❶20年間やってわかった真の実態!人事給与制度はいらない!?
私は開業当時、お恥ずかしいことに、本に載っているような人事給与制度に若干の変更を加えて導入するだけ、というお粗末な仕事をしていました。
このような制度を本書では「一般的な人事給与制度のフォーマット」と呼ぶことにします。「一般的な人事給与制度のフォーマット」の特徴を端的に表現すれば、以下のようなものになります。
①できるだけ客観的に過去半期、または1年の成果を測ろうとする
②成果に連動した給与制度でやる気を上げようとする
しかし、この①②を真面目に追求すればするほどクレームの嵐です。
「それはウチの会社らしくない」「それで社員のやる気は高まるか?」「そんな手間のかかることウチの会社はできないよ!」「彼には給与を上げたくないのに上げざるをえない。どうしたらよいか?」
特に立派で優秀な社長からの鋭い指摘に、未熟な私はグウの音も出ないのです。最大の原因は自らの力不足です。そして既存の教科書に載っているような「一般的な人事給与制度のフォーマット」は、中小企業にそもそも合わないのです。
そこで、開き直ります。教科書は捨て去り、目の前の社長の声を聞き、何に不安を感じ、悩んでいるのか?に謙虚に耳を傾けます。
必死に社長の課題解決に集中します。ただ、それだけです。このように優秀な社長と問答を繰り返すプロセスが、コンサルティングのブレークスルーを引き起こします。
私のコンサルティングの師匠は依頼してくれた目の前の社長である、これは断言できます。答えは多種多様、そして現場にあるのです。失礼な言い方ですが、業績がパッとしない会社の社長とも私はたくさん会います。
約20年間で数百社、数百人の社長と共に生々しい人事給与問題について向き合ってきました。困って、悩んで相談に来る方の多くは真面目で勉強熱心な後継社長です。
その相談の大半が「コンサルタントや社労士さんに依頼して導入した人事制度がうまくいかない」というものです。
しかも、コンサルティング料を数百万円以上払ったという事例はザラです。「オヤジ(先代社長)は制度導入に反対しました。しかし、これからは公平性と客観性が必要ですから……」と後継社長は制度導入の背景を力ない言葉で述べます。
その多くは詳細で精緻な人事評価表、「ABC」評価が機械的に付され、それが昇給、賞与に連動し、その結果がダイレクトに社員に開示される、かっこいい優れモノです。
成果がしっかり測定され、「A」評価の人は喜んで働き。「B」評価の人は「俺もAをとろう」と奮起し、「C」評価の人は「やばい!もっと頑張らないと」と危機感を持つ。
社員全員がこれでやる気になるという〝妄想〟に基づいた制度です。そして、このような〝立派な制度〟をなんとか運用するために、エクセルで数値や評定を〝こねくりまわす〟。
客観性・公平性・透明性を最重要されているのも特徴です。かなりの時間と労力がかかります。私の事務所に後継社長と一緒にやってきた役員や総務部長が言います。
「本当にこの作業や調整に時間をとられます。どうせ役員会で評価が変わるので、意味があるのかと思いますよ」「この苦労が業績につながればいいんですが、そうならないことがほとんどです」「業績悪いので、評価しても差がつきません」そのような現場を見続けているなかで、私はあることに気づいたのです。
「『一般的な人事給与制度のフォーマット』を無理して運用している会社ほど、業績がパッとしない」財務諸表を見ると、あ、やっぱり!サッパリ儲かっていない……。やらなくてもいい作業に時間を使い、わずかな原資を奪い合っています。
さらに、その決定プロセスは決して社員のやる気を喚起するものではありません。パッとしない会社は何のために人事給与制度を導入・運用しているのかを問う力が極めて弱いです。コンサルタントの〝言いなり〟で、本質を見極め、自分の頭で考えることを放棄してしまったかのように見えるのです。
❷人事給与制度がテキトーに見える中小企業のほうが優秀!?
