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第2章Chapter2なぜ、優れたビジョンを持つ企業は成長し続けるのか

ビジョンの生まれ方は一様ではありません。企業が誕生する前に天啓のように降りてきたビジョンもあれば、企業活動の中からじっくりと育まれたビジョンもあります。

また、明確にビジョンとして示されたことばだけなく、ビジョンと呼ばれていないことばでも、明らかにその企業のビジョンだと推察できるものもあります。

この章では、各社各様に存在するビジョンがどのように、その企業を導こうとしているのか。そして、どのように成長をもたらすのかを見ていきたいと思います。

目次

ビジョンを持った企業だけが生き残る

GAFAをご存じでしょうか。Google、Apple、Facebook(フェイスブック)、Amazonの頭文字を取った呼び方です。

この4社に動画配信サービスのNetflix(ネットフリックス)を加えたFAANGという呼び方もあるようです。

ここにMicrosoft(マイクロソフト)を加えれば、いま世界を席巻しているアメリカのIT系企業が揃うことになります。

Apple、そしてAmazonは、企業として時価総額が史上初めて1兆ドル、日本円で110兆円を超えました。

これらの企業に共通するのは、強烈な自負を抱えた経営者が経営している、あるいは経営していたこと。そして、いままでにないビジョンを携えて世の中に登場し、猛烈に成長しているという事実です。

ニューヨーク証券取引所に上場している企業の時価総額ランキング(2018年10月時点)を見ると、順にApple、Amazon、Microsoftが並び、Facebook、Googleもその後に続きます。

10位以内につけている企業のうちIT系でないのは金融のJPMorganChase&Co.(ジェイピーモルガン・チェース・アンド・カンパニー)、Johnson&Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン)、ExxonMobilCorporation(エクソンモービル)の3社。

中国の阿里巴巴集団(アリババ・グループ・ホールディング)を入れると、すべて創業者の個性が強烈に匂うIT系企業です。

日本のソフトバンクが出資していたことでも話題になったアリババ・グループ・ホールディングは、ショッピングサイトの「淘宝網(Taobao)」や電子マネーサービスの「支付宝(Alipay)」や検索サイトなどを運営する会社で、創業者の馬雲(ジャック・マー)氏が1999年に創業しています。

アリババを小売業として見ると、年間の流通額は5400億ドル超、日本円で59兆円もの巨額で4800億ドル超のWalmartInc.(ウォルマート)を抜き、オンライン、オフラインを問わず世界最大の小売企業です。

この売り上げはAmazonの売り上げの3倍以上で、日本の国家予算の半分を超えます。いかに物凄い売り上げかが分かります。

興味深いのは、Amazonが「ジ・エブリシング・ストア」というビジョンを掲げてまい進している一方で、淘宝網も同じようなコンセプトの「見つからない宝物はない、売れない宝物はない」というキャッチフレーズを掲げて成長してきたことです。

同様に興味深いのは、これらランクインしたテクノロジー系の巨大企業は自らの出自や発展の仕方に違いはありますが、大きなビジョンを掲げ、自分たちの進化にほとんど制約を設けていないことです。

この章では、AmazonとGoogleを例に、ビジョンがどのような働きをしているのかを見ていきたいと思います。

誕生時から不変のAmazonビジョン

私は、かなりのAmazonユーザーです。かなりと書いたのは、購入だけでなく検索も含めると、Amazonを利用しない日はないからです。まず、本の8割はAmazonで購入します。

それ以外にもプリンターのインクや紙、パソコン関連の品物、文具、サプリメント、薬、家電…………変わったところでは庭の枝切り用の電動バリカンなんてものも買っています。

ここ4~5年の購入品数は年間180品くらいから220品前後。ほぼ2日に1回は注文を出しています。

それ以外にも、いろいろな本や製品の評判をチェックしたりすることもよくあります。

また、それほど数は多くないのですがプライム会員用のビデオを見たり、音楽を聞いたりもしています。

かつ、わが家にはAmazonEchoDot(アマゾンエコードット)も置かれているので、毎日「アレクサ!」と呼びかけて翌日の天気などを教えてもらっています。

また、夜眠る前にはKindleOasis(キンドルオアシス)で本を読んでいます。こう書きながら、ふだんの生活の中で、Apple以上の存在感を持っていることに気づきます。

