第2章叱ってはいけない
人は自らよくなろうと努力する
仕事とは困難の連続です。生きることもまた同じ。私たちは困難を避けて生きることはできません。アルフレッド・アドラーは人生のあらゆる課題は以下の3つに集約されると言いました。
それは
- (1)仕事の課題、
- (2)交友の課題、
- (3)愛の課題
です。
そして、プロローグでもお伝えした通り、人は困難に直面した時に、次の2通りの反応のいずれかを無自覚的に選びます。
1つ目は、困難に立ち向かい乗り越えようと努力すること。そして、2つ目は、できない言い訳を見つけて、課題から逃げ出してしまうことです。
では、できない言い訳とは、どのようなものでしょうか。
たとえば、普段やっている仕事よりも難易度の高い仕事を任された場面を想像してみましょう。その仕事は、部下がこれまでに取り組んだ経験がない未知の領域で、ストレスもかかります。また、その部下は通常の仕事も決して暇ではなく、むしろ忙しい方だとします。
そんな時、その部下は勇気が欠乏しており、1つ目の反応、すなわち困難に立ち向かう選択肢をあきらめてしまいます。そして、2つ目の反応、すなわち「できない言い訳を見つけて困難から逃げ出す」ことを選ぶのです。そこでよく使われる言い訳とは以下のようなものです。
- 時間が足りません
- 他の仕事が忙しすぎて手をつけることができません
- なぜ他の人に頼まないのでしょうか。私よりも余裕のある人がいるはずです
- 体調を崩してしまい、やりたくてもできません
アドラー心理学によれば、課題の難易度が高く、勇気が著しく欠乏していると、人はさらに不健全な言い訳を作り出します。それは、アルコールや薬物に依存する、神経症になる、などです。
アドラーは「病人や弱者ほど強い者はいない」と言いました。「弱さ」をひけらかされると周囲は強く出ることができません。
病人は家族や周囲を思いのままに操ることができる。だからこそ、人は時に自ら進んで病気になる。アドラーはそう指摘しました。
いずれにせよ、困難から逃げ出す原因は、勇気すなわち「困難を克服する活力」が欠乏していることです。上司や先輩にできることは、逃げ出そうとする部下を叱りつけることではなく、先の章で学んだ「勇気づけ」を行うことです。
「勇気くじき」につながる〝指導〟
しかし、上司は往々にして、困難から逃げ出す部下を叱りつけてしまいがちです。「言い訳をしないでとにかくやってみなさい!」「こんなことくらいできるだろう。俺だって若い頃はこれくらいやっていたぞ!」 世の上司たちはそれが勇気くじきになっていることに気づかずに、部下を叱ります。
本人の意識では励ましのつもりなのかもしれませんが、言われた方は勇気を奪われてしまいます。そもそも、部下への指導は「勇気くじき」につながります。
なぜならば、指導とはすなわち現状否定であり、ダメ出しをすることにほかならないからです。「ここのやり方はおかしい。だから、こんなふうに改めてみよう」 これが指導の一般的な形です。
しかし、言葉こそ丁寧ですが、言っている内容は部下のやり方を否定していることとイコールです。人はダメ出しをされると、あたかも人格を否定されているかのように感じ、「責められている」と受け止めます。
そして、劣等感を植え付けられ、勇気がどんどん減っていくのです。そもそも困難から逃げ出すのは勇気が不足しているからです。そんな時は、ダメ出しではなく、よい点を見つけて認め、感謝やポジティブな感想を伝えて勇気づけるべきでしょう。
しかし、多くの上司は逆のことをしてしまう。勇気づけるべき時に、勇気くじきをしてしまうのです。これでは、ますます部下は困難から逃げ出してしまうだけ。様々な言い訳をするだけです。勇気が欠乏していて、困難に立ち向かうことが恐ろしく不安に思えてしまうからです。
「叱らない =甘やかす」の落とし穴
「叱ってはいけない」「ダメ出しをしてはいけない」 そう学んだ上司が陥りがちな失敗は、部下を甘やかしてしまうことです。