私のところへ相談に来るのは、真面目で熱心な後継社長です。とても勉強熱心で、複数のコンサルタントを渡り歩いている方も少なくありません。
なのに、導入した制度がうまくいかないのでどうしたらいいでしょうか?と尋ねに来るというわけです。
もちろん、有名で力のあるコンサルタントの仕事の結果であることも多いため、その方々の仕事ぶりを批判する意図はまったくありません。本当に私にはマネのできない素晴らしいアウトプットです。
しかし、彼らが教える人事制度は、残念ながら「人事部のない中小企業には難しすぎる」「中小企業が自社でメンテナンスができない」制度なのです。
このようなコンサルタントを渡り歩く後継社長は高学歴でとても優秀な方が多いです。真面目で優秀であるがゆえにさまざまな手法を渡り歩く「悪いループ」にはまってしまいます(【図1】)。
社員は先代社長よりも一緒に働いてきた、若き後継社長に不平や不満を言いやすいものです。そんなときに、「ウチは人事評価が不透明だ」「どういう基準で評価されているかわからない」と文句が上がります(ループ❶)。
後継社長も、心の中で先代社長のやり方はあまりにも「鉛筆ナメナメ」的で今の時代はふさわしくない、とかねてより問題意識を持っています。
また、先代社長のやり方は自分にはマネできないとも思っています。ですから、しっかりと社員の働きを評価(測定)する必要を感じます(ループ❷)。
そして、いかにも客観的で公平に見える「人事給与制度のフォーマット」に飛びつきます(ループ❸)。客観性・公平性を担保し、社員に説明できるようにするにはそれ以外に道はないと思えるからです。また、他社もきっとこうだろうと考えます。
しかし、客観性・公平性を追求し、詳細で精緻になればなるほど、すぐにギャップが生じます。制度構築中にもうズレ始めるとさえいえます。人事評価表なども見るのも嫌なくらいA3用紙にギッシリと記載されています。そう、A4用紙では足りないのです。
目標管理制度を導入していることも一般的です。しかし、今度は「制度が複雑すぎる」「ウチには難しい」という声が上がります(ループ❹)。
また、特に管理職からその運用の難しさについて文句が出ます。特に真面目な会社であればあるほど、全社をあげて、半期ごとに人事評価表の採点、人事評価面談(目標設定面談を含む)、人事評価調整会議などに莫大な労力と時間をかけています。
「こんなことしていて意味があるの?」「忙しいからここまでできない!」「逆に公平ではない!」などの声が上がります。
そして、現場の知恵で「人事評価制度」をやり過ごし始めます。会社としてもこれではいけないと思い、「やっぱり人事給与制度はシンプルにすべきだ」と考えはじめます。
その結果、簡素化の方向に舵が切られるのです。人事評価表の評価項目を整理・統合し、制度の内容を簡略化し始めます(ループ❺)。
そうすると、再び「評価制度が曖昧だ」「上司は真剣に評価していない」「当初の説明と違う」など、また過去と同様の不満の声が上がるのです(ループ❶)。
これでループの完成です。そして、人事担当者を含め、みんなその運用に意味や意義を見出せなくなり、人事給与制度に興味がなくなっていきます。
ここで、後継社長が延々とループを回るのを止めてくれるようで、実はうまく回るようにしてくれるのが、コンサルタントや人事系ITツール販売会社です。
具体的には、「測定の精緻化・複雑化」のフェーズに導くのを助けてくれることがあります。逆に、「簡素化・シンプル化」のフェーズに導くのを助けてくれることもあります。
それでも、ループを上手に、かつ素早くまわることを助けてもらうだけでは、会社はサッパリよくならないのです。
「簡素化精緻化」を行ったりきたりするだけです。その都度、「評価に納得がいかない」「評価が不明瞭だ」という声が鳴りやむことはありません。私は、そのような社長の話を聞くたびに、メーテルリンクの物語『青い鳥』を想起します。
ご存知の通り、この物語は、2人兄弟のチルチルとミチルが、夢の中で過去や未来の国の幸福の象徴である「青い鳥」を探しに行くところからはじまります。
物語のオチはどうだったでしょうか。皆さんもご存知の通り、その「青い鳥」はどこへ行っても見つからないのです。後継社長としては、悪いループから今度こそは抜け出したいのです。
ループを抜け出すには何が必要なのでしょうか。どこかに良いコンサルタントはいないかな?米国で有名な横文字の〇〇制度はどうだろう……。
しかし、そもそもこの発想がミステイクの原点なのです。このループにはまる真面目で勉強熱心な会社の特徴は、ひたすら「青い鳥」を探し続けることです。
「どこかに正解があるのでは?」「もっとウチにあったやり方を外部から取り入れたい」という思いです。しかし、残念ながら、この「青い鳥」はいないのです。
メーテルリンクの『青い鳥』のオチは、結局のところ、その「青い鳥」は自分たちの最も身近なところ、鳥カゴにあったということでした。
私は人事給与制度の導入・運用はそれに近いと考えています。優秀な会社はこの人事給与制度を導入することで、どんな効果(メリット・デメリット)が出るかを徹底的に考え抜きます。目的・本質から目を離しません。