Appleの場合はiPhone、AppleWacth(アップルウォッチ)、iPad(アイパッド)などのデバイスへの接触こそ頻繁ですが、AppleStore(アップルストア)での購入はそれほど多くはありません。

Amazonの場合は独自デバイスこそOasisとEchoDotだけですが、購入頻度も金額も圧倒的です。私のAmazonへの依存率はGAFAの中でも最大だと言っても言い過ぎではないでしょう。そして、すっかり「Amazon=書店」というイメージは無くなりました。

私の購入履歴では本の購入が圧倒的ですが、それはこうして執筆したり、コンサルティングを行う自分の職種がかなり影響しているのであって、Amazonを頻繁に利用している方ほど〝何でも売っているネットショップ〟というイメージに近いのではないかと思います。

一見、これは書店から総合スーパーへ業態を転換したように見えます。

でも、Amazonの歴史を学ぶと、これは創業者のジェフ・ベゾスが当初からイメージしていたビジョンに、ただ淡々と近づいているだけだということに気づかされます。

ごく初期に芽生えていたAmazonのビジョン

Amazonの誕生は、創業者のジェフ・ベゾスが、1990年にD・E・ショーというヘッジファンドにネットワーク開発責任者としてスカウトされたことを抜きには語れません。

D・E・ショーの創業者であり、ジェフ・ベゾスの雇用主でもあったデビッド・ショーは、その当時人手で行われていた株の「裁定取引」をコンピューター・ネットワーク上で行えないかとベゾスを雇います。

プリンストン大学でコンピューター・サイエンスを学んでいたベゾスは、まだMicrosoftのWindows95も出ていない、1994年の初め頃から、ショーといっしょにインターネットでのビジネスを検討し始めます。

そして、この過程でベゾスはインターネットの驚異的な可能性に気づきます。彼がもっとも驚いたのは、その成長率でした。

1993年1月から94年1月のデータ量の急増ぶりを見て、彼はインターネットの成長率を前年比で2300%と割り出します。

これがどれほど凄いことか。

100人の顧客が3年後には140万人近くに膨れ上がる計算になるのです。

ベゾスはインターネットの素晴らしい可能性に気づくとともに、ショーとのビジネスの検討の中から、天啓のようにあるビジョンを獲得します。

それが、次のものでした。

TheEverythingStoreジ・エブリシング・ストアこれはインターネットでメーカーと消費者をつなぎ、世界中にあらゆる商品を販売するということを意味します。あらゆる商品と消費者をスムーズに、ダイレクトにつないでいくイメージです。

本のタイトルにもなっている「すべてのものが買えるお店(ジ・エブリシング・ストア)」が、いまでもAmazonの小売業として目指す姿です。

インターネットの黎明期に、この発想が降りてきたのは幸運としか言いようがありません。

成功するためには、適したタイミングに、適した場所に居ることが必要だと言いますが、べゾスはこうした運も持っていたのでしょう。

その後、ベゾスは大手ヘッジファンドのD.E.Shaw&Co.(ディーイーショー)を退社し、Amazonの前身となる会社をわずか数名で立ち上げ、本の売り方を学ぶために書店開業セミナーに参加します。

このセミナーで、講師が話した顧客サービスの一つのエピソードが、ベゾスのビジョンを完成させることになります。

そのエピソードとは……。

書店の前にクルマを止めた女性客が、バルコニーのプランターから土が落ち、クルマが汚れたと怒ったのですが、その書店のオーナーは「ではクルマを洗いましょう」といって女性のクルマに同乗し、近所のガソリンスタンドへ向かったのです。

スタンドは、あいにく休みだったのですが、オーナーはここで諦めずに彼の自宅へ移動し、自らの手でクルマを洗ったのです。

女性客は書店オーナーの誠意ある行動に驚き、ついには気持ちをやわらげていっただけでなく、午後には再来店してたくさんの本を買ったのです。

この話に心を動かされたベゾスは「顧客サービスをAmazonの礎にする」ことを決めます。こうして、創業者の心に宿ったビジョンが完全に姿を現します。

それは「すべてのものが買えるお店」であり、そうであるために次のグローバル・ミッションを設定します。

地球上で最もお客様を大切にする企業であることAmazonのFacebookページAmazon.comには、ミッションと題された文字の下に、この二つの内容が「私たちのビジョン」として英文で表記されています。