「ずいぶん忙しそうだけれど大丈夫? 私が代わりにやってあげるよ」「あー、そこはね、こうやった方がうまくいくよ。ちょっと私にやらせて」「この仕事はね、ここに気をつけて。それから、次にここをやる。最後にはこうして…(こんな調子で手取り足取り仕事の進め方を教える)」
厳しく叱ることが「勇気くじき」だと学んだ上司は、あたかも振り子を大きく逆に振るように、今度は部下を甘やかしすぎてしまうのです。
アドラーは「甘やかされた子どもの多くが非建設的な行動を取る」と指摘しました。つまり、甘やかしも勇気くじきになると言ったのです。
甘やかしは相手を子ども扱いすることです。「あなたはまだ子ども。一人でやり遂げる能力がない。だから、私が代わりにやってあげる」。これが、甘やかしで相手に伝えられるメッセージです。本来、勇気づけとは、「相手が自分の力で課題解決できるように支援する」ことです。
しかし、甘やかしはその機会を逆に奪ってしまいます。そして、相手が自信を失うだけでなく、勘違いを助長します。
「困った時は誰かが助けてくれる」「周囲の人は私を助けなければならない。私は助けてもらう権利がある」 このような勘違いです。
これは勇気くじき以外の何ものでもありません。上司が部下を育成する時には、常に部下を勇気づける姿勢が求められます。
しかし、実際には、多くの上司が部下を叱ったり、逆に甘やかすことで勇気くじきをしてしまう。叱ったり、甘やかしたりするのとは違った方法で勇気づけをする。それが上司たちに求められていることなのです。
2 「叱らずに勇気づける」の基本形
部下にダメ出しをすると勇気くじきになり、余計にやる気を奪ってしまう。上司は部下を叱ってはいけない。私が講演でそう話すと、悩める管理職の皆さんから必ずと言っていいほどにいただく質問があります。
それは以下のようなものです。
「理屈はわかるが、ではどうすればいいのですか? 部下が間違ったやり方をしている時に指導もせずに放っておけというのですか? そんなことをしたら、お客様や他部署に迷惑がかかってしまいます」 私の答えはシンプルです。
「おっしゃる通りです。間違いを放置してはいけません。叱らずに勇気づけながら部下を指導する方法はあるのです」 たとえば、あなたの部下の鈴木さんが不適切な方法で仕事をしているのを発見したとしましょう。
いつものあなたであれば、間違いなく「叱り」「指導」することで部下の勇気をくじくに違いありません。
「鈴木さん、ああ、ダメダメ! そんなやり方をしたら × ×の問題が起きちゃうよ。何でそんなやり方をするのかなあ? 考えればわかるだろう。いいかい、こうやればいいんだ。こっちのやり方でやり直して!」 これこそ典型的な勇気くじきです。
そうではなく他の方法があるのです。叱らずに勇気づけながら部下を指導する基本形の1つは「主観伝達」と「質問」です。
「鈴木さん、この仕事を進める際にはこんな観点に気をつけるといいかもしれませんね。そうすると、どのようなやり方が考えられますか?」 このように伝えるのです。
先の勇気くじきと比較しながら見ていきましょう。勇気くじきでは「決めつけ」をしています。「ダメダメ!」「 × ×の問題が起きちゃうよ」はいずれも「決めつけ」です。
つまり「私が正しい。あなたは間違っている」「私はわかっている。あなたはわかっていない」というメッセージです。
一方で、勇気づけの方は「主観伝達」と「質問」の形を取っています。
「こんな観点に気をつけるといいかもしれませんね」。これは決めつけではなく「主観伝達」です。
そして、さらに「質問」を加えます。
「どのようなやり方が考えられますか?」 この質問により、部下に自分の頭で考えることを促すのです。「決めつけ」は相手に選択の余地を与えません。
しかし、「主観伝達」は相手に選択の余地を与えます。それが相手への敬意につながり、相手を勇気づけるのです。また「質問」は相手に考えさせ、思考のトレーニングを積ませるだけでなく、相手に選択を委ねます。そのことにより、部下は自分の意思で行動できるのです。