優秀な会社は、そもそもどこかでうまくいったという「一般的な人事給与制度のフォーマット」には絶対に飛びつきません。
また、飛びついたとしても「これはおかしい」「こんな制度は運用に耐えない」と導入直前に引き返します。魔が差して仮に導入してしまったとしても、1~2年で制度を廃止する決断ができます。
コンサルタントに依頼しても、優秀な会社であればあるほど、コンサルタントが導入した当初のやり方を大幅に変える能力があります。自社なりに運用面も含めて抜本的にアレンジし続けるのです。
私が人事給与制度の導入のお手伝いをして10年以上経過した会社は、目的や本質を理解したうえで、当初のカタチから大幅に自社で制度を変更しています。
これは優秀な会社の証しといえます。また、優秀な会社はあえて、人事給与制度の全部または一部をテキトーにしておくことがあります。
単に怠慢でテキトーにしているわけではありません。考え抜いたうえでテキトーにしています。もちろん、テキトーである結果、優秀な会社になるという因果関係はありません。
優秀な会社であるからこそ、難易度の高い人事給与制度の導入・運用には消極的・謙抑的になっているという相関関係があります。優秀な会社は人事給与制度において「青い鳥」はいないということがわかっています。
つまり、自分の頭を使わず、また人間と人間のぶつかり合いもなく、安直に解決できる問題ではないということを直感的に理解しているのです。
❸優秀な会社が詳細で精緻な人事給与制度を導入しない理由
何を隠そう、私も駆け出しの若い頃、「青い鳥」を求めて苦悩の日々を送っていました。「青い鳥」を求めてあちこち情報収集に明け暮れました。
困り果てたので、立派な会社の超有名な社長なら正解をもっているだろうと考えました。そこで、あらゆる手段を使い、超優秀なカリスマと言われる経営者が人事給与制度についてどのようにアプローチしたかを、徹底的に調べました。
しかし、明快な答えは出てきません。総じていえば、彼らはおおむね以下のような趣旨の内容のコメントするにとどまっています。
「誰が評価しても客観性や公平性が担保された評価の仕組みなどはない。そんなことより、自らの人間性を高めると同時に、部下を、人間性を含めてありとあらゆる機会をとらえてしっかり見ることだ。
目に見える部分だけでなく、目に見えない部分も見ようとすることが必要だ」「客観的で公平な誰もが納得する制度をつくるべく努力をしたが私には叶わなかった」「人間には短所がたくさんある。その短所をあげつらって直すよりも、その人の長所を伸ばしてやることのほうが大事だ」
つまり、
①凡人である私たちが、誰もが納得する客観的で公平な制度をつくるのはまず難しい
②しかし、そのような制度がなくとも(また不十分でも)、顧客、社員そして社会に有用な立派な会社を築き上げることができるということになります。
これらは、私たち中小企業に勇気を与えてくれます。では、会社の成長発展のためには何が必要なのでしょうか?
❹人事給与制度は何のためにあるのか?
事給与制度は何のためにあるのでしょうか?これは極めて重要な質問です。うまくいっているのかどうかは、この目的に照らしてみるのが判断の基準になります。
私も迷ったらここに立ち返るように自分を戒めています。特に社長および幹部は会社としてこの目的をしっかり共有してもらいたいと考えています。
私は、人事給与制度の目的はズバリ「社員のパフォーマンス(行動と成果)の総和を上げること」ではないか、と考えています。
この「総和を上げる」とは全社員のパフォーマンスの合計が最大になるようにするということです。
中小企業においては特に、「1人の100歩より、100人の1歩」を引き出したい。戦争においても有名な武将は「作戦は、凡兵を前提にして立案せよ」といいます。
精鋭を前提として立てた作戦は多くの場合、失敗するそうです。中小企業経営も同様です。1人で100歩進める社員は貴重ですが、組織というのはその1人では成り立ちません。その1人を支えるたくさんの社員が必要です。
中小企業では特に「普通の社員が、普通のやる気で、普通に仕事をすれば利益が上がる作戦」を立てるべきだと私は考えています。
だから、普通の標準的な社員を大切にしたい。大手企業に比して中小企業は給与も賞与も格段に低いです。その低い給与・賞与について格差をつけてさらに低くするのは、全社員の力の総和を向上させるという観点から逆効果です。
標準的な人材が流出してしまう恐れがあります。繰り返しますが、人事給与制度の目的は「社員のパフォーマンス(行動と成果)の総和を上げること」です。
この目的に資するのなら導入・継続する、資さないならバッサリやめてしまうことです。人事の教科書やセミナーで専門家といわれる人が「これが常識」だと教えてくることを、まず疑ってかかってほしいと考えています。私に、このことを教えてくれたのは、目の前の優秀な社長でした。
❺人事給与制度で本当に人は育つのか?