OurvisionistobeEarth’smostcustomercentriccompany;tobuildaplacewherepeoplecancometofindanddiscoveranythingtheymightwanttobuyonline.われわれのビジョンは、地球上で最も顧客中心の企業であること。

つまり人々がオンラインで買いたいと思う可能性のあるあらゆるものを探し出し、発見しに来ることができる場所をつくることである(訳文筆者)。

しかし、なぜ、Amazonはネット上の書店として出発したのでしょう。

それは技術に明るく優秀だとはいえ、資金もない経験もない30歳の若者が、すべての商品をいきなり扱えるわけもないからです。

ベゾスは非常に冷静に、「1種類での無限の品揃え」ができる最初の商品として、コンピューターソフト、事務用品、アパレル、音楽など20以上もの候補の中から本を選びます。

  1. ①商品として良く知られている
  2. ②市場が大きい(当時の書籍全米売上は年間190億ドル)
  3. ③競争は激しいがインターネット参入には大きな余地がある
  4. ④スタートアップでも仕入れが容易(大きな取次から仕入れ可能)
  5. ⑤本にはすべてISBN番号が振られ、販売書籍のデータベース作成が容易
  6. ⑥自前在庫の必要がなくディスカウントのチャンスがある
  7. ⑦送りやすく送料も優遇されている
  8. ⑧検索しやすく探しやすい

……検討していくと、書籍ほどインターネット販売に適した商材はなかったのです。

プリンストン大学卒業式祝辞(2010年)でべゾスは「オンラインだからこそ可能になる超大規模な本屋」をつくろうと思ったと語っています。

「すべてのものが買えるお店」を、まずは「すべての本が買えるお店」としてオープンさせたのです。

地球上で最も顧客中心の企業とはどんな企業なのか?

私は、Amazonの凄さは、地球上で最も顧客中心の企業であることを実現するために、創業当初から、まったくブレずに、その一点だけを突き詰めていることにあると思っています。

ある年の事業報告には「Amazonの452目標のうち360は顧客満足に直に繋がるものとする」とあります。

それは「人々が買いたいと思うもので最適のものがすぐに見つけられ」「できるだけ少ない手間(1クリック)で買えて」さらに「安く買えて」そしてドローン配送を研究しているように「すぐに届く」お店です。

ベゾスは「顧客から始めて逆向きに考えていく」ブランドであろうとしています。そして、「我々はモノを売って儲けているんじゃなく、買い物についてお客が判断するとき、その判断を助けることで儲けている」存在だ、という認識に到達します。

これは「地球上で最も顧客中心の会社」がつくる「すべてのものが買えるお店」というビジョンが、ある種の哲学として深みを増していく過程と捉える事ができます。

優れたビジョンを持つ企業は、時代の流れを洞察し、顧客と触れ合い、ライバルと闘う中で、こうしたビジョンの深化を経験します。

顧客のためのサービスを具体的に見ると、2017年だけでも、銀行口座やクレジットカードを持たない人がインターネット通販を利用できるようにした「AmazonCash(アマゾンキャッシュ)」、服をeコマース(電子商取引、ECとも言う)で買う際の「購入前の試着の不可」や「返品にかかる送料」などの懸念点を解消した「AmazonPrimeWardrobe(アマゾンプライムワードローブ)」などをデビューさせました。

この他、家庭用人工知能アシスタントの「Amazonecho(アマゾンエコー)」など、常に革新性をもって進んでいます。

日本でもサービスを受けられる地域は限られますが、お気に入りの商品が1時間で届く「AmazonPrimeNow(アマゾンプライムナウ)」、4時間以内に生鮮食品お届けで配送料は1回500円の「Amazonfresh(アマゾンフレッシュ)」などがスタートしています。

さらに、電子ブックリーダーの「kindle(キンドル)」や、家庭でさまざまなエンターテインメントを楽しめる「AmazonFireTV(アマゾンファイアティーヴィ―)」、お気に入り商品のボタンを押すだけで届ける「AmazonDashButton(アマゾンダッシュボタン)」など、あらゆる形態のサービスを生み出そうとしています。

2018年1月には、アメリカのシアトルにレジがない、スマートフォンを持ち込むだけで決済できるコンビニ「Amazongo(アマゾンゴー)」の第1号店がオープンしました。