「どのようなやり方が考えられますか?」という質問に対して、部下は「では、 × ×の対策を取ってみます」といった主体的な意思決定をすることができるでしょう。
そのことにより、部下が主導権を握ることができるのです。「決めつけ」て「叱る」ことは部下の勇気をくじきます。
しかし「主観伝達」と「質問」は部下を勇気づけます。ぜひ勇気づけを選択していただきたいと思います。
「誘い水」指導でアイデアを引き出す
叱らずに勇気づけながら部下を指導する基本的方法の2つ目は「誘い水」指導です。
「誘い水」とは、ポンプで水を汲み出す時に、なかなか出てこない場合、ポンプ内に水を送り込み、出てくるのを誘う動作を言います。これが転じて「他のことが起きるきっかけや誘因」という意味で使われるようになりました。
これを上司が行うのです。先の例で考えてみましょう。
「鈴木さん、この仕事を進める際にはこんな観点に気をつけるといいかもしれませんね。どのようなやり方が考えられますか?」 このように「主観伝達」と「質問」で部下に選択の余地を与えます。
しかし、余地は与えたものの、部下の反応が今ひとつ薄い時があります。
「ええと…、ちょっと思いつきません」 こちらが期待した提案や意見が全く出てこない、もどかしい状況です。しかし、そんな時に焦って叱ってはいけません。まずは質問を継続します。こんな場面で「誘い水」が有効になります。
「たとえば、こんなやり方があるかもしれませんね。以前、別のお客様で実行してうまくいった方法なのですが…」「たとえば、こんな見方はできないでしょうか。
お客様の視点から考えてみると、こんな提案をしてもらったら、うれしいかもしれませんね」 上司がポンプの取っ手を上下させて、部下の意見という水を汲み出そうとしても、なかなか出てこない場合には、上司の方からアイデアという誘い水をかけてみる。それにより、部下自身の意見を誘い出すのです。
ただし、気をつけなければならないことがあります。それは誘い水をじゃぶじゃぶと注ぎ続けてはいけないということです。
誘い水はあくまでも、部下の意見が出てくるまでの経過措置。部下の意見が出始めたら、さっと引っ込めること。頃合いが重要です。
「出ては引く、出ては引く」の繰り返しを行うのです。
2つの基本形を根気よく繰り返す
叱らない。しかし、間違いは正さなくてはならない。そんな時は、2つの基本的指導法を手を替え品を替え継続することです。
それが部下を勇気づけることになります。まずは「主観伝達」と「質問」で部下に考えさせます。そして、部下の主体的な意思決定を促します。
それでもアイデアが出てこない場合は、次の手として「誘い水」をかけます。上司の側から事例を挙げて、部下に自らの意見という水を出させるのです。そして、水が出てきたらサッと引く。「出ては引く、出ては引く」を繰り返すのです。これらを何もしなければ単なる放任になってしまいます。
しかし、やりすぎると今度は甘やかしになります。それはどちらも勇気くじきになる。
そうではなく、2つの基本形で勇気づけるのです。部下が間違った方法で仕事をしている時。部下の手が止まり、前に進めなくなった時。部下が失敗をしてしまった時。ついつい叱りたくなる場面に遭遇したら、指導の基本形をまずは思い出してください。
そうすれば、何をすればいいかがわかるでしょう。叱る必要がなくなるのです。
3 勇気づけの万能
スキル「アイ・メッセージ」
2001年の大相撲夏場所。当時の横綱貴乃花は人気、実力ともに全盛期を迎えていました。しかし、この場所、優勝の期待がかかった貴乃花は、途中で膝にケガをしてしまいます。絶体絶命。優勝はもう無理か…。そんな中、貴乃花は見事、優勝を成し遂げます。沸きに沸く国技館。
