき、コミュニケーション能力が花開いた。

エマの発話パターンは年齢より幼く、「ラピッド・プロンプティング法(RPM)」と呼ばれるステンシル版に書かれた文字を指さしながら単語をつくっていく方法がうまくいくことがわかった。

みんなに自閉症の人たちのことをもっと理解してほしい、とエマに言われたとき、ジェニーバははっとした。

そして自分の思いを聞いてほしいというエマの願いと、ジェニーバ自身の映画制作の経験という2つの点を結びつけた。

エマの意見を伝えるような、その気持ちに寄り添うような物語を映画にできないか。

黒人女性であるジェニーバには、自分の問題を他人の口から語られる不快感はよくわかったので、エマには一緒に監督をしないかと声をかけた。

こうして完成した映画『アンスポークン』はジェニーバにとって、心から大切に思う人を題材にした初めての作品となった。

女優のヴェラ・ファーミガと夫でプロデューサーのレン・ホーキーがともにエグゼクティブプロデューサーとして参画したこの作品は、インクルージョン(あらゆる人を受け入れること)、セルフアドボカシー(障害者など弱い立場にある人々が自らのニーズや権利を主張すること)、人権の大切さを訴えている。

これまでにサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)、国連の「ガールアップ世界サミット」などのイベントや会議で上映された。

最初の出会いから5年が経った今、すべての歯車がかみ合い、これほどすばらしい結果をもたらしたことにジェニーバは驚きを隠さない。

『アンスポークン』という映画を通じて、エマに自らの声を伝える場を与えたことが、ジェニーバ自身が自らの声に気づくきっかけとなった。

「ニューヨークに引っ越した翌日にセントラルパークで出会った8歳の少女と一緒に映画をつくり、自分の声を見つけることになるとは夢にも思わなかった」と振り返る。

今日に至るまで『アンスポークン』はジェニーバが最も誇らしく思っている作品だ。

セルフアドボカシーと人権の重要性に関する世の中の認識を変え、世界中の観客の理性と感情に訴えかけたのだから。

ジェニーバが経験したようなエウレカ・モメントは、「そうか!」という感覚から生まれる。

腑に落ちる感覚と言ってもいいだろう★36。

認知心理学では「処理流暢性」が突然高まることによって、エウレカ・モメントが起こることが明らかになっている。

わかりやすく言うと、私たちがエウレカ・モメントに気づくの

は、自分の思考に欠けていた要素、それまでは存在していたことすら気づかなかったギャップが埋まった証なのだ★37。

キャスターつきスーツケースの発明そんな例の1つとして、キャスターつきスーツケースの発明を見ていこう★38。

1970年代、バーナード・D・サドウは家族旅行の帰り道、空港で重いスーツケースを2つ運ぶのに苦労していた。

税関の列に並んでいると、職員が重い機械を台車に載せて軽々と運んでいくのが見えた。

サドウはこの光景を、自分が重い荷物を持ち上げて運ばなければならないという事実と結びつけた。

当時働いていた旅行カバン会社に出社すると、家具用のキャスターを重いスーツケースに取りつけてみた。

スーツケースの前面に紐をつけて引っ張ってみると、思わず「いけるぞ!」と声が出た。

こうしてキャスターつきスーツケースが誕生した。

それまで関連がないと思われていた事実、存在することすら知られていなかった事実や知識を結びつけるこのようなバイソシエーションは、セレンディピティが生まれる素地を整える。