さまざまな企業が掲げる「顧客第一」ですが、これほどの規模で、これほどの徹底性(旧い業態を破壊することをまったく厭わない!)で、そして、これほどのスピードで行っている企業は、現時点ではAmazon以外に見当たりません。

Amazonの本当の凄さは、何度も言いますが、3名での1994年創業時から、ビジョンに向かって進むという行動にまったくブレがないことです。

ややブレながらも、おおよそ真っすぐに進んでいる企業はそれなりにあると思います。しかし、行っていることに一点の曇りなく、ビジョンに向かう企業は非常に少ない。

未来を熱く夢見つつも、縦横にスピーディに変化することを厭わない。戦略では遠くを目指し、ブレさせずに、戦術面はその場で即応しながら柔軟に対応する。

これはビジョンづくりと、その実現の仕方の大きなヒントになります。2018年のアメリカにおけるeコマースのAmazonシェアは49%です。

2位のeBayが6・6%、3位のAppleが3・9%なので、その地位は圧倒的です。全米EC成長率の伸びの半分以上はAmazonが占めており、アメリカのプライム会員数は8500万人以上で、さらに伸び続けています。

完全な独走状態であり、ライバルがつけ入るのは相当に困難なことかもしれません。

アメリカ在住のプライム会員にとっては、Amazonはほぼ電気・ガス・水道などと同様の存在へと進化しています。

日本に住む私自身でさえ、もう、Amazonなしの生活は考えられません。

たぶん、私たちが水道を意識しないで使っているように、今後、Amazonは世界中で「生活インフラ」として、ほぼ意識しないような存在へと進化していくような気がします。

それが良いことなのか悪いことなのかは別にして。

いずれにしても、企業のすべての行動、パワーを、ただひたすらに自分たちが信じるビジョン、ミッションの実現に振り向けたときに何が起こるのか、という好例がAmazonであることは間違いありません。

野宿生活から生まれたPatagonia

ここ20~30年で大きくなったビジョン系企業は、Amazonのような巨大企業だけではありません。

アウトドア用品のメーカーとして独特の存在感を醸し出すPatagonia(パタゴニア)は、製品が優れているだけでなく、環境や働き方に対する姿勢で、世界的に評価が高いブランドです。興味深いのは、これほど名の知れた世界的ブランドでありながら、上場企業ではなく、年間の売り上げは非公開。推測で800~900億円だということです。

この規模以上の企業なら日本国内だけでも3000社以上あります。たとえば世界展開している無印良品が3300億円なので、およそ4分の1の大きさでしかありません。

いかに、ビジョン、ミッションなどの理念が世界中でブランドを形づくり、熱狂的なファンをつくるかの良い例です。

Amazonのビジョンが最初から一点の曇りもなく、ダイヤモンドのような輝きを持って生まれたとすれば、Patagoniaのビジョンは、創業者の生き方そのもののように泥臭く、長年の雨風をしのぎながら年月をかけて、まるで見事な1本の杉の木のように生まれ育ってきています。

このことからビジョンは、どのような企業であれ、どのような状況であれ、人に宿り、そこから生まれ育っていくものだということが分かります。

さらに、そのビジョンが、どのように実現されるのかは生み出した人や企業のカルチャーに左右されます。

その歩みをPatagonia創業者のイヴォン・シュイナードの歩みを重ねながら、少し見ていきましょう。

イヴォンは、勉強嫌いの10代のころから、岩場でのクライミングやフライフィッシングに夢中で、自然の中で過ごすことが大好きな少年でした。

高校を卒業したあとも兄の仕事を手伝いながら、冬は登山用の道具をつくり、夏は岩場や山に出かけるという生活を送っています。

そんな中、イヴォンは1957年ごろから、岩に打ち込みロープを掛ける登山道具であるピトン(岩に打ち込むハーケンのこと)の自作を始めます。

硬く丈夫で、抜いて繰り返し使えるピトンが評判となり、登山仲間だけでなく、その友人にまで1本1ドル50セントで販売するようになります。

また、ピトンだけでなく、カラビナ(ピトンとロープをかける道具)の手作りも始めます(図2)。

イヴォンは、その後、陸軍に徴兵されますが1964年に除隊し、アメリカに戻ったときに、クライミングギアを製作販売する会社「ChouinardEquipment(シュイナード・イクイップメント)」を設立します。