表彰式で賜杯を手渡す役割は、これまた当時絶大なる人気と支持率を誇った小泉純一郎首相です。小泉首相は貴乃花に賜杯を渡す時、かの有名なフレーズを発しました。皆さん、覚えているでしょうか。そうです。小泉首相はこう言って会場をさらに沸かせたのです。
「感動した!」 しかし、記憶している人は少ないですが、小泉首相はその前に、もう一言発していました。そのセリフは、「痛みに耐えてよく頑張った!」 というものです。まずはこの言葉を伝え、その後に「感動した!」を付け加えた。これが人々の記憶に残りました。
この2つのセリフこそが、「アイ・メッセージ」と「ユー・メッセージ」の組み合わせです。
アイ・メッセージとは、主語が英語の Iで始まるメッセージ。たとえば「私は感動した!」「私は悔しい!」「私はうれしいよ」「恥ずかしいなあ」などのメッセージです。
それと対になるのが、主語が英語の YOUで始まるユー・メッセージ。たとえば「あなたは優秀だね」「あなたは頑張ったね」「あなたはこうすべきだ」などのメッセージです。
小泉首相は、先のシーンでこのアイ・メッセージとユー・メッセージを巧みに組み合わせて使いました。
「(あなたは)痛みに耐えてよく頑張った!」とまずはユー・メッセージで伝えます。そして、最後に印象的なアイ・メッセージで締めくくったのです。「感動した!」と。
そして、翌日のスポーツ新聞の 1面はこの名セリフで埋め尽くされたのです。「痛みに耐えてよく頑張った!」というユー・メッセージが 1面を飾った新聞は 1紙もありませんでした。
いかにアイ・メッセージが強いインパクトを残すかを物語るエピソードではないでしょうか。
主観伝達も容易にできる
では、なぜユー・メッセージは忘れられ、アイ・メッセージばかりが記憶に残るのでしょうか。いくつかの理由があります。
「あなたは優秀だ」「あなたはこれをすべきだ」といったユー・メッセージは、上から目線で冷たい印象を与えます。客観的で評論家的とも言えるでしょう。
ユー・メッセージは「ほめる」「叱る」に近いものになりがちなのです。
一方で「感動した!」「私はこう思う」「うれしいなあ」などのアイ・メッセージは、横から目線で温かい印象を与えます。主観的で情熱的とも言えるでしょう。だからこそ、人の心にスッと入り込む。
小泉首相の「感動した!」がそれをよく表しています。また、アイ・メッセージは先に学んだ勇気づけの基本形「主観伝達」そのものでもあります。
「主観伝達」と言われると、ついつい「理屈はわかったけど、どうやって使えばいいの?」と悩んでしまいがちです。そんな時はアイ・メッセージを使えばいい。
主語をあなた( YOU)ではなく、私( I)にするだけのこと。それだけで、簡単に主観伝達となり、「ほめる」「叱る」に代わる勇気づけの手段になるのです。
「(あなたは)ここが間違っている! (あなたは)こんなふうに直しなさい!」と叱るのではなく、アイ・メッセージを使って勇気づけるのです。
「(私は)このように変えると、もっとよくなると思います」 主語をあなた( YOU)から私( I)に代えるだけで、勇気づけが簡単にできるようになるのです。
「二次感情」は「一次感情」に置き換える
アイ・メッセージが心に響きやすいのは、第1に「感情を伴う」表現だからです。喜び、感激、感謝などのポジティブな感情をダイレクトに伝える。だからこそ、相手の心に響くのです。
では、怒り、悲しみ、寂しさなどのネガティブな感情はどうすればいいのでしょうか。それもストレートにアイ・メッセージで伝えていいのでしょうか。部下を叱りたくなる場面における上司の感情は、多くの場合「怒り」を伴います。
しかし、怒りは本当の感情ではありません。「二次感情」であると言われているのです。
たとえば、部下が約束を破って、期限までに資料を提出しなかった場合を考えてみましょう。「なぜだ! ふざけるな!」と上司は怒ることでしょう。
しかし、怒りの前にどのような気持ちがあったかを思い出すと、「一次感情」が見えてきます。「期待していたのに、がっかりした」という落胆。