セレンディピティは私たちが問題を定義し、解決策を求めるから生まれるのではない。

むしろ問題と解決策を同時に発見したときに生まれることが多い。

新たな解決策に気づいたら、それを人生やビジネスにおける従来のやり方と比べてみる。

新しいほうが明らかに優れていれば、セレンディピティはチャンスになる。

解決策を発見したとき、初めて問題が存在していたことに気づくというケースは多い★39。

イノベーションの専門家であるエリック・フォン・ヒッペルとゲオルク・フォン・クローは、問題やニーズをもとに地図を描いてみることを提案する。

つまり物理的場所のようにとらえるのだ。

次に、それぞれの問題やニーズに対する解決策の地図を描いてみる。

この2つの地図を重ねてみる、あるいはニーズの地図と解決策の地図の対応箇所を結んでみる。

たとえば医者が作成する問題の地図には、患者の示すすべての症状や苦しみが描かれるだろう。

一方解決策の地図には、この医者のプライベートあるいは仕事上の経験や情報、作業環境、文献、研究施設など、解決策を探すのに役立ちそうなすべての要素が書き込まれる。

問題解決(医者の場合は患者を救うこと)とは突き詰めれば、問題の地図上の特定の場所を、解決策の地図上の特定の場所と結びつけることだ。

セレンディピティはそれまで関係がないと思われていた2つのモノの間につながりが見つかったときに起こるので、私たちは後づけでそれを問題と解決策としてとらえる。

もともと問題があることに気づいてもいなかったのに、自分はずっとその問題を解こうとしていたのだと、自らの経験を合理的に説明しようとする。

バーナード・D・サドウとキャスターつきスーツケースの例をもう一度考えてみよう。

理屈のうえでは、空港内で重いスーツケースを運ばなければならないという問題への解決策は、もともと存在していた。

空港が提供するカートを使えばいいのだ。

このような解決策があらかじめ存在していたために、誰も問題があることに気づいていなかった。

少なくとも問題を解決するために積極的に努力していなかった。

だがキャスターつきスーツケースが登場すると、誰もが従来の荷物カートには問題があったことに気づく。

それもきわめて深刻な問題だ。

空港には十分な数の荷物カートがあるだろうか(めったにない)。

利用客が使いたいときに使いたい場所にあるだろうか(必ずしもそうではない)。

チェックインの行列に並んでいるとき、扱いやすいだろうか(扱いにくい)。

エスカレーターに乗れるか(絶対に無理)。

私たちは新たな解決策が登場して初めて、それまでのやり方に問題があったことに気づく★40。

たいていこのプロセスは直感的に、そして無意識のうちに行われる。

だがそれを論理的に説明しようとすると、実態よりも直線的なストーリーとして描くことが多い。

実際はそうではないにもかかわらず、後から振り返ってもともと問題を認識しており、それに対して解決策を考えたのだと自ら欺くのだ。

読者のみなさんは本能的に「そんなはずはない」と感じるかもしれない。

問題があると知らなければ、どうやって解決策を思いつくのか、と。

問題と解決策を同時に発見するというのは、私たちがイメージする問題解決のあり方にそぐわない。

だがここで思い出してほしいのは、私たちは問題解決の方法を事後合理化しがちだという事実だ。

まず問題を認識し、それから解決策を探すと考える傾向がある。

多くのビジネスリーダーが、自分の成功をさまざまな偶然が重なった結果ではなく、計画を慎重に遂行した結果として記憶しているのもこのためだ。

この自然な習性は一見無害なようだが、実はとても有害にもなりうることを改めて指摘しておこう。

というのも、これが問題解決のあるべき姿だと考えると、自分にも周囲にも同じように狭い枠のなかでの問題解決を期待するようになるからだ。

ポジティブ・デビアンス

すでにいくつかセレンディピティを起こりやすくするテクニックを紹介してきた。

たとえば質問や問題をオープンエンドにすることで、方向性を示しつつ、解決策を探す範囲を狭めないようにするといったことだ*。

ただ新たな発想を刺激する手法は、まだたくさんある。

いずれもオープンエンドな質問をベースとする。

人生やビジネスの手足を縛り、セレンディピティを起こりにくくする凝り固まった心的モデルを打ち破るのに役立つはずだ。

一例が「ポジティブ・デビアンス(好ましい逸脱)」と呼ばれるアプローチだ★41。

母集団(人、企業、組織)を見て、平均から「良い意味で」逸脱する個別のケースを探す。

たとえばサブサハラ・アフリカのコミュニティを支援し、そこに住む家族の健康状態を改善したいという壮大な野心を北極星として掲げる組織があるとしよう。