よく「人事給与制度は人を育てるために行うものだ」とコンサルタントや人事の専門家は言いますが、前述したような「一般的な人事給与制度のフォーマット」を導入・運用することは、本当に人を育てるために有効なアプローチなのでしょうか。私もそうであってほしいと願っていますし、運用次第で理屈上そうなるとは思います。
しかし、多くの現実・現場を拝見すると、そのような「人事給与給制度のフォーマット」を活用して、結果として人を育てることができるのか、極めて疑問なのです。
人事給与制度の一般的なフォーマットとは、既に述べたようにできるだけ、「客観的に過去半期、または1年の成果を測ろうとする」「成果に連動した給与制度でやる気を上げようとする」という特徴がありました。
具体的には以下のようなものに仕上がることが多いです。
- 期待人材像を示すために等級を設ける。
- 等級と職種に基づき、基準を設ける。
- その基準に基づき、人事評価表により人事評価項目を設定する。
- 1年または半年単位で目標設定が行われる。
- 評価項目ごとに目標達成率を点数化する(「5・4・3・2・1」の5段階評価)。
- 合計点数を出す。
- 合計点数に基づき、総合評価する(ABC評価)。
- 絶対評価をタテマエに、調整会議で相対バランスがとられる。
- 総合評価(ABC)が通知され、給与・賞与が決定される。
- その際に評価項目ごとの点数の根拠および総合評定を含め、上司が本人にフィードバックする。
- 次期に期待することを上司から伝えられ、④に戻り、以下同じ。
読者の皆さんもだいたい、右に挙げたようなプロセスで育ってきたのではないでしょうか。「基準」を立てられ、それを「点数化」され、もっと頑張ろう、もっと成長しようと教えられてきたのではないでしょうか。
しかし、特に中小企業では、これで人を育てるのは難しいと私は考えています。そもそも、どんなときに人が育つかといえば、「安心・安全・モノが言える環境」「難しくやりがいのある仕事」「人との出会い」「教育研修の継続徹底」「惚れさせてくれる上司の存在や上司の期待」「会社の夢と自分の夢が重なり合う」「適性のある仕事の機会」などではないかと思うのです。
逆に、多くの運用を見ていると、基準は人を育てることを劣後させ、「ダメ出しする」方向に上司を動かしてしまうのではないかとさえ思えるのです。
❻人事給与制度がチームの生産性を下げる!?
「心理的安全性」という心理学用語が世界中で有名になりました。この言葉はグーグル社が「仕事がうまくいくチーム」に必要な条件を研究したプロジェクトから端を発しています。
そのプロジェクトは「仕事がうまくいくチームは『心理的安全性』が高い」と結論づけました。「心理的安全性」とは、メンバー同士が自然体で自分を出せる、自由に発言できる状態のことを指します。
「わからない」「なぜ?」「こうしたらどうだろう」など職責を問わずに気兼ねなく意見できる状態といえます。この「心理的安全性」が労働生産性を高めるために重要な要素だと認識されています。
では、「心理的安全性」を高めるために何をすべきでしょうか?これと関連する概念として、「関係の質」という言葉があります。
これはマサチューセッツ工科大学にダニエル・キム教授が提唱した「組織の成功循環モデル」(【図2】)の概念です。このモデルには「グッドサイクル」と「バッドサイクル」とあります。
残念ながら、人事給与制度を導入・運用する過程では、「バッドサイクル」をまわしている会社の例を見ることのほうが多かったといえます。
バッドサイクルがまわる典型的な例を以下に挙げます。人事給与制度はそこに金がついてまわるので、「関係の質」を高める運用において、その難易度が格段に高くなります。
【ケース①】上司が部下に「ABC」の3段階評価のうち、低位評価の「C」と告知しました。
上司はなぜダメであったか、どこが悪かったかを評価項目ごとの点数結果として説明します。部下は「C」評価に納得がいきません。一応頑張っているつもりですが、もう5年連続で「C」だからです。
「C評価だ」と面談の冒頭に言われ、面談で他に言われた上司の話の内容が頭に入ってきません。
この上司の下でやっていっていいのか、そもそもこの上司は私を嫌っているのではないか、などといろいろなことが頭をよぎります。
【ケース②】上司は「SABCD」の5段階評価のうち、ある優秀な部下に「A」評価をつけました。しかし、その部下は「なぜS評価ではないのか」と食い下がります。