「この後、どうしよう」という恐れ。「自分の言いつけが軽視された」という悲しみ、寂しさ。これらの一次感情がやがて二次感情の「怒り」へと変わっていった。
それがわかるのではないでしょうか。それならば、相手に伝える時、二次感情の怒りではなく、一次感情に変換して言う方が効果的です。
「なぜできなかったんだ! ふざけるな!」と怒るのではなく、「期待していたから、ちょっとがっかりしたよ」「この後どうしようかと、私も少し不安なんだ」「お願いしたことが軽視されたようで、ちょっと寂しい気分になったよ」 このように伝えてみてはいかがでしょうか。
どちらの方が相手の心に届くかは明らかだと思います。感情を伴うからこそ、威力があるアイ・メッセージ。しかし、「怒り」の感情はそのまま伝えてはいけません。そうではなく、一次感情に変換して伝えるのです。
そのことにより、部下の主体性を引出し、部下を勇気づけることができるでしょう。もちろん、ポジティブな感情は惜しみなくたっぷりと伝えてください。
そちらの方がより強い勇気づけになります。2つを組み合わせて使うことで、叱りたくなる場面でも勇気づけを継続できます。
4 「犯人捜し」と「吊し上げ」の弊害
職場で問題が起きた時、素早く対処するのはもちろんのこと、再発防止に努めなければなりません。多くのビジネスパーソンは「原因分析をしっかりやれ」と教わっているはずです。なぜならば、原因分析を間違うと、取られる対策が見当違いになり、せっかくの対処がムダに終わってしまうからです。
「問題が起きた原因は何だ?」「担当は誰だ?」「なぜ見落としてしまったんだ?」 このように繰り返し「なぜ?」を問うのが原因分析の基本でしょう。確かにそれは必要なプロセスです。
しかし、この原因分析が思わぬ「勇気くじき」を引き起こしていることに気づいていない上司が多いのです。「担当は誰だ? なぜ見落としたんだ?」 このように追及された時、担当者はしゅんとして小さくなるしかないでしょう。そして、この担当者は「責められている」と思います。
そうです。原因分析は多くの場合、「犯人捜し」と「吊し上げ」になるのです。そして、問題を引き起こした担当者は犯罪者のように扱われ、罰を受けていると感じます。
一方、幸いにして担当ではなかった他の部下たちは、ほっと胸をなで下ろしつつ、「失敗しないようにしよう」「吊し上げられないようにしよう」と恐怖を感じながら、仕事をするようになるでしょう。
つまり、原因分析は勇気くじきになるのです。ミスをした当人だけでなく、それ以外の部下たちの勇気もまとめて奪ってしまう、非常に危険なプロセスです。
しかし、かといって問題を放置するわけにもいかない。では、現実的にはどうすればいいのでしょうか。
ソリューションだけにフォーカスする
勇気くじきをなくすために最もいい方法は、原因分析をやめてしまうことです。そして、いきなり問題の解決策を考える。ソリューション(問題解決)にフォーカスする(焦点を絞る)のです。
「さあ、今回と同じ問題を起こさないためには、どのような対策を取ればいいでしょうか。どんどんアイデアを出してください」 このように宣言して、いきなり解決策の立案に集中するのです。
原因分析をすると、犯人捜しと吊し上げになる。一方でソリューションにフォーカスすると職場が活気づき、明るくなります。上司はそれを意図的に行うのです。
問題の原因を分析し、適切な対策を取る。これは物理学的発想です。そして、正しい対策を取るという意味では必要不可欠なプロセスです。
しかし、これは心理学的に見れば問題だらけです。先に述べた通り、部下の勇気くじきになるからです。そんな時は心理学を優先して職場のコミュニケーションを取ることです。
コミュケーションを取る場合、有効なのは物理学ではなく心理学です。そこに物理学の理論を持ち込むから会議がうまくいかなくなるのです。