その場合、そのコミュニティのなかの「ポジティブ・デビアンス」、つまり特に健康な家族を探すことに集中する。

こうした戦略の前提となるのは、この家族は良い健康状態を維持する何らかの方法を発見しており、それは同じコミュニティの他の住人にも役立つかもしれないという考えだ。

それからこのポジティブ・デビアンスの家族のどんな行動が健康な状態と結びついているのか見きわめようとする。

そこから浮かび上がった特定の食べ物の摂取が多い、あるいはきれいな水の確保にこだわるといった日常の選択が、他の住民にも役立ちそうであれば、ベストプラクティス・モデルが見つかったことになる(同じような理由から、定性的調査では興味深い、予想外の事象を見つけるため「極端なケース」を探すことが多い)。

同じアプローチはビジネスの場でも有効かもしれない。

一番生産性が高いのはどの従業員か、どのチームか。

他とやり方が違うのはどこか。

組織内の他の人々も同じやり方を実践できるだろうか。

ポジティブ・デビアンスのアプローチでは、まずうまく行っていることを特定し、そこから判明した好ましい属性が、それまで存在すら認識していなかった問題の解決に役立つかを判断する。

サンドボックスははからずもポジティブ・デビアンスの発見に力を注ぐことになった。

コミュニティへの参加希望者に、自分を特別な存在にしているものは何か、説明してほしいと求めたのだ。

応募者には、自分の好きな方法や形式でクリエイティブな成果を示してほしいと伝えた。

つまり、こちらが「Wow(ワオ)!」と驚く何かを提出してもらったのだ。

ユニークで予想外のスタイルを持つ、クリエイティブなはみだし者を探したのだ。

今から思えば、これはある種のポジティブ・デビアンス探しだったのだと思う。

それを通じてサンドボックスは、人生という胸の躍る冒険において他の人々にも刺激になるようなクリエイティブなアプローチを発見することができた。

当初はヘッドハンティング会社に相談し、とびきり刺激的な人材を見つけるのに役立つ枠組みを提案してもらった。

だが学歴、職務経験など提案された評価基準は、サンドボックスが飛びぬけて刺激的と考える人材と合致していなかった。

たとえばフレイザー・ダハティは14歳のとき、祖母の台所でジャム会社を創業した。

16歳になる頃には、大手スーパーチェーンのテスコの店頭にフレイザーのジャムが並んでいた。

この少年には立派な学歴も職歴もなかった。

だが14歳でこれほどの独創性を発揮していたフレイザーに、われわれは「Wow!」と脱帽した。

「Wow!」を基準とすることで、評価チームは一流の学歴や職歴の代わりに、その人物の本当の魅力を理解できるようになった。

もちろん学歴や職歴も評価対象に含めてはいたが、評価プロセスで最も意味を持ったのは、この「Wow!」基準だった。

たとえば現在アーリーステージの投資家として活躍しているウィリアム・マクィランは、自分の職歴、世界放浪の旅やジャングルでの経験を飛び出す絵本にまとめ、自分がサンドボックスのメンバーにふさわしいことをアピールしてきた。

*ビジネスの現場で、最高経営責任者や会社は自らにこんな課題設定をすることが多い。

「財務目標を達成するためには、製品をもっと上手に、あるいはもっと安く生産する必要がある」。

だが、それをこんな具合に言い換えてみたらどうだろう。

「既存の流通チャネルで、利益を確保できる製品があれば、何を生産したっていいじゃないか。

どんな選択肢がある?」。

それによって同じような状況に置かれた他の会社からヒントを得ようという発想が生まれるかもしれない(このテーマについては以下を参照。

VonHippelandvonKrogh,2016)。

近年、自らを「製造業」と定義するのをやめ、自社に解決できそうな問題は何かを検討する企業は増えている。

それは未来の競争相手は今の競合ではなく、世界中のアマゾンやグーグルのような会社(市場ニーズを理解するのに必要なデータを持っている会社)になると考えているからだ。

アマゾンが既存事業に加えて、医療や保険分野に進出しているのは、この環境変化を象徴する動きだ。

第8章で紹介するフィリップスの取り組みも、同じ変化の表れである。

自然発生的な「ゆるい」アプローチ今日サンドボックスは、セレンディピティと呼ぶにふさわしいアイデアや出会いが生まれる場所となっている。

(メンバーの共通の価値観やコミュニティに対するコミットメントに支えられた)信頼感、そしてさまざまな分野の人材を集めることによる思想や視点のダイバーシティ(多様性)によって、セレンディピティにうってつけの環境ができ上がっている★42。