社員数人はクライミング仲間で、工房は缶詰会社がボイラー室として使っていたブリキ小屋です。

このときの彼にはビジョンもなければ、ミッションもなく、ただただ自分の大好きなことで食べていければといったことしか考えていませんでした。

余談ですが、このブリキ小屋のChouinardEquipmentは、いまもカリフォルニアのベンチュラの街にあるPatagonia本社の片隅にそのまま残されています。

こうした道具類を、ChouinardEquipment社では、強度やレベルを落とすことなく、小さく軽く、何かを取りのぞくことで高性能化を追求し、その結果、彼らが売るギアは「強く、軽く、シンプルで、機能的」という最高品質のものへと進化します。

売り上げも倍々ゲームで増えていくようになります。この時点では「自然保護」「環境に対する貢献」を前面に掲げるPatagoniaの面影は、まだありません。

そういう意味ではAmazonがビジョン「ジ・エブリシング・ストア」ありきで出発したのとは違うかたちでPatagoniaのビジョンやミッションなどは出来上がっていきます。

経営不振が生んだPatagoniaの理念

ジェフ・ベゾスが著名大学を出た優秀なコンピューター技術者であり、目標を設定して追求していくタイプだとすると、イヴォン・シュイナードは勉強が嫌いで大自然が大好きな高卒の叩き上げ。

自分の好きなことを追求して行ったらいまのPatagoniaが出来上がったという展開型タイプです。

企業は、すべてトップの資質を映し出すといわれますが、まさに、AmazonとPatagoniaを見ると、創業者の在り様のまま、ビジョンも生まれ育つのだという思いを強くします。

いずれにしてもイヴォンは、創業前、「自分たちは消費社会の反逆者」であり「政治家や事業家は〝ポマード野郎〟で、企業は諸悪の根源であり、自然の大地こそ我々が住むべき場所」だと思っていました。

この考え方がPatagoniaのビジョンやミッションの伏流水となっていきます。

Patagoniaが遅ればせながらミッション・ステートメントなどを設定したのは、会社がかなり大きくなり、危機的な状況が訪れてからです。

1991年、世間の景気後退もあり、Patagoniaは経営不振に陥り、倒産寸前になります。

そのとき、イヴォンは幹部10人ほどを、南米の本物のパタゴニアに連れて行き、なぜ自分たちがビジネスをしているのか、またPatagoniaをどんな会社にしたいのかを話し合いました。

帰国後、初めての取締役会を招集。そこでPatagoniaの価値観、理念をことばにします。

見事な文章にしたのはイヴォンではなく、取締役会に参加していた作家であり、環境保護論者でもあったジェリー・マンダーという女性です。

その長文すべてをここに引用できませんが(もし全文を読みたければイヴォンが書いた『社員をサーフィンに行かせよう――パタゴニア創業者の経営論』[ダイヤモンド社]をどうぞ)、「我らが価値」と題された文章は「当社における意思決定は、すべて、環境危機という文脈で行う……」として、経営の意思決定のための基準的な価値を並べています。

それが「環境危機」「品質」「地域社会」「利益」「自主的な環境税」「社会に対する活動」「透明性」などです。

こうした価値を集約したのがPatagoniaのミッション、「最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」です。

Patagoniaの企業活動は、ある意味、環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行するためにある、ということです。

彼らは自然の中で快適に、かつ出来る限り環境にダメージを与えずに遊び、過ごすための、高品質の道具類を製造販売することを生業としてきました。

まるで環境保護団体がビジネスを行い、その利益を地球環境の保全のため使っているようです。

彼らは、自らを「アクティビスト企業」つまり、政治的・社会的な活動を行う企業として定義し、NPOのような意識で事業に取り組んでいます。

面白いことに、ここでは企業活動は手段であり、利益は最終目的ではないのです。Amazonとは違った意味での過激さをたたえた企業と言えるかもしれません。

同社のホームページでは、その「アクティビスト企業」のタイトルの下に次の文章が掲げられています。私たちは環境危機が重大な転換期を迎えていると確信しています。

温室効果ガスの排出を削減し、きれいな水と空気を守り、汚染を招く技術に別れを告げることへの献身がなければ、総じて人類はこの惑星の自己修復能力を破壊してしまいます。

パタゴニアでは環境の保護と保全は、業務時間外で行うものではありません。それはビジネスを営む理由であり、日々の仕事なのです。

Patagoniaの株主は地球である

では、Patagoniaのビジョンは何なのでしょう。実はPatagoniaには明確なことばとしてのビジョンは存在しません。ホームページに「持続可能性のためのミッション/ビジョン」というフレーズが見えるのみです。