企業の管理職は豊富な現場経験を持っています。そのため、多くの場合、職場で問題が起きた時には直感的に原因が推測できます。そして、その直感はかなりの確率で当たっているのです。であるならば、それをわざわざ検証するのをやめるべきです。
原因分析を飛ばしてソリューションにフォーカスする。それにより、叱るべき場面でさえ、部下を勇気づけることができるようになります。
原因分析はこっそりと少人数で
しかし、それでもまだ課題は残ります。論理的には原因分析というステップは不可欠だからです。また、次のように考える上司もいるでしょう。
「原因分析のやり方を会議などで共有しなければ、部下たちのスキルが上がらない。同じ失敗を繰り返さないためにも、実際の原因分析の場面を部下に見せなくては」 では、ソリューションを考える前に何をすればいいのでしょうか。
私のお勧めは、上司が1人で事前にしっかりと原因分析をしておくことです。必要に応じて、部下を1人ずつ呼び出して、状況をヒアリングする。もしくは現場に出向き、声を集める。そして、それを基に原因を特定しておくのです。
主要メンバーだけをこっそり集めて、数人で事前に原因分析を済ませておいてもいいでしょう。そして、全員が集まる会議ではソリューションだけにフォーカスするのです。
部下を叱る時は人目のないところでこっそり、ほめる時はみんなに聞こえる大きな声で。これは上司術の「基本の『き』」です。
それと同じように、原因分析はこっそり、ソリューション・フォーカスはオープンにやればいいのです。そんな使い分けをぜひ実践してみてください。
どうしても原因分析を全員でやる必要がある場合は、極力そこに割く時間を短くして、解決策の議論に移りましょう。そのように応用すれば、あなたの職場でもソリューション・フォーカスの導入が可能なのではないでしょうか。
5 フィードバックとフィードフォワード
「山田さん、 ○ ×商事さんの件でフィードバックしたいことがあるんだけど、ちょっと時間いいかな?」 このような感じで日頃よく使われているフィードバックという言葉。皆さんはその定義をご存知でしょうか。本来の定義は、「出力された結果を、原因側である入力に還元させること」という技術的な用語です。
たとえば、エアコンは 25度に設定すると自動的にその室温を保ってくれます。これはフィードバック機能が働いているからです。
冷房をかけすぎて室温が 24度になってしまったら、その温度をセンサーで感じ取り、エアコンの冷風を止める。これがフィードバックの働きです。
「出力された結果を、原因側である入力に還元させる」というと、かなり難しく聞こえます。そこで、私は少し意訳して以下のように説明しています。
「本来あるべき姿と現実とのギャップを、行為者本人に伝えること」 この方がわかりやすいのではないでしょうか。
では、似たような言葉である「フィードフォワード」とは何でしょうか。こちらはフィードバックほど頻繁には使われません。その意味を見てみましょう。
フィードフォワードとは、「未来の変化を予測して、あらかじめ対策を打っておくこと」と定義できます。
先の例で言えば、実際の室温の変化をエアコンにフィードバックするのではなく、予測によってスイッチをオン・オフにするということです。
料理を例に取ると、味の加減を調節する時、適当に塩こしょうを振って味見をし、また振ってさらに味見をするというのがフィードバックのやり方です。
一方で、フィードフォワードは、材料の量や食べる人の数を基にあらかじめ適切な塩こしょうの分量を決めて、味見をせずに味付けをする方法と言えます。フィードバックとフィードフォワードの違いがおわかりいただけたでしょうか。
フィードバックは5段階で考える
では、このフィードバックの手法を使って部下を叱らずに勇気づける方法を考えてみましょう。通常、フィードバックは5段階に分かれると言われます。
「トイレに行った後、ズボンのチャックが開けっ放しになっていた人に注意を促す」という場面を例に取り、まずこの 5段階を説明します。