サンドボックスのメンバーの多くは、新しい方法や製品を早い段階で使おうとする「リード・ユーザー」でもある(企業が気づいていない問題を発見するハッカーも、リード・ユーザーの一種と言えるだろう。

だからこそセキュリティ会社などには貴重な人材になり得る★43)。

ここからわかるように、質問、問題、目標、あるいは応募プロセスをどのように設定するかは、そこから生まれる解決策のクリエイティビティ、新規性、有効性、さらには私たちのセレンディピティを経験する能力を大きく左右する。

とりわけニーズや問題が複雑で、事実が変化し、不確実な状況では、問題をきっちり定義しすぎるのは禁物だ。

もちろん、あらかじめ問題の範囲を絞り込み、明確にしておくことが有効な場面もある。

とりわけ安定した組織や確立されたプロセスがある場合には、それが役に立つだろう。

豊田佐吉の「5つのなぜ」のように、問題を発見するための厳格な手法が有効な場合もある。

しかし考え方、デザイン、製品、問題解決の真のイノベーション、あるいは大胆な変革は、もっと自然発生的な「ゆるい」アプローチから生まれることが多い。

まとめ

本章では、セレンディピティを育み、オポチュニティ・スペースを広げるような思考プロセスや問題解決の方法を見てきた。

「リフレーミング」、すなわち世界を見る枠組みを変えることで、他の人にはギャップしか見えないところに橋が見えてくる。

問題を別の角度から見てみれば、相手の立場ではなく本当の関心が見えてくる。またポジティブ・デビアンスを探す方法などは、どのような選択肢があるかを理解し、活用するのに役立つ。

ただセレンディピティが生まれるプロセスはたいてい独立した出来事というより、長い旅のようなものだ。最後まで集中力を切らさずにセレンディピティを実現するためには、相当な意欲や刺激が必要だ。

次章ではオポチュニティ・スペースを生み出し、活用するための心構えを考えていく。だがまずはセレンディピティに意識を集中し、「セレンディピティ筋」を鍛える必要がある。

【セレンディピティ・ワークアウトセレンディピティに意識を集中する】

1カンファレンスなどのイベントで、初対面の人に「仕事は何ですか」と尋ねるのはやめよう。

「今、どんな気分ですか」「今、どんな本を読んでいるのですか。その本を選んだ理由は?」「〇〇について、どこが一番おもしろいと思いましたか」などと聞いてみよう。

そうすれば決まりきった返事が返ってくることはなく、刺激的な会話やセレンディピティにつながる可能性がある。

2多少親しくなった相手には「やりがいを感じるのはどんなときか」「これからの1年でやろうとしていることをひと言で表すと何か。

その理由は?」「他人に何と言われようとも、これだけは譲れないということがあるか」と尋ねてみよう。相手の答えに興味を惹かれる点があったら、さらに深く突っ込んでみよう。

3データや細かな情報ではなく、相手しか話せない経験について尋ねよう。

「出身はどこですか」「X国に行ったのはいつですか」の代わりに、「そこでどんな経験をしたのですか」「なぜ〇〇をしてみたいと思ったのですか」と聞いてみよう★44。

すでに知っている相手なら、絆を深めるための雑談から一歩踏み込み、いつもとは違った質問を投げかけてみよう。たとえば「週末は何をしていたの?」の代わりに、「この週末、大笑いしたことがあったら教えて」と聞いてみよう。