しかし、彼らのミッションを振り返り、その企業活動を追っていくと、Patagoniaのビジョンがはっきりと見えてきます。

彼らは、日々、自然破壊を少しでも減らすように責任ある行動を心がけようと呼びかけます。それは一つのことばに集約されています。イヴォン・シュイナードが記した著書のタイトルが、そのビジョンを明確に言語化しています。

それが次のことばです。

THERESPONSIBLECOMPANYザ・レスポンシブル・カンパニー「ザ・レスポンシブル・カンパニー」、つまり「社会や環境に対する責任を全うする企業」ということです。

そして、そのような企業、団体あるいはそうしたものを目指す国が増え、世界が「レスポンシブル・ワールド」になっていくことを夢見ています。

彼らのホームページには、創業当時の写真とともに、その覚悟が書かれています。

「我々に与えられた最も重要な権利は、責任を果たすという権利である」――ジェラルド・エイモス

私たちの暮らしは自然を脅かしているし、人間としての根本的ニーズを満たせずにいます。世界的に疲弊が進むとともにお金で買えないものの荒廃も進んでおり、私たちの健康も経済的繁栄も少しずつ悪化しています。

一方、ここ何十年かでさまざまな新技術が実用化されたことを見ると、創意工夫に富み、状況に賢く適応していくという優れた才能を人類が失っていないこともわかります。人間にはこのほか倫理という観念もあるし、生命に対する慈しみや正義を求める気持ちもあります。

今後、私たちは、このような力をもっと活用して経済活動の進め方を変え、社会正義を全うするとともに環境責任を果たし、我々を生かしてくれている自然や人類共有財産の被害を小さくしていかなければなりません。

それでも、パタゴニアが責任ある企業のモデルだ、などと言うつもりはありません。責任ある企業ならやれるはずのことを我々がすべてしているわけではないからです(私たちが知るかぎり、そこまでしているところはありません)。

しかし、事業を推進するにつれ、自分たちの環境責任や社会責任に人々が気づき、自分たちの行動を変えていく様子を紹介することならできます。

気づきは波及するもので、一つの行動は次の行動につながっていく――その様子も紹介できるのです。(以下略)(Patagonia日本語版ホームページ「責任ある企業を目指して」より)

彼らの地球環境に対する厳しい認識を聞くたびに、これがいかに困難なビジョンであることかを思い知らされます。

しかし、Patagoniaは、いままでの企業モデルにない、持続可能性を考慮した環境経営を追求することを自らに課し、企業を運営しています。それは彼らにとっても達成できないかもしれないという高い目標です。

面白いのは、こうした企業カルチャーとして持っていた価値観をことばにして定めたときに危機的だった経営が甦ったのです。Patagoniaは企業としてのブレがなくなりました。

筆者は2012年にカリフォルニア・ベンチュラにあるPatagoniaの本社を訪れたことがあります。

古い消防署を改装した本社は、日本でいえば数万人規模の町の町役場のような趣で、その片隅には創業当時に社屋であり工房であったブリキ小屋があり、駐車場には太陽光発電のパネルが並んでいました。

社員食堂はオーガニックフードが食べ放題。

そして食堂の壁には「PatagoniasaysNODAMSinPatagonia」と書かれた巨大なパネルが貼ってありました(図3)。

これは2011年にPatagonia本社で行われた「Patagoniaは『パタゴニアにダムはいらないと言う』」ということばを掲げた抗議風景を写したもの。

チリ政府が立案したチリ南部のパタゴニア地方の二つの川に五つのダムを建設する計画に反対するためのものです。

その後、計画は2014年に撤回されました。

その前年に、彼らは「DON’TBUYTHISJACKET(このジャケットを買わないで)」という新聞広告を出しています(図4)。

消費主義への警鐘を鳴らすために自社製品を買わないで、買う前に考えようと呼びかける過激な広告です。

この広告の意図を尋ねられた担当者は「私たちは環境を改善するための仕事をしている」と明確に述べています(パタゴニア公式ウェブサイト「クリーネストライン」2011年12月5日配信「Don’tBuyThisJacket(このジャケットを買わないで)」:ブラックフライデーとニューヨーク・タイムス紙より)。