第 1段階は「事実」のフィードバックです。
「チャックが開いているよ」。このように事実だけを伝えて、後の判断と対策は本人に委ねる、最も浅いフィードバックです。
第 2段階は「主観」のフィードバックです。
「チャックが開いているよ。変だよ」。事実に「主観」「感想」を加えます。先述した「主観伝達」がこれに当たります。
第 3段階は「評価」のフィードバックです。
「チャックが開いていて変だよ。だらしないなあ」。このように ○や ×をつけて相手に伝えます。
第 4段階は「提案」のフィードバックです。
「チャックが開いていて変だよ。だらしないなあ。閉めたらどう?」。このように解決策を提示して、本人に行動を促します。これは先述の「誘い水」に当たります。具体例を示すことで、本人の思考を刺激し、発想を手助けするのです。もちろん、誘い水に乗って、相手が自発的に行動を選択したら、そちらの方を優先します。「出ては引く」の引くとセットで行うことが大切です。
第 5段階は「命令」のフィードバックです。
「チャックが開いていて変だよ。だらしないなあ。とっとと閉めろ!」というわけです。
この段階までくると、ほとんど「叱る」と同じニュアンスになってしまいます。あまりお勧めできないフィードバックです。
このように見ていくと、第1段階が最も浅く、第5段階が最も深いフィードバックであることがわかるでしょう。部下の主体性を大切にし、自分で考えさせ、勇気づけるためには、浅いフィードバックが有効です。
できれば第1段階や第2段階のフィードバックにとどめて、後は自分で選択させるのが勇気づけにつながります。それでもダメな場合は第4段階の「誘い水」を用います。
このように5段階のフィードバックを意識することで、叱らずに勇気づけのコミュニケーションを実践することが容易になります。ぜひ覚えておきたいスキルの1つです。
フィードフォワードで未来を見せる
フィードバックと同様、フィードフォワードも勇気づけに有効です。先のズボンのチャックの話で言えば、誰かがトイレに行くタイミングで、一言告げておくのです。「チャックを開けっ放しにする人が多いみたいだよ」 こんな感じです。
しかし、この際にもあまり深い忠告にならないよう、気をつけなければなりません。「チャックを開けっ放しにするなよ!」と言うと、「決めつけ」や「命令」になってしまい、「叱る」と同じ勇気くじきになってしまいます。
フィードフォワードを実践する際のポイントは「予測」を客観的に伝えることです。「チャックを開けっ放しにする人が多いみたいだよ」は、まさに予測に当たります。
そして、できるだけ「命令」を入れないようにする。少し踏み込んで伝えたい時は、先に学んだ「質問」を組み合わせるのがベターです。
「何か対策を考えていますか」と言い添えるのです。もっとも、ズボンのチャックの場合にはここまで踏み込む必要はないと思いますが。企業の管理職は、部下に比べて豊富な経験を持っています。
そして、豊富な経験を持っているからこそ、部下に比べて正確な未来予測ができます。逆に言えば、部下は上司に比べると少ない経験しか持っていないため、上司から見れば当然のように思える未来が予測できません。
だからこそ、「命令」ではなく、「上司だけに見えている未来」を見せてあげることが、部下の勇気づけに有効なのです。「きっとこんなことが起きるよ」と部下に伝えてあげましょう。
フィードフォワードは必ずや部下に対する貴重なアドバイスになるでしょう。「こんなやり方はダメだ! やり直せ!」と叱るのではなく、「このやり方だとこんなトラブルが起きるかもしれないよ。何か対策は考えているかい?」とフィードフォワードする。
それで勇気づけられた部下は事前に問題を回避するでしょう。フィードバックと組み合わせて使うと、効き目はさらに上がります。
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