4質問をするのが難しい状況であれば、相手の興味を惹くような言葉を発してみよう。たとえば「すごく興味をそそられる話を聞いた」と言ってみると、相手から質問が出るかもしれない。

5夕食会やイベントのホストを務めるときには、自己紹介を何の仕事をしているかだけで終わらせないようにしよう。

状況や参加者のタイプにもよるが、「今関心を持っていること」「今一番夢中になっていること」あるいは「今挑戦していること」を話してもらおう。仲間内の親密なディナーなら「今のあなたを形づくっている経験を教えてくれませんか」と尋ねてみてもいい。

6誰かがあなたに話しかけているときには、熱心に聞き、行間を読もう。何か問題があるという話なら、それをそのまま受け入れるのではなく、「なぜ」「どうして」と突っ込んでみよう。根底にある本当のニーズや根本原因が判明するかもしれない。

7何も制約がなく、絶対に失敗しないとわかっていたらやりたいことを3つ書き出してみよう。

次に、なぜ制約があると思うのかを書いてみよう。それから制約をリフレーミングする方法を3つ挙げてみよう。そして実行に移そう。

8あなた自身の物語を語ってみよう。

ノートを開き、興味のある分野、興味を惹かれるものを書き出し、それを物語と関連づけてみる。何も浮かばなければ、友達にこう尋ねてみよう。

「私について考えたとき、真っ先に思い浮かべる特徴やテーマは何?」「私や私の人生の最大の魅力って何だと思う?」「私が本を書くとしたら、何について書いたらいいかな?」。

あなたの物語やその一番大切な要素がわかったら、機会を見つけて人前で話してみよう。そして一番しっくりするものを何度も口に出してみよう。

「仕事は何をしているの?」と聞かれたら、その物語を聞かせてみよう(あまり長くなりすぎないように!)。

★1MertonandBarber,2004;PinaeCunhaetal.,2010.★2BuschandBarkema,2019;Kirzner,1979;MertonandBarber,2004;PinaeCunhaetal.,2010.以下も参照。

Dew,2009.★3これらの洞察は以下より引用した。

BuschandBarkema,2017.私たちは定性的研究方法により、数年にわたってデータを集めた。

現場を複数回訪れ、観察、インタビュー、記録データ分析を実施した。

★4Wiseman,2003.★5同上。

★6抽象的なものを具体的にすると、自分が状況をコントロールしているという実感が持てる。私は今でも博士号を取得するために、いつ終わるともしれない研究に取り組んでいた時期を思い出す。1つの壮大な問いを巡る5年間の研究と執筆作業だ。

不安でいっぱいの、自分ではどうにもコントロールできないように思われた時期だった。だが友人との議論を通じて、すぐに実行可能なアイテムに分解できることに気づいた。

たとえば4本の論文を書き、それぞれを明確な目標のある「独立プロジェクト」として扱うのだ。それによって研究そのものが何とかなりそうな気がしてきて、よく眠れるようになった。状況をコントロールできると思えると、目的が明確になり、生きていくのが楽になった。

★7Busch,2012;Gyori,GyoriandKazakova,2019.★8これはフォーチュン500企業のCEOがリーダーズ・オン・パーパスのチームに語ってくれた「自転車理論」とかかわりがある。

このCEOにとって重要なのはエネルギーを持って組織を動かしていくことであり、しかもそのエネルギーは有限ではなく、自ら生み出すことができるという認識を持つことだ。

それは自転車に乗るようなものだという。自転車が停止しているときに方向を変えようとしても転んでしまう。大切なのは、自転車をこぎ続けることだ。完璧に正しい方向に進む必要はない。とにかく前進し、その過程で方向は修正していけばいい。走っていれば自転車の方向は変えられる。

★9www.theguardian.com/news/oliverburkemansblog/2014/may/21/everyoneistotallyjustwingingit.★10Gyori,GyoriandKazakova,2019.★11これは謙虚さのモデル化に関する過去の研究(OwensandHekman,2006)と重なる。