世界的なブランドでありながらPatagoniaの年間売上は日本円で1000億円もありません。片やAmazonは売り上げ約20兆円の巨大企業。

しかし、Patagoniaは、Amazonが狙うライバルであり、国家予算並みの50兆円以上の売り上げを誇る世界一の小売り企業Walmartに対して、環境戦略を助言するなど際立った存在感を示しています。また、毎年成長し、売り上げの1%を世界中の環境団体に寄付してもいます。

健全でクリーンな経営が実現できているのです。イヴォン・シュイナードは、2009年に来日したときに語っています。パタゴニアの株主は地球です。たちのビジネスの基準は「地球にとって正しいかどうか」です。

手作りのピトンを友人たちに売っていた1957年から、今日の今日までイヴォン・シュイナードもPatagoniaも一貫性をもって活動をしています。

企業のごく初期から存在したわけではありませんが、ミッション、ビジョンの徹底性において、Patagoniaほどの好例はないと断言できます(『greenz.jp』2009年8月6日配信「これぞグリーン・ビジネス!パタゴニア創業者のイヴォン・シュイナード、大いに語る」より)。

日本のすぐれたビジョン企業――無印良品

優れたビジョンは、何も海外企業の専売特許ではありません。日本にも優れたビジョンを掲げた企業があります。無印良品を展開する良品計画は、その代表的な企業の一つです。

無印良品は、西武グループを率いた堤清二という日本にはまれなクリエイティブな才能を持つ経営者と、日本を代表するグラフィックデザイナーだった田中一光の二人によって生み出された、極めて「理念的な志向性」を出発点に持つブランドです。

それは無印良品というネーミングに色濃く現れています。「ブランドではないが良い品である」という意味合いこそが、その存在を規定しているのです。無印良品は「これでいい」というコンセプトで運営されています。

「これでいい」とは「これがいい」という「強い嗜好性を誘う商品づくり」を目指さないブランドであるということです。

「無印良品の未来」(https://www.muji.net/message/future.html)という文章があります。

アートディレクターで、無印良品のアドバイザリーボードメンバーの一人である原研哉氏が書いたものです。

この文章で原氏は、「これでいい」は「お客様に理性的な満足を持っていただくこと。つまり『が』ではなく『で』なのです」として、その「で」のレベルを高い水準に掲げて商品づくりや事業を行っていくとつづっています。

筆者のコンセプトづくりをひも解いた著作である『無印良品の「あれ」は決して安くないのになぜ飛ぶように売れるのか?――100億円の価値を生み出す凄いコンセプトのつくり方』(SBクリエイティブ)に、その詳細を書いているので、これ以上は述べませんが、この「これでいい」というブランド・コンセプトは、日本企業の中でも最も優れたものの一つであると思います。

そうした意味では、無印良品を展開する良品計画は、日本企業には珍しく、自社の理念やフィロソフィーをおろそかにせず徹底して追求する企業という印象があります。

良品計画が称賛に値するのは、生み出された理念をそのままにせずに、つねに、ことばや、そのことばが意味するものを問いなおし、深め、アップデートしている事実です。

いま、それらは、一種哲学的な深みを持つところにまで迫っていると言ってもよいでしょう。

良品計画の理念やビジョンは、ホームページに記されています(良品計画ホームページ「企業情報企業理念」)。

「良品」ビジョンとして掲げられているのは、「『良品』には、あらかじめ用意された正解はない。しかし、自ら問いかければ、無限の可能性が見えてくる」です。

しかし私には、その下にあるイラスト付きの文章の方に、よりビジョン的なものを感じます。

人が支える地球らしき球体に書かれた「無印良品」の文字の下に小さく掲げられた「日本の基本から世界の普遍へ」と球体の下の

「自然と。無名で。シンプルに。地球大。」ということばです。

そして、私は、この二つのフレーズと、その下に並んでいる最初の項目「無印良品の理想」に、この企業が目指すビジョンを強く感じます。

それは次のような文章です。

私たちは何のために存在しているのか美意識と良心感を根底に据えつつ、日常の意識や、人間本来の皮膚感覚から世界を見つめ直すという視点で、モノの本質を研究していく。

そして「わけ」を持った良品によって、お客様に理性的な満足感と、簡素の中にある美意識や豊かさを感じていただくこの一連のことばには、世界中に向かってどのような価値を自らが推奨する価値として提供するのか。その価値の方向性や在り方と、企業としての覚悟がつづられています。