この会社は評価項目ごとに5点満点でつけて、その合計により評定が決まります。慣例的ですが、この会社では「S」というのはあまり出ません。
上司としては確かに「S」でもいいかなとは思っているのですが、つけるときに会長や社長が納得のいく、具体的な説明が求められます。
人事評価面談で、上司は「A」評価でも十分に評価していることや、今後の期待を話し、なんとか、来期に目を向けさそうと必死で話をしました。
しかし、本人はまったく納得せず、なぜこんなに頑張ったのに「S」ではないのか、当初の人事制度の説明と違うということに面談の9割の時間が費やされました。
どうやら、他部署の〇〇さんには「S」がついていたことを知って、それも納得がいかないようでした。
2つのケースに共通することは、部下は納得がいっておらず、言ってもムダなので、上司と部下の「関係の質」が対立、押しつけ、命令により悪化します(バッドサイクル①)。
そして「思考の質」、つまり自主的に考えるというアクションが後退します(バッドサイクル②)。面白くないからです。
さらに「行動の質」が低下します(バッドサイクル③)。自発的・積極的に行動しないのです。そうなると、「結果の質」はさらに低下します(バッドサイクル④)。
特に評価が良くない場合、「万年C評価」君ができあがります。なぜか、その「レッテル」を張られると、顔つきや言動も「C評価」の顔になっていくのです。また、優秀な「A評価」君は、「S評価」をして迎えてくれる会社に転職するかもしれません。
人事給与制度が最も大切な上司と部下の「関係の質」を悪化させることがあります。そうすると、チームの「心理的安全性」が高まることはありません。その結果、チームの生産性も上がらないのです。「こんなことは仕方がないのでは?」と思われるかもしれません。
これは評価制度そのものの、制度の出来栄えの問題だ、管理職の伝え方がマズイ、という指摘をされるかもしれません。また、評価者研修が不十分だ、運用が下手くそだからだなど、優秀な人事担当者からの意見もあるでしょう。
しかし、私が出会った中小企業においては、「一般的な人事給与のフォーマット」がまっとうな上司・部下の対話や関係性を確実に阻害していると思われる例が9割以上でした。
半年や1年に1回、人事評価表の評価項目(目標達成率、チームワーク、チャレンジ性等)ごとに点数化され、その合計点数で「ABC」などの評定が決まります。もちろん、できていないこところを厳しく指摘することも必要です。
しかし、本来、人事評価面談における部下との対話は、過去のダメさ加減の指摘よりも、これからもっと良い仕事をするにはどうしたらよいか?を話し合うことに意味があります。
しかし残念ながら、「一般的な人事給与制度のフォーマット」は、この面談を極めてやりにくくしてしまうのです。上司も部下も人事評価面談が大嫌いになってしまうといってもいいでしょう。
半年や1年に1回、「ABC」評価を告知し、そして、評価項目ごとに指摘をしながら関係の質を保つ面談を管理職に強いるのは、はっきりいって酷なのです。
もちろん、相当なコミュニケーションスキルのトレーニングを受けた管理職や、上司と部下の信頼関係が強固であれば、何とか対話を維持できるかもしれません。しかし、中小企業には(おそらく大手企業にも)、そのような管理職は少ないです。
だから、制度設計上、とても大切なはずの人事評価面談をやらなくなる、または「やってるふり」をした〝手抜き面談〟になっていきます。
また、現実・現場の仕事にピッタリと合った人事評価の「基準」をメンテナンスすることは大変な労力を要します。人事部のない中小企業は頭でわかっていてもまず、できないのです。
真面目に「基準」づくりを目指せば、先程のページで示した「人事給与制度の悪いループ」がまわりはじめます。
結局、現場はどう対応するようになるのか?現場は「人事給与制度のフォーマット」を無視して動きはじめます。評価項目ごとの評点や「ABC」の評定を部下に伝えなくなるのです。
また、仮に伝えたとしても、上司は「俺はAと思っているのだが、専務が全体のバランスを考えて、君はBになった」と言い訳したりします。
そうなると、当初想定していた人事評価のフィードバックは機能不全に陥ります。
現場の知恵として、「一般的な人事給与制度のフォーマット」が要求する手法を無視し、上司は、部下との「関係の質」を保つことを優先しはじめるといえます。