広範な事業を手がける世界最大のコングロマリットの1つであるマヒンドラ・グループCEOのアナンド・マヒンドラは、廃棄物をエネルギーに転換する事業は偶然生まれたといい、それ以降「矛盾していると思うかもしれないが、セレンディピティを制度化することに真剣に取り組んできた」と語る。

★12Dweck,2006.★13Doidge,2007;KolbandGibb,2011.企業が変化し続ける環境で機会をつかむには、市場ニーズの理解、目的、意識的問いかけが不可欠であることが研究によって示されている(Danneels,2011;Gyori,GyoriandKazakova,2019)。

★14ヘンリー・ミンツバーグとサラス・サラスバシー以降の研究者は、「エマージェント戦略」や「エフェクチュエーション」のほうが戦略的計画立案より企業の実態を反映していると主張してきた(ただビジネススクールのほとんどが、いまだに戦略的計画立案を重視している)。

特にアントレプレナーシップの領域においてその傾向が強いことは、サラスバシーの著書『エフェクチュエーション』に説得力をもって描かれている。

しかもそれは繰り返されることが多い(Sarasvathy,2008)。

エフェクチュエーションは非予測的コントロールという考え方に基づいている。これは未来をコントロールできる企業ほど、未来を予測する必要がなくなることを意味している。未来を予測できない、変化の激しい環境に対応しなければならない個人にとっても大いに参考になる。

★15以下も参照。

BuschandLup,2013;Merrigan,2019.★16VanAndel,1994;Williamsetal.,1998.★17DiazdeChumaceiro,2004;NapierandVuong,2013;VanAndel,1994.★18WhartonBusinessSchool,2017.★19たとえば経験の乏しいスタートアップ企業の創業者はたいてい警戒心が高く、貪欲に情報を探し求めるものの、探究の的があまり絞られていない。

対照的に経験豊富な経営者は、既定のルートにとどまる傾向がある(Busenitz,1996)。

★20PinaeCunhaetal.,2010.以下も参照。

Kornbergeretal.,2005;Miyazaki,1999.★21Miyazaki,1999.以下も参照。

Kornbergeretal.,2005.★22産業界にはこの種のアプローチがたくさんある。

たとえば因果関係を追跡する「特性要因図」を使うと、表層的問題を掘り下げて根底にある原因を突き止めることができる。

問題の原因となりそうな事象を探し、それを回避するための対策を実施する「フォルトツリー解析」によって、問題を未然に防ぐこともできる。

これは失敗が許されない分野において特に重要だ。

原子炉や航空機については、問題の兆候が表れてから原因を探るのでは遅すぎる。

起こり得る問題を探り、そもそも起こらないようにするほうがいい(私は飛行機に乗るたびに、そのような分析が行われた「はずだ」と自分に言い聞かせる)。

以下も参照。

InternationalElectrotechnicalCommission,2006;VonHippelandvonKrogh,2016.★23VonHippelandvonKrogh,2016.★24以下などを参照。

Kurupetal.,2011;SmithandEppinger,1997;ThomkeandFujimoto,2000;Volkema,1983;VonHippelandvonKrogh,2016.★25EmirbayerandMische,1998;SchwenkandThomas,1983;VonHippelandvonKrogh,2016.★26最も重要なのは、探索戦略の効率と効果、すなわち「探索の経済性」を見きわめることだ。

リソース(このケースでは医者の時間)が限られており、問題が複雑であることから、通常はアルゴリズムの「最適化」より「満足化」によって決まる(FlemingandSorenson,2004;Garrigaetal.,2013;LaursenandSalter,2006)。

★27Simon,1977.★28この手法ではまず構造化されたプロブレム・ステートメントが作成され、それからソリューションが存在しうる範囲全体に目の粗いデジタル網を投げかけ、望ましいソリューションの「ピーク」のおおよその位置をたしかめる。

それから徐々にデジタル網の目を細かくしていき、最も有望な領域に投げかけ、最も満足度の高いソリューションを発見する。

具体的なルール(広がり優先か、深さ優先かなど)に応じて、特定の制約条件の下での潜在的結果が特定される(GhemawatandLevinthal,2008;LevinthalandPosen,2007;VonHippelandvonKrogh,2016)。

★29Stocketal.,2017;VonHippelandvonKrogh,2016.★30TyreandVonHippel,1997;vonHippelandTyre,1996;VonHippelandvonKrogh,2016.★31Grφnbæk,1989;ThomkeandFujimoto,2000;VonHippelandvonKrogh,2016.試行錯誤を重視した同じようなアプローチは以下を参照。

Hsiehetal.,2007;Kurupetal.,2011;Nelson,2008.