ビジョンを継続させるのは企業文化と制度

海外で展開するブランド名「MUJI(ムジ)」は、必要最低限に、簡潔に削ぎ落された機能と、ミニマルで高品質なデザインが評価されています。

原研哉氏は無印良品のデザインを「empty(エンプティ)」つまり〝空っぽ〟という一言で表現しています。最初は「空っぽ」という考え方です。

「シンプル」とは、西洋の近代主義から生まれてきた、合理性にのっとったものの形の考え方のことです。

しかし、日本の伝統の中にある「簡素」は、それとは少し違い、ユーザーが関わることで生じる様々な自由や状況を受け入れてくれます。

そんな懐の深さを、私は「空っぽ」=emptyと呼んでいます。無印良品は基本的にそういう「empty」なものです。(無印良品ホームページ「トークイベント無印良品とクリエイター」より)

これは「これでいい」というコンセプトの、その〝で〟と記された部分が、茶の湯に通じるような「簡素簡潔」な日本的な美しさ、あるいはモダンさを含めた思想に昇華したのが、このことばだと考えられます。

必要なものを、必要な機能だけに削ぎ落して、そしてクオリティに妥協せずに提供する。それは購入した人が自由に解釈し、自在に使えるような製品となって店頭に並ぶ。

無印良品は、暮らしの中で快適に、でも、どのようにでも使える自由度の高い「空っぽ」の製品を提供しているのです。

日本の基本から世界の普遍へ掲げられた、このことばには、もともとの無印良品が持っている文明批評的な視点を、これからの時代の世界にこそ必要な日本発の価値として広げていこうとする、強い意志を感じます。

出自も何もかもが違いますが、不思議にPatagoniaと相通じるものを感じるのは私だけでしょうか。このふたつの企業カルチャーは強い倫理性によって形づくれれています。

前項「日本のすぐれたビジョン企業――無印良品」でも紹介したイラストの人が支える球体の下には、この価値を広げるために意識するべきこと、あるいはルールとすべきような四つの短い単語が、わざわざ句点を打たれて、分割され並んでいます。

想像するに、これらは次のような意味ではないでしょうか。

「自然と。」:

私たちは自然と切り離されて生きていくわけにはいきません。私たちは自然から分離した意識を持つと同時に、その自然を構成する一つの要素でもあります。

どのような人工物も、たとえ有害なものでも、すべて自然界にあるものから紡ぎだされます。その自然を豊かに享受しながら、自然を慈しみ、感謝し、支えていく無印良品であり、企業でありたい。

イラストからはそんな意味が浮上します。

「無名で。」:

無印のノーブランドの〝無〟であり、デザイナーや作り手の名を冠した権威に頼るモノづくりをしないことの戒めと受け取れます。

そして、作り手としての無印良品側も、世界中に広がるお客様も、心地よい暮らしを求めている名もなき人々であることを想起させます。

「シンプルに。」:

たぶん、それはモノそのものだけでなく店舗やスタッフ、運営、流通、開発、経営など、無印良品の在り方そのものを含めてシンプルで、簡潔であろうとする意志を含んでいるように感じます。

「地球大。」:

これは〝世界の普遍へ〟と広がる経営的なビジョンを語り、グローバルな発展を誓ったことばでしょう。

行動基準の中にある「地球大の発想と行動」とも響きあいます。

無印良品は誕生以来、外部からデザインなどの第一線級の有識者を「アドバイザリーボード」として招いて、経営陣と定期的にミーティングを行っています。

経営者は変わってもボードメンバーはゆっくりとしか変わりません。

武蔵野美術大学名誉教授で、青森・十和田市現代美術館の館長小池一子氏などは創業以来ボードメンバーを務めています。

こうした企業文化と制度をつくれたことが、良品計画のビジョンを形づくり、また深め、継続することに役立っていることは間違いありません。

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