でも、これは極めて人間の本性として正しい対応方法で、自然な成り行きと考えます。
難しいことはさておき、いわゆるマネジメントなるものは、部下との「関係の質」を向上させるためにあるのです。それをやりにくくする制度はダメなのです。
❼とにかく評価は難しくて、手間とコストがかかりすぎる
たいていの社員の自己評価は、周囲の客観的評価よりも3割ほど高いのではないかと推察します。そうなると、過半数の社員はホンネでは、どんなに客観性・公平性が担保されていたとしても、納得がいかないということになります。
つまり、「B」評価の人の多くは、自分は「A」評価と考えます。「C」評価の人は少なくとも自分は「B」評価だと考えているということです。
また、「C」評価や「D」評価の人は自らの問題点を反省する客観的視点を持ちあわせていない場合が多いので、「A」評価だと考える人もいるようです。確かに、客観性・公平性を重視して、人事評価の納得性を高める努力は大切です。
しかし、特に中小企業ではその運用の難易度は高く、その運用コストも高すぎるのです。私は弁護士の先生にお願いして労働裁判に関与することがあります。裁判は税金を使って、客観的な証拠と法令により白黒をつけます。
このプロセスには莫大な時間と労力を要します。そして、裁判官というジャッジのプロが判断します。
しかし、特に会社(使用者)側にとっては、労働法という法令の性質上、事実認定や裁判官の見解が社長にとって納得がいくことはレアケースです。
これは立場が違うからです。使用者と労働者、立場が違えば解釈が異なります。また、日常の労務管理の現場では客観的な証拠も極めて残しにくいことも影響しています。
税金を投入し、莫大な時間とお金をかけて、客観的証拠をもとに評価のプロがジャッジしても、こうなるのです。中小企業が片手間で客観性・公平性を担保した評価制度、それも会社も社員も納得する評価制度を運用することが簡単にいくわけはありません。これはどんな便利なITツールを使っても同じことです。
コラム❶「評価に納得がいかない」人間は自分の評価は3割増
「評価に納得がいかない!」というクレームが社員から上がることがあります。いくら客観的で公平な評価制度をつくっても、全社的な大人の事情で最終評価や昇給額・賞与額は目まぐるしく変わるものです。
評価制度でよくある問題点は、上司は「A」評価と評価していたのに、結果は「B」評価であるという場合です。部門間の甘辛の調整、または二次評価者や最終評価者の意見に左右されるからです。
「なぜ、こんなに頑張っているのに私の賞与が○万円なのか?」という評価と報酬決定の不満が上がります。まず、一次評価者である上司に向けられますが、よほど誰でもがわかる機械的な制度がない限り、直属の上司は答えられません。
直属の上司が答えることができるのは、「評価できるところ(良いところ)」「改善してほしいところ(悪いところ)」「今後期待していること」といった程度でしかありません。
評価制度における直属の上司の役割を、私はよくプロ野球のオーナーと監督に例えます。年俸の交渉(要求・不満含む)は球団オーナーにしかできません。監督には決定権はないからです。
その代わり、監督はどうやったらバッティングがよくなるか、ピッチングフォームが安定するかなどは評価し、改善指導をすることができます。
これと同様に「なぜ私の昇給が○万円なのか」、「なぜ賞与が○万円なのか」などの説明を求められた場合は、オーナーやそれに直結する窓口に申し立てるしかないと思います。
そのような相談窓口などを設けておくのはいいことです。会社も説明を求めてくる社員には誠実かつ良識的な説明はしてあげるべきだと、私は思います。
ただし、その一部の社員の説明のために客観的・合理的に理論武装する制度設計は逆効果だとも考えています。「評価=処遇」について誰が見ても客観的で合理的だと判断できる運用は困難です。
客観的な理屈理論を追求すればするほど、その理屈理論の穴や矛盾をついて反論を誘発してしまうからです。「評価処遇」であることが伝われば十分なのです。
人間は自分を3割増しで評価する生き物なので、納得を得る努力は必要ですが、実際に真の納得を得ることは難しいといえます。
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