★32Ferréetal.,2001;VonHippelandvonKrogh,2016.以下のレビューも参照。

Conboy,2009.★33Toms,2000.以下も参照。

Dew,2009;Graebner,2004;McCayPeetandToms,2010;Stocketal.,2017.★34Stocketal.,2017.以下も参照。

CosmelliandPreiss,2014;SchoolerandMelcher,1995.★35KleinandLane,2014.★36Stocketal.,2017.以下も参照。

CosmelliandPreiss,2014;SchoolerandMelcher,1995.★37CosmelliandPreiss,2014;PelapratandCole,2011;TopolinskiandReber,2010.★38事例は以下より引用した。

VonHippelandvonKrogh,2016.★39VonHippelandvonKrogh,2016.一部の研究者(FelinandZenger,2015)が指摘するように、当然ながら私たちにとって目新しいことでも、他の人にとってはそうではなく、すでに「ステップ・バイ・ステップ」の慎重な方法で実践されている可能性はある。

★40フォン・ヒッペルとフォン・クローは他にもさまざまな事例を紹介しており、とりわけ有益なものが2つある。

①あなたに子供がいるなら、次のような状況を想像してみよう。

ある店のショーウインドーに自転車用ベビーキャリアが展示されていた。とても安全で頑丈に見える。これまでは車で娘を保育園に送迎していた。ただあなた自身は自転車に乗るのが大好きだ。そこで突然、こう思う。

「これまでベビーキャリアが必要だとは思っていなかったが、これがあれば私の日々の生活が大きく改善するんじゃないか。車で送迎する代わりに、毎日娘を自転車で送れるのだから」と(ロンドンやニューヨークより北欧諸国にありそうな話だ)。

②あなたは仕事で見本市に来ている。

「どんな商品が出ているのか」調べておこうという考えだ。自分が興味のある商品の見当はついているが、主な目的は探究だ。そこで偶然、新しい給与処理ソフトを販売している会社のブースを見つけた。

ライバル社のソフトよりも特定のニーズや問題を効果的に解決するという。特段給与処理システムを変更するつもりはないが、とにかく話を聞くことにした。すると大勢の社員がフレックス勤務をしている大企業にはうってつけであることがわかった。

それこそまさにあなたの会社が採用しようとしている雇用戦略だ。そこであなたは初めて、既存の給与処理システムでは新たな雇用戦略に対応できないことに気づいた。

★41Bradleyetal.,2015;Krumholzetal.,2011.★42Merrigan,2019.★43リード・ユーザーのアプローチは、イノベーション専門家のエリック・フォン・ヒッペルからヒントを得たものだ。

リード・ユーザーとは通常(常にではないが)特定のシステムやテクノロジーのアーリーアダプターとして、その活用法をとことん追求する人々だ。

幅広いユーザーが採用するはるか以前に、システムやテクノロジーの限界やリスクを発見する傾向がある。開発者が問題に気づく前に解決策を考えてしまうこともある(Churchilletal.,2009;VonHippel,1986)。

★44この発想は、トリガー・カンバセーションズ創設者のジョージー・ナイチンゲールから学んだ。このテーマに関するジョージーのTEDxでの講演は以下を参照。

www.youtube.com/watch?v=ogVLBEzn2rk.ジョージーは会話の質を高めるのに役立つとして、以下のTEDトークを推奨している。

www.ted.com/talks/celeste_headlee_10_ways_to_have_a_better_conversation/discussion?quote=1652